(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024073135
(43)【公開日】2024-05-29
(54)【発明の名称】乳酸菌及びその用途
(51)【国際特許分類】
C12N 1/20 20060101AFI20240522BHJP
A23L 33/135 20160101ALI20240522BHJP
A61P 1/12 20060101ALI20240522BHJP
A61P 9/12 20060101ALI20240522BHJP
A61P 1/00 20060101ALI20240522BHJP
A61P 9/14 20060101ALI20240522BHJP
A61P 1/04 20060101ALI20240522BHJP
A61P 29/00 20060101ALI20240522BHJP
A61K 35/744 20150101ALI20240522BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20240522BHJP
【FI】
C12N1/20 A ZNA
C12N1/20 E
A23L33/135
A61P1/12
A61P9/12
A61P1/00
A61P9/14
A61P1/04
A61P29/00
A61K35/744
C12N15/09 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022184177
(22)【出願日】2022-11-17
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和4年11月9日 岡山理科大学OUSフォーラム2022のWeb開催準備でアップロードされた動画「ラット由来乳酸菌代謝産物が腸管バリアおよび血管機能に及ぼす影響」
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和4年9月7日、ウェブサイトで公開されたHypertension.2022;79:A003(https://www.ahajournals.org/doi/10.1161/hyp.79.suppl_1.003)にて、「Treatment With Ligilactobacillus Improves Gut Permeability And Hypertension In Spontaneously Hypertensive Rats」の要旨 令和4年9月7日、Hypertension Scientific Sessions 2022で口頭発表された「Treatment With Ligilactobacillus Improves Gut Permeability And Hypertension In Spontaneously Hypertensive Rats」 令和4年9月30日、公益財団法人山陽放送学術文化・スポーツ振興財団 リポート第66号,第25-28頁
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】599035627
【氏名又は名称】学校法人加計学園
(74)【代理人】
【識別番号】110002206
【氏名又は名称】弁理士法人せとうち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】向田 昌司
(72)【発明者】
【氏名】矢野 嵩典
(72)【発明者】
【氏名】松井 利康
(72)【発明者】
【氏名】宮前 二朗
(72)【発明者】
【氏名】中村 翔
【テーマコード(参考)】
4B018
4B065
4C087
【Fターム(参考)】
4B018MD86
4B018ME04
4B018ME11
4B018ME14
4B065AA01X
4B065BA22
4B065BC03
4B065CA41
4B065CA44
4C087AA01
4C087AA02
4C087BC56
4C087CA09
4C087MA52
4C087NA14
4C087ZA42
4C087ZA44
4C087ZA66
4C087ZA68
4C087ZA73
4C087ZB11
(57)【要約】
