(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024071286
(43)【公開日】2024-05-24
(54)【発明の名称】Ni基合金造形物の製造方法、およびNi基合金造形物
(51)【国際特許分類】
C22F 1/10 20060101AFI20240517BHJP
B22F 1/00 20220101ALI20240517BHJP
B22F 10/28 20210101ALI20240517BHJP
C22C 19/05 20060101ALI20240517BHJP
B22F 10/66 20210101ALI20240517BHJP
B22F 10/64 20210101ALI20240517BHJP
B22F 3/15 20060101ALI20240517BHJP
B22F 3/24 20060101ALI20240517BHJP
B33Y 70/00 20200101ALI20240517BHJP
B33Y 10/00 20150101ALI20240517BHJP
B33Y 80/00 20150101ALI20240517BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20240517BHJP
【FI】
C22F1/10 H
B22F1/00 M
B22F10/28
C22C19/05 L
B22F10/66
B22F10/64
B22F3/15 M
B22F3/24 C
B33Y70/00
B33Y10/00
B33Y80/00
C22F1/00 602
C22F1/00 601
C22F1/00 621
C22F1/00 628
C22F1/00 691B
C22F1/00 683
C22F1/00 687
C22F1/00 694B
C22F1/00 630A
C22F1/00 630K
C22F1/00 691C
C22F1/00 650A
【審査請求】有
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022182149
(22)【出願日】2022-11-14
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2023-01-11
(71)【出願人】
【識別番号】520322509
【氏名又は名称】株式会社エヌ・ティ・ティ・データ・ザムテクノロジーズ
(74)【代理人】
【識別番号】100167988
【弁理士】
【氏名又は名称】河原 哲郎
(72)【発明者】
【氏名】蘇亜拉図
(72)【発明者】
【氏名】酒井 仁史
(72)【発明者】
【氏名】樋口 官男
(72)【発明者】
【氏名】稲田 将人
(72)【発明者】
【氏名】東田 悠瑚
【テーマコード(参考)】
4K018
【Fターム(参考)】
4K018AA08
4K018BA04
4K018BB04
4K018EA12
4K018FA08
(57)【要約】
【課題】付加製造によって造形され、クリープ特性に優れたNi基合金造形物を提供する。
【解決手段】IN738LC合金粉末を準備する工程と、前記合金粉末を付加製造技術により積層して造形物を形成する工程と、前記造形物を1150℃以上、前記合金粉末の融点より低い温度でHIP処理して、冷却過程で1次γ’相を析出させる再結晶化工程と、前記造形物を950℃以上、1100℃以下の温度で熱処理して前記1次γ’相の一部を溶解する再溶解工程と、前記造形物を、800℃以上、900℃以下の温度で熱処理して、2次γ’相を析出させる時効工程とを有するNi基合金造形物の製造方法。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
Co:8.0~9.0%、
Cr:15.7~16.3%、
Mo:1.5~2.0%、
W:2.4~2.8%、
Ta:1.5~2.0%、
Nb:0.6~1.1%、
Al:3.2~3.7%、
Ti:2.2~3.7%、
Al+Ti:6.50~7.20%、
C:0.09~0.13%、
B:0.007~0.012%、
Zr:0.03~0.08%、
Fe:0~0.05%、
Mn:0~0.02%、
Si:0~0.30%、
S:0~0.015%、
残部:Niおよび不可避的不純物からなる組成を有する合金粉末を準備する工程と、
前記合金粉末を付加製造技術により積層して造形物を形成する工程と、
前記造形物を1150℃以上、前記合金粉末の融点より低い温度でHIP処理して、冷却過程で1次γ’相を析出させる再結晶化工程と、
