(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024000730
(43)【公開日】2024-01-09
(54)【発明の名称】動吸振器の設計支援方法、調整構造および工作機械
(51)【国際特許分類】
B23C 9/00 20060101AFI20231226BHJP
B23Q 11/00 20060101ALI20231226BHJP
【FI】
B23C9/00 Z
B23Q11/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022099595
(22)【出願日】2022-06-21
(71)【出願人】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(71)【出願人】
【識別番号】000237499
【氏名又は名称】富士精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 賢樹
(72)【発明者】
【氏名】秋元 優二
(72)【発明者】
【氏名】社本 英二
(72)【発明者】
【氏名】早坂 健宏
【テーマコード(参考)】
3C011
3C022
【Fターム(参考)】
3C011AA06
3C022QQ03
(57)【要約】
【課題】加工工具に適した動吸振器の設計を支援する技術を提供する。
【解決手段】受付部112は、加工工具の共振周波数を受け付ける。保持部120は、弾性体のバネ定数と潰し量の関係を保持し、情報取得部114は、保持部120の保持内容を参照して、受け付けた加工工具の共振周波数に一致または近似する共振周波数をもつ動吸振器における弾性体の潰し量に関する情報、弾性体のサイズに関する情報、弾性体の個数に関する情報、質量体の質量に関する情報の少なくとも1つを取得する。出力部116は、取得した情報を出力装置130に出力する。
【選択図】
図18
【特許請求の範囲】
【請求項1】
加工工具に取り付けられる動吸振器であって、質量体と、前記質量体と前記加工工具の間に保持される弾性体とを備える前記動吸振器の設計を支援する方法であって、
前記加工工具の共振周波数を受け付ける受付ステップと、
保持部に保持された弾性体のバネ定数と潰し量の関係を参照して、受け付けた前記加工工具の共振周波数に一致または近似する共振周波数をもつ前記動吸振器における前記弾性体の潰し量に関する情報、前記弾性体のサイズに関する情報、前記弾性体の個数に関する情報、前記質量体の質量に関する情報の少なくとも1つを取得する取得ステップと、
取得した前記情報を出力する出力ステップと、
を含むことを特徴とする動吸振器の設計支援方法。
【請求項2】
前記受付ステップは、前記弾性体の潰し量を特定する情報、前記弾性体のサイズを特定する情報、前記弾性体の個数を特定する情報、前記質量体の質量を特定する情報の少なくとも1つを受け付け、
前記取得ステップは、前記保持部に保持された弾性体のバネ定数と潰し量の関係を参照して、前記弾性体の潰し量を特定する情報、前記弾性体のサイズを特定する情報、前記弾性体の個数を特定する情報、前記質量体の質量を特定する情報のうち、前記受付ステップが受け付けていない情報に関する情報を取得し、
前記出力ステップは、取得した前記情報を出力する、
ことを特徴とする請求項1に記載の動吸振器の設計支援方法。
【請求項3】
前記受付ステップは、使用する前記弾性体のサイズを特定する情報を受け付け、
前記取得ステップは、前記弾性体の潰し量に関する情報、前記弾性体の個数に関する情報、前記質量体の質量に関する情報を取得する、
ことを特徴とする請求項1に記載の動吸振器の設計支援方法。
【請求項4】
前記保持部は、バネ定数に対する、弾性体のサイズ、弾性体の潰し量、弾性体の個数の関係を保持しており、
前記取得ステップは、弾性体のサイズと個数に応じた、前記弾性体の潰し量に関する情報と、前記質量体の質量に関する情報を取得する、
ことを特徴とする請求項3に記載の動吸振器の設計支援方法。
【請求項5】
前記弾性体はOリングであり、前記質量体または前記加工工具に形成された環状溝に保持され、
前記受付ステップは、前記環状溝の溝径dを受け付け、
前記取得ステップは、前記弾性体の潰し量に関する情報として、前記加工工具または前記質量体に形成する穴部の穴径Dに関する情報を取得し、
前記出力ステップは、前記弾性体の潰し量に関する情報として、前記穴部の穴径Dに関する情報を出力する、
ことを特徴とする請求項1に記載の動吸振器の設計支援方法。
【請求項6】
前記加工工具の共振周波数は、前記加工工具を工作機械に取り付けた状態で取得された共振周波数である、
ことを特徴とする請求項1に記載の動吸振器の設計支援方法。
【請求項7】
部品に取り付けられ、質量体と、前記質量体と前記部品の間に保持される2つ以上の弾性体とを備える動吸振器の共振周波数を調整可能な構造であって、
少なくとも1つの前記弾性体の潰し量を独立して変更するための押圧部を備えることを特徴とする調整構造。
【請求項8】
前記動吸振器は、3つ以上の前記弾性体を備え、
前記押圧部は、3つ以上の前記弾性体の潰し量のそれぞれを独立して変更可能である、
ことを特徴とする請求項7に記載の調整構造。
【請求項9】
前記押圧部は、前記弾性体ごとに設けられる、
ことを特徴とする請求項7に記載の調整構造。
【請求項10】
前記押圧部は前記質量体または前記部品に形成され、前記部品が前記質量体に対して相対的に移動すると、前記押圧部は、その移動量に応じた潰し量で前記弾性体を変形させる、
ことを特徴とする請求項7に記載の調整構造。
【請求項11】
前記弾性体はOリングである、
ことを特徴とする請求項7に記載の調整構造。
【請求項12】
加工工具が取り付けられた工作機械であって、前記加工工具には、質量体と、前記質量体と前記加工工具の間に保持される2つ以上の弾性体とを備える動吸振器が取り付けられ、
前記加工工具は、少なくとも1つの前記弾性体の潰し量を独立して変更して、前記動吸振器の共振周波数を調整可能な調整構造を備える、
ことを特徴とする工作機械。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、加工プロセスで生じる振動を抑制する動吸振器の設計を支援する技術および動吸振器の共振周波数を調整可能な構造に関する。
【背景技術】
【0002】
びびり振動や強制振動を抑制するために、バネ要素と質量体(錘)を含んで構成される動吸振器を加工工具に取り付けて、減衰性を向上させる手法が知られている。工作機械の主軸または送り装置に取り付けられた加工工具の共振周波数と一致または近似する共振周波数を有する動吸振器を加工工具に取り付けることで、加工工具の共振周波数付近での共振現象が抑制される。
【0003】
特許文献1は、シャンク内部のキャビティに配置されたアブソーバマスを備える工具ホルダを開示する。この工具ホルダにおいては、アブソーバマスの両端部を規制する一対の弾力性サポートが、アブソーバマスの両端側に配置された一対の圧力板の少なくとも一方によって、アブソーバマスに押し付けられる。この工具ホルダは、弾力性サポートに対して長手軸線に沿って移動可能な圧力板を動かすための調整ネジを有し、弾力性サポートの剛性を調整する機能を備える。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
