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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024074598
(43)【公開日】2024-05-31
(54)【発明の名称】軸受
(51)【国際特許分類】
   F16C 33/58 20060101AFI20240524BHJP
   F16C 19/06 20060101ALI20240524BHJP
【FI】
F16C33/58
F16C19/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022185871
(22)【出願日】2022-11-21
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】福田 真人
(72)【発明者】
【氏名】岡田 尚弘
【テーマコード(参考)】
3J701
【Fターム(参考)】
3J701AA03
3J701AA32
3J701AA42
3J701AA52
3J701AA62
3J701BA53
3J701BA54
3J701BA55
3J701BA69
3J701DA12
3J701EA03
3J701FA31
3J701FA44
3J701XB03
3J701XB31
3J701XB37
3J701XB50
(57)【要約】
【課題】より低予算で、長寿命化を可能にした軸受を提供する。
【解決手段】軸受101は、内輪1Aと、内輪1Aの外周側に配置される外輪1Bとを備える。内輪1Aの軌道面11および外輪1Bの軌道面12のいずれかの一部の範囲のみが、算術平均粗さRaが0.1μm以下、スキューネスRsk<0、圧縮残留応力が700MPa以上の第1領域である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
内輪と、
前記内輪の外周側に配置される外輪とを備える軸受であって、
前記内輪の軌道面および前記外輪の軌道面のいずれかの一部の範囲のみが、算術平均粗さRaが0.1μm以下、スキューネスRsk<0、圧縮残留応力が700MPa以上の第1領域である、軸受。
【請求項2】
前記内輪の前記軌道面および前記外輪の前記軌道面の双方の一部の範囲のみが前記第1領域である、請求項1に記載の軸受。
【請求項3】
前記軌道面上に配置される転動体をさらに備え、
前記内輪および前記外輪の回転軸が延びる軸方向について、前記第1領域の寸法は、前記軌道面と前記転動体の転動面とが接触する最も大きい接触領域の長径の120%越え150%以下である、請求項1または2に記載の軸受。
【請求項4】
前記軌道面上に配置される転動体をさらに備え、
前記内輪および前記外輪の回転軸が延びる軸方向について、前記第1領域の寸法は、前記軌道面と前記転動体の転動面とが接触する最も大きい接触領域の長径の100%越え120%以下である、請求項1または2に記載の軸受。
【請求項5】
前記軌道面における前記第1領域以外の第2領域の算術平均粗さRaが0.1μm以下であり、
前記第1領域と前記第2領域との境界での、前記軌道面の接線に垂直な方向についての凸部の高さが0.4μm以下である、請求項1または2に記載の軸受。
【請求項6】
前記軌道面上に配置される転動体をさらに備え、
前記内輪および前記外輪の回転軸が延びる軸方向について、前記第1領域の寸法は、前記軌道面と前記転動体の転動面とが接触する最も大きい接触領域の長径の85%越え100%以下である、請求項5に記載の軸受。
【請求項7】
前記軌道面上に配置される転動体をさらに備え、
前記軌道面と前記転動体の転動面との最大接触面圧の50%以上の接触面圧が加わる領域のみが前記第1領域である、請求項6に記載の軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
