(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024074330
(43)【公開日】2024-05-31
(54)【発明の名称】スメクティック液晶を利用したマイクロマニピュレータ
(51)【国際特許分類】
F03G 7/00 20060101AFI20240524BHJP
B01J 19/00 20060101ALI20240524BHJP
F15B 21/06 20060101ALI20240524BHJP
【FI】
F03G7/00 H
B01J19/00 321
F15B21/06
【審査請求】有
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022185403
(22)【出願日】2022-11-21
(71)【出願人】
【識別番号】513067727
【氏名又は名称】高知県公立大学法人
(74)【代理人】
【識別番号】100134979
【弁理士】
【氏名又は名称】中井 博
(74)【代理人】
【識別番号】100167427
【弁理士】
【氏名又は名称】岡本 茂樹
(72)【発明者】
【氏名】辻 知宏
(72)【発明者】
【氏名】蝶野 成臣
【テーマコード(参考)】
3H082
4G075
【Fターム(参考)】
3H082AA30
3H082CC05
3H082DD13
3H082EE20
4G075AA13
4G075AA27
4G075AA39
4G075BB10
4G075CA02
4G075CA03
4G075DA02
4G075DA18
4G075EA06
4G075EB01
4G075EB50
4G075FB11
(57)【要約】
【課題】界面力を強くでき微細物質の精密な操作に利用可能であるスメクティック液晶を利用したマイクロマニピュレータを提供する。
【解決手段】スメクティック液晶Sと、スメクティック液晶S中に、液体状態の等方相IPと液晶状態の液晶相SPとの界面Fを発生させる界面発生手段2と、を備えている。スメクティック液晶S中に等方相IPと液晶相SPとの界面Fを発生させれば、その界面Fによって物体を保持したり移動させたりすることが可能になる。しかも、界面力を大きくできるので、物体を保持したり移動させたりする能力を高くできる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
スメクティック液晶と、
該スメクティック液晶中に、液体状態の等方相と液晶状態の液晶相との界面を発生させる界面発生手段と、を備えている
ことを特徴とするスメクティック液晶を利用したマイクロマニピュレータ。
【請求項2】
前記スメクティック液晶は、
前記液体状態の等方相と前記液晶状態の液晶相との界面力が75nN以上である
ことを特徴とする請求項1記載のスメクティック液晶を利用したマイクロマニピュレータ。
【請求項3】
前記スメクティック液晶が、4-cyano-4’-dodecybiphenylである
ことを特徴とする請求項2記載のスメクティック液晶を利用したマイクロマニピュレータ。
【請求項4】
前記界面発生手段は、
前記スメクティック液晶の界面を移動させる機能を有している
ことを特徴とする請求項1、2または3記載スメクティック液晶を利用したマイクロマニピュレータ。
【請求項5】
前記スメクティック液晶に接触した状態で配置される移動部材を備えている
ことを特徴とする請求項4記載のスメクティック液晶を利用したマイクロマニピュレータ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スメクティック液晶を利用したマイクロマニピュレータに関する。さらに詳しくは、スメクティック液晶と等方相の界面における界面力を利用したマイクロマニピュレータに関する。
【背景技術】
【0002】
液晶性の物質は、分子が等方(無秩序)となった液体状態(等方相)と、分子が一定の方向に配向した液晶状態(液晶相)を取ることができ、等方相と液晶相とが液晶相とが界面を挟んで同時に存在する状態を取ることができる。かかる界面では、マイクロスケールの物体を液晶相から等方相に排除しようとする力(以下単に界面力という場合がある)が発生する。例えば、ネマティック液晶相と等方相との間に発生する界面力は、ネマティック液晶相領域の分子配向場の乱れから生じ、ネマティック液晶相領域はマイクロスケールの物体を等方相領域へ排除するように働く。
