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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024072443
(43)【公開日】2024-05-28
(54)【発明の名称】歯車及び歯車の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240521BHJP
   C21D 1/10 20060101ALI20240521BHJP
   C21D 9/32 20060101ALI20240521BHJP
   C21D 1/42 20060101ALI20240521BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20240521BHJP
   C21D 7/06 20060101ALN20240521BHJP
   C21D 8/06 20060101ALN20240521BHJP
【FI】
C22C38/00 301Z
C21D1/10 A
C21D9/32 A
C21D1/42 M
C22C38/60
C21D7/06 A
C21D8/06 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022183263
(22)【出願日】2022-11-16
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】390029089
【氏名又は名称】高周波熱錬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】志賀 聡
(72)【発明者】
【氏名】宮西 慶
(72)【発明者】
【氏名】塚原 真宏
(72)【発明者】
【氏名】井戸原 修
(72)【発明者】
【氏名】三阪 佳孝
【テーマコード(参考)】
4K032
4K042
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA02
4K032AA06
4K032AA07
4K032AA08
4K032AA12
4K032AA14
4K032AA16
4K032AA19
4K032AA21
4K032AA22
4K032AA23
4K032AA26
4K032AA27
4K032AA29
4K032AA31
4K032AA32
4K032AA35
4K032AA36
4K032BA02
4K032CA03
4K032CD05
4K032CF01
4K032CF03
4K042AA18
4K042BA03
4K042BA04
4K042BA05
4K042CA02
4K042CA03
4K042CA05
4K042CA06
4K042CA08
4K042CA09
4K042CA10
4K042CA12
4K042CA13
4K042DA01
4K042DA02
4K042DB01
4K042DC01
4K042DC02
4K042DC03
4K042DC05
4K042DD02
4K042DD04
4K042DE02
4K042DE03
4K042DE06
(57)【要約】
【課題】曲げ疲労強度および面疲労強度に優れる歯車を提供する。
【解決手段】C、Si、Mn、Cr、S、Al、P、Nを含有し、残部:Fe及び不純物からなる鋼よりなり、最表面から50μm深さの位置における表層硬さが620~850HV0.1の範囲であり、表面から50μm深さの位置における旧オーステナイト粒の平均径が5.0μm以下、JIS G 0551:2020で規定する混粒が存在せず、最表面から50μm深さまでの領域に含まれる鉄炭化物の平均円相当径が0.10~1.0μmであり、鉄炭化物の円相当径が5.0μm以下であり、面積率が10%以上であり、最表面から内部に向かって0.1mm間隔でビッカース硬さを測定した場合の硬さ分布が極小値を持ち、極小値を示す深さが0.3~3.0mmの範囲内にある、歯車を採用する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学成分が、質量%で、
C :0.75%超~1.25%、
Si:0.80~2.00%、
Mn:0.50~2.00%、
Cr:1.00~2.00%、
S :0.001~0.050%、
Al:0.001~0.200%、
P :0.050%以下、
N :0.020%以下、および
O :0.0030%以下を含有し、
残部:Fe及び不純物からなる鋼よりなり、
前記鋼の最表面から50μm深さの位置における表層硬さが620~850HV0.1の範囲内であり、
前記最表面から50μm深さの位置における旧オーステナイト粒の平均径が5.0μm以下、かつJIS G 0551:2020で規定する混粒が存在せず、
前記最表面から50μm深さまでの領域に含まれる鉄炭化物の平均円相当径が0.10~1.00μmであり、鉄炭化物の円相当径が5.0μm以下であり、面積率が10%以上であり、
前記鋼の最表面から内部に向かって0.1mm間隔でビッカース硬さを測定した場合の硬さ分布が極小値を持ち、極小値を示す深さが0.3~3.0mmの範囲内にある、歯車。
【請求項2】
化学成分が、質量%で、
C :0.75%超~1.25%、
Si:0.80~2.00%、
Mn:0.50~2.00%、
Cr:1.00~2.00%、
S :0.001~0.050%、
Al:0.001~0.200%、
P :0.050%以下、
N :0.020%以下、および
O :0.0030%以下を含有し、
さらに下記A群、B群、およびC群からなる群から選択される1種又は2種以上を含有し、
残部:Fe及び不純物からなる鋼よりなり、
前記鋼の最表面から50μm深さの位置における表層硬さが620~850HV0.1の範囲内であり、
前記最表面から50μm深さの位置における旧オーステナイト粒の平均径が5.0μm以下、かつJIS G 0551:2020で規定する混粒が存在せず、
前記最表面から50μm深さまでの領域に含まれる鉄炭化物の平均円相当径が0.10~1.00μmであり、鉄炭化物の円相当径が5.0μm以下であり、面積率が10%以上であり、
前記鋼の最表面から内部に向かって0.1mm間隔でビッカース硬さを測定した場合の硬さ分布が極小値を持ち、極小値を示す深さが0.3~3.0mmの範囲内にある、歯車。
[A群]
Mo:0.20%以下、
B :0.0050%以下、
Ni:1.0%以下
Cu:0.40%以下、
からなる群から選択される1種または2種以上
[B群]
Ti:0.050%以下、
V :0.35%以下、
Nb:0.050%以下、
からなる群から選択される1種または2種以上
[C群]
Ca:0.0050%以下、
Mg:0.0050%以下、
Sn:0.100%以下、
からなる群から選択される1種または2種以上
【請求項3】
質量%で、前記A群を含有する化学成分を有する請求項2に記載の歯車。
【請求項4】
質量%で、前記B群を含有する化学成分を有する請求項2に記載の歯車。
【請求項5】
質量%で、前記C群を含有する化学成分を有する請求項2に記載の歯車。
【請求項6】
前記硬さ分布の極小値である内部硬さが300~550HV0.3の範囲内である、請求項1乃至請求項5のいずれか一項に記載の歯車。
【請求項7】
C :0.75%超~1.25%、
Si:0.80~2.00%、
Mn:0.50~2.00%、
Cr:1.00~2.00%、
S :0.001~0.050%、
Al:0.001~0.200%、
P :0.050%以下、
N :0.020%以下、および
O :0.0030%以下を含有し、
残部:Fe及び不純物からなる鋼に
成形加工を施し歯車素材とした後、最表面から0.3~3.0mm深さまでの領域を焼入領域にするにあたり、前記歯車素材に対し、高周波焼入れによる2回の熱処理を行う歯車の製造方法であって、
表面温度がAe変態点以上またはAecm変態点以上1200℃未満の温度となるように高周波誘導加熱により加熱した後、100℃以下まで急冷して焼入れする第1熱処理工程と、