【課題】降圧作用、血管内皮機能の改善作用、腸管粘膜バリア機能の改善作用、腸管形態の改善作用、抗炎症作用及び腸内細菌叢の改善作用を有する乳酸菌並びにその用途を提供する。
【解決手段】リジラクトバチルス・ムリナスWO9株(受託番号:NITE P-03742)、リジラクトバチルス・ムリナスWO17株(受託番号:NITE P-03743)、リジラクトバチルス・ムリナスWO22株(受託番号:NITE P-03744)、リジラクトバチルス・ムリナスWO28株(受託番号:NITE P-03745)、リジラクトバチルス・ムリナスWO29株(受託番号:NITE P-03746)、リジラクトバチルス・ムリナスWO32株(受託番号:NITE P-03747)、リジラクトバチルス・ムリナスWO39株(受託番号:NITE P-03748)、リジラクトバチルス・ムリナスWO46株(受託番号:NITE P-03749)又はリジラクトバチルス・ムリナスWO48株(受託番号:NITE P-03750)である乳酸菌。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
リジラクトバチルス・ムリナスWO9株(受託番号:NITE P-03742)、リジラクトバチルス・ムリナスWO17株(受託番号:NITE P-03743)、リジラクトバチルス・ムリナスWO22株(受託番号:NITE P-03744)、リジラクトバチルス・ムリナスWO28株(受託番号:NITE P-03745)、リジラクトバチルス・ムリナスWO29株(受託番号:NITE P-03746)、リジラクトバチルス・ムリナスWO32株(受託番号:NITE P-03747)、リジラクトバチルス・ムリナスWO39株(受託番号:NITE P-03748)、リジラクトバチルス・ムリナスWO46株(受託番号:NITE P-03749)又はリジラクトバチルス・ムリナスWO48株(受託番号:NITE P-03750)である乳酸菌。
【請求項2】
請求項1記載の乳酸菌を有効成分として含有する腸内細菌叢改善剤。
【請求項3】
請求項1記載の乳酸菌を有効成分として含有する降圧剤。
【請求項4】
請求項1記載の乳酸菌を有効成分として含有する血管内皮機能改善剤。
【請求項5】
請求項1記載の乳酸菌を有効成分として含有する腸管粘膜バリア機能改善剤。
【請求項6】
請求項1記載の乳酸菌を有効成分として含有する腸管形態改善剤。
【請求項7】
請求項1記載の乳酸菌を有効成分として含有する抗炎症剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定の乳酸菌並びに当該乳酸菌を有効成分として含有する腸内細菌叢改善剤、降圧剤、血管内皮機能改善剤、腸管粘膜バリア機能改善剤、腸管形態改善剤及び抗炎症剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、腸内フローラ研究の進展が著しく、社会的にも大きな関心が寄せられている。その要因として、腸内細菌と宿主の免疫応答との関係について、数百種に及ぶといわれる腸内細菌の中から一菌種が特定されたこと、さらに免疫応答が分子レベルで解明されるようになったことなどが挙げられる。そして、この免疫応答が中枢神経系の活性に関与し、肥満や糖尿病といった生活習慣病から精神病発症や発達障害にまで関与することが報告され、研究領域が飛躍的に拡大している。
【0003】
肥満や糖尿病に対して、腸内細菌叢を正常化することが有用である報告がなされており、特定の腸内細菌(Akkermansia muciniphila)を摂取することで、ヒトの糖尿病や肥満に有効であることが報告されている。動物実験の結果では、この細菌種A. muciniphilaの経口投与により、代謝異常によって起こる動脈硬化の病変を抑制することも報告されている。これら保護作用のメカニズムとして、腸管バリア機能の障害の改善が関与することが示唆されている。これは、腸管バリア機能の障害により、腸内細菌由来の内毒素LPS が血中移行し全身性に炎症を引き起こし、糖尿病や肥満、動脈硬化の進展に関与すると考えられている。腸管バリア機能の改善は、この作用を消失させ、結果として疾患に有効性を示す可能性が考えられている。
【0004】
