(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024075070
(43)【公開日】2024-06-03
(54)【発明の名称】ペロブスカイトナノ結晶の製造方法、ペロブスカイトナノ結晶および光電変換デバイス
(51)【国際特許分類】
C09K 11/66 20060101AFI20240527BHJP
C09K 11/08 20060101ALI20240527BHJP
C01G 19/00 20060101ALI20240527BHJP
H10K 30/50 20230101ALI20240527BHJP
【FI】
C09K11/66
C09K11/08 A
C01G19/00 A
H10K30/50
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022186230
(22)【出願日】2022-11-22
(71)【出願人】
【識別番号】304036754
【氏名又は名称】国立大学法人山形大学
(74)【代理人】
【識別番号】100101878
【弁理士】
【氏名又は名称】木下 茂
(74)【代理人】
【識別番号】100187506
【弁理士】
【氏名又は名称】澤田 優子
(72)【発明者】
【氏名】千葉 貴之
(72)【発明者】
【氏名】及川 凌輔
(72)【発明者】
【氏名】隅越 俊介
(72)【発明者】
【氏名】森山 玲音
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 陸央
【テーマコード(参考)】
4H001
5F151
5F251
【Fターム(参考)】
4H001CA02
4H001CF01
4H001XA35
4H001XA50
4H001XA53
4H001XA55
4H001XB11
4H001XB72
5F151AA11
5F151AA20
5F151FA04
5F151FA06
5F151GA03
5F251AA11
5F251AA20
5F251FA04
5F251FA06
5F251GA03
(57)【要約】
【課題】配位子支援型再沈殿(LARP)法を用いることにより、環境調和型の非鉛型ペロブスカイトナノ結晶CsSnX3(X=Cl,Br,I)の製造方法およびそれを用いた光電変換デバイスを提供する。
【解決手段】配位子支援型再沈殿法により、ペロブスカイトナノ結晶ASnX3(Aは有機塩基化合物またはアルカリ金属であり、Xはハロゲンである。)を合成することを特徴とするペロブスカイトナノ結晶の製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
配位子支援型再沈殿法により、ペロブスカイトナノ結晶ASnX3(Aは有機塩基化合物またはアルカリ金属であり、Xはハロゲンである。)を合成することを特徴とするペロブスカイトナノ結晶の製造方法。
【請求項2】
前記ペロブスカイトナノ結晶ASnX3の前駆体と、配位子とを非プロトン性極性溶媒に溶解させて、該前駆体溶液をプロトン性極性溶媒またはクロロホルム中に滴下することを特徴とする請求項1に記載のペロブスカイトナノ結晶の製造方法。
【請求項3】
前記ペロブスカイトナノ結晶ASnX3の化学組成比がA:Sn:X=1:1:3であることを特徴する請求項1に記載のペロブスカイトナノ結晶の製造方法。
【請求項4】
前記ペロブスカイトナノ結晶ASnX3のサイズは100nm以下であることを特徴とする請求項1に記載のペロブスカイトナノ結晶の製造方法。
【請求項5】
前記プロトン性極性溶媒が、1-ブタノール、イソプロパノールおよびエタノールからなる群より選ばれる少なくとも一種であることを特徴する請求項1に記載のペロブスカイトナノ結晶の製造方法。
【請求項6】
前記非プロトン性極性溶媒が、N,N-ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシドおよびN-メチル-2-ピロリドンからなる群より選ばれる少なくとも一種であることを特徴とする請求項1に記載のペロブスカイトナノ結晶の製造方法。
