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特開2024-72479電子回路基板用積層体およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024072479
(43)【公開日】2024-05-28
(54)【発明の名称】電子回路基板用積層体およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   H05K 1/03 20060101AFI20240521BHJP
   B32B 15/08 20060101ALI20240521BHJP
   B32B 27/30 20060101ALI20240521BHJP
   H05K 3/00 20060101ALI20240521BHJP
【FI】
H05K1/03 610H
B32B15/08 J
B32B27/30 B
H05K1/03 630G
H05K3/00 R
H05K1/03 670
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022183310
(22)【出願日】2022-11-16
(71)【出願人】
【識別番号】000001096
【氏名又は名称】倉敷紡績株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100167988
【弁理士】
【氏名又は名称】河原 哲郎
(72)【発明者】
【氏名】西川 高宏
【テーマコード(参考)】
4F100
【Fターム(参考)】
4F100AB01B
4F100AB01C
4F100AB16D
4F100AB16E
4F100AB17B
4F100AB17C
4F100AK04A
4F100AK09A
4F100AK12A
4F100AL01A
4F100AL09A
4F100AT00A
4F100BA02
4F100BA03
4F100BA05
4F100BA06
4F100BA07
4F100BA10B
4F100BA10C
4F100EH66
4F100EJ38
4F100EJ41
4F100EJ61
4F100GB43
4F100JA04A
4F100JA05A
4F100JB16A
4F100JG05A
4F100JK06
4F100YY00A
(57)【要約】
【課題】高周波電気信号の伝送損失の小さいフレキシブル回路基板を製造可能な電子回路基板用積層体を提供する。
【解決手段】基材フィルム15の片面または両面に金属スパッタリング層16が積層された電子回路基板用積層体であって、前記基材フィルムは、シンジオタクチックポリスチレンを主成分とし、二軸配向され、融点が260~290℃、ガラス転移温度が230~260℃、周波数10GHzにおける比誘電率が2.6以下、誘電正接が0.002以下であり、前記金属スパッタリング層上に銅のマイクロストリップラインを形成したときのS21パラメータが40GHzにおいて-5dB/100mm以上、0以下である電子回路基板用積層体10。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材フィルムの片面または両面に金属スパッタリング層が積層された電子回路基板用積層体であって、
前記基材フィルムは、シンジオタクチックポリスチレンを主成分とし、二軸配向され、融点が260~290℃、ガラス転移温度が230~260℃、周波数10GHzにおける比誘電率が2.6以下、誘電正接が0.002以下であり、
前記金属スパッタリング層上に銅のマイクロストリップラインを形成したときのS21パラメータが40GHzにおいて-5dB/100mm以上、0以下である、
電子回路基板用積層体。
【請求項2】
前記基材フィルムが、実質的にシンジオタクチックポリスチレンおよびスチレン系熱可塑性エラストマーからなる、
請求項1に記載の電子回路基板用積層体。
【請求項3】
前記スチレン系熱可塑性エラストマーが、ポリスチレン-ポリ(エチレン/ブチレン)-ポリスチレン共重合体である、
請求項2に記載の電子回路基板用積層体。
【請求項4】
前記金属スパッタリング層が、前記基材フィルム側から順に、Niスパッタリング層およびCuスパッタリング層からなる、
請求項1に記載の電子回路基板用積層体。
【請求項5】
融点が260℃以上のシンジオタクチックポリスチレンを主成分とする樹脂組成物を溶融、混練して、前駆体フィルムに成形する工程と、
