(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024007206
(43)【公開日】2024-01-18
(54)【発明の名称】アルコキシ基含有ラジカル発生剤、ラジカル重合体、組成物及びラジカル重合体の製造方法
(51)【国際特許分類】
C07C 409/34 20060101AFI20240111BHJP
C08F 8/26 20060101ALI20240111BHJP
【FI】
C07C409/34
C08F8/26
【審査請求】未請求
【請求項の数】17
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022108518
(22)【出願日】2022-07-05
(71)【出願人】
【識別番号】000004341
【氏名又は名称】日油株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】304036754
【氏名又は名称】国立大学法人山形大学
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100156476
【弁理士】
【氏名又は名称】潮 太朗
(72)【発明者】
【氏名】高村 真澄
(72)【発明者】
【氏名】糸山 理
【テーマコード(参考)】
4H006
4J100
【Fターム(参考)】
4H006AA03
4H006AB40
4J100AB02P
4J100AL03P
4J100AL08P
4J100BA05P
4J100CA01
4J100CA27
4J100CA31
4J100DA01
4J100DA04
4J100FA03
4J100FA19
4J100FA28
4J100HA25
4J100HA35
4J100HA61
4J100HC04
4J100HC36
4J100HC43
4J100HE05
4J100HE14
4J100HE41
4J100HG28
4J100JA01
(57)【要約】
【課題】重合体に親水性をもたらすアルコキシ基含有ラジカル発生剤、分子量分布が狭く、かつ少なくとも一方の末端にアルコキシ基を有するラジカル重合体、そのようなラジカル重合体の製造方法などを提供する。
【解決手段】下記式(1)で表されるアルコキシ基含有ラジカル発生剤
【化1】
(式(1)中、
R
1及びR
1’は、直鎖又は分岐のC
1~5のアルキル基であり、
R
2及びR
2’は、直鎖又は分岐のC
1~10のアルキレン基である。)、上記ラジカル発生剤に由来の末端官能基構造を有するラジカル重合体、及びその製造方法。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で表されるアルコキシ基含有ラジカル発生剤。
【化1】
(式(1)中、
R
1及びR
1’は、直鎖又は分岐のC
1~5のアルキル基であり、
R
2及びR
2’は、直鎖又は分岐のC
1~10のアルキレン基である。)
【請求項2】
R1及びR1’は、直鎖又は分岐のC1~3のアルキル基であり、R2及びR2’は、直鎖又は分岐のC1~5のアルキレン基である、請求項1に記載のアルコキシ基含有ラジカル発生剤。
【請求項3】
R1及び/又はR1’がメチル基である、請求項2に記載のアルコキシ基含有ラジカル発生剤。
【請求項4】
R2及び/又はR2’が、メチレン基、エチレン基又はプロピレン基である、請求項2に記載のアルコキシ基含有ラジカル発生剤。
【請求項5】
少なくともいずれかの末端において、下記式(2)で表される末端官能基構造を有するラジカル重合体。
【化2】
(式(2)中、R
1は、直鎖又は分岐のC
1~5のアルキル基であり、
R
2は、直鎖又は分岐のC
1~10のアルキレン基であり、
*は前記ラジカル重合体の主鎖との連結部位である。)
【請求項6】
リビングラジカル重合体である、請求項5に記載のラジカル重合体。
【請求項7】
前記ラジカル重合体の片末端又は主鎖において重合開始剤由来の有機化合物部位を含む、請求項5に記載のラジカル重合体。
【請求項8】
有機ヨウ素化合物に由来する前記有機化合物部位を含む、請求項7に記載のラジカル重合体。
【請求項9】
前記ラジカル重合体の主鎖を構成するラジカル性不飽和単量体がアクリレートを含む、請求項5に記載のラジカル重合体。
【請求項10】
分子量分布の値が1.0~1.5である、請求項5に記載のラジカル重合体。
【請求項11】
請求項5~10のいずれかに記載のラジカル重合体と、前記末端官能基構造を含まない重合体とを含む、ラジカル重合体組成物。
【請求項12】
請求項5~10のいずれかに記載のラジカル重合体の製造方法であって、
有機化合物部位とドーマントとを含む重合開始剤と、ラジカル重合性不飽和単量体とを用いてラジカル重合体の前駆体を形成する重合工程と、
前記前駆体の前記ドーマントに由来するドーマント末端に、請求項1に記載の前記ラジカル発生剤を反応させて、前記ドーマント末端の代わりに前記ラジカル発生剤に由来する末端官能基構造を導入する導入工程とを有する、ラジカル重合体の製造方法。
【請求項13】
前記導入工程において、前記ラジカル重合体を製造するための反応温度が、70~130℃である、請求項12に記載のラジカル重合体の製造方法。
【請求項14】
前記重合工程において、前記ラジカル重合性不飽和単量体100モルに対して、0.1~50モルの前記重合開始剤を用いる、請求項12に記載のラジカル重合体の製造方法。
【請求項15】
前記導入工程において、前記前駆体の前記ドーマント末端1モルに対して、0.5~30モルの請求項1に記載の前記ラジカル発生剤を用いる、請求項12に記載のラジカル重合体の製造方法。
【請求項16】
前記導入工程において、請求項1に記載の前記ラジカル発生剤を滴下して反応系に加える、請求項12に記載のラジカル重合体の製造方法。
【請求項17】
前記導入工程において、請求項1に記載の前記ラジカル発生剤に、さらにヨウ化物イオンとのイオン結合を有する非金属化合物を加える、請求項12に記載のラジカル重合体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルコキシ基含有ラジカル発生剤、特定の末端官能基構造を有するラジカル重合体、その組成物及びラジカル重合体の製造方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
リビングラジカル重合は、ラジカル重合の長所である簡便性と汎用性を生かしつつ、欠点である不均一な分子量を解決できる画期的な重合である。リビングラジカル重合法は、触媒存在下で重合活性末端を生成するドーマントと有機化合物部位とから構成される重合開始剤と、ラジカル重合性不飽和単量体とを用いることで得られ、その重合体(以下、前駆体という)の末端には、重合開始剤中の有機化合物部位とドーマントがそれぞれ結合している。そのため、前駆体に新たなラジカル重合性単量体を加えて重合させると、成分の異なる共重合体(ブロック状に結合したブロック共重合体、枝状に結合したグラフト共重合体、さらに星状に結合した星型共重合体或いは梯子状に結合した梯子型共重合体など)がそれぞれ得られる。このような結合状態の異なる共重合体の一次構造は、ポリマーの化学的性質や物理的性質に大きく影響を与えることから、リビングラジカル重合は学術的にも工業的にも重要な技術である。
【0003】
しかしながら、得られる前駆体末端のドーマントは、硫化物、ハロゲン又は遷移金属等を含むため、臭気、腐蝕性、毒性及び着色性といった欠点を有し、様々な用途に展開するには、多くの制限がある。そのため、得られた前駆体末端のドーマントを除去する必要がある。
【0004】
一方、前駆体末端に官能基を結合させることによって、例えば、官能基を薄膜表面近傍に偏析させたり、他の重合体と反応させたり、有機又は無機粒子の表面に吸着又は反応させる等によって、新たな機能を発現させることが可能となる。末端に官能基が結合した前駆体としては、(I)あらかじめ官能基を含有した重合開始剤の有機化合物部位が前駆体末端に結合した重合体と、(II)官能基含有化合物を用いて、前駆体末端のドーマントを脱離させると同時に新たな官能基を末端に結合させた重合体の二つが存在する。上述の(I)の重合体においては、重合体の片末端にドーマント末端が存在しており、先述のような毒性等の安全性の面から、好ましくないものといえる。
【0005】
例えば、特許文献1には、上記(II)の重合体として、窒素及び硫黄を介して加水分解性シリル基が結合したリビングラジカル重合体が記されている。また、非特許文献1には、前駆体に窒素を介して水酸基、チオール基又はアルコキシシリル基が結合した重合体が記されている。しかしながら、これらの文献で得られた重合体においては、副反応による劣化によって、所望の化学構造が結合できないという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Macromolecules、(米)、2016、第49号、p9425-9940
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上述の従来技術の問題点に鑑みてなされたものであり、重合体に親水性をもたらすアルコキシ基含有ラジカル発生剤、分子量分布が狭く、かつ少なくとも一方の末端にアルコキシ基を有するラジカル重合体、高純度のラジカル重合体を含む組成物、ラジカル重合体の製造方法などを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は以下に記載のものを含む。
【0010】
[1]下記式(1)で表されるアルコキシ基含有ラジカル発生剤。
【化1】
(式(1)中、
R
1及びR
1’は、直鎖又は分岐のC
1~5のアルキル基であり、
R
2及びR
2’は、直鎖又は分岐のC
1~10のアルキレン基である。)
[2]R
1’及びR
1は、直鎖又は分岐のC
1~3のアルキル基であり、R
2’及びR
2は、直鎖又は分岐のC
1~5のアルキレン基である、上記[1]に記載のアルコキシ基含有ラジカル発生剤。
[3]R
1及び/又はR
1’がメチル基である、上記[1]に記載のアルコキシ基含有ラジカル発生剤。
[4]R
2及び/又はR
2’が、メチレン基、エチレン基又はプロピレン基である、上記[1]に記載のアルコキシ基含有ラジカル発生剤。
【0011】
[5]少なくともいずれかの末端において、下記式(2)で表される末端官能基構造を有するラジカル重合体。
【化2】
(式(2)中、R
1は、直鎖又は分岐のC
1~5のアルキル基であり、
R
2は、直鎖又は分岐のC
1~10のアルキレン基であり、
*は、前記ラジカル重合体の主鎖との連結部位である。)
[6]リビングラジカル重合体である、上記[5]に記載のラジカル重合体。
