IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ バイオ科学株式会社の特許一覧

特開2024-7446魚類レンサ球菌の抽出物を含む、前記魚類レンサ球菌または前記抽出物に対する特異的免疫を誘導することに用いるための組成物
<>
  • 特開-魚類レンサ球菌の抽出物を含む、前記魚類レンサ球菌または前記抽出物に対する特異的免疫を誘導することに用いるための組成物 図1A
  • 特開-魚類レンサ球菌の抽出物を含む、前記魚類レンサ球菌または前記抽出物に対する特異的免疫を誘導することに用いるための組成物 図1B
  • 特開-魚類レンサ球菌の抽出物を含む、前記魚類レンサ球菌または前記抽出物に対する特異的免疫を誘導することに用いるための組成物 図2
  • 特開-魚類レンサ球菌の抽出物を含む、前記魚類レンサ球菌または前記抽出物に対する特異的免疫を誘導することに用いるための組成物 図3
  • 特開-魚類レンサ球菌の抽出物を含む、前記魚類レンサ球菌または前記抽出物に対する特異的免疫を誘導することに用いるための組成物 図4
  • 特開-魚類レンサ球菌の抽出物を含む、前記魚類レンサ球菌または前記抽出物に対する特異的免疫を誘導することに用いるための組成物 図5A
  • 特開-魚類レンサ球菌の抽出物を含む、前記魚類レンサ球菌または前記抽出物に対する特異的免疫を誘導することに用いるための組成物 図5B
  • 特開-魚類レンサ球菌の抽出物を含む、前記魚類レンサ球菌または前記抽出物に対する特異的免疫を誘導することに用いるための組成物 図6
  • 特開-魚類レンサ球菌の抽出物を含む、前記魚類レンサ球菌または前記抽出物に対する特異的免疫を誘導することに用いるための組成物 図7
  • 特開-魚類レンサ球菌の抽出物を含む、前記魚類レンサ球菌または前記抽出物に対する特異的免疫を誘導することに用いるための組成物 図8
  • 特開-魚類レンサ球菌の抽出物を含む、前記魚類レンサ球菌または前記抽出物に対する特異的免疫を誘導することに用いるための組成物 図9
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024007446
(43)【公開日】2024-01-18
(54)【発明の名称】魚類レンサ球菌の抽出物を含む、前記魚類レンサ球菌または前記抽出物に対する特異的免疫を誘導することに用いるための組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 39/09 20060101AFI20240110BHJP
   A61P 31/04 20060101ALI20240110BHJP
【FI】
A61K39/09
A61P31/04 171
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023105996
(22)【出願日】2023-06-28
(31)【優先権主張番号】P 2022106992
(32)【優先日】2022-07-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TRITON
2.BRIJ
(71)【出願人】
【識別番号】300012664
【氏名又は名称】バイオ科学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100173185
【弁理士】
【氏名又は名称】森田 裕
(72)【発明者】
【氏名】金井 欣也
(72)【発明者】
【氏名】奥谷 飛
(72)【発明者】
【氏名】首藤 公宏
(72)【発明者】
【氏名】辻倉 正和
【テーマコード(参考)】
4C085
【Fターム(参考)】
4C085AA03
4C085BA14
4C085BB24
4C085CC07
4C085DD03
4C085DD08
4C085EE01
4C085GG06
(57)【要約】      (修正有)
【課題】養殖魚に感染し、養殖漁業に深刻な被害をもたらす魚類レンサ球菌に対する特異的免疫を誘導するための組成物および組成物を製造する方法を提供する。
【解決手段】ラクトコッカス・ガルビエの糖鎖抽出処理により菌体から抽出される糖鎖成分を含む組成物を用いる。前記糖鎖成分が、前記菌体の熱処理、酸処理、または消化酵素処理により前記菌体から抽出される糖鎖成分である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
糖鎖成分を含む組成物であって、当該糖鎖成分は、魚類レンサ球菌の糖鎖成分を含み、魚類対象に投与することにより、当該対象において前記糖鎖成分または前記魚類レンサ球菌に対する免疫を誘導することができる、組成物。
【請求項2】
前記糖鎖成分が、前記菌体の糖鎖抽出処理により前記菌体から抽出される糖鎖成分である、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記糖鎖成分が、前記菌体の熱処理により前記菌体から抽出される糖鎖成分である、請求項1に記載の組成物。
【請求項4】
前記糖鎖成分が、前記菌体の酸処理により前記菌体から抽出される糖鎖成分である、請求項1に記載の組成物。
【請求項5】
前記酸処理が、塩酸による酸処理である、請求項4に記載の組成物。
【請求項6】
前記糖鎖成分が、消化酵素処理により前記菌体から抽出される糖鎖成分である、請求項1に記載の組成物。
【請求項7】
前記魚類レンサ球菌が、α溶血性レンサ球菌である、請求項1~6のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項8】
前記魚類レンサ球菌が、I型ラクトコッカス・ガルビエ(Lactococcus garvieae)、II型ラクトコッカス・ガルビエ、およびIII型ラクトコッカス・ガルビエからなる群から選択される1以上のラクトコッカス・ガルビエである、請求項1~7のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項9】
魚類において魚類レンサ球菌に対する免疫を誘導することに用いるための、請求項1~8のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項10】
魚類において魚類レンサ球菌に対する免疫を誘導する方法であって、
当該魚類に請求項1~8のいずれか一項に記載の組成物を投与することを含む、方法。
【請求項11】
請求項1~8のいずれか一項に記載の組成物を製造する方法であって、
莢膜を有するII型魚類レンサ球菌を水溶液中で酸処理、熱処理、または消化酵素処理に供することと、
前記水溶液中に遊離する糖鎖成分を回収することと、
回収された糖鎖成分を含む組成物を得ることと、
