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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024074442
(43)【公開日】2024-05-31
(54)【発明の名称】抗体医薬
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/50 20060101AFI20240524BHJP
   A61K 39/395 20060101ALI20240524BHJP
   A61P 37/08 20060101ALI20240524BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20240524BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20240524BHJP
   C07K 16/28 20060101ALN20240524BHJP
【FI】
G01N33/50 Z
A61K39/395 N
A61P37/08
G01N33/15 Z
G01N33/53 N
C07K16/28
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022185575
(22)【出願日】2022-11-21
(71)【出願人】
【識別番号】502285457
【氏名又は名称】学校法人順天堂
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】平野 隆雄
(72)【発明者】
【氏名】小▲柳▼ 明美
(72)【発明者】
【氏名】葛西 正孝
(72)【発明者】
【氏名】奥村 康
(72)【発明者】
【氏名】吾郷 日出夫
(72)【発明者】
【氏名】山本 雅貴
【テーマコード(参考)】
2G045
4C085
4H045
【Fターム(参考)】
2G045CB01
2G045DA37
2G045FA37
4C085AA14
4C085BB11
4C085BB35
4C085CC23
4H045AA11
4H045DA76
4H045EA20
4H045FA74
(57)【要約】
【課題】HMK-12 Fabが、どのようにしてマスト細胞上のIgE受容体(FcεRI)に結合したIgE分子を解離するのかを解明することによって、新たな抗体医薬の開発手段を提供すること。
【解決手段】標的抗原の活性部位以外の調節部位に結合して活性部位の構造を変化させて標的抗原と標的抗原受容体との親和性を制御する抗体を選択することを特徴とする抗体医薬のスクリーニング方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
標的抗原の活性部位以外の調節部位に結合して活性部位の構造を変化させて標的抗原と標的抗原受容体との親和性を制御する抗体を選択することを特徴とする抗体医薬のスクリーニング方法。
【請求項2】
標的抗原と標的抗原受容体との親和性を制御する抗体が、標的抗原と標的抗原受容体との結合を阻害する抗体である、請求項1記載の抗体医薬のスクリーニング方法。
【請求項3】
標的抗原の結晶構造解析によって、標的抗原の活性部位以外の調節部位を特定する請求項2記載のスクリーニング方法。
【請求項4】
標的抗原がIgEであり、標的抗原受容体がFcεRIであり、標的抗原の活性部位以外の調節部位が、IgE F(ab´)2のCε2ホモ二量体の重鎖である請求項1~3のいずれか1項記載のスクリーニング方法。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項記載のスクリーニング方法により選択された抗体医薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗体医薬のスクリーニング方法及び抗体医薬に関する。
【背景技術】
【0002】
抗体医薬は、病気の原因物質に対して特異的な抗体を投与することにより、その原因物質の働きを阻止する医薬である。通常の抗体は、その原因物質のある特定の部位を認識する。その認識部位は、例えば、生体側のリセプターと反応する標的抗原の特異的な部位が用いられる。その例を、I型アレルギー疾患治療である抗体医薬を例にとって説明する。
【0003】
近年、日本を含む先進諸国における各種のアレルギー疾患は著しく増加している。特に、花粉症や食物アレルギーに代表されるI型(即時型)アレルギーの治療には、アレルゲンを認識するIgE抗体の働きを抑制することが極めて重要であると考えられている。現在、IgEとIgE受容体との結合を阻害する抗IgE抗体製剤(Omalizumab:薬剤名:ゾレア)が難治性喘息などの治療薬として臨床応用されている。しかし、遅効性で治療効果が現れるまでに2~3週間を要するだけでなく、血清中のIgE値が高いと投与制限がかかることやアナフィラキシーショック等の副作用があることも報告されている。このような観点から、I型アレルギー疾患を即効的に長期間阻止する抗IgE抗体医薬の開発が急務の課題となっている。
【0004】
本発明者は、I型アレルギー反応を即時に阻止する抗IgE抗体(HMK-12 Fab)を開発し、その機序が、マスト細胞上のIgE受容体(FcεRI)に結合したIgE分子の解離によることを報告してきた(特許文献1)。またPCA反応(受身アナフィラキシー反応)による研究によってHMK-12 Fabをアレルゲン刺激前に投与すると、マスト細胞上のIgEを剥がしてI型アレルギー反応を抑制することを明らかにした(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008-203656号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、前記HMK-12 Fabが、どのようにしてマスト細胞上のIgE受容体(FcεRI)に結合したIgE分子を解離するのかについては、不明であった。