前記造形物を950℃以上、1100℃以下の温度で熱処理して前記1次γ’相の一部を溶解する再溶解工程と、
前記造形物を、800℃以上、900℃以下の温度で熱処理して、2次γ’相を析出させる時効工程と、
を有するNi基合金造形物の製造方法。
【請求項2】
質量%で、
Co:8.0~9.0%、
Cr:15.7~16.3%、
Mo:1.5~2.0%、
W:2.4~2.8%、
Ta:1.5~2.0%、
Nb:0.6~1.1%、
Al:3.2~3.7%、
Ti:2.2~3.7%、
Al+Ti:6.50~7.20%、
C:0.09~0.13%、
B:0.007~0.012%、
Zr:0.03~0.08%、
Fe:0~0.05%、
Mn:0~0.02%、
Si:0~0.30%、
S:0~0.015%、
残部:Niおよび不可避的不純物からなる組成を有する積層造形物であって、
前記積層造形物の積層方向に垂直な断面において、
円換算径が250nm以上の1次γ’相は、円換算径の平均が400~700nmであって、断面全体の25~50%の面積を占め、
円換算径が150nm以下の2次γ’相は、円換算径の平均が50~90nmであって、断面全体の5~20%の面積を占める、
ことを特徴とするNi基合金造形物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、付加製造および熱処理によって、Ni基超耐熱合金の一種であるIN738LC合金からなる造形物を製造する方法、および当該造形物に関する。
【背景技術】
【0002】
Ni基超耐熱合金の一つとしてIN738LC合金が知られている。この合金はγ’析出硬化型の合金で、時効処理によって母相であるγ相中にγ’相(Ni3(Al,Ti))が析出することで、超耐熱性が発現する。IN738LC合金製の部材は、鍛造、鋳造等によって製造されることが多いが、近年では付加製造技術によって製造される例も増えている。このとき、付加製造では材料の急速加熱・急速冷却が繰り返されるため、クラックが入りやすく、残留応力によって造形時や時効処理時に割れが発生しやすいことが一つの問題であった。
【0003】
これに対して、特許文献1には、IN738LC合金中のZr含有量をわずかに減らし、かつレーザー領域エネルギー密度を適切な範囲とすることで、少なくともほぼクラックのない部品を選択的レーザー溶融(SLM)法によって製造する方法が記載されている。また、特許文献2には、SLM法により付加製造されたIN738LCからな成る構成部材について、割れの発生を低減するための熱処理方法が記載されている。具体的には、特定の温度範囲における加熱速度を大きくし、1200℃または1250℃で所定時間保持して残留応力を低減し微細構造を再結晶させることなどにより、ひずみ時効割れ等の割れの発生が低減できるとされる。また、従来から、HIP(熱間等方圧加圧)処理によって、部材内部に残存している空孔や微小クラックを潰して、機械的特性を改善することが行われている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2017-508877号公報
【特許文献2】特開2015-227505号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献1および2には、製造した部材のクリープ寿命や引張強度などの機械的特性については記載されていない。また、本発明者らの実験によれば、付加製造技術によって製造されたIN738LC合金造形物では、造形時や時効処理時に割れが発生しない場合でも、そのクリープ寿命等に改善の余地があった。
【0006】
本発明は上記を考慮してなされたものであり、付加製造によって造形されたIN738LC合金造形物であって、クリープ特性に優れた造形物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のNi基合金造形物の製造方法は、質量%で、Co:8.0~9.0%、Cr:15.7~16.3%、Mo:1.5~2.0%、W:2.4~2.8%、Ta:1.5~2.0%、Nb:0.6~1.1%、Al:3.2~3.7%、Ti:2.2~3.7%、Al+Ti:6.50~7.20%、C:0.09~0.13%、B:0.007~0.012%、Zr:0.03~0.08%、Fe:0~0.05%、Mn:0~0.02%、Si:0~0.30%、S:0~0.015%、残部:Niおよび不可避的不純物からなる組成を有する合金粉末を準備する工程と、前記合金粉末を付加製造技術により積層して造形物を形成する工程と、前記造形物を1150℃以上、前記合金粉末の融点より低い温度でHIP処理して、冷却過程で1次γ’相を析出させる再結晶化工程と、前記造形物を950℃以上、1100℃以下の温度で熱処理して前記1次γ’相の一部を溶解する再溶解工程と、前記造形物を、800℃以上、900℃以下の温度で熱処理して、2次γ’相を析出させる時効工程とを有する。