[7]前記ラジカル重合体の片末端又は主鎖において重合開始剤由来の有機化合物部位を含む、上記[5]に記載のラジカル重合体。
[8]有機ヨウ素化合物に由来する前記有機化合物部位を含む、上記[7]に記載のラジカル重合体。
[9]前記ラジカル重合体の主鎖を構成するラジカル性不飽和単量体がアクリレートを含む、上記[5]に記載のラジカル重合体。
[10]分子量分布の値が1.0~1.5である、上記[5]に記載のラジカル重合体。
【0012】
[11]上記[5]~[10]のいずれかに記載のラジカル重合体と、前記末端官能基構造を含まない重合体とを含む、ラジカル重合体組成物。
【0013】
[12]上記[5]~[10]のいずれかに記載のラジカル重合体の製造方法であって、
有機化合物部位とドーマントとを含む重合開始剤と、ラジカル重合性不飽和単量体とを用いてラジカル重合体の前駆体を形成する重合工程と、
前記前駆体の前記ドーマントに由来するドーマント末端に、上記[1]に記載の前記ラジカル発生剤を反応させて、前記ドーマント末端の代わりに前記ラジカル発生剤に由来する末端官能基構造を導入する導入工程とを有する、ラジカル重合体の製造方法。
[13]前記導入工程において、前記ラジカル重合体を製造するための反応温度が、70℃~130℃の範囲内である、上記[12]に記載のラジカル重合体の製造方法。
[14]前記重合工程において、前記ラジカル重合性不飽和単量体100モルに対して、0.5~30モルの前記重合開始剤を用いる、上記[12]に記載のラジカル重合体の製造方法。
[15]前記導入工程において、前記前駆体の前記ドーマント末端1モルに対して、0.5~30モルの上記[1]に記載の前記ラジカル発生剤を用いる、上記[12]に記載のラジカル重合体の製造方法。
[16]前記導入工程において、上記[1]記載の前記ラジカル発生剤を滴下して反応系に加える、上記[12]に記載のラジカル重合体の製造方法。
[17]前記導入工程において、上記[1]記載の前記ラジカル発生剤に、さらにヨウ化物イオンとのイオン結合を有する非金属化合物を加える、上記[12]に記載のラジカル重合体の製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明のアルコキシ基含有ラジカル発生剤は、ラジカル重合、特にリビングラジカル重合において有用であり、親水性を有するアルコキシ基含有の末端構造を含むラジカル重合体を比較的、容易な製法によって製造することを可能にする。
また、本発明における上述のラジカル発生剤によって得られる少なくとも一方の末端に特定の官能基を有するラジカル重合体、その組成物、及びラジカル重合体の製造方法によって得られる効果を説明する。本効果の作用メカニズムの詳細においては不明な部分もあるが、以下のように推定される。ただし、本発明は、この作用メカニズムに限定して解釈されなくてもよい。
【0015】
本発明の重合体は、分子量分布が狭く、かつ少なくとも一方の末端に特定の官能基が高純度で存在することを特徴とする。これによって、特定の官能基を薄膜表面近傍に偏析させることが容易となり、また、他の重合体や有機又は無機粒子の表面への吸着や反応が均一かつ効率的となる。そのため、本発明の重合体により、例えば、相容化剤や表面改質剤等の添加剤、表面を機能化した高分子フィルム又は粒子を得ることができる。
特に、親水性の末端官能基を有する本発明の重合体は、例えば防曇塗料などにおいて有用である。
【0016】
本発明の重合体の製造方法は、有機化合物とドーマントから構成される重合開始剤と、ラジカル重合性不飽和単量体とを用いることで得られる重合体である前駆体のドーマント末端に対し、上述のアルコキシ基含有ラジカル発生剤を反応させることによって得られる。
その反応機構は以下のように推定される。まず上記ラジカル発生剤から生成したアルコキシ基含有ラジカルは前駆体末端に存在するドーマントを引き抜き、それによって前駆体末端ラジカルが生成する。一方、前駆体の末端に存在するドーマントに対して等モル以上存在させたアルコキシ基含有ラジカル発生剤に由来するアルコキシ基含有ラジカルは、低分子量であることから反応液中で速く拡散することができる。このため、アルコキシ基含有ラジカルは速やかに前駆体末端ラジカルと結合するのであり、このことによって、特定の官能基含有化合物が結合した前駆体が高純度で得られる。さらにアルコキシ基含有ラジカルは、分子量分布を広めてしまうこととなる前駆体末端ラジカル同士の結合を阻害するため、得られた重合体においては、前駆体での狭い分子量分布をそのままで維持できる。
【0017】
従って、本発明の製造方法によれば、先述した効果に加えて、重合体を劣化させることなく所望のアルコキシ基が結合した重合体を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】製造例1の前駆体のサンプルにおけるMALDI-TOFMSのスペクトルデータを示す図である。
【
図2】実施例16の重合体のサンプルにおけるMALDI-TOFMSのスペクトルデータを示す図である。 なお、
図1及び
図2において、スペクトルはLinearモードのデータを使用し、ピークの精密質量はSpiralモードのデータを使用した。 さらに、スペクトル中に記載した精密分子量は、すべてイオン化剤であるNa(精密質量=22.99)が付加された数値を示す。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本願発明について、詳細に説明する。
【0020】
[1.ラジカル発生剤(アルコキシ基含有ラジカル発生剤)]
(1-1.アルコキシ基含有ラジカル発生剤の分子構造)
本発明のラジカル発生剤は、以下の式(1)で表される分子構造を有する過酸化物である。
式(1)のラジカル発生剤において、R
1及びR
1’は、それぞれ、直鎖状又は分岐状である炭素数が1~5(C
1~5)のアルキル基である。R
1’及びR
1は、異なっていても同じであってもよい。
また、R
2及びR
2’は、それぞれ、直鎖状又は分岐状である炭素数が1~10(C
1~10)のアルキレン基である。R
2’及びR
2は、異なっていても同じであってもよい。
式(1)から明らかであるように、ラジカル発生剤は、中央にラジカル発生部位であるペルオキシド構造(-O-O-)を有し、末端にはアルコキシ基を有する。このような分子構造のラジカル発生剤のペルオキシド結合の開裂により、ラジカルが発生する。
【化3】
【0021】
ラジカル発生剤において、R1及びR1’は、それぞれ、直鎖又は分岐のC1~3のアルキル基であることが好ましい。ラジカル発生剤において、R1及びR1’は、好ましくは炭素数が1又は2のアルキル基であり、より好ましくはR1及びR1’の少なくとも一方がメチル基であり、さらに好ましくはR1及びR1’のいずれもがメチル基である。
R2及びR2’は、それぞれ、直鎖又は分岐のC1~5のアルキレン基であることが好ましい。R2及びR2’の好ましい具体例として、メチレン基、エチレン基及びプロピレン基が挙げられる。そしてR2及びR2’の少なくともいずれかが、メチレン基、エチレン基又はプロピレン基であることが好ましく、さらに好ましくはR2及びR2’のいずれもがメチレン基、エチレン基又はプロピレン基である。
【0022】
(1-2.その他のラジカル発生剤)
ラジカル発生剤としては、上述のアルコキシ基含有ラジカル発生剤とともに、その他のラジカル発生剤を用いてもよい。すなわち、アルコキシ基含有ラジカル発生剤と、汎用ラジカル発生剤とを含むラジカル発生剤組成物をラジカル重合反応に用いてもよい。
汎用ラジカル発生剤としては、アゾ化合物又は有機過酸化物等の公知のラジカル発生剤であれば特に制限されない。具体的な汎用ラジカル発生剤としては、後述する4-1.重合工程の欄に記載のラジカル重合開始剤と同じものを使用することができる。
【0023】
ラジカル発生剤として、式(1)のアルコキシ基含有ラジカル発生剤以外のものが併用される組成物の場合、例えば、式(1)のアルコキシ基含有ラジカル発生剤と汎用ラジカル発生剤を併用する組成物の場合、ラジカル発生剤混合物において、すなわち組成物の全重量を基準として、式(1)のアルコキシ基含有ラジカル発生剤が30重量%以上、含まれていることが好ましく、50重量%以上、含まれていることがより好ましく、70重量%以上、含まれていることがさらに好ましく、90重量%以上、含まれていることが特に好ましい。
【0024】
(1-3.ラジカル発生剤の用途)
本発明のラジカル発生剤は、特に、リビングラジカル重合反応において好適に用いられる。ラジカル発生剤から生じるアルコキシ基含有ラジカルは、詳細を後述するように、重合開始剤由来のドーマントが末端に結合した状態のリビングラジカル重合体の前駆体に作用し、アルコキシ基含有の末端構造が導入されたリビングラジカル重合体の生成を可能にする。
【0025】
上述の用途以外にも、本発明のラジカル発生剤は、リビングラジカル重合以外のラジカル重合におけるラジカル発生剤、合成樹脂やゴムの架橋剤、ポリプロプレンの減成剤、酸化剤などとしても用いられ得る。
【0026】
[2.ラジカル重合体(リビングラジカル重合体)]
(2-1.ラジカル重合体の構造)
本発明のラジカル重合体、例えばリビングラジカル重合体は、少なくとも一方の末端に特定の官能基を有する。すなわち、本発明のラジカル重合体の末端には、少なくとも、下記式(2)で表される特定の官能基が含まれている。末端官能基は、下記式(2)で示されるように、ラジカル重合体の主鎖に結合されている。
【化4】
式(2)において、*は、ラジカル重合体の主鎖に対する連結部位であり、R
1及びR
2は、いずれも上記1-1.欄にて記載した通りである。
【0027】
上述の末端官能基を有するラジカル重合体の構造は、主として、重合開始剤によって、例えば、重合開始剤一分子中のドーマントの数によって異なる。例えば、一分子中に一つのドーマントを有する単官能性の重合開始剤から得られるラジカル重合体の場合、主鎖としての重合体の一方の末端には、重合開始剤の有機化合物断片が結合され、他方の末端には、特定の官能基を有する化合物が結合している。一方で、一分子中に2~4つのドーマントを有する多官能性の重合開始剤から得られるラジカル重合体の場合、主鎖中央において、あるいは重合体分子の中央において、重合開始剤に由来の有機化合物部位が配置され、有機化合物部位を挟んだ2~4つの分岐鎖を有する重合体が得られ、その各重合体の分岐鎖の末端には、特定の官能基を有する化合物が結合している。
【0028】
