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特開2024-72221光合成微生物を利用した有用有機物の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024072221
(43)【公開日】2024-05-27
(54)【発明の名称】光合成微生物を利用した有用有機物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/13 20060101AFI20240520BHJP
   C12P 7/46 20060101ALI20240520BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20240520BHJP
   C12N 15/31 20060101ALN20240520BHJP
【FI】
C12N1/13 ZNA
C12P7/46
C12N1/21
C12N15/31
【審査請求】未請求
【請求項の数】24
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022182972
(22)【出願日】2022-11-15
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成25年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「ラン藻代謝改変株の代謝解析とコハク酸生産プロセスの検討」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504150450
【氏名又は名称】国立大学法人神戸大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001508
【氏名又は名称】弁理士法人 津国
(72)【発明者】
【氏名】蓮沼 誠久
(72)【発明者】
【氏名】秀瀬 涼太
(72)【発明者】
【氏名】松田 真実
【テーマコード(参考)】
4B064
4B065
【Fターム(参考)】
4B064AD09
4B064CA08
4B064CA19
4B064CC24
4B064DA20
4B065AA01X
4B065AA01Y
4B065AA26X
4B065AA83X
4B065AA83Y
4B065AB01
4B065AC14
4B065BB26
4B065BC05
4B065CA10
4B065CA60
(57)【要約】
【課題】本発明は、目的の有用有機物(有機酸など)の産生量や収率に優れる、光合成微生物を利用した有用有機物の製造法方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明は、光合成微生物を培養する光合成微生物培養工程、ここで、光合成微生物は、培養中に細胞外に有機物を放出する、及び、従属栄養微生物を培養する従属栄養微生物培養工程、ここで、従属栄養微生物は、培養中に前記光合成微生物が放出した有機物を代謝し、目的の有用有機物を産出するを含む、有用有機物の製造方法である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
光合成微生物を培養する光合成微生物培養工程、ここで、光合成微生物は、培養中に細胞外に有機物を放出する、及び、
従属栄養微生物を培養する従属栄養微生物培養工程、ここで、従属栄養微生物は、培養中に前記光合成微生物が放出した有機物を代謝し、目的の有用有機物を産出する
を含む、有用有機物の製造方法。
【請求項2】
光合成微生物培養工程及び従属栄養微生物培養工程が、同じ培地中で行われる、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
光合成微生物培養工程及び従属栄養微生物培養工程が、同じ培地中で同時に行われる、請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
光合成微生物から放出される有機物が、有機酸である、請求項1~3のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項5】
光合成微生物から放出される有機物が、C4ジカルボン酸である、請求項4に記載の製造方法。
【請求項6】
光合成微生物が、微細藻及びシアノバクテリアから選択される少なくとも1種である、請求項1~5のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項7】
光合成微生物が、シアノバクテリアである、請求項6に記載の製造方法。
【請求項8】
光合成微生物が、組換え生物である、請求項1~7のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項9】
光合成微生物培養工程が、暗黒嫌気性環境下で行われる、請求項1~8のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項10】
従属栄養微生物が、C4ジカルボン酸を産出する、請求項1~9のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項11】
従属栄養微生物が、コハク酸を産出する、請求項1~10のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項12】
従属栄養微生物が、目的の有用有機物を細胞外に放出する、請求項1~11のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項13】
従属栄養微生物が、Dcuシステムを有する、請求項12に記載の製造方法。
【請求項14】
従属栄養微生物が、エンテロバクター属細菌及びエシェリヒア属細菌から選択される少なくとも1種である、請求項13に記載の製造方法。
【請求項15】
従属栄養微生物培養工程が、嫌気性環境下で行われる、請求項1~14のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項16】
光合成微生物培養において、光合成微生物をコーンスティープリカーを含有する培地中で培養する、請求項1~15のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項17】
光合成微生物を、光独立栄養条件下で培養する光合成工程をさらに含む、請求項1~16のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項18】
従属栄養微生物培養工程の後に、有用有機物を回収する有用有機物回収工程をさらに含む、請求項1~17のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項19】
目的の有用有機物が、コハク酸である、請求項1~18のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項20】
従属栄養微生物が、単離された微生物である、請求項1~19のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項21】
光合成微生物と組み合わせて使用されることを特徴とする、従属栄養微生物を含む、有用有機物製造用組成物。
【請求項22】
光合成微生物と従属栄養微生物とを含む、有用有機物製造用組成物。
【請求項23】
光合成微生物と従属栄養微生物とを含む、有用有機物製造用キット。
【請求項24】
光合成微生物と従属栄養微生物とからなる、有用有機物製造用微生物群。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光合成微生物を利用した有用有機物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現代社会ではプラスチックをはじめ繊維、ゴム、溶剤、塗料、洗剤、液体燃料等の多くの材料の生産が石油化学産業に依存している。しかし、これ以上の石油の利用拡大は資源の枯渇や環境負荷の増大を深刻化させるため、石油依存から脱却し、植物系バイオマスから得られるデンプンや糖蜜、セルロース等から燃料・化学品を生産することに期待が寄せられている。
【0003】
乳酸やコハク酸等の有機酸は、食品、医薬品、その他化学品の合成原料として広く用いられている。これら有機酸についても、デンプン及びセルロース等の糖質系バイオマスからの生産が期待されている。例えば、農業用マルチフィルム、包装材、農業・土木資材等に広く活用されているポリブチレンサクシネート(PBS)等の生分解性プラスチックは、原材料となるコハク酸を石油由来のものからバイオマス由来のものに切り替えていこうという流れがある。
【0004】
光合成能を有し、光独立栄養的に生育が可能な微生物である光合成微生物、例えば、微細藻類やシアノバクテリア(ラン藻)などは、光環境下で直接COを吸収し、オイル、デンプン、グリコーゲン、有機酸、その他の機能性物質(色素類や機能性脂質等)等を生産することができる。このため、従来、石油に頼らない有用物質の生産方法として、これら光合成微生物を利用した有用物質の生産方法が着目されている。特に、光合成微生物を利用した有機酸生産は、近年、実用化に向けて、生産性の向上のための種々の方法が積極的に開発されてきた。例えば、特許文献1には、光合成微生物である微細藻類による有機酸生産において、より効率的な生産のため、微細藻類を35℃~40℃の、従来より高い温度条件で培養する方法が記載されている。
【0005】
しかしながら、これまで開発された方法による有用有機物(有機酸など)の生産性は、未だ十分なものとはいえず、より有用有機物の産生量や収率に優れる製造法方法の開発が強く望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開公報2018/051916号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、かかる状況に鑑みてなされたものであり、より有用有機物(有機酸など)の産生量や収率に優れる光合成微生物を利用した有用有機物の製造法方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究した結果、光合成微生物を利用した有用有機物(有機酸など)の生産にあたり、従属栄養微生物をさらに組み合わせて用いることで、目的の有用有機物の生産量や収率を増大させることができることを見出して本発明を完成させた。本発明の要旨は、以下のとおりである。
【0009】
[1]光合成微生物を培養する光合成微生物培養工程、ここで、光合成微生物は、培養中に細胞外に有機物を放出する、及び、従属栄養微生物を培養する従属栄養微生物培養工程、ここで、従属栄養微生物は、培養中に前記光合成微生物が放出した有機物を代謝し、目的の有用有機物を産出するを含む、有用有機物の製造方法。
[2]光合成微生物培養工程及び従属栄養微生物培養工程が、同じ培地中で行われる、[1]に記載の製造方法。
[3]光合成微生物培養工程及び従属栄養微生物培養工程が、同じ培地中で同時に行われる、[2]に記載の製造方法。
[4]光合成微生物から放出される有機物が、有機酸である、[1]~[3]のいずれかに記載の製造方法。
[5]光合成微生物から放出される有機物が、C4ジカルボン酸である、[4]に記載の製造方法。
[6]光合成微生物が、微細藻及びシアノバクテリアから選択される少なくとも1種である、[1]~[5]のいずれかに記載の製造方法。
[7]光合成微生物が、シアノバクテリアである、[6]に記載の製造方法。
[8]光合成微生物が、組換え生物である、[1]~[7]のいずれかに記載の製造方法。
[9]光合成微生物培養工程が、暗黒嫌気性環境下で行われる、[1]~[8]のいずれかに記載の製造方法。
[10]従属栄養微生物が、C4ジカルボン酸を産出する、[1]~[9]のいずれかに記載の製造方法。
[11]従属栄養微生物が、コハク酸を産出する、[1]~[10]のいずれかに記載の製造方法。
[12]従属栄養微生物が、目的の有用有機物を細胞外に放出する、[1]~[11]のいずれかに記載の製造方法。
[13]従属栄養微生物が、Dcuシステムを有する、[12]に記載の製造方法。
[14]従属栄養微生物が、エンテロバクター属細菌及びエシェリヒア属細菌から選択される少なくとも1種である、[13]に記載の製造方法。
[15]従属栄養微生物培養工程が、嫌気性環境下で行われる、[1]~[14]のいずれかに記載の製造方法。
[16]光合成微生物培養において、光合成微生物をコーンスティープリカーを含有する培地中で培養する、[1]~[15]のいずれかに記載の製造方法。
[17]光合成微生物を、光独立栄養条件下で培養する光合成工程をさらに含む、[1]~[16]のいずれかに記載の製造方法。
[18]従属栄養微生物培養工程の後に、有用有機物を回収する有用有機物回収工程をさらに含む、[1]~[17]のいずれかに記載の製造方法。
[19]目的の有用有機物が、コハク酸である、[1]~[18]のいずれかに記載の製造方法。
[20]従属栄養微生物が、単離された微生物である、[1]~[19]のいずれかに記載の製造方法。
[21]光合成微生物と組み合わせて使用されることを特徴とする、従属栄養微生物を含む、有用有機物製造用組成物。
[22]光合成微生物と従属栄養微生物とを含む、有用有機物製造用組成物。
[23]光合成微生物と従属栄養微生物とを含む、有用有機物製造用キット。
[24]光合成微生物と従属栄養微生物とからなる、有用有機物製造用微生物群。
【0010】