表面温度Tが550~750℃になるまで、通電時間tを1.0~64秒として高周波誘導加熱により加熱した後に、加熱電力を停止した状態で1.0秒以上放冷する予備加熱を行い、次いで、高周波誘導加熱により、前記最表面から前記焼入領域とすべき深さまでの領域をAe変態点以上またはAecm変態点以上の温度にする本加熱を行った後、100℃以下まで急冷して焼入れする第2熱処理工程と、を順に行う歯車の製造方法。
【請求項8】
化学成分が、質量%で、
C :0.75%超~1.25%、
Si:0.80~2.00%、
Mn:0.50~2.00%、
Cr:1.00~2.00%、
S :0.001~0.050%、
Al:0.001~0.200%、
P :0.050%以下、
N :0.020%以下、および
O :0.0030%以下を含有し、
さらに下記A群、B群、およびC群からなる群から選択される1種又は2種以上を含有し、残部:Fe及び不純物からなる鋼よりなる鋼を用いる、請求項7に記載の歯車の製造方法。
[A群]
Mo:0.20%以下、
B :0.0050%以下、
Ni:1.0%以下、
Cu:0.40%以下、
からなる群から選択される1種または2種以上
[B群]
Ti:0.050%以下、
V :0.35%以下、
Nb:0.050%以下、
からなる群から選択される1種または2種以上
[C群]
Ca:0.0050%以下、
Mg:0.0050%以下、
Sn:0.100%以下、
からなる群から選択される1種または2種以上
【請求項9】
質量%で、前記A群を含有する化学成分を有する鋼を用いる請求項8に記載の歯車の製造方法。
【請求項10】
質量%で、前記B群を含有する化学成分を有する鋼を用いる請求項8に記載の歯車の製造方法。
【請求項11】
質量%で、前記C群を含有する化学成分を有する鋼を用いる請求項8に記載の歯車の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は歯車及び歯車の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車、建機、農機、発電用風車、その他の産業機械等に使用されている動力伝達用の歯車は、熱間鍛造、冷間鍛造、切削などを組み合わせて所定の形状に加工した後、表面硬化熱処理が行われる。この表面硬化熱処理は、曲げ疲労強度、転動疲労強度、ピッチング強度などの各種疲労強度や、耐摩耗性などの歯車としての重要な特性を向上させるために行われる。近年、環境問題から歯車に対する小型化、軽量化、高強度化への要求が強く、また、歯車の曲げ疲労強度および面疲労強度の向上が望まれている。
【0003】
歯車の表面硬化熱処理としては、浸炭、浸炭窒化や高周波焼入れなどが代表的であり、歯車には浸炭が最も多く適用されている。一方、近年、高周波焼入れは、熱処理時間が短く生産性の向上に有利であることや、COの排出が少なく環境に優しいなどの利点があるため、低コスト化や環境対応の観点から、浸炭に代わる表面硬化熱処理として特に注目を集めている。
【0004】
ところで、歯車の面疲労強度は、300℃で焼戻した場合の硬さと強く相関を持つことが知られている。表面硬化処理として浸炭焼き入れされた歯車は、表層の炭素量が高くなり、表層の硬さが向上する。これにより、300℃の焼戻し硬さも高くなる。さらに、表層硬さを高めるために、たとえば炭素濃度が1.5~3.0%程度の高濃度になるように浸炭を行うことで、表層に炭化物を分散させて表層硬さをより高める試みもされている。しかしながら、表層に炭化物を分散させると、高い表層硬さを実現できる一方で、粗大な炭化物が起点となって、面疲労強度及び曲げ疲労強度が低下する場合がある。
【0005】
この課題を解決する手段として、これまでに種々の方法が提案されている。
例えば特許文献1には、C:0.45%~0.75%、V:0.05~0.35%を含有する鋼を用いて、2回にわたる高周波焼入れを行うことにより、高い内部高さと、面疲労強度とを兼ね備えた高周波焼入れ歯車が記載されている。しかし、特許文献1に記載された技術は、面疲労強度および曲げ疲労強度に更なる向上の余地がある。
【0006】
特許文献2には、球状炭化物を含む組織を規定することで、表層及び芯部硬さを歯車として必要な水準とした高周波焼入れ用鋼材が提案されている。特許文献2は、特許文献1と同様に、表層に硬質な炭化物が分散していないため、耐摩耗性について更なる改善の余地がある。さらに、歯車として必要な曲げ疲労強度や面疲労強度についても向上の余地がある。
【0007】
特許文献3には、円相当径0.10~0.30μmの鉄系炭化物の存在密度を0.25個/μm以上、0.80個/μm以下とすることで、面疲労強度を向上する技術が提案されている。しかしながら、特許文献3における微細な鉄系炭化物は、結晶粒微細化に寄与するものであり、耐摩耗性を向上するサイズの炭化物ではないため、さらなる面疲労強度向上の余地がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2015-175023号公報
【特許文献2】特開平10-183296号公報
【特許文献3】特許第6551225号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は上記の実情を鑑み、曲げ疲労強度および面疲労強度に優れる歯車及びその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らが上記課題を解決するために鋭意検討し、以下に示す本発明を完成させた。
[1] 化学成分が、質量%で、
C :0.75%超~1.25%、
Si:0.80~2.00%、
Mn:0.50~2.00%、
Cr:1.00~2.00%、
S :0.001~0.050%、
Al:0.001~0.200%、
P :0.050%以下、
N :0.020%以下、および
O :0.0030%以下を含有し、
残部:Fe及び不純物からなる鋼よりなり、
前記鋼の最表面から50μm深さの位置における表層硬さが620~850HV0.1の範囲内であり、
前記最表面から50μm深さの位置における旧オーステナイト粒の平均径が5.0μm以下、かつJIS G 0551:2020で規定する混粒が存在せず、
前記最表面から50μm深さまでの領域に含まれる鉄炭化物の平均円相当径が0.10~1.00μmであり、鉄炭化物の円相当径が5.0μm以下であり、面積率が10%以上であり、
前記鋼の最表面から内部に向かって0.1mm間隔でビッカース硬さを測定した場合の硬さ分布が極小値を持ち、極小値を示す深さが0.3~3.0mmの範囲内にある、歯車。
[2] 化学成分が、質量%で、
C :0.75%超~1.25%、
Si:0.80~2.00%、
Mn:0.50~2.00%、
Cr:1.00~2.00%、
S :0.001~0.050%、
Al:0.001~0.200%、
P :0.050%以下、
N :0.020%以下、および
O :0.0030%以下を含有し、
さらに下記A群、B群、およびC群からなる群から選択される1種又は2種以上を含有し、
残部:Fe及び不純物からなる鋼よりなり、
前記鋼の最表面から50μm深さの位置における表層硬さがHV620~850HV0.1の範囲内であり、
前記最表面から50μm深さの位置における旧オーステナイト粒の平均径が5.0μm以下、かつJIS G 0551:2020で規定する混粒が存在せず、
前記最表面から50μm深さまでの領域に含まれる鉄炭化物の平均円相当径が0.10~1.00μmであり、鉄炭化物の円相当径が5.0μm以下であり、面積率が10%以上であり、
前記鋼の最表面から内部に向かって0.1mm間隔でビッカース硬さを測定した場合の硬さ分布が極小値を持ち、極小値を示す深さが0.3~3.0mmの範囲内にある、歯車。
[A群]
Mo:0.20%以下、
B :0.0050%以下、
Ni:1.0%以下、
Cu:0.40%以下、
からなる群から選択される1種または2種以上。
[B群]
Ti:0.050%以下、
V :0.35%以下、
Nb:0.050%以下、
からなる群から選択される1種または2種以上。
[C群]
Ca:0.0050%以下、
Mg:0.0050%以下、
Sn:0.100%以下、
からなる群から選択される1種または2種以上。
