(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024070743
(43)【公開日】2024-05-23
(54)【発明の名称】断熱消磁冷凍機および断熱消磁冷凍方法
(51)【国際特許分類】
F25B 21/00 20060101AFI20240516BHJP
【FI】
F25B21/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022181452
(22)【出願日】2022-11-11
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 1)刊行物名 若手フロンティア研究会2021概要集 発行日 2021年12月24日 発行所 国立大学法人神戸大学 2)集会名 第29回低温物理学国際会議(LT29) 開催日 2022年8月19日 開催場所 札幌コンベンションセンター(北海道札幌市)
(71)【出願人】
【識別番号】504150450
【氏名又は名称】国立大学法人神戸大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000822
【氏名又は名称】弁理士法人グローバル知財
(72)【発明者】
【氏名】菅原 仁
(57)【要約】
【課題】短時間で極低温が得られる断熱消磁冷凍機(ADR)を提供する。
【解決手段】常磁性塩が格納されたソルトピル4と、ソルトピル4と一端で接続される超伝導式の熱スイッチ5と、熱スイッチ5の他端に接続されるクライオスタット6と、ソルトピル4と熱スイッチ5とクライオスタット6を収容する断熱真空層と、クライオスタット6と熱接触する冷却材と、ソルトピル4に磁場を印加する超伝導電磁石14などの磁場印加手段、を備え、熱スイッチ5が、常磁性塩の消磁中に断熱材として働く第二種超伝導体で構成され、常磁性塩の消磁冷凍と断熱を同時に行う。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁気冷凍材料が格納されたピルと、
前記ピルと一端で接続される超伝導式の熱スイッチと、
前記熱スイッチの他端に接続されるクライオスタットと、
前記ピルと前記熱スイッチと前記クライオスタットを収容する断熱真空層と、
前記クライオスタットと熱接触する冷却材と、
前記ピルに磁場を印加する磁場印加手段、
を備え、
前記熱スイッチが、前記磁気冷凍材料の消磁中に断熱材として働く第二種超伝導体で構成され、前記磁気冷凍材料の消磁冷凍と断熱を同時に行うことを特徴とする断熱消磁冷凍機。
【請求項2】
前記磁場印加手段の中心が、前記ピルと前記熱スイッチとの接続部に配置され、前記ピルと前記熱スイッチに対して、同時に磁場を印加することを特徴とする請求項1に記載の断熱消磁冷凍機。
【請求項3】
前記第二種超伝導体は、前記磁場印加手段の最高磁場未満、かつ、前記磁気冷凍材料における冷却効果がある最低磁場以上の範囲内に、上部臨界磁場が存在することを特徴とする請求項1又は2に記載の断熱消磁冷凍機。
【請求項4】
前記磁場印加手段が、超伝導電磁石であり、
前記第二種超伝導体は、CeIr3、または、Nb4NiSiであることを特徴とする請求項1又は2に記載の断熱消磁冷凍機。
【請求項5】
磁気冷凍材料が格納されたピルと、
前記ピルと一端で接続される第二種超伝導体の熱スイッチと、
前記熱スイッチの他端に接続されるクライオスタットと、
前記ピルと前記熱スイッチと前記クライオスタットを収容する断熱真空層と、
前記クライオスタットと熱接触する冷却材と、
前記ピルに磁場を印加する磁場印加手段、
を備える断熱消磁冷凍機を用いて、
前記磁気冷凍材料の消磁中に前記熱スイッチが断熱材として働き、前記磁気冷凍材料の消磁冷凍と断熱を同時に行うステップを備えることを特徴とする断熱消磁冷凍方法。
【請求項6】
前記磁場印加手段が、前記第二種超伝導体の上部臨界磁場以上の磁場を印加して前記熱スイッチをONするステップと、