を含む、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、魚類レンサ球菌の抽出物を含む、前記魚類レンサ球菌または前記抽出物に対する特異的免疫を誘導することに用いるための組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
魚類レンサ球菌は、養殖魚に感染し、養殖漁業に深刻な被害をもたらす(非特許文献1)。非特許文献1では、ブリ、カンパチ、ヒラマサ、シマアジ、マアジ、マサバ、スマ、およびクロマグロなどのすずき目の魚、ヒラメなどのかれい目の魚、ならびに、トラフグ、カワハギ、およびウマヅラハギなどのふぐ目の魚において、ラクトコッカス・ガルビエが魚類レンサ球菌症を示すことが示されている。マリジェンナー レンサ1、マリンジェンナー カワハギαβなどのラクトコッカス・ガルビエ(Lactococcus garvieae)の不活化菌が開発されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】「平成29年度養殖場における病魚由来細菌の薬剤耐性モニタリング結果」、農林水産省消費・安全局畜水産安全管理課、農林水産省動物医薬品検査所発行、2019年12月10日発表
【発明の概要】
【0004】
本開示は、魚類レンサ球菌の抽出物を含む、前記魚類レンサ球菌または前記抽出物に対する特異的免疫を誘導することに用いるための組成物を提供する。
【0005】
本開示によれば、以下の発明が提供され得る。
(1)糖鎖成分を含む組成物であって、当該糖鎖成分は、魚類レンサ球菌の糖鎖成分を含み、魚類対象に投与することにより、当該対象において前記糖鎖成分または前記魚類レンサ球菌に対する免疫(特に特異的免疫)を誘導することができる、組成物。
(2)前記糖鎖成分が、前記菌体の熱処理または酸処理などの糖鎖抽出処理により前記菌体から抽出される糖鎖成分である、上記(1)に記載の組成物。
(3)前記糖鎖成分が、前記菌体の熱処理により前記菌体から抽出される糖鎖成分である、上記(1)に記載の組成物。
(4)前記糖鎖成分が、前記菌体の酸処理により前記菌体から抽出される糖鎖成分である、上記(1)に記載の組成物。
(5)前記酸処理が、塩酸による酸処理である、上記(4)に記載の組成物。
(6)前記糖鎖成分が、消化酵素処理により前記菌体から抽出される糖鎖成分である、上記(1)に記載の組成物。
(7)前記魚類レンサ球菌が、α溶血性レンサ球菌である、例えば、非KG+かつ非KG-のα溶血性レンサ球菌である、上記(1)~(6)のいずれかに記載の組成物。
(8)前記魚類レンサ球菌が、I型ラクトコッカス・ガルビエ(Lactococcus garvieae)、II型ラクトコッカス・ガルビエ、およびIII型ラクトコッカス・ガルビエからなる群から選択される1以上のラクトコッカス・ガルビエである、上記(1)~(7)のいずれかに記載の組成物。
(9)魚類において魚類レンサ球菌に対する免疫を誘導することに用いるための、上記(1)~(8)のいずれかに記載の組成物。
(10)魚類において魚類レンサ球菌に対する免疫を誘導する方法であって、
当該魚類に上記(1)~(8)のいずれかに記載の組成物を投与することを含む、方法。
(11)上記(1)~(8)のいずれかに記載の組成物を製造する方法であって、
莢膜を有するII型魚類レンサ球菌を水溶液中で酸処理、熱処理、または消化酵素処理に供することと、
前記水溶液中に遊離する糖鎖成分を回収することと、
回収された糖鎖成分を含む組成物を得ることと、
を含む、方法。
【0006】
(12)魚類対象が、すずき目、かれい目、およびふぐ目からなる群から選択される魚である、上記いずれかの組成物。
(13)魚類対象が、ブリ、カンパチ、ヒラマサ、シマアジ、マアジ、マサバ、スマ、およびクロマグロなどのすずき目の魚類、ヒラメなどのかれい目の魚類、カワハギおよびウマヅラハギなどのふぐ目の魚類からなる群から選択されるいずれかの魚である、上記いずれかの組成物。
(14)魚類対象が、ブリ、カンパチまたはシマアジである、上記いずれかの組成物。
【0007】
(21)ワクチンである、上記いずれかの組成物。
(22)魚類において魚類レンサ球菌の糖鎖成分に対する免疫を誘導する方法であって、
当該魚類に上記(1)~(7)のいずれかに記載の組成物を投与することを含む、方法。
(23)上記いずれかの方法において用いるための、組成物であって、糖鎖成分(例えば、単離された糖鎖成分または当該糖鎖成分を含む糖タンパク質または糖脂質などの複合体)を含み、当該糖鎖成分は、魚類レンサ球菌の糖鎖成分を含み、魚類対象に投与することにより、当該対象において前記糖鎖成分または前記魚類レンサ球菌に対する免疫(特に特異的免疫)を誘導することができる、組成物。
【0008】
(31)魚類レンサ球菌が、莢膜を有する魚類レンサ球菌である、上記いずれかに記載の組成物、または方法。
(32)魚類レンサ球菌が、莢膜を有する魚類レンサ球菌であり、かつ、糖鎖成分が、莢膜に由来する糖鎖成分である、上記いずれかに記載の組成物、または方法。
(33)ワクチンである、上記いずれかに記載の組成物。
(34)魚類対象において、抗原特異的免疫を誘導することに用いるための上記いずれかに記載の組成物。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1A】酸による糖鎖抗原の抽出の結果を示す。塩酸抽出物及び蒸留水処理物をSDS-PAGEで分離後アルシアンブルーおよび銀染色で染色した。レーン 1: Pre-Stained Marker (Broad)、レーン 2: 121941-B24 株の塩酸抽出物、レーン 3: 121941-B24 株の蒸留水抽出物、レーン 4: 121941 株の塩酸抽出物、レーン 5: 121941 株の蒸留水抽出物、レーン 6: BSLG182001 株の塩酸抽出物、レーン 7: BSLG182001 株の蒸留水抽出物、レーン 8: 152663-2-2 株の塩酸抽出物、レーン 9: 152663-2-2 株の蒸留水抽出物、レーン 10: BSLG172101 株の塩酸抽出物、レーン 11: BSLG172101 株の蒸留水抽出物、レーン 12: Pre-Stained Marker (Broad)、レーン 13: Ns15Kita6 株の塩酸抽出物、レーン 14: Ns15Kita6 株の蒸留水抽出物、レーン 15: BSLG162003 株の塩酸抽出物、レーン 16: BSLG162003 株の蒸留水抽出物、レーン 17: Ns17Kami14 株の塩酸抽出物、レーン 18: Ns17Kami14 株の蒸留水抽出物、レーン 19: KG9502 株の塩酸抽出物、レーン 20: KG9502 株の蒸留水抽出物、レーン 21: NUF668 株の塩酸抽出物、レーン 22: NUF668 株の蒸留水抽出物。