なお、前記[1]から[24]の各構成は、任意に2つ以上を選択して組み合わせることができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、目的の有用有機物(有機酸など)の産生量や収率に優れる、光合成微生物を利用した有用有機物の製造法方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】相同組換えによる標的遺伝子破壊。(A)組換え株は、相同組換えによって各宿主株から別々に作成された。psbA2プロモーター及びA.succinogenes pckA遺伝子あり又はなしのクロラムフェニコール耐性遺伝子の遺伝子カセットを親株Synechocystis 6803 Ppc-ox株のslr2030遺伝子座に導入し、それぞれPCCKまたはPpc-ox/CT株を得た。Ppc-ox/ΔackA株のslr0646遺伝子座にpckA遺伝子を含む遺伝子カセットを導入し、PCCK-ox/ΔackA株を得た。PCRにより組み込みを確認した(PCRのためのプライマーアニーリングサイトの位置は矢印で示す)。略語:Spr:スペクチノマイシン耐性遺伝子;Ptrc:trcプロモーター;PpsbA2:psbA2プロモーター;TrbcL:rbcLターミネータ;Chlr:クロラムフェニコール耐性遺伝子。(B)宿主株及び各組換え株における各遺伝子カセットを含むDNA領域のPCR分析。対応するプライマー対から得られるPCR断片の大きさを(A)に示す。DNAサイズマーカーはレーンMに示される。
図2】暗黒嫌気性環境下、4g-DCW/LのPpc-ox細胞、Ppc-ox/CT細胞及びPCCK細胞を各濃度のNaHCOの存在下で72時間発酵した後のC4-ジカルボン酸、乳酸及び酢酸濃度。値は3つの生物学的反復の平均(±標準偏差)を表す。各NaHCO濃度におけるPCCK細胞に対する統計的有意差は、Tukey-Kramer検定を用いて決定された(P<0.01)。
図3】4g-DCW/LのPpc-ox株(白丸)及びPCCK株(黒丸)を100mM NaHCO存在下で暗黒嫌気発酵したときのC4-ジカルボン酸、乳酸、酢酸、グリコーゲン濃度の経時変化。値は3つの生物学的反復の平均(±標準偏差)を表す。各サンプリングポイントでのPpc-ox株とPCCK株の統計的有意差は、スチューデントのt検定を用いて決定された(P<0.01)。
図4】Ppc-ox株(白丸)及びPCCK株(黒丸)を100mM NaHCO存在下で暗黒嫌気発酵したときのヘキソース、ペントース、トリオースリン酸(A)、TCA(B)、AMP、ADP、ATP(C)の代謝産物の経時変化。値は3つの生物学的反復の平均(±標準偏差)を表す。各サンプリングポイントでのPpc-ox株とPCCK株の統計的有意差は、スチューデントのt検定を用いて決定された(P<0.01)。
図5】暗黒嫌気性環境下、4g-DCW/LのPpc-ox細胞、Ppc-ox/CT細胞及びPCCK細胞を各濃度のNaHCOの存在下で生CSLと共に72時間発酵した後のC4-ジカルボン酸、乳酸及び酢酸濃度。値は3つの生物学的反復の平均(±標準偏差)を表す。PCCK細胞におけるそれらの統計的有意差は、Tukey-Kramer検定を用いて決定された(P<0.01)。
図6】4g-DCW/LのPpc-ox株(白丸)及びPCCK株(黒丸)を300mM NaHCO存在下で生CSL(A)又は滅菌CSL(B)と共に暗黒嫌気発酵したときのC4-ジカルボン酸、乳酸、酢酸、グリコーゲン濃度の経時変化。値は3つの生物学的反復の平均(±標準偏差)を表す。各サンプリングポイントでのPpc-ox株とPCCK株の統計的有意差は、スチューデントのt検定を用いて決定された(P<0.01)。
図7】(A)CSL懸濁液を各温度で前処理した生CSLの存在下、4g-DCW/LのPCCK細胞を300mM NaHCOと共に72時間発酵した後のコハク酸塩及びリンゴ酸塩の濃度。値は3つの生物学的反復の平均(±標準偏差)を表す。(B)生CSLからのコロニー単離。37℃でインキュベートした1g/LのCSL懸濁液 50μlをLB寒天培地にストリークし、37℃で24時間培養した。各コロニーの16S rDNAをユニバーサルプライマーセット27F/1492Rで増幅し、サンガーシーケンスによって分析した結果、以下の種に関連する株が同定された;(a)Acinetobacter radioresistens;(b)Enterobacter hormaechei;(c)Escherichia hermannii。
図8】暗黒嫌気性環境下、4g-DCW/LのPpc-ox株及びPCCK株を1g/Lの酵母抽出物(バクト(商標)酵母エキス、ThermoFisher Scientific)の非存在下又は存在下で72時間発酵した後のC4-ジカルボン酸、乳酸及び酢酸濃度。値は3つの生物学的反復の平均(±標準偏差)を表す。酵母エキスの非存在下と存在下の統計的有意差はスチューデントのt検定を用いて決定された(P<0.01)。
図9】滅菌CSL存在下又は非存在下における、PCCK粗抽出物のリンゴ酸デヒドロゲナーゼ(MDH)の比活性(A)。PCCK株及びPCCK-ox/ΔackA株における粗抽出物のPEPck活性(B)。粗抽出物は、暗黒嫌気性環境下、24時間発酵させた各菌株から超音波処理によって調製した。値は3つの生物学的反復の平均(±標準偏差)を表す。PCCK株とPCCK-ox/ΔackA株の統計的有意差はスチューデントのt検定を用いて決定された(P<0.01)。
図10】生CSLからのコハク酸産生微生物の同定と分析。生CSLの存在下若しくは非存在下、又は滅菌CSLと各菌株存在下、PCCK株を暗黒嫌気発酵したときのC4-ジカルボン酸の産生。試験した全てのバイアルにおいて300 mMのNaHCOを添加した。値は3つの生物学的反復の平均(±標準偏差)を表す。生CSLを用いない場合と用いた場合の統計的有意差は、スチューデントのt検定を用いて決定された(P<0.01)。滅菌CSLを用いた場合の棒グラフにおいて、E.hormaechei、A.radioresistens、E.hermannii、E.coli BW25113の菌株なしとの統計的有意差、及びΔdcuA、ΔdcuBのE.coli BW25113との統計的有意差は、それぞれTukey-Kramer検定を用いて決定された(P<0.01)。
図11】生CSLからのコハク酸産生微生物の同定と分析。滅菌CSLと各菌株存在下、又は滅菌CLSのみ若しくは各菌株のみ存在下、PCCK株を暗黒嫌気発酵したときのC4-ジカルボン酸の産生。試験した全てのバイアルにおいて300 mMのNaHCOを添加した。
図12】滅菌CSL又は生CSLの存在下、異なる初期細胞濃度で、PCCK株又はPCCK-ox/ΔackA株を300mM NaHCO存在下で72時間暗黒嫌気発酵したときのC4-ジカルボン酸の産生。値は3つの生物学的反復の平均(±標準偏差)を表す。PCCKとPCCK-ox/ΔackA株の統計的有意性は、スチューデントのt検定を用いて決定された(P<0.01)。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の有用有機物の製造方法、有用有機物製造用組成物、有用有機物製造用キット、有用有機物製造用微生物群について詳細に説明する。なお、本明細書における微生物の利用手法、実験手法(例えば、DNAやベクターの調製等の分子生物学的手法など)は、特に明記しない限り、当業者に公知の一般的実験書に記載の方法又はそれに準じた方法により行うことができる。また、本明細書中で使用される用語は、特に言及しない限り、当該技術分野で通常用いられる意味で解釈される。
【0014】
[有用有機物の製造方法]
本発明の有用有機物の製造方法は、光合成微生物を培養する光合成微生物培養工程、及び従属栄養微生物を培養する従属栄養微生物培養工程を含む。ここで、当該光合成微生物培養工程において、光合成微生物は、培養中に細胞外に有機物を放出し、また、従属栄養微生物培養工程において、従属栄養微生物は、培養中に前記光合成微生物が放出した有機物を代謝し、目的の有用有機物を産出する。本発明の有用有機物の製造方法は、これらの工程を含むことを特徴とし、その他の構成および条件は、特に制限されない。
【0015】
本発明の有用有機物の製造方法は、下記の知見(ここでは有機酸の製造方法を例に挙げる)に基づいている。すなわち、まず、これまでの光合成微生物を利用した有機酸の製造方法では、光合成微生物自体の有機酸生成経路に着目し、その反応系酵素の改変や培養条件等を工夫することにより、有機酸の生成量を増加させ、生産性を向上させる試みが多くされていた。しかしながら、光合成微生物は、その培養中において、目的の有機酸のみを生成して生育するわけではなく、当然に目的の有機酸以外の有機酸も生成、放出する。これら有機酸は、副産物であって純度を下げる要因となるが、目的の有機酸の生成量を高い水準としたまま、これら副産物の生成量をもコントロールすることは非常に困難であり、上記反応系酵素の改変や培養条件等の工夫によってだけでは、目的の有機酸の純度や収率は上がらず、生産量も増加しなかった。
【0016】
本発明者らは、これまでの光合成微生物を利用した有機酸の製造プロセスについて、詳細に分析したところ、意外にも、光合成微生物の培養時、その培養培地中に従属栄養微生物が存在している場合があることを初めて見出し、その場合には、従属栄養微生物が、光合成微生物が細胞外に放出した有機酸(副産物の有機酸)を代謝し、目的の有機酸が生成されることで、有機酸の純度や収率が向上することを見出した。本発明は、このような知見に基づく発明であり、光合成微生物を利用した有用有機物の製造の際、光合成微生物が細胞外に放出した有機物を、従属栄養微生物に代謝させ、目的の有用有機物を生成させることに特徴がある。
【0017】
<光合成微生物培養工程>
本発明において、光合成微生物培養工程は、前述のとおり、光合成微生物を培養する工程である。この工程において、光合成微生物を、特定の培養条件下で培養することで、光合成微生物は細胞外に有機物を放出する。
【0018】
光合成微生物は、光独立栄養条件下で培養すると、光合成を行い、二酸化炭素や重炭酸塩などを炭素源として、複雑な有機物(炭水化物、脂肪、タンパク質など)を生成して生育することができる。他方、光合成微生物を、特定の培養条件下(例えば暗黒嫌気性環境下)で培養すると、光独立栄養条件下で蓄えた有機物を利用して従属栄養的に生育するようになるが、そのとき、光合成微生物は、リンゴ酸、コハク酸、フマル酸、乳酸、グリセロール、ギ酸、酢酸、エタノール等の有機物を生成し、これらを部分的に細胞外に放出する。本発明のおける光合成微生物培養工程は、このように、特定の培養条件下で、光合成微生物を従属栄養的に生育させ、上記のような有機物を生成、放出させるように培養する工程である。
【0019】
光合成微生物は、前述のとおり、光合成微生物培養工程において有機物を細胞外に放出するが、この光合成微生物から放出される有機物は、後述の従属栄養微生物培養工程において、従属栄養微生物が代謝して目的の有用有機物を産出するのに適した有機物であることが好ましい。このような光合成微生物から放出される有機物は、例えば、リンゴ酸、コハク酸、フマル酸、乳酸、グリセロール、ギ酸、酢酸、エタノール等であり、有機酸であることが好ましく、C4ジカルボン酸であることがより好ましく、リンゴ酸及び/又はフマル酸であることが特に好ましい。また、アスパラギン酸も好ましい。ここで、当該技術分野において、これら種々の有機物を放出する光合成微生物やその培養条件がそれぞれ知られており、当該技術分野の技術常識に基づき、発明の目的にそって適切な光合成微生物及び培養条件を選択して使用できる。なお、光合成微生物が上記のような特定の有機物を放出する際、それ以外の有機物もあわせて放出することに制限はない。
【0020】
また、本発明における光合成微生物培養工程では、光合成微生物が、製造対象の有用有機物を放出することが好ましく、製造対象の有用有機物を他の有用有機物と比較してより多く放出することがより好ましく、製造対象の有用有機物を他の有用有機物と比較して最も多く放出することが特に好ましい。このような場合には、そもそも光合成微生物単独による有用有機物の生産性が高く、本発明では、後述の従属栄養微生物培養工程により、その生産性をさらに向上させることができることから、より確実に生産性の高い製造方法を提供することが可能となる。
【0021】
(光合成微生物)
本発明において、「光合成微生物」とは、光合成増殖が可能な全ての微生物を意味し、例えば、酸素発生型光合成を行う微細藻(珪藻、ミドリムシなどの真核藻類)や原核藻類(シアノバクテリア)、さらに酸素非発生型の光合成細菌を含む。本発明において、光合成微生物は、任意に選択されて使用される。なお、本発明において、光合成微生物は、1種を単独でも、又は2種以上を組み合わせても使用できる。
【0022】
微細藻やシアノバクテリアは、葉緑素(クロロフィル)を持ち、光合成を行う微生物である。微細藻やシアノバクテリアは、光合成によって大気中のCOを固定化して糖類(例えば、グリコーゲン)を合成し、他方、水(HO)から酸素(O)を発生させ得る(「酸素発生型光合成」ともいう)。本発明において、微細藻やシアノバクテリアは、単細胞形態を有するものであってもよく、コロニー形態(例えば、フィラメント、シート又はボール)を有するものであってもよい。また、微細藻やシアノバクテリアは、海洋又は淡水のいずれで繁殖するものであってもよい。
【0023】