前記前駆体フィルムを二軸延伸して、230℃以上の温度で弛緩熱処理して基材フィルムを製造する工程と、
前記基材フィルムの少なくとも片面に金属スパッタリング層を形成する工程と、
を有する電子回路基板用積層体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フレキシブル回路基板を製造するための積層体に関する。
【背景技術】
【0002】
フレキシブル回路基板等を製造するために、合成樹脂フィルムと、その片側または両側に銅箔を接着等により積層したフレキシブル銅張積層板(FCCL)が用いられる。電気信号の伝送損失は導体損失と誘電損失からなり、信号の周波数が高いほど誘電損失の比重が大きくなる。近年、電気信号の高周波数化が急速に進展するにしたがって、銅箔の近傍材料による誘電損失の低減が課題となっている。特許文献1~5には、誘電損失の低減を目指したFCCLであって、合成樹脂フィルムと接着剤層と銅箔からなる3層または5層の銅張積層板が記載されている。特許文献6には、シンジオタクチックポリスチレン系樹脂フィルムの表面にめっきによる金属層を形成した電子回路基板用積層体が記載されている。また、特許文献7には、高周波信号を効率よく伝送するためのフラットケーブル用基材フィルムとして、シンジオタクチックポリスチレン系樹脂を含有するフィルムが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2021-038281号公報
【特許文献2】国際公開第2018/030026号
【特許文献3】特開2017-121807号公報
【特許文献4】特許第6539404号公報
【特許文献5】国際公開第2016/017473号
【特許文献6】特開2015-002334号公報
【特許文献7】国際公開第2019/049922号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、上記状況を考慮してなされたものであり、高周波電気信号の伝送損失の小さいフレキシブル回路基板を製造可能な電子回路基板用積層体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の電子回路基板用積層体は、基材フィルムの片面または両面に金属スパッタリング層が積層された電子回路基板用積層体である。前記基材フィルムは、シンジオタクチックポリスチレンを主成分とし、二軸配向され、融点が260~290℃、ガラス転移温度が230~260℃、周波数10GHzにおける比誘電率が2.6以下、誘電正接が0.002以下である。そして、前記金属スパッタリング層上に銅のマイクロストリップラインを形成したときのS21パラメータが40GHzにおいて-5dB/100mm以上、0以下である。
【0006】
ここで、ガラス転移温度Tgは熱機械分析(TMA)によって測定された値である。具体的には、JISC6481-1996に準拠して測定できる。
【0007】
この構成により、セミアディティブ法またはサブトラクティブ法によって、強度および耐熱性が高く、高周波電気信号の伝送損失の小さいフレキシブル回路基板が製造可能となる。セミアディティブ法では、金属スパッタリング層の上に銅などの電気めっきを用いて選択的に導体パターンを形成し、導体パターン外の金属スパッタリング層をエッチングによって除去することで、フレキシブル回路基板が製造できる。サブトラクティブ法では、金属スパッタリング層の上に銅などの電気めっきを用いて全面に導体層を形成し、導体層の不要部分をエッチングなどによって選択的に除去することにより、フレキシブル回路基板が製造できる。
【0008】
好ましくは、前記基材フィルムが、実質的にシンジオタクチックポリスチレンおよびスチレン系熱可塑性エラストマーからなり、より好ましくは、前記スチレン系熱可塑性エラストマーが、ポリスチレン-ポリ(エチレン/ブチレン)-ポリスチレン共重合体である。これにより、作製するフレキシブル回路基板の伝送損失を低く抑えながら、ピール強度をより高くすることができる。
【0009】
好ましくは、前記金属スパッタリング層が、前記基材フィルム側から順に、Niスパッタリング層およびCuスパッタリング層からなる。
【0010】
本発明の電子回路基板用積層体の製造方法は、融点が260℃以上のシンジオタクチックポリスチレンを主成分とする樹脂組成物を溶融、混練して、前駆体フィルムに成形する工程と、前記前駆体フィルムを二軸延伸して、230℃以上の温度で弛緩熱処理して基材フィルムを製造する工程と、前記基材フィルムの少なくとも片面に金属スパッタリング層を形成する工程とを有する。