動吸振器の減衰効果を発揮させるためには、動吸振器の共振周波数が、加工工具の共振周波数に一致または近似している必要がある。しかしながら現実問題として、設計段階で動吸振器の共振周波数を精度よく予測することは容易でない。たとえばOリングは、変形することで接触面との接触面積が変化して、力と変位の関係が非線形な挙動を示すバネ要素である。このようなバネ要素を含む動吸振器の共振周波数をCAE(Computer Aided Engineering)解析を用いて予測しても、バネ要素の動的な挙動を再現できないため、予測した共振周波数と、予測にしたがって実際に作製した動吸振器の共振周波数とは通常一致しない。
【0006】
ある加工工具用の動吸振器を設計する際に、多くの試作品を作製して、当該加工工具の共振周波数に、試作品の共振周波数を実験的に合わせ込む手法も考えられるが、コストおよび時間がかかるという問題がある。特に、大量生産されることのない、特定の加工プロセスに特化した特殊工具用の動吸振器を設計する際に、多くの試作品を作製して共振周波数を実験的に合わせ込む手法は、費用対効果が低く採用しづらい。
【0007】
また加工工具の共振周波数は、加工工具のみによって定まるのではなく、加工工具が取り付けられる工作機械の構造(主軸または送り装置)や取付力、取付面の状態などの影響を受ける。たとえば同じ加工工具であっても、それが取り付けられる工作機械の取付部での剛性が異なると、その加工工具の共振周波数は異なるものとなる(当該取付部での剛性が低いと、加工工具の共振周波数は低くなる)。特に、加工工具の剛性に比べて工作機械の取付部での剛性が十分に高くない場合に、共振周波数の変化は大きくなり、したがって取り付けられる工作機械によって加工工具の共振周波数は異なってくる。そのため、特定の加工プロセスに特化しない汎用工具であっても、工作機械の取付部での剛性が十分に高くない場合には、その動吸振器を大量生産することができない。そこで、加工工具(より正確には工作機械構造に取り付けられた加工工具)に適した動吸振器の設計を好適に支援する手法を確立することが望まれている。
【0008】
また特許文献1に開示された工具ホルダは、弾力性サポートの剛性を調整する機能、つまりバネ定数(バネ剛性)を調整する機能を有しているが、2つの弾力性サポートの剛性しか調整できないため、その調整幅は広くない。そこで加工工具に取り付ける動吸振器の共振周波数を広い範囲で調整可能な構造を実現することも望まれている。
【0009】
本開示はこうした状況に鑑みてなされており、その目的とするところは、加工工具に適した動吸振器の設計を支援する技術を提供することにあり、また動吸振器の共振周波数を調整可能な技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本開示のある態様の設計支援方法は、加工工具に取り付けられる動吸振器であって、質量体と、質量体と加工工具の間に保持される弾性体とを備える動吸振器の設計を支援する方法であって、加工工具の共振周波数を受け付ける受付ステップと、保持部に保持された弾性体のバネ定数と潰し量の関係を参照して、受け付けた加工工具の共振周波数に一致または近似する共振周波数をもつ動吸振器における弾性体の潰し量に関する情報、弾性体のサイズに関する情報、弾性体の個数に関する情報、質量体の質量に関する情報の少なくとも1つを取得する取得ステップと、取得した情報を出力する出力ステップとを含む。
【0011】
本開示の別の態様は、部品に取り付けられ、質量体と、質量体と部品の間に保持される2つ以上の弾性体とを備える動吸振器の共振周波数を調整可能な構造であって、少なくとも1つの弾性体の潰し量を独立して変更するための押圧部を備える。
【0012】
本開示のさらに別の態様は、加工工具が取り付けられた工作機械であって、加工工具には、質量体と、質量体と加工工具の間に保持される2つ以上の弾性体とを備える動吸振器が取り付けられ、加工工具は、少なくとも1つの弾性体の潰し量を独立して変更して、動吸振器の共振周波数を調整可能な調整構造を備える。
【0013】
なお、以上の構成要素の任意の組合せ、本開示の表現を方法、装置、システムなどの間で変換したものもまた、本開示の態様として有効である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】工作機械の主軸に取り付けられた加工工具を示す図である。
【
図2】再設計前の加工工具の全体構造を示す図である。
【
図3】動吸振器を組み込んだ加工工具の断面構造の例を示す図である。
【
図4】動吸振器を組み込んだ加工工具の断面構造の別の例を示す図である。
【
図5】動吸振器を組み込んだ加工工具の断面構造の別の例を示す図である。
【
図8】試作品のパラメータ値の組み合わせを示す図である。
【
図18】設計支援装置の機能ブロックを示す図である。
【
図19】動吸振器の設計支援方法のフローチャートを示す図である。
【
図20】仮想的な穴部と、仮想的な質量体を示す図である。
【
図21】出力装置に表示される情報の例を示す図である。
【
図22】動吸振器の効果を実証した実験結果を示す図である。
【
図23】動吸振器の共振周波数を調整可能な調整構造の例を示す図である。
【
図24】動吸振器の共振周波数を調整可能な調整構造の別の例を示す図である。
【
図25】一部の弾性体がテーパ部により押圧された状態を示す図である。
【
図26】全ての弾性体がテーパ部により押圧された状態を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
図1は、工作機械1の主軸2に取り付けられた加工工具3を示す。加工工具3は工具本体(工具ホルダ)4を有し、工具本体4の基端部が回転可能に主軸2に取り付けられる。工具本体4の先端部には、切れ刃を有する刃部5が複数取り付けられる。この例で工具本体4の先端部には4つの刃部5が設けられるが、3つ以下、または5つ以上の刃部5が設けられてもよい。
【0016】
自動車部品などの生産現場では、高能率化による加工時間の短縮や、工程集約による工具所有数の削減を実現するために、加工プロセスに特化した特殊工具がよく使用される。また近年、省スペース化を実現するべく、小型の工作機械が普及しており、特殊工具と小型工作機械の組み合わせで加工を行う生産現場が増えている。高能率化および工程集約と、工作機械の小型化は、再生びびり振動を生じさせる要因となり、切削の安定性に影響を与える。さらに小型の工作機械では、加工工具の剛性に比べて、加工工具が取り付けられる工作機械の取付部での剛性が十分に高くない場合が多く、加工工具の共振周波数が工作機械ごとに変化しやすい。そこで実施形態では、工作機械に取り付けられた加工工具3に取り付ける動吸振器の設計を支援する手法を提案する。
【0017】