本発明において、シアノバクテリア(ラン藻類)としては、例えばシネコシスティス属(Synechocystis)、アルスロスピラ属(Arthrospira)、スピルリナ属(Spirulina)、アナベナ属(Anabaena)、シネココッカス属(Synechococcus)、サーモシネココッカス属(Thermosynechococcus)、ノストック属(Nostoc)、プロクロロコッカス属(Prochlorococcu)、ミクロシスティス属(Microcystis)、グロエオバクター属(Gloeobacter)などが挙げられる。例えば、シアノバクテリア(ラン藻類)の微生物種としては、シネコシスティスPCC6803種(Synechocystis sp. PCC6803)、シネココッカスPCC7002種(Synechococcus sp. PCC7002)、アルスロルピラ・プラテンシス(Arthrospira platensis)(「スピルリナ(Spirulina)」とも称される)、スピルリナ・マキシマ(Spirulina maxima)、スピルリナ・サブサルサ(Spirulina subsalsa)、アナベナPCC7120種(Anabaena sp. PCC7120)などが挙げられる。
【0024】
本発明において、微細藻は、例えば、緑藻類、珪藻類、渦鞭毛藻、紅藻、プラシノ藻、ユーグレナ藻、真正眼点藻などの何れであってもよい。具体的には、例えばクラミドモナス属(Chlamydomonas)、クロレラ属(Chlorella)、ドナリエラ属(Dunaliella)、ヘマトコッカス属(Hematococcus)、ボルボックス属(Volvox)、ボトリオコッカス属(Botryococcus)などの緑藻類;リゾソレニア属(Rhizosolenia)、ケトセロス属(Chaetoceros)、シクロテラ属(Cyclotella)、シリンドロテカ(Cylindrotheca)、ナビクラ属(Navicula)、フェオダクチラム属(Phaeodactylum)、タラシオシラ属(Thalassiosira)、フィッツリフェラ属(Fistulifera)などの珪藻類;アンフィジニウム属(Amphidinium)、シンビオジニウム属(Symbiodinium)などの渦鞭毛藻;シアニディオシゾン属(Cyanidioschyzon)、ポルフィリジウム属(Phorphyridium)などの紅藻;オストレオコッカス属(Ostreococcus)などのプラシノ藻;ユーグレナ属(Euglena)などのユーグレナ藻;ナンノクロロプシス属(Nannochloropsis)などの真正眼点藻などが挙げられる。例えば、微細藻類の微生物種としては、クラミドモナス(Chlamydomonas reinhardtii)、クラミドモナス種(Chlamydomonas sp.)、クロレラ・ブルガリス(Chlorella vulgaris)、クロレラ・ピレノイドーサ(Chlorella pyrenoidosa)、ドナリエラ・サリナ(Dunaliella salina)、ドナリエラ種(Dunaliella sp.)、ヘマトコッカス・プルビアリス(Hematococcus pluvialis)、ボルボックス・カルテリ(Volvox carteri)、ボトリオコッカス・ブラウニイ(Botryococcus braunii)、シクロテラ・クリプティカ(Cyclotella cryptica)、シリンドロテカ・フジフォルミス(Cylindrotheca fusiformis)、ナビクラ・サプロフィラ(Navicula saprophila)、フェオダクチラム・トリコルヌツム(Phaeodactylum tricornutum)、タラシオシラ・シュードナナ(Thalassiosira pseudonana)、フィッツリフェラ種(Fistulifera sp.)、アンフィジニウム種(Amphidinium sp.)、シンビオジニウム・ミクロアドリアチクム(Symbiodinium microadriaticum)、シアニディオシゾン・メロレ(Cyanidioschyzon merolae)、ポルフィリジウム種(Porphyridium sp.)、オストレオコッカス・タウリ(Ostreococcus tauri)、ユーグレナ・グラシリス(Euglena gracilis)、ナンノクロロプシス・オキュラタ(Nannochloropsis oculata)などが挙げられる。
【0025】
本発明において、酸素非発生型の光合成細菌は、紅色細菌、緑色糸状性細菌、緑色硫黄細菌、ヘリオバクテリア、クロラシドバクテリア等を含む。紅色細菌としては、例えば、ロドバクター・スフェロイデス(Rhodobacter sphaeroides)、ロドスピリラム・ラブラム(Rhodospirillum rubrum)等が挙げられ、緑色糸状性細菌としては、例えば、ロゼイフレクサス・キャステンホルツィイ(Roseiflexus castenholzii)等が挙げられ、緑色硫黄細菌としては、例えば、クロロバキュラム・テピダム(Chlorobaculum tepidum)等が挙げられ、ヘリオバクテリアとしては、例えば、ヘリオバクテリウム・ファシアタム(Heliophilum fasciatum)、ヘリオバクテリウム・モデスティカルダム(Heliobacterium modesticaldum)等が挙げられ、クロラシドバクテリアとしては、例えば、クロラシドバクテリウム・テルモピルム(Chloracidobacterium thermophilum)等が挙げられる。
【0026】
これらのうち、本発明において、光合成微生物は、シアノバクテリア(ラン藻)及び微細藻から選択される少なくとも1種であることが好ましく、シアノバクテリア(ラン藻)であることがより好ましい。シアノバクテリアの中では、シネコシスティス属(Synechocystis)がより好ましく、特にシネコシスティスPCC6803種(Synechocystis sp. PCC6803)が好ましい。これらは、例えば、C4ジカルボン酸を放出する光合成微生物として好ましく使用できる。また、微細藻微細藻類クラミドモナス(Chlamydomonas reinhardtii)は、例えば、グリセロールやギ酸等を放出する光合成微生物として好ましく使用できる。
【0027】
(組換え光合成微生物)
本発明において、光合成微生物は、発明の目的にそって有機物(例えば有機酸)を効果的に産生するように改変された組換え生物であってもよい。改変の方法としては、従来公知の方法や今後開発されるあらゆる方法を適用することができ、例えば遺伝子組換え等の手法により改変することができる。
【0028】
一例として、下記に組換えシアノバクテリアの例を挙げるが、当該技術分野における技術常識に基づき、シアノバクテリアに限らず、本発明の効果を増強し得るように、任意の光合成微生物を改変して用いることができる。
【0029】
本発明において、組換えシアノバクテリアは、有機酸の産生能を増強するために、例えば、ホスホエノールピルビン酸カルボキシキナーゼ(Pepck)、及び/又はピルビン酸カルボキシラーゼ(Pyc)を発現又は発現増強するように遺伝子操作することができる。さらにホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ(Ppc)を発現又は発現増強するように遺伝子操作されていることも好ましい。また、酢酸キナーゼ(AK)が欠失又は発現減少するように遺伝子操作されていることも好ましい。
【0030】
本発明において、「発現又は発現増強するように遺伝子操作されている」とは、組換え対象の生物において、目的の遺伝子を導入すること、又はそれらの遺伝子発現を増強するように遺伝子改変を行うこと等をいう。また、「欠失又は発現減少するように遺伝子操作されている」とは、組換え対象の生物において、目的の遺伝子を欠失(遺伝子破壊)すること、又はそれらの遺伝子発現を減少(抑制)するように遺伝子改変を行うこと等をいう。本明細書において、特定の遺伝子を導入すること、又はその遺伝子の発現を増強するように遺伝子改変を行った形態は、当該組換え微生物においてこれらの導入、改変が行われる前に比べて、各遺伝子に係るタンパク質の生産量又は活性の増大が確認される形態であればよく、特に限定されない。また、本明細書において、特定の遺伝子を欠失(遺伝子破壊)すること、又はその遺伝子の発現を減少するように遺伝子改変を行った形態は、当該組換え微生物においてこれらの欠失、改変が行われる前に比べて、各遺伝子に係るタンパク質の生産量又は活性の減少が確認される形態であればよく、特に限定されない。遺伝子の導入、その発現を増強する改変、遺伝子の欠損、その発現を減少(抑制)する改変は、従来公知の方法によって行われてもよいし、今後開発されるあらゆる方法によって行われてもよい。
【0031】
以下に、ホスホエノールピルビン酸カルボキシキナーゼ(Pepck)、ピルビン酸カルボキシラーゼ(Pyc)、ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼについて説明する。
【0032】
(ホスホエノールピルビン酸カルボキシキナーゼ(Pepck))
本発明において、ホスホエノールピルビン酸カルボキシキナーゼ(Pepck)とは、ホスホエノールピルビン酸(Pep)から炭酸固定によりオキサロ酢酸(OAA)を生成する反応を可逆的に触媒する酵素である。本発明においてPepck活性とは、このPepからOAAを生成する反応を触媒する活性をいう。本発明に利用するPepckは、反応の平衡がPepかOAAを生産する方向に傾いているものが好ましい。酵素活性は、例えば、Sigma Diagnostics ATP Kitを用いて、37℃におけるATP産生量を測定する方法で決定することができる(Pil,Kim.,et.al., Applied and Enviromental Microbiology, Feb. 2004, p.1238-1241)。シアノバクテリアにPepckを発現させた組換えシアノバクテリアを用いることで、光独立栄養条件下での培養によりシアノバクテリアに蓄積した糖(グリコーゲン等)由来のPEPに対して、暗黒嫌気性環境下で培養を行うことで、炭酸固定によりオキサロ酢酸(OAA)を生成することが可能となる。
【0033】
Pepckの活性が親株と比べて増大していることの確認は、上記の方法で酵素活性を測定すること、又はPepckをコードする遺伝子のmRNAの量若しくは発現しているPepckタンパク質の量を親株と比較することによって確認できる。酵素活性の増大については、親株と比較して増大していればよいが、例えば親株の1.5倍以上であることが好ましく、2倍以上であることがより好ましく、3倍以上であることがさらに好ましく、5倍以上であることが特に好ましい。
【0034】
シアノバクテリアに導入するためのPepckとしては、暗黒嫌気性環境下で培養を行うことで、炭酸固定によりオキサロ酢酸(OAA)を生成する反応をより効率的に触媒するものであれば特に限定されないが、例えば、二酸化炭素高濃度下でコハク酸生成能を有する一部の細菌群である、アクチノバチルス・サクシノゲネス(Actinobacillus succinogenes)、マンヘイミア・サクシニシプロデューセンス(Mannheimia succiniciproducens)、アンアエロバイオスピリルム・サクシニシプロデューセンス(Anaerobiospirillum succiniciproducens)、セレノモナス・ルミナンティウム(Selenomonas ruminantium)等由来の酵素、これら以外にも、大腸菌(エシェリヒア・コリー;Escherichia coli)、コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)等由来の酵素、「https://www.brenda-enzymes.org/enzyme.php?ecno=4.1.1.32」に開示されている酵素等が挙げられる。なお、Pepckとは異なる名称で知られているものであっても、上記の触媒活性を有するものであれば、本発明におけるPepckとして用いることができる。シアノバクテリアに導入するためのPepckとしては、中でもアクチノバチルス・サクシノゲネス(Actinobacillus succinogenes)由来の酵素であることがより好ましい。
【0035】
Pepck遺伝子は、すでにいくつかの配列が明らかにされているので、それらの塩基配列に基づいて作製したプライマーを用いて得ることができる。例えば、作製したプライマーを用いて、アクチノバチルス・サクシノゲネス(Actinobacillus succinogenes)の染色体DNAを鋳型とするPCR法によって、アクチノバチルス・サクシノゲネスのPepckのコード領域と、その制御領域を含む隣接領域を取得することができる。あるいは、それらの野生型に相当する塩基配列(配列番号1)に対し、コドン最適化した形で設計した配列等を全合成することもできる(配列番号2)。他の微生物のPepck遺伝子ホモログも同様にして取得され得る。Pepck遺伝子ホモログとは、他の微生物に由来し、上記アクチノバチルス・サクシノゲネスのPepck遺伝子と高い相同性を示し、Pepck活性を有するタンパク質をコードする遺伝子をいう。
【0036】