【請求項7】
前記ペロブスカイトナノ結晶ASnX3中、Sn4+の含有率が14%以下であることを特徴する請求項1に記載のペロブスカイトナノ結晶の製造方法。
【請求項8】
ASnX3(Aは有機塩基化合物またはアルカリ金属であり、Xはハロゲンである。)で表され、発光スペクトルにおける半値幅(FWHM)が40以下であることを特徴とするペロブスカイトナノ結晶。
【請求項9】
請求項8に記載のペロブスカイトナノ結晶を用いて作製された光電変換デバイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非鉛ペロブスカイトナノ結晶の製造方法、および非鉛ペロブスカイトナノ結晶を用いた光電変換デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
ハロゲン化鉛ペロブスカイトナノ結晶CsPbX3(X=Cl、BrまたはI)は、化学組成および結晶サイズにより発光波長の制御が可能である。可視領域全体に渡って狭い半値幅(FWHM)を有し、高い色純度の発光スペクトルを示すことから、発光ダイオード(LED)への応用が期待されている(非特許文献1)。また、紫外・可視・近赤外領域において高い吸光係数を有しているため、太陽電池用途への展開も注目されている。しかしながら、特定有害物質(RoHS指令)である鉛を含むことから、ディスプレイなどの電子機器への搭載が困難であり、社会実装への大きな障壁となっている。このため、鉛を含まない環境調和型のスズを利用した非鉛型ペロブスカイトナノ結晶CsSnX3(X=Cl、BrまたはI)の開発が求められている。
【0003】
従来技術では、高温状態で前駆体溶液を混合するホットインジェクション法により非鉛ナノ結晶CsSnX3を合成している(非特許文献2)。しかしながら、この手法で合成したCsSnX3は1時間後に凝集による沈殿が始まり、5時間後には完全に消光することが確認されている。一般的にスズはSn2+からSn4+に酸化されやすく、結晶構造や化学安定性が極めて乏しいことが知られている。CsSnI3ナノ結晶に関しては、電流駆動型LEDに応用されているが、外部量子効率は極めて低い値(0.006%)に留まっている(非特許文献3)。また、ホットインジェクション法で合成したCsSnBr3ナノ結晶におけるフォトルミネッセンス励起(PL)スペクトルの半値幅は50nmとなっており、鉛型ペロブスカイトナノ結晶よりもブロードな発光を示すことが知られている(非特許文献3)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Nat. Photon. 12, 681-687 (2018)
【非特許文献2】J. Am. Chem. Soc. 138, 2941-2944 (2016)
【非特許文献3】RSC Adv. 10, 37161-37167 (2020)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、配位子支援型再沈殿(LARP)法を用いて、環境調和型の非鉛型ペロブスカイトナノ結晶ASnX3(Aは有機塩基化合物またはアルカリ金属であり、Xはハロゲンである。)を製造する方法、ペロブスカイトナノ結晶ASnX3およびこれを用いた光電変換デバイスを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は以下の事項からなる。
[1]配位子支援型再沈殿法により、ペロブスカイトナノ結晶ASnX3(Aは有機塩基化合物またはアルカリ金属であり、Xはハロゲンである。)を合成することを特徴とするペロブスカイトナノ結晶の製造方法。
[2]前記ペロブスカイトナノ結晶ASnX3の前駆体と、配位子とを非プロトン性極性溶媒に溶解させて、該前駆体溶液をプロトン性極性溶媒、またはクロロホルム中に滴下することを特徴とする[1]に記載のペロブスカイトナノ結晶の製造方法。
【0007】