【発明の効果】
【0011】
本発明の電子回路基板用積層体によれば、基材としてシンジオタクチックポリスチレンを主成分とする基材フィルムを用いるので、液晶ポリマーやポリイミドを用いる場合と比較して、より低コストで、高周波電気信号に対しても伝送損失の小さいフレキシブル回路基板を製造することができる。また、シンジオタクチックポリスチレンの吸水性が低いことによって、フレキシブル回路基板を多湿な環境で使用しても伝送特性が悪化しにくい。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の一実施形態の電子回路基板用積層体の層構成を示す図である。A:両面構造、B:片面構造。
図2】実施例の電子回路基板用積層体に用いた基材フィルムの、A:比誘電率Dk、B:誘電正接Dfの測定結果を示す図である。
図3】実施例および比較例の電子回路基板用積層体を用いて作製したマイクロストリップラインのS21パラメータの測定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
図1Aを参照して、本実施形態の電子回路基板用積層体10は、基材フィルム15の両面に、金属スパッタリング層16が積層された両面構造を有する。図1Bを参照して、本実施形態の他の電子回路基板用積層体11は、基材フィルム15の片面に、金属スパッタリング層16が積層された片面構造を有する。金属スパッタリング層16は、複数の層からなっていてもよい。図1では、金属スパッタリング層16が2つの層16a、16bからなる例を示した。なお、以下においては両面構造の電子回路基板用積層体10を引用して各層の特性、材料等を説明するが、その説明は片面構造の電子回路基板用積層体11についても妥当する。
【0014】
電子回路基板用積層体10を用いたフレキシブル回路基板の作製は、セミアディティブ法またはサブトラクティブ法によって行うことができる。セミアディティブ法では、金属スパッタリング層16の上に銅などの電気めっきを用いて選択的に導体パターンを形成し、導体パターン外の金属スパッタリング層16をエッチングによって除去することで、フレキシブル回路基板が製造できる。セミアディティブ法によれば、導体の断面をきれいな矩形にできるため、高周波電気信号の伝送損失をより低く抑えられる点で好ましい。サブトラクティブ法では、金属スパッタリング層16の上に銅などの電気めっきを用いて全面に導体層を形成し、導体層の不要部分をエッチングなどによって選択的に除去することにより、フレキシブル回路基板が製造できる。
【0015】
基材フィルム15は、シンジオタクチックポリスチレン(SPS)を主成分とし、二軸配向されている。
【0016】
二軸配向とは、面方向において、高分子が互いに異なる2方向、例えばフィルムの押出方向(MD)およびそれに垂直な方向(TD)で配向していることを意味する。基材フィルム15を二軸配向させることによって、所要の強度および耐熱性を付与することができる。二軸配向は、未延伸の前駆体フィルムを二軸延伸することにより実現できる。
【0017】
SPSは、シンジオタクチック構造を有するスチレン系ポリマーである。シンジオタクチック構造とは、炭素-炭素結合から形成される主鎖に対して側鎖であるフェニル基または置換フェニル基が交互に反対方向に位置する立体構造を意味する。SPSの立体規則性の程度(タクティシティ)は同位体炭素による核磁気共鳴法(13C-NMR法)により定量することができる。13C-NMR法により測定されるSPS系樹脂のタクティシティは、数個のモノマー単位からなる連鎖、例えば、2個の場合はダイアッド、3個の場合はトリアッド、5個の場合はペンタッドのうち、構成単位の立体配置が逆のシンジオタクチックであるもの(ラセミダイアッド等)の割合によって示すことができる。本実施形態におけるSPSは、通常、ラセミダイアッドで75%以上、好ましくは85%以上、もしくはラセミトリアッドで60%以上、好ましくは75%以上、もしくはラセミペンタッドで30%以上、好ましくは50%以上のシンジオタクティシティを有するスチレン系ポリマーである。なお、基材フィルム15には、異なる2種類以上のSPSを混合して用いてもよい。
【0018】