従って、本発明の課題は、HMK-12 Fabが、どのようにしてマスト細胞上のIgE受容体(FcεRI)に結合したIgE分子を解離するのかを解明することによって、新たな抗体医薬の開発手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、抗lgE抗体のFab断片(HMK-12 Fab)が、アレルゲン刺激後でも、既成のlgE-FcεRI複合体を速やかに解離し、lgEを介したアナフィラキシー反応を阻害することを見出した。
そこで本発明者は、HMK-12 FabのIgE結合部位の解析を行い、HMK-12 Fabの結合エピトープは、IgE F(ab´)2領域に存在することを見出した。さらに、HMK-12 Fab/IgE F(ab´)2複合体の結晶構造についての解析から、(1)HMK-12 Fabは、ホモ2量体を成すIgE F(ab´)2のCε2のカルボニル末端が存在する側の表面であって、酵素処理によってIgE F(ab´)2化する前のIgE中ではコンスタント領域のCε3に近接する表面にあるエピトープを認識すること、(2)HMK-12 Fabは、IgE F(ab´)2に結合し、IgEの別の部位であるFcドメインの非対称構造を変えること(アロステリック効果)によって受容体に結合したIgEを解離させることを見出した。従って、標的抗原の活性部位以外の調節部位に結合して活性部位の構造を変化させて標的抗原と標的抗原受容体との親和性を制御する抗体を選択することにより、抗体医薬がスクリーニングできることを見出した。
【0008】
すなわち、本発明は、次の発明[1]~[5]を提供するものである。
[1]標的抗原の活性部位以外の調節部位に結合して活性部位の構造を変化させて標的抗原と標的抗原受容体との親和性を制御する抗体を選択することを特徴とする抗体医薬のスクリーニング方法。
[2]標的抗原と標的抗原受容体との親和性を制御する抗体が、標的抗原と標的抗原受容体との結合を阻害する抗体である、[1]記載の抗体医薬のスクリーニング方法。
[3]標的抗原の結晶構造解析によって、標的抗原の活性部位以外の調節部位を特定する[2]記載のスクリーニング方法。
[4]標的抗原がIgEであり、標的抗原受容体がFcεRIであり、標的抗原の活性部位以外の調節部位が、IgE F(ab´)2のCε2ホモ二量体の重鎖である[1]~[3]のいずれかに記載のスクリーニング方法。
[5][1]~[4]のいずれかに記載のスクリーニング方法により選択された抗体医薬。
【発明の効果】
【0009】
本発明のスクリーニング方法によれば、標的抗原の活性部位以外の調節部位に結合して活性部位の構造を変化させて標的抗原と標的抗原受容体との親和性を制御する抗体を選択すれば、従来の抗体とは全く異なる作用機序による、標的抗原に基づく疾患に対する抗体医薬が開発できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】HMK-12 FabがPT18細胞へのSPE-7 lgEの結合を用量依存的に阻害することを示す図である。
図2】HMK-12 Fab、6HD5 Fab及び抗ラットλ鎖の還元及び非還元条件下でのSDS-PAGEの結果を示す図である。
図3】HMK-12 Fab、6HD5 Fab及び抗ラットλ鎖のジチオトレイトール(DTT:5~20mM)の連続希釈物処理後のSDS-PAGEの結果を示す図である。
図4】ペプシンでSPE-7 lgEを消化後、非還元条件下でのSDS-PAGEと、HMK-12 Fabとの反応性についてのウエスタンブロット分析結果を示す図である。
図5】Superose 12 10/300 GLカラムを用いてHMK-12 Fab及びSPE-7 lgE F(ab´)2を精製した結果(A)、精製したHMK-12 FabとlgE F(ab´)2の複合体のうちの画分9~14のSDS-PAGE結果、及びその分子量を示す図である。
図6】HMK-12 Fab/lgE F(ab´)2複合体の結晶構造を示す図である。
図7】HMK-12 Fabのエピトープ解析(1)を示す図である。
図8】HMK-12 Fabのエピトープ解析(2)を示す図である。
図9】HMK-12 Fabのエピトープ解析(3)を示す図である
図10】HMK-12 Fabによる既成のlgE-FcERI複合体の解離効率の温度依存性を示す図である。
図11】SPE-7 lgE+ PT18細胞の強度低下がlgE-FcERI複合体の解離によるものであることを示す図である。
図12】受動的皮膚アナフィラキシー(PCA)アッセイを用いてlgE媒介アナフィラキシー反応に対するHMK-12 Fabのin vivo効果を検討した結果を示す(刺激前と刺激後の結果)。
図13】lgEのCε2の受容体複合体のCε2への重ね合わせ(A)、及びlgEのCε2と受容体複合体のもう一方のCε2との重ね合わせ(B)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の一態様は、標的抗原の活性部位以外の調節部位に結合して活性部位の構造を変化させて標的抗原と標的抗原受容体との親和性を制御する抗体を選択することを特徴とする抗体医薬のスクリーニング方法である。
【0012】
抗原とは、動物体内において抗体を産生させて、その抗体と特異的に反応する物質であり、通常、異種タンパク質、多糖、核酸、核蛋白質、リポ蛋白質、合成高分子などが抗原となる。また、抗原には、体内から発生するもの(自己蛋白質)と外部環境から発生するもの(非自己)があり、I型アレルギーの原因物質であるIgEは、自己蛋白質抗原である。
これらの抗原のうち、抗体を作成しようとする抗原が標的抗原である。
