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特開2024-71231転動装置における水素発生量予測方法、これに用いられる水素発生試験装置、及び、転動装置における白色組織剥離の可能性評価方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024071231
(43)【公開日】2024-05-24
(54)【発明の名称】転動装置における水素発生量予測方法、これに用いられる水素発生試験装置、及び、転動装置における白色組織剥離の可能性評価方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 17/00 20060101AFI20240517BHJP
   G01N 3/56 20060101ALI20240517BHJP
   G01M 13/04 20190101ALI20240517BHJP
【FI】
G01N17/00
G01N3/56 M
G01M13/04
【審査請求】有
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022182065
(22)【出願日】2022-11-14
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り ウェブサイトの掲載日 令和4年5月12日 ウェブサイトのアドレス https://www.tribology.jp/conference/tribology_conference/22tokyo/portal/index.html https://www.tribology.jp/conference/tribology_conference/22tokyo/portal/participants/download/documents.html
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り ウェブサイトの掲載日 令和4年5月25日 ウェブサイトのアドレス https://us06web.zoom.us/j/82263890241?pwd=cWhwS2FTMmRkMTFsT1NYcU4wMHdSZz09 https://www.tribology.jp/conference/tribology_conference/22tokyo/portal/index.html
(71)【出願人】
【識別番号】000004204
【氏名又は名称】日本精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【弁理士】
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100140442
【弁理士】
【氏名又は名称】柴山 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100129296
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 博昭
(72)【発明者】
【氏名】江波 翔
(72)【発明者】
【氏名】山田 紘樹
(72)【発明者】
【氏名】小俣 弘樹
【テーマコード(参考)】
2G024
2G050
【Fターム(参考)】
2G024AC07
2G024BA19
2G024BA21
2G024CA16
2G024CA17
2G024CA18
2G024DA02
2G024DA09
2G024DA15
2G024DA16
2G050AA01
2G050BA04
2G050BA12
2G050EA01
2G050EA04
2G050EB01
2G050EB03
2G050EC01
(57)【要約】
【課題】転動装置における潤滑剤からの水素発生量を予測することができる、転動装置における水素発生量予測方法、および、これを用いた転動装置における白色組織剥離の可能性評価方法を提供すること。
【解決手段】2つの摺動部材を、2つの摺動部材の間に潤滑剤を介在させて接触面で互いに摺動させながら、2つの摺動部材の直接接触による新生面の露出面積を算出し、潤滑剤からの水素発生量を測定し、新生面の露出面積と水素発生量との相関関係を求める工程を含み、新生面の露出面積が、2つの摺動部材の金属接触割合及びすべり速度を用いて算出される、転動装置における水素発生量予測方法。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
2つの摺動部材を、前記2つの摺動部材の間に潤滑剤を介在させて接触面で互いに摺動させながら、前記2つの摺動部材の直接接触による新生面の露出面積を算出し、前記潤滑剤からの水素発生量を測定し、前記新生面の露出面積と前記水素発生量との相関関係を求める工程を含み、
前記新生面の露出面積が、前記2つの摺動部材の金属接触割合及びすべり速度を用いて算出される、転動装置における水素発生量予測方法。
【請求項2】
2つの摺動部材を、前記2つの摺動部材の間に潤滑剤を介在させて接触面で互いに摺動させながら、前記2つの摺動部材の直接接触による新生面の露出面積を算出する第1工程と、
前記新生面の露出面積と、下記式(1)とに基づいて、すべりによる水素発生量ΔH1を算出する第2工程とを含み、
前記新生面の露出面積が、前記2つの摺動部材の金属接触割合及びすべり速度を用いて算出される、転動装置における水素発生量予測方法。
ΔH1/S=B×exp(-Ea/RT)・・・(1)
(前記式(1)中、Bは定数を表し、Sは、前記新生面の露出面積(m)を表し、Eaは、前記新生面との反応における前記潤滑剤の活性化エネルギ-(J/mol)を表し、Rは、気体定数(J/mol・K)を表し、Tは、前記潤滑剤の温度(K)を表す。)
【請求項3】
下記式(2)に基づいて、熱による水素発生量ΔH2を算出する工程をさらに含む、請求項2に記載の転動装置における水素発生量予測方法。
ΔH2=C×exp(-Eb/RT)・・・・・・(2)
(前記式(2)中、Cは定数を表し、Ebは、熱による反応における前記潤滑剤の活性化エネルギ-(J/mol)を表し、Rは、気体定数(J/mol・K)を表し、Tは、前記潤滑剤の温度(K)を表す。)
【請求項4】
前記金属接触割合がインピーダンス法によって算出される、請求項1又は2に記載の転動装置における水素発生量予測方法。
【請求項5】
密閉容器内で2つの摺動部材を互いに摺動させながら、少なくとも前記2つの摺動部材の間に介在される潤滑剤からの水素発生量を測定することが可能な水素発生試験装置であって、
前記2つの摺動部材の間のインピーダンスを測定するインピーダンス測定装置を備え、
前記2つの摺動部材は、前記2つの摺動部材の間のすべり速度を変更させることが可能であり、