【0003】
かかるネマティック液晶相と等方相との間に発生する界面力を利用した技術として、特許文献1の技術が開発されている。具体的には、4-pentyl-4’-cyanobiphenyl等のネマティック液晶中に温度勾配を発生させることによって液晶相と等方相の界面(相転移領域)を形成し、ネマティック液晶中の温度勾配を変化させて界面移動させることによって、ネマティック液晶中の物体を相転移領域とともに移動させることができる技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年、生体細胞や微小粒子などの微細物質の精密な操作を行う技術として、MEMSを利用した技術が開発されているが、これらの技術でも微細物質の精密な操作には十分とはいえず、より適切に微細物質の精密な操作を行う技術が求められている。
【0006】
例えば、特許文献1の技術のように液体-液晶間相転移を利用する方法を微細物質の精密な操作に利用することも有力である。しかし、特許文献1に開示されているネマティック液晶は、棒状(あるいは円盤状)の分子が配向秩序を持つが、位置の秩序は持たないという性質を有するので界面力が比較的弱い。より界面力の強いものが得られれば、微細物質の精密な操作する上では好ましい。
【0007】
本発明は上記事情に鑑み、界面力を強くでき微細物質の精密な操作に利用可能であるスメクティック液晶を利用したマイクロマニピュレータを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
第1発明のスメクティック液晶を利用したマイクロマニピュレータは、スメクティック液晶と、該スメクティック液晶中に、液体状態の等方相と液晶状態の液晶相との界面を発生させる界面発生手段と、を備えていることを特徴とする。
第2発明のスメクティック液晶を利用したマイクロマニピュレータは、第1発明において、前記スメクティック液晶は、前記液体状態の等方相と前記液晶状態の液晶相との界面力が75nN以上であることを特徴とする。
第3発明のスメクティック液晶を利用したマイクロマニピュレータは、第2発明において、前記スメクティック液晶が、4-cyano-4’-dodecybiphenylであることを特徴とする。
第4発明のスメクティック液晶を利用したマイクロマニピュレータは、第1、第2または第3発明において、前記界面発生手段は、前記スメクティック液晶の界面を移動させる機能を有していることを特徴とする。
第5発明のスメクティック液晶を利用したマイクロマニピュレータは、第4発明において、前記スメクティック液晶に接触した状態で配置される移動部材を備えていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
第1~第3発明によれば、スメクティック液晶中に等方相と液晶相との界面を発生させれば、その界面によって物体を保持したり移動させたりすることが可能になる。しかも、界面力を大きくできるので、物体を保持したり移動させたりする能力を高くできる。
第4、第5発明によれば、界面を移動させれば移動部材を移動させることができるので、相転移のためのエネルギを運動エネルギとして利用することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本実施形態のスメクティック液晶を利用したマイクロマニピュレータ1の概略説明図であって、(A)はスメクティック液晶S上に移動部材MPが載せられている状態の概略断面図であり、(B)は移動部材MPにおける接触面の概略説明図であり、(C)はスメクティック液晶S中の温度勾配Tgを示した図である。
【
図2】界面Fを移動させて移動部材MPを移動させる状況の概略説明図である。
【
図3】他の実施形態のスメクティック液晶を利用したマイクロマニピュレータ1の概略説明図であって、(A)は概略側面図であり、(B)は界面Fによって微粒子が保持された状態の概略説明図であり、(C)は微粒子が界面Fを通過した状態の概略説明図である。
【
図5】(A)、(B)は実施例1(12CB)の実験結果を示した図であり、(C)、(D)は比較例1(8CB)の実験結果を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
つぎに、本発明の実施形態を図面に基づき説明する。
なお、
図1~
図3では、各部の構成を分かりやすくするために、各部の相対的な寸法は実際のものと一致していない。
