(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024072515
(43)【公開日】2024-05-28
(54)【発明の名称】抗SARS-CoV-2抗体の検出方法、キメラタンパク質、ポリヌクレオチド、発現ベクター、宿主細胞、キメラタンパク質の製造方法及び試薬
(51)【国際特許分類】
G01N 33/569 20060101AFI20240521BHJP
C07K 19/00 20060101ALI20240521BHJP
C12N 15/62 20060101ALI20240521BHJP
C12N 15/63 20060101ALI20240521BHJP
C12N 1/15 20060101ALI20240521BHJP
C12N 1/19 20060101ALI20240521BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20240521BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20240521BHJP
C12P 21/02 20060101ALI20240521BHJP
C07K 14/705 20060101ALN20240521BHJP
【FI】
G01N33/569 L
C07K19/00 ZNA
C12N15/62 Z
C12N15/63 Z
C12N1/15
C12N1/19
C12N1/21
C12N5/10
C12P21/02 C
C07K14/705
【審査請求】未請求
【請求項の数】16
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022183369
(22)【出願日】2022-11-16
(71)【出願人】
【識別番号】390014960
【氏名又は名称】シスメックス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103034
【弁理士】
【氏名又は名称】野河 信久
(74)【代理人】
【識別番号】100159385
【弁理士】
【氏名又は名称】甲斐 伸二
(74)【代理人】
【識別番号】100163407
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 裕輔
(74)【代理人】
【識別番号】100166936
【弁理士】
【氏名又は名称】稲本 潔
(74)【代理人】
【識別番号】100174883
【弁理士】
【氏名又は名称】冨田 雅己
(74)【代理人】
【識別番号】100189429
【弁理士】
【氏名又は名称】保田 英樹
(74)【代理人】
【識別番号】100213849
【弁理士】
【氏名又は名称】澄川 広司
(72)【発明者】
【氏名】新 勇介
(72)【発明者】
【氏名】金 智恩
(72)【発明者】
【氏名】菅沼 政俊
(72)【発明者】
【氏名】井出 信幸
(72)【発明者】
【氏名】野田 健太
【テーマコード(参考)】
4B064
4B065
4H045
【Fターム(参考)】
4B064AG01
4B064AG20
4B064BJ12
4B064CA02
4B064CA05
4B064CA08
4B064CA09
4B064CA10
4B064CA11
4B064CA19
4B064CC24
4B064DA13
4B065AA01X
4B065AA57X
4B065AA83X
4B065AA86X
4B065AA87X
4B065AA87Y
4B065AA88X
4B065AA90X
4B065AA90Y
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA02
4B065CA24
4B065CA46
4H045AA10
4H045AA20
4H045AA30
4H045BA41
4H045CA40
4H045DA50
4H045EA50
4H045FA74
(57)【要約】
【課題】被検者から採取した検体において、SARS-CoV-2の受容体結合領域のうち、アンジオテンシン変換酵素2との結合に関与する部分に結合できる抗SARS-CoV-2抗体を選択的に検出できる手段を提供することを課題とする。
【解決手段】SARS-CoV-2の受容体結合領域のアミノ酸配列と、ノベコウイルス亜属に属するコロナウイルスの受容体結合領域のアミノ酸配列とを含むキメラタンパク質を用いて、検体から抗SARS-CoV-2抗体を検出することにより、上記の課題を解決する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
SARS-CoV-2の受容体結合領域のアミノ酸配列と、ノベコウイルス亜属に属するコロナウイルスの受容体結合領域のアミノ酸配列とを含むキメラタンパク質を用いて、被検者から取得した検体中の前記キメラタンパク質に対する抗体を検出する工程を含み、
前記キメラタンパク質が、
(i) 配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列を含むタンパク質;又は
(ii) 配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、且つSARS-CoV-2の受容体結合領域を認識する抗体と結合するタンパク質
に示されるタンパク質である、抗SARS-CoV-2抗体の検出方法。
【請求項2】
前記(ii)のタンパク質が、配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含む請求項1に記載の検出方法。
【請求項3】
前記(ii)のタンパク質が、配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列と95%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含む請求項1に記載の検出方法。
【請求項4】
前記キメラタンパク質に対する抗体を検出する工程は、
前記キメラタンパク質と、前記キメラタンパク質に対する抗体と、前記抗体に結合し且つ標識物質を有する捕捉体との免疫複合体を形成する工程と、
前記免疫複合体に含まれる標識物質により生じるシグナルを検出する工程と
を含む請求項1に記載の検出方法。
【請求項5】
前記シグナルに基づく値が、前記検体中の前記キメラタンパク質に対する抗体の存在の指標となる請求項4に記載の検出方法。
【請求項6】
前記検体が、血清又は血漿である請求項1に記載の検出方法。
【請求項7】
SARS-CoV-2の受容体結合領域のアミノ酸配列と、ノベコウイルス亜属に属するコロナウイルスの受容体結合領域のアミノ酸配列とを含み、
(i) 配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列を含むタンパク質;又は
(ii) 配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、且つSARS-CoV-2の受容体結合領域を認識する抗体と結合するタンパク質
に示されるキメラタンパク質。
【請求項8】
前記(ii)のタンパク質が、配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含む請求項7に記載のキメラタンパク質。
【請求項9】
前記(ii)のタンパク質が、配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列と95%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含む請求項7に記載のキメラタンパク質。
【請求項10】
請求項7~9のいずれか1項に記載のキメラタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
【請求項11】
請求項10に記載のポリヌクレオチドを含む発現ベクター。
【請求項12】
請求項10に記載のポリヌクレオチドが導入された宿主細胞。
【請求項13】
請求項11に記載の発現ベクターが導入された宿主細胞。
【請求項14】
請求項12に記載の宿主細胞を培養し、前記宿主細胞が発現した前記キメラタンパク質を回収することを含む、キメラタンパク質の製造方法。
【請求項15】
請求項13に記載の宿主細胞を培養し、前記宿主細胞が発現した前記キメラタンパク質を回収することを含む、キメラタンパク質の製造方法。
【請求項16】
請求項7~9のいずれか1項に記載のキメラタンパク質を含む、抗SARS-CoV-2抗体検出用試薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗SARS-CoV-2抗体の検出方法に関する。本発明は、キメラタンパク質に関する。本発明は、キメラタンパク質をコードするポリヌクレオチドに関する。本発明は、ポリヌクレオチドを含む発現ベクターに関する。本発明は、ポリヌクレオチド又は発現ベクターが導入された宿主細胞に関する。本発明は、キメラタンパク質の製造方法に関する。本発明は、抗SARS-CoV-2抗体検出用試薬に関する。