前記インピーダンスが前記2つの摺動部材の金属接触割合を算出するのに用いられ、
前記金属接触割合及び前記すべり速度は、前記2つの摺動部材の直接接触による新生面の露出面積を算出するのに用いられる、水素発生試験装置。
【請求項6】
転動装置における白色組織剥離の可能性評価方法であって、
2つの摺動部材を、前記2つの摺動部材の間に潤滑剤を介在させて接触面で互いに摺動させながら、前記潤滑剤からの水素発生量を測定する水素発生量測定工程と、
前記水素発生量に基づいて前記摺動部材に白色組織剥離が形成される場合の水素発生量の閾値を決定する閾値決定工程と、
前記潤滑剤を用いる前記転動装置における水素発生量を予測する水素発生量予測工程と、
前記水素発生量の閾値と前記水素発生量予測工程で予測された水素発生量とを比較することにより、前記転動装置の白色組織剥離の可能性を評価する評価工程とを含み、
前記水素発生量予測工程が、請求項1又は2に記載の転動装置における水素発生量予測方法によって行われる、転動装置における白色組織剥離の可能性評価方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転動装置における水素発生量予測方法、これに用いられる水素発生試験装置、及び、転動装置における白色組織剥離の可能性評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
白色組織剥離は、軸受などの転動装置の金属部材に侵入した水素に起因した転動装置の剥離形態の一つであり、計算寿命よりも早く剥離が生じることから問題になっている。水素の起源は、転動装置を潤滑するために使用されている潤滑剤であると考えられている。転動装置の使用中に潤滑剤が分解し水素が発生するとされている。使用条件と潤滑剤からの水素発生量を定量評価できれば、その使用条件での白色組織剥離の可能性を予測できるようになると考えられる。しかし、水素は拡散しやすいことから、転動装置において水素発生量を測定することは困難である。このため、どのような使用条件であればどれくらいの水素が潤滑剤から発生するかについては明らかになっていない。
【0003】
そこで、軸受などの転動装置(実機)に代えて、要素試験機を用いた水素発生量の評価が行われている。例えば下記特許文献1には、軸受などの転動装置を構成する部品に侵入する拡散性水素を評価することができる評価装置が開示されている。この評価装置は、円板状の試験片に、回転する円板状の摺動部材を押し付けて摺動させる試験機を用い、純すべり条件下で、試験片に侵入し、真空引きにより拡散性水素検出室内に放出される拡散性水素を検出している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2013-234883号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献1に記載の評価装置は、純すべり条件でしか水素発生量を評価できず、実機である転動装置において行われる接触条件、すなわち、純転がり条件及び転がりすべり条件を実現できていないおそれがある。このため、この評価装置では、試験条件から、実機での水素発生量を予測することができない。
【0006】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、転動装置における潤滑剤からの水素発生量を予測することができる転動装置における水素発生量予測方法、これに用いられる水素発生試験装置、及び、転動装置における白色組織剥離の可能性評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するため研究を重ねた。具体的には、本発明者らは、2つの摺動部材の間に潤滑剤を介在させて接触面で互いに摺動させながら、試験条件を変えて潤滑剤からの水素発生量を測定した。その結果、試験条件として、2つの摺動部材の金属接触割合のみを増加させると、金属接触割合の増加に伴い、潤滑剤からの水素発生量が増加する傾向が見られることを本発明者らは見出した。ここで、金属接触割合とは、2つの摺動部材の見かけの接触面の面積に対する真実接触面の面積の割合である。ここで、見かけの接触面は、2つの摺動部材の表面が巨視的に接触している部分を表す。また、実在する摺動部材の表面には表面凹凸が存在する。そのため、実際に2面(2つの摺動部材の表面同士)の接触は、2面の表面凹凸部の突起(凸部)同士が担っている。見かけの接触面の内、表面凹凸部の突起同士が直接接触している部分を真実接触面と表す。また、試験条件として、2つの摺動部材のすべり速度のみを増加させると、すべり速度の増加に伴い、潤滑剤からの水素発生量が増加する傾向が見られることを本発明者らは見出した。ここで、すべり速度は、2つの摺動部材の周速の差である。また、すべり速度は、2つの摺動部材の間で、転動装置における純転がり条件又は転がりすべり条件を実現することも可能である。例えば、2つの摺動部材の周速が等しい時はすべり速度は0であり、転動装置における条件は純転がり条件となる。2つの摺動部材とも回転している状態で周速が異なるときは、転動装置における条件は転がりすべり条件となる。以上の結果を受けて、本発明者らは、さらに鋭意研究を重ねたところ、潤滑剤からの水素発生量と、2つの摺動部材の金属接触割合及びすべり速度を用いて算出されるパラメータである新生面の露出面積との間に良い相関が得られることを見出した。そして、本発明者らは、以下の発明により、上記課題を解決し得ることを見出した。なお、新生面とは、2つの摺動部材同士が接触している状態で滑る場合に摺動部材において酸化膜が除去されることで露出される金属の表面のことをいい、新生面の露出面積とは、その新生面の面積をいう。
【0008】
すなわち、本発明の一側面は、2つの摺動部材を、前記2つの摺動部材の間に潤滑剤を介在させて接触面で互いに摺動させながら、前記2つの摺動部材の直接接触による新生面の露出面積を算出し、前記潤滑剤からの水素発生量を測定し、前記新生面の露出面積と前記水素発生量との相関関係を求める工程を含み、前記新生面の露出面積が、前記2つの摺動部材の金属接触割合及びすべり速度を用いて算出される、転動装置における水素発生量予測方法を提供する。
上記水素発生量予測方法によれば、新生面の露出面積は、すべり速度を用いて算出され、すべり速度は、2つの摺動部材の間で、転動装置における純転がり条件又は転がりすべり条件を実現することが可能である。このため、潤滑剤からの水素発生量は、転動装置における水素発生量を反映することが可能である。したがって、新生面の露出面積が、転動装置における新生面の露出面積であれば、上記相関関係から、転動装置における水素発生量を予測することができる。
【0009】
