(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024072605
(43)【公開日】2024-05-28
(54)【発明の名称】噛み合いクラッチ係合制御システム
(51)【国際特許分類】
F16D 48/06 20060101AFI20240521BHJP
【FI】
F16D28/00 A
F16D48/06 102
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022183538
(22)【出願日】2022-11-16
(71)【出願人】
【識別番号】000004695
【氏名又は名称】株式会社SOKEN
(71)【出願人】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】110003214
【氏名又は名称】弁理士法人服部国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】湯谷 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】右手 潤二
(72)【発明者】
【氏名】木村 優介
(72)【発明者】
【氏名】荒木田 大吾
(72)【発明者】
【氏名】犬塚 孝範
【テーマコード(参考)】
3J057
【Fターム(参考)】
3J057AA02
3J057BB01
3J057GA67
3J057GB40
3J057GE01
3J057GE06
3J057HH02
3J057JJ01
(57)【要約】
【課題】係合タイミングを検出するための位相差センサ信号のサンプリングを適切に行う噛み合いクラッチ係合制御システムを提供する。
【解決手段】噛み合いクラッチ10は、第1ギヤ歯列13が周方向に形成された第1係合部材11と、第2ギヤ歯列14が周方向に形成された第2係合部材12との軸方向相対移動により、係合状態及び解放状態が切り替わる。位相差センサ21は、回転に伴って検出範囲内を通過する第1ギヤ歯列13及び第2ギヤ歯列14の合計面積を検出し、第1係合部材11と第2係合部材13との回転位相差がうなり波の振幅として現れる位相差センサ信号を出力する。演算装置30は、第1係合部材11の回転に同期したタイミングで位相差センサ信号をサンプリングして得られた複数の信号値に基づき、位相差センサ信号の振幅が判定閾値以下となるタイミングを、噛み合いクラッチが係合可能な係合タイミングとして判定する。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1ギヤ歯列(13)が周方向に形成され、軸中心に回転する第1係合部材(11)、及び、前記第1ギヤ歯列と噛み合い可能な第2ギヤ歯列(14)が周方向に形成され、前記第1係合部材と同軸かつ同方向に回転する第2係合部材(12)を有し、前記第1係合部材と前記第2係合部材との軸方向相対移動により、前記第1係合部材と前記第2係合部材との係合状態及び解放状態が切り替わる噛み合いクラッチ(10)と、
前記第1ギヤ歯列と前記第2ギヤ歯列とに跨がった軸方向位置を検出範囲とし、回転に伴って前記検出範囲内を通過する前記第1ギヤ歯列及び前記第2ギヤ歯列の合計面積を検出するセンサであり、前記第1係合部材と前記第2係合部材との回転位相差がうなり波の振幅として現れる位相差センサ信号を出力する位相差センサ(21)と、
前記第1係合部材の回転に同期したタイミングで前記位相差センサ信号をサンプリングして得られた複数の信号値に基づき、前記位相差センサ信号の振幅が判定閾値以下となるタイミングを、前記噛み合いクラッチが係合可能な係合タイミングとして判定する演算装置(30)と、
を備える噛み合いクラッチ係合制御システム。
【請求項2】
前記演算装置は、前記第1係合部材の一回転の角度を前記第1ギヤ歯列の歯数で除したピッチ角度毎に一つ以上の基準位相を設定し、
前記基準位相に対応するタイミングで前記位相差センサ信号をサンプリングする請求項1に記載の噛み合いクラッチ係合制御システム。
【請求項3】
前記演算装置は、
前記位相差検出センサの検出範囲における前記第1ギヤ歯列の面積が最大又は最小となる前記第1係合部材の回転位相を前記基準位相として設定し、
前記位相差センサ信号のうなり波の振動中心値をゼロと定義すると、前記基準位相に対応するタイミングで前記位相差センサ信号をサンプリングして得られた信号値の絶対値が前記判定閾値以下となるタイミングを前記係合タイミングとして判定する請求項2に記載の噛み合いクラッチ係合制御システム。
【請求項4】
前記演算装置は、
前記ピッチ角度毎に、前記第1係合部材の任意の回転位相を主の前記基準位相である一つの主基準位相として設定し、前記主基準位相に対し所定位相をずらした位相を副の前記基準位相である一つ以上の副基準位相として設定し、
前記主基準位相に対応するタイミングで前記位相差センサ信号をサンプリングして得られた信号値である主信号値、及び、前記副基準位相に対応するタイミングで前記位相差センサ信号をサンプリングして得られた信号値である副信号値に基づき、
前記位相差センサ信号のうなり波の振動中心値をゼロと定義すると、前記主信号値の絶対値と前記副信号値の絶対値とが共に前記判定閾値以下となるタイミングを前記係合タイミングとして判定する請求項2に記載の噛み合いクラッチ係合制御システム。
【請求項5】
前記主基準位相に対する少なくとも一つの前記副基準位相の位相ずれは、前記ピッチ角度の4分の1又は4分の3に設定されている請求項4に記載の噛み合いクラッチ係合制御システム。
【請求項6】
前記第1係合部材の回転数と前記第2係合部材の回転数との差に基づく前記うなり波の周期であるうなり周期(τb)が前記第1係合部材の回転数によらず一定であること、及び、前記第1係合部材の回転数が所定の下限回転数以上のときにのみ係合タイミングが判定されることを前提とし、
前記演算装置は、
前記うなり周期あたりの固定のサンプリング回数である、5以上のレギュラー数(R)を設定し、
前記うなり周期あたりの前記位相差センサ信号の周期数(Fp)を前記レギュラー数で除した値の整数部分であるインターバル数(n)を算出し、
前記第1係合部材の回転数によらず、前記位相差センサ信号の前記インターバル数周期毎の、前記第1係合部材の回転に同期したタイミングに、前記うなり周期あたり前記レギュラー数の回数だけ前記位相差センサ信号をサンプリングし、
前記位相差センサ信号のうなり波の振動中心値をゼロと定義すると、得られた信号値の絶対値が前記判定閾値以下となるタイミングを前記係合タイミングとして判定する請求項1に記載の噛み合いクラッチ係合制御システム。
【請求項7】
