(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024007395
(43)【公開日】2024-01-18
(54)【発明の名称】生体物質固定化材料
(51)【国際特許分類】
G01N 33/543 20060101AFI20240110BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20240110BHJP
C12M 1/00 20060101ALI20240110BHJP
C12M 1/34 20060101ALI20240110BHJP
C12Q 1/6813 20180101ALI20240110BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20240110BHJP
【FI】
G01N33/543 525U
G01N33/543 525E
G01N33/53 M
G01N33/53 D
C12M1/00 A ZNA
C12M1/34 Z
C12Q1/6813 Z
C12N15/09 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023102166
(22)【出願日】2023-06-22
(31)【優先権主張番号】P 2022106352
(32)【優先日】2022-06-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000183484
【氏名又は名称】日本製紙株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504180239
【氏名又は名称】国立大学法人信州大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】天野 良彦
(72)【発明者】
【氏名】水野 正浩
(72)【発明者】
【氏名】田川 聡美
(72)【発明者】
【氏名】中内 宙弥
(72)【発明者】
【氏名】金野 晴男
【テーマコード(参考)】
4B029
4B063
【Fターム(参考)】
4B029AA07
4B029BB15
4B029BB20
4B029CC03
4B029FA12
4B029FA15
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4B063QR32
4B063QR55
4B063QS34
4B063QS36
(57)【要約】
【課題】本発明は、生体物質を固定化できる新規な材料を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明は、以下を提供する:末端カルボキシル基含有セルロースを含む変性パルプに、生体物質が固定化されている、生体物質固定化材料;末端カルボキシル基含有セルロースを含む変性パルプと生体物質とを、トリアジン系縮合剤等の縮合剤の存在下反応させることを含む、前記材料の製造方法;被検体から採取済みのサンプルに前記材料を添加し、サンプル中の被検物質を前記材料に固定化された生体物質と特異的に結合させて、結合した被検物質の有無を確認及び/又は定量する方法、又は結合した被験物質を回収方法、又は、結合し、集積させる方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
末端カルボキシル基含有セルロースを含む変性パルプに、生体物質が固定化されている、生体物質固定化材料。
【請求項2】
固定化は、アミド結合を含む結合を介する固定化である、請求項1に記載の材料。
【請求項3】
アミド結合を含む結合は、エチニル基とアジ基間の付加環化反応により形成される基さらに含む結合である、請求項2に記載の材料。
【請求項4】
生体物質が、核酸、アミノ酸又はタンパク質である、請求項1又は2に記載の材料。
【請求項5】
変性パルプが、酸化パルプ又はカルボキシメチル化パルプである、請求項1又は2に記載の材料。
【請求項6】
末端カルボキシル基含有セルロースを含む変性パルプに生体物質を固定化する反応を含み、少なくとも一部の反応を縮合剤の存在下で行う、請求項1又は2に記載の材料の製造方法。
【請求項7】
アミノ化修飾された生体物質のアミノ基と変性パルプの末端カルボキシル基とを縮合剤の存在下で反応させアミド結合を形成させることを含む、請求項6に記載の製造方法。
【請求項8】
生体物質にエチニル基を導入し、変性パルプにアミド結合及びアジ基を導入するか、又は、
生体物質にアジ基を導入し、変性パルプにアミド結合及びエチニル基を導入してから、エチニル基とアジ基間の付加環化反応を生じさせることを含む、請求項6に記載の方法。
【請求項9】
縮合剤が、トリアジン系縮合剤である、請求項6~8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
原料パルプを酸化又はカルボキシメチル化して、末端カルボキシル基含有セルロースを含む変性パルプを得ることをさらに含む、請求項6~8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
被検体から採取済みのサンプルに請求項1又は2に記載の材料を添加し、サンプル中の被検物質を前記材料に固定化された生体物質と特異的に結合させること、及び
結合した被検物質の有無を確認及び/又は定量することを含む、被検物質の検出方法。
【請求項12】
被検体から採取済みのサンプルに請求項1又は2に記載の材料を添加し、サンプル中の被検物質を前記材料に固定化された生体物質と特異的に結合させること、
結合した被検物質を請求項1又は2に記載の材料から分離し、回収することを含む、サンプルからの被検物質の回収方法。
【請求項13】
被検体から採取済みのサンプルに請求項1又は2に記載の材料を添加し、サンプル中の被検物質を前記材料に固定化された生体物質と特異的に結合させ、集積させることを含む、集積化材料の製造方法。
【請求項14】
被検物質は、核酸、アミノ酸、ペプチド、又はタンパク質である、請求項11~13のいずれか1項に記載の方法。
【請求項15】
酸化パルプ及び縮合剤を含む、請求項1又は2に記載の材料を製造するためのキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体物質固定化材料に関する。
【0002】
DNAマイクロアレイは、検出用の既知のDNA断片が基板上に固定化された、DNA固定化材料の1つである。すなわち、固定化されたDNA断片と、サンプル中のこれと相補的な配列を有するDNA断片とをハイブリダイゼーションさせることにより、サンプルに含まれる遺伝子情報、遺伝子発現レベルを検出できる。このため、ヘルスサイエンス、バイオロジーの幅広い分野で活用されてきた。
【0003】