前記第二種超伝導体の上部臨界磁場未満の磁場に下がり前記熱スイッチがOFFとなり、前記磁気冷凍材料が消磁冷凍されるステップ、
を備えることを特徴とする請求項5に記載の断熱消磁冷凍方法。
【請求項7】
前記第二種超伝導体は、前記磁場印加手段の最高磁場未満、かつ、前記磁気冷凍材料における冷却効果がある最低磁場以上の範囲内に、上部臨界磁場が存在することを特徴とする請求項5又は6に記載の断熱消磁冷凍方法。
【請求項8】
前記磁場印加手段が、超伝導電磁石であり、
前記第二種超伝導体として、CeIr3、または、Nb4NiSiが用いられることを特徴とする請求項5又は6に記載の断熱消磁冷凍方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、断熱消磁冷凍機および断熱消磁冷凍方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
異常磁性や非従来型超伝導などの強相関電子系の研究には、極低温での試料の測定が必要である。ヘリウムの2つの同位体(3He、4He)をそれぞれ液化し、3He相を4He相に注ぎ希釈する際の希釈熱を利用する3He-4He希釈冷凍機を用いれば50mK程度の低温が得られるが、試料のセッティングから最低温に冷却するまで多くの労力と時間を要するといった問題がある。一方、3He冷凍機を用いれば、比較的簡便に500mK程度の低温が得られるが、新規物質の超伝導の探索などには、より低温が必要な場合がある。そこで、簡便に100mK以下(できれば、50mK以下)の最低温度が得られる断熱消磁冷凍機(Adiabatic Demagnetization Refrigerator:ADR)が利用されている。
【0003】
ADRは、磁気冷凍機の一種であり、ある一定温度における磁気モーメントの不規則性を表わすエントロピーが磁場を作用させると、磁気モーメントが部分的に整列して温度低下を生じるというものであり、磁性体が有するエントロピーの磁場依存性を用いて試料を冷却する。ADRは、
図11に示すとおり、被冷却物50を冷却するため常磁性塩51が格納された非磁性のソルトピル52と、常磁性塩51を磁化するための超伝導電磁石53と、ソルトピル52を補助冷却するための補助冷凍機(例えば、液体Heなど)54と、ソルトピル52に対する補助冷凍機54の熱的な接続状態をON/OFFするための熱スイッチ55と、これらを収容するための断熱真空槽56を備える。ADRでは、補助冷凍機54により断熱真空槽56の内部を液体ヘリウムの温度まで冷却し、10分間程度、超伝導電磁石53を励磁すると共に、熱スイッチ55をスイッチONし、補助冷凍機54により磁化熱を捨て、熱スイッチ55をスイッチOFFとし、ソルトピル52を断熱し、超伝導電磁石53を消磁することにより、100mK以下の極低温環境を実現する。
【0004】
既存のADRの欠点として、常磁性塩を予冷するため断熱空間内に一時的にHeガスを導入するが、その残留ガスのために、十分な断熱状態が作れないという問題がある。かかる問題を解決するために、機械的な熱スイッチや超伝導体(Pbなどの第一種超伝導体)を用いた熱スイッチが用いられている。超伝導体を用いた熱スイッチは、超伝導状態においては熱を伝え難いためスイッチOFF(断熱)として機能し、超伝導臨界温度Tc以上、臨界磁場Hc以上ではスイッチONとして機能する。また磁場の印加のための電磁石が必要となる。
しかしながら、これらの熱スイッチはある程度の空間を必要とするため、実際の低温装置に組み込むと大がかりな装置となってしまうことが問題であった。物性実験において、極低温と同時に強磁場下での実験も行う必要があり、その場合には、超伝導電磁石の中に低温装置を挿入する必要があるため、利用できる空間は限られてしまう。
【0005】