【0008】
本発明のNi基合金造形物は、質量%で、Co:8.0~9.0%、Cr:15.7~16.3%、Mo:1.5~2.0%、W:2.4~2.8%、Ta:1.5~2.0%、Nb:0.6~1.1%、Al:3.2~3.7%、Ti:2.2~3.7%、Al+Ti:6.50~7.20%、C:0.09~0.13%、B:0.007~0.012%、Zr:0.03~0.08%、Fe:0~0.05%、Mn:0~0.02%、Si:0~0.30%、S:0~0.015%、残部:Niおよび不可避的不純物からなる組成を有する積層造形物であって、前記積層造形物の積層方向に垂直な断面において、円換算径が250nm以上の1次γ’相は、円換算径の平均が400~700nmであって、断面全体の25~50%の面積を占め、円換算径が150nm以下の2次γ’相は、円換算径の平均が50~90nmであって、断面全体の5~20%の面積を占めることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明のNi基合金造形物の製造方法によれば、相対的に大きな1次γ’相と、相対的に小さな2次γ’相の大きさと割合が適切に調節される。これにより、付加製造による積層方向について、良好なクリープ特性が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】一実施形態のNi基合金造形物の製造方法の工程フロー図である。
【
図2】A:クリープ試験、B:引張試験の試験片の形状を示す図である。
【
図3】A~F:作製した造形物の積層方向に平行な断面における後方散乱電子回折(EBSD)画像である。
【
図4】作製した造形物の高温クリープ試験の結果である。A:積層方向、B:積層方向に垂直な方向。
【
図5】作製した造形物の高温引張試験の結果である。A:積層方向、B:積層方向に垂直な方向。
【
図6】A~C:熱処理による造形物の組織の違いを示すSEM像である。
【
図7】A~C:熱処理による造形物の組織の違いを示すSEM像である。
【
図8】A~C:熱処理による造形物の組織の違いを示すSEM像である。
【
図9】一実施例の試料の積層方向に垂直な断面における、A:走査電子顕微鏡(SEM)像、B:1次γ’相、C:2次γ’相である。
【
図10】他の実施例の試料の積層方向に垂直な断面における、A:走査電子顕微鏡(SEM)像、B:1次γ’相、C:2次γ’相である。
【
図11】A~B:実施例の試料の積層方向に垂直な断面におけるγ’相の大きさの分布を示す図である。
【
図12】A~B:800℃での積層方向に平行な引張によって塑性ひずみが0.5%に達した試料の積層方向に平行な断面の透過電子顕微鏡(TEM)像である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明のNi基合金造形物の製造方法の一実施形態を、
図1の工程フローに沿って説明する。
【0012】
本実施形態のNi基合金造形物の製造方法では、合金粉末を付加製造によって所望の形状に造形した後、再結晶化および1次γ’相析出、1次γ’相の一部の再溶解、時効による2次γ’相析出のための各熱処理を行う。
【0013】
鍛造等によって成形された旧来の部材に対しては、溶質原子を均一に固溶させるための溶体化処理と、γ’相を析出させるための時効処理が行われる。その標準的な処理条件は、組織が再結晶化せずγ’相が析出しない約1120℃で溶体化処理を行い、γ’相の析出を避けるために、空気や不活性ガスを吹き付ける空冷によって急冷気味に冷却し、約843℃で時効処理を行ってγ’相を析出させる。これに対して、本実施形態では、付加製造による造形後に、組織を再結晶化させ、一旦1次γ’相を析出させ、次いで1次γ’相の一部を再溶解した上で、時効処理によって2次γ’相を析出させる。
【0014】
