(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024075031
(43)【公開日】2024-06-03
(54)【発明の名称】ケトン供与体を含む組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 31/765 20060101AFI20240527BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20240527BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20240527BHJP
A61P 1/04 20060101ALI20240527BHJP
A61K 39/395 20060101ALI20240527BHJP
A61P 35/02 20060101ALI20240527BHJP
A23L 33/10 20160101ALI20240527BHJP
A61K 35/742 20150101ALN20240527BHJP
A23K 20/105 20160101ALN20240527BHJP
【FI】
A61K31/765
A61P35/00
A61P43/00 121
A61P43/00 111
A61P1/04
A61K39/395 D
A61K39/395 N
A61P35/02
A23L33/10
A61K35/742
A23K20/105
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022186141
(22)【出願日】2022-11-22
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】502341546
【氏名又は名称】学校法人麻布獣医学園
(71)【出願人】
【識別番号】000230076
【氏名又は名称】日本ペットフード株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100137512
【弁理士】
【氏名又は名称】奥原 康司
(72)【発明者】
【氏名】永根 大幹
(72)【発明者】
【氏名】竹田 志郎
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 武人
(72)【発明者】
【氏名】山下 匡
【テーマコード(参考)】
2B150
4B018
4C085
4C086
4C087
【Fターム(参考)】
2B150AA02
2B150AA03
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(57)【要約】
【課題】本発明は、酪酸菌の増殖を促進する組成物の提供、およびがん免疫療法に用いる組成物の提供を課題とする。
【解決手段】本発明は、ポリ(D-3-ヒドロキシ酪酸)(PHB)を含有する、酪酸菌の増殖促進用組成物を提供する。さらに、本発明は、PHBを含有する組成物と免疫チェックポイント阻害剤を併用することを特徴とする併用組成物を提供する
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリ(D-3-ヒドロキシ酪酸)(PHB)を含有する、酪酸菌の増殖促進用組成物。
【請求項2】
前記酪酸菌が腸内細菌叢内に存在する、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記酪酸菌がClostridium butyricumである、請求項1に記載の組成物。
【請求項4】
前記組成物が、医薬組成物、飼料組成物または飲食組成物である、請求項1、2または3に記載の組成物。
【請求項5】
前記飼料組成物または飲食組成物が食事療法食である、請求項4に記載の組成物。
【請求項6】
PHBを含有する組成物と免疫チェックポイント分子の阻害剤を併用することを特徴とする併用組成物であって、前記組成物と前記免疫チェックポイント分子の阻害剤の相乗作用を有する、前記併用組成物。
【請求項7】
前記免疫チェックポイント分子が、PD-1(Programmed cell Death-1)、PD-L1(Programmed death-ligand 1)、TIM-3(T-cell Immunoglobulin and Mucin domain 3)またはCTLA4(Cytotoxic T-Lymphocyte Associated antigen 4)であることを特徴とする請求項6に記載の併用組成物。
【請求項8】
前記免疫チェックポイント分子が、PD-1(Programmed Death-1)またはPD-L1(Programmed death-ligand 1)であることを特徴とする請求項7に記載の併用組成物。
【請求項9】
前記併用組成物が、医薬組成物、飼料組成物または飲食組成物である、請求項8に記載の併用組成物。
【請求項10】
前記飼料組成物または飲食組成物が食事療法食である、請求項9に記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ケトン供与体、特にポリ(D-3-ヒドロキシ酪酸)を含有する組成物であって、抗腫瘍作用および抗腸炎症作用を有する組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
ケトン体は、カルボニル基と2個の炭化水素が結合した化合物の総称である。体内には、3-ヒドロキシ酪酸(3-hydroxybutyric acid)(以下、「3HB」とも記載する)、アセト酢酸、アセトンなどが存在しており、さまざまな生理作用を発揮する。例えば、3-ヒドロキシ酪酸について、加齢に伴い発症が見られる種々の疾患、例えば、がんや心疾患(非特許文献1)、アルツハイマー病などの神経疾患(非特許文献2)を含む多くの疾患に対する治療効果が報告されている。また、ペットとしてのイヌにおいてもてんかん発作(非特許文献3)を含む疾患に対する治療効果が報告されている。
【0003】
ケトン体は、小腸の加水分解酵素および大腸に存在する細菌叢によって分解され、腸上皮から速やかに吸収された後、血中に放出される。しかしながら、血中のケトン体の濃度を長時間維持することは困難である。この点、ケトン供与体を生体に投与し、血中のケトン体濃度を維持することが可能である。そして、ケトン供与体は、種々の疾患の治療にも有効であることが報告されている。例えば、ケトン供与体であるポリ(D-3-ヒドロキシ酪酸)(poly(D-3-hydroxybutyric acid))(以下「PHB」とも記載する)を経口投与すると、癌の増殖抑制効果を発揮すること(特許文献1)、炎症性腸疾患の予防及び治療効果を発揮すること(特許文献2)、血糖値の抑制効果を発揮すること(特許文献3)などが報告されている。また、PHBは大腸内の腸内細菌にプロピオン酸、酢酸または酪酸を遊離させることが報告されている(特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】WO2020/250980公報
【特許文献2】WO2005/021013公報
【特許文献3】WO2019/035486公報
【特許文献4】WO2022/080250公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Hanら, Exp Mol Med., 52:548-555 2020.
【非特許文献2】Avgerionosら, Int Rev Neurobiol., 154:79-110 2020.
