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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024007447
(43)【公開日】2024-01-18
(54)【発明の名称】光学素子及びレーザ加工装置
(51)【国際特許分類】
   G02B 27/09 20060101AFI20240110BHJP
   G02B 27/28 20060101ALI20240110BHJP
   B23K 26/062 20140101ALI20240110BHJP
   B23K 26/067 20060101ALI20240110BHJP
   G02B 5/30 20060101ALI20240110BHJP
   G02B 5/18 20060101ALI20240110BHJP
【FI】
G02B27/09
G02B27/28 Z
B23K26/062
B23K26/067
G02B5/30
G02B5/18
【審査請求】未請求
【請求項の数】16
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023106009
(22)【出願日】2023-06-28
(31)【優先権主張番号】P 2022105173
(32)【優先日】2022-06-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】302060650
【氏名又は名称】株式会社フォトニックラティス
(74)【代理人】
【識別番号】100116850
【弁理士】
【氏名又は名称】廣瀬 隆行
(74)【代理人】
【識別番号】100165847
【弁理士】
【氏名又は名称】関 大祐
(72)【発明者】
【氏名】川嶋 貴之
(72)【発明者】
【氏名】大沼 隼志
(72)【発明者】
【氏名】冨松 透
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 尚
(72)【発明者】
【氏名】井上 喜彦
(72)【発明者】
【氏名】ファーブル ローラン
(72)【発明者】
【氏名】川上 彰二郎
【テーマコード(参考)】
2H149
2H199
2H249
4E168
【Fターム(参考)】
2H149AA00
2H149AB01
2H149DA01
2H149DA06
2H199AB17
2H199AB29
2H199AB42
2H199AB45
2H199AB58
2H249AA03
2H249AA55
2H249AA65
4E168AD07
4E168AD11
4E168BA00
4E168DA02
4E168DA28
4E168DA36
4E168DA60
4E168EA02
4E168EA05
4E168EA07
4E168EA11
4E168EA17
(57)【要約】
【課題】板状のシンプルな光学素子を光路に差し込むだけで円環状のビーム等を形成でき、かつ、その直径及び強度比を容易に制御できるようにする。
【解決手段】
光学素子は、座標軸x,y,zからなる3次元空間において、光がz軸に平行に入射する場合に、xy面が軸方位の異なる複数の領域に分割された少なくとも1枚以上の波長板605を備える。光学素子は、無偏光な入射光の左回り円偏光成分と右回り円偏光成分に対し、位相の絶対値の面内分布は等しくかつ正負が逆の位相変化を与える。位相変化は波長板の軸方位によって決まる。波長板605のリタデーションをθとした場合に、入射光のうち位相変化が与えられる光のエネルギーは、割合がsin(θ/2)であり、与えられた位相変化の面内分布により等位相面が傾けられれる。残りのcos(θ/2)の割合のエネルギーは、入射光の偏光状態のまま位相変化が与えられずに直進する。これにより無偏光な入射光の等位相面の傾きを変化させる。
【選択図】図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
座標軸x,y,zからなる3次元空間において、光がz軸に平行に入射する場合に、xy面が軸方位の異なる複数の領域に分割された少なくとも1枚以上の波長板を備える光学素子であって、、
前記光学素子は、無偏光な入射光の左回り円偏光成分と右回り円偏光成分に対し、位相の絶対値の面内分布は等しくかつ正負が逆の位相変化を与え、前記位相変化は前記波長板の軸方位によって決まるものであり、
前記波長板のリタデーションをθとした場合に、前記入射光のうち前記位相変化が与えられる光のエネルギーは、割合がsin(θ/2)であり、与えられた前記位相変化の面内分布により等位相面が傾けられ、残りのcos(θ/2)の割合の光のエネルギーは、前記入射光の偏光状態のまま前記位相変化が与えられず直進し、
これにより無偏光な入射光の一部もしくは全部の等位相面の傾きを変化させる
光学素子。
【請求項2】
請求項1に記載の光学素子であって、
前記波長板は、
n個の多重円環状の領域に分割されており、
一つの円環領域の中では軸方位は等しく、
隣り合う円環領域では180/n°軸方位が異なり(nは2以上の整数)、
前記sin(θ/2)の割合のエネルギーは、波長λの前記入射光の左回り円偏光成分と右回り円偏光成分に対して、透過する光の波面が中心部から周辺部に向かってΦ=±sin-1(λ/n)の傾きを持ち、前記残りのcos(θ/2)の割合のエネルギーはそのまま直進する
光学素子。
【請求項3】
請求項1に記載の光学素子であって、
前記波長板は、
中心を対称に2分割した領域又は多角形の領域に分割されており、
それぞれの分割された領域は、中心から多角形の各辺に対して引いた垂線方向にさらに領域分割されており、
前記垂線方向に隣り合う領域では180/n°軸方位が異なる(nは2以上の整数)
光学素子。
【請求項4】
請求項3に記載の光学素子であって、
前記波長板の領域は周方向に分割され、中心を挟んだ対称な位置までの間に軸方位が90°×(2n+1)(n=0,1,2,3…)と変化する
光学素子
【請求項5】
請求項1に記載の光学素子であって、
前記波長板が、自己クローニング法で作られたフォトニック結晶である
光学素子。
【請求項6】
請求項1に記載の光学素子であって、
前記波長板の前記軸方位の異なる複数の領域は、一つの前記無偏光な入射光が複数の異なる方向に進むビームになるように、等位相面の傾きがそれぞれの領域で傾けられており、
前記光学素子は、構成する前記波長板のリタデーションによって一部もしくはすべてのエネルギーが前記入射光と異なる方向に曲げられる
光学素子。
【請求項7】
請求項2に記載の光学素子であって、
目的とするビームを得るための前記波長板のパターンを単位領域として、前記単位領域は、前記入射光の面積より小さく、かつ、前記入射光の入射面内に複数存在しており、
これにより、前記入射光の入射位置がずれた場合にも、前記光学素子によって作られる強度分布、偏光分布が変化しづらい
光学素子。
【請求項8】
請求項6に記載の光学素子であって、
前記波長板を複数備え、
複数の前記波長板のうちの少なくとも1つが回転もしくは平行移動した場合に、当該光学素子に入射する入射光の位置が異なる位置に変わることで、当該光学素子で波面を変換する方向を変えることができ、これにより最終的なビームのエネルギー分布を可変することができる
光学素子。
【請求項9】
請求項6に記載の光学素子であって、
前記波長板を複数備え、
ある前記波長板を透過した光を別の前記波長板を透過させることで、場所ごとに偏光状態を制御することができ、かつそれを回転もしくは平行移動することで、それらの偏光状態を制御する
光学素子。
【請求項10】
請求項2に記載の光学素子と、
焦点距離fの集光レンズを備え、
前記光学素子を直進した光成分は、前記集光レンズの焦点位置に集光され、
前記光学素子を透過して傾いた波面を持つ光成分は、前記集光レンズにより半径f*tanΦの円環状に集光する
ビーム整形素子。
【請求項11】
請求項2に記載の光学素子の中心を2枚重ねた光学素子対であって、
前記光学素子の互いの相対角度が変わることで場所ごとの実効的なリタデーションθを変化させることができ、結果として直進する成分と波面に傾きが与えられる成分との強度比を可変できる
光学素子対。
【請求項12】
請求項1に記載の光学素子と、
前記光学素子を透過した光の強度分布を変化させた後に、その位相面を改めて平面にする機能を持つ分割波長板、又は、前記光学素子を透過した光の偏光分布の少なくとも一部を直線偏光に変換する機能を持つ分割波長板を備える
光学素子群。
【請求項13】
z軸に平行な入射光の光路を偏光ごとに分離する偏光ビームスプリッタ(PBS)と、
前記PBSにより分離された光の光路上にそれぞれ設けられた請求項1に記載の光学素子であって、各光学素子は、各光に対して、光軸に対して傾いた波面を与え、ある距離を伝搬させることでxy面内で強度分布を変化させるものと、
各光学素子を透過することにより傾いた各光の波面をz軸に平行な成分に補正するパターン化波長板とを備え、
2本のビームを分離した後に再結合し1本のビームに合成する
光学系。
【請求項14】
z軸に平行な入射光の光路を偏光ごとに分離する偏光グレーティングと、
前記偏光グレーティングにより分離された光の光路上にそれぞれ設けられた請求項1に記載の光学素子であって、各光学素子は、各光に対して、光軸に対して傾いた波面を与え、ある距離を伝搬させることでxy面内で強度分布を変化させるものと、
各光学素子を透過することにより傾いた各光の波面をz軸に平行な成分に補正するパターン化波長板とを備え、
2本のビームを分離した後に再結合し1本のビームに合成する
光学系。
【請求項15】
請求項13又は請求項14に記載の光学系であって、
合成後の前記ビームをさらに分割波長板を通過させることにより、場所ごとの偏光分布を制御する
光学系。
【請求項16】
請求項1に記載の光学素子を含む、レーザ加工装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学素子及びレーザ加工装置等に関する。
【背景技術】
【0002】
レーザを用いた切断、溶接、穴あけなどの加工の分野は、加工スピード、加工の自由度などが従来の金属工具を用いた加工技術に比べ優れており、幅広い分野で応用されている。レーザ加工と言えば波長が10.6μmの炭酸ガスレーザが主流であったが、近年では波長1ミクロン程度のファイバレーザが主流となりつつある。当初はスピードの観点から、高出力なレーザを目指すことが主流であったが、最近では精密な加工、もしくは加工面の仕上がり具合に対しても需要が高まってきており、そのためにレーザの強度分布を制御するより高度な加工が実施されている。またさらにその先の技術として偏光分布を制御しようとする開発も進められている。
【0003】
通常のシングルモードのレーザ発振もしくはマルチモードでも基本モードの割合の高いレーザ発振では、強度分布はガウシアン分布に近いものになり中心部のエネルギーが一番高い。そうしたビームで加工すると中心部分のみ温度が上昇するため、実際の溶接では、中心部の狭い領域だけ溶接される、もしくはビームの周辺部も溶接しようとすると中心部ではレーザが対象物を突き抜けてしまうなどの問題が生じる場合がある。その場合、突き抜けたエネルギーは無駄になる。切断においても同様で、ある幅を安定に切断しようとすると、中心部分では過剰なエネルギーとなり、そのエネルギーは下にぬけて無駄になる。
【0004】
その対策として例えば円環状に強度分布を持たせることでその円環から内部の熱分布を均質化する技術がある。このようにして、レーザのエネルギーを無駄なく加工対象物に吸収させることができる。