【0012】
<本実施形態のスメクティック液晶を利用したマイクロマニピュレータ1>
まず、
図1~
図3に基づいて、本実施形態のスメクティック液晶を利用したマイクロマニピュレータ1(以下では単に本実施形態のマイクロマニピュレータ1という場合がある)を説明する。
【0013】
なお、
図1および
図2では、スメクティック液晶Sが固定プレートBP上に配置されている場合を示しているが、本実施形態のマイクロマニピュレータ1を適用する装置では、スメクティック液晶Sを配置する部材は特に限定されない。例えば、
図3に示すように、スメクティック液晶Sは、箱状の部材10内に収容された状態としてもよく、とくに限定されない。
【0014】
<界面発生手段2>
図1に示すように、固定プレートBPの下面には、界面発生手段2が設けられている。この界面発生手段2は、スメクティック液晶S中に温度勾配を発生させて、液晶相SPと等方相IP(つまり液体状態の相)とを生じさせて、両者の間に界面F(相転移領域)を発生させる機能を有している。
【0015】
この界面発生手段2は、ヒータなどの加熱部3と、チラー等の冷却部4と、を備えている。加熱部3は、固定プレートBPを介してスメクティック液晶Sを加熱することができるものであり、少なくとも、スメクティック液晶Sを、その液晶相SP-等方相IP間の相転移温度Tcよりも高い温度まで加熱できる機能を有するものである。また、冷却部4は、固定プレートBPを介してスメクティック液晶Sを冷却することができるものであり、前記加熱部3からある程度離間した位置に配置されている。この冷却部4は、少なくとも、スメクティック液晶Sを、その液晶相SP-等方相IP間の相転移温度Tcよりも低い温度まで冷却できる機能を有するものである。そして、加熱部3および冷却部4は、両者の温度を調整してスメクティック液晶S中に形成される温度勾配を調整する制御部5に連結されている。
【0016】
したがって、界面発生手段2の制御部5によって加熱部3による加熱と冷却部4による冷却を調整すれば、スメクティック液晶S中の所望の位置に界面Fを発生させることができるし、界面Fを移動させることも可能になる。
【0017】
なお、界面発生手段2は、スメクティック液晶S中に液晶相SPと等方相IPとを生じさせて、両者の間に界面Fを発生させる機能を有していればよく、上述したような一方に加熱部3を設けて他方に冷却部4を設ける方法に限定されない。例えば、
図1における加熱部3と冷却部4に対応する部分の両方に加熱冷却装置(例えばペルチェ素子)を設けて加熱位置と冷却位置を変更できるようにする方法も採用できる。また、界面発生手段2として、スメクティック液晶Sに磁場や電場を加えることができるものを採用してもよい。つまり、等方状態のスメクティック液晶Sに磁場や電場を加えてスメクティック液晶S中に強制的に高分子配向状態を発生させるものを界面発生手段2としてもよい。かかる界面発生手段2であれば、等方状態のスメクティック液晶S中に磁場や電場によって液晶相SPを発生させて界面Fを発生させることができる。しかも、磁場や電場を加える位置や強度を調整すれば、界面Fの発生する位置を調整できるので、界面Fを設ける位置の自由度を高くすることができる。
【0018】
<スメクティック液晶Sについて>
本実施形態のマイクロマニピュレータ1では、スメクティック液晶Sを使用している。このスメクティック液晶Sは、ネマティック液晶が棒状(あるいは円盤状)の分子でありしかも配向秩序を持つが位置の秩序は持たないという性質を有していたのに対し、スメクティック液晶は層状構造を有する分子でありしかも配向秩序に加えて位置の秩序も有するという性質を有している。このため、スメクティック液晶は、液晶相SPと等方相IPとの間の界面Fにネマティック液晶よりも大きな界面力を発生させることができる。
【0019】
以上のごとき構成であるので、
図1(A)に示すように、加熱部3によってスメクティック液晶Sの一部(
図1(A)では右側の領域)を相転移温度Tcより高温に加熱し、冷却部4によってスメクティック液晶Sの一部(
図1(A)では左側の領域)を相転移温度Tcより低温に冷却することができる。すると、スメクティック液晶S内には、右側の領域から左側の領域に向かって温度が低下する温度勾配Tgが形成され、相転移温度Tcより高温では液体(等方相)、相転移温度Tcより低温では液晶(液晶相)となるので、スメクティック液晶S内には、右側に等方相IPの領域、左側に液晶相SPの領域が形成され、両領域の間に界面Fが形成される。
