IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 東洋製罐グループホールディングス株式会社の特許一覧

特開2024-71140柑橘類果皮由来のセルロースを含有する分散体及びその製造方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024071140
(43)【公開日】2024-05-24
(54)【発明の名称】柑橘類果皮由来のセルロースを含有する分散体及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   A01N 65/36 20090101AFI20240517BHJP
   C08B 15/02 20060101ALI20240517BHJP
   C08B 37/06 20060101ALI20240517BHJP
   A01P 1/00 20060101ALI20240517BHJP
   A01P 3/00 20060101ALI20240517BHJP
   A01N 31/02 20060101ALI20240517BHJP
   A01N 37/02 20060101ALI20240517BHJP
   A01N 43/08 20060101ALI20240517BHJP
   A01N 27/00 20060101ALI20240517BHJP
   A01N 31/04 20060101ALI20240517BHJP
   A01N 43/90 20060101ALI20240517BHJP
   A01N 25/10 20060101ALI20240517BHJP
   A23L 5/00 20160101ALN20240517BHJP
   A23B 7/16 20060101ALN20240517BHJP
【FI】
A01N65/36
C08B15/02
C08B37/06
A01P1/00
A01P3/00
A01N31/02
A01N37/02
A01N43/08 C
A01N27/00
A01N31/04
A01N43/90 105
A01N25/10
A23L5/00 F
A23B7/16
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022181933
(22)【出願日】2022-11-14
(71)【出願人】
【識別番号】000003768
【氏名又は名称】東洋製罐グループホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003524
【氏名又は名称】弁理士法人愛宕綜合特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】長▲浜▼ 英昭
(72)【発明者】
【氏名】一色 淳憲
【テーマコード(参考)】
4B035
4B169
4C090
4H011
【Fターム(参考)】
4B035LC16
4B035LE20
4B035LG32
4B035LP26
4B035LP59
4B169FA01
4B169HA11
4B169HA14
4C090AA02
4C090AA05
4C090AA08
4C090BA34
4C090BA50
4C090BC10
4C090BD03
4C090BD19
4C090BD34
4C090CA31
4C090CA34
4C090DA09
4C090DA27
4H011AA02
4H011AA03
4H011BA01
4H011BB01
4H011BB03
4H011BB05
4H011BB06
4H011BB21
4H011BC03
4H011BC08
4H011BC18
4H011BC19
4H011DA16
4H011DH10
(57)【要約】
【課題】柑橘類果皮が有する抗微生物性を効率よく発揮可能な、柑橘類果皮由来のアニオン性可能基含有セルロース等を含有する分散体及びその製造方法を提供すると共に、この分散体から成る抗菌作用を有する農産物被膜体を提供して資源循環型農業システムを提供することである。
【解決手段】柑橘類果皮を、酸化処理又はヒドロキシ酸処理、及び機械解繊処理行うことにより得られた分散体であって、アニオン性官能基含有ナノセルロース、有機物及びペクチンを少なくとも含有することを特徴とする。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
柑橘類果皮由来の、アニオン性官能基含有セルロース、有機物及びペクチンを少なくとも含有することを特徴とする分散体。
【請求項2】
前記柑橘類果皮由来のアニオン性官能基含有セルロースが、ナノセルロースを含むことを特徴とする請求項1記載の分散体。
【請求項3】
前記柑橘類果皮由来の有機物が、アルコール類、酢酸、フルフラール、リモネン、テルピネン、テルピオネール、メチル-(メチルエチル)-ベンゼン、アデニンから選択される少なくとも1種である請求項1記載の分散体。
【請求項4】
前記アニオン性官能基含有セルロースのアニオン性官能基として、酸化処理又はヒドロキシ酸処理に由来する官能基を少なくとも含有する請求項1記載の分散体。
【請求項5】
前記アニオン性官能基が、0.01~4.0mmol/gの量で含有されている請求項1記載の分散体。
【請求項6】
前記柑橘類由来のメタノール及び水不溶分成分における構成糖として、グルコース及びデオキシ糖を少なくとも含有する請求項1記載の分散体。
【請求項7】
前記デオキシ糖がデオキシグルコース及びラムノースである請求項1記載の分散体。
【請求項8】
水及び/又はアルコールを分散媒とする分散液である請求項1記載の分散体。
【請求項9】
前記分散液から成る被膜である請求項8記載の分散体。
【請求項10】
請求項8記載の分散体から成る農産物用コーティング剤。
【請求項11】
柑橘類の果皮を、酸化処理又はヒドロキシ酸処理する工程及び機械解繊する工程を有することを特徴とする請求項1記載の分散体の製造方法。
【請求項12】