すなわち、A-Xの式で表される単官能開始剤(Aは有機化合物部位、Xはドーマントを示す)を用いた場合、得られるラジカル重合体の構造は、A-M-Xの式で例示され(Mは主鎖)、A'-X2~4で表される多官能開始剤(A'は有機化合物部位、X2~4は2~4つのドーマントを示す)を用いた場合、得られるラジカル重合体の構造は、A'-(M-X)2~4の式で例示される(Mは主鎖を形成し得る分岐鎖)。そして、上記A'-(M-X)2~4の式のラジカル重合体においては、Mで表される複数の分岐鎖のそれぞれの長さが実質的に均一であることから、A'で表される上述の有機化合物部位は、ラジカル重合体の略中心に位置することとなる。すなわち、多官能性の開始剤を用いると、複数の分岐鎖を有する主鎖の中央に有機化合物部位が配置されたラジカル重合体を製造できる。
ラジカル重合体におけるこれらの構造に関しては、求められる用途によって最適なものを使い分けることができる。例えば、片末端のみを反応させたい場合には、官能基を有しない単官能性の重合開始剤から得られるラジカル重合体の末端に特定の官能基を有する化合物が結合した重合体が良好であり、二つ以上の末端を反応させたい場合には、官能基を有する単官能性の重合開始剤から得られるラジカル重合体或いは多官能性の重合開始剤から得られるラジカル重合体の末端に特定の官能基を有する化合物が結合した重合体が良好である。
【0029】
特定の官能基を有する化合物を結合させる前のラジカル重合体であって、末端にドーマントが結合したラジカル重合体(以下、前駆体という)の主鎖を構成する重合体としては、1種類のラジカル重合性不飽和単量体の単独重合体、2種類以上のラジカル重合性不飽和単量体のランダム共重合体、ブロック共重合体、グラフト共重合体、さらには1種類以上のラジカル重合性不飽和単量体の星形(共)重合体、梯子型(共)重合体などが挙げられるが、本発明はかかる例示のみに限定されるものではない。
【0030】
(2-2.ラジカル重合性不飽和単量体(ラジカル性不飽和単量体))
ラジカル重合性不飽和単量体は、ラジカル重合体の製造に用いられるものであって、有機ラジカルの存在下にラジカル重合を行い得る不飽和結合を有する単量体をいう。より具体的には、いわゆるビニル系単量体と呼ばれる単量体をラジカル重合体の主鎖の形成に用いることができる。ビニル単量体とは、式(3)で表される単量体の総称である。
CHR7=CR8R9 (3)
(式(3)中、R7、R8及びR9は、それぞれ独立して、水素原子又は有機基を示す。)
式(3)において、有機基には、置換されていてもよい炭素数1~12のアルキル基、置換されていてもよい炭素数6~18のアリール基等が含まれる。
【0031】
なお、式(3)で表されるビニル単量体としては、以下のものが挙げられるが、本発明はかかる例示のみに限定されるものではない。
【0032】
ビニル系単量体としては、スチレン及びその誘導体(R7及びR8が水素原子、R9が置換基を有していてもよいフェニル基)、アクリル酸(R7及びR8が水素原子、R9がカルボキシル基)及びそのアルカリ金属塩、アクリルアミド(R7及びR8が水素原子、R9がCONH2基)及びその誘導体、アクリレート(アクリル酸エステル又はアクリル酸塩)、メタクリル酸(R7が水素原子、R8がメチル基、R9がカルボキシル基)及びそのアルカリ金属塩、メタクリルアミド(R7が水素原子、R8がメチル基、RがCONH2基)及びその誘導体、メタクリレート(メタクリル酸エステル又はメタクリル酸塩)等が挙げられるが、本発明はかかる例示のみに限定されるものではない。
【0033】
スチレン及びその誘導体の具体例としては、例えば、スチレン(以下、Stともいう)、o-、m-又はp-メトキシスチレン、o-、m-又はp-t-ブトキシスチレン、o-、m-又はp-クロロメチルスチレン、o-、m-又はp-クロロスチレン、o-、m-又はp-ヒドロキシスチレン、o-、m-又はp-スチレンスルホン酸及びそのアルカリ金属塩、o-、m-又はp-スチレンボロン酸及びその誘導体等が挙げられるが、本発明はかかる例示のみに限定されるものではない。
【0034】
アクリルアミド及びその誘導体の具体例としては、例えば、アクリルアミド、N-イソプロピルアクリルアミド、N,N-ジメチルアクリルアミド、N-メチロールアクリルアミド、N-ヒドロキシエチルアクリルアミド等が挙げられるが、本発明はかかる例示のみに限定されるものではない。
【0035】
アクリレートの具体例としては、例えば、メチルアクリレート、エチルアクリレート、プロピルアクリレート、n-ブチルアクリレート(以下、BAという)、t-ブチルアクリレート、ヘキシルアクリレート、2-エチルヘキシルアクリレート、n-オクチルアクリレート、ノニルアクリレート、デカニルアクリレート、ラウリルアクリレート、ベヘニルアクリレート、ステアリルアクリレート等のアルキルアクリレート、ベンジルアクリレート等のアリールアルキルアクリレート、テトラヒドロフルフリルアクリレート、グリシジルアクリレート等のエポキシアルキルアクリレート、シクロヘキシルアクリレート等のシクロアルキルアクリレート、2-メトキシエチルアクリレート(以下、MEAという)、2-ブトキシエチルアクリレート等のアルコキシアルキルアクリレート、2-ヒドロキシエチルアクリレート、2-ヒドロキシプロピルアクリレート等のヒドロキシアルキルアクリレート、ジエチレングリコールモノアクリレート、ポリエチレングリコールモノアクリレート等のポリアルキレングリコールモノアクリレート、メトキシテトラエチレングリコールアクリレート、メトキシポリエチレングリコールアクリレート等のアルコキシポリアルキレングリコールアクリレート、2-(ジメチルアミノ)エチルアクリレート等のジアルキルアミノアルキルアクリレート、3-クロロ-2-ヒドロキシプロピルアクリレート、2-ヒドロキシ-3-フェノキシプロピルアクリレート、アルキルアクリレートのアルキル基にフッ素原子が置換したフルオロアルキルアクリレート、アルキルアクリレートのアルキル基にトリス(トリアルキルシロキシ)シリル基が置換したアクリレート、アルキルアクリレートのアルキル基にエチルホスホリルコリン基が置換したアクリレート等が挙げられるが、本発明はかかる例示のみに限定されるものではない。
【0036】
メタクリルアミド及びその誘導体の具体例としては、例えば、メタクリルアミド、N-イソプロピルメタクリルアミド、N,N-ジメチルメタクリルアミド、N-メチロールメタクリルアミド、N-ヒドロキシエチルメタクリルアミド等が挙げられるが、本発明はかかる例示のみに限定されるものではない。
【0037】
メタクリレートの具体例としては、例えば、メチルメタクリレート(以下、MMAという)、エチルメタクリレート、プロピルメタクリレート、n-ブチルメタクリレート、t-ブチルメタクリレート、ヘキシルメタクリレート、2-エチルヘキシルメタクリレート、n-オクチルメタクリレート、ノニルメタクリレート、デカニルメタクリレート、ラウリルメタクレート、ベヘニルメタクリレート、ステアリルメタクリレート等のアルキルメタクリレート、ベンジルメタクリレート等のアリールアルキルメタクリレート、テトラヒドロフルフリルメタクリレート、グリシジルメタクリレート等のエポキシアルキルメタクリレート、シクロヘキシルメタクリレート等のシクロアルキルメタクリレート、2-メトキシエチルメタクリレート、2-ブトキシエチルメタクリレート等のアルコキシアルキルメタクリレート、2-ヒドロキシエチルメタクリレート、2-ヒドロキシプロピルメタクリレート等のヒドロキシアルキルメタクリレート、ジエチレングリコールモノメタクリレート、ポリエチレングリコールモノメタクリレート等のポリアルキレングリコールモノメタクリレート、メトキシテトラエチレングリコールメタクリレート、メトキシポリエチレングリコールメタクリレート等のアルコキシポリアルキレングリコールメタクリレート、2-(ジメチルアミノ)エチルメタクリレート等のジアルキルアミノアルキルメタクリレート、3-クロロ-2-ヒドロキシプロピルメタクリレート、2-ヒドロキシ-3-フェノキシプロピルメタクリレート、アルキルメタクリレートのアルキル基にフッ素原子が置換した2,2,3,4,4,4-ヘキサフルオロブチルメタクリレート等のフルオロアルキルメタクリレート、アルキルメタクリレートのアルキル基にトリス(トリアルキルシロキシ)シリル基が置換した3-[[トリス(トリエチルシロキシ)シリル]プロピルメタクリレート、アルキルメタクリレートのアルキル基にエチルホスホリルコリン基が置換したエチルホスホリルコリンメタクリレート等が挙げられるが、これらの例示のみに限定されるものではない。
【0038】
式(3)で表されるビニル単量体のR8及びR9が共にカルボキシル基又はカルボキシレートを有する基である場合でもよい。具体的には、例えば、イタコン酸、イタコン酸ジメチル、イタコン酸モノブチル等のイタコン酸、そのモノアルキルエステル及びジアルキルエステルが挙げられるが、これらの例示のみに限定されるものではない。
【0039】
ビニル単量体には、2つ以上の二重結合(ビニル基、イソプロペニル基等)を有するビニル単量体でもよい。具体的には、例えば、ジエン系化合物(例えば、ブタジエン、イソプレン等)、アリル基を2つ有する化合物(例えば、ジアリルフタレート等)、アクリル基を2つ有する化合物(例えば、エチレングリコールジアクリレート等)、メタクリル基を2つ有する化合物(例えば、エチレングリコールジメタクリレート等)が挙げられるが、これらの例示のみに限定されるものではない。
【0040】
ビニル単量体には、上述した以外のビニル単量体を使用することもできる。具体的には、例えば、ビニルエステル類(例えば、酢酸ビニル、プロピオン酸ビニル、安息香酸ビニル)、上記以外のスチレン誘導体(例えば、α-メチルスチレン)、ビニルケトン類(例えば、ビニルメチルケトン、ビニルヘキシルケトン、メチルイソプロペニルケトン)、N-ビニル化合物(例えば、N-ビニルピロリドン、N-ビニルピロール、N-ビニルカルバゾール、N-ビニルインドール、ビニルオキサゾリン)、アクリロニトリル、メタクリロニトリル、マレイン酸及びその誘導体(例えば、無水マレイン酸)、ハロゲン化ビニル類(例えば、塩化ビニル、塩化ビニリデン、テトラクロロエチレン、ヘキサクロロプロピレン、フッ化ビニル、フッ化ビニリデン)、オレフィン類(例えば、エチレン、プロピレン、1又は2-ブテン、1-ヘキセン、1-オクテン、シクロヘキセン)等が挙げられるが、これらの例示のみに限定されるものではない。
【0041】
ラジカル重合性不飽和単量体は、単独で使用してもよいし、また、2種以上を併用してもいい。
ラジカル重合性不飽和単量体としては、アクリレート、メタクリレート、スチレン類が好ましく、アクリレートとメタクリレートの少なくとも一方を用いることがより好ましく、アクリレートを用いることが特に好ましい。例えば、ラジカル重合体の製造に用いられる全てのラジカル重合性不飽和単量体の全重量を基準として、アクリレートが30重量%以上、含まれていることが好ましく、50重量%以上、含まれていることがより好ましく、70重量%以上、含まれていることがさらに好ましく、90重量%以上、含まれていることが特に好ましい。
【0042】