【非特許文献3】Berkら, J Vet Intern Med., 34:1248-1259 2020
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、PHBの腸内細菌叢の組成、特に全身の免疫系調節に関与するとの報告のある酪酸菌の増殖に対する影響を明らかにし、がん免疫療法に対するPHBの新たな利用方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
発明者らは、酪酸菌の1種であるクロストリジウム・ブチリカム(Clostridium butyricum;CBM)の培地に0.1%(w/v) PHBを添加したところ、CBMの増殖が促進したことを見出した。また、マウスに2.0重量%のPHBを含有する飼料を、自由採食法により給餌したところ、糞便中のCBMの細菌数がコントロールと比較して有意に増加していることを見出した。すなわち、2.0重量%のPHBを含有する飼料を摂食したマウスの腸内において、酪酸菌の1種であるCBMの増殖が促進されることが明らかとなった。
【0008】
さらに、本発明者らは、乳がん腫瘍モデルマウスに0.2重量%のPHB含有試料を与えると、腫瘍組織中のT細胞上の免疫チェックポイント分子であるTIM-3と腫瘍組織中のPD-L1の発現量が減少すること、0.2重量%のPHB含有試料の給餌と免疫チェックポイント阻害剤であるBMS-202の投与を併せて行うと、抗腫瘍効果に相乗効果が認められることを新たに見出した。
【0009】
本発明は以上の知見に基づいて完成されたものである。すなわち、本発明は以下の(1)~(10)である。
(1)ポリ(D-3-ヒドロキシ酪酸)(PHB)を含有する、酪酸菌の増殖促進用組成物。
(2)前記酪酸菌が腸内細菌叢内に存在する、上記(1)に記載の組成物。
(3)前記酪酸菌がClostridium butyricumである、上記(1)に記載の組成物。
(4)前記組成物が、医薬組成物、飼料組成物または飲食組成物である、上記(1)、(2)または(3)に記載の組成物。
(5)前記飼料組成物または飲食組成物が食事療法食である、上記(4)に記載の組成物。
(6)PHBを含有する組成物と免疫チェックポイント分子の阻害剤を併用することを特徴とする併用組成物であって、前記組成物と前記免疫チェックポイント分子の阻害剤の相乗作用を有する、前記併用組成物。
(7)前記免疫チェックポイント分子が、PD-1(Programmed cell Death-1)、PD-L1(Programmed death-ligand 1)、TIM-3(T-cell Immunoglobulin and Mucin domain 3)またはCTLA4(Cytotoxic T-Lymphocyte Associated antigen 4)であることを特徴とする上記(6)に記載の併用組成物。
(8)前記免疫チェックポイント分子が、PD-1(Programmed Death-1)またはPD-L1(Programmed death-ligand 1)であることを特徴とする上記(7)に記載の併用組成物。
(9)前記併用組成物が、医薬組成物、飼料組成物または飲食組成物である、上記(8)に記載の併用組成物。
(10)前記飼料組成物または飲食組成物が食事療法食である、上記(9)に記載の組成物。
なお、本明細書において「~」の符号は、その左右の値を含む数値範囲を示す。
【発明の効果】
【0010】
本発明の使用により、酪酸菌の増殖を促進することができるため、腸内に存在する酪酸菌の比率を上昇させ、生体を健全な状態に保つことが可能となる。さらに、本発明により、従来のがん免疫療法の効果をさらに高めることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】酪酸菌の増殖に対するPHBが及ぼす影響の検討。Aは、0.1%(w/v)のPHB添加(PHB)または非添加(CTL)の培地中で培養した
Clostridium butyricumの増殖曲線を示す。Bは、0.1%(w/v)のPHBの添加または非添加の培地中で2時間培養した場合の培養物1mLあたりのCFUを計測した結果を示す。Cは、2重量%PHBを添加した飼料(PHB)または添加しない飼料(CTL)をob/obマウスに8週間給餌した後の糞便1gあたりの
Clostridium butyricumの菌数を示す。なお、CBMは、
Clostridium butyricum miyairi(750 mg/kgを週2回経口投与)を8週間投与した場合の糞便中の
Clostridium butyricumの菌数を示す。*P<0.05。
【
図2】移植腫瘍(乳がん)マウスモデルを用いたPHBの抗腫瘍効果の検討。乳腺がんE0771細胞をマウスに移植した後、0.2重量%PHBを含む飼料を自由採食法により給餌した。AおよびCは、各々、野生型マウスまたは免疫不全マウスに移植した腫瘍体積の経時変化を示し、BおよびDは、各々、野生型マウスまたは免疫不全マウスの生存率を示す。Eは、野生型マウス(B6N)または免疫不全マウス(KSN)に移植した腫瘍体積の倍化時間を示す。CTLはPHBを含まない飼料を給餌したマウス群、PHBは0.2重量%PHBを含む飼料を給餌したマウス群の結果である。*P<0.05、**P<0.01、****P<0.0001。
【
図3】PHBが脾臓中のT細胞に及ぼす影響の検討。Aは、コントロールマウス群(CTL)、PHB投与マウス群(PHB)、腫瘍細胞移植マウス群(Tumor)および腫瘍細胞移植後PHB投与マウス群(Tumor+PHB)の脾臓細胞中におけるCD3
+細胞の存在割合を調べた結果である。BはヘルパーT細胞(CD4
+)細胞中のNaive T細胞、Effector T細胞またはMemory T細胞の存在割合を調べた結果である。CはキラーT細胞(CD8
+)細胞中のNaive T細胞、Effector T細胞またはMemory T細胞の存在割合を調べた結果である。
【
図4】PHBが腫瘍組織中のTIM-3
+T細胞に及ぼす影響の検討。E0771細胞をマウスに移植した後、PHBを給餌したマウス(PHB)とPHBを給餌しなかったマウス(CTL)から腫瘍組織を採取し、組織切片を作製して、抗CD3抗体、抗TIM-3抗体およびDAPIで染色を行った。染色結果をAに示す。Aの染色像に基づいて、CD3陽性T細胞(CD3
+)に対するTIM-3陽性T細胞(TIM3
+)の存在比を数値化し、その結果をBに示す。
【
図5】PHBが腫瘍組織中のPD-L1の発現に及ぼす影響の検討。E0771細胞をマウスに移植した後、PHBを給餌したマウス(PHB)とPHBを給餌しなかったマウス(CTL)から腫瘍組織を採取し、組織切片を作製して、抗PD-L1抗体で染色した。染色結果をAに示す。Bは腫瘍組織を抗PD-L1抗体でウエスタンブロッティングした結果である。PHBを給餌したマウス(PHB)とPHBを給餌しなかったマウス(CTL)各々から得られた腫瘍組織に由来するサンプルを、各3レーンずつブロッティングを行い(B上段)、得られたバンドの強度を計測した平均値をグラフ化した(B下段)。