[3]前記ペロブスカイトナノ結晶ASnX3の化学組成比がA:Sn:X=1:1:3であることを特徴とする[1]に記載のペロブスカイトナノ結晶の製造方法。
[4]前記ペロブスカイトナノ結晶ASnX3のサイズは100nm以下であることを特徴とする[1]に記載のペロブスカイトナノ結晶の製造方法。
[5]前記プロトン性極性溶媒が、1-ブタノール、イソプロパノールおよびエタノールからなる群より選ばれる少なくとも一種であることを特徴とする[1]に記載のペロブスカイトナノ結晶の製造方法。
【0008】
[6]前記非プロトン性極性溶媒が、N,N-ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシドおよびN-メチル-2-ピロリドンからなる群より選ばれる少なくとも一種であることを特徴とする[1]に記載のペロブスカイトナノ結晶の製造方法。
[7]前記ペロブスカイトナノ結晶ASnX3中、Sn4+の含有率が14%以下であることを特徴とする[1]に記載のペロブスカイトナノ結晶の製造方法。
【0009】
[8]ASnX3(Aは有機塩基化合物またはアルカリ金属であり、Xはハロゲンである。)で表され、発光スペクトルにおける半値幅(FWHM)が40nm以下であることを特徴とするペロブスカイトナノ結晶。
[9][8]に記載のペロブスカイトナノ結晶を用いて作製された光電変換デバイス。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、大気中、室温下で合成できる配位子支援型再沈殿(LARP)法を用いることにより、従来のホットインジェクション法で合成した場合に比べて、結晶構造および熱的・化学的安定性の面で優れ、環境にも調和した非鉛ナノ結晶CsSnX3(Xは塩素、臭素、またはヨウ素)を製造することができる。
【0011】
さらに、本発明に係るLARP法において、ペロブスカイトナノ結晶の前駆体を溶解させる良溶媒として非プロトン性極性溶媒を使用することにより、非常に高純度のCsSnBr3およびCsSnI3を作製することができる。良溶媒として無極性溶媒(例えば、トルエン)を使用する従来のLARP法では、化学組成の異なるCs4SnBr6が形成される。
【0012】
本発明によれば、良溶媒として非プロトン性極性溶媒を用いて極性を高くするとともに、ペロブスカイトナノ結晶の良溶媒に対する溶解度と、ペロブスカイトナノ結晶の前駆体を溶解させた溶液を滴下する貧溶媒の溶解度との差を小さくすることにより、結晶構造および熱的・化学的安定性の面で優れた非鉛のペロブスカイトナノ結晶CsSnX3(Xは塩素、臭素、またはヨウ素)を合成することができる。
【0013】
得られたペロブスカイトナノ結晶CsSnX3(Xは塩素、臭素、またはヨウ素)のうち、例えば、CsSnBr3では、フォトルミネッセンス励起(PL)スペクトルの半値幅(FWHM)は40nm以下と、従来の鉛型ペロブスカイトナノ結晶の半値幅と同等で、色純度の高いシャープな赤光の発光を示す。このため、LED用途以外にも、太陽電池やX線検出器などの光電変換デバイスへの応用が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、ペロブスカイト量子ドット発光層を含む有機薄膜太陽電池用デバイスの一形態を示す。
【
図2】
図2は、実施例1のCsSnBr
3の前駆体溶液の組成および再沈殿操作の手順を表す。
【
図3】
図3は、LARP法で作製した実施例1のCsSnBr
3のトルエン溶液のPLスペクトルと、ホットインジェクション(HI)法で作製した比較例1のCsSnBr
3のヘキサン溶液のPLスペクトルとを表す。
【0015】
【
図4】
図4は、LARP法で作製した実施例1のCsSnBr
3薄膜のPLスペクトルと、ホットインジェクション(HI)法で作製した比較例1のCsSnBr
3薄膜のPLスペクトルとを表す。
【
図5】
図5は、実施例1のCsSnBr
3のトルエン溶液のPLスペクトルと、貧溶媒にトルエンを用いるLARP法で作製した実施例3のCs
4SnBr
6のトルエン溶液のPLスペクトルとを示す。