実施形態による動吸振器の設計支援手法は、たとえば生産現場で、加工工具3を使用した切削加工においてびびり振動や強制振動が問題となる場合に、当該加工工具3に取り付ける動吸振器を設計し、且つ動吸振器を取り付けるための空間(スペース)を有する加工工具3を再設計するために利用される。当然のことながら、実施形態による動吸振器の設計支援手法は、動吸振器を備える新しい加工工具(たとえば特殊工具)を一から設計する際に利用されてもよい。
【0018】
図2は、再設計前の加工工具3の全体構造を示す。加工工具3は工具本体4の基端部に、主軸2の取付部に着脱される被取付部6を備える。工具本体4の内部に破線で示す空間は、動吸振器を収容するための穴部7を示す。なお
図2においては、動吸振器が収容される空間の位置および形状を説明する目的で、仮想的な穴部7を破線で示しているが、再設計前の加工工具3は、実際には穴部7を有しておらず、中実構造を有してもよい。なお再設計前の加工工具3が、たとえば軽量化等の目的で、穴部7を形成されていてもよい。
【0019】
穴部7は、工具本体4の先端に開口し、回転軸線を中心とする有底円筒形状を有してよい。図示されるように工具本体4が、先端側の太径部8と、基端側の細径部9から構成される場合、穴部7は太径部8の内部空間として構成されてよいが、太径部8から細径部9につながる内部空間として構成されてもよい。なお、基端側が固定され、先端側が振動するたわみ振動モード(あるいは「曲げ振動モード」)において、基端側は主に振動系の剛性(ばね定数)の役割を担い、先端側は主に質量の役割を担う。先端側に形成した穴部7に動吸振器を配置することは、剛性を大きく低下させず、また変位の大きな位置で効果的な減衰効果を得るため、理にかなっていると言える。ただし、工具本体4の先端側に穴部7を形成する場合においても、工具本体4の剛性はある程度は低下するため、穴部7は、工具本体4の断面2次モーメントを大きく低下させない程度の形状および大きさに設計されることが好ましい。
【0020】
図3は、実施形態による設計支援手法を用いて設計された動吸振器20を組み込んだ加工工具3の断面構造の例を示す。加工工具3には、動吸振器20を収容するための穴部7(穴径D)が形成され、動吸振器20は、穴部7の開口を蓋10で塞いだ収容空間に配置される。動吸振器20の両端部には、一対のスラスト軸受28が設けられてよいが、異なる種類の軸受が設けられてもよい。
【0021】
実施形態の動吸振器20は、略円筒形状の質量体26と、バネ要素として機能する1つ以上の弾性体24とを備えて構成される。弾性体24には、断面円形の環状ゴムパッキンであるOリングを採用する。質量体26の外周面には、直径dの4つの環状溝22が形成されており、弾性体24であるOリングは、環状溝22に保持されて、質量体26と加工工具3との間に保持される。実施形態では、環状溝22の底面を円筒面とし、穴部7の内周面を円筒面として、これらの円筒面の直径差をOリング直径の2倍よりも小さくすることで、Oリングには半径方向に潰す変形が与えられる。この変形量に対してOリングは非線形な剛性を有する。工具本体4において、動吸振器20の共振周波数が、主軸2に取り付けられた加工工具3の共振周波数と一致または近似することで、びびり振動や強制振動を抑制する機能が発揮される。
【0022】
図4は、動吸振器20を組み込んだ加工工具3の断面構造の別の例を示す。この例では、動吸振器20の両端部に、たとえばゴムボールのような弾性の支持体29a、29bが設けられて、動吸振器20の軸方向の動きが規制される。支持体29aは、質量体26の一方の端部の回転中心部に設けられた凹部と、工具本体4に設けられた凹部に挟持され、支持体29bは、質量体26の他方の端部の回転中心部に設けられた凹部と、蓋10に設けられた凹部に挟持される。
【0023】
図5は、動吸振器20を組み込んだ加工工具3の断面構造の別の例を示す。この例では、工具本体4に設けられたストッパ27aと、蓋10に設けられたストッパ27bが、動吸振器20の軸方向の動きを規制する。
図5において、ストッパ27aは、右側の環状溝22の側壁として機能し、ストッパ27bは、左側の環状溝22の側壁として機能する。
【0024】
以下、加工工具3に取り付ける動吸振器20および加工工具3に形成する穴部7の設計を支援する手法について説明する。その前提として、動吸振器の共振周波数を定める複数種類のパラメータを様々に変更して、複数種類のパラメータの組み合わせのそれぞれで共振周波数を測定する実験を行い、所望のバネ定数を生成する動吸振器の複数種類のパラメータを導出するためのデータベースを作成する。
【0025】
<バネ定数データベースの作成>
動吸振器の共振周波数fは、質量mとバネ定数kを用いて、以下の式(1)で求められる。
【数1】
ここで質量mは質量体の質量であり、密度ρと体積Vを用いて、以下の式(2)で求められる。
【数2】
【0026】
加工工具3用の動吸振器を設計する際、質量体の材料が決まれば密度ρが決まる。また加工工具3に形成可能な動吸振器の収容空間(
図2~
図5に示す穴部7)の体積には工具剛性の観点から限界値があるため、質量体26の体積Vはその限界値の範囲内で定まる。動吸振器20におけるバネ要素が、環状溝22に嵌め込まれたOリングである場合、バネ定数kは、以下の複数種類のパラメータの影響を受ける。
(a)Oリングの数
(b)Oリングの潰し量(潰し代)
(c)Oリングのサイズ
なおバネ定数kは、Oリングが接触する潰し面(接触面)の形状にも影響を受けるが、実施形態で潰し面は円筒面であり、潰し面の形状に違いはないものとする。
【0027】
以下に示す実験では、共振周波数に影響を与える複数種類のパラメータを変更しながら、様々なパラメータの組み合わせの試作品を作製し、周波数解析によって試作品の共振周波数fを測定した。
【0028】
図6は、実験用の動吸振器30の構成を示す。実験用の動吸振器30は略円筒形状の質量体36とOリング34とを備える。質量体36の外周面には、Oリング34を保持するための第1環状溝32a、第2環状溝32b、第3環状溝32c、第4環状溝32d、第5環状溝32eおよび第6環状溝32f(以下、特に区別しない場合は「環状溝32」と呼ぶ)が形成されており、質量体36に設けるOリング34の数を変更できるようにしている。全ての環状溝32は同じ溝径dをもつ。質量体36において、少なくとも環状溝32が形成された領域は、内径Dをもつ一対の収容管38a、38bの内部に配置される。
【0029】
図7は、実験環境を撮影した写真を示す。この実験では、収容管38a、38bをバイス(万力)で固定して、インパルスハンマで質量体36の長手方向中央領域を加振し、質量体36に取り付けた加速度センサの検出値に対してFFT(Fast Fourier Transformation、周波数解析)を行い、共振周波数を測定した。なお測定誤差を緩和するために、10回の測定値の平均値を共振周波数fとして導出した。実験では、以下の複数種類のパラメータを変更した試作品(動吸振器30)を作製して、各試作品の共振周波数fを測定した。
<実験パラメータ>
・ 質量体36の質量
・ 質量体36の溝径d
・ 収容管38の穴径D
・ Oリング34のサイズ
・ Oリング34の数
・ 潰し量
【0030】