腸内細菌科に属する細菌の種や菌株によってPepck遺伝子の塩基配列に差異が存在することがあるため、Pepck遺伝子は、配列番号2に限られず、シアノバクテリア内でその発現を増強することによりシアノバクテリアの有機酸(例えばコハク酸)生産能を向上させることができる限り、配列番号2のポリヌクレオチドがコードするアミノ酸配列において、1若しくは複数の位置での1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入又は付加等を含む配列を有するタンパク質をコードする変異体又は人為的な改変体であってもよい。ここで、「数個」とは、アミノ酸残基のタンパク質の立体構造における位置や種類によっても異なるが、好ましくは1から20個、より好ましくは1から10個、さらに好ましくは1から5個である。また、このようなアミノ酸の置換、欠失、挿入、付加、又は逆位等には、Pepck遺伝子を保持する微生物の個体差、種の違いに基づく場合等の天然に生じる変異によって生じるものも含まれる。Pepckタンパク質(ペプチド)をコードするポリヌクレオチドは、上記特定の配列に対して、少なくとも70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、特に好ましくは97%以上の同一性を有するタンパク質(及びそれをコードするポリヌクレオチド)であり、かつPepck活性(ホスホエノールピルビン酸カルボキシキナーゼ活性)を有するタンパク質(及びそれをコードするポリヌクレオチド)は、本発明において使用可能であると理解される。
【0037】
Pepck遺伝子を導入する宿主により、遺伝子の縮重性が異なるので、それぞれ導入される宿主で使用しやすいコドンに置換したものでもよい。同様に、Pepck遺伝子は、発現を増強することによりシアノバクテリアの有機酸産生能を向上させる機能を有する限り、N末端側、C末端側が延長したタンパク質、或いは削られているタンパク質をコードする遺伝子でもよい。
【0038】
(ピルビン酸カルボキシラーゼ(Pyc))
本発明において、ピルビン酸カルボキシラーゼ(Pyc)とは、ピルビン酸を不可逆的にカルボキシル化してオキサロ酢酸にするリガーゼ群の酵素である。シアノバクテリアにPycを発現させた組換えシアノバクテリアを用いることで、光独立栄養条件下での培養によりシアノバクテリアに蓄積した糖由来のピルビン酸に対して、炭酸固定によりオキサロ酢酸(OAA)を生成することが可能となる。
【0039】
Pycの活性が親株と比べて増大していることの確認は、上記の方法で酵素活性を測定すること、又はPycをコードする遺伝子のmRNAの量若しくは発現しているPycタンパク質の量を親株と比較することによって確認できる。酵素活性の増大については、親株と比較して増大していればよいが、例えば親株の1.5倍以上であることが好ましく、2倍以上であることがより好ましく、3倍以上であることがさらに好ましく、5倍以上であることが特に好ましい。
【0040】
シアノバクテリアに導入するためのPycとしては、ピルビン酸からオキサロ酢酸(OAA)を生成する反応をより効率的に触媒するものであれば特に限定されないが、例えば、コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)、バチルス・サブチリス(Bacillus subtilis)、サッカロマイセス・セルビシアエ(Saccharomyces cerevisiae)、ピキア・パストリス(Pichia pastoris)、大腸菌(エシェリヒア・コリー;Escherichia coli)等由来の酵素、「https://www.brenda-enzymes.org/enzyme.php?ecno=6.4.1.1」に開示されている酵素等が挙げられる。なお、Pycとは異なる名称で知られているものであっても、上記の触媒活性を有するものであれば、本発明におけるPycとして用いることができる。本発明において、シアノバクテリアに導入するためのPycとしては、これらのうち、コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)由来のPycが好ましい。
【0041】
Pyc遺伝子は、すでにいくつかの配列が明らかにされているので、それらの塩基配列に基づいて作製したプライマーを用いて得ることができる。例えば、作製したプライマーを用いて、コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)の染色体DNAを鋳型とするPCR法によって、コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)のPycのコード領域(配列番号3)と、その制御領域を含む隣接領域を取得することができる。上記配列番号3がコードするアミノ酸配列を配列番号4として示す。あるいは、それらの塩基配列に対し、コドン最適化した形で設計した配列等を全合成することもできる。他の微生物のPyc遺伝子ホモログも同様にして取得され得る。Pyc遺伝子ホモログとは、他の微生物に由来し、上記コリネバクテリウム・グルタミカムのPyc遺伝子と高い相同性を示し、Pyc活性を有するタンパク質をコードする遺伝子をいう。
【0042】
細菌株等によっては、Pyc遺伝子の塩基配列に差異が存在することがあるため、本発明において使用するPyc遺伝子は、配列番号3に限られず、シアノバクテリア内でその発現を増強することによりシアノバクテリアの有機酸(例えばコハク酸)生産能を向上させることができる限り、配列番号3のポリヌクレオチドがコードするアミノ酸配列において、1若しくは複数の位置での1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入又は付加等を含む配列を有するタンパク質をコードする変異体又は人為的な改変体であってもよい。ここで、「数個」とは、アミノ酸残基のタンパク質の立体構造における位置や種類によっても異なるが、好ましくは1から20個、より好ましくは1から10個、さらに好ましくは1から5個である。また、このようなアミノ酸の置換、欠失、挿入、付加、又は逆位等には、Pepck遺伝子を保持する微生物の個体差、種の違いに基づく場合等の天然に生じる変異によって生じるものも含まれる。Pycタンパク質(ペプチド)をコードするポリヌクレオチドとしては、上記特定の配列に対して、少なくとも70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、特に好ましくは97%以上の同一性を有するタンパク質(及びそれをコードするポリヌクレオチド)であり、かつPyc活性(ピルビン酸カルボキシキシラーゼ活性)を有するタンパク質(及びそれをコードするポリヌクレオチド)は、本発明において使用可能であると理解される。
【0043】
Pyc遺伝子を導入する宿主により、遺伝子の縮重性が異なるので、それぞれ導入される宿主で使用しやすいコドンに置換したものでもよい。同様に、Pyc遺伝子は、発現を増強することによりシアノバクテリアの有機酸産生能を向上させる機能を有する限り、N末端側、C末端側が延長したタンパク質、或いは削られているタンパク質をコードする遺伝子でもよい。
【0044】
(ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ(Ppc))
本発明において、ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ(PEPカルボキシラーゼ;Ppc)とは、ホスホエノールピルビン酸(Pep)から炭酸固定によりオキサロ酢酸(OAA)を生成する反応を可逆的に触媒する酵素である。本発明においてPpc活性とは、このPepからOAAを生成する反応を触媒する活性をいう。本発明に利用するPpcは、反応の平衡がPepかOAAを生産する方向に傾いているものが好ましい。シアノバクテリアのPpc発現を増強させた組換えシアノバクテリアを用いることで、光独立栄養条件下での培養によりシアノバクテリアに蓄積した糖由来のPEPに対して、暗黒嫌気性環境下で培養を行うことで、炭酸固定によりオキサロ酢酸(OAA)を効率よく生成することが可能となる。
【0045】
Ppcの活性が親株と比べて増強していることの確認は、Ppc酵素活性を測定すること、又はPpcをコードする遺伝子のmRNAの量若しくは発現しているPpcタンパク質の量を親株と比較することによって確認できる。酵素活性の増大については、親株と比較して増大していればよいが、例えば親株の1.5倍以上であることが好ましく、2倍以上であることがより好ましく、3倍以上であることがさらに好ましく、5倍以上であることが特に好ましい。
【0046】
シアノバクテリアに導入、発現増強するためのPpcとしては、暗黒嫌気性環境下で培養を行うことで、炭酸固定によりオキサロ酢酸(OAA)を生成する反応をより効率的に触媒するものであれば特に限定されないが、シアノバクテリア(ラン藻類)のPpcであることが好ましく、例えばシネコシスティス属(Synechocystis)、アルスロスピラ属(Arthrospira)、スピルリナ属(Spirulina)、アナベナ属(Anabaena)、シネココッカス属(Synechococcus)、サーモシネココッカス属(Thermosynechococcus)、ノストック属(Nostoc)、プロクロロコッカス属(Prochlorococcu)、ミクロシスティス属(Microcystis)、グロエオバクター属(Gloeobacter)などが挙げられる。中でも、シネコシスティス属がより好ましく、具体的には、PCC6803種(Synechocystis sp. PCC6803)が特に好ましい。なお、シアノバクテリア(ラン藻類)のPpc以外にも、https://www.brenda-enzymes.org/enzyme.php?ecno=4.1.1.31に開示されている酵素等も本発明において使用可能な酵素の候補として挙げられる。なお、Ppcとは異なる名称で知られているものであっても、上記の触媒活性を有するものであれば、本発明におけるPpcとして用いることができる。
【0047】
Ppc遺伝子は、すでにいくつかの配列が明らかにされているので、それらの塩基配列に基づいて作製したプライマーを用いて得ることができる。例えば、作製したプライマーを用いて、シアノバクテリアのシネコシスティスの染色体DNAを鋳型とするPCR法によって、シネコシスティスのPpcのコード領域(配列番号5)と、その制御領域を含む隣接領域を取得することができる。上記配列番号5がコードするアミノ酸配列を配列番号6として示す。シアノバクテリアのシネコシスティスの具体例としては、PCC6803種(Synechocystis sp. PCC6803)株が挙げられる。あるいは、それらの塩基配列に対し、コドン最適化した形で設計した配列等を全合成することもできる。他の微生物のPpc遺伝子ホモログも同様にして取得され得る。Ppc遺伝子ホモログとは、他の微生物に由来し、上記シアノバクテリアのシネコシスティスのPpc遺伝子と高い相同性を示し、Ppc活性を有するタンパク質をコードする遺伝子をいう。
【0048】
腸内細菌科に属する細菌の種や菌株によってPpc遺伝子の塩基配列に差異が存在することがあるため、本発明において使用するPpc遺伝子は、配列番号5に限られず、シアノバクテリア内でその発現を増強することによりシアノバクテリアの有機酸(例えばコハク酸)生産能を向上させることができる限り、配列番号5のポリヌクレオチドがコードするアミノ酸配列において、1若しくは複数の位置での1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入又は付加等を含む配列を有するタンパク質をコードする変異体又は人為的な改変体であってもよい。ここで、「数個」とは、アミノ酸残基のタンパク質の立体構造における位置や種類によっても異なるが、好ましくは1から20個、より好ましくは1から10個、さらに好ましくは1から5個である。また、このようなアミノ酸の置換、欠失、挿入、付加、又は逆位等には、Ppc遺伝子を保持する微生物の個体差、種の違いに基づく場合等の天然に生じる変異によって生じるものも含まれる。Ppcタンパク質(ペプチド)をコードするポリヌクレオチドとしては、上記特定の配列に対して、少なくとも70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、特に好ましくは97%以上の同一性を有するタンパク質(及びそれをコードするポリヌクレオチド)であり、かつPpc活性(ピルビン酸カルボキシキシラーゼ活性)を有するタンパク質(及びそれをコードするポリヌクレオチド)は、本発明において使用可能であると理解される。
【0049】
Ppc遺伝子を導入する宿主により、遺伝子の縮重性が異なるので、それぞれ導入される宿主で使用しやすいコドンに置換したものでもよい。同様に、Ppc遺伝子は、発現を増強することによりシアノバクテリアの有機酸産生能を向上させる機能を有する限り、N末端側、C末端側が延長したタンパク質、或いは削られているタンパク質をコードする遺伝子でもよい。
【0050】
(酢酸キナーゼ(AK))
本発明において、酢酸キナーゼ(AK)とは、酢酸とアデノシンニリン酸(ADP)の間でリン酸基の転移反応を可逆的に触媒する酵素である。本発明においてAK活性とは、アセチルリン酸から酢酸を生成する反応を触媒する活性をいう。AKを欠失又は発現減少した組換えシアノバクテリアを用いることで、暗黒嫌気性環境下における、酢酸生成が抑制され、代わりにフマル酸及びコハク酸等の有機酸を効率よく生成することが可能となる。
【0051】
AKの活性が親株と比べて抑制されていることの確認は、AK酵素活性を測定すること、又はAKをコードする遺伝子のmRNAの量若しくは発現しているAKタンパク質の量を親株と比較することによって確認できる。酵素活性の減少については、親株と比較して減少していればよいが、例えば親株の10倍以下であることが好ましく、50倍以下であることがより好ましく、100倍以下であることがさらに好ましく、検出限界以下であることが特に好ましい。
【0052】
(培養条件)
光合成微生物培養工程は、光合成微生物が細胞外に有機物を放出するのに適した条件であれば、任意の培養条件下で実施することができるが、典型的には、暗黒嫌気性環境下で実施される。また、使用する光合成微生物や放出させる有機物などに応じて、さらに詳細な培養条件を適宜決定することができる。
