(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024071270
(43)【公開日】2024-05-24
(54)【発明の名称】Al-Mg-Si系アルミニウム合金板及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 21/02 20060101AFI20240517BHJP
C22C 21/06 20060101ALI20240517BHJP
C22F 1/043 20060101ALI20240517BHJP
C22F 1/047 20060101ALI20240517BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20240517BHJP
【FI】
C22C21/02
C22C21/06
C22F1/043
C22F1/047
C22F1/00 602
C22F1/00 613
C22F1/00 623
C22F1/00 630K
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 685Z
C22F1/00 686B
C22F1/00 691A
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 692A
C22F1/00 692B
C22F1/00 694A
C22F1/00 694B
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022182123
(22)【出願日】2022-11-14
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】宍戸 久郎
(72)【発明者】
【氏名】前川 真哉
(72)【発明者】
【氏名】青木 拓朗
(72)【発明者】
【氏名】橋本 貴浩
(72)【発明者】
【氏名】秋吉 竜太郎
(57)【要約】
【課題】中間焼鈍時の昇温速度や加熱温度を低くした場合であっても、優れた表面性状及び成形性を得ることができるAl-Mg-Si系アルミニウム合金板を提供する。
【解決手段】Al-Mg-Si系アルミニウム合金板は、Si:0.50質量%以上1.60質量%以下、Mg:0.25質量%以上1.00質量%以下、Fe:0.05質量%以上0.50質量%以下、Mn:0.01質量%以上0.30質量%以下、Cu:0.001質量%以上0.30質量%以下、を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなり、Si含有量を質量%で[Si]と表し、前記Mg含有量を質量%で[Mg]と表す場合に、[Mg]/[Si]が0.50超であり、Cube方位の面積率が9%以下であり、更に、表面を観察した場合に、円相当径が1.5μm以上である化合物の数密度が1000個/mm2以上10000個/mm2以下である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Si:0.50質量%以上1.60質量%以下、
Mg:0.25質量%以上1.00質量%以下、
Fe:0.05質量%以上0.50質量%以下、
Mn:0.01質量%以上0.30質量%以下、
Cu:0.001質量%以上0.30質量%以下、を含有し、
残部がAl及び不可避的不純物からなり、
前記Si含有量を質量%で[Si]と表し、前記Mg含有量を質量%で[Mg]と表す場合に、[Mg]/[Si]が0.50超であるAl-Mg-Si系アルミニウム合金板であって、
Cube方位の面積率が9%以下であり、
表面を観察した場合に、円相当径が1.5μm以上である化合物の数密度が1000個/mm2以上10000個/mm2以下であることを特徴とする、Al-Mg-Si系アルミニウム合金板。
【請求項2】
Si:0.50質量%以上1.60質量%以下、
Mg:0.25質量%以上1.00質量%以下、
Fe:0.05質量%以上0.50質量%以下、
Mn:0.01質量%以上0.30質量%以下、
Cu:0.001質量%以上0.30質量%以下、を含有し、
残部がAl及び不可避的不純物からなり、
前記Si含有量を質量%で[Si]と表し、前記Mg含有量を質量%で[Mg]と表す場合に、[Mg]/[Si]が0.50以下であるAl-Mg-Si系アルミニウム合金板であって、
Cube方位の面積率が12%以下であり、
表面を観察した場合に、円相当径が1.5μm以上である化合物の数密度が600個/mm2以上10000個/mm2以下であることを特徴とする、Al-Mg-Si系アルミニウム合金板。
【請求項3】
Si:0.50質量%以上1.60質量%以下、
Mg:0.25質量%以上1.00質量%以下、
Fe:0.05質量%以上0.50質量%以下、
Mn:0.01質量%以上0.30質量%以下、
Cu:0.001質量%以上0.30質量%以下、を含有し、
残部がAl及び不可避的不純物からなり、
前記Si含有量を質量%で[Si]と表し、前記Mg含有量を質量%で[Mg]と表す場合に、[Mg]/[Si]が0.50超であるAl-Mg-Si系アルミニウム合金鋳塊を用いて、請求項1に記載のAl-Mg-Si系アルミニウム合金板を製造する製造方法であって、
均質化熱処理工程、熱間圧延工程、冷間圧延工程、中間焼鈍工程及び溶体化処理工程を有し、
前記中間焼鈍工程における熱処理温度が500℃未満であるとともに、昇温速度が1℃/秒以下であることを特徴とする、Al-Mg-Si系アルミニウム合金板の製造方法。
【請求項4】
Si:0.50質量%以上1.60質量%以下、
Mg:0.25質量%以上1.00質量%以下、
Fe:0.05質量%以上0.50質量%以下、
Mn:0.01質量%以上0.30質量%以下、
Cu:0.001質量%以上0.30質量%以下、を含有し、
残部がAl及び不可避的不純物からなり、
前記Si含有量を質量%で[Si]と表し、前記Mg含有量を質量%で[Mg]と表す場合に、[Mg]/[Si]が0.50以下であるAl-Mg-Si系アルミニウム合金鋳塊を用いて、請求項2に記載のAl-Mg-Si系アルミニウム合金板を製造する製造方法であって、
均質化熱処理工程、熱間圧延工程、冷間圧延工程、中間焼鈍工程及び溶体化処理工程を有し、