【
図6】腫瘍に対するPHB含有組成物と免疫チェックポイント阻害剤の併用効果の検討。E0771細胞移植後8日目から0.2重量%PHBを含む飼料の給餌を開始し、移植後9日目および13日目にBMS-202をマウスに静脈内投与した。Aは、マウスに移植した腫瘍体積の経時変化を示し、Bは、マウスの生存率を示す。CTLはPHBを含まない飼料を給餌したマウス群、PHBはPHBを含む飼料を給餌したマウス群、BMSはBMS-202を投与したマウス群、PHB+BMSはPHBを含む飼料を給餌し、BMS-202を投与したマウス群の結果である。*P<0.05、****P<0.0001。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に本発明の実施形態について説明を行う。
第1の実施形態は、ポリ(D-3-ヒドロキシ酪酸)(PHB)を含有する、酪酸菌の増殖促進用組成物である。
酪酸菌とは、酪酸を産生する細菌の総称である。プロバイオティクスおよびプレバイオティクスの標的として注目されており、腸内細菌叢において酪酸菌の比率が高いと、全身の免疫機能が調節され、健康長寿に資することが知られている。従って、PHBは、酪酸菌の増殖促進を介して、種々の疾患の治療および健康の維持に効果を示すと考えられる。本実施形態における酪酸菌として、特に限定はしないが、例えば、クロストリジウム・ブチリカム(Clostridium butyricum)、ブチリビブリオ・フィブリソルベンス(Butyrivibrio fibrisolvens)、ラクノスピラ科(Lachnospiraceae)、フェカリバクテリウム・プラウスニッチィ(Faecalibacterium prausnitzii)などが挙げられる。
【0013】
第2の実施形態は、PHBを含有する組成物と免疫チェックポイント分子の阻害剤(免疫チェックポイント阻害剤)を併用することを特徴とする併用組成物であって、前記組成物と前記免疫チェックポイント阻害剤の相乗作用を有する併用組成物(以下「本実施形態にかかる併用組成物」とも記載する)である。
本実施形態における免疫チェックポイント分子は、例えば、T細胞もしくは抗原提示細胞(例えば、マクロファージ、B細胞もしくは樹状細胞など)などの免疫系細胞、または腫瘍細胞上に発現する分子で、そのリガンドまたは受容体と結合して、生体内における免疫応答を抑制し、または、過剰な免疫応答を抑制する分子のことである。当該免疫チェックポイント分子とそのリガンドとしては、特に限定はしないが、例えば、TIM-3(T-cell immunoglobulin and mucin domain 3)、PD-1(Programmed cell death 1)、PD-L1(Programmed death-ligand 1)、CTLA-4(cytotoxic T-lymphocyteantigen 4)、LAG-3(Lymphocyte Activation Gene-3)、TIGIT(T-cell immunoreceptor with Ig and ITIM domains)などが挙げられる。
【0014】
本実施形態における免疫チェックポイント阻害剤とは、免疫チェックポイント分子とそのリガンドとの結合を阻害することにより、当該免疫チェックポイント分子によるシグナル伝達を阻害する薬剤をいう。例えば、免疫チェックポイント阻害剤の例として、TIM-3、PD-1、PD-L1、CTLA-4、LAG-3、TIGITを阻害する抗体や低分子化合物を挙げることができ、さらに、免疫チェックポイント分子をコードする遺伝子をノックアウトするためのsiRNA、miRNAなどであってもよいが、これらに限定されることはない。具体的な薬剤としては、例えば、抗PD-1抗体であるニボルマブやペンブロリズマブ、抗PD-L1抗体であるアベルマブやデュルバルマブ、アテゾリズマブ、抗TIM-3抗体であるサバトリマブ(MBG-453)、抗CTLA-4抗体であるイピリムマブ、抗TIGIT抗体であるチラゴルマブおよびPD-1とPD-L1の結合を阻害するBMS-202(cas登録番号:1675203-84-5)などが挙げられる。好ましくは、PD-1やPD-L1、TIM-3を阻害する免疫チェックポイント阻害剤であり、さらに好ましくは、ニボルマブやペンブロリズマブ、アベルマブ、デュルバルマブ、サバトリマブ、BMS-202であり、最も好ましくは、ニボルマブやペンブロリズマブ、アベルマブ、デュルバルマブである。
PHBを含有する組成物を乳がん腫瘍モデルマウスに給餌すると、腫瘍組織内のT細胞表面上におけるTIM-3の発現が低下し、また、腫瘍組織内のPD-L1の発現が減少した。従って、PHBを含有する組成物は、免疫チェックポイント分子の発現を抑制して、T細胞の活性化状態を持続し、当該T細胞によるがん細胞への免疫応答を持続させる効果を発揮すると考えられる。また、PHBを含有する組成物を給餌した乳がん腫瘍モデルマウスに、PD-1/PD-L1阻害剤であるBMS-202を投与すると、PHB含有組成物とBMS-202が相乗的に抗腫瘍効果を発揮することが確認された。
【0015】
本実施形態にかかる併用組成物の投与方法において、PHBを含有する組成物と免疫チェックポイント阻害剤の投与の組み合わせ(順序や回数など)は、特に限定されず、例えば、同時投与、免疫チェックポイント阻害剤が先の投与、免疫チェックポイント阻害剤が後の投与、のいずれであってもよい。また、PHBを含有する組成物と免疫チェックポイント阻害剤を異なる時点で投与する場合のそれぞれの投与間隔や投与回数は、特に限定はしないが、例えば、1~12時間、12時間~24時間、24時間~48時間など、対象となる疾患の病態等に応じて、医師、獣医師およびその他の専門家により適宜選択することができる。
【0016】
また、本実施形態にかかる併用組成物において、免疫チェックポイント阻害剤の投与量は、使用する阻害剤に応じて医師、獣医師およびその他の専門家により適宜決定することができる。
【0017】
本実施形態にかかるPHBは、下記の式1で示される化合物で、生体内において、分解されることにより、下記の式2で示されるD-3-ヒドロキシ酪酸(D-3-hydroxybutyric acid:3HB)となる。
【化1】
【化2】
式(1)において、nは整数であって、特に限定はしないが、例えば、100以上3000以下、好ましくは500以上2500以下、より好ましくは2000程度である。PHBは、当業者であれば公知の方法により容易に合成することができ、例えば、WO2020/250980に開示された合成方法により合成してもよい。または、市販品を購入してもよい。
【0018】