SPSとしてのスチレン系ポリマーの種類としては、ポリスチレン、ポリ(アルキルスチレン)、ポリ(ハロゲン化スチレン)、ポリ(ハロゲン化アルキルスチレン)、ポリ(アルコキシスチレン)、ポリ(ビニル安息香酸エステル)、これらの水素化重合体等及びこれらの混合物、又はこれらを主成分とする共重合体が挙げられる。ポリ(アルキルスチレン)としては、ポリ(メチルスチレン)、ポリ(エチルスチレン)、ポリ(イソプロピルスチレン)、ポリ(ターシャリーブチルスチレン)、ポリ(フェニルスチレン)、ポリ(ビニルナフタレン)、ポリ(ビニルスチレン)等が挙げられる。ポリ(ハロゲン化スチレン)としては、ポリ(クロロスチレン)、ポリ(ブロモスチレン)、ポリ(フルオロスチレン)等が挙げられる。ポリ(ハロゲン化アルキルスチレン)としては、ポリ(クロロメチルスチレン)等が挙げられる。ポリ(アルコキシスチレン)としては、ポリ(メトキシスチレン)、ポリ(エトキシスチレン)等が挙げられる。SPSとしてのスチレン系ポリマーとしては、ポリスチレンが好ましい。
【0019】
SPSの重量平均分子量は、10,000~3,000,000、好ましくは30,000~1,500,000、特に好ましくは50,000~500,000である。
【0020】
SPSの融点は、260℃以上である。これにより、基材フィルムのガラス転移温度Tgを高くして、電子回路基板用積層体10の耐熱性を上げることができる。一方、SPSの融点が高くても特に問題はないが、SPSの融点は通常290℃を超えることはない。
【0021】
好ましくは、基材フィルム15は実質的にSPSおよびスチレン系熱可塑性エラストマー(TPS)からなる。TPSは、熱可塑性エラストマー(TPE)のうち、ハードセグメントがポリスチレンからなるものである。「実質的にSPSおよびTPSからなる」とは、SPSおよびTPS以外の樹脂を含む場合であっても、その含有量が、電子回路基板用積層体10として所要の伝送損失および耐熱性が得られる範囲であることをいう。具体的には、基材フィルム15の全樹脂に占めるSPSの割合とTPSの割合を足し合わせた値が90質量%以上、より好ましくは95質量%以上であり、特に好ましくは100質量%である。基材フィルム15がTPSを含むことにより、基材フィルムの誘電特性の悪化を抑えながら、ピール強度を高めることができる。
【0022】
TPSとしては、種々の市販のものを用いることができる。また、TPSとしては、水素添加されたものを用いることが好ましい。これによりTPSの耐熱性が向上し、また高温で行われる基材フィルム原料の溶融・押出工程において予期せぬ反応が生じることを防止することができる。
【0023】
水素添加TPSとしては、ポリスチレン-ポリ(エチレン/ブチレン)-ポリスチレン(TPS-SEBS)、ポリスチレン-ポリ(エチレン/プロピレン)-ポリスチレン(TPS-SEPS)、ポリスチレン-ポリ(エチレン-エチレン/プロピレン)-ポリスチレン(TPS-SEEPS)、ポリスチレン-ポリ(エチレン/プロピレン)-ポリスチレン(TPS-SEP)などの、ソフトセグメントが異なる各種のものを用いることができる。なかでも、ソフトセグメントがポリ(エチレン/ブチレン)からなるTPS-SEBSを用いることが特に好ましい。なお、基材フィルム15に含有されるTPSは、異なる2種類以上の樹脂を混合したものであってもよい。
【0024】
TPSの配合量は、SPS(a)とTPS(b)の重量比が(a)/(b)=97/3~60/40とすることが好ましく、さらに、95/5~70/30、90/10~80/20とすることがより好ましい。この好ましい配合割合は、TPSの全部または一部として、TPS-SEBSを用いる場合も同じである。TPSの配合量が少なすぎると、電子回路基板用積層体10のピール強度向上の効果が小さい。一方、TPSの配合量が多すぎると、基材フィルム15の誘電特性の悪化が無視できなくなる。
【0025】
基材フィルム15は、ポリマー以外に、可塑剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤、光安定剤、滑剤、帯電防止剤、無機フィラー、着色剤、結晶核剤、難燃剤等の添加剤を含有してもよい。
【0026】
基材フィルム15の融点は、基材フィルムがSPSのみからなるか、実質的にSPSおよびTPSからなるかに依らず、260℃以上である。これにより、基材フィルムのガラス転移温度Tgを高くして、電子回路基板用積層体10の耐熱性を上げることができる。一方、基材フィルム15の融点が高くても特に問題はないが、SPSを主成分とする基材フィルムでは、通常290℃を超えることはない。