[3] 質量%で、前記A群を含有する化学成分を有する[2]に記載の歯車。
[4] 質量%で、前記B群を含有する化学成分を有する[2]に記載の歯車。
[5] 質量%で、前記C群を含有する化学成分を有する[2]に記載の歯車。
[6] 前記硬さ分布の極小値である内部硬さが300~550HV0.3の範囲内である、[1]乃至[5]のいずれか一項に記載の歯車。
[7]C :0.75%超~1.25%、
Si:0.80~2.00%、
Mn:0.50~2.00%、
Cr:1.00~2.00%、
S :0.001~0.050%、
Al:0.001~0.200%、
P :0.050%以下、
N :0.020%以下、および
O :0.0030%以下を含有し、
残部:Fe及び不純物からなる鋼に
成形加工を施し歯車素材とした後、最表面から0.3~3.0mm深さまでの領域を焼入領域にするにあたり、前記歯車素材に対し、高周波焼入れによる2回の熱処理を行う歯車の製造方法であって、
表面温度がAe変態点以上またはAecm変態点以上1200℃未満の温度となるように高周波誘導加熱により加熱した後、100℃以下まで急冷して焼入れする第1熱処理工程と、
表面温度Tが550~750℃になるまで、通電時間tを1.0~64秒として高周波誘導加熱により加熱した後に、加熱電力を停止した状態で1.0秒以上放冷する予備加熱を行い、次いで、高周波誘導加熱により、前記最表面から前記焼入領域とすべき深さまでの領域をAe変態点以上またはAem変態点以上の温度にする本加熱を行った後、100℃以下まで急冷して焼入れする第2熱処理工程と、を順に行う歯車の製造方法。
[8] 化学成分が、質量%で、
C :0.75%超~1.25%、
Si:0.80~2.00%、
Mn:0.50~2.00%、
Cr:1.00~2.00%、
S :0.001~0.050%、
Al:0.001~0.200%、
P :0.050%以下、
N :0.020%以下、および
O :0.0030%以下を含有し、
さらに下記A群、B群、およびC群からなる群から選択される1種又は2種以上を含有し、残部:Fe及び不純物からなる鋼よりなる鋼を用いる、請求項7に記載の歯車の製造方法。
[A群]
Mo:0.20%以下、
B :0.0050%以下、
Ni:1.0%以下、
Cu:0.40%以下、
からなる群から選択される1種または2種以上。
[B群]
Ti:0.050%以下、
V :0.35%以下、
Nb:0.050%以下、
からなる群から選択される1種または2種以上。
[C群]
Ca:0.0050%以下、
Mg:0.0050%以下、
Sn:0.100%以下、
からなる群から選択される1種または2種以上。
[9] 質量%で、前記A群を含有する化学成分を有する鋼を用いる[8]に記載の歯車の製造方法。
[10] 質量%で、前記B群を含有する化学成分を有する鋼を用いる[8]に記載の歯車の製造方法。
[11] 質量%で、前記C群を含有する化学成分を有する鋼を用いる[8]に記載の歯車の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、曲げ疲労強度および面疲労強度に優れる歯車及びその製造方法を提供できる。これにより浸炭を代替する高疲労強度の歯車を製造することができ、歯車の小型化、軽量化や、その製造時における生産性の向上や、COの排出低減に貢献することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、本発明における「焼入れ領域の深さ」の測定箇所を説明するための、歯車の概略断面図である。
図2図2は、本発明の高周波加熱における鋼材表面の熱サイクルを説明するための模式図である。
図3図3は、実施例におけるローラーピッチング試験片を示す模式図である。
図4図4は、実施例における小野式回転曲げ試験片を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
歯車の面疲労強度は、300℃で焼戻した場合の鋼の表面硬さと強く相関を持つことが知られている。そのため、鋼よりなる歯車の表面硬さを高めることで、面疲労強度に優れた歯車を得ることが可能とされる。鋼の表面硬さを向上させる手段としては、浸炭や高周波焼入れ等の表面硬化処理を用いて、表面に微細な鉄炭化物を分散させることが挙げられる。浸炭焼入れにより鉄炭化物を微細分散する処理を行うと、浸炭処理時間が長時間となりコストが嵩むうえ、焼入れ後に大きくひずむことが懸念される。一方、表層に微細な炭化物を分散させるためには0.75%超の炭素量が必要となる。炭素量が0.75%超の鋼に高周波焼入れを施すと鉄炭化物が粗大化する場合がある。粗大化した鉄炭化物は、疲労破壊の起点となって曲げ疲労強度を低下させる。このように、従来は、歯車の面疲労強度と曲げ疲労強度の両方を改善することが困難であった。
【0014】
そこで、本発明者らが検討したところ、表面硬化処理として、二段階の高周波焼入れを行い、かつ、二段階目の焼入れにおいて予備加熱と本加熱を行うことにより、0.75%超の高炭素量の鋼であっても、鋼の表層に、非常に微細で数多くの鉄炭化物を含む焼入組織を形成することが可能になることを見出し、本発明を完成させた。
【0015】
本発明に係る歯車は、表層に焼入領域を有するものであって、鋼の炭素量を高めて焼入領域を高硬度化することで面疲労強度が向上され、また、鋼の表層において微細な鉄炭化物を多数分散されることで、曲げ疲労強度が向上されたものとなる。以下、本発明の実施形態である歯車およびその製造方法を説明する。
【0016】
[歯車]
本発明の一態様に係る歯車は、以下説明する所定の成分組成(化学成分)からなる鋼よりなり、鋼の最表面から50μm深さの位置における硬さが620~850HV0.1の範囲内であり、最表面から50μm深さの位置における旧オーステナイト粒の平均径が5.0μm以下、かつJIS G 0551:2020で規定する混粒が存在せず、最表面から50μm深さまでの領域に含まれる鉄炭化物の平均円相当径が0.10~1.00μmであり、鉄炭化物の円相当径が5.0μm以下であり、面積率が10%以上であり、鋼の最表面から内部に向かって0.1mm間隔でビッカース硬さを測定した場合の硬さ分布が極小値を持ち、極小値を示す深さが0.3~3.0mmの範囲内にある歯車である。
【0017】
これらの限定の理由を以下に説明する。なお、本発明の歯車の例としては、自動車、建機・農機、発電用風車、その他の産業機械等に使用されているものが挙げられる。
【0018】
[鋼の成分組成]
まず本実施形態に係る高周波焼入れ歯車の素材である鋼の成分組成を限定する理由について説明する。以下、「%」は、「質量%」を意味する。
【0019】
C:0.75%超、1.25%以下
Cは、鋼の強度と、高周波焼入れ後の表面硬さを確保するために重要な元素である。Cの含有量が0.75%以下であると、上記の効果が得られず、一方、Cの含有量が1.25%を超えると、鋼の靭性が劣化し、さらに素材硬さの上昇を通じて部品(歯車)の切削や鍛造等の加工を行うときの加工性も顕著に劣化する。このため、C量は、0.75%超、1.25%以下とする。上記の含有効果を安定的に得るためには、C量は、0.80~1.25%がよく、1.00~1.20%でもよい。
【0020】
Si:0.80~2.00%
Siは、焼戻し時に析出するε炭化物から比較的粗大なセメンタイトへの遷移を抑制して、低温焼戻しマルテンサイト鋼の焼戻し軟化抵抗を顕著に増加する。これによって鋼の面疲労強度が向上する。この効果を得るために、Si量を0.80%以上にする必要がある。一方、Si量が2.00%を超えると、焼戻し軟化抵抗の増加の効果が飽和するばかりでなく、素材硬さの上昇を通じて部品の切削・鍛造等の加工を行うときの加工性が顕著に劣化する。また、Siはフェライトを安定化するため、2.00%を超えて含有させると高周波焼入れ後にフェライトが残留して、均一なマルテンサイト組織が得られなくなる場合がある。その結果として、焼入領域の硬さが不足する。従って、Si量を0.80~2.00%の範囲にする。Si量の好適な範囲は1.10~1.50%である。
【0021】
Mn:0.50~2.00%