また、循環系の研究領域においても、腸内フローラの重要性が明らかとなってきた。高血圧性疾患の患者において腸内細菌叢が変化し、高血圧患者の糞便をマウスへ腸内移植することで、血圧の上昇を引き起こすことが報告されている。一方で、無菌マウスにおいては、昇圧ホルモンによる血圧の上昇や血管障害は有意に軽減されることも報告されている。このような実験結果から、腸内細菌が血圧に関わる臓器を間接的にコントロールすることで血圧上昇を引き起こす可能性が示唆される。しかしながら、高血圧症をはじめとする循環器系疾患に対する予防・治療という報告はあまりなされていない。
【0005】
特許文献1には、乳酸菌ラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・クレモリス(Lactococcus lactis subsp. cremoris)H-61株(NITE BP-01787)の菌体が粒度5μm未満に微粒子化されたものを有効成分として含有することを特徴とする降圧剤が記載されている。これによれば、微粒子化された乳酸菌H-61株を有効成分として含有する降圧剤により、高血圧症の改善を図ることが可能となるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1には、乳酸菌H-61株を粒度5μm未満に微粒子化して降圧剤として使用することの記載はあるものの、降圧作用に加えて血管内皮機能の改善作用、腸管粘膜バリア機能の改善作用、腸管形態の改善作用、抗炎症作用及び腸内細菌叢の改善作用を有することについての記載はなく、かかる改善作用を有する乳酸菌及びその用途の開発が望まれていた。
【0008】
本発明は上記課題を解決するためになされたものであり、降圧作用、血管内皮機能の改善作用、腸管粘膜バリア機能の改善作用、腸管形態の改善作用、抗炎症作用及び腸内細菌叢の改善作用を有する乳酸菌並びにその用途を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題は、リジラクトバチルス・ムリナスWO9株(受託番号:NITE P-03742)、リジラクトバチルス・ムリナスWO17株(受託番号:NITE P-03743)、リジラクトバチルス・ムリナスWO22株(受託番号:NITE P-03744)、リジラクトバチルス・ムリナスWO28株(受託番号:NITE P-03745)、リジラクトバチルス・ムリナスWO29株(受託番号:NITE P-03746)、リジラクトバチルス・ムリナスWO32株(受託番号:NITE P-03747)、リジラクトバチルス・ムリナスWO39株(受託番号:NITE P-03748)、リジラクトバチルス・ムリナスWO46株(受託番号:NITE P-03749)又はリジラクトバチルス・ムリナスWO48株(受託番号:NITE P-03750)である乳酸菌を提供することによって解決される。
【0010】
このとき、前記乳酸菌を有効成分として含有する腸内細菌叢改善剤が好適な実施態様であり、前記乳酸菌を有効成分として含有する降圧剤が好適な実施態様であり、前記乳酸菌を有効成分として含有する血管内皮機能改善剤が好適な実施態様であり、前記乳酸菌を有効成分として含有する腸管粘膜バリア機能改善剤が好適な実施態様であり、前記乳酸菌を有効成分として含有する腸管形態改善剤が好適な実施態様であり、前記乳酸菌を有効成分として含有する抗炎症剤も好適な実施態様である。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、降圧作用、血管内皮機能の改善作用、腸管粘膜バリア機能の改善作用、腸管形態の改善作用、抗炎症作用及び腸内細菌叢の改善作用を有する乳酸菌を提供することができる。これにより、当該乳酸菌を有効成分として含有する降圧剤、血管内皮機能改善剤、腸管粘膜バリア機能改善剤、腸管形態改善剤、抗炎症剤及び腸内細菌叢改善剤を好適に提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】腸内細菌叢解析でスクリーニングされた結果を示した図である。
【
図2】16S rRNA遺伝子配列を基にデザインされたプライマーセットを用いたPCRの電気泳動像を示す図である。
【
図3】基準株であるNBRC 14221株と乳酸菌WO株の16S rRNA遺伝子配列をアライメントした結果を示す図である。
【
図4】本発明で得られた乳酸菌WO株の炭水化物資化性の結果を示した図である。