近年、新たなマイクロアレイとして、DNAコロイド、DNAハイドロゲルが報告さあれている。DNAコロイドは、DNA断片を担持したコロイド(例えば、ポリスチレン、ポリメチルメタクリレート、シリカ、それらの誘導体等の高分子コロイド、金コロイド:非特許文献1、2)である。DNAハイドロゲルは、ペプチド核酸とDNAリンカーを集合させて調製したハイドロゲルである(非特許文献3)。担持したDNA断片、DNAリンカーとサンプル中のこれと相補的な配列を有するDNA断片とがハイブリダイゼーションすると、コロイド、ハイドロゲルが凝集する。そのため、凝集の有無によりサンプルの遺伝子解析を容易に行うことができる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】W.Yu et al(2015)Nat.Com.vol.6,7253
【非特許文献2】C.Mirkin et al(1996)Nature vol.382,p607-609
【非特許文献3】Y.Shao et al(2017)Acc.Chem.Res.vol.50,p659-668
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来のマイクロアレイは、検出時に輸液装置が必要である。また、チップ状の場合樹脂製、金属製の基材を使用しているため廃棄が困難であり、コロイド、ハイドロゲルの場合、ゲル状、液状等水分を含むため、廃棄だけでなく運搬も困難であった。
【0006】
本発明は、生体物質を固定化できる新規な材料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、以下の〔1〕~〔15〕を提供する。
〔1〕末端カルボキシル基含有セルロースを含む変性パルプに、生体物質が固定化されている、生体物質固定化材料。
〔2〕固定化は、アミド結合を含む結合を介する固定化である、〔1〕に記載の材料。
〔3〕アミド結合を含む結合は、エチニル基とアジ基間の付加環化反応により形成される基さらに含む結合である、〔2〕に記載の材料。
〔4〕生体物質が、核酸、アミノ酸又はタンパク質である、〔1〕~〔3〕のいずれか1項に記載の材料。
〔5〕変性パルプが、酸化パルプ又はカルボキシメチル化パルプである、〔1〕~〔4〕のいずれか1項に記載の材料。
〔6〕末端カルボキシル基含有セルロースを含む変性パルプに生体物質を固定化する反応を含み、少なくとも一部の反応を縮合剤の存在下で行う、〔1〕~〔5〕のいずれか1項に記載の材料の製造方法。
〔7〕アミノ化修飾された生体物質のアミノ基と変性パルプの末端カルボキシル基とを縮合剤の存在下で反応させアミド結合を形成させることを含む、〔6〕に記載の製造方法。
〔8〕生体物質にエチニル基を導入し、変性パルプにアミド結合及びアジ基を導入してから、又は、
生体物質にアジ基を導入し、変性パルプにアミド結合及びエチニル基を導入してから、
エチニル基とアジ基間の付加環化反応を生じさせることを含む、〔6〕に記載の方法。
〔9〕縮合剤が、トリアジン系縮合剤である、〔6〕~〔8〕のいずれか1項に記載の方法。
〔10〕原料パルプを酸化又はカルボキシメチル化して、末端カルボキシル基含有セルロースを含む変性パルプを得ることをさらに含む、〔6〕~〔9〕のいずれか1項に記載の方法。
〔11〕被検体から採取済みのサンプルに〔1〕~〔5〕のいずれか1項に記載の材料を添加し、サンプル中の被検物質を前記材料に固定化された生体物質と特異的に結合させること、及び
結合した被検物質の有無を確認及び/又は定量することを含む、被検物質の検出方法。
〔12〕被検体から採取済みのサンプルに〔1〕~〔5〕に記載の材料を添加し、サンプル中の被検物質を〔1〕~〔5〕のいずれか1項に記載の材料に固定化された生体物質と特異的に結合させること、
結合した被検物質を〔1〕~〔5〕のいずれか1項に記載の材料から分離し、回収することを含む、サンプルからの被検物質の回収方法。
〔13〕被検体から採取済みのサンプルに〔1〕~〔5〕のいずれか1項に記載の材料を添加し、サンプル中の被検物質を〔1〕~〔5〕のいずれか1項に記載の材料に固定化された生体物質と特異的に結合させ、集積させることを含む、集積化材料の製造方法。
〔14〕被検物質は、核酸、アミノ酸、ペプチド、又はタンパク質である、〔11〕~〔13〕のいずれか1項に記載の方法。
〔15〕酸化パルプ及び縮合剤を含む、〔1〕~〔5〕のいずれか1項に記載の材料を製造するためのキット。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、様々な生体物質を固定化できる生体物質固定化材料が提供される。本発明の材料は、基材がパルプであることから運搬性、廃棄性に優れ、また、毛細現象を駆動力とすることができるため、ポンプ等の輸液装置も不要である。そのため、次世代のマイクロアレイとして、サンプル中のターゲット物質の検出、分離、集積に広く活用することが期待される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、実施例1におけるDNAの仕込み量とGray Intensityの関係を示すグラフである。
【
図2】
図2は、実施例2における縮合剤の仕込み量とGray Intensityの関係を示すグラフである。
【
図3】
図3は、実施例3における反応系中のNaCl濃度とGray Intensityの関係を示すグラフである。
【
図4】
図4は、実施例4における反応系中の検体濃度とGray Intensityの関係を示すグラフである。
【
図5】
図5は、実施例5、6におけるGray Intensityの結果を示すグラフである。
【
図6】
図6は、実施例5におけるFT-IRの吸光度スペクトルを示す図である。
【
図7】
図7は、実施例5におけるFT-IRの吸光度スペクトルを示す図(
図6の900~1800cm
-1部分の拡大図)である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
[1.生体物質固定化材料]
生体物質固定化材料は、変性パルプと生体物質を含む。
【0011】
[変性パルプ]
変性パルプは、パルプ原料に末端カルボキシ基が導入されたパルプである。末端カルボキシル基を導入する処理を変性処理と言う。
【0012】
-パルプ原料-
パルプ原料としては、例えば、植物(例えば、木材、非木材(例、竹、麻、ジュート、ケナフ、イネ))、動物(例えばホヤ類)、藻類、微生物(例えば酢酸菌(アセトバクター))、微生物産生物が挙げられ、植物が好ましく、木材がより好ましい。パルプとしては、例えば、クラフトパルプ(例、針葉樹未漂白クラフトパルプ(NUKP)、針葉樹漂白クラフトパルプ(NBKP)等の針葉樹クラフトパルプ;広葉樹未漂白クラフトパルプ(LUKP)、広葉樹漂白クラフトパルプ(LBKP)等の広葉樹クラフトパルプ)、サルファイトパルプ(例、針葉樹未漂白サルファイトパルプ(NUSP)、針葉樹漂白サルファイトパルプ(NBSP)等の針葉樹サルファイトパルプ)等の化学パルプ、サーモメカニカルパルプ(TMP)等のメカニカルパルプ、再生パルプが挙げられる。パルプは、セルロース以外の成分(例えば、ヘミセルロース、リグニン)を含んでいてもよいが、セルロースを主成分とすることが好ましい。