前記酸化処理が、次亜塩素酸ナトリウムを用いた酸化処理である請求項11記載の製造方法。
【請求項13】
前記酸化処理が、TEMPO触媒を用いた酸化処理である請求項11記載の製造方法。
【請求項14】
前記ヒドロキシ酸処理が、クエン酸を用いた処理である請求項11記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、柑橘類果皮由来のセルロース等を含有する分散体に関するものであり、より詳細には、柑橘類果皮を化学処理及び機械処理することにより得られる、アニオン性官能基含有セルロース、有機物及びペクチンを少なくとも含有し、柑橘類果皮に由来する生理活性を効率よく発揮可能な分散体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
果汁飲料や缶詰、或いは調味料などに柑橘類を使用する場合、一般的には果皮を除いて使用されることから、大量の柑橘類果皮が排出されている。排出された柑橘類果皮は産業廃棄物として焼却処理又は埋め立てされることが一般的であるが、焼却処理に伴う化石燃料の消費や柑橘類果皮の燃焼物からの大量の温室効果ガスである二酸化炭素が排出されることから、地球環境や地球温暖化に大きな影響を与えるという問題がある。また埋め立てする場合には、用地の確保の問題もある。
【0003】
このような問題から、柑橘類果皮の再資源化も検討されている。
例えば、下記特許文献1には、柑橘類の果皮を、水、低級アルコールまたはこれらの混合物で抽出し、該抽出物を植物細胞崩壊系の酵素で処理することにより得られた酵素処理物を有効成分とする抗微生物剤が提案されている。
また下記特許文献2には、柑橘類由来の果皮を粉砕処理して得られたペースト状を解砕処理することにより得られた、2~10nm幅の柑橘類果皮のナノファイバーであって、固形分濃度0.5~10質量%の水分散液としたときのチキソトロピックインデックスが2~10である、ナノファイバー、ナノファイバーを含む、食品又は化粧料組成物が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3571111号公報
【特許文献2】特開2019-172995号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記特許文献1は、柑橘類果皮溶媒抽出物の酵素処理物を有効成分とするものであることから、有効成分抽出後の残渣の問題を充分に解決することができなかった。
また上記特許文献2は、柑橘類果皮全体を利用する点で上記特許文献1とは異なり、柑橘類果皮が有する機能性を保持するナノファイバーを提供するものであるが、柑橘類果皮が有する生理活性の充分な発現という観点からは未だ満足するものではなかった。
さらに、農地、農産加工場で発生する農業廃棄物である柑橘類果皮を、農産物に利用することにより、持続可能な資源循環型農業システムを構築することが望まれている。
【0006】
従って本発明の目的は、柑橘類果皮が有する生理活性を効率よく発揮可能な、柑橘類果皮由来のアニオン性官能基含有セルロース等を含有する分散体及びその製造方法を提供することである。
本発明の他の目的は、柑橘類果皮由来の分散体から成る農産物用コーティング剤を提供することで、資源循環型農業システムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明によれば、柑橘類果皮由来の、アニオン性官能基含有セルロース、有機物及びペクチンを少なくとも含有することを特徴とする分散体が提供される。
【0008】
本発明の分散体においては、
(1)前記柑橘類果皮由来のアニオン性官能基含有セルロースが、ナノセルロースであること、
(2)前記柑橘類果皮由来の有機物が、アルコール類、酢酸、フルフラール、リモネン、テルピネン、テルピオネール、メチル-(メチルエチル)-ベンゼン、アデニンから選択される少なくとも1種であること、
(3)前記アニオン性官能基含有セルロースのアニオン性官能基として、酸化処理又はヒドロキシ酸処理に由来する官能基を少なくとも含有すること、
(4)前記アニオン性官能基が、0.01~4.0mmol/gの量で含有されていること、
(5)前記柑橘類果皮由来のメタノール及び水不溶分成分における構成糖として、グルコース及びデオキシ糖を少なくとも含有すること、
(6)水及び/又はアルコールを分散媒とする分散液であること、
(7)前記分散体が、上記分散液から成る被膜であること、
が好適である。
【0009】
本発明によればまた、上記分散液から成る農産物用コーティング剤が提供される。
本発明によれば更に、柑橘類の果皮を、酸化処理又はヒドロキシ酸処理する工程、及び機械解繊する工程を有することを特徴とする上記分散体の製造方法が提供される。
本発明の分散体の製造方法においては、
(1)前記親水化処理が、次亜塩素酸ナトリウムを用いた酸化処理であること、
(2)前記酸化処理が、TEMPO触媒を用いた処理であること、
(3)前記ヒドロキシ酸処理が、クエン酸を用いた処理であること、
が好適である。
【発明の効果】
【0010】
本発明の分散体は優れた分散性を有すると共に、柑橘類果皮由来の生理活性を利用した抗菌作用等を効率よく発揮することができる。またこの分散体を農産物のコーティング剤等に使用した場合には、優れた腐敗防止機能を発現することが可能となる。すなわち、本発明の分散体においては、柑橘類果皮が酸化処理又はヒドロキシ酸処理されていることにより、セルロースがアニオン性官能基を含有し、セルロース表面に電荷が導入されることから、生理活性を有する有機物がセルロース表面に効率よく担持され、抗菌作用を効率よく発揮することが可能になる。
【0011】