【
図5】ジェノタイピングを目的としたERIC-PCRで得られたPCR産物のバンドパターンを示す図である。
【
図6】乳酸菌WO株の経口投与による降圧作用の検討結果を示した図である。
【
図7】乳酸菌WO株の経口投与による血管の機能測定の結果を示した図である。
【
図8】乳酸菌WO株の経口投与による腸管粘膜のバリア機能測定ならびにタイトジャンクション蛋白の発現量の結果を示した図である。
【
図9】乳酸菌WO株の経口投与による血中細菌毒素(エンドトキシン)の測定結果を示した図である。
【
図10】乳酸菌WO株の経口投与による腸管の形態観察による腸陰窩領域の測定結果を示した図である。
【
図11】乳酸菌WO株の経口投与による炎症性サイトカイン(TNF-α)発現量の減少割合を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、正常血圧ラットWistar-Kyoto rat(WKY)の糞便から分離・同定されたリジラクトバチルス・ムリナスに分類される乳酸菌であり、リジラクトバチルス・ムリナスWO9株(受託番号:NITE P-03742)、リジラクトバチルス・ムリナスWO17株(受託番号:NITE P-03743)、リジラクトバチルス・ムリナスWO22株(受託番号:NITE P-03744)、リジラクトバチルス・ムリナスWO28株(受託番号:NITE P-03745)、リジラクトバチルス・ムリナスWO29株(受託番号:NITE P-03746)、リジラクトバチルス・ムリナスWO32株(受託番号:NITE P-03747)、リジラクトバチルス・ムリナスWO39株(受託番号:NITE P-03748)、リジラクトバチルス・ムリナスWO46株(受託番号:NITE P-03749)又はリジラクトバチルス・ムリナスWO48株(受託番号:NITE P-03750)である。すなわち、本発明の乳酸菌は、前記WO9株、前記WO17株、前記WO22株、前記WO28株、前記WO29株、前記WO32株、前記WO39株、前記WO46株、及び前記WO48株からなる群から選択される少なくとも1種である。以下、これら菌株をまとめて「乳酸菌WO株」と呼ぶことがある。
【0014】
本発明者らが検討したところ、正常血圧ラットWistar-Kyoto rat(WKY)と本態性高血圧ラットSpontaneously hypertensive rat(SHR)のそれぞれの糞便を用いた腸内細菌叢解析(16S rRNA全長アンプリコン解析)により、リジラクトバチルス・ムリナスの割合が減少することが確認された。当該解析としては、全リード数を100%とした場合の正常血圧ラットWKYのリード数の割合の平均値を算出し、当該平均値よりも本態性高血圧ラットSHRのリード数の割合が全て減少するものを選抜するスクリーニング方法を好適に採用することができる。そして、本発明の乳酸菌は、正常血圧ラット(WKY)の糞便から分離・同定されたものである。分離方法としては、Rogosa寒天培地等を用いて培養し、単一コロニーをピックアップして分離する方法が好適に採用される。そして、種特異的プライマーセットを用いたPCRにより乳酸菌を同定する方法が好適に採用される。前記WO9株、前記WO17株、前記WO22株、前記WO28株、前記WO29株、前記WO32株、前記WO39株、前記WO46株、及び前記WO48株は、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託され、それぞれ受託番号NITE P-03742、受託番号NITE P-03743、受託番号NITE P-03744、受託番号NITE P-03745、受託番号NITE P-03746、受託番号NITE P-03747、受託番号NITE P-03748、受託番号NITE P-03749及び受託番号NITE P-03750が付与されたものである。
【0015】