Mnは、鋼の焼入性を高める効果があるので、高周波焼入れ時にマルテンサイト組織を得るために有効である。この効果を得るために、Mn量は0.50%以上にする。一方、Mn量が2.00%を超えると、素材硬さの上昇を通じて部品の切削・鍛造等の加工を行うときの加工性が顕著に劣化する。従って、Mn量を0.50~2.00%の範囲にする。好ましくは0.60~1.50%である。
【0022】
Cr:1.00~2.00%
Crは、焼入れ性を向上すると共に、セメンタイト中に濃化し安定化させる効果がある。Cr量が1.00%未満だと、第1熱処理段階で多くのセメンタイトが固溶し、焼入後鉄炭化物を残存させることが出来ない。一方、Cr量が2.00%を超えると、Crがセメンタイト中に濃化して安定化することによって、高周波焼入れ時の炭化物のオーステナイトへの溶け込みを阻害し、粗大またはアスペクト比の大きいセメンタイトが残存する。よって、Cr量を1.00~2.00%とする。好ましくは1.20~1.80%である。
【0023】
S:0.001~0.050%
Sは、Mnと結合してMnSを形成して、被削性を向上させる効果を持つ。この効果は、S量を増加するほど向上する。この効果を得るために、S量は0.001%以上とする。一方、S量が0.050%を超えると、MnSが疲労亀裂の伝播経路となることによって、歯車の疲労強度や靭性が低下する。従って、S量は0.001~0.050%の範囲にする。S量の好適な範囲は0.010~0.030%である。
【0024】
Al:0.001~0.200%
Alは鋼の脱酸に有効な元素である。しかし、Al量が0.200%を超えるとその効果は飽和し、むしろ成分コストの増大を招く。したがって、Al量は0.200%以下とする。なお、上記のAlの効果はその量が0.001%未満であると発現しない。よって、Al量は0.001%以上とする。Al量の好適な範囲は0.010~0.150%である。
【0025】
P:0.050%以下
Pは、不純物であり、オーステナイト粒界に偏析して、旧オーステナイト粒界を脆化させることによって粒界割れの原因となるので、できるだけ低減することが望ましい。このため、P量を0.050%以下の範囲に制限する。特にP量の下限は無いが、P量を0.001%未満に制限するには過剰なコストがかかる。したがって、P量の下限は0.001%以上でもよい。P量の好適な範囲は0.001~0.020%である。
【0026】
N:0.020%以下
Nは、鋼中でAlやVなどと結合して炭窒化物を形成し、オーステナイト結晶粒界をピンニングすることによって粒成長を抑制し、組織の粗大化を防止する働きがある。この効果を確実に得るには、0.001%以上の含有が好ましい。一方、N量が過剰になると、1000℃以上の高温域における延性が低下し、連続鋳造、圧延時の歩留まり低下の原因になる。このため、N量を0.020%以下に制限する必要がある。よって、N量は0.020%以下とする。N量の好適な範囲は0.003~0.010%であり、さらに好ましくは0.004~0.006%である。
【0027】
O:0.0030%以下
酸素(O)は、不純物として鋼に含有され、脆性破壊の原因となる硬い酸化物系介在物を形成しやすい元素である。脆性破壊を防止するため、Oは、0.0030%以下とする。O含有量の好ましい上限は0.0020%以下である。O含有量はなるべく低い方が好ましい。例えば0%でもよい。一方、精錬コストの抑制のために、O含有量の下限値を0.0001%以上、または0.0005%以上としてもよい。
【0028】
以上の成分組成に加え、下記A群、B群、およびC群からなる群から選択される1種又は2種以上を含有させると、さらなる疲労強度、靭性の向上に効果的である。
【0029】
[A群]Mo:0.20%以下、B:0.0050%以下、Ni:1.0%以下、Cu:0.40%以下、からなる群から選択される1種または2種以上。
[B群]Ti:0.050%以下、V:0.35%以下、Nb:0.050%以下、からなる群から選択される1種または2種以上。
[C群]Ca:0.0050%以下、Mg:0.0050%以下、Sn:0.100%以下、からなる群から選択される1種または2種以上。
【0030】
[A群]
Mo:0.20%以下(0%を含まない)
Moは、必要に応じて含有可能な任意成分である。Moは鋼の焼入性を高める効果があるので、高周波焼入れ時にマルテンサイト組織を得るために有効な元素である。この効果を得るために、Mo量を0.20%以下にしてもよい。一方、Mo量が0.20%超になるとコストが過大となるとともに、素材硬さの上昇を通じて部品の切削・鍛造等の加工を行うときの加工性が顕著に劣化するため、工業生産上望ましくない。従ってMoを含有させる場合、Mo量を0.20%以下の範囲にする。Mo量の好適な範囲は0.01~0.15%または0.01~0.10%である。また、特に切削・鍛造時の加工性を少しでも劣化させずに、できるだけ焼入れ性を高めたいという場合は、Moを微量に含有させることが好ましい。すなわち、Mo量を0.05%未満の範囲にすれば、素材硬さの上昇による加工性の低下は実質上無視できるほど小さなものとなり、なおかつ明確な焼入れ性向上効果も得られる。この理由は、Moは少量の含有でも比較的大きな焼入れ性向上効果を示す元素であるからである。特にBを複合含有すれば、微量の含有でも焼入れ性向上効果に対して大きな複合添加効果が得られる。
【0031】
B:0.0050%以下(0%を含まない)
Bは、必要に応じて含有可能な任意成分である。Bはオーステナイト中に固溶している状態において、微量で鋼の焼入性を大きく高める効果があるため、高周波焼入れ時にマルテンサイト組織を得るために有効な元素である。この効果を得るために、本発明では、0.0005%以上のBを含有してもよい。一方、0.0050%超のBを含有しても効果が飽和する。従ってBを含有する場合、B量を0.0005~0.0050%の範囲にする。B量の好適な範囲は0.0010~0.0030%であり、さらに好ましくは0.0015~0.0025%である。なお、Bを含有する場合には、固溶Bを安定的に確保するため、Nを固定するTiやAlを同時に適量含有することが好ましい。
【0032】
Ni:1.0%以下(0%を含まない)
Niは、必要に応じて含有可能な任意成分である。Niは鋼の焼入性を高める効果があるので高周波焼入れ時にマルテンサイト組織を得るために有効な元素である。この効果を得るために、Niを1.0%以下含有してもよい。一方、Niを1.0%超含有すると含有コストが課題となり、工業生産上望ましくない。従って、Niを含有する場合は有量を1.0%以下の範囲にする。Niの好適な範囲は0.02~0.8%であり、さらに好ましくは0.1~0.4%である。
【0033】
Cu:0.40%以下(0%を含まない)
Cuは、必要に応じて含有可能な任意成分である。Cuは鋼の焼入性を高める効果があるので、高周波焼入れ時にマルテンサイト組織を得るために有効である。この効果を得るために、Cuを0.40%以下含有してもよい。一方、Cuを0.40%超含有すると1000℃以上の高温域における延性が低下し、連続鋳造、圧延時の歩留まり低下の原因になる。従って、Cuを含有する場合は含有量を0.40%以下の範囲にする。Cuの好適な範囲は0.02~0.30%であり、さらに好ましくは0.10~0.20%である。なお、高温域の延性を改善するために、Cuを含有する場合にはCu含有量の1/2以上の量のNiを同時に含有することが望ましい。
【0034】
[B群]
Ti:0.050%以下(0%を含まない)
Tiは、必要に応じて含有可能な任意成分である。Tiは鋼中でN、Cと結合して炭窒化物を形成し、炭窒化物がオーステナイト結晶粒界をピンニングすることで粒成長を抑制することによって組織の粗大化を防止する働きがある。この効果を得るために、Ti量を0.050%以下にしてもよい。一方、Ti量が0.050%超になると素材硬さの上昇を通じて部品の切削・鍛造等の加工を行うときの加工性が顕著に劣化する。さらに、炭窒化物の生成量が過大となり、高周波焼入れ時に焼入領域の硬さムラの原因となる。Ti量の好適な範囲は0.005~0.040%であり、さらに好ましくは0.010~0.030%である。
【0035】