具体的な標的抗原としては、I型アレルギーの原因IgE、ウイルス粒子の表面又はスパイクタンパク質、癌細胞表面抗原などが挙げられる。このうち、I型アレルギーの原因抗原であるIgE、ウイルス粒子の表面又はスパイクタンパク質が好ましく、I型アレルギーの原因抗原であるIgEがより好ましい。
【0013】
エピトープとは、抗原決定基とも呼ばれ、抗体、B細胞、T細胞によって認識される抗原の一部であって、抗体が結合する部位である。
本発明で得られる抗体が結合する部位、すなわちエピトープは、標的抗原の活性部位以外の調節部位である。ここで、調節部位とは、標的抗原と標的抗原受容体との親和性を制御する部位である。
標的抗原と標的抗原受容体との親和性を制御する抗体としては、標的抗原と標的抗原受容体との結合を阻害する抗体が好ましい。
【0014】
標的抗原の活性部位以外の調節部位に結合して活性部位の構造を変化させて標的抗原と標的抗原受容体との親和性を制御する抗体を選択する手段としては、エピトープマッピング解析、抗原抗体複合体の結晶構造の解析、SPR法、BLI法、クライオ電子顕微鏡などが挙げられる。
【0015】
エピトープマッピング解析手段としては、例えば、重複ポリペプチドをデザインして合成し、このポリペプチドをネガティブコントロール(関連のないランダムペプチド)やポジティブコントロール(全長タンパク質)と共にガラススライド上に三重にアレイする。アレイをブロッキング後、重複ペプチドアレイに標的蛋白に対する一次抗体、ビオチン標識二次抗体を順次添加してインキュベートする。ウォシュ作業後にエピトープに結合した抗体を蛍光Cy3結合ストレプトアビジンによって検出する。各ペプチドスポットの蛍光はレーザースキャナーでキャプチャーし、強いシグナルを放つ陽性ペプチドをソフトウェアで更に解析することができる。
エピトープマッピング解析により、標的抗原と標的抗原受容体との親和性を制御する抗体、特に標的抗原と標的抗原受容体との結合を阻害する抗体を選択することができる。
【0016】
抗原抗体複合体の結晶構造の解析は、抗原抗体複合体の調製、結晶化、結晶化で生じた抗原抗体複合体結晶のX線回折実験、X線回折強度データの解析による構造座標の決定、解析した構造座標の可視化の手順を踏むことで実施できる。抗原抗体複合体の調製は、抗原に対して2倍以上のモル数の抗体を混合した溶液を適切な緩衝液で平衡化したゲル濾過カラムに供し抗原抗体複合体に相当する保持時間の溶出画分を分取することで実施できる。結晶化は、調製後、10mg/mL程度の濃度に濃縮した抗原抗体複合体溶液を適切な沈殿剤溶液と混合した後、別に準備した沈殿剤溶液と蒸気平衡させることで実施できる。適切な沈殿剤溶液の組成が不明な場合には市場から調達できる結晶化条件スクリーニングキットを用いてもよい。結晶化で生じた抗原抗体複合体結晶のX線回折実験では、X線回折計に取り付けた成長した結晶にX線を照射し、結晶からの回折X線をX線検出器で記録しX線回折強度データとする。X線回折強度データの解析による構造座標の決定は、抗体の構造がお互いに類似している性質を利用した分子置換法を使って実施できる。構造座標の可視化は適切な分子モデル表示ソフトウエアを用いて実施できる。
標的抗原と抗体の複合体結晶のX線結晶構造解析によって、標的抗原の活性部位以外の調節部位を特定することができる。
【0017】
前記の標的抗原の機能を変化させる抗体を選出する手段としては、抗原抗体複合体の結晶構造の変化を検出する手段、複数のエピトープに結合したときの標的抗原の特性変化を検出する手段などが挙げられる。
【0018】
前記のHMK-12 Fabは、標的抗原がIgEであり、標的抗原受容体がFcεRIである、IgEである。すなわち、標的抗原がIgEであり、標的抗原受容体がFcεRIである抗体は、IgE標的抗原の活性部位以外の調節部位が、抗体が認識するIgEのエピトープであって、ホモ二量体を成すIgE F(ab´)2のCε2(の重鎖)であるのが好ましい。
この結果、HMK-12 Fabは、IgE F(ab´)2に結合することにより、標的抗原IgEが標的抗原受容体FcεRIに結合する際に必要なIgE Fcドメインの非対称構造の構造変化を引き起こし、IgEをアロステリックな方法で受容体複合体から、解離させることが明らかになった。
【0019】
本発明によれば、標的抗原に基づく疾患に対する抗体医薬をスクリーニングすることができる。
本発明における標的抗原に基づく疾患としては、I型アレルギー、ウイルス感染症、がんなどが挙げられる。
【実施例0020】
次に実施例を挙げて、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0021】
(材料及び方法)
(1)動物と細胞
雌Sprague-Dawleyラットを日本のSLC社から購入した。動物は、動物施設において特定の病原体を含まない(SPF)条件下で飼育した。
実験を偏りなく同じ条件で行うために、SPF動物はすべて7日間馴化させた後、実験に用いた。動物試験はすべて、国立衛生研究所の実験動物の管理と使用に関するガイドラインに従って実施した。マウス肥満細胞(PT-18)は、Dr.C.Ra(日本大学免疫学教室、東京、日本)から譲渡された。PT-18細胞を、10%熱不活性化FCS、3mM L-グルタミン、1mMピルビン酸ナトリウム、ペニシリン(100U/ml)、ストレプトマイシン(100μg/ml)を添加したDulbecco’s Modified Eagle Medium(DMEM)(Gibco、Carlsbad、CA)で培養し、37℃で加湿したインキュベーター(5% CO2)で維持した。
【0022】
(2)モノクローナル抗体