第1ギヤ歯列(13)が周方向に形成され、軸中心に回転する第1係合部材(11)、及び、前記第1ギヤ歯列と噛み合い可能な第2ギヤ歯列(14)が周方向に形成され、前記第1係合部材と同軸かつ同方向に回転する第2係合部材(12)を有し、前記第1係合部材と前記第2係合部材との軸方向相対移動により、前記第1係合部材と前記第2係合部材との係合状態及び解放状態が切り替わる噛み合いクラッチ(10)と、
前記第1ギヤ歯列と前記第2ギヤ歯列とに跨がった軸方向位置を検出範囲とし、回転に伴って前記検出範囲内を通過する前記第1ギヤ歯列及び前記第2ギヤ歯列の合計面積を検出するセンサであり、前記第1係合部材と前記第2係合部材との回転位相差がうなり波の振幅として現れる位相差センサ信号を出力する位相差センサ(21)と、
一つの代表サンプリング周波数(fsr)、及び、一つ以上の微差サンプリング周波数(fsd1、fsd2)を含む複数のサンプリング周波数で前記位相差センサ信号をサンプリングし、各サンプリング周波数で取得された前記位相差センサ信号の振幅がいずれも判定閾値以下となるタイミングを、前記噛み合いクラッチが係合可能な係合タイミングとして判定する演算装置(30)と、
を備え、
前記演算装置は、
前記第1係合部材の回転数と前記第2係合部材の回転数との差である差分回転数が既定値であることを前提として、又は、回転数検出値から算出された前記差分回転数に基づいて、前記うなり波の周波数であるうなり周波数(fb)を算出し、
前記代表サンプリング周波数は、前記うなり周波数の4倍以上10倍以下に設定され、
前記微差サンプリング周波数と前記代表サンプリング周波数との差は、前記うなり周波数の10分の1以下に設定される噛み合いクラッチ係合制御システム。
【請求項8】
主機モータ(6)を動力源とし、前記第1係合部材が前記主機モータのモータ軸(81)に直接、又は、減速機(7)を介して結合された電動車両(90)に適用される請求項1~7のいずれか一項に記載の噛み合いクラッチ係合制御システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、噛み合いクラッチ係合制御システムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、異なる回転数で回転する第1係合部材と第2係合部材とが係合可能なタイミングを検出する噛み合いクラッチ係合制御システムが知られている。
【0003】
例えば特許文献1には、第1係合部材及び第2係合部材の各ギヤ歯に跨った軸方向位置において噛み合いクラッチの径方向外側に設けられ、検出範囲内の両ギヤ歯の面積により、回転位相差を検出する位相差センサの構成が開示されている。位相差センサが出力するうなり波の節部が、噛み合いクラッチが係合可能な係合タイミングに相当する。また特許文献2には、検出された過去の係合タイミングから将来の係合タイミングを予測し、作動遅れ時間を考慮して直動アクチュエータを駆動する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2021-025658号公報
【特許文献2】特開2021-025561号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
実際に位相差センサ信号のうなり波の節部を検出するには、A/D変換された位相差センサ信号の瞬時値を所定のサンプリング周波数でサンプリングした複数の信号値を用いて判断する必要がある。しかし位相差センサ信号の周波数と関係なくサンプリングすると、うなり波の腹部において振動中心値近くの値がサンプリングされる場合があり、係合タイミングが誤検出されるおそれがある。
【0006】
また、位相差センサ信号の周波数に比例してサンプリング周波数を決定すると、クラッチ高回転時に時間当たりのサンプリング回数が増加し、演算装置の処理量が膨大となる。特許文献1、2には、実際に係合タイミングを検出するために適切な位相差センサ信号のサンプリング手法に関して記載されていない。
【0007】
本発明の目的は、係合タイミングを検出するための位相差センサ信号のサンプリングを適切に行う噛み合いクラッチ係合制御システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の噛み合いクラッチ係合制御システムは、噛み合いクラッチ(10)と、位相差センサ(21)と、演算装置(30)と、を備える。
【0009】
噛み合いクラッチは、第1ギヤ歯列(13)が周方向に形成され、軸中心に回転する第1係合部材(11)、及び、第1ギヤ歯列と噛み合い可能な第2ギヤ歯列(14)が周方向に形成され、第1係合部材と同軸かつ同方向に回転する第2係合部材(12)を有する。第1係合部材と第2係合部材との軸方向相対移動により、第1係合部材と第2係合部材との係合状態及び解放状態が切り替わる。
【0010】
位相差センサは、第1ギヤ歯列と第2ギヤ歯列とに跨がった軸方向位置を検出範囲とし、回転に伴って検出範囲内を通過する第1ギヤ歯列及び第2ギヤ歯列の合計面積を検出するセンサである。位相差センサは、第1係合部材と第2係合部材との回転位相差がうなり波の振幅として現れる位相差センサ信号を出力する。
【0011】
本発明の第一の態様では、演算装置は、第1係合部材の回転に同期したタイミングで位相差センサ信号をサンプリングして得られた複数の信号値に基づき、位相差センサ信号の振幅が判定閾値以下となるタイミングを、噛み合いクラッチが係合可能な係合タイミングとして判定する。ここで、位相差センサ信号のうなり波の振動中心値をゼロと定義する。例えば第1係合部材がモータ軸に結合されたシステムにおいて、演算装置は、モータの回転センサが検出したモータ回転位置を取得し、「第1係合部材の回転に同期したタイミング」でサンプリングを行う。
【0012】
クラッチの係合直前には、第1係合部材の回転数、及び、第2係合部材の回転数は一定であり、第1係合部材の回転数と第2係合部材の回転数との差分回転数にギヤ歯数を乗じたうなり周波数も一定とみなされる。第1係合部材の回転に同期したタイミングで位相差センサ信号をサンプリングすることで、うなり周期における複数の信号値が一意に得られるため、うなり波の節部となる係合タイミングを適切に判定することができる。
【0013】
第一の態様のうち一つの類型の演算装置は、第1係合部材の一回転の角度を第1ギヤ歯列の歯数で除したピッチ角度毎に一つ以上の基準位相を設定し、基準位相に対応するタイミングで位相差センサ信号をサンプリングする。
【0014】
例えば演算装置は、位相差検出センサの検出範囲における第1ギヤ歯列の面積が最大又は最小となる第1係合部材の回転位相を基準位相として設定する。或いは演算装置は、ピッチ角度毎に、第1係合部材の任意の回転位相を主基準位相として設定し、主基準位相に対し所定位相をずらした位相を副基準位相として設定する。この類型では、第1係合部材の回転数が変化しても、同じロジックで係合タイミングを判定することができる。