【0013】
-変性処理-
パルプ原料への末端カルボキシル基の導入は、変性処理によることができる。末端カルボキシル基は、例えば、末端カルボキシル基又はこれを含む置換基(例えば、カルボキシル基、カルボキシアルキル基)として導入できる。変性処理としては、例えば、酸化処理、カルボキシアルキル化処理が挙げられる。
【0014】
-酸化(カルボキシル化)処理(変性処理の例)-
酸化処理により得られる変性パルプ(本明細書において、酸化パルプと言う)は、通常、セルロース分子鎖を構成するグルコピラノース単位に含まれる1級水酸基を有する炭素原子の少なくとも1つ(例えば、C6位の1級水酸基を有する炭素原子)が酸化されている(カルボキシル基を有する)構造を有する。
【0015】
カルボキシル化セルロース繊維は、未変性のセルロース繊維(セルロース原料:例えば、パルプ)をカルボキシル化(酸化)して製造できる。カルボキシル化(酸化)方法の一例として、セルロース原料を、N-オキシル化合物と、臭化物、ヨウ化物若しくはこれらの混合物からなる群から選択される化合物と、の存在下で酸化剤を用いて水中で酸化する方法を挙げることができる。この酸化反応により、セルロース表面のグルコピラノース環のC6位の一級水酸基を有する炭素原子が選択的に酸化され、表面にアルデヒド基と、カルボキシル基(-COOH)又はカルボキシレート基(-COO-)と、を有する化学変性セルロースを得ることができる。反応時のセルロース原料の濃度は、特に限定されないが、5質量%以下が好ましい。
【0016】
N-オキシル化合物とは、ニトロキシラジカルを発生しうる化合物をいう。N-オキシル化合物としては、目的の酸化反応を促進する化合物であれば、いずれの化合物も使用できる。例えば、2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシラジカル(TEMPO)及びその誘導体(例えば、4-ヒドロキシTEMPO)が挙げられる。
【0017】
N-オキシル化合物の使用量は、セルロース原料を酸化できる触媒量であればよく、特に制限されない。例えば、絶乾1gのセルロース原料に対して、0.01~10mmolが好ましく、0.01~1mmolがより好ましく、0.05~0.5mmolがさらに好ましい。また、反応系に対し0.1~4mmol/L程度がよい。
【0018】
臭化物とは、臭素を含む化合物であり、例えば、水中で解離してイオン化可能なアルカリ金属の臭化物が挙げられる。また、ヨウ化物とは、ヨウ素を含む化合物であり、例えば、アルカリ金属のヨウ化物が挙げられる。臭化物またはヨウ化物の使用量は、酸化反応を促進できる範囲で選択できる。臭化物およびヨウ化物の合計量は、例えば、絶乾1gのセルロース原料に対して、0.1~100mmolが好ましく、0.1~10mmolがより好ましく、0.5~5mmolがさらに好ましい。
【0019】
酸化剤としては、公知のものを使用でき、例えば、ハロゲン、次亜ハロゲン酸、亜ハロゲン酸、過ハロゲン酸またはそれらの塩、ハロゲン酸化物、過酸化物などを使用できる。中でも、安価で環境負荷の少ない次亜塩素酸ナトリウムが好ましい。酸化剤の適切な使用量は、例えば、絶乾1gのセルロース原料に対して、0.5~500mmolが好ましく、0.5~50mmolがより好ましく、1~25mmolがさらに好ましく、3~10mmolがさらにより好ましい。また、例えば、N-オキシル化合物1molに対して1~40molが好ましい。
【0020】
セルロース原料の酸化工程は、比較的温和な条件であっても反応は効率よく進行する。よって、反応温度は、4~40℃が好ましく、また15~30℃程度の室温であってもよい。反応の進行に伴ってセルロース中にカルボキシル基が生成するため、反応液のpHの低下が認められる。酸化反応を効率よく進行させるためには、水酸化ナトリウム水溶液などのアルカリ性溶液を添加して、反応液のpHを8~12、好ましくは10~11程度に維持することが好ましい。反応媒体は、取扱い性の容易さや、副反応が生じにくいこと等から、水が好ましい。
【0021】
酸化反応における反応時間は、酸化の進行の程度に従って適宜設定することができ、通常は0.5~6時間、例えば、0.5~4時間程度である。
【0022】
酸化反応は、2段階に分けて実施してもよい。例えば、1段目の反応終了後に濾別して得られた酸化セルロースを、再度、同一または異なる反応条件で酸化させることにより、1段目の反応で副生する食塩による反応阻害を受けることなく、効率よく酸化させることができる。
【0023】
カルボキシル化(酸化)方法の別の例として、オゾンを含む気体とセルロース原料とを接触させることにより酸化する方法を挙げることができる。この酸化反応により、グルコピラノース環の少なくとも2位及び6位の水酸基が酸化されると共に、セルロース鎖の分解が起こる。オゾンを含む気体中のオゾン濃度は、50~250g/m3が好ましく、50~220g/m3がより好ましい。セルロース原料に対するオゾン添加量は、セルロース原料の固形分を100質量部とした際に、0.1~30質量部が好ましく、5~30質量部がより好ましい。オゾン処理温度は、0~50℃が好ましく、20~50℃がより好ましい。オゾン処理時間は、特に限定されないが、1~360分程度であり、30~360分程度が好ましい。オゾン処理の条件がこれらの範囲内であると、セルロース原料が過度に酸化及び分解されることを防ぐことができ、酸化セルロースの収率が良好となる。
【0024】
オゾン処理を施した後に、酸化剤を用いて、追酸化処理を行ってもよい。追酸化処理に用いる酸化剤は、特に限定されないが、二酸化塩素、亜塩素酸ナトリウム等の塩素系化合物や、酸素、過酸化水素、過硫酸、過酢酸などが挙げられる。例えば、これらの酸化剤を水またはアルコール等の極性有機溶媒中に溶解して酸化剤溶液を作製し、溶液中に酸化セルロースを浸漬させることにより追酸化処理を行うことができる。
【0025】
-カルボキシアルキル化(変性処理の例)-
カルボキシアルキル化により得られる変性パルプ(本明細書において、カルボキシアルキル化パルプと言う)は、通常、セルロース分子鎖を構成する炭素原子の少なくとも1つ(例えば、グルコピラノース単位を構成するC6位の1級水酸基を有する炭素原子)がカルボキシアルキル化されている(カルボキシアルキル基を有する)構造を有する。
【0026】
カルボキシアルキル化セルロースの無水グルコース単位当たりのカルボキシアルキル置換度(DS、好ましくはカルボキシメチル置換度)は、0.01以上、0.02以上又は0.05以上が好ましく、0.10以上がより好ましく、0.15以上がさらに好ましく、0.20以上がさらにより好ましく、0.25以上がとりわけ好ましい。これにより、化学変性による効果を得るための置換度を確保できる。当該置換度の上限は、0.50以下が好ましく、0.45以下、0.40以下又は0.35以下がより好ましい。これにより、セルロース繊維の水への溶解が起こりにくくなり、水中で繊維形態を維持できる。従って、カルボキシアルキル置換度は、0.01~0.50が好ましく、0.01~0.45がより好ましく、0.02~0.40、0.10~0.35又は0.20~0.30がさらに好ましい。