V:0.35%以下(0%を含まない)
Vは、必要に応じて含有可能な任意成分である。Vは鋼中でN、Cと結合してV炭窒化物を形成し、炭窒化物がオーステナイト結晶粒界をピンニングすることで粒成長を抑制することによって組織を微細化する働きがある。さらに炭窒化物による析出強化により、歯車の表層よりも深い内部の硬さを増加する効果がある。この効果を得るために、Vを0.05%以上含有してもよい。一方、V量が0.35%超になると、コストが過大となるとともに、素材硬さの上昇を通じて部品の切削・鍛造等の加工を行うときの加工性が顕著に劣化する。従って、V量を0.35%以下とする。
【0036】
Nb:0.050%以下(0%を含まない)
Nbは、必要に応じて含有可能な任意成分である。Nbは鋼中でN、Cと結合して炭窒化物を形成し、炭窒化物がオーステナイト結晶粒界をピンニングすることで粒成長を抑制することによって組織の粗大化を防止する働きがある。この効果を得るために、Nb量を0.050%以下にしてもよい。一方、Nb量が0.050%超になると素材硬さの上昇を通じて部品の切削・鍛造等の加工を行うときの加工性が顕著に劣化する。さらに、炭窒化物の生成量が過大となり、高周波焼入れ時に焼入領域の硬さムラの原因となる。またNbが過剰に含有すると1000℃以上の高温域における延性が低下し、連続鋳造、圧延時の歩留まり低下の原因になる。Nb量の好適な範囲は0.005~0.030%である。
【0037】
[C群]
Ca:0.0050%以下(0%を含まない)
Caは、必要に応じて含有可能な任意成分である。Caは、MnSの形態制御により疲労強度や靭性を向上する効果がある。さらに切削時の切削工具表面における保護被膜形成を通じて鋼の被削性を向上する働きがある。この効果を得るために、Caを0.0050%以下含有してもよい。一方、Caを0.0050%超含有すると、粗大な酸化物や硫化物を形成して部品の疲労強度に悪影響を与える場合がある。従って、Caを含有する場合、含有量は0.0050%以下の範囲にする。Ca量の好適な範囲は0.0005~0.0020%である。
【0038】
Mg:0.0050%以下(0%を含まない)
Mgは、必要に応じて含有可能な任意成分である。Mgは、MnSの形態制御により疲労強度や靭性を向上する効果がある。この効果を得るために、Mgを0.0050%以下を含有してもよい。一方、Mgを0.0050%超含有すると、粗大な酸化物や硫化物を形成して部品の疲労強度に悪影響を与える場合がある。従って、Mgを含有する場合、含有量は0.0050%以下の範囲にする。Mg量の好適な範囲は0.0005~0.0020%である。
【0039】
Sn:0.100%以下(0%を含まない)
Snは、必要に応じて含有可能な任意成分である。Snは、フェライトを脆化させて工具寿命を延ばすと共に、表面粗さを向上させる効果がある。それらの効果を安定して得るためには、Snを0.100%以下含有してもよい。0.100%超のSnを含有しても、その効果は飽和する。よって、Snを含有する場合は、その含有量を0.100%以下とする。
【0040】
本実施形態に係る歯車用の素材の鋼の成分組成は以上の通りであり、残部はFe及び不純物である。不純物は、鋼の原料として利用される鉱石やスクラップ、又は、製造工程の環境等から混入する成分であって、本発明に係る鋼に含有させることを意図しない成分である。
【0041】
次に、本実施形態に係る歯車の金属組織、硬さ等について説明する。
一般に歯車には、疲労特性や耐摩耗性を与えるために、鋼素材を歯車形状に成形加工した後、表面硬化処理が施される。本実施形態に係る歯車では、高周波焼入れ処理がこの表面硬化処理に相当する。表面硬化処理によって、表面硬化処理として浸炭を採用して得られた部品(浸炭部品)に匹敵する疲労特性や耐摩耗性を確保するためには、表層の硬さ(表層硬さ)を浸炭部品の程度に高める必要がある。
【0042】
(最表面から50μmの深さの位置における表層硬さ:620~850HV0.1)
本実施形態では、表層の硬さの代表値として最表面から50μmの深さの位置における硬さを採用する。最表面から50μmの深さの位置は、後述する焼入領域にある。この位置の硬さが620HV0.1以上であれば、下記に示す旧オーステナイト結晶粒の微細化効果と相まって、浸炭部品に匹敵する疲労特性や耐摩耗性を得ることができる。本実施形態に係る上記鋼組成及び下記製造方法で得られる歯車の最表面から50μmの深さの位置(焼入領域)の硬さの上限は850HV0.1以下であり、好ましい上限は800HV0.1以下である。
なお、ここでいう「表層硬さ」とは、後述する第2熱処理後、もしくは低温焼戻し処理後の硬さである。
【0043】
硬さは、歯車の歯元で測定する。図1に、本発明における硬さの測定箇所を説明するための、歯車の概略断面図を示す。図1に示すように、ここでいう「歯元」とは、いわゆる設計上の危険断面となり、き裂発生部(疲労破損部)となりうる部分のことであり、歯車部品においては、図1に矢印で示した部分に相当する。
【0044】
硬さ測定は、図1の当該矢印で示した部分において、接線に対して垂直方向に測定することとする。なお、本発明においては、硬さ測定のほか、表層硬さ、極小値(内部硬さ)などのその他の測定に関しても同様とする。
【0045】
硬さ(ビッカース硬さ)を測定する際の圧子に印加する荷重は、最表面から50μm深さの硬さを測定する場合は100gfとし、最表面から0.2mm以上の深さの硬さを測定する場合は300gfとする。
【0046】
(歯車の内部の硬さ:300~550HV0.3)
焼入領域の深さの位置より内部の領域の硬さ分布において、最も焼入領域側の極小値(内部硬さ)は300~550HV0.3の範囲内とすることが好ましい。「極小値(内部硬さ)」は、後述する第1熱処理と第2熱処理、及び上記鋼材成分により調整することができる。
【0047】
内部硬さが低いと、内部起点の疲労強度や、静的曲げ強度、及び歯車の低サイクル曲げ疲労強度を低下させる場合があるため、内部硬さは300HV0.3以上とすることが好ましい。一方、内部硬さが高すぎると靭性が低下する場合があるため、内部硬さは550HV0.3以下にするとよい。内部硬さは、300~500HV0.3でもよく、300~450HV0.3でもよい。
【0048】
本実施形態でいう「内部硬さ」とは、第1熱処理で焼入れされており、第2熱処理の本加熱で焼入れされていない境界領域の硬さのことを言う。本実施形態では、第2熱処理の焼入れ深さは、第1熱処理よりも浅い焼入れ深さになる。このため、第2熱処理の焼入領域の深さの位置の最寄りに、内部硬さの極小値が生じる。したがって、この極小値を内部硬さとする。より具体的には、焼入領域の最深の位置から0.3~3.0mm程度内部の位置までの間の極小硬さを指す。極小硬さは、鋼の最表面から内部に向かって0.1mm間隔でビッカース硬さを測定した場合の硬さ分布の極小値である。
【0049】
(最表面から50μm深さの位置における旧オーステナイト粒の平均径:5.0μm以下)
最表面から50μm深さの位置における旧オーステナイト粒の平均径は5.0μm以下とする。歯車の靭性と面疲労強度は、旧オーステナイト結晶粒が小さいほど向上する。平均径が5.0μm以下になると、浸炭品に匹敵する疲労特性や靭性が得られる。旧オーステナイト粒の平均径は好ましくは4.0μm以下、さらに好ましくは2.5μm以下である。
【0050】
本実施形態においては、旧オーステナイト粒の平均径として、表面硬さと同様に、最表面から50μmの深さ付近の旧オーステナイト結晶粒径を選択する。平均径の測定は、歯車の表層を含む断面を露出させ、断面を研磨後、旧オーステナイト粒界腐食液で腐食し、最表面から50μmの深さ付近を光学顕微鏡で1000倍の写真を撮影し、JIS G 0551:2020に記載の切断法により平均旧オーステナイト粒径を算出する。
【0051】
例えば飽和ピクリン酸水溶液(ピクリン酸5g、界面活性剤4g、水100ml、HCl1~2滴)に10秒以上1分未満浸漬することで旧オーステナイト粒界を現出させて観察することができる。
【0052】
