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特開2024-71358アントラセン-9-カルボン酸の製造方法、及び反応混合物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024071358
(43)【公開日】2024-05-24
(54)【発明の名称】アントラセン-9-カルボン酸の製造方法、及び反応混合物
(51)【国際特許分類】
   C07C 51/16 20060101AFI20240517BHJP
   C07C 63/44 20060101ALI20240517BHJP
   C07C 33/18 20060101ALI20240517BHJP
【FI】
C07C51/16
C07C63/44
C07C33/18
【審査請求】有
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023192151
(22)【出願日】2023-11-10
(31)【優先権主張番号】P 2022182113
(32)【優先日】2022-11-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】501243753
【氏名又は名称】大阪新薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100125450
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 広明
(72)【発明者】
【氏名】山▲崎▼ 康寛
【テーマコード(参考)】
4H006
【Fターム(参考)】
4H006AA01
4H006AA02
4H006AB78
4H006AC46
4H006BB11
4H006BC10
4H006BC19
4H006BJ50
4H006BS30
4H006FC54
4H006FE13
4H006FE19
(57)【要約】
【課題】好ましくない副生成物である9,10-アントラキノンの生成が抑えられるとともに、重金属及び遷移金属等を用いない反応系によって、人体及び環境に対して優しい、アントラセン-9-カルボン酸の塩を含有する反応混合物及びその製造工程、及び重金属及び遷移金属等を含有しない該アントラセン-9-カルボン酸の簡便で工業的実施可能な製造方法を提供する。
【解決手段】本発明の1つのアントラセン-9-カルボン酸の製造方法は、-15℃以上10℃以下の不活性溶媒中において、9-アントラアルデヒドと、ナトリウムtert-ブトキシド及びカリウムtert-ブトキシドの群から選択される少なくとも1種とを反応させる第1反応工程を含む。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
-15℃以上10℃以下の不活性溶媒中において、9-アントラアルデヒドと、ナトリウムtert-ブトキシド及びカリウムtert-ブトキシドの群から選択される少なくとも1種とを反応させる第1反応工程を含む、
アントラセン-9-カルボン酸の製造方法。
【請求項2】
前記第1反応工程後の、アントラセン-9-カルボン酸の塩及び9-アントラセンメタノールの塩を含有する反応混合物を、10℃超30℃以下で2時間以上保持する第2反応工程を含む、
請求項1に記載のアントラセン-9-カルボン酸の製造方法。
【請求項3】
前記第1反応工程後の反応混合物中の、パラジウム(Pd)、白金(Pt)、マンガン(Mn)、クロム(Cr)、銀(Ag)、銅(Cu)又はセレン(Se)の含有量が、0.01質量%未満である、
請求項1又は請求項2に記載のアントラセン-9-カルボン酸の製造方法。
【請求項4】
前記第2反応工程後における、前記反応混合物中の、HPLC(高速液体クロマトグラフィー)分析による9,10-アントラキノンの生成が、面積百分率で5面積%未満である、
請求項2に記載のアントラセン-9-カルボン酸の製造方法。
【請求項5】
前記第2反応工程後における、前記反応混合物の、HPLC(高速液体クロマトグラフィー)分析による前記アントラセン-9-カルボン酸の塩の生成に基づく第1面積百分率が前記9-アントラセンメタノールの塩の生成に基づく第2面積百分率よりも大きい、
請求項2に記載のアントラセン-9-カルボン酸の製造方法。
【請求項6】
HPLC(高速液体クロマトグラフィー)分析によるアントラセン-9-カルボン酸の塩の生成に基づく第1面積百分率が9-アントラセンメタノールの塩の生成に基づく第2面積百分率よりも大きく、且つ前記9-アントラセンメタノールの塩の生成に基づく第2面積百分率が50面積%未満であり、
前記アントラセン-9-カルボン酸の塩及び前記9-アントラセンメタノールの塩を含有する、
反応混合物。
【請求項7】
パラジウム(Pd)、白金(Pt)、マンガン(Mn)、クロム(Cr)、銀(Ag)、銅(Cu)又はセレン(Se)の含有量が、0.01質量%未満である、
請求項6に記載の反応混合物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アントラセン-9-カルボン酸の製造方法、及び反応混合物に関する。
【背景技術】
【0002】