ラジカル重合性不飽和単量体の使用量は、目的とする分子量などによって、適宜調整できる。
【0043】
(2-3.ラジカル重合体の性状)
ラジカル重合体の数平均分子量は、例えば、1,000~200,000であり、好ましくは1,500~100,000であり、より好ましくは3,000~50,000である。
ラジカル重合体の重量平均分子量は、数平均分子量のよりも同等か少し大きい値、例えば、1,000~240,000であり、好ましくは1,500~120,000であり、より好ましくは3,000~60,000である。
【0044】
ラジカル重合体は、さらに、通常のラジカル重合と比較して、分子量分布が狭いという特徴も有する。分子量分布とは、重合体の重量平均分子量を数平均分子量で除した値であり、通常のラジカル重合によって得られる分子量分布が約2以上であるのと比較して、本発明で得られるラジカル重合体の分子量分布は、1.0~1.5であることが好ましく、より好ましくは1.0~1.3であり、さらに好ましくは1.0~1.25であり、特に好ましくは1.0~1.24である。ただし、ラジカル重合体の分子量分布の範囲の下限値は、1.05、1.10等であってもよい。
【0045】
なお、重合体の数平均分子量及び重量平均分子量は、通則(JISK 7252-1(2016))、及びISO 16014-1(2012))に従ったサイズ排除クロマトグラフィーにより、以下の測定条件で測定したときの値である。
〔重合体の数平均分子量及び重量平均分子量〕
・測定機器:日本分光(株)製EXTREMAサイズ排除クロマトグラフィー(GPC/SEC)システム
・カラム:昭和電工(株)製SHODEX、サンプル側:K-803、KF-804L、KF-806Fを3本接続、リファレンス側:KF-800RH
・溶離液:テトラヒドロフラン(以下、THFという)
・検量線標準物質:ポリメチルメタクリレート(スチレン系重合体以外)、ポリスチレン(スチレン系重合体)
・測定用試料の調製:溶離液(THF)に重合体を溶解させて重合体の濃度が0.1重量%の溶液を調製し、その溶液をフィルターでろ過した後の濾液を使用する。
【0046】
(2-4.重合開始剤)
上述の前駆体の製造に用いられる重合開始剤(以下、前駆体製造用の重合開始剤ともいう)は、有機化合物部位とドーマントを含み、好ましくは、有機化合物部位とドーマントのみからなる。
また、ラジカル重合体の前駆体の重合においては、すでに公知の方法を活用できるものの、以下のように、重合法に応じて適宜、重合開始剤の種類を選択する必要がある。例えば、ドーマントとしてニトロキシド化合物(ニトロキシド基)を使用するニトロキシド媒介ラジカル重合法(NMP法)、ドーマントとして臭素を使用する原子移動ラジカル重合法(ATRP法)、ドーマントとしてチオカルボニルチオ化合物(チオカルボニルチオ基)を使用する可逆的付加開裂反応を利用したラジカル重合法(RAFT法)、ドーマントとして有機テルル、有機アンチモン、又は有機ビスマス等を使用するラジカル重合(有機テルルを代表としたTERP法)、ドーマントとしてヨウ素を使用するラジカル重合法(例えばRCMP法やRTCP法)などにより、ラジカル重合体の前駆体を製造できる。
【0047】
ドーマントとしてニトロキシド化合物を使用するNMP法における代表的な重合開始剤としては、例えば有機化合物部位として1-フェニルエチル基、ドーマントしてt-ブチル(1-フェニル-2-メチルプロピル)ニトロキシド基を有するt-ブチル(1-フェニル-2-メチルプロピル)(1-フェニルエトキシ)アミン等が挙げられるが、本発明は、かかる例示のみに限定されるものではない。NMP法及びそれに使用される重合開始剤については、2012年7月に発行されたシグマアルドリッチ社の「精密ラジカル重合ハンドブック」p31-34にまとめられているので、参照されたい。
【0048】
ドーマントとして臭素を使用するATRP法における代表的な重合開始剤としては、例えば有機化合物部位としてt-ブチルイソブチレート基を有する単官能タイプのt-ブチル-α-ブロモイソブチレート、官能基含有有機化合物部位として水酸基含有の2-ヒドロキシエチル-2-イソブチレート基を有する単官能系の2-ヒドロキシエチル-2-ブロモイソブチレート、有機化合物部位としてエチレンビス(イソブチレート基)を有する2官能系のエチレンビス(2-ブロモイソブチレート)等が挙げられるが、本発明は、かかる例示のみに限定されるものではない。さらに、触媒として例えば2,2’-ビピリジン等のアミン系化合物や、触媒用金属塩として例えば、塩化銅(I)等のハロゲン化遷移金属等が挙げられるが、本発明においては、かかる例示のみに限定されるものではない。ATRP法及びそれに使用される重合開始剤については、2012年7月に発行されたシグマアルドリッチ社の「精密ラジカル重合ハンドブック」p2-18にまとめられているので、参照されたい。
【0049】
ドーマントとしてチオカルボニルチオ化合物を使用するRAFT重合法における代表的な重合開始剤として、例えば、ジチオエステル系ドーマントとしてのフェニルジチオエステル基、有機化合物部位としてのシアノイソプロピル基を有する単官能系のシアノプロピルベンゾチアノエート(以下、CPBSという)等や、例えば官能基含有有機化合物部位としてシアノペンタノイックアシッド基等のカルボキシル基を有する単官能系のシアノペンタノイックアシッドベンゾチアノエート等、トリチオカルボナート系ドーマントとしてn-ドデシルトリチオカルボナート基、有機化合物部位としてシアノイソプロピル基を有する単官能系のシアノプロピル-n-ドデシルトリチオカルボナート等や、有機化合物部位としてエチレンビスシアノペンタノイックアシッド基を有する2官能系のエチレンビス(シアノペンタノイックアシッド-n-ドデシルチオカルボナート)等が挙げられるが、本発明は、かかる例示のみに限定されるものではない。RAFT重合法及びそれに使用される重合開始剤については、2012年7月に発行されたシグマアルドリッチ社の「精密ラジカル重合ハンドブック」p19-30にまとめられているので、参照されたい。
【0050】
ドーマントとして有機テルル化合物を使用するTERP法における代表的な重合開始剤として、例えば、有機テルル系ドーマントとしてメチルテルル基、有機化合物部位としてシアノイソプロピル基を有する2-メチルテラニルプロピオニトリル等が挙げられるが、本発明においては、かかる例示のみに限定されるものではない。TERP法及びそれに使用される重合開始剤については、2009年8月に発行された日本ゴム協会誌(82号)の「リビングラジカル重合2. 重合機構と方法2」p365-367にまとめられているので、参照されたい。
【0051】
ドーマントとしてヨウ素を使用するRCMP法やRTCP法における代表的な重合開始剤として、例えば、有機化合物部位としてイソブチロニトリル基、イソ酪酸エチル基、フェニル酢酸エチル基を有する、それぞれ単官能系の2-ヨードイソブチロニトリル(CP-I)、2-ヨードイソ酪酸エチル、2-ヨード-2-フェニル酢酸エチル(PAME)等や、官能基含有有機化合物部位として、カルボキシル基含有のイソ酪酸基、フェニル酢酸基を有するそれぞれ単官能の2-ヨードイソ酪酸、2-ヨード-2-フェニル酢酸、有機化合物部位としてイソ酪酸ヒドロキシエチル基、フェニル酢酸ヒドロキシエチル基を有するそれぞれ2官能の2-ヨードイソ酪酸-2-ヒドロキシエチル、2-ヨード-2-フェニル酢酸-2-ヒドロキシエチル等が挙げられるが、本発明においては、かかる例示のみに限定されるものではない。RCMP法やRTCP法及びそれに使用される重合開始剤については、それぞれ、2014年9月に発行されたACS出版の雑誌Macromolecules(47号)のp6610-6618及び2008年9月に発行されたELSEVIER出版の雑誌Polymer(49号)のp5177-5185にまとめられているので、参照されたい。
【0052】
ラジカル重合体を得るための重合開始剤の量は、重合制御の観点から、使用するラジカル重合性不飽和単量体100モルに対して、0.1~50モルであることが好ましく、0.5~40モルであることがより好ましい。また、重合度の観点から、ラジカル重合性不飽和単量体100モルに対して0.5~10モルの重合開始剤を使用することがさらに好ましい。
【0053】
ラジカル重合体を得るための方法としては、重合体末端のドーマント引き抜きと官能基含有有機化合物断片の結合の効率性の観点から、ドーマントとしてチオカルボニルチオ化合物を用いるRAFT法、有機テルル化合物を使用するTERP法、ハロゲン(臭素又はヨウ素)を用いるATRP法、RCMP法又はRTCP法が好ましく、中でもハロゲン(臭素又はヨウ素)を用いるATRP法、RCMP法又はRTCP法がより好ましく、得られる重合体の低臭気、低着色、低毒性の観点からRCMP法又はRTCP法が最も好ましい。
【0054】
(2-5.有機化合物部位の構造)
本発明のラジカル重合体には、上述の前駆体製造用の重合開始剤に由来する有機化合物部位が含まれる。すなわち、重合開始剤によって前駆体の一方の末端部及び主鎖中のいずれかに導入された有機化合物部位は、その後、前駆体の末端構造が変化したラジカル重合体が製造されても、ラジカル重合体中に維持される。こうしてラジカル重合体に含まれる有機化合物部位は、ラジカル重合体の一方の末端及び主鎖中のいずれかに存在する。
有機化合物部位が上述の重合開始剤に由来することからも明らかであるように、有機化合物部位の具体例として、以下のものが挙げられる。例えばNMP法で導入され得る1-フェニルエチル基、例えばATRP法で導入され得るt-ブチルイソブチレート基、2-ヒドロキシエチル-2-イソブチレート基、エチレンビス(イソブチレート基)、例えばRAFT重合法で導入され得るシアノイソプロピル基、シアノペンタノイックアシッド基、シアノイソプロピル基、エチレンビスシアノペンタノイックアシッド基、例えばTERP法で導入され得るシアノイソプロピル基、例えばRCMP法又はRTCP法により導入され得るイソブチロニトリル基、イソ酪酸エチル基、フェニル酢酸エチル基、カルボキシル基含有のイソ酪酸基、フェニル酢酸基、イソ酪酸ヒドロキシエチル基、フェニル酢酸ヒドロキシエチル基等に由来する構造を有する有機化合物部位である。
上述の構造に例示される有機化合物部位として、フェニル基、ハロゲン、水酸基、シアノ等で置換されていてもよく、カルボキシル基、酢酸基、酪酸基等の有機酸基を有していてもよい、合計炭素数が1~20、好ましくは合計炭素数1~12のアルキル基あるいはアルキレート基の残渣(重合体の主鎖中に含まれる場合にはアルキレン基等);フェニル基、ハロゲン、水酸基、シアノ等で置換されていてもよく、カルボキシル基、酢酸基、酪酸基等の有機酸基を有していてもよい、合計炭素数が6~24、好ましくは合計炭素数8~18のアリール基の残渣(重合体の主鎖中に含まれる場合にはアリーレン基)などが挙げられる。