なおOリング34は、JISで定められたP規格のニトリルゴム製、線径3.5mmのものを採用した。またOリング34のサイズは、P規格におけるP22A(内径21.7mm)、P29(内径28.7mm)、P35(内径34.7mm)、P41(内径40.7mm)、P48(内径47.7mm)の5種類を採用した。
【0031】
図8は、実験で作製した試作品のパラメータ値の組み合わせを示す。実験では、質量の異なる5種類の質量体36(610g, 980g, 1380g, 1840g, 2460g)を用意して、質量体36の溝径dを、使用するOリング34の内径よりも僅かに大きくなるように形成している。実験では、質量体36の溝径dに対して、収容管38a、38bの穴径Dを変えることで、Oリング34の潰し量を変化させている。なお潰し量は、溝径d、穴径D、Oリング34の線径から、以下の関係式で算出される。
潰し量=(線径×2)-(穴径D-溝径d) (3)
【0032】
図8に示されるように実験では、質量体36とOリング34の組み合わせに対して、収容管38a、38bの5段階の穴径Dを用意することで、5段階の潰し量を生成している。なお線径3.5mmのOリング34を使用するため、潰し量の最大値が1.0mm未満となるようにしている。
図8に示す各パターンで、Oリング34の数量を、2個、4個、6個と3段階で変化させ、動吸振器30の共振周波数を測定した。したがって実験では、5種類の質量体36(Oリング34)と、5段階の潰し量と、Oリング34の3段階の数量のそれぞれの組み合わせの総計75パターンの動吸振器30を作製して、共振周波数の測定を行った。
【0033】
図9は、加速度を周波数解析した結果の一例を示す。
図9(a)は、インパルスハンマの加振力を示す。
図9(b)は、質量体に取り付けた加速度センサの検出値を示す。
図9(b)に示す検出値は、
図8に示すパターン1(質量体:610g、質量体の溝径d:22.03mm、収容管の穴径D:28.08mm、Oリングのサイズ:21.7mm、Oリングの線径:3.5mm、潰し量:0.95mm)の動吸振器30を加振したときの加速度検出値である。
図9(c)は、検出された加速度をFFT(Fast Fourier Transformation)した解析結果を示す。サンプリング周波数は6.4kHz、サンプリング点数は2048点である。この解析結果は、パターン1の動吸振器30における共振周波数fが309.375[Hz]と測定されたことを示す。
【0034】
以上の周波数解析を75パターンの動吸振器30の全てについて実施し、得られた共振周波数fと、質量体36の質量mを式(1)に代入して、各パターンにおけるバネ定数kを算出する。
【0035】
図10~
図14は、Oリングの各サイズに対して導出された潰し量とバネ定数の関係を示す。グラフ中の各点に示す数値は、各パターンにおいて特定された共振周波数fを示す。
潰し量とばね定数の関係を表現するフィッティング関数として式(4)を使用し、Oリングが2個、4個、6個の場合の最適な係数a、bを、最小2乗法を用いて求めた。
(ばね定数)=a×(潰し量)
b (4)
図10~
図14における破線は、Oリング34が2個、4個、6個の場合のフィッティング曲線を示す。
【0036】
図10は、P22AのOリングに対して導出された潰し量とバネ定数の関係を示す。グラフ中の各点に示す数値は、
図8に示すパターン1~5において特定された共振周波数fを示す。
図10に示すグラフから、線径3.5mmのP22A-Oリングを使用した場合、潰し量を1.0mm未満、Oリングを6個以内とする条件下において、約0.8[N/m]までのバネ定数をもつ動吸振器30を設計できることが分かる。
【0037】
図11は、P29のOリングに対して導出された潰し量とバネ定数の関係を示す。グラフ中の各点に示す数値は、
図8に示すパターン6~10において特定された共振周波数fを示す。
図11に示すグラフから、線径3.5mmのP29-Oリングを使用した場合、潰し量を1.0mm未満、Oリングを6個以内とする条件下において、約1.05[N/m]までのバネ定数をもつ動吸振器30を設計できることが分かる。
【0038】
図12は、P35のOリングに対して導出された潰し量とバネ定数の関係を示す。グラフ中の各点に示す数値は、
図8に示すパターン11~15において特定された共振周波数fを示す。
図12に示すグラフから、線径3.5mmのP35-Oリングを使用した場合、潰し量を1.0mm未満、Oリングを6個以内とする条件下において、約1.15[N/m]までのバネ定数をもつ動吸振器30を設計できることが分かる。
【0039】
図13は、P41のOリングに対して導出された潰し量とバネ定数の関係を示す。グラフ中の各点に示す数値は、
図8に示すパターン16~20において特定された共振周波数fを示す。
図13に示すグラフから、線径3.5mmのP41-Oリングを使用した場合、潰し量を1.0mm未満、Oリングを6個以内とする条件下において、約1.45[N/m]までのバネ定数をもつ動吸振器30を設計できることが分かる。
【0040】
図14は、P48のOリングに対して導出された潰し量とバネ定数の関係を示す。グラフ中の各点に示す数値は、
図8に示すパターン21~25において特定された共振周波数fを示す。
図14に示すグラフから、線径3.5mmのP48-Oリングを使用した場合、潰し量を1.0mm未満、Oリングを6個以内とする条件下において、約1.6[N/m]までのバネ定数をもつ動吸振器30を設計できることが分かる。
【0041】
次に、実験していないOリングのサイズに関して線形補間を行った結果を、
図15~
図17に示す。
図15は、2個のOリングに対して導出された潰し量とバネ定数の関係を示す。Oリングのサイズとして示す「22」、「29」、「35」、「41」、「48」のフィッティング曲線は、実測値から導出されるフィッティング曲線であり、それらの間に示すフィッティング曲線は、Oリングの各サイズに対して線形補間により導出された補間曲線である。
【0042】
図16は、4個のOリングに対して導出された潰し量とバネ定数の関係を示す。Oリングのサイズとして示す「22」、「29」、「35」、「41」、「48」のフィッティング曲線は、実測値から導出されるフィッティング曲線であり、それらの間のフィッティング曲線は、Oリングの各サイズに対して線形補間により導出された補間曲線である。
【0043】
図17は、6個のOリングに対して導出された潰し量とバネ定数の関係を示す。Oリングのサイズとして示す「22」、「29」、「35」、「41」、「48」のフィッティング曲線は、実測値から導出されるフィッティング曲線であり、それらの間のフィッティング曲線は、Oリングの各サイズに対して線形補間により導出された補間曲線である。
【0044】
図10~
図17に示した関係性から、Oリング34の潰し量が増えると、バネ定数が、式(4)に示したフィッティング関数にしたがって大きくなることが示される。またOリング34の数量を増やした場合と、サイズを大きくした場合でも、バネ定数が大きくなることが示される。
【0045】
以上の実験から、所望のバネ定数を生成する動吸振器30の複数種類のパラメータを導出するためのデータベースを作成できる。
図10~