【0015】
第一の態様のうち別の類型では、第1係合部材の回転数と第2係合部材の回転数との差に基づくうなり波の周期であるうなり周期(τb)が第1係合部材の回転数によらず一定であること、及び、第1係合部材の回転数が所定の下限回転数以上のときにのみ係合タイミングが判定されることを前提とする。
【0016】
演算装置は、うなり周期あたりの固定のサンプリング回数である、5以上のレギュラー数(R)を設定し、うなり周期あたりの位相差センサ信号の周期数(Fp)をレギュラー数で除した値の整数部分であるインターバル数(n)を算出する。演算装置は、第1係合部材の回転数によらず、位相差センサ信号のインターバル数周期毎の、第1係合部材の回転に同期したタイミングに、うなり周期あたりレギュラー数の回数だけ位相差センサ信号をサンプリングし、得られた信号値の絶対値が判定閾値以下となるタイミングを係合タイミングとして判定する。この類型では、第1係合部材の回転数が高いときにも演算装置の処理量を低減することができる。
【0017】
本発明の第二の態様では、演算装置は、一つの代表サンプリング周波数(fsr)、及び、一つ以上の微差サンプリング周波数(fsd1、fsd2)を含む複数のサンプリング周波数で位相差センサ信号をサンプリングし、各サンプリング周波数で取得された位相差センサ信号の振幅がいずれも判定閾値以下となるタイミングを、噛み合いクラッチが係合可能な係合タイミングとして判定する。
【0018】
演算装置は、第1係合部材の回転数と第2係合部材の回転数との差である差分回転数が既定値であることを前提として、又は、回転数検出値から算出された差分回転数に基づいて、うなり波の周波数であるうなり周波数(fb)を算出する。代表サンプリング周波数は、うなり周波数の4倍以上10倍以下に設定される。微差サンプリング周波数と代表サンプリング周波数との差は、うなり周波数の10分の1以下に設定される。
【0019】
第二の態様では、第1係合部材の回転数が高いときにも比較的低周波のサンプリング周波数を用いてうなり波の節部を検出することができるため、演算装置の処理量を低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】噛み合いクラッチ係合制御システムが適用される車両の構成例1の図。
【
図2】噛み合いクラッチ係合制御システムが適用される車両の構成例2の図。
【
図3】第1~第3実施形態の噛み合いクラッチ係合制御システムの構成図。
【
図4】
図3のIV方向矢視による位相差センサの検出原理を説明する図。
【
図5】第1、第2実施形態における、第1係合部材の回転に同期したサンプリング位相を説明する図。
【
図6】第1実施形態の実施例(1)(基準位相=最大面積位相)を示すタイムチャ-ト。
【
図7】第1実施形態の実施例(2)(基準位相=最小面積位相)を示すタイムチャ-ト。
【
図8】第1実施形態による係合タイミング判定のフローチャート。
【
図9】第2実施形態の実施例(1)(位相ずれ=(1/16)P)を示すタイムチャ-ト。
【
図10】第2実施形態の実施例(2)(位相ずれ=(1/8)P)を示すタイムチャ-ト。
【
図11】第2実施形態の実施例(3)(位相ずれ=(1/4)P)を示すタイムチャ-ト。
【
図12】第2実施形態の実施例(4)(位相ずれ=(1/2)P)を示すタイムチャ-ト。
【
図13】第2実施形態の実施例(5)(三つの基準位相)を示すタイムチャ-ト。
【
図14】第2実施形態による係合タイミング判定のフローチャート。
【
図15】第3実施形態(回転数1000rpm)を示すタイムチャ-ト。
【
図16】第3実施形態(回転数6000rpm)を示すタイムチャ-ト。
【
図17】第3実施形態(回転数10000rpm)を示すタイムチャ-ト。
【
図18】第3実施形態でのインターバル数とピッチ角度との関係を示す図。
【
図19】第3実施形態による係合タイミング判定のフローチャート。
【
図20】第3実施形態の変形例を示すタイムチャ-ト。
【
図21】第4実施形態の噛み合いクラッチ係合制御システムの構成図。
【
図23】うなり波の(a)腹部、(b)節部における、サンプリングタイミングのずれによる振幅変化を示す図。
【
図24】第4実施形態による係合タイミング判定のフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の複数の実施形態による噛み合いクラッチ係合制御システムを図面に基づいて説明する。複数の実施形態において実質的に同一の構成には同一の符号を付して説明を省略する。以下の第1~第4実施形態は、大きく、第1~第3実施形態のグループと第4実施形態とに分かれる。第1~第4実施形態を包括して「本実施形態」という。本実施形態の噛み合いクラッチ係合制御システムは、車両のパワートレイン系に設けられた噛み合いクラッチにおいて、異なる回転数で回転する第1係合部材と第2係合部材とが係合可能なタイミングを検出するシステムである。
【0022】
[車両、噛み合いクラッチ係合制御システム]
図1、
図2を参照し、噛み合いクラッチ係合制御システムが適用される車両90の構成例を説明する。この車両90は、主機モータ6を動力源とする電動車両である。電動車両には電気自動車及びハイブリッド自動車を含む。主機モータ6はMG(モータジェネレータ)で構成されており、主機モータ6の回転数ωMは回転センサ56により検出される。回転センサ56として典型的にはレゾルバが使用される。第1~第3実施形態では、回転センサ56が検出したモータ回転数ωMは演算装置30に入力される。第4実施形態では、モータ回転数ωMは演算装置30に入力されなくてもよい。
【0023】
図1、
図2にはFF車である車両90の構成例を示す。左右の前輪は駆動軸95に連結された駆動輪91であり、左右の後輪は非駆動軸96に連結された従動輪92である。以下、従動輪92に関する言及は省略する。左右の駆動輪91には、例えば車輪回転数ωTを検出する車輪速センサ59が設けられている。本実施形態では原則として直進走行時におけるクラッチ係合を想定し、左右の駆動輪91の車輪回転数ωTは等しいものとする。車輪回転数ωTは、例えば第4実施形態で第2係合部材12の回転数に相関する値として用いられる場合がある。
【0024】
主機モータ6のモータ軸81の回転は減速機7で減速され、デファレンシャルギヤ94及び駆動軸95を介して駆動輪91に伝達される。
図1の車両構成例1では主機モータ6と減速機7との間に噛み合いクラッチ10が設けられている。
図2の車両構成例2では減速機7とデファレンシャルギヤ94との間に噛み合いクラッチ10が設けられている。
【0025】