前記中間焼鈍工程における熱処理温度が500℃未満であるとともに、昇温速度が1℃/秒以下であることを特徴とする、Al-Mg-Si系アルミニウム合金板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面性状及び成形性が良好であるAl-Mg-Si系アルミニウム合金板、及び製造時のCO2排出量を低減することができるAl-Mg-Si系アルミニウム合金板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境などへの配慮から、自動車車体の軽量化の社会的要求はますます高まってきている。かかる要求に答えるべく、自動車車体のうち、大型ボディパネル(アウタパネル、インナパネル)に、それまでの鋼板等の鉄鋼材料に代えて、アルミニウム合金材料を適用することが行われている。上記大型ボディパネルの内、特にアウタパネル(外板)については、Al-Mg-Si系のJIS6000系(以下、単に6000系ともいう。)アルミニウム合金板が使用されている。
【0003】
ところで、プレス成形を施した6000系アルミニウム合金板においては、リジングマークとよばれる筋状の模様や肌荒れ不良が生じやすいという課題がある。そこで、例えば特許文献1には、素材とするアルミニウム合金の組成が制御されているとともに、板に存在する結晶粒のCube方位密度(C)、ND回転Cube方位密度(N)、RD回転Cube方位密度(G)の値や、(N)と(C)との比、及び(G)と(C)との比を制御したアルミニウム合金板が開示されている。上記特許文献1によると、耐肌荒れ性と耐リジング性に優れた成形加工用アルミニウム合金板を得ることができることが記載されている。
【0004】
また、特許文献2には、所定の組成を有するアルミニウム合金からなる鋳塊の均質化処理後における平均冷却速度、総冷間圧延率や熱間圧延前の保持条件等を制御し、中間焼鈍を行うことなく冷間圧延する、成形加工用アルミニウム合金圧延板の製造方法が開示されている。上記特許文献2によると、曲げ加工性、及び、耐リジング性に優れた成形加工用アルミニウム合金圧延板を製造することができることが記載されている。
【0005】
一方、自動車用外装用部材には、一般にプレス成形が施されることから、適用されるアルミニウム合金板には優れた成形性も求められる。特に、欧米の自動車メーカにおいては、成形性に優れるアウタパネルが求められており、板材の成形性を評価するための指標の1つであるランクフォード値(r値)の異方性(Δr)が小さい材料が要求されている。しかし、上記特許文献1及び2に記載のアルミニウム合金板又はアルミニウム合金圧延板の製造方法では、Cube方位以外の方位制御が不十分であり、r値の異方性が大きいか、又は平均r値が低いことが懸念される。
【0006】
また、特許文献3には、アルミニウム合金組成が制御されているとともに、ランクフォード値(r値)の異方性及び15%引張変形後の180°曲げ加工における内側限界曲げ半径を規定したアルミニウム合金板が開示されている。上記特許文献3によると、曲げ加工性及び塗装焼付硬化性に優れ、とくに自動車用外板に適した記載のアルミニウム合金板を得ることができることが記載されている。
【0007】
さらに、特許文献4には、アルミニウム合金板の組成が制御されているとともに、溶体化処理、焼入れ後において、Mg-Si系化合物の最大径が10μm以下、2~10μm径の化合物の数が1000個/mm2以下であり、所定の条件における内側限界曲げ半径が0.5mmであるアルミニウム合金板が開示されている。
【0008】
しかし、特許文献3に記載のアルミニウム合金板においても、r値は高い値を示しているものの、r値の異方性の値が高く、所望の成形性を得ることができない。また、特許文献4においては、r値の異方性が考慮されておらず、所望のr値異方性を得ることができない可能性がある。
【0009】
そこで、特許文献5には、アルミニウム合金組成が制御されているとともに、Cube方位密度分布、r値の平均値、r値の面内異方性指数の絶対値、平均結晶粒径、並びに時効後の耐力及び加熱後の耐力が規定されたアルミニウム合金板が開示されている。上記特許文献5によると、プレス成形性、フラットヘム加工が可能な曲げ加工性、形状凍結性、塗装焼付硬化性、及び耐食性のすべてに優れた自動車パネル用Al-Mg-Si系アルミニウム合金板を得ることができることが記載されている。
【0010】
さらに、特許文献6には、アルミニウム合金組成が制御されているとともに、Cupper方位、Brass方位、S方位、P方位、Q方位の合計ピーク強度が所定の範囲に限定されており、Cube方位面積率Wの標準偏差、及び最終調質後に放置した後の導電率が制御されたアルミニウム合金板が開示されている。上記特許文献6によると、プレス成形性、リジングマーク性、BH性に優れた6000系アルミニウム合金板が得られることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特許第5415016号公報
【特許文献2】特許第6208389号公報
【特許文献3】特許第4633993号公報
【特許文献4】特許第4175818号公報
【特許文献5】特許第6301095号公報
【特許文献6】特許第6768568号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
ところで、中間焼鈍工程では、例えば連続炉式にて急速加熱する場合と、バッチ炉式にて低速加熱する場合が知られている。バッチ炉式では、複数コイルをまとめて処理することが可能である一方で、連続炉式では、急速加熱が可能となり、異方性や表面性状をコントロールしやすいメリットがある。
【0013】
上記特許文献5に記載のアルミニウム合金板の製造時において、中間焼鈍の温度は例えば350~580℃であり、昇温速度が早いか、又は中間焼鈍温度が比較的高い温度で中間焼鈍を実施している。また、上記特許文献6に記載のアルミニウム合金板においても、5℃/s以上の昇温速度で中間焼鈍が実施されている。これにより、上記特許文献5及び6においては、アルミニウム合金板の異方性や表面性状をコントロールすることが可能となっている。
【0014】
しかしながら、上記特許文献5及び6に記載のアルミニウム合金板を製造するためには、いずれも中間焼鈍を実施する際に、急速加熱が必要となるか、又は比較的高温のバッチ式処理が必要となる。したがって、製造工程におけるCO2排出量が高く、地球環境に負荷を与えることになる。
【0015】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、中間焼鈍時の昇温速度や加熱温度を低くした場合であっても、優れた表面性状及び成形性を得ることができるAl-Mg-Si系アルミニウム合金板、及び中間焼鈍時の昇温速度や加熱温度を低くして、製造時のCO2排出量を低減することができ、優れた表面性状及び成形性を有するAl-Mg-Si系アルミニウム合金板を得ることができるAl-Mg-Si系アルミニウム合金板の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の上記目的は、Al-Mg-Si系アルミニウム合金板に係る下記[1]又は[2]の構成により達成される。