【0027】
カルボキシアルキル置換度を、カルボキシメチル化の場合のカルボキシメチル置換度を例にとって説明する。カルボキシメチル化パルプ(絶乾)約2.0gを精秤して、300mL共栓付き三角フラスコに入れる。メタノール1,000mLに特級濃硝酸100mLを加えた液100mLを加え、3時間振とうして、塩型のカルボキシメチル化パルプ(以下、「塩型CM化パルプ」ともいう)を酸型のカルボキシメチル化パルプ(以下、「酸型CM化パルプ」ともいう)に変換する。酸型CM化パルプ(絶乾)を1.5~2.0g精秤し、300mL共栓付き三角フラスコに入れる。80%メタノール15mLで酸型CM化セルロースを湿潤し、0.1NのNaOHを100mL加え、室温で3時間振とうする。指示薬として、フェノールフタレインを用いて、0.1NのH2SO4で過剰のNaOHを逆滴定し、次式によってカルボキシメチル置換度(DS)を算出し得る:
A=[(100×F-(0.1NのH2SO4(mL))×F’)×0.1]/(酸型CM化パルプの絶乾質量(g))
DS=0.162×A/(1-0.058×A)
A:酸型CM化パルプを1g中和するのに要する1NのNaOH量(mL)
F’:0.1NのH2SO4のファクター
F:0.1NのNaOHのファクター
【0028】
カルボキシアルキル置換度は、反応させるカルボキシアルキル化剤の添加量、マーセル化剤の量、水と有機溶媒の組成比率等の反応条件をコントロールすることにより調整できる。
【0029】
カルボキシアルキル化の方法としては例えば、出発原料(発底原料)としてのセルロース系原料をマーセル化し、その後エーテル化する方法が挙げられる。カルボキシメチル化を例に取り以下説明する。
【0030】
未変性のセルロース繊維(セルロース原料:例えばパルプ)を出発原料にし、3~20質量倍の溶媒の存在下でマーセル化処理を行った後、エーテル化反応を行うことでカルボキシメチル化したセルロースを製造し得る。溶媒としては、例えば、水、低級アルコール(例、メタノール、エタノール、n-プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、n-ブチルアルコール、イソブチルアルコール、第3級ブタノール)を1種単独で、又は2種以上の混合溶媒を使用し得る。なお、低級アルコールを混合する場合、低級アルコールの混合割合は、好ましくは60~95質量%である。
【0031】
マーセル化剤としては、出発原料の無水グルコース残基当たり、モル換算で、0.5~20倍のアルカリ金属の水酸化物(例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム)を使用する。
【0032】
出発原料と溶媒、マーセル化剤を混合し、反応温度0~70℃、好ましくは10~60℃、かつ反応時間15分~8時間、好ましくは30分~7時間、マーセル化処理を行う。その後、カルボキシメチル化剤(例えば、モノクロロ酢酸ナトリウム)をグルコース残基当たり、モル換算で、0.05~10.0倍添加し、反応温度30~90℃、好ましくは40~80℃、かつ反応時間30分~10時間、好ましくは1時間~4時間、エーテル化反応を行うことでカルボキシメチル化したセルロースを製造し得る。
【0033】
-セルロースのサイズ-
変性パルプに含まれるセルロースは、通常繊維状であり、そのサイズ(例えば、平均繊維径、平均繊維長、アスペクト比)は、特に制限されないが、一例をあげると以下のとおりである。
【0034】
平均繊維径は、通常、500nm以上、好ましくは700nm以上、好ましくは900nm以上である。これにより、パルプに生体物質を固定化させる際、未反応の生体物質をメンブランフィルター等を用いて容易に分離できる。上限は特に制限ないが、通常は60μm以下、好ましくは50μm以下である。
【0035】
平均繊維長は、通常、500μm以上、好ましくは700μm以上、より好ましくは800μm以上である。上限は、特に限定されないが、通常、3,000μm以下、好ましくは2,800μm以下、より好ましくは2,500μm以下である。
【0036】
セルロースのアスペクト比は、通常、30以上、好ましくは50以上、より好ましくは60以上である。アスペクト比の上限は特に限定されないが、通常1000以下、好ましくは500以下、より好ましくは100以下である。
【0037】
セルロースのサイズは、化学変性処理、機械的処理(リファイナー、ビーター等の離解機による処理)の条件により調製できる。
【0038】
-末端カルボキシル基量-
変性パルプに含まれるセルロースの末端カルボキシル基量は、好ましくは0.6~3.0mmol/g、より好ましくは1.0~2.0mmol/gがより好ましい。末端カルボキシル基量は、酸化処理の条件(例えば、酸化剤の添加量、反応時間)をコントロールして調整できる。末端カルボキシル基量は、電気伝導度の変動から算出できる。
【0039】
[生体物質]
生体物質としては、例えば、核酸、アミノ酸、ペプチド、タンパク質、糖タンパク質が挙げられ、固定化材料の用途に応じて選択すればよい。核酸としては、例えば、DNA(2本鎖又は1本鎖)、RNA、DNA/RNAハイブリッド、PNAが挙げられる。核酸は、遺伝子、アプタマー、それらの一部でもよい。アミノ酸は、L体、D体、ラセミ体のいずれでもよく、人工アミノ酸、天然アミノ酸でもよい。ペプチド及びタンパク質は、酵素、抗体、ホルモン、アプタマーのいずれでもよい。生体物質は、生物(例えば、微生物(細菌、ウイルス、真菌)、原生動物、植物、動物)のいずれに由来してもよく、人工物でもよい。生体物質の構造・サイズ(例えば、分子量(鎖長、三次元構造)、アミノ酸配列、塩基配列)は限定されないが、例えば核酸の場合、通常70塩基以下、65塩基以下、又は60塩基以下、好ましくは、55塩基以下、50塩基以下、又は45塩基以下、より好ましくは40塩基以下、35塩基以下、又は30塩基以下である。下限は、通常3塩基以上、4塩基以上、又は5塩基以上、好ましくは6塩基以上、7塩基以上、又は8塩基以上、より好ましくは9塩基以上、10塩基以上又は11塩基以上、更に好ましくは12塩基以上、13塩基以上、14塩基以上、又は15塩基以上である。
【0040】
[固定化]
固定化材料において、生体物質は、変性パルプに固定化されている。固定化は、変性パルプに含まれるセルロースの末端カルボキシル基に由来する結合であればよく、例えば、アミド結合を有する基が挙げられる。アミド結合を有する基は、アミド結合そのものでもよいが、アミド結合以外の部分(スペーサー)を含む基でもよい。スペーサーとしては、例えば、エチニル基とアジ基間の付加環化反応により形成される基、アルキル基、オキシアルキレン基が挙げられ、固定化効率がより高い点で、エチニル基とアジ基間の付加環化反応により形成される基を含む結合が好ましい。