【0020】
そして、界面発生手段2の制御部5によって冷却部4がスメクティック液晶Sから奪う熱エネルギと加熱部3からスメクティック液晶Sに供給する熱エネルギとを調整すれば、スメクティック液晶S中に形成させる温度勾配Tgを自由に調整することができる。したがって、加熱部3の温度や冷却部4の温度を調整するだけで、冷却部4と加熱部3との間に形成される界面Fの位置を調整できる。つまり、加熱部3の温度や冷却部4の温度を調整するだけで、界面Fを所望の位置に発生させることができるし、界面Fを所望のタイミングで所望の方向、所望の速度で移動させることもできる。
【0021】
<本実施形態のマイクロマニピュレータ1の使用方法>
本実施形態のマイクロマニピュレータ1は、例えば、
図3に示すように、鉛直方向に延びる容器10などにスメクティック液晶Sを収容しておき、この容器10の側面に上述した固定プレートBPと界面発生手段2とを設けてもよい。具体的には、容器10の側面と固定プレートBPとが面接触するように配置し、固定プレートBPの上部に加熱部3を設け、固定プレートBPの下部に冷却部4を設ける。すると、加熱部3による加熱と冷却部4による冷却とを行えば、容器10内のスメクティック液晶Sには、上部に等方相IP、下部に液晶相SP、その間に界面Fが形成される。この状態で容器10の上部からスメクティック液晶Sに物体Pを投入すると、物体Pは重力によって等方相IP内を沈降する。やがて、物体Pが界面Fに到達すると、界面Fには物体Pの質量、重力、体積、表面積等によって定まる力(以下貫通力FPという)が加わる。すると、貫通力FPが界面Fの界面力よりも大きければ、物体Pは界面Fを破って液晶相SPに侵入し(
図3(C)参照)、貫通力FPが界面Fの界面力よりも大きければ、物体Pは界面F上にとどまることなる(
図3(B)参照)。
【0022】
したがって、本実施形態のマイクロマニピュレータ1を使用すれば、物体Pに応じて界面Fの位置に物体Pを留めたり、物体Pを界面Fより下方に排出したりすることができる。また、界面発生手段2の制御部5によって加熱部3による加熱と冷却部4による冷却を制御すれば、その界面Fの位置を調整して所望の位置(高さ)に物体Pを保持したり、物体Pを所望の位置(高さ)になるように移動させたりすることができる。
【0023】
しかも、本実施形態のマイクロマニピュレータ1では、スメクティック液晶Sを使用しているので、ある程度大きな貫通力FPが加わっても物体Pが界面Fを貫通することを防止できる。例えば、スメクティック液晶Sとして、4-cyano-4’-dodecybiphenyl(12CB)を使用した場合には、物体Pの比重が極めて大きい場合(例えば、密度15.63g/cm3以上の微粒子)でも、物体Pの保持や移動を適切に実施することができる。
【0024】
<移動部材MPについて>
図1に示すように、本実施形態のマイクロマニピュレータ1は、スメクティック液晶S上に移動部材MPを載せてこの移動部材MPを移動させるようにしてもよい。
【0025】
この移動部材MPは、例えば、平板などであるが、その形状などはとくに限定されない。この移動部材MPは、その接触面(
図1では下面)がスメクティック液晶Sと接触するように配設されており、しかも、スメクティック液晶Sと接触した状態を維持したまま所定の移動方向に沿って移動できるように保持されている。例えば、
図2であれば、後述する界面Fは左右方向に移動するが、移動部材MPも左右方向に沿って、スメクティック液晶Sと接触したまま移動することができるように保持されている。
【0026】
そして、移動部材MPの接触面には、液晶相SP状態のスメクティック液晶Sと接触すると、スメクティック液晶Sの液晶相SPの状態を乱す処理、つまり、液晶相SP中の液晶分子の配向を乱す処理a(以下、欠陥処理aという)が施されている。例えば、液晶相SP状態のスメクティック液晶Sと接触すると、スメクティック液晶S中の分子配向場のエネルギが増加するようなラビング処理が施されている。具体的には、垂直配向処理や平行配向処理、あるいはそれらの複合処理等をラビング処理として挙げることができる。
【0027】