【0017】
[1] Si:0.50質量%以上1.60質量%以下、
Mg:0.25質量%以上1.00質量%以下、
Fe:0.05質量%以上0.50質量%以下、
Mn:0.01質量%以上0.30質量%以下、
Cu:0.001質量%以上0.30質量%以下、を含有し、
残部がAl及び不可避的不純物からなり、
前記Si含有量を質量%で[Si]と表し、前記Mg含有量を質量%で[Mg]と表す場合に、[Mg]/[Si]が0.50超であるAl-Mg-Si系アルミニウム合金板であって、
Cube方位の面積率が9%以下であり、
表面を観察した場合に、円相当径が1.5μm以上である化合物の数密度が1000個/mm2以上10000個/mm2以下であることを特徴とする、Al-Mg-Si系アルミニウム合金板。
【0018】
[2] Si:0.50質量%以上1.60質量%以下、
Mg:0.25質量%以上1.00質量%以下、
Fe:0.05質量%以上0.50質量%以下、
Mn:0.01質量%以上0.30質量%以下、
Cu:0.001質量%以上0.30質量%以下、を含有し、
残部がAl及び不可避的不純物からなり、
前記Si含有量を質量%で[Si]と表し、前記Mg含有量を質量%で[Mg]と表す場合に、[Mg]/[Si]が0.50以下であるAl-Mg-Si系アルミニウム合金板であって、
Cube方位の面積率が12%以下であり、
表面を観察した場合に、円相当径が1.5μm以上である化合物の数密度が600個/mm2以上10000個/mm2以下であることを特徴とする、Al-Mg-Si系アルミニウム合金板。
【0019】
また、本発明の上記目的は、Al-Mg-Si系アルミニウム合金板の製造方法に係る下記[3]又は[4]の構成により達成される。
【0020】
[3] Si:0.50質量%以上1.60質量%以下、
Mg:0.25質量%以上1.00質量%以下、
Fe:0.05質量%以上0.50質量%以下、
Mn:0.01質量%以上0.30質量%以下、
Cu:0.001質量%以上0.30質量%以下、を含有し、
残部がAl及び不可避的不純物からなり、
前記Si含有量を質量%で[Si]と表し、前記Mg含有量を質量%で[Mg]と表す場合に、[Mg]/[Si]が0.50超であるAl-Mg-Si系アルミニウム合金鋳塊を用いて、[1]に記載のAl-Mg-Si系アルミニウム合金板を製造する製造方法であって、
均質化熱処理工程、熱間圧延工程、冷間圧延工程、中間焼鈍工程及び溶体化処理工程を有し、
前記中間焼鈍工程における熱処理温度が500℃未満であるとともに、昇温速度が1℃/秒以下であることを特徴とする、Al-Mg-Si系アルミニウム合金板の製造方法。
【0021】
[4] Si:0.50質量%以上1.60質量%以下、
Mg:0.25質量%以上1.00質量%以下、
Fe:0.05質量%以上0.50質量%以下、
Mn:0.01質量%以上0.30質量%以下、
Cu:0.001質量%以上0.30質量%以下、を含有し、
残部がAl及び不可避的不純物からなり、
前記Si含有量を質量%で[Si]と表し、前記Mg含有量を質量%で[Mg]と表す場合に、[Mg]/[Si]が0.50以下であるAl-Mg-Si系アルミニウム合金鋳塊を用いて、[2]に記載のAl-Mg-Si系アルミニウム合金板を製造する製造方法であって、
均質化熱処理工程、熱間圧延工程、冷間圧延工程、中間焼鈍工程及び溶体化処理工程を有し、
前記中間焼鈍工程における熱処理温度が500℃未満であるとともに、昇温速度が1℃/秒以下であることを特徴とする、Al-Mg-Si系アルミニウム合金板の製造方法。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、表面性状及び成形性がともに良好であるAl-Mg-Si系アルミニウム合金板、及び製造時のCO2排出量を低減することができるAl-Mg-Si系アルミニウム合金板の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明者らは、上記課題を解決するため、アルミニウム合金板の異方性や表面性状に対する化合物の影響について鋭意研究を行った。その結果、化合物のサイズと数密度を精緻にコントロールすることで、伸びや曲げを大きく損なうことなく、成形性や表面性状に有効な範囲が存在することを見出した。
また、本発明者らは、中間焼鈍時の昇温速度や加熱温度を低くした場合であっても、優れた表面性状及び成形性を有するAl-Mg-Si系アルミニウム合金板を得ることができることを見出した。
さらに、本発明者らは、アルミニウム合金板に含有されるMg含有量とSi含有量との比に着目し、この比を制御すると、Cube方位の面積率及び特定の化合物の数密度の許容範囲を広げることができることを見出した。
本発明はこれらの知見に基づいてなされたものである。
【0024】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。なお、本発明は、以下に説明する実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、任意に変更して実施することができる。
【0025】
[Al-Mg-Si系アルミニウム合金板]
本実施形態においては、Al-Mg-Si系アルミニウム合金板に含有される成分の含有量を制御するとともに、特定のCube方位の面積率及び特定の化合物の数密度を制御することにより、優れた成形性及び表面形状を有するAl-Mg-Si系アルミニウム合金板を得ることができる。ただし、Al-Mg-Si系アルミニウム合金板中のMg含有量とSi含有量との比を小さくすると、Cube方位の面積率及び特定の化合物の数密度の許容範囲を広げることができる。そこで、Mg含有量とSi含有量との比を所定の値よりも大きくする場合を「発明A」とし、Mg含有量とSi含有量との比を所定の値以下にする場合を「発明B」として、発明A及び発明BにおけるAl-Mg-Si系アルミニウム合金板の化学成分組成及びその限定理由について説明するとともに、Cube方位の面積率及び特定の化合物の数密度について説明する。
【0026】
なお、本発明におけるAl-Mg-Si系アルミニウム合金板とは、熱間圧延板や冷間圧延板などの圧延板で、この圧延板に溶体化処理及び焼入れ処理などの調質が施された板であるとともに、例えば自動車部材に成形される前であって、塗装焼付硬化処理などの人工時効処理(人工時効硬化処理)される前の、素材アルミニウム合金板をいう。以下、Al-Mg-Si系アルミニウム合金板を、単にアルミニウム合金板ということがある。
【0027】
<発明A>
(Si:0.50質量%以上1.60質量%以下)