アントラセン-9-カルボン酸は、例えば、各種の電気製品の化学部材として広く用いられる機能性材料として非常に有用な化学製品である。従来から、非極性有機溶媒中において、アルカリ金属水酸化物存在下で加熱反応することにより、アントラセン-9-カルボン酸を製造する技術が開示されている(特許文献1及び2)。また、他の方法として、特定のクロム(Cr)錯体酸化剤を用いて9-アントラセンアルデヒドを酸化することにより、アントラセン-9-カルボン酸を合成することができるとする技術が開示されている(非特許文献2)。さらに別の方法として、アントラセンをマンガン(Mn)やクロム(Cr)等の重金属の化合物を用いて酸化することにより、アントラセン-9-カルボン酸を製造する例も開示されている(非特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2002-187867号公報
【特許文献2】特開2004-018391号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Helv.Chim.Acta.,2巻,482頁(1919)
【非特許文献2】Synthetic Communications 10(12),951頁-956頁(1980)
【非特許文献3】Bull.Chem.Soc.Japan,62巻,545頁(1989)
【非特許文献4】Tetrahedron 69(42),8929-8935,2013
【非特許文献5】Russ.Phys.Chem.Soc.1906,38,355,482,540,547
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上述のいずれの従来技術を採用しても、下記の(1)乃至(3)のうち少なくとも1つの課題が生じるため、工業的に実用化することが困難であることが本発明者によって確認された。
(1)原料である9-アントラセンアルデヒドが、比較的多く、未反応の状態のまま残っている。
(2)副生成物として、望まれない9,10-アントラキノンが比較的多く、又は定量的に生成されてしまう。
(3)特に、上記の非特許文献1又は2によれば、人体及び環境に対して害を及ぼし得る重金属又は遷移金属(例えば、クロム又はマンガン)の後処理の負担が生じるとともに、RoHs/REACH規制等によって規制される各種電気製品への適用が極めて困難となる。
【0006】
そのため、目的物質であるアントラセン-9-カルボン酸を、重金属又は遷移金属系酸化触媒を用いることなく、安全であって簡便に、且つ工業的に有利に製造する技術の開発は、実施に耐え得るまでには至っていないため、未だ途半ばであるといえる。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上述の各特許文献及び非特許文献を精査したうえで、追試することによって上述の技術課題を認識し、それらの課題を克服し得る新たなアントラセン-9-カルボン酸の製造方法の研究開発に着手した。本発明者は、本発明の目的物であるアントラセン-9-カルボン酸が、脱炭酸してアントラセンに変化し易いという性質と、反応過程によっては比較的容易に9,10-アントラキノンへと変換されてしまうという問題を解決すべく、種々の実験結果を分析するとともに、試行錯誤を重ねた。
【0008】
その結果、本発明者は、不要な副生成物である9,10-アントラキノンを確度高く生成させないだけではなく、重金属又は遷移金属等からなる金属酸化剤又は金属触媒を用いずに人体及び環境に対して優しく、且つ工業的にも優れたアントラセン-9-カルボン酸の製造方法を見出した。該製造方法を詳細に分析すると、原料物質である9-アントラセンアルデヒドを確度高く反応させ得ることが明らかとなった。さらに、本発明者は、前述の製造方法に加えて、該製造方法を採用することによって生成される、商業的価値の高い副産物を含む反応混合物の特異性についても着目することにより、本発明を完成させた。
【0009】
本発明の1つのアントラセン-9-カルボン酸の製造方法は、-15℃以上10℃以下の不活性溶媒中において、9-アントラアルデヒドと、ナトリウムtert-ブトキシド及びカリウムtert-ブトキシドの群から選択される少なくとも1種とを反応させる第1反応工程を含む。
【0010】
この製造方法によれば、比較的低温に保持された不活性溶媒中において、9-アントラアルデヒドと、ナトリウムtert-ブトキシド及びカリウムtert-ブトキシドの群から選択される少なくとも1種とを反応させる第1反応工程が採用される。この第1反応工程において、次の化学反応式(化1)及び(a)乃至(c)に示す反応機序によりアントラセン-9-カルボン酸及び/又はその塩が製造され得る。
【0011】
ここで、下記の化学反応式(化1)においては、ナトリウムtert-ブトキシド及びカリウムtert-ブトキシドの群のうち、カリウムtert-ブトキシドを代表例として記載している。また、カリウムtert-ブトキシドの代わりにナトリウムtert-ブトキシドが採用された場合であっても、本実施形態の効果と同様の効果が奏され得る。
【0012】
(a)反応剤としての役割も果たし得る塩基(以下、単に「塩基」という。)であるカリウムtert-ブトキシドと、原料物質である9-アントラセンアルデヒドとが反応し、該塩基がアルデヒドカルボニルに攻撃することによって中間種Aが生成される。