図17に示すように、バネ定数kは、Oリング34のサイズと、Oリング34の個数と、潰し量との組み合わせによって特定される。そのためOリング34のサイズが決まれば、バネ定数kは、Oリング34の個数と、潰し量との組み合わせによって特定され、一方、Oリング34の個数が決まれば、バネ定数kは、Oリング34のサイズと、潰し量との組み合わせによって特定される。
【0046】
たとえばOリング34のサイズがP41(内径40.7mm)と定まり、バネ定数kが0.4となる動吸振器30を設計する場合、
図13に示される関係を参照して、3つのフィッティング関数がそれぞれバネ定数0.4の値となるポイントが、バネ定数0.4を実現するOリング34の個数と、潰し量との組み合わせになる。
【0047】
2個のOリング34を設ける場合、動吸振器30のバネ定数0.4を実現するためには、潰し量を約0.71に設定する。また4個のOリング34を設ける場合、動吸振器30のバネ定数0.4を実現するためには、潰し量を約0.21に設定する。また6個のOリング34を設ける場合、動吸振器30のバネ定数0.4を実現するためには、潰し量を約0.07に設定する。実施形態において、データベースは、実験から導出されたフィッティング関数、つまり、Oリング34のサイズと個数に対して、潰し量とバネ定数との関係を定めたフィッティング関数を保持する。なおデータベースは、潰し量とバネ定数との関係を、フィッティング関数とは別の形式で保持してもよい。たとえばデータベースは、0から最大値(たとえば潰し量が1mmのときのバネ定数)までの間の所定値(たとえば0.001[N/m])刻みのバネ定数と、各バネ定数を実現するための潰し量との対応を表現したテーブルを、潰し量とバネ定数との関係として保持してもよい。
【0048】
図18は、実施形態における設計支援装置100の機能ブロックを示す。設計支援装置100は、入力部102、処理部110、保持部120および出力装置130を備える。処理部110は、受付部112、情報取得部114および出力部116を有する。
【0049】
保持部120は、実験により特定された情報をもとに生成した動吸振器のバネ定数に関する情報を記憶したデータベースを保持する。具体的に保持部120は、所定の範囲内のバネ定数を生成する動吸振器の複数種類のパラメータの関係を定めたデータベースを保持する。
【0050】
保持部120は、実験から導出されたフィッティング関数、つまり、Oリングのサイズと個数に対して、潰し量とバネ定数との関係を定めたフィッティング関数を保持してよい。また
図15~
図17に関して説明したように、保持部120は、実験から導出したフィッティング関数を補間して生成したOリングサイズのフィッティング関数も保持してよい。実験で導出したフィッティング関数を補間して、実験していないOリングサイズのフィッティング関数を生成することで、全てのサイズのOリングを実験する労力を削減できる。なお各サイズのOリングにつき、高精度なフィッティング関数を求めるためには、全てのサイズのOリングを実験して、全てのサイズのOリングについて、潰し量とバネ定数との関係を正確に定めたフィッティング関数を導出することが好ましい。
【0051】
上記したように保持部120は、潰し量とバネ定数との関係を、フィッティング関数とは別の形式で保持してもよい。たとえば保持部120は、0から最大値(たとえば潰し量が1mmのときのバネ定数)までの間の所定値(たとえば0.001[N/m])刻みのバネ定数と、それぞれのバネ定数を実現するための潰し量との対応関係を表すテーブルを、潰し量とバネ定数との関係として保持してもよい。この場合、保持部120は、バネ定数0.001[N/m]を実現する潰し量の値、バネ定数0.002[N/m]を実現する潰し量の値、バネ定数0.003[N/m]を実現する潰し量の値と、0.001[N/m]刻みのバネ定数に対する潰し量の値をテーブル形式で保持してよい。なお保持部120は、現実的に必要となるバネ定数の範囲内で、0.001[N/m]刻みのバネ定数に対する潰し量の値をテーブル形式で保持してよい。
【0052】
なお実施形態において、保持部120は、バネ定数に対する、Oリングのサイズ、Oリングの潰し量、Oリングの個数の関係を保持するが、潰し量に対してバネ定数は非線形に変化する一方で、サイズと個数に対してバネ定数は概ね線形に変化することが分かっている。このため保持部120は、基準となるOリングのサイズ(たとえばP35)と基準となる個数(たとえば2つ)に関して、バネ定数に対するOリングの潰し量の関係を保持しておき、他のOリングのサイズおよび個数に関するバネ定数と潰し量の関係を保持していなくてもよい。この場合、Oリングのサイズと個数に対する潰し量を決定する際に、基準となるサイズに対する比率と、基準となる個数に対する比率をバネ定数に乗算することで、潰し量を求めることが可能となる。
【0053】
図19は、実施形態における動吸振器の設計支援方法のフローチャートを示す。最初に設計者は、再設計前の加工工具3を実際に使用する工作機械1に取り付けた状態で、加工工具3をインパルスハンマ等で加振し、加工工具3に取り付けた加速度センサの検出値を周波数解析して、共振周波数fを測定する(S10)。
【0054】
図1は、再設計前の加工工具3を、実際に使用する工作機械1に取り付けた状態を示す。本開示者は、様々な形状の加工工具を工作機械に取り付けて共振周波数を測定した結果、低剛性の加工工具(例えば回転軸線方向の長さが長い加工工具)の共振周波数は、工作機械側の影響を受けにくく、一方、高剛性の加工工具(例えば短い加工工具)の共振周波数は、工作機械側の影響を受けやすいことを知見として得た。そのため特に短い加工工具の場合、別の工作機械に取り付けると、取り付けた工作機械の影響により、加工工具の共振周波数が変化することが分かった。そこで実施形態においては、実際に使用する工作機械1に加工工具3を取り付けた状態で、加工工具3の共振周波数fを測定している。
【0055】
図20は、再設計前の加工工具3における仮想的な穴部7と、穴部7に収容する仮想的な質量体26を示す。設計者は、工具本体4の断面2次モーメントを大きく低下させない範囲で形成可能な穴部7の大体の形状を設計する。ここで設計者は、穴部7の穴径Dを仮決めし、質量体26の溝径dを、穴径Dより僅かに小さく設定する。なお実施形態では質量体26の溝径dと、溝径dの環状溝に嵌めるOリングとをセットで取り扱うため、たとえば仮決めされた穴径Dから、P規格で用意されているOリングのサイズが定まり、対応する溝径dが定められてよい。このように設計者は、加工工具3に形成可能な穴部7の形状から、質量体26の溝径dと、使用するOリングを決定する(S12)。
【0056】
加工工具3の共振周波数fと、質量体26の溝径dおよび使用するOリングが定まると、設計者は、設計支援装置100の入力部102から、共振周波数f、溝径d、使用するOリングのサイズを特定する情報を入力する(S14)。なお処理部110がOリングサイズに対して溝径dを自動算出できる場合には、設計者は、溝径dの入力を省略してよい。使用するOリングのサイズを特定する情報は、Oリングのサイズそのものを示す情報(内径および線径を含む)であってよいが、Oリングの規格上の名称(呼び番号)であってもよく、いずれにしても処理部110がOリングのサイズ(内径および線径を含む)を特定できる情報であればよい。受付部112は、共振周波数f、溝径d、使用するOリングのサイズを特定する情報を受け付ける。