Siは、Mgとともに、固溶強化と、塗装焼付け処理などの低温での人工時効処理時において、強度向上に寄与するMg-Si系析出粒子を形成して、人工時効硬化能(BH性:Bake Hardening)を発揮する。したがって、Siは、アウタパネル等の自動車パネル材としての必要な強度(耐力)を得るための必須の元素である。また、Siは、鋳造、均熱、熱延及び中間焼鈍工程において、Mgとともに1.5μm以上のMg-Si系化合物となって析出して分散し、この化合物が再結晶の核となって、異方性の低減や表面性状の改善に有効に寄与する。
【0028】
アルミニウム合金板中のSi含有量が0.50質量%未満であると、人工時効熱処理後のMg-Si系化合物の生成量が不足するため、BH性が低下して強度が不足する。また、所望のr値異方性及び表面性状を得ることが困難となる。したがって、アルミニウム合金板中のSi含有量は、アルミニウム合金板全質量に対して0.50質量%以上とし、0.60質量%以上であることが好ましく、0.65質量%以上であることがより好ましい。
一方、アルミニウム合金板中のSi含有量が1.60質量%を超えると、粗大なSi系析出物が形成されて、延性が低下する。したがって、アルミニウム合金板中のSi含有量は、アルミニウム合金板全質量に対して1.60質量%以下とし、1.50質量%以下であることが好ましく、1.45質量%以下であることがより好ましい。
【0029】
(Mg:0.25質量%以上1.00質量%以下)
上述のとおり、Mgは、Siとともに、固溶強化と、塗装焼付け処理などの低温での人工時効処理時において、強度向上に寄与するMg-Si系析出粒子を形成して、人工時効硬化能を発揮する。したがって、Mgも、アウタパネル等の自動車パネル材としての必要な強度を得るための必須の元素である。また、Mgは、鋳造、均熱、熱延及び中間焼鈍工程において、Siとともに1.5μm以上のMg-Si系化合物となって析出して分散し、この化合物が再結晶の核となって、異方性の低減や表面性状の改善に有効に寄与する。
【0030】
アルミニウム合金板中のMg含有量が0.25質量%未満であると、Mg-Si系化合物の生成量が不足するため、BH性が著しく低下して強度が不足する。また、所望のr値異方性及び表面性状を得ることが困難となる。したがって、アルミニウム合金板中のMg含有量は、アルミニウム合金板全質量に対して0.25質量%以上とし、0.27質量%以上であることが好ましく、0.30質量%以上であることがより好ましい。
一方、アルミニウム合金板中のMg含有量が1.00質量%を超えると、成形時の素材強度が高くなり、破断伸び及び加工硬化性が低下する。したがって、アルミニウム合金板中のMg含有量は、アルミニウム合金板全質量に対して1.00質量%以下とし、0.90質量%以下であることが好ましく、0.80質量%以下であることがより好ましい。
【0031】
(Fe:0.05質量%以上0.50質量%以下)
Fe及びMnは、6000系アルミニウム合金において一般的に含有されている元素であり、鋳造工程において、1.5μm以上のAl-Fe-Mn-Si系の化合物を形成し、この化合物が再結晶の核となって、異方性の低減や表面性状の改善にも有効に寄与する。
アルミニウム合金板中のFe含有量が0.05質量%未満であると、所望のr値異方性及び表面性状を得ることが困難となる。したがって、アルミニウム合金板中のFe含有量は、アルミニウム合金板全質量に対して0.05質量%以上とし、0.10質量%以上であることが好ましく、0.20質量%以上であることがより好ましい。なお、発明Aにおいては、後述する[Mg]/[Si]の値が0.50超であることを前提としている。この場合に、アルミニウム合金板中のFe含有量が、アルミニウム合金板全質量に対して、0.30質量%以上であると、鋳造時に比較的大きな化合物をAl-Fe-Si系化合物を分散させることができ、優れた成形性及び表面性状を得ることができる。
【0032】
一方、アルミニウム合金板中のFe含有量が0.50質量%を超えると、Al-Fe-Mn-Si系の化合物が粗大になるとともに、高密度に分散することになり、成形性を劣化させる要因となる。したがって、アルミニウム合金板中のFe含有量は、アルミニウム合金板全質量に対して0.50質量%以下とし、0.45質量%以下であることが好ましく、0.40質量%以下であることがより好ましい。
【0033】
(Mn:0.01質量%以上0.30質量%以下)
上述のとおり、Mnは、鋳造、均熱及び熱延工程において、Feとともに1.5μm以上のAl-Fe-Mn-Si系の化合物を形成し、この化合物が再結晶の核となって、異方性の低減や表面性状の改善にも有効に寄与する。
アルミニウム合金板中のMn含有量が0.01質量%未満であると、所望のr値異方性及び表面性状を得ることが困難となる。したがって、アルミニウム合金板中のMn含有量は、アルミニウム合金板全質量に対して0.01質量%以上とし、0.03質量%以上であることが好ましく、0.05質量%以上であることがより好ましい。
【0034】
一方、アルミニウム合金板中のMn含有量が0.30質量%を超えると、Al-Fe-Mn-Si系の化合物が粗大になるとともに、高密度に分散することになり、成形性を劣化させる要因となる。したがって、アルミニウム合金板中のMn含有量は、アルミニウム合金板全質量に対して0.30質量%以下とし、0.25質量%以下であることが好ましく、0.20質量%以下であることがより好ましい。
【0035】
(Cu:0.001質量%以上0.30質量%以下)
Cuは、6000系アルミニウム合金において一般的に含有されている元素であり、Cu含有量が微量であっても、アルミニウム合金板の強度や成形性を向上させることができる。
アルミニウム合金板中のCu含有量が0.001質量%未満であると、アルミニウム合金板の強度や成形性を向上させる効果を得ることができない。したがって、アルミニウム合金板中のCu含有量は、アルミニウム合金板全質量に対して0.001質量%以上とし、0.01質量%以上であることが好ましく、0.1質量%以上であることがより好ましい。
【0036】
一方、アルミニウム合金板中のCu含有量が0.30質量%を超えると、アルミニウム合金板の耐食性が低下する。したがって、アルミニウム合金板中のCu含有量は、アルミニウム合金板全質量に対して0.30質量%以下とし、0.25質量%以下であることが好ましく、0.20質量%以下であることがより好ましい。
【0037】
(その他の成分)