後述する実施例から明らかなように、16S rRNA遺伝子配列解析を行ったところ、前記WO9株、前記WO17株、前記WO22株、前記WO28株、前記WO29株、前記WO32株、前記WO39株、前記WO46株、及び前記WO48株のWO株9菌株のそれぞれの16S rRNA遺伝子配列は完全に一致しており、基準株であるLigilactobacillus murinus NBRC 14221との16S rRNA遺伝子配列の相同性は99%以上であった。また、炭水化物資化性については、基準株であるLigilactobacillus murinus NBRC 14221とWO株9菌株を比較すると、D-トレハロースについては、基準株は陰性で資化しなかったが、WO株9菌株は全て陽性で資化性を有することが確認された。WO株9菌株において炭水化物資化性のパターンは概ね一致していたが、D-リボース、D-マンノース、エスクリン、ゲンチオビオース、D-ツラノースについては菌株ごとに資化性の違いがみられた。さらに、ERIC-PCR(細菌ゲノム上の保存性の高い反復配列であるERICに挟まれた領域を増幅させるPCR)によるジェノタイピングについて、基準株であるLigilactobacillus murinus NBRC 14221とWO株9菌株のPCR産物のバンドパターンを比較すると、同じ大きさのDNA断片が一部検出されたものの全体としては明らかに異なっていた。よって、ジェノタイピングの結果からも基準株であるLigilactobacillus murinus NBRC 14221とWO株9菌株との違いを判別することができる。
【0016】
本発明者らの検討により、本発明の乳酸菌を含有することにより、降圧作用、血管内皮機能の改善作用、腸管粘膜バリア機能の改善作用、腸管形態の改善作用、抗炎症作用及び腸内細菌叢の改善作用を有することが明らかとなった。したがって、本発明の乳酸菌を有効成分として含有する降圧剤が好適な実施態様であり、本発明の乳酸菌を有効成分として含有する血管内皮機能改善剤が好適な実施態様であり、本発明の乳酸菌を有効成分として含有する腸管粘膜バリア機能改善剤が好適な実施態様であり、本発明の乳酸菌を有効成分として含有する腸管形態改善剤が好適な実施態様であり、本発明の乳酸菌を有効成分として含有する抗炎症剤が好適な実施態様であり、本発明の乳酸菌を有効成分として含有する腸内細菌叢改善剤が好適な実施態様である。
【0017】
本発明の乳酸菌を有効成分として含有するそれぞれの前記剤は、単独で投与する実施形態であってもよいし、薬理学的に許容される担体を含有する製剤とともに投与する実施態様であってもよい。投与方法としては、経口投与であってもよいし、注射等の非経口投与であってもよい。前記担体としては、蒸留水、生理食塩水、ブドウ糖水溶液等の溶媒;デンプン、デキストリン、ゼラチン等の結合剤;殺菌剤;界面活性剤;pH調整剤;乳化剤;酸化防止剤;増粘剤等が挙げられ、これらを適宜組み合わせて使用することも好適な実施態様である。また、当該製剤としては、注射剤、懸濁剤、錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤、フィルム剤、シロップ剤、外用剤、坐剤、徐放剤等が挙げられる。
【0018】
本発明の乳酸菌の投与量としては、ヒトを含む哺乳類動物の年齢、症状等に応じて適宜決定することができる。ヒト以外の哺乳類動物としては、マウス、ラット、モルモット、ウサギ、イヌ、ネコ、ヒツジ、ブタ、サル等が挙げられる。中でも経口投与又は非経口投与の場合、1.0×108CFU/mLに調製された乳酸菌を1日あたり1μL/kg体重~50mL/kg体重の量、すなわち、本発明の乳酸菌を1日あたり1.0×105CFU/kg体重~5.0×109CFU/kg体重の量で投与されるように用いられることが好適な実施態様であり、1日あたり1.0×106CFU/kg体重~3.0×109CFU/kg体重の量で投与されるように用いられることがより好適な実施態様である。例えば、成人の場合には、1.0×108CFU/mLに調製された乳酸菌を1日あたり60μL~3000mLの量、すなわち、本発明の乳酸菌を1日あたり6.0×106CFU/kg体重~3.0×1011CFU/kg体重の量で投与されるように用いられることが好適な実施態様であり、1日あたり6.0×107CFU/kg体重~1.8×1011CFU/kg体重の量で投与されるように用いられることがより好適な実施態様である。
【実施例0019】
以下、実施例を用いて本発明を更に具体的に説明する。
【0020】
実施例1
[腸内細菌叢解析]