(b)中間種Aにおいて、脱離能が大きいカチオン安定種であるtert-Butyl基の存在により、該中間種Aにおけるヒドリドが、該中間種Aの周囲に存在し得る9-アントラアルデヒドのカルボニル炭素よりも、該中間種Aの分子内のより近傍に存在する該tert-Butyl基の3級炭素を優先して攻撃した結果、中間種Bが優位に生成され得る。なお、本発明者は、この(b)の反応過程を、分子内ヒドリド移動が、該中間種Aの周囲に存在し得る9-アントラアルデヒドのカルボニル炭素への攻撃よりも優先的する反応であると考えている。
(c)酸性溶液下において、中間種Bから、アントラセン-9-カルボン酸(化学物質X)が製造され得る。
【0013】
【化1】
【0014】
上述の第1反応工程が行われることにより、好ましくない副生成物である9,10-アントラキノンの生成が抑えられるとともに、アントラセン-9-カルボン酸を確度高く製造することができる。加えて、第1反応工程を採用することにより、パラジウム(Pd)、白金(Pt)、マンガン(Mn)、クロム(Cr)、銀(Ag)、銅(Cu)又はセレン(Se)に代表される重金属又は遷移金属を用いることなく、アントラセン-9-カルボン酸を確度高く製造することができる。
【0015】
また、本発明者は、上述の第1反応工程によって、目的物質であるアントラセン-9-カルボン酸に到る前のアントラセン-9-カルボン酸の塩が生成されるとともに、次の化学反応式(化2)及び(d)乃至(f)に示す反応機序により、有用な副産物としての9-アントラセンメタノール及び/又は該副産物アントラセン-9-カルボン酸に到る前の9-アントラセンメタノールの塩が製造され得ることを確認した。
(d)塩基であるカリウムtert-ブトキシドと、原料物質である9-アントラセンアルデヒドとが反応し、該塩基がアルデヒドカルボニルに攻撃することによって中間種Aが生成される。(上述の(a)と同じ)
(e)中間種Aにおけるヒドリドの一部は、該中間種Aの周囲に存在し得る9-アントラセンアルデヒドのカルボニル炭素を攻撃する。
(f)酸性溶液下において、9-アントラセンメタノール(化学物質Y)が製造され得る。
【0016】
【化2】
【0017】
従って、アントラセン-9-カルボン酸に止まらず、9-アントラセンメタノールの製造においても、上述の重金属又は遷移金属を用いることなく製造され得ることも特筆に値する。
【0018】
なお、上述の第1反応工程後の、アントラセン-9-カルボン酸の塩及び9-アントラセンメタノールの塩を含有する反応混合物を、10℃超30℃以下で2時間以上保持する第2反応工程を含む、アントラセン-9-カルボン酸の製造方法は、より確度高くアントラセン-9-カルボン酸を製造し得る好適な一態様である。第2反応工程が行われることは、第1反応工程によって生成される反応混合物の収量を確度高く増加させることに貢献し得る。
【0019】
ところで、本発明者が、上述の第2反応工程後においてHPLC(高速液体クロマトグラフィー)法を用いて分析を行った結果、該第2反応工程後における上述の反応混合物の、該HPLC分析による該アントラセン-9-カルボン酸の塩の生成に基づく面積百分率(以下、「第1面積百分率」ともいう。)が該9-アントラセンメタノールの塩の生成に基づく面積百分率(以下、「第2面積百分率」ともいう。)よりも大きいことを本発明者は知得した。この新たな知見は、本発明の製造方法の、上述の(b)の過程に着目した他の側面を示しているといえる。
【0020】
また、本願においては、「反応混合物」には「溶媒」が含まれる。なお、「溶媒」の代表的な一例は、不活性溶媒である。また、本実施形態において、「第1反応工程後」とは、ナトリウムtert-ブトキシド及びカリウムtert-ブトキシドの群から選択される少なくとも1種と、原料物質である9-アントラセンアルデヒドとの不活性溶媒中への投入を全て終えた後を意味する。
【0021】
また、本発明の1つの反応混合物は、アントラセン-9-カルボン酸の塩及び前述の9-アントラセンメタノールの塩を含有する。加えて、該反応混合物は、HPLC(高速液体クロマトグラフィー)分析によるアントラセン-9-カルボン酸の塩の生成に基づく第1面積百分率が9-アントラセンメタノールの塩の生成に基づく第2面積百分率よりも大きい。
【0022】
この反応混合物によれば、アントラセン-9-カルボン酸又はその塩を、9-アントラセンメタノール又はその塩よりも多く含むことができる。加えて、この反応混合物は、パラジウム(Pd)、白金(Pt)、マンガン(Mn)、クロム(Cr)、銀(Ag)、銅(Cu)又はセレン(Se)に代表される重金属又は遷移金属を用いることなく製造され得るため、人体及び環境に対する悪い影響が確度高く回避され得る。
【発明の効果】
【0023】
本発明の1つのアントラセン-9-カルボン酸の製造方法によれば、好ましくない副生成物である9,10-アントラキノンの生成が抑えられるとともに、遷移金属等を用いずに人体及び環境に対して優しい製造工程によってアントラセン-9-カルボン酸を製造し得る。また、本発明の1つの反応混合物においては、アントラセン―9-カルボン酸又はその塩が、上述の反応機序によって、9-アントラセンメタノール又はその塩よりも優先的に生成する一つの反応混合物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】実施例1における第1反応工程の途中段階の高速液体クロマトグラフ(HPLC)の図である。
図2】実施例1における第2反応工程直後のHPLCの図である。