本実施形態で用いる合金粉末は、質量%で、Co:8.0~9.0%、Cr:15.7~16.3%、Mo:1.5~2.0%、W:2.4~2.8%、Ta:1.5~2.0%、Nb:0.6~1.1%、Al:3.2~3.7%、Ti:2.2~3.7%、Al+Ti:6.50~7.20%、C:0.09~0.13%、B:0.007~0.012%、Zr:0.03~0.08%、Fe:0~0.05%、Mn:0~0.02%、Si:0~0.30%、S:0~0.015%、残部:Niおよび不可避的不純物からなる組成を有する。この合金はIN738LC合金として知られている。Fe、Mn、Si、Sは任意元素で、積極的に配合されることは余りなく、これらの元素の濃度は低い方がよいとされる。
【0015】
合金粉末の粒度は、レーザー回折・散乱法によって測定された粒径の体積基準のメジアン値(d50)が好ましくは10~100μm、より好ましくは10~40μmである。また、付加製造用の原料粉末としては、薄層を形成する際の充填率を高められるようにある程度広い粒度分布を有していることが好ましい。粒径の分布幅の指標として、SD=(d84-d16)/2を用いることができ、好ましくはSDがd50の0.2~1.0倍である。なお、d50、d84、d16は、全体積を100%としたときの累積カーブがそれぞれ50%、84%、16%となる点の粒子径を表す。
【0016】
上記合金粉末を用いて、付加製造技術により部材を造形する。付加製造の方式としては、好ましくはレーザー積層造形法(SLM法)を用いる。SLM法は粉末床溶融結合方式の一種で、原料となる合金粉末を造形ステージに敷き詰めて均一な薄層を形成し、薄層の所定位置にレーザー光を走査しながら照射して合金粉末を溶融・凝固させることを繰り返すことで、合金層を積層して、所望の形状に造形する。
【0017】
SLM法で造形された造形物は、その造形方法に起因して、合金の積層方向に延びる柱状晶を多く含む。そのため、積層方向とそれに垂直な方向とでクリープなどの機械的特性が異なることとなる。以下において、造形時の積層方向をZ方向、積層方向に垂直な方向をXY方向という。なお、SLM法ではレーザー光の走査方向の偏りの影響を抑えるために、1層毎に走査方向を所定角度ずつ回転させて積層が行われるので、造形物の組織はZ方向に垂直な面内では等方的である。本明細書においても、XY方向とはZ方向に垂直であることのみを意味し、Z方向に垂直な面内での特定の方向を意味するものではない。
【0018】
次に、再結晶化工程によって、積層造形された造形物(造形まま材)を再結晶化させるとともに、1次γ’相を析出させる。
【0019】
再結晶化処理はHIP処理によって行われる。再結晶化処理によって、結晶粒を大きく、特にXY方向に大きく成長させる。また、再結晶化処理をHIP処理で行うことによって、部材内部に残存する空孔や微小クラックを潰しながら、再結晶化を行うことができる。
【0020】
HIP処理の処理温度は、1150℃以上、好ましくは1200℃以上とする。HIP処理を1150℃以上で行うことによって、造形物を実用的な速さで再結晶化できる。また、HIP処理を1200℃以上で行えば、粒界の炭化物が溶解するため、再結晶化がより進展する。一方、HIP処理の処理温度は、高ければ高いほど再結晶化が促進されるので好ましいが、合金粉末の融点より低いことを要する。組成のばらつき等を考慮すると、HIP処理の処理温度は、(合金粉末の融点-10℃)以下であることが好ましい。なお、本実施形態の合金粉末の融点は、上記組成範囲内で、約1232℃~1315℃の間にある。HIP処理の圧力は、好ましくは50~200MPa、より好ましくは80~150MPaとする。
【0021】
HIP処理において、造形物を上記設定温度および圧力に保持する時間は、好ましくは30分以上、より好ましくは1時間以上である。再結晶化するのに十分な時間を取るためである。一方、再結晶化処理において、部材を上記温度に保持する時間は、好ましくは4時間以下である。HIP処理における保持時間は保持温度ほど再結晶化に大きな影響を及ぼさないが、時間が長いほど生産性が低下するからである。
【0022】
造形物は、所定の温度および圧力で所定時間保持した後、装置内で炉冷により冷却される。HIP処理後は冷却速度が遅いため、冷却過程でγ’相が析出して大きく成長する。なお、γ’相は約950℃以下で析出するといわれる。再結晶化処理後の冷却過程で析出するγ’相を本明細書において「1次γ’相」という。1次γ’相は、時効処理で析出する「2次γ’相」より相対的に大きい。
【0023】