【背景技術】
【0002】
重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)は、生体の細胞の表面にあるアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)を受容体として認識して、当該細胞に感染する。より具体的には、SARS-CoV-2の表面にあるスパイクタンパク質がACE2と結合することにより、SARS-CoV-2が細胞膜と融合して細胞に侵入する。スパイクタンパク質は、ACE2との結合部位である受容体結合領域(RBD)を含む。また、RBDは、ACE2との接触を媒介する受容体結合モチーフ(RBM)と、RBM以外の領域を構成するコアとを含む。
【0003】
SARS-CoV-2に対する抗体の検出や解析のために、SARS-CoV-2のRBDの組換え型タンパク質が利用されている。例えば、非特許文献1には、RBDの組換え型タンパク質を用いて、SARS-CoV-2のRBDに対する種々の抗体を包括的に調べたことが記載されている。また、非特許文献2には、SARS-CoV-2がACE2を受容体として認識するメカニズムを調べるために、SARS-CoV-2のRBMとSARS-CoV-1のコアとを含むキメラRBDを用いたことが記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Starr TN.ら, SARS-CoV-2 RBD antibodies that maximize breadth and resistance to escape, Nature, vol.597, pp.97-102, 2021
【非特許文献2】Shang J.ら, Structural basis of receptor recognition by SARS-CoV-2, Nature, vol.581, pp.221-224, 2020
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
SARS-CoV-2感染者やSARS-CoV-2ワクチン接種者の検体には、ACE2との結合に関与しない部分に結合する抗体及びACE2との結合に関与する部分に結合する抗体が含まれると考えられる。従来のSARS-CoV-2検出では、ACE2との結合に関与する部分に結合する抗体を特異的に測定することはできなかった。しかし、そのような抗体を特異的に測定することができれば、SARS-CoV-2に対する感染防御能をより正確に検証できる可能性がある。本発明は、ACE2との結合に関与する部分に結合する抗SARS-CoV-2抗体を検出する手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、SARS-CoV-2のRBDにおいて、ACE2との結合に関与しない部分を別のコロナウイルス由来のRBDに置換したキメラタンパク質を、抗SARS-CoV-2抗体を検出するための抗原として用いることを着想した。そして、本発明者らは、SARS-CoV-2のRBDと、ノベコウイルス(Nobecovirus)亜属に属するコロナウイルスのRBDとを含むキメラタンパク質を用いて、検体から抗SARS-CoV-2抗体を検出できることを見出して、以下の[1]~[14]に記載の発明を完成した。
【0007】
[1]SARS-CoV-2のRBDのアミノ酸配列と、ノベコウイルス亜属に属するコロナウイルスのRBDのアミノ酸配列とを含むキメラタンパク質を用いて、被検者から取得した検体中の前記キメラタンパク質に対する抗体を検出する工程を含み、
前記キメラタンパク質が、
(i) 配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列を含むタンパク質;又は
(ii) 配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、且つSARS-CoV-2のRBDを認識する抗体と結合するタンパク質
に示されるタンパク質である、抗SARS-CoV-2抗体の検出方法。
【0008】
[2]前記(ii)のタンパク質が、配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含む、上記[1]に記載の検出方法。
【0009】
[3]前記(ii)のタンパク質が、配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列と95%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含む、上記[1]に記載の検出方法。
【0010】
[4]前記キメラタンパク質に対する抗体を検出する工程は、前記キメラタンパク質と、前記キメラタンパク質に対する抗体と、前記抗体に結合し且つ標識物質を有する捕捉体との免疫複合体を形成する工程と、前記免疫複合体に含まれる標識物質により生じるシグナルを検出する工程とをさらに含む、上記[1]~[3]のいずれか1に記載の検出方法。
【0011】
[5]前記シグナルに基づく値が、前記検体中の前記キメラタンパク質に対する抗体の存在の指標となる、上記[4]に記載の検出方法。
【0012】
[6]前記検体が血清又は血漿である、上記[1]~[5]のいずれか1に記載の検出方法。
【0013】
[7]SARS-CoV-2のRBDのアミノ酸配列と、ノベコウイルス亜属に属するコロナウイルスのRBDのアミノ酸配列とを含み、:
(i) 配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列を含むタンパク質;又は
(ii) 配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、且つSARS-CoV-2のRBDを認識する抗体と結合するタンパク質
に示されるキメラタンパク質。
【0014】
[8]前記(ii)のタンパク質が、配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含む、上記[7]に記載のキメラタンパク質。
【0015】
[9]前記(ii)のタンパク質が、配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列と95%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含む、上記[7]に記載のキメラタンパク質。
【0016】
[10]上記[7]~[9]のいずれか1に記載のキメラタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
【0017】
[11]上記[10]に記載のポリヌクレオチドを含む発現ベクター。
【0018】
[12]上記[10]に記載のポリヌクレオチド又は上記[11]に記載の発現ベクターが導入された宿主細胞。
【0019】
[13]上記[12]に記載の宿主細胞を培養し、前記宿主細胞が発現した前記キメラタンパク質を回収することを含む、キメラタンパク質の製造方法。
【0020】
[14]上記[7]~[9]のいずれか1に記載のキメラタンパク質を含む、抗SARS-CoV-2抗体検出用試薬。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、ACE2との結合に関与する部分に結合する抗SARS-CoV-2抗体を検出する方法、当該方法に用いられるキメラタンパク質、キメラタンパク質をコードするポリヌクレオチド、発現ベクター、宿主細胞及び当該宿主細胞を用いたキメラタンパク質の製造方法並びにキメラタンパク質を含む抗SARS-CoV-2抗体検出用試薬を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】本実施形態のキメラタンパク質の一例を示す図である。図中、Aで示した実線で囲まれた部分は、SARS-CoV-2のRBDのアミノ酸配列を含む領域を示す。Bで示した破線で囲まれた部分は、ノベコウイルス亜属に属するコロナウイルスのRBDのアミノ酸配列を含む領域を示す。
【
図2】SARS-CoV-2のスパイクタンパク質のアミノ酸配列(配列番号3)のうち、RBDを含む領域のアミノ酸配列(配列番号4)を示す図である。図中、グレーマーカーを付した配列は、RBDのアミノ酸配列である。下線を付した箇所は、後述の第1領域に含まれるアミノ酸残基である。四角で囲んだ箇所は、RBDと、中和活性を有する抗体とが相互作用する部位として同定されたアミノ酸残基である。
【