噛み合いクラッチ10は、第1係合部材11、第2係合部材12及び直動アクチュエータ15を有する。第1係合部材11は、第1ギヤ歯列13が周方向に形成され、軸中心に回転する。第2係合部材12は、第1ギヤ歯列13と噛み合い可能な第2ギヤ歯列14が周方向に形成され、第1係合部材11と同軸かつ同方向に回転する。第1ギヤ歯列13及び第2ギヤ歯列14の歯数は例えば60(隣接する歯のピッチ角度6°)となる。
【0026】
直動アクチュエータ15は、第1係合部材11と第2係合部材12とを軸方向に相対移動させる。直動アクチュエータ15は、第1係合部材11側に限らず、第2係合部材12側に設けられてもよい。第1係合部材11と第2係合部材12とが互いに近接する方向に移動すると、第1ギヤ歯列13と第2ギヤ歯列14とが噛み合う係合状態となる。第1係合部材11と第2係合部材12とが互いに離間する方向に移動すると、噛み合いが解除される解放状態となる。つまり、第1係合部材11と第2係合部材12との軸方向相対移動により、第1係合部材11と第2係合部材12との係合状態及び解放状態が切り替わる。
【0027】
図1の車両構成例1では、第1係合部材11が主機モータ6のモータ軸81に直接結合されている。第2係合部材12は、減速機7に入力されるクラッチ後モータ軸82に結合されている。減速機7は、クラッチ後モータ軸82の回転を減速してデファレンシャルギヤ入力軸84を回転させる。
【0028】
図2の車両構成例2では、第1係合部材11が減速機7による減速後の出力軸83に結合されている。つまり、第1係合部材11が主機モータ6のモータ軸81に減速機7を介して結合されている。第2係合部材12は、デファレンシャルギヤ入力軸84に結合されている。
【0029】
噛み合いクラッチ係合制御システム100は、噛み合いクラッチ10、位相差センサ21及び演算装置30を備える。噛み合いクラッチ10の解放状態で第1係合部材11と第2係合部材12とが互いに異なる回転数で回転しているとき、位相差センサ21は、第1係合部材11と第2係合部材12との回転位相差を検出し、演算装置30に位相差センサ信号を出力する。
【0030】
演算装置30は、位相差センサ21が出力した信号に基づき、噛み合いクラッチ10が係合可能なタイミングを判定する。以下、「噛み合いクラッチ10が係合可能なタイミング」を「係合タイミング」と記す。演算装置30は、判定した係合タイミングに基づき、直動アクチュエータ15を駆動して噛み合いクラッチ10を係合させる。演算装置30は、特許文献2に開示された技術により、検出された過去の係合タイミングから将来の係合タイミングを予測し、作動遅れ時間を考慮して直動アクチュエータを駆動してもよい。
【0031】
(第1~第3実施形態)
図3、
図4を参照し、第1~第3実施形態の噛み合いクラッチ係合制御システムについて説明する。
図3には
図1の車両構成例1に準じ、噛み合いクラッチ10の第1係合部材11がモータ軸81に結合され、第2係合部材12がクラッチ後モータ軸82に結合された構成を示す。以下の実施形態でのモータ回転数ωMと第1係合部材11の回転数との関係は、この構成を前提として説明する。ただし他の実施形態では、
図2の車両構成例2に準じ、主機モータ6と噛み合いクラッチ10との間に減速機7が設けられてもよい。その場合、第1係合部材11の回転数はモータ回転数ωMに減速機7の減速比を乗じて算出される。
【0032】
位相差センサ21は特許文献1、2に開示されたものと同様であり、例えばホール素子等の磁気検出素子と磁石とにより構成される。位相差センサ21は、第1ギヤ歯列13と第2ギヤ歯列14とに跨がった軸方向位置を検出範囲SA(
図4参照)とし、噛み合いクラッチ10と干渉しない径方向外側からクラッチ軸線Zを向くように配置される。位相差センサ21は、回転に伴って検出範囲SA内を通過する第1ギヤ歯列13及び第2ギヤ歯列14の合計面積を磁束強度の変化に基づき検出する。
【0033】
図4において、ピッチ角度Pは、第1係合部材11の一回転の角度(すなわち、[°]単位では360°)を第1ギヤ歯列13の歯数で除した角度である。第1ギヤ歯列13の歯数が60の場合、ピッチ角度Pは6°である。なお、第1ギヤ歯列13と噛み合う第2ギヤ歯列14の歯数は第1ギヤ歯列13と同じ60であり、ピッチ角度6°も等しい。
【0034】
図4の上段の図は、回転中の一般位相差Δθを示す。中段の図は、第1ギヤ歯列13と第2ギヤ歯列14との回転位相が一致した「位相差Δθ=0」の状態を示す。この状態では、第1係合部材11と第2係合部材12とは係合不可である。検出範囲SAに第1ギヤ歯列13及び第2ギヤ歯列14の歯部が共に含まれ、合計面積が最大となるタイミングではセンサ出力が最大となる。検出範囲SAに第1ギヤ歯列13及び第2ギヤ歯列14の空隙部が共に含まれ、合計面積が最小となるタイミングではセンサ出力が最小となる。
【0035】
図4の下段の図は、第1ギヤ歯列13と第2ギヤ歯列14との回転位相がピッチ角度Pの2分の1ずれた「位相差Δθ=(1/2)P」の状態を示す。この状態では、第1係合部材11と第2係合部材12とは係合可能である。検出範囲SAに第1ギヤ歯列13及び第2ギヤ歯列14のうち一方の歯部と他方の空隙部とが含まれ、合計面積が最大値と最小値との中間値となるタイミングでは、センサ出力が中間値となる。
【0036】
図6以下の複数の図に示すように、第1係合部材11と第2係合部材12とが互いに異なる回転数で回転しているとき、位相差センサ信号は、「クラッチ回転数×歯数」の周波数を有するうなり波となる。例えば6000rpm(100Hz)で歯数が60のとき、位相差センサ信号も周波数は6000Hzとなる。第1係合部材11と第2係合部材12との回転位相差は、うなり波の振幅として現れる。
【0037】
図3に戻り、演算装置30は、ローパスフィルタ(以下「LPF」)31、サンプリング回路32及び係合タイミング判定回路33を含む。位相差センサ21が出力した位相差センサ信号は、連続波のアナログ信号として演算装置30に入力される。LPF31は、入力された位相差センサ信号の外乱成分を除去する。サンプリング回路32は、アナログ信号である位相差センサ信号を所定のサンプリングタイミングでサンプリングし、離散したデジタル信号値を出力する。
【0038】
第1~第3実施形態では、回転センサ56が検出したモータ回転数ωMは演算装置30のサンプリング回路32に入力される。サンプリング回路32は、第1係合部材11の回転に同期したタイミングで位相差センサ信号をサンプリングする。係合タイミング判定回路33は、サンプリングして得られた複数の信号値に基づき、位相差センサ信号の振幅が判定閾値以下となるタイミングを、係合タイミングとして判定する。
【0039】
クラッチの係合直前には、第1係合部材11の回転数、及び、第2係合部材12の回転数は一定であり、第1係合部材11の回転数と第2係合部材12の回転数との差分回転数にギヤ歯数Tを乗じたうなり周波数も一定とみなされる。第1係合部材11の回転に同期したタイミングで位相差センサ信号をサンプリングすることで、うなり周期における複数の信号値が一意に得られるため、うなり波の節部となる係合タイミングを適切に判定することができる。