【0041】
アミド結合は、変性パルプの末端カルボキシル基と、生体物質のアミノ基(好ましくは、アミノ化修飾された生体物質のアミノ基)との間に少なくとも形成されることが好ましく、このほかに第2のアミド結合が他の部分に形成されていてもよい。
【0042】
アミド結合を含む結合は、アミド結合をその一部に含めばよく、そのほかの部分(例えば、オキシエチレン基、アミド結合、アルキル基等のスペーサーとしての基)を含んでいてもよい。例えば、一般式(1)で表される結合が好ましい。
【化1】
一般式(1)中のpは、0~10の整数であり、1~8が好ましく、1~6がより好ましい。一般式(1)中、カルボニル結合(-C(=O)-)は、変性パルプが有するカルボキシル基に由来する結合である。A,Bは、それぞれ変性パルプ、生体物質を表す。一般式(1)中、Aに隣接するカルボニル結合(-C(=O)-)は、変性パルプが有するカルボキシル基に由来する結合である。生体物質が核酸の場合、通常、スペーサーの末端と核酸のリン酸基又は水酸基とが結合している。
【0043】
エチニル基とアジ基間の付加環化反応により形成される基を含む結合は、変性パルプに(好ましくは、カルボキシル基に)導入されたエチニル基(-C≡C-)と生体物質に導入されたアジ基(-N=N
+=N
-)との間に、又は、変性パルプに(好ましくは、カルボキシル基に)導入されたアジ基と生体物質に導入されたエチニル基との間に形成される。エチニル基とアジ基間の付加環化反応により形成される基としては、例えば、下記の式(2-1)、(2-2)、(2-3)で表される、トリアジン残基を少なくともその一部に含む結合が挙げられる。
【化2】
【0044】
アミド基と、スペーサーとしてのエチニル基とアジ基間の付加環化反応により形成される基を含む結合は、上記基を含めばよく、そのほかの部分(例えば、オキシエチレン基、アミド結合、アルキル基等のスペーサーとしての基)を有していてもよい。例えば、一般式(2-4)で表される結合が挙げられる。
【化3】
一般式(2-4)中、A、Bは、それぞれ変性パルプ、生体物質を表す。Rは、上記式(2-1)~(2-3)のいずれかで表される基であり、結合手がどちらであってもよい。R
a及びR
bは、それぞれ独立してスペーサー基(例えば、オキシアルキレン基、アミド結合、アルキレン基、から選ばれる1つ、又は2つ以上の組み合わせ)か又は直接結合を表す。オキシアルキレン基としては、オキシエチレン基、オキシプロピレン基等のオキシアルキレン単位が少なくとも1つ(例えば、10以下、8以下、6以下又は4以下)含む基が好ましい。アルキレン基の炭素原子数は、例えば、10以下、8以下、6以下、4以下又は2以下である。
【0045】
一般式(2-4)で表される結合としては、一般式(2-5)で表される結合が好ましい。
【化4】
【0046】
一般式(2-5)中、A1O、A2Oは、それぞれ独立してオキシエチレン基又はオキシプロピレン基を表し、オキシエチレン基が好ましい。m1は、1~10の整数を表し、1~8が好ましく、1~6がより好ましく、1~4が更に好ましい。m2、m3は、それぞれ独立して0~10の整数を表し、0~8が好ましく、0~6がより好ましく、0~4が更に好ましい(0の場合、直接結合を表す)。n1、n2は、それぞれ独立して0~50の整数を表し、0~40、0~30、0~20が好ましく、0~15がより好ましい(0の場合、直接結合を表す)。q、r、sは、0又は1を表し、0、qは0が好ましく、r、sは1が好ましい(0の場合、直接結合を表す)。A,Bは、それぞれ変性パルプ、生体物質を表す。Rは、上記式(2-1)~(2-3)のいずれかで表される基であり、結合手がどちらであってもよい。一般式(2-5)中、Aに隣接するカルボニル結合(-C(=O)-)は、変性パルプが有するカルボキシル基に由来する結合である。生体物質が核酸の場合、通常、スペーサーの末端と核酸のリン酸基又は水酸基とが結合している。
【0047】
固定化材料における、変性材料の末端カルボキシル基に対する生体物質の重量比率は、通常0.02以上、好ましくは0.03以上、より好ましくは0.04以上である。上限は特にないが、通常は0.1以下、0.9以下、又は0.8以下である。
【0048】
[任意成分]
固定化材料は、変性パルプ及び生体物質以外の任意成分を含んでもよい。任意成分としては、例えば、識別物質が挙げられる。識別物質は、通常、生体物質に結合している。識別物質としては、例えば、蛍光・発光マーカー、識別用酵素、放射性同位体、補欠分子族、金属粒子、タンパク質-タンパク質間結合ペア、及びタンパク質-抗体間結合ペア、酵素基質、アフィニティ分子、リガンド、レセプター、ビオチン分子、アビジン分子、ストレプトアビジン分子、消光剤が挙げられる。蛍光マーカーとしては、例えば、フルオレセイン(FAM)、5-カルボキシフルオレセイン、フルオレセイン-5-イソチオシアネート(5-FITC)、6-カルボキシ-4',5'-ジクロロ-2',7'-ジメトキシフルオレセイン(JOE)、ヘキサクロロフルオレセイン(HEX)、テトラクロロ-6-カルボキシフルオレセイン等のフルオレセイン系色素、Cy-3、Cy-5等のスルホン化/非スルホン化シアニン色素、ローダミン、ローダミンB、ローダミン6G、ローダミン123、スルホローダミンB(SR)等のローダミン系色素、ピロニンB、ピロニンG等のピロニン系色素、アクリジンオレンジ、9-アミノアクリジン、Att495等のアクリジン系色素、オキサジン1、ナイルレッド、ナイルブルー等のオキサジン系色素が挙げられる。発光マーカーとしては、例えば、ルシフェリン、及びイクオリンが挙げられる。識別用酵素としては、例えば、ガラクトースオキシダーゼ、グルコースオキシダーゼ、ポリフェノールオキシダーゼ、グルクロニダーゼ、アルカリホスファターゼ等のホスファターゼ、西洋ワサビペルオキシダーゼ等のペルオキシダーゼ、ルシフェラーゼ、及びコリンエステラーゼが挙げられる。放射性同位体としては、例えば、3H、14C、32P、35S、125I、131Iが挙げられる。消光剤としては、例えば、テオフィリン、ジニトロアニリンとのジニトロフェニル基を有する化合物、DABCYL(4-((-4-(ジメチルアミノ)-フェニル)-アゾ)-安息香酸)、BHQ-1、BHQ-2等のBHQ類が挙げられる。
【0049】
[2.固定化材料の製造方法]
上述の生体物質固定化材料は、変性パルプに生体物質を固定化させることにより製造できる。
【0050】
[アミド結合の形成]
固定化を、アミド結合を含む結合を介して行う場合の固定化方法としては、例えば、生体物質と、変性パルプの末端カルボキシル基との間にアミド結合を含む結合を形成させる方法が挙げられる。第一の例としては、生体物質にあらかじめアミノ修飾を行い、これに変性パルプのセルロースの末端カルボキシル基を反応させ、アミド結合を形成させる方法が挙げられる。これにより、固定化効率を高めることができる。アミノ修飾は、例えば、アミノ基を含む基(例えば、アルキルアミノ基等の、末端にアミノ基を含む基)を生体物質に導入することによることができる。アルキルアミノ基としては、例えば、炭素原子数10以下、好ましくは8以下のアルキル基を含むアルキルアミノ基が好ましい。