4個体の正常血圧ラットWistar-Kyoto rat (WKY)と4個体の本態性高血圧ラットSpontaneously hypertensive rat (SHR)のそれぞれの糞便を用いて腸内細菌叢解析(16S rRNA全長アンプリコン解析)を行った。
図1に示されるように、全リード数を100%とした場合の4個体それぞれの正常血圧ラットWKYのリード数の割合をプロットして平均値を算出し、当該平均値よりも4個体の本態性高血圧ラットSHRのリード数の割合が全て減少するものをスクリーニングした。その結果、144シークエンスで増加が確認され、148シークエンスで減少が確認された。減少したうちの一つのシークエンス(16S rRNA遺伝子配列)から存在が判明した乳酸菌リジラクトバチルス・ムリナス(Ligilactobacillus murinus)について下記のとおり、分離・同定を行った。
【0021】
[標的となる乳酸菌の分離・同定]
正常血圧ラットWKYの糞便から、標的となる乳酸菌を分離・同定した。具体的な操作としては、2個体の正常血圧ラットWKYの糞便をそれぞれ0.9% NaClで懸濁した後に単一のコロニーが得られるように0.9% NaClで更に段階希釈し、Rogosa寒天培地または20μg/mLバンコマイシン添加のRogosa寒天培地(メルク社製)にそれぞれ塗布した。Rogosa寒天培地はメルク社の技術資料を基に作製した。塗布後のプレートを37℃で48時間嫌気培養した。Rogosa寒天培地のプレート上から単一のコロニーを24個ピックアップし、同様にバンコマイシン添加のRogosa寒天培地のプレート上からも単一のコロニーを24個ピックアップし、それらをそれぞれMRS液体培地に植菌して37℃で2日静置培養した。その後、グリセロールの終濃度が25%となるように菌培養液と50%(v/v)グリセロール溶液を1:1の割合で混合した。それらを-80℃で凍結保存することで常時使用可能なグリセロールストック(計48菌株の菌株ライブラリー)とした。Appl Environ Microbiol. 2001;67:2578-85に記載の乳酸菌の判別を目的としたPCRにより48菌株全てが乳酸菌であることが判明した。また、J Microbiol Methods. 2017;135:52-62に記載のリジラクトバチルス・ムリナスの特定に用いることができる16S rRNA遺伝子配列を基にデザインされた種特異的プライマーセットを用いたPCRを行ったところ、電気泳動像から48菌株中9菌株がリジラクトバチルス・ムリナス(Ligilactobacillus murinus)と同定された。得られた電気泳動像を
図2に示す。得られた菌株はそれぞれ、リジラクトバチルス・ムリナスWO9株、リジラクトバチルス・ムリナスWO17株、リジラクトバチルス・ムリナスWO22株、リジラクトバチルス・ムリナスWO28株、リジラクトバチルス・ムリナスWO29株、リジラクトバチルス・ムリナスWO32株、リジラクトバチルス・ムリナスWO39株、リジラクトバチルス・ムリナスWO46株及びリジラクトバチルス・ムリナスWO48株とした。以下、これら9菌株をまとめて「乳酸菌WO株」と呼ぶことがある。WO9株、WO17株及びWO22株はRogosa寒天培地のプレート上から、WO28株、WO29株、WO32株、WO39株、WO46株及びWO48株はバンコマイシン添加のRogosa寒天培地のプレート上から取得した。なお、乳酸菌WO株の培養条件としては、脱気したMRS液体培地に接種して37℃で1日静置培養する。MRS液体培地は、MRSブロス(BIOKAR Diagnostics社製)を用いて下記で表わされる組成になるように調製したものである。MRS寒天培地を用いる場合は、植菌後アネロパック・ケンキ(三菱ガス化学社製)を用いて嫌気条件下37℃で1~2日間培養を行う。MRS寒天培地は、前記MRS液体培地に1.5 %(w/v)の寒天を添加して調製したものである。
Peptones(ペプトン) 20 g/L
酵母エキス 5 g/L
グルコース 20 g/L
Tween 80 1.08 g/L
Dipotassium phosphate(リン酸水素二カリウム) 2 g/L
Sodium acetate(酢酸ナトリウム) 5 g/L
Ammonium citrate(クエン酸アンモニウム) 2 g/L
Magnesium sulfate(硫酸マグネシウム) 0.2 g/L