また、ADRにおいて、冷却損失を少なくし、排熱の熱伝導を良くし、外部からの熱の進入を阻止して冷却効率を向上するものが知られている(特許文献1を参照)。これは、熱スイッチ、磁性体、冷却装置の低温部を同一の断熱容器内に収納されたものであるが、特許文献1では、昇降駆動装置により排熱用ガス冷凍機の少なくとも低温部が連結されている部分を下降させて熱スイッチの下端面を磁性体の上端面に密接させ、同時に超伝導マグネットに通電して磁性体を磁化すれば、磁性体が発熱してその熱は熱スイッチを経て直ちに低温部に流れて排熱されるという構成であり、熱スイッチの材料を工夫したものではない。
【0006】
また、非特許文献1では、熱スイッチが、機械式、超伝導式、ガスギャップ式の三種類があり、その内、超伝導式は、磁石を用いて磁場を印加してON/OFFする点が示されているが、非特許文献1におけるADRの構造では、熱スイッチが機械式であり、常磁性塩が格納されたソルトピルに磁場をかけるための超伝導電磁石(電磁石コイル)がソルトピルの周囲に示されているに過ぎず、やはり熱スイッチの材料を工夫したものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】断熱消磁冷凍機向けヒートスイッチの開発(http://www-x.phys.se.tmu.ac.jp/docs/grad-thesis/2009-03-Takaoka.Akira-ppt.pdf)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
かかる状況に鑑みて、本発明は、短時間で極低温が得られる断熱消磁冷凍機(ADR)を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、断熱消磁冷凍機において、磁気冷凍材料の一種である常磁性塩の消磁中に断熱材として機能する第二種超伝導体を熱スイッチに使用することで、短時間で極低温が得られるとの知見を得た。
【0011】
すなわち、本発明の断熱消磁冷凍機は、磁気冷凍材料が格納されたピルと、ピルと一端で接続される超伝導式の熱スイッチと、熱スイッチの他端に接続されるクライオスタットと、ピルと熱スイッチとクライオスタットを収容する断熱真空層と、クライオスタットと熱接触する冷却材と、ピルに磁場を印加する磁場印加手段、を備え、熱スイッチが、磁気冷凍材料の消磁中に断熱材として働く第二種超伝導体で構成され、磁気冷凍材料の消磁冷凍と断熱を同時に行う。
かかる構成によれば、短時間(1日程度)で100mK程度の低温を得ることができる。
【0012】
ここで、超伝導式の熱スイッチは、超伝導状態での熱伝導率が常伝導状態よりも小さいことを利用したものであり、冷却部と被冷却部との間を超伝導体によって結合しておき、その超伝導体に磁界を加えて熱的にスイッチOFFとした状態と、消磁して熱的にスイッチONとした状態とを得るものである。
また、第二種超伝導体とは、二種以上の金属からなる合金化合物からできている超伝導体で、磁場の強さを上げていくと、内部の歪みや不純物などの常伝導体に磁場が侵入するが、電気抵抗がゼロのままであり、超伝導と常伝導が共存状態になる超伝導体をいう。
【0013】
また、磁気冷凍材料とは、周知の磁気冷凍技術において作業物質として用いられる材料であり、磁場を印加すると磁気エントロピーが変化して磁気熱量効果を示すもので、一般的には、磁場を印加すると材料の磁気エントロピーが減少し周囲に熱を出し、反対に、材料を磁場の印加状態から消磁すると、材料の磁気エントロピーが増加し周囲から熱を吸収するものである。磁気冷凍材料の例として、ErCo2(フェリ磁性体)やその関連物質Er(Co1-xNix)2などが挙げられ、磁気冷凍材料の一種として常磁性塩がある。
なお、磁束密度B(T)と磁場の強さH(OeまたはG)は、B=μ0H(μ0は真空中での透磁率)の関係があり区別されるべきものであるが、以下の明細書では、実質的には1T=10,000(OeまたはG)として扱っており、磁場をB(T)と表す場合がある。