図3】実施例1における第2反応工程の後に得られた、粗固体物質(薄褐色固体物質)のHPLCの図である。
図4】実施例1における第2反応工程の後に得られた、精製された固体物質(淡黄色固体物質)のHPLCの図である。
図5】実施例1における第2反応工程の後に得られた、精製された固体物質(淡黄色固体物質)のIRスペクトル(赤外吸収スペクトル)の図である。
図6】実施例1における第2反応工程の後に得られた、精製された固体物質(淡黄色固体物質)のプロトン核磁気共鳴(H NMR)スペクトルの図である。
図7】実施例1における第2反応工程の後に得られた、精製された固体物質(淡黄色固体物質)のC-13核磁気共鳴(13C NMR)スペクトルの図である。
図8】実施例1における第2反応工程の後(濾過工程の際)に得られた固体物質のHPLCの図である。
図9】実施例1における第2反応工程の後に得られた、副産物である精製された固体物質(黄色固体物質)のIRスペクトル(赤外吸収スペクトル)の図である。
図10】実施例1における第2反応工程の後に得られた、副産物である精製された固体物質(黄色固体物質)のプロトン核磁気共鳴(H NMR)スペクトルの図である。
図11】実施例1における第2反応工程の後に得られた、副産物である精製された固体物質(黄色固体物質)のC-13核磁気共鳴(13C NMR)スペクトルの図である。
図12】-25℃の不活性溶媒を採用した場合の、比較例2における第1反応工程の途中段階のHPLCの参考図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
<第1の実施形態>
以下に、本実施形態におけるアントラセン-9-カルボン酸の製造方法、及び該アントラセン-9-カルボン酸又はその塩と、9-アントラセンメタノール又はその塩とを含む反応混合物について説明する。
【0026】
<アントラセン-9-カルボン酸及び反応混合物の製造工程>
本実施形態の該アントラセン-9-カルボン酸、及び該反応混合物は、既に説明した化学反応式(化1)及び(a)乃至(c)に示す反応機序に基づいて製造され得るが、その具体的な処理の一例は次のとおりである。
【0027】
まず、不活性溶媒(代表的には、有機溶媒)中において、9-アントラセンアルデヒドと、ナトリウムtert-ブトキシド及びカリウムtert-ブトキシドの群から選択される少なくとも1種とを反応させる第1反応工程が行われる。なお、好適には、本実施形態の反応に寄与しない不活性溶媒であるトルエン又はキシレンが採用され得る。
【0028】
具体的には、第1反応工程においては、-15℃以上10℃以下に保持した該不活性溶媒中に、塩基である、ナトリウムtert-ブトキシド及びカリウムtert-ブトキシドの群から選択される少なくとも1種と、原料物質である9-アントラセンアルデヒドとを略均一に混合させた混合物を、複数回に分けて投入し、全ての該混合物が投入された後、上述の温度を維持した状態で、最終的に求める収量に応じて適宜選定される時間(例えば、数時間~半日、より好適には、8時間~12時間)、撹拌を継続した。
【0029】
このとき、該混合物を、スターラー等を用いて撹拌することにより、できるだけ均一化させることが、アントラセン-9-カルボン酸を確度高く製造する観点から好ましい。また、該塩基の好適な量は、該原料物質である9-アントラアルデヒドに対して1.0~2.0等量である。該混合物が調整されることによって上述の中間種Aを含む生成物が該反応の過程において生成され得る。なお、本実施形態における撹拌条件の一例は、攪拌機または解砕機などによって、10分~15分程度の単純攪拌によって混合物の均一化を図るもので足りる。
【0030】
なお、本実施形態における上述の反応は、該不活性溶媒中で行われる。該溶媒の種類は、該塩基と該原料物質とを溶解して撹拌することにより略均一化させることが可能であり、且つ本実施形態の反応を阻害しないものであれば限定されない。より具体的には、トルエン又はキシレンを採用することが好適な一例であるが、本実施形態の該反応に対して不活性であり、水と実質的に混ざり合わない性能を有していれば、本実施形態の溶媒として採用され得る。
【0031】
つぎに、本実施形態においては、上述の第1反応工程後、すなわち、上述の混合物の全てを、撹拌状況下において不活性溶媒中に投入し終えた後、上述のとおり、-15℃以上10℃以下に保持した状態において、適宜選定される時間(例えば、数時間~半日、より好適には、8時間~12時間)撹拌を継続することにより、目的の9-アントラセンカルボン酸を工業的に実施可能な収量を製造することが可能となる。原料物質である9-アントラセンアルデヒドを確度高く反応させ得るため、その後、少なくとも2時間以上、撹拌を継続しながら保持する第2反応工程が行われる。
【0032】
ここで、第2反応工程は、原料物質である9-アントラアルデヒドが本実施形態の化学反応に十分に消費され得る時間、継続して行われることが好ましい。斯かる観点から言えば、第2反応工程が、12時間以上(より好適には24時間以上、更に好適には24時間乃至48時間)、撹拌を継続しながら保持される。最も好適には、第2反応工程において、HPLC(高速液体クロマトグラフィー)法を用いて分析することにより、原料物質である9-アントラアルデヒドに基づく面積百分率が5面積%未満(より好適には、3面積%未満)になるまで、第2反応工程が継続されることが好ましい。
【0033】
