(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024074312
(43)【公開日】2024-05-31
(54)【発明の名称】車輪用転がり軸受装置
(51)【国際特許分類】
F16C 33/78 20060101AFI20240524BHJP
F16C 19/18 20060101ALI20240524BHJP
F16C 35/07 20060101ALI20240524BHJP
F16J 15/3268 20160101ALI20240524BHJP
B60B 35/14 20060101ALI20240524BHJP
【FI】
F16C33/78 Z
F16C19/18
F16C35/07
F16J15/3268
B60B35/14 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022185371
(22)【出願日】2022-11-21
(71)【出願人】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】110000280
【氏名又は名称】弁理士法人サンクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】吉岡 祐一
(72)【発明者】
【氏名】井上 宏文
【テーマコード(参考)】
3J043
3J117
3J216
3J701
【Fターム(参考)】
3J043AA17
3J043BA02
3J043BA06
3J043CA02
3J043CB13
3J043CB20
3J043DA20
3J043FB20
3J117AA02
3J117BA10
3J117CA06
3J117DA02
3J117DB08
3J216AA02
3J216AA14
3J216AB03
3J216BA30
3J216CA02
3J216CA04
3J216CB03
3J216CB07
3J216CB18
3J216CC03
3J216CC14
3J216CC15
3J216CC33
3J216CC41
3J216DA01
3J216EA03
3J216EA05
3J216FA03
3J701AA02
3J701AA32
3J701AA43
3J701AA54
3J701AA62
3J701AA72
3J701BA53
3J701BA57
3J701BA73
3J701DA09
3J701EA01
3J701EA49
3J701EA74
3J701FA01
3J701FA60
3J701GA03
(57)【要約】
【課題】車輪用転がり軸受装置において、スリンガの一部を用いて異音の発生を抑えることを可能とすると共に、スリンガが継手と供回りすることを抑制する。
【解決手段】内方部材12は、カップ部51によって軸方向他方側に押される軸方向端部を有する。密封装置15は、内方部材12に取り付けられたスリンガ31と、外方部材11に取り付けられたシール部材32とを有する。スリンガ31は、内方部材12の一部に嵌合して取り付けられたスリンガ本体34と、スリンガ本体34から径方向内方に延び前記軸方向端部とカップ部51との間に介在する延在部35とを有する。延在部35は、前記軸方向端部と接触する第一面36と、カップ部51と接触すると共に小さい摩擦係数をカップ部51との間に有する第二面37とを有する。スリンガ31と内方部材12との取り付け部20に、内方部材12とスリンガ31との相対回転変位を抑制する回り止め部40を有する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
内周に外側軌道面を有する外方部材と、
外周に内側軌道面を有する内方部材と、
前記外側軌道面と前記内側軌道面との間に設けられている転動体と、
前記外方部材と前記内方部材との間に形成される環状空間の軸方向一方側に装着された密封装置と、
を備え、
前記内方部材は、前記内方部材の軸方向一方側に位置するカップ部を有する継手と一体回転する車輪用転がり軸受装置であって、
前記内方部材は、前記カップ部によって軸方向他方側に押される軸方向端部を有し、
前記密封装置は、
エンコーダを有すると共に前記内方部材に取り付けられたスリンガと、
前記外方部材に取り付けられ前記スリンガと対向するシール部材と、を有し、
前記スリンガは、
前記内方部材の一部に嵌合して取り付けられたスリンガ本体と、
前記スリンガ本体から径方向内方に延び前記軸方向端部と前記カップ部との間に介在する延在部と、を有し、
前記延在部は、
前記軸方向端部と接触する第一面と、
前記カップ部と接触すると共に、前記内方部材と前記スリンガとの間の摩擦係数よりも小さい摩擦係数を前記カップ部との間に有する第二面と、を有し、
前記スリンガと前記内方部材との取り付け部に、前記内方部材の前記一部に対する前記スリンガ本体の嵌合による力を含む前記スリンガの取り付け力を高めることで前記内方部材と前記スリンガとの相対回転変位を抑制する回り止め部を有する、
