(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024074024
(43)【公開日】2024-05-30
(54)【発明の名称】二酸化炭素電解装置
(51)【国際特許分類】
C25B 9/00 20210101AFI20240523BHJP
C25B 3/03 20210101ALI20240523BHJP
C25B 3/26 20210101ALI20240523BHJP
C25B 15/023 20210101ALI20240523BHJP
【FI】
C25B9/00 G
C25B3/03
C25B3/26
C25B15/023
【審査請求】有
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022185067
(22)【出願日】2022-11-18
(71)【出願人】
【識別番号】000005326
【氏名又は名称】本田技研工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100154380
【弁理士】
【氏名又は名称】西村 隆一
(74)【代理人】
【識別番号】100081972
【弁理士】
【氏名又は名称】吉田 豊
(72)【発明者】
【氏名】倉品 大輔
(72)【発明者】
【氏名】嶋田 雄太
(72)【発明者】
【氏名】牛島 輝幸
(72)【発明者】
【氏名】マイ フォントゥ
【テーマコード(参考)】
4K021
【Fターム(参考)】
4K021AC02
4K021BB03
4K021BB05
4K021DB36
(57)【要約】
【課題】AEMを劣化させることなく電解スタックの起動時間を短縮する。
【解決手段】二酸化炭素電解装置100は、アニオン交換型の固体高分子電解質膜を含む隔膜12と、隔膜12により隔てられたアノード14aとカソード14bとを有する電解スタック10と、カソード14bに隣接して設けられたガス流路15bに二酸化炭素を供給する二酸化炭素供給部と、電解スタック10に電力を供給する電力供給部20と、スタック電圧およびスタック温度を検出するセンサと、電力供給部20を制御する制御部とを備える。制御部は、電力供給部20から電解スタック10への電力の供給を開始した後、スタック温度が所定温度に達するまでの起動期間中、検出されたスタック電圧とスタック温度とに基づいて、スタック電圧が、スタック温度に対応して予め定められたスタック電圧の上限値以下となるように、電力供給部20を制御する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アニオン交換型の固体高分子電解質膜を含む隔膜と、前記隔膜により隔てられたアノードとカソードとを有する電解スタックと、
前記カソードに隣接して設けられたガス流路に二酸化炭素を供給する二酸化炭素供給部と、
前記電解スタックに電力を供給する電力供給部と、
前記電解スタックの電圧を検出する電圧センサと、
前記電解スタックの温度を検出する温度センサと、
前記電力供給部を制御する制御部と、を備え、
前記制御部は、前記電力供給部から前記電解スタックへの電力の供給を開始した後、前記電解スタックの温度が所定温度に達するまでの起動期間中、前記電圧センサにより検出された前記電解スタックの電圧と前記温度センサにより検出された前記電解スタックの温度とに基づいて、前記電解スタックの電圧が、前記電解スタックの温度に対応して予め定められた前記電解スタックの電圧の上限値以下となるように、前記電力供給部を制御することを特徴とする二酸化炭素電解装置。
【請求項2】
請求項1に記載の二酸化炭素電解装置において、
前記制御部は、さらに、前記起動期間中、前記電圧センサにより検出された前記電解スタックの電圧と前記温度センサにより検出された前記電解スタックの温度とに基づいて、前記電解スタックの電圧が、前記電解スタックの温度に対応して予め定められた前記電解スタックの電圧の下限値以上となるように、前記電力供給部制御することを特徴とする二酸化炭素電解装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載の二酸化炭素電解装置において、
前記上限値は、前記電解スタックの経年劣化の程度に基づいて予め定められることを特徴とする二酸化炭素電解装置。
【請求項4】
請求項2に記載の二酸化炭素電解装置において、
前記下限値は、前記電解スタックの経年劣化の程度に基づいて予め定められることを特徴とする二酸化炭素電解装置。
【請求項5】
請求項1に記載の二酸化炭素電解装置において、