また、本発明の別の側面は、2つの摺動部材を、前記2つの摺動部材の間に潤滑剤を介在させて接触面で互いに摺動させながら、前記2つの摺動部材の直接接触による新生面の露出面積を算出する第1工程と、前記新生面の露出面積と、下記式(1)とに基づいて、すべりによる水素発生量ΔH1を算出する第2工程とを含み、前記新生面の露出面積が、前記2つの摺動部材の金属接触割合及びすべり速度を用いて算出される、転動装置における水素発生量予測方法を提供する。
ΔH1/S=B×exp(-Ea/RT)・・・(1)
(前記式(1)中、Bは定数を表し、Sは、前記新生面の露出面積(m)を表し、Eaは、前記新生面との反応における前記潤滑剤の活性化エネルギ-(J/mol)を表し、Rは、気体定数(J/mol・K)を表し、Tは、前記潤滑剤の温度(K)を表す。)
上記水素発生量予測方法によれば、新生面の露出面積は、すべり速度を用いて算出され、すべり速度は、2つの摺動部材の間で、転動装置における純転がり条件又は転がりすべり条件を実現することが可能である。このため、すべりによる水素発生量ΔH1は、転動装置における水素発生量を実現することが可能である。したがって、新生面の露出面積が、転動装置における新生面の露出面積であれば、新生面の露出面積と上記式(1)から、転動装置における水素発生量を予測することができる。なお、式(1)におけるEa及びBの値が求められた後は、新生面の露出面積、潤滑剤の温度及び上記式(1)から、机上の計算だけで、水素発生量ΔH1を算出できるため、転動装置における水素発生量を容易に予測することができる。
【0010】
上記転動装置における水素発生量予測方法が、下記式(2)に基づいて、熱による前記潤滑剤からの水素発生量ΔH2を算出する工程をさらに含んでもよい。
ΔH2=C×exp(-Eb/RT)・・・・・・(2)
(前記式(2)中、Cは定数を表し、Ebは、熱による反応における前記潤滑剤の活性化エネルギ-(J/mol)を表し、Rは、気体定数(J/mol・K)を表し、Tは、前記潤滑剤の温度(K)を表す。)
上記水素発生量予測方法によれば、転動装置における水素発生量が、新生面の露出面積と上記式(1)及び(2)から予測することができる。このため、予測される水素発生量の精度がより向上する。これは、以下の理由によるものである。
すなわち、潤滑剤の温度が上昇すると、水素発生量は、熱による潤滑剤からの水素発生量も含むこととなる。特に、潤滑剤の温度が高いほど、水素発生量に占める熱による潤滑剤からの水素発生量の割合は高くなる。そのため、水素発生量を予測する際に、すべりによる水素発生量ΔH1のみならず、熱による水素発生量ΔH2も考慮されれば、それによって算出される水素発生量は、より実際の水素発生量に近づくものと考えられる。そのため、予測される水素発生量の精度がより向上すると考えられる。なお、式(1)及び(2)におけるEa、Eb、B及びCの値が求められた後は、新生面の露出面積、潤滑剤の温度、式(1)及び(2)から、机上の計算だけで、水素発生量ΔH1及び水素発生量ΔH2を算出できるため、転動装置における潤滑剤からの水素発生量を容易に予測することができる。
【0011】
上記水素発生量予測方法において、金属接触割合はインピーダンス法によって算出されてよい。
本発明のさらに別の側面は、密閉容器内で2つの摺動部材を互いに摺動させながら、少なくとも前記2つの摺動部材の間に介在される潤滑剤からの水素発生量を測定することが可能な水素発生試験装置であって、前記2つの摺動部材の間のインピーダンスを測定するインピーダンス測定装置を備え、前記2つの摺動部材は、前記2つの摺動部材の間のすべり速度を変更させることが可能であり、前記インピーダンスが前記2つの摺動部材の金属接触割合を算出するのに用いられ、前記金属接触割合及び前記すべり速度は、前記2つの摺動部材の直接接触による新生面の露出面積を算出するのに用いられる、水素発生試験装置を提供する。
この水素発生試験装置によれば、密閉容器内で2つの摺動部材を互いに摺動させながら、少なくとも2つの摺動部材の間に介在される潤滑剤からの水素発生量を測定することが可能である。一方、インピーダンス測定装置により、2つの摺動部材の間のインピーダンスを測定することができる。このため、このインピーダンスを用いて、2つの摺動部材の間の金属接触割合を求め、すべり速度及び金属接触割合を用いて2つの摺動部材の直接接触による新生面の露出面積算出することができる。
また、2つの摺動部材は、2つの摺動部材の間のすべり速度を変更させることが可能である。このため、上記水素発生試験装置によれば、新生面の露出面積と水素発生量との相関関係を求めることができる。ここで、新生面の露出面積は、すべり速度を用いて算出され、すべり速度は、2つの摺動部材の間で、転動装置における純転がり条件又は転がりすべり条件を実現することが可能である。このため、潤滑剤からの水素発生量は、転動装置における水素発生量を反映することが可能である。したがって、新生面の露出面積が、転動装置における新生面の露出面積であれば、上記相関関係から、転動装置における水素発生量を予測することができる。
【0012】
本発明のさらに別の側面は、転動装置における白色組織剥離の可能性評価方法であって、2つの摺動部材を、前記2つの摺動部材の間に潤滑剤を介在させて接触面で互いに摺動させながら、前記潤滑剤からの水素発生量を測定する水素発生量測定工程と、前記水素発生量に基づいて前記摺動部材に白色組織剥離が形成される場合の水素発生量の閾値を決定する閾値決定工程と、前記潤滑剤を用いる前記転動装置における水素発生量を予測する水素発生量予測工程と、前記水素発生量の閾値と前記水素発生量予測工程で予測された水素発生量とを比較することにより、前記転動装置の白色組織剥離の可能性を評価する評価工程とを含み、前記水素発生量予測工程が、上述した転動装置における水素発生量予測方法によって行われる、転動装置における白色組織剥離の可能性評価方法を提供する。
この転動装置における白色組織剥離の可能性評価方法によれば、水素発生量予測工程が、上記転動装置における水素発生量予測方法によって行われ、転動装置における潤滑剤からの水素発生量を予測することができる。このため、水素発生量の閾値と水素発生量予測工程で予測された水素発生量とを比較することにより、転動装置の白色組織剥離の可能性を評価することができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、転動装置における潤滑剤からの水素発生量を予測することができる転動装置における水素発生量予測方法、これに用いられる水素発生試験装置、及び、転動装置における白色組織剥離の可能性評価方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の一側面に係る転動装置における水素発生量予測方法に用いられる水素発生試験装置の一例を正面方向から示す概略部分断面図である。