車輪用転がり軸受装置。
【請求項2】
前記第二面は、前記カップ部との間の摩擦係数を低減するための表面処理部を有する、請求項1に記載の車輪用転がり軸受装置。
【請求項3】
前記回り止め部は、前記スリンガのうち前記内方部材と接触する面と、前記内方部材のうち前記スリンガと接触する面とのうち、いずれか一方の面に設けられていて、他方の面に対して食い込む凸部である、請求項1又は請求項2に記載の車輪用転がり軸受装置。
【請求項4】
前記凸部は、前記延在部の前記第一面、又は、前記第一面が接触する前記軸方向端部の端面に設けられている、請求項3に記載の車輪用転がり軸受装置。
【請求項5】
前記凸部は、前記内方部材と前記継手とが一体回転する回転方向に交差する向きの仮想線に沿って存在している、請求項3又は請求項4に記載の車輪用転がり軸受装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車輪用転がり軸受装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1に開示されているように、ドライブシャフトの回転動力を車輪用転がり軸受装置に伝達するため、ドライブシャフトは、転がり軸受装置が有する内方部材(中空軸部)と結合される等速自在継手(以下、「継手」と称する。)を有する。継手は、内方部材の軸方向端部に対して軸方向から接触するカップ部と、内方部材の貫通孔を貫通する軸部とを有する。その軸部の端部に雄ねじ部が設けられている。その雄ねじ部にナットを螺合させ締め付けることで、継手と内方部材とが一体となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
前記のような車輪用転がり軸受装置において、継手のカップ部と、内方部材の軸方向端部との間で、急激な滑りによる異音が発生する場合がある。なお、前記異音は、スティックスリップ音と呼ばれたり、カッチン音と呼ばれたりする。その異音は、可聴域の音となる場合がある。
【0005】
このような異音の発生メカニズムは、次のとおりである。
図8に示すように、継手90の軸部91と内方部材99とはスプライン嵌合している。軸部91は、スプライン軸部92と、非スプライン軸部95とを有する。スプライン軸部92とスプライン孔部93との間でトルク伝達が行われ、スプライン軸部92では捻じれが生じない。これに対して、軸部91とカップ部94との境界部分、及び、非スプライン軸部95の少なくとも一方では、捻じれが生じ得る。
【0006】
このような捻じれが生じようとしても、内方部材99の軸方向端部となるカシメ部98とカップ部94とは押し付け合う状態にあるため、相互間の摩擦力(静止摩擦力)によって、車の定常走行時では、カシメ部98とカップ部94との間に滑りが生じない。しかし、車の発進時等では、継手90から内方部材99に伝達されるトルクが急増することがある。すると、前記摩擦力に抗して、カシメ部98とカップ部94との間に微小な滑りが生じ、これに伴い異音が生じる。
【0007】
そこで、特許文献1では、カシメ部98とカップ部94との間に、プレート97が介在する。そのプレート97は、カップ部94との間の摩擦係数(静摩擦係数)を小さくするための面(低μ面)を有する。これにより、プレート97に対してカップ部94を意図的に滑らせ、前記のような捻じれる力が蓄積されないようにし、異音を抑制しようとしている。
【0008】
ここで、車輪用転がり軸受装置は、外方部材100と内方部材99との間に形成される環状空間に装着された密封装置96を有する。密封装置96は、外方部材100に取り付けられるシール部材96aと、内方部材99に取り付けられシール部材96aと対向する金属製のスリンガ96bとを有する。
【0009】
本発明の発明者は、図示しないが、密封装置が有するスリンガの一部を延長し、その延長した部分(延長部)を、前記プレート97の代わりに用いるという車輪用転がり軸受装置を発明した。
【0010】
スリンガはエンコーダ(着磁ゴム)を有する。そのエンコーダをセンサが検出することで車輪の回転状態を監視して走行制御する機能が、車両に搭載されている。その機能の一つとしてABSが知られている。
【0011】
前記のとおりスリンガの一部を延長し、その一部をカップ部と内方部材の軸方向端部との間に介在させ、前記異音を抑制する構成を採用した場合、次の課題が生じる。つまり、内方部材に嵌合により取り付けられているスリンガが、カップ部との間の摩擦力によって、内方部材との間の嵌合力に抗して、カップ部(継手)と供回りすることが考えられる。スリンガはエンコーダを有していることから、前記供回りが生じると、車輪の回転状態を正確に監視できないおそれがある。
【0012】