ところで、本実施形態の第1反応工程(より好適には、第2反応工程)においては、該中間種Aにおいて、脱離能が大きいカチオン安定種であるtert-Butyl基の存在により、該中間種Aにおけるヒドリドが、該中間種Aの周囲に存在し得る9-アントラアルデヒドのカルボニル炭素よりも、該中間種Aの分子内に存在する該tert-Butyl基の3級炭素への攻撃を優先する。これは、上述の(b)において記載された反応機序に該当する。その結果、上述の中間種Bが優位に生成されることになる。従って、本実施形態の反応混合物は、第1反応工程又は第2反応工程によって、少なくとも、該アントラセン-9-カルボン酸の塩を含有し得る。
【0034】
なお、興味深いことに、本発明者が、上述の(b)の過程について、上述の温度条件(-15℃以上10℃以下)よりも低温の条件下(-20℃よりも低い温度)において上述の第1反応工程と同様の反応工程を試みたところ、該中間種Aの周囲に存在し得る9-アントラアルデヒドのカルボニル炭素よりも、該中間種Aの分子内に存在する該tert-Butyl基の3級炭素へのヒドリドの攻撃が優先的に生じ得ると解釈できる結果が得られた。従って、低温環境下において、上述の特定の原料物質と塩基とを反応させることにより、上述の(b)の過程がより促されることが明らかとなったことは特筆に値する。上述の優先的なヒドリド移動を継続させる一方で、一部生成するアントラセンメトキシドと残存する原料物質とが反応を起こし、高分子化合物を副生物として生成する等の副次反応によって、アントラセン-9-カルボン酸の収率低下を引き起こすことを防止する観点から言えば、-15℃以上10℃以下(より好適には、-5℃以上5℃以下、より好適には-2℃以上2℃以下)の不活性溶媒中において反応を生じさせることが好ましい。
【0035】
本実施形態においては、その後、第2反応工程の反応系に対して低温(約0℃)の水を投入して所定時間(例えば、約1~2時間)、撹拌を継続した後、濾過処理を行い、固体を濾別した。その結果、得られた濾液は、有機層と、水層(水に溶解する化学物質を含有する層)とに分液される。なお、このとき、濾過処理によって濾取された黄土色固体物質は、後述する副産物である9-アントラセンメタノールを含む物質であることが本発明者によって確認されている。
【0036】
上述の濾過処理によって得られた水層から原料物質である9-アントラアルデヒド及び/又は9-アントラセンメタノールその他の反応副生物を抽出除外したものは、アントラセン-9-カルボン酸の塩を含有している。従って、低温下(例えば、0℃超10℃未満)に保持した該水層に対して、pH値が2以下(より好適には、1以下)になるまで酸性溶液(例えば、濃塩酸)が滴下される。
【0037】
その結果、該水層から析出した固体物質を濾過処理によって濾取し、濾取した固体を振り掛け洗浄した洗液のpH値が略中性を示すまで濾滓を洗浄した後、乾燥することにより、アントラセン-9-カルボン酸(化学物質X)を含む薄褐色固体物質が得られる。なお、該薄褐色固体物質を乾燥後、該薄褐色固体物質に対して、例えば、クロロホルムを用いて還流分散処理を約1時間行った後、室温まで撹拌しつつ放冷したものを濾過処理によって採取し、減圧乾燥処理を行うことにより、精製されたアントラセン-9-カルボン酸(化学物質X)を含む淡黄色固体物質が得られる。従って、本実施形態の反応混合物は、第1反応工程又は第2反応工程が行われることは、少なくとも、該アントラセン-9-カルボン酸又はその塩及び9-アントラセンメタノール又はその塩を含有することを実現し得ることが明らかとなった。
【0038】
<9-アントラセンメタノール及び反応混合物の製造工程>
本実施形態の9-アントラセンメタノール、及び反応混合物は、既に説明した化学反応式(化2)及び(d)乃至(f)に示す反応機序に基づいて製造され得るが、その具体的な処理の一例は次のとおりである。なお、アントラセン-9-カルボン酸の製造方法と重複する記載は省略され得る。
【0039】
まず、上述のアントラセン-9-カルボン酸の製造方法と同様に、(a)の反応機序において説明された条件下における反応が行われる結果、中間種Aが生成される。
【0040】
その後、該中間種Aにおけるヒドリドの一部は、該中間種Aの周囲に存在し得る原料物質である9-アントラアルデヒドのカルボニル炭素を攻撃し得る。既に述べたとおり、本実施形態においては、9-アントラアルデヒドのカルボニル炭素への攻撃よりも、該中間種Aの分子内に存在するtert-Butyl基の3級炭素への攻撃が優先的に行われ得るが、該中間種Aの一部のヒドリドが該中間種Aの周囲に存在し得る9-アントラアルデヒドを攻撃することにより、所謂、ティシュチェンコ型反応が生じるため、中間種Aからは相当するエステル誘導体が生成されるとともに、9-アントラセンアルデヒドからは9-アントラセンメトキシドが生成され得る。
【0041】
本実施形態においては、その後、上述のアントラセン-9-カルボン酸の製造方法と同様に、第2反応工程と同様の反応が行われる。該第2反応工程の反応混合物に対して低温(約0℃)の水を投入して所定時間(例えば、約1~2時間)、撹拌を継続した後、濾過処理が行われる。このとき、上述のとおり、濾過処理によって濾取される黄土色固体物質は、副産物である9-アントラセンメタノールを含有する。
【0042】