なお、移動部材MP自体、または、移動部材MPにおいてスメクティック液晶Sと接触する部分を、液晶相SP状態のスメクティック液晶Sと接触するとスメクティック液晶S中の分子配向場のエネルギが増加するような物質で構成しても、同様の効果を得ることができる。例えば、移動部材MPの表面に上記物質の層を設けるなどの処理を行ってもよい。液晶相SP状態のスメクティック液晶Sと接触するとスメクティック液晶S中の分子配向場のエネルギが増加するような物質は、例えば、ポリスチレンや界面活性剤などを挙げることができるが、とくに限定されない。
【0028】
とくに、欠陥処理aは、液晶相SP状態のスメクティック液晶Sと接触すると、スメクティック液晶S中に液晶欠陥を形成し得る処理であることが好ましい。この場合には、移動部材MPが液晶相SPに接触したときに、液晶相SPに形成される乱れが最も大きくなるので、移動部材MPの移動を界面Fの移動により追従させやすくなる。液晶欠陥を形成し得る処理は、例えば、モータ等の回転機構を用いた円形ラビング処理を挙げることができるが、とくに限定されない。
【0029】
<移動部材MPを移動させる手順>
つぎに、上記のごとき本実施形態のマイクロマニピュレータ1において、移動部材MPを移動させる方法を説明する。
【0030】
まず、加熱部3によってスメクティック液晶Sの一部を相転移温度Tcより高温に加熱し、冷却部4によってスメクティック液晶Sの一部を相転移温度Tcより低温に冷却して、スメクティック液晶S中に界面Fが形成されるように調整する。そして、移動部材MPを液体相IP上に配置する。
【0031】
ついで、加熱部3および冷却部4を制御して、スメクティック液晶S中の最高温度はそのままで、最低温度を低下させる。
図2(A)であれば、左側の領域の温度を下げる。すると、スメクティック液晶S中の温度勾配はその傾きが大きくなり、相転移温度Tcとなる位置が液体相IP側に移動する。すると、液体相IPの領域では、相転移温度Tcとなる位置の移動にともなって界面Fも液体相IP側に移動する。
【0032】
界面Fが、移動部材MPに到達(または移動部材MPにおいて欠陥処理aが行われている部分)に到達すると、移動部材MPは界面Fとともに移動する(
図2(A)~(C))。つまり、スメクティック液晶Sに加える熱エネルギを調整して、スメクティック液晶Sの温度勾配Tgを変化させる、言い換えれば、界面Fを移動させれば、スメクティック液晶S中と接触している移動部材MPを移動させることができる。
【0033】
したがって、本実施形態のマイクロマニピュレータ1では、スメクティック液晶S中に液体相IPの領域と液晶相SPの領域とを形成し、スメクティック液晶Sの温度勾配Tgを変化させて界面Fを液体相IPに向かって移動させれば、液体相IP上の移動部材MPを、界面Fの移動する方向に沿って界面Fとともに移動させることができる。
【0034】
しかも、本実施形態のマイクロマニピュレータ1では、スメクティック液晶Sを使用しているので、移動部材MPが比重が大きい場合(密度15.63g/cm3以上)の場合でも、移動部材MPを適切に移動させることができる。
【0035】
なお、移動部材MPには必ずしも欠陥処理aを設けなくてもよい。欠陥処理aを設けなくても、移動部材MPと界面Fとが接触すれば、界面Fとともに移動部材MPを移動させることができる。しかし、上記のような欠陥処理aを移動部材MPに行っておけば、移動部材MPを効果的に移動させることができる。
【0036】
欠陥処理aを移動部材MPに行った場合には、以下のような理由で、移動部材MPを効果的に移動させることができる。
液晶相SP中では、全液晶分子がある方向に配向した状態で存在しているのに対し、液体中では分子が無秩序な状態(等方状態)で存在している。すると、移動部材MPにおいて欠陥処理aが施されていると、スメクティック液晶Sと移動部材MPを含む系全体では、移動部材MPにおいて欠陥処理aが液晶相SP中に存在するよりも移動体mが液体相IP中に存在する方がエネルギ的に低い状態をとることになる。なぜなら、欠陥処理aによって、液晶相SP中の液晶分子の配向が乱されるからである。
すると、界面Fが液晶相SP側から液体相IP側に移動する場合、移動部材MPにおいて液体相IPと接している接触面の欠陥処理aによって液晶相SP中に配向の乱れが生じないように、移動部材MPが液体相IPと接触した状態を維持し続けようとする。言い換えれば、スメクティック液晶Sと移動部材MPを含む系がエネルギ的に低い状態を維持しようとするために、移動部材MPが液体相IPと接触した状態を維持し続けようとする。このため、界面Fが液晶相SP側から液体相IP側に移動する場合には、移動部材MPに欠陥処理aを施していれば、界面Fの移動により移動部材MPを効果的に移動させることができる。