本実施形態に係るAl-Mg-Si系アルミニウム合金板には、上記Si、Mg、Fe、Mn及びCuの他に、要求される機械的特性に応じて、Cr、Zn及びTiを含有させることができる。ただし、上記各成分の含有量が過剰になると、アルミニウム合金板の機械的特性が低下する。したがって、本実施形態に係るアルミニウム合金板にCr、Zn及びTiの少なくとも1種を含有させる場合に、アルミニウム合金板全質量に対して、Cr含有量を0.1質量%以下、Zn含有量を0.25質量%以下、Ti含有量を0.1質量%以下とする。
【0038】
(残部:Al及び不可避的不純物)
本実施形態に係るAl-Mg-Si系アルミニウム合金板は、上記Si、Mg、Fe、Mn及びCuを含有するとともに、要求される機械的特性に応じて、Cr、Zn又はTiを含有し、残部はAl及び不可避的不純物である。不可避的不純物としては、B、Zr、Ni、Bi及びSn等が挙げられる。これらの不可避的不純物の含有量は、アルミニウム合金板全質量に対して、それぞれ0.05質量%以下であることが好ましく、不可避的不純物の合計で0.15質量%以下とすることが好ましい。
【0039】
([Mg]/[Si]:0.50超)
本発明者らがアルミニウム合金板中に含有される種々の成分について調査を行った結果、[Mg]/[Si]の数値範囲によって、同等のCube方位面積率や化合物の数密度であっても、r値の異方性が変化することを見出した。具体的に、発明Aにおいては、Cube方位{001}<100>の面積率及び円相当径が1.5μm以上である化合物の数密度を以下の通り規定している。これにより、[Mg]/[Si]の値が0.50を超える場合であっても、r値の異方性を小さくすることができる。
ここで、上記[Si]は、アルミニウム合金板中のSi含有量を質量%で表した値であり、上記[Mg]は、アルミニウム合金板中のMg含有量を質量%でと表した値である。
【0040】
(Cube方位{001}<100>の面積率:9%以下)
Cube方位は、圧延方向に0、90°方向のr値が高く、45°方向のr値が低くなる方位である(井上博史ら,“集合組織の定量的解析によるアルミニウム合金板のγ値の評価”,軽金属,1994年,Vol.44,No.2,p.97-103)。このCube方位の面積率を低く制御することで、6000系合金で一般的に低くなりやすい45°方向のr値を高くでき、r値の異方性Δrを低くすることが可能となる。
また、Cube方位は、表面性状の要因となることが知られている(小西晴之ら,“Al-Mg-Si合金板材に生じるリジング挙動の結晶塑性解析”,R&D神戸製鋼技報,2012年10月,Vol.62,No.2,p.39-42)。すなわち、Cube方位の面積率を低く制御することにより、表面性状も良好とすることが可能となる。
【0041】
Cube方位{001}<100>の面積率が9%を超えると、r値の異方性Δrが高くなり、成形性が悪くなるとともに、表面性状も劣化する。したがって、発明Aにおいては、Cube方位{001}<100>の面積率を9%以下とし、8%以下であることが好ましい。
【0042】
ここで、集合組織の定義及び測定方法の例について、以下に説明する。
【0043】
(集合組織の定義)
通常のアルミニウム合金においては、下記の結晶方位集合組織の存在が知られており、これら結晶方位の体積分率に応じて、等しく引張変形が加わった場合でも、結晶方位によって、それぞれ変形状態が異なる。
【0044】
Cube方位:{001}<100>
Goss方位:{011}<100>
Cupper方位:{112}<111>
Brass方位:{011}<211>
S方位:{123}<634>
P方位:{011}<211>
Q方位:{130}<312>
【0045】
ここで、前記結晶方位集合組織の表現方法は、圧延板材の場合、圧延面と圧延方向で表される。即ち、圧延面は{○○○}で表現し、圧延方向は<×××>で表現する。○や×は、整数を表す(長島晋一著,「集合組織」,丸善株式会社,1984年、伊藤邦夫,“アルミニウム合金板の集合組織”,軽金属,1993年,Vol.43,No.5,p.285-293)。
【0046】
(集合組織の測定方法)
以上の本発明で規定する各結晶方位集合組織は、走査電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope:SEM)又は電界放出型走査電子顕微鏡(Field Emission-Scanning Electron Microscope:FE-SEM)を使用し、SEM-EBSD法によって評価する。測定に供する試料は、最終調質処理を実施した冷延板に対し、その冷延板表面を機械研磨、バフ研磨した後、電解研磨を行い、表面の酸化皮膜を除去するなど、板の表面を調製する。
【0047】
このSEM-EBSD法は、結晶方位集合組織の測定方法として汎用され、電界放出型走査電子顕微鏡(例えば、日本電子社製JSM-7000F)に、後方散乱電子回折像(EBSD: Electron Back-Scattered Diffraction Pattern:EBSD)システムを搭載した結晶方位解析法である。
SEM-EBSD法は、前記FE-SEMの鏡筒内にセットしたアルミニウム合金板の試料に、電子線を照射して、その後方散乱電子の回折パターンをEBSD装置(例えば、TSL社製のEBSD測定・解析システム:OIM(Orientation Imaging Macrograph) Data & Analysis)に取り込み、結晶方位解析をしながら試料表面を1μmおきに走査する。これにより、各点でのEBSP(Electron Back Scatter Diffraction Pattern)を得てその指数付けを行い、電子線照射部位の結晶方位を求める。得られた結晶方位測定データを圧延方向軸周りに90°回転、さらに、圧延面法線方向に90°回転操作し、測定領域全域においてEBSDによる結晶方位測定を行った際の、結晶方位分布関数(ODF)や面積率を計算し求める。これらのFE-SEMにEBSDシステムを搭載した結晶方位解析法については、例えば、神戸製鋼技報,2002年9月,Vol.52,No.2,p.66-70等を参照することができる。
【0048】
本実施形態においては、測定した結晶方位のずれが、Cube方位{001}<100>の結晶面から±15°以内であれば、同一の方位因子に属すると定義して、面積率を算出するものとする。このような範囲内であれば、アルミニウム合金板は、ほぼ同一の性質を示すからである。
【0049】
(円相当径が1.5μm以上である化合物の数密度:1000個/mm2以上10000個/mm2以下)
上述のとおり、アルミニウム合金板中の化合物の最大径を10μm以下とし、2~10μm径の化合物の数を1000個/mm2以下として、伸びや曲げ性を向上させたアルミニウム合金板は公知である。