該濾過処理によって濾取される黄土色固体物質に対して、不活性溶媒(例えば、トルエン)及び約50℃の温水を用いて洗浄し、減圧乾燥処理を行うことにより薄橙色固体物質が得られる。この薄褐色固体物質を、例えばトルエン中に溶解させ、還流可能な温度まで加熱した後、約90℃における熱時ろ過を行うことにより、黄色針状結晶が得られる。この黄色針状結晶を減圧乾燥処理することにより、9-アントラセンメタノール(化学物質Y)を含む黄色固体物質、すなわち、精製された9-アントラセンメタノール(化学物質Y)を含む物質が得られる。従って、本実施形態の9-アントラセンメタノールの製造工程を踏まえれば、本実施形態の反応混合物は、第1反応工程又は第2反応工程が行われることは、少なくとも、該アントラセン-9-カルボン酸又はその塩及び9-アントラセンメタノール又はその塩を含有することを実現し得ることが明らかとなった。
【0043】
<実施例>
以下の各実施例を通じて上述の実施形態について具体的に説明するが、該実施例の記載によって本発明及び該実施形態の範囲は限定されない。
【0044】
(実施例1)
[アントラセン-9-カルボン酸について]
-2℃の不活性溶媒としてのトルエン1700mL(ミリリットル)に、攪拌しながら、原料物質である9-アントラアルデヒド100.3g(0.5モル)と、塩基であるカリウムtert-ブトキシド78.8g(0.7モル)との混合物を徐々に添加し、反応混合物を得た。その後、該反応混合物の撹拌を継続しながら、該反応混合物を-1℃以上1℃以下で約12時間保持した。これは、第1の実施形態における第1反応工程に相当する。
【0045】
本実施例においては、さらにその後、室温(約25℃)で所定時間(例えば、約14時間)保持した。これは、第1の実施形態における第2反応工程に相当する。
【0046】
本実施例においては、原料物質である9-アントラアルデヒドに基づく面積百分率が3面積%未満になったことを確認した後、約0℃の水を1000mL投入して約1時間、撹拌する、いわゆるワークアップ処理を行った。
【0047】
その後、反応混合物中の固体物質の濾過処理を行うことにより有機層(トルエン層)と水層からなる濾液を得た。該濾液を水層と有機層(トルエン層)に分液した。その後、該水層に対して、抽出有機溶媒(トルエンなど)を加えて複数回分液工程を行った後、得られた水層を5℃以下に冷却した。その後、得られた該水層を攪拌しながら、pH値が1以下になるまで濃塩酸を滴下して該水層に加えた。
【0048】
その結果、析出した固体物質を濾過処理によって濾取し、濾液のpH値が略中性を示すまで水(飲料用に上水処理された水)用いて濾滓を洗浄した後、乾燥することにより、粗固体物質としての薄褐色固体物質53.06gを得た。該粗固体物質に対して、クロロホルムを用いて還流分散処理を約1時間行った後、室温(約25℃)まで撹拌しつつ放冷したものを濾過処理によって濾取し、減圧乾燥処理を行うことにより、精製された淡黄色固体物質43.83gを得た。
【0049】
本実施例においては、最終的に得られたアントラセン-9-カルボン酸のHPLC分析による純度は95.02%であり、アントラセン-9-カルボン酸の収率は39.4%であった。
【0050】
[9-アントラセンメタノールについて]
次に、本実施例(実施例1)のアントラセン-9-カルボン酸の製造過程において、副産物として得られる9-アントラセンメタノールについて説明する。
【0051】
本実施例においては、上述のワークアップ処理後の濾過工程によって濾取された黄土色固体物質を採取し、トルエン及び約50℃の温水を用いて洗浄し、乾燥することにより、粗固体物質としての薄橙色固体物質25.6gを得た。該薄橙色固体物質をトルエン中に溶解させ、還流可能な温度まで加熱し、溶解させた後、約90℃における熱時ろ過後、再結晶化を行うことにより、黄色針状結晶が得られる。この黄色針状結晶に対して減圧乾燥処理を行うことにより、精製された黄色固体物質18.0gを得た。
【0052】
本実施例においては、最終的に得られた9-アントラセンメタノールのHPLC分析による純度は98.75%であり、9-アントラセンメタノールの収率は17.3%であった。
【0053】
上述のとおり、本実施例においては、アントラセン-9-カルボン酸と9-アントラセンメタノールとを得ることができたが、原料物質である9-アントラアルデヒドを基準とすると、アントラセン-9-カルボン酸と9-アントラセンメタノールとの総量の粗固体物質としての収率は72.34%であり、精製された後の固体物質としての収率は56.7%であった。
【0054】
[各種分析結果について]
以下に、本実施例において得られたアントラセン-9-カルボン酸及び副産物である9-アントラセンメタノールに関する各種分析結果について説明する。
【0055】
図1は、実施例1における第1反応工程の途中段階の高速液体クロマトグラフ(HPLC)の図である。また、図2は、実施例1における第2反応工程直後のHPLCの図である。また、図3は、実施例1における第2反応工程後に得られた、精製される前の固体物質、すなわち粗固体物質(薄褐色固体物質)のHPLCの図である。なお、図1において、「9AC」とはアントラセン-9-カルボン酸を意味し、「9AM」は9-アントラセンメタノールを意味する。また、図1の「Q」は、9,10-アントラキノンを意味する。
【0056】