前記制御部は、予め前記電圧センサのセンサ誤差と前記電解スタックの電解効率とに基づいて設定された、前記上限値よりも低い目標値以下となるように、前記電力供給部を制御することを特徴とする二酸化炭素電解装置。
【請求項6】
請求項5に記載の二酸化炭素電解装置において、
前記電解スタックの電流を検出する電流センサをさらに備え、
前記制御部は、前記起動期間中、前記電圧センサにより検出された前記電解スタックの電圧が前記目標値に達すると前記電流センサにより検出されたスタック電流が上昇し、前記電圧センサにより検出された前記電解スタックの電圧が前記目標値を下回ると前記電流センサにより検出されたスタック電流が低下するように、前記電力供給部を制御することを特徴とする二酸化炭素電解装置。
【請求項7】
請求項1に記載の二酸化炭素電解装置において、
前記制御部は、前記電圧センサにより検出された前記電解スタックの電圧が、前記上限値に準じて設定された最高値に達すると、前記電解スタックへの電力の供給を停止するように前記電力供給部を制御することを特徴とする二酸化炭素電解装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二酸化炭素を電解還元する二酸化炭素電解装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、二酸化炭素を電解還元する装置が知られている(例えば特許文献1参照)。上記特許文献1記載の装置では、二酸化炭素が溶解した強アルカリ水溶液からなる電解液をカソードとアノードの間に設けられた液流路に流し、カソードで電解液中の溶存二酸化炭素を電解還元する。
【0003】
排気ガスや大気中の二酸化炭素を回収し、炭素源として利用することで、炭素排出量を低減し、気候変動の緩和または影響軽減に寄与することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
電解スタックのカソードとアノードとの間に設けられる隔膜としては、アニオン交換型の固体高分子電解質膜(AEM(Anion Exchange Membrane))を用いることができるが、AEMは耐久性に乏しいため、AEMを劣化させることなく電解スタックの起動時間を短縮することが難しい。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一態様である二酸化炭素電解装置は、アニオン交換型の固体高分子電解質膜を含む隔膜と、隔膜により隔てられたアノードとカソードとを有する電解スタックと、カソードに隣接して設けられたガス流路に二酸化炭素を供給する二酸化炭素供給部と、電解スタックに電力を供給する電力供給部と、電解スタックの電圧を検出する電圧センサと、電解スタックの温度を検出する温度センサと、電力供給部を制御する制御部と、を備える。制御部は、電力供給部から電解スタックへの電力の供給を開始した後、電解スタックの温度が所定温度に達するまでの起動期間中、電圧センサにより検出された電解スタックの電圧と温度センサにより検出された電解スタックの温度とに基づいて、電解スタックの電圧が、電解スタックの温度に対応して予め定められた電解スタックの電圧の上限値以下となるように、電力供給部を制御する。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、AEMを劣化させることなく電解スタックの起動時間を短縮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】本発明の実施形態に係る二酸化炭素電解装置の電解スタックの一例を模式的に示す断面図。
【
図2】本発明の実施形態に係る二酸化炭素電解装置の全体構成の一例を概略的に示すブロック図。
【
図3】本発明の実施形態に係る二酸化炭素電解装置の制御構成の一例を概略的に示すブロック図。
【
図4】スタック電圧の適正範囲について説明するための図。
【
図5】起動時のスタック電圧が過剰となる場合について説明するための図。
【
図6】スタック温度が定格温度に達するまでに時間がかかる場合について説明するための図。
【
図7】スタック電圧を目標値に合わせる場合について説明するための図。
【
図8】スタック電圧が目標値に達したときのスタック電流の目標値について説明するための図。
【
図9】スタック電圧が最高値に達した場合について説明するための図。
【
図10】本発明の実施形態に係る二酸化炭素電解装置によるスタック起動処理の一例を示すフローチャート。
【
図11】本発明の実施形態に係る二酸化炭素電解装置によるスタック電流目標値算出処理の一例を示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、