図1B】121941-B24-1株と121941-B24-56株の透過電子顕微鏡像を示す。図中の2つの白い矢印は莢膜と他の領域との境界をそれぞれ示す。
図2】酸抽出物タンパク質の検出の結果を示す。塩酸抽出物及び蒸留水処理物をSDS-PAGEで分離後CBBおよび銀染色で染色した。レーン1: Pre-Stained Marker、レーン2: 121941-B24株生菌の塩酸抽出物、レーン3: 121941-B24株生菌の蒸留水抽出物、レーン4: 121941-B24株FKCの塩酸抽出物、レーン5: 121941-B24株FKCの蒸留水抽出物、レーン6: 121941-B24-1株生菌の塩酸抽出物、レーン7: 121941-B24-1株生菌の蒸留水抽出物、レーン8: 121941-B24-56株生菌の塩酸抽出物、レーン9: 121941-B24-56株生菌の蒸留水抽出物。
図3】121941-B24-1株不活化菌体のワクチン効果を示す。121941-B24-1株及び121941-B24-56株のホルマリン不活化菌液を作成し、ワクチン効果を評価した。
図4】121941-B24株不活化菌体のワクチン効果を示す。121941-B24株のホルマリン不活化菌液を作成し、ワクチン効果を評価した。
図5A】ヒートショックによる糖鎖抗原の抽出の結果を示す。ヒートショック抽出物をSDS-PAGEで分離後アルシアンブルーおよび銀染色で染色した。レーン1: Pre-Stained Marker、レーン2: 121941-B24株生理食塩水 (60 ℃)、レーン3: 121941-B24株生理食塩水(80℃)、レーン4: 121941-B24株生理食塩水(100℃)、レーン5: 121941-B24 56株生理食塩水(60℃)、レーン6: 121941-B24 56株生理食塩水(80℃)、レーン7: 121941-B24 56株生理食塩水(10℃)、レーン8: 121941-B24株10%SDS含有生理食塩水(6℃)、レーン9: 121941-B24株10%SDS含有生理食塩水(80℃)、レーン10: 121941-B24株10%SDS含有生理食塩水(100℃)、レーン11: 121941-B24 56株10%SDS含有生理食塩水(60℃)、レーン12: 121941-B24 56株10%SDS含有生理食塩水(80℃)、レーン13: 121941-B24 56株10%SDS含有生理食塩水(100℃)。
図5B】ヒートショックによる糖鎖抗原の抽出の結果を示す。ヒートショック抽出物をSDS-PAGEで分離後アルシアンブルーおよび銀染色で染色した。レーン1: Pre-Stained Marker (Broad)、レーン2: 121941-B24 Heat Shock 抽出物、レーン3: BSLG182001 Heat Shock 抽出物、レーン4: 152663-2-2 Heat Shock 抽出物、レーン5: BSLG172101 Heat Shock 抽出物、レーン6: Ns15Kita6 Heat Shock 抽出物、レーン7: BSLG162003 Heat Shock 抽出物、レーン8: 121941 Heat Shock 抽出物。
図6】121941-B24株由来酸抽出物の免疫原性を示す。121941-B24 株の塩酸抽出物を作成し免疫効果を評価した。
図7】121941-B24株由来ヒートショック抽出物の免疫原性を示す。121941-B24株のヒートショック抽出物を作成し、ワクチン効果を評価した。
図8】121941-B24株の消化酵素処理物(または消化酵素消化物)のSDS-PAGE後にアルシアンブルー染色および銀染色をした結果を示す。レーン1:Pre-Stained Marker、Lane 2:121941-B24株パパイン消化物、Lane3:121941-B24株リゾチーム消化物。
図9】消化酵素処理物の免疫原性を示す。121941-B24株の消化酵素処理物を作成し、ワクチン効果を評価した。HS Extract:ヒートショック抽出物、Pap Digeste:パパイン消化物、Lyz Digeste:リゾチーム消化物。
【発明の具体的説明】
【0010】
本明細書では、「魚類」とは、脊椎動物亜門のうち、非四肢動物である動物群であり、一般的には魚と呼ばれ、通常は水中で生活し、えら呼吸を行う動物である。脊椎動物亜門条鰭綱新鰭亜綱棘鰭上目の魚としては、すずき目、かさご目、かれい目、ふぐ目、およびさけ目が挙げられる。すずき目の魚としては、例えば、ブリ類(またはハマチ)、カンパチ、ヒラマサ、シマアジ、マダイ、マアジ、マサバ、クロマグロ、イサキ、マハタ、およびサラサハタが挙げられる。かさご目の魚としては、カサゴ、メバル、オニオコゼ、ホウボウ、コチ、およびアインは目などが上げられる。かれい目の魚としては、例えば、カレイ、ヒラメ、およびウシノシタが挙げられる。ふぐ目の魚としては、カワハギ、フグ、ハリセンボン、およびマンボウが挙げられる。さけ目の魚としては、サケ、ギンザケ、ニジマス、イワナ、タイセイヨウサケ、ベニザケ、ギンザケ、およびキングサーモンが挙げられる。
【0011】
本明細書では、「魚類レンサ球菌」は、魚類における伝染性疾病の原因となる細菌である。養殖魚に関しては、生産額の多い順に、ブリ属魚類、マダイ、トラフグ、ヒラメ、ギンザケ、シマアジ、およびマアジが知られており、大きな養殖魚市場を形成している。ブリ属魚類等の魚類におけるレンサ球菌症の原因となるレンサ球菌症、例えば、α溶血性レンサ球菌(例えば、Lactococcus garviae;ラクトコッカス・ガルビエ)によるレンサ球菌症は、もっとも重要な疾病の一つである。ラクトコッカス・ガルビエは、魚類レンサ球菌症を発症したブリ、カンパチ、ヒラマサ、シマアジ、マアジ、マサバ、スマ、およびクロマグロなどのすずき目の魚類、ヒラメなどのかれい目の魚類、カワハギおよびウマヅラハギなどのふぐ目の魚類から分離されている。また、II型ラクトコッカス・ガルビエは、主に、魚類レンサ球菌症を発症したブリ、カンパチおよびシマアジから分離されている。
【0012】
本明細書では、「ラクトコッカス・ガルビエ」は、α溶血性レンサ球菌の一種である。α溶血性レンサ球菌は、魚類に感染すると、通常、眼球の白濁、出血、および突出;鰓蓋内側の発赤、および膿瘍;ならびに心外膜炎、狂奔遊泳、および体系の歪曲などの症状を引き起こし得る。I型ラクトコッカス・ガルビエは、抗Ia型ウサギ血清に凝集するラクトコッカス・ガルビエである。II型ラクトコッカス・ガルビエは、抗II型ウサギ血清に凝集するラクトコッカス・ガルビエであり、非KG+かつ非KG-であることを特徴とする。近年、II型ラクトコッカス・ガルビエは、ラクトコッカス・ホルモセンシス(L. formosensis)として再分類されている。III型ラクトコッカス・ガルビエは、上記いずれの血清でも凝集を生じないラクトコッカス・ガルビエである。