次に、再溶解工程によって、1次γ’相の一部を再溶解する。これにより、溶解せずに残った1次γ’相と、後の時効処理で析出する2次γ’相の大きさと割合を適切に調節することができる。
【0024】
再溶解処理はγ’相が溶解する温度で行う。再溶解処理温度は、好ましくは950℃~1100℃、より好ましくは1000℃~1075℃とする。再溶解処理時間は、好ましくは30分~4時間とする。再溶解処理時間は、温度に比べると再溶解量に与える影響が小さいが、処理時間が短すぎると再溶解が十分に進まない恐れがあり、処理時間が長すぎると1次γ’相が過剰に溶解してしまう恐れがある。再溶解処理後は、造形物を空冷等により、多少急冷ぎみ、好ましくは約10℃/分以上の冷却速度で冷却する。これにより冷却過程でのγ’相の析出を防止する。
【0025】
次に、時効工程によって、2次γ’相を析出させる。時効処理の条件は、鍛造品等に対して知られた公知の条件で行うことができる。例えば、800~900℃で、12~24時間処理する。
【0026】
以上の付加製造工程、再結晶化工程、再溶解工程、時効工程を経て、本実施形態のNi基合金造形物が得られる。
【0027】
次に、本実施形態のNi基合金造形物の組織について説明する。
【0028】
本実施形態のNi基合金造形物は、母相であるγ相中に、相対的に大きな1次γ’相と、相対的に小さな2次γ’相が析出した組織を有する(実施例のSEM画像である
図9および
図10参照)。γ’相は、ある程度以上の大きさになると略立方体状に成長するので、1次γ’相は断面において略矩形状に現れる。Z方向に垂直な断面において、個々の1次γ’相の大きさは、円換算径(面積が同じ円の直径)が300~1200nm程度である。これに対して、2次γ’相は略球状であり、Z方向に垂直な断面において、個々の2次γ’相の大きさは、円換算径が30~120nm程度である。
【0029】
Z方向に垂直な断面において、円換算径が250nm以上のγ’相を1次γ’相とみなすと、1次γ’相は、好ましくは円換算径の平均が400~700nmであって、好ましくは断面全体の25~50%の面積を占める。1次γ’相の割合が多すぎると、γ’相の構成元素であるAlおよびTiの母相中の濃度が低くなり、十分な量の2次γ’相を析出させることができない。一方、Z方向に垂直な断面において、円換算径が150nm以下のγ’相を2次γ’相とみなすと、2次γ’相は、好ましくは円換算径の平均が50~90nmであって、好ましくは断面全体の5~20%の面積を占める。断面全体に占める1次γ’相の面積割合と2次γ’相の面積割合の和は、好ましくは45~55%である。なお、円換算径が150nm~250nmのγ’相はほとんど存在せず、断面全体に占める面積は1%以下である。1次γ’相と2次γ’相の大きさと割合をこの範囲とすることによって、クリープ試験時の転位の移動が制限され、良好なクリープ特性が得られる。
【実施例0030】
本実施形態のNi基合金造形物の製造方法およびNi基合金造形物について、実験結果によってさらに詳細に説明する。
【0031】
合金粉末として、Praxair Surface Technologies社製のものを用いた。表1に合金粉末の組成を示す。粉末X線回折(XRD)測定では、Ni(fcc)相のピークのみが観察された。合金粉末の粒度は、d50が35μm、SDが9.4μmであった。
【0032】
【0033】
上記合金粉末を用い、Ybファイバーレーザー(焦点径:80μm)を用いた粉末積層造形システム(EOS GmbH、M290)を用いて、SLM法により造形を行った。Z方向の引張試験およびクリープ試験用には、
図2に示す試験片を、長さ方向を積層方向として直接造形した。XY方向の引張試験およびクリープ試験用には、造形した直方体から
図2に示す試験片の形状に切り出した。得られた試料に対して、条件を変えて各種熱処理を行い、実施例および比較例のNi基合金造形物を作製した。
【0034】
クリープ試験は、JISZ2271に準拠して、816℃、荷重379MPaの条件で行った。引張試験は、ASTM E21に準拠して、オートグラフを用いて、22℃または800℃、ひずみ速度0.005/sの条件で行った。なお、本明細書において、クリープ試験の結果に関して単に「伸び」というときはクリープ破断伸びを意味し、引張試験の結果に関して単に「伸び」というときは破断伸びを意味する。
【0035】
いくつかの試料について、SEM、後方散乱電子回折(EBSD)で組織を観察した。また、800℃での引張によって変形させた試料の転位をTEMで観察した。
【0036】