【0040】
続いて、第1~第3実施形態の演算装置30による係合タイミングの判定構成について順に説明する。
【0041】
(第1実施形態)
第1、第2実施形態では、演算装置30は、第1係合部材11のピッチ角度P毎に一つ以上の基準位相を設定し、基準位相に対応するタイミングで位相差センサ信号をサンプリングする。そのうち第1実施形態では、演算装置30は、第1係合部材11のピッチ角度P毎に一つの基準位相を設定する。第2実施形態では、演算装置30は、第1係合部材11のピッチ角度P毎に一つの主基準位相と一つ以上の副基準位相とを含む複数の基準位相を設定する。
【0042】
図5~
図8を参照し、第1実施形態について説明する。
図5には第1、第2実施形態で用いられる基準位相αの例を示す。第2係合部材12の回転位相は基準位相αに関係ないため、第2係合部材12の図示を省略する。
図5に示す回転位相のうち、最上段の「α=α0」、及び、最下段の「α=α0+(1/2)P」が第1実施形態で用いられる。
【0043】
第1実施形態では、演算装置30は、位相差検出センサ21の検出範囲SAにおける第1ギヤ歯列13の面積が最大又は最小となる第1係合部材11の回転位相を基準位相として設定する。α0は、位相差検出センサ21の検出範囲SAにおける第1ギヤ歯列13の面積が最大となる位相であり、以下「最大面積位相」と記す。「α0+(1/2)P」は、位相差検出センサ21の検出範囲SAにおける第1ギヤ歯列13の面積が最小となる位相であり、以下「最小面積位相」と記す。
【0044】
図6に最大面積位相、
図7に最小基準位相を基準位相として、係合タイミングを判定するタイムチャートを示す。第1、第2実施形態の各タイムチャートに共通にクラッチ回転数の条件は、第1係合部材11の回転数が5000rpm、第2係合部材12の回転数が4800rpm、差分回転数が200rpmである。ギヤ歯数T=60であるため、検出範囲SAを通過する第1ギヤ歯列13の面積は周波数5000Hz(周期0.2ms)で変化し、第2ギヤ歯列14の面積は周波数4800Hzで変化する。うなり波の周波数は200Hz、周期は5msとなる。横軸の0ms及び5m付近がうなり波の腹部となり、横軸の2.5ms付近がうなり波の節部となる。
【0045】
位相差センサ21のセンサ出力は、検出範囲SAにおけるギヤ歯列13、14の合計面積の中間値が0[V]となるようにオフセット調整される。検出範囲SAにおけるギヤ歯列13、14の合計面積が中間値より大きいときセンサ出力は正の値となり、検出範囲SAにおけるギヤ歯列13、14の合計面積が中間値より小さいときセンサ出力は負の値となる。つまり、位相差センサ信号のうなり波の振動中心値がゼロと定義される。信号値の絶対値に対する正負の判定閾値がセンサ出力のゼロを跨いで設定される。
【0046】
図6には第1係合部材11の最大面積位相に対応するタイミングをトリガーとして、
図7には第1係合部材11の最小面積位相に対応するタイミングをトリガーとして、位相差センサ信号がサンプリングされる実施例を示す。
図6の実施例(1)では、サンプリングされた信号値は正の領域で凹状に変化する。
図7の実施例(2)では、サンプリングされた信号値は負の領域で凸状に変化する。係合タイミング判定回路33は、位相差センサ信号をサンプリングして得られた信号値の絶対値が判定閾値以下となるタイミングを係合タイミングとして判定する。
【0047】
図8のフローチャートに、第1実施形態による係合タイミング判定の処理を示す。以下のフローチャートの説明で記号「S」はステップを意味する。S11では、位相差センサ信号の外乱成分がLPF31で除去される。
【0048】
S12でサンプリング回路32は、
図6の実施例(1)に準ずると、ピッチ角度P毎に最大面積位相を基準位相として設定する。
図7の実施例(2)に準ずると、括弧内に示す示すように、サンプリング回路32は、ピッチ角度P毎に最小面積位相を基準位相として設定する。S13でサンプリング回路32は、基準位相に対応するタイミングをトリガーとして、位相差センサ信号をサンプリングする。
【0049】
S14で係合タイミング判定回路33は、得られた信号値の絶対値が判定閾値以下となるタイミングを係合タイミングとして判定する。S15で演算装置30は、係合タイミングに基づき、直動アクチュエータ15を駆動する。
【0050】
以上のように第1実施形態では、第1係合部材11の最大面積位相又は最小面積位相を基準位相として設定し、回転センサ56が検出したモータ回転数ωMに基づき、基準位相に対応するタイミングで位相差センサ信号をサンプリングする。回転数が変化してもうなり波の節部に対するサンプリングタイミングの関係は変わらないため、安定した条件で係合タイミングを判定可能である。また、ピッチ角度P毎に一つの基準位相が設定されるため、うなり波形の節部の検出に十分なサンプリング数を確保できる。
【0051】
(第2実施形態)
図9~
図14を参照し、第2実施形態について説明する。第2実施形態では、演算装置30は、ピッチ角度P毎に、任意の回転位相である一つの主基準位相と、主基準位相に対し所定位相をずらした一つ以上の副基準位相とを設定する。ピッチ角度P毎に一つ以上設定されると定義された「基準位相」に対し、主基準位相は「主の基準位相」であり、副基準位相は「副の基準位相」である。
図9~
図12には一つの主基準位相と一つの副基準位相とが設定される例を示し、
図13には一つの主基準位相と二つの副基準位相とが設定される例を示す。
【0052】
第2実施形態では主基準位相と副基準位相との相対的な位相ずれがポイントであり、絶対的な主基準位相の値は問わない。ただし便宜上、
図5には、最大面積位相α0が主基準位相に選択されたものと仮定して、主基準位相と副基準位相との位相ずれの例を示す。最上段に示すα0が主基準位相であると仮定し、位相ずれが(1/16)P、(1/8)P、(1/4)P、(1/2)Pのときの副基準位相をそれぞれ上から2~5段目に示す。
【0053】
ここで、ピッチ角度Pに対する係数を加算した値が1となる一組の位相ずれは、主基準位相と副基準位相とを入れ替えただけの互いに等価な関係にある。例えば(1/8)Pと(7/8)P、(1/4)Pと(3/4)Pの位相ずれは互いに等価である。また、Pを一周期と考え、「-(1/8)P=(7/8)P」、「-(1/4)P=(3/4)P」と表してもよい。
【0054】
図5に対応し、
図9、
図10、
図11、
図12のタイムチャートに、それぞれ位相ずれが(1/16)P、(1/8)P、(1/4)P、(1/2)Pのとき、主基準位相と副基準位相とを用いて係合タイミングを判定する実施例(1)~(4)を示す。各実施例における「第1係合部材回転数=5000rpm、第2係合部材回転数=4800rpm、ギヤ歯数T=60」の条件は、第1実施形態の