【0027】
基材フィルム15のガラス転移温度Tgは、230℃以上、好ましくは240℃以上である。これにより、電子回路基板用積層体10の耐熱性を上げることができる。一方、ガラス転移温度Tgが高くても特に問題はないが、SPSを主成分とする基材フィルムでは、通常260℃を超えることはない。なお、本明細書中で、ガラス転移温度Tgは、熱機械分析(TMA)によって測定された温度をいう。ガラス転移温度Tgはいくつかの方法で測定可能であるが、TMAによるものが、実用上の耐熱性の指標として優れている。TMAによるガラス転移温度Tgは、具体的には、JISC6481-1996に準拠して測定したTMA曲線から求めることができる。SPSの素材自体はガラス転移温度Tgが低いが、二軸配向させることによってガラス転移温度Tgを高くして、耐熱性を向上させることができる。
【0028】
基材フィルム15の熱膨張率は、MDおよびTDのいずれの方向についても、好ましくは80ppm/℃以下、より好ましくは70ppm/℃以下である。なお、熱膨張率は小さいほど好ましいが、SPSを主成分とする基材フィルムでは、通常10ppm/℃を下回ることはない。また熱膨張率のMDとTDとの差の絶対値は、好ましくは50ppm/℃以下、より好ましくは20ppm/℃以下である。
【0029】
基材フィルム15の厚さは、好ましくは10~100μm、より好ましくは12~50μmである。これにより、電子回路基板用積層体10の強度と柔軟性をバランスよく両立できる。
【0030】
基材フィルム15の比誘電率Dkは、周波数10GHzにおいて2.6以下である。また、基材フィルム15の誘電正接Dfは、周波数10GHzにおいて0.002以下、好ましくは0.001以下である。フレキシブル回路基板の伝送損失には、基材フィルム15、金属スパッタリング層16、および金属スパッタリング層上に形成される導体層の全ての層が影響するが、基材フィルム15の比誘電率Dkおよび誘電正接Dfが低いことによって、高周波電気信号の伝送損失を低く抑えることが可能となる。なお、SPSを主成分とする基材フィルムでは、通常、比誘電率は2.0以上、誘電正接は0.00001以上である。
【0031】
金属スパッタリング層16は、セミアディティブ法での導体パターンやサブトラクティブ法での導体層を電気めっき等によって形成するための下地層である。金属スパッタリング層16は、基材フィルム15との接着性や、膜の均一性の点で、無電解めっきや蒸着による膜より優れる。
【0032】
金属スパッタリング層は、単層でも多層でもよい。金属スパッタリング層を構成する金属は、フレキシブル回路基板に所要の伝送損失を得られるものから選択することができる。金属スパッタリング層16は、好ましくは、2層構成として、基材フィルム15側から順に、Niからなる第1スパッタリング層16a、Cuからなる第2スパッタリング層16bを積層する。電子回路基板用積層体10のピール強度を高くしながら、フレキシブル回路基板の伝送損失を抑えることができるからである。
【0033】
金属スパッタリング層16の厚さは、好ましくは5~50nm、より好ましくは5~30nmとする。金属スパッタリング層が薄すぎると、ピンホール等の欠点が残りやすく、基材フィルム15の全面に均一な膜を形成するのが難しくなる。一方、金属スパッタリング層が厚すぎると、セミアディティブ法でのエッチングによる除去にコストがかかる。金属スパッタリング層16がNiからなる第1スパッタリング層16aおよびCuからなる第2スパッタリング層16bで構成される場合は、NiおよびCuの各層を、好ましくは2~40nm、より好ましくは5~15nmとする。
【0034】
フレキシブル回路基板には様々な性能が要求されるが、特に重要なものとして、伝送損失、ピール強度、耐熱性および耐熱衝撃性が挙げられる。
【0035】
電子回路基板用積層体10を用いて作製するフレキシブル回路基板の伝送損失は、金属スパッタリング層16上にマイクロストリップラインを形成したときのS21パラメータによって評価することができ、S21パラメータが、40GHzにおいて-5dB/100mm以上、0以下である。S21パラメータのマイナスは伝送損失があることを示し、S21パラメータの絶対値が小さいほど伝送損失が小さいことを示している。
【0036】