【0013】
本明細書では、「莢膜」とは、一部の細菌が保有し、細胞壁のさらに外側に存在する層である。莢膜は、細胞が分泌する成分からなり、宿主の免疫細胞から菌体本体を守る防御壁としての役割を果たすと考えられている。莢膜保有株では、ギムザ染色に供した場合に、菌体の周囲が染色されない像が観察される。莢膜は、主に糖鎖から構成されるが、ポリペプチドを含む場合もある。
【0014】
本明細書では、「糖鎖」とは、糖がグリコシド結合により連結した化合物をいう。糖鎖は、多くの場合、脂質またはタンパク質などの生体分子を修飾している。細胞の表面には、糖鎖が表出している。糖鎖は、細胞表面に発現し、水分を含有して細胞や当該細胞を含む組織を保護したり、細胞間の情報伝達において重要な役割を果たしている。
【0015】
「魚類レンサ球菌の菌体から得られる糖鎖成分」とは、当該菌体を構成する糖鎖成分のうち、当該菌体から分離できる糖鎖成分を意味する。菌体から分離できる糖鎖成分には、菌体の細胞表面に表出している糖鎖成分が含まれる。このような糖鎖成分は、特に限定されないが、菌体により合成され、細胞膜に輸送されて、細胞表面に表出していると考えられる。ある態様では、糖鎖成分は、莢膜の糖鎖成分である。
【0016】
本明細書では、「免疫」とは、非自己(主に、病原体などの侵入物である)に対する生体防御機構である。免疫は、自然免疫と獲得免疫が挙げられる。自然免疫は、非自己に対する非特異的な免疫であると考えられており、パターン認識などの仕組みを活用するマクロファージ、顆粒球、およびNK細胞などの免疫細胞によりになわれる。獲得免疫は、非自己に対する特異的な免疫であると考えられており、T細胞やB細胞などのリンパ球により担われている。魚類では、病原体に対して抗血清が生じることから、獲得免疫が誘導されるものと考えられている。獲得免疫細胞の中には、過去の病原体の情報を記憶する細胞が存在し、免疫記憶を担っている。
【0017】
本明細書では、「ワクチン」とは、個体に対して投与することにより、当該個体において病原体およびその類縁体に対する免疫を誘導することに用いるための組成物である。ワクチンには、生ワクチン、および不活化ワクチンなどがある。生ワクチンとしては、一般的に、ウイルスや細菌などの病原体の毒性、または発病力を低減した弱毒株が用いられる。不活化ワクチンは、病原体またはその株に対して、物理的処理、および/または化学的処理などを行うことにより、病原体を不活化することにより作製されうる。物理的処理としては、例えば、熱処理、超音波処理、または、紫外線の照射、X線およびγ線などの放射線の照射が挙げられる。化学処理としては、例えば、ホルマリンおよびクロロホルムなどの有機溶媒処理、酢酸などの酸(例えば、弱酸)による酸処理、アルコール処理、塩素処理、または水銀処理が挙げられる。その他、ワクチンには、組換えタンパク質ワクチンが挙げられる。ワクチンには、アジュバントが添加されていてもよい。
【0018】
本明細書では、「単離」とは、天然の環境において共存していた少なくとも1以上の成分から分離することを意味する。ある成分の菌体からの単離は、菌体から分離し、その後、菌体または菌体の他の成分を除去して、または当該ある成分を濃縮もしくは相対濃度を高めることにより実施できる。
【0019】
本開示によれば、魚類レンサ球菌の糖鎖成分および当該糖鎖成分を含む組成物が提供される。本開示によればまた、魚類レンサ球菌の消化酵素処理物(特にその莢膜の消化酵素処理物)を含む組成物が提供される。魚類レンサ球菌の消化酵素処理物を含む組成物は、糖鎖成分またはその他の成分を含み得る。ある好ましい態様では、糖鎖成分は、魚類レンサ球菌の菌体表面(特に莢膜)の糖鎖成分を含む。糖鎖成分は、莢膜保有株から有利に抽出できる。したがって、ある好ましい態様では、糖鎖成分は、魚類レンサ球菌の莢膜の構成成分である糖鎖成分を含む。したがって、好ましくは、魚類レンサ球菌は、莢膜を有するものである。本開示では、糖鎖成分は単離された糖鎖成分であり得る。本開示では、糖鎖成分は、当該糖鎖成分と他の成分(例えば、タンパク質、脂質など)との複合体(例えば、単離された糖タンパク質および単離された糖脂質などの単離された複合体)中に含まれていてもよい。単離は、糖鎖成分が産生された環境(例えば、菌体)からの単離である。糖鎖の単離は、周知の様々な方法により行われ得る。糖鎖成分は、菌体から他の1以上の成分と分離することにより単離され得る。糖鎖はまた、被修飾体(例えば、菌体、または菌体のタンパク質もしくは脂質)から遊離させることにより単離することができる。糖鎖の被修飾体からの遊離は、化学的処理および/または物理的処理によりなされ得る。糖鎖の被修飾体からの遊離は、特に限定されないが、熱処理、酸処理(好ましくは塩酸処理)、および/または消化酵素処理によりなされ得る。糖鎖の被修飾体からの遊離は、好ましくは熱処理によりなされ得る。酸処理および熱処理は、糖鎖成分の抽出に適した条件下で、特に、糖鎖が破壊されてその抗原性が完全に消失しない程度の強度で行えばよく、当業者であれば、糖鎖の被修飾体からの遊離に適した条件を設定することができる。消化酵素処理は、用いる消化酵素の酵素反応に適した条件下で行うことができる。消化酵素処理としては、糖鎖分解酵素処理、ペプチドグリカン分解酵素処理、およびタンパク質分解酵素処理が挙げられる。糖鎖分解酵素処理は、糖鎖の分子内開裂を誘発する処理であり、例えば、糖鎖分解酵素により適切な条件下で糖鎖を処理することによりなされ得る。糖鎖分解酵素としては、例えば、セルラーゼ、ノイラミニターゼ、アセチルグルコサミニダーゼ、ムラミダーゼ、グルコサミダーゼ、およびグリカナーゼが挙げられる。また、ペプチドグリカン分解酵素処理は、ペプチドグリカンのペプチド部分、糖鎖部分、または糖鎖とペプチドの連結部分の開裂を誘発する処理であり、例えば、ペプチドグリカン分解酵素により適切な条件下で糖鎖、ペプチドグリカン、またはペプチドを処理することによりなされ得る。ペプチドグリカン分解酵素としては、例えば、リゾチーム(またはライソザイム)、アミダーゼ、エンドライシン、オートライシン、およびミュリエイザーゼが挙げられる。また、タンパク質分解処理は、タンパク質の分子内開裂を誘発する処理であり、例えば、タンパク質分解酵素(例えば、エンドペプチダーゼ)により適切な条件下でタンパク質を処理することによりなされ得る。タンパク質分解酵素としては、特に限定されないが例えば、トリプシン、キモトリプシン、エラスターゼ、スブチリシン、トロンビン、プラスミン、カリクレイン、ジペプチジルパプチダーゼIV、グランザイム、カテプシン(B、H、L、S、およびK)、カスパーゼ(1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、および14)、カルパイン、パパイン、クルジパイン、ペプシン、カテプシンD、カテプシンE、レニン、サーモリシン、ネプリリジン、マトリックスメタロプロテイナーゼ(1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、14、15、16、17、18、19、20、21、22、23、24、25、26、27、および28)、アンジオテンシン転換酵素、ADAMTS、およびグルタミルエンドペプチダーゼが挙げられる。