【0014】
本発明の断熱消磁冷凍機では、磁気冷凍材料を格納するピルとクライオスタットの間に取り付ける熱スイッチに第二種超伝導体を用い、磁場を下げることで磁気冷凍材料の断熱と消磁を同時に行うことができる。また、本発明の断熱消磁冷凍機において、磁場印加手段の中心が、ピルと熱スイッチとの接続部に配置され、ピルと熱スイッチに対して、同時に磁場を印加する。ここで、本発明の断熱消磁冷凍機では、1日程度で極低温(100mK程度)での測定が可能である。また、第二種超伝導体としては、磁場印加手段の最高磁場未満、かつ、磁気冷凍材料における冷却効果がある最低磁場以上の範囲内に、上部臨界磁場が存在するものが好ましい。
【0015】
磁場印加手段として超伝導電磁石を用いる場合に、一般的な超伝導電磁石の最高磁場は、例えば、NbTiを電磁石コイルの線材に用いたものが9テスラ、Ni3Snを電磁石コイルの線材に用いたものが18テスラであり(温度:4.2K未満の場合)、9テスラ未満または18テスラ未満の範囲に熱スイッチとなる第二種超伝導体の上部臨界磁場の上限があることが必要とされる。また、磁気冷凍材料の一種である常磁性塩として一般的に用いられるクロムミョウバンの場合には、2~4テスラ以下で顕著な冷却効果が得られるため、熱スイッチがOFFになる上部臨界磁場の下限は2テスラ程度である。例えば、9テスラの超伝導電磁石を磁場印加手段として用い、クロムミョウバンを常磁性塩として用いる場合には、2~9テスラの範囲に上部臨界磁場を有する第二種超伝導体が熱スイッチとして利用でき、具体的に、第二種超伝導体として、CeIr3、Nb4NiSiを用いることができる。
【0016】
また、磁場印加手段として、水冷式常伝導電磁石、ハイブリットマグネット、パルスマグネットを用いる場合には、上部臨界磁場を更に上げることができ、熱スイッチの第二種超伝導体の選択肢を広げることができる。これらのマグネットを使用する場合には、試料空間が更に小さくなるため、シンプルな構成である本発明の断熱消磁冷凍機が有用である。
【0017】
さらに、本発明の断熱消磁冷凍機は、磁気冷凍の分野における20~77Kの範囲で動作する磁気冷凍材料に対しても有用である。20~77Kの高い転移温度を持つ第二種超伝導体を熱スイッチに用いることにより、20~77Kの範囲の高温で使える磁気冷凍材料と、20~77Kの範囲の高温で動作する熱スイッチを組み合わせることができ、工業目的の比較的高い温度での冷凍技術にも本発明の断熱消磁冷凍機を応用可能である。
【0018】
次に、本発明の断熱消磁冷凍方法について説明する。
本発明の断熱消磁冷凍方法は、磁気冷凍材料が格納されたピルと、ピルと一端で接続される第二種超伝導体の熱スイッチと、熱スイッチの他端に接続されるクライオスタットと、ピルと熱スイッチとクライオスタットを収容する断熱真空層と、クライオスタットと熱接触する冷却材と、ピルに磁場を印加する磁場印加手段、を備える断熱消磁冷凍機を用いて、磁気冷凍材料の消磁中に熱スイッチが断熱材として働き、磁気冷凍材料の消磁冷凍と断熱を同時に行うステップを備える。
【0019】
本発明の断熱消磁冷凍方法において、磁場印加手段が、第二種超伝導体の上部臨界磁場以上の磁場を印加して熱スイッチをONするステップと、第二種超伝導体の上部臨界磁場未満の磁場に下がり熱スイッチがOFFとなり、磁気冷凍材料が消磁冷凍されるステップを備える。
【0020】
また、第二種超伝導体は、磁場印加手段の最高磁場未満、かつ、磁気冷凍材料における冷却効果がある最低磁場以上の範囲内に、上部臨界磁場が存在する。具体的には、磁場印加手段が超伝導電磁石であり、第二種超伝導体として、CeIr3(超伝導臨界温度Tc=3.4K, 上部臨界磁場Hc2=4.6T)、または、Nb4NiSi(Tc=7.7K,Hc2=1.9T)が用いられる。