【
図6】
図6は、実施例1のCsSnBr
3のXRD回折パターンと、貧溶媒にトルエンを用いる従来のLARP法で作製した実施例3のCs
4SnBr
6のXRD回折パターンとを示す。
【
図7】
図7は、実施例1のCsSnBr
3のトルエン溶液のPLスペクトルと、実施例2のCsSnI
3のトルエン溶液のPLスペクトルとを示す。
【
図8】
図8は、実施例1において、貧溶媒としてプロトン性極性溶媒(1-ブタノールまたはイソプロパノール)またはクロロホルムを用いて合成した時のCsSnBr
3の発光波長がそれぞれ689nm、681nm、684nmであることを示す。
【
図9】
図9は、実施例1において、貧溶媒としてプロトン性極性溶媒(1-ブタノールまたはイソプロパノール)またはクロロホルムを用いて合成した場合、全ての貧溶媒でCsSnBr
3由来の立方晶が形成されていることを示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
[ペロブスカイトナノ結晶の製造方法]
本発明のペロブスカイトナノ結晶の製造方法は、配位子支援型再沈殿(LARP)法により、ペロブスカイトナノ結晶ASnX3(Aは、有機塩基化合物またはアルカリ金属であり、Xはハロゲンである。)を合成する方法である。
【0017】
LARP法は、再沈殿を利用してペロブスカイトナノ結晶を合成する方法であり、ペロブスカイトナノ結晶ASnX3の前駆体と、配位子とを良溶媒に溶解させ、得られたペロブスカイトナノ結晶ASnX3前駆体溶液を貧溶媒中に滴下する方法である。LARP法では、良溶媒と貧溶媒との混和性の違いを利用して、配位子に由来する長鎖有機配位子を用いた溶媒混合により、形状の制御されたペロブスカイトナノ結晶を作製することができる。
【0018】
ペロブスカイトナノ結晶を表す一般式ASnX3において、Aは有機塩基化合物またはアルカリ金属であり、Xはハロゲンである。
【0019】
有機塩基化合物は、具体的には、メチルアミン、エチルアミン、プロピルアミンおよびホルムアミジンなどである。ペロブスカイトナノ結晶中、有機塩基化合物はカチオン(A+)である、CH3NH3
+、CH3CH2NH3
+、CH3CH2CH2NH3
+およびH2NC=CHNH2
+などとして存在する。
アルカリ金属は、具体的には、ナトリウム、カリウム、ルビジウムおよびセシウムである。ペロブスカイトナノ結晶中、アルカリ金属はカチオン(A+)である、Na+、K+、Rb+およびCs+として存在する。
ハロゲン(X)は、具体的には塩素(Cl)、臭素(Br)およびヨウ素(I)である。ペロブスカイトナノ結晶中、ハロゲンはハロゲン化物イオン(X-)として、室温でも動き回る。
【0020】
ペロブスカイトナノ結晶の具体例としては、CH3NH3SnCl3、CH3NH3SnBr3、CH3NH3SnI3、(NH2)2CHSnCl3、(NH2)2CHSnBr3、(NH2)2CHSnI3、CsSnCl3、CsSnBr3およびCsSnI3がある。これらのうち、CsSnCl3、CsSnBr3およびCsSnI3が好ましい。
【0021】
このような組成を有する本発明のペロブスカイトナノ結晶ASnX3は、具体的には、LARP法を用いて、該ペロブスカイトナノ結晶ASnX3の前駆体と、配位子とを非プロトン性極性溶媒に溶解させ、得られたペロブスカイトナノ結晶ASnX3前駆体溶液をプロトン性極性溶媒中に滴下することにより合成される。
【0022】
前記ペロブスカイトナノ結晶ASnX3前駆体溶液は、ハロゲン化アルカリ、ハロゲン化スズ(II)、配位子および非プロトン性極性溶媒からなる。
ハロゲン化アルカリは、例えば、塩化セシウム、臭化セシウム、ヨウ化セシウム、塩化ルビジウム、臭化ルビジウム、ヨウ化ルビジウム、塩化カリウム、臭化カリウム、ヨウ化カリウム、塩化ナトリウム、臭化ナトリウムおよびヨウ化ナトリウムである。
ハロゲン化スズ(II)は、例えば、塩化スズ(II)、臭化スズ(II)およびヨウ化スズ(II)である。
【0023】