【0053】
本発明において、「暗黒」環境とは、光が照射されない状態をいう。また、「嫌気」環境とは、溶液中の溶存酸素濃度を低く抑えた状態をいい、具体的には例えばO濃度が1%以下であることをいう。この嫌気的環境とするために、例えば容器を密閉して無通気で反応させる、窒素ガス(N)等の不活性ガスを供給して反応させる、又はCO含有の不活性ガスを通気する等の方法を用いることができる。
【0054】
光合成微生物培養工程において、培地のpHは、光合成微生物が細胞外に有機物を放出するのに適した任意のpH、例えば、pH5~10、好ましくはpH6~9、より好ましくはpH6~8に調整することができる。pHは、炭酸ナトリウム、重炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、重炭酸カリウム、炭酸マグネシウム、水酸化ナトリウム、水酸化カルシウム、水酸化マグネシウム等を培地に添加することによって、適宜調整することができる。
【0055】
光合成微生物培養工程において、培養の温度条件は、光合成微生物が細胞外に有機物を放出するのに適した任意の温度とすることができる。通常25℃~45℃の範囲であり、30℃~40℃であることが好ましく、35℃~40℃であることがより好ましい。
【0056】
光合成微生物培養工程において、培養時間は、例えば、24時間以上5日以内で行うことができ、好ましくは、3日以上4日以内で行うことができる。
【0057】
(培地)
光合成微生物培養工程における光合成微生物の培養用の培地は、使用する光合成微生物、放出させる有機物等に応じて、適宜選択して使用することができる。例えば、無機培地としてBG-11培地などを使用できる。培養する光合成微生物が微細藻やシアノバクテリアの場合、培養用の培地として、窒素源、無機塩などを含む水溶液を使用できる。具体的には、微細藻やシアノバクテリアに応じて、人工又は天然の海水、あるいは淡水(例えば、蒸留水)を用いることができ、例えば、BG-11培地(J Gen Microbiol 111: 1-61 (1979));HSM培地及びTAP培地(低温科学,67:17-21 (2009))、Cramer-Myers培地(CM培地)等を使用することができる。
【0058】
また、光合成微生物の有機物の生産反応を効率的に行うために、例えば、培地には炭素源として有機原料を添加してもよい。これら培養に用いる有機原料は、光合成微生物が資化して増殖し得るものであれば特に限定されないが、通常、ガラクトース、ラクトース、グルコース、フルクトース、スクロース、サッカロース、デンプン、セルロース等の炭水化物;グリセロール、マンニトール、キシリトール、リビトール等のポリアルコール類等の発酵性糖質が用いられ、目的とする有機物に応じて選択可能であり、一般的な有機原料から選択できる。例えば、グルコース、スクロース、又はフルクトースが好ましく、特にグルコース又はスクロースが好ましい。また、上記発酵性糖質を含有する澱粉糖化液、糖蜜なども使用され、前記発酵性糖質がサトウキビ、甜菜、サトウカエデ等の植物から搾取した糖液であってもよい。これらの有機原料は、単独でも組み合わせても使用できる。培地には炭酸イオン、重炭酸イオン又COを含有させることができる。
【0059】
また、例えば、培地に炭酸イオン、重炭酸イオン及び/又はCOが含有されていることも好ましい。炭酸イオン、重炭酸イオンの濃度は、5~2,000mMであり、10~1,000mMであることが好ましく、20~500mMであることがより好ましく、50mM~400mMであることがさらに好ましく、100mM~300mMであることが特に好ましい。培地への炭酸イオン及び/又は重炭酸イオンの導入は、COの充填や、炭酸ナトリウム、重炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、重炭酸カリウム、炭酸マグネシウムより選択される少なくとも1種の炭酸塩の添加によることができる。COを充填する場合は、飽和状態になるまで充填することができる。COが飽和状態になることで、炭酸イオン濃度は20~2,000mMとなる。
【0060】
光合成微生物を培養する培地には、例えば、HEPES等の緩衝剤を添加することで、培地のpHを安定化させ、有機物の産生効率を向上させることができる。光合成微生物培養工程において、光合成微生物を培養する培地中の緩衝剤の濃度としては、HEPES-KOHを用いた場合、20mM~500mMの範囲であり、50mM~400mMであることが好ましく、100mM~300mMであることがより好ましく、100~200mMであることがさらに好ましい。
【0061】
光合成微生物を培養する培地には、例えば、培地にコーンスティープリカーを含有させることができる。このような培地を使用することで、光合成微生物の有機物の産生効率を増大させることができる。ここで、コーンスティープリカーとは、Corn Steep Liquor(CSL)であり、コーンスターチ(デンプン)の精製方法の一つであるコーンウエットミリングの浸漬工程において、トウモロコシから溶出した可溶性成分と乳酸発酵で生成した成分を含む浸漬液を濃縮した液状のもの、あるいはこれを乾燥させた固形状(粉末状)のものをいう。つまり、トウモロコシから澱粉を抽出した際の残渣に当たる。本発明において使用できるコーンスティープリカーとしては、コーンスティープリカーとして市販されているものであり、有機物の産生効率を増大させることができるものであれば、特に限定されるものではない。使用可能なコーンスティープリカーとしては、例えば、オリエンタル酵母社製、スペクトラムケミカル社製等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0062】
また、コーンスティープリカーは、水に懸濁し、所定の温度(例えば37℃)で所定時間(例えば24時間)インキュベートした後、その上清のみを培地に添加して使用することもできる。また、オートクレーブで滅菌したコーンスティープリカー、又はオートクレーブで滅菌したコーンスティープリカーの上清も本発明に使用できる。なお、本発明において、コーンスティープリカーを含有する培地とは、培地がコーンスティープリカー粉末を含有する場合、及び培地がコーンスティープリカー上清を含有する場合を含む。本発明における培地中のコーンスティープリカーの濃度としては、10mg/L~100g/Lであり、100mg/L~20g/Lであることが好ましく、300mg/L~10g/Lであることがより好ましく、500mg/L~5g/Lであることがさらに好ましく、500mg/L~4g/Lであることが特に好ましい。光合成微生物を、コーンスティープリカーを含有する培地中で培養すると、代謝が促進されることから、使用することが好ましい。通常、コハク酸、フマル酸、リンゴ酸等の生成が促進されると考えられるが、代謝経路の改変により、その他の有機物生成も促進され得る。光合成微生物が微細藻やシアノバクテリアである場合、コーンスティープリカーを含有する培地中で培養すると、特に微細藻やシアノバクテリアによるリンゴ酸及びフマル酸の生成が促進されることから、使用することが好ましい。
【0063】
(培養開始時の細胞密度)
光合成微生物培養工程における光合成微生物培養開始時の細胞密度は、有機物の生産性に影響を与え得る。光合成微生物培養開始時の細胞密度は、一般的に高くすることが好ましく、培地1L当たり4g乾燥細胞重量以上の細胞密度が好ましく、培地1L当たり20g乾燥細胞重量以上がより好ましい。光合成微生物培養開始時の細胞密度の上限としては、培地1L当たり75g乾燥細胞重量以下が好ましく挙げられる。
【0064】
<従属栄養微生物培養工程>
本発明において、従属栄養微生物培養工程は、前述のとおり、従属栄養微生物を培養する工程である。この工程において、従属栄養微生物を、特定の培養条件下で培養することで、従属栄養微生物は、光合成微生物が放出した有機物を代謝し、目的の有用有機物を産出する。
【0065】
ここで、従属栄養微生物は、前述の特定の光合成微生物が生成、放出した有機物を代謝して生育する。そして、その代謝の際、従属栄養微生物は、有用有機物(C4ジカルボン酸などの有機酸、アミノ酸、イソブタノールなどのアルコール類、クマル酸などの芳香族化合物、ジアミン類、ジオール類、ポリヒドロキシアルカン酸などのバイオポリマー)を産出する。本発明のおける従属栄養微生物培養工程は、このように、従属栄養微生物を、光合成微生物が生成、放出した有機物を代謝して生育するように培養し、上記のような有用有機物を産生させる工程である。
【0066】
従属栄養微生物培養工程において、従属栄養微生物は、前述のとおり、光合成微生物が放出した有機物を代謝し、目的の有用有機物を産出するが、このような従属栄養微生物は、目的の有用有機物に応じて適宜選択して使用できる。例えば、本発明において、従属栄養微生物は、C4ジカルボン酸を産出する従属栄養微生物であることが好ましく、コハク酸を産出する従属栄養微生物であることがより好ましい。ここで、当該技術分野において、これら種々の有用有機物を放出する従属栄養微生物がそれぞれ知られており、当該技術分野の技術常識に基づき、発明の目的にそって適切な従属栄養微生物及び培養条件を選択して使用できる。
【0067】
(従属栄養微生物)
本発明において、「従属栄養微生物」とは、自身では直接有機物を生産できず、独立栄養生物により合成される有機物を利用し、従属栄養形式で生育する全ての微生物を意味するが、実際に使用される従属栄養微生物は、前述のとおり、発明の目的にそって選択されて使用される。ここで、従属栄養微生物は、目的の有用有機物産生が有利となるように代謝改変を施した組換え生物であってもよい。なお、本発明において、従属栄養微生物は、1種を単独でも、又は2種以上を組み合わせても使用できる。
【0068】
本発明において、使用される従属栄養微生物は、例えば、目的の有用有機物が、コハク酸である場合、Dcuシステムを有する従属栄養微生物等が挙げられる。
【0069】
Dcuシステムとは、C4-ジカルボン酸取り込みに関わり、アスパラギン酸、リンゴ酸、フマル酸を取り込み、コハク酸を排出する細胞内外交換反応で機能する輸送システムをいう。Dcuシステムを有する従属栄養微生物としては、エンテロバクター属細菌、エシェリヒア属細菌、アクチノバチラス属細菌、シュードモナス属細菌等が挙げられる。中でも、エンテロバクター属細菌、及びエシェリヒア属細菌は、後記実施例のとおり、コハク酸の産生量が多いことから、好ましく使用でき、特にエシェリヒア属細菌を好ましく使用できる。また、エシェリヒア・コリー菌(Escherichia coli)、及びアクチノバチラス・スクシノジーンズ菌(Actinobacillus succinogenes)は、ゲノム配列が既知で遺伝子組み換え系が確立されており、代謝改変が容易という理由で、好ましく使用できる。
【0070】
エンテロバクター属細菌としては、例えば、エンテロバクター・ホルマエケイ(Enterobacter hormaechei)、エンテロバクター・クロアカ(Enterobacter cloacae)、エンテロバクター・コベイ(Enterobacter kobei)等が挙げられる。
【0071】
エシェリヒア属細菌としては、例えば、エシェリヒア・ヘルマニー(Escherichia hermannii)、エシェリヒア・コリー(Escherichia coli)等が挙げられる。
【0072】
アクチノバチラス属細菌としては、例えば、アクチノバチラス・スクシノジーンズ(Actinobacillus succinogenes)、アクチノバチラス・セミニス(Actinobacillus seminis)、アクチノバチラス・ポルシヌス(Actinobacillus porcinus)等が挙げられる。
【0073】
シュードモナス属細菌としては、例えば、シュードモナス・アエルギノーサ(Pseudomonas aeruginosa)、シュードモナス・フルオレッセンス(Pseudomonas fluorescens)等が挙げられる。
【0074】
本発明において、使用される従属栄養微生物は、例えば、目的の有用有機物が、リンゴ酸である場合、ウスチラゴ・トリコフオラ(Ustilago trichophora)、サッカロミセス・セレビジエ(Saccharomyces cerevisiae)、アスパルギラス・ニガー(Aspergillus niger)、アスパルギラス・オリゼ(Aspergillus oryzae)、エシェリヒア・コリー(Escherichia coli)等が挙げられる。
【0075】
本発明において、使用される従属栄養微生物は、例えば、目的の有用有機物が、フマル酸である場合、リゾパス・アリツス(Rhizopus arrhizus)、リゾパス・オリゼ(Rhizopus oryzae)、ラクトバチルス・プランタルム(Lactobacillus plantarum)、エシェリヒア・コリー(Escherichia coli)等が挙げられる。
【0076】
(培養条件)
従属栄養微生物培養工程は、従属栄養微生物が、光合成微生物培養工程において光合成微生物が放出した有機物を代謝し、目的の有用有機物を産出するのに適した条件であれば、任意の培養条件下(明条件、暗黒条件、好気条件、嫌気条件等)で実施することができ、使用する従属栄養微生物や産生させる有用有機物などに応じて、より詳細な条件を適宜決定することができる。従属栄養微生物培養工程は、例えば、嫌気性環境下で行うことができる。また、例えば、光合成微生物培養工程及び従属栄養微生物培養工程が、同じ培地中で同時に行われる場合には、光合成微生物培養工程と同様の培養条件で実施され、典型的には、暗黒嫌気性環境下で実施される。
【0077】