本発明の分散体が有する抗菌作用は後述する実施例の結果からも明らかである。すなわち柑橘類果皮として外果皮(フラベド)及び中果皮(アルベド)を選択し、酸化処理を施した後またはヒドロキシ酸処理を施した後、機械解繊することにより分散体を製造している実施例1または2の分散体を塗布したイチゴでは、3日経過後のカビの発生果率が16.7%以下または0%に抑制されている。これに対して、柑橘類原料としてじょうのう膜のみで酸化処理を施した後またはヒドロキシ酸処理を施した後、機械解繊することにより分散液を製造している比較例4または5の分散体を塗布したイチゴでは、3日経過後のカビの発生果率は50から100%であり、柑橘類果皮の選択により腐敗防止効果が顕著に相違することがわかる。
さらに後述する実施例の結果からも明らかなように、柑橘類果皮に酸化処理を施した後またはヒドロキシ酸処理を施した後、機械解繊することにより分散体を製造している実施例3または4の分散体を塗布したイチゴでは、2日経過後のカビの発生果率が25%以下または16.7%以下に抑制されている。これに対して、上記特許文献2のように、酸化処理を行うことなく機械解繊のみで分散体を製造している比較例9または10の分散液を塗布したイチゴでは、2日経過後のカビの発生果率は66.7から100%であり、酸化処理の有無により腐敗防止効果が顕著に相違することがわかる。
【0012】
また本発明の分散液を農産物表面に被覆するコーティング剤として使用することにより、分散液中の有機物が有する抗菌作用により農産物の腐敗の進行を遅らせることができると共に、農産物加工場で発生する破棄未利用農産物又は加工処理後の農産物残渣を農産物に有効利用することが可能となり、資源循環型農業システムを提供することが可能となる。
更に本発明の分散体から成るコーティング剤は、農産物の表面に直接塗布した場合でも、水洗することにより容易に除去可能であり、また仮に残留して食した場合でも柑橘類果皮を主成分として無害であり、農産物の腐敗防止のためのコーテイング剤として優れた効果を有する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】(A)は実施例1、2の柑橘由来分散体のメタノール及び水不溶分について酸加水分解を行い、LC/MS測定を行った結果を示す図であり、(B)は溶媒のみ(ブランク)についてLC/MS測定を行った結果を示す図である。
図1-1】図1(A)に示したLC/MS測定結果におけるピーク1についてのマススペクトルを示す図である。
図1-2】図1(A)に示したLC/MS測定結果におけるピーク2についてのマススペクトルを示す図である。
図1-3】図1(A)に示したLC/MS測定結果におけるピーク3についてのマススペクトルを示す図である。
図1-4】図1(A)に示したLC/MS測定結果におけるピーク4についてのマススペクトルを示す図である。
図1-5】図1(A)に示したLC/MS測定結果におけるピーク5についてのマススペクトルを示す図である。
図1-6】図1(A)に示したLC/MS測定結果におけるピーク6についてのマススペクトルを示す図である。
図2】実施例1,2の柑橘由来分散体のセルロース成分およびセルロース(標準試料)と比較したFT-IRを表す図である。
図3】実施例2の柑橘由来分散体に含まれるナノセルロースを表すSPMによる図である。
図4】実施例1,2の柑橘由来分散体のペクチン成分およびペクチン(標準試料)と比較したFT-IRを表す図である。
図5】実施例1、2及び比較例2、3、4、5で調製された分散体をコーティングしたイチゴの3日経過後の状態を表す写真である。
図6】実施例3、4及び比較例6、7、8、9、10で調製された分散体をコーティングしたイチゴの2日経過後の状態を表す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
(分散体)
本発明の分散体は、柑橘類果皮由来の、アニオン性官能基含有セルロース、有機物及びペクチンを少なくとも含有することが重要な特徴であり、アニオン性官能基含有セルロース、好適にはアニオン性官能基含有ナノセルロースが、ナノセルロース同士の荷電反発による自己組織化構造による構造体を構成し、ペクチンがかかる構造体のバインダーとなることにより、安定した皮膜を形成可能な分散体となる。また、酸化処理又はヒドロキシ酸処理由来のアニオン性官能基がセルロースに導入されていることにより、これらの混合物から成る構造体が、有機物が有する生理活性を有効に発現可能な構造に再構築されていると考えられる。すなわち、セルロースに導入されたアニオン性官能基に有機物が担持されることによって、生理活性を有する有機物がセルロース表面に効率よく担持された構造体となり、有機物による抗菌作用を効率よく発現することが可能になる。更にペクチンにもアニオン性官能基が導入されることによって、セルロースと共に有機物を効率よく担持することが可能となる。
尚、本明細書において抗菌作用には、黄色ブドウ球菌、サルモネラ菌、大腸菌、MRSA、緑膿菌等の菌に対する静菌作用又は殺菌作用以外に、クロコウジカビ、アオカビ、クロカビ等のカビに対する静菌作用又は殺菌作用も含んでいる。
【0015】
柑橘類は、外果皮(フラベド)、中果皮(アルベド)、じょうのう膜、種子、及び砂じょうから成るが、本発明においては、セルロース、生理活性を有する有機物及びペクチンを含有する、外果皮(フラベド)及び/又は中果皮(アルベド)を柑橘類果皮として必須とする。
本発明においては公知の柑橘類を制限なく使用することができ、公知の柑橘類の中から少なくとも1種を選択して使用することができる。柑橘類としては、これに限定されないが、温州ミカン、レモン、グレープフルーツ、ライム、柚子、オレンジ、甘夏、八朔、夏みかん、伊予柑、清見、不知火、せとか、橙、文旦、カボス、酢橘、ポンカン、金柑、シークワーサー等を例示することができる。
【0016】
地球上の木、草、微細藻類に代表される植物はリグニン以外にもセルロース、ヘミセルロース、ペクチンなどの多糖を含んでおり、その組成や含有量は植物の種類、部位、化学処理によって異なる。多糖は単糖である構成糖がグルコシド結合したポリマーであることから、分解などの手法で結合を切り離して多糖を単糖化し、得られた単糖を液体クロマトグラフ法、ガスクロマトグラフ法、比色分析などで構成糖を検出することができる。