Manganese sulfate(硫酸マンガン)0.05 g/L
pH 無調整で使用(25℃においてpH 6.4±0.2)
【0022】
[菌学的性質(形態等)]
乳酸菌WO株について、細胞形態、グラム染色、カタラーゼ活性の有無、グルコース分解によるガス発生等を調べたところ以下に示す結果が得られ、それらの結果はWO株全てで共通していた。また、各菌株のDNAを抽出し、常法にしたがって16S rRNA遺伝子配列解析を行ったところ、基準株であるLigilactobacillus murinus NBRC 14221とWO株9菌株の16S rRNA遺伝子配列の相同性は99%以上であり、前記種特異的プライマーセットを用いたPCRによる簡易同定に加えて16S rRNA遺伝子配列情報からもリジラクトバチルス・ムリナス(Ligilactobacillus murinus)と同定された。WO株9菌株のそれぞれの16S rRNA遺伝子配列は完全に一致しており、配列番号1で示される。また、WO株9菌株(配列番号1)と基準株であるNBRC 14221(配列番号2)の16S rRNA遺伝子配列をアライメントした結果を
図3に示す。
コロニー形態:MRS寒天培地上で球形(circular)、コロニー表面が滑らか(smooth)
細胞形態:桿菌
グラム染色試験:陽性
カタラーゼ試験:陰性
グルコース分解によるガス発生:なし(ホモ型乳酸発酵を行う)
【0023】
乳酸菌WO株の炭水化物資化性については、基準株であるLigilactobacillus murinus NBRC 14221を対照菌株とし、API50CHキット(bioMerieux社製)を用いて、当該キットのプロトコールにしたがって37℃で48時間培養後の炭水化物資化性を調べた。得られた結果を
図4にまとめて示す。
図4中、「+」は陽性(Positive)で資化性を有する、「w」は弱いが資化性を有する(Weakly positive)、「-」は陰性(Negative)で資化性なしを表すものである。例えば、D-トレハロースについては、基準株(対照菌株)は陰性で資化性がなかったが、WO株9菌株は全て陽性で資化できることが確認された。WO株9菌株において炭水化物資化性のパターンは概ね一致していたが、D-リボース、D-マンノース、エスクリン、ゲンチオビオース、D-ツラノースについては菌株ごとに資化性の違いがみられた。
【0024】
[ERIC-PCRによるジェノタイピング]
以下の文献1に記載された方法に準じてERIC-PCRを行った。プライマーとしてERIC1R、ERIC2を用いた。PCR後に得られたアンプリコンについて電気泳動を行い、PCR産物のバンドパターンを可視化した。得られたPCR産物のバンドパターンを
図5に示す。
ERIC1R:ATG TAA GCT CCT GGG GAT TCA C(配列番号3)
ERIC2:AAG TAA GTG ACT GGG GTG AGC G(配列番号4)
文献1:Ventura, M. and Zink, R. (2002) Specific identification and molecular typing analysis of Lactobacillus johnsonii by using PCR-based methods and pulsed-field gel electrophoresis. FEMS Microbiol. Lett. 217, 141-154.
【0025】
図5の結果から、基準株であるNBRC 14221株とWO株9菌株のPCR産物のバンドパターンは、一部共通していたものの全体としては異なっており、NBRC 14221株とWO株9菌株との違いを判別することができた。また、
図5の結果から、WO株9菌株は以下の3つのグループI、II、IIIに分類できると考えられる。
【0026】
(1)グループI:WO9株、WO32株及びWO39株
グループIの3菌株はPCR産物のバンドパターンが同一であった。
図4の炭水化物資化性の結果を比較すると、グループIに分類された3菌株の炭水化物資化性は類似していたが、一部の炭水化物(D-リボース、D-マンノース、D-ツラノース)では資化の程度に違いがみられた。
【0027】
(2)グループII:WO17株、WO48株