【0051】
[エチニル基とアジ基間の付加環化反応により形成される基を含む結合の形成]
一方、第二の例としては、アジ基を含む基及びアミド結合、並びにエチニル基を含む基を、それぞれ変性パルプと生体物質とに導入して、又は、エチニル基を含む基及びアミド結合、並びにアジ基を含む基を、それぞれ変性パルプと生体物質とに導入して、両者をクリック反応させてエチニル基とアジ基の間に付加環化反応を生じさせ、トリアゾール環を形成させる方法が挙げられる。エチニル基を含む基、アジ基を含む基としては、その構造中(通常は末端に)にエチニル基、アジ基を含めばよく、他の部分(例えば、オキシエチレン基、アミド結合、アルキル基等のスペーサー)を含み得る。エチニル基を含む基としては、例えば、ジベンジルシクロオキシル残基、ジシクロノニン残基が挙げられる。これらが導入された変性パルプ、生体物質の構造を下記一般式(4-1)、(4-2)に示す。
【化5】
R
1-B (4-2)
一般式(4-1)および(4-2)中のR
1は、アジ基、アルキニル基(例えば、炭素原子数10以下のモノアルキニル基)又は下記式(4-3)、(4-4)で表される基のいずれかであり、それ以外の置換基の定義は前述のとおりである。
【0052】
【0053】
一般式(4-1)および(4-2)の化合物は、好ましくはそれぞれ一般式(4-5)および(4-6)で表される化合物である。
【化7】
【0054】
一般式(4-5)および(4-6)中の置換基の定義は前述のとおりである。アミド結合及びエチニル基、又は、アミド結合及びアジ基が導入された変性パルプの製法は特に限定されないが、例えば、アミノ基とエテニル基を末端に有する化合物、又は、アミノ基とアジ基を末端に有する化合物(例えば、式の、アミノ結合を、変性パルプに結合する反応が挙げられる。この反応において、アミノ基とエチニル基を末端に有する化合物、又は、アミノ基とアジ基を末端に有する化合物(例えば、一般式:NH2-Ra-R1で表される化合物;置換基の定義は上述のとおり)の、変性パルプのカルボキシル基に対する重量比は、好ましくは3以上、より好ましくは7以上、更に好ましくは9以上である。上限は、好ましくは20以下、より好ましくは15以下、更に好ましくは12以下である。エチニル基、又はアジ基が導入された生体物質は、常法により調製できる。
【0055】
クリック反応の際、必要に応じて触媒(例えば、Cu(I)等の銅触媒、Rb(II)等)を介在させてもよいが、生体物質の劣化抑制の観点から、触媒不使用が好ましい。
【0056】
-縮合剤-
変性パルプに生体物質を固定化する際には、縮合剤を、少なくとも一部の反応において用いることが好ましく、変性パルプにアミド結合する際に用いることがより好ましい。縮合剤としては、例えば、4-(4,6-ジメトキシ-1,3,5-トリアジン-2-イル)-4-メチルモルホリニウムクロリド(DMT-MM)、トリフルオロメタンスルホン酸(4,6-ジメトキシ-1,3,5-トリアジン-2-イル)-(2-オクトキシ-2-オキソエチル)ジメチルアンモニウム、2-クロロ-4,6-ジメトキシトリアジン(CDMT)等のトリアジン系縮合剤;1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド(EDC)、塩酸1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド(WSCD・HCl)、N,N’-ジシクロヘキシルカルボジイミド(DCC)、N,N’-ジイソプロピルカルボジイミド(DIC)、N-シクロヘキシル-N’-(2-モルホリノエチル)カルボジイミドメト-p-トルエンスルホン酸塩(CME-カルボジイミド)等のカルボジイミド系縮合剤;N-ヒドロキシスクシンイミド(NHS)等のスクシンイミド系縮合剤が挙げられる。これらのうち、トリアジン系縮合剤が好ましく、DMT-MMがより好ましい。トリアジン系縮合剤を用いることにより、反応終了後に、未反応の生体物質を系内から容易に分離し得る。
【0057】
-緩衝液-
縮合剤を用いる反応の際、必要に応じて緩衝液を用いることができる。緩衝液としては、例えば、2-(N-モルホリノ)エタンスルホン酸(MES)、3-(N-モルホリノ)プロパンスルホン酸(MOPS)、3-(N-モルホリノ)-2-ヒドロキシプロパンスルホン酸(MOPSO)、N,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)-2-アミノエタンスルホン酸(BES)、3-[N,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)アミノ]-2-ヒドロキシプロパンスルホン酸(DIPSO)、2-[4-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペラジニル]エタンスルホン酸(HEPES)、4-(2-ヒドロキシエチル)ピペラジン-1-(2-ヒドロキシプロパン-3-スルホン酸(HEPPSO)、4-(2-ヒドロキシエチル)-1-ピペラジンプロパンスルホン酸(HEPPS)、ピペラジン-1,4-ビス(2-エタンスルホン酸)(PIPES)、ピペラジン-1,4-ビス(2-ヒドロキシプロパンスルホン酸)(POPSO)が挙げられ、MES緩衝液が好ましい。緩衝液のpHは、通常、中性付近、好ましくは6.5~7.5、6.9~7.5又は7.0~7.5である。
【0058】
生体物質の使用量(仕込み量)の、変性パルプの末端カルボキシル基量(仕込み量)に対する比率は、通常0.001以上、0.005以上、好ましくは0.01以上、0.02以上、又は0.03以上である。上限は特に限定されないが、通常0.1以下、好ましくは0.09以下又は0.08以下である。上記範囲であることにより、変性パルプに生体物質を効率的に固定化できる。
【0059】
縮合剤の使用量(仕込み量)は、変性パルプの末端カルボキシル基量(仕込み量)に対する比率が、通常5以上、好ましくは10以上、15以上又は20以上である。上限は特になく、通常150以下、140以下、130以下又は120以下である。上記範囲であることにより、変性パルプに生体物質を効率的に固定化できる。
【0060】
生体物質と変性パルプを固定化させる際の反応条件は、用いる材料などによって適宜選択できるが、一例を挙げると以下のとおりである。まず変性パルプと縮合剤を反応系に添加した後、生体物質を添加し、20~30時間程度インキュベーションする。固定化したか否かの確認は、ImageJ等の画像処理ソフトを用いた画像解析により、例えば実施例で説明する手順で行うことができる。
【0061】