表2に、各試料の作製条件を示す。クリープ試験および800℃での引張試験を実施した試料については、その結果を併せて示した。表2中の再結晶化処理は、圧力の表示がないものは常圧で実施して再結晶化後に空冷したもの、圧力の表示のあるものは当該圧力でHIP処理して、炉冷により1次γ’を析出させたものである。再溶解処理後、溶体化処理後および時効処理後は、空冷により冷却した。試料#23および#24は再結晶化処理を2段階で行い、1240℃、常圧で熱処理して空冷した後、1150℃、100MPaでHIP処理した。また、表3に、いくつかの試料について22℃で引張試験を行った結果を示す。
【0037】
【0038】
【0039】
まず、表3を参照して、室温での引張試験において、試料#1(造形まま材)はZ方向およびXY方向の両方で、引張強さ、伸びともに良好な結果を示した。この結果は、試料#1の断面SEM像で、内部にクラックが確認できなかったことで説明できる。1120℃で溶体化処理した試料#2では、引張強さは向上し、伸びが低下した。この原因は明らかではないが、溶体化処理中炭化物等の何らかの析出相が形成された可能性もある。溶体化処理に加えてさらに時効処理を行った試料#3では、伸びがさらに低下し、特にXY方向での伸びの低下が著しかった。熱処理温度を1240℃に上げて、再結晶化を行った試料#4および#5でも同じ傾向が見られた。試料#2~5で、XYの伸びが特に顕著に低下した原因は明らかでないが、やはり付加製造によるZ方向に長い柱状晶構造が影響しているものと考えられる。
【0040】
試料#3および#5に対する800℃での引張試験では、表2を参照して、XY方向での伸びは、それぞれ1.0%、2.1%へとさらに低下した。これに対して、試料#5と処理温度は近いが、HIPによって再結晶化処理を行った試料#7では、XY方向の伸びは5.5%であった。内部クラックのない造形まま材(#1)に対してHIP処理を行うことは不要とも思われたが、以上の結果から、HIPによって再結晶化処理を行うことが好ましいことが分かった。
【0041】
図3にいくつかの試料の後方散乱電子回折(EBSD)画像を示す。EBSDによれば、結晶粒毎の結晶方位を知ることができ、測定面における結晶粒の輪郭を示す画像を作成することができる。試料#1(造形まま材)では付加製造に特有の、Z方向に長い柱状晶が集まった組織が確認できる(
図3A)。鍛造品等で標準的な条件で溶体化処理を行った試料#2では、組織は試料#1から余り変化していない(
図3B)。処理温度を1240℃に上げた試料#4では、#1と比べて、結晶粒が大きく、特にXY方向に大きく成長して、再結晶化が起こったことが確認できる(
図3C)。また、表2から、試料#4に時効処理を行った試料#5では、試料#2に時効処理を行った試料#3と比較して、Z方向およびXY方向ともに、クリープ寿命(破断時間)および引張強さが向上している。試料#4に、さらに1150℃でHIP処理を行った試料#23では、試料#4よりさらに結晶粒が成長しており、1150℃のHIPで再結晶化が進展することが確認できた(
図3D)。また、1235℃でHIP処理した試料#14(
図3E)、1250℃でHIP処理した試料#6(
図3F)では、試料#23より再結晶化が進んでおり、HIP処理の温度を高くすることによる効果が確認できた。
【0042】
表2に示した中のいくつかの試料について、
図4にクリープ破断時間および伸び率を示す。
【0043】
Z方向に関する
図4Aを参照して、鍛造品等で標準的な条件で溶体化処理と時効処理を行った試料#3では、破断時間が短かかった。常圧での再結晶化と時効処理を行った試料#5では、試料#3と比較して、破断時間は長くなったが、伸びが大きく低下した。なお、破断時間は、鍛造品(表2参照)と同等以上であった。HIPによる再結晶化処理、再溶解処理および時効処理を行った実施例の試料#9、#11、#13、#19~22、#24では、試料#5以上のクリープ特性を示している。特に1250℃または1235℃でHIP処理を行った試料#9、#11、#13、#19~22では、破断時間は250時間以上で試料#24の2倍近くまで長くなり、伸びも約10%以上で非常に良好であった。このことから、HIP処理温度は1200℃以上とすることが好ましいと考えられる。
【0044】
一方、XY方向に関する