図3】本実施形態の抗SARS-CoV-2抗体検出用試薬キットの一例を示す模式図である。
【
図4】本実施形態の抗SARS-CoV-2抗体検出用試薬キットの一例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本実施形態の抗SARS-CoV-2抗体の検出方法(以下、「本実施形態の検出方法」ともいう)では、SARS-CoV-2のRBDのアミノ酸配列と、ノベコウイルス亜属に属するコロナウイルスのRBDのアミノ酸配列とを含むキメラタンパク質を用いて、被検者から取得した検体中の当該キメラタンパク質に対する抗体を検出する。以下、このキメラタンパク質を「本実施形態のキメラタンパク質」ともいう。
図1を参照して、本実施形態のキメラタンパク質は、SARS-CoV-2のRBDのアミノ酸配列を含む部分(図中のA参照)と、ノベコウイルス亜属に属するコロナウイルスのRBDのアミノ酸配列を含む部分(図中のB参照)との二つが融合した立体構造を有している。本実施形態のキメラタンパク質は、具体的には、以下の(i)又は(ii)に示されるタンパク質である。
【0024】
(i) 配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列を含むタンパク質;
(ii) 配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、且つSARS-CoV-2のRBDを認識する抗体と結合するタンパク質。
【0025】
配列番号1及び2に記載のアミノ酸配列は、以下のとおりである。
(配列番号1)
RAQVAGFVRVTQRGSYCTPPYSVLQDPRPQPVVWRRYMLYDCVFDFTVVVDSASFSTFKCYGVSPRRLASMCYGSVTLDVMRIRGDEVRQLFNRVTGKFSDYNYALPDNFYGCLHAWNSNNLDSKVGGNYNYLYRLFRKSNLKPFERDISTEIYQAGSTPCNGVEGFNCYFPLQSYGFQPTNGVGYQPYRLAVITLKPAAGSKLVCPVANDTVVITDR
【0026】
(配列番号2)
RAEAKKLVQVTQQEGSCAIPYTTILEPRPSPAAWVRATISNCTFDFESLLRTASFSTFKCYGISPARLSTMCYAGVTLDIFKLRGDEVRQMLGSVTDKVSDYNYALPSNFYGCVHAWNSNNLDSKVGGNYNYLYRLFRKSNLKPFERDISTEIYQAGSTPCNGVEGFNCYFPLQSYGFQPTNGVGYQPYRGVVVIGLTPASGSNLVCPKANDTHVIEGQ
【0027】
配列番号1及び2に記載のアミノ酸配列は、SARS-CoV-2のRBDのアミノ酸配列のうち、ACE2及び所定の抗SARS-CoV-2抗体との結合に関与する領域(以下、「第1領域」とも呼ぶ)のアミノ酸配列を含む。上記した配列番号1及び2に記載のアミノ酸配列において、第1領域は、下線を付したアミノ酸配列である。第1領域は、所定の抗SARS-CoV-2抗体と相互作用するアミノ酸残基を含む(
図2参照)。よって、本実施形態のキメラタンパク質は、抗SARS-CoV-2抗体を検出するための抗原として用いることができる。被検者から採取した検体中に本実施形態のキメラタンパク質に結合する抗体が含まれていた場合、その抗体は、抗SARS-CoV-2抗体であり得る。このように、本実施形態の検出方法では、被検者から取得した検体に含まれるキメラタンパク質に対する抗体が、抗SARS-CoV-2抗体として検出される。
【0028】
上記の所定の抗SARS-CoV-2抗体とは、クローン名がCV30、REGNI10933、BD23、REGNI10987及びCR3022で表されるモノクローナル抗体である。これらの抗体のアミノ酸配列は、後述の実験例1の表3及び4に示すとおりである。これらの抗体は、SARS-CoV-2のRBDに特異的に結合して、当該RBDとACE2との結合を阻害する活性(以下、「中和活性」ともいう)を有することが確認されている。すなわち、上記5種の抗体は、SARS-CoV-2に対する中和抗体である。また、これらの抗体は、RBDとの共結晶の構造がすでに解析されており、公知のデータベースであるProtein Data Bank(PDB)に登録されている。本実施形態のキメラタンパク質は、その第1領域において上記の中和抗体との結合に関与するアミノ酸残基を含む。また、本実施形態のキメラタンパク質は、実際に上記5種の抗体と結合できることが後述の実施例で確認されている。よって、検体中に本実施形態のキメラタンパク質に結合する抗体が含まれる場合、その抗体は、中和活性を有する抗SARS-CoV-2抗体であり得る。
【0029】
第1領域は、SARS-CoV-2のRBDのアミノ酸配列において本発明者らが定義した領域である。具体的には、第1領域は、ACE2とRBDとの共結晶及び中和抗体とRBDとの共結晶の構造情報に基づいて同定されたアミノ酸残基を含む領域である。SARS-CoV-2のRBDのアミノ酸配列において同定されたアミノ酸残基は、ACE2及び中和抗体と相互作用する残基である。第1領域に含まれるアミノ酸残基は、以下のようにして決定した。
【0030】
まず、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質のアミノ酸配列及び構造に基づいて、当該スパイクタンパク質のアミノ酸残基をナンバリングした。参照した情報は、公知のデータベースであるGenBank及びUniprotから取得した(GenBankアクセッションNo. NC_045512.2、Uniprot ID:P0DTC2)。RBDは、ナンバリングしたスパイクタンパク質のアミノ酸配列と構造に基づいて規定した。
図2を参照して、SARS-CoV-2のRBDのアミノ酸配列は、配列番号3に示されるスパイクタンパク質の319番目から541番目までのアミノ酸残基からなるアミノ酸配列(配列番号5)である。そして、ACE2及び中和抗体とSARS-CoV-2のRBDとの共結晶の構造情報をPDBから取得し、RBDにおいて、ACE2及び中和抗体と相互作用するアミノ酸残基を同定した。参照した情報は、PDB ID:6M0Jで登録されたデータである。例えば、
図2に示すアミノ酸配列では、中和抗体と相互作用するアミノ酸残基は、四角で囲まれた残基である。本発明者らは、同定したアミノ酸残基に基づいて、第1領域を定義した。すなわち、第1領域は、配列番号3に示されるスパイクタンパク質の346、372~378、403~409、415、417、420、421及び435~509番目のアミノ酸残基からなる領域である。これらのアミノ酸残基は、
図2に示すアミノ酸配列において、下線を付した残基である。
図2から分かるように、第1領域は、中和抗体と相互作用するアミノ酸残基を含む。
【0031】
本実施形態のキメラタンパクにおいて、ノベコウイルス亜属に属するコロナウイルスのRBDのアミノ酸配列が構成する部位は、キメラタンパク質全体のRBDとしての立体構造の維持に関すると考えられる領域(以下、「第2領域」ともいう)である。上記した配列番号1及び2に記載のアミノ酸配列において、第2領域は、下線部以外のアミノ酸配列である。第2領域の存在により、第1領域が、抗SARS-CoV-2抗体に認識される抗原としての立体構造も維持されていると考えられる。配列番号1に記載のアミノ酸配列において、第2領域は、ノベコウイルス亜属のHKU9株のRBDに由来するアミノ酸配列を含む。配列番号2に記載のアミノ酸配列において、第2領域は、ノベコウイルス亜属のGCCDC1株のRBDに由来するアミノ酸配列を含む。
【0032】
第2領域は、後述の実験例1に示すように、配列アライメントにより、ノベコウイルス亜属に属するコロナウイルスのRBDのアミノ酸配列と、SARS-CoV-2のRBDのアミノ酸配列とを対比して決定された。配列アライメントとは、複数のアミノ酸配列を比較可能に整列することをいう。具体的には、まず、ノベコウイルス亜属に属するコロナウイルスのRBDのアミノ酸配列において、第1領域のアミノ酸残基に対応するアミノ酸残基を特定した。そして、特定したアミノ酸残基を、ノベコウイルス亜属に属するコロナウイルスのRBDのアミノ酸配列から除いた残りの配列を、第2領域として特定した。
【0033】
第2領域は、SARS-CoV-2のRBDのアミノ酸配列との同一性が低い(約27%)。そのため、検体中に、第1領域とは結合しない抗SARS-CoV-2抗体が含まれていたとしても、当該抗体は、本実施形態のキメラタンパク質の第2領域には結合しないと考えられる。したがって、本実施形態のキメラタンパク質と結合する抗SARS-CoV-2抗体は、第1領域を認識する抗体であり得る。
【0034】