そこで、本発明は、継手と内方部材との間における異音の発生を、スリンガの一部を用いて抑えることを可能とすると共に、スリンガが継手と供回りすることを抑制することが可能となる車輪用転がり軸受装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
(1)本発明は、
内周に外側軌道面を有する外方部材と、
外周に内側軌道面を有する内方部材と、
前記外側軌道面と前記内側軌道面との間に設けられている転動体と、
前記外方部材と前記内方部材との間に形成される環状空間の軸方向一方側に装着された密封装置と、
を備え、
前記内方部材は、前記内方部材の軸方向一方側に位置するカップ部を有する継手と一体回転する車輪用転がり軸受装置であって、
前記内方部材は、前記カップ部によって軸方向他方側に押される軸方向端部を有し、
前記密封装置は、
エンコーダを有すると共に前記内方部材に取り付けられたスリンガと、
前記外方部材に取り付けられ前記スリンガと対向するシール部材と、を有し、
前記スリンガは、
前記内方部材の一部に嵌合して取り付けられたスリンガ本体と、
前記スリンガ本体から径方向内方に延び前記軸方向端部と前記カップ部との間に介在する延在部と、を有し、
前記延在部は、
前記軸方向端部と接触する第一面と、
前記カップ部と接触すると共に、前記内方部材と前記スリンガとの間の摩擦係数よりも小さい摩擦係数を前記カップ部との間に有する第二面と、を有し、
前記スリンガと前記内方部材との取り付け部に、前記内方部材の前記一部に対する前記スリンガ本体の嵌合による力を含む前記スリンガの取り付け力を高めることで前記内方部材と前記スリンガとの相対回転変位を抑制する回り止め部を有する。
【0014】
前記車輪用転がり軸受装置によれば、スリンガが有する延在部は、内方部材の軸方向端部と継手のカップ部との間に介在する。延在部の第二面とカップ部との間の摩擦係数は低いため、内方部材に取り付けられているスリンガの延在部に対して、継手(カップ部)はある程度の滑りが許容される。これにより、異音の発生を抑えることが可能となる。
スリンガ(延在部)は、継手(カップ部)との間に生じる摩擦力によって回転力が付与され、スリンガは継手と供回りしようとする。しかし、回り止め部は、スリンガの取り付け力を高めることで前記供回りを抑制する。その結果、スリンガはエンコーダを有するが、そのエンコーダを用いた制御の誤作動を防ぐことが可能となる。
【0015】
(2)好ましくは、前記第二面は、前記カップ部との間の摩擦係数を低減するための表面処理部を有する。
前記構成によれば、カップ部と第二面との間の摩擦係数を小さくすることが容易である。
【0016】
(3)前記回り止め部は様々な手段により構成可能であるが、好ましくは、前記回り止め部は、前記スリンガのうち前記内方部材と接触する面と、前記内方部材のうち前記スリンガと接触する面とのうち、いずれか一方の面に設けられていて、他方の面に対して食い込む凸部である。
前記構成によれば、凸部が、接触相手の面に食い込むことで、スリンガと内方部材との相対回転変位を抑制する回り止め部が得られる。
【0017】
(4)凸部はスリンガ本体に設けられていてもよい。この場合、そのスリンガ本体を、内方部材の一部に対して嵌合により取り付ける際に、凸部が擦れて潰れる可能性がある。そこで、好ましくは、前記凸部は、前記延在部の前記第一面、又は、前記第一面が接触する前記軸方向端部の端面に設けられている。
前記構成によれば、スリンガ本体の取り付けの際に、凸部が潰れない。内方部材の軸方向端部は、カップ部によって、延在部を介して、軸方向に押される。その軸方向に押される荷重により、凸部を相手部材に食い込ませることが可能となる。
【0018】
(5)好ましくは、前記凸部は、前記内方部材と前記継手とが一体回転する回転方向に交差する向きの仮想線に沿って存在している。
前記構成によれば、スリンガが継手と供回りすることを効果的に抑制することが可能である。
【発明の効果】
【0019】
本発明の車輪用転がり軸受装置によれば、密封装置が有するスリンガの一部を用いて、継手と内方部材との間における異音の発生を抑えることが可能であり、そのスリンガが継手と供回りすることを抑制することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】
図1は、本発明の車輪用転がり軸受装置の一例を示す断面図である。
【
図2】
図2は、カップ部及び内方部材の車両インナ側の端部を示す断面図である。
【
図3】
図3は、スリンガの延在部を車両アウタ側から見た場合の概略説明図である。
【
図4】
図4は、凸部の形成方法を示す説明図である。
【
図5】
図5は、回り止め部の変形例を示す概略説明図である。
【
図6】
図6は、回り止め部の別の変形例を示す概略説明図である。
【
図7】
図7は、回り止め部の別の変形例を示す概略説明図である。
【
図8】