電子回路基板用積層体10を用いて作製するフレキシブル回路基板のピール強度は、金属スパッタリング層16上に直線状の導体を形成した試験片について、JISC5016-1994に準拠して測定した90度方向引きはがし強さによって評価することができる。ピール強度は、好ましくは3N/10mm以上である。
【0037】
電子回路基板用積層体10を用いて作製するフレキシブル回路基板の耐熱性は、加熱試験後のピール強度によって評価できる。電子回路基板用積層体10には、フレキシブル回路基板のリフロー処理を想定して、典型的には260℃以上の耐熱性が求められる。加熱試験は、具体的には、試験片をリフロー炉に通して、260℃で30秒の加熱を加えることによって実施できる。また、260℃×30秒の加熱を繰り返してもよい。リフロー炉に通す回数は、少なくとも1回、好ましくは6回以上で、加熱試験後のピール強度は、好ましくは3N/10mm以上である。
【0038】
電子回路基板用積層体10を用いて作製するフレキシブル回路基板の熱衝撃性は、JISC5016-1994に規定された熱衝撃(高温浸せき)試験前後の導通抵抗の変化によって評価できる。熱衝撃試験は、具体的には、試験片に260℃~20℃の熱サイクルを所定回数与える。導通抵抗の変化は、100回の熱サイクルの前後で、好ましくは10%以下である。試験方法の詳細は、実施例で後述する。
【0039】
次に、本実施形態の電子回路基板用積層体10の製造方法を説明する。
【0040】
基材フィルム15の原料となる樹脂組成物を溶融・混練して、前駆体フィルムに成形する。前駆体フィルムの成形は、例えば、押出成形法、カレンダー成形法、キャスティング法によって行うことができ、好ましくは、押出成形法によって行う。
【0041】
成形された未延伸の前駆体フィルムは、例えば、同時二軸延伸方式、逐次二軸延伸方式によって、好ましくは同時二軸延伸方式によって二軸配向される。二軸延伸の延伸倍率、延伸温度、延伸速度は、樹脂の熱的特性や所望の熱膨張率、引張破壊呼びひずみに応じて適当な条件を選択することができる。本実施形態では、延伸倍率は、MDおよびTDともに2.0倍~5.0倍とすることが好ましく、2.2倍~4.0倍とすることがより好ましい。MDおよびTDの延伸倍率は近似していることが好ましい。具体的には、MDの延伸倍率とTDの延伸倍率の差が、好ましくは0.6以下、より好ましくは0.3以下である。
【0042】
二軸延伸されたフィルムに対しては、さらに弛緩熱処理を行う。熱収縮率の絶対値を低減し、ガラス転移温度Tgを高くして、耐熱寸法安定性を向上させるためである。弛緩処理は、延伸されたフィルムの融点以下、好ましくは(融点-10℃)以下で行う。弛緩処理温度は、230℃以上、好ましくは240℃以上とする。これにより、基材フィルムのガラス転移温度Tgを230℃以上とすることができる。弛緩倍率はMDおよびTDともに、好ましくは0.80~1.00倍、より好ましくは0.85~1.00倍、最も好ましくは0.90~0.98倍とする。MDおよびTDの弛緩倍率は近似していることが好ましい。具体的には、MDの弛緩倍率とTDの弛緩倍率の差が、好ましくは0.1以下、より好ましくは0.05以下、最も好ましくは0.02以下である。
【0043】
以上により製造された基材フィルム15の両面に金属スパッタリング層16を形成する。なお、片面構造の電子回路基板用積層体11では、基材フィルム15の片面に金属スパッタリング層16を形成する。
【0044】
基材フィルム15を構成するSPSは接着性に乏しいため、まず基材フィルムの表面を活性化処理する。活性化処理の方法は特に限定されず、コロナ放電処理、オゾン酸化処理、UV・オゾン処理、プラズマ放電処理、電子線照射などの方法を用いることができる。好ましくは、基材フィルムの表面を大気圧プラズマで処理し、より好ましくは、基材フィルムの表面を大気圧窒素プラズマで処理する。SPSを主成分とする基材フィルムでは、大気圧プラズマ、特に大気圧窒素プラズマ処理によって、基材に与えるダメージを抑えることができるので好ましい。
【0045】
金属スパッタリング層16は、所望の金属のターゲットを用いて、マグネトロンスパッタなどの公知のスパッタ法によって積層できる。
【実施例0046】
上記実施形態の電子回路基板用積層体および比較例の電子回路基板用積層体を作製して、性能を評価した。
【0047】
まず、実施例に用いる基材フィルムSF-1と、比較例に用いる基材フィルムSF-2およびSF-3を作製した。
【0048】
(基材フィルムSF-1)