SPE-7 IgE(抗DNPマウスlgE抗体)及びSPE-7 IgE F(ab´)2はそれぞれSigma-Aldrich Co. LLC(USA)及びImmuno-Biological Laboratories Co.(Gunma, JAPAN)から購入した。ラットモノクローナル抗体HMK-12(マウスIgE)は、Int Arch Allergy Appl Immunol.85,47-54(1988)及びInt Arch Allergy Appl Immunol.128,24-32(2002)に記載のものである。ラットIgG抗マウスK抗体及びHRP標識ヤギ抗ラットIgGは、それぞれBioLegend社(米国CA社)及びJackson ImmunoResearch社(米国PA社)から購入した。イチジクラテックスから単離したシステインプロテアーゼであるFicinを用いて、HMK-12の高度に精製したFab断片を調製した。簡単にのべると、ラット腹水からカプリル酸と硫酸アンモニウム方法を組み合わせて段階的にHMK-12を精製した。精製したHMK-12を0.1Mクエン酸緩衝液(pH6.0)に対して透析し、次にn-オクチル-13-D-glucoside(DOTITE)とL-cysteine(和光)を加え、それぞれ0.5mM及び25mMまで濃度を上げた。HMK-12(1mg/ml)を固定化フィシン樹脂スラリー(Thermo scientific prod. # 44881)0.5mlで25mMシステイン/クエン酸緩衝液の存在下で2回消化した。次に試料を遠心分離し、ビバスピン(1,000,000)(Sartorius AG)で精製して樹脂または未消化のIgGを除去した。得られたHMK-12 Fab断片をProtein Gカラム(Thermo Fisher Scientific Inc.)でさらに精製した。
【0023】
(3)PCA反応
2匹のラットの剃毛したばかりの皮膚のいくつかの部位に、1μg/mlのSPE-7 IgEを皮内注射した。2日後、DNP-BSA(1mg/ml)と0.5%エバンスブルーを含む生理食塩水でチャレンジする前に、HMK-12 Fab又は抗κFabの5μg/mlを注射した。
SPE-7 IgEの皮内注射の2日後に、ラットに0.5%エバンスブルーを含む生理食塩水と1mg/mlのDNP-OVAを静脈内投与し、10μg/mlのHMK-12 Fab又は抗κFabを迅速に注射した。いずれの場合も、血管から組織へのエバンスブルーの漏出を波長620nmでの吸光度測定により定量した。
【0024】
(4)フローサイトメトリー分析
FcεRIへのIgEの結合に対するHMK-12 Fabの効果を評価するために、最初にAlexa 488標識SPE-7 IgEを調製した。まず、Alexa 488ラベルSPE-7 IgEの種々の濃度をHMK-12 Fab又はIgG2a Fabの超過量(2μM)でプレミックスし、37℃で15分間インキュベートした。混合物をPT-18細胞(マウス肥満細胞)に加え、37℃で20分間インキュベートした。その後、PBSで細胞を2回洗浄し、FACSCelestaフローサイトメーター(米国カリフォルニア州ベクトン・ディケンソン)を用いて分析した。
HMK-12 Fabによる既成のIgE‐FcεRI複合体の解離効率を調べるために、1x107 PT18細胞を0.2μM Alexa 488標識SPE-7 IgEと37℃で15分間プレインキュベートした。過剰な非結合抗体を除去するために細胞を2回洗浄し、種々の温度(2、25及び37℃)の条件下でHMK-12 Fab又はIgG2a Fabと5,15及び75分間インキュベートした。その後、細胞を洗浄し、FACSCelestaフローサイトメーターを用いて分析した。
IgE-FcεRI複合体の解離をさらに確認するために、1x107 PT18細胞を0.2μMのAlexa 488標識SPE-7 IgEと37℃で15分間プレインキュベートした。洗浄段階の後、細胞を37℃で15及び60分間HMK-12 Fab又はIgG2a Fabとインキュベートし、FACSCelestaフローサイトメーターを用いてSPE-7 IgE+PT18細胞の頻度を測定した。解離したSPE-7 IgEのレベルを測定するために、培養上清をDNP-BSAコーティングプレートに加え、SPE-7 IgE/ HMK-12 Fab免疫複合体を捕捉した。免疫複合体はHRP標識抗ラットIgG(Fab´)2二次抗体を用いてELISA法で測定した。
【0025】
(5)ウエスタンブロット分析法
SPE-7 IgE(1μg)を2.5%の2-メルカプトエタノール(2‐ME)で還元し、SDS-PAGE試料緩衝液の7.5%で泳動し、PVDF膜(Millipore corp.)に移した。膜をHMK-12 Fab、6HD5 Fab及び抗ラットλ鎖でプローブし、続いて二次抗体(HMK-12 Fab及び6HD5 FabについてはHRP標識抗ラットIgG、抗ラットλ鎖についてはHRP標識抗ヤギIgG)を用いた。Pierce ECL Plus Western Blotting Substrate(Thermo Fisher Scientific)を用いてシグナルを検出した。Immunoreactivityは、ImageQuant LAS 4000(GE Healthcare)で検出した。IgEの還元過程でHMK-12 FabがIgEとどのように反応するかを調べるために、SPE-7 IgEをジチオトレイトール(DTT:5~20mM)の連続希釈液で室温で60分間処理した。
次に試料を1.5M Tris-HCL(pH8.8)の5μlとヨードアセトアミド(IAA)の10μlと氷上で30分間インキュベートした。透析後、非還元条件下でSDS-PAGEを行った後、ウエスタンブロット分析法を行った。HMK-12 Fabによって認識されるIgE二量体上のエピトープを明らかにするために、pH3.8またはpH4.5のペプシンで消化したSPE-7 IgEについて、非還元条件下のSDS-PAGEとこれに対するウエスタンブロット分析法でHMK12 Fabとペプシンで消化したSPE-7 IgEの反応性について分析した。