図8は、従来の車輪用転がり軸受装置の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
図1は、本発明の車輪用転がり軸受装置の一例を示す断面図である。
図1に示す車輪用転がり軸受装置10(以下、「軸受装置10」と称する。)は、自動車に用いられる車輪用の軸受装置であり、ハブユニットとも呼ばれる。軸受装置10は、自動車の車体に設けられている懸架装置に取り付けられ、車輪7およびブレーキ装置のディスクロータ(図示せず)を回転自在に支持する。
【0022】
ドライブシャフトの回転動力が軸受装置10に伝達される。そのドライブシャフトは、軸受装置10(後述の内方部材12)と結合される等速自在継手50(以下、「継手50」と称する。)を有する。
図1では、継手50の一部が示されている。
【0023】
軸受装置10は、円筒形状の外方部材11と、その径方向内側に位置する部分を有する内方部材12と、外方部材11と内方部材12との間に二列となって設けられている複数の玉(転動体)13と、複数の玉13を保持する環状の保持器14と、第一の密封装置15と、第二の密封装置19とを備える。無負荷状態で、外方部材11の中心線と内方部材12の中心線とは一致する。これらの中心線を軸受装置10の中心線Cとする。
図1は、中心線Cを含む面における断面図である。
【0024】
本開示の軸受装置10に関して、各方向について定義する。軸受装置10の中心線Cに沿う方向が「軸方向」である。この軸方向に、中心線Cに平行な方向も含まれる。軸受装置10において、軸方向一方側(
図1の左側)が車両インナ側であり、その反対となる軸方向他方側(
図1の右側)が車両アウタ側である。中心線Cに直交する方向が「径方向」である。中心線Cを中心とする円に沿った方向が「周方向」である。内方部材12が中心線C回りに回転する方向が「周方向」となる。
【0025】
外方部材11は、その外周に、懸架装置の一部(図示せず)に固定される固定フランジ部21を有する。外方部材11は、その内周に第一の外側軌道面22aと第二の外側軌道面22bとを有する。
【0026】
内方部材12は、内軸16と、内軸16の車両インナ側に取り付けられている内輪17とを有する。内軸16は、軸本体25と、車輪7などを取り付けるフランジ部26とを有する。フランジ部26は、軸本体25の車両アウタ側の端部25aから径方向外側に延びて設けられている。内輪17は、軸本体25の車両インナ側の部分25bに締め代を有して固定されている。
【0027】
内輪17は、その外周に第一の内側軌道面24aを有する。内軸16は、その外周に第二の内側軌道面24bを有する。内軸16に、軸方向に貫通する貫通孔27が設けられている。貫通孔27の中心線は、軸受装置10の中心線Cと一致する。貫通孔27は、継手50が有する軸部52とスプライン嵌合するスプライン孔部28と、軸部52とスプライン嵌合しない非スプライン孔部29とを有する。
【0028】
車両インナ側の列に含まれる玉13は、第一の外側軌道面22aと第一の内側軌道面24aとの間に設けられていて、第一の外側軌道面22aと第一の内側軌道面24aとに対して接触角を有して接触する。車両アウタ側の列に含まれる玉13は、第二の外側軌道面22bと第二の内側軌道面24bとの間に設けられていて、第二の外側軌道面22bと第二の内側軌道面24bとに対して接触角を有して接触する。
【0029】
内方部材12に、継手50から回転動力(回転トルク)が伝達される。継手50は、カップ部51と、そのカップ部51から車両アウタ側に延びて設けられている軸部52とを有する。軸部52は、内軸16の貫通孔27を貫通する。カップ部51は、車両インナ側に向かって開口する有底円筒形状を有する。カップ部51は、軸部52よりも直径が大きい。カップ部51は、円筒部51aと、円筒部51aを車両アウタ側で閉じる底部51bとを有する。底部51bの外周側の部分が、カップ部51の肩部51cとなる。
【0030】
図2は、カップ部51及び内方部材12の車両インナ側の端部を示す断面図である。カップ部51は、内方部材12の車両インナ側に位置する。カップ部51(肩部51c)の車両アウタ側の側面55は、内輪17の車両インナ側の側面18と軸方向について対向して位置する。カップ部51の側面55と、内輪17の側面18との間に、後述するスリンガ31の一部(延在部35)が介在している。
【0031】
図1において、継手50の軸部52は、内軸16のスプライン孔部28とスプライン嵌合するスプライン軸部53と、内軸16とスプライン嵌合しない非スプライン軸部54とを有する。非スプライン軸部54と非スプライン孔部29とは径方向について対向する。軸部52の車両アウタ側に、雄ねじ部56が設けられている。
【0032】