本発明の酸化処理またはヒドロキシ酸処理した柑橘分散体の構成糖は、測定方法は特に限定されないが、実施例に後述するようにLC/MS測定により行うことができる。図1に示されるように、酸化処理またはヒドロキシ酸処理された抗菌作用を有する柑橘果皮由来分散体から、グルコース、デオキシグルコース、ラムノースの構成糖が検出された。
本発明の分散体においては、酸化処理またはヒドロキシ酸処理した柑橘類由来のメタノール及び水不溶分成分における構成糖として、グルコース及びデオキシ糖を少なくとも含有していることが好適であり、さらにデオキシ糖はデオキシグルコース及びラムノースであることが好適であり、このような構成糖を含有する酸化処理またはヒドロキシ酸処理した柑橘類果皮として、伊予柑または甘夏の外果皮(フラベド)または中果皮(アルベド)を好適に使用することができる。
【0017】
また植物に含有される有機物は発生ガスのGC/MSやLC/MS測定等を用いて特定することができる。本発明の分散体の有機物は、測定方法は特に限定されないが、実施例に後述するように、柑橘果皮由来分散体から揮発する発生ガスをGC/MS測定及び前述のLC/MS測定により、酸化処理またはヒドロキシ酸処理された抗菌作用を有する柑橘果皮由来分散体の有機物として、アルコール類、酢酸、フルフラール、リモネン、テルピネン、テルピオネール、メチル-(メチルエチル)-ベンゼン、アデニンが検出された。
柑橘類果皮に含有される生理活性を有する有機物としては、これに限定されるものではないが、アルコール類、酢酸、フルフラール、リモネン、テルピネン、テルピオネール、メチル-(メチルエチル)-ベンゼン、アデニン等を例示することができ、本発明においてはこれらの中から選択される少なくとも1種を含有し、これらの有機物がセルロースやペクチン構造体表面に担持されていることにより、抗菌作用を有効に発現することが可能となる。
【0018】
本発明の分散体のセルロース成分とペクチン成分は、操作方法は限定されないが実施例のようにして分離回収できる。ちなみにナノセルロースはセルロース成分として得られる。後述する実施例1の酸化処理された柑橘果皮由来分散体は0.4質量%のペクチン成分及び1.6質量%のセルロース成分を含有し、また、後述する実施例2のヒドロキシ酸処理された柑橘果皮由来分散体は、0.4質量%のペクチン成分及び1.5質量%のセルロース成分を含有する。
【0019】
本発明の分散体において、セルロースに導入される酸化処理又はヒドロキシ酸処理に由来するアニオン性官能基としては、後述する酸化処理又はヒドロキシ酸処理に由来するカルボキシル基、リン酸基、硫酸基等を例示することができる。本発明においては特に、後述するようにTEMPO触媒を用いた酸化処理が施されていることが好適であることから、アニオン性官能基としてカルボキシル基を含有することが好適である。
本発明の分散体に含まれるナノセルロースがアニオン性官能基を含有することは、前記のセルロース成分をFT-IR測定した結果から示唆される。
図2に、実施例1、2の柑橘果皮由来分散体のセルロース成分およびセルロース(標準試料)を比較したFT-IRを示す。この図2に示されるように、酸化処理またはヒドロキシ酸処理された実施例1、2のセルロース成分のカルボキシ基に由来するC=O成分のカルボニル基(1750cm-1付近)及び水酸基(1650cm-1及び3300cm-1付近)は、前記処理を行っていないセルロース試料のカルボニル基及び水酸基に帰属する吸光度に対して出現と増加を示しており、酸化処理またはヒドロキシ酸処理された柑橘果皮由来分散体のナノセルロースはカルボキシ基に由来するアニオン性官能基を有していることを示す。またリン酸や硫酸を用いた場合においてリン酸基や硫酸基に由来するアニオン性官能基を有することもできる。
【0020】
アニオン性官能基は、分散体中に0.01~4.0mmol/g、特に0.01~2.0mmol/gの量で含有されていることが好適である。上記範囲よりもアニオン性官能基の含有量が少ない場合には、上記範囲にある場合に比して、アニオン性官能基を含有することにより発現される腐敗防止効果等の作用効果を充分に得られないおそれがあり、その一方上記範囲よりもアニオン性官能基の含有量が多い場合には、セルロースの結晶構造が維持できなくなるおそれがあり、分散体による皮膜形成ができないおそれがある。
【0021】
本発明の分散体に含有するナノセルロースは走査型プローブ型顕微鏡(SPM)等で観察することができる。一例として、図3に、実施例2の柑橘果皮由来分散体のナノセルロースのSPMによる画像を示すが、柑橘果皮由来分散体に含有するナノセルロースは1000nm以下、好ましくは2~100nmの繊維幅である。また繊維長は特に限定されないが100nm~1000μmであるのが好ましい。またナノセルロースは単離状やフィブリル状の形態を示し、繊維の形態や分布は特に限定されない。また本発明のナノセルロースはセルロースナノファイバー及びセルロースナノクリスタルを含む概念である。
【0022】
またペクチンは、カルボキシ基を有するガラクツロン酸とガラクツロン酸の一部がメチルエステル化されたガラクツロン酸メチルエステルがα-1,4結合したポリガラクツロン酸から成る。一般に自然に存在するペクチンはエステル化度が50以上のハイメトキシ(HM)ペクチンであるが、酸処理により分散体中の構成糖が変化し、ガラクツロン酸メチルエステルが脱メチルエステルされたカルボキシ基を有するガラクツロン酸に一部変換され、エステル化度が50未満のローメトキシ(LM)ペクチンとなる場合がある。
本発明の分散体に含有するペクチンは、操作方法は限定されないが、後述する実施例で行ったように分離回収したペクチン成分をFT-IRで確認することができる。図4は、酸化処理またはヒドロキシ酸処理された実施例1,2の柑橘由来分散体のペクチン成分およびペクチン(標準試料)と比較したFT-IR測定した結果であり、この図4からわかるように、カルボキシ基の水酸基の水酸基(1650cm-1及び3300cm-1付近)は、ペクチン試料の水酸基に帰属する吸光度に対して増加を示しており、酸化処理またはヒドロキシ酸処理によりペクチンの一部は脱メチルエステル化されていることが示唆される。