【0026】
(6)結晶化
HMK-12 Fab/IgE F(ab´)2複合体を含むピーク分画を結晶学的研究に用いた。最終濃度0.001%(w/v)でアジ化ナトリウムを添加した後、ピーク画分をMwco 10,000のVivaSpinにより13.3mg/mlまで濃縮した。
結晶化はハンギングドロップ蒸気拡散法で行った。0.1μlの濃縮複合体試料と0.1μlの結晶化溶液(14%(w/v) PEG3350、0.09M MES-NaOH(pH6.5)、0.09M酢酸マグネシウム、0.09%(w/v)β‐オクチルグルコシド、0.1M NDSB‐256)を混合して結晶化液滴を調製した。液滴を4℃で50μlの結晶化溶液に平衡化した。
X線回折実験用結晶凍結に先立ち、0.2μl凍結保護溶液(15%(w/v) PEG3350、0.1M MES-NaOH(pH6.5)、0.1M酢酸マグネシウム、0.1%(w/v)β-オクチルグルコシド、0.1M NDSB-256,40%(v/v)エチレングリコールを、長さ数十μm、厚さ数μmの寸法の針状微結晶を含む結晶化液滴に添加した。
【0027】
(7)回折実験と構造解析
SPring-8のBL32XUにおいて、ZOOシステムの多結晶データ収集モードによって自動的にX線回折実験と回折画像処理を行った。回折実験に用いたX線波長は1.0Åであった。回折像は100Kの窒素ガス気流中に保持した348個の結晶から収集した。回折像を処理し、3.00Åから2.90Åの最高分解能殻でCC0.5が0.899の2.9Å分解能の回折強度データを得た。
初期位相計算はプログラムphenix.phaserを用いた分子置換法を用い、分子置換法で用いる初期モデルとしてIgG FabにはPDB ID 1i9i、IgE FabにはPDB ID 2vxq、IgE Cε2にはPDB ID 1o0vを用いた。プログラムphenix.refine及びプログラムphenix.rosetta_refineによる構造精密化及びプログラムCOOTを用いた手動モデル修正を、結晶学的R因子及びRfree因子がそれぞれ0.226及び0.267に収束するまで反復的に行った。
【0028】
(結果)
(1)HMK-12 Fabの結合エピトープはIgE F(ab´)2領域に存在する
IgE-FcεRI複合体に対するHMK-12 Fabの新規活性を探索するために、分子相互作用研究を実施した。FcεRIへのIgEの結合に対するHMK-12 Fabの効果を調べるために、種々の濃度のAlexa 488標識SPE-7 IgE (抗DNPマウスIgE抗体)を過剰量のHMK-12 Fab又はIgG2a Fabとプレミックスした。次に混合物をPT18細胞(マウス肥満細胞)に加え、37℃で20分間インキュベートした。洗浄段階に続いて、細胞をフローサイトメトリー分析に供した。その結果、図1に示すように、HMK-12 FabがPT18細胞へのSPE-7 IgEの結合を用量依存的に阻害することを示したが、IgG2a Fabは無処理と比較して阻害作用を示さなかった。本発明者は以前に、HMK-12 Fabが低温下であらかじめ形成されたIgE-FcεRI複合体と相互作用することを示した(Sci Rep.8,14237(2018))。HMK-12 FabはPT18細胞表面のFcεRIへのSPE‐7 IgEの結合を妨げた。これらの結果の1つの考えられる説明は、HMK-12 FabがFcεRIと相互作用するのに必要なIgE Fcドメインにある種の変化を引き起こすというものである。
HMK-12 Fabがどのようにして細胞表面FcεRIへのIgEの結合を妨げるかという問題にさらに取り組むため、IgE分子上のHMK-12 Fabの結合エピトープを同定することとした。まず、SPE-7 IgEタンパク質を7.5% SDS-PAGE上で還元及び非還元条件下で泳動させた。次いで、このタンパク質をPVDF膜に移し、HMK-12 Fab、6HD5 Fab及び抗ラットλ鎖、続いてHRPヤギ抗ラットIgGで検出した(図2)。還元条件下では、6HD5 Fabと抗ラットλ鎖はそれぞれIgE重鎖(70kDa)と軽鎖(23kDa)を検出した。しかし驚くべきことに、膜をHMK-12 Fabでプローブした場合、目に見えるバンドがないことを明確に示した。一方、非還元条件下ではすべての抗体が150kDa前後のIgEとその凝集体を検出した。
以上の知見に基づき、これらの抗IgE抗体が還元方法に応じてどのようにIgEと反応するかを検討した。最初に、SPE-7 IgEタンパク質をジチオトレイトール(DTT:5~20mM)の連続希釈物で室温で60分間処理した。透析後、非還元条件下でSDS-PAGEを行った後、ウエスタンブロット分析法を行った。その結果、図3に示すように、6HD5 Fabが全IgE分子(200kDa)ならびに部分的に還元したIgE重鎖(70kDa)をDTTの投与量依存的に検出した。同様に、抗ラットλ鎖は、IgE分子全体、IgE重鎖及び軽鎖(25kDa)を検出した。しかし、HMK-12 Fabは全IgE分子とのみ反応し、還元IgE重鎖とは反応しなかったことから、HMK‐12 Fabの結合エピトープは二量体構造のIgE上に存在するが、ジスルフィド結合が還元して生じたモノマー上には存在しないことがわかった。
HMK-12 Fabによって認識されるIgE二量体上のエピトープを明らかにするために、F(ab´)2断片を生成するのに用いられるペプシンでSPE-7 IgEを消化した試料を非還元条件下でSDS-PAGEした後、ウエスタンブロット分析法でHMK-12 Fabとの反応性について分析した(図4)。この結果は、pH3.8で消化を行った場合、抗ラットλ鎖のみがFab(50kDa)を検出できた。一方、HMK-12 FabはpH 4.5で消化を行った場合、75kDaから150kDaの間の大きな断片を検出できた。とりわけ、HMK-12 FabはIgE F(ab´)2に対応する150kDaバンドと最も強く反応し、HMK-12 FabがIgE F(ab´)2上のエピトープを認識することを示した。