酵素反応は、各酵素に適した条件においてなされ、当業者であれば適宜条件を設定することができる。これらの処理は、抗原となる糖鎖を破壊しない強度でなされる。魚類レンサ球菌は好ましくはα溶血性レンサ球菌であり、より好ましくはラクトコッカス・ガルビエ(例えば、I型、II型、もしくはIII型、または上記以外の型)であり、さらに好ましくはII型ラクトコッカス・ガルビエである。酸処理は、弱酸によりなされ得る。酸処理は、例えば、1mM~100mM、10~20mM、または5mM~15mM塩酸水溶液中でなされ得る。酸処理は、環境温度下(例えば、約25℃)で、10~30分程度なされ得る。熱処理は、例えば、60℃~100℃のいずれかの温度条件下でなされ得る。熱処理は、特に限定されないが例えば、水溶液中でなされ得る。水溶液は、界面活性剤を含んでいてもよい。加熱は、特に限定されないが例えば、数分、例えば、1~10分、2~7分、3~5分、または2~4分程度なされ得る。界面活性剤は、例えば、カチオン性界面活性剤、アニオン性界面活性剤、両性界面活性剤、および非イオン性界面活性剤であり得る。界面活性剤としては、例えば、Triton X-100、Triton X-114、NP-40、Brij-35、Brij-58、ポリソルベート-20、ポリソルベート-80、オクチルグルコシド、オクチルチオグルコシド、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)、3-[(3-コラミドプロピル)-ジメチルアンモニオ]-1-プロパンスルホネート(CHAPS)、および3-[(3-コラミドプロピル)ジメチルアンモニオ]-2-ヒドロキシプロパンスルホネート(CHAPSO)からなる群から選択される1以上を用いることができる。水溶液は、例えば、緩衝液または生理食塩水であり得る。菌体の糖鎖抽出処理後には、糖鎖を遊離、単離、または精製することもできる。このようにして本願発明では、魚類レンサ球菌の糖鎖成分および当該糖鎖成分を含む組成物を得ることができる。
【0020】
本開示によれば、魚類レンサ球菌の糖鎖成分は、魚類対象に投与することにより、当該対象において前記魚類レンサ球菌に対する免疫を誘導し得る。したがって、魚類レンサ球菌の糖鎖成分または当該糖鎖成分を含む組成物は、魚類対象に投与することにより、当該対象において前記魚類レンサ球菌に対する免疫を誘導することができる。そのため、魚類レンサ球菌の糖鎖成分または当該糖鎖成分を含む組成物は、魚類対象に投与することにより、当該対象において前記魚類レンサ球菌に対する免疫を誘導することに用いることができる。誘導される免疫は、自然免疫および/または獲得免疫であり得、好ましくは獲得免疫であり、または自然免疫と獲得免疫の両方であり得る。魚類レンサ球菌は好ましくはα溶血性レンサ球菌であり、より好ましくはラクトコッカス・ガルビエ(例えば、I型、II型、もしくはIII型、または上記以外の型)であり、さらに好ましくはII型ラクトコッカス・ガルビエである。
【0021】
本開示によれば、魚類レンサ球菌の糖鎖成分は、タンパク質または脂質と共有結合している必要は無い。ある態様では、魚類レンサ球菌の糖鎖成分を含む組成物は、タンパク質または脂質を含んでいてもよいが、タンパク質または脂質を実質的に含まなくてもよい。タンパク質または脂質を実質的に含まない組成物とは、糖鎖成分の調製過程で、除去できない程度または検出限界以下のタンパク質または脂質を含んでいてもよい。上記組成物において、タンパク質は、タンパク質分解酵素により分解されることにより、除去されていてもよい。糖鎖成分は、好ましくは精製されている。精製により糖鎖成分の純度を高めることができる。
【0022】
本開示によれば、魚類対象を処置する方法が提供される。本開示の方法は、魚類対象に、単離された魚類レンサ球菌の糖鎖成分または当該単離された糖鎖成分を含む組成物の有効量を投与することを含む。本開示によれば、魚類対象において免疫を誘導する方法であって、魚類対象に、単離された魚類レンサ球菌の糖鎖成分または当該単離された糖鎖成分を含む組成物の有効量を投与することを含む。ここで、免疫は抗原特異的免疫であり得る。
【0023】
本開示によれば、本開示の方法において用いるための、単離された魚類レンサ球菌の糖鎖成分または当該単離された糖鎖成分を含む組成物が提供される。
本開示によれば、魚類対象に投与する組成物の製造における、単離された魚類レンサ球菌の糖鎖成分または当該単離された糖鎖成分を含む組成物の使用が提供される。
本開示によれば、魚類対象において免疫を誘導することに用いるための組成物の製造における、単離された魚類レンサ球菌の糖鎖成分または当該単離された糖鎖成分を含む組成物の使用が提供される。
【0024】
本開示によれば、魚類レンサ球菌の糖鎖成分を含むワクチンが提供される。
【0025】
本開示によれば、魚類レンサ球菌の糖鎖成分を含む組成物(またはワクチン)を製造する方法が提供される。ある態様では、この方法は、莢膜を有する魚類レンサ球菌(例えば、II型魚類レンサ球菌)を水溶液中で、化学的処理(酵素処理を含む)および/または物理学的処理等の処理に供し、糖鎖成分を溶液中に遊離させることを含む。ある態様では、この方法は、
莢膜を有する魚類レンサ球菌(例えば、II型魚類レンサ球菌)を水溶液中で酸処理、熱処理、または消化酵素処理に供すること、
を含む。ある好ましい態様では、この方法は、前記水溶液中に遊離する糖鎖成分を回収する(他の成分から分離する)ことをさらに含む。ある好ましい態様では、この方法は、回収された糖鎖成分を含む組成物(またはワクチン)を得ることをさらに含む。ワクチンは、有効量の糖鎖成分を含む。ワクチンは、有効量の糖鎖成分に加えて、水、等張剤、pH調整剤、塩などの添加剤を含んでいてもよい。得られる組成物は、ある態様では、魚類対象への投与に適した組成を有する。
【0026】
本開示の組成物およびワクチンは、魚類対象において、当該糖鎖成分または当該糖鎖成分が由来する魚類レンサ球菌またはその変種に対する抗原特異的な免疫を誘導することができる。本開示の組成物およびワクチンは、魚類対象において、糖鎖成分が由来する魚類レンサ球菌またはその変種に起因する魚類レンサ球菌症を予防および/または治療することに用いられ得る。
【0027】