【0023】
また本発明の分散体においては、水及び/又はアルコールを分散媒とする分散液とすることができ、セルロース等の分散性の観点からは、水だけ、或いは、水と、メタノール,エタノール,イソプロパノール等の低級アルコールとの混合溶媒を用いることが好適である。
また本発明の分散体は、上記分散液の他、上記分散液を塗布、乾燥して得られる皮膜から成る分散体であってもよく、液状及び膜状の何れの状態においても、セルロース表面のアニオン性官能基に有機物が担持された構造体が維持され、優れた抗菌作用等を発現することができる。
【0024】
(分散体の製造方法)
本発明の分散体の製造方法においては、柑橘類果皮を、酸化処理又はヒドロキシ酸処理する工程、及び機械解繊処理する工程を有することが重要な特徴である。酸化処理又はヒドロキシ酸処理する工程、機械解繊処理する工程の順序は、いずれを先に行っても、本発明の分散体は得ることができるが、解繊処理に先立って酸化処理又はヒドロキシ酸処理を先に行うことにより、セルロースをナノセルロースとすることができる点において、酸化処理又はヒドロキシ酸処理を先に行うことが望ましい。
また原料となる柑橘類果皮の大きさによっては、酸化処理又はヒドロキシ酸処理に先立って、柑橘類果皮を0.01~1mm程度の大きさに切断して微細化しておくことが、次いで行う酸化処理又はヒドロキシ酸処理を効率よく行うことができる点で好適である。切断処理自体は、従来公知のカッターミルやブレンダー等を用いた方法により行うことができる。また切断に際して、柑橘類果皮の洗浄、乾燥を必要により行うこともできる。
【0025】
[酸化処理]
酸化処理としては、酸化剤及び/又はTEMPO触媒を用いた酸化処理を行うことができる。TEMPO触媒は必ずしも必要ではないが、酸化反応を温和に行うために使用が好ましい。これらの処理により、ナノセルロースはアニオン性官能基が導入されると共に、微細繊維化される。
尚、酸化処理は、アニオン性官能基の総量が上記範囲となる限り、いずれか一つの処理を行えばよいが、同一の処理を複数回、或いは他の処理と組み合わせて複数回行ってもよい。
またペクチンは、酸化処理により一部のガラクツロン酸メチルエステルが脱メチルエステルし、カルボキシ基を有するガラクツロン酸に変換される。
【0026】
酸化剤としては、ハロゲン、次亜ハロゲン酸、亜ハロゲン酸、過ハロゲン酸又はそれらの塩、ハロゲン酸化物、過酸化物等公知の酸化剤を例示することができ、特に次亜塩素酸ナトリウムや次亜臭素酸ナトリウムを好適に使用できる。酸化剤は、柑橘類果皮(固形分)1gに対して0.1~500mmol、特に1~50mmolの量で使用することが好適である。酸化剤を添加して一定時間が経過した後、更に酸化剤を加えることで追酸化処理することもできる。
【0027】
また共酸化剤としては、臭化ナトリウム等の臭化アルカリ金属、ヨウ化ナトリウム等のヨウ化物アルカリ金属を好適に使用できる。共酸化剤は、柑橘類果皮(固形分)1gに対して0.1~500mmol、特に1~50mmolの量で使用することが好適である。
また反応液は、水やアルコール溶媒を反応媒体とすることが好ましい。
【0028】
酸化処理の反応温度は、用いる酸化剤の種類によって異なるが、4~50℃、特に20~40℃の範囲にあることが好適である。また反応時間は1~360分、特に30~240分であることが好ましい。
反応の進行に伴い、ナノセルロース中にカルボキシル基が生成するため、スラリーのpHの低下が認められるが、酸化反応を効率よく進行させるため、水酸化ナトリウム等のpH調整剤を用いてpH9~11の範囲に維持することが望ましい。
【0029】
TEMPO触媒(2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシル)を用いた酸化処理は、TEMPO触媒を用いた従来公知の酸化方法と同様に行うことができる。具体的には、柑橘類果皮を、TEMPO触媒(2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシル)を介した水系、常温、常圧の条件下で、セルロースグルコースユニットの6位の水酸基をカルボキシル基に酸化する酸化反応を生じさせる。
TEMPO触媒としては、上記2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシルの他、4-アセトアミド-TEMPO、4-カルボキシ-TEMPO、4-フォスフォノキシ-TEMPO等のTEMPOの誘導体を用いることもできる。
TEMPO触媒の使用量は、柑橘類果皮(固形分)1gに対して0~100mmol、好ましくは0.5~2mmolの量である。
TEMPO触媒を用いた酸化処理は、上述した酸化剤、臭化物又はヨウ化物等の共酸化剤をTEMPO触媒と併用することが特に好適である。
【0030】
TEMPO触媒を用いた酸化処理の反応温度は4~50℃、特に20~40℃の範囲であり、室温であってもよい。また反応時間は1~360分、特に30~240分であることが好ましい。
TEMPO触媒を用いた酸化処理においても酸化剤を用いた酸化処理と同様に、反応の進行に伴い、ナノセルロース中にカルボキシル基が生成するため、スラリーのpHが低下するので、水酸化ナトリウム等の公知のpH調整剤を用いてpH9~11の範囲に維持することが望ましい。酸化処理後に、使用した触媒等を水洗などにより除去する。
これらを用いた酸化処理によりセルロースグルコースユニットの6位の水酸基をカルボキシル基に置換する。また酸化剤にリン酸や硫酸等を混合した場合においてリン酸基や硫酸基に由来するアニオン性官能基に置換することもできる。
【0031】
[ヒドロキシ酸処理]
ヒドロキシ酸を用いた処理においては、柑橘果皮由来のナノセルロースにカルボキシ基が導入される。またヒドロキシ酸にリン酸や硫酸等を混合した場合においてはリン酸基や硫酸基に由来するアニオン性官能基が導入されることできる。