図1~
図11を参照して本発明の実施形態について説明する。地球の平均気温は、大気中の温室効果ガスにより、生物に適した温暖な状態に保たれている。具体的には、太陽光で暖められた地表面から宇宙空間へと放射される熱の一部を温室効果ガスが吸収し、地表面へと再放射することで、大気が温暖な状態に保たれている。このような大気中の温室効果ガスの濃度が増加すると、地球の平均気温が上昇する(地球温暖化)。
【0010】
温室効果ガスの中でも地球温暖化への寄与が大きい二酸化炭素の大気中における濃度は、植物や化石燃料として地上や地中に固定された炭素と、二酸化炭素として大気中に存在する炭素とのバランスによって決定される。例えば、植物の生育過程での光合成により大気中の二酸化炭素が吸収されると大気中の二酸化炭素濃度が減少し、化石燃料の燃焼により二酸化炭素が大気中に放出されると大気中の二酸化炭素濃度が増加する。地球温暖化を抑制するには、化石燃料を太陽光、風力、水力、地熱、あるいはバイオマス等の再生可能エネルギーで代替し、炭素排出量を低減することが必要となる。
【0011】
排気ガスや大気中から回収された二酸化炭素を炭素源として利用することで、炭素排出量を低減することができる。本発明の実施形態に係る二酸化炭素電解装置では、二酸化炭素を電解還元して炭素化合物を生成することで炭素源として利用する。
【0012】
図1は、本発明の実施形態に係る二酸化炭素電解装置(以下、装置)100の電解スタック10の一例を模式的に示す断面図である。
図1に示すように、電解スタック10は、アノード部11aとカソード部11bとの間に隔膜としてアニオン交換型の固体高分子電解質膜(AEM(Anion Exchange Membrane))12を挟み込んだ電解セルあるいは電解セルを積層(直列接続)した電解スタックとして構成される。
【0013】
アノード部11aおよびカソード部11bは、AEM12により互いに隔てられ、それぞれ液流路13a,13bと、電極触媒14a,14bと、ガス流路15a,15bと、を含む。液流路13a,13bとガス流路15a,15bとは、それぞれ電極触媒14a,14bに隣接して設けられる。
【0014】
液流路13a,13bには、電解スタック10の外部から水酸化カリウム水溶液等の強アルカリ水溶液からなる電解液を導入し、流通させることができる。液流路13a,13bから流出した電解液を再び液流路13a,13bに導入し、循環させてもよい。
【0015】
カソード部11bのガス流路15bには、電解スタック10の外部から二酸化炭素を供給することができる。また、ガス流路15a,15bを介して、電解反応により生じたガスを電解スタック10の外部に排出することができる。
【0016】
アノード部11aの電極触媒14a(アノード)は、ニッケル等の非貴金属または白金等の貴金属で構成され、電解スタック10の外部に設けられた直流電源(以下、電解電源)20の正極に接続される。カソード部11bの電極触媒14b(カソード)は、銅等で構成され、電解電源20の負極に接続される。
【0017】
電解電源20から電解スタック10に電力が供給されると、電力の大きさに応じてアノードとカソードとの間に電位差が生じ、電位差が電解電圧に達すると電解反応が進行する。より具体的には、カソード部11bの液流路13bと電極触媒14bとガス流路15bとの三相界面では、電解反応により二酸化炭素が還元されてエチレン等の炭素化合物が生成する。例えば、下式(i),(ii)の電解反応によりエチレンが生成する。また、下式(iii)の電解反応により電解液中の水が還元されて水酸化物イオンが生成する。カソード部11bで生成した炭素化合物(気体)および水素(気体)は、ガス流路15bを介して電解スタック10の外部に排出される。
CO2+H2O→CO+2OH- ・・・(i)
2CO+8H2O→C2H4+8OH-+2H2O ・・・(ii)
2H2O→H2+2OH- ・・・(iii)
【0018】
一方、カソード部11bで生成した水酸化物イオンは、カソード部11bの液流路13bの電解液中を移動した後、AEM12を透過し、アノード部11aの液流路13aの電解液中をアノード部11aの電極触媒14aとの界面まで移動する。アノード部11aの電極触媒14aの表面では、下式(iv)の電解反応により水酸化物イオンが酸化されて酸素が生成する。アノード部11aで生成した酸素(気体)は、ガス流路15aを介して電解スタック10の外部に排出され、水(液体)は、そのまま液流路13aを流通、循環する。
4OH-→O2+2H2O ・・・(iv)
【0019】
図2は、装置100の全体構成の一例を概略的に示すブロック図である。