本実施形態にかかる組成物が含有するPHBの下限量は、例えば0.02重量%以上、0.03重量%以上、0.04重量%以上、0.05重量%以上、0.06重量%以上、0.07重量%以上、0.08重量%以上、0.09重量%以上、0.10重量%以上、0.11重量%以上、0.12重量%以上、0.13重量%以上、0.14重量%以上、0.15重量%以上、であり、好ましくは、0.02重量%以上、0.05重量%以上、0.1重量%以上である。当該組成物が含有するPHBの量に特に上限はないが、当該組成物に含有されるPHBが生体内において生じさせうる好ましくない影響を回避するなどの必要がある場合には、例えば、当該組成物に含有されるPHBの上限量は、例えば5.0重量%未満であり、好ましくは、4.0重量%以下、3.0重量%以下、2.0重量%以下、1.0重量%以下、0.5重量%以下、0.4重量%以下、0.3重量%以下、0.2重量%以下であり、より好ましくは、2.0重量%以下、1.0重量%以下、0.2重量%以下である。また、前記したPHBの下限量と上限量を組み合わせてPHBの含有量を特定することもできる。
【0019】
本実施形態にかかる組成物の有効な摂取量(疾患または病態を改善するために必要な摂取量)は、特に限定はしないが、例えば、一日に体表面積1m2あたり、PHBを90 mg(0.02重量%を含む組成物を摂取させた場合)以上、より好ましくはPHBを900 mg摂取できる量であり、PHBの摂取の十分量は9,000mgである。
前記有効な摂取量は、動物種別に体重1kgあたりに計算し直しても良い。体表面積1m2あたりの摂取量を体重1kgあたりに変換する係数は、例えば、特に限定しないが、米国食品医薬品庁(FDA;Food and Drug Administration)の初回投与量設定法のガイダンス(Estimating the Maximum Safe Starting Dose in Initial Clinical Trials for Therapeutics in Adult Healthy Volunteers、2005年7月:FDAガイダンス)に採用されている係数を用いても良い。具体的には、特に限定しないが、ヒトに対して前記係数の例えば37で除し、一日に体重1kgあたり、PHBを2.4 mg以上、より好ましくはPHBを24.3 mg以上と換算しても良く、イヌに対して前記係数の例えば20で除し、一日に体重1kgあたり、PHBを4.5 mg以上、より好ましくはPHBを45.0 mg以上と換算しても良く、ウサギに対して前記係数の例えば12で除し、一日に体重1kgあたり、PHBを7.5 mg以上、より好ましくはPHBを75.0 mg以上と換算しても良く、モルモットに対して前記係数の例えば8で除し一日に体重1kgあたり、PHBを11.2 mg以上、より好ましくはPHBを112.5 mg以上と換算しても良く、フェレットに対して前記係数の例えば7で除し、一日に体重1kgあたり、PHBを12.8 mg以上、より好ましくはPHBを128.5 mg以上と換算しても良く、ラットに対して前記係数の例えば6で除し、一日に体重1kgあたり、PHBを15 mg以上、より好ましくはPHBを150 mg以上と換算しても良く、ハムスターに対して前記係数の例えば5で除し、一日に体重1kgあたり、PHBを18 mg以上、より好ましくはPHBを180 mg以上と換算しても良く、マウスに対して前記係数の例えば3で除し、一日に体重1kgあたり、PHBを30 mg以上、より好ましくはPHBを300 mg以上と換算しても良い。
【0020】
第1の実施形態にかかる組成物は酪酸菌の増殖を促進し、腸内環境を改善する効果を有しており、第2の実施形態にかかる併用組成物は、抗腫瘍効果を有している。第1の実施形態にかかる組成物および第2の実施形態にかかる併用組成物は、各々、使用目的に応じて、例えば、医薬組成物、飲食品組成物または飼料組成物(食事療法食を含む)などとして提供され得るが、これらの組成物に限定されるものではない。また、飼料組成物および飲食品組成物を含む、医薬組成物以外の組成物であっても、ヒトおよび非ヒト動物の腸内環境の改善、がんの治療、病態の改善、寛解および完治の目的で、使用してもよい。
【0021】
第2の実施形態にかかる併用組成物が、がん治療用の医薬組成物である場合、当該組成物の治療対象となるがんとしては、例えば、肝細胞癌、胆管細胞癌、腎細胞癌、扁平上皮癌、基底細胞癌、移行細胞癌、腺癌、悪性ガストリノーマ、悪性黒色腫、線維肉腫、粘液肉腫、脂肪肉腫、平滑筋肉腫、横紋筋肉腫、悪性奇形腫、血管肉腫、カポジ肉腫、骨肉腫、軟骨肉腫、リンパ管肉腫、悪性髄膜腫、非ホジキンリンパ腫、ホジキンリンパ腫、白血病、脳腫瘍、上皮細胞由来新生物(上皮癌腫)、基底細胞癌腫、腺癌腫、口唇癌、口腔癌、食道癌、小腸癌および胃癌のような胃腸癌、結腸癌、直腸癌、肝癌、膀胱癌、膵臓癌、卵巣癌、子宮頚癌、肺癌、乳癌、扁平上皮細胞癌および基底細胞癌のような皮膚癌、前立腺癌並びに腎細胞癌腫などが含まれ、また、全身の上皮、間葉または血液細胞を冒す他の既知の癌などがある。
【0022】
第3の実施形態は、第1の実施形態にかかる組成物を対象に投与することを含む、腸内の酪酸菌の増殖を促進する方法である。
【0023】
第4の実施形態は、第2の実施形態にかかる併用組成物を治療対象に投与することを含む、がんの治療方法である。さらに、第2の実施形態にかかる併用組成物の治療対象への投与と、放射線照射を併用してもよい。
ここで「治療」とは、すでに疾患に罹患した対象(ヒトおよび非ヒト動物)において、その病態の進行および悪化を阻止または緩和することを意味し、これによって当該疾患の進行および悪化を阻止または緩和することを目的とする処置のことである。
また、治療の対象はヒトに限定されず、ヒト以外の哺乳動物、例えば、マウス、ラット、イヌ、ネコのほか、ウサギ、フェレット、モルモット、ハムスター、チンチラ、ハリネズミ、デグーなど小動物、ウシ、ウマ、ヒツジ、ブタなど家畜、サル、チンパンジーやゴリラなどの霊長類等であってもよい。
【0024】
本実施形態にかかる組成物が、医薬組成物である場合、投与対象はヒトのみならず、非ヒト動物であってもよい。当該医薬組成物は、経口または非経口用の剤型であってもよく、特に限定はしないが、例えば、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、シロップ剤、懸濁剤、座剤、軟膏、クリーム剤、ゲル剤、貼付剤、吸入剤または注射剤等が挙げられる。これらの製剤は常法に従って調製される。なお、液体製剤にあっては、用時、水または他の適当な溶媒に溶解または懸濁するものであってもよい。また、錠剤、顆粒剤は周知の方法でコーティングしてもよい。注射剤の場合には、PHBを水に溶解させて調製されるが、必要に応じて生理食塩水あるいはブドウ糖溶液に溶解させてもよく、また、緩衝剤や保存剤を添加してもよい。
【0025】