【0057】
情報取得部114は、受け付けた共振周波数fから、式(1)を参照して、質量mとバネ定数kの関係を導出する。ターゲットとする共振周波数fが特定されるため、質量mとバネ定数kの関係式は、以下のように定まる。
k/m = (2π・f)2 (5)
【0058】
情報取得部114は、保持部120から、受け付けたOリングのサイズに関する、潰し量とバネ定数との関係を定めたフィッティング関数を読み出して、式(5)を満たす質量mと、バネ定数kを生成するための潰し量の関係を取得する。つまり情報取得部114は、保持部120に保持された、バネ定数に対する、Oリングのサイズ、Oリングの潰し量の関係を参照して、加工工具3の共振周波数に一致または近似する共振周波数をもつ動吸振器におけるOリングの潰し量に関する情報と、質量体の質量mに関する情報を取得する(S16)。出力部116は、Oリングの潰し量に関する情報と、質量体の質量mに関する情報を、出力装置130に出力する(S18)。出力装置130は、表示装置であってよい。
【0059】
なお上記したように、保持部120には、Oリングの個数(2個、4個、6個)に応じたフィッティング関数が保持されており、したがって情報取得部114は、Oリングの個数に応じた、Oリングの潰し量に関する情報と質量体の質量mに関する情報を取得し、出力部116は、Oリングの個数に応じた、Oリングの潰し量に関する情報と質量体の質量mに関する情報を出力する。
【0060】
図21は、出力装置130に表示される情報の例を示す。出力部116は、Oリングの潰し量に関する情報と、質量体の質量mに関する情報を、グラフの形式で表示する。この例では、Oリングの潰し量に関する情報として、加工工具3に形成する穴部7の穴径Dに関する情報が表示されている。式(3)から、穴径Dは、
穴径D=溝径d+(線径×2)-潰し量 (6)
で計算される。
【0061】
図21に示す例では、Oリングが2個、4個、6個の場合の穴径Dと質量mの関係曲線が表示され、このライン上の穴径Dと質量mの組み合わせは、動吸振器の共振周波数fを実現する。そのため、たとえば4個のOリングを使用し、穴径Dを50.5mmにする場合は、質量体の質量mを約600gにすればよいことが分かる。このように処理部110は、加工工具3の共振周波数fに一致する共振周波数を実現する穴径Dと質量mの組み合わせを表現したグラフを設計者に提示することで、加工工具3の共振周波数fに一致または近似する共振周波数をもつ動吸振器の設計を支援する。この動吸振器は、規格のOリングを使用するため、製造コストを安価に抑えることができる。
【0062】
なお処理部110は、グラフを出力装置130に表示するのではなく、グラフ上の1点以上の穴径Dと質量mの組み合わせを、出力装置130に表示してもよい。また実施形態では、加工工具3に穴部7が形成されていない場合について説明したが、加工工具3に円筒形状の穴部7が既に形成されている場合は、情報取得部114は、潰し量に関する情報として、質量体の溝径dに関する情報を取得してよい。穴径Dが定まっている場合、溝径dは、以下の式で計算される。
溝径d=穴径D-(線径×2)+潰し量 (7)
このとき出力部116は、共振周波数fを実現する質量体の溝径dと、質量体の質量mの組み合わせを表現する曲線を、Oリングの個数ごとに表示してよい。
【0063】
図22は、実施形態の設計支援手法により設計した動吸振器の効果を実証した実験結果を示す。ここでは、インパルスハンマの加振力測定結果と加工工具に取り付けた加速度センサの測定結果を利用したインパルス応答解析を行い、加工工具のコンプライアンス伝達関数を求めて図示している。
図22に示されるように、動吸振器を加工工具に取り付けたことで、350Hz付近のピーク値が大幅に良化していることが分かる。
【0064】
このように実施形態によれば、質量体と、質量体の外周面に保持される弾性体とを備える動吸振器のバネ定数kを、弾性体のサイズ、弾性体の数、弾性体の潰し量(潰し代)との組み合わせで事前に測定しておくことで、ターゲットとなる共振周波数fを有する動吸振器を簡易に設計することが可能となる。なお上記したように、バネ定数kが弾性体のサイズ、弾性体の数に対して線形(比例)に変化することを利用して、基準となる弾性体のサイズおよび基準となる弾性体の数に関して弾性体のバネ定数kと潰し量との関係を事前に測定しておくことで、動吸振器をより簡易に設計することも可能である。
【0065】
以上、本開示を実施形態をもとに説明した。この実施形態は例示であり、それらの各構成要素や各処理プロセスの組合せにいろいろな変形例が可能なこと、またそうした変形例も本開示の範囲にあることは当業者に理解されるところである。実施形態では、バネ要素として使用する弾性体が2つの円筒面(穴部7の内周面と環状溝22の底面)で潰されるOリングであることを説明したが、2つの円筒面で潰されるOリング以外に、力と変位の関係が非線形な挙動を示す弾性体構造を含む動吸振器の設計にも、実施形態の設計支援手法を好適に適用できる。
【0066】
また実施形態では、加工工具3の内部に質量体26が収容されて、弾性体24であるOリングが、質量体26の外周面に形成された環状溝22に保持される例を示したが、加工工具3が細長い工具である場合、質量体26は、加工工具3を取り囲むように設けられてもよい。この場合、質量体26に穴部が形成されて、加工工具3は質量体26の穴部に収容され、弾性体24であるOリングが、加工工具3の外周面に形成された環状溝22に保持されてもよい。
【0067】
以下の変形例では、動吸振器の共振周波数を調整可能な構造について説明する。
図23は、動吸振器の共振周波数を調整可能な構造の例を示す。変形例の動吸振器50は、略円筒形状の質量体52と、バネ要素として機能する複数の弾性体54a、54b、54c、54d(以下、特に区別しない場合は「弾性体54」と呼ぶ)とを備える。弾性体54は、変形量に対して非線形な剛性を有する部品であって、断面円形の環状ゴムパッキンであるOリングであってよい。質量体52の外周面には、複数の環状溝56a、56b、56c、56d(以下、特に区別しない場合は「環状溝56」と呼ぶ)が形成されており、弾性体54は環状溝56に保持される。
【0068】
動吸振器50は、質量体52を取り囲む部品(振動体)であるケース体60に収容される。ケース体60は、穴部7を形成された工具本体4であってよく、動吸振器50は、工具本体4の穴部7に収容されてよい。
図23に示す動吸振器50は、4つの弾性体54を有しているが、弾性体54の個数は4つに限られず、複数であればよい。つまり動吸振器50は、2つ以上の弾性体54を有することが好ましく、弾性体54の個数が多いほど、共振周波数の調整幅を広げることができる。
図23には弾性体54として、質量体52の外周面に保持されるOリングを示しているが、Oリング以外の弾性体54が質量体52の長手方向端部に保持されてもよい。
【0069】
調整構造40は、複数の弾性体54の潰し量をそれぞれ独立して変更するための押圧部を備える。