図2に示すように、装置100は、電解スタック10と、電解スタック10に電力を供給する電解電源20と、電解スタック10に二酸化炭素を供給する二酸化炭素供給部30と、電解スタック10に電解液を供給する電解液供給部40a,40bと、を備える。
【0020】
電解スタック10には、電解スタック10の電圧(以下、スタック電圧)、より具体的には、電解電源20により供給される電力により電解スタック10のアノードとカソードとの間に生じる電位差を検出する電圧センサ16が設けられる。電圧センサ16は、コントローラ90(
図3)に接続され、電圧センサ16のセンサ値は、コントローラ90に出力される。
【0021】
電解スタック10には、電解スタック10の電流(以下、スタック電流)、より具体的には、電解電源20の正極から電解スタック10のアノードおよびカソードを通って電解電源20の負極まで流れる電流を検出する電流センサ17も設けられる。電流センサ17は、コントローラ90(
図3)に接続され、電流センサ17のセンサ値は、コントローラ90に出力される。
【0022】
電解スタック10には、電解スタック10の代表温度(以下、スタック温度)を検出する温度センサ18も設けられる。温度センサ18は、電解スタック10の代表温度として、例えばAEM12の表面温度を検出する。温度センサ18は、コントローラ90(
図3)に接続され、温度センサ18のセンサ値は、コントローラ90に出力される。
【0023】
電解電源20は、直流電力を電解スタック10に供給する発電装置として構成される。電解電源20の正極は、電解スタック10のアノード(アノード部11aの電極触媒14a)に接続され、電解電源20の負極は、電解スタック10のカソード(カソード部11bの電極触媒14b)に接続される。
【0024】
二酸化炭素供給部30は、ポンプ等を含んで構成される。二酸化炭素供給部30は、配管31を介して電解スタック10のカソード部11bのガス流路15b入口に接続され、所定濃度以上の二酸化炭素を含む空気を圧送することで、電解スタック10に二酸化炭素(気体)を供給する。所定濃度以上の二酸化炭素を含む空気は、化石燃料の燃焼を伴う装置や設備からの排気ガスであってもよく、濃縮装置により二酸化炭素が濃縮された大気であってもよい。二酸化炭素供給部30は、コントローラ90(
図3)により制御される。
【0025】
電解液供給部40a,40bは、それぞれポンプ等を含んで構成される。電解液供給部40a,40bは、それぞれ配管41a,41bを介して電解スタック10の液流路13a,13b入口に接続され、電解液を圧送することで、電解スタック10に電解液を供給する。電解液供給部40a,40bには、それぞれ不図示の配管を介して電解スタック10の液流路13a,13b出口から電解液が還流される。
【0026】
図3は、装置100の制御構成の一例を概略的に示すブロック図である。
図3に示すように、装置100は、さらに、電解電源20、二酸化炭素供給部30および電解液供給部40a,40bを制御するコントローラ90を備える。コントローラ90には、電圧センサ16と電流センサ17と温度センサ18とがそれぞれ接続される。コントローラ90は、CPUなどの演算部91、ROM,RAMなどの記憶部92、およびその周辺回路などを有するコンピュータを含んで構成される。コントローラ90の記憶部92には、演算部91が実行するプログラムや設定値等の情報が記憶される。
【0027】
コントローラ90の演算部91は、電圧センサ16、電流センサ17、および温度センサ18により検出されたスタック電圧、スタック電流、およびスタック温度に基づいて、電解電源20、二酸化炭素供給部30および電解液供給部40a,40bを制御する。特に、電解電源20から電解スタック10への電力の供給を開始した後、スタック温度が室温から定格温度(例えば60~70℃程度)に達するまでの起動期間中、スタック電圧が適正範囲となるように、電解電源20を制御する。
【0028】
図4は、スタック電圧の適正範囲について説明するための図である。電解スタック10の起動期間中は、電解スタック10を構成するAEM12等の温度が低く、水酸化物イオンがAEM12を透過するときの抵抗を含む電解スタック10の内部抵抗が大きい。このため、スタック電圧が過剰となり、電解スタック10を構成する電極触媒14a,14bやAEM12等を劣化させることがある。一方、スタック電圧が電解反応(式(i)~(iv))に必要な電解電圧を下回ると、電解反応が進行しないため、電力を供給したにもかかわらず所望の生成物(エチレン等の炭素化合物)が得られず、装置100全体の効率が低下する。したがって、電解スタック10の構成部品を劣化させず、かつ、装置100全体の効率を低下させないためには、