さらに、磁気冷凍材料と組み合わせる熱スイッチ(第二種超伝導体)としては、Nb3Sn(Tc=18.3K,Hc2=24.5T)、MgB2(Tc=39K,Hc2=3~20T)、Bi2(Sr,Ca)4Cu3Ox(Tc=110K,Hc2=100T)など、Tcが高い物質を用いることができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明の断熱消磁冷凍機(ADR)によれば、短時間で極低温が得られるといった効果がある。従来の3He-4He希釈冷凍機は、50mK程の低温が得られるが、1週間程の時間が必要であり、一方、3He冷凍機は、1日程度で簡便にできるものの500mKの低温しか得られないが、本発明のADRによれば、短時間(1日程度)で100mK程度の低温が得られるといった効果がある。また、適切な超伝導物質を熱スイッチとして選定すれば、既存のADRに使用できる可能性があり、磁気冷凍技術にも応用できる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図8】CeIr
3の上部臨界磁場の温度依存性を示すグラフ
【
図9】Nb
4NiSiの上部臨界磁場の温度依存性を示すグラフ
【
図10】CeIr
3、Nb
4NiSiを使用した断熱消磁冷却における温度の磁場依存性を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施形態の一例を、図面を参照しながら詳細に説明していく。なお、本発明の範囲は、以下の実施例や図示例に限定されるものではなく、幾多の変更及び変形が可能である。
【実施例0024】
図1は、断熱消磁冷凍機の概略図を示している。断熱消磁冷凍機1は、断熱消磁冷凍機本体2、1Kポンプ20、
3Heタンク21、及び、シールドロータリーポンプ22から成り、断熱消磁冷凍機本体2は1Kポンプ20と接続され、また、シールドロータリーポンプ22を介して
3Heタンク21と接続されている。
1Kポンプ20は、その中の液体ヘリウム
4Heをポンプで排気することにより冷却能力を得るもので、インピーダンスまたは流量調整弁を介して外部から4.2Kの液体ヘリウム
4Heを取り込む。シールドロータリーポンプ22は、液体ヘリウム
3Heを循環するためのポンプであり、通常のロータリーポンプとは異なり、液体ヘリウム
3Heが外気へ逃げないように気密構造になっており、高価な
3Heを漏らさないようにしている。
図1に示す配管系統は一例であるが、このような配管系統を用いて、減圧冷却した液体ヘリウム
4Heを用いて、
3Heガスを液化し、さらに液化した
3Heを減圧して、断熱消磁冷凍機本体2内の冷却対象試料を数百mK以下まで冷却する。
【0025】
まず、
図5~7を参照して、本発明のADRの原理について説明する。なお、ここでは、磁気冷凍材料の一種である常磁性塩を例に挙げて説明する。
図5は、常磁性塩の磁化率の温度変化を示し、
図6は、断熱消磁の原理説明図を示している。常磁性塩の磁化率は、
図5に示すとおり、キュリーの法則に従い、温度T(K)に対し反比例である。常磁性塩は磁場に置かれると大部分の磁性原子の磁気モーメントが揃って磁気を帯びるが、磁場が除かれると磁性原子の磁気モーメントは再びランダムになり帯びていた磁気は消える。これは磁性原子の磁気モーメントが揃ったときにエントロピーが低下し、逆に磁性原子の磁気モーメントがランダムに戻ったときエントロピーは増大するためであり、常磁性塩が磁場に置かれると僅かに発熱し、逆に磁場を除くと僅かに吸熱する。これが断熱消磁の原理である。
【0026】
具体的には、
図6(1)に示すように、冷却過程においては、まず常磁性塩を含むソルトピル4を熱交換ガス(例えば、液体ヘリウムの
3Heガス、
4Heガス)で温度1.5Kぐらいまで冷却する。そのままの状態で磁場Hをかける。磁性原子の磁気モーメントが揃ってエントロピーは低下し、発熱するが、熱は熱交換ガスにそのまま吸収される。次に、