JIS法による旧オーステナイト粒径の算出は、直線試験線による切断法を用いてもよく、円形試験線による切断法を用いてもよい。なお、1000倍の倍率で観察した組織写真に50個以上の結晶粒が計測できない場合は、測定倍率を100倍等適宜選択し、50個以上の結晶粒を計測できるよう観察視野数を増やしてもよい。
【0053】
(旧オーステナイト粒において混粒が存在しないこと)
旧オーステナイト粒の中に、混粒を含む場合は、靭性や疲労強度を低下させるため、混粒を含まない必要がある。ここでいう「混粒」とは、JIS G 0551:2020で規定され、1視野内において最大頻度を持つ粒度番号の粒から3以上異なった粒度番号の粒が存在する場合、これらの粒の面積が20%以上であることを意味する。旧オーステナイト粒において混粒が存在しないことにより、靭性、面疲労強度および曲げ疲労強度を高めることができる。
【0054】
混粒の有無の測定は、旧オーステナイト結晶粒径を測定した写真を用いて、JIS G 0551:2020に記載の混粒組織の評価方法及び表示方法に基づいて実施する。
【0055】
旧オーステナイト粒の平均径を5.0μm以下とし、混粒を生じさせないようにするためには、以下に述べるように、微細な鉄炭化物を大量に分散させる必要がある。
【0056】
(鉄炭化物)
微細かつ均一な旧オーステナイト粒の組織を得るためには、歯車の最表面から50μm深さまでの領域に含まれる鉄炭化物の平均円相当径が0.10~1.00μmであり、鉄炭化物の円相当径が5.0μm以下であり、鉄炭化物の面積率が10%以上である必要がある。
【0057】
当該領域に含まれる鉄炭化物の平均円相当径が1.00μmを超えると、鉄炭化物が疲労破壊の起点になり、曲げ疲労強度が低下するおそれがある。鉄炭化物の平均円相当径が小さいほど曲げ疲労強度に有利になるが、平均円相当径が0.10μm未満では面疲労強度が低下してしまう。
【0058】
また、当該領域に含まれる鉄炭化物に、円相当径が5.0μmを超えるものが含まれていると、鉄炭化物が疲労破壊の起点になって曲げ疲労強度が低下するおそれがある。よって、当該領域に含まれる鉄炭化物の円相当径は5.0μm以下とする。
【0059】
更に、鉄炭化物の面積率が10%未満になると、鉄炭化物の個数が不足し、微細かつ均一な旧オーステナイト粒の組織を得ることが困難になり、靭性が低下し、面疲労強度及び曲げ疲労強度が低下する。
【0060】
微細な鉄炭化物が存在すると、表層の旧オーステナイト粒を均一で微細なものにすることができる。なお、鉄炭化物の存在領域を、最表面から50μmの深さまでの位置とする理由は、旧オーステナイト粒の測定位置と同じ深さ位置とするためである。
【0061】
鉄炭化物の平均円相当径および面積率の測定は、歯車の表層を含む断面を露出させ、当該断面を鏡面研磨した後、腐食して鉄炭化物を現出させ、最表面から50μmの深さにおける組織を観察することにより行う。歯車の最表面から50μm深さまでの領域における鉄炭化物の分散は、50μm深さを代表点として観察、測定する。
腐食液にはピクラール(ピクリン酸4g、エチルアルコール100g)を用い、観察試料を30秒浸漬して腐食を行う。
【0062】
腐食後、走査型電子顕微鏡で10000倍に拡大し、歯車の最表面から50μmの位置をランダムに4視野を観察する。このときに、観察された鉄炭化物の個数と、観察された鉄炭化物の個別の面積を円相当直径に換算した値として計測する。鉄炭化物の円相当径は、汎用の画像解析ソフト、例えば三谷商事株式会社製WinROOFを用いることで求めることができる。そして、観察された鉄炭化物のそれぞれの円相当直径及び鉄炭化物の個数から平均円相当直径を求める。更に、円相当直径が5.0μmを超える炭化物の有無を確認する。鉄炭化物の面積率は、鉄炭化物の合計面積を観察領域の面積で除することで求める。
【0063】
なお、画像解析ソフトは、二値化機能、円相当直径の計測など一般的な画像処理機能を有するものであれば、WinROOF以外でも使用することができる。
【0064】
[歯車の製造方法]
次に、本実施形態の歯車を得るための製造方法について、特に高周波焼入れ方法について説明する。
【0065】
本実施形態では、鋼の成分組成を上記の範囲に限定することに加えて、高周波焼入れ条件を限定することにより、歯車の表層硬さと内部硬さを高めると同時に、焼入領域の組織が均一で微細な旧オーステナイト結晶粒を持つマルテンサイト組織とすることができる。以下、本実施形態に係る歯車の製造方法(特に高周波焼入れの条件)について説明する。
【0066】
本実施形態に係る製造方法は、上記鋼材成分を有する鋼を高周波焼入れ用素材とし、歯車形状に成形して歯車素材とした後に、定められた深さの焼入領域を得るにあたり、高周波焼入れを行う。高周波焼入れは、以下に説明する第1熱処理と第2熱処理とをこの順に行う。
【0067】
図2に示すように、第1熱処理は、歯車素材の表面温度が表面温度がAe変態点以上またはAecm変態点以上の温度Tとなるように高周波誘導加熱により歯車素材を加熱した後に、100℃以下まで急冷して焼入れする。
【0068】
図2に示すように、第2熱処理は、歯車素材の表面をAe変態点を超えない温度Tまで高周波誘導加熱により加熱した後に加熱電力を停止した状態で1.0秒以上放冷する予備加熱を行い、続けて予備加熱より大きな電力で再び高周波誘導加熱により加熱して焼入領域とすべき深さまでAe変態点以上またはAecm変態点以上の所定温度Tにする本加熱を行った後に、100℃以下まで急冷して焼入れする。
【0069】
各工程における高周波焼入れの加熱条件を所定の範囲に設定することにより、歯車の表層硬さと内部硬さを高めると同時に、鉄炭化物の析出状態を制御することで、歯車の焼入領域に均一で微細な旧オーステナイト結晶粒が得られ、その結果、優れた面疲労強度及び曲げ疲労強度を有する歯車が得られる。
【0070】
なお、本実施形態では、第2熱処理の後に、更に低温焼戻し処理(例えば130~200℃で30~120分程度の加熱処理)を施してもよい。
【0071】
[第1熱処理工程]
上記鋼材成分を有する鋼よりなる歯車素材は、亜共析または過共析鋼であって、その組織の大部分はパーライト組織である。第1熱処理工程では、表面温度がAe変態点以上またはAecm変態点以上1200℃未満の温度Tとなるように高周波誘導加熱により加熱した後、例えば水噴射などにより100℃以下まで急冷して焼入れする。
【0072】
この第1熱処理により、歯車表面から内部にかけての鋼組織において、パーライト組織中の粗大な鉄炭化物の一部を溶体化させ、鉄炭化物を分断させて、やや微細な鉄炭化物とする。また、第1熱処理の加熱によってパーライト組織中のフェライトがオーステナイトに変態し、このオーステナイトに対して鉄炭化物の溶体化による炭素が拡散し、その後の急冷によってマルテンサイト組織に変態する。これにより、歯車の内部硬さが高められる。
【0073】
なお、Ae変態点、Ae変態点およびAecm変態点は鋼の成分組成によって変化する。
各変態温度は、汎用的な計算ソフトを用いて算出する。そのような計算ソフトとしては例えば、Thermo-Calc社製の「熱力学計算ソフトウェアThermo-Calc」、CompuTherm LLC 社製の「多元系状態図計算ソフトウェア Pandat」などを用いることができる。
【0074】
第1熱処理工程の加熱時の表面温度は、Ae変態点またはAecm変態点以上1200℃未満とし、上限は1100℃未満がより好ましい。下限は950℃以上がより好ましく、970℃より高いことがさらに好ましい。950℃未満であると鉄炭化物の微細化が不十分となる可能性がある。一方、第1熱処理工程において表面温度が1200℃以上になると鉄炭化物が過剰に微細化する場合がある。
【0075】
また、第1熱処理工程において、加熱開始から加熱温度に達するまでの加熱時間は、所望の焼入れ深さを得るために5秒またはそれ以上が好ましいが、60秒を超えると変形が大きくなるので好ましくない。
【0076】
なお、上記鋼材成分を有する鋼を歯車形状に成形加工する際の加工性を向上させたい場合は、歯車素材として、例えば熱間鍛造後に焼ならし、焼きなまし、恒温焼ならし、鍛造焼ならし、球状化焼きなまし、及びこれらの処理の組み合わせの熱処理を施し、フェライトや球状化炭化物を含む組織にして軟質化されたものを使用しても良い。