また、従属栄養微生物培養工程は、光気条件で実施してもよく、その場合には、多くの従属栄養微生物が、好気条件下で、光合成微生物培養工程において光合成微生物が放出した有機物(リンゴ酸、コハク酸、フマル酸、乳酸、グリセロール、ギ酸、酢酸、エタノール等)を利用することができ、多種多様な有用有機物を産出できる。
【0078】
本発明では、従属栄養微生物培養工程において、従属栄養微生物が、光合成微生物培養工程において光合成微生物が放出した有機物を代謝すればよく、光合成微生物培養工程及び従属栄養微生物培養工程は、同じ培養条件で行われてもよいし、別々の培養条件で行われてもよい。また、光合成微生物培養工程及び従属栄養微生物培養工程は、同じ培地中で行われてもよいし(すなわち、光合成微生物が含まれる培地中で従属栄養微生物を培養する)、別々の培地中で行われてもよい(すなわち、光合成微生物が含まれない培地中で従属栄養微生物を培養する)。光合成微生物培養工程及び従属栄養微生物培養工程が同じ培地中で行われる場合、例えば、光合成微生物を培養する培養工程の後、同じ培地中で従属栄養微生物を培養する培養工程が行われる。または、光合成微生物を培養する培養工程と従属栄養微生物を培養する培養工程とが同じ培地中で同時に行われる。光合成微生物培養工程及び従属栄養微生物培養工程が別々の培地中で行われる場合、例えば、光合成微生物を培養する培養工程の後、又はその最中に、培地から有機物を回収し、その有機物を含む新しい培地を使用して従属栄養微生物を培養する培養工程が行われる。または、光合成微生物を培養する培養工程の後、又はその最中に、培地から光合成微生物を分離し、その培地を使用して従属栄養微生物を培養する培養工程が行われる。ここで、光合成微生物培養工程及び従属栄養微生物培養工程は、製造プロセスを単純にすることができることから、同じ培地中で行われることが好ましく、同じ培地中で同時に行われることがより好ましい。
【0079】
従属栄養微生物培養工程を、光合成微生物培養工程とは別の培養条件で行う場合、使用する従属栄養微生物や産生させる有用有機物に応じて、より適切な培養条件とすることができる。例えば、pHは中性付近(pH6~9)、温度は25~40度、培養時間は24時間~48時間等の培養条件で培養できる。
【0080】
(培地)
従属栄養微生物培養工程における従属栄養微生物の培養用の培地は、基本的に、光合成微生物の培養用の培地と同じ培地を使用でき、上記のとおり、光合成微生物を培養している培地や、光合成微生物を培養した培地を使用することもできる。ただし、光合成微生物培養工程と従属栄養微生物培養工程とを別々に行う場合、光合成微生物の培養用の培地とは異なる従属栄養微生物の培養用の培地を使用してもよい。この場合、その培地は、使用する従属栄養微生物や産生させる有用有機物などに応じて、適宜選択して使用することができる。例えば、LB培地などの汎用的に用いられる細菌用富栄養培地が使用できる。
【0081】
<光合成工程>
本発明の有用有機物の製造方法は、例えば、光合成微生物を、光独立栄養条件下で培養する光合成工程をさらに含んでもよい。この光合成工程は、光合成微生物を、光独立栄養条件下で培養し、光合成微生物に光合成増殖を行わせる工程である。この工程において、光合成微生物は、光独立栄養条件下での培養により、二酸化炭素や重炭酸塩などを炭素源として炭素固定を行う。前述の光合成微生物培養工程の前に光合成工程を行うことで、光合成微生物は、この光合成微生物培養工程において細胞内に蓄えた有機物を利用して、有機酸を生成、放出することができることから、光合成工程は、光合成微生物培養工程の前に行うことが好ましい。
【0082】
本発明において、「光独立栄養」条件とは、光合成微生物が光合成によってCOと水から糖を作り、これをエネルギー源として成長する状態をいう。光独立栄養時の光照射条件は自然光又は人工光のいずれであってもよく、その光照射の強さは、培地中の光合成微生物密度及び培養槽の深さ等によって、適宜調節することができる。例えば、30~2,000μmol photons m-2 s-1、好ましくは、30~1,000μmol photons m-2 s-1、より好ましくは、50~600μmol photons m-2 s-1の自然光又は人工光が用いられ得る。上記範囲であると、光合成微生物が光合成を行って順調に増殖し得る。上記光照射は、連続的であっても周期的であってもよい。屋外の大規模培養については、コストを最小限にし、かつ人工照明の追加費用を回避するために、明/暗周期を設けてもよい(すなわち、明/暗周期のある太陽光などの自然光を利用してもよい)。
【0083】
光独立栄養条件以外の光合成工程における培養条件や培地は、使用する光合成微生物に応じて、より詳細な条件を適宜決定することができる。典型的には、光合成微生物培養工程における光合成微生物の培養条件や培地と同様の条件でよく、前述の記載を参照できる。
【0084】
<有用有機物回収工程>
本発明の有用有機物の製造方法は、例えば、従属栄養微生物培養工程の後に、有用有機物を回収する有用有機物回収工程をさらに含んでもよい。この有用有機物回収工程は、光合成微生物培養工程及び従属栄養微生物培養工程において産生された有用有機物を回収する工程である。この工程では、必要に応じて、有用有機物を、培養微生物及び/又は培養培地から、従来公知の方法又は今後開発されるあらゆる分離、精製方法により分離、精製することができる。有用有機物を培地から回収する場合、具体的には、限外ろ過膜分離、遠心分離、濃縮等により培養微生物とその産生物とに分離した後、目的の有用有機物をカラム法、晶析法等の公知の方法で精製し、乾燥させる事により、結晶として採取することで回収できる。
【0085】
<半永久サイクルによる有用有機物の製造>
本発明の有用有機物の製造方法は、前述の光合成工程、光合成微生物培養工程、従属栄養微生物培養工程、及び有用有機物回収工程を繰り返すことで、半永久サイクルにより有用有機物を製造できる。本発明には、このような半永久サイクルによる有用有機物の製造方法も含まれる。すなわち、光合成工程において、光合成微生物を光独立栄養条件下で培養することで、光合成微生物は大気中のCOなどを固定化して有機物を合成し、生育・増殖する。次に、光合成微生物培養工程において、光合成微生物を特定の培養条件下(例えば暗黒嫌気性環境下)で培養することで、光合成微生物は細胞外に有機物を放出する。そして、従属栄養微生物培養工程において、従属栄養微生物を特定の培養条件下(例えば嫌気性環境下)で培養することで、従属栄養微生物は前記光合成微生物が放出した有機物を代謝し、目的の有用有機物を産出する。その後、有用有機物回収工程において、産生された有用有機物を培地から回収し、その後、新しい培地に光合成微生物を懸濁し、再び光合成工程、光合成微生物培養工程、従属栄養微生物培養工程、及び有用有機物回収工程を連続的に進めることができる。この半永久サイクルによる有機酸の製造方法によると、効率よく、継続的に、大量の有用有機物を製造することが可能となる。なお、この半永久サイクルによる有用有機物の製造方法においても、前述のとおり、光合成微生物培養工程及び従属栄養微生物培養工程が、同じ培地中で同時に行われることが好ましい。
【0086】
<製造対象の有用有機物>
本発明で製造の対象となる有用有機物(目的の有用有機物)としては、特に限定されるものではないが、C4ジカルボン酸などの有機酸、アミノ酸、イソブタノールなどのアルコール類、クマル酸などの芳香族化合物、ジアミン類、ジオール類、ポリヒドロキシアルカン酸などのバイオポリマー等が挙げられる。有機酸としては、例えば、C4ジカルボン酸、クエン酸等が挙げられる。C4ジカルボン酸としては、例えばコハク酸、フマル酸、リンゴ酸等が挙げられる。アミノ酸としては、例えば、グルタミン酸、チロシン等が挙げられる。アルコール類としては、例えば、イソブタノール、イソプロパノール等が挙げられる。芳香族化合物しては、例えば、クマル酸、フェルラ酸、レスベラトロール、ナリンゲニン等が挙げられる。ジアミン類としては、例えばプトレスシン、カダベリン等が挙げられる。ジオール類としては、例えば、1,4-ブタンジオール、1,3-プロパンジオール等が挙げられる。バイオポリマーとしては、例えば、ポリヒドロキシアルカン酸、ポリ乳酸等が挙げられる。
【0087】
本発明においては、製造対象の有用有機物に応じて、その製造に適切な光合成微生物と従属栄養微生物との組み合わせを選択できる。光合成微生物の種類により、培養中放出される有機物の種類や効率が異なり、従属栄養微生物の種類により、代謝する有機物、産出する有用有機物が異なることから、目的の有用有機物を製造するためには、適切な光合成微生物と従属栄養微生物との組み合わせを選択することが重要である。これら組み合わせは、前述の記載に基づき適宜選択する。
【0088】
このような光合成微生物と従属栄養微生物との組み合わせしては、以下が挙げられる。
【0089】
目的の有用有機物がコハク酸である場合、光合成微生物として、微細藻、シアノバクテリア等(好ましくはシアノバクテリア)を使用し、従属栄養微生物として、Dcuシステムを有する微生物(好ましくはエンテロバクター属細菌、エシェリヒア属細菌)を使用することが好ましい。
【0090】
また、光合成微生物として、嫌気発酵可能な光合成微生物を使用し、従属栄養微生物として、光合成微生物が嫌気発酵で産生する有機物(例えば有機酸、グリセロール等)を炭素源として、有用有機物(例えば、有機酸、アミノ酸、アルコール類、芳香族化合物、ジアミン類、ジオール類、バイオポリマー等)を産生可能な従属栄養微生物を選択して使用することも好ましい。ここで上記従属栄養微生物は、目的の有用有機物産生のために、代謝改変を施した遺伝子組み換え微生物(大腸菌、シュードモナス・プチダ菌、コリネ型細菌、水素酸化細菌、出芽酵母、分裂酵母、ピキア酵母、放線菌、糸状菌など)も好ましく使用できる。例えば、有用有機物がリンゴ酸である場合、光合成微生物として、微細藻類クラミドモナス(Chlamydomonas reinhardtii)を使用し、従属栄養微生物として、ウスチラゴ・トリコフオラ、サッカロミセス・セレビジエ、アスパルギラス・ニガー、アスパルギラス・オリゼ、エシェリヒア・コリー等が使用できる。例えば、有用有機物がフマル酸である場合、光合成微生物として、微細藻類クラミドモナス(Chlamydomonas reinhardtii)を使用し、従属栄養微生物として、リゾパス・アリツス、リゾパス・オリゼ、ラクトバチルス・プランタルム、エシェリヒア・コリー等が使用できる。例えば、有用有機物が芳香族化合物(レスベラトロール、ナリンゲニン等)である場合、光合成微生物として、微細藻類クラミドモナス(Chlamydomonas reinhardtii)を使用し、従属栄養微生物として、代謝改変型のピキア酵母(Kumokita et al., ACS Synth. Biol. 2022, 11, 6, 2098-2107を参照)を使用できる。例えば、有用有機物がバイオポリマー(ポリヒドロキシアルカン酸等)である場合、光合成微生物として、微細藻類クラミドモナス(Chlamydomonas reinhardtii)を使用し、従属栄養微生物として、カプリアビダス・ネカトール(Cupriavidus necator)を使用できる。
【0091】
<単離された微生物>
本発明において使用される微生物は、例えば、単離された微生物であってもよい。本発明において、単離された微生物を使用する場合、例えば、光合成微生物のみについて、単離された微生物を使用してもよいし、従属栄養微生物のみについて、単離された微生物を使用してもよく、あるいは、光合成微生物及び従属栄養微生物の両方について、単離された微生物を使用してもよい。
【0092】
本発明において、微生物に言及するときの「単離された」とは、その微生物の菌株が天然に存在する環境から取り出されたことを意味する。例えば、自然界に混在する微生物の中から1つの菌株を分離培養(純粋培養)することで、単離された微生物を得ることができる。なお、この「単離された」とは、過去に一度でも単離されたことがあることをいう。したがって、本発明では、複数の微生物を一つの培地などにおいて混在させることがあるが、このときの状態の微生物も、過去に分離培養(純粋培養)されていた微生物であれば、単離された微生物ということができる。
【0093】
本発明において、単離された微生物は、例えば、遺伝子組み換えが容易であることにおいて有利である。使用する微生物において代謝改変を設計に基づいて容易に施すことができることから、目的の有用有機物の生産量向上を期待して、種々の代謝改変を試みることが可能である。
【0094】
また、上記のとおり、本発明において、単離された微生物を使用できることから、本発明の有用有機物の製造方法は、例えば、光合成微生物を分離培養(純粋培養)する光合成微生物準備工程、及び/又は従属栄養微生物を分離培養(純粋培養)する従属栄養微生物準備工程をさらに含むことができる。これら工程は、典型的には、それぞれ、光合成微生物及び従属栄養微生物の培養工程の前に行うことができる。また、準備工程で得られた微生物を、それぞれ、光合成微生物及び従属栄養微生物の培養工程において使用できる。
【0095】
[有用有機物製造用組成物]
本発明の第1の有用有機物製造用組成物は、光合成微生物と組み合わせて使用されることを特徴とする、従属栄養微生物を含む、有用有機物製造用組成物である。この第1の有用有機物製造用組成物は、従属栄養微生物を含み、光合成微生物と組み合わせて使用されることを特徴とし、その他の成分、条件等は制限されない。そして、この有用有機物製造用組成物は、前述の本発明の有用有機物の製造方法に記載されたとおり、光合成微生物と従属栄養微生物とを組み合わせていることを特徴とすることから、有用有機物の製造に使用するのに適している。