SPS(出光興産株式会社製、ザレック、ガラス転移点100℃、融点270℃)90質量%と、TPS-SEBS(株式会社クラレ製、セプトン)10質量%を予め混練したフルコンパウンドを、T-ダイを先端に取り付けた押出機を用いて320℃にて溶融押出後、冷却して前駆体フィルムを得た。この前駆体フィルムを110℃で延伸速度約500%/分、延伸倍率3.4×3.4(MD×TD)で同時二軸延伸し、その後、250℃で弛緩倍率0.95×0.95(MD×TD)で弛緩熱処理を行い、厚さ50μmの基材フィルムを作製した。この基材フィルムSF-1のガラス転移温度Tgは240℃であった。
【0049】
(基材フィルムSF-2)
SPS(出光興産株式会社、ザレック、ガラス転移点95℃、融点247℃)を、T-ダイを先端に取り付けた押出機を用いて、320℃にて溶融押出し、冷却して前駆体フィルム(約500μm)を得た。この前駆体フィルムを110℃で延伸速度500%/分、延伸倍率3.3×3.4(MD×TD)で同時二軸延伸し、その後、230℃で弛緩倍率0.94×0.96(MD×TD)で弛緩熱処理を行い、厚さ50μmの基材フィルムを作製した。この基材フィルムSF-2のガラス転移温度Tgは200℃であった。
【0050】
(基材フィルムSF-3)
SPS(出光興産株式会社製、ザレック、ガラス転移点95℃、融点247℃)80質量%と、TPS-SEEPS(株式会社クラレ製、セプトン)20質量%を予め混練したフルコンパウンドを、T-ダイを先端に取り付けた押出機を用いて320℃にて溶融押出後、冷却して前駆体フィルムを得た。この前駆体フィルムを110℃で延伸速度約500%/分、延伸倍率3.4×3.4(MD×TD)で同時二軸延伸し、その後、210℃で弛緩倍率0.95×0.95(MD×TD)で弛緩熱処理を行い、厚さ50μmの基材フィルムを作製した。この基材フィルムSF-3のガラス転移温度Tgは200℃であった。
【0051】
(実施例1)
基材フィルムSF-1の両面をラインスピード10m/分で、出力4kW/幅500mmの大気圧窒素プラズマで活性化処理した後、厚さ10nmのNiスパッタリング層と、厚さ10nmのCuスパッタリング層をこの順に積層して、実施例1の電子回路基板用積層体(両面構造)を作製した。
【0052】
(実施例2)
実施例1と同じ方法で、ただし、基材フィルムの両面をラインスピード10m/分で、出力4kW/幅500mmの真空プラズマで活性化処理した後、厚さ10nmのNiスパッタリング層と、厚さ10nmのCuスパッタリング層をこの順に積層して、実施例2の電子回路基板用積層体(両面構造)を作製した。
【0053】
(比較例1)
基材フィルムとしてSF-2を用いて、その他は実施例2と同じ方法で、比較例1の電子回路基板用積層体(両面構造)を作製した。
【0054】
(比較例2)
基材フィルムとしてSF-3を用いて、その他は実施例2と同じ方法で、比較例2の電子回路基板用積層体(両面構造)を作製した。
【0055】
(比較例3)
基材フィルムSF-1の両面をラインスピード10m/分で、出力4kW/幅500mmの大気圧窒素プラズマで活性化処理した後、片側のセパレートフィルムを剥離した接着剤フィルム(東亜合成株式会社、AF-700、厚さ5μm)を重ねて、真空プレス機を用いて120℃×0.4MPa×30秒で貼り付けた。次に、接着剤フィルムの反対側のセパレートフィルムを剥離して、銅箔(接着剤フィルム側表面の最大高さ粗さRz=1.3μm、厚さ18μm)を重ねて、真空プレス機を用いて120℃×0.4MPa×30秒で貼り付けた。さらに、熱プレス機で180℃×3MPa×30分間プレスし、プレス機を開放した後に加熱オーブン内に静置して180℃×30分間加熱して、比較例3の電子回路基板用積層体(両面構造)を作製した。
【0056】
表1に基材フィルムおよび接着層の比誘電率Dkおよび誘電正接Dfを示す。表1において、基材フィルムの誘電特性は、ASTMD2520に規定された空洞共振器法によって測定した。接着層の誘電特性は、比較例3に用いた接着剤フィルムのカタログ値である。図2に、実施例に用いた基材フィルムSF-1の、10GHz超の領域での比誘電率Dkおよび誘電正接Dfを示す。図2のDkおよびDfは平衡型円板共振器法による3回の測定結果である。
【0057】
【表1】
【0058】