図23に示す調整構造40において、ケース体60の内側には、弾性体54に対向する位置に、弾性体54を押圧可能な弾性片58が設けられている。この例では、弾性体54aに対向する位置に弾性片58a、58bが設けられ、弾性体54bに対向する位置に弾性片58c、58dが設けられ、弾性体54cに対向する位置に弾性片58e、58fが設けられ、弾性体54dに対向する位置に弾性片58g、58hが設けられる。各弾性片58には、弾性片58の移動量を調整するための調整ねじ62が設けられる。押圧部は、弾性片58と調整ねじ62により構成されて、弾性体54ごとに設けられる。なお弾性片58は、調整ねじ62により径方向内向きに押し込まれなければ、弾性体54と接触しない位置を維持する。
【0070】
図23に示す状態では、調整ねじ62a、62bが径方向内向きに押し込まれて、弾性片58a、58bが弾性体54aを押圧している。同様に、調整ねじ62c、62dが径方向内向きに押し込まれて、弾性片58c、58dが弾性体54bを押圧し、調整ねじ62g、62hが径方向内向きに押し込まれて、弾性片58g、58hが弾性体54dを押圧している。一方、調整ねじ62e、62fは径方向内向きに押し込まれてなく、弾性片58e、58fは弾性体54cに接触しない位置を維持して、弾性体54cを押圧しない(弾性体54cの潰し量はゼロ)。このように調整構造40によると、弾性体54の潰し量を調整ねじ62の押込量によって独立して調整可能であるため、動吸振器50のバネ定数kの微調整を可能とし、したがって共振周波数fの微調整を可能とする。また調整構造40は、3つ以上の弾性体54の潰し量を独立して調整可能であるため、広い範囲でバネ定数kを調整可能とし、したがって共振周波数fを広い範囲で設定可能とする。
【0071】
図23に示す例では、弾性体54を、互いに180度異なる2方向から押圧しており、この押圧方向は、再生びびり振動に影響を及ぼす切込み方向に合わせることが好ましい。なお、他方側を固定することで、一方のみから押圧する構造としてもよい。また調整構造40は、弾性体54を、90度異なる4方向から押圧してもよい。さらに、この例では質量体52の外周面側のみに環状溝56を形成してOリングを長手方向に保持する構造としたが、各弾性片58の内周側にも環状溝を形成することで、質量体52を長手方向に保持する構造としてもよい。
【0072】
以上の例では、動吸振器50が、部品であるケース体60に収容されているが、動吸振器50が、円筒形状の部品を取り囲むように構成されてもよい。この場合、環状溝56は、部品に形成されて、押圧部は、動吸振器50に設けられてよい。
【0073】
また以上の例では、押圧部が、複数の弾性体54の潰し量をそれぞれ独立して変更可能であることを説明したが、押圧部は、少なくとも1つの弾性体54の潰し量を独立して変更できればよい。押圧部が1つ以上の弾性体54の潰し量を独立して変更できることで、共振周波数fを好適に設定できる。また弾性体54の個数は2つであってよいが、3つ以上とすることで、共振周波数fを広い範囲で設定することが可能となる。
【0074】
図24は、動吸振器の共振周波数を調整可能な構造の別の例を示す。変形例の動吸振器80は、略円筒形状の質量体82と、バネ要素として機能する複数の弾性体84a、84b、84c、84d(以下、特に区別しない場合は「弾性体84」と呼ぶ)とを備える。弾性体84は、変形量に対して非線形な剛性を有する部品であって、断面円形の環状ゴムパッキンであるOリングであってよい。質量体82の外周面には、複数の環状溝86a、86b、86c、86d(以下、特に区別しない場合は「環状溝86」と呼ぶ)が形成されており、弾性体84は環状溝86に保持される。
【0075】
動吸振器80は、質量体82を取り囲む部品であるケース体90に収容される。ケース体90は、穴部7を形成された工具本体4であってよく、動吸振器80は、工具本体4の穴部7に収容されてよい。
図24に示す動吸振器80は、4つの弾性体84を有しているが、弾性体84の個数は4つに限られず、複数であればよい。つまり動吸振器80は、2つ以上の弾性体84を有することが好ましく、弾性体84の個数が多いほど、共振周波数の調整幅を広げることができる。
図24には弾性体84として、質量体82の外周面に保持されるOリングを示しているが、Oリング以外の弾性体84が質量体82の長手方向端部に保持されてもよい。
【0076】
調整構造70は、複数の弾性体84の潰し量をそれぞれ独立して変更するための押圧部を備える。
図24に示す調整構造70において、ケース体90の内側には、弾性体54に対向する位置に、弾性体54を押圧可能なテーパ部88が設けられている。この例では、弾性体54aに対向する位置にテーパ部88aが設けられ、弾性体54bに対向する位置にテーパ部88bが設けられ、弾性体54cに対向する位置にテーパ部88cが設けられ、弾性体54dに対向する位置にテーパ部88dが設けられる。ケース体90には、質量体82の軸線方向の移動量を調整するための調整ねじ92a、92bが設けられる。押圧部であるテーパ部88は、弾性体84ごとに設けられる。なお調整ねじ92bについては、テーパ部88に加わる弾性力の長手方向成分が大きい場合には省略することもできる。また、調整構造70は、質量体82の長手方向位置を調整できるものであればよく、調整ねじで押す代わりにワイヤーなどで引く構造であってもよい。
【0077】
テーパ部88a、88dは、軸線方向に対して、径方向内向きに角度αで傾斜する傾斜面を有する。またテーパ部88b、88cは、同じ向きの軸線方向に対して、径方向内向きに角度βで傾斜する傾斜面を有する。なお角度αと角度βは同じであってよいし、異なっていてもよいが、全てのテーパ部88の傾斜角は、軸線方向に対して同じ向きであることが好ましい。テーパ部88aの長さがLaである場合、La×sinαは、弾性体84aの最大潰し量となる。同じくテーパ部88bの長さがLbである場合、Lb×sinβは、弾性体84bの最大潰し量となる。実施形態で説明したように、たとえば線径3.5mmのOリングを使用する場合、最大潰し量は1mm未満となるように設計されることが好ましい。
【0078】
図24に示す状態では、いずれのテーパ部88も弾性体84を押圧していない。調整構造70においては、調整ねじ92aが軸線方向右側に押し込まれ、調整ねじ92bが軸線方向右側に引き出されて、ケース体90が動吸振器80に対して相対的に移動することで、テーパ部88が弾性体84を押圧するようになる。このときテーパ部88は、その移動量に応じた潰し量で弾性体84を変形させる。
【0079】
図25は、一部の弾性体84がテーパ部88により押圧された状態を示す。この状態では、弾性体84aがテーパ部88aにより押圧され、弾性体84dがテーパ部88dにより押圧されている。弾性体84b、84cは押圧されていない。このように調整構造70においては、複数のテーパ部88が、弾性体84の押圧を開始するタイミングが異なるように形成されている。
【0080】
図26は、全ての弾性体84がテーパ部88により押圧された状態を示す。この状態は、
図25に示す状態から、調整ねじ92aが軸線方向右側にさらに押し込まれた状態を示す。