一方、本実施形態においては、化合物のサイズ及び数密度を精緻にコントロールしており、これにより、伸びや曲げを大きく損なうことなく、異方性や表面性状を向上させている。これは、円相当径が1.5μm以上である化合物周囲では再結晶が促進され、その結果、比較的ランダムな集合組織とすることが可能となるためと推定している。集合組織のランダム性を数値で定義することは難しいため、本実施形態においては、集合組織のランダム性を間接的に示す指標として、化合物の数密度を用いることとする。
【0050】
発明Aの場合、すなわち、Mg含有量とSi含有量との比([Mg]/[Si])が0.50超である場合においては、円相当径が1.5μm以上の化合物の数密度が1000個/mm2未満であると、粒子促進核生成(PSN:Particle stimulated nucleation)に起因する再結晶粒の発生量が少なく、比較的ランダムな集合組織を得ることが困難となる。その結果、r値の異方性を低減することができない場合があり、また、良好な表面性状が得られないことがある。したがって、円相当径が1.5μm以上の化合物の数密度は、1000個/mm2以上とし、1200個/mm2以上であることが好ましく、1500個/mm2以上であることがより好ましい。
【0051】
一方、円相当径が1.5μm以上の化合物の数密度が過剰になると、アルミニウム合金板の強度や伸びに対して悪影響を及ぼす。したがって、円相当径が1.5μm以上の化合物の数密度は、10000個/mm2以下とし、5000個/mm2以下であることが好ましく、3000個/mm2以下であることがより好ましい。
【0052】
なお、円相当径が1.5μm以上である化合物の数密度は、倍率を500倍とした走査電子顕微鏡により、20視野における円相当径が1.5μm以上である化合物の単位面積あたりの数を計算することにより得られる。本実施形態においては、1視野で約0.17mm×約0.25mmの領域を観察し、20視野の合計で0.86mm2の面積を測定している。そして、実際に20視野における上記化合物の合計数を、面積の0.86mm2で除することにより、数密度を算出することができる。
【0053】
次に、発明BにおけるAl-Mg-Si系アルミニウム合金板の化学成分組成等について説明するとともに、Cube方位の面積率及び特定の化合物の数密度について説明する。
【0054】
<発明B>
発明Bにおいて、アルミニウム合金板中に含有されるSi、Mg、Fe、Mn及びCuの各含有量の範囲及び限定理由は、発明Aと同じである。したがって、発明Aと異なる部分、すなわち、Mg含有量とSi含有量との比、Cube方位の面積率及び円相当径が1.5μm以上である化合物の数密度について、以下に説明する。
【0055】
([Mg]/[Si]:0.50以下)
上述のとおり、本発明者らは、[Mg]/[Si]が小さい材料では、同等のCube方位面積率や化合物の数密度であっても、r値の異方性が小さくなることを見出した。これは[Mg]/[Si]を極端に低くすることで、中間焼鈍及び溶体化処理時の再結晶挙動が変化し、Cube方位以外の方位形成にも影響したからであると推定される。すなわち、発明Bにおいては、[Mg]/[Si]の値を0.50以下に制御しており、これにより、Cube方位{001}<100>の面積率及び円相当径が1.5μm以上である化合物の数密度の範囲を広くすることができる。[Mg]/[Si]の値は、0.45以下であることが好ましく、0.30以下であることがより好ましい。
発明Aと同様に、上記[Si]は、アルミニウム合金板中のSi含有量を質量%で表した値であり、上記[Mg]は、アルミニウム合金板中のMg含有量を質量%で表した値である。
【0056】
なお、[Mg]/[Si]の値が0.50以下に限定されている発明Bにおいては、アルミニウム合金板中のFe含有量が、アルミニウム合金板全質量に対して、0.20質量%以上であると、鋳造時に比較的大きな化合物をAl-Fe-Si系化合物を分散させることができ、優れた成形性及び表面性状を得ることができる。
【0057】
(Cube方位{001}<100>の面積率:12%以下)
[Mg]/[Si]の値が0.50以下である場合に、Cube方位{001}<100>の面積率が12%を超えると、r値の異方性Δrが高くなり、成形性が悪くなるとともに、表面性状も劣化する。したがって、発明Bにおいては、Cube方位{001}<100>の面積率を12%以下とし、11%以下であることが好ましく、10%以下であることがより好ましい。集合組織の測定方法については、上記発明Aと同様である。
【0058】
(円相当径が1.5μm以上である化合物の数密度:600個/mm2以上10000個/mm2以下)
[Mg]/[Si]の値が0.50以下である場合に、円相当径が1.5μm以上の化合物の数密度が600個/mm2未満であると、再結晶粒の発生量が少なく、比較的ランダムな集合組織を得ることが困難となる。その結果、r値の異方性を低減できず、また、良好な表面性状を得ることができない。したがって、円相当径が1.5μm以上の化合物の数密度は、600個/mm2以上とし、700個/mm2以上であることが好ましく、800個/mm2以上であることがより好ましい。
【0059】
一方、円相当径が1.5μm以上の化合物の数密度が過剰になると、アルミニウム合金板の強度や伸びに対して悪影響を及ぼす。したがって、円相当径が1.5μm以上の化合物の数密度は、10000個/mm2以下とし、5000個/mm2以下であることが好ましく、3000個/mm2以下であることがより好ましい。
【0060】
[Al-Mg-Si系アルミニウム合金板の製造方法]
本実施形態に係るAl-Mg-Si系アルミニウム合金板の製造方法は、上記発明AにおけるAl-Mg-Si系アルミニウム合金板を製造する方法、及び上記発明BにおけるAl-Mg-Si系アルミニウム合金板を製造する方法である。具体的には、所望の組成を有する材料を溶解し、鋳造することにより、目的とする組成を有するアルミニウム合金鋳塊を準備し、一般的に実施される工程である均質化熱処理工程、熱間圧延工程、冷間圧延工程、中間焼鈍工程及び溶体化処理工程を有し、中間焼鈍工程における加熱温度及び昇温速度を規定する。
【0061】
また、本実施形態においては、冷間圧延の前に比較的大きな化合物を分散させることができるように、アルミニウム合金板に含有される成分を制御するとともに、均質化熱処理工程及び熱間圧延工程の条件を適切に制御することが好ましい。
冷間圧延の前に比較的大きな化合物を分散させることによって、中間焼鈍又は溶体化処理時に、化合物周囲での再結晶が生じやすくなる。その結果、r45を低減するCube方位の集積が小さくなり、また結晶方位がランダムになりやすくなることで、r値の異方性を小さくすることができるとともに、表面性状を良好にすることが可能となる。
【0062】