図2】本発明の一側面に係る転動装置における水素発生量予測方法に用いられる水素発生試験装置の一例を上面方向から示す概略部分断面図である。
図3図1の2つの摺動部材の見かけの接触面及び複数の真実接触面を概略的に示す平面図である。
図4図1の2つの摺動部材の見かけの接触面及び複数の真実接触面と等価な1つの真実接触面を概略的に示す平面図である。
図5】すべり速度とすべりによる水素発生量との関係を示すグラフである。
図6】すべり速度と金属接触割合との関係を示すグラフである。
図7】新生面積露出面積とすべりによる水素発生量との関係を示すグラフである。
図8】潤滑剤の温度と新生面露出面積当たりの水素発生量との関係を示すグラフである。
図9】潤滑剤の温度と熱による水素発生量との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。
【0016】
<水素発生試験装置>
図1は、本発明の一側面に係る転動装置における水素発生量予測方法に用いられる水素発生試験装置の一例を正面方向から示す概略部分断面図であり、図2は、本発明の一側面に係る転動装置における水素発生量予測方法に用いられる水素発生試験装置の一例を上面方向から示す概略部分断面図である。
【0017】
図1及び図2に示されるように、水素発生試験装置1は、二円筒試験機構9と、密閉容器2とを有している。二円筒試験機構9は、円筒状で金属製の摺動部材20と円筒状の金属製の摺動部材21とを有している。摺動部材20、21を構成する金属は、転がり軸受や滑り軸受などの転動装置に用いられる材料と同等でよく、このような金属としては、例えば鋼が用いられる。一方の摺動部材20は、中心軸周りに回転可能な軸10aの一端に固定され、他方の摺動部材21は、中心軸周りに回転可能な軸10bの一端に固定されている。そして、摺動部材20及び摺動部材21は、密閉容器2の内部に収容されている。
【0018】
軸10aはオイルシール15aを介して密閉容器2に支持され、軸10aの他端はモータ13aのモータ軸12aにカップリング11aを介して接続されている。また、軸10aのオイルシール15aに支持される部位とモータ軸12aに接続する部位の中間部位は中間支持用軸受14aの内輪によって支持されている。中間支持用軸受14aの外輪は図示されないブロックによって支持されている。同様に、軸10bはオイルシール15bを介して密閉容器2に支持され、軸10bの他端はモータ13bのモータ軸12bにカップリング11bを介して接続されている。また、軸10bのオイルシール15bに支持される部位とモータ軸12bに接続する部位の中間部位は中間支持用軸受14bの内輪によって支持されている。中間支持用軸受14bの外輪は図示されないブロックによって支持されている。
【0019】
軸10aは、軸間距離変更装置としてのリニアガイド(図示せず)上に固定されて、水平方向(図2のX方向)に並進運動によって移動できる。水平方向へ移動する軸10aに荷重を負荷することで、軸10aと軸10bの二軸間の距離が変更可能であり、軸10aに固定された摺動部材20の周面22と、軸10bに固定された摺動部材21の周面23とを接触させることができる。本実施形態では、軸10aがリニアガイド(図示せず)上に固定されて水平方向に並進運動できるが、軸10aではなく、軸10bが軸間距離変更装置としてのリニアガイド(図示せず)上に固定されて水平方向に並進運動によって移動できる態様でも構わず、軸10aまたは軸10bのうち、少なくともどちらか一方が水平方向に並進運動によって移動できればよい。
【0020】
水素発生試験装置1は、水平方向へ移動する軸10aに荷重を負荷し、他方を固定することで、摺動部材20の周面22と摺動部材21の周面23とが接触する接触面24に面圧をかけることができる。オイルシール15a、15bは、軸10a、10bが水平方向に移動した場合でも、その移動を吸収できるように変形することができるオイルシールである。従って、軸10aまたは軸10bのうち、少なくともどちらか一方が水平方向に並進運動によって移動した場合であっても、密閉容器2内の密閉性を保つことが可能である。
【0021】
軸10aは、接続されたモータ13aによって軸中心に回転可能であり、軸10bも、接続されたモータ13bによって軸中心に回転可能である。モータ13a、13bは回転速度が可変できるモータであるため、モータ13aの回転速度を変更することによって摺動部材20の周面22の周速を変更することができ、モータ13bの回転速度を変更することによって摺動部材21の周面23の周速を変更することができる。すなわち、摺動部材20及び摺動部材21は、モータ13a、13bにより、摺動部材20及び摺動部材21の間のすべり速度(摺動部材20の周面22の周速と、摺動部材21の周面23の周速との差)を変更することが可能となっている。従って、摺動部材20の周面22の周速と摺動部材21の周面23の周速とを同じにすれば、摺動部材20と摺動部材21とは、すべりの生じない純転がり状態で接触することができ、摺動部材20の周面22の周速と摺動部材21の周面23の周速とが異なる速度となれば、摺動部材20と摺動部材21とは転がりすべり接触状態で接触することができ、摺動部材20または摺動部材21のどちらか一方の回転を止めて、他方を回転させれば、摺動部材20と摺動部材21とは純すべり接触状態で接触することができる。
【0022】
摺動部材20と摺動部材21との接触面24を潤滑するための潤滑剤として、潤滑油8が密閉容器2の内部に収容されており、潤滑油8は、摺動部材20の周面22と摺動部材21の周面23が接触する接触面24が潤滑油8に十分に浸るまでの高さであって、上部には空間(ヘッドスペース)25が確保されるような量だけ収容されている。従って、密閉容器2の内部においては、接触面24を含めた下部側には潤滑油8が満たされ、上部側は潤滑油がないヘッドスペース25が確保されており、ヘッドスペース25には空気が収容されている。なお、密閉容器2には空気が収容されているが、密閉容器2内の気体の種類は空気に限られず、空気以外の気体であってもよい。
【0023】
密閉容器2の内部には、潤滑油8を加熱するためのヒータ3が下部側に配置され、接触面24付近の潤滑油8の温度を検知する温度検知装置5が配置されている。ヒータ3及び温度検知装置5により、潤滑油8の温度が調整される。また、ヘッドスペース25には、ヘッドスペース25に溜まった水素を含む気体を吸引するためのガスポート6とヘッドスペース25の圧力を検知する圧力計4が配置されている。ガスポート6はチューブを介して、水素発生量測定装置であるガスクロマトグラフ7に接続されている。密閉容器2の内部を真空にして評価をしたい場合は、水素発生量測定装置として四重極形質量分析計を用いればよいし、水素発生量測定装置として四重極形質量分析計を用いて評価したい場合は、密閉容器2の内部を真空にすればよい。また、温度検知装置5としては、例えば熱電対が用いられる。