本実施形態にかかる医薬組成物の製造に用いられる製剤用添加物の種類、有効成分に対する製剤用添加物の割合、または、医薬組成物の製造方法は、その形態に応じて当業者が適宜選択することが可能である。製剤用添加物としては無機もしくは有機物質、または、固体もしくは液体の物質を用いることができ、一般的には、有効成分重量に対して、例えば、0.1重量%~99.9重量%、1重量%~95.0重量%、または1重量%~90.0重量%の間で配合することができる。具体的には、製剤用添加物の例として乳糖、ブドウ糖、マンニット、デキストリン、シクロデキストリン、デンプン、蔗糖、メタケイ酸アルミン酸マグネシウム、合成ケイ酸アルミニウム、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ヒドロキシプロピルデンプン、カルボキシメチルセルロースカルシウム、イオン交換樹脂、メチルセルロース、ゼラチン、アラビアゴム、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール、軽質無水ケイ酸、ステアリン酸マグネシウム、タルク、トラガント、ベントナイト、ビーガム、酸化チタン、ソルビタン脂肪酸エステル、ラウリル硫酸ナトリウム、グリセリン、脂肪酸グリセリンエステル、精製ラノリン、グリセロゼラチン、ポリソルベート、マクロゴール、植物油、ロウ、流動パラフィン、白色ワセリン、フルオロカーボン、非イオン性界面活性剤、プロピレングルコールまたは水等が挙げられる。
【0026】
経口投与用の固形製剤を製造するには、有効成分と賦形剤成分、例えば、乳糖、澱粉、結晶セルロース、乳酸カルシウムまたは無水ケイ酸などと混合して散剤とするか、さらに必要に応じて白糖、ヒドロキシプロピルセルロースまたはポリビニルピロリドンなどの結合剤、カルボキシメチルセルロースまたはカルボキシメチルセルロースカルシウムなどの崩壊剤などを加えて湿式または乾式造粒して顆粒剤とする。錠剤を製造するには、これらの散剤および顆粒剤をそのまま、または、ステアリン酸マグネシウムもしくはタルクなどの滑沢剤を加えて打錠すればよい。これらの顆粒または錠剤は、ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート、メタクリル酸-メタクリル酸メチルポリマーなどの腸溶剤基剤で被覆して腸溶剤製剤、または、エチルセルロース、カルナウバロウもしくは硬化油などで被覆して持続性製剤とすることもできる。また、カプセル剤を製造するには、散剤または顆粒剤を硬カプセルに充填するか、有効成分をそのまま、または、グリセリン、ポリエチレングリコール、ゴマ油もしくはオリーブ油などに溶解した後ゼラチンで被覆し軟カプセルとすることができる。
【0027】
注射剤を製造するには、有効成分を必要に応じて、塩酸、水酸化ナトリウム、乳糖、乳酸、ナトリウム、リン酸一水素ナトリウムまたはリン酸二水素ナトリウムなどのpH調整剤、塩化ナトリウムまたはブドウ糖などの等張化剤と共に注射用蒸留水に溶解し、無菌濾過してアンプルに充填するか、さらに、マンニトール、デキストリン、シクロデキストリンまたはゼラチンなどを加えて真空凍結乾燥し、用事溶解型の注射剤としてもよい。また、有効成分にレシチン、ポリソルベート80またはポリオキシエチレン硬化ヒマシ油などを加えて水中で乳化させ、注射剤用乳剤とすることもできる。
【0028】
直腸投与剤を製造するには、有効成分をカカオ脂、脂肪酸のトリ、ジおよびモノグリセリドまたはポリエチレングリコールなどの座剤用基材と共に加湿して溶解し、型に流し込んで冷却するか、有効成分をポリエチレングリコールまたは大豆油などに溶解した後、ゼラチン膜等で被覆してもよい。
【0029】
本実施形態にかかる医薬組成物の投与量および投与回数は特に限定されず、治療対象疾患の悪化・進展の防止および/または治療の目的、疾患の種類、患者の体重や年齢などの条件に応じて、医師または薬剤師、動物用医薬品においては獣医師の判断により適宜選択することが可能である。
一般的には、経口投与における一日あたりの投与量は、体表面積1m2あたり90 mg程度以上、好ましくは、900 mg程度であり、一日一回または数回に分けて投与することができる。体重1kgあたりに換算すると、各々、ヒトで2.4 mg程度以上、好ましくは、24.3 mg程度、イヌで4.5 mg程度以上、好ましくは、45.0 mg程度、ウサギで7.5 mg程度以上、好ましくは、75.0 mg程度となる。
【0030】
本実施形態にかかる組成物が飲食品組成物(食事療法食を含む)である場合、通常ヒトが食品として摂取する形態であれば特に制限されず、例えば、サプリメントとしての摂取や、清涼飲料、栄養飲料等の飲料、キャンディー、ガム、ゼリー、クリーム、アイスクリームなどの菓子類、乳飲料、発酵乳、ドリンクヨーグルト、バター等の乳製品と混合した食品としての摂取などをあげることができる。好ましくは、サプリメントとしての摂取である。
【0031】
本実施形態にかかる組成物は、非ヒト動物が摂取可能な飼料組成物であってもよい。ここでいう飼料には、いわゆる、非ヒト動物に必要な栄養源として摂取させるもの、特に限定はしないが、例えば、ブタ、ウシなどの家畜ならびに養殖魚の飼養に使われる飼料添加物、イヌ、ネコ、ウサギなどのペットの食事療法の目的で与えるペットフード(食事療法食)なども含まれる。
「食事療法の目的で与えるペットフード」は、一般的には、栄養成分の量や比率が調節され、特定の疾病又は健康状態にあるペットの栄養学的サポートを目的に、獣医療において獣医師の指導のもとで食事管理に使用されることを意図したものをいい、動物病院にて販売されるものをいうが、これに限定されるものではない。
「食事療法の目的で与えるペットフード」は、特に限定はしないが、例えば、固体ペットフード、液体ペットフードであってもよく、さらに、栄養源を補助する目的で与えるペット用サプリメントであってもよく、ペット用サプリメントの場合、特に限定はしないが、例えば、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、シロップ剤、液体等の形状であっても良い。
「食事療法の目的で与えるペットフード」の原材料は、その形態に応じて当業者が適宜選択することが可能である。具体的には、穀類、いも類、でん粉類、糖類、種実類、豆類、野菜類、果実類、きのこ類、藻類、魚介類、肉類、卵類、乳類、油脂類、ビタミン類、ミネラル類、アミノ酸類、その他の添加物等を使用してもよい。
「食事療法の目的で与えるペットフード」の製造方法は、その形態に応じて当業者が適宜選択することが可能である。具体的には、混合機、蒸煮機、成型機、乾燥機、加熱殺菌機、冷凍機等を使用して製造したもの、または天日干し等簡易な方法により製造したものであってもよい。
【0032】
本明細書が英語に翻訳されて単数形の「a」、「an」および「the」の単語が含まれる場合、文脈から明らかにそうでないことが示されていない限り、単数のみならず複数のものも含むものとする。
以下に実施例を示してさらに本発明の説明を行うが、本実施例は、あくまでも本発明の実施形態の例示にすぎず、本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例0033】
1.PHBの酪酸菌の増殖に与える影響
In vitroおよびin vivoにおける酪酸菌の増殖に対してPHBが与える影響について検討した。
1-1.方法
1-1-1.酪酸菌の培養