軸受装置10は、継手50と内方部材12とを結合するために締結部材30を備える。締結部材30は、ナットであり、雌ねじ部30aを有する。雌ねじ部30aを軸部52の雄ねじ部56に締め付けることで、締結部材30は、軸本体25の車両アウタ側の面に密着する。雄ねじ部56に対する締結部材30の締め付けトルクを大きくすることで、継手50の軸部52に大きな軸方向の力(軸力)が付与される。内方部材12の軸方向端部である内輪17とカップ部51(肩部51c)とは、延在部35を介して、相互で軸方向に押し付け合う状態になる。以上より、内方部材12は、継手50と一体回転可能となる。
【0033】
〔第一の密封構造15〕
図2に示すように、第一の密封装置15は、外方部材11と内方部材12との間に形成される環状空間Kの車両インナ側に装着されている。第一の密封装置15は、スリンガ31とシール部材32とを有する。シール部材32は、外方部材11の車両インナ側の端部11aの内周面に取り付けられている。スリンガ31は、内輪17が有する肩部17aの外周面に取り付けられている。シール部材32は、スリンガ31と対向する。スリンガ31は、エンコーダ33として機能する着磁ゴムを有する。
【0034】
スリンガ31は、環状のスリンガ本体34と、スリンガ本体34から径方向内方に延びて設けられている延在部35とを有する。スリンガ31は、金属製の薄板をプレスによって成型して製造される。スリンガ本体34は、内方部材12の一部である内輪17に嵌合して取り付けられている。
【0035】
スリンガ本体34は、円環部34aと、第一円筒部34bと、第二円筒部34cとを有する。第一円筒部34bが肩部17aの外周面に嵌合する。これにより、スリンガ31は内輪17に取り付けられる。第二円筒部34cは、第一円筒部34bの外周側に位置し第一円筒部34bと重なる。円環部34aは第二円筒部34cから径方向外方に延びている部分である。第一円筒部34bと第二円筒部34cとは180度の折れ曲がり部を介して連続している。第二円筒部34cと円環部34aとは90度の折れ曲がり部を介して連続している。エンコーダ33は、円環部34aに固定されている。
【0036】
延在部35は、第一円筒部34bと90度の折れ曲がり部を介して連続している。延在部35は、円環状である。延在部35は、内輪17とカップ部51(肩部51c)との間に介在する。
【0037】
延在部35は、内輪17と接触する第一面36と、カップ部51(肩部51c)と接触する第二面37とを有する。第二面37は、カップ部51(肩部51cの側面55)との間の摩擦係数を低減するための表面処理部38を有する。表面処理部38は、第二面37に付されている例えばフッ素系の皮膜である。第二面37は、カップ部51との間の摩擦係数(静摩擦係数)を小さくするための低摩擦面(低μ面)を有する。
【0038】
表面処理部38は、別の手段であってもよい。円環部34aにエンコーダ33である着磁ゴムが固定されており、そのために、円環部34a及び延在部35を含むスリンガ31の金属部分に接着剤が付されている。その接着剤による膜により、表面処理部38が構成されていてもよい。または、延在部35の第二面37にブラスト処理が施され、そのブラスト面が表面処理部38であってもよい。
【0039】
表面処理部38により、第二面37は、カップ部51の側面55との間において、低い摩擦係数を有する。第二面37とカップ部51の側面55との間の摩擦係数は、内輪17の側面18と第一面36との間の摩擦係数よりも小さい。
【0040】
〔スリンガ31の回り止め部40〕
前記のとおり、スリンガ本体34は、内輪17に嵌合して取り付けられている。スリンガ本体34は、内輪17の外周面に締め代を有して嵌合している。前記嵌合による力が、内輪17に対するスリンガ31(スリンガ本体34)の取り付け力となる。
軸受装置10は、スリンガ31と内輪17との取り付け部20に、前記嵌合による力を含む前記取り付け力を高めることで内方部材12(内輪17)とスリンガ31との相対回転変位を抑制する回り止め部40を有する。
【0041】
スリンガ31と内輪17との取り付け部20は、スリンガ本体34の内周面と内輪17の肩部17aの外周面とを含む他に、延在部35の第一面36と内輪17の側面18とを含む。
図3は、スリンガ31の延在部35を車両アウタ側から見た場合の概略説明図である。
図2及び
図3に示すように、本実施形態では、延在部35の第一面36が、回り止め部40として、内輪17の側面18に食い込む凸部41を有する。第一面36は、凸部41を有することで、内輪17に食い込むスパイク面となる。
【0042】
図3に示すように、凸部41は、内方部材12と継手50とが一体回転する回転方向(矢印Rの方向)に交差する向き(図例では略直交する向き)の仮想線Lに沿って存在している。
図3に示す仮想線Lは、軸受装置10の中心線Cに直交する半径方向の直線Mに平行な直線である。仮想線Lは、直線Mに対して傾斜していてもよい。仮想線Lは、直線でなくてもよく、曲線であってもよい。凸部41は、仮想線Lに沿って連続して第一面36上に設けられている凸条である。なお、凸部41は、仮想線Lに沿って間欠的に設けられていてもよい。