【0005】
そうしたビームは例えばアキシコンレンズと呼ばれる円錐状のレンズにコリメートされた光を入射し、その光をレンズで集光することで実現することができる。これはアキシコンレンズにより光の波面がビームの中心から放射状方向項に向かって傾きを与えられることにより、レンズで集光された点において位置が傾き分ずれる。そのずれが同心円状に配置されるため、形状が円環状(ドーナツ)となる。その傾きをΦ、レンズの焦点距離をfとすると、円環状(ドーナツ)の半径rは、以下の式[1]で表すことができる。
r=f・tan(Φ)[式1]
【0006】
また一方で、最近では金属の溶接において、溶けた金属が周囲に飛散するスパッタが課題となる。バッテリーにおける電極の溶接では飛散した金属により、電気的ショートが発生するなどの問題が生じる。その対策として強度分布を円環状にしたビームと、その中心にピークを持つビームとを組み合わせた加工技術が発明されている。円環状のビームが加工対象物を加熱することで、通常ビームに比べて、溶融池が広がり局所的な溶融金属の対流による飛散が起きず、安定した溶接が実現されている(例えばIPG PHOTONICS社製のYLS-AMBアジャスタブルモードビームレーザー)。この実現方法としては、例えばレーザ発振器から加工点まで光を導く光ファイバを二重コアの構造にすることで、中心のコアとその周囲のコアを伝わるエネルギーを個別に制御し、円環プラス中心のビームを実現することができる。
【0007】
偏光分布の制御について以下に述べる。光が屈折率の異なる物質間で反射、透過が起こる場合、境界面に対する偏光方向が反射率、透過率に大きく影響を与えることは古くから知られている。図1に示すような境界を考えた時、xy平面に偏光方向がある場合をP偏光、x方向に偏光方向がある場合をS偏光と呼ばれる。基本的にP偏光の反射率が低く、その分光が透過する、つまり相手の物質に侵入する割合が高い。したがって相手の物質において光の吸収がある場合、P偏光の方が吸収される割合が高いこととなる。
【0008】
レーザ加工において、加工対象物質にエネルギーを与えることと、光の吸収が多いことは同じことであるため、P偏光の加工効率が高いということとなる。一方で、例えば細い穴などの底を加工したい場合、エネルギーをなるべく穴の側壁では吸収されずに、穴の底まで届けるためには、側壁での吸収率が低い、つまり反射率が高いことがのぞましい。したがってS偏光の方が望ましいことが明らかである。こうした議論は図1に示すように2次元面内で議論する場合はシンプルであるが、例えば図2の符号201に示すようにxy平面いた穴にz方向に光を入れる場合を考える。このような穴の側壁での光の吸収を考えた場合、加工に望ましい偏光は場所によって変わることとなる。つまり切断など側壁での吸収を重視する場合には全て壁面に対してS偏光であることが望ましい。つまり図2の(a)になるような放射状の偏光が望ましい。一方で、穴をあける場合にはどの側壁に対してもP偏光であることが望ましい。つまり図2の(b)にあるような同心円状の偏光が望ましい。このように加工の種類によって望ましい偏光分布は異なるため、加工ビーム面内の偏光分布を制御出来れば加工効率は向上すると考えられ、いくつかの研究が実施されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平10-335758号公報(特許第3325825号)
【特許文献2】特開2019-113629号公報(特許第7048962号)
【特許文献3】特開2020-064146号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
例えばアキシコンレンズで円環状のビームを実現しようとする際、一般的にレーザ加工ヘッドで用いられる焦点距離200mmのレンズで、直径500μmの円環を実現しようとすると、上記式[1]から0.07°というとても浅い角度が必要なことがわかる。かつ半径を±10%の精度で実現しようとすると、許される角度誤差は0.008度となる。これは大変高い精度が要求されるため、製品の価格、納期に影響する。
【0011】
また、段落0006で述べたスパッタの少ない溶接では、中心のビームが必要であるが、アキシコンレンズでは原理的に作ることができない。
【0012】
一方で、段落0006で述べたような光ファイバを用いた方法では、レーザ加工システムを大幅に変更する必要があるために、コストがかかる、自由度が低いといった課題がある。例えば加工ヘッド内の光学素子を一部変更するだけで実現できれば、既存のシステムにも適用することができ、低コストに導入が可能である。また素子の設計により円環ビームと中心ビームの強度比を変えることができれば、より自由度の高いレーザ加工が実現できる。
なお、場合によっては光のビーム自体は円環ではなく多点が円環状に並んだビームであっても構わない。最終的な目的として熱分布が円環状になればいい。また加工の種類によっては特定方向のビームの操作だけで足りる場合がある。そうした場合では、どの方向にも等方的である円環ではなく、多点であっても構わないし、多角形であってもいい。
【0013】
そこで、本発明は、このような問題点を鑑みてなされたものであり、板状のシンプルな光学部品を光路に差し込むだけで、円環状のビーム、円環状とその中心のビーム、もしくは任意に配置された多点のビームを形成し、かつ、設計によりその直径及び強度比を制御することができる光学素子を提供することを第1の目的とする。
【0014】
加えて、レーザ光の偏光分布を制御する場合、例えば共振器のミラーの反射率に、場所ごとに偏光依存性を持たせることで特定の偏光分布を持つビームを発信することが報告されている。この場合、偏光分布を制御しようとすると共振器のミラーを交換する必要があるが、共振器のミラーはレーザ発振を起こすために高精度に位置、角度を調整する必要があり、その交換は容易なことではない。場所ごとの偏光を制御する別の方法としては、場所ごとに異なる軸方位を持つパターン化波長板により偏光方向を制御するという方法が考えられる。例えば水晶でできた波長板を任意の形状に加工し、貼り合わせることでビームの面内で偏光を制御できる素子を実現することができる。しかし貼り合わせをどう行うかが課題となる。接着剤を用いると、高エネルギーの光を用いた場合の接着剤の変質が懸念される。オプティカルコンタクトと呼ばれる手法により接着剤なしでも貼り合わせることは可能であるが、貼り合わせ面の品質によって接合の強度は大きな影響を受けるため、高エネルギーに耐えうる接合を実現することは難しい。また液晶を用いることで、波長板の軸方位を高い自由度で制御することができるが、液晶は材料自体の耐熱性が低いため、液晶自体の吸収もしくは周囲の金具等でレーザのエネルギーの吸収があった場合、その発熱による変質がやはり懸念される。また液晶は一般的に、特性に大きな温度依存性を持つため、周囲の部品の温度が上がった場合の対策が必要である。さらに上記で述べたように、近年のレーザ加工ではファイバレーザが主流となっており、ファイバレーザから発信される光は無偏光であるため、上記の波長板をそのまま用いることができない。
【0015】
そこで、本発明は、このような問題点をも考慮しており、無偏光な光源から直交する偏光成分を空間的に分離し、それぞれの強度分布を制御した上で同一軸上を伝搬するビームにし、かつ偏光分布を制御したビームを作ることのできる光学素子及び光学系を提供することを第2の目的とする。本発明は、上記した第1の目的及び第2の目的の両方又は少なくともいずれか一方を達成するためのものである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の第1の側面は、光学素子に関する。本発明に係る光学素子は、座標軸x,y,zからなる3次元空間において、光がz軸に平行に入射する場合に、xy面が軸方位の異なる複数の領域に分割された少なくとも1枚以上の波長板を備える。本発明の光学素子は、無偏光な入射光の左回り円偏光成分と右回り円偏光成分に対し、位相の絶対値の面内分布は等しくかつ正負が逆の位相変化を与える。この位相変化は、波長板の軸方位によって決まる。波長板のリタデーション(波長板の光学軸に対して垂直な偏光と平行な偏光間で生じる位相の差)をθとした場合に、入射光のうち位相変化が与えられる光のエネルギーの割合は、sin(θ/2)である。この光のエネルギーは、与えられた位相変化の面内分布により等位相面が傾けられる。一方、残りのcos(θ/2)の割合の光のエネルギーは、入射光の偏光状態のまま、位相変化が与えられずに直進する。これにより、本発明の光学素子は無偏光な入射光の一部もしくは全部の等位相面の傾きを変化させる。
【0017】
本発明に係る光学素子において、波長板は、n個の多重円環状の領域に分割されており、一つの円環領域の中では軸方位は等しく、隣り合う円環領域では180/n°軸方位が異なる(nは2以上の整数)。この場合に、sin(θ/2)の割合のエネルギーは、波長λの入射光の左回り円偏光成分と右回り円偏光成分に対して、透過する光の波面が中心部から周辺部に向かってΦ=±sin-1(λ/n)の傾きを持ち、残りのcos(θ/2)の割合のエネルギーはそのまま直進する。各円環領域の幅は、等しくしてもよいし、それぞれ任意に異なる値とすることもできる。各円環領域の幅が等しくなる実施形態では、一つの円環の幅をdrとした場合に、半径方向にdr*nごとに軸方位が180度変化するようにパターン化されていることしてもよい。この場合に、sin(θ/2)の割合のエネルギーは、波長λの入射光の左回り円偏光成分と右回り円偏光成分に対して、透過する光の波面が中心部から周辺部に向かってΦ=±sin-1(λ/dr/n)の傾きを持ち、残りのcos(θ/2)の割合のエネルギーはそのまま直進する。
各円環領域の幅drが一定でない場合には、drに応じて波面の傾きが変化するため、波面に一定の傾きだけではなく、ある曲率を与えることも可能である。
【0018】
本発明に係る光学素子において、波長板は、中心を対称に2分割した領域又は多角形の領域に分割されており、それぞれの分割された領域は、中心から多角形の各辺に対して引いた垂線方向にさらに領域分割されており、前記垂線方向に隣り合う領域では180/n°軸方位が異なる(nは2以上の整数)。また、この場合も、各分割領域の幅は、等しくしてもよいし、それぞれ任意に異なる値とすることもできる。各分割領域の幅が等しくなる実施形態では、分割された領域の幅をdrとした場合に、dr*nごとに軸方位が180度変化するようにパターンされていてもよい。また、この光学素子は、波長板の領域が周方向に分割され、中心を挟んだ対称な位置までの間に軸方位が90°×(2n+1)(n=0,1,2,3…)と変化することとしてもよい。
【0019】
本発明に係る光学素子は、波長板が、自己クローニング法で作られたフォトニック結晶であることが好ましい。
本発明に係る光学素子において、波長板の軸方位の異なる複数の領域は、一つの無偏光な入射光が複数の異なる方向に進むビームになるように、等位相面の傾きがそれぞれの領域で傾けられていてもよい。この場合、光学素子は、構成する波長板のリタデーションによって一部もしくはすべてのエネルギーが入射光と異なる方向に曲げられる。
また、本発明に係る光学素子において、目的とするビームを得るための波長板のパターンを単位領域とする。この場合に、単位領域は、入射光の面積より小さく、かつ、入射光の入射面内に複数存在していてもよい。これにより、入射光の入射位置がずれた場合にも、光学素子によって作られる強度分布、偏光分布が変化しづらい。