【0096】
本発明の第2の有用有機物製造用組成物は、光合成微生物と従属栄養微生物とを含む、有用有機物製造用組成物である。この第2の有用有機物製造用組成物は、光合成微生物と従属栄養微生物とを含むことを特徴とし、その他の成分、条件等は制限されない。そして、この有用有機物製造用組成物は、前述の本発明の有用有機物の製造方法に記載されたとおり、光合成微生物と従属栄養微生物とを組み合わせていることを特徴とすることから、有用有機物の製造に使用するのに適している。なお、これら第1及び第2の有用有機物製造用組成物については、前述の本発明の有用有機物の製造方法の説明が援用できる。
【0097】
[有用有機物製造用キット]
本発明の有用有機物製造用キットは、光合成微生物と従属栄養微生物とを含む、有用有機物製造用キットである。この有用有機物製造用キットは、光合成微生物と従属栄養微生物とを含むことを特徴とし、その他の成分、条件等は制限されない。そして、この有用有機物製造用キットは、前述の本発明の有用有機物の製造方法に記載されたとおり、光合成微生物と従属栄養微生物とを組み合わせていることを特徴とすることから、有用有機物の製造に使用するのに適している。なお、この有用有機物製造用キットについては、前述の本発明の有用有機物の製造方法の説明が援用できる。
【0098】
[有用有機物製造用微生物群]
本発明の有用有機物製造用微生物群は、光合成微生物と従属栄養微生物とからなる、有用有機物製造用微生物群である。この有用有機物製造用微生物群は、光合成微生物と従属栄養微生物とからなることを特徴とし、その他の条件等は制限されない。そして、この有用有機物製造用微生物群は、前述の本発明の有用有機物の製造方法に記載されたとおり、光合成微生物と従属栄養微生物とを組み合わせていることを特徴とすることから、有用有機物の製造に使用するのに適している。なお、この有用有機物製造用微生物群については、前述の本発明の有用有機物の製造方法の説明が援用できる。
【実施例0099】
以下の実施例にて本発明を具体的に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。
【0100】
1.材料と方法
1.1.菌株と培養条件
本研究で用いた組換え株は、耐糖性(GT)株であるSynechocystis sp. PCC6803(Williams, J. G. K. Construction of specific mutations in photosystem II photosynthetic reaction center by genetic engineering methods in Synechocystis 6803. Methods Enzymol. 1988, 167, 766-778. DOI: 10.1016/0076-6879(88)67088-1を参照)に基づいて構築した。組換えSynechocystis sp. PCC6803株を、50μg/mLのカナマイシンおよび/または34μg/mLのクロラムフェニコール存在または非存在下で、5mMの塩化アンモニウムおよび0.1MのHEPES-KOH(pH7.8)を含む修正BG11培地に接種した。培養は105~115μmol/m/sの光量子束密度の連続光照射および1%(v/v)CO下において30℃で行った。細胞密度は、750nm(OD750)での光学密度を測定することによって決定した。乾燥細胞重量(DCW)は、濾過によって細胞を採取した後、20mMのNHHCOで洗浄し、凍結乾燥した後に測定した。化学薬品はすべて分析グレードを使用した。
【0101】
1.2.組換え株の構築
Escherichia coli DH5α株(タカラバイオ株式会社)を遺伝子クローニングとプラスミド増幅のための宿主として用いた。Actinobacillus succinogenes pckA遺伝子(ユニプロID:Q6W6X5)を遺伝子合成(ThermoFisher Scientific、マサチューセッツ州ウォルサム)によって取得し、合成した遺伝子をプライマーペアPEPCK-Fw1およびPEPCK-Rv1を用いてPCR増幅した。In-Fusion(登録商標)HDクローニングキット(タカラバイオ株式会社)を使用し、メーカーの指示に従って、増幅されたフラグメントをプラスミドpTCP2031(Osanai, T.; Shirai, T.; Iijima, H.; Nakaya, Y.; Okamoto, M.; Kondo A.; Hirai, M.Y. Genetic manipulation of a metabolic enzyme and a transcriptional regulator increasing succinate excretion from unicellular cyanobacterium. Front Microbiol. 2015, 6, 1064. DOI: 10.3389/fmicb.2015.01064を参照)のNdeI部位にクローニングし、pTCP2031-PEPckを得た。組み込みベクターを構築するために、slr0646の上流領域と下流領域(それぞれ1000bp)を、上流領域にはプライマーペアuslr0646-Fwおよびuslr0646-Rv、下流領域にはプライマーペアdslr0646-Fwおよびdslr0646-Rvを使用して、PCRによって増幅した。増幅したPCR断片を、In-Fusion(登録商標)HDクローニングキットを使用し、プラスミドpSStrc-slr1556(Hasunuma, T.; Matsuda M.; Kondo, A. Improved sugar-free succinate production by Synechocystis sp. PCC 6803 following identification of the limiting steps in glycogen catabolism. Metab. Eng. Commun. 2016, 3, 130-141. DOI: 10.1016/j.meteno.2016.04.003を参照)のMluI/HindIII部位およびEcoRI/XhoI部位にクローニングし、プラスミドpSStrc-0646を得た。pckA遺伝子を、プライマーペアPEPCK-Fw2およびPEPCK-Rv2を用いたPCRで増幅し、得られたフラグメントをpSStrc-0646のNdeI/SalI部位にクローニングし、pSStrc-PEPCKを得た。
【0102】
Synechocystis 6803における特定の遺伝子組み込みまたは破壊の基礎となる原理については、Hidese, R.; Matsuda, M.; Osanai, T.; Hasunuma T.; Kondo, A. Malic enzyme facilitates d-lactate production through increased pyruvate supply during anoxic dark fermentation in Synechocystis sp. PCC 6803. ACS Synth. Biol. 2020, 9, 260-268. doi: 10.1021/acssynbio.9b00281に記載されている。プラスミドpTCP2031-Pepckを用いて、宿主株Synechocystis Ppc-ox(前出のMetab. Eng. Commun. 2016を参照)に遺伝子を組み込み、PCCKを得た。プラスミドpSStrc-PEPckを宿主株Synechocystis Ppc-ox/ΔackA(前出のMetab. Eng. Commun. 2016を参照)に導入し、Synechocystis PCCK-ox/ΔackA株を得た。PCRにより各遺伝子カセットの組み込みを確認した。すべてのプライマー配列を下記表1に示す。
【0103】
【表1】
【0104】
1.3.酵素アッセイ
光独立栄養的に増殖させたシアノバクテリア細胞(4g-DCW/L)を、暗黒無酸素条件下37℃で発酵させた後、以前に記載された方法(前出のMetab. Eng. Commun. 2016を参照)を用いて、発酵細胞の粗抽出物を得た。簡単に説明すると、50mMのリン酸カリウム緩衝液に懸濁させた細胞を超音波処理によって破壊し遠心分離し、得られた上清を粗抽出物として取得した。PEPck活性は、V730-Bio分光光度計(株式会社ジャスコ(日本、東京))を用いて、0.1M Mes(pH6.6)、10mM MgCl2、5.0mM MnCl2、1.0mM DTT、10mMアデノシン二リン酸(ADP)、75mM NaHCO3、0.1mM NADH、20Uリンゴ酸脱水素酵素、および粗抽出物を含む反応混合物中における、NADHの酸化に伴う340nmでの吸光度の変化をモニタリングすることによって測定した(Van der Werf, M. J.; Guettler, M. V.; Jain M. K.; Zeikus, J. G. Environmental and physiological factors affecting the succinate product ratio during carbohydrate fermentation by Actinobacillus sp. 130Z. Arch. Microbiol. 1997, 167, 332-342. DOI: 10.1007/s002030050452.を参照)。ここで、反応は10mMのホスホエノールピルビン酸(PEP)の添加によって開始し、その後、30℃で10分間のインキュベートを行った。ADP非依存的なPEPのカルボキシル化を除外するために、ADP非存在の同じ混合物を対照として使用した。粗抽出物のMDH活性は、30℃で100mMリン酸カリウム緩衝液(pH8.0)、0.1mM NADH、および1mMオキサロ酢酸を含む反応混合物において分析し測定した。タンパク質濃度は、標準曲線生成にウシ血清アルブミンを使用し、ブラッドフォード色素結合アッセイによって決定した(Bradford, M.M. A rapid and sensitive method for the quantitation of microgram quantities of protein utilizing the principle of protein-dye binding. Anal. Biochem. 1976, 72, 248-254. DOI: 10.1006/abio.1976.9999.を参照)。
【0105】
1.4.発酵による有機酸産生
特に記載がない限り、以下のように自己発酵を行った。組換えSynechocystis sp. PCC6803株を、750nmでの光学密度0.1で、光独立栄養条件下、30℃で3日間培養した。培養細胞を100mMまたは300mMのNaHCOを含む0.1MのHEPES-KOH(pH7.8) 10mLに4g-DCW/Lの初期細胞濃度で接種し、暗黒無酸素条件下、37℃で4日間発酵させた(ホイルに包み、100% Nバブリング)。発酵中の細胞外有機酸の蓄積は、Aminex HPX-87Hカラム(Bio-Rad Laboratories,Inc.(米国、カリフォルニア州ハーキュリーズ))およびRID-10A屈折率検出器を備えた高速液体クロマトグラフィー(HPLC)システム(島津製作所(日本、京都))を使用して定量化した。HPLCシステムは、50℃において、0.6mL/分の流速で5mMのHSOを用いて操作した。グリコーゲン濃度は、以前に記載されたように、酵素加水分解によってグリコーゲンから放出されるグルコースを測定することによって決定した(前出のMetab. Eng. Commun. 2016を参照)。収率は、対応するC4ジカルボン酸量と、グルコース消費量および貯蔵細胞内グリコーゲンの酵素加水分解との比として算出した。
【0106】
1.5.細胞内代謝物の解析
各サンプリング時間(6、24、48、72、および96時間)において、発酵培養中のシアノバクテリア細胞の5mgのDCWを、1μmの孔径ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)ディスク(ミリポア、ビレリカ、マサチューセッツ州)を用いてろ過することで取得し、4℃に予冷した20mM(NHCOで直ちに洗浄した。細胞内代謝物を抽出し、以前に記載された方法(前出のMetab. Eng. Commun. 2016を参照)に従ってキャピラリー電気泳動-質量分析(CE-MS)(アジレントG7100;MS、アジレントG6224AA LC/MSD TOF;アジレント・テクノロジー株式会社、カリフォルニア州パロアルト)によって分析した。
【0107】
1.6.発酵用CSL溶液の前処理およびCSL沈降微生物の分離
粉末コーンスティープリカー(CSL)(ソルリス095E、カタログ番号:C42166)をオリエンタル酵母株式会社(日本、大阪)から購入した。その他のCSLは、Spectrum Chemicals Australia(カタログ番号:C3848;Astral Scientific Pty Ltd.(オーストラリア、ニューサウスウェールズ州))及びSigma-Aldrich Co.LLC(カタログ番号:C4648-500G;米国、ミズーリ州セントルイス)から入手した。特に記載のない限り、粉末CSLを純水に懸濁し(濃度は1g/L)、37℃で24時間インキュベートした。上清をCSL懸濁液から遠心分離(20000g、10分)によって取得した。懸濁液をオートクレーブ処理した後、遠心分離することで滅菌CSLを得た。得られた上清5mLを、等量のSynechocystis溶液(NaHCOを含む0.1M HEPES-KOH(pH7.8)、初期細胞濃度8g-DCW/L)と混合した。