【0077】
通常はフェライトや球状化炭化物を含む組織を素材に使用すると、高周波焼入れ後の組織に焼ムラが含まれる場合があるが、本実施形態においては、第1熱処理工程は比較的高温、長時間で実施するため、焼ムラのない均質なマルテンサイト組織を得ることができる。特に焼ムラを低減する必要がある場合は、第1熱処理工程の加熱時の表面温度を1050℃超、加熱時間を10秒超とするのが良い。なお、焼ならし、焼きなまし、恒温焼ならし、鍛造焼ならし、球状化焼きなまし、及びこれらの処理の組み合わせの熱処理を施しても、本実施形態で重要な微細な鉄炭化物を析出に対して影響はほとんどないため、全く問題は無い。
【0078】
第1熱処理工程の高周波熱処理に使用される周波数は特に限定されるものではないが、歯車の内部硬さを高める観点から、3kHz~30kHzが好ましい。各種の機械特性評価試験片などの比較的小さなものであれば、200kHzでも問題ない。このような高周波加熱後に常温まで急冷して焼入れをする。
【0079】
以上のように、第1熱処理工程では、歯車の内部硬さを高くするために、歯車の焼入領域とすべき深さよりも深く焼入れする。また、第2熱処理工程の予備加熱時に鉄炭化物を微細析出させる効果を得るために、第1熱処理工程で高周波焼入れ前の素材に元々存在する比較的粗大な鉄炭化物の少なくとも一部を溶体化させる。
【0080】
第1熱処理工程後の鋼においては、最表面から約4mm程度までは最表面と同程度に硬化され、これより深くなるに従って硬さが徐々に低下する。この表面と同じ硬さになっている領域はAe変態点以上またはAecm変態点以上に高周波加熱されて、領域全部がオーステナイト変態した組織から焼入れされてマルテンサイト組織になる。
【0081】
一方この領域に隣接し、深さ方向に向かって硬さが順次低下して素材硬度に至る範囲は、Ae変態点以上でAe変態点未満またはAecm変態点未満の範囲に高周波加熱され、オーステナイトとフェライトとが混合した組織から焼入れされた結果、マルテンサイトとフェライトの混合組織になる。この範囲においては加熱温度が低くなるに従ってオーステナイトの比率が減少するので、それに応じて焼入れ後のマルテンサイトの比率も低下し、硬さも順次低下する。
【0082】
また、第2熱処理工程の本加熱を行った後の鋼は、最表面から最大で3.0mmの深さまでの領域がHV620~850の硬さに達する。この領域では、本加熱の焼入れにおいてAe変態点以上に高周波加熱されて領域全部がオーステナイト変態した組織から焼入れされてマルテンサイト組織になる。一方、この領域に隣接して深さ方向に向かって硬さが低下する部分が、本加熱においてAe変態点以上でAe変態点またはAecm変態点未満の範囲に高周波加熱された部分になる。
【0083】
[第2熱処理工程における予備加熱]
第2熱処理工程における予備加熱は本発明で最も重要な工程である。この予備加熱工程には2つの意味がある。1つは、第1熱処理工程で焼入れた部分を焼戻して軟化させ、靭性を付与する効果を得ることである。2つ目は、予備加熱において鋼の温度を高めるためである。予備加熱においてあらかじめ鋼の温度を高めておくことで、あとに続く本加熱後の冷却において表面を先に冷却し、最後に内部を大きく熱収縮させることで大きな圧縮残留応力を発生させる。
【0084】
第2熱処理工程は、表面温度がAe変態点を超えないように高周波誘導加熱し、第1熱処理工程で焼入れされた部分を焼戻して軟化させる予備加熱に続けて、焼入領域とすべき深さまでAe変態点以上またはAecm変態点以上の温度に高周波誘導加熱により加熱する本加熱の後、水噴射などにより100℃以下まで急冷して焼入れする。
【0085】
このように第2熱処理工程では、焼戻しのための「予備加熱」と焼入れのための「本加熱」を1回の熱サイクルで行うが、焼戻しのための予備加熱は焼戻しすべき部分がAe変態点を超えないようにする必要がある。つまり予備加熱温度T<Aeである。そしてこの焼戻しすべき部分は歯車の内部まで位置するので、高周波加熱による表面の熱が十分に内部に移行し、先に焼入れされた部分を焼戻しするような条件で行う必要があるが、上記のTとtであれば問題なく行うことができる。
【0086】
予備加熱では図2に示すように、所定の予備加熱温度Tに達した後に加熱電力を止めた状態で一定時間放冷し、熱伝導で内部が昇温するようにする。予備加熱温度Tは550~750℃とする。内部まで昇温させるためには加熱電力を止め放冷させる時間を1.0秒以上にする必要がある。なお、加熱電力を止める時間(放冷時間)の上限は規定しないが、加熱電力停止中に低下した表面温度が所定の予備加熱温度Tから400℃以上低くならないことが好ましく、300℃以上低くならないことがさらに好ましい。
【0087】
また、予備加熱は、比較的小さな電力で高周波誘導加熱して昇温に時間をかけることにより、歯車内部で熱伝導が行われる時間が長くなって表面と内部との温度差を小さくできる。したがって、予備加熱の通電時間tは1.0~64秒であることが好ましい。また、予備加熱の時間を細かく調整したい場合は、短時間の加熱と短時間の放冷を繰り返して、予備加熱を行っても構わない。
【0088】
第2熱処理工程の予備加熱に使用される周波数は特に限定されるものではなく、例えば、3kHz~200kHzで行ってもよい。
【0089】
[第2熱処理工程における本加熱]
第2熱処理工程の本加熱は、焼入領域とすべき深さまで焼入れて、最表面を硬化することが目的である。図2の例に示すように、本加熱の昇温時間は0.1~5秒と非常に短くするが、予備加熱より大きな電力で高周波誘導加熱することにより、短時間で焼入領域とすべき深さまでAe変態点以上の温度にできる。
【0090】
本加熱の加熱時間(加熱開始から加熱温度に到達するまでの時間)は、所望の焼入領域とすべき深さを得るために調整され、加熱時に均質なオーステナイトを得るために0.1秒以上が好ましく、0.3秒以上がさらに好ましい。また、変形を小さくする観点から10秒以下が好ましく、5秒以下がさらに好ましく、1秒以下がより好ましい。
【0091】
本加熱の加熱温度を制限することにより、微細な結晶粒を得やすくすることができる。
上記のとおり、第2熱処理工程の本加熱の時間は短時間ではあるものの、本加熱の加熱温度が鉄炭化物の溶体化温度よりも高い場合は、鉄炭化物の溶体化が進み、ピンニング効果は小さくなる傾向になる。そのため、本加熱の加熱温度は、1000℃以下にするとよい。
【0092】
第2熱処理工程の本加熱の表面温度の下限はAe変態点以上またはAem変態点以上とする。前述のように、Ae変態点またはAecm変態点は鋼材の成分組成によって決まるものである。第2熱処理工程の本加熱の表面温度がAe変態点未満またはAecm変態点未満になると、鉄炭化物の微細化が不十分になってしまう。
【0093】
前述のように、各工程における高周波誘導加熱の周波数は特に限定しないが、当該周波数を第1熱処理工程、第2熱処理工程の予備加熱、第2熱処理工程の本加熱で相互に変化させることにより、加熱深さ(あるいは焼入れ深さ)の調整をより自在に行うことができる。すなわち歯車内部での渦電流の浸透深さδ(m)は、周波数F(Hz)、材料の比透磁率をμ、比抵抗率をρ(×10―8Ω・m)としたとき、下式(A)で表わされることが知られている。
【0094】
δ=0.503・10(ρ/Fμ1/2・・・(A)
【0095】
歯車内部での渦電流は最表面で最も大きく、内部に行くに従って指数関数的に減少するが、上記の電流の浸透深さδは一様な電流密度とみなしたときの計算上の電流が流れる範囲を示しており、加熱深さを判断する目安となる。この式(A)にみるように、浸透深さδは歯車の形状とは無関係であって、例えば炭素鋼の800℃における浸透深さδは、周波数Fが10kHzのとき5.3mm、200kHzのとき1.2mmとなる。したがって第2熱処理工程の予備加熱の周波数を本加熱の周波数より低くして内部まで加熱されるようにするといったことができ、これと先に説明した予備加熱時間や加熱停止時間(通電時間)とを組み合わせることにより広範囲の調整ができる。なお、第2熱処理工程の後にさらに高周波焼入れを繰り返し行うことも問題なく可能である。