軸受の長寿命化の方法として、従来より、以下の各技術が開示されている。特開2004-263768号公報(特許文献1)には、大きな非金属介在物を含む低清浄度鋼に対しバニシング加工を施すことで、非金属介在物を粉砕および小径化し、軸受を長寿命化する技術が提案されている。特開2004-116569号公報(特許文献2)には、軌道面にバニシング加工を施すことで、その表面の硬さをHRC65以上とし、その表面の中心線平均粗さRaを0.1μm以下とする方法が提案されている。
【0003】
特開2019-095044号公報(特許文献3)には、転動部品におけるファイバーフローと、軌道面とのなす角度が大きい場合に、転動部品内の非金属介在物と母材との隙間が開口き裂として働くことで発生する軸受の早期破損を抑制する技術が開示される。具体的には、特許文献3では、転動部品の軌道面となるべき面にバニシング加工が施される。これにより、軌道面は算術平均粗さRaが0.1μm以下、スキューネスRsk<0、圧縮残留応力が700MPa以上となる。これにより軌道面に露出した非金属介在物と母材との隙間が埋められ、非金属介在物と母材との隙間が開口き裂として働くことが抑制される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2004-263768号公報
【特許文献2】特開2004-116569号公報
【特許文献3】特開2019-095044号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
バニシング加工は一般的な砥石を用いた加工と比較して加工時間が長く、加工コストが高い点が課題である。砥石を用いた加工では軌道面と同じ形状をした砥石が用いられ、軌道面の全面が同時に加工される。一方、バニシング加工では、軌道面とツール先端との接触範囲が砥石加工における軌道面と砥石との接触範囲に比べて小さい。バニシング加工では、軌道面となるべき面を有する軌道輪(転動部品)を回転させながら、面上に押し付けたツールを軸方向に沿って移動させることで加工がなされる。そのためバニシング加工は砥石での加工に比べて加工時間が長い。さらにバニシング加工に用いられるツールは砥石よりも高価である。バニシング加工は砥石での加工に比べて、軸受の製品1個当たりに費やされるツールのコストが高くなる。このようなバニシング加工の課題およびそれを解決する手段について、上記の各特許文献には提案されていない。
【0006】
本開示は上記の課題に鑑みなされたものである。本開示の目的は、より低予算で、長寿命化を可能にした軸受を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示に従った軸受は、内輪と、内輪の外周側に配置される外輪とを備える。内輪の軌道面および外輪の軌道面のいずれかの一部の範囲のみが、算術平均粗さRaが0.1μm以下、スキューネスRsk<0、圧縮残留応力が700MPa以上の第1領域である。
【発明の効果】
【0008】
本開示によれば、より低予算で、長寿命化を可能にした軸受を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】深溝玉軸受の構造を示す概略断面図である。
図2図1の深溝玉軸受の一部を拡大し、第1領域の第1例を示す概略図である。
図3】内輪軌道面における玉の接触領域を示す概略図である。
図4図2中の点線で囲まれた領域IVの概略拡大断面図である。
図5図1の深溝玉軸受の一部を拡大し、第1領域の第2例を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、図面を参照して、本実施の形態について説明する。なお説明の便宜上、軸方向A、径方向Rおよび周方向Cが導入される。
【0011】
本実施の形態は、たとえば深溝玉軸受に適用される。図1は、深溝玉軸受の構造を示す概略断面図である。図1を参照して、深溝玉軸受101は、内輪1Aと、外輪1Bと、複数の玉4と、保持器15とを主に備えている。
【0012】
内輪1Aは、環形状からなり、外周面に後述の内輪軌道面11を有している。外輪1Bは、環形状からなり、内周面に外輪軌道面12を有している。外輪1Bは、内輪軌道面11が外輪軌道面12に対向するように内輪1Aの外周側に配置されている。