本実施例では、酪酸菌としてミヤリサン製薬株式会社のミヤBM細粒製品由来のClostridium butyricum MIYAIRI 588株(宮入菌)を使用した。無菌空間内において、ミヤBM細粒製品をインハートインフュージョン(BHI)液体培地(日本ベクトン・ディッキンソン株式会社)に滅菌済の薬さじでひとかき植菌し、アネロパック嫌気およびアネロパック嫌気ジャー(三菱ガス化学株式会社)を用いて37℃で24時間嫌気培養を行い、宮入菌を立ち上げた。宮入菌を純培養できていることを確認するため、培養液をGAM寒天培地に塗抹し、72時間嫌気培養後、単一コロニーが形成されること。またDNAを抽出し、既報(Fiteら, J. Clin. Microbiol., 51:849-856 2013)従いClostridium butyricumであることを確認するため、Clostridium butyricum特異的プライマー(フォワードプライマー:GTGCCGCCGCTAACGCATTAAGTAT(配列番号1)およびリバースプライマー:ACCATGCACCACCTGTCTTCCTGCC(配列番号2))を使用し、長さ213 bpのDNA増幅産物が生成したことを確認した。
【0034】
宮入菌培養は嫌気性チューブ(Chemglass Lifesciences)を用いて行った。嫌気性チューブ内へBHI培地を注ぎ、培地に対し窒素ガスで15分間のブロー、気層部に対し10分間のブローを行い、ブチルゴムとアルミシールもしくはスクリューキャップで密栓した。その後、培地を121℃、15分のオートクレーブ滅菌処理を行った。立ち上げた宮入菌培養液を無菌的に窒素ガスで置換したニードル付きシリンジで一定量採取し、滅菌した嫌気性チューブ内BHI培地に、培養液体積に対して1.5%分の菌を植菌した。その後、37℃に設定したインキュベーター内で転倒混和しながら一晩培養し、前培養液とした
【0035】
1-1-2.In vitroにおける酪酸菌の増殖に対するPHBの影響の検討
PHBは、既報(特許文献1)に従って製造されたハロモナス属由来の数平均分子量19万以下、重量平均分子量29万以下、分子量1万以上を98.0%含むものを株式会社ビヨンドサイエンスから購入した。PHBの分子量はゲル浸透クロマトグラム法(GPC)にてエバポレイト光散乱(ELS)検出器を用いて分析した。PHB添加用の培地は、嫌気性チューブにBHI培地懸濁時に0.1%(w/v)となる量のPHBを加え、その後BHI培地を加えた。嫌気性チューブ内の0.1%(w/v)PHB添加BHI培地は培地中を窒素ガスで15分間のブロー、気層部を10分間のブローを行い、ブチルゴムとアルミシールもしくはスクリューキャップで密栓した。その後、121℃、15分のオートクレーブ処理を行った。対照区のPHB無添加のBHI培地も同様に調製した。
前培養液を無菌的に窒素ガスで置換したニードル付きシリンジで一定量採取し、滅菌した嫌気性チューブ内BHI培地に培養液体積に対して1.5%分植菌し本培養とした。その後、37℃に設定したインキュベーター内で転倒混和しながら一定時間培養し、濁度(OD600nm)を測定した。各時間の濁度値は、0時間の濁度値より差し引いた値とした。生菌数による測定は、培養液を予め滅菌処理した0.05%L-システイン塩酸塩水和物、0.05%寒天および0.05%Tween80入りPBSで段階希釈し、GAM寒天培地を用いてアネロパック嫌気およびアネロパック嫌気ジャーによる37℃で培養した。その後、出現したコロニー数をカウントした。
【0036】
1-1-3.In vivoにおける酪酸菌の増殖に対するPHBの影響の検討
げっ歯類飼料(CE-2、クレア)にPHBを2.0重量%となるように添加しよく混合したものを、ob/obマウスに対し、自由採食法により給餌することにより投与した(経口投与)。給餌から8週間後に、マウス糞便中の酪酸菌の存在量を測定した。本実験に用いたPHBは、1-1-2.に記載のものと同一であった。
マウス糞便からのDNA抽出は既報(Matsukiら, Appl. Environ. Microbiol., 70:7220-7228 2004)に従い、一定重量のマウス糞便を採取後、ビーズフェノール法により実施した。Clostridium butyricumの測定はリアルタイムPCR法により測定した。スタンダードの調製のため、あらかじめ培養した宮入菌について、4',6-ジアミジノ-2-フェニルインドール二塩酸塩溶液(DAPI)溶液(株式会社同仁化学研究所)で染色後、バクテリアルカウンターと蛍光顕微鏡を用いて細菌数をカウントした。また、同培養液をマウス糞便と同様にDNA抽出を行い、細菌数に換算するためのスタンダードDNA溶液を用意した。
リアルタイムPCRはApplied Biosystems 7500システムを使用した。Clostridium butyricumの検出はSYBR Green Master Mix(Thermo Fisher Science)をもとに、プライマーおよびDNAサンプルを加え分析した。プライマーはClostridium butyricum特異的プライマー(フォワードプライマ:GTGCCGCCGCTAACGCATTAAGTAT(配列番号1)およびリバースプライマー:ACCATGCACCACCTGTCTTCCTGCC (配列番号2)を使用した。PCRは、50℃ 2分、95℃ 10分、続いて95℃ 15秒、72℃ 15秒、72℃ 30秒を50回行った。なお、蛍光の検出は72℃ 30秒の工程で行った。その後、融解解離曲線を描き、単一のPCR産物が生じたことを確認した。分析終了後、各糞便DNA試料とスタンダードDNA試料の一定の蛍光値に達するPCRサイクル数(Ct値)より細菌数を算出した。
【0037】
1-2.結果
図1Aに、PHB(0.1%(w/v))の存在下または非存在下における、
Clostridium butyricumの増殖曲線を、
図1Bには、PHB(0.1%(w/v))の存在下または非存在下において、2時間培養した後のCFU(Colony Forming Unit)を示す。この結果から、PHBの存在下で培養すると、
Clostridium butyricumの菌数が増加することが分かる。また、2.0重量%のPHBを含む飼料をob/obマウスに給餌した後、8週間後に糞便に含まれる
Clostridium butyricumの量を調べたところ、コントロール(PHBを含まない飼料を給餌した場合)と比較して、菌数が増加していることが明らかとなった(
図1C)。なお、
Clostridium butyricum自体を投与した群と比較しても、糞便中の
Clostridium butyricumの量が多いことが分かった(
図1C)。
以上の結果から、PHBはin vitroにおいて
Clostridium butyricumの増殖を促進し、生体に投与した場合には、腸内における
Clostridium butyricumの増殖を促進することが明らかとなった。
【0038】
2.PHBの腫瘍成長に与える影響
2-1.方法
マウス乳がんEO771細胞は、10% FBSと1 mM HEPESを添加したRPMI-1640(Cat No.189-02025、和光純薬)培地中で、37℃にて、加湿および5% CO2 条件下で培養した。野生型マウス(C57BL/6N)とT細胞性免疫不全マウス(KSN)を2% イソフルランの吸入により麻酔し、乳腺に2×106 個のEO771細胞を移植した。EO771の移植8日後から0.2重量%PHBを含有する飼料をマウスに給餌した。