実施例および比較例の電子回路基板用積層体を使用して各種試験片を作製し、伝送損失、ピール強度および耐熱性を評価した。実施例1~2および比較例1~2では、金属スパッタリング層16上の全面に銅の電気めっきにより厚さ18μmの導体層を形成してFCCLを作製し、これを用いて試験片を作製した。比較例3では、導体層としてすでに厚さ18μmの銅箔が積層されているので、これをそのまま用いて試験片を作製した。
【0059】
伝送損失は、導体層を、実施例1~2および比較例1~2では金属スパッタリング層とともに、パターンエッチングして、線幅約0.2mm、長さ100mmのマイクロストリップラインを形成し、特性インピーダンスを50ΩをしたときのS21パラメータを、ネットワークアナライザ(キーサイト・テクノロジー社、E8363B)とプローブ(フォームファクター社、ACP40-GSG250)を用いて、40GHzまでの周波数で測定した。S21パラメータのマイナスは伝送損失があることを示し、S21パラメータの絶対値が小さいほど伝送損失が小さいことを示している。
【0060】
ピール強度は、上記FCCLを20mm×100mmに切断して、導体層を、実施例1~2および比較例1~2では金属スパッタリング層とともに、エッチングして、導体の幅を10mmにした試験片を用い、JISC5016-1994に準拠して、50mm/分の速さで銅箔を引っ張って、90度方向引きはがし強さを求めた。
【0061】
耐熱性については、上記ピール試験と同形状の試験片を、リフロー炉に通して270℃×30秒の加熱を加えることを6回繰り返した後に、ピール強度を測定した。なお、加熱試験は260℃で行われることが多いが、本実施例ではやや厳しい条件で評価した。
【0062】
耐熱衝撃性については、JISC5016-1994に準拠して、ただし熱サイクルの条件を変えて高温浸漬試験を行って、試験前後の導通抵抗を測定した。具体的には以下のとおりである。当該JISの付図5と同様の、銅めっきスルーホールの耐熱衝撃性試験用のデイジーチェーン基板を作製し、100Vの電圧を印加して所定の2点間の導電抵抗値を初期値として測定した。次いで、260℃のシリコンオイル槽に15秒浸漬し、取り出し後15秒以内に移送して、20℃の冷却槽に15秒浸漬、取り出し後15秒以内に移送の熱サイクルを100回繰り返した後、再度同様に導通抵抗値を測定した。耐熱衝撃性の基準は、熱サイクルによって、導電抵抗が10%超変化しないこととした。
【0063】
表2に各試料の層構成を、評価結果とともに示す。図3に、いくつかの試料のS21パラメータを示す。試料はすべて両面構造で、金属スパッタリング層、接着層および銅箔は、同一のものが基材フィルムの両面に積層されている。表2において、ピール強度は2~4回の試験結果の平均である。耐熱衝撃性は、熱サイクル前後の導通抵抗の変化が10%未満であるものを「OK」とした。
【0064】
【表2】
【0065】
表2および図3から、実施例1~2の伝送損失は、銅箔を接着した比較例3と同程度に小さかった。表2および図3に示したS21パラメータは、実施例1~2についても、サブトラクティブ法でマイクロストリップラインを形成して測定したが、実施例1~2の電子回路基板用積層体10では、セミアディティブ法を用いることで、伝送損失をさらに低下できると考えられる。
【0066】
表2から、実施例1と実施例2を比較すると、実施例1の方が270℃の加熱試験の有無によらず、ピール強度が高かった。この原因は、実施例1では、大気圧プラズマ処理によって基材フィルムのダメージが抑えられたためと考えられる。比較例1~2では、加熱試験による変形が激しく、加熱試験後のピール強度は測定できなかった。比較例3では、270℃の加熱試験によっても、ピール強度が低下しなかった。なお、ピール試験の破壊モードは、実施例1~2および比較例1~2では、基材フィルムと第1金属スパッタリング層の界面剥離、比較例3では、基材フィルム表層の材料破壊であった。
【0067】
また、実施例1~2および比較例3では、上記熱衝撃試験によっても試験片の変形は見られず、導通抵抗の変化率も10%以下であった。比較例1~2では、熱衝撃試験(熱サイクル)による変形が激しく、熱衝撃試験後の導通抵抗は測定できなかった。
【0068】
本発明は、上記の実施形態や実施例に限定されるものではなく、その技術的思想の範囲内で種々の変形が可能である。
【符号の説明】
【0069】
10 電子回路基板用積層体(両面構造)
11 電子回路基板用積層体(片面構造)
15 基材フィルム
16 金属スパッタリング層
16a 第1金属スパッタリング層
16b 第2金属スパッタリング層
図1
図2
図3