魚類レンサ球菌は好ましくはα溶血性レンサ球菌であり、より好ましくはラクトコッカス・ガルビエであり、さらに好ましくはII型ラクトコッカス・ガルビエである。ある好ましい態様では、魚類レンサ球菌は、好ましくは、莢膜を有するα溶血性レンサ球菌であり、より好ましくは莢膜を有するラクトコッカス・ガルビエであり、さらに好ましくは莢膜を有するII型ラクトコッカス・ガルビエである。
【0028】
ある態様では、魚類対象は、ブリ、カンパチ、ヒラマサ、シマアジ、マアジ、マサバ、スマ、およびクロマグロなどのすずき目の魚類、ヒラメなどのかれい目の魚類、カワハギおよびウマヅラハギなどのふぐ目の魚類からなる群から選択されるいずれかの魚である。ある態様では、魚類対象は、ブリ、カンパチ、またはシマアジであり得る。ある態様では、魚類対象は、養殖魚であり得る。
【実施例0029】
材料および方法
使用菌株
下記表1に示される菌株を使用した。121941-B24株、121941-B24-1株及び121941-B24-56株は、2012年に大分県で死亡したブリ未成魚から分離された後に液体窒素中で凍結保存した121941株を原株としてクローニングして樹立された株である。これらの3株はいずれも抗II型血清に凝集することからII型Lactococcus garvieaeL. garvieae)に分類される。
【0030】
【表1】
【0031】
BSLG15203-3-4-4株は2015年に鹿児島県で死亡したブリ未成魚から分離された後に液体窒素中で保存したBSLG15203株を3回生体通過したのちにブリに対して高病原性を示すクローンを選抜して樹立された株である。BSLG15203-3-4-4株は抗II型血清に凝集するII型L. garvieaeである。これらの菌株はSoy-bean Casein Digest培地を用いて20~24時間培養し、使用時まで-80℃又は液体窒素中で保存した。なお、攻撃に使用する場合にはTodd Hewitt培地を用いて24時間培養した。
【0032】
塩酸による抽出物の調整
培養した上記菌株の培養液並びに121941-B24株ホルマリン不活化菌液(FKC)それぞれの溶液成分を0.01M塩酸に置換し、20分間25℃で処理した。塩酸処理後、8,000rpmで5分間遠心分離し、上清を回収して塩酸抽出物とした。なお、それぞれの菌株を蒸留水中で同様に処理したものを対照とした。
【0033】
ヒートショック(Heat Shock)による抽出物の調整
培養した121941-B24株又は121941-B24-56株培養液それぞれの培地を生理食塩水又は10%SDS含有生理食塩水に置換し、4℃で温度を平衡化させたのち、60℃、80℃又は100℃(煮沸)下で3分間加温した。各処理が終了後、氷中で急冷したものを、15,000rpmで15分間遠心分離し、上清を回収してヒートショック抽出物とした(図5A)。また、培養した各菌株の培養液の培地を生理食塩水に置換し、4℃で温度を平衡化させたのち、100℃(煮沸)下で3分間加温した。各処理が終了後、氷中で急冷したものを、15,000rpmで15分間遠心分離し、上清を回収してヒートショック抽出物とした(図5B)。
【0034】
SDS-PAGEによる糖鎖抗原の検出
各抽出物サンプルを等量の2×サンプルバッファー(0.125M Tris-HCl、10%メルカプトエタノール、4%SDS、10%スクロース、0.04mg/mLブロモフェノールブルー)と混合後、3分間煮沸して、12.5%ポリアクリルアミドゲル上で15mA/ゲル下で泳動した。分子量マーカーはPre-Stained Marker(Broad; Integrale)を使用した。電気泳動終了後、アルシアンブルーで染色した。固定液(10%酢酸、25%エタノール)中で2時間固定後、0.125%アルシアンブルー液中で1時間染色した。染色後固定液で洗浄し、次いで洗浄液(5%酢酸、10%エタノール)で洗浄した。洗浄後、5%グルタールアルデヒド液中で15分間増感し、洗浄液に次いで蒸留水で洗浄後銀染色を行った(1,2)。銀染色はSilver Stain 2 Kit Wako (和光純薬工業)をマニュアルに準じて使用して行った。同時にCoomassie Brilliant Blue(CBB)染色による検出も行った。電気泳動終了後、CBB染色液(0.25%CBB-R250、5%エタノール、7.5%酢酸)中で30分間染色した。染色後、脱色液(25%エタノール、7.5%酢酸)中で脱色し、蒸留水で洗浄後銀染色を行った。銀染色はSilver Stain 2 Kit Wako(和光純薬工業)をマニュアルに準じて使用して行った。
【0035】
糖鎖抗原保有株(121941-B24-1株及び121941-B24-56株)不活化菌体の免疫原性の比較
121941-B24-1株及び121941-B24-56株の不活化菌体をブリ稚魚(平均:129.2±22.0g)それぞれ15尾ずつの腹腔内に投与し、2週間飼育した。免疫後2週目にBSLG15203-3-4-4株で攻撃し(2.6×107CFU/尾)、2週間の死亡の推移を毎日確認した。なお、PBSを投与した群を対照とした。
【0036】
塩酸抽出物のL. garvieaeに対する免疫効果の検討
121941-B24株由来の塩酸抽出物をブリ稚魚(平均:22.5±2.6g)15尾の腹腔内に投与し、2週間飼育した。免疫後2週目にBSLG15203-3-4-4株で攻撃し(2.6×106CFU/尾)、2週間の死亡の推移を毎日確認した。なお、PBSを投与した群を対照とした。
【0037】
ヒートショック抽出物のL. garvieaeに対する免疫効果の検討
121941-B24株由来のヒートショック抽出物をブリ稚魚(平均:21.9±3.6g)20尾の腹腔内に投与し、2週間飼育した。免疫後2週目にBSLG15203-3-4-4株で攻撃し(1.5×106CFU/尾)、2週間の死亡の推移を毎日確認した。なお、PBSを投与した群を対照とした。
【0038】
結果及び考察
本開示によれば、L. garvieaeから種々の方法により抽出できる糖鎖成分がワクチン効果を奏することが明らかとなった。具体的には以下の通りである。
【0039】
L. garvieaeの酸処理による抗原の抽出