またヒドロキシ酸処理でも、ペクチンの一部のガラクツロン酸メチルエステルが脱メチルエステル化し、カルボキシ基を有するガラクツロン酸に変換される。
ヒドロキシ酸としては、クエン酸、酒石酸、グリコール酸、乳酸、グリセリン酸、ヒドロキシ酪酸、タルトロン酸、これらのアルカリ金属塩等を例示することができ、これらの中から少なくとも1種のヒドロキシ酸を用いることができる。本発明においては、特にクエン酸を好適に使用することができる。
ヒドロキシ酸は、柑橘類果皮(固形分)1gに対して5~50mmol、好ましくは20~50mmolの量で使用することが好適である。
ヒドロキシ酸処理の反応温度は、4~80℃、特に20~50℃の範囲であることが好ましい。また反応時間は10~360分、特に30~240分であることが好ましい。
【0032】
[機械的処理]
酸化処理又はヒドロキシ酸処理を経た柑橘類果皮は、次いで、解繊処理や粉砕処理等の機械的処理に付される。解繊処理に付されることにより、セルロースをナノセルロース化することが可能になり、分散体を構成するアニオン性官能基含有ナノセルロース、有機物及びペクチンから成る構造体の再構築がなされ、有機物がアニオン性官能基に担持されて、有機物が有する生理活性を効率よく発揮することが可能になる。尚、ナノセルロースの大きさはこれに限定されないが、繊維幅が2~100nmで繊維長が100nm~1000μmの範囲にあることが好適である。
解繊処理は、従来公知の方法によって行うことができ、具体的には、超高圧ホモジナイザー、超音波ホモジナイザー、グラインダー、高速ブレンダ―、ビーズミル、ボールミル、ジェットミル、離解機、叩解機、二軸押出機等を使用して微細化することができる。
解繊処理は、酸化処理又はヒドロキシ酸処理後の柑橘類果皮の状態や、その用途に応じて、乾式又は湿式の何れで行うこともできる。分散液の状態で使用する場合には、水等を分散媒として超高圧ホモジナイザー等により解繊することが好適である。
【0033】
[分散処理]
機械解繊処理後、水などを分散媒として更に分散処理に付することにより、分散液を調製する。分散処理は超音波分散機、ホモジナイザー、ミキサー等の分散機を好適に使用することができ、また、攪拌棒、攪拌石等による攪拌方法を用いても良い。
このようにして得られた分散液は、後述するコーティング剤としてそのまま使用することもできるし、或いはこの分散液を塗工・乾燥して皮膜を形成し、膜状の分散体とすることもできる。
【0034】
(コーティング剤)
上記のようにして調製された分散液は、塗布・乾燥により皮膜を形成することが可能であり、有機物が有する生理活性を備えた皮膜を形成可能なコーティング剤として有効に使用できる。中でも農産物のコーティング剤として好適に使用できる。
すなわち、本発明の分散体は、柑橘類果皮の有機物由来の抗菌作用等の生理活性を有すると共に、ナノセルロース由来のガスバリア性を有することから抗酸化作用を有し、農産物表面に被膜として形成されると、腐敗防止作用効果を発揮することができる。また柑橘類果皮を主成分とするコーティング剤を農産物に適用することにより、資源循環型の農業システムを提供することが可能となる。
コーティング剤は、本発明の分散液から成ることができるが、中でも酸化処理としてTEMPO触媒及び次亜塩素酸ナトリウムを用いた酸化処理が施されて成る分散液が、腐敗防止効果の点で特に好適に使用することができる。
【0035】
コーティング剤中のナノセルロース、有機物及びペクチンから成る構造体は、固形分基準で0.1~10質量%、特に1~5質量%の量で含有されていることが好ましい。上記範囲よりも少ない場合には、上記範囲にある場合に比して有機物が有する生理活性を効果的に発揮することができないおそれがあり、その一方上記範囲より多いと上記範囲にある場合に比して塗工性や製膜性に劣るようになる。
またコーティング剤の溶媒は、水だけでもよいが、メタノール、エタノール、イソプロパノール等のアルコールと水との混合溶媒であってもよい。例えば、イチゴの場合は、水またはエタノールの単独または混合溶媒が好適である。
また本発明のコーティング剤は、優れた製膜性を有していることから特に必要はないが、ポリビニルアルコール等の水溶性高分子や、アルギン酸、カラギーナン等の増粘多糖類、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、アセチルセルロース等のセルロース誘導体、澱粉類、澱粉変性類、ゼラチン等のたんぱく質等を任意に配合することもできる。
また必要に応じて、樹脂剤、充填剤、着色剤、紫外線吸収剤、帯電防止剤、耐水剤、粘土鉱物剤、架橋剤、バリア剤、金属塩、コロイダルシリカ、アルミナゾル、酸化チタン等公知の添加剤を配合することもできる。
【0036】
コーティング剤は従来公知の方法で塗布することができ、これに限定されないが、例えばスプレー塗装、浸漬、或いはバーコーター、ロールコーター、グラビアコーター等、被塗工物の種類や形状等に応じて適宜選択することができ、温度10~200℃で0.01~3600分間の条件で乾燥(加熱)することができる。また乾燥(加熱)処理は、オーブン乾燥、赤外線加熱、高周波加熱等により行うことができるが、自然乾燥であってよい。
農産物に塗布する場合には、加熱による農産物へのダメージを回避する観点から10~30℃の範囲で、30分~24時間乾燥、或いは自然乾燥することが好ましい。また、溶媒が蒸発すればよく、氷点下以下の温度環境で乾燥することもできる。また塗工量も、農産物の種類に応じて適宜変更することができ、例えば、イチゴの場合には1nm~500μmの厚み(固形物)でコーティングすることが好ましく、これにより優れた腐敗防止効果が得られると共に、水洗により容易に除去可能で味への影響も少ない。
また必要に応じて、本発明のコーティング剤から成る被膜の上に、紫外線吸収性、変色防止性、透明性、着色性、耐水性、ガスバリア性、水分バリア性、耐傷性等の機能性を持つ公知の単独または複数のコーティング剤をコーティングすることができる。