これらの結果をさらに確認するため、まずSuperose 12 10/300 GLカラムを用いてHMK-12 Fab及びSPE-7 IgE F(ab´)2を精製した(図5A)。精製したHMK-12 FabとIgE F(ab´)2をモル比2.1:1で混合し、4℃で8時間インキュベートした。インキュベーション後、HiPrep 16/60 Sephacryl S-300 HRに試料を適用し、複合体を形成していないFab及び予想外に短いリテンションタイムを有する粒子を除去した(図5B)。次に、ピーク画分を非還元条件下でSDS‐PAGE上で泳動した。その結果、それぞれIgE F(ab´)2とHMK-12 Fabに相当する150kDaと45kDaの2つのバンドが明確に示された(図5C)。
これらの結果から、HMK-12 Fabの結合エピトープはIgE F(ab´)2領域に存在するという有力な証拠が得られた。
【0029】
(2)HMK-12 Fab/IgE F(ab´)2複合体の結晶構造
HMK-12 FabがIgE F(ab´)2領域上に存在するエピトープに結合するという知見に基づき、2.9Å分解能で、R値とRfree値がそれぞれ0.228及び0.267のHMK-12 Fab/lgE F(ab´)2複合体の結晶構造を決定した(図6)。結晶学的データを表1に要約した。
【0030】
【表1】
【0031】
複合体の構造から、2つのHMK-12 Fab断片と1つのIgE F(ab´)2分子が複合粒子を形成することが明らかになった。複合体粒子では、HMK-12 Fab断片は、IgE F(ab´)2分子との分子間相互作用のための2つの部位を有する。
1つの部位は、IgE F(ab´)2のCε2ホモ二量体ドメインと接触するHMK-12 Fabの一般的なエピトープ認識部位である。もう1つの部位は、HMK-12 Fabの重鎖のヒンジ領域に存在するクレフトであり、このクレフトはIgE F(ab´)2の軽鎖のループ構造を収容していた。HMK-12 Fabのエピトープ認識部位を介する前者の相互作用が、主に複合体形成に寄与した。
HMK-12 FabのCα原子の結晶学的原子位置変位因子の平均値は、IgE F(ab´)2のCε2ドメインのそれとほとんど同じであった(それぞれ45.6Å2と47.5Å2)。対照的に、IgE F(ab´)2のFab部分のCα原子の平均値は81.6Å2であった。したがって、HMK-12 Fabの原子位置変位因子とIgE F(ab´)2のCε2ドメインの原子位置変位因子の値がほとんど同じであることは、2つの粒子、HMK-12 FabとIgE F(ab´)2のCε2ドメインが結晶中で単一粒子のように振る舞うことを意味する。エピトープ認識部位を介する相互作用が複合体形成の主要因子であると考えられる。
【0032】
HMK-12 Fabの重鎖のヒンジ領域に存在するクレフトとIgE F(ab´)2の軽鎖との相互作用は、結晶形成に関与していると考えられた。IgE F(ab´)2のCε2ドメインとFab部分をつなぐリンカーペプチド鎖は、IgE F(ab´)2の他の部分との相互作用が少ない長く伸びたペプチド鎖なので、複合体を形成していないIgE F(ab´)2のCε2ドメインとFab部分の間には、相対位置の多様性があると考えられる。複合体を形成することでHMK-12 FabはCε2ドメインとIgE F(ab´)2のFab部分の間の相対的位置を固定し、構造的多様性の少ない結晶化可能な粒子の形成をもたらすと考えられる。
【0033】
まとめると、結果は、HMK-12 Fab上にIgE F(ab´)2と相互作用するための2つの結合部位が存在することを実証した。1つの結合部位はIgE F(ab´)2のCε2をエピトープとして認識する一般的なエピトープ認識部位であった。もう1つの結合部位は、lgE F(ab´)2の軽鎖と相互作用するHMK-12 Fabの重鎖のヒンジ領域のクレフトであった。
【0034】
(3)エピトープ認識
HMK-12 Fabが認識するエピトープ領域は、IgE F(ab´)2の2つのCε2ドメインの両方からのアミノ酸残基によって形成されていた。HMK-12 Fabの相補性決定領域(CDR)のアミノ酸残基の原子から6Åより短いかそれに等しい距離に位置するIgE F(ab´)2のアミノ酸残基がHMK-12 Fabのエピトープであり、5つの領域(E219-L222、D230*-H235*、D259-D260、E296-K302及びG307-R315)に分散していた(図7)。
2番目の領域を除く5つの領域のうち4つは同じCε2モノマー上に存在した。図8で赤色で示した第2の領域D230*-H235*は、前述のCε2モノマーとホモ二量体を作るもう一つのCε2モノマー由来のループ構造であった。この結晶学的観察から、エピトープ領域は鎖間ジスルフィド結合によりホモ二量体構造が強化されているCε2ホモ二量体の両単量体由来のアミノ酸残基からなることが明らかになった。