図4Bを参照して、鍛造品等で標準的な条件で溶体化処理と時効処理を行った試料#3と比較して、再結晶化によって破断時間は長くなったが、伸びはいずれも5%以下と低かった。いずれの実施例でも、破断時間、伸びともに顕著な改善は見られなかった。この結果は、試料の組織がZ方向に長い柱状晶からなり、XY方向には多くの粒界が存在するため、粒界がすべる粒界クリープによるものと考えられる。XY方向のクリープ特性は、実施例の熱処理によっても十分な改善ができなかった。
【0045】
図4に示した各試料について、
図5に引張試験における0.2%耐力、引張強さおよび伸びを示す。
【0046】
Z方向に関する
図5AおよびXY方向に関する
図5Bを参照して、0.2%耐力はいずれも約600MPa以上、引張強さはいずれも約800MPa以上と、良好な値を示した。ただし、試料#3および#5ではXY方向の伸びが低かった。引張試験時の伸びは、5%以上であることを求められることが実用上多い。これに対して、HIPによる再結晶化処理、再溶解処理および時効処理を行った実施例の試料#9、#11、#13、#19~22、#24ではXY方向についても5%以上の伸びを示している。このことから、引張特性に関して、実施例の試料ではZ方向、XY方向ともに実用上十分な特性を有することが確認できた。
【0047】
以上の結果から、実施例の試料では、Z方向のクリープ特性と、Z方向およびXY方向の引張特性について良好な結果が得られた。
【0048】
次に、試料の組織構造を観察して、上記機械特性との関係を調査した。
【0049】
図6に、いくつかの試料について、Z方向に垂直な断面のSEM像を示す。画像右下のバーの長さはいずれも0.5μmである。常圧での再結晶化と時効処理を行った試料#5では、同程度の大きさのγ’相が全面に析出している(
図6A)。これに対して、HIPによる再結晶化処理、再溶解処理および時効処理を行った実施例の試料#11では、相対的に大きな1次γ’相と、その間の母相上に析出した相対的に小さな2次γ’相がみられる(
図6B)。HIP処理により再結晶化処理を行い、再溶解処理を行わずに時効処理を行った試料#7では、やはり1次γ’相と2次γ’相がみられるものの、2次γ’相の数が少ないことが分かる(
図6C)。この違いが試料#11と#7のZ方向のクリープ破断時間の差となって現れたと考えられる。
【0050】
図7に、1250℃でのHIP処理を行った試料にいくつかについて、Z方向に垂直な断面のSEM像を示す。画像右下のバーの長さはいずれも0.5μmである。1250℃でのHIPによる再結晶化工程を経た試料#6では、冷却過程で析出した比較的大きな1次γ’相がみられる(
図7A)。
図7Aの1次γ’相は、角の尖ったいびつな形状のものが多く、2次γ’相も僅かに不規則に存在する。さらに1050℃での再溶解工程を経た試料#10では、1次γ’相が少し小さくなり、鋭角の角が丸くなっており、2次γ’相が消失している(
図7B)。この時点では、1次γ’相の間に広がる母相のγ相には、析出相は見られない。さらに843℃での時効工程を経た試料#11では、1次γ’相の間のγ相に、相対的に小さな2次γ’相が多く析出している(
図7C)。
【0051】
図7の結果を踏まえると、
図6B(試料#11)と
図6C(試料#7)の組織の違いは、次のように説明できる。HIP処理の冷却過程で1次γ’相が析出した試料について、再溶解処理を行わずに時効処理を行った場合は、1次γ’相の間の母相のγ相中で、γ’相の構成元素であるAlおよびTiの濃度が低くなり、時効工程で析出する2次γ’相の量が少なくなったと考えられる。そして、表2および
図4の結果から、実施例の試料#11では、1次γ’相と2次γ’相の大きさと割合が適切に調整されたことによって、Z方向で特に優れたクリープ特性を示したと考えられる。
【0052】
図8に、1235℃でのHIP処理を行った試料について、Z方向に垂直な断面のSEM像を示す。画像右下のバーの長さはいずれも0.5μmである。
図7の場合と同様に、1235℃でのHIPによる再結晶化工程を経た試料#14では、冷却過程で、角の尖ったいびつな形状で、比較的大きな1次γ’相が析出している(
図8A)。さらに1050℃での再溶解工程を経た試料#18では、1次γ’相が少し小さくなり、鋭角の角が丸くなっている(
図8B)。さらに843℃での時効工程を経た試料#19では、1次γ’相の間のγ相に、相対的に小さな2次γ’相が多く析出している(
図8C)。
【0053】
いくつかの試料について、SEM画像を解析して、1次γ’相および2次γ’相の大きさ、密度等を求めた。
図9に、
図7Cに示した試料#11の画像から1次γ’相および2次γ’相を抽出した例を示す。