【0037】
本発明のコーティング剤は、これに限定されないが、果実類、野菜類、穀類、菌茸類、花卉類、畜産物等に使用することができる。
果実類としては、これに限定されないが、各種柑橘類、リンゴ、モモ、ナシ、西洋ナシ、バナナ、ブドウ、サクランボ、ブルーベリー、ラズベリー、ブラックベリー、ビワ、イチジク、カキ、マンゴー、アボカド、パイナップル、バナナ、パパイア、アンズ、ウメ、スモモ、モモ、キウイフルーツ、イチゴ等を例示できる。また野菜類としては、これに限定されないが、ナス、トマト、ピーマン、カボチャ、キュウリ等の果菜類、米、麦、トウモロコシ等の穀物類、インゲンマメ、エンドウ、エダマメ等の豆類、キャベツ、クレソン、レタス、シソ等の葉菜類、ネギ、ニラ等の茎菜類、ブロッコリー、カリフラワー等の花菜類、カブ、ダイコン、ニンジン等の根菜類、シイタケ、シメジ、エノキタケ等の菌茸類を例示できる。
また畜産物としては、これに限定されないが、牛、豚、羊、鶏、魚、貝類等を例示できる。
【0038】
本発明の分散体は、柑橘類果皮由来の成分から成ることから安全であり、農産物のカビの発生や変色(酸化による褐変)等腐敗の進行を効果的に抑制することができると共に、農産物表面に被膜を形成することにより、葉物野菜等の農産物からの水分の蒸散を抑制してしおれを抑制することもできるため、農産物用のコーティング剤として有効に利用できる。
また本発明のコーティング剤は、これに限定されないが、畜産物の穀物等の飼料や飼育材のカビ、変色、腐敗の発生進行を抑制することができ、柑橘類果皮由来の成分から成ることから安全に使用でき、畜産物用のコーティング剤として有効に利用できる。
【実施例0039】
以下に本発明の実施例を説明する。なお、以下の実施例は本発明の一例であり、本発明はこれらの実施例には限定されない。各項目の調製や測定方法は、次の通りである。
【0040】
<実施例1>
<酸化処理した柑橘果皮由来分散体の調製>
外果皮(フラベド)及び中果皮(アルベド)を含む伊予柑の果皮について、同じ重量の水を加えてミキサーで粗粉砕し、柑橘果皮スラリーを得た。前記柑橘果皮スラリー2gに対し、TEMPO触媒(Sigma Aldrich社製)0.8mmolと臭化ナトリウム12.1mmolを添加し、イオン交換水を加えて1Lにメスアップし、均一に分散するまで攪拌した。その後30mmolの次亜塩素酸ナトリウムを添加し、酸化反応を開始した。反応中は0.5N水酸化ナトリム水溶液でpH10.0から10.5に系内のpHを保持し、30℃で3時間酸化反応を行った。酸化した柑橘果皮スラリーは高速冷却遠心分離機(16500rpm,10分)を用いてイオン交換水の添加と脱水を繰り返し、中性になるまで十分洗浄を行った。水を加えてミキサー(7011JBB,大阪ケミカル株式会社)で解繊処理し、TEMPO触媒反応によって酸化した柑橘果皮由来分散体を得た。
【0041】
<コーティングしたイチゴの調製>
前記の柑橘果皮由来分散体に水を加えて分散させてコーティング剤とし、前記コーティング剤にイチゴを30秒間含浸して取り出して風乾し、酸化処理した柑橘果皮由来分散体によってコーティングしたイチゴを調製した。
【0042】
<腐敗確認試験>
前記のコーティングされたイチゴをシャーレ上に置いてボックス内に密封し、室温において所定日数静置した後にカビを自然発生させ腐敗を確認した。カビの発生は目視で判定し、カビ発生果率及びカビ抑制効果は以下の式に基づいて計算した。
カビ発生果率(%)=カビ発生果数/処理果数×100
カビ抑制効果(%)=(無処理区のカビ発生果率-処理区のカビ発生果率)/無処理区のカビ発生果率×100
【0043】
<実施例2>
<ヒドロキシ酸処理した柑橘果皮由来分散体の調製>
実施例1と同様にして柑橘果皮スラリーを得た後、前記柑橘果皮スラリー2gに対し、10質量%のクエン酸水溶液を添加し、30℃で2時間ヒドロキシ酸処理を行った。その後はヒドロキシ酸処理した柑橘果皮スラリーを実施例1と同様に実施し、ヒドロキシ酸処理した柑橘果皮由来分散体を得た。
その後は実施例1と同様に実施し、コーティングしたイチゴ及び腐敗確認試験を行った。
【0044】
<実施例3>
外果皮(フラベド)及び中果皮(アルベド)を含む甘夏の果皮を用いた以外は実施例1と同様に実施し、TEMPO触媒反応によって酸化された柑橘果皮由来分散体を得た。
その後は実施例1と同様に実施し、コーティングしたイチゴ及び腐敗確認試験を行った。
【0045】
<実施例4>
外果皮(フラベド)及び中果皮(アルベド)を含む甘夏の果皮を用いた以外は実施例2と同様に実施し、ヒドロキシ酸処理した柑橘果皮由来分散体を得た。
その後は実施例1と同様に実施し、コーティングされたイチゴ及び腐敗確認試験を行った。
【0046】
<比較例1>
未処理のイチゴをシャーレ上に置いてボックス内に密封し、その後は実施例1と同様に実施して腐敗確認試験を行った。
【0047】
<比較例2>
水洗したイチゴをシャーレ上に置いてボックス内に密封し、その後は実施例1と同様に実施して腐敗確認試験を行った。
【0048】
<比較例3>
1質量%の次亜塩素酸ナトリウム水溶液にイチゴを30秒間含浸し、その後に取り出してシャーレ上に置いてボックス内に密封し、その後は実施例1と同様に実施して腐敗確認試験を行った。
【0049】
<比較例4>
伊予柑のじょうのう膜を用いた以外は実施例1と同様に実施し、TEMPO触媒反応によって酸化した柑橘由来分散体を得た。
その後は実施例1と同様に実施し、コーティングされたイチゴ及び腐敗確認試験を行った。
【0050】
<比較例5>
伊予柑のじょうのう膜を用いた以外は実施例2と同様に実施し、ヒドロキシ酸処理した柑橘由来分散体を得た。
その後は実施例1と同様に実施し、コーティングされたイチゴ及び腐敗確認試験を行った。
【0051】
<比較例6>
未処理のイチゴをシャーレ上に置いてボックス内に密封し、その後は実施例3と同様に実施して腐敗確認試験を行った。
【0052】
<比較例7>