【0013】
玉4は、保持器15により内輪1Aおよび外輪1Bの周方向に沿った円環状の軌道面上において所定のピッチで並べて配置されており、当該軌道上を転動自在に保持されている。玉4は、玉転動面40を有し、当該玉転動面40において内輪軌道面11および外輪軌道面12に接触している。このような構成により、深溝玉軸受101の内輪1Aおよび外輪1Bは、互いに相対的に回転可能となっている。内輪1A、外輪1B、玉4は、たとえばJIS規格SUJ2からなっている。保持器15は、たとえばJIS規格SPCCからなっている。
【0014】
図2は、図1の深溝玉軸受の一部を拡大し、第1領域の第1例を示す概略図である。図2を参照して、ここでは内輪軌道面11の一部の範囲のみが、第1領域13である。第1領域13は、算術平均粗さRaが0.1μm以下、スキューネスRsk<0、圧縮残留応力が700MPa以上である。第1領域13は、たとえばバニシング加工が施された加工領域であってもよいが、それ以外の方法により算術平均粗さRaなどが上記の数値範囲を満足する領域であってもよい。第1領域13は、内輪1Aと外輪1Bとの回転軸(内輪1Aおよび外輪1Bの中央を通る中心線O(図1参照)に沿う軸)が延びる軸方向Aについて、内輪軌道面11の少なくとも接触領域14の中央の位置およびそれに隣接する部分に形成される。特に内輪軌道面11の接触領域14の中央と第1領域13の中央とが同じ位置であるように形成されることが好ましい。たとえばアキシアル荷重が付加される場合、玉4と、内輪1Aおよび外輪1Bとの軸方向Aの位置は、相対的に少しずれる場合がある。そのように多少の位置ずれが起こった場合であっても、少なくとも第1領域13は、軸方向Aについて玉4と軌道面(内輪軌道面11および外輪軌道面12)との接触領域14の中央を含む領域となる。
【0015】
この場合、第1領域13は、軸方向Aについての内輪軌道面11の一方(図2の左側)および他方(図2の右側)の端部には形成されない。一方、第1領域13は、複数の玉4が並ぶ周方向Cについては、内輪軌道面11の1周の全体に形成されることが好ましい。つまり第1領域13は、軸方向Aにおける内輪軌道面11の中央部において、周方向Cの全体に形成されることが好ましい。
【0016】
図2の内輪1Aの下方には、内輪軌道面11と玉転動面40とが接触する部分を平面視すなわち径方向Rに沿って視線が延びるように見た態様を示している(図2中に示す座標軸とは異なる)。内輪軌道面11と玉転動面40とが接触する部分である接触領域14は、長径が2a、短径が2bの楕円形状となる。なお接触領域14の楕円形状は、通常は軸方向Aに長径2aが延び、周方向Cに短径2bが延びるように形成される。
【0017】
たとえばバニシング加工が施された第1領域13は、表面の圧縮残留応力の平均値が700MPa以上となっており、表面の硬度の平均値が60HRC以上となっている。また第1領域13は、表面の算術平均粗さRaが0.1μm以下となっている。
【0018】
図3は、内輪軌道面における玉の接触領域を示す概略図である。図2および図3を参照して、軸方向Aの中央部では玉4と内輪1Aの内輪軌道面11とが互いに接触し、楕円形状の接触領域14が周方向C(図2の紙面奥行方向であり図3の上下方向)に間隔をあけて複数生じる。1つの玉4に対し1つの接触領域14が生じるため、接触領域14は玉4の数だけ生じる。深溝玉軸受101内の荷重分布により、各玉4の接触面圧は互いに異なる値となる。このため図3に示すように、各玉4の接触領域14は、長径2a、短径2bが互いに異なる。具体的には、複数の玉4のうち接触面圧が最大となる玉4の接触領域14の長径2aおよび短径2bの値が最も大きくなる。たとえば図3に示すように、3つ並ぶ接触領域14のうち最も上の接触領域14が最も大きく、その接触領域14から離れた位置の接触領域14ほど小さくなる。このように接触面圧が最大となる玉4の接触領域14を、以降において「最も大きい接触領域14」と呼ぶ。