これらの中でも、ヨウ素等のハロゲンを含む重合開始剤を用いるATRP法、RCMP法等によって導入され得る有機化合物部位、例えば、t-ブチルイソブチレート基、2-ヒドロキシエチル-2-イソブチレート基、エチレンビス(イソブチレート基);イソブチロニトリル基、イソ酪酸エチル基、フェニル酢酸エチル基、カルボキシル基含有のイソ酪酸基、フェニル酢酸基、イソ酪酸ヒドロキシエチル基、フェニル酢酸ヒドロキシエチル基等の残渣が、有機化合物部位として好ましい。
【0055】
(2-6.末端官能基の構造)
本発明のラジカル重合体においては、少なくとも一方の末端に、すなわち片末端または両端に、式(2)で表されるアルコキシ基を含む官能基がエステル部位を介して、結合されている。式(2)の末端官能基は、アルコキシ基含有ラジカル発生剤に由来するものであり、以下のように、アルコキシ基含有ラジカル発生剤を示す式(1)に対応する構造を有する。
【化5】
式(2)中、R
1及びR
2は上述の通りである。
すなわち、R
1は、好ましくは炭素数が1又は2のアルキル基であり、より好ましくはメチル基である。
R
2は、好ましくは炭素数が1又は2のアルキレン基であり、より好ましくはエチレン基である。
また、末端官能基に含まれるR
1及びR
2は、それぞれ独立して置換基によって置換されていてもよく、R
1及びR
2に含まれる置換基の例として、ハロゲン原子、水酸基、アルコキシ基、カルボキシル基、アシル基、アミノ基、ニトロ基、シアノ基、メルカプト基、シリル基などが挙げられる。
【0056】
[3.ラジカル重合体組成物(リビングラジカル重合体組成物)]
次に、本発明のラジカル重合体組成物、例えばリビングラジカル重合体組成物について説明する。リビングラジカル重合体組成物は、少なくとも、上述のリビングラジカル重合体と、上述の末端官能基が含まれていない重合体(特定の末端官能基を含まない重合体であって、例えば、リビングラジカル重合体などのラジカル重合体)とを含む。
【0057】
上述のアルコキシ基を含む官能基を有する化合物が末端に結合されていないラジカル重合体には、前駆体と、前駆体のドーマントが何らかの反応より水素に置換されたラジカル重合体とが含まれる。特定の末端官能基を含まないこれらの重合体の組成、一次構造及び分子量は、ラジカル重合体のそれらと比較してもほとんど変化しておらず、ほぼ同じものである。すなわち、ラジカル重合体とは、主として末端構造のみが相違する。
ラジカル重合体組成物に含まれ得る重合体として、前駆体に由来する上述のものの他に、前駆体に由来しない重合体である熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、前駆体に由来する重合体を溶解する溶剤、酸化防止剤等の公知のものが挙げられる。
【0058】
上述のアルコキシ基を含む末端官能基を有するラジカル重合体は、前駆体に由来する重合体の混合物全体、すなわち、末端にヨウ素を始めとするハロゲン等のドーマントが導入された前駆体、前駆体末端にてドーマントが水素に置換された重合体及びラジカル重合体の混合物100重量部において、好ましくは50~100重量部を占めており、より好ましくは70~100重量部を占めており、さらに好ましくは90~100重量部を占める。本発明のラジカル重合体の製造方法によれば、このように、前駆体由来の混合物において高い含有率(純度)で含まれるラジカル重合体を、特別な精製工程などを必要とせず、効率的に得ることができる。
【0059】
ラジカル重合体組成物には、上述のアルコキシ基含有末端官能基を有するラジカル重合体、上述のアルコキシ基含有末端官能基を含まない重合体の他に、前駆体に由来しない重合体である熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、前駆体に由来する重合体を溶解する溶剤、酸化防止剤等が含まれていてもよい。そして、ラジカル重合体組成物における上述のアルコキシ基含有末端官能基を有するラジカル重合体の含有量は、重合体組成物全体の100重量部において、好ましくは1~100重量部である。一方、特定のアルコキシ基含有末端官能基を含まない重合体の含有量は、重合体組成物全体の100重量部において、好ましくは0~50重量部である。また、前駆体に由来しない重合体である熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、前駆体に由来する重合体を溶解する溶剤、酸化防止剤等の含有量は、重合体組成物全体の100重量部において、好ましくは0~99重量部である。
【0060】
[4.ラジカル重合体(リビングラジカル重合体)の製造方法]
次に、本発明におけるリビングラジカル重合体などのラジカル重合体の製造方法について説明する。当該製造方法は、分子量分布が狭く、かつ少なくとも一方の重合体末端に上述のアルコキシ基含有官能基を有する重合体が高純度で得られることを特徴とする。
【0061】
本発明の重合体の製造方法は、ラジカル重合体の前駆体を形成する重合工程と、前駆体の末端にアルコキシ基含有官能基構造を導入する導入工程とを含む。重合工程では、有機化合物部位とドーマントとを含む重合開始剤、あるいは、好ましくは有機化合物部位とドーマントのみから構成される重合開始剤と、ラジカル重合性不飽和単量体とを用いることで前駆体を重合する。そして、導入工程では、重合工程で得られた前駆体のドーマント末端に、アルコキシ基含有ラジカル発生剤を所定の温度下で反応させ、アルコキシ基官能基含有ラジカル発生剤に由来の末端官能基構造を導入する。以下、各工程について説明する。
【0062】
(4-1.重合工程)
重合工程においては、前述したNMP法、ATRP法、RAFT重合法、TERP法、RCMP法又はRTCP法等が用いられ得る。前駆体製造用の重合開始剤としては、これらの製法についての説明で示した上述の重合開始剤が利用できるが、特に、前駆体末端のドーマントをアルコキシ基含有ラジカル発生剤によって効率よく脱離、結合することが可能な、有機ヨウ素化合物を重合開始剤として使用することが好ましい。このため、少なくとも有機ヨウ素化合物を重合開始剤として用いるRCMP法及びRTCP法のうちの、ラジカル重合体末端ヨウ素の含有率の高いRCMP法について、さらに詳しく説明する。
【0063】
前駆体製造用の重合開始剤として好適に用いられ得る有機ヨウ素化合物については、前項で詳細に述べたが、既に製造された重合開始剤を用いる方法の他にも、重合開始剤原料である、例えばアゾ化合物とヨウ素と重合の初期段階に仕込み、その両者の反応により有機ヨウ素化合物からなる重合開始剤をin-situで生成させて用いることもできる。
【0064】
有機ヨウ素化合物を生成させるために用いるアゾ化合物としては、例えば、2,2’-アゾビス(4-メトキシ-2,4-ジメチルバレロニトリル)、2,2’-アゾビス(イソブチロニトリル)(AIBN)、2,2’-アゾビス(2-メチルブチロニトリル)、1,1’-アゾビス(シクロヘキサン-1-カルボニトリル)、2,2’-アゾビス(2,4,4-トリメチルペンタン)等の官能基非含有アゾ化合物や、例えば、カルボキシル基を有する4,4-アゾビス-4-シアノ吉草酸(ACVA)、水酸基を有する2,2’-アゾビス{2-メチル-N-(2-ヒドロキシエチル)プロピオンアミド}、アミノ基を有する2-2’-アゾビス{2-(2-イミダゾリン-2-イル)プロパン}等の官能基含有アゾ化合物が挙げられるが、本発明はかかる例示のみに限定されるものではない。
【0065】
上述の重合開始剤を生成させるために用いるアゾ化合物の量は、ヨウ素1モルに対して1~5モルが好ましく、1.3~3モルがより好ましい。
【0066】
上述の重合開始剤を効率よく重合させる目的として、重合開始剤に加えて、さらに触媒を併用することが望ましい。触媒としては、例えば、ヨウ素に配位してヨウ素を引き抜く公知の化合物が挙げられるが、本発明はかかる例示のみに限定されるものではない。
【0067】
触媒としては、例えば、有機アミン化合物、ヨウ化物イオンとのイオン結合を有する非金属化合物であって、当該非金属化合物中の非金属原子がカチオンの状態であり、ヨウ化物イオンとイオン結合を形成している触媒などが挙げられるが、本発明は、かかる例示のみに限定されるものではない。
【0068】
有機アミン化合物からなる触媒としては、具体的にはトリエチルアミン、トリブチルアミン、1,1,2,2-テトラキス(ジメチルアミノ)エテン、1,4,8,11-テトラメチル-1,4,8,11-テトラアザシクロテトラデカン、エチレンジアミン、テトラメチルエチレンジアミン、テトラメチルジアミノメタン、トリス(2-アミノエチル)アミン、トリス(2-(メチルアミノ)エチル)アミン、ヘマトポルフィリンなどが挙げられる。これらの触媒は、それぞれ単独で用いてもよく、2種類以上を併用してもよい。
【0069】
ヨウ化物イオンとのイオン結合を有する非金属化合物であって、当該非金属化合物中の非金属原子がカチオンの状態であり、ヨウ化物イオンとイオン結合を形成している触媒としては、具体的にはアンモニウム塩、イミダゾリウム塩、ピリジニウム塩、ホスホニウム塩、スルホニウム塩、ヨードニウム塩などが挙げられ、より具体的には、テトラブチルアンモニウムヨージド、テトラブチルアンモニウムトリヨージド、テトラブチルアンモニウムブロモジヨージド、1-メチル-3-メチル-イミダゾリウムヨージド、2-クロロ-1-メチルピリジニウムヨージド、メチルトリブチルホスホニウムヨージド(以下、PMBIという)、テトラフェニルホスホニウムヨージド、トリブチルスルホニウムヨージド、ジフェニルヨードニウムヨージドなどが挙げられる。これらの触媒は、それぞれ単独で用いてもよく、2種類以上を併用してもよい。
【0070】
触媒の量は、重合速度を高め、未反応の単量体の残存量を低減させる観点から、上記有機ヨウ素化合物100モルに対して、好ましくは0.01~50モル、より好ましくは0.05~30モル、さらに好ましくは0.1モル~20モル、さらにいっそう好ましくは0.5~10モルである。
【0071】
上述の触媒の他に、重合速度を速める目的で、必要に応じて、少量の汎用ラジカル重合開始剤を用いてもよい。汎用ラジカル重合開始剤の種類については、上述の前駆体製造用の重合開始剤の種類ほど厳密に選択する必要はなく、適宜、重合温度や重合時間等に応じたものを用いる。
【0072】
汎用ラジカル重合開始剤としては、例えば、アゾ化合物、有機過酸化物などが挙げられるが、本発明は、かかる例示のみに限定されるものではない。これらの汎用ラジカル重合開始剤は、それぞれ単独で用いてもよく、2種類以上を併用してもよい。
【0073】
アゾ化合物としては、先述のアゾ化合物と同様のものを例示できる。これらのアゾ化合物は、それぞれ単独で用いてもよく、2種類以上を併用してもよい。