【0043】
図3に示す形態の場合、1本の直線Mを挟む両側に一対の仮想線Lが設定され、各仮想線Lに沿って凸部41が位置する。前記一対の仮想線Lに沿う複数の凸部41を「一組の凸部41」と定義すると、スリンガ31は、周方向に複数組(図例では四組)の凸部41を有する。凸部41の組数は、四組以外であってもよく、四組よりも少なくてもよい。凸部41は、周方向について間隔をあけて設けられている。
【0044】
図4は、凸部41の形成方法を示す説明図である。凸部41は加工型45によって形成される。
図4(a)に示すように、加工型45は先端が尖っている凸型部46を有する。図外のプレスにより、
図4(b)に示すように、加工型45を延在部35に押し付ける。すると、
図4(c)に示すように、延在部35において、凸型部46が押し付けられた中央部分47が凹み、その両側部分48が盛り上がる。その盛り上がり(両側部分48)は、いわゆるバリのようになり、そのバリ部分が凸部41となる。凸部41の先端は尖った形状となる。凸部41の先端は、断面において鋭角で尖った形状となる。
【0045】
このような凸部41を、延在部35は第一面36に有する。前記のとおり(
図1及び
図2参照)、内輪17とカップ部51とは、延在部35を介して、相互で軸方向に押し付け合う。その軸方向の押し付け合う荷重により、凸部41を相手部材となる内輪17の側面18に食い込ませることが可能となる。
以上より、凸部41は、内方部材12(内輪17)とスリンガ31との相対回転変位を抑制する回り止め部40となる。
【0046】
延在部35の第一面36及び第二面37についてまとめて説明する。第一面36は、内輪17に対するスリンガ31の滑りを防止するための面であり、回り止め部40として凸部41を有する。その反対側となる第二面37は、スリンガ31(延在部35)に対するカップ部51の滑りを許容するための面であり、カップ部51との間の摩擦係数(静摩擦係数)を小さくする低摩擦面を有する。
【0047】
〔回り止め部40の変形例〕
回り止め部40は、前記のような加工型45により得られる凸部41による構成以外であってもよい。
図5は、回り止め部40の変形例を示す概略説明図であり、スリンガ31の延在部35を車両アウタ側から見た場合の図である。
図5に示す回り止め部40は、レーザ加工により形成された凸部42により構成される。図外のレーザ加工機により、回り止め部40が延在部35の第一面36に形成される。
【0048】
延在部35の第一面36に対して、中心線Cを中心とする放射方向に沿ってレーザが照射され、レーザにより延在部35の一部が溶融し、第一面36に凹凸が形成される。その凹凸の一部が凸部42となる。第一面36の平滑な面から、10マイクロメートル程度について突出する凸部42が得られる。その凸部42は、
図4(c)に示す加工型45を用いて形成した凸部41と同様の断面形状を有する。凸部42は、内方部材12と継手50とが一体回転する回転方向(矢印Rの方向)に交差する向き(図例では直交する向き)の仮想線Lに沿って存在している。
レーザによる凸部42は、直線的な仮想線Lに沿って形成されたもの以外であってもよく、幾何学的な形状の線に沿って形成されたものや、文字又は記号を表す線に沿って形成されたものであってもよい。
【0049】
ここで、一般的に、部材表面の凹凸に関して、表面粗さRzが用いられる(JIS B 0601)。このRzは、基準長さにおける表面の粗さ曲線の中で、最も高い山の高さ(Rp)と最も深い谷の深さ(Rv)との和である。
本発明の場合、凸部41(凸部42)は、表面粗さRzにより定義されることよりも、凹凸のうちの最も高い山の高さ(Rp)により定義されるのが好ましい。つまり、凸部41(凸部42)を含む凹凸面の基準長さ(例えば1ミリメートル)において、平均線を基準とした場合に、凸部41(凸部42)の最も高い位置の高さ(Rp)が10マイクロメートル以上であるのが好ましい。これにより、スリンガ31と内方部材12との相対回転変位を抑制する回り止め部40として、高い機能が得られる。
【0050】
〔回り止め部40の別の変形例〕
図6及び
図7は、回り止め部40の別の変形例を示す概略説明図である。
図6は、内方部材12のうち、内輪17を示し、
図7は、内輪17及びスリンガ31を示す。内輪17は、その一部に凹部44を有する。スリンガ31の延在部35は、凹部44に係合する爪部43を有する。凹部44と爪部43とにより、回り止め部40が構成される。爪部43が凹部44を構成する周方向に臨む壁44aに接触することで、スリンガ31と内輪17との相対回転変位が抑制される。
図7に示す形態の場合、延在部35の内周側の端部が爪部43となる。延在部35の内周側の端部を塑性変形させる。その端部である爪部43が凹部44に侵入した状態となる。凹部44は、内輪17において周方向の少なくとも1箇所に設けられていればよい。