図6、
図7と同様である。
【0055】
主基準位相に対応するタイミング(トリガー1)で位相差センサ信号をサンプリングして得られた信号値を主信号値といい、ハッチング付きの丸印で記す。副基準位相に対応するタイミング(トリガー2)で位相差センサ信号をサンプリングして得られた信号値を副信号値といい、ハッチング付きの四角印で記す。各実施例(1)~(4)において、主信号値が離散的に描く波形と副信号値が離散的に描く波形とは互いにずれているが、うなり波の節部では、主信号値の絶対値と副信号値の絶対値とが共に判定閾値以下となる。そこで、このタイミングが係合タイミングとして判定される。なお、第1実施形態と同様に、位相差センサ信号のうなり波の振動中心値がゼロと定義される。
【0056】
ここで、位相ずれが(1/16)Pや(1/8)Pの場合、主信号値と副信号値との差が比較的小さいため、ノイズの影響を受けるおそれがある。そこで、主基準位相に対する基準位相の位相ずれを(1/4)P又は(3/4)Pに設定することで、ノイズに対する信号強度(S/N比)を大きく確保することができる。
【0057】
また、
図13に示す実施例(5)では、主基準位相に対する位相ずれが-(1/8)Pである第1副基準位相と、位相ずれが-(1/4)Pである第2副基準位相とが設定されている。三つ以上の信号値に基づいて係合タイミングを判定することで、ノイズの大きい環境下でも判定の信頼性が向上する。また、第2副基準位相の位相ずれが-(1/4)P(=(3/4)P)に設定されているため、(S/N比)が大きく確保される。
【0058】
図14のフローチャートに、第2実施形態による係合タイミング判定の処理を示す。S21では、位相差センサ信号の外乱成分がLPF31で除去される。S22でサンプリング回路32は、ピッチ角度P毎に、第1係合部材11の任意の回転位相を主基準位相として設定し、主基準位相に対し所定位相をずらした位相を副基準位相として設定する。
【0059】
S23でサンプリング回路32は、主基準位相及び副基準位相に対応するタイミングをトリガーとして、位相差センサ信号をサンプリングする。S24で係合タイミング判定回路33は、主信号値の絶対値と副信号値の絶対値とが共に判定閾値以下となるタイミングを係合タイミングとして判定する。S25で演算装置30は、係合タイミングに基づき、直動アクチュエータ15を駆動する。
【0060】
第2実施形態の各実施例の図では主基準位相が最大面積位相α0である場合を例示したが、主基準位相は任意の回転位相でよい。第2実施形態では、サンプリング回路32は、第1係合部材11の絶対的な回転位相を既知情報として、又は、学習により取得する必要がなく、複数の基準位相を用いることのみで係合タイミングを判定することができる。
【0061】
(第3実施形態)
図15~
図19を参照し、第3実施形態について説明する。第1係合部材11のピッチ角度P毎の基準位相でサンプリングを行う第1、第2実施形態では、第1係合部材11の回転数、すなわち
図1の車両構成例における主機モータ6の回転数ωMに比例して時間あたりのサンプリング回数が増加する。モータ回転数ωMが1000rpmのときに比べ、サンプリング回数は6000rpmでは6倍、10000rpmでは10倍になる。
【0062】
ところで、クラッチが係合する直前には、モータ回転数ωMによらず、第1係合部材11の回転数と第2係合部材12の回転数との差分回転数はほぼ一定となる。差分回転数に歯数を乗じた値が位相差センサ信号のうなり周波数となるため、差分回転数が一定であればうなり周期は一定となる。また、うなり周期あたり5点以上のサンプリング値があればうなり波形を検出可能である。第3実施形態ではこの点に着目し、第1係合部材11の回転数によらず、最小限のサンプリング回数で係合タイミングを判定することを図る。
【0063】
第3実施形態では、(1)うなり周期が第1係合部材11の回転数によらず一定であること、及び、(2)第1係合部材11の回転数が所定の下限回転数以上のときにのみ係合タイミングが判定されることを前提とする。
【0064】
そして演算装置30は、うなり周期あたりの固定のサンプリング回数である、5以上のレギュラー数Rを設定する。以下、レギュラー数R=5の場合、つまり、モータ回転数ωMによらずうなり周期あたり5回のサンプリングを行う場合を例として説明する。うなり波形全体を効率良く検出するため、レギュラー数は5以上の奇数、特に、7、11、13等の素数であることが好ましい。
【0065】
図15、
図16、
図17に、それぞれ、モータ回転数ωMが1000rpm、6000rpm、10000rpmのときのサンプリング及び係合タイミングの判定を示す。第2係合部材12の回転数は、それぞれ800rpm、5800rpm、9800rpmであり、差分周波数は200rpmで一定となる。モータ回転数ωM=1000rpmは下限回転数に相当する。ギヤ歯数Tは60であり、うなり周波数fbは200Hz、うなり周期τbは5msで一定である。モータ回転数ωMにギヤ歯数Tを乗じた位相差センサ信号の周波数fpは、それぞれ1000Hz、6000Hz、10000Hzである。
【0066】
また、うなり周期τb(すなわち5ms)あたりの位相差センサ信号の周期数をFpと表す。なお、1秒あたりの周期数である「周波数」と区別するため、「周期数」という用語を用いる。「うなり周期τbあたりの位相差センサ信号の周期数Fp」を「単位周期数Fp」と定義すると、
図15、
図16、
図17における単位周期数Fpは、それぞれ5周期、30周期、50周期となる。
【0067】
次に、単位周期数Fpをレギュラー数Rで除した値の整数部分である「インターバル数n」が算出される。インターバル数nは自然数であり、式(3.1)で表される。なお、モータ回転数ωMが下限周波数未満のとき、nの算出結果が0となり前提を満たさない。
n≦(Fp/R)<(n+1) ・・・(3.1)
【0068】
また、ガウス記号[ ]を用いると、インターバル数は式(3.2)で表される、ここで[x]は、xを超えない最大の整数を意味する。
n=[Fp/R] ・・・(3.2)
【0069】
図15、
図16、
図17におけるインターバル数nは、それぞれ1、6、10となる。
図18に示すように、インターバル数nは、第1ギヤ歯列13のギヤ歯のうち何個に1個の位相差センサ値がサンプリングされるかを示す。モータ回転数ωMが1000rpmのとき、インターバル数n=1であり、全てのギヤ歯の位相差センサ値がサンプリングされる。モータ回転数ωMが6000rpmのとき、インターバル数n=6であり、6個に1個のギヤ歯の位相差センサ値がサンプリングされる。モータ回転数ωMが10000rpmのとき、インターバル数n=10であり、10個に1個のギヤ歯の位相差センサ値がサンプリングされる。インターバル数nは、サンプリング間隔となる回転角度がピッチ角度Pの何倍かを示すものとして解釈されてもよい。