また、本発明に係る光学素子は、前述した光学素子(波長板の軸方位の異なる複数の領域が、一つの無偏光な入射光が複数の異なる方向に進むビームになるように、等位相面の傾きがそれぞれの領域で傾けられていているもの)であって、波長板を複数備えていてもよい。この場合、複数の波長板のうちの少なくとも1つが回転もしくは平行移動した場合に、当該波長板に入射する入射光の位置が異なる位置に変わることで、当該波長板で波面を変換する方向を変えることができ、これにより最終的なビームのエネルギー分布を可変することができる。
また、本発明に係る光学素子は、前述した光学素子(波長板の軸方位の異なる複数の領域が、一つの無偏光な入射光が複数の異なる方向に進むビームになるように、等位相面の傾きがそれぞれの領域で傾けられていているもの)であって、波長板を複数備えていてもよい。この場合、ある波長板を透過した光を別の波長板を透過させることとしてもよい。この場合、光学素子は、場所ごとに偏光状態を制御することができ、かつそれを回転もしくは平行移動することで、それらの偏光状態を制御することができる。
【0020】
本発明の第2の側面は、ビーム整形素子に関する。本発明に係るビーム整形素子は、前述した多重円環状にパターン化された光学素子と、焦点距離fの集光レンズを備える。この場合に、ビーム整形素子は、光学素子を直進した光成分が、集光レンズの焦点位置に集光され、光学素子を透過して傾いた波面を持つ光成分が、集光レンズにより半径f*tanΦの円環状に集光するように構成されている。
【0021】
本発明の第3の側面は、光学素子対に関する。本発明に係る光学素子対は、前述した多重円環状にパターン化された光学素子の中心を2枚重ね合わせた構成となっている。この場合に、光学素子対は、光学素子の互いの相対角度が変わることで場所ごとの実効的なリタデーションθを変化させることができ、結果として直進する成分と波面に傾きが与えられる成分との強度比を可変できる。
【0022】
本発明の第4の側面は、光学素子群に関する。本発明に係る光学素子群は、前述した第1の側面に係る光学素子と、分割波長板を備える。分割波長板としては、光学素子を透過した光の強度分布を変化させた後に、その位相面を改めて平面にする機能を持つ分割波長板、又は、光学素子を透過した光の偏光分布の少なくとも一部を直線偏光に変換する機能を持つ分割波長板を採用することができる。
【0023】
本発明の第5の側面は、光学系に関する。本発明に係る光学系は、偏光ビームスプリッタ(PBS)と、前述した第1の側面に係る光学素子と、パターン化波長板を備える。PBSは、z軸に平行な入射光の光路を偏光ごとに分離する。光学素子は、PBSにより分離された光の光路上にそれぞれ設けられる。各光学素子は、各光に対して、光軸に対して傾いた波面を与え、ある距離を伝搬させることでxy面内で強度分布を変化させる。パターン化波長板は、各光学素子を透過することにより傾いた各光の波面をz軸に平行な成分に補正する。これにより、本発明の光学系は、2本のビームを分離した後に再結合し1本のビームに合成する。本発明の光学系においては、上記PBSに代えて、z軸に平行な入射光の光路を偏光ごとに分離する偏光グレーティングを採用することもできる。
【0024】
本発明に係る光学系は、さらに、合成後のビームを通過させる分割波長板を備えていてもよい。分割波長板により、合成後のビームについて、場所ごとの偏光分布を制御することができる。
【0025】
本発明の第6の側面は、レーザ加工装置に関する。レーザ加工装置は、レーザ加工用のヘッドのみであってもよいし、レーザ加工機全体であってもよい。本発明に係るレーザ加工装置は、第1の側面に係る光学素子を含む。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、アキシコンレンズの様に光学素子を透過した光を集光することで円環状のビームを実現することができ、その半径は光学素子の基板に形成されたパターンにより高い精度で制御することが可能となる。さらに、本発明によれば、光学素子又は光学系の設計により円環上のビームと中心のビームを同時に実現することができ、かつその強度比を制御することができる。さらに、本発明によれば、光学素子または光学系の設計により、ビームを分割し、それぞれを任意の位置に再配置することができるため、ビームの強度分布もしくはビームの分割を高い自由度をもって行うことができる。
【0027】
また、本発明によれば、無偏光な光から偏光成分を分離し、それぞれの偏光分布及び強度分布を制御することで、偏光分布と強度分布がともに制御されたビームを損失無く実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1図1は、P偏光、S偏光と境界面の関係を説明する図である。
図2図2は、丸穴加工時の側壁に対して、P偏光、S偏光となる偏光の図である。
図3図3は、分割波長板を用いた偏光グレーティングの説明の図である。
図4図4は、偏光グレーティングを構成する波長板のリタデーションが変化した際の0次光、1次光の光量変化を説明する図である。
図5図5は、偏光グレーティングで実現できる分岐、屈曲の機能を説明する図である。
図6図6は、コリメート光学系に偏光グレーティングを挿入した場合の動作を説明する図である。
図7図7は、アキシコンレンズを説明する図である。
図8図8は、円環状のビーム形状を得るためのパターンを説明する図である。
図9図9は、コリメート光学系に図8の素子を挿入した場合の動作を説明する図である。
図10図10は、光ファイバからコリメートレンズまでの間に光学素子を挿入した場合の動作を説明する図である。
図11図11は、偏光分離スプリッタもしくは偏光グレーティングで偏光ごとに光路を分けて、再度同棲する光学系を説明する図である。
図12図12は、分割波長板を用いて、左右それぞれの円偏光の波面を制御しビーム形状を変化させる動作を説明する図である。
図13図13は、分割波長板を実現する自己クローニング法についての説明する図である。
図14図14は、円環状ビームを生成するための分割波長板のパターンを説明する図である。
図15図15は、設計した波長板の透過率を示すシミュレーション結果の図である。
図16図16は、中心を対称に向き合う領域の波長板の軸方位が180度異なるパターンを説明する図である。
図17図17は、本発明の光学素子により、波面の傾きに特定の曲率半径を与えた時に円環ビームの幅が変化すること示す計算結果の図である。
図18図18は、偏光ビームスプリッタで偏光を分離した後にビーム整形を行い、再度結合させる動作を説明する図である。
図19図19は、図18の光学系で本発明の素子を用いて直交する左右円偏光の強度分布を変化させ、それを直線偏光に戻し、再度結合させる際のビームの状態を説明する図である。
図20図20は、図18の光学系でビームを上下もしくは左右に分離し、偏光を直線偏光に変換し再度結合させる際のビームの状態を説明する図である。
図21図21は、図18の偏光ビームスプリッタの代わりに偏光グレーティングを用いた場合の光学系を説明する図である。
図22図22は、図12の光学系に波長板を挿入し偏光分布を制御する動作を説明する図である。
図23図23は、円環状ビームの焦点からずれた時のビームプロファイルを説明する図である。
図24図24は、偏光グレーティングでビームを分岐し、ラジアル偏光、アジマス偏光が隣接したビームを形成する光学系を説明する図である。
図25図25は、図14に示した本発明の光学素子を2枚重ねて、2枚の相対角度で0次光と1次光の比率を可変できる光学素子を説明する図である。
図26図26は、円環状ではなく多角形のビームを形成するパターンを説明する図である。
図27図27は、ビームの面内で異なる方位、周期を持つ偏光グレーティングが存在し、それぞれに入射したエネルギーが異なる方向に分離して進む様子を説明する図である。
図28図28は、十字の形のビームを形成するためのパターンを説明するための図である。
図29図29は、図28の素子を通った光が集光レンズを透過した後、どのように就航するかを説明するための図である。
図30図30は、実際に実現した十字の形のビームの写真である。
図31図31は、2枚目の領域分割されたそれぞれの領域に、それぞれ異なる偏光グレーティング配置し、それを動かすことで2枚目から出射される光向きが変わることを説明する図である。
図32図32は、同じ機能を持つパターンがビーム直径よりも小さい面積で複数配置される様子を示す図である。
図33図33は、2枚の分割波長板を重ねて、それらの相対角度を変えることで、焦点面状に円環状複数点を結像する光学素子の1枚分のパターンを説明するための図である。
図34図34は、図33の波長板を2枚重ねて光を通した場合の動作を説明するための図である。
図35図35は、図33の波長板を2枚重ねて、片方を40度回して光を通した場合の動作を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、図面を用いて本発明を実施するための形態について説明する。本発明は、以下に説明する形態に限定されるものではなく、以下の形態から当業者が自明な範囲で適宜変更したものも含む。
【0030】
[1.パターン化波長板の基本原理]
まずは波長板によって、無偏光な光の位相を制御する方法を述べる。その後に、円環状のビームを作る原理について述べる。1/2波長板に円偏光を透過させると、逆回りの円偏光になる。2つの領域に分割され、それぞれが異なる軸方位を持つ1/2波長板に同一波面をもつ円偏光を入射すると、それぞれを透過する光の間には、軸方位の差の2倍の位相の差が生じることはよく知られている。したがって場所ごとに軸方位が異なる1/2波長板を用意すれば、入射する円偏光の位相を場所ごとに制御することができる。
【0031】
例えば図3の上部に1/2波長板の軸方位のパターンを示す。線分301が軸方位を示す。前述したように、隣接する異なる軸方位を持つ領域を透過した光の間では、その軸方位の差の2倍の位相の差が生じる。したがって周期Pごとに方位が180度変わるようなパターンを用意すると、透過した光の位相は周期Pごとに360度変わるため、図3の下部に示すように傾いた直線的な波面を実現することができる。以下このようなパターンを「偏光グレーティング」とも称する。軸方位を連続的に変化させれば、透過する光の位相も連続的に変化する。離散的に変化させれば離散的に変化する。光の波面が進む方向は等しい位相の面(等位相面)に垂直に進むため、波長板の面において場所によって位相が変化するということは、光の波面が垂直な方向とは別な方向に進むこと、つまりは光の等位相面が傾くことを意味する。またこの原理で与えられる位相は、入射する円偏光が右回りか左回りかで正負逆の位相が与えられる。つまり逆の傾きを持つ波面を実現することができる。
【0032】
具体的に説明すると、図3に示した波長板は、3次元空間x,y,zにおいて、xy面に形成されたリタデーションθの波長板である。リタデーションθは(2n+1)πラジアンの整数倍とする。波長板の好ましい形態は、z軸方向に積層されたフォトニック結晶である。この波長板(分割型)は、x軸方向に単一、もしくは、繰り返される一又は複数の領域を有する。つまり、y軸方向に平行な帯状の幅Pの領域が、x軸方向に単一又は複数繰り返される。幅Pの領域は、x軸方向に、複数の帯状のサブ領域dに区分される。例えば波長板には複数の溝が形成されている。この波長板の軸方位(例えば溝方向)は、幅Dの領域の中では、y軸方向に対する角度が0度から180度の範囲で段階的に変化し、かつ、各サブ領域dの中では、y軸方向に対する角度が一様となる。また、サブ領域dの遅波軸がx軸に対してなす角βは、サブ領域の中心線のx座標x1に対して時計回りにβ=(180×x1/D)度(+定数)で表される。このような、波長板の構成は、特許文献3にも開示されている。