【0037】
とくに、スメクティック液晶Sが液晶相SPになったときにおける液晶分子の配向を拘束する拘束手段を設けておけば、液晶分子の配向を拘束する力が強くなり、界面Fの移動に伴う移動部材MPの移動が生じやすくなるので、好適である。
【実施例0038】
本発明のスメクティック液晶を利用したマイクロマニピュレータでは、界面力が大きく物体を保持する機能が高いことを実験によって確認した。
【0039】
実験では、以下の3種類のサーモトロピック液晶材料について、球状粒子を重力によって界面に落下させることによって界面力を比較した。
【0040】
使用した3種類のサーモトロピック液晶材料を以下に示す。
なお、密度、粘度、相転移温度は、実施例1ではスメクティック液晶相―等方相の密度、粘度、相転移温度であり、比較例1ではネマティック液晶相―スメクティック液晶相の密度、粘度、相転移温度であり、比較例2ではネマティック液晶相―等方相の密度、粘度、相転移温度である。
<実施例1>
4-cyano-4’-dodecybiphenyl(12CB)
密度:1000kg/m3 粘度:0.02Pa・s 相転移温度:58.5℃
<比較例1>
4-cyano-4’-octylbiphhenyl(8CB)
密度:989kg/m3 粘度:0.10Pa・s 相転移温度:33.5℃
<比較例2>
4-cyano-4’-pentybiphhenyl(5CB)
密度:1008kg/m3 粘度:0.023Pa・s 相転移温度:35.2℃
【0041】
実験で使用した球状粒子は、以下の2つの球状粒子である。
1)ポリスチレン粒子 : 密度 1.19 g/cm3 直径 100μm
2)ガラス粒子 : 密度 2.5 g/cm3 直径 100μm
3)タングステンカーバイド 粒子 : 密度15.93 g/cm3 直径 100μm
【0042】
実験は、
図4に示す装置で実施した。
図4に示すように、26mm×76mmの角型スライドガラス板をスペーサーによって角型スライドガラス板間のギャップLが188μmとなるように配置し、この隙間に球状粒子を混入した各液晶を配置して実験用セルを形成した。なお、角型スライドガラス板の対面する表面にはアンカー処理によって、ホメオトロピックアンカー層(JSR JALS-2021-R25:AL60101)を形成した。
この実験用セルを、一対の高導電性銅板と、一対の上側高導電性銅板および一対の下側高導電性銅板で挟み、一対の上側高導電性銅板および一対の下側高導電性銅板にはそれぞれペルチェモジュールを取り付けた。このペルチェモジュールの温度を、PIDコントローラー(セルシステム株式会社:TDC 2010)によって0.03K精度で制御し実験用セル内の液晶の温度分布を調整し、セル内の液晶に水平な界面を出現させた。
【0043】
実験は以下の方法で実施した。
まず、実験用セルを水平に設置した。つまり、一対の高導電性銅板の表面が水平になるように実験用セルを配置した。その状態で、液晶に混入した球状粒子の位置を一定になるように保持した。
ついで、一対の上側高導電性銅板の下端温度TU(以下単にTUという)および一対の下側高導電性銅板の上端温度TL(以下単にTLという)を、一旦、液晶相の温度が安定する温度に設定した後、TLを相転移温度より低くし、TUとTLの平均が相転移温度とほぼ等しくなるように調整し、実験用セルの中間(
図4では上下方向の中間)に界面を出現させた。
その後、実験用セルの姿勢を垂直に変化させて、球状粒子を重力によって落下させた。つまり、一対の高導電性銅板の表面が鉛直になるように実験用セルを配置して、球状粒子を界面に向かって重力によって沈降させた。
そして、球状粒子が界面に向かって重力によって沈降する状況を、偏光顕微鏡にビデオカメラ(IDS:UI-3360CP-C-HQ)と対物レンズ(Nikon:20X/0.35)を取り付けた撮影装置によって撮影した。撮影した画像を画像解析ソフト(ImageJ)を用いて解析し、球状粒子および界面の動きおよびその変位を確認した。
【0044】
以下に実験結果を示す。
【0045】
<粒子の移動>
図5に実験結果を示す。なお、画像において、上方が等方相またはネマティック液晶相であり下方がスメティック液晶相であり、両者の間の部分が界面になる。また、落下する球状粒子の底面が見かけ上界面に接触した時間を時間t=0sと定義している。