【0070】
なお、単位周期数Fpがレギュラー数Rで割り切れず、余りが出る場合も同様である。例えばモータ回転数ωMが6400rpmで単位周期数Fpが32周期の場合、(Fp/R)=6.4より、インターバル数nは6であり、単位周期数Fpの2周期分が余りとなる。この場合、うなり周期τbにインターバル数n=6で5回サンプリングされ、余り2周期分の位相差センサ信号はサンプリングされない。
【0071】
サンプリング回路32は、第1係合部材11の回転数によらず、位相差センサ信号のインターバル数n周期毎の、第1係合部材11の回転に同期したタイミングに、うなり周期あたりレギュラー数Rの回数だけ位相差センサ信号をサンプリングする。係合タイミング判定回路33は、得られた信号値の絶対値が判定閾値以下となるタイミングを係合タイミングとして判定する。なお、第1、第2実施形態と同様に、位相差センサ信号のうなり波の振動中心値がゼロと定義される。
【0072】
図19のフローチャートに、第3実施形態による係合タイミング判定の処理を示す。S31では、位相差センサ信号の外乱成分がLPF31で除去される。S32では、うなり周期τbあたりの固定のサンプリング回数であるレギュラー数R(≧5)が設定される。S33では、うなり周期τbあたりの位相差センサ信号の周期数(すなわち単位周期数)Fpが算出される。S34では、単位周期数Fpをレギュラー数Rで除した値の整数部分であるインターバル数nが算出される。
【0073】
S35でサンプリング回路32は、第1係合部材11の回転数によらず、位相差センサ信号のインターバル数n周期毎のタイミングに、うなり周期あたりレギュラー数Rの回数だけ位相差センサ信号をサンプリングする。インターバル数n周期毎の各ピッチ角度Pにおけるサンプリング位相は同じであるため、各サンプリングタイミングは、第1係合部材11の回転に同期している。
【0074】
S36で係合タイミング判定回路33は、得られた信号値の絶対値が判定閾値以下となるタイミングを係合タイミングとして判定する。S37で演算装置30は、係合タイミングに基づき、直動アクチュエータ15を駆動する。
【0075】
以上のように第3実施形態では、第1係合部材11の回転数によらずうなり周期τbが一定であることを前提とし、うなり周期τbに固定のレギュラー数の回数でサンプリングを行う。したがって、第1係合部材11の回転数が高い場合にも演算負荷を増大させることなく、係合タイミングの判定が可能となる。
【0076】
図20に、第3実施形態に類似する変形例による係合タイミング判定を示す。変形例では、第1係合部材11の回位相範囲に対応する複数の監視区間が設定される。各監視区間で位相差センサ信号の区間最大値がピークホールドされ、A/D変換されて出力される。係合タイミング判定回路33は、抽出された区間最大値が判定閾値以下となるタイミングを係合タイミングとして判定する。なお、各監視区間で区間最大値に代えて区間最小値がピークホールドされてもよい。この変形例でも位相差センサ信号の周波数によらず、第1係合部材11の回転に同期した信号値に基づき、係合タイミングを判定可能である。
【0077】
(第4実施形態)
図21~
図24を参照し、第4実施形態について説明する。
図21に示す第4実施形態の噛み合いクラッチ係合制御システムにおいて、
図3と同様の構成については説明を省略する。第4実施形態の演算装置30は、LPF31及び係合タイミング判定回路33に加え、代表サンプリング回路321、第1微差サンプリング回路322及び第2微差サンプリング回路323からなる複数のサンプリング回路を含む。
【0078】
各サンプリング回路321、322、323は、微小な周波数差を有する複数のサンプリング周波数を用いて位相差センサ信号をサンプリングする。係合タイミング判定回路33は、各サンプリング周波数で取得された位相差センサ信号の振幅がいずれも判定閾値以下となるタイミングを、噛み合いクラッチが係合可能な係合タイミングとして判定する。
図22、
図23において、正負の判定閾値の内側領域を「係合可能範囲」と記す。
【0079】
代表サンプリング回路321が用いる一つのサンプリング周波数を代表サンプリング周波数fsrと表す。第1微差サンプリング回路322及び第2微差サンプリング回路323が用いる各サンプリング周波数を微差サンプリング周波数fsd1、fsd2と表す。二つの微差サンプリング周波数fsd1、fsd2に限らず、第4実施形態では一つ以上の微差サンプリング周波数fsd*(*=1,2・・・)が用いられればよい。
【0080】
第1係合部材11の回転数と第2係合部材12の回転数との差である差分回転数は、既定値(例えば100rpm)であることを前提としてもよい。この場合、破線矢印で示すように、モータ回転数ωM及び車輪回転数ωTは演算装置30に入力されなくてもよい。或いは演算装置30は、例えばモータ回転センサ56が検出したモータ回転数ωMから第1係合部材11の回転数を取得し、例えば車輪速センサ59が検出した車輪回転数ωTを減速比で換算して第2係合部材12の回転数を取得し、差分回転数を算出してもよい。
【0081】
演算装置30は、既定値である差分回転数、又は、回転数検出値から算出された差分回転数に基づいて、位相差センサ信号のうなり波の周波数であるうなり周波数fbを算出する。差分回転数が100rpmでギヤ歯数Tが60の場合、うなり周波数fbは0.1kHz、うなり周期τbは10msとなる。
【0082】
式(4.1)で表されるように、代表サンプリング周波数fsrは、うなり周波数fbの4倍以上10倍以下に設定される。また、式(4.2)で表されるように、微差サンプリング周波数fsd*と代表サンプリング周波数fsrとの差は、うなり周波数の10分の1以下に設定される。
fb×4≦fsr≦fb×10 ・・・(4.1)
|fsd*-fsr|≦fb/10 ・・・(4.2)
【0083】
具体的にうなり周波数が0.1kHzの場合、式(4.1)は式(4.3)に、式(4.2)は式(4.4)に置き換えられる。
0.4kHz≦fsr≦1kHz ・・・(4.3)
|fsd*-fsr|≦0.01kHz ・・・(4.4)
【0084】
図21、
図22の例では、式(4.3)、(4.4)を満たすように、fsr=0.4kHz、fsd1=0.401kHz、fsd2=0.402kHzに設定されている。
【0085】
次に
図22、
図23(a)、(b)を参照し、第4実施形態による係合タイミングの判定について説明する。係合タイミングを判定するには、うなり波形の全体を検出する必要はなく、うなり波の節部さえ検出できればよい。第4実施形態では、うなり波の腹部と節部とでの、サンプルタイミングの微小なずれに伴う振幅変化の違いにより、腹部と節部とを判別可能である点に着目する。