【0096】
なお、本発明の上記態様に係る高周波焼入れを施した歯車に対して、必要に応じて低温焼戻し処理(例えば130~200℃で30~120分程度の加熱処理)を施してもよい。また、当該低温焼戻し処理後に、更にショットピーニング処理を行っても良い。
【0097】
ショットピーニング処理によって導入される歯車表層の圧縮残留応力の増加は疲労亀裂の発生、進展を抑制するため、本発明の高周波焼入れ歯車の曲げ疲労、及び面疲労強度を更に向上させることができる。ショットピーニング処理は、直径が0.7mm以下のショット粒を用い、アークハイトが0.4mm以上の条件で行うことが望ましい。
【0098】
第1熱処理工程の加熱温度や第2熱処理工程の加熱温度を変化させた場合でも、第2熱処理工程の予備加熱が無い場合は、歯車の表層部の組織が混粒を含む組織となる。つまり、単純な2回焼入れでは均一な粒とはならず、混粒の無い均一な粒を得るためには、第2熱処理工程の予備加熱が重要である。
【0099】
また、本実施形態に係る第2熱処理工程の予備加熱は、鉄炭化物を微細化させることの他に、第1熱処理工程で焼入れた部分を焼戻しする役割がある。
【0100】
以上説明したように、本実施形態によれば、曲げ疲労強度および面疲労強度に優れる歯車を提供できる。これにより、歯車の小型化、軽量化や、その製造時における生産性の向上や、COの排出低減に貢献することができる。
【実施例0101】
次に、本発明の実施例について説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0102】
表1に示す成分組成を有する鋼を溶製し、45φの棒鋼に圧延した。表1で各元素の空欄は無添加を意味する。表1中の下線部分は数値が本発明の範囲外であることを示す。Ae変態点、Ae変態点およびAecm変態点は、鋼の成分組成に基づき、Thermo-Calc社製の「熱力学計算ソフトウェアThermo-Calc」で求めた。
【0103】
次に、得られた棒鋼に対し、1200℃に加熱して20分保持した後に放冷する熱処理(熱間鍛造の熱履歴を模擬)を行い、これを高周波焼入れ用素材とした。
その後、棒鋼から機械加工により、図3に示すような、大径部(試験部)26φのローラーピッチング試験片を作製した。図3中の数字は、寸法(単位はmm)を示す。図3中の「φ」は直径を意味する。
【0104】
また、棒鋼から機械加工により、図4に示す曲げ疲労強度評価のための小野式回転曲げ試験片を加工した。図4中の数値は、寸法(単位はmm)を示す。図4中の「φ」は直径を意味する。「R1」は、切欠き底の曲率半径が1mmであることを意味する。
さらに14φ、長さ60mmの丸棒試験片を作製した。
【0105】
上記のローラーピッチング試験片、小野式回転曲げ試験片、丸棒試験片に対して、表2に記載の条件で高周波焼入れを行った。
予備加熱の放冷は10秒間行った。また、第1熱処理工程と第2熱処理工程の本加熱後は水冷した。焼入領域の深さは第2熱処理工程の本加熱の加熱時間を変えることで調整した。第2熱処理工程の本加熱、焼入れ後は160℃×90分の条件で焼戻し処理を行った。
【0106】
その後、試験精度を向上するため、ローラーピッチング試験片および小野式回転曲げ試験片はつかみ部に仕上げ加工を施した。
【0107】
(面疲労強度の評価方法)
面疲労強度は、ローラーピッチング試験により評価した。ローラーピッチング試験は、大ローラー:SCM420浸炭品・クラウニング300R,回転数:1500rpm、潤滑油:トランスミッション油、油温:80℃、すべり率:-40%で最大1000万回の条件で行い、試験片をローラーピッチング試験片とし、S-N線図を作成してローラーピッチング疲労限を求めた。
ローラーピッチング疲労限が2400MPa(SCM420浸炭品相当)に達しないものは面疲労強度が劣ると判断した。
【0108】
(曲げ疲労強度の評価方法)
小野式回転曲げ試験片を用いて、小野式回転曲げ疲労試験を行った。各試験番号ごとに複数の試験片を準備した。各試験片ごと加える応力を変えて疲労試験を実施し、1000万回(10回)繰り返しの後、破断しなかった最も高い応力を曲げ疲労強度(MPa)とした。小野式回転曲げ疲労試験では、回転速度を3000rpmとし、応力比を両振りとした。回転曲げ疲労限が590MPa(SCM420浸炭品相当)に達しないものは曲げ疲労強度が劣ると判断した。
【0109】
(表層硬さおよび内部硬さの評価)
各試験水準の丸棒試験片の中央部を切断し、断面において表層から50μmの部位のビッカース硬さ測定を行うことで、表層硬さを求めた。
さらに各試験片の最表面から内部に向かって0.1mm間隔で5.0mmまでビッカース硬さを測定し、硬さの極小値および極小値を示す深さを特定し、硬さの極小値を内部硬さとした。
【0110】
(旧オーステナイト粒の評価)
また、丸棒試験片の中央部を切断して現れた断面を研磨後、旧オーステナイト粒界腐食液で腐食し、最表面から50μmの深さ付近を光学顕微鏡で1000倍または100倍の写真を撮影し、切断法により平均旧オーステナイト粒径を算出した。
【0111】
旧オーステナイト結晶粒の混粒の有無は、JIS G 0551に従って測定した。具体的には、400倍で5視野観察し、最大頻度を持つ粒度番号の粒から3以上異なった粒度番号の粒が存在する場合、これらの粒の面積が20%以上である場合を混粒「有」と判定し、その他の場合を混粒「無」と判定した。
【0112】
(鉄炭化物の評価)
旧オーステナイト結晶粒を観察した丸棒試験片を用いて、ピクラール腐食液で腐食し、最表面から50μmの深さ付近を走査型電子顕微鏡にて10000倍で4視野観察した。なお、本発明での鉄炭化物観察視野は、430μmである。各観察領域において、走査電子顕微鏡で観察される反射電子像のコントラストに基づいて、鉄炭化物を特定した。特定された鉄炭化物の円相当直径、平均円相当直径および面積率を求めた。具体的には、観察された鉄炭化物の個数と、観察された鉄炭化物の各面積を計測した。面積の計測は画像解析ソフトを用いた。鉄炭化物の円相当直径は、鉄炭化物の面積と同一の面積を有する円の直径を示す円相当径に換算した。そして、観察された鉄炭化物のそれぞれの円相当径及び鉄炭化物の個数から平均円相当直径を求めた。更に、観察視野内において円相当直径が5.0μmを超える炭化物がないことを確認した。面積率は、鉄炭化物の合計面積を観察領域の面積で除することで求めた。
【0113】
これらの評価結果は表3に示す。表1~表3の下線部分は数値が本発明の範囲外であることを示す。
【0114】
試験No.1~19は、鋼成分が本発明範囲にあり、また、製造条件が本発明範囲内にあったため、表層硬さ、焼入れ領域深さ、旧オーステナイト粒の平均粒直径及び混粒の有無、鉄炭化物の平均円相当直径、面積率がいずれも発明範囲を満足した。また、最表面から50μm深さまでの領域に含まれる鉄炭化物の円相当直径は、いずれも5.0μm以下であった。これにより、面疲労強度及び曲げ疲労強度に優れていた。
【0115】
試験No.20は、炭素量が上限を超え、鉄炭化物の平均円相当直径が増大し、曲げ疲労強度が劣った。
【0116】
試験No.21、22は、炭素量が下限未満であり、鉄炭化物の面積率が小さく、面疲労強度が劣った。
【0117】
試験No.23は、Si量が上限を超え、表層硬さが低く、面疲労強度が劣った。
【0118】
試験No.24は、Si量が下限未満であり、ローラーピッチング試験中の摩擦発熱による表層が軟化したため、面疲労強度が劣った。
【0119】
試験No.25は、Mn量が下限未満であり、表層硬さが低く、面疲労強度が劣った。
【0120】
試験No.26は、Cr量が下限未満であり、鉄炭化物の平均円相当直径が小さく、面疲労強度が劣った。
【0121】
試験No.27は、第1熱処理工程の温度が上限を超え、鉄炭化物の平均円相当直径が小さく、面疲労強度が劣った。
【0122】
試験No.28は、第2熱処理工程の本加熱の加熱温度が低く、鉄炭化物の平均円相当直径が大きく、面積率が低く、面疲労強度、曲げ疲労強度が劣った。
【0123】
【表1】
【0124】
【表2】
【0125】
【表3】
図1
図2
図3
図4