【0019】
軸方向Aについて、第1領域13の寸法は、最も大きい接触領域14の長径2aの120%越え150%以下である。ただし、加工時間を短縮し、バニシング加工ツールの長寿命化および加工コスト低減を図るためには、軸方向Aの第1領域13の寸法は、最も大きい接触領域14の長径2aの100%越え120%以下であることがより好ましい。なお軸方向Aの第1領域13の寸法は、最も大きい接触領域14の長径2aの85%越え100%以下であることがいっそう好ましい。
【0020】
図4は、図2中の点線で囲まれた領域IVの概略拡大断面図である。図4および図3を参照して、内輪軌道面11は、算術平均粗さRaなどが上記の数値範囲を満足する第1領域13の他に、第1領域13以外の第2領域13Nを有する。第2領域13Nは第1領域13の上記算術平均粗さRa、スキューネスRsk、および圧縮残留応力の少なくともいずれかについて、第1領域13の数値範囲の条件を満たさない。第2領域13Nはバニシング加工がなされない非加工領域であってもよい。第1領域13(たとえば加工領域)と第2領域13N(たとえば非加工領域)との境界は境界部13B(たとえば加工境界部)である。すなわち内輪軌道面11は、第1領域13と、第2領域13Nと、境界部13Bとからなる。
【0021】
第2領域13Nは、算術平均粗さRaが0.1μm以下である。また第2領域13Nは、表面の圧縮残留応力の平均値が400MPa以下であり、表面の硬度の平均値が58HRC以上である。第2領域13Nをこのような算術平均粗さRaとするために、第2領域13Nは超仕上げ加工により、上記数値範囲の算術平均粗さRaとなっている。
【0022】
境界部13Bでは、内輪軌道面11が凸部を形成している。境界部13Bは、図4の(軸方向Aおよび径方向Rに沿う)断面における内輪軌道面11に沿う方向について、ある幅を有してもよい。つまり図4における凸部により第1領域13および第2領域13Nに比べて内輪1Aが回転する中心線Oに対する外側を向くように盛り上がっている領域の全体をここでは境界部13Bと考える。内輪軌道面11の接線に垂直な方向に凸部が盛り上がる高さHは0.4μm以下であることが好ましい。内輪軌道面11の接線に垂直な方向とは、内輪軌道面11から内輪1Aが回転する中心線Oに対する外側を向く方向である。当該凸部は、内輪軌道面11からその接線に垂直に内輪1Aの回転の外側を向くように盛り上がっている。当該凸部高さは0.4μm以下であることがより好ましい。なお図4の境界部13Bの凸部は、たとえばバニシング加工により不可避的に形成される。
【0023】
再度図2を参照して、玉4の内部の径方向R下向きの矢印は、玉4が内輪軌道面11と接触するために玉転動面40から内輪軌道面11に及ぼされる面圧を示す。その中でも図2中央の最大の矢印は、上記の接触するための面圧のうち最大である最大接触面圧Pmaxを示す。特に第2領域13Nの算術平均粗さRaが0.1μm以下であり、高さHが0.4μm以下であるとき、内輪軌道面11においては、内輪軌道面11と玉転動面40との最大接触面圧Pmaxの50%以上の接触面圧が加わる領域のみが、(バニシング加工が施された)第1領域13であってもよい。
【0024】
図5は、図1の深溝玉軸受の一部を拡大し、第1領域の第2例を示す概略図である。図5を参照して、ここでは図2に対して、外輪1Bの外輪軌道面12に第1領域13を有している点において異なっている。この場合も第1領域13にはバニシング加工が施されてもよい。このように、外輪1Bの外輪軌道面12の一部の範囲のみが第1領域13とされてもよい。
【0025】
また深溝玉軸受101(図1参照)は、図2図5との双方の特徴を有してもよい。つまり深溝玉軸受101は、内輪軌道面11および外輪軌道面12の双方の一部の範囲のみが第1領域13であってもよい。
【0026】
(パラメータの測定方法)