【0033】
さらに波長板のリタデーション)が1/2波長でない場合には、そのリタデーションに応じて、位相変化が与えられる成分と位相変化が与えられない成分とに分けられる。そのエネルギー比は、リタデーションがθの場合、
位相変化が与えられる成分が、sin(θ/2) [式2]となり、
位相変化が与えられない成分が、cos(θ/2) [式3]なる。
その様子を図4に示す。偏光グレーティング401に入射する円偏光を402、偏光グレーティングで位相変化を与えられず直進する光を403、位相変化を与えられ回折する光を404とする。偏光グレーティング401のリタデーションを変化させた場合の出射光403の強度変化を411、404の強度変化を412とする。例えばリタデーション414つまり1/2波長のリタデーションの場合に着目すると、入射した成分はすべて位相変化を受け、符号404で示した斜め方向に入射したエネルギーがすべて流れ、符号403で示した直進方向には出ていかない。例えばリタデーション413つまり1/4波長のリタデーションの場合に着目すると、411,412はともに等しく、403と404は入射したエネルギーの半分ずつになる。このように偏光グレーティングのリタデーションによって、直進する成分と波面が変えられる成分との強度比が変わることがわかる。
【0034】
無偏光の光は右回り円偏光成分と左回り円偏光成分が等しく重なった状態と考えることもできる。無偏光はコヒーレント性が無いので、偏光状態は時々刻々とランダムに変化している。偏光状態は右回り円偏光と左回り円偏光の線形和で表現できるため、時々刻々と右回り円偏光成分と左回り円偏光成分の強度比が変化していると理解することもできる。
ある有限な時間範囲で見ると、平均的に右回り円偏光成分と左回り円偏光成分の発生確率は等しいので、無偏光の光は右回り円偏光成分と左回り円偏光成分が等しく重なった状態と考えることができる。
【0035】
したがって無偏光の光を上記のような領域分割された波長板に入射した場合、波長板のリタデーションによって、それぞれ正負の位相が与えられる2成分と位相が与えられない1成分との3成分に分けられることがわかる。さらにその強度比は、上記式2,式3に示すように波長板のリタデーションで制御できる。
【0036】
図5に改めて、偏光グレーティングのリタデーションを制御することで得られる機能をまとめると以下の通りである。
(a)1/2波長のリタデーションを持つ偏光グレーティング511に直線偏光501を入射した場合は、左回り円偏光502と右回り円偏光503に角度をもって分離される。
(b)1/2波長のリタデーションを持つ偏光グレーティング511に右回り円偏光503を入射した場合は、左回り円偏光502が角度をもって出射される。
(c)1/2波長のリタデーションを持つ偏光グレーティング511に左回り円偏光502を入射した場合は、右回り円偏光503が角度をもって出射される。
(d)1/2波長のリタデーションを持つ偏光グレーティング511に無偏光504を入射した場合は、左回り円偏光502と右回り円偏光503に角度をもって分離される。
(e)1/4波長のリタデーションを持つ偏光グレーティング512に直線偏光501を入射した場合は、直線偏光成分501が直進し、左回り円偏光502と右回り円偏光503に角度をもって分離される。
(f)1/4波長のリタデーションを持つ偏光グレーティング512に右回り円偏光503を入射した場合は、右回り円偏光成分501が直進し、左回り円偏光502が角度をもって分離される。
(g)1/4波長のリタデーションを持つ偏光グレーティング512に左回り円偏光502を入射した場合は、左回り円偏光成分502が直進し、右回り円偏光503が角度をもって分離される。
(h)1/4波長のリタデーションを持つ偏光グレーティング512に無偏光504を入射した場合は、無偏光成分504が直進し、左回り円偏光502と右回り円偏光503に角度をもって分離される。
なおここでは1/2波長、1/4波長のリタデーションの場合のみ記載したが、図4からそれらと異なるリタデーションの場合には各ビームの強度比が変わることは明らかである。
【0037】
ここに左右円偏光成分をコリメート部分で空間的に分離する光学系を記述する。例えば図6に示すように、ファイバ601より出た光がレンズ602によりコリメートされ、その後集光レンズ603で焦点604に集光される光学系を考える。このコリメートされた部分に、リタデーションが1/2波長の偏光グレーティング605を配置する(段落0033参照)。ファイバから出た光は無偏光であるので偏光グレーティングを透過した光は上下に傾いた波面を持つ成分に分離される。それぞれはどれも平面波であり、ただしy方向に波面が傾いた成分、-y方向に波面が傾いた成分に分離される。その傾きが大きくなければすべての成分は集光レンズの有効径内に入射することができる。その後それぞれの成分は、光軸の中心から+y方向にずれた点606、-y方向にずれた点607の2点に集光することは明らかである。また、2点の集光点606,607のずれ量dyは、波長λ、偏光グレーティングの周期P、レンズの焦点距離fとすると、以下式4のとおりとなる。
dy=f×tan(sin-1(λ/P)) [式4]
【0038】
次に集光レンズで集光した場合の円環状のビームを作る手段について述べる。円環状のビームを作る技術としてアキシコンレンズが挙げられるが、まずはその原理を説明する。アキシコンレンズは図7に示すように円錐形もしくは逆円錐形であり、アキシコンレンズに対して垂直に入射した波面はその円錐形もしくは逆円錐形により、中心対称な円錐状もしくは逆円錐上の傾きを与えられる。その後集光レンズに入射した光を考える。アキシコンレンズが無ければ、集光レンズに平行に入射した光は図6上段図の様に集光レンズの焦点に集光する。図6下段図の様に集光レンズに傾いた平面波で光が入射した場合は、幾何光学に基づき焦点の位置がずれることは明らかである。そこから類推すると、円錐状に波面が傾いた光を集光レンズに入射すれば、円環状に光が集光されることは明らかであり、その半径rは集光レンズの焦点距離をf、波面の傾きをΦとすると、以下の式1のとおりとなる。
r=f・tanΦ [式1]
【0039】
さて、段落0033で述べたように、パターン化波長板を用いることで入射光の右回り円偏光成分と左回り円偏光分を、それぞれの波面に逆の傾きを与えることができる。例えば図8に示すように、中心から幅Pで円環状にn個の領域に分割され、それぞれの円環領域が等しい方位の波長板で埋められ、隣り合う領域でその方位がΔΦ(Φ=180/n)ずつかわることで、半径方向の距離180/ΔΦ×Pごとに方位が180度変わるパターンを実現する。なお、図8に示した例では、幅Pの領域は4個の円環状の領域に分割されている。これにより、半径方向において、段落0033と同じ機能をもつ波長板を実現できることになる。つまり図8の下部に図8上部の点線801上での波面を示す。例えば左回り円偏光には中心から外に向かって傾いた波面803が与えられ、右回り円偏光には外側から中心に向かって傾いた波面802を与えることができる。つまり円錐状のアキシコンレンズと逆円錐上のアキシコンレンズが同時に存在することと等価である。
【0040】
さらに構成する波長板のリタデーションが1/2波長でない場合、そのリタデーションに応じたエネルギーは波面が変換されない成分、つまりレンズに垂直に入る平面波として素子を通過してくる。その成分は図9に示すようにレンズの焦点908に集光される。一方で波面が変換される成分は、光軸の中心から+y方向にずれた点906と、-y方向にずれた点907の2点に集光し、これらはz軸を中心にxy面で対象に存在するため、図9下に示すように円環状のビームとその中心にビームとつくりだすことができる。また、円環状のビームと中心部のビームの強度比は、段落0033のとおりにリタデーションによって変化する。
【0041】
中心部のビームは入射する光がガウシアンビームであればガウシアンビームとなる。円環状のビームは与える波面の傾きが直線であれば、ガウシアンビームになるが、波面の傾きを直線ではないものとすればそれに応じてビームを広げたりすることができる。この場合は図8のパターンの周期を連続的に変化させることで、波面を変化させることができる。これは非球面レンズで波面を任意に変化さることと物理的には等価である。
さらにビームの面内のそれぞれの領域で、連続でない別々の波面の傾きを与え、それぞれのビームを空間的に別の方向に分離することもできる。そしてそれぞれ分離した光を別のパターン化波長板でさらにそれぞれを別の方向に向けたり、同じ方向つまり平行な方向にそろえたりすることも可能である。パターン化波長板で曲げられ、分離された光は右回りもしくは左回りの円偏光であるので、それぞれの光をさらに別のパターン化波長板を透過させることで、それぞれの偏光状態を自在に制御することもできる。
【0042】
先行文献(特許文献2)でも、このようなパターン化波長板により波面を制御するという考えは述べられているが、本発明では、入射光に無偏光を想定し、それを右回り、左回りの重ね合わせとして設計し効果を得ることが新しい。また、本発明では、波長板のリタデーションの制御により、円環状ビームの他に直進してくる中心のビームを発生させ、かつ円環部と中央部の強度比を制御できることが新しい。アキシコンレンズを用いる場合は中心ビームを発生させることは原理的にできない。
【0043】
さらに述べると、例えばレーザ加工機の加工ヘッド部分の集光レンズの焦点距離は100mm~200mmが一般的である。例えば焦点距離200mmで直径500μmのドーナツを形成しようとした場合、角度は0.07度となる。このような浅い角度を正確にかつ大面積に形成することは大変困難であり、大幅なコスト増が想定される。
【0044】
一方でフォトニック結晶のパターン化波長板を用いた場合、傾きは表面構造の周期で決きまる。例えば波長1.06μmで傾き0.07度を得るための周期は、P=λ/sin(0.07deg)で与えられるため867.6μmとなる。この周期Pはサブミクロンのパターンの集合であるフォトニック結晶からすると容易に実現できるサイズであり、精度は電子ビーム描画装置の精度で1μm以下の精度で十分制御できる。したがって高精度な波面制御ができることは明らかである。
【0045】
またアキシコンレンズでは円錐の中心部は、加工の都合上必ず平坦部が存在し、その不要領域が意図しないゼロ次光の発生を招く。しかしフォトニック結晶では中心部まで正確に位相を制御することができるため、そうした不要領域が存在しない。
【0046】
フォトニック結晶波長板の機能は集光レンズに対して斜めの波面を発生することであり、光が集光レンズの有効径に入る限りでは動作に変わりはない。これはアキシコンレンズも同じである。
【0047】
また通常のファイバレーザを用いた加工ヘッドでは、図10に示すように伝送ファイバ1001から発せられた光がコリメートレンズ1002により平行化され、その後に集光レンズ1003により集光される。本発明の素子1005は、コリメートレンズ1002よりもファイバ1001側であっても、波面に一定の傾きをあたえるということでは同じ効果を発する。その場合、素子に入射するビームが小さくなるので、それだけ有効径の小さな素子で機能させることができ、製造コストの点で有利になる。
【0048】
一方で、図10において、本発明の素子1005は、集光レンズ1003よりも右側の加工対象側であっても動作するが、その場合、素子1005の位置と集光点1008の距離により、円環状のビームの半径が変化する。