図4に示すような適正範囲内で電解スタック10を運転することが必要となる。
【0029】
このようなスタック電圧の上下限値は、スタック温度に応じて変化する。スタック温度とスタック電圧の上下限値との関係を示す特性(
図4の実線)は、予め試験により定められ、例えば特性マップとしてコントローラ90の記憶部92に記憶される。このようなスタック電圧の上下限値は、生成する炭素化合物ごとの理論電解電圧値に基づいて予め定められる。さらに、電解スタック10の寿命初期から寿命末期までの経年劣化の程度に基づいて予め定められてもよい。
【0030】
コントローラ90の記憶部92には、予め定められたスタック電圧とスタック電流との関係を表す電流電圧(IV)特性も記憶される。スタック電流が増加するほど電解スタック10の内部抵抗が大きくなり、スタック電圧が低下する。また、スタック温度が上がるほど電解スタック10の内部抵抗が小さくなり、スタック電流が増加し、スタック電圧が低下する。スタック温度ごとのIV特性は、スタック温度を変化させながら試験を行うことで予め定められ、例えばスタック温度ごとの特性マップとしてコントローラ90の記憶部92に記憶される。
【0031】
図4に示すように、スタック電圧の上下限値に対し、電圧センサ16のセンサ誤差等に基づいて上限値よりも低い最高値および下限値よりも高い最低値が予め設定される。また、電解スタック10の電解効率等に基づいて、最高値よりもさらに低い目標値が予め設定される。スタック温度とスタック電圧の最低値、最高値および目標値との関係を示す特性(
図4の破線)も、上下限値と同様に、予め試験により定められ、例えば特性マップとしてコントローラ90の記憶部92に記憶される。
【0032】
図5は、起動時のスタック電圧が過剰となる場合について説明するための図である。
図5に示すように、電解スタック10の起動期間中、特に電解電源20から電解スタック10への電力供給を開始した直後は、電解スタック10を構成するAEM12等の温度が低く、電解スタック10の内部抵抗が大きい。このような期間に、スタック電圧を監視、制限せずに電力を供給すると、スタック電圧が目標値を超えて過剰となり、電解スタック10を構成するAEM12等を劣化させることがある。
【0033】
図6は、スタック温度が定格温度に達するまでに時間がかかる場合について説明するための図である。電解スタック10に電力が供給され、アノードとカソードとの間の電位差が電解電圧に達すると、電解反応(式(i)~(iv))が進行し、水酸化物イオン等の移動に伴って電解スタック10を構成するAEM12等の温度が上昇し、スタック温度が上昇する。スタック温度が上昇すると、電解スタック10の内部抵抗が小さくなり、スタック電流が増加し、スタック電圧が低下する。
図6に示すように、スタック電圧を上げることなく電解スタック10への電力供給を行う場合は、
図5に示すようにスタック電圧が過剰になることを回避できるものの、スタック温度が定格温度に達するまでに時間が長くなる。
【0034】
図7は、スタック電圧を目標値に合わせる場合について説明するための図である。
図7に示すように、コントローラ90の演算部91は、電圧センサ16により検出されたスタック電圧が、温度センサ18により検出されたスタック温度に対応して予め定められた目標値(
図4)に近付くように、電解電源20を制御する。より具体的には、スタック電圧が目標値に達すると、電流センサ17により検出されたスタック電流が上昇するように電解電源20を制御し、スタック電圧が目標値を下回ると、スタック電流が低下するように電解電源20を制御する。これにより、スタック電圧が
図4の適正範囲内の上限値付近に維持されるため、電解スタック10を構成するAEM12等を劣化させない範囲で早期に昇温させ、スタック温度が定格温度に達するまでの電解スタック10の起動時間を短縮することができる。
【0035】
図8は、スタック電圧が目標値に達したときのスタック電流の目標値について説明するための図である。
図8に示すように、コントローラ90の演算部91は、スタック電圧が目標値に達すると、スタック電流の目標値を上げ、スタック電流が上昇するように電解電源20を制御する。また、スタック電圧が目標値を下回ると、スタック電流の目標値を下げ、スタック電流が低下するように電解電源20を制御する。このとき、スタック電流の目標値は、電解スタック10を構成するAEM12等を劣化させない適正範囲内で設定される。このようなスタック電流の適正範囲(上下限値)は、スタック温度に応じて変化する。スタック温度とスタック電流の上下限値との関係を示す特性は、予め試験により定められ、例えば特性マップとしてコントローラ90の記憶部92に記憶される。