【0024】
水素発生試験装置1は、軸10a、10bの中間支持用軸受14a、14bとカップリング11a、11bを絶縁仕様にし、軸10a、10bを接続し、下記式(3)で表される摺動部材20と摺動部材21との間の金属接触割合αを算出するためにインピーダンス測定装置16をさらに備えてもよい。インピーダンス測定装置16としては、例えばLCRメータなどを用いることができる。
α=Ar/Aa・・・(3)
上記式(3)中、Arは、2つの摺動部材20,21同士の真実接触面の面積(m)を表し、Aaは、見かけの接触面24の面積(m)を表す。
なお、中間支持用軸受14a、14bとカップリング11a、11bは、必ずしも絶縁仕様である必要ない。
【0025】
水素発生試験装置1は、摺動部材20と摺動部材21は円筒状であって、摺動部材20及び摺動部材21をそれぞれ固定して中心軸周りに変速回転可能な軸10a、10bを備え、軸10a、10bの軸間距離が変更可能であり、軸間距離の変更により摺動部材20及び摺動部材21が摺動可能に接触する二円筒試験機構9を用いている。このため、摺動部材20と摺動部材21の接触面24の面圧、摺動部材20の回転による周速と摺動部材21の回転による周速、潤滑油8の温度を変更することにより、見かけの接触面24の面積及び金属接触割合を変更することが可能である。
【0026】
また、水素発生試験装置1では、摺動部材20及び摺動部材21は互いに中心軸周りに変速回転可能であり、摺動部材20の回転による周速と摺動部材21の回転による周速を任意に制御できる。従って、純すべり条件だけではなく、転動装置と同じ転がりすべり接触条件や、純転がり条件を再現して評価を行うことができる。
【0027】
さらに、水素発生試験装置1が、軸10a、10bを接続するインピーダンス測定装置16を備える場合には、摺動部材20及び摺動部材21の金属接触割合αを算出することが可能となる。
【0028】
また、水素発生試験装置1では、密閉容器2を用いて摺動部材20及び摺動部材21を収容し、密閉容器2のヘッドスペース25内部は空気が収容されている。従って、試験雰囲気が真空に限定されてしまうことなく、大気環境下で試験を行うことができる。
【0029】
<転動装置における水素発生量予測方法>
(第1実施形態)
次に、本発明の転動装置における水素発生量予測方法の第1実施形態について説明する。
【0030】
まず、水素発生試験装置1を用いて、2つの摺動部材20,21を、2つの摺動部材20,21の間に潤滑油8を介在させて接触面24で互いに摺動させながら、2つの摺動部材20,21の摺動開始からt(s)経過後に、2つの摺動部材20,21の直接接触による新生面の露出面積を算出し、潤滑油8からの水素発生量を測定する。
このとき、摺動部材20の周面22と摺動部材21の周面23とが接触する接触面24における面圧(GPa)、すべり速度V(m/s)、潤滑油8の温度T(K)、潤滑油8の引込み速度v(m/s)は、一定に保持する。
ここで、すべり速度Vとは、2つの摺動部材20,21同士の間のすべり速度であり、摺動部材20の周面22における周速と摺動部材21の周面23における周速との差である。引込み速度vとは、摺動部材20の周面22における周速と摺動部材21の周面23における周速との平均である。例えば、摺動部材20の周面22における周速が1.5m/sであり、摺動部材21の周面23における周速が0.5m/sの場合は、すべり速度Vは、(1.5-0.5)=1m/sであり、引込み速度は、(1.5+0.5)/2=1m/sである。
【0031】
このとき、新生面の露出面積S(m)は、2つの摺動部材20,21同士の金属接触割合α及びすべり速度Vを用いて算出される。具体的には、新生面の露出面積Sは、下記式(X)に基づいて算出される。
新生面の露出面積S=D×V×t・・・(X)
上記式(X)中、Dは、2つの摺動部材20,21の間の見かけの接触面24における真実接触面の幅(m)を表し、Vはすべり速度(m/s)を表し、tは接触時間(s)を表し、摺動部材20の周面22と摺動部材21の周面23とが接触する時間である。ここで、図3に示すように、見かけの接触面24においては通常、複数の真実接触面26が存在するが、ここでは、図4に示すように、複数の真実接触面26の合計面積と等しい面積を有する1つの円形の真実接触面27を考え、この真実接触面27の直径D(m)を真実接触面の幅とする。Dは具体的には下記式(Y)で表される。
D=2×(α×Aa/π)1/2・・・・・(Y)
上記式(Y)中、Aaは、見かけの接触面24の面積(m)を表し、αは、下記式(3)で表される金属接触割合を表す。
α=Ar/Aa・・・(3)
上記式(3)中、Arは、真実接触面27の面積(m)を表す。
ここで、見かけの接触面24の面積Aaは、例えばヘルツの接触理論より求められる。
金属接触割合αは、例えばインピーダンス法によって算出される。インピーダンス法では、水素発生試験装置1のインピーダンス測定装置16によって、摺動部材20と摺動部材21との間に交流電圧を印加し、摺動部材20,潤滑油8及び摺動部材21によって形成される電気回路におけるインピーダンスZ及び位相角θを測定して出力し、インピーダンスZ及び位相角θに基づいて金属接触割合αが算出される。
【0032】
一方、潤滑油8からの水素発生量は、密閉容器2内のヘッドスペース25から、ガスポート6及びチューブを介してガスクロマトグラフ7に、水素を含む気体を回収し、ガスクロマトグラフ7で分析を行うことにより測定する。水素発生量は、気体中の水素濃度(ppm)で表される。
このとき、水素発生量Hは、水素発生量が安定するまで同一条件で繰り返し測定し、安定した水素発生量を測定値として用いることが好ましい。潤滑油8中には、溶存する水分が存在し、この水分が分解して水素を発生させる可能性があるが、水素発生量を同一条件で繰り返し測定した後は、溶存水分による水素発生量を低下させることができる。そのため、予測される水素発生量の予測精度がより向上する。
【0033】
次に、2つの摺動部材20,21同士の金属接触割合α、すべり速度V及び接触時間tを変更することによって新生面の露出面積Sを変更し、水素発生試験装置1で水素を発生させる。以降、この操作を繰り返す。
【0034】
以上のようにして、新生面の露出面積Sと水素発生量Hとの相関関係を求める。但し、この相関関係を求める間は、例えば潤滑油8の温度T(K)及び潤滑油8の引込み速度vは一定に保持する。なお、上記相関関係を求める場合、接触時間tは必ずしも変更しなくてよく、一定であってもよい。
【0035】