上記(ii)のタンパク質も、本実施形態のキメラタンパク質である。すなわち、本実施形態のキメラタンパク質は、SARS-CoV-2のRBDを認識する抗体と結合するかぎり、配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列と80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらにより好ましくは99%の同一性を有するアミノ酸配列を含んでもよい。アミノ酸配列の同一性は、配列アライメントにより決定できる。配列アライメント自体は公知であり、例えばClustalW、TREBMALなどの公知の多重アライメントプログラム、Discovery Studio 2020などの市販のタンパク質解析用ソフトウェアなどにより行うことができる。
【0035】
上記(ii)のタンパク質のアミノ酸配列では、第1領域のアミノ酸配列は、配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列と同一であることが好ましい。すなわち、配列アライメントにより、上記(ii)のタンパク質のアミノ酸配列と、配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列を対比したとき、両者の間で、第1領域のアミノ酸配列に含まれるアミノ酸残基の種類及び位置が一致することが好ましい。
【0036】
配列番号1に記載のアミノ酸配列と、配列番号2のアミノ酸配列とを配列アライメントにより対比すると、第1領域のアミノ酸配列は一致しており、第2領域のアミノ酸配列の同一性は約70%である。例えば、配列番号1に記載のアミノ酸配列において第2領域のアミノ酸残基を改変して、上記(ii)のタンパク質のアミノ酸配列を設計する場合、配列番号2に記載のアミノ酸配列の第2領域を参照して、どのように改変するかを決定してもよい。あるいは、配列番号2に記載のアミノ酸配列において第2領域のアミノ酸残基を改変して、上記(ii)のタンパク質のアミノ酸配列を設計する場合、配列番号1に記載のアミノ酸配列の第2領域を参照して、どのように改変するかを決定してもよい。アミノ酸残基の改変は、置換、付加及び欠失のいずれでもよいが、好ましくは置換である。
【0037】
上記(ii)のタンパク質である本実施形態のキメラタンパク質と、SARS-CoV-2のRBDを認識する抗体と結合は、公知の免疫学的測定法によりルーチンで確認できる。SARS-CoV-2のRBDを認識する抗体は特に限定されず、RBDと結合できる市販の抗SARS-CoV-2抗体を用いてもよい。あるいは、後述の実験例1で用いたクローン名がCV30、REGNI10933、BD23、REGNI10987及びCR3022で表されるモノクローナル抗体を用いてもよい。免疫学的測定法としては、例えば、酵素結合免疫吸着法(ELISA)、免疫沈降法などが挙げられる。
【0038】
本実施形態のキメラタンパク質は、必要に応じて、付加的なオリゴペプチド又はポリペプチドを含んでもよい。そのようなオリゴペプチド及びポリペプチドとしては、シグナルペプチド、ペプチドタグなどが挙げられる。ペプチドタグは、例えばヒスチジンタグ、グルタチオン-S-トランスフェラーゼ(GST)タグ、FLAG(登録商標)タグなど公知のペプチドタグから適宜選択できる。
【0039】
被検者は特に限定されないが、抗SARS-CoV-2抗体が生じているか又は生じている可能性がある被検者が好ましい。そのような被検者としては、例えば、SARS-CoV-2に感染した者、COVID-19を発症した者、又はCOVID-19ワクチンの接種を受けた者などが挙げられる。COVID-19を発症した者には、COVID-19の症状がある患者、無症状の患者、及びCOVID-19が治癒した者が含まれる。
【0040】
検体は特に限定されないが、抗SARS-CoV-2抗体を含むか又は含む可能性がある検体が好ましい。そのような検体としては、例えば、血液検体、唾液、鼻水、鼻咽頭拭い液、喀痰、気管支肺胞洗浄液、リンパ液、組織液、脳脊髄液などが挙げられる。血液検体としては、例えば、血液(全血)、血漿、血清などが挙げられる。それらの中でも、血液検体が好ましく、血清及び血漿が特に好ましい。
【0041】
検体に細胞などの不溶性の夾雑物が含まれる場合、例えば遠心分離、ろ過などの公知の手段により、検体から夾雑物を除去してもよい。検体は、必要に応じて適切な水性媒体で希釈してもよい。そのような水性媒体としては、例えば水、生理食塩水、緩衝液などが挙げられる。緩衝液は、中性付近のpH(例えば6以上8以下のpH)で緩衝作用を有することが好ましい。そのような緩衝液としては、例えば、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)、トリス塩酸緩衝液(Tris-HCl)、トリス緩衝生理食塩水(TBS)、グッド緩衝液などが挙げられる。グッド緩衝液としては、例えばHEPES、MES、PIPESなどが挙げられる。
【0042】
本実施形態の検出方法では、被検者から採取した検体と、本実施形態のキメラタンパク質とを接触することを含むことが好ましい。検体中に、キメラタンパク質と結合可能な抗体(すなわち、キメラタンパク質に対する抗体)が含まれている場合、検体とキメラタンパク質との接触により、当該抗体とキメラタンパク質とが結合して複合体が形成される。この複合体を検出することにより、検体中のキメラタンパク質に対する抗体を検出できる。上述のとおり、本実施形態のキメラタンパク質は、所定の抗SARS-CoV-2抗体と結合することが確認されている。よって、検出されたキメラタンパク質に対する抗体は、所定の抗SARS-CoV-2抗体と同様、SARS-CoV-2のRBDに結合する抗体であるといえる。以下、検体中の本実施形態のキメラタンパク質に対する抗体を「標的抗体」とも呼ぶ。
【0043】
本実施形態のキメラタンパク質と標的抗体との複合体を検出する方法は、例えば公知の免疫学的測定法から適宜選択できる。そのような免疫学的測定法としては、例えば、ELISA、酵素免疫測定法、免疫比濁法、免疫比ろう法、ラテックス凝集法などが挙げられる。それらの中でもELISAが好ましい。ELISAの種類は、直接法、間接法、サンドイッチ法、競合法などのいずれであってもよい。一例として、間接ELISAより標的抗体を検出する場合について、以下に説明する。
【0044】
間接ELISAによる標的抗体の検出では、標的抗体に結合し且つ標識物質を有する捕捉体(以下、「標識捕捉体」ともいう)を用いる。標識捕捉体は、標識物質により生じるシグナルを介して、キメラタンパク質と標的抗体との複合体を検出可能にする物質である。ここで、標的抗体は、被検者由来のヒト抗体である。そのようなヒト抗体の種類としては、例えばIgG、IgA、IgMなどが挙げられる。よって、標識捕捉体は、そのようなヒト抗体に結合可能な物質を標識物質で修飾することにより作製できる。ヒト抗体に結合可能な物質としては、例えば、抗ヒトIgG抗体、抗ヒトIgA抗体、抗ヒトIgM抗体、アプタマーなどが挙げられる。標識物質の詳細は後述する。
【0045】
間接ELISAによる標的抗体の検出では、標識捕捉体を用いて、次の工程を行う。まず、本実施形態のキメラタンパク質と、標的抗体と、標識捕捉体との免疫複合体を形成する工程を行う。次いで、免疫複合体に含まれる標識物質により生じるシグナルを検出する工程を行う。各工程について、以下に説明する。説明では、検体は標的抗体を含むものとする。
【0046】
免疫複合体を形成する工程では、検体とキメラタンパク質と標識捕捉体とを混合する。混合の順序は特に限定されず、検体とキメラタンパク質と標識捕捉体とを実質的に同時に混合してもよいし、逐次混合してもよい。あるいは、検体とキメラタンパク質とを混合した後、混合物に標識捕捉体を添加して混合してもよい。混合により、検体中の標的抗体と、キメラタンパク質とが接触して結合する。これにより、キメラタンパク質と標的抗体との複合体が形成される。そして、当該複合体と標識捕捉体とが接触して結合することにより、免疫複合体が形成される。
【0047】
好ましい実施形態では、免疫複合体は、本実施形態のキメラタンパク質を固定可能な固相(以下、単に「固相」ともいう)上に形成する。例えば、検体とキメラタンパク質と標識捕捉体との混合物と、固相とを混合する。これにより、混合物中の免疫複合体と固相とが接触して、免疫複合体中のキメラタンパク質が固相上に固定される。その結果、固相上に免疫複合体が形成される。あるいは、あらかじめ本実施形態のキメラタンパク質が固定された固相を用いてもよい。検体と、キメラタンパク質が固定された固相と、標識捕捉体とを混合することにより、検体中の標的抗体とキメラタンパク質と標識捕捉体とが固相上で接触して、免疫複合体が固相上に形成される。
【0048】