図26に示す状態では、弾性体84aが平坦部89aにより押圧され、弾性体84bがテーパ部88bにより押圧され、弾性体84cがテーパ部88cにより押圧され、弾性体84dが平坦部89dにより押圧されている。
【0081】
このように調整構造70によると、弾性体84の潰し量を、テーパ部88の形状(角度)およびテーパ部88を設ける位置によって独立して調整可能であるため、動吸振器80のバネ定数kの微調整を可能とし、したがって共振周波数fの微調整を可能とする。また調整構造70は、複数の弾性体84の潰し量を独立して調整可能であるため、広い範囲でバネ定数kを調整可能とし、したがって共振周波数fを広い範囲で設定可能とする。
【0082】
以上の例では、動吸振器80が、部品であるケース体90に収容されているが、動吸振器80が、円筒形状の部品を取り囲むように構成されてもよい。この場合、環状溝86は、部品に形成されて、押圧部は、動吸振器80に設けられてよい。
【0083】
また以上の例では、押圧部が、複数の弾性体84の潰し量をそれぞれ独立して変更可能であることを説明したが、押圧部は、少なくとも1つの弾性体84の潰し量を独立して変更できればよい。押圧部が1つ以上の弾性体84の潰し量を独立して変更できることで、共振周波数fを好適に設定できる。また弾性体84の個数は2つであってよいが、3つ以上とすることで、共振周波数fを広い範囲で設定することが可能となる。
【0084】
本開示の態様の概要は、次の通りである。
本開示のある態様の設計支援方法は、加工工具に取り付けられる動吸振器であって、質量体と、質量体と加工工具の間に保持される弾性体とを備える動吸振器の設計を支援する方法であって、加工工具の共振周波数を受け付ける受付ステップと、保持部に保持された弾性体のバネ定数と潰し量の関係を参照して、受け付けた加工工具の共振周波数に一致または近似する共振周波数をもつ動吸振器における弾性体の潰し量に関する情報、弾性体のサイズに関する情報、弾性体の個数に関する情報、質量体の質量に関する情報の少なくとも1つを取得する取得ステップと、取得した情報を出力する出力ステップとを含む。
【0085】
この態様によると、加工工具に適した動吸振器の設計を好適に支援することが可能となる。
【0086】
受付ステップは、弾性体の潰し量を特定する情報、弾性体のサイズを特定する情報、弾性体の個数を特定する情報、質量体の質量を特定する情報の少なくとも1つを受け付け、取得ステップは、保持部に保持された弾性体のバネ定数と潰し量の関係を参照して、弾性体の潰し量を特定する情報、弾性体のサイズを特定する情報、弾性体の個数を特定する情報、質量体の質量を特定する情報のうち、前記受付ステップが受け付けていない情報に関する情報を取得し、出力ステップは、取得した情報を出力してよい。
【0087】
たとえば受付ステップが、弾性体の潰し量を特定する情報、弾性体のサイズを特定する情報を受け付けた場合、取得ステップは、弾性体の個数に関する情報、質量体の質量に関する情報を取得する。また、たとえば受付ステップが、質量体の質量を特定する情報を受け付けた場合、取得ステップは、弾性体の潰し量に関する情報、弾性体のサイズに関する情報、弾性体の個数に関する情報を取得する。また、たとえば受付ステップが、弾性体のサイズを特定する情報を受け付けた場合、取得ステップは、弾性体の潰し量に関する情報、弾性体の個数に関する情報、質量体の質量に関する情報を取得する。このように、取得ステップが、受付ステップが受け付けていない情報に関する情報を取得して、出力ステップが、取得した情報を出力することで、加工工具に適した動吸振器の設計を好適に支援することが可能となる。
【0088】
保持部は、バネ定数に対する、弾性体のサイズ、弾性体の潰し量、弾性体の個数の関係を保持しており、取得ステップは、弾性体のサイズと個数に応じた、弾性体の潰し量に関する情報と、質量体の質量に関する情報を取得してよい。これにより弾性体の個数も含めた動吸振器の設計を好適に支援できる。受付ステップは、使用する弾性体のサイズを特定する情報を受け付けてよい。
【0089】
弾性体はOリングであり、質量体または加工工具に形成された環状溝に保持されるものであって、受付ステップは、環状溝の溝径dを受け付け、取得ステップは、弾性体の潰し量に関する情報として、加工工具または質量体に形成する穴部の穴径Dに関する情報を取得し、出力ステップは、弾性体の潰し量に関する情報として、穴部の穴径Dに関する情報を出力してよい。弾性体の潰し量に関する情報として、穴部の穴径Dに関する情報を出力することで、穴部の情報を設計者に提供できる。
【0090】
加工工具の共振周波数は、加工工具を工作機械に取り付けた状態で取得された共振周波数であることが好ましい。使用する工作機械に加工工具を取り付けた状態で、加工工具の共振周波数を取得することで、当該工作機械に適した動吸振器の設計を好適に支援できる。
【0091】
本開示の別の態様は、部品に取り付けられる動吸振器であって、質量体と、質量体と部品の間に保持される2つ以上の弾性体とを備える動吸振器の共振周波数を調整可能な構造であって、少なくとも1つの弾性体の潰し量を独立して変更するための押圧部を備える。
【0092】
この態様によると、少なくとも1つの弾性体の潰し量を独立して変更可能とすることで、共振周波数を好適に調整することが可能となる。
【0093】
動吸振器は、3つ以上の弾性体を備え、押圧部は、3つ以上の弾性体の潰し量のそれぞれを独立して変更可能であってよい。3つ以上の弾性体の潰し量をそれぞれ独立して変更可能とすることで、共振周波数を広い範囲で調整することが可能となる。
【0094】
押圧部は弾性体ごとに設けられてよい。押圧部は質量体または部品に形成され、部品が質量体に対して相対的に移動すると、押圧部は、その移動量に応じた潰し量で弾性体を変形させてよい。
【0095】
本開示のさらに別の態様は、加工工具が取り付けられた工作機械であって、加工工具には、質量体と、質量体と加工工具の間に保持される2つ以上の弾性体とを備える動吸振器が取り付けられ、加工工具は、少なくとも1つの弾性体の潰し量を独立して変更して、動吸振器の共振周波数を調整可能な調整構造を備える。
【符号の説明】
【0096】
1・・・工作機械、2・・・主軸、3・・・加工工具、4・・・工具本体、5・・・刃部、6・・・被取付部、7・・・穴部、8・・・太径部、9・・・細径部、10・・・蓋、20・・・動吸振器、22・・・環状溝、24・・・弾性体、26・・・質量体、28・・・スラスト軸受、30・・・動吸振器、32・・・環状溝、34・・・Oリング、36・・・質量体、38a,38b・・・収容管、40・・・調整構造、50・・・動吸振器、52・・・質量体、54・・・弾性体、56・・・環状溝、58・・・弾性片、60・・・ケース体、62・・・調整ねじ、70・・・調整構造、80・・・動吸振器、82・・・質量体、84・・・弾性体、86・・・環状溝、88・・・テーパ部、89a,89d・・・平坦部、90・・・ケース体、92a,92b・・・調整ねじ、100・・・設計支援装置、102・・・入力部、110・・・処理部、112・・・受付部、114・・・情報取得部、116・・・出力部、120・・・保持部、130・・・出力装置。