上記水素発生量予測方法によれば、新生面の露出面積Sは、すべり速度Vを用いて算出され、すべり速度Vは、2つの摺動部材20,21の間で、転動装置における純転がり条件又は転がりすべり条件を実現することが可能である。このため、潤滑油8からの水素発生量は、転動装置における潤滑油からの水素発生量を反映することが可能である。したがって、新生面の露出面積Sが、潤滑油を用いる転動装置における新生面の露出面積であれば、上記相関関係から、転動装置における潤滑油からの水素発生量を予測することができる。
【0036】
ここで、潤滑油を用いる転動装置における新生面の露出面積S1は、水素発生試験装置1における新生面の露出面積Sと同様にして求めることができる。具体的には、新生面の露出面積S1は、下記式(X1)で表される。
新生面の露出面積S1=D1×V1×t1・・・(X1)
上記式(X1)中、D1は、転動装置における摺動部材同士の真実接触面の幅(m)を表し、V1はすべり速度(m/s)を表し、t1は接触時間(s)を表す。ここで、真実接触面は、通常は接触面において複数存在するが、ここでは、複数の真実接触面の合計面積と等しい面積を有する1つの円形の新生面を考え、この真実接触面の直径D1(m)を新生面の幅とする。D1は具体的には下記式(Y1)で表される。
D1=2×(α1×Aa1/π)1/2・・・(Y1)
上記式(Y1)中、Aa1は、見かけの接触面の面積(m)を表し、α1は、下記式(3A)で表される金属接触割合を表す。
α=Ar1/Aa1・・・(3A)
上記式(3A)中、Ar1は、真実接触面の面積(m)を表す。
ここで、見かけの接触面の面積Aa1は、水素発生試験装置1の2つの摺動部材20、21の見かけの接触面24の面積と同様にして求めることができる。なお、Aa1は、見かけの接触面の面積を表すが、転動装置は、転動体を複数有しており、各転動体が内輪及び外輪と接触しているため、接触面の面積は、転動体の数と、転動体が内輪及び外輪と接触する面の数に基づいて算出される。
金属接触割合α1は、例えばインピーダンス法によって算出される。インピーダンス法では、転動装置が、内輪と、外輪と、内輪及び外輪の間で内輪の外周及び外輪の内周に摺動可能に設けられる複数の転動体とを備える場合、内輪及び外輪に電気的に接続されるインピーダンス測定装置によって、内輪及び外輪の間に交流電圧を印加し、内輪、複数の転動体及び外輪によって形成される電気回路におけるインピーダンスZ及び位相角θを測定して出力し、インピーダンスZ及び位相角θに基づいて金属接触割合αが算出される。
【0037】
(第2実施形態)
次に、本発明の転動装置における水素発生量予測方法の第2実施形態について説明する。
本実施形態では、水素発生試験装置1を用いて、2つの摺動部材20,21を、2つの摺動部材20、21の間に潤滑剤を介在させて接触面24で互いに摺動させながら、2つの摺動部材20,21の摺動開始からt(s)経過後に、2つの摺動部材20,21の直接接触による新生面の露出面積を算出する(第1工程)。
新生面の露出面積は、2つの摺動部材20,21の金属接触割合α及びすべり速度Vを用いて算出される。具体的には、新生面の露出面積Sは、上記第1実施形態と同様にして測定することができる。
次に、新生面の露出面積Sと、下記式(1)とに基づいて、見かけの接触面24からのすべりによる水素発生量ΔH1を算出する(第2工程)。
ΔH1/S=B×exp(-Ea/RT)・・・(1)
上記式(1)中、Bは定数を表し、Sは、新生面の露出面積(m)を表し、Eaは、新生面との反応における潤滑油8の活性化エネルギ-(J/mol)を表し、Rは、気体定数(J/mol・K)を表し、Tは、潤滑油8の温度(K)を表す。
なお、上記式(1)は、新生面の露出面積当たりの水素発生量がアレニウスの法則に従うとの推測の下、本発明者らが実験を行い、見出したものである。
【0038】
上記水素発生量予測方法によれば、新生面の露出面積は、すべり速度を用いて算出され、すべり速度は、2つの摺動部材20,21の間で、転動装置における純転がり条件又は転がりすべり条件を実現することが可能である。このため、すべりによる水素発生量ΔH1は、転動装置における潤滑剤からの水素発生量を実現することが可能である。したがって、新生面の露出面積が、潤滑剤を用いる転動装置における新生面の露出面積であれば、新生面の露出面積と上記式(1)から、転動装置における潤滑剤からの水素発生量を予測することができる。なお、式(1)におけるEa及びBの値が求められた後は、水素発生試験装置1を使用せず、新生面の露出面積、潤滑油8の温度及び上記式(1)から、机上の計算だけで、水素発生量ΔH1を算出できるため、転動装置における潤滑剤からの水素発生量を容易に予測することができる。
【0039】
本実施形態の水素発生量予測方法は、下記式(2)に基づいて、熱による潤滑剤からの水素発生量ΔH2を算出する工程をさらに含み、水素発生量ΔH1及び水素発生量ΔH2に基づいて、転動装置における潤滑剤からの水素発生量を予測してもよい。
ΔH2=C×exp(-Eb/RT)・・・・・・(2)
上記式(2)中、Cは定数を表し、Ebは、熱による反応における潤滑油8の活性化エネルギ-(J/mol)を表し、Rは、気体定数(J/mol・K)を表し、Tは、潤滑油8の温度(K)を表す。
なお、上記式(2)は、熱による潤滑油8からの水素発生量ΔH2がアレニウスの法則に従うとの推測の下、本発明者らが、実験を行い、見出したものである。
【0040】
上記水素発生量予測方法によれば、転動装置における潤滑油8からの水素発生量が、新生面の露出面積と上記式(1)及び(2)から予測することができる。このため、予測される水素発生量の精度がより向上する。これは、以下の理由によるものである。
すなわち、潤滑油8の温度が上昇すると、水素発生量は、熱による潤滑油8からの水素発生量も含むこととなる。特に、潤滑油8の温度が高いほど、水素発生量に占める熱による潤滑油8からの水素発生量の割合は高くなる。そのため、水素発生量を予測する際に、すべりによる水素発生量ΔH1のみならず、熱による水素発生量ΔH2も考慮されれば、それによって算出される水素発生量は、より実際の水素発生量に近づくものと考えられる。そのため、予測される水素発生量の精度がより向上すると考えられる。
なお、式(1)及び(2)におけるEa、Eb、B及びCの値が求められた後は、水素発生試験装置1を使用せず、新生面の露出面積、潤滑油8の温度、式(1)及び(2)から、机上の計算だけで、水素発生量ΔH1及び水素発生量ΔH2を算出できるため、転動装置における潤滑剤からの水素発生量を容易に予測することができる。
【0041】
<転動装置における白色組織剥離の可能性評価方法>
次に、本実施形態の転動装置における白色組織剥離の可能性評価方法について説明する。
【0042】