固相は、本実施形態のキメラタンパク質を固定可能な不溶性の担体であればよい。例えば、固相とキメラタンパク質とが直接又は間接的に結合することにより、キメラタンパク質を固相に固定できる。固相とキメラタンパク質との直接の結合としては、例えば、疎水性相互作用による固相表面への吸着又は共有結合が挙げられる。例えば、固相がELISA用マイクロプレートである場合、吸着によりキメラタンパク質をプレートのウェル内に固定できる。固相が表面に官能基を有する場合、官能基を利用した共有結合により、キメラタンパク質を固相表面に固定できる。例えば、固相がカルボキシル基を有する粒子である場合、上述のカルボキシル基を有する化合物のクロスリンク反応を利用できる。具体的には、粒子表面のカルボキシル基をWSCで活性化し、次いでNHSと反応させてNHSエステルを形成する。そして、NHSエステルを有する粒子とキメラタンパク質とを接触させると、NHSエステルとキメラタンパク質のアミノ基とが反応して、キメラタンパク質が粒子表面に共有結合で固定される。
【0049】
固相とキメラタンパク質との間接的結合としては、キメラタンパク質に特異的に結合する分子を介した結合が挙げられる。そのような分子を固相表面にあらかじめ固定しておくことで、キメラタンパク質を固相に固定できる。例えば、キメラタンパク質を特異的に認識する抗体が挙げられる。また、キメラタンパク質と固相との間を介在する物質の組み合わせを用いて、両者を結合することもできる。そのような物質の組み合わせとしては、ビオチン類とアビジン類、ハプテンと抗ハプテン抗体などの組み合わせが挙げられる。ビオチン類とは、ビオチン、並びにデスチオビオチン及びオキシビオチンなどのビオチン類縁体を含む。アビジン類とは、アビジン、並びにストレプトアビジン及びタマビジン(登録商標)などのアビジン類縁体を含む。ハプテンと抗ハプテン抗体の組み合わせとしては、2, 4-ジニトロフェニル(DNP)基を有する化合物と抗DNP抗体との組み合わせが挙げられる。例えば、キメラタンパク質がビオチン類で修飾され、固相にあらかじめアビジン類が固定されている場合、ビオチン類とアビジン類との結合を介して、キメラタンパク質を固相に固定できる。
【0050】
固相の素材は特に限定されず、例えば有機高分子化合物、無機化合物、生体高分子などから選択できる。有機高分子化合物としては、ラテックス、ポリスチレン、ポリプロピレンなどが挙げられる。無機化合物としては、磁性体(酸化鉄、酸化クロム及びフェライトなど)、シリカ、アルミナ、ガラスなどが挙げられる。生体高分子としては、不溶性アガロース、不溶性デキストラン、ゼラチン、セルロースなどが挙げられる。これらのうちの2種以上を組み合わせて用いてもよい。固相の形状は特に限定されず、例えば粒子、膜、マイクロプレート、マイクロチューブ、試験管などが挙げられる。それらの中でも、マイクロプレート及び粒子が好ましい。粒子は、磁性粒子であることが特に好ましい。
【0051】
シグナルを検出する工程において、検出されるシグナルは、免疫複合体中の標識捕捉体が有する標識物質により生じる。標識物質により生じるシグナルは、検体中の標的抗体の存在又は量を反映する。すなわち、シグナルに基づく値は、標的抗体の存在の指標となる。本明細書において「シグナルを検出する」とは、シグナルの有無を定性的に検出すること、シグナルの強度を定量すること、及び、シグナルの強度を半定量的に検出することを含む。「シグナルの強度を半定量的に検出する」とは、シグナル強度を「シグナル発生せず」、「弱」、「強」などのように複数の段階に検出することをいう。好ましくは、免疫複合体に含まれる標識物質により生じるシグナルの強度を定量して、測定値を取得する。必要に応じて、シグナル強度の測定値からバックグラウンドの値を差し引いた値を取得してもよい。バックグラウンドの値としては、例えば、検体、キメラタンパク質、及び標識捕捉体のいずれか1つを用いない測定により得たシグナル強度の測定値が挙げられる。
【0052】
標識物質は特に限定されず、例えば、それ自体がシグナルを発生する物質(以下、「シグナル発生物質」ともいう)であってもよいし、他の物質の反応を触媒してシグナルを発生させる物質であってもよい。シグナル発生物質としては、例えば蛍光物質、放射性同位元素などが挙げられる。他の物質の反応を触媒して検出可能なシグナルを発生させる物質としては、例えば酵素が挙げられる。酵素としては、アルカリホスファターゼ(ALP)、ペルオキシダーゼ、β-ガラクトシダーゼ、ルシフェラーゼなどが挙げられる。蛍光物質としては、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)、ローダミン、Alexa Fluor(登録商標)などの蛍光色素、GFPなどの蛍光タンパク質などが挙げられる。放射性同位元素としては、125I、14C、32Pなどが挙げられる。標識物質としては、酵素が好ましく、ALPが特に好ましい。
【0053】
シグナルを検出する方法自体は公知である。標識物質に由来するシグナルの種類に応じて、適切な測定方法を選択できる。例えば、標識物質が酵素である場合、酵素と該酵素に対する基質とが反応することによって発生する光、色などのシグナルを、公知の装置を用いて測定することにより行うことができる。そのような測定装置としては、分光光度計、ルミノメータなどが挙げられる。
【0054】
酵素の基質は、該酵素の種類に応じて公知の基質から適宜選択できる。例えば、酵素としてALPを用いる場合、基質として、CDP-Star(登録商標)(4-クロロ-3-(メトキシスピロ[1, 2-ジオキセタン-3, 2'-(5'-クロロ)トリクシロ[3. 3. 1. 13, 7]デカン]-4-イル)フェニルリン酸2ナトリウム)、CSPD(登録商標)(3-(4-メトキシスピロ[1, 2-ジオキセタン-3, 2-(5'-クロロ)トリシクロ[3. 3. 1. 13, 7]デカン]-4-イル)フェニルリン酸2ナトリウム)などの化学発光基質、5-ブロモ-4-クロロ-3-インドリルリン酸(BCIP)、5-ブロモ-6-クロロ-インドリルリン酸2ナトリウム、p-ニトロフェニルリン酸などの発色基質が挙げられる。また、酵素としてペルオキシダーゼを用いる場合、基質としては、ルミノール及びその誘導体などの化学発光基質、2, 2'-アジノビス(3-エチルベンゾチアゾリン-6-スルホン酸アンモニウム)(ABTS)、1, 2-フェニレンジアミン(OPD)、3, 3',5, 5'-テトラメチルベンジジン(TMB)などの発色基質が挙げられる。
【0055】
標識物質が放射性同位体である場合、シグナルとしての放射線を、シンチレーションカウンターなどの公知の装置を用いて測定できる。また、標識物質が蛍光物質である場合は、シグナルとしての蛍光を、蛍光マイクロプレートリーダーなどの公知の装置を用いて測定できる。なお、励起波長及び蛍光波長は、用いた蛍光物質の種類に応じて適宜決定できる。
【0056】
シグナルの検出結果は、標的抗体の測定結果として用いることができる。例えば、シグナルの強度を定量的に検出する場合は、シグナル強度の測定値自体又は該測定値から取得される値を、標的抗体の測定値として用いることができる。シグナル強度の測定値から取得される値としては、例えば、該測定値から陰性対照試料の測定値又はバックグラウンドの値を差し引いた値などが挙げられる。陰性対照試料は適宜選択することができ、例えば、標的抗体を含まない緩衝液、SARS-CoV-2に感染したことのない健常人から取得した検体などが挙げられる。
【0057】
免疫複合体を形成する工程とシグナルを検出する工程との間に、免疫複合体を形成していない未反応の遊離成分を除去するB/F(Bound/Free)分離を行ってもよい。未反応の遊離成分とは、免疫複合体を構成しない成分をいう。例えば、標的抗体と結合しなかった本実施形態のキメラタンパク質及び標識捕捉体などが挙げられる。B/F分離の手段は特に限定されないが、固相が粒子であれば、遠心分離により、免疫複合体を捕捉した固相だけを回収することによりB/F分離ができる。固相がマイクロプレートやマイクロチューブなどの容器であれば、未反応の遊離成分を含む液を除去することによりB/F分離ができる。また、固相が磁性粒子の場合は、磁石で磁性粒子を磁気的に拘束した状態でノズルによって未反応の遊離成分を含む液を吸引除去することによりB/F分離ができる。このB/F分離は、測定の自動化の観点で好ましい。未反応の遊離成分を除去した後、免疫複合体を捕捉した固相をPBSなどの適切な水性媒体で洗浄してもよい。
【0058】
本発明のさらなる実施形態は、本実施形態のキメラタンパク質をコードするポリヌクレオチド(以下、「本実施形態のポリヌクレオチド」ともいう)に関する。本実施形態のポリヌクレオチドは、DNA及びRNAのいずれであってもよい。DNAは、RNAに比べて安定な物質であり、また、種々のDNAベクターが市販されている。よって、DNAである本実施形態のポリヌクレオチドは、保存及び取り扱いが容易である点で有利である。タンパク質をコードするRNAは、細胞に導入されたとき、転写調節プロセスの影響を受けずに当該タンパク質を発現可能であることが知られている。よって、RNAである本実施形態のポリヌクレオチドは、宿主細胞において迅速なキメラタンパク質の発現が可能となる点で有利である。