各パラメータの測定方法は次の通りである。算術平均粗さRaは、JIS B 0601に準拠して算出される数値であり、接触式または非接触式の表面粗さ計などを用いて測定される。圧縮残留応力は、軸受部品の表面の一部を切り出した後、その表面を電解研磨し、X線回折装置を用いることにより測定できる。軌道面の硬度は、一般公知のロックウェル硬さ試験により測定できる。すなわち荷重をかけた状態で圧子の押し込み深さを測定し、そこから軌道面の硬度が算出される。
【0027】
(作用効果)
本実施の形態に係る軸受(深溝玉軸受101)は、内輪1Aと、内輪1Aの外周側に配置される外輪1Bとを備える。内輪1Aの軌道面(内輪軌道面11)および外輪1Bの軌道面(外輪軌道面12)のいずれかの一部の範囲のみが、算術平均粗さRaが0.1μm以下、スキューネスRsk<0、圧縮残留応力が700MPa以上の第1領域13である。
【0028】
軸受の内輪1Aおよび外輪1Bの軌道面のうち、特に加工の必要性が高い限られた範囲のみにバニシング加工が実施される。このため、軌道面の全体がバニシング加工される場合に比べて加工時間を短縮しつつ、バニシング加工による最低限の軸受の長寿命化の効果を得ることができる。また軌道面の全体が加工される場合に比べてバニシング加工ツールの使用量が少なくなるため、当該ツールの摩耗および損傷を抑制できる。なお、内輪の前記軌道面および前記外輪の前記軌道面の双方の一部の範囲のみが上記の第1領域13であってもよい。これにより上記の効果をいっそう高められる。
【0029】
上記軸受は、軌道面上に配置される転動体(玉4)をさらに備え、内輪1Aおよび外輪1Bの回転軸が延びる軸方向Aについて、第1領域13の寸法は、軌道面(内輪軌道面11、外輪軌道面12)と転動体の転動面(玉転動面40)とが接触する最も大きい接触領域14の長径2aの120%越え150%以下であってもよい。軸受の運転中に衝撃荷重および振動等により、軌道面と転動面との接触領域14の位置および範囲が大きくばらつく恐れがある場合には、上記のように第1領域13の範囲を決めることが好ましい。接触領域14が意図した領域よりも大きくばらつきかなり外側に接触した場合、その接触した部分が第1領域13となっていなければ、損傷および低寿命に繋がる懸念があるため、安全を見る観点から、第1領域13を広めに設けることが好ましい。これにより、たとえば第1領域13が最も大きい接触領域14の長径2aの150%であれば、軌道面の全体をバニシング加工する場合に比べて、第1領域13の範囲を削減できる。
【0030】
上記軸受は、軌道面上に配置される転動体(玉4)をさらに備え、内輪1Aおよび外輪1Bの回転軸が延びる軸方向Aについて、第1領域13の寸法は、軌道面(内輪軌道面11、外輪軌道面12)と転動体の転動面(玉転動面40)とが接触する最も大きい接触領域14の長径2aの100%越え120%以下であってもよい。直前段落の場合に比べて軸受の運転中における軌道面と転動面との接触領域14の位置および範囲のばらつきが小さくても、軸受の寸法および形状の精度、隙間のばらつき等により、軌道面と転動面との接触領域14の位置および範囲がばらつく可能性がある。この場合、第1領域13の寸法を上記のように比較的大きくすることにより、軌道面と転動面との接触領域14の位置および範囲がばらつき想定した位置よりかなり外側となったとしても、その位置における軌道面が第1領域13となっていることにより、損傷および短寿命化を抑制できる。たとえば第1領域13が最も大きい接触領域14の長径2aの120%の寸法であれば、軌道面の全体をバニシング加工する場合に比べて、第1領域13の範囲を削減できる。
【0031】
上記軸受は、軌道面における第1領域13以外の第2領域13Nの算術平均粗さRaが0.1μm以下である。第1領域13と第2領域13Nとの境界である境界部13Bでの、軌道面の接線に垂直な方向についての凸部の高さが0.4μm以下である。なおこのことは、上記のように第1領域13の寸法が、軌道面と転動体の転動面とが接触する最も大きい接触領域14の長径2aの120%越え150%以下である場合、および第1領域13の寸法が軌道面と転動体の転動面とが接触する最も大きい接触領域14の長径2aの100%越え120%以下である場合のそれぞれにおいて成立してもよい。