【0036】
図9は、スタック電圧が最高値(
図4)に達した場合について説明するための図である。
図9に示すように、コントローラ90の演算部91は、スタック電圧が最高値に達すると、電解スタック10への電力の供給を停止するように電解電源20を制御する。これにより、電解スタック10を構成するAEM12等の劣化を確実に防止することができる。
【0037】
図10は、装置100によるスタック起動処理の一例を示すフローチャートであり、コントローラ90の演算部91により実行される処理の一例を示す。このフローチャートに示す処理は、電解スタック10の起動が指令されると開始される。
【0038】
図10に示すように、先ずステップS1で、電解スタック10に電解液を供給するように電解液供給部40a,40bを制御する。次いでステップS2で、電解スタック10に二酸化炭素(気体)を供給するように二酸化炭素供給部30を制御する。次いでステップS3で、温度センサ18により検出されたスタック温度を読み込む。
【0039】
次いでステップS4で、ステップS3で読み込まれたスタック温度が、電解電源20から電解スタック10への電力供給を開始した直後における正常な温度範囲内(例えば、室温)であるか否かを判定する。ステップS4で否定されるとステップS3に戻り、肯定されるとステップS5に進む。ステップS5では、電解スタック10への電力供給を開始するように電解電源20を制御する。次いでステップS6に進み、スタック電流目標値算出処理を実行する。
【0040】
図11は、装置100によるスタック電流目標値算出処理の一例を示すフローチャートであり、コントローラ90の演算部91により実行される処理の一例を示す。このフローチャートに示す処理は、所定時間毎に繰り返し実行される。
【0041】
図11に示すように、先ずステップS10で、電圧センサ16、電流センサ17、および温度センサ18によりそれぞれ検出されたスタック電圧、スタック電流、およびスタック温度を読み込む。次いでステップS11で、ステップS10で読み込まれたスタック温度が定格温度未満であるか否かを判定する。ステップS11で否定されると処理を終了し、肯定されるとステップS12に進む。ステップS12では、ステップS10で読み込まれたスタック電圧が目標値(
図4)未満であるか否かを判定する。
【0042】
ステップS12で肯定されると、ステップS13に進み、スタック電流の目標値(
図8)を、前回値から所定値を減算することで下げ、スタック電流が低下するように電解電源20を制御する。次いでステップS14で、ステップS13で算出されたスタック電流の目標値が下限値未満であるか否かを判定する。ステップS14で肯定されると、ステップS15に進み、スタック電流の目標値を下限値に設定する。ステップS14で否定されると、スタック電流の目標値をステップS13で算出された値に設定する。
【0043】
ステップS12で否定されると、ステップS16に進み、ステップS10で読み込まれたスタック電圧が最高値(
図4)未満であるか否かを判定する。ステップS16で肯定されると、ステップS17に進み、スタック電流の目標値(
図8)を、前回値に所定値を加算することで上げ、スタック電流が上昇するように電解電源20を制御する。次いでステップS18で、ステップS17で算出されたスタック電流の目標値が上限値を超えているか否かを判定する。ステップS18で肯定されると、ステップS19に進み、スタック電流の目標値を上限値に設定する。ステップS18で否定されると、スタック電流の目標値をステップS17で算出された値に設定する。ステップS16で否定されると、ステップS20に進み、電解スタック10への電力供給を停止するように電解電源20を制御する。
【0044】
このように、スタック電圧を目標値(
図4)に合わせ、適正範囲内の上限値付近に維持することで(ステップS10~S15,S17~S19)、AEM12等を劣化させない範囲で電解スタック10を早期に昇温させ、起動時間を短縮することができる。また、スタック電圧が最高値に達すると電解スタック10への電力の供給を停止するように電解電源20を制御することで(ステップS16,S20)、電解スタック10を構成するAEM12等の劣化を確実に防止することができる。
【0045】
本実施形態によれば以下のような作用効果を奏することができる。
(1)装置100は、AEM12と、AEM12により隔てられたアノード部11aの電極触媒14aとカソード部11bの電極触媒14bとを有する電解スタック10と、カソード部11bの電極触媒14bに隣接して設けられたガス流路15bに二酸化炭素を供給する二酸化炭素供給部30と、電解スタック10に電力を供給する電解電源20と、スタック電圧を検出する電圧センサ16と、スタック温度を検出する温度センサ18と、電解電源20を制御するコントローラ90と、を備える(