【0049】
フォトニック結晶波長板はトゥルーゼロ次の波長板であり、リタデーションの入射角依存性が小さい。したがって入射光が素子に対して垂直でなく数度傾いても、波長板の持つリタデーションの値はほぼ変わらず、上記円環状のビームと中心のビームの強度比はほぼ変わらない。もちろん円環状のビームの位置は素子の角度で変わることは明らかである。
【0050】
次にファイバレーザから出力される無偏光のビームを偏光分布が制御されたビームに変換する方法について述べる。無偏光な光とは、段落0034で述べたように直交する偏光状態の重なりと捉えることができるため、偏光制御のためには無偏光の光ビームを偏光状態が直交する2つの光ビームに分離する必要がある。例えば図11の上段図に示すように、斜めの境界面もしくは光の進行方向に対して光軸が斜めの複屈折結晶を用いた光学素子1101(偏光ビームスプリッタ―と呼ばれる)を用い、直交する偏光を二つの光路に分離することができる。そしてそれぞれの光ビームに対して、2つのミラー1105の間の符号1103で示した範囲の光路で強度分布の調整を行い、改めて一つの光ビームに結合する。その際、結合される光ビームの強度分布が重ならないように調整すると、それぞれ直交する偏光状態を持っているため、分布ごとに異なる偏光状態を持たせることが可能である。例えば、2つのミラー1105の間の符号1103で示した範囲の光路に、さらにパターン化波長板を挿入することで任意の偏光分布を持ったビームを得ることができる。
【0051】
なお、上記光学素子1101(偏光ビームスプリッター)は物理的な厚さが必要であり通常は光が通る開口部の直径の1倍以上の厚さが必要である。一方、パターン化波長板を応用した段落0033で述べた偏光グレーティング1102を用いることで板状の素子で直交する左回り円偏光と右回り円偏光を図11の下段図に示すように空間的に分離することができる。そしてもう一枚同じ素子を置くことで分離した光を、符号1104で示した範囲にて、入射ビームの波面と平行な波面を持つ成分に戻すことができる。そして同じ対をもう一組用意すれば1本のビームに再結合することができる。
【0052】
また、段落0039にて説明したような中心から同心円状に領域分割された素子においても、与える波面の傾きを直線的ではなく、例えば図12に示すように、ある距離を伝搬した際に、特定の半径にエネルギーが集まるように波面を与えることもできる。図12はxy面に光学素子1201のパターン面が存在し、光学素子1201のパターンはビーム中心を中心として180度対称な位置では、パターンが直交するとする。図12を用いて、z方向に進む光がzx面内でどう進むかを説明する。同心円状のパターンを持つ素子の場合は、ビーム中心を通るz軸を中心として回転対称な分布となると考えればよい。そこでまずはビーム中心を通るxz面で切り出した分布でビームの推移を説明する。
【0053】
左回り円偏光が図12において、光学素子1201の中心から右側に入射した際、1202のように右側に回折されるとすると、中心から左側に入射した左回り円偏光は1203のように左側に回折されることとなる。一方、右回り円偏光が光学素子1201に入射した場合、ビーム中心よりも右側の成分は1205のように左側に回折され、左側の成分は1204の様に右側に回折される。図12に示すように光は偏光状態によって左右に振り分けられ、波面を適切に制御することによって、その位置は図12に示すように元のビームのサイズに応じた分だけ空間的にずれた孤立したビームを作ることができる。つまり光は二重の円環状となり、内側と外側で偏光状態が直交する光となる。
【0054】
左回り円偏光、右回り円偏光の成分に空間的に分離された光は、上記段落0041の考え方に従い、パターン化波長板のパターンを場所によって変化させることで自由に波面を制御できるため、さらに任意の空間分布に変換することが可能であり、その上図12の様に別の光学素子1206を用いることで波面を改めて平面に戻すことも可能である。その場合、パターン化1/2波長板を透過させるため、都度偏光状態は直交することになるが、最初に偏光分離されたもの同士の直交性は常に保たれる。
【0055】
例えば図11の平行光となっている部分1103もしくは1104に、段落0053に示すような構成の光学素子1201を挿入し、強度分布を変化させることもできる。この場合、合成した光ビームが重なる部分では偏光状態は無偏光に戻り、重ならない部分は互いに直交する偏光状態が保たれる。したがって、そこにさらにパターン化波長板を挿入した場合、無偏光の部分はそのままで、偏光した部分は任意の偏光状態に制御することができる。
【0056】
もちろん段落0053のように空間的に分離した場合、そのまま加工に用いることもできるし、レンズで集光することも可能である。
【0057】
このように、パターン化波長板を組み合わせることで、ファイバレーザから出力された無偏光なビームを、場所ごとに異なる偏光分布を持つビームでかつ強度分布も制御されたビームに変換することが可能となる。このとき、光のエネルギーは原理的に損なわれる場所は無く、エネルギー全てを光ビームとして出力することができる。
【0058】
このように本発明では場所ごとに軸方位が異なるパターン化されたフォトニック結晶波長板により、無偏光の光に対して、無偏光な右回り円偏光と左回り円偏光の重ね合わせであると考えることができるため、右回りもしくは左回りの円偏光に対して場所ごとの位相を制御し、ビームの中心から外側に向かって一様な正負の傾きを持つ波面を形成することで、無偏光な光が入射した場合に右回り円偏光成分と左回り円偏光成分にそれぞれ逆の傾きを与え、強度分布を変化させる機能を実現できる。例えば集光レンズの集光点で円環状のビームを形成するとともに、波長板のリタデーションが1/2波長からずれている場合、それに応じた直進光成分が発生し、円環状ビームの中心に像を結ぶ。つまり波長板のパターン、つまり段落0039における周期で円環の直径を制御でき、円環ビームと中心ビームの強度比を波長板のリタデーションで制御できるという機能を1枚の光学素子で実現することができるため、光学系のコンパクト化、低コスト化が実現でき、無偏光を片方の偏光成分だけではなく、両偏光とも活用することで高効率なビーム整形を提供することができる。もしくはある距離伝搬された特に特定の強度分布となるように波面を制御し、左右の円偏光でそれぞれ異なる強度分布を持つビームとすることもできるし、さらに波長板を追加することで偏光状態を制御することもできる。
【0059】
また、二つ目の効果としては、偏光ビームスプリッタもしくは同じくパターン化されたフォトニック結晶波長板を用いることで、入射する無偏光な光ビームを空間的に直交した偏光成分に分離し、それぞれの強度分布を制御した上で合成し、無偏光なビームから偏光した成分で構成される光ビームに、パワーのロスなく変換することができる。
【0060】
このように本発明では無偏光な光の左右円偏光成分に対して、それぞれ作用を与え、所望の強度分布、偏光分布を持つビームを生成することが可能である。従来は無偏光から偏光制御されたビームを実現するには、偏光子で50%のエネルギーを捨てざるを得なかったが、本発明によりすべてのエネルギーを適切に制御することができようになり、省エネ化、レーザ加工による効率化に貢献できる。
【0061】
[2.フォトニック結晶波長板の作り方]
フォトニック結晶は公知の技術であり、伝搬する光の動作波長よりも短い周期で屈折率が周期的に変化する構造体である。具体的なフォトニック結晶の製造方法としては、特許文献1に開示されているように、1次元的または2次元的に周期的な凹凸をもつ基板1301の上に、2種類以上の屈折率の異なる物質(透明体)1302及び1303を周期的に順次積層し、その積層の中の少なくとも一部分にスパッタエッチングを単独で、または成膜と同時に用いることにより、光学素子(波長板)を製造する方法があげられる。この方法は、自己クローニング法(特許文献1)とよばれる(図13)。そして、この自己クローニング法により形成されたフォトニック結晶は、自己クローニング型フォトニック結晶とよばれる。なお、自己クローニング型フォトニック結晶を用いて波長板を構成する技術は公知である。基板上に周期性のある溝のパターンを用意し、そこに自己クローニング法で周期構造を形成すると、溝の方向とそれに直交する方向で構造異方性を持ち、その結果、偏光が溝に平行な成分と直交する成分のそれぞれが感じる実効屈折率に違いが生じる。つまり複屈折が実現される。複屈折のリタデーションは積層数によって制御することができる。またその軸方位は基板のパターンをなぞったものとなるため、例えば基板上に場所ごとに異なる方向を持つ溝を形成しておけば、その場所ごとに異なる軸方位を持つ波長板が実現される。このように軸方位が場所によってさまざまに異なるパターン化波長板を実現する上では、とても実用性の高い製造方法であると言える。
【0062】
またそれ以外にパターン化波長板を形成する方法としては、フェムト秒レーザをガラスに照射することで周期的な空隙を作製する方法、液晶の配向を場所ごとに制御する方法が挙げられるが、複屈折の分布を人工的に作るという意味では同じである。
【0063】
なお、自己クローニング型フォトニック結晶を形成する複数種類の透明体は、シリコン、ゲルマニウム、もしくは5酸化ニオブ、5酸化タンタル、酸化チタン、酸化ハフニウム、2酸化ケイ素、酸化アルミなどの酸化物、もしくはフッ化マグネシウム、フッ化カルシウムなどのフッ化物のいずれかであることが好ましい。これらの中から屈折率の異なる2ないし複数種を選択しフォトニック結晶に用いることができる。例えばアモルファスシリコンと二酸化ケイ素、5酸化ニオブと二酸化ケイ素、五酸化タンタルと二酸化ケイ素の組み合わせが望ましいが、それ以外の組み合わせでも可能である。具体的には、自己クローニング型フォトニック結晶は、高屈折率材料と低屈折率材料とをz方向に交互に積層した構造を有する。高屈折率材料は、5酸化タンタル、5酸化ニオブ、アモルファスシリコン、酸化チタン、酸化ハフニウムまたはこれら2種以上の材料を組み合わせたものであることが好ましい。低屈折率材料は、2酸化ケイ素、酸化アルミ、もしくはフッ化マグネシウムなどのフッ化物またはこれら2種以上の材料を組み合わせたものであることが好ましい。
【0064】
もしくは波長2ミクロン以上の中赤外、遠赤外と呼ばれる波長域では上記低屈折率材料が吸収を持つ場合もある。一方、その波長ではシリコン、ゲルマニウムと言ったより高い屈折率を持った誘電体が存在するため、それらを高屈折率材料として用い、上記で述べた5酸化タンタル、5酸化ニオブ、酸化チタン、酸化ハフニウムを低屈折率材料として用いることもできる。
【0065】
各波長板を形成する面内の周期構造の溝間単位周期および波長板の厚さ方向の単位周期は、共に、光学素子に入射する光の波長の2分の1以下となる。なお、光学素子に入射する光の波長は、通常、200nm~1800nmの間から選ばれることが想定される。したがって基板の周期は100nm~900nmの範囲で動作波長によって適当なものが選ばれる。
【0066】
なお基板と多層膜の間、もしくは多層膜と上部物資との間では屈折率の不整合により反射が生じるが、多層膜の最上層数層と多層膜の最下層数層の厚さを適宜選ぶことで、一般的に用いられる無反射コーティングと同じ効果を得ることができる。
【0067】
[3.円環状ビーム]
一例として、波長1060nmにおいて、レンズの焦点距離100mm、ビーム半径20mm、狙う円環の半径100μmの場合の円環状のビームを考える。なお動作波長はフォトニック結晶の設計で調整可能であり、ファイバレーザの代表的な波長である1060nmをここでは選んだ。