【0032】
上記の、第2領域13Nの算術平均粗さRaが0.1μm以下であり、境界部13Bでの凸部の高さが0.4μm以下である軸受は、軌道面上に配置される転動体(玉4)をさらに備え、内輪1Aおよび外輪1Bの回転軸が延びる軸方向Aについて、第1領域13の寸法は、軌道面(内輪軌道面11、外輪軌道面12)と転動体の転動面(玉転動面40)とが接触する最も大きい接触領域14の長径2aの85%越え100%以下であってもよい。
【0033】
このようにすれば、上記と同様に、想定外の使用条件により接触領域14の範囲が第1領域13の外にはみ出た場合でも、軸受が極端に短寿命となることを防ぐことができる。つまり第2領域13Nの算術平均粗さRaが0.1μm以下すなわち第1領域13の算術平均粗さRaと同程度となれば、第2領域13Nであっても玉転動面40に与える負荷は第1領域13と同程度となる。このためたとえ第2領域13Nに玉転動面40が接触し大きな面圧が加わったとしても、それに起因する玉転動面40の損傷が抑制され、玉転動面40の接触が許容される。
【0034】
また境界部13Bに玉転動面40が接触し大きな面圧が加わったとしても、境界部13Bの凸部の高さHが低いため、境界部13Bが玉転動面40に損傷を与える可能性を低減できる。軸方向Aについて第1領域13の寸法が接触領域14の寸法の100%以下であれば、接触領域14は、第1領域13と第2領域13Nとの境界(境界部13B)を通り、第2領域13Nに入ることとなる。このため境界部13Bの凸部高さHを低くすることで、玉転動面40の損傷を抑制できる。
【0035】
なお、第1領域13と第2領域13Nとは算術平均粗さRaに目立った差異が認められなかったとしても、硬度および残留圧縮応力に著明な差異が認められれば、両領域を識別可能である。さらに、たとえ第1領域13と第2領域13Nとの硬度および残留圧縮応力の平均値に差異がない場合であっても、第1領域13と第2領域13Nと間には境界部13Bを有するため、少なくともこれを目印として、第1領域13と第2領域13Nとの識別が可能である。加えて、特に第1領域13がバニシング加工がなされた加工領域である場合、バニシング加工はある程度の粗さを持った面に対して、その粗さを押しつぶすような加工をするため、加工ピッチと同周期の特徴的なうねりが発生する。このことからも、第1領域13と第2領域13Nとの識別が可能である。
【0036】
以上の次第で第1領域13の軸方向Aの寸法をさらに狭くし、最も大きい接触領域14の軸方向Aの長径2a以下とすれば、加工時間をさらに短くできる。具体的には、たとえば第1領域13と接触領域14との軸方向Aの寸法を同じにすれば、軌道面の全体をバニシング加工する場合に比べて、第1領域13の範囲を削減できる。
【0037】
さらに上記軸受は、軌道面上に配置される転動体(玉4)をさらに備え、第1領域13の寸法が接触領域14の長径2a以下である場合の中でも、軌道面と転動面との最大接触面圧Pmaxの50%以上の接触面圧が加わる領域のみが第1領域13であってもよい。この場合、接触領域14の寸法の87%程度の寸法の領域が第1領域13となり、軌道面の全体をバニシング加工する場合に比べて、第1領域13の範囲を削減できる。
【0038】
実際には最大接触面圧Pmaxの50%以上の面圧が加わる領域のみが、バニシング加工がなされていない場合に軸受寿命を短縮させる懸念がある領域である。大きな面圧が加わることにより損傷を与える可能性が高まるためである。このため、接触領域14の位置ずれが起こりにくいような高い回転精度の条件下で運転する場合には、最大接触面圧Pmaxの50%以上が加わり低寿命を引き起こす可能性がある領域のみを第1領域13とすることで、いっそう第1領域13を狭くすることが好ましい。軌道面と転動面との接触面圧の高い部分のみをバニシング加工すれば、加工時間削減、ツール長寿命化の効果を得ながら、軸受の長寿命化の効果も十分に得ることができる。
【0039】