図6(2)に示すように、熱交換ガスをポンピングして、常磁性塩を含むソルトピル4の周囲から熱交換ガスを無くし、断熱にしてから、少しずつ磁場を下げてゼロ磁場の状態にする。
【0027】
図7は、常磁性塩のゼロ磁場および磁場中でのエントロピーの温度依存性を示している。磁性体を構成する磁性原子の磁気モーメントはゼロ磁場の高温では無秩序であり、その系のエントロピーは高い状態にある。この状態をP
1とする。ここに外部から強い磁場を加えると、磁性原子の磁気モーメントは磁場の方向に向き、系全体のエントロピーは減少する。このとき熱が発生し温度が上昇するが、この熱を系の外へ取り去った後の状態をP
2とする。ここで、常磁性塩を断熱状態にし、外部磁場を取り去ると、孤立した系のエントロピーは一定であるから、磁場の減少と共に温度が低下しP
3の状態、つまり低温が得られる。従来のADRでは、消磁をする前に常磁性塩を温度1K程度まで冷却した後、断熱にする操作が必要であるが、本発明のADRでは、断熱にする操作を第二種超伝導体のCeIr
3を熱スイッチに使用し、消磁冷凍と断熱を同時に行っている。
【0028】
図8は、CeIr
3の上部臨界磁場H
c2の温度依存性を示している(Yoshiki J. Sato et
al., “Superconducting Properties of CeIr
3 Single Crystal”, Journal
of the Physical Society of Japan 87, 053704 (2018) を参照)。また、
図9は、Nb
4NiSiの上部臨界磁場H
c2の温度依存性を示している(G. Ryu et. al., Phys. Rev. B, 84, 224518 (2011) のFig.3(b)の内挿図を参照)。
図8のグラフでは、横軸が温度T(K)、縦軸が磁場B(T)であり、CeIr
3のH
c2は、温度1Kで約3.8T(テスラ)である。第二種超伝導体であるCeIr
3は、H
c2以上では常伝導のため熱伝導は良いが、H
c2以下では熱伝導が小さくなるため断熱状態を作れることから、熱スイッチとして用いることができる。例えば、磁場印加手段として最大磁場が9Tの超伝導電磁石を使用し、温度1Kで上部臨界磁場が約3.8TであるCeIr
3を熱スイッチとして用いると、磁場を約3.8T以下に下げることで常磁性塩の断熱と消磁を同時に行うことができる。
また、
図9のグラフから、Nb
4NiSiの上部臨界磁場H
c2は、温度1Kで約1.9T(テスラ)であり、Nb
4NiSiを熱スイッチとして用いると、磁場を約1.9T以下に下げることで常磁性塩の断熱と消磁を同時に行うことができる。
【0029】
図2は、本発明の一実施形態の断熱消磁冷凍機の構成図を示している。断熱消磁冷凍機1は、断熱消磁冷凍機本体2のテール部分が二重壁になっており、液体ヘリウム浴から断熱されたステンレス鋼管から成るインサートデュアー3(真空断熱容器)に保持されている。ここで、デュアーは、容器内部を低温のまま保持するもので、材質は熱伝導度の小さいガラスやステンレス等が用いられる。デュアーは、二重の壁を持ち、二重の壁の間が真空槽となり、それによってデュアーの中と外の熱接触が断つ。インサートデュアー3自体は、可変温度制御クライオスタット(低温恒温装置)及び/又はトップローディングタイプ
3Heクライオスタットとして使用できる。断熱消磁冷凍機本体2は、常磁性塩を含むソルトピル4、熱スイッチ5、
3Heポット6、液体ヘリウム浴への熱接触部7、
3He出入口8a、真空排気口(8b,8c)、
4He入口8d、及び、電気コネクタ9から構成され、室温で上部フランジ11から挿入される。
【0030】
図3は、超伝導熱スイッチ付近の構成図を示している。ADRの主要部は、上から断熱真空層15、
3Heポット6、熱スイッチ5、常磁性塩(図示せず)が収容されたソルトピル4から成り、無冷媒型の超伝導電磁石14により常磁性塩と熱スイッチ5に同時に磁場を印加できるようになっている。なお、超伝導電磁石14は、冷媒型であっても構わない。