【0046】
図5(A)、(B)は実施例1(12CB)の実験結果を示している。
図5(A)はTU =63.0℃と TL= 53.5 ℃とした場合におけるタングステン粒子が等方相からスメティック液晶相-等方相の界面に向かって沈降する偏光顕微鏡画像の時系列を示したものであり、
図5(B)はTU =63.0℃と TL= 53.5 ℃とした場合におけるタングステン粒子およびスメティック液晶相-等方相の界面の位置の変化を示したグラフである。
【0047】
図5(A)に示すように、実施例1(12CB)では、タングステン粒子はt=0sでスメクティック液晶相-等方性の界面に接触し、その後、t>1.2sでは、界面のゆがみ(凹み)は生じるが、タングステン粒子が界面に保持されていることが確認できる。
【0048】
また、
図5(B)に示すように、タングステン粒子は高密度であるため、沈降が速く急速に界面に接近するが、タングステン粒子の終端速度が速いにもかかわらず、界面の界面力によってタングステン粒子が減速されていることが確認できる。つまり、スメクティック液晶相と等方相の界面は、界面上に衝突するタングステン粒子を保持するのに十分な強度(界面力)を有していることが確認できる。
【0049】
一方、
図5(C)、(D)は比較例1(8CB)の実験結果を示している。具体的には、
図5(C)はTU =37.5℃と TL= 28.0 ℃とした場合におけるポリスチレン粒子がネマティック液晶相からスメティック液晶相-ネマティック液晶相の界面に向かって沈降する偏光顕微鏡画像の時系列を示したものであり、
図5(B)はTU =37.5℃と TL= 28.0 ℃とした場合におけるポリスチレン粒子がスメティック液晶相-ネマティック液晶相の位置の変化を示したグラフである。
【0050】
図5(C)、(D)に示すように、比較例1(8CB)では、ポリスチレン粒子はt=0sでスメクティック液晶相-等方性の界面に接触している。しかし、界面に接触する速度は、実施例1のタングステン粒子に比べて小さい。そして、t=81.9sではポリスチレン粒子によって界面が破壊されて、ポリスチレン粒子が界面を貫通していることが確認できる。つまり、スメティック液晶相-ネマティック液晶相の界面は、実施例1で使用したタングステン粒子に比べて貫通力の小さいポリスチレン粒子でさえも保持する界面力を有しないことが確認できる。
【0051】
<界面力の評価>
球状粒子に作用する界面力の最大値を評価した。
【0052】
界面において球状粒子に働く力は、界面力Fi、重力Fg、浮力Fb、粘性抗力Fd、であるので、粒子の運動方程式は式1のように表すことができる。以下の式では、符号mと符号νpは粒子の質量と速度である。
<式1>
mdνp/dt=Fi-Fg+Fb-Fd
【0053】
なお、球状粒子の落下速度と直径、液晶の粘性から推定されるレイノルズ数は小さく、粘性抗力にはストークスの法則が適用できるので、式1は式2のように書き直すことができる。ρpは粒子の密度、ρは液晶材料の密度、gは重力加速度、dは粒子の直径、μは液体の粘度である。
<式2>
Fi=(ρpdνp/dt+(ρp-ρ)πd3)/6+3πdμνp
【0054】
この式に実験で撮影された画像(
図5(A)、(C)参照)を解析して得られた粒子の速度ν
pおよび粒子の加速度dν
p/dtを代入して、界面力Fiを求めた。なお、粒子の速度ν
pおよび粒子の加速度dν
p/dtは、画像イメージを解析したデータから3次関数を用いた Savitzky-Golay 法により算出した。
【0055】
なお、界面力の評価は、実施例1について上述した実験の画像から得られた粒子の速度νpおよび粒子の加速度dνp/dtを使用し、比較例1および比較例2についてはガラス粒子を使用した実験の画像から得られた粒子の速度νpおよび粒子の加速度dνp/dtを使用した。
【0056】
すると、比較例1の界面力は1.3±0.1nN、比較例2の界面力は5.5±0.8nN、であるのに対し、実施例1の界面力は76.1nNとなり、実施例1のスメクティック液晶相-等方性の界面の界面力は、比較例1、2の界面力に比べて大幅に大きいことが確認された。
【0057】
以上の結果より、スメクティック液晶を利用したマイクロマニピュレータでは、スメクティック液晶相-等方性の界面の界面力が大きく、物体の移動や保持する機能が高いことが確認できた。