HMK-12FabのVHの第1及び第3のCDR領域(G26-N37及びH100-A110)は、Cε2ホモ二量体のエピトープ領域の代表的なアミノ酸残基の認識に重要な役割を果たすと考えられる(図9)。IgE F(ab´)2のCε2ドメインにあってHMK-12Fabとの結合における代表的なアミノ酸残基はN232*、D309、L311、H313(図9に緑色の炭素原子をもつ棒モデル)で、エピトープ領域の他のアミノ酸に比べ、隣接するHMK-12 Fabの原子がより多く存在する(図7)。最初のCDR領域はCε2ドメインの最後のβ鎖の前半と相互作用した。第三のCDR領域はCε2ドメインの最後のβ鎖の後半とCε2ホモ二量体の他のモノマーからのループの先端と相互作用した。より詳細には、最初のCDR領域の側鎖ヒドロキシル基(Y27、S33及びY34)とS32の主鎖カルボニル基が、D309の主鎖アミド及びカルボニル基、L311の主鎖カルボニル基と水素結合を形成する。第三のCDR領域はN232*を囲うような形で多くの水素結合を形成する。Y103とS104の主鎖カルボニル基とR106の主鎖アミド基はN232*の極性側鎖と水素結合を形成する。さらに、H100の側鎖はN232*の主鎖カルボニル基と水素結合を形成する。N232*の結合に加えて、3番目のCDR領域は、G101及びY102の主鎖カルボニル基を介してCε2のβ鎖の最後の半分のH313の側鎖と水素結合を形成する。
まとめると、HMK-12 Fabは、第1及び第3のCDRに存在するアミノ酸残基を介して、Cε2ホモダイマー中のモノマーの両方に由来するエピトープ領域を認識することができる抗体であった。これらの結果は、HMK-12 FabがCε2ドメインのホモ二量体構造を欠く完全に還元されたIgEと反応しないことを示す前記の発明者らの知見と一致した。
【0035】
(4)HMK-12 FabはIgE-FcεRI複合体を速やかに解離させ、アナフィラキシー反応を阻害する。
IgEは肥満細胞や好塩基球の表面にあるFCεRIに高い親和性(解離定数、Kd =10-10M)で結合する(J Allergy 76,3627-3641(2021))。この親和性は、Fcガンマ受容体(FcγRs)についてはIgG、低親和性受容体であるCD23についてはIgEよりも少なくとも数桁高いと考えられている。IgEとFcεRIの間のこのような強固な会合にもかかわらず、HMK-12 FabがFcεRIからIgEを解離できるという特異な特性を有することを示した。これらの現象に対するさらなる洞察を得るために、HMK-12 Fabによる既成のIgE-FcERI複合体の解離効率を調べた。この目的のために、PT18細胞を0.2μMのAlexa 488標識SPE‐7 IgEと37℃で15分間プレインキュベートした。過剰な非結合抗体を除去するために細胞を2回洗浄し、種々の温度(2、25及び37℃)下で異なる濃度のHMK-12 Fab又はIgG2a Fab (0.02μM、0.2μM、2μM)と5、15及び75分間インキュベートした。各温度条件下で洗浄した後、FACSCelestaフローサイトメーターを用いてSPE-7 IgE+PT18細胞の蛍光強度を測定した。
その結果、SPE-7 IgE+PT18細胞の蛍光強度が、37℃で2μMのHMK-12 Fabと5、15及び75分間インキュベートした後、それぞれ46、73及び89%劇的に減少した(図10)。しかし、2℃ではHMK-12 Fabとインキュベートした後にあっても、SPE-7 IgE+PT18細胞の蛍光強度に変化はなかった。
SPE-7 IgE+PT18細胞の蛍光強度低下がIgE-FcERI複合体の解離によるものであることをさらに確認するため、ELISAにより解離したSPE-7 IgEの量について培養上清を分析した。Alexa 488標識SPE-7 IgEとプレインキュベートしたPT18細胞を洗浄し、2μMのHMK-12 Fab又はIgG2a Fabと37℃でインキュベートした。HMK-12 Fabを37℃で15分間及び60分間インキュベートした後、フローサイトメトリー解析により、SPE-7 IgE+PT18細胞の強度がそれぞれ76%及び85%低下した(図11上図)。対照的に、HMK-12 Fabと15分及び60分間インキュベートした後のELISAデータから、培養物上清中のSPE-7 IgE/HMK-12 Fab免疫複合体の濃度は、それぞれ1.5nMと2nMであった(図11下図)。しかし、SPE-7 IgE+PT18細胞をIgG2a Fabとインキュベートした場合、免疫複合体は検出されなかった。まとめると、少量のHMK‐12 Fabが温度依存的に既成のIgE-FcERI複合体を迅速に解離することが明確に示された。
アレルギー反応におけるHMK-12 Fabフラグメント(HMK-12 Fab)の役割にさらに取り組むために、受動的皮膚アナフィラキシー(PCA)アッセイを用いてIgE媒介アナフィラキシー反応に対するHMK-12 Fabのin vivo効果を検討した。まず、1μg/mlのSPE-7 IgEをラットに皮内注射した。2日後、HMK‐12 Fab又は抗κ Fab 5μg/mlを同じ部位に注射した。15分後、ラットに0.5%エバンスブルーと1mg/mlのDNP-BSAを含む生理食塩水を静脈内注射した。次に、血管から組織へのエバンスブルーの漏出を、620nm波長での吸光度測定により定量した。図12(刺激前)に示した結果は、少量のHMK-12 FabがPCA反応を阻害し得るが、抗κ FabによるPCA反応の阻害はなかったことを示す。次に、SPE-7 IgEの皮内注射の2日後に、ラットに0.5%エバンスブルーと1mg/mlのDNP-OVAを含む生理食塩水を静脈内投与した。投与後速やかにHMK-12 Fab又は抗κ Fab 5μg/mlをラット皮内に注射した。漏出したエバンスブルーの定量的評価は、HMK-12 FabがPCA反応を阻害できるが、抗κ Fab(刺激後)によるPCA反応の阻害はないことを明らかにした。これら全ての結果は、HMK-12 Fabがアレルゲン刺激後でもアナフィラキシー反応を阻害できることを明確に示している。
【0036】
(考察)
モノクローナル抗IgE抗体のFabフラグメント、HMK-12 Fabがいくつかの点で新規な作用を有することを実証した。第一に、HMK-12 Fabの結合エピトープはIgE F(ab´)2領域に存在するが、IgE Fcドメインには存在しない。第二に、HMK-12 Fabは既成のIgE-FcεRI複合体を速やかに解離させ、アレルゲン刺激後でもIgEを介したアナフィラキシー反応を阻害することができる。最後に、X線結晶学的研究により、IgE F(ab´)2上の異なるエピトープをHMK-12 Fabが標的とすることによりIgE Fcドメインの非対称性の低下を引き起こし、IgEをアロステリックな方法で受容体複合体から解離させることが明らかになった。