3Heポット6の下にソルトピル4が熱スイッチ5となる超伝導体CeIr
3を介して接続されている。常磁性塩は断熱真空層15にあるため、CeIr
3が超伝導状態になると断熱された状態になる。例えば、最大磁場9Tの超伝導電磁石14を用いる場合には、CeIr
3のH
c2以上の磁場5Tを初期磁場とし、
3Heの液化減圧で得られた約0.9Kを初期温度として運転して、100mK程度の最低温度を得ることが可能である。
【0031】
図4は、超伝導熱スイッチの説明図を示している。
図4に示すように、熱スイッチ5を構成する第二種超伝導体16は、M8銅ボルトなどのボルト(17a,17b)を使用してソルトピル4と
3Heポット6の間に挟まれる。それぞれがソルトピル4の上部または
3Heポット6の下部に接続されており、PEEK(Poly Ether Ether Ketone)などの絶縁材料で作られた長いナット18が使用できる(例えば、M8ナット)。ソルトピル4は、
3Heポット6を介して熱的に接続されている。ソルトピル4の下側には、試料を取り付ける試料台(例えば、銅製)19が設けられている。また、ソルトピル4が周囲のステンレス鋼管から成るインサートデュアー3に接触しないように(断熱が保たれるように)、PEEKなどの絶縁材料でできたスペーサーを取りつけるためのネジ穴(例えば、M2ナット)19aが設けられている。
【0032】
また、液体ヘリウム(内側)と液体窒素(外側)の両方の浴にガラスデュアーを使用し、それぞれ液体ヘリウムガラスデュアー12と液体窒素ガラスデュアー13としている。インサートデュアー3は液体ヘリウムガラスデュアー12に保持され、液体ヘリウムガラスデュアー12は、さらに液体窒素ガラスデュアー13に保持されている。クリオスタットは、ヘリウムを含まない超伝導電磁石14の室温のボアに設置され、超伝導電磁石14の中心がソルトピル4と第二種超伝導体16の接続点の近くに配置される。
超伝導電磁石14の室温のボアは直径65mmで、ヘリウム浴用のガラスデュアーの内径は広いスペースで60mm、狭いスペースで35mmである。ガラスデュアー内部の総深さは約1300mmである。このようなコンパクトなサイズの場合には、一回の実験における液体ヘリウムの消費量は5L未満となり、コスト面で優れている。
【0033】
超伝導電磁石14を制御し、第二種超伝導体の上部臨界磁場Hc2以上の磁場をかけると、通常状態の熱伝導率が回復し(熱スイッチ5がON)、ソルトピル4の温度が3Heポットと熱平衡になる(~0.5K)。この温度から、超伝導電磁石14を制御して磁場を上部臨界磁場Hc2未満に下げる(熱スイッチ5がOFF)と、ソルトピル4は再び準断熱状態になり、ソルトピル4に格納された常磁性塩が同時に消磁されて冷却される。
【0034】
本実施例のADRは、上部フランジ11(例えば、φ25mmプラグ用のウィルソンシールと呼ばれる封止機構を用いる)から導入される。3He出入口8aおよび電気コネクタ9はADRの上部にある。インサートデュアー3は、外径22mm、厚さ0.5mmのステンレス鋼管から成り、下端では二重壁になっている。外管の外径は25mm、内管の外径は22mmで、何れも厚さは0.5mmである。
【0035】
次に、本実施例のADRの標準的な操作手順について以下に説明する。
3Heインレットポンピングスペースは、室温で約10-6(Torr)の高真空に排気され、3Heガスで満たされる。ガラスデュアー内部の真空排気口8b及び8cのポンピングとフラッシングが数回行われ、予冷の熱交換のために少量の4Heガスが導入される。液体窒素と液体ヘリウムを移し、クライオスタットを4.2Kまで冷却した後、真空排気口(8b,8c)から真空空間を排気して、液体ヘリウム浴から断熱する。
【0036】