図1~
図3)。
【0046】
コントローラ90は、電解電源20から電解スタック10への電力の供給を開始した後、スタック温度が所定温度に達するまでの起動期間中、電圧センサ16により検出されたスタック電圧と温度センサ18により検出されたスタック温度とに基づいて、スタック電圧が、スタック温度に対応して予め定められたスタック電圧の上限値以下となるように、電解電源20を制御する。このように、スタック電圧を適正範囲(
図4)内、特に上限値以下に維持することで、電解スタック10を構成するAEM12等を劣化させることなく早期に昇温させ、電解スタック10の起動時間を短縮することができる。
【0047】
(2)コントローラ90は、さらに、起動期間中、電圧センサ16により検出されたスタック電圧と温度センサ18により検出されたスタック温度とに基づいて、スタック電圧が、スタック温度に対応して予め定められたスタック電圧の下限値以上となるように、電解電源20を制御する。このように、スタック電圧を適正範囲(
図4)内、特に下限値以上に維持することで、起動期間中にも電解反応(式(i)~(iv))を進行させ、装置100全体の効率を向上することができる。
【0048】
(3)上限値は、電解スタック10の経年劣化の程度に基づいて予め定められる。これにより、電解スタック10の経年劣化の程度にかかわらず電解スタック10を構成するAEM12等の劣化を確実に防止することができる。
【0049】
(4)下限値は、電解スタック10の経年劣化の程度に基づいて予め定められる。これにより、電解スタック10の経年劣化の程度にかかわらず起動期間中にも電解反応(式(i)~(iv))を確実に進行させることができる。
【0050】
(5)コントローラ90は、予め電圧センサ16のセンサ誤差と電解スタック10の電解効率とに基づいて設定された、上限値よりも低い目標値以下となるように、電解電源20を制御する。これにより、電解スタック10を構成するAEM12等の劣化を一層確実に防止することができる。
【0051】
(6)装置100は、スタック電流を検出する電流センサ17をさらに備える(
図2、
図3)。コントローラ90は、起動期間中、電圧センサ16により検出されたスタック電圧が目標値に達すると電流センサ17により検出されたスタック電流が上昇し、電圧センサ16により検出されたスタック電圧が目標値を下回ると電流センサ17により検出されたスタック電流が低下するように、電解電源20を制御する。すなわち、スタック電圧とスタック電流との間には一定の相関関係(IV特性)があるため、スタック電流を調整することでスタック電圧を調整することができる。このようにスタック電流を介してスタック電圧を調整することで、スタック電流についても適正範囲内となるように管理することができるため、電解スタック10を構成するAEM12等の劣化を一層確実に防止することができる。
【0052】
(7)コントローラ90は、電圧センサ16により検出されたスタック電圧が、上限値に準じて設定された最高値に達すると、電解スタック10への電力の供給を停止するように電解電源20を制御する。これにより、電解スタック10を構成するAEM12等の劣化をより一層確実に防止することができる。
【0053】
上記実施形態では、
図1等で二酸化炭素が供給されるときに電解スタック10のカソード側で進行する電解反応を二酸化炭素からエチレンへの電解還元反応として説明したが、エチレンは一例であり、二酸化炭素の電解還元により生じる炭素化合物はエチレンに限定されない。また、二酸化炭素の電解還元により生じる炭素化合物は気体成分に限らず、例えばギ酸、酢酸、メタノール、エタノール等の液体成分であってもよい。
【0054】
以上の説明はあくまで一例であり、本発明の特徴を損なわない限り、上述した実施形態および変形例により本発明が限定されるものではない。上記実施形態と変形例の1つまたは複数を任意に組み合わせることも可能であり、変形例同士を組み合わせることも可能である。
【符号の説明】
【0055】
10 電解スタック、11a アノード部、11b カソード部、12 AEM、13a,13b 液流路、14a,14b 電極触媒、15a,15b ガス流路、16 電圧センサ、17 電流センサ、18 温度センサ、20 電解電源、30 二酸化炭素供給部、40a,40b 電解液供給部、90 コントローラ、91 演算部、92 記憶部、100 二酸化炭素電解装置(装置)