図10に、試料#11と同じ条件で、ただし再溶解処理を1100℃で行った試料#9のSEM画像から1次γ’相および2次γ’相を抽出した例を示す。
図11に、
図9および
図10の画像解析から求めた、γ’相の大きさの分布を示す。
図11の縦軸は、横軸にとった面積の常用対数が±0.05の範囲に含まれるγ’相が、断面全体に占める面積の割合である。表4に、画像解析を行った結果の一覧を示す。
【0054】
【0055】
表4から、HIPによる再結晶化工程だけを経た試料#6、#14、#23では、いずれも1次γ’相の面積割合が約50%と大きい。試料#6と、再溶解工程を経た試料#8、#10、#12を比較すると、再溶解処理によって1次γ’相の面積割合が減少していることが分かる。再溶解処理によって、1次γ’相の平均円換算径がわずかに大きくなっているが、1次γ’相の個数密度が低下していることから、1次γ’相のうち、比較的小さなものが溶解して消滅したものと考えられる。時効処理の影響について、試料#8と#9、試料#10と#11を比較すると、時効処理によって2次γ’相が析出するとともに、1次γ’相の平均円換算径がわずかに大きくなっているように見られる。このことは、時効処理によって、1次γ’相も再度わずかに成長したためと考えられる。実施例である試料#9および#11において、1次γ’相の平均円換算径はそれぞれ546nm、608nmで、2次γ’相の平均円換算径はそれぞれ76nm、61nmであった。
【0056】
図11を参照して、実施例である試料#11(
図11A)および#9(
図11B)では、γ’相は、相対的に大きな1次γ’相と、相対的に小さな2次γ’相からなり、円換算径が150~250nmの大きさの析出相がほとんどないことが分かる。また、
図11および表4から、実施例である試料#9と#11を比較すると、より高い1100℃で再溶解処理された試料#9では、1次γ’相の面積割合が小さく、一方で2次γ’相の面積割合が大きい。これは、試料#8と#10の比較から分かるように、試料#9ではより多くの1次γ’相が溶解し、母相中にγ’相の構成元素であるAlおよびTiがより多く含まれた状態で時効処理が行われたため、より多くの2次γ’相が析出したものと考えられる。
【0057】
図12に、800℃での引張によって塑性ひずみが0.5%に達した試料のTEM像を示す。右下のバーの長さは200nmである。試料#10(
図12A)はγ’相として1次γ’相のみを有し、実施例である試料#11(
図12B)は1次γ’相および2次γ’相を有する試料である。
【0058】
図12A(#10)では、長く伸びた黒い筋が転位である。高温でのクリープは、粒界すべりとともに、結晶粒内での転位のすべりが大きく影響することが知られている。試料#10では、1次γ’相同士の間隔が広く、その間隔部分には転位の運動の障害となる2次γ’相がないために、転位が自由に移動して再配置により長く発達したと考えられ、これにより、クリープ試験において、より短い時間で破断に至ったと考えられる。
【0059】
図12B(#11)では、1次γ’相の周囲に並ぶ黒い点が転位である。0.2%引張変形で2次γ’相にループする転移が多く存在し、この短い距離の転移が時間・変形とともに1次γ’相を絡む様に移動して、転移がこの様に構築されたと推定できる。転位が移動中に析出相にぶつかった場合、析出相が小さければ転位が上昇して通り抜け、析出相が大きければ、上昇によって通り抜けることができず、析出相を切断して横断したり、析出相を囲むループとなって捕捉されると言われている。試料#11では、1次γ’相間の母相を移動する転位が、相対的に小さな2次γ’相を上昇して通り抜けながら移動して、相対的に大きな1次γ’相を囲んだ状態で捕捉されたと考えられる。今回は高温引張試験で転移の阻害・成長を検証しているが、クリープ試験でも同様メカニズムが働くと推定するため、一次転位の移動が阻害され、クリープ試験において、破断までにより長い時間を要したと考えられる。
【0060】
以上の結果から、本実施形態のNi基合金造形物では、相対的に大きな1次γ’相と、相対的に小さな2次γ’相の大きさと割合が適切に調節されたことにより、Z方向およびXY方向の引張特性、ならびにZ方向のクリープ特性が改善された。これにより、付加製造によって造形したIN738LC合金造形物の用途を広げることができる。
【0061】
本発明は、上記の実施形態や実施例に限定されるものではなく、その技術的思想の範囲内で種々の変形が可能である。