特に、本実施形態において、冷間圧延の前に比較的大きな化合物を分散させるための方法として、以下の3つの方法が挙げられる。
(1)均質化熱処理を2回又は2段階に分けて実施する。
(2)熱間圧延の終了温度を高くするとともに、熱間圧延後の冷却速度を遅くする。
(3)アルミニウム合金板に含有されるFe含有量を制御する。
これらのうち、少なくとも1つの方法を用いることにより、成形性及び表面性状が良好であるAl-Mg-Si系アルミニウム合金板を製造することができる。
以下、発明A及び発明BにおけるAl-Mg-Si系アルミニウム合金板の製造方法について、さらに詳細に説明する。
【0063】
<溶解、鋳造工程>
上記所望の組成を有するアルミニウム合金材料を溶解した溶湯から、所定形状のアルミニウム合金鋳塊を作製する。アルミニウム合金材料を溶解、鋳造する方法は、特に限定されず、常法あるいは公知の方法を用いればよい。
【0064】
なお、アルミニウム合金板におけるFe含有量の欄及び上記(3)に記載したとおり、アルミニウム合金板に含有されるFe含有量を制御すると、鋳造時に比較的大きなAl-Fe-Si系化合物を分散させることが可能となる。すなわち、発明Aに係るアルミニウム合金板を製造する際に、アルミニウム合金鋳塊中のFe含有量を0.30質量%以上とすることが好ましい。また、発明Bに係るアルミニウム合金板を製造する際に、アルミニウム合金鋳塊中のFe含有量を0.20質量%以上とすることが好ましい。このように、アルミニウム合金材料及びアルミニウム合金鋳塊中のFe含有量を高濃度にすると、成形性及び表面性状が良好であるAl-Mg-Si系アルミニウム合金板を製造することができる。
【0065】
<均質化熱処理工程>
次いで、前記鋳造されたアルミニウム合金鋳塊に、均質化熱処理(均熱処理)を施す。この均質化熱処理は、鋳造時の不均一な組織を均一にするために行う。均質化熱処理の温度は特に限定しないが、480℃未満では人工時効後の強度が低下しやすくなる。このため、均質化熱処理温度は、480℃以上、融点未満とすることが好ましく、500℃以上とすることがより好ましい。
また、均質化熱処理後の冷却速度については、480℃から300℃まで冷却する間の平均冷却速度を、500℃/時間以下とすることが好ましく、100℃/時間以下とすることがより好ましい。
【0066】
なお、上記(1)に記載したとおり、本実施形態において、均熱処理は、2回又は2段階に分けて実施されることが好ましい。均熱処理を2回又は2段階に分けて実施することにより、1回目の均熱処理後の冷却過程、又は2回目の均熱処理における昇温過程において、比較的大きなMg-Si系化合物を多く分布させることが可能となる。なお、均熱処理を2回に分けるか、2段階に分けるかについては、対応できる設備によって決定することができる。
【0067】
<熱間圧延工程>
前記均質化熱処理の後に、素材を所定の厚みとするために熱間圧延を行う。
上記(2)に記載したとおり、本実施形態において、熱間圧延の終了温度は高くするとともに、熱間圧延後の冷却速度は遅くする方が好ましい。これにより、熱間圧延終了後の冷却工程を長くすることができ、この過程において、比較的大きなMg-Si系化合物を多く分布させることが可能となる。したがって、熱間圧延の終了温度は370℃以上とすることが好ましく、390℃以上とすることがより好ましい。
また、熱間圧延終了後の冷却速度については、熱間圧延終了温度から300℃まで冷却する間の平均冷却速度を、500℃/時間以下とすることが好ましく、100℃/時間以下とすることがより好ましい。
【0068】
<冷間圧延工程>
上記熱間圧延工程により得られた熱間圧延板を冷間圧延して冷間圧延板を得る。なお、後述する中間焼鈍工程の後、必要に応じて冷間圧延工程を繰り返すことが好ましい。
【0069】
(総圧延率:75%以上)
発明A及び発明Bに係るアルミニウム合金板の製造方法において、冷間圧延における総圧延率を高くすると、Cube方位の密度を減少させることができ、これにより、Cube方位の面積率が低下し、良好な成形性及び表面性状を得ることができる。したがって、熱間圧延工程から中間焼鈍工程を経て、最終板厚まで成形するための全ての冷間圧延工程における総圧延率は、75%以上であることが好ましく、78%以上であることがより好ましい。なお、総圧延率とは、熱間圧延後の板厚に対する、全ての冷間圧延工程終了後の板厚の減少率をいう。
【0070】
<中間焼鈍工程>
冷間圧延板は、上記冷間圧延工程により加工硬化が発生するため、これを軟化させて、後加工の効率化や加工時の割れなどを低減するために、中間焼鈍を実施する。発明A及び発明Bに係るアルミニウム合金板の製造方法においては、中間焼鈍を実施することにより、再結晶が繰りかえし生じて、比較的ランダムな集合組織を得やすくなり、その結果、良好な表面性状を得やすくすることができる。上述のとおり、中間焼鈍の温度又は昇温速度を高くすることにより、アルミニウム合金板の異方性や表面性状をコントロールしやすくなるが、その一方で、中間焼鈍の温度又は昇温速度を高くすることは、環境に負荷を与えることになる。発明A及び発明Bに係るアルミニウム合金板においては、Cube方位の面積率及び特定の化合物の数密度を制御することにより、昇温速度や加熱温度を低くした場合であっても、優れた表面性状及び成形性を得ることができる。
【0071】
中間焼鈍工程における熱処理温度が500℃以上であるか、又は昇温速度が1℃/秒を超えると、中間焼鈍工程において高い熱量が必要となり、環境に悪影響を与える。したがって、中間焼鈍工程における熱処理温度は、500℃未満とし、460℃以下とすることが好ましい。また、中間焼鈍工程における昇温速度は、1℃/秒以下とし、500℃/時間以下とすることが好ましく、100℃/時間以下とすることがより好ましい。ここで、昇温速度は、室温から到達温度までの平均の昇温速度とする。
【0072】
<溶体化処理工程>
冷間圧延後、溶体化処理を実施する。溶体化処理工程における温度は特に限定されないが、例えば、480℃以上570℃以下の温度で、1秒~120秒間保持することが好ましい。
【0073】
なお、発明Aに係るアルミニウム合金板、及び発明Bに係るアルミニウム合金板の製造方法は、上記製造方法に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、任意に変更して実施することができる。
【実施例0074】
以下に実施例を挙げて本実施形態を更に具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲で変更を加えて実施することが可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0075】
<アルミニウム合金板の製造>