L. garvieaeである121941-B24株(生菌及びFKC)、121941-B24-1株及び121941-B24-56株を含む表1記載の菌株それぞれから0.01Mの塩酸及び蒸留水を用いた処理後に得られる酸抽出物の上清をSDS-PAGEで分離した。BSLG182001株、152663-2-2株、BSLG172101株、Ns15Kita6株、BSLG162003株、SDS-PAGE上で121941-B24株及び121941-B24-1株からの酸抽出物中に<40kDaのスメアが検出された(図1)。このスメアは、アルシアンブルーで染色されたことからこの抽出物は多糖類に関連する因子であることが示唆された。一方でこの因子は蒸留水では抽出できず、ホルマリン不活化菌体からも抽出できないことが示された(図1A参照)。興味深いことに、121941-B24株及び121941-B24-1株と由来を同一とするにもかかわらず、121941-B24-56株ではこの抗原は検出されなかった。このことからII型L. garvieaeであっても株ごとによって抗原(糖鎖)にバリエーションが生じていること、および121941株が複数の種類の株(より具体的には莢膜を有する株と莢膜を有していない株を含む)の混合物である可能性が疑われた。このことから、ある単離株が、複数種類の株の混合物である可能性がある場合には、限外希釈法等により、さらにクローニングを行って、単一クローンを分離することが有用であると示唆される。また、単一クローンを、莢膜の有無、または酸もしくは熱抽出による糖鎖成分の抽出成否に基づいて選択し、糖鎖成分を抽出できるクローンを選択することが重要であり得ることも示唆された。
【0040】
糖鎖抗原が抽出される株(121941-B24-1)と抽出されない株(121941-B24-56)を透過電子顕微鏡で観察した。具体的には、寒天培養菌を0.15%ルテニウムレッド加5%グルタールアルデヒドで室温2時間固定した。遠心により固定した菌を集め、集めた菌を4%アガロースに包埋して包埋ブロックを作製し、包埋ブロックを細切し、0.05%ルテニウムレッド加カコジル酸緩衝液で5回洗浄した。常法により、2%四酸化オスミウムで後固定し、その後、洗浄、脱水、樹脂包埋、薄切して、常法によるウランおよび鉛による2重染色に供した。結果は、図1Bに示される通りであった。図1Bに示されるように、糖鎖抗原が抽出される株(121941-B24-1)は菌体の最外層(矢印で挟まれた領域)に莢膜と考えられる層が存在するのに対して、糖鎖抗原が抽出されない株(121941-B24-56)は、莢膜を有しないことが示唆された。この結果から、糖鎖抗原は莢膜に由来することが示唆された。
【0041】
同様の方法により得られた酸抽出物にタンパク質成分が含まれるかを確認するため、得られた酸抽出物をSDS-PAGEにより分離後、CBBで染色したところ、アルシアンブルーで検出された前記抗原を検出することができなかった(図2)。この結果から、少なくとも酸で抽出した抗原は、タンパク質成分を含まない可能性が高く、すなわち、糖タンパク質ではなく、糖鎖として存在している可能性が示された。
【0042】
L. garvieaeのヒートショックによる抗原の抽出
次に抗原が酸処理以外の方法でも菌体から抽出されるかを検討した。ここではヒートショックによる菌体からの抗原の抽出方法を検討した。121941-B24株及び121941-B24-56株それぞれを生理食塩水(0.9%NaCl)又は10%ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)含有生理食塩水中に懸濁し60℃~100℃で3分間加熱後急冷した。その上清を回収し、菌体の熱処理抽出物を得た。得られた熱処理抽出物をSDS-PAGEで分離したところ、121941-B24株由来の抽出液で<114kDaのスメアが検出された(図5A、表2)。
【0043】
【表2】
【0044】
また、図5Bによると、121941株由来のヒートショック抽出物からもスメアが検出された。
【0045】
このスメアを形成した抗原はアルシアンブルー染色で検出されていることから糖鎖であり、抽出が可能な温度は生理食塩水で80℃~100℃、10%SDS含有生理食塩水で60℃~100℃であった。SDSの有無にかかわらず糖鎖の抽出が可能であったが、SDS存在下の方がより低温でも抽出が可能である。この現象は界面活性剤が菌体表層に働きかけることにより糖鎖抗原の遊離を促すためであると推察された。また、121941-B24-56株では検出されず、121941-B24株で検出されていることから、免疫抗原である可能性が期待される。なお、ヒートショックでは抽出された抗原の分子量が塩酸抽出の場合と比較して大きいものが含まれている。このことから、酸抽出した抗原は低分子量の断片に分解されている一方で、ヒートショックで抽出したものが無傷に近い状態で抽出されたためと推察される。
【0046】
糖鎖抗原保有株及び非保有株の免疫原性
糖鎖抗原を有する121941-B24-1株及び糖鎖抗原を有しない121941-B24-56株の不活化菌体を用いた免疫原性の評価を行った(図3)。その結果、攻撃後のPBS投与対照群で生存率が0.0%であった一方で、糖鎖抗原が抽出できた121941-B24-1株不活性化菌体投与群では93.3%と有意に高く、121941-B24-56株不活性化菌体投与群では0.0%とPBS投与対照群と有意な差は認められなかった。121941-B24株から取得した121941-B24-1株の不活化菌体及び121941-B24-56株の不活化菌体の有効率を比較すると、121941-B24-1株不活性化菌体投与群では93.3%、121941-B24-56株不活性化菌体投与群では0.0%とその有効性に明確な違いが認められた。なお、生存率は両菌株間で有意な差が認められている。この免疫原性の違いは酸又はヒートショックにより抽出された糖鎖の有無と一致しており、抽出された糖鎖がII型レンサ球菌の免疫原性と関連することが示唆された。
【0047】
抽出された糖鎖がII型レンサ球菌の抗原となることは121941-B24株が抗原性を保有することからも支持される。121941-B24株不活化菌体を用いてその免疫効果を評価すると121941-B24-1株と同様に高い免疫効果を保有することが示された(図4)。PBS投与対照群で生存率が0.0%であった一方で、121941-B24株不活化菌体投与群では生存率が93.3%(有効率:93.3%)と有意に高い値を示した。この結果は糖鎖抗原が121941-B24株からも抽出されたことと一致する。以上の結果より、抽出された糖鎖抗原の有無がII型レンサ球菌の免疫原性の有無に関連していることが示された。
【0048】
糖鎖抗原の免疫効果
酸抽出物及びヒートショック抽出物の免疫効果を確認するため、酸抽出物又はヒートショック抽出物を投与した後II型レンサ球菌に対する免疫効果を評価した(図6図7)。図6に示されるように、PBS投与対照群の生存率は0.0%であった一方で、酸抽出物投与群の生存率は33.3%(有効率:33.3%)であり、PBS投与対照群よりも有意に高い値を示した。さらに、図7に示されるように、PBS投与対照群で5.0%の生存率であった一方で、ヒートショック抽出物では47.4%(有効率:44.6%)とPBS投与対照群と比較して有意に高かった。以上の結果より、本実施例において抽出された糖鎖抗原はII型レンサ球菌の免疫抗原であり、菌体から遊離させてもなお高い免疫効果を保持していることが示された。
【0049】
L.garvieaeの消化酵素処理による抗原の抽出