【0051】
また、図示しないが、回り止め部40の更に別の変形例として、スリンガ本体34又は延在部35と、内方部材12の一部(内輪17)との取り付け部に、凸部と凹部とが設けられていてもよい。例えばスリンガ本体34又は延在部35に凸部が設けられていて、内方部材12の一部(内輪17)に凹部が設けられていて、これら凸部と凹部とが嵌まることで、スリンガ31と内輪17との相対回転変位が抑制される構成であってもよい。
【0052】
〔本実施形態の軸受装置10について〕
以上のように、前記各形態の軸受装置10は、外方部材11と、内方部材12と、外側軌道面22a,22bと内側軌道面24a,24bとの間に設けられている転動体としての玉13と、外方部材11と内方部材12との間に形成される環状空間Kの車両インナ側に装着された密封装置15とを備える。内方部材12は、継手50と一体回転する。継手50は、内方部材12の車両インナ側に位置するカップ部51を有する。内方部材12は、カップ部51により延在部35を介して車両アウタ側に押される軸方向端部を有する。前記実施形態の場合(
図1及び
図2参照)、前記軸方向端部は内輪17である。
【0053】
密封装置15は、内方部材12に取り付けられたスリンガ31と、外方部材11に取り付けられたシール部材32とを有する。スリンガ31は、エンコーダ33を有する。シール部材32はスリンガ31と対向する。スリンガ31は(
図2参照)、内輪17に嵌合して取り付けられたスリンガ本体34と、スリンガ本体34から径方向内方に延びる延在部35とを有する。延在部35は、軸方向端部である内輪17とカップ部51との間に介在する。
【0054】
延在部35は、軸方向端部である内輪17と接触する第一面36と、その反対側の面であってカップ部51と接触する第二面37とを有する。第二面37は、内輪17の側面18と延在部35の第一面36との間の摩擦係数よりも小さい摩擦係数を、カップ部51との間に有する。
【0055】
軸受装置10は、スリンガ31と内輪17との取り付け部20に、回り止め部40を有する。回り止め部40は、内輪17に対するスリンガ本体34の嵌合による力を含むスリンガ31の取り付け力を高めることで、内方部材12とスリンガ31との相対回転変位を抑制する。
【0056】
前記各形態の軸受装置10によれば、スリンガ31の延在部35は、内輪17と継手50のカップ部51との間に介在する。延在部35の第二面37とカップ部51との間の摩擦係数は低いため、内輪17に取り付けられているスリンガ31の延在部35に対して、継手50(カップ部51)はある程度の滑りが許容される。これにより、後に説明するスティックスリップ音等と呼ばれる異音の発生を抑えることが可能となる。継手50のカップ部51における滑りを許容するための部品として、スリンガ31の一部(延在部35)が用いられるので、軸受装置10における部品点数の削減が可能となる。
【0057】
前記各形態の軸受装置10の場合、延在部35は、カップ部51との間に生じる摩擦力によって回転力が付与され、スリンガ31は継手50と供回りしようとする。しかし、回り止め部40は、内輪17に対するスリンガ31の取り付け力を高めることで前記供回りを抑制する。その結果、スリンガ31はエンコーダ33を有するが、そのエンコーダ33を用いた制御の誤作動を防ぐことが可能となる。
【0058】
前記各形態の軸受装置10の場合、延在部35の第二面37は、カップ部51との間の摩擦係数を低減するための表面処理部38を有する。表面処理部38は、前記のとおり、延在部35の第二面37に付されているフッ素系の皮膜等である。表面処理部38によれば、カップ部51と延在部35の第二面37との間の摩擦係数を小さくすることが容易である。
【0059】
図3(
図5)に示す形態の場合、回り止め部40は、凸部41(凸部42)である。凸部41(凸部42)は、スリンガ31が有する延在部35の第一面36に設けられていて、凸部41(凸部42)は、内輪17の側面18に対して食い込む。凸部41(凸部42)が、接触相手の面に食い込むことで、スリンガ31と内方部材12との相対回転変位を抑制する回り止め部40が得られる。
【0060】
〔異音の発生のメカニズムについて〕
カップ部51と内方部材12の一部との間で生じる異音について説明する。なお、前記異音は、スティックスリップ音と呼ばれたり、カッチン音と呼ばれたりする。従来、その異音は、可聴域の音となる場合がある。
【0061】
異音発生のメカニズムについて説明する。そのメカニズムを、スリンガ31の延在部35が省略されていると仮定して、
図1及び
図2を用いて説明する。継手50の軸部52と内方部材12とは、スプライン嵌合している。スプライン軸部53とスプライン孔部28との間でトルク伝達が行われ、スプライン軸部53では捻じれが生じない。これに対して、軸部52とカップ部51との境界部分、および、非スプライン軸部54の少なくとも一方で、捻じれが生じ得る。