まず、水素発生試験装置1を用いて、2つの摺動部材20,21を、2つの摺動部材20,21の間に潤滑油8を介在させて接触面24で互いに摺動させながら、潤滑油8からの水素発生量を測定する(水素発生量測定工程)。
このとき、水素発生量の測定は、転動装置における水素発生量予測方法の第1実施形態における水素発生量の測定と同様に行えばよい。
一方、2つの摺動部材20,21に白色組織剥離が形成されるかどうかを観察する。
【0043】
次に、試験条件を変更して、水素発生量を測定し、2つの摺動部材20,21に白色組織剥離が形成されるかどうかを観察する。以降、この操作を繰り返す。
そして、2つの摺動部材20,21に白色組織剥離が形成された場合、そのときの水素発生量を、2つの摺動部材20,21に白色組織剥離が形成される場合の水素発生量の閾値として決定する(閾値決定工程)。
【0044】
次に、潤滑油8を用いる転動装置における水素発生量を予測する(水素発生量予測工程)。
このとき、水素発生量予測工程は、上述した第1実施形態又は第2実施形態の転動装置における水素発生量予測方法によって行う。
【0045】
次に、水素発生量の閾値と水素発生量予測工程で予測された水素発生量とを比較することにより、転動装置の白色組織剥離の可能性を評価する(評価工程)。
【0046】
この転動装置における白色組織剥離の可能性評価方法によれば、水素発生量予測工程が、上述した第1実施形態又は第2実施形態の転動装置における水素発生量予測方法によって行われ、転動装置における潤滑剤からの水素発生量を予測することができる。このため、水素発生量の閾値と水素発生量予測工程で予測された水素発生量とを比較することにより、転動装置の白色組織剥離の可能性を評価することができる。
【0047】
以下、上記第1実施形態及び第2実施形態に関して行われた実験の結果を示す。
<実験例1:すべり速度と水素発生量の関係評価>
(水素発生試験装置1A)
水素発生試験装置1において、潤滑油8としてVG32の油を用い、潤滑油8の温度を70℃、円筒状の鋼製の摺動部材20,21(外径:6cm、厚さ:1.6cm)の周面22,23の表面粗さRaを0.02μmとした水素発生試験装置1Aを用意した。
(水素発生試験装置1B)
水素発生試験装置1において、潤滑油8としてVG32の油を用い、潤滑油8の温度を70℃、円筒状の鋼製の摺動部材20,21(外径:6cm、厚さ:1.6cm)の周面の表面粗さRaを0.07μmとした水素発生試験装置1Bを用意した。
(水素発生試験装置1C)
水素発生試験装置1において、潤滑油8としてVG32の油を用い、潤滑油8の温度を90℃、円筒状の鋼製の摺動部材20,21(外径:6cm、厚さ:1.6cm)の周面の表面粗さRaを0.07μmとした水素発生試験装置1Cを用意した。
(水素発生試験装置1D)
水素発生試験装置1において、潤滑油8としてVG32の油を用い、潤滑油8の温度を80℃、円筒状の鋼製の摺動部材20,21(外径:6cm、厚さ:1.6cm)の周面の表面粗さRaを0.07μmとした水素発生試験装置1Dを用意した。
【0048】
そして、水素発生試験装置1Aについては、すべり速度を1.26m/sとしたときのすべりによる水素発生量ΔH1(ppm)を測定し、水素発生試験装置1Bについては、すべり速度を0m/s、0.63m/s、1.26m/sとしたときのすべりによる水素発生量ΔH1(ppm)を測定し、水素発生試験装置1Cについては、すべり速度を0m/s、0.63m/s、1.26m/sとしたときのすべりによる水素発生量ΔH1(ppm)を測定し、プロットした。結果を図5に示す。
【0049】
また、水素発生試験装置1A、1B、1Cについては、すべり速度を0m/s、0.63m/s、1.26m/sとしたときの金属接触割合αを求め、プロットした。結果を図6に示す。このとき、金属接触割合αはインピーダンス法により求めた。具体的には、水素発生試験装置1のインピーダンス測定装置16によって、摺動部材20と摺動部材21との間に0.2Vの交流電圧(周波数:100kHz)を印加し、摺動部材20,潤滑油8及び摺動部材21によって形成される電気回路におけるインピーダンスZ及び位相角θを測定して出力し、インピーダンスZ及び位相角θに基づいて金属接触割合αを算出した。
【0050】
さらに、水素発生試験装置1A,1B,1Cにおいて、水素発生量ΔH1(ppm)を測定したすべり速度条件での金属接触割合αと、見かけの接触面の面積Aaとから、式(Y)に基づきDを算出した。このとき、みかけの接触面は楕円とし、見かけの接触面の面積Aaはヘルツの接触理論より下記式から求めた。
Aa=π×a×b・・・(4)
ここで、a、bはそれぞれ接触面の楕円の長軸半径(m)および短軸半径(m)であり、下記より求めた。
a=μ(3×Q×(θ1+θ2)/(2×Σρ))1/3・・・(5)
b=ν(3×Q×(θ1+θ2)/(2×Σρ))1/3・・・(6)
θ1=(1-λ1)/ε1・・・(7)
θ2=(1-λ2)/ε2・・・(8)
Σρ=1/RX+1/RY・・・(9)
1/RX=1/r1X+1/r2X・・・(10)
1/RY=1/r1Y+1/r2Y・・・(11)
μ=(2×κ×E/π)1/3・・・(12)
ν=(2×E/(π×κ))1/3・・・(13)
κ=1.0339×k0.636・・・(14)
E=1.0003+0.5968/k・・・(15)
k=RX/RY・・・(16)
上記式で、Qは摺動部材20および摺動部材21同士間の荷重(N)、λ1、λ2はそれぞれ摺動部材20および摺動部材21のポアソン比であり、ε1、ε2はそれぞれ摺動部材20および摺動部材21のヤング率(N/m)である。また、r1Xは摺動部材20の外径を直径するときの半径(m)、r1Yは摺動部材20の端面(周面22)の曲率半径(m)、r2Xは摺動部材21の外径を直径するときの半径(m)、r2Yは摺動部材21の端面(周面23)の曲率半径(m)である。
そして、このD、V及び接触時間tと上記式(X)とから、新生面の露出面積Sを求めた。このとき、接触時間tは20時間とした。そして、新生面の露出面積に対するすべりによる水素発生量ΔH1(ppm)をプロットした。結果を図7に示す。
なお、図5図7において、水素発生試験装置1A,1B,1Cの結果はそれぞれ、「△」、「◇」、「□」とした。また、水素発生試験装置1A,1B,1Cにおける面圧は2.3GPa、引込み速度は1.6m/s、接触時間(試験時間)は20時間とした。
図7に示す結果より、新生面の露出面積Sと、すべりによる水素発生量ΔH1とは、潤滑油の温度が70℃及び90℃のいずれの場合でも、良い相関が見られていることが分かった。
【0051】
<実験例2:潤滑油の温度と新生面の露出面積当たりの水素発生量の関係評価>
図7に示す結果より、新生面の露出面積当たりの水素発生量(ΔH1/S)を求めた。