使用菌株
121941-B24株は2012年に大分県で死亡したブリ未成魚から分離された後に液体窒素中で凍結保存した121941株を原株としてクローニングして樹立された株であり、抗II型血清に凝集することからII型Lactococcus garvieaeL. garvieae)に分類される。
BSLG15203-3-4-4株は2015年に鹿児島県で死亡したブリ未成魚から分離された後に液体窒素中で保存したBSLG15203株を3回生体通過したのちにブリに対して高病原性を示すクローンを選抜して樹立された株である。BSLG15203-3-4-4株は抗II型血清に凝集するII型L. garvieaeである。
これらの菌株は、ダイズカゼイン分解物培地を用いて20~24時間培養し、使用時まで-80℃又は液体窒素中で保存した。なお、攻撃に使用する場合にはTodd Hewitt培地を用いて24時間培養した。
【0050】
ヒートショックによる抽出物の調整
培養した121941-B24株又は121941-B24-56株培養液それぞれの培地を生理食塩水又は10%SDS含有生理食塩水に置換し、4℃で温度を平衡化させたのち、60℃、80℃又は100℃(煮沸)下で3分間加温した。各処理が終了後、氷中で急冷したものを、15,000rpmで15分間遠心分離し、上清を回収してヒートショック抽出物とした。
【0051】
消化酵素によるII型レンサ球菌の消化
培養した121941-B24株の培地を200μg/mLリゾチームを含む10mMPBS(pH=7.2)又は1.5×10-2U/mLパパイン溶液を含む10mMPBS(pH=7.2)に置換した後、37℃で2時間処理した。処理後、15,000rpmで15分間遠心分離して上清を回収し、各酵素の消化物とした。
【0052】
SDS-PAGEによる糖鎖抗原の検出
リゾチーム又はパパイン消化物サンプルを等量の2×サンプルバッファー(0.125M Tris-HCl、10%メルカプトエタノール、4%SDS、10%スクロース、0.04mg/mLブロモフェノールブルー)と混合後、3分間煮沸して、12.5%ポリアクリルアミドゲル上で15mA/ゲル下で泳動した。分子量マーカーはPre-Stained Marker (Broad; Integrale)を使用した。電気泳動終了後、アルシアンブルーで染色した。固定液(10%酢酸、25%エタノール)中で2時間固定後、0.125%アルシアンブルー液中で1時間染色した。染色後固定液で洗浄し、次いで洗浄液(5%酢酸、10%エタノール)で洗浄した。洗浄後、5%グルタールアルデヒド液中で15分間増感し、洗浄液に次いで蒸留水で洗浄後銀染色を行った。銀染色はSilver Stain 2 Kit Wako(和光純薬工業)をマニュアルに準じて使用して行った。
【0053】
ヒートショック抽出物、酵素消化物のII型L.garvieaeに対する免疫効果の検討
121941-B24株由来のリゾチーム又はパパイン消化物もしくはヒートショック抽出物をブリ稚魚(平均:41.2±7.8g)20尾の腹腔内に投与し、2週間飼育した。免疫後2週目にBSLG15203-3-4-4株で攻撃し(2.1×106CFU/尾)、2週間の死亡の推移を毎日確認した。なお、PBSを投与した群を対照とした。
【0054】
結果及び考察
消化酵素処理による糖鎖抗原の抽出
121941-B24株からパパイン又はリゾチーム消化処理後上清をSDS-PAGEで分離したところ、121941-B24株から、糖鎖に関連する抗原が抽出された。121941-B24株から>40kDaのスメアが検出され(図8参照)、アルシアンブルーで染色されたことからこの抽出物は多糖類に関連する因子であることが示唆された。
【0055】
糖鎖抗原の免疫効果
ヒートショック抽出物、パパイン消化物又はリゾチーム消化物の免疫効果を確認するため、ヒートショック抽出物、パパイン消化物又はリゾチーム消化物を投与した後にII型レンサ球菌に対する免疫効果を評価した(図9参照)。PBS投与対照群の生存率は15.0%であった一方で、ヒートショック抽出物投与群の生存率は50.0%(有効率:41.2%)であり、PBS投与対照群よりも有意に高い値を示した。さらにパパイン消化物では生存率が75.0%(有効率:70.6%)、リゾチーム消化物では生存率が55.0%(有効率:47.1.0%)といすれもPBS投与対照群と比較して有意に高かった。以上の結果より、ヒートショック抽出物のみならず、消化酵素処理により遊離した糖鎖を含む分解物に高い免疫効果が保持されていることが示された。
【0056】
結論
II型レンサ球菌の免疫抗原についてはいまだ解明された報告はなく、その本体についての知見は全く知られていない。本実施例ではII型レンサ球菌の抗原を抽出し、抽出物に含まれる免疫原性を示す抗原の本体が糖鎖あるいは糖鎖に関連する因子であること及び糖鎖が抽出後もなお高い免疫誘導能を保有することについて記述した。免疫原性を有する糖鎖抽出は、酸処理、ヒートショック、消化酵素処理のいずれにおいても可能であった。糖鎖が破壊されないように抽出される限り、タンパク質は熱変成、酸変成、および分解の影響を受けないと考えられる。II型レンサ球菌の抗原を免疫誘導能を有する状態で抽出した報告はこれまでになされていない。
【0057】
参考文献
1. Moller, H. J., D. Heinegard, and J. H. Poulsen. 1993. Combined Alcian Blue and Silver Staining of Subnanogram Quantities of Proteoglycans and Glycosaminoglycans in Sodium Dodecyl Sulfate-Polyacrylamide Gels. Analytical Biochemistry 209: 169-175.
2. Nakajima, T., R. Fujisawa, and Y. Kuboki. 1999. Sensitive Staining of Acidic Dentin Proteins with Electrophoresis. Japanese Journal of Oral Biology 41: 137-141.
3. Oinaka, D., N. Yoshimura, Y. Fukuda, A. Yamashita, S. Urasaki, Y. Wada, and T. Yoshida. 2015. Isolation of Lactococcus garvieae Showing No Agglutination with Anti-KG- Phenotype Rabbit Serum. Fish Pathology 50: 37-43.
図1A
図1B
図2
図3
図4
図5A
図5B
図6
図7
図8
図9