[3.生体物質固定化材料の用途]
本発明の生体物質固定化材料は、ペーパー分析デバイスとして利用できる。すなわち、サンプルに含まれる、固定化された生体物質に選択的に結合するターゲット物質の検出、集積、分離、定量のために利用できる。これにより、例えば、サンプルに含まれる遺伝子の発現量、遺伝子変異又は多型(例えば、SNP)の解析、特定の現象にかかわる遺伝子群、分子等の候補の選抜、集積、定量、分離、発現プロファイルの分析等に利用でき、医学、薬学、農学、生物学等の幅広い分野において、基礎研究、創薬、機能性食品の開発、疾病診断法又は予防法の開発、農業技術開発、エネルギーや環境問題対策に利用できる。
【0062】
[サンプル(検体)]
サンプルとしては、被検体から採取済みの、ターゲット物質が含まれる可能性のあるサンプルであればよく、例えば、全血、血漿、血清、唾液、尿、リンパ液、脳脊髄液、関節液、鼻汁、腹水、眼房水、涙液、体液、喀痰、生検試料が挙げられる。被検体は、生物(例えば、微生物(細菌、ウイルス、真菌)、原生動物、植物、動物)又は生物の一部(例えば、組織、細胞)である。被検体としての動物は、通常、ヒトであるが、ヒト以外の動物(例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、イヌ、ネコ、ヒツジ、ヤギ、ウシ、ブタ、サルなどの哺乳類、ニワトリなどの鳥類)でもよい。
【0063】
[ターゲット物質]
ターゲット物質は、固定化された生体物質に選択的に結合する物質であればよく、例えば、核酸、タンパク質、分子が挙げられる。DNAを固定化した場合、そのDNAの塩基配列と相補的な塩基配列を含むDNAのほか、DNAと結合し得る分子もターゲット物質であり得る。アプタマーを固定化した場合、アプタマーに結合する核酸、ペプチド、タンパク質、分子がターゲット物質であり得る。
【0064】
[生体物質固定化材料の使用方法の例]
生体物質固定化担体の使用方法は、通常のマイクロアレイを用いた検出方法に準じて、識別物質、解析ソフト等を利用して行えばよい。例えば、固定化担体にサンプルを添加してインキュベーションすることにより、生体物質とサンプル中のターゲット物質を選択的に結合し、ターゲット物質結合生体物質固定化担体が得られる。ターゲット物質結合生体物質固定化担体を、生体物質の融点以上に加熱することにより、ターゲット物質を分離し、回収でき、定量が可能である。また、生体物質にあらかじめ蛍光物質を結合し、ターゲット未結合の状態では消光されるようにしておき(例えば、消光DNA等の消光剤を結合させる)、サンプル中のターゲット物質が結合して蛍光強度を発揮させ(例えば、消光DNAが外れることにより蛍光が強まる)、ターゲット物質を分離せずとも検出、定量が可能である。
【0065】
[4.生体物質固定化材料を製造するためのキット]
生体物質固定化材料を製造するためのキットは、酸化パルプ、縮合剤を少なくとも含み、必要に応じて他の構成要素(たとえば、クリック反応用試薬、器具、容器、説明書)を含んでもよい。キットを用いることにより、所望の生体物質を酸化パルプへ固定化し、上記生体物質固定化材料を簡便に製造できる。
【実施例0066】
製造例1(TEMPO酸化パルプの製造方法)
針葉樹由来の漂白済み未叩解クラフトパルプ(NBKP、白色度85%)500g(絶乾)を、TEMPO(Sigma Aldrich社)780mgと臭化ナトリウム75.5gとを溶解した水溶液500mlに加え、パルプが均一に分散されるまで撹拌した。反応系に次亜塩素酸ナトリウム水溶液を6.0mmol/gになるように添加し、酸化反応を開始した。反応中は系内のpHが低下するが、3M水酸化ナトリウム水溶液を逐次添加し、pH10に調整した。次亜塩素酸ナトリウムを消費し、系内のpHが変化しなくなった時点で反応を終了した。反応後の混合物に10%塩酸を加えpH3に調整し、ガラスフィルターで濾過してパルプ分離し、パルプを十分に水洗することで、TEMPO酸化パルプ(カルボキシル基量:1.4mmolCOOH/g、セルロースの平均繊維径29.6μm、平均繊維長1.996mm、アスペクト比67.4)を得た。この時のパルプ収率は90%であり、酸化反応に要した時間は90分であった。
【0067】
カルボキシル基量は、以下の方法で測定した。サンプルの0.5質量%水分散体60mlを調製し、0.1M塩酸水溶液を加えてpH2.5とした。その後、0.05Nの水酸化ナトリウム水溶液を滴下してpHが11になるまで電気伝導度を測定した。電気伝導度の変化が緩やかな弱酸の中和段階において消費された水酸化ナトリウム量(a)から、下式を用いて算出した:
カルボキシル基量〔mmol/gカルボキシル化セルロース〕=a〔ml〕×0.05/カルボキシル化セルロース質量〔g〕。
【0068】
微細セルロース繊維の平均繊維径、繊維長は、ファイバーテスター(Lorentzen&Wettre社)を用いて測定した。微細セルロース繊維の平均アスペクト比は、式:平均アスペクト比=平均繊維長/平均繊維径により算出した。
【0069】
実施例1(DNAの仕込み量がT15-Cy3の修飾量に及ぼす影響)
(1)TOP-T15-Cy3の調製
製造例1で調製したTEMPO酸化パルプをMES(pH7.4、ナカライテスク社製)に溶解し、縮合剤DMT-MM(富士フィルム和光純薬社製)を添加し反応させた。次いで、5´末端側にアミノヘキシル基を有し3´末端側が蛍光標識されたDNAサンプルT15-Cy3(NH2-(CH2)6-TTTTTTTTTTTTTTT-Cy3:配列番号1)とNaCl(ナカライテスク社製)を添加して24時間インキュベーションし、TOP-Probe-s15を得た。DNAサンプルの仕込み量(TOPのカルボキシル基量に対する比率)は、表1に示す範囲で調整した。縮合剤の仕込み量(TOPのカルボキシル基量に対する比率)、反応系中のNaCl濃度は、表1に示す数値とした。なお、以下の実施例も含め、DNAサンプルに用いた合成オリゴDNAは、つくばオリゴサービス株式会社より購入した。購入時に滅菌水に溶かし-20℃で保管し、使用直前に溶解して使用した。
【0070】
(2)TOP-T
15-Cy3の蛍光観察と蛍光強度の定量
各条件で得たTOP-T
15-Cy3について、以下の要領でGray Intensityを算出した。TOP-T
15-Cy3を水とともにスライドグラス上に滴下し、カバーグラスをかけて標本を作製し、光学顕微鏡で観察し、パルプが収まるように観察範囲を選択した。その後、蛍光顕微鏡にて標本の同じ範囲を観察して撮影し(ISO400、SS1/25、G励起)、8bit化して画像処理ソフトImageJを用いて単位面積当たりのGray Intensity(バックグラウンドの強度を差し引いた値)の平均値を算出した(N=5、
図1)。
【0071】
実施例2(縮合剤の仕込み量がT
15-Cy3の修飾量に及ぼす影響)
縮合剤の仕込み量を表1に示す範囲で調整し、DNAサンプルの仕込み量及び反応系中のNaCl濃度を表1に示す数値としたほかは、実施例1と同様に行った(N=5、