また、図4は、実施例1における第2反応工程後に得られた、精製された固体物質(淡黄色固体物質)のHPLCの図である。また、図5は、実施例1における第2反応工程後に得られた、精製された固体物質(淡黄色固体物質)のIRスペクトル(赤外吸収スペクトル)の図である。また、図6は、実施例1における第2反応工程後に得られた、精製された固体物質(淡黄色固体物質)のプロトン核磁気共鳴(H NMR)スペクトルの図である。また、図7は、実施例1における第2反応工程後に得られた、精製された固体物質(淡黄色固体物質)の13C核磁気共鳴(13C NMR)スペクトルの図である。
【0057】
まず、図1に示すように、第1反応工程の途中段階においては、アントラセン-9-カルボン酸の塩と、9-アントラセンメタノールの塩とが拮抗して生成されていることが分かる。また、原料物質である9-アントラアルデヒドが未反応状態で確認される。加えて、好ましくない副生成物である9,10-アントラキノンの存在は確認されるが、その生成が十分に抑えられていることが分かる。
【0058】
また、図2から示唆されるように、第2反応工程直後においては、アントラセン-9-カルボン酸の塩が、9-アントラセンメタノールの塩よりも優位に生成されていると言える。具体的には、該アントラセン-9-カルボン酸の塩の生成に基づく面積百分率(第1面積百分率)が40.35面積%であり、該9-アントラセンメタノールの塩の生成に基づく面積百分率(第2面積百分率)が38.62面積%であったことから、第1面積百分率の方が第2面積百分率よりも有意に大きい値となっていることが確認される。また、原料物質である9-アントラアルデヒドは殆ど確認されない。原料物質である9-アントラアルデヒドに基づく面積百分率は、2面積%未満、より具体的には1.72面積%という低い値であった。さらに、好ましくない副生成物である9,10-アントラキノンの生成は、精製によって除外できる程度であった。
【0059】
また、図3に示す該薄褐色固体物質の第1面積百分率の値(85.87面積%)よりも、図4に示す該淡黄色固体物質の第1面積百分率の値(95.02面積%)の方が大きくなっていることから、精製処理によって、より純度の高い該アントラセン-9-カルボン酸の塩が得られることが確認される。
【0060】
さらに、図5乃至図7は、第2反応工程によって製造された化学物質が、アントラセン-9-カルボン酸であることを示している。
【0061】
次に、本実施例(実施例1)の副産物として得られた9-アントラセンメタノールに着目した各種分析結果について説明する。
【0062】
図8は、実施例1における第2反応工程後の濾過工程の際に得られた固体物質(濾取された固体物質)のHPLCの図である。また、図9は、実施例1における第2反応工程後に得られた、副産物である精製された固体物質(黄色固体物質)のIRスペクトル(赤外吸収スペクトル)の図である。また、図10は、実施例1における第2反応工程後に得られた、副産物である精製された固体物質(黄色固体物質)のプロトン核磁気共鳴(H NMR)スペクトルの図である。また、図11は、実施例1における第2反応工程後に得られた、副産物である精製された固体物質(黄色固体物質)の13C核磁気共鳴(13C NMR)スペクトルの図である。
【0063】
まず、図8のHPLC分析に示すように、濾過工程の際に濾取された固体物質を精製することによって得られた黄色固体物質については、9-アントラセンメタノールに関する非常に純度の高い値(98.75%)を示している。
【0064】
さらに、図9乃至図11は、上述の黄色固体物質が、9-アントラセンメタノールであることを示している。
【0065】
(実施例2)
本実施例においては、不活性溶媒として、実施例1のトルエンに代えてキシレンを採用した点を除いて、実施例1の条件と同じ条件を用いて各処理を行った。従って、実施例1と重複する記載は省略され得る。
【0066】
本実施例により、第2反応工程後に、粗固体物質(薄褐色固体物質)50.28gを得た。
【0067】
その後、該粗固体物質に対して、クロロホルムを用いて還流分散処理を約1時間行った後、室温(約25℃)まで撹拌しつつ放冷したものを濾過処理によって採取し、減圧乾燥処理を行うことにより、精製された淡黄色固体物質31.0gを得た。
【0068】
本実施例においては、最終的に得られたアントラセン-9-カルボン酸のHPLC分析による純度は96.09%であり、アントラセン-9-カルボン酸の収率は27.9%であった。
【0069】
また、副産物である9-アントラセンメタノールについては、粗固体物質としての薄橙色固体物質の収率は、22.8%であった。
【0070】
(比較例1)
-1℃の不活性溶媒としてのトルエン170mL(ミリリットル)に、原料物質である9-アントラアルデヒド0.3g(50ミリモル)と、塩基である5mol/Lナトリウムメトキシド14mL(70ミリモル)とを、それぞれ別々に、徐々に添加して反応混合物を得た点を除いて、実施例1の条件と同じ条件を用いて各処理を行った。従って、実施例1と重複する記載は省略され得る。
【0071】
上述の添加処理を全て終えた後、該反応混合物に対してHPLC法を用いて分析を行った結果、アントラセン-9-カルボン酸又はその塩のみならず、9-アントラセンメタノール又はその塩も検出されなかった。一方、原料物質である9-アントラアルデヒドと、生成物と考えられる9,10-アントラキノンが、該HPLC法によって検出された。なお、反応は9-アントラアルデヒドとナトリウムメトキシドとの反応は途中で停止した。
【0072】