配位子について、本明細書では、スズに結合している分子またはイオンのみならず、スズに配位する化合物を含めて「配位子」という。スズに配位する化合物は、ASnX3中のXとの配位子交換によりペロブスカイトナノ結晶に導入されて配位子となる。配位子には、例えば、炭素数6~18のカルボン酸、炭素数6~18のアミンおよび炭素数6~12のアンモニウム塩が用いられる。具体的には、オレイン酸(OA)、オレイルアミン、オクチルアミンおよびジドデシルジメチルアンモニウムブロミド(DDAB)などである。配位子は、一種単独で用いてもよいし、二種以上を組み合わせて用いてもよい。ハロゲン化アルカリおよびハロゲン化スズ(II)に配位子が接触すると、溶媒中でこれらの成分が分散しやすくなり、ASnX3を形成するのに必要な配位子交換が起こる。
【0024】
非プロトン性極性溶媒は、ハロゲン化アルカリ、ハロゲン化スズ(II)、および配位子に対して高い溶解性を有する良溶媒である。非プロトン性極性溶媒は、水酸基を持たない極性溶媒であり、例えば、ジエチルエーテル、ジメチルスルホキシド(DMSO)およびN,N-ジメチルホルムアミド(DMF)またはこれらの混合溶媒である。本発明では、貧溶媒であるプロトン性極性溶媒と溶解性の差が小さいものを選択するという点から、DMFが好ましい。
【0025】
プロトン性極性溶媒は、水酸基を持ち、水素結合に関わる水素原子を持つ極性溶媒であり、具体的には、1-ブタノール、イソプロパノールおよびエタノールからなる群より選ばれる少なくとも一種である。プロトン性極性溶媒の他に、本発明に係るLARP法ではクロロホルムを用いることもできる。
【0026】
本発明に係るLARP法では、良溶媒に用いる非プロトン性極性溶媒の極性を高くし、該非プロトン性極性溶媒と、貧溶媒に用いるプロトン性極性溶媒との溶解度との差を小さくすることが好ましい。LARP法で用いられる一般的な貧溶媒は低極性溶媒のトルエンであるが、トルエンを用いた合成では、急激な結晶成長により緑色発光を示す粗大結晶であるCs4SnBr6が形成される。そこでトルエンよりも極性が高いアルコールやクロロホルムを用いて、良溶媒との極性の差を小さくすることで、結晶成長を穏やかにし、単一化学組成のASnX3を合成することができる。また、良溶媒および貧溶媒の溶解度の差を小さくすることで、粗大結晶の生成を抑制し、結果として、単一な化学組成かつ粒径が揃ったASnX3を合成することができる。
【0027】
良溶媒にトルエンなどの低極性溶媒を使用し、貧溶媒に用いるプロトン性極性溶媒との溶解度との差が大きい場合、ペロブスカイト構造の一部が置換され、ASnX3に異なる化学組成を有するA4SnX6が混入する。
【0028】
本発明に係るペロブスカイトナノ結晶ASnX3の化学組成は、A:Sn:X=1:1:3であることが好ましい。つまり、ASnX3が例えばCsSnBr3である場合、Cs4SnBr6などの成分を含まないことが好ましい。ASnX3の単一の化学組成A:Sn:X=1:1:3を有すると、半値幅が狭く、シャープ(高純度)な発光を示す。一例として、本発明に係るLARP法で製造した、臭化スズ(II)を前駆体とする一種単独のハロゲン化物イオンからなるCsSnBr3は、半値幅40nm以下のシャープ(高純度)な赤色発光を示す。なお、Br-をCl-に置換したCsSnCl3では、ワイドギャップ化により、発光波長が短波長化し、青色発光(430nm)を示す。また、I-からなるCsSnI3では、発光波長が長波長側にシフトし、近赤外色発光(900nm)を示す。
【0029】
A:Sn:X=1:1:3である限り、ASnX3を構成するXは、一種単独のハロゲン化物イオンでもよいし、二種のハロゲン化物イオンの組み合わせでもよい。ハロゲンは、ペロブスカイトナノ結晶中、ハロゲン化物イオン(X-)として、室温でも動き回る。光電変換デバイスの耐久性の観点から、ハロゲン化物イオンの適当な混合比率を選択し、二種のハロゲン化物イオンを組み合わせたペロブスカイト量子ドットCsSn(Cl1-xBrx)3(0<x<1)またはCsSn(