図2)。
【0072】
実施例3(反応系中のNaCl濃度がT
15-Cy3の修飾量に及ぼす影響)
反応系中のNaCl濃度を表1に示す範囲で調整し、DNAサンプルの仕込み量及び縮合剤を表1に示す数値としたほかは、実施例1と同様に行った(N=5、
図3)。
【0073】
【0074】
DNAの仕込み量が多いと、Gray Intensityも上昇し、仕込み量0.05のときのGray Intensityは70μm
-2に達した(
図1)。また、縮合剤の仕込み量が多いほどGray Intensityが上昇した(
図2)。一方で、NaCl濃度は0~500mMの間でGray Intensityに影響を与えていないようであった(
図3)。すなわち、DNAの仕込み量、縮合剤の仕込み量が多いほどパルプへのT
15-Cy3の固定化量が高まり、一方、NaCl濃度は固定化量への影響は低いことが示された。
【0075】
実施例4(TOP-Probe-s15のハイブリダイゼーション試験)
(1)TOP-Probe-s15の調製
TEMPO-oxidized NBKP(TOP)(カルボキシル基量:1.4mmolCOOH/g)をMES(pH7.4)に溶解し、縮合剤DMT-MMを作用させた。次いで、5´末端側にアミノヘキシル基を有するDNAサンプルProbe-s15(NH2-(CH2)6-TAG GCC ACC AGC TCC:配列番号2)を添加して24時間インキュベーションし、TOP-Probe-s15を得た。縮合剤の、仕込み量[DMT-MM]/[COOH]=100、DNAの仕込み量[Probe-s15]/[COOH]=0.05とした。系内にNaClは添加しなかった。
【0076】
(2)ハイブリダイゼーション処理
TOP-Probe-s15を500mM NaCl 10mM MES(pH7.4)に添加した系を2つ用意し、それぞれに2種類の検体を添加した。2種類の検体は、Comp-FAM(FAM-GGA GCT GGT GGC CTA:配列番号3)、NCT-FAM(FAM-TAG GCC ACC AGC TCC:配列番号2)であり、それぞれの有する塩基配列は、Probe-s15のDNAに対する相補鎖及び非相補鎖である。各検体の添加量は、10-10~10-5Mの範囲で調整した。各検体を添加した後、25℃で1時間インキュベーションした後、ハイブリダイゼーション時に用いたのと同じ緩衝液(すなわち、500mM NaCl 10mM MES)にて3回洗浄して、観察用試料(TOP-Probe-s15+Comp-FAM、TOP-Probe-s15+NCT-FAM)を得た。
【0077】
(3)TOP-T
15-Cy3の蛍光観察と蛍光強度の定量
各観察用試料(TOP-Probe-s15+Comp-FAM、TOP-Probe-s15+NCT-FAM)について、撮影条件をISO400、SS1/5、B励起に変更したほかは実施例1(2)に示したのと同様の方法で、Gray Intensityを算出した(
図4、N=7)。
検体の添加量が10
-8~10
-5Mにおいて、TOP-Probe-s15+Comp-FAM(相補鎖)のGray Intensityが上昇していたのに対し、TOP-Probe-s15+NCT-FAM(非相補鎖)においてはGray Intensityは観察されなかった。すなわち、TOP-Probe-s15は、10
-8M(10nM)以上の検体濃度において、検体中の相補鎖DNAと配列特異的に二重鎖を形成できることが示された。
【0078】
実施例5及び6
(1)TOP-PEG-DNA-Cy3(実施例5)の調製
製造例1で調製したTEMPO酸化パルプを、縮合剤DMT-MMの存在下、両末端機能化PEGであるN3-PEG11-NH2とアミド縮合させ(反応I)、TEMPO酸化パルプにPEGをリンカーとしてアジドが固定されたTOP-PEG-N3を調製した。続いて、DNAの3’末端にCy3、5’末端にDBCOをあらかじめ結合させた状態のDBCO-TEG修飾DNA(5’-TAG GCC ACC AGC TCC-3’:配列番号2)を添加し、クリック反応により、TOP-PEG-N3末端のアジド基とDBCO基中の-C≡C-基とを連結させ(反応II)、TOP-PEG-DNA-Cy3を調製した。一連の反応は、脱イオン水中で行い、NaClは添加しなかった。上記反応Iにおいて、[DMT-MM]/[COOH]=100、[N3-PEG11-NH2]/[COOH]=10、反応温度60℃、反応時間24時間とした。上記反応IIにおいて、[DBCO-TEG修飾DNA]/[COOH]=0.03、反応温度60℃、反応時間24時間とした。
【0079】
【0080】
(2)TOP-DNA-Cy3(実施例6)の調製
製造例1で調製したTEMPO酸化パルプを、縮合剤DMT-MMのもと、実施例6のDBCO-TEG修飾DNAと同じ塩基配列(配列番号4)のDNAの5´末端をアミノ基で修飾し、3´末端にCysを導入したNH2-(CH2)6-DNAとアミド縮合し、TOP-DNA-Cy3を調製した。反応は、脱イオン水中で60℃、24時間行い、[DMT-MM]/[COOH]=100、[NH2-DNA]/[COOH]=0.03とした。
【0081】
(3)TOP-PEG-DNA-Cy3及びTOP-DNA-Cy3の蛍光観察と蛍光強度の定量
TOP-PEG-DNA-Cy3及びTOP-DNA-Cy3のGray Intensityを、実施例1と同様の条件で測定し算出したところ(N=5)、両方とも蛍光顕微鏡で検出できる程度の蛍光を発していた。中でも、TOP-PEG-DNA-Cy3のGray Intensityは、84.4μm
-2に達し、TOP-DNA-Cysと比較して約4.5倍の値であったことから、DNA結合効率がより高いことが明らかであった(
図5)。
【0082】
(4)赤外線吸収スペクトルの測定
TOP-PEG-DNA、TOP-PEG-N
3(実施例5のDNAをクリック結合する前のもの)、及びTEMPO酸化パルプ(製造例1:TOP)について、FT-IRによる赤外線吸収スペクトルの測定を行った。その結果TOP-PEG-N
3では、2600cm
-1付近にアジド由来のピークと、2870cm
-1付近にPEG中のC-H由来のピークが確認でき、また、1660cm
-1付近および1540cm
-1付近にアミド結合由来のピークが確認できることから(
図6、7)、TOPがアミド結合を介してアジドが固定されていることが確認できた。そして、TOP-PEG-DNAでは、1600cm
-1付近にDNAの核酸塩基に含まれるC=O、C=N由来のピークが、また、1200cm
-1付近にDNAのリン酸骨格(-PO
-2-)由来のピークが確認できた(
図7の矢印)。このことから、クリック反応を利用することによりDNAの固定化量をより高めることができ、エチニル基とアジ基間の付加環化反応により形成される基を含む結合を有するDNA結合パルプを利用することにより、分光学的手法による反応の進行追跡が可能であることが分かった。