【0037】
IgEが発見されて以来、治療目的でオマリズマブ、リゲリズマブ、キリズマブなど多くのモノクローナル抗IgE抗体が作製されている。しかし、これらの抗体の結合エピトープの大部分は、IgE上のFcεRI結合部位と重複するCε3及びCε4ドメイン内に認められた。したがって、これらの抗体はフリーIgEを中和できるが、あらかじめ形成されたIgE/FcεRI複合体とは効率的に相互作用しない。一方、HMK-12 Fabはあらかじめ形成されたIgE/FcεRI複合体と相互作用することができるが、競合実験により、HMK-12 Fabが肥満細胞上のFcεRIへのIgEの結合を用量依存的に効果的に遮断することが明らかになった。これらの観察は、HMK-12 Fabによって認識されるIgEエピトープの同定を容易にした。還元及び非還元条件下での以下の蛋白質分析から、HMK-12 Fab結合エピトープはIgE二量体上に存在するが、モノマー上には存在しないことが示された。さらに、ペプシン消化研究では驚くべきことに、HMK-12 Fab結合エピトープがIgE F(ab´)2領域上に存在するが、Fcドメイン上には存在しないことを明らかにした。この観察は、HMK-12 Fab断片が1つのIgE F(ab´)2分子と相互作用して複合粒子を形成するための2つの部位を提供することを示すX線結晶学的研究によって確認された。1つの結合部位は、IgE F(ab´)2のCε2ホモ二量体ドメインと接触するHMK-12 Fabの従来のエピトープ認識部位であり、もう1つの結合部位は、IgE F(ab´)2の軽鎖と相互作用するHMK-12 Fabの重鎖のヒンジ領域のクレフトであった。
【0038】
リセプター複合体形成の阻害に加えて、今回の研究からのもう一つの驚くべき発見は、HMK-12 Fabを介したレセプター複合体からのIgEの除去である。HMK-12 Fabの役割に関する更なる洞察を得るために、HMK-12 Fab/IgE F(ab´)2複合体をIgE Fc/FcERI複合体に重ね合わせることにより、HMK‐12 Fabの機能を調べることを試みた。HMK-12 Fab/IgE F(ab´)2複合体の結晶構造は、HMK-12 FabのIgEへの結合がCε2とCε3ドメイン間の空間配置の多様性を減少させることを示唆した。これは、Cε2ドメインの下半分に位置するHMK-12 Fabの結合エピトープが、全長のIgEでは短いリンカー領域を介してCε3ドメインに近接しているという事実に起因する可能性が最も高い。図13に、IgE Fc-FcεRI 複合体(PDB ID: 2Y7Q)と本研究で決定したHMK-12 Fab/IgE F(ab´)2複合体の結晶構造の重ね合わせを示す。IgE Fc-FcεRIの複合体構造では、2つのFc断片が構造的に非対称な二量体を形成し、それぞれのCεドメインは異なる空間配置をとる。その結果、2つのCε3ドメイン間に形成される空間はFcεRIの結合に適応すると考えられる。この研究におけるIgEのCε2の受容体複合体のCε2への重ね合わせ(図13A)では、HMK-12 Fabの軽鎖のFvドメインが受容体複合体構造のCε3ドメインと重なり合っている。この研究におけるIgEのCε2と受容体複合体のもう一方のCε2との重ね合わせにおいて(図13B)、HMK-12 Fabの重鎖のFvドメインは、受容体複合体構造において他のCε3ドメインと重複している。IgEのCε2ドメインへのHMK-12 Fab結合は、IgEのFcフラグメントにFcとFcERI複合体の結晶構造で観測されるものとは異なる空間配置を取らせる。
【0039】
結晶構造解析の結果、ジスルフィド結合により連結された1対のIgE重鎖のCε2ドメインとHMK‐12 Fabが、2回回転対称を示すことが明らかになった。結晶構造は結晶場の影響を受けるが、結晶学的原子変位因子の分析はHMK-12 FabとCε2ドメインの強固に結合した複合体を示したので、2回回転対称関係は基本的に溶液中でも保たれるであろう。しかし、最近の進展は、IgE-FcεRI複合体の例外的に遅い解離速度(12,35,36)のために、IgE Fcドメインの非対称な空間配置の重要性を示した。
したがって、HMK-12結合によって導入されたIgE重鎖の2回回転対称構造が、FcεRIに対するIgEの結合親和性の低下を引き起こす可能性が考えられる。
【0040】
上述のように、HMK-12 FabはIgEのCε3ドメインと相互作用するのに十分な大きさであったため、2つのCε2/HMK-12 Fab部分に隣接する2つのCε3ドメインは、Cε2ドメインとHMK‐12 Fabの2回回転対称関係によって影響を受け、IgE Fcドメインの非対称構造という受容体との結合に必要な特徴の低下をもたらす可能性があった。結果として、受容体複合体からのlgEの除去又は受容体複合体形成の阻害を引き起こす可能性がある。最後に、IgE F(ab´)2に2箇所で結合するHMK-12 Fabは、間接的にIgE Fcドメインの構造的特徴を変化させ、速やかにIgE-FcεRI複合体を解離させることを本発明で示した。HMK-12 Fabの特徴は、この抗体がアレルゲン負荷後でもアナフィラキシー反応を阻害できる理由を説明するかもしれない。IgE-FcεRI相互作用のアロステリック調節として知られるこれら全ての知見は、アレルギー疾患の予防と治療のためのより良い治療選択肢を提供する可能性がある。
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