また、温度の影響を詳しく調べるため、潤滑油8の温度を80℃とした水素発生試験装置1Dを用いた追加の試験を実施した。この追加の試験においては、すべり速度を1.26m/sとしたときのすべりによる水素発生量ΔH1(ppm)を測定し、金属接触割合αを求めた。面圧は2.3GPa、引込み速度は1.6m/s、接触時間(試験時間)は20時間とした。そして、水素発生試験装置1A、1B、1Cを用いた試験の場合と同様に新生面の露出面積当たりの水素発生量(ΔH1/S)を求めた。
また、潤滑油8の温度を70℃および90℃とした水素発生試験装置1Bおよび1Cを用いた追加の試験を実施した。この追加の試験においては、すべり速度を1.26m/sとしたときのすべりによる水素発生量ΔH1(ppm)を測定し、金属接触割合αを求めた。面圧は2.3GPa、引込み速度は1.6m/s、接触時間(試験時間)は20時間とした。そして、同様に新生面の露出面積当たりの水素発生量(ΔH1/S)を求めた。
そして、10/Tに対して新生面の露出面積当たりの水素発生量(ΔH1/S)をプロットした。結果を図8に示す。なお、縦軸は対数表示とした。
図8に示す結果より、温度の逆数と新生面の露出面積当たりの水素発生量の対数との関係には良好な相関があり、すべりによる水素発生はアレニウスの法則に従うことが示唆される。
【0052】
<実験例3:潤滑油の温度と熱による水素発生量の関係評価>
水素発生試験装置1B,1C,1Dにおいて、すべり速度を0m/sとしたときの水素発生量を、熱による水素発生量(ΔH2)として測定し、プロットした。結果を図9に示す。なお、縦軸は対数表示とした。
図9に示す結果より、温度の逆数と熱による水素発生量の対数との関係には良好な相関があり、熱による水素発生はアレニウスの法則に従うことが示唆される。
【0053】
尚、上記実験例1~3では、潤滑油としてVG32のみの結果が示されているが、VG32とは異なる油種が使用された場合であっても、各種因子(すべり速度、新生面露出面積)と水素発生量との間、潤滑油の温度の逆数と新生面露出面積当たりの水素発生量との間、及び、潤滑油の温度の逆数と熱による水素発生量との間で、良好な相関関係が得られると考えられる。これは、油種によらず、新生面露出面積や温度は水素発生の因子になると考えられるためである。
また、本実施形態における水素発生試験装置1では、潤滑剤として潤滑油8を使用したが、潤滑油ではなく、グリースや固体潤滑剤を使用しても構わない。グリースや固体潤滑剤を使用する場合は、摺動部材20の周面22と摺動部材21の周面23が接触する接触面24をグリースや固体潤滑剤で浸すために、例えば、グリースガンなどを用いて接触面24にグリースや固体潤滑剤を供給すればよい。
【符号の説明】
【0054】
1…水素発生試験装置、2…密閉容器、3…ヒータ、4…圧力計、5…温度検知手段、6…ガスポート、7…ガスクロマトグラフ、8…潤滑油、9…二円筒試験機構、10a,10b…軸、11a,11b…カップリング、12a,12b…モータ軸、13a,13b…モータ、14a,14b…中間支持用軸受、15a,15b…オイルシール、16…インピーダンス測定装置、20,21…摺動部材、22,23…周面、24…見かけの接触面、25…ヘッドスペース、26、27…真実接触面。

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
【手続補正書】
【提出日】2024-03-27
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
2つの摺動部材を、前記2つの摺動部材の間に潤滑剤を介在させて接触面で互いに摺動させながら、前記2つの摺動部材の直接接触による新生面の露出面積を算出し、前記潤滑剤からの水素発生量を測定する操作を、試験条件を変更しつつ繰り返すことにより、前記新生面の露出面積と前記水素発生量との相関関係を求める第4工程と、
実機である転動装置における新生面の露出面積を求めて、この新生面の露出面積に基づき、前記相関関係から、転動装置における水素発生量を予測する第5工程とを含み、
前記第4工程における前記新生面の露出面積が、前記2つの摺動部材の金属接触割合及びすべり速度を用いて算出される、転動装置における水素発生量予測方法。
【請求項2】
試験条件において、2つの摺動部材を、前記2つの摺動部材の間に潤滑剤を介在させて接触面で互いに摺動させながら、前記2つの摺動部材の直接接触による新生面の露出面積を算出する第1工程と、
前記新生面の露出面積と、下記式(1)とに基づいて、すべりによる水素発生量ΔH1を算出する第2工程と
実機である転動装置における新生面の露出面積を求めて、この新生面の露出面積に基づいて、前記式(1)から、転動装置におけるすべりによる水素発生量を予測する第3工程とを含み、
前記第1工程における前記新生面の露出面積が、前記2つの摺動部材の金属接触割合及びすべり速度を用いて算出される、転動装置における水素発生量予測方法。
ΔH1/S=B×exp(-Ea/RT)・・・(1)
(前記式(1)中、Bは定数を表し、Sは、前記新生面の露出面積(m)を表し、Eaは、前記新生面との反応における前記潤滑剤の活性化エネルギ-(J/mol)を表し、Rは、気体定数(J/mol・K)を表し、Tは、前記潤滑剤の温度(K)を表す。)
【請求項3】
下記式(2)に基づいて、熱による水素発生量ΔH2を算出する工程をさらに含む、請求項2に記載の転動装置における水素発生量予測方法。
ΔH2=C×exp(-Eb/RT)・・・・・・(2)
(前記式(2)中、Cは定数を表し、Ebは、熱による反応における前記潤滑剤の活性化エネルギ-(J/mol)を表し、Rは、気体定数(J/mol・K)を表し、Tは、前記潤滑剤の温度(K)を表す。)
【請求項4】
前記金属接触割合がインピーダンス法によって算出される、請求項1又は2に記載の転動装置における水素発生量予測方法。
【請求項5】
転動装置における白色組織剥離の可能性評価方法であって、
2つの摺動部材を、前記2つの摺動部材の間に潤滑剤を介在させて接触面で互いに摺動させながら、前記潤滑剤からの水素発生量を測定し、前記2つの摺動部材に白色組織剥離が形成されるかどうかを観察する操作を、試験条件を変更しつつ繰り返すことにより、前記摺動部材に白色組織剥離が形成される場合の水素発生量の閾値を決定する閾値決定工程と、
前記潤滑剤を用いる前記転動装置における水素発生量を予測する水素発生量予測工程と、
前記水素発生量の閾値と前記水素発生量予測工程で予測された水素発生量とを比較することにより、前記転動装置の白色組織剥離の可能性を評価する評価工程とを含み、
前記水素発生量予測工程が、請求項1又は2に記載の転動装置における水素発生量予測方法によって行われる、転動装置における白色組織剥離の可能性評価方法。