【0086】
図23(a)に示すように、うなり波の腹部ではサンプルタイミングの微小なずれによる振幅の変化が大きく、サンプリングされた信号値A1、A2、A3が係合可能範囲内に入ったり、係合可能範囲から外れたりする。
図23(b)に示すように、うなり波の節部ではサンプルタイミングの微小なずれによる振幅の変化が小さく、いずれのタイミングでサンプリングされた信号値B1、B2、B3も係合可能範囲内に入る。
【0087】
図22に、うなり周波数0.1kHzの位相差センサ信号を、代表サンプリング周波数0.4kHz、第1微差サンプリング周波数0.401kHz、及び、第2微差サンプリング周波数0.402kHzの三つのサンプリング周波数でサンプリングして得られた信号値を示す。
【0088】
代表サンプリング周波数0.4kHzはうなり周波数0.1kHzの4倍であるため、節部、節部と腹部との中間、腹部、腹部と次の節部との中間、の4点での信号値が得られる。位相差センサ信号の周波数がうなり周波数の整数倍の場合、腹部のサンプリングタイミングにおいて振幅が0になる。つまり、本来係合不可能なタイミングであるにもかかわらず、代表サンプリング周波数0.4kHzでの腹部の信号値は係合可能範囲内に入る。
【0089】
一方、第1微差サンプリング周波数0.401kHz及び第2微差サンプリング周波数0.402kHzでサンプリングされた信号値は、いずれもうなり波の腹部において係合可能範囲を外れている。したがって、うなり波の腹部では、「各サンプリング周波数で取得された位相差センサ信号の振幅がいずれも判定閾値以下となる」ことが否定され、係合タイミングと誤判定されることが防止される。同様に、節部と腹部との中間、又は、腹部と次の節部との中間において、いずれかのサンプリング周波数での信号値が係合可能範囲内に入る場合でも、他のサンプリング周波数での信号値が係合可能範囲内を外れるため、係合タイミングと誤判定されることが防止される。
【0090】
それに対しうなり波の節部では、代表サンプリング周波数0.4kHz、第1微差サンプリング周波数0.401kHz及び第2微差サンプリング周波数0.402kHzでサンプリングされた位相差センサ信号の振幅がいずれも判定閾値以下となり、係合可能範囲に入る。したがって、係合タイミングが適切に判定される。
【0091】
図24のフローチャートに、第4実施形態による係合タイミング判定の処理を示す。S41では、位相差センサ信号の外乱成分がLPF31で除去される。S42で演算装置30は、差分回転数からうなり周波数fbを算出する。
【0092】
S43で各サンプリング回路321、322、323は、一つの代表サンプリング周波数fsr、及び、一つ以上の微差サンプリング周波数fsd*で位相差センサ信号をサンプリングする。ここで、代表サンプリング周波数fsr及び微差サンプリング周波数fsd*は上記の式(4.1)、(4.2)で規定される。
【0093】
S44で係合タイミング判定回路33は、各サンプリング周波数で取得された位相差センサ信号の振幅がいずれも判定閾値以下となるタイミングをうなり波の節部、すなわち係合タイミングとして判定する。S45で演算装置30は、係合タイミングに基づき、直動アクチュエータ15を駆動する。
【0094】
第4実施形態では、第1係合部材11の回転数が高いときにも比較的低周波のサンプリング周波数を用いてうなり波の節部を検出することができるため、演算装置30の処理量を低減することができる。
【0095】
ここで、係合判定の開始時には、代表サンプリング周波数fsr、第1微差サンプリング周波数fsd1及び第2微差サンプリング周波数fsd2の初回サンプルタイミングを同期させることが好ましい。これにより、係合判定の開始直後に、
図22に示すような好ましい関係の信号値が得られる。
【0096】
また、代表サンプリング周波数fsrがうなり波周波数の4倍に設定された場合、サンプリングタイミングがちょうど節部を跨ぐ場合があり得る。一方、代表サンプリング周波数fsrをうなり波周波数の8~10倍程度に設定した場合、うなり周期に一つのサンプリングタイミングが必ず節部に含まれることになるため、判定精度が向上する。
【0097】
(その他の実施形態)
(a)本発明の噛み合いクラッチ係合制御システムは、電動車両のパワートレイン系に設けられた噛み合いクラッチに限らず、エンジン車両のパワートレインや一般機械の動力伝達機構等、様々な用途の回転軸に設けられた噛み合いクラッチに適用可能である。特に第1係合部材11の回転数が低回転から高回転まで幅広く変化するシステムにおいて本発明は有効である。
【0098】
(b)車両90は、
図1、
図2に例示するFF車の他、前輪及び後輪が共に駆動輪である四輪駆動車でもよい。また、第1~第3実施形態において、第1係合部材11の回転に同期したタイミングは、主機モータ6の回転センサ56(レゾルバ等)の信号に限らず、他の回転信号に基づき決定されてもよい。
【0099】
(c)上記の第1~第4実施形態は相反するものでなく、適宜組み合わせて実施されてもよい。また、条件によって採用する実施形態を切り替えるようにしてもよい。
【0100】
以上、本発明はこのような実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において、種々の形態で実施することができる。
【0101】
本開示に記載の演算装置及びその手法は、コンピュータプログラムにより具体化された一つ乃至は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリを構成することによって提供された専用コンピュータにより、実現されてもよい。あるいは、本開示に記載の演算装置及びその手法は、一つ以上の専用ハードウェア論理回路によってプロセッサを構成することによって提供された専用コンピュータにより、実現されてもよい。もしくは、本開示に記載の演算装置及びその手法は、一つ乃至は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリと一つ以上のハードウェア論理回路によって構成されたプロセッサとの組み合わせにより構成された一つ以上の専用コンピュータにより、実現されてもよい。また、コンピュータプログラムは、コンピュータにより実行されるインストラクションとして、コンピュータ読み取り可能な非遷移有形記録媒体に記憶されていてもよい。
【符号の説明】
【0102】
100・・・噛み合いクラッチ係合制御システム、
10 ・・・噛み合いクラッチ、
11 ・・・第1係合部材、 13 ・・・第1ギヤ歯列、
12 ・・・第2係合部材、 14 ・・・第2ギヤ歯列、
21 ・・・位相差センサ、
30 ・・・演算装置。