【0074】
有機過酸化物としては、先述の特定の官能基含有ジアシルペルオキシドの他に、官能基非含有の汎用有機過酸化物、例えば、ジ-(3,5,5-トリメチルヘキサノイル)ペルオキシド、ベンゾイルペルオキシド等のジアシルペルオキシド類や、ジ-n-プロピルペルオキシジカーボネート、ジ-イソプロピルペルオキシジカーボネート等のペルオキシジカーボネート類や、ジクミルペルオキシド、ジ-t-ブチルペルオキシド等のジアルキルペルオキシド類や、t-ブチルペルオキシピバレート、t-ブチルペルオキシ-2-エチルヘキサノエート等のペルオキシエステル類や、1,1-ビス(t-ブチルペルオキシ)シクロヘキサン等のペルオキシケタール類等が挙げられるが、本発明はかかる例示のみに限定されるものではない。これらの有機過酸化物は、それぞれ単独で用いてもよく、2種類以上を併用してもよい。
【0075】
なお、汎用ラジカル重合開始剤を使用する必要がない場合には、汎用ラジカル重合開始剤による悪影響を回避する観点から、汎用ラジカル重合開始剤を実質的に使用しないことが好ましく、汎用ラジカル重合開始剤をまったく使用しないことがより好ましい。ここで、「実質的に使用しない」とは、重合開始剤による重合反応への影響が実質的に生じない程度の汎用ラジカル重合開始剤の量を意味する。より具体的には、触媒1モルあたりの汎用ラジカル重合開始剤の量は、好ましくは10ミリモル以下、より好ましくは1ミリモル以下、さらに好ましくは0.1ミリモル以下である。
【0076】
全ラジカル重合性不飽和単量体成分100モルあたりの汎用ラジカル重合開始剤の量は、重合速度を高め、未反応のラジカル重合性不飽和単量体の残存量を低減させる観点から、好ましくは0.005~30モル、より好ましくは0.01~20モル、さらにより好ましくは0.02~15モルである。
【0077】
ラジカル重合性不飽和単量体については、前項で詳細に述べたが、ラジカル重合性不飽和単量体を重合させる際の重合条件は、当該ラジカル重合性不飽和単量体の重合方法に応じて適宜設定すればよく、特に限定されるものではない。重合温度は、好ましくは室温~200℃、より好ましくは30~140℃である。また、ラジカル重合性不飽和単量体を重合させる際の雰囲気は、窒素ガス、アルゴンガスなどの不活性ガスであることが好ましい。反応時間は、ラジカル重合性不飽和単量体の重合反応が完結するように適宜設定すればよい。
【0078】
ラジカル重合性不飽和単量体の重合は、溶剤を使用しない塊状重合であってもよく、ラジカル重合性不飽和単量体又はそれによって得られる重合体に溶解する溶剤を用いる溶液重合であってもよい。また、ラジカル重合性不飽和単量体又はそれによって得られる重合体に溶解しない溶媒を用いることにより、乳化重合、分散重合、懸濁重合などを行うことができる。
【0079】
ラジカル重合性不飽和単量体を溶液重合させる際に用いられる溶媒としては、例えば、水、ベンゼン、トルエン、キシレン、エチルベンゼンなどの芳香族系溶媒、メタノール、エタノール、イソプロパノール、n-ブタノール、t-ブチルアルコールなどのアルコール系溶媒、ジクロロメタン、ジクロロエタン、クロロホルムなどのハロゲン原子含有溶媒、プロピレングリコールメチルエーテル、ジプロピレングリコールメチルエーテル、エチルセルソルブ、ブチルセルソルブ、ジグライム、プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテートなどの直鎖状または分岐状の脂肪族エーテル系溶媒、テトラヒドロフラン、1,2-ジオキサン、1,3-ジオキサン、1,4-ジオキサンなどの脂環式エーテル系溶媒、酢酸エチル、酢酸ブチル、酢酸セルソルブ、酢酸セロソルブなどのエステル系溶媒、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、ジアセトンアルコールなどのケトン系溶媒、ジメチルホルムアミドなどのアミド系溶媒、ジメチルスルホキシドなどのスルホキシド系溶媒などが挙げられるが、本発明は、かかる例示のみに限定されるものではない。これらの溶媒は、それぞれ単独で用いてもよく、2種類以上を併用してもよい。溶媒の量は、重合条件、単量体の組成、得られる重合体の濃度などを考慮して適宜決定すればよい。
【0080】
(4-2.導入工程)
本発明の重合体の製造方法の導入工程においては、重合開始剤とラジカル重合性不飽和単量体とから得られる前駆体のドーマント末端に、アルコキシ基含有ラジカル発生剤を反応させて、温度をかけることによって、末端構造の変化した重合体が得られる。官能基含有ラジカル発生剤としては、少なくとも、上述の式(1)で表されるアルコキシ基を有する化合物が用いられる。
【0081】
上述のアルコキシ基含有ラジカル発生剤の添加量は、前駆体末端のドーマント1モルに対して、0.5~30モルが好ましく、0.5~20モルがより好ましく、1~10モルがさらに好ましく、1~5モルがより好ましい。また、導入工程においては、ラジカル発生剤を滴下させつつ徐々に反応系に加えることが好ましい。導入工程におけるラジカル発生剤の反応系への滴下速度(供給速度)は、例えば、反応溶媒による濃度10質量%の希釈品として反応系1Lあたり2~20(ml/分)、好ましくは5~10(ml/分)である。
【0082】
前駆体末端のドーマントにアルコキシ基含有ラジカル発生剤を反応させる際の反応条件は、アルコキシ基含有ラジカル発生剤の分解する条件に応じて適宜設定すればよく、特に限定されない。
ただし、反応温度は、70℃~140℃であり、好ましくは、前駆体を構成する主となるラジカル重合性不飽和単量体がスチレン及びその誘導体の場合には80℃~110℃、前駆体を構成する主となるラジカル重合性不飽和単量体がアクリルアミド及びその誘導体又はアクリレートの場合には110℃~130℃、前駆体を構成する主となるラジカル重合性不飽和単量体がメタクリレートの場合には70℃~100℃である。また、反応させる際の雰囲気は、窒素ガス、アルゴンガスなどの不活性ガスであることが好ましい。反応時間は、アルコキシ基含有ラジカル発生剤の分解が完結するように適宜設定すればよいものの、例えば、50℃~200℃、60℃~150℃、70℃~120℃、80℃~100℃等の範囲から選択され得る。また反応を均一にするため、適宜溶媒を用いることができる。溶媒としては、ラジカル重合体を溶解できるものであれば適宜使用でき、例えば、上述のラジカル重合性不飽和単量体を重合させる際に使用する溶媒と同様のものを提示できる。
【0083】
先述したように、本発明の重合体の製造方法の反応機構は、以下の通りと推定される。まずアルコキシ基含有ラジカル発生剤から生成したアルコキシ基含有ラジカルは前駆体末端に存在するドーマントを引き抜き、それによって前駆体末端ラジカルが生成する。一方、前駆体の末端に存在するドーマントに対して等モル以上存在させたアルコキシ基含有ラジカル発生剤に由来するアルコキシ基含有ラジカルは、低分子量であることから反応液中で速く拡散することができる。このため、アルコキシ基含有ラジカルは速やかに前駆体末端ラジカルと結合するのであり、このことによって、特定の官能基含有化合物が結合した前駆体が高純度で得られる。さらにアルコキシ基含有ラジカルは、分子量分布を広めてしまうこととなる前駆体末端ラジカル同士の結合を阻害するため、得られた重合体においては、前駆体での狭い分子量分布をそのままで維持できる。
さらに、アルコキシ基含有ラジカルよりも速く前駆体末端に存在するドーマントを引き抜く化合物として、ヨウ化物イオンなどとのイオン結合を有する非金属化合物を用いると、前駆体末端に存在するドーマントをアルコキシ基含有ラジカルよりも速く引き抜き、それによって前駆体末端ラジカルが速やかに生成する。一方、アルコキシ含有ラジカル発生剤から発生するアルコキシ基含有ラジカルは、低分子量かつ酸素ラジカルであることから反応液中で速く拡散することができ、アルコキシ基含有の末端官能基がより高純度かつ高効率で生成される。
【0084】
上述のように、前駆体からラジカルを引き抜く化合物としては、例えば、ヨウ化物イオンとのイオン結合を有する非金属化合物が挙げられる。
【0085】
ヨウ化物イオンとのイオン結合を有する非金属化合物としては、具体的にはアンモニウム塩、イミダゾリウム塩、ピリジニウム塩、ホスホニウム塩、スルホニウム塩、ヨードニウム塩などが挙げられ、より具体的には、テトラブチルアンモニウムヨージド、テトラブチルアンモニウムトリヨージド、テトラブチルアンモニウムブロモジヨージド、1-メチル-3-メチル-イミダゾリウムヨージド、2-クロロ-1-メチルピリジニウムヨージド、メチルトリブチルホスホニウムヨージド(以下、BMPIという)、テトラフェニルホスホニウムヨージド、トリブチルスルホニウムヨージド、ジフェニルヨードニウムヨージドなどが挙げられる。これらの触媒は、それぞれ単独で用いてもよく、2種類以上を併用してもよい。
【0086】
上述の前駆体からラジカルを引き抜く化合物の量は、反応速度を高める観点から、ラジカル重合体の前駆体の末端ドーマント1モルに対して0.5~20モル、好ましくは1~10モルである。
【実施例0087】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明する。まずは、メトキシ基含有ラジカル重合開始剤の実施例を以下に示す。
【0088】
実施例1
(メトキシ基含有原料酸クロライドの合成)
長さ1.5mmのラグビーボール型撹拌子、温度計、還流冷却器、カルシウム管を備えた30mlのナスフラスコに、3-メトキシプロピオン酸(3-MPA;富士フィルム和光純薬(株)製)3.75g(36mmol)を仕込み、撹拌子を回転数500rpmで回しながら室温で塩化オキサニル(東京化成工業株式会社(株)製)6.85g(54mmol)を20分かけて滴下した。その後、オイルバスで30mlのナスフラスコ内の温度を80℃に上げて2時間、反応させた。得られた反応液を含むナスフラスコ内の温度をオイルバスで95℃に上げて常圧蒸留し、未反応の塩化オキサニル(沸点:63℃)を留去することにより、3-メトキシプロピオン酸クロライド(3-MP-Cl)4.61g(3-MPA仕込み量に対する収率105%)を得た。
得られた3-MP―Clのアルカリ消費量及び塩素量を化学滴定にて測定したところ、それぞれ0.365g/g(理論アルカリ消費量=0.326g/g)、31.5%(理論塩素量=28.9%)であった。また得られた3-MP―CLの1H-NMR(溶媒:CDCl3、TMS入)を測定したところ、以下となり、3-MP-Clであることを帰属した。
3.10-3.13ppm(t,j=1.96,-CH2-CO(Cl)),3.37ppm(s,j=3.37,-O-CH3),3.68-3.71ppm(t,j=2.01,-O-CH2-).