【0062】
このような捻じれが生じようとしても、内輪17の側面18とカップ部51の側面55とは相互で押し付け合うことから、相互間の摩擦力(静止摩擦力)によって、車の定常走行時では、内輪17とカップ部51との間に滑りが生じない。しかし、車の発進時などでは、継手50のカップ部51から内輪17に伝達されるトルクが急増することがある。すると、前記摩擦力に抗して、カップ部51と内輪17との間に微小な滑りが生じ、これに伴い異音が生じる。
【0063】
継手50の軸部52に生じる軸方向の力(軸力)が大きいほど、前記摩擦力は大きくなり、滑りの頻度は低下する。しかし、前記軸力が大きくなれば、それに応じて、非スプライン軸部54などにおける捻じれ方向の蓄積エネルギーが高くなる。このため、異音の発生頻度は減少するが、蓄積エネルギーが高くなり、それがあるレベルを超えると、前記滑りが生じてしまう。
【0064】
そこで、本実施形態では、前記のとおり、スリンガ31が有する延在部35の第二面37とカップ部51との間の摩擦係数は低い。このため、内輪17に取り付けられているスリンガ31の延在部35に対して、継手50(カップ部51)はある程度の滑りが許容される。これにより、前記のような蓄積エネルギーが高くならない。その結果、異音の発生を抑えることが可能となる。
【0065】
〔その他〕
図3及び
図5に示す形態の場合、内方部材12とスリンガ31との相対回転変位を抑制する回り止め部40は、スリンガ31側に設けられている。つまり、凸部41(凸部42)は、スリンガ31が有する延在部35の第一面36に設けられている。
この構成とは異なり、回り止め部40は、内方部材12の一部に設けられていてもよい。つまり、凸部41(凸部42)は、第一面36が接触する内輪17の側面18に設けられていて、延在部35の第一面36に対して食い込む構成であってもよい。
【0066】
凸部41(凸部42)は、延在部35の第一面36と内輪17の側面18との間以外に、他の部分に設けられていてもよい。凸部41(凸部42)はスリンガ本体34の内周面に設けられていてもよい。又は、凸部41(凸部42)は、スリンガ本体34が嵌合する内輪17の外周面に設けられていてもよい。
つまり、凸部41(凸部42)は、スリンガ31のうち内方部材12と接触する面と、内方部材12のうちスリンガ31と接触する面とのうち、いずれか一方の面に設けられていて、これらの面のうち、他方の面に対して食い込む構成であってもよい。
ただし、凸部41(凸部42)が、スリンガ31に設けられている場合の方が、凸部41(凸部42)の形成が容易であったり、製造コスト低減が可能であったりする。
【0067】
また、凸部41(凸部42)が、スリンガ本体34の内周面と内輪17の外周面との間に設けられる場合、スリンガ本体34を、内輪17に対して嵌合により取り付ける際に、凸部41(凸部42)が擦れて潰れる可能性がある。凸部41(凸部42)が潰れると、その機能が低下する。
そこで、凸部41(凸部42)は、延在部35の第一面36、又は、第一面36が接触する軸方向端部である内輪17の端面(側面18)に設けられているのが好ましい。
この構成により、スリンガ本体34の取り付けの際に、凸部41(凸部42)が潰れない。前記のとおり、内方部材12の軸方向端部である内輪17は、カップ部51によって、延在部35を介して、軸方向に押される。その軸方向に押される荷重により、凸部41(凸部42)を相手部材に食い込ませることが可能となる。
【0068】
本実施形態では、延在部35は、内方部材12の軸方向端部である内輪17と継手50のカップ部51との間に介在する。
延在部35は、内方部材12の軸方向端部と、カップ部51との間に介在していれば、他の形状であってもよい。例えば、内方部材12は、内輪17を固定するため、従来例を示す
図8に示すように、車両インナ側の端部にカシメ部を有していてもよい。この場合、内方部材12の軸方向端部を、そのカシメ部としてもよい。つまり、カシメ部とカップ部51との間に延在部35が介在していてもよい。
【0069】
今回開示した実施形態はすべての点で例示であって制限的なものではない。本発明の権利範囲は、上述の実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された構成と均等の範囲内でのすべての変更が含まれる。
【符号の説明】
【0070】
10 車輪用転がり軸受装置
11 外方部材
12 内方部材
13 玉(転動体)
15 密封装置
20 取り付け部
22a,22b 外側軌道面
24a,24b 内側軌道面
31 スリンガ
32 シール部材
33 エンコーダ
34 スリンガ本体
35 延在部
36 第一面
37 第二面
38 表面処理部
40 回り止め部
41 凸部
42 凸部
50 継手(等速自在継手)
51 カップ部