【0059】
本実施形態のポリヌクレオチドは、必要に応じて、キメラタンパク質をコードするヌクレオチド配列以外に、種々のヌクレオチド配列を含んでもよい。そのようなヌクレオチド配列としては、例えば、シグナルペプチドをコードするヌクレオチド配列、制限酵素の認識配列、ペプチドタグをコードするヌクレオチド配列、終始コドンなどが挙げられる。ペプチドタグは、例えばヒスチジンタグ、GSTタグ、FLAG(登録商標)タグなど公知のペプチドタグから適宜選択できる。
【0060】
本発明のさらなる実施形態は、本実施形態のポリヌクレオチドを含む発現ベクター(以下、「本実施形態の発現ベクター」ともいう)に関する。本実施形態の発現ベクターは、本実施形態のポリヌクレオチドが公知のベクターに組み込まれた形態にあり得る。ベクターの種類は、宿主細胞でのタンパク質発現を可能にするかぎり、特に限定されない。ベクターの種類としては、例えばプラスミドベクター、ウイルスベクターなどが挙げられる。ベクターは線状でも環状でもよい。プラスミドベクターの種類は特に限定されず、例えば発現ベクター、ウイルスベクター作製用ベクター、トランスポゾンベクターなどが挙げられる。発現ベクターは、哺乳動物細胞、昆虫細胞、酵母、大腸菌などの適切な宿主細胞において、当該ベクターに組み込まれたポリヌクレオチドがコードするタンパク質を発現することを可能にするベクターである。トランスポゾンベクターは、トランスポザーゼをコードする遺伝子が組み込まれた発現ベクターとともに適切な宿主に導入されることで、トランスポゾンベクターに組み込まれたポリヌクレオチドを宿主細胞のゲノムに組み込むことを可能にする。
【0061】
ウイルスベクターの種類は特に限定されず、例えばレトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクター、ワクシニアウイルスベクター、エプスタイン・バーウイルス(EBV)ベクターなどが挙げられる。感染した細胞内でウイルスが自己複製されないように、ウイルスベクターは、複製能が欠損していることが好ましい。
【0062】
本実施形態の発現ベクターは、必要に応じて、適切な制御配列を含んでもよい。そのような制御配列としては、例えばプロモーター配列、オペレーター配列、エンハンサー配列、薬剤耐性マーカーをコードするヌクレオチド配列、マルチクローニングサイトなどが挙げられる。
【0063】
本発明のさらなる実施形態は、本実施形態のポリヌクレオチド又は本実施形態の発現ベクターが導入された宿主細胞(以下、「本実施形態の宿主細胞」ともいう)に関する。ポリヌクレオチド又は発現ベクターの導入に用いられる宿主細胞は、遺伝子組換えによりタンパク質発現系として利用可能であれば、特に限定されない。宿主細胞としては、例えば、哺乳動物細胞、昆虫細胞、植物細胞、酵母、大腸菌などが挙げられる。本実施形態のキメラタンパク質をコードするポリヌクレオチド又はそれを含む発現ベクターを宿主細胞に導入することにより、ポリヌクレオチド又は発現ベクターを含む宿主細胞を得ることができる。ポリヌクレオチド又は発現ベクターを導入する方法自体は公知である。そのような方法としては、例えば、リポフェクション法、リン酸カルシウム法、エレクトロポレーション法などが挙げられる。市販のトランスフェクションキットを用いてもよい。発現ベクターにウイルスベクターを用いている場合は、ウイルス感染による導入を行うことができる。
【0064】
本発明のさらなる実施形態は、本実施形態のキメラタンパク質の製造方法(以下、「本実施形態の製造方法」ともいう)に関する。本実施形態のキメラタンパク質は、DNA組み換え技術及びその他の分子生物学的技術などの公知の方法により製造できる。例えば、まず、本実施形態のポリヌクレオチドを合成する。ポリヌクレオチドを合成する方法自体は公知であり、遺伝子合成受託サービスを利用してもよい。ポリヌクレオチドがDNAである場合、当該ポリヌクレオチドを公知の発現用ベクターに組み込み、本実施形態の発現ベクターを取得する。得られた発現ベクターを適当な宿主細胞に導入する。宿主細胞の詳細は上記のとおりである。これにより、宿主細胞において、キメラタンパク質が発現する。ポリヌクレオチドがRNAである場合、当該ポリヌクレオチドを宿主細胞に導入できる。これにより、転写調節プロセスの影響を受けずに当該タンパク質を発現できる。ポリヌクレオチド、発現ベクター及びそれらの導入の詳細は、上記のとおりである。
【0065】
本実施形態の製造方法では、ポリヌクレオチド又は発現ベクターを導入した宿主細胞を所定の期間、培養する。宿主細胞は、ポリヌクレオチド又は発現ベクターが導入される前と同様に培養できる。培地、血清、添加物などは、宿主細胞の種類に応じて適宜決定できる。培地としては、例えばMEM、DMEM、RPMI-1640などが挙げられる。血清としては、例えばウシ胎児血清(FBS)、ヒトAB型血清などが挙げられる。添加物としては、例えばL-グルタミン、抗生物質などが挙げられる。免疫細胞の培養条件としては、例えば37℃で5%CO2雰囲気下の条件が挙げられる。
【0066】
所定の期間は、少なくとも、免疫細胞にキメラタンパク質が発現するまでの期間であり得る。キメラタンパク質が発現するまでの期間は、ポリヌクレオチド又は発現ベクターの導入方法に応じて決定されるが、例えば3時間以上72時間以下、好ましくは6時間以上48時間以下である。ポリヌクレオチド又は発現ベクターの導入方法が、宿主細胞においてキメラタンパク質の安定発現を可能にする方法であった場合、所定の期間は、キメラタンパク質を発現した宿主細胞が増殖するのに十分な期間であってもよい。そのような期間は特に限定されないが、例えば48時間以上20日以下、好ましくは72時間以上14日以下である。
【0067】
本実施形態の製造方法では、宿主細胞が発現したキメラタンパク質を回収する。キメラタンパク質が宿主細胞内に生成される場合は、当該宿主細胞を、適当な可溶化剤を含む溶液で溶解する。これにより、溶液中にキメラタンパク質が遊離する。宿主細胞が、発現したキメラタンパク質を分泌する場合は、キメラタンパク質は培養上清中に含まれる。キメラタンパク質を含む可溶化液又は培地に、細胞などの不溶性の夾雑物が含まれる場合、例えば遠心分離、ろ過などの公知の手段により夾雑物を除去してもよい。可溶化液又は培地中に遊離したキメラタンパク質は、カラムクロマトグラフィなどの公知の方法により回収できる。例えば、生成したキメラタンパク質がペプチドタグとしてヒスチジンタグ又はGSTタグを有する場合、Ni-NTA(ニッケルイオンとキレートを形成したニトリロ三酢酸)又はグルタチオンを含む担体を用いるアフィニティクロマトグラフィにより回収できる。必要に応じて、回収したキメラタンパク質を、ゲルろ過、透析などの公知の方法により精製してもよい。
【0068】
本発明のさらなる実施形態は、本実施形態のキメラタンパク質を含む抗SARS-CoV-2抗体検出用試薬(以下、「本実施形態の試薬」ともいう)に関する。試薬の形態は特に限定されないが、例えば、固体(例えば粉末、結晶、凍結乾燥品など)であってもよいし、液体(例えば溶液、懸濁液、乳濁液など)であってもよい。試薬がキメラタンパク質の溶液を含む場合、溶媒は、本実施形態のキメラタンパク質を溶解し且つ保存できるかぎり、特に限定されない。溶媒としては、例えば、水、生理食塩水、PBS、Tris-HCl、TBS、グッド緩衝液などが挙げられる。グッド緩衝液としては、例えばMES、Bis-Tris、ADA、PIPES、Bis-Tris-Propane、ACES、MOPS、MOPSO、BES、TES、HEPES、HEPPS、Tricine、Bicine、TAPSなどが挙げられる。
【0069】
本実施形態の試薬は、公知の添加物を含んでいてもよい。添加物としては、例えば、ウシ血清アルブミン(BSA)、カゼインナトリウムなどタンパク質安定化剤、アジ化ナトリウムなどの防腐剤、塩化ナトリウムなどの無機塩類などが挙げられる。
【0070】
本実施形態の試薬は、適切な容器に収容されてもよい。また、本実施形態の試薬を収容した容器を箱などに梱包して、抗SARS-CoV-2抗体検出用試薬キットとしてユーザに提供してもよい。箱には、添付文書を同梱してもよい。添付文書には、本実施形態の試薬の組成、使用方法、保存方法などが記載されてもよい。この試薬キットの一例を
図3に示す。
図3において、11は、抗SARS-CoV-2抗体検出用試薬キットを示し、12は、本実施形態の試薬を収容した第1容器を示し、13は、梱包箱を示し、14は、添付文書を示す。
【0071】
試薬キットは、標識捕捉体を収容した容器をさらに含んでもよい。すなわち、本実施形態のキメラタンパク質を含む第1試薬と、当該キメラタンパク質に対する抗体に結合し且つ標識物質を有する捕捉体を含む第2試薬とを備える、抗SARS-CoV-2抗体検出用試薬キットが提供される。この試薬キットの一例を