【0068】
レンズの焦点距離f、円環の半径r、フォトニック結晶が与えるべき波面の傾きΦの関係は、以下の式1で表される。
r=f・tan(Φ) [式1]
また波面の傾きΦを与えるための、図14に示すようなパターン化波長板のパターンの周期P(幅P)は、動作波長λとすると媒質が空気の場合、以下の式5で表される。
P=λ/sin(Φ) [式5]
なお、この図14に示したパターン化波長板は、図8に示したものと同様に、中心から周期P(幅P)で円環状にn個の領域に分割され、それぞれの円環領域が等しい方位の波長板で埋められ、隣り合う領域でその方位がΔΦ(Φ=180/n)ずつかわることで、半径方向の距離180/ΔΦ×Pごとに方位が180度変わるパターンとなっている。
したがって上記の場合、波面の角度は0.057度となり、パターンの周期は1060μmとなる。この周期Pで波長板の軸方位が180度変わるように設定すればいい。
【0069】
各領域の波長板の軸方位が決定した後に、各波長板のパターンを形成する。図13に示すように周期定期な溝を形成する。この図では直交するパターンであるが、パターンの方向は任意であって構わない。溝の周期1304は動作波長以上では回折が生じるため、動作波長以下が必要であり、1/3以下が望ましい。その深さは周期の半分程度で構わないが、段落0061で述べた自己クローニング法は、プロセス条件によって決まる斜面の角度に収束するため、最初の基板のパターンはあくまできっかけであり、周期の半分より浅くても深くても構わない。
【0070】
そうしたパターンを電子線リソグラフィにより石英基板に形成し、自己クローニング法により多層膜を形成した。用いた材料は高屈折率側にNb、低屈折率側にSiOを用いた。これは動作波長で透明であればどの材料でも構わないが、二種類の材料の屈折率比が高い程、必要なリタデーションを実現するための層数が少なくて済む。
【0071】
今回は基板の凹凸の周期1304を300nmとした。また積層の厚さについては、1層の厚さが波長の1/10以下が望ましい。今回はNbを60nm、SiOを60nmに選んだ。リタデーションで1/2λを実現しようとすると層数として160層程度が必要である。この層数については、多層膜の斜面の角度で1層当たりのリタデーションが決まるので、都度作製条件に合わせ調整すればいい。リタデーションは層数に比例するため調整は容易である。したがって1/4λのリタデーションを実現する場合には層数を半分とすればいい。
【0072】
基板と多層膜の間、多層膜と空気の間では屈折率の違いによる反射が生じ、高い透過率を得ることができない。そのため、それらの部分に厚さが多層膜とは異なる層を挿入し、反射を防ぐ。これは光学薄膜における一般的な無反射コーティングと同じ考え方である。今回は基板と多層膜の間には、基板側からNbを38nm、SiOを84nm挿入した。また多層膜と空気の間には、多層膜側からNbを83nm、SiOを185nm挿入した結果、図15に示すように高い透過率が実現できる設計が得られた。
【0073】
なお多層膜の表面は凹凸が存在するが、例えばSiOで埋めてしまうことも可能である。その場合、表面の凹凸が無くなり洗浄が容易になるという利点がある。その場合でも、そのSiO層も考慮した上で反射率を考慮した膜厚を設計すれば高い透過率を得ることができる。また無論のこと、基板の裏側には石英と空気の界面で生じる反射を防ぐ無反射コーティングを施すことができる。
【0074】
ビーム径は20mmを想定すると、直径40mmの領域にパターンを形成すれば、ほぼすべてのエネルギーの光について作用させることができる。入射する光がガウシアンビームであると想定すると、ビームの中心での強度の1/eとなるところをビームの半径とすると、その2倍以上の半径を持つパターンを形成すれば、98%以上のエネルギーを変換することができる。なお図14の各領域の境界は曲線で示されているが、多角形で近似してもよいことは明らかである。ただし円からずれた分、高次の回折光が生じ、損失となる。
【0075】
[4.中心対称な位置で位相をπずらす例]
前述した図14の例において、半径の範囲にある円環状の領域では図14に示すように、基板のパターン同じ方向を向いている。つまりこの領域を透過した光は同じ位相を持っていることになる。一方でこの円環状の領域内において、さらに領域分割を行い、図16に示すように周方向に動くに従い、パターンの方位が変わることを想定する。例えば、一つの円環状の領域をさらにn個のサブ領域に等分する場合、ある円環状の領域内で隣り合うサブ領域の方位の差分は、ΔΦ(Φ=180/n)となる。例えば、図16に示した例では、円環状の領域をそれぞれ、4個のサブ領域に分割していることから、ΔΦは90°となる。例えば周方向に中心から見た角度で動いたところで、パターンの角度が90度変わるように変化させることもできる。つまり中心を挟んで向かい合う領域の方位は互いに90度異なるという状況である。この場合、90度方位の異なる領域を透過する光の位相は180度ずれることとなる。つまり逆位相となる。このような配置で、かつ半径方向に、前述した図14の例と同様の法則で方位を変化させていくこともでき、同じように円環状の光を作ることができる。図14の例の場合と一つ異なるのは、中心を挟んで対称の位置にある光の位相が逆位相になっているということである。図16には周方向に4分割した例を示しているが、分割数は細かい程各領域を透過した光の位相はなめらかに繋がり望ましいことは明らかである。
【0076】
円環を小さく絞り込み、中心部分にも円環のエネルギーが及ぶほど絞った場合、図14例の場合のビームでは、中心部分のエネルギーは互いに足し合わされ、強度が上がってしまう。しかし上記のように、中心を挟んで向き合う成分が逆位相の場合、中心部分では光は打ち消し合う。その結果、円環を大変小さく絞り込んでも、中心部分は常に打ち消し合い、強度がゼロの領域を作ることができる。このような特異点はレーザ加工でも特異な加工が実現できる可能性がある。また光ピンセットの様に電界がゼロの空間が意味を持つ場合もあり、有用である。
【0077】
[5.発散部分に素子を入れる例]
図14に示した例は、ファイバレーザから出た光がコリメートされ、その後集光レンズで集光されるまでの間に本発明の光学素子を配置する構成である。しかし素子を設置する場所はそれ以外にも可能であり、例えば図10に示すようにファイバレーザのファイバ端面とコリメートレンズの間にも設置可能である。本発明の光学素子は光の波面の傾きを変えることである。言い換えると光の伝搬方向に直交する方向の波数成分を与えることと同義である。したがってコリメート部分でなく、緩やかに光が広がっていく領域でも同様のことができる。したがって図14で設計されたものを図10の位置に配置することもできる。同様に光の波面に対して傾きΦを与え、集光点において同様に円環状のビームを作ることができる。この場合のメリットは、ビーム径がコリメート部分にくらべ小さくできるため、光学素子の面積を小さくすることができ、その分コストを下げることが可能となる。例えばコリメートレンズの焦点距離が100mmで、コリメートビーム直径が20mmの場合、ファイバ端面から50mmの場所に置けば、半分の直径で済むことになり、つまり素子の面積としては1/4ですむ。もちろん、面積が小さくなる分、単位面積当たりのエネルギーは増えるが、本発明の光学素子はすべて誘電体で作られており、高い耐熱性を持つため、こうした使い方も可能となる。
【0078】
[6.円環状で曲率を持つ波面を与える例]
図14に示した例では、半径方向に変化するパターンの周期は一定であるとした。つまり、与えられる波面の傾きは一定であり、入射する光の波面が平面であれば、本発明の光学素子により変換された波面も平面である。ここで周期を場所によって徐々に変えることで波面を平面から曲面にすることも可能である。つまり一種のレンズである。図14に示した例における集光点での円環の幅はファイバの出射端での大きさとコリメートレンズ、集光レンズで決まる倍率で決まる。例えば倍率が1倍であれば、出射端でのビーム径が円環の幅となる。ここで上記の様に本発明の光学素子で波面に曲率を与えることができれば、集光点での円環の幅を制御することができる。なおここで与えられる曲率は、入射する光の左回り円偏光成分と右回り円偏光成分とで逆符号となる。つまり、片方の円偏光ではより集光された場合、逆回りの円偏光成分は広げられる。したがって円環の幅変わるだけではなく、強度分布をかえることになる。例えば図17に本発明の光学素子で一定の傾きの波面に変換した場合と、焦点距離fに相当する曲率を与えた場合のプロファイルの違いを示す。片方の円偏光では円環の幅は広がり、それに直交する円偏光ではビーム径が狭まっていることがわかる。計算は波長1μm、ビーム径100μm、焦点レンズの焦点距離1mmとした。もちろん与える周期の変化は連続である必要もなく、例えば半径までは曲率a、そこから外側は曲率bというように切り替えることも可能であり、その境界を複数持たせることは容易に想像できる。
【0079】
[7.入射光を偏光分離し強度を変換した後再結合させる例]
ファイバレーザから出てくる光は無偏光であるが、それを偏光分離素子を用いて一度空間的に分離し、それぞれに対して強度分布等を作用し再結合することで空間的に偏向分布を持つビームを無偏光から生成することができる。例えば図11の様に一般的な偏光ビームスプリッタを用いて光路を二つに分けて、再結合することもできる。また図11に示すように偏光グレーティングを用いて左回りと右周りの円偏光成分に分離し、再度偏光グレーティングを用いて結合することもできる。
【0080】
例えば図18の様に偏光ビームスプリッタ1801を用いて分離し二つのビームにした後に1/4波長板1802を透過させることでそれぞれ逆回りの円偏光に変化する。それから、段落0052で述べた設計方針により設計された領域分割された波長板1804を挿入することで位相面を制御し、ある距離伝搬させた後の強度分布を制御することができる。これはいわゆる非球面レンズと同じ考え方であり、自由な局面を実現できるため、高い自由度で強度分布を制御することができる。この場合、所望の強度分布ができた面では光の波面は平面ではない。したがって、その面での位相分布を計算し、それを打ち消すように分割波長板1805を用いて位相制御することで、強度分布を持つ平面波に変換することができる。なお波長板1804,1805は1枚の板であるが、ビームの入射する位置にそれぞれ必要な波長板パターンが形成された一枚の光学素子である。波長板のリタデーションはどちらも1/2波長でいいため、このように一枚で実現することができる。このように強度分布が制御された平面波を得ることができる。この場合、偏光状態は波長板の透過回数分、右回り左回りが逆転しているが、二本のビームが直交する偏光状態を持つことは変わりがない。したがって最後に1/4波長板1803で直交する直線偏光に戻せば、偏光ビームスプリッタを用いて1本のビームに再結合させることができる。なお、図18の場合は、波長板1804,1805の二回1/2波長板を透過しているため、1804の入射前と1805の出射後の偏光状態は同じである。
【0081】