PHBは、既報(特許文献1)に従って製造されたハロモナス属由来の数平均分子量21万以下、重量平均分子量31万以下、分子量1万以上を97.2%含むものを株式会社ビヨンドサイエンスから購入した。
腫瘍体積の計測は麻酔下でノギスにて腫瘍の長さと幅を計測した後、以下の計算式から腫瘍体積を算出した。
腫瘍体積(mm3)= 長さ×幅2×π/6(長さ:最大腫瘍直径、幅:長さと垂直な腫瘍直径)
また、マウスは20 %以上の体重減少または1500 mm3以上の腫瘍体積に達した時点で安楽殺した。腫瘍成長曲線をGraphPad Prism9を用いてフィッティングし、倍化時間を解析した。
【0039】
2-2.結果
乳腺がん細胞を移植した野生型マウスおよび免疫不全マウスの腫瘍体積と生存率を
図2に示す。0.2重量%PHBを含有する飼料を給餌した野生型マウスおよび免疫不全マウス共にその腫瘍成長が抑制され(
図2A:野生型、
図2C:免疫不全)、生存期間の延長が認められた(
図2B:野生型、
図2D:免疫不全)。腫瘍の倍化時間については、野生型マウスにおいてその延長が確認された(
図2E)。
【0040】
3.脾臓中のT細胞に対するPHBの影響
3-1.方法
野生型マウス(C57BL/6N)に乳がん細胞(EO771細胞)を移植後(Tumor)、8日目から0.2重量%のPHBを含む試料を自由採食法により給餌した(Tumor+PHB)。乳がん細胞の移植をせず、PHBを給餌していないマウスをコントロール群(CTL)とした。本実験に用いたPHBは、2-1.に記載のものと同一であった。
腫瘍細胞移植後14日目のマウス(C57BL/6N)の脾臓を採取した。脾臓を70μmセルストレナー(Cat No.542070、Greiner Bio-One)に置き、Isolation buffer(0.1 %BSA、2 mM EDTA in PBS)でフィルターをすすぎながら、シリンジの内筒を使って脾臓をつぶし、脾細胞懸濁液を得た。脾細胞懸濁液を4℃、300×g、10分間遠心し、上清を除去した後、沈殿に回収した細胞に1×RBC Lysis Buffer(Cat No.00-4300-54、eBioscience
TM)を5 mL添加し、室温で5分間静置した。その後、細胞を4℃、300×g、10分間遠心後、上清を除去し、沈殿に回収した細胞を、2×10
7細胞/mLになるようにFCMバッファー(1 %FBS添加PBS)に懸濁した。得られた脾細胞懸濁液を50μLずつチューブに分注し、蛍光標識抗体を添加、遮光し、氷上で20分間静置し反応させた。使用した抗体は下記の表に示す。
【表1】
【0041】
抗体反応後、細胞にFCMバッファーを1 mL添加し、4 ℃、800×g、5分間遠心した。上清を除去し、沈殿に回収した細胞に300μLのFCMバッファーで再懸濁し、40μmのフィルターメッシュを通してフローサイトメーター測定用チューブに移した。最後にフローサイトメーター(EC-800, SONY)を用いて解析した。CD44-CD62L+をNaive T細胞、CD44+CD62L-をEffector T細胞、CD44+CD62L±をMemory T細胞とした。
【0042】
3-2.結果
野生型マウス(C57BL/6N)に乳がん細胞(EO771細胞)を移植後、8日目から0.2重量%のPHBを含む試料を自由採食法により給餌した(PHB)。乳がん細胞の移植をしていないマウスをコントロール群(CTL)とした。腫瘍移植により脾臓中のT細胞の割合が増加した(
図3A)が、CD4
+T細胞およびCD8
+T細胞中のエフェクター細胞の割合は、いずれにも、PHB投与による変化は認められなかった(
図3BおよびC)。
以上の結果から、腫瘍の移植の有無にかかわらず、PHBは脾臓中のエフェクターT細胞には影響を与えないことが示唆された。
【0043】
4.TIL表面上の免疫チェックポイント分子TIM-3の発現に及ぼすPHBの影響
4-1.方法
野生型マウス(C57BL/6N)に乳がん細胞(EO771細胞)を移植後、8日目から0.2重量%のPHBを含む試料を自由採食法により給餌した(PHB)。PHBを給餌しないマウスをコントロール群(CTL)とした。本実験に用いたPHBは、2-1.に記載のものと同一であった。
腫瘍細胞移植後14 日目にマウスを安楽殺し、腫瘍塊を切り出し、10 %中性緩衝ホルマリンにて4℃で一晩固定した。エタノールで脱水、キシレンで透徹、パラフィンに置換した後、包埋を行った。パラフィンブロックは滑走型ミクロトームを用いて5 μmに薄切し、パラフィン包埋組織切片を作成した。脱パラフィン後、組織切片を蒸留水で5 分間水和し、10 mM クエン酸バッファーに浸し、圧力鍋を用いて加熱し(120 Pa、121℃、2.5分間)、抗原の賦活化処理を行った。続いて蒸留水で5分間水和した後、0.01% TritonX100を含むPBS(PBS-T)で5分間、3回洗浄し、5% Goat serumを含むPBS-T(Blocking Buffer)で組織を覆い、4℃で30分間静置し、ブロッキングを行った。Blocking Bufferで希釈した抗CD3抗体(Cat.No.MCA1477、BioRad)と抗TIM-3抗体(Cat.Noab241332、abcam)抗体をブロッキング後の組織に滴下し、4℃で一晩静置した。一次抗体反応後の組織をPBSで、5分間、3 回洗浄し、蛍光標識二次抗体(Cat. No. 414321、ニチレイバイオサイエンス、東京)を滴下後、室温で60分間静置した。その後PBSで、5分間、3回洗浄し、Prolong Gold Antifade with DAPIを用いて封入し、BZ-X700蛍光顕微鏡(KEYENCE、大阪)によって画像を取得した。
【0044】
4-2.結果
図4Aに抗体による免疫組織染色の結果を示し、
図4Bに CD3
+細胞数に対するTIM3
+細胞の割合を示す。
図4Bは、
図4Aの画像から得られる抗CD3抗体および抗TIM-3抗体からのシグナルに基づいて数値化した結果である。
図4Bから、PHBを投与すると、腫瘍組織中において、T細胞の疲弊化マーカーとして知られるTIM-3陽性T細胞の比率が減少することが分かる。従って、PHBの投与により、腫瘍組織中のT細胞の疲弊化が抑制され、T細胞による腫瘍細胞に対する攻撃能力を維持し得ることが示唆される。
【0045】
5.腫瘍組織中におけるPD-L1の発現に及ぼすPHBの影響
5-1.方法
野生型マウス(C57BL/6N)に乳がん細胞(EO771細胞)を移植後、8日目から0.2重量%のPHBを含む試料を自由採食法により給餌した(PHB)。PHBを給餌しないマウスをコントロール群(CTL)とした。本実験に用いたPHBは、2-1.に記載のものと同一であった。
5-1-1.免疫組織染色