【0089】
(メトキシ基含有ラジカル発生剤の合成)
長さ38mmの三日月羽根をつけたガラス棒、温度計、撹拌機を備えた50mlの三つ口フラスコに、水酸化ナトリウム水溶液(NaOH;富士フィルム和光純薬(株)製を水で10重量%に調整)14.5g(36.3mmol)、60重量%の過酸化水素水溶液(三菱ガス化学(株)製)0.94g(16.5mmol)及びトルエン(富士フィルム和光純薬(株)製)6.19gをそれぞれ仕込み、温度を20℃以下、回転数を400rpmにした状態で約30分攪拌した。液の温度を5±2℃に調整しながら、先ほど合成した3-MP-Cl3.68g(30mmol)を30分かけて滴下した後、さらに60分間、反応させた。得られた反応溶液を50mlの分液漏斗に移し替え、5分静置分離した後の上層のみを残し、そこにあらかじめ0~5℃に調節した3.3重量%の食塩水25gを加えた後、分液漏斗を振とうして反応液を洗浄し、5分静置分離させた。同様にあらかじめ0~5℃に調整した3.3重量%の食塩水25gを用いて同様な洗浄操作を繰り返した。下層の廃液がアルカリ性から中性になったことをpH試験紙で確認した後、静置分離後の上層を取り出し、無水硫酸マグネシウムを用いて系内を脱水し、ろ過することによって、ジ-3-メトキシプロピオニルペルオキシド(3-MPPO)トルエン溶液品5.04gを得た。
得られた3-MPPOトルエン溶液の活性酸素量及び塩素量を化学滴定にて測定したところ、それぞれ、3.24%(理論活性酸素量=7.76%)及び0.03%であった。従って理論活性酸素量から求められる純度は41.8%であり、純度と収量から算出される3-MP-Cl仕込み量に対する収率は82%であった。
【0090】
また、得られた3-MPPOトルエン溶液品にトルエンを添加して3-MPPOが0.1mol/Lとなるように希釈し、示差走査熱量測定(DSC)によって分解させることで得られた3-MPPOの10時間半減期温度は、約60℃であった。
さらに、得られた3-MPPOトルエン溶液品を1H-NMR(溶媒:CDCl3、TMS入)で測定したところ、以下となり、3-MPPOであることが帰属された。
2.69-2.72ppm(t,j=4.01,-CH2-CO(O)-),3.37ppm(s,j=6.00,-O-CH3),3.70-3.73ppm(t,j=4.03,-O-CH2-).
【0091】
実施例2
(メトキシ基含有原料酸クロライドの合成)
3-MPA3.75g(36mmol)を2-メトキシ酢酸(2-MAA;富士フィルム和光純薬(株)製)3.24g(36mmol)に変更した以外は、実施例1と同様の方法で、2-メトキシ酢酸クロライド(2-MA-Cl)5.76g(2-MAA仕込み量に対する収率100%)を得た。
(メトキシ基含有ラジカル発生剤の合成)
3-MP-Cl3.68g(30mmol)を2-MA-Cl4.80g(30mmol)に変更した以外は実施例1と同様の方法で、ジ-2-メトキシアセチルペルオキシド(2-MAPO)トルエン溶液品10.14gを得た。得られた2-MAPOトルエン溶液中の10時間半減期温度及び2-MAPO純度は、それぞれ、約54℃及び41.1%と計算された。また2-MA-Cl仕込み量に対する収率は78%であった。
【0092】
実施例3
(メトキシ基含有原料酸クロライドの合成)
3-MPA3.75g(36mmol)を4-メトキシブタン酸(4-MBA;富士フィルム和光純薬(株)製)4.25g(36mmol)に変更した以外は実施例1と同様の方法で、4-メトキシブタン酸クロライド(4-MB-Cl)6.78g(4-MBA仕込み量に対する収率103%)を得た。
(メトキシ基含有ラジカル発生剤の合成)
3-MP-Cl3.68g(30mmol)を4-MB-Cl5.64g(30mmol)に変更した以外は実施例1と同様の方法で、4-メトキシブタノイルペルオキシド(4-MBPO)トルエン溶液品14.19gを得た。得られた4-MBPOトルエン溶液品の10時間半減期温度及び4-MBPO純度は、それぞれ、約64℃及び42.1%と計算された。また4-MB-Cl仕込み量に対する収率は85%であった。
【0093】
次にリビングラジカル重合体前駆体の製造例を以下に示す。
【0094】
製造例1
30mlのシュレンク管内に、n-ブチルアクリレート(BA;富士フィルム和光純薬(株)製を常法により蒸留精製したもの)19.23g、2-ヨードイソブチロニトリル(CP-I、東京化成工業(株)製)0.172g、及びテトラブチルアンモニウムヨージド(BNI;東京化成工業(株)製)1.303gを添加し、シュレンク管の内部空間を窒素ガスで置換した。シュレンク管の内容物を110℃で9時間攪拌した後、室温に急冷した。重合溶液をイオン交換水180mlとメタノール720mlの混合溶液に滴下しながら再沈殿を行い、イオン交換水とメタノール混合溶液に沈殿した重合体を60℃で18時間真空乾燥を行うことにより、一方の分子末端にヨウ素を有するBA重合体(以下、PBAという)を得た。本反応は以下の式(i)によって表される。
【化6】
【0095】
得られた重合体の数平均分子量は6,340であり、分子量分布(重量平均分子量/数平均分子量、以下、Mw/Mnという)は1.17であった。また得られた重合体を重クロロホルムに溶解し、13C-NMRで分析したところ、CP-I中の4級炭素のカーボン(炭素数:1)の積分値とヨウ素のすぐ隣にあるBA1分子の3級炭素のカーボン(炭素数:1)の積分値が1:0.99であることから、重合体末端に存在するヨウ素は、99.0%導入されていることが確認された。結果を表1に示した。
【0096】
製造例2
CPIの添加量を0.172gから0.292gに、BNIの添加量を1.303gから2.172gに、重合条件を110℃で9時間から110℃で6時間に変更した以外は、製造例1と同様の方法で一方の分子末端にヨウ素を有するPBAを得た。
得られた重合体の数平均分子量は3,360であり、Mw/Mnは1.18であった。また、13C-NMRの結果から、重合体末端に存在するヨウ素は、99.2%導入されていることが確認された。結果を表1に示した。
【0097】
製造例3
CPIの添加量を0.172gから0.073gに、BNIの添加量を1.303gから8.688gに、重合条件を110℃で9時間から110℃で18時間に変更した以外は、製造例1と同様の方法で一方の分子末端にヨウ素を有するPBAを得た。
得られた重合体の数平均分子量は26,000であり、Mw/Mnは1.19であった。また、13C-NMRの結果から、重合体末端に存在するヨウ素は、99.1%導入されていることが確認された。結果を表1に示した。
【0098】
製造例4
ラジカル重合性不飽和単量体として、BAを19.23g用いる代わりに、2-メトキシエチルアクリレート(MEA;東京化成工業(株)製を常法により蒸留精製したもの)を19.53g用い、重合条件を110℃で6時間から110℃で10時間に変更した以外は、製造例2と同様の方法で一方の分子末端にヨウ素を有するPMEAを得た。
得られた重合体の数平均分子量は4,910であり、Mw/Mnは1.12であった。また、13C-NMRの結果から、重合体末端に存在するヨウ素は、99.6%導入されていることが確認された。結果を表1に示した。
【0099】
製造例5
ラジカル重合性不飽和単量体として、BAを19.23g用いる代わりに、スチレン(St;富士フィルム和光純薬(株)製を常法により蒸留精製したもの)を15.63g用い、BNIの添加量を2.172gから0.543gに、重合条件を110℃で6時間から80℃で18時間に変更した以外は、製造例2と同様の方法で一方の分子末端にヨウ素を有するPStを得た。
得られた重合体の数平均分子量は6,060であり、Mw/Mnは1.21であった。また、13C-NMRの結果から、重合体末端に存在するヨウ素は、98.1%導入されていることが確認された。結果を表1に示した。
【0100】
製造例6
ラジカル重合性不飽和単量体として、BAを19.23g用いる代わりに、メチルメタクリレート(MMA;富士フィルム和光純薬(株)製を常法により蒸留精製したもの)を15.02g用い、BNIの添加量を2.172gから0.543gに、重合条件を110℃で6時間から70℃で3時間に変更した以外は、製造例2と同様の方法で一方の分子末端にヨウ素を有するPMMAを得た。
得られた重合体の数平均分子量は6,600であり、Mw/Mnは1.19であった。また、13C-NMRの結果から、重合体末端に存在するヨウ素は、98.4%導入されていることが確認された。結果を表1に示した。
【0101】
製造例7
有機ヨウ素化合物であるCP-Iを0.073g用いる代わりに、RAFT化剤である2-シアノ-2-プロピルベンゾジチアノエート(シグマアルドリッチジャパン(同)製、以下、CPBDという)を0.083g用い、AIBNを0.812gに、重合条件を110℃で18時間から70℃で1時間に変更した以外は、製造例3と同様の方法で一方の分子末端にフェニルジチオエステル基を有するPBAを得た。
得られた重合体の数平均分子量は5,500であり、Mw/Mnは1.15であった。また、1H-NMRの結果から、重合体末端に存在するフェニルジチオエステルは、98.8%導入されていることが確認された。結果を表1に示した。
【0102】
【0103】
次に上述の製造例で得られた前駆体に対し、特定の官能基含有化合物に由来する末端構造を結合させた実施例について、以下に説明する。