なお、強度分布を変化させる際、図18の上下の光路で例えばそれぞれ直径の異なる円環形状に強度分布を変換させたとする。図19の様に二つのビームを重ねたときに重ならないように変化させる。例えば図18の上下の光路において図19の(a)に示すようにそれぞれ強度分布の異なり、偏光状態が右回りと左回りとなるビームを作ることができる。これらを1/4波長板を透過させ、図19(b)のように直線偏光に変換し、これを偏光ビームスプリッタ1801で1本のビームに結合することで図19(c)に示すような強度分布と偏光分布を持つビームを作ることができる。さらにこのビームを分割波長板に透過されることで、それぞれの場所の偏光状態を制御することも可能であり、例えば、外側が放射状の偏光方向を持つラジアル偏光、内側が周方向の偏光を持つアジマス偏光というようなビームも実現可能である。なお二本のビームの重なったところは元の光の状態である無偏光に戻る。また例えば図19の様に円環状ではなく、上下もしくは左右二つのビームに分離することができる。それらを合成すると図20(c)の様に四角くかつ偏光方向が四角の辺に平行な分布も実現でき、これを1/4波長板に通せば偏光方向が四角の辺に垂直な成分を持つ分布も実現可能であることは明らかである。
【0082】
同じように分割波長板を用いた偏光グレーティングでも図21に示すように右回り左回りの円偏光に分離した後に、同じ偏光グレーティングを配置することで、それぞれ逆回りの偏光成分を持つ2本の平行なビームにすることができる。したがってこの間に段落0080で述べたことと同様にビームの強度分布を制御し、波面を平面にして、再度結合することができる。この場合、光路中の偏光成分はすべて円偏光であるため、1/4波長板は不要となる。強度分布の制御は、幾何光学に基づいた通常のレンズ設計と同様に、入射ビームの各領域のエネルギーがどの方向に行けばいいかを計算し、各領域で与えるべき波面の傾きを計算することで得られる。
【0083】
[8.二重円環]
段落0052で説明したように、図12に示す光学系では、二重の円環状のビームが形成されることとなる。そしてそれぞれのビームは直交する偏光状態を持つ。例えば内側のビームは右回り円偏光、外側のビームは左回り円偏光となる。もちろん波長板のパターンにおいて、半径方向における方位の変化を逆にすれば逆の偏光分布も実現できる。
【0084】
例えばこうしたビームを一様な軸方位を持つ1/4波長板を透過させると、図22(a)に示すように直線偏光の分布にすることもできる。また、段落0075で述べたように中心を対称に逆位相を与えておけば、同じく図22(b)に示すように外側がアジマス偏光、内側がラジアル偏光とすることもできる。1/4波長板の向きを変えることで、アジマス、ラジアルを入れ替えることも可能である。
【0085】
さらにはこのように空間的に偏光成分を分離し、その後に異なる軸方位が領域分割された1/4波長板を配置することで、直線偏光でかつ、それぞれの場所ごとに偏光方向が異なるビームも実現することができる。
【0086】
なお段落0075で述べた中心を挟んで対称な点で逆位相をもつビームはレンズを用いて円環を小さくしても中心強度がゼロであるビームを実現することができる。この方法によって1次のラゲールガウス分布に近い分布を作ることができ、そのようなビームは長距離を伝搬させても形状が崩れないという特徴がある。
【0087】
[9.多重円環素子及び分割波長板で焦点をずらし内側ラジアルと外側アジマスを作る例]
図14に示した多重円環状の素子は集光点において、左回り円偏光成分と右回り円偏光成分がほぼ一つの円環状に集光し、無偏光の円環状ビームを形成する。それが集光点前後ではどうなっているかを考える。図14の例で述べたように、この素子は直交するそれぞれの円偏光成分に対して、中心が凸のアキシコンレンズと中心が凹のアキシコンレンズとして振る舞う。つまり図9に示すように焦点では一つに重なるがその前後では異なる方向に進む光となっている。したがって焦点からずれたところでは、二重の円環状のビームとなっている。そのシミュレーション結果を図23に示す。計算は波長1μm、ビーム径100μm、焦点レンズの焦点距離1mmとした。
【0088】
そこで例えば段落0084と同じ考え方で、本発明の光学素子を透過した後に1/4波長板を通すことで、二重の円環はそれぞれ直交する直線偏光になる。また図14に示した例のように、中心対称な位置で逆位相とすれば、内側がアジマス偏光、外側がラジアル偏光とすることもできる。1/4波長板の向きでその逆になる。また焦点に対して、前であるか後であるかで、内側と外側のビームが入れ替わるため、焦点の位置で外側の偏光分布を選択することもできる。
【0089】
[10.偏光グレーティングで2点にして、それぞれラジアルとアジマスを作る例]
例えばコリメートされた光に対して偏光グレーティングを用いて、左右の円偏光成分に対して逆向きの波面を与える。図24(a)を用いて説明すると、偏光グレーティング2405を用いてy方向に成分を若干持たせる。そのパターンは図24(b)のようにx軸に平行な境界で領域分割されている。そのビームを集光レンズを用いて集光すると、それぞれの成分は中心を挟んで対する2点の位置に集光する。そしてそれらは互いに直交する偏光成分を持つ。
【0090】
例えば本発明の素子2405の後に領域分割された1/4波長板2409を配置することでそれぞれの円偏光成分をラジアル偏光、アジマス偏光とすることができる。どちらかになるかは偏光状態と波長板の軸方位で決めることができる。そのようなビームを同様に集光した場合、図24(c)の様にアジマス偏光とラジアル偏光が隣接したビームを作ることができる。例えば図24(c)のビームを右側に走査した場合、ラジアル偏光が加工対象物に照射されることになる。逆に左側に走査した際にはアジマス偏光が加工対象に照射されるようになる。このようにビームの走査方向で直交する偏光状態を選択することができる。もし左右ではなく別の方向に操作したい場合には、光学素子を回転すればいい。
【0091】
[11.2枚の素子を重ねて回転させる例]
図14に示したような領域分割の波長板2枚を図25に示す様に重ねた場合を考える。それぞれを1/4波長板で実現し、中心をDUV合わせて重ねる。2枚の中心を合わせ回転させると、同じ半径の円環のそれぞれの相対方位Φが回転角Φに合わせて変化する。その場合2枚を透過する光が感じるリタデーションは(1/4波長+1/4波長×cosΦ)と変化する。つまり2枚の相対角度によって場所ごとのリタデーションを変化することができる。つまり直進する成分と円環状に変換される成分の強度比を光学素子の回転角で制御することができる。この場合、2枚の光学素子は物理的に密着しているわけではなく、少し空間が空く。しかしレーザ加工で求められる数百ミクロンの円環を焦点距離数百ミリのレンズで実現するためには、図14に示したように本発明の光学素子のパターンの周期は1mm程度になる。したがって、例えば数十μmの空間が空いたとしても、光が回折する影響がほぼ無視することができ、重なっていると考えて差し支えない。
【0092】
[12.多角形ビーム]
図26(a)に示すようにxy面内にパターンを持つ分割波長板にz方向から光が入射する場合を考える。図12に示した例では、図26(b)に示すように同心円状のパターンを用いて円環状のビームを生成することを議論していた。一方、段落0081で述べたように図26(c)のようなパターンを用いることで二つに分かれたビームを実現できる。すなわち、図26(c)に示したパターンの波長板は、中心線(一点鎖線)を対称に2分割した左右の領域に分割されており、左右の分割領域は、この中心線に対して引いた垂線方向(矢印方向)にさらに領域分割されている。この場合にも、前述したパターンと同様に、垂線方向(矢印方向)に隣り合う領域では180/n°軸方位が異なり(nは2以上の整数)、かつ、2分割された左右の領域の幅をそれぞれdrとした場合に、dr*nごとに軸方位が180度変化するようにパターンされている。同じ考え方で図26(d)のようなパターンを形成すれば、四角形の辺にエネルギーが集中するビームが実現できる。この考え方は多角形に適用できることは明らかである。すなわち、図26(d)に示したパターンの波長板は、4つの三角形の領域に分割されており、それぞれの三角形の領域は、中心から三角形の底辺に対して引いた垂線方向(矢印方向)にさらに領域分割されている。この場合にも、この垂線方向(矢印方向)に隣り合う領域では180/n°軸方位が異なり(nは2以上の整数)、かつ、分割された三角形領域の幅(すなわち三角形の高さ)をdrとした場合に、dr*nごとに軸方位が180度変化するようにパターンされている。
【0093】
[13.十字ビーム]
例えば図27に示すように、波長板が複数の領域に分割されており、それぞれの領域が段落0032に説明される偏光グレーティングのパターンを有する分割型であり、図3に示すようなパターンが周期的に変化する方向がそれぞれの領域で異なり、これらの結果として偏光グレーティングで回折される光が異なる方向に進むような光学素子を考える。入射する光のビーム径がそれぞれの領域の大きさよりも大きく、複数の領域に光が照射される場合、光はそれぞれの領域で回折もしくは直進することとなる。その方向はパターンよって決まり、そのエネルギーは面積によって決まるため、各領域のサイズ、パターンを適当に設計すれば、1本のビームを任意の方向に任意のエネルギー分布分離することができる。
【0094】
波長板2701は、1枚の素子であり、X-Y面内で4×4の16領域に分けられている。領域2702,領域2703はその16領域のそれぞれ1つの領域である。領域2702の中の偏光グレーティングのパターン2704は、図27示したようにX方向に周期2706を持っている。したがってZ方向に入射した光は±X方向に回折される。一方、領域2703の中の偏光グレーティングのパターン2705は、Y方向に周期2707を持つ。したがって入射した光はY方向に回折される。周期2706と周期2707が異なれば、回折される角度が異なるのは自明である。このように波長板2701全面にビームが入射した場合、領域2702に入射したエネルギーは±X方向に分離され、領域2703に入射したエネルギーは±Y方向に分離される。
【0095】
このような波長板2701は、そのまま分離素子として用いることもできるし、集光レンズをそのあとに配置すれば、集光レンズの焦点面において偏光グレーティングで傾けられた波面分、位置がずれた点に焦点を結ぶビームを形成することができる。
【0096】
また分離してそれぞれ斜めに進む光に対して、2枚目の波長板2701を配置し、それぞれのビームが2枚目の波長板2701に入射する位置に対して適当な偏光グレーティングを与えれば、1枚目の波長板2701に光が入射した方向と同じ方向に戻すこともできる。つまり、1枚目の波長板2701の入射した光と平行な方向になる。具体的には1枚目の波長板2701である領域で分離された光は、その分離機能を発現した領域と同じパターンをその光が2枚目の波長板2701に入射する位置に配置すればいい。1枚目の波長板2701で分離された光は右回り、もしくは左回りの円偏光であり、2枚目の波長板2701に入射する場所で同じパターンが存在すれば、偏光方向は逆回りとなり、分離されて曲げられた分と逆方向に曲げられるため、1枚目の波長板2701に入射する前の光と同じ方向になる。もちろん、2枚目の波長板2701では、1枚目の波長板2701に入射する方向と同じ方向に必ず戻す必要はなく、さらに別の方向に曲げても構わない。
【0097】
1枚目の波長板2701に無偏光の光が入射すると、1枚目の波長板2701では段落0033で説明するように、1枚目の波長板のリタデーションによって、直進する光と回折される光のエネルギー比が変えられる。2枚目の波長板2701においては、1枚目の波長板2701を直進した光は無偏光であるため、その光が2枚目の波長板2701で偏光グレーティングのある領域に入射すると、やはりそのリタデーションに依存したエネルギー比で直進する光と、回折される光に分離される。1枚目の波長板2701で回折された光が2枚目の波長板2701に入射する場合は、その光は右回りもしくは左回りの円偏光であるために、2枚目の波長板2701の入射位置にある偏光グレーティングで決まる方向にすべてのエネルギーが回折される。