グループIIの2菌株はPCR産物のバンドパターンが同一であった。
図4の炭水化物資化性の結果を比較すると、グループIIの2菌株は炭水化物資化性の結果が完全に一致しており、エスクリン試験の結果がw(Weakly positive)であることが特徴的であった。
【0028】
(3)グループIII:WO22株、WO28株、WO29株及びWO46株
グループIIIの4菌株はPCR産物のバンドパターンが同一であった。グループIIIの4菌株のうち、WO28株を除く3菌株(WO22株、WO29株及びWO46株)は、炭水化物資化性の結果が完全に一致していた。また、WO28株は3菌株に比べてゲンチオビオースの資化性が弱かったが、それ以外の炭水化物資化性は3菌株と一致していた。
【0029】
[各種作用の検討]
本態性高血圧ラットSHR(10-12 wks、約300g)に、1日あたり乳酸菌WO株(0.5-1.2×108 CFU/mL)含有10%グリセロール溶液1mLを2週間経口投与した。コントロールとして、10%グリセロールを同様にして2週間経口投与した。このときの(1)~(5)の下記の各種作用について検討した。
【0030】
(1)降圧作用の検討
以下のようにして血圧の検討を行った。具体的にはテイルカフ法を用いてラットの血圧を測定した。得られた結果を
図6に示す。
図6中、縦軸は収縮期圧(mmHg)、横軸は経口投与日数を表している。本実施例において、SHRは10%グリセロールを2週間経口投与した本態性高血圧ラット、SHR+投与群は乳酸菌WO株含有10%グリセロール溶液を2週間経口投与した本態性高血圧ラットを表している。この結果から、乳酸菌WO株の経口投与により、本態性高血圧ラットSHRで観察される血圧上昇が有意に減少しており、降圧作用を示すことが認められた。
【0031】
(2)血管の機能測定
以下のようにして血管の機能測定を行った。具体的にはマグヌス法によりラット腸間膜動脈を用いて血管機能を測定した。得られた結果を
図7に示す。
図7中、縦軸は弛緩率(%)を表しており、U46619により収縮を誘導し、収縮地点からの弛緩率を示している。横軸はアセチルコリン(logM)の投与量を表している。この結果から、乳酸菌WO株の経口投与により、高血圧病態でみられる腸間膜動脈の内皮依存性拡張反応障害の改善が観察され、血管内皮機能の改善が認められた。
【0032】
(3)腸管粘膜のバリア機能測定
以下のようにして腸管粘膜のバリア機能測定を行った。具体的にはFITC標識したデキストラン(分子量:4,000)を用いて、Non-everted gut sac試験法(反転しない腸管反転法)により腸管透過性を検討した。得られた結果を
図8に示す。
図8中、縦軸P
app(cm/s)(×10
-5)は予測上の腸管透過率を表しており、横軸は回腸(小腸)、近位結腸(大腸)である。この結果から、乳酸菌WO株の経口投与により高血圧病態でみられる腸管透過性の改善が認められた。また、ウェスタンブロッティングにより大腸(近位結腸)で発現するタンパク質を調べたところ、乳酸菌WO株の経口投与により、タイトジャンクションを構成するClaudin 4の高発現が確認された。さらに、
図9で示されるとおり、ELISA法により血漿中に細菌毒素(エンドトキシン)濃度を調べたところ、乳酸菌WO株の経口投与により、高血圧病態で増加する血中エンドトキシン濃度を低下した。以上のことから、乳酸菌WO株の経口投与により、腸管粘膜バリア機能の改善ならびに血中細菌毒素濃度の減少が認められた。
【0033】
(4)腸管の形態観察
以下のようにして腸管の形態観察を行った。具体的にはヘマトキシリン・エオジン染色ならびにパス(PAS)染色法により、腸陰窩領域を測定した。得られた結果を
図10に示す。この結果から、乳酸菌WO株の経口投与により、高血圧病態でみられる腸陰窩減少を改善が確認された。したがって、腸管形態の改善が認められた。
【0034】
(5)炎症応答の測定
以下のようにして炎症応答の測定を行った。具体的にはSHR近位結腸を用いてqPCR法により炎症性サイトカインの発現量を検討した。得られた結果を
図11に示す。
図11中、縦軸は炎症性サイトカインTNF-αの発現量を表している。この結果から、乳酸菌WO株の経口投与により、大腸(近位結腸)における炎症性サイトカインTNF-αの発現量の低下が確認された。