【0104】
なお、後述する実施例で得られた特定の官能基含有化合物を有する重合体の同定及び純度は、以下の方法に基づいて確認した。
【0105】
(サンプル調製)
得られた重合体0.01gにTHF1mlを添加して得られたサンプル溶液、マトリックスであるトランス-2-{3-(4-t-ブチルフェニル)-2-メチル-2-プロペニリデン}マロノナイトレート(東京化成工業(株)製、以下、DCTBという)0.02gにTHF1mlを添加して得られたマトリックス溶液、及び、イオン化剤であるトリフルオロ酢酸ナトリウム(東京化成工業(株)製、以下、NaTFAという)0.001gにTHF1mlを添加して得られたイオン化剤溶液を調製した。2mlサンプル瓶に、マトリックス溶液を100μl、イオン化剤溶液20μl及びサンプル溶液20μlを混合し、サンプル板の上に混合液を1μlスポットし、室温で約5分THFを乾燥させ、サンプルを調製した。
【0106】
(重合体末端基の同定)
日本電子(株)製JMS-S3000 SpiralTOFを用いて、製造例1の前駆体について上記(サンプル調製)に記載の方法に沿って作成したサンプルと、重合体についての上述のサンプルに、50kVのレーザーをそれぞれ照射して得られたMSスペクトルを分析した。前駆体のMSスペクトルでは、前駆体のPBA-I及び前駆体末端のヨウ素が外れたPBA-HのMSスペクトルはほぼ同じ位置に現れるため見分けがつかなかったが、前駆体のNMR測定からPBA-Iが高い純度で存在したため(
図1参照)、メインピークはPBA-Iであると予想された。
一方、サンプルのMSスペクトルではPBA-IとPBA-Hの両方或いはそのいずれか一方が極少量存在した(
図2参照)。サンプルの
図2に示されたMSスペクトルには、PBA-IとPBA-H由来のスペクトルにあてはまらないメインのスペクトルが存在し、その総分子量が、3-メトキシプロピオニルオキシ基がPBAに付加した分子量とイオン化剤のNa分子量とを加えた総分子量と一致した。従って、3-メトキシプロピオニルオキシ基が、PBA末端に直接結合していることが確認された。
【0107】
(アルコキシ基含有ラジカル発生剤由来の化合物を末端に有する重合体の純度測定)
サンプル中に存在する、末端にアルコキシ基含有ラジカル発生剤由来の化合物を有する重合体のMSスペクトルの面積とその他のスペクトルの面積を、サンプル中に存在するすべてのMSスペクトルの総面積で除することで、サンプル中のアルコキシ基含有ラジカル発生剤由来の化合物を末端に有する重合体の純度を算出した。
【0108】
実施例4
30mlのシュレンク管内に、製造例1で得られた重合体を0.3g、ラジカル発生剤としての3-MPPO(濃度=43.1重量%トルエン溶液)を0.041g、BNIを0.079g及び溶媒としてのトルエン(関東化学(株)製)2.442g(PO純分使用の場合、2.7mlのトルエン使用)を添加し、溶解させた後、シュレンク管の内部空間を窒素ガスで置換した。シュレンク管の内容物をそれぞれ、実施例1では110℃で1時間反応させた。その後、室温に急冷し、未反応のBNIを除去する目的で、3000rpmで5分間遠心分離を行った。エバポレーターを用いて、上澄み液に含まれるトルエンを減圧留去することによって得られた重合体を60℃で1時間真空乾燥を行うことにより、重合体末端のドーマントが脱離し、アルコキシ基含有化合物を有する構造(3-メトキシプロピオニルオキシ基)が結合した重合体を得た。得られた重合体の数平均分子量、Mw/Mn、また得られたアルコキシ基が結合した重合体の純度を算出し、表2に結果を示した。本反応は以下の式(ii)によって表される。
【化7】
【0109】
実施例5~6
実施例4においては、3-MPPOを前駆体のヨウ素末端1モルに対して2モル添加していたところ、それぞれ、実施例5では0.5モル添加、実施例6では10モル添加に変更する以外は、実施例4と同様の方法で重合体を製造した。この結果、前駆体末端のドーマントが脱離し、アルコキシ基含有化合物を有する構造(3-メトキシプロピオニルオキシ基)が結合した重合体を得た。得られた重合体の数平均分子量、Mw/Mn、また得られたアルコキシ基が結合した重合体の純度を算出し、表2に結果を示した。
【0110】
実施例7
実施例4においては、BNIを前駆体のヨウ素末端1モルに対して2モル添加していたところ、1モル添加に変更する以外は、実施例4と同様の方法で重合体を製造した。この結果、前駆体末端のドーマントが脱離し、アルコキシ基含有化合物を有する構造(3-メトキシプロピオニルオキシ基)が結合した重合体を得た。得られた重合体の数平均分子量、Mw/Mn、また得られたアルコキシ基が結合した重合体の純度を算出し、表2に結果を示した。
【0111】
実施例8~9
実施例4における前駆体のMnをそれぞれ、実施例8では3,360g/mol、実施例9では26,000g/molに変更する以外は、実施例4と同様の方法で重合体を製造した。この結果、重合体末端のドーマントが脱離し、アルコキシ基含有化合物を有する構造(3-メトキシプロピオニルオキシ基)が結合した重合体を得た。得られた重合体の数平均分子量、Mw/Mn、また得られたアルコキシ基が結合した重合体の純度を算出し、表2に結果を示した。
【0112】
実施例10~11
実施例4におけるラジカル発生剤をそれぞれ、実施例10では実施例2で得られた2-MAPO、実施例11では実施例3で得られた4-MBPOに変更する以外は、実施例4と同様の方法で重合体を製造した。この結果、重合体末端のドーマントが脱離し、アルコキシ基含有化合物を有する構造(2-メトキシアセトキシオキシ基)が結合した重合体を得た。得られた重合体の数平均分子量、Mw/Mn、また得られたアルコキシ基が結合した重合体の純度を算出し、表2に結果を示した。
【0113】
実施例12
実施例4における前駆体を、製造例4で得られた分子末端にヨウ素を有するPMEAに変更する以外は実施例4と同様の方法で重合体を製造した。この結果、重合体末端のドーマントが脱離し、アルコキシ基含有化合物を有する構造(3-メトキシプロピオニルオキシ基)が結合した重合体を得た。得られた重合体の数平均分子量、Mw/Mn、また得られたアルコキシ基が結合した重合体の純度を算出し、表2に結果を示した。
【0114】
実施例13
実施例4においては、BNIを前駆体のヨウ素末端1モルに対して2モル添加していたところ、2モル添加にし、反応温度を110℃から130℃にする以外は、実施例4と同様の方法で重合体を製造した。この結果、前駆体末端のドーマントが脱離し、アルコキシ基含有化合物を有する構造(3-メトキシプロピオニルオキシ基)が結合した重合体を得た。得られた重合体の数平均分子量、Mw/Mn、また得られたアルコキシ基が結合した重合体の純度を算出し、表2に結果を示した。
【0115】
実施例14~15
実施例13に準じて実施例14及び15の重合体を得た。すなわち、実施例14では前駆体を製造例5で得られた分子末端にヨウ素を有するPStとし、反応条件を80℃で4時間に変更した他、実施例4と同様の方法で重合体を製造した。実施例15では、前駆体を製造例6で得られた分子末端にヨウ素を有するPMMAとし、反応条件を70℃で8時間に変更する以外は、実施例13と同様の方法で重合体を製造した。この結果、前駆体末端のドーマントが脱離し、アルコキシ基含有化合物を有する構造(3-メトキシプロピオニルオキシ基)が結合した重合体を得た。得られた重合体の数平均分子量、Mw/Mn、また得られたアルコキシ基が結合した重合体の純度を算出し、表2に結果を示した。
【0116】
実施例16
実施例4におけるトルエンの添加量2.442gを2.306gに変更し、さらに、実施例4にて用いた3-MPPO(濃度=43.1重量%トルエン溶液)0.041gの代わりに、トルエン0.136gで濃度10重量%に調整した3-MPPOのトルエン溶液品0.177gを約30分かけて滴下した以外は、実施例4と同様の方法で重合体を製造した。この結果、前駆体末端のドーマントが脱離し、アルコキシ基含有化合物を有する構造(3-メトキシプロピオニルオキシ基)が結合した重合体を得た。得られた重合体の数平均分子量、Mw/Mn、また得られたアルコキシ基が結合した重合体の純度を算出し、表2に結果を示した。
【0117】
比較例
前駆体を製造するリビングラジカル重合法としてRAFT重合法を採用し、特定官能基非含有化合物を有するラジカル発生剤である2,2’-アゾビス(イソブチロニトリル)(AIBN;富士フィルム和光純薬(株)製)を用いる以外は、実施例4と同様の方法で重合体を製造した。この結果、前駆体末端のドーマントが脱離し、アルコキシ基含有化合物を有する構造(3-メトキシプロピオニルオキシ基)が結合した重合体を得た。得られた重合体の数平均分子量、Mw/Mn、また得られたアルコキシ基が結合した重合体の純度を算出し、表2に結果を示した。
【0118】
【0119】
表2の結果より、本発明におけるアルコキシ含有ラジカル発生剤、重合体末端のドーマント側にアルコキシ基含有化合物を有する構造が導入されたリビングラジカル重合体、すなわち、脱離したドーマントに代わってアルコキシ基含有化合物が結合されたリビングラジカル重合体は、分子量分布が狭く純度が高いことがわかる。また、本発明の製造方法によれば、前駆体の末端のドーマントに特定の官能基含有化合物を有するラジカル重合開始剤を反応させることによって、分子量分布が狭く、純度が高いリビングラジカル重合体を得ることができる。