もし3枚目以降に同様の素子を置けば、順次同様のことがおきる。
【0098】
次に、図28に示すようなパターンの波長板を考える。この波長板は、その中心で2本の直線的な主境界線が直交することで、この主境界線によって中心周り90度ごとに4つの主区画に分けられている。各区画では、2つの主境界線に対してそれぞれ40度傾斜した複数の副境界線がそれぞれ平行に形成されており、これらの主境界線と副境界線によってさらに細かい領域に分けられている。波長板の領域2801は偏光グレーティングのパターン2804を持ち、この領域2801と90度傾いた位置に設けられた領域2802は偏光グレーティングのパターン2805を持つ。パターン2805は、パターン2904に対して90度傾けられている。この波長板に入射した光を集光レンズで集光すると、領域2801に入射した光は、波長板がない場合の焦点の位置から左右にずれた位置に焦点を結び、領域2802に入射した光は、波長板がない場合の焦点の位置から上下にずれた位置に集光する。また、領域2803は、領域2802と同じ区画に属し、この領域2802と平行でこれよりも中心寄りに位置する領域である。領域2803は、符号2807に示す偏光グレーティングのパターンを持ち、その周期2808は、領域2802のパターン2805の周期2806と異なる。したがって領域2802、2803ともに、焦点面において中心から上下に分かれた位置で集光するが、中心からの距離はそれぞれ異なる。図29にその様子を示す。焦点面において領域2802によって分離された光はポイント2901へ、領域2803によって分離された光はポイント2902に焦点を結ぶ。中心からどれぐらいの距離離れた位置に集光するかは、その距離をdとすると、集光レンズの焦点距離fと偏光グレーティングの周期P、波長λで以下の式6として表すことができる。
d=f・tanΦ=f・tan(sin-1λ/P) [式6]
つまり偏光グレーティングの周期を変えることで、焦点からの距離を制御することができ、徐々に周期の異なるものを配置することで、集光点を連続的に並べることができる。結果として十字の形状に焦点が配置される。
【0099】
図28のそれぞれの領域が焦点面に結ぶ光ビームの強度は、それぞれの領域の面積と、そこに入射する光のエネルギー分布によって決まる。例えば一般的なガウシアンビームが入射する場合、中心部分の強度が最大となるがその強度分布を考慮し、エネルギーを再配分することで均一な強度分布を持つ十字形状を実現することができる。図30にその実際のビームの写真を示す。
【0100】
[14.回転、平行移動する]
段落0097で説明したように、1枚目の波長板でビームを複数に分岐し、2枚目の波長板でそれぞれのビームを別の方向に曲げる場合を考える。図31に示すように、1枚目の波長板3101の後段に2枚目の波長板3102に配置して、その2枚目の波長板3102の偏光グレーティングの周期を徐々に変化させておく。この2枚目の波長板3102を平行移動すると光が入射する位置での偏光グレーティングの周期が変わることを意味する。つまり光の回折方向を2枚目の波長板3101を平行移動することで変えることができる。それぞれのビームにおいて、2枚目の波長板3102を動かすことで、2枚目の波長板3102で回折される方向を制御することができる。
【0101】
もちろん平行移動だけではなく、回転移動においてビームの回折位置を可変にすることも可能である。もともとのビームが丸の場合が多いため、回転方向の変化の方が設計しやすい場合も多い。
【0102】
[15.入射位置に依存しない分割ビーム]
例えば段落0067で説明した素子にガウシアンビームの光が入射する場合、ビームの中心とパターンの中心がずれると、焦点面に結ぶ円環形状の強度分布が変わる。これはガウシアンビームの中心強度が最大で、周囲に行くに従い強度が徐々に下がる様な分布を持っているためである。そこで例えば図32に示すように波長板を構成する複数の円形の領域それぞれの面積をビームの直径よりも小さいものとし、ビームの直径の中にその単位領域を複数並べたものを用意する。そこにビームを入射するとそれぞれの領域がビームを円環状に変換する。焦点ではそれらが重なって一つの円環となる。この場合、ビームの位置がずれても、それぞれの単位領域内での強度分布がほぼ一様であれば、ビームの入射位置にほとんど依存しない光学素子を実現できる。
【0103】
この場合、単位領域の面積を小さくして波長に近いサイズで周期的に配置すると、その周期に依存した回折光が生じる。一方で、単位領域の面積を大きくしすぎると、上記の単位領域内での強度分布がほぼ一様という前提がたたなくなり、焦点位置の強度分布においてビームの入射位置依存性が生じる。したがって、それぞれのビーム径、波長、得ようとする強度分布で都度最適な値を求める必要がある。なお図32のように円形の領域を複数並べる場合、それぞれの領域の間に隙間ができる場合がある。ここを光は直進のみするため、その分のエネルギーを加味してパターンを設計すればよい。
【0104】
このコンセプトは本願明細書に記載の1枚で機能する光学素子すべてに適用可能であり、各光学素子の位置合わせに必要な制度を緩和し、製造工程の簡略化、高速化が可能となり、低コストに貢献する。
【0105】
[16.回転により円環の半径を変える例]
例えば図33に示すようなパターンを考える。中心から放射状に(2m+1)分割(m=1,2…)され、それぞれ領域はパターン化波長板からなる偏光グレーティングの機能を持っており、その周期はすべて等しく、その周期方向は1周すると720度回転する。つまり(2m+1)分割の場合、720/(2m+1)度ずつ偏光グレーティングの周期方向が回転する。図33は9分割(m=4)であり、偏光グレーティングの周期方向が40度ずつ回転する場合を示す図である。
【0106】
その波長板二つを図34のように中心を合わせて重ね、中心を回転軸とし360/(2m+1)=40度ずつ回すことを考える。図34下部のように2枚の光学素子の偏光グレーティングの周期方向がそろっている場合、1枚目の波長板の領域3401を紙面に向かって垂直に透過した光は、右回りの円偏光で入射した光は、左回り円偏光になり、それぞれ中心軸から遠ざかる90度方向にまがり、左回りの円偏光で入射した光は、右回り円偏光になり、中心軸に向かう―90度方向に曲げられる。しかし2枚目の波長板の領域3402では、1枚目の波長板で中心から遠ざかる90度方向に曲げられた左回り円偏光成分は中心軸に向かう方向-90度にまげられ、1枚目の波長板で中心に向かう方向に曲げられた右回り円偏光は、中心から遠ざかる方向に曲げられる。その曲げられる角度は1枚目の波長板の領域3401と1枚目の波長板の領域3402で等しいため、結局光はまっすぐ進む。また、1枚目の波長板の領域3403と2枚目の波長板の領域3404でも、1枚目と2枚目の波長板で光が曲げられる方向は領域3401,3402で異なるが、その曲げられる効果は相殺され同じことがおきる。それ以外の領域でも同様のことが起こるのは明らかである。
【0107】
一方、図35のように40度回した場合を考える。その場合、1枚目と2枚目の波長板の偏光グレーティングの周期方向、つまりビームが分離される方向が平行ではなくなる。1枚目の波長板の領域3501を紙面に向かって垂直に入射した光は、右回り円偏光は左回り円偏光となって+90度の方向に曲げられる。左回り円偏光は右回り円偏光となって―90度方向に曲げられる。そして2枚目の波長板の領域3502に入射したそれぞれの光は、左回り円偏光成分は220度の方向に曲げられ、右回り円偏光は40度の方向に曲げられる。1枚面と2枚目の波長板で曲げられる方向は異なるが、これら2枚の波長板を透過した光は、紙面に平行な面内で1枚目と2枚目の波長板でそれぞれ曲げられた方向を示すベクトルの和で表現される方向に曲げられる。右回り円偏光と左回り円偏光は紙面に平行な面内で180度異なる方向に曲げられる。これは領域3503,3504でも同じであり、異なるのは2枚の波長板で曲げられる方向を示すベクトルの方向が、領域3501,3502に対して40度回転している点である。そのベクトルの大きさは同じであり、1枚目の波長板と2枚目の波長板の相対角度で決まる量である。これはその他の領域でも同じである。このように2枚の波長板の相対角度によって、2枚の波長板で曲げられる方向を示すベクトルの大きさを変えることができる。一方で各領域を透過した光が傾く向きはそれぞれ40度ずつ異なり、これは2枚の波長板の相対角度によらず一定である。
【0108】
この2枚の波長板に対して平行な等位相面をもつ光が入射した場合を考える。2枚の波長板を透過した光は、各領域において2枚の偏光グレーティングの組み合わせで決まる等位相面の傾きが与えられた波面を形成する。図35の各領域が与えるベクトルの大きさは同じであり、その方向は360度を均等分割した異なる方向を向いているため、それらを出た光の等位相面はそれぞれ同じ絶対値の傾きを持ちつつ、傾きの方向はそれぞれ異なる。つまり異なる方向に進む複数の等位相面となる。この後にレンズを用いてこれらを集光すると、それぞれの等位相面は傾きの絶対値とレンズの焦点距離で決まる量だけ、レンズの焦点の位置からずれ、そのずれの方向は傾きの向きで決まる。したがってレンズの焦点面では複数の領域から出た光がそれぞれの光軸の中心から等距離だけ離れた、円周上の点に均等に配置される。そして光軸中心からの距離は2枚の波長板の相対角度で決まる値である。
【0109】
偏光グレーティングを構成する波長板のリタデーションがπの場合、上記のような動作をするが、リタデーションがθの場合、sin(θ/2)のエネルギーは等位相面が傾けられ、レンズの焦点面において、2枚の波長板の相対角度により決まる半径をもつ円環状に配置され、残りのcos(θ/2)のエネルギーはそのまま直進する。2枚目の波長板においても同様の現象が発生する。このため、2枚の波長板の両方を直進する成分と、1枚目の波長板により等位相面が傾けられて2枚目の波長板ではそのまま素通りする成分と、1枚目及び2枚目の波長板の両方によって等位相面が傾けられてその後合成された成分とが、それぞれ異なる焦点位置に集光することとなる。
【0110】
なお、図33から図35に示した例では2枚の波長板をそれぞれ9分割(奇数分割:2m+1分割)しているが、2枚の波長板をそれぞれ偶数分割(2m分割))した場合は、各波長板の中心対称な位置の領域で分離される光は同じ点に結像する。そのため、分割した場合、焦点面には2m点が同一半径上の周方向に等しい間隔で並ぶ。一方で奇数分割した場合、それぞれの領域から出る光が結像する点は重ならないため、奇数分割した領域から出る光は焦点面において、2×(2m+1)点が同一半径上の周方向に等しい間隔で並ぶ。つまり点同士がより光に並ぶため、重なりあいやすく、一つの円環により近い強度分布となる。
【0111】
なお以上の議論は各素子の間は空気で満たされているという前提を用いた。もし屈折率nの材料で満たされていれば、回折角はその屈折率nを考量した値となることは自明である。
【0112】
以上、本願明細書では、本発明の内容を表現するために、図面を参照しながら本発明の実施形態の説明を行った。ただし、本発明は、上記実施形態に限定されるものではなく、本願明細書に記載された事項に基づいて当業者が自明な変更形態や改良形態を包含するものである。
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