水洗したイチゴをシャーレ上に置いてボックス内に密封し、その後は実施例3と同様に実施して腐敗確認試験を行った。
【0053】
<比較例8>
1質量%の次亜塩素酸ナトリウム水溶液にイチゴを30秒間含浸し、その後に取り出してシャーレ上に置いてボックス内に密封し、その後は実施例3と同様に実施して腐敗確認試験を行った。
【0054】
<比較例9>
外果皮(フラベド)及び中果皮(アルベド)を含む甘夏の果皮について、同じ重量の水を加えてミキサーで粗粉砕し、柑橘果皮スラリーを得た。水を加えてミキサー(7011JBB、大阪ケミカル株式会社)で機械解繊処理し、高速冷却遠心分離機(16500rpm、10分)を用いてイオン交換水の添加と脱水を繰り返して十分洗浄を行った後、水を加えてミキサーで再度分散処理し、機械解繊された柑橘果皮由来分散体を得た。
その後は実施例1と同様に実施し、コーティングされたイチゴ及び腐敗確認試験を行った。
【0055】
<比較例10>
甘夏のじょうのう膜を用いた以外は比較例6と同様に実施し、機械解繊した柑橘由来分散体を得た。その後は実施例1と同様に実施し、コーティングされたイチゴ及び腐敗確認試験を行った。
【0056】
<LC/MS測定>
実施例1及び2で得られた柑橘果皮由来分散体についてメタノールを用いて抽出を行い、メタノール不溶部とメタノール可溶部を遠心分離機を用いて分離回収した。さらにメタノール不溶部について水を用いて抽出し、メタノール不溶部―水不溶部を遠心分離機を用いて分離回収した。
前記のメタノール不溶部―水不溶部を約5mg秤量し、酸加水分解を行った。得られた分解液を超純水で数回洗い、5mLにメスアップした。この溶液をアセトニトリルで2倍希釈し、メンブレンフィルター(0.45μm)でろ過し、得られたろ液について以下の条件でLC/MS測定を行った。結果を図1に示す。グルコース、デオキシグルコース及びその構造異性体、ラムノース、アデニンが検出された。また図1-1~図1-6に、図1(A)のピーク1~6のマススペクトルをそれぞれ示す。
・装置:Thermo Fisher Scientific,
Vanquish/Orbitrap Exporis120
カラム:shodex NH2P-50
溶離液組成:水/アセトニトリル系グラジエント条件
流量:1.0mL/分
カラム温度:40℃
検出器:FT-MS
注入量:15μL
イオン化法:ESI(m/Z=100~2,000)
ネガティブモード及びポジティブモード(参照データとして取得)
【0057】
<発生ガスのGC/MS測定>
実施例1及び2で得られた柑橘果皮由来分散体について約0.025gを20mLのバイアル瓶に入れて密栓し、試料を入れたバイアル瓶をヘッドスペースサンプラー(HSS)を用いて加熱を行い、発生ガスをGC/MS に注入し、以下の測定条件でGC/MS測定を行った。アルコール類、酢酸、フルフラール、リモネン、テルピネン、テルピオネール、メチル-(メチルエチル)-ベンゼンが検出された。
・HSS:島津製作所、HS―20
加熱条件:150℃×30分
サンプルライン温度:160℃
トランスファーライン温度:200℃
・GC/MS:島津製作所、QP2020
カラム:HP-1
カラム温度:40℃(3分保持)から120℃まで10℃/分で昇温、300℃まで20℃/分で昇温し、その後保持
カラム圧力:51.5Pa
キャリアーガス:ヘリウム(1ml/分)
注入口:スプリット(スプリット比 20:1)
検出器:MS
イオン化法:EI法
電子エネルギー:70eV
EM電圧:1.04kV
イオンソース温度:230℃
インターフェイス温度:300℃
質量範囲:m/Z=10~800
【0058】
<SPM>
実施例2で調製された柑橘果皮由来分散体をシリコンウエハ上にスピンコートして展開し、SPM(AFM5300E、日立ハイテクサイエンス)を用いてナノセルロースを観察した。DFMモード、深針Si製(バネ定数9N/m相当品)の条件で行った。得られたSPM画像を図3に示す。
【0059】
<セルロース成分とペクチン成分の分離処理>
実施例1及び2で調製された柑橘果皮由来分散体についてメタノールを用いて抽出を行い、メタノール不溶部とメタノール可溶部を遠心分離機を用いて分離回収した。さらにメタノール不溶部について水を用いて抽出し、メタノール不溶部-水可溶部をペクチン成分として、またメタノール不溶部-水不溶部をセルロース成分として、遠心分離機を用いて分離した。
【0060】
<FT-IR>
前記分離処理により柑橘果皮由来分散体から分離したセルロース成分とペクチン成分、及び前記分離処理を同様に行ったセルロース(標準試薬、富士フィルム和光純薬製)およびペクチン(標準試薬、富士フイルム和光純薬製)を用いて、以下の条件でFT-IR測定した。セルロース成分及びセルロース(標準試料)の結果を図2に示し、ペクチン成分及びペクチン(標準試料)の結果を図4に示す。
・FT-IR:Thermo Fisher Scientific製
(Nicolt iS10)
測定法:一回反射型ATR法(smart ITR ダイヤモンド45°)
分離能:4cm-1
検出器:DTGS
積算回数:64回
【0061】
<経時後のイチゴの状態観察>
実施例1,2及び比較例2~5で調製された柑橘果皮由来分散体をコーティングしたイチゴの3日経過後の状態を表す写真を撮影した。写真を図5に示す。
同様に、実施例3,4及び比較例6~10で調製された柑橘果皮由来分散体をコーティングしたイチゴの2日経過後の状態を表す写真を撮影した。写真を図6に示す。
【0062】
【表1】
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明の分散体は優れた分散性を有すると共に、柑橘類果皮由来の抗菌作用等の生理活性を効率よく発揮することができることから、農産物のコーティング剤等に好適に使用することができ、これにより優れた腐敗防止効果を発現することができ、農産物の鮮度保持、商品価値の低下を抑制することができる。
図1
図1-1】
図1-2】
図1-3】
図1-4】
図1-5】
図1-6】
図2
図3
図4
図5
図6