腫瘍細胞移植後14 日目に、マウスを安楽殺し、腫瘍塊を切り出し、10 %中性緩衝ホルマリンにて4℃で一晩固定した。エタノールで脱水、キシレンで透徹、パラフィンに置換した後、包埋を行った。パラフィンブロックは滑走型ミクロトームを用いて5 μmに薄切し、パラフィン包埋組織切片を作成した。脱パラフィン後、組織切片を蒸留水で5 分間水和し、10 mM クエン酸バッファーに浸し、圧力鍋を用いて加熱し(120 Pa、121℃、2.5分間)、抗原の賦活化処理を行った。その後20分間流水で冷却し、蒸留水で2分間水和した。水和後、3 %過酸化水素で20 分間浸漬し、内因性ペルオキシダーゼの除去をした。続いて蒸留水による水和を5 分間行った後、0.01% TritonX100を含むPBS (PBS-T) で5分間、3回洗浄し、5% Goat serumを含むPBS-T (Blocking Buffer) で組織を覆い4 ℃で30 分間静置しブロッキングを行った。Blocking Bufferで希釈した抗PD-L1抗体(1:800、Cat.No. 66248-1-Ig、Proteintech)をブロッキング後の組織に滴下し4 ℃で一晩静置した。一次抗体反応後の組織をPBSで5分間、3回洗浄し、HRP標識二次抗体(Cat. No. 414321、ニチレイバイオサイエンス、東京)を滴下後、室温で30分間静置した。その後PBSで5分間、3回洗浄し、DAB Substrate kit(Cat. No. SK-4100、Vector、Burlingame、CA)で発色した。その後蒸留水で水和し、マイヤーヘマトキシリン(Cat. No.131-09665, 和光純薬工業)による核染色を行い、脱水後に密封した。BZ-X700蛍光顕微鏡(KEYENCE、大阪)によって画像を取得した。
【0046】
5-1-2.ウエスタンブロッティング
腫瘍塊の重さ1 mg に対して10μLの氷冷したModified RIPA lysis buffer(50 mM Tris-HCL pH7.4、150 mM NaCl、1 mM EDTA、1 % NP-40、0.1 % SDS、0.1 % Sodium Deoxycholate)で溶解した。これをBIORUPTOR(登録商標)IITYPE6(Cat. No. BR2006A、BM Equipment Co., Ltd.、Japan)で破砕した後、15,000 × gで15分間遠心分離した。得られた上清をタンパク質試料とし、タンパク質濃度をBio-Rad Protein Assay Dye Reagent Concentrate(Cat. No. 500-0006、Bio-Rad Laboratories、Hercules、CA、USA) を用いて決定した後、サンプル液量に対し半量の3 × Laemmli’s sample Buffer(188 mM Tris-HCl pH6.8、3 % SDS、30 % glycerol、15 % β-mercaptoethanol、0.01 % Bromophenol Blue)を使用してサンプルを調製した。ヒートブロックで90℃、3分間加熱処理したサンプルは9 %ポリアクリルアミドゲルSDS-PAGEに等量ずつ添加後、SDS Running Buffer(25 mM Tris、192 mM Glycine、0.1 % SDS)を使用して160 Vで1時間泳動し、タンパク質を分離した。SDS-PAGE後、Towbin buffer(25 mM Tris、192 mM Glycine、20% MeOH)を使用して、PVDF膜(Cat. No. IPVH 00010、Merck Millipore Corporation)に100 Vで1時間転写した。この後、メンブレンは5 %スキムミルクを含むTBS-Tween(TBST;20 mM Tris-HCl (pH 7.4)、0.15 M NaCl、0.1 % Tween-20)を用いて4℃で1時間ブロッキングした後、一次抗体と4℃で一晩反応させた。一次抗体には抗PD-L1抗体(Cat.No. 66248-1-Ig、Proteintech)を5% BSAを含むTBS-Tweenに希釈して用いた。TBST で10分間、3回の洗浄後、二次抗体である西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)標識ヤギ抗マウスIgG(Cat. No. A16078、Thermo Fisher Scientific)は、5%スキムミルクを含むTBS-Tweenにて4℃で1時間反応させた。この時、ローディング・コントロール抗体として、HRP標識抗GAPDH抗体(Cat. No. HRP-60004、Proteintech)を使用した。Immobilon Western Chemiluminational HRP Substrate(Cat. No. WBKLS0500、Merck Millipore Corporation)を添加し、Invitrogen iBright Imaging Systems(Thermo Fisher Scientific)にてバンドの検出を行なった。バンド強度はImageJ software(NIH, Bethesda)を用いて計測し、タンパク質の発現量を定量した。
【0047】
5-2.結果
図5Aに抗体による免疫組織染色の結果を示し、
図5B上段にウエスタンブロッティングの結果を、
図5B下段に抗体で検出されたバンドの強度を計測した結果を示す。
図5Bから、PHBを投与すると、腫瘍組織中のPD-L1の発現量が減少することが分かる。従って、PHBの投与により、腫瘍組織中の腫瘍細胞上または抗原提示細胞上におけるPD-L1の発現が抑制され、T細胞による腫瘍細胞に対する攻撃能力を維持し得ることが示唆される。
【0048】
6.PHB含有組成物と免疫チェックポイント阻害剤の併用による抗腫瘍効果
6-1.方法
野生型マウス(C57BL/6N)を2% イソフルランの吸入により麻酔し、乳腺に2×106 個のEO771細胞を移植した。EO771の移植8日後から0.2重量%PHBを含有する飼料をマウスに給餌した。EO771の移植から9日目および13日目にPD-1/PD-L1阻害剤のBM-202(Selleckchem、Cat. No.S7912)を5% DMSOおよび40% PEG300を含む溶液に溶解し、5 mg/kgをマウスに静脈内投与した。本実験に用いたPHBは、2-1.に記載のものと同一であった。
【0049】
6-2.結果
腫瘍体積と生存率を
図6に示す。BMS-202単独投与(BMS)、PHB単独投与(PHB)の場合と比較して、BMS-202投与およびPHB投与を併用すると、より大きな抗腫瘍作用が認められた(
図6A)。また、生存率についても、BMS-202単独投与(BMS)、PHB単独投与(PHB)の場合と比較して、BMS-202投与およびPHB投与を併用すると、生存期間の大きく延長することが確認された(
図6B)。
以上の結果から、PHBを含有する組成物と免疫チェックポイント分子の阻害剤を併用すると、相乗的に抗腫瘍効果を発揮することが明らかとなった。
本発明は、プレバイオティクスの標的として有用な酪酸菌の増殖を促進する組成物および免疫チェックポイント阻害剤との併用により、相乗的に抗腫瘍効果を発揮する併用組成物を提供するもので、医学、獣医学分野の他、飲食品製造分野における利用が期待される。