上述の結果から、アントラセン-9-カルボン酸と9-アントラセンメタノールとを確度高く得るためには、中間種A自身が有するヒドリドによる、該分子内に存在するtert-Butyl基への攻撃を促すために、ナトリウムtert-ブトキシド及びカリウムtert-ブトキシドの群から選択される少なくとも1種を塩基として採用することが好適であることを示唆しているといえる。
【0073】
(比較例2)
実施例1の各材料の10%の量を採用したうえで、-25℃に調整した不活性溶媒としてのトルエンを採用した点を除いて、実施例1の条件と同じ条件を用いて各処理を行った。従って、実施例1と重複する記載は省略され得る。
【0074】
図12は、-25℃の不活性溶媒を採用した場合の、比較例2における第1反応工程の途中段階のHPLCの参考図である。図12を見れば、-25℃下においては、アントラセン-9-カルボン酸の塩が、9-アントラセンメタノールの塩よりも優位に生成されていることが、図2に示す結果よりも明確に分かる。一方、原料物質である9-アントラアルデヒドは、未反応の状態で多く残されていることが確認された。
【0075】
本比較例においては、最終的に得られたアントラセン-9-カルボン酸のHPLC分析による純度、及びアントラセン-9-カルボン酸の収率は、いずれも10%未満であった。
【0076】
(比較例3)
上述の特許文献2(特開2004-018391号公報)において開示されていた実施例1に沿って、内容積200mLの撹拌機を備えた反応容器内に、9-アントラアルデヒド5.15g、キシレン40g、及び微粉砕水酸化カリウム2.7gを投入した。その後、撹拌しながら該反応容器内の温度を50℃に設定し、5時間保持した。
【0077】
その結果、初期段階において痕跡量のアントラセン-9-カルボン酸と9-9-アントラセンメタノールの生成は認められたが、原料物質である9-アントラアルデヒドが実質的に反応していないことを確認した。
【0078】
なお、この比較例3とは別に、上述の反応容器内の温度を変更させたうえで比較例3と同様の実験を行ったが、比較例3と同様に結果となった。
【0079】
[各実施例と各比較例の一覧表]
以下に、上述の各実施例及び各比較例の結果をまとめた表を示す。なお、表を見易くするために表内の数値については、「約」の文字が省略され得る。また、表1において、「9AC」とはアントラセン-9-カルボン酸を意味し、「9AM」は9-アントラセンメタノールを意味する。また、溶媒の「TL」とはトルエンを意味し、「XL」はキシレンを意味する。また、塩基の「tert-BuOK」はカリウムtert-ブトキシドを意味し、「CHO-Na」はナトリウムメトキシドを意味する。また、各収率において、「ND」は該当する化学物質が検出されなかった、又は検出限界未満の量であったことを意味する。
【0080】
【表1】
【0081】
上述のとおり、実施例1及び2においては、アントラセン-9-カルボン酸が9-アントラセンメタノールよりも優位に生成されるとともに、それぞれの化学物質が、高い収量、収率、及び純度で製造され得ることが確認された。
【0082】
上述の実施形態及び各実施例は、本発明を何ら限定するものではない。上述の実施形態及び各実施例の他の組合せを含む本発明の範囲内に存在する変形例もまた、特許請求の範囲に含まれるものである。
【産業上の利用可能性】
【0083】
本発明のアントラセン-9-カルボン酸の製造方法、及び本発明の反応混合物は、有用な化学物質、又はその製造方法として、多様な用途の材料(例えば、各種の電気製品に用いられる機能性材料又はその中間体)のために広く利用され得る。

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
【手続補正書】
【提出日】2024-01-29
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
-15℃以上10℃以下の不活性溶媒中において、9-アントラアルデヒドと、ナトリウムtert-ブトキシド及びカリウムtert-ブトキシドの群から選択される少なくとも1種とを反応させる第1反応工程を含む、
アントラセン-9-カルボン酸の製造方法。
【請求項2】
前記第1反応工程後の、アントラセン-9-カルボン酸の塩及び9-アントラセンメタノールの塩を含有する反応混合物を、10℃超30℃以下で2時間以上保持する第2反応工程を含む、
請求項1に記載のアントラセン-9-カルボン酸の製造方法。
【請求項3】
前記第1反応工程後の反応混合物中の、パラジウム(Pd)、白金(Pt)、マンガン(Mn)、クロム(Cr)、銀(Ag)、銅(Cu)又はセレン(Se)の含有量が、0.01質量%未満である、
請求項1又は請求項2に記載のアントラセン-9-カルボン酸の製造方法。
【請求項4】
前記第2反応工程後における、前記反応混合物中の、HPLC(高速液体クロマトグラフィー)分析による9,10-アントラキノンの生成が、面積百分率で5面積%未満である、
請求項2に記載のアントラセン-9-カルボン酸の製造方法。
【請求項5】
前記第2反応工程後における、前記反応混合物の、HPLC(高速液体クロマトグラフィー)分析による前記アントラセン-9-カルボン酸の塩の生成に基づく第1面積百分率が前記9-アントラセンメタノールの塩の生成に基づく第2面積百分率よりも大きい、
請求項2に記載のアントラセン-9-カルボン酸の製造方法。