以上のように、接触領域14に対する第1領域13の軸方向Aの寸法は、軸受の形状、寸法精度、および軸受の運転条件から算出できる。接触領域14の位置ずれが起こりやすい軸受の形状、寸法精度、運転条件である場合には、第1領域13の軸方向Aの寸法を接触領域14の軸方向Aの寸法に対して長くしておくことが好ましい。この場合は位置ずれにより図2の設計時に想定した接触位置から軸方向に大きく離れた位置に接触領域14が生じる可能性がある。このため、設計時に想定した接触位置から軸方向に大きく離れた位置が接触領域14となっても部材の損傷を防ぐ観点から、軸方向Aのより広い範囲に第1領域13を設けることが好ましい。逆に、接触領域14の位置ずれが起こりにくい軸受の形状、寸法精度、運転条件である場合には、第1領域13の軸方向Aの寸法を接触領域14の軸方向Aの寸法に対して短くしても、その短い範囲内に接触領域14が収まるため十分である。第1領域13を狭めることで、加工時間を短縮し、バニシング加工ツールの長寿命化を図り、加工コストを削減できる。
【実施例0040】
6206と呼ばれる種類の図1の深溝玉軸受101の外輪軌道面12に、図2図5の最大接触面圧Pmaxが3.00GPa作用する場合を例に説明する。この場合、最も大きい接触領域14(図2図5参照)は、長軸半径a=1.47mm、短軸半径b=0.21mm(短軸直径2b=0.42mm)の楕円形状となる。よって接触領域14の長軸の直径は2a=2.94mmとなり、これは内輪軌道面11、外輪軌道面12の軸方向Aの長さW(約7.5mm)の約40%に相当する。軸受の形状および寸法の精度、隙間のばらつきを考慮し、第1領域13の120%の軸方向A寸法の接触領域14とした場合、バニシング加工の第1領域13の軸方向Aの寸法L(図2図5参照)は3.5mmとなる。L=3.5mmは、内輪軌道面11、外輪軌道面12の軸方向Aの長さの約50%に相当する。
【実施例0041】
実施例1と同様の深溝玉軸受101を用いた場合に、第1領域13の寸法が最も大きい接触領域14の長径2aの150%であれば、軌道面の全体をバニシング加工する場合に比べて、第1領域13の範囲を約40%削減できる。また軌道面の全体をバニシング加工する場合に比べて、加工時間を約40%削減でき、バニシングツールの寿命を1.7倍にできる。
【0042】
第1領域13の寸法が最も大きい接触領域14の長径2aの120%であれば、軌道面の全体をバニシング加工する場合に比べて、第1領域13の範囲を約50%削減でる。また軌道面の全体をバニシング加工する場合に比べて、加工時間を約50%削減でき、バニシングツールの寿命を2倍にできる。
【0043】
第1領域13と接触領域14との軸方向Aの寸法を同じにすれば、軌道面の全体をバニシング加工する場合に比べて、第1領域13の範囲を約60%削減できる。また軌道面の全体をバニシング加工する場合に比べて、加工時間を約60%削減でき、バニシングツールの寿命を2.5倍にできる。
【0044】
さらに、6206を用いて、上記の最大接触面圧Pmaxの50%以上の面圧が作用する領域のみを第1領域13とした場合、第1領域13の軸方向Aの寸法は約2.55mmとなる。このとき、第1領域13の寸法が最も大きい接触領域14の長径2aの約87%である。このようにすれば、軌道面の全体をバニシング加工する場合に比べて、第1領域13の範囲を約80%削減できる。また軌道面の全体をバニシング加工する場合に比べて、加工時間を約80%削減でき、バニシングツールの寿命を4.3倍にできる。
【0045】
以上に述べた実施の形態に含まれる各例に記載した特徴を、技術的に矛盾のない範囲で適宜組み合わせるように適用してもよい。
【0046】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0047】
1A 内輪、1B 外輪、4 玉、11 内輪軌道面、12 外輪軌道面、13 第1領域、13B 境界部、13N 第2領域、14 接触領域、15 保持器、40 玉転動面、101 深溝玉軸受。
図1
図2
図3
図4
図5