【0108】
CSL沈降微生物の分離には、1g/LのCSL懸濁液の上清をLuria-Bertani寒天培地にストリークし、37℃で24時間培養した。LB寒天培地で増殖した各コロニーを任意に採取し、コロニーの形態に基づいてLB液体培地に接種した。分離した微生物の16S rDNAをユニバーサルプライマーセット27F/1492Rを用いたPCRで増幅し、部分的DNA配列をサンガー法で解析した。
27F 5′-AGAGAGTTTGATCCTGCTCAG-3′(配列番号19)
1492R 5′-GGTTACCTTGTTACGTTACGACTT-3′(配列番号20)
【0109】
BLASTガイド検索により同定された関連する3つの株Enterobacter hormaechei(NBRC 105718)、Escherichia hermannii(NBRC 105704)、Acinetobacter radioresistens(NBRC 102413)と、KEIOコレクションのE.coli株BW25113、ノックアウト変異株E.coliΔdcuA、E.coli△dcuBを製品評価技術基盤機構(NITE)生物資源センター(日本)から購入した。各菌株を600nmでの光学密度2.5×10-で懸濁させた滅菌CSL上清5mLを、等量のSynechocystis溶液(NaHCOを含む0.1M HEPES-KOH(pH7.8)、初期細胞濃度8g-DCW/L)と混合した。
【0110】
2.結果
2.1.ホスホエノールピルビン酸カルボキシキナーゼの過剰発現が有機酸産生に及ぼす影響
pckA遺伝子を過剰発現させるために、Synechocystis Ppc-ox株のslr0618遺伝子座に、該遺伝子を相同組換えによって導入した。対照株(CT)を、クロラムフェニコール耐性遺伝子を該遺伝子座に組み込んで作成した(図1)。得られたPCCK株ではPEPck活性が認められたが、Ppc-ox株では認められなかった。得られたPCCK株の自己発酵を、Ppcの基質としてのNaHCOの各濃度(100~500mM)の存在下、37℃、72時間の暗黒無酸素条件で、有機酸分泌を開始させるために行った(図2)。100mMのNaHCOで処理したPCCK株で最も高いコハク酸とフマル酸の産生が観察された。乳酸レベルは、全ての株において用量依存的に増加した。Ppc-ox株の乳酸レベルは、PCCK株およびPpc-ox/CT株の1.5倍以上であったが、クロラムフェニコールの添加が乳酸レベルの低下に寄与していることが示唆された。PCCK株のリンゴ酸(557mg/L)、フマル酸(843mg/L)、コハク酸(368mg/L)の濃度はPpc-ox株よりも定量的に高かったが、酢酸(446mg/L)の濃度はPpc-ox株よりも低かった。PEPckの発現は、100mMのNaHCOでの72時間の発酵により、リンゴ酸とフマル酸の濃度をそれぞれ1.3倍、1.4倍以上増加させた。リンゴ酸とコハク酸の濃度は発酵中に時間依存的に増加したが、フマル酸の濃度は発酵の72時間でピークに達した(図3)。これはおそらく、発酵前の初期グリコーゲン含有量がPpc-ox株とPCCK-ox株の間で同程度(約45%)であったためである。グリコーゲン消費率は互いに同程度であった(72時間後も18%が残存)。全体として、PEPckの発現は、酢酸レベルを低下させて、TCA還元性経路を増強した。
【0111】
2.2.PCCK株のメタボローム解析
組換えSynchocystis 6803の一次代謝に対するPEPckの効果を調べるために、発酵の3、6、24、48、72、および96時間後に細胞内代謝物を分析した。ヘキソース、ペントース、トリオースリン酸、有機酸、およびアセチルCoAのプールサイズは、CE-MS分析を使用してそれぞれのピーク面積を計算することによって得た。PCCK細胞における、ヘキソースリン酸(G1P、G6P、F6P、およびFBP)、ペントースリン酸(Ru5PおよびRuBP)、および他のCalvin-Benson-Bassham中間体(6PGとS7P)のプールサイズは、発酵中のPpc-ox株のプールサイズよりも有意に低かった(図4A)。Ppc-ox株において,トリオースリン酸PEP、2PGA、および3PGAは、発酵の48~96時間に増加し、96時間でピークに達した。また、細胞内フマル酸塩およびリンゴ酸塩は、発酵中PCCK株に蓄積したが、TCA酸化性経路の代謝産物であるイソ-クエン酸塩、クエン酸塩、cis-アコニット酸塩のレベルは0~24時間の発酵中に比較的低かった(図4B)。クエン酸塩は、0~6時間の発酵中にPpc-ox株に一時的に蓄積した。発酵中のPCCK細胞にピルビン酸プールは観察されなかった;しかし、アセチルCoAのプールサイズはPpc-ox株よりも有意に高かった。オキサロ酢酸は、質量分析による存在量の少なさから定量しなかった。PCCK株においてアデノシンリン酸レベルが低いことが観察された。しかし、アデノシン5’-二リン酸(ADP)+ATPに対するATPの比として計算される細胞のエネルギーチャージは、発酵の初期段階(0~6時間)では、PCCK株(3時間で0.46、6時間で0.45)の方がPpc-ox株(3時間で0.62、6時間で0.68)よりも低く、酢酸レベルの低さと関連していたが、発酵の中期と後期(24~96時間)では、互いに同等であった(図4C)。
【0112】
2.3.コーンスティープリカーはC4ジカルボン酸の産生を促進する
PEPckの発現は、還元性TCA経路へのPEP代謝をデボトルネックすることにより、C4ジカルボン酸の産生の改善に寄与した。しかし、高グリコーゲン消費を伴い、C4ジカルボン酸の産生量を高めるには、さらなる改良が必要である。NaHCOの量を増やすことでグリコーゲン消費率を高めることができた。しかし、グリコーゲンからの炭素は、シアノバクテリアのオープンTCAサイクルへの不十分な流入により、乳酸生成に向けられる。栄養素の補給は、TCAサイクルへの炭素の流れを促進し、アミノ酸およびタンパク質の合成を促進すると考えられているが、シアノバクテリア発酵に対する栄養素の補給の影響は研究されていない。栄養補助剤のうち、有機酸、アミノ酸、糖、ミネラル、ビタミンを多く含む「濃縮発酵トウモロコシ抽出物」として一般的に知られるCSLは、その高い栄養価と安価であることにより発酵栄養補助剤として利用されてきた。まず、37℃で処理した非滅菌CSL(生CSL)(ソルリス095E)が、異なる濃度のNaHCOで72時間の組換えSynechocystisによる発酵に及ぼす影響を調べた。CE-MS分析の結果、1g/LのソルリスCSLには主要な有機酸として、乳酸138.3mg/L、グルコン酸11.7mg/L、L-アラニン19.6mg/L、L-ロイシン16.0mg/L、コハク酸6.8mg/Lが含まれていた。図5に示すように、コハク酸の産生量は300mMのNaHCOで最も高かったが、乳酸塩と酢酸塩のレベルは100~400mMのNaHCOで低いままであった。300mMのNaHCOを用いて発酵させた組換えSynechocystis株で産生されたC4ジカルボン酸の経時的な変化は、96時間でコハク酸レベルが1621mg/Lに達することを示した一方、リンゴ酸およびフマル酸は48時間の発酵後には観察されなかった(図6A)。次に、CSL成分は完全に水に可溶化されないことから、有効成分を抽出するための処理温度(30、40、50、60、および80℃)を変えることで、CSL懸濁液を調製する前処理条件について調べた。驚くべきことに、PCCKの自己発酵において、温度依存的にリンゴ酸は増加し、コハク酸は減少した(図7A)。リンゴ酸塩の蓄積は高温で観察された。他の市販CSLを用いた暗所自己発酵においてコハク酸は増加したが、1g/Lの酵母抽出物を試験したところ、リンゴ酸、フマル酸、コハク酸に対する増加効果は認められず(図8)、窒素源の補充がC4ジカルボン酸増加の主な理由ではないことが示された。
【0113】
オートクレーブで滅菌したCSLの存在下で、300mMのNaHCOを用いたPCCK株の自己発酵によるC4ジカルボン酸の産生を分析した。予想通り、PCCK株ではPpc-ox株と比較してリンゴ酸の蓄積が認められたが、PCCK株とPpc-ox株のコハク酸レベルは同程度(図6B)であり、コハク酸産生を促進する未知の有効成分が滅菌中に失われたことが示唆された。Ppc-ox株に比べてPCCK株では酢酸および乳酸の産生が有意に抑制された。リンゴ酸レベルの変化とは対照的に、PCCK株のフマル酸レベルは、滅菌CSLが存在しない場合の100mMのNaHCOを用いたときのフマル酸レベルと同等であった。さらに、Ppc-ox株のグリコーゲン消費率(48時間後で3.07%)はPCCK株(72時間後で3.25%)よりも高かった。これはおそらく、Ppc-ox株におけるエネルギー代謝の最終出力としての乳酸および酢酸の過剰生産を反映している。滅菌CSLの存在下における、PCCK株のオキサロ酢酸のリンゴ酸へのNADH依存性還元を触媒するリンゴ酸デヒドロゲナーゼ(MDH)の活性は、滅菌CSL非存在下(図9A)と同程度であった。
【0114】
2.4.CSL中のコハク酸産生の原因微生物の同定
上記のように、コハク酸産生に寄与するいくつかの有効成分は熱処理の影響を受けやすく、コハク酸産生微生物がCSL懸濁液中に存在する可能性が示唆された。37℃で処理したCSL懸濁液をLB寒天プレートにストリークし、コハク酸増加に寄与する微生物を分離した。37℃のLB寒天プレートに出現した三つのコロニーを16S rDNA分析して関連細菌(図7B)を同定した。BLAST検索の結果、各コロニーは腸内細菌Enterobacter hormaechei、Escherichia hermannii、Acinetobacter radioresistensに密接に関連するそれぞれの菌株に由来し、類似度スコアは99%以上であった。次に、公的生物資源機構(独立行政法人製品評価技術基盤機構生物資源センター)が配布する標準微生物の添加が、滅菌CSLを用いたSynechocystis発酵に及ぼす影響を調べた(図10)。E.hormaecheiのコハク酸生産への寄与(814mg/L)に加え、E.hermanniiの添加が、リンゴ酸およびフマル酸を産生せず、コハク酸生産(1410mg/L)に最も効果的であり、E.hormaecheiを含む生CSL中のいくつかの微生物株がコハク酸生産(1788mg/L)に寄与していることを示唆した。A.radioresistensの添加はコハク酸産生だけでなくリンゴ酸およびフマル酸の消費にも効果がなかった。また、滅菌CSLが存在しない場合(菌のみの添加)にも同様の傾向がみられた(図11)。すなわち、シアノバクテリアよって排出されたリンゴ酸やフマル酸は、E.hormaechei及びE.hermanniiによって消費され、コハク酸生産量を増加することが示唆された。
【0115】
E.coli K-12は、発酵条件下でフマル酸/コハク酸対向輸送システムDcuABCの作用を介してリンゴ酸またはフマル酸をコハク酸に異化できることが報告されている。本研究では、E.coli K-12 BW25113をSynechocystis発酵に加えると、E.hermanniiの場合と同様にコハク酸が産生された(図10)。一方、リンゴ酸およびフマル酸の取り込みにおいて、DcuABC複合体の構成要素として主要な役割を果たすDcuBタンパク質をコードするdcuB遺伝子のE.coliにおける欠失は、コハク酸レベルの低下をもたらした。しかし、リンゴ酸およびフマル酸は完全に消失せず、菌株を添加しないで滅菌CSLを用いた場合の約1/5または1/20は残留し、リンゴ酸およびフマル酸の取り込み能力が部分的に損なわれていることが示された。
【0116】
2.5.C4ジカルボン酸製造のための高密度発酵の評価
これまでの報告では、Synechocystis細胞の初期濃度がコハク酸の力価を増加させるために重要であることが明確に示されている。しかし、通常、初期濃度が高くなるにつれて、酢酸レベルが増加する。Synechocystis株の高密度発酵に先立ち、Ppc-ox株において酢酸キナーゼをコードする内因性ackA(sll1299)の欠失を遺伝的背景に持つPpc-ox/ΔackA株のslr0646遺伝子座にpckA遺伝子を導入した。構築されたPEPck過剰発現系は、Ptrcによって制御され、PpsbA2よりも高い転写活性を示す。PCCK-ox/ΔackA細胞のPEPck活性はPCCK細胞の約3.5倍高かった(図9B)。次に、異なる初期細胞濃度(4、10、20g乾燥細胞重量/L)で、滅菌CSLまたは生CSLの存在下、72時間の発酵後のPCCK-ox/ΔackA細胞およびPCCK細胞におけるC4ジカルボン酸、乳酸および酢酸の産生量を評価した(図12)。予想されたように、ackAの欠失は、任意の初期細胞濃度において、酢酸塩濃度の有意な減少をもたらした。そして、代わりに、フマル酸塩(2286mg/L)またはコハク酸塩(5639mg/L)は、それぞれ、PCCK-ox/ΔackAの20gDCW/Lで滅菌CSLまたは生CSLを用いたときにピークに達した。滅菌CSLでは、リンゴ酸濃度は、両系統間で非常に類似していた(約3100mg/L)。生CSL存在下での発酵では、CSL沈降微生物の発酵作用により、リンゴ酸とフマル酸は観察されなかった。
【産業上の利用可能性】
【0117】
本発明によれば、目的の有用有機物(有機酸など)の産生量や収率に優れる、光合成微生物を利用した有用有機物の製造法方法を提供することができる。
図1A
図1B
図2
図3
図4A
図4B
図4C
図5
図6A
図6B
図7
図8
図9
図10
図11
図12
【配列表】
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