図4に示す。
図4において、21は、抗SARS-CoV-2抗体検出用試薬キットを示し、22は、本実施形態のキメラタンパク質を含む第1試薬を収容した第1容器を示し、23は、標識捕捉体を含む第2試薬を収容した第2容器を示し、24は、梱包箱を示し、25は、添付文書を示す。標識捕捉体の詳細は、上記のとおりである。
【0072】
以下に、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例0073】
実験例1:キメラタンパク質の作製及び反応性の確認(1)
(1) キメラタンパク質の設計
SARS-CoV-2のスパイクタンパク質のアミノ酸配列及び構造の情報をGenBank及びUniprotから取得した(GenBankアクセッションNo. NC_045512.2、Uniprot ID:P0DTC2)。これらの情報に基づいて、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質のアミノ酸残基をナンバリングし、RBDを規定した。具体的には、配列番号3に示されるスパイクタンパク質の319番目から541番目までのアミノ酸残基からなるアミノ酸配列(配列番号5)を、SARS-CoV-2のRBDとして規定した。
【0074】
SARS-CoV-2以外のコロナウイルスとして、ノベコウイルス亜属のHKU9株及びGCCDC1株を選択した。比較のため、ヒベコウイルス(Hibecovirus)亜属のZaria株及びHp株も選択した。これら株のスパイクタンパク質のアミノ酸配列をGenBankから取得した。各株のスパイクタンパク質について、表1に、GenBankのアクセッション番号及びアミノ酸配列の配列番号を示す。各株とSARS-CoV-2のスパイクタンパク質のアミノ酸配列について、Discovery Studio 2020 (Dassault Systems社)のコマンド「Align Sequences (DSC)」を用いて配列アライメントを行い、各株のRBDを規定した。
【0075】
【0076】
PDBに登録されたデータから、ACE2とSARS-CoV-2のRBDとの共結晶の構造情報を抽出した(PDB ID:6M0J)。Discovery Studio 2020のコマンド「Analyze Protein Interface」を用いて、SARS-CoV-2のRBDにおいて、ACE2及び抗RBD抗体と相互作用するアミノ酸残基を特定した。これらのアミノ酸残基は、SARS-CoV-2のRBDの346、372~378、403~409、415、417、420、421及び435~509番目のアミノ酸残基(以下、「第1領域のアミノ酸残基」とも呼ぶ)であった。配列アライメントに基づき、HKU9株、GCCDC1株、Zaria株及びHp株のRBDにおいて、第1領域のアミノ酸残基に対応するアミノ酸残基を特定した。各株のRBDにおいて特定されたアミノ酸残基を、第1領域のアミノ酸残基に置換したアミノ酸配列を、キメラタンパク質のアミノ酸配列として設計した。表2に、各キメラタンパク質のアミノ酸配列と、第1及び第2領域の由来となったウイルスを示す。表2の各アミノ酸配列において、下線部は、第1領域を示し、残りの配列は、第2領域を示す。
【0077】
【0078】
(2) キメラタンパク質の発現及び精製
表2に示した各アミノ酸配列をコードするポリヌクレオチドの合成及びクローニングを、遺伝子合成受託サービスのGeneArt(商標)遺伝子合成(Thermo Fisher Scientific社)及びTurboGENE(商標)(GENEWIZ社)により行った。クローニングでは、各ポリヌクレオチドをpcDNA(商標)3.4に組み込んで、発現ベクターを得た。得られた発現ベクターと、Expi293(商標) Expression System(Thermo Fisher Scientific社)とを用いて、Expi293(商標)細胞に一過性発現させた。エンハンサーを添加した後から培養上清を回収するまでの間は細胞を28℃で培養したこと以外は、メーカーのプロトコルに従って、キメラタンパク質の一過性発現を行った。培養上清からのキメラタンパク質の回収及び精製は、液体クロマトグラフィーシステムAkta pure(商標)25(Cytiva社)及びHisTrap HPカラム(Cytiva社)を用いた固定化金属アフィニティクロマトグラフィー(IMAC)により行った。取得したキメラタンパク質を、Superdex(登録商標)200 increase 10/300 GL カラム(Cytiva社)を用いたサイズ排除クロマトグラフィー(SEC)により精製した。比較のため、SARS-CoV-2、HKU9株、GCCDC1株、Zaria株及びHp株の各ウイルスのRBD(以下、「野生型RBD」ともいう)についても同様にして、ポリヌクレオチドを合成及びクローニングしてタンパク質を取得した。
【0079】
(3) 中和抗体に対するキメラタンパク質の反応性の確認
(3.1) 中和抗体の作製
PDBに登録されたデータから、SARS-CoV-2に対する中和活性が確認され、且つRBDとの共結晶の構造が解析されたモノクローナル抗体の構造情報を抽出した。取得した構造情報からエピトープを特定して、RBDとヒトACE2との結合を阻害する5種のモノクローナル抗体(以下、「中和抗体」とも呼ぶ)を特定した。各抗体の重鎖可変領域(VH)及び軽鎖可変領域(VL)の各遺伝子のポリヌクレオチド配列を、SARS-CoV-2抗体データベース(http://opig.stats.ox.ac.uk/webapps/covabdab/)から取得した。HTP Gene to Antibodyサービス(Genscript社)を利用して、これらのVH及びVLを有するヒトIgG1(Kappa)の組換え型タンパク質を作製した。表3に、各中和抗体のクローン名、PDB ID、VH及びVLのアミノ酸配列を示す。また、表4に、各中和抗体に共通するアミノ酸配列(シグナルペプチド、重鎖及び軽鎖の定常領域)を示す。
【0080】
【0081】
【0082】
(3.2) ELISAによる反応性の確認
(3.2.1) サンプル及び試薬の調製
キメラタンパク質及び野生型RBDのそれぞれをPBS(pH7.4)で希釈して、抗原溶液(0.25μg/mL)を調製した。キメラタンパク質に対する陰性対照として、1%BSA溶液を用いた。各中和抗体をR1バッファー(25 mM HEPES、150 mM NaCl、1%BSA、0.5%カゼインNa、1%Tween(商標)20、pH7.5)で希釈して、抗体溶液(1μg/mL)を調製した。標識抗体として、ALP(子牛小腸由来)と抗ヒトIgG抗体との融合タンパク質を用いた。標識抗体をR3バッファー(150 mM HEPES、150 mM NaCl、1 mM MgCl、0.1 mM ZnCl、0.5%カゼインNa、pH7.4)で希釈して、標識抗体溶液(1μg/mL)を調製した。キメラタンパク質のACE2との結合能を確認するための陽性対照として、ACE2-hFc(AC2-H5257、Acrobiosystems社)を用いた。これは、ヒトACE2とヒトIgG1のFc領域とを融合した組換え型タンパク質であった。ACE2-hFcをR1バッファーで希釈して、ACE2-hFc溶液(1μg/mL)を調製した。
【0083】
(3.2.2) ELISA
ELISA用96ウェルプレートの各ウェルに抗原溶液及び1%BSA溶液を100μLずつ添加して、4℃にて一晩静置した。ウェルから溶液を除き、R2バッファー(25 mM HEPES、150 mM NaCl、1%BSA、pH7.5)を350μLずつ添加して、4℃にて一晩静置した。ウェルからバッファーを除き、R2バッファーで1回洗浄した。各ウェルに抗体溶液及びACE2-Fc溶液を100μLずつ添加して、室温にて1時間静置した。ウェルから溶液を除き、R2バッファーで3回洗浄した。各ウェルに標識抗体溶液を100μLずつ添加して、室温にて30分間静置した。ウェルから溶液を除き、R2バッファーで5回洗浄した。各ウェルにCDP-STAR(登録商標)の溶液を100μLずつ添加して、暗所、室温にて10分間静置した後、プレートリーダーでシグナルを検出した。
【0084】
(4) 血液検体に対するキメラタンパク質の反応性の確認
血液検体として、COVID-19陽性の被検者(5名)及びCOVID-19陰性の被検者(2名)の血清をCambridge bioscience社から購入した。各血液検体をR1バッファーで10倍希釈して、検体溶液を得た。ELISAでは、抗体溶液に代えて、検体溶液(100μL/ウェル)を添加したことを除き、上記(3.2.2)と同様にしてシグナルを検出した。
【0085】
(5) 結果