種々の組成を有するアルミニウム合金板を種々の製造方法で製造した。各アルミニウム合金板の具体的な製造方法について、以下に説明する。なお、発明Aに係るアルミニウム合金板に関する発明例、比較例を、発明例No.A1~A3、比較例No.A4、A5とし、発明Bに係るアルミニウム合金板に関する発明例、比較例を、発明例No.B1~B4、比較例No.B5とした。
【0076】
(発明例No.A1、B1、B2のアルミニウム合金板の製造)
表1に示す各組成の鋳塊を、半連続鋳造法(DC鋳造法:Direct Chill casting process)にて溶製した。次に、2段階熱処理による均質化熱処理を実施した。1回目の均熱処理温度は560℃とし、空冷にて室温まで低下させた。その後、420℃まで再び加熱した後、熱間圧延を実施した。熱間圧延の終了温度は、280℃~420℃の温度とし、その後、徐冷を行った。熱間圧延終了後のアルミニウム合金板の板厚は、2.3mm~6.0mmとした。そして、熱間圧延後のアルミニウム合金板に対し、種々の冷延率にて冷間圧延を行った後に、バッチ式の大気炉にて昇温速度を40℃/時間(0.011℃/秒)として中間焼鈍を実施し、中間焼鈍終了後に、再度種々の冷延率にて冷間圧延を実施した。冷間圧延後の最終板厚は0.4~1.0mmとした。その後、ソルトバスを用いて、560℃の温度で30秒間の加熱保持を行い、水冷にて室温まで冷却する溶体化処理を行った。その後、室温で約1週間保持することにより、発明例No.A1、B1、B2のアルミニウム合金板を製造した。
【0077】
(発明例No.A2、B3、B4、比較例No.A4、A5、B5のアルミニウム合金板の製造)
上記発明例No.A1と同様にして、鋳塊を溶製し、560℃の温度で1回の均熱処理を実施した後、熱間圧延、冷間圧延、中間焼鈍、2回目の冷間圧延及び溶体化処理を実施し、室温で約1週間保持することにより、発明例No.A2、B3、B4、比較例No.A4、A5、B5のアルミニウム合金板を製造した。
【0078】
(発明例No.A3のアルミニウム合金板の製造)
上記発明例No.A2と同様にして鋳塊を溶製し、1回の均熱処理を実施した後、熱間圧延を実施した。次に、熱間圧延終了後の化合物分散の効果を検証するための追加焼鈍として、560℃の温度で4時間の溶体化処理を行い、その後、410℃の温度で16時間保持した後に急冷を行った。その後、冷間圧延、中間焼鈍、2回目の冷間圧延及び溶体化処理を実施し、室温で約1週間保持することにより、発明例No.A3のアルミニウム合金板を製造した。
【0079】
発明例No.A1~A3、比較例No.A4~A5、発明例No.B1~B4及び比較例No.B5の製造において、各工程における条件を下記表2に示す。なお、得られたアルミニウム合金板の組成は、原料としたアルミニウム合金鋳塊の組成と同一であるため、表への記載は省略した。
【0080】
(集合組織の測定)
得られた発明例及び比較例のアルミニウム合金板について、結晶方位の集合組織を測定し、Cube方位の面積率を算出した。集合組織の測定方法については、上記実施形態において説明したとおりである。なお、測定した結晶方位のずれが、Cube方位{001}<100>の結晶面から±15°以内であれば、同一の方位因子に属すると定義して、Cube方位の面積率を算出した。
【0081】
(円相当径が1.5μm以上である化合物の数密度の測定)
得られた発明例及び比較例のアルミニウム合金板について、円相当径が1.5μm以上である化合物の数密度を測定した。数密度の測定方法については、上記実施形態において説明したとおりである。
Cube方位の面積率及び円相当径が1.5μm以上である化合物の数密度の測定結果を下記表1に合わせて示す。
【0082】
<評価試験>
(塑性ひずみ比試験)
得られた各アルミニウム合金板から引張試験片を採取した。引張試験片は、各アルミニウム合金板から、引張方向が圧延方向に対して平行(0°)、45°、垂直(90°)となるように、JIS Z 2241:2011に記載の13B号試験片(短辺:12.5mm、標点距離(GL:Gauge Length):50mm)を採取することにより作製し室温にて引張試験を行った。引張試験は、0.2%耐力測定までは5mm/min、耐力以降を30mm/minとし、0.2%耐力、塑性ひずみ15%付加時のr値を測定した。また、下記式(S1)により、面内異方性Δrを算出するとともに、下記式(S2)により、平均塑性ひずみ比rAを算出した。
【0083】
Δr=1/2×(r0-2×r45+r90)・・・式(S1)
rA=1/4×(r0+2×r45+r90)・・・式(S2)
【0084】
各引張試験の測定数は2回とし、各種特性は平均値で求めた。
【0085】
(引張試験の評価基準)
自動車外装材として使用する場合の評価基準として、Δrが0.25以下であるとともに、90°方向のr値(r90)が0.60以上であったものを、アルミニウム合金板のプレス成形性が合格であると判断した。
【0086】
(表面性状試験)
得られた各アルミニウム合金板から試験片を採取し、圧延方向に対して垂直の方向に15%の塑性歪みを加えた後、電着塗装(ED:Electrodeposition coating)を施した。
【0087】
(表面性状試験の評価基準)
ED塗装後の試験片の表面模様の有無を目視により評価し、全く表面模様がみられないものを○(優良)、軽微な表面模様があるものを△(良)、明確な表面模様があるものを×(不良)として3段階評価を行い、△以上を合格とした。
【0088】
成形性及び表面性状の測定結果を下記表3に示す。
【0089】
【0090】
【0091】
【0092】
表1~表3に示すように、発明例No.A1~A3及び発明例No.B1~B4は、アルミニウム合金板の化学成分が本発明で規定する範囲内であるとともに、Cube方位の面積率及び円相当径が1.5μm以上である化合物の数密度が本発明で規定する範囲内であるため、中間焼鈍時の昇温速度や加熱温度を低くしても、優れた成形性及び表面性状を有するアルミニウム合金板を得ることができた。
【0093】
一方、比較例No.A4は、Cube方位の面積率が本発明で規定する数値範囲の上限を超えているとともに、円相当径が1.5μm以上である化合物の数密度が本発明で規定する数値範囲の下限未満であるため、面内異方性Δrの値が大きくなり、成形性が悪いものとなった。比較例No.A5は、円相当径が1.5μm以上である化合物の数密度が本発明で規定する数値範囲の下限未満であるため、面内異方性Δrの値が大きくなり、成形性が悪いものとなった。比較例No.B5は、Cube方位の面積率が本発明で規定する数値範囲の上限を超えているため、面内異方性Δrの値が大きくなり、成形性が悪いものとなった。