液体ヘリウム浴をポンプで約1.5Kまで冷却し、接続口8dから供給される3Heガスを3Heポット6で熱接触部7を介して液化し、3Heポット6をさらにポンプで送る。4.2Kから0.5Kへの冷却プロセス中に、磁場は第二種超伝導体の上部臨界磁場Hc2を超えて増加する。
【0037】
磁場をかけると、常磁性塩のエントロピーも減少する。第二種超伝導体が通常の状態(スイッチON)にあるため、常磁性塩は約0.5Kに冷却される。温度が安定すると、磁場はゼロに減少する。このプロセスの間、常磁性塩は第二種超伝導体の上部臨界磁場Hc2の下で断熱状態に置くことができ、同時に磁性塩の消磁を行うことができる。
【0038】
温度モニターは、測温抵抗体が使用され、接着剤(例えば、GEワニス)を使用してソルトピルの外底に取り付ける。
また、第二種超伝導体のCeIr3およびNb4NiSiは、化学量論的組成のテトラアーク炉で調製される。インゴットを真空にした石英管内で、CeIr3の場合は、1050℃で100時間、Nb4NiSiの場合は、900℃で48時間アニールすることにより得ることができる。これらのインゴットの主な相が、CeIr3とNb4NiSiであることの確認は、粉末X線回折測定により行うことができる。これらのインゴットは、熱スイッチの適切なサイズに合わせて、放電加工カッターを使用して切断することが可能である。
【0039】
図10は、第二種超伝導体としてCeIr
3またはNb
4NiSiを使用した本実施例のADRにおける温度の磁場依存性を示すグラフである。
図10の挿入図は、0.1T未満の低磁場範囲を示している。CeIr
3を使用した場合、温度が低下する上部臨界磁場H
c2は約0.8Kで約4Tであるため、本実施例のADRの開始磁場は5Tに設定した。磁場の減少とともに単調になり、最終的に127mKに達した。断熱状態は不十分であるが、実用的な低温を得ることができた。また、高磁場~6Tからの断熱消磁冷却を試みたが(図示せず)、結果は5Tからの結果とほぼ同じであった。
【0040】
図10に示すように、Nb
4NiSiを使用した断熱消磁冷却も、CeIr
3を使用した場合と同様に、開始磁場を5Tに設定し実行された。Nb
4NiSiを用いた場合、CeIr
3の場合とは対照的に、温度は~4.3T以下で急激に上昇し、~3.9Tでピークを示し、その後、磁場の減少とともに単調に減少した。2T以下の温度依存性はCeIr
3を用いた場合とほぼ同じであるが、
図10の挿入図に示すとおり、Nb
4NiSiを用いた場合の最低温度は117mKと非常に低かった。なお、3.9Tのピーク異常の起源は、Nb
4NiSiの性質に起因するものと想定する。
【0041】
図10の挿入図に示す低磁場範囲について説明する。両方の温度は、約50mT未満でほぼ飽和傾向を示し、その後、約2mT未満で急速に低下した。温度降下DT~20mKは、どちらの場合もほぼ同じである。また、第二種超伝導体を使用しないで本実施例の構成と同じADRを試した(図示せず)。ソルトピル4は、M8PEEKナットでのみ
3Heポット6に接続されている。その場合、断熱消磁冷却前の基準温度はより高く(~1.5K)、得られた最低温度もより高かった(~152mK)が、~2mT未満の温度の急激な低下が観察された。これらのことから、約2mT未満の冷却は、第二種超伝導体の性質からではなく、使用した常磁性塩の性質から生じていることを示唆している。
【0042】
本実施例のADRでは、熱スイッチに第二種超伝導体を用いた新しいタイプのADRを構築し、磁場を減少させることで常磁性塩の断熱と消磁を同時に行うことを可能にした。熱スイッチに、CeIr3とNb4NiSiを使用すると、実用的な低温である100mK程度を達成できる。さらなる低温を実現するためには、スクリュー式熱接触システムなど、ヘリウム浴との熱接触を改善する必要がある。上記の実施例で使用した常磁性塩は、クロム(III)硫酸カリウム十二水和物(クロムミョウバン)であり、本実施例のADRの場合は約2T未満で実際に使用できるものであった。