表5に、中和抗体と野生型RBD又はキメラタンパク質とを用いたELISAでのシグナル強度を示す。また、表6に、血液検体と野生型RBD又はキメラタンパク質を用いたELISAでのシグナル強度を示す。表5中、「Blank」は、R1バッファーを検体として用いた場合のデータを示す。表5及び表6中、「BSA」は陰性対照のデータを示す。
【0086】
【0087】
【0088】
表5から分かるように、HKU9株、GCCDC1株、Zaria株、Hp株の野生型RBD 、比較例1又は比較例2のキメラタンパク質を用いた場合のシグナル値はいずれも低く、ACE2-hFc及び中和抗体のいずれとも、ほとんど反応しなかったことが示された。一方、SARS-CoV-2の野生型RBD、実施例1又は実施例2のキメラタンパク質を用いた場合のシグナル値はいずれも高く、ACE2-hFc及び全ての中和抗体と顕著に反応したことが示された。比較例1及び2の結果は、SARS-CoV-2由来の第1領域とヒベコウイルス亜属由来の第2領域とのキメラタンパク質では、RBDとしての立体構造が維持されなかったことが原因であると考えられた。これらの結果より、実施例1及び2のキメラタンパク質は、ACE2との結合に関与する部分に結合する抗SARS-CoV-2抗体を検出できることが示唆された。
【0089】
表6から分かるように、HKU9株、GCCDC1株、Zaria株、Hp株の野生型RBD 、比較例1又は比較例2のキメラタンパク質を用いた場合のシグナル値はいずれも低く、陽性検体及び陰性検体のいずれとも、ほとんど反応しなかったことが示された。一方、SARS-CoV-2の野生型RBD、実施例1又は実施例2のキメラタンパク質を用いた場合、陽性検体のシグナル値はいずれも高く、陰性検体のシグナル値はいずれも低かった。これらの結果より、実施例1及び2のキメラタンパク質は、陽性検体中のSARS-CoV-2に対する抗体を検出するための抗原として利用できることが示唆された。
【0090】
実験例2:キメラタンパク質の作製及び反応性の確認(2)
(1) キメラタンパク質の設計
実験例2では、実施例1のキメラタンパク質と比較するため、SARS-CoV-2のRBDを有するキメラタンパク質をさらに作製した。SARS-CoV-2以外のコロナウイルスとして、メルベコウイルス(Merbecovirus)亜属のHKU4株、HKU5株及び中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV)と、エンベコウイルス(Embecovirus)亜属のHKU1株及びマウス肝炎ウイルス(MHV)と、サルベコウイルス亜属のSARS-CoVを選択した。これら株のスパイクタンパク質のアミノ酸配列をGenBankから取得した。各株のスパイクタンパク質について、アクセッション番号及びアミノ酸配列の配列番号を表7に示す。実験例1と同様にして、各株のRBDを規定した。
【0091】
【0092】
実験例1と同様にして、SARS-CoV-2のRBDの第1領域に相当するアミノ酸残基を、HKU4株、HKU5株、MERS-CoV、HKU1及びMHVのRBDにおいて特定した。各株のRBDにおいて特定されたアミノ酸残基を、第1領域のアミノ酸残基に置換したアミノ酸配列を、キメラタンパク質のアミノ酸配列として設計した。これらのアミノ酸配列を含むキメラタンパク質をそれぞれ比較例3~7とした。SARS-CoVのRBDについては、非特許文献2に基づいて、SARS-CoV-2のRBDの453~509番目の領域のアミノ酸残基に置換した。このアミノ酸配列を含むキメラタンパク質を比較例8とした。表8に、比較例3~7の各キメラタンパク質のアミノ酸配列を示す。表中、「第2領域」とは、HKU4株、HKU5株、MERS-CoV、HKU1及びMHVのRBDにおいて、第1領域に相当するアミノ酸残基以外の部分をいう。各アミノ酸配列において、下線部は第1領域を示し、残りの配列は、第2領域を示す。比較例8については、非特許文献2を参照されたい。
【0093】
【0094】
(2) キメラタンパク質の発現及び精製
表8に示した各アミノ酸配列をコードするポリヌクレオチドの合成及びクローニングを実験例1と同様にして行い、発現ベクターを得た。得られた発現ベクターと、Expi293(商標) Expression System(Thermo Fisher Scientific社)とを用いて、実験例1と同様に、Expi293(商標)細胞に一過性発現させた。培養上清からのキメラタンパク質の回収及び精製は、実験例1と同様にIMACにより行った。しかし、HKU1株及びHKU4株のキメラタンパク質は精製できず、取得できなかった。HKU1株及びHKU4株以外のキメラタンパク質は精製できた。取得したキメラタンパク質を、実験例1と同様にSECにより精製した。HKU5株、MERS-CoV及びMHV由来のキメラタンパク質はいずれもダイマーを形成していた。SARS-CoV由来のキメラタンパク質はモノマーであった。
【0095】
(3) 中和抗体に対するキメラタンパク質の反応性の確認
SARS-CoV-2の野生型RBD、実施例1、比較例4、5、7及び8のキメラタンパク質を抗原として用いたこと以外は、実験例1と同様にELISAを行った。
【0096】
(4) 血液検体に対するキメラタンパク質の反応性の確認
血液検体として、COVID-19陽性の被検者(3名)及びCOVID-19陰性の被検者(3名)の血清をCambridge bioscience社から購入した。SARS-CoV-2の野生型RBD、実施例1及び比較例8のキメラタンパク質を抗原として用いたこと以外は、実験例1と同様にELISAを行った。
【0097】
(5) 結果
表9に、中和抗体及びキメラタンパク質を用いたELISAでのシグナル強度を示す。また、表10に、血液検体及びキメラタンパク質を用いたELISAでのシグナル強度を示す。
【0098】
【0099】
【0100】
表9から分かるように、比較例4,5又は7のキメラタンパク質を用いた場合のシグナル値はいずれも低く、ACE2-hFc及び中和抗体のいずれとも、ほとんど反応しなかったことが示された。SARS-CoV-2由来の第1領域と、エンベコウイルス亜属又はメルベコウイルス亜属由来の第2領域との融合タンパク質では、RBDとしての立体構造が維持されなかったことが原因であると考えられた。比較例8のキメラタンパク質を用いた場合は、BD23及びREGN10987以外の中和抗体と反応した。これは比較例8のキメラタンパク質のRBDとしての立体構造が維持されていたためと考えられる。しかしながら、BD23及びREGN10987とはほとんど反応しなかったため、比較例8のキメラタンパク質は中和抗体との反応性が不十分であったといえる。一方、SARS-CoV-2の野生型RBD又は実施例1のキメラタンパク質を用いた場合のシグナル値はいずれも高く、ACE2-hFc及び全ての中和抗体と顕著に反応したことが示された。これらの結果より、実施例1のキメラタンパク質は、ACE2との結合に関与する部分に結合する抗SARS-CoV-2抗体を検出できることが示唆された。
【0101】
表10から分かるように、SARS-CoV-2の野生型RBD、比較例8又は実施例1のキメラタンパク質を用いた場合、陽性検体のシグナル値はいずれも高く、陰性検体のシグナル値はいずれも低かった。これらの結果より、実施例1のキメラタンパク質は、陽性検体中のSARS-CoV-2に対する抗体を検出するための抗原として利用できることが示唆された。
【0102】
実験例3:ワクチン接種した被検者の血液検体に対する反応性の確認
(1) ELISA
血液検体として、Moderna社製のCOVID-19ワクチンを接種した被検者(15名)の血清をCambridge bioscience社から購入した。血清は45検体あり、15名の被検者について、ワクチン接種前、1回目のワクチン接種後及び2回目のワクチン接種後の3ポイントで採取した血液から調製された。これらの血清を血液検体として用い、SARS-CoV-2の野生型RBD及び実施例1のキメラタンパク質を抗原として用いたこと以外は、実験例1と同様にELISAを行った。
【0103】
(2) 結果
表11に、血液検体及びキメラタンパク質を用いたELISAでのシグナル強度を示す。
【0104】
【0105】
No.15の被検者を除き、SARS-CoV-2の野生型RBD又は実施例1のキメラタンパク質を用いた場合のワクチン接種前のシグナル値いずれも低く、ワクチン接種後はいずれも高くなっていた。No.15の被検者については、SARS-CoV-2の野生型RBD及び実施例1のキメラタンパク質のいずれを用いてもワクチン接種の前後に関わらず高いシグナル値であった。これは、No.15の被検者がワクチン接種前にSARS-CoV-2に感染していたことが考えられた。以上より、実施例1のキメラタンパク質は、ワクチン接種により誘導された抗SARS-CoV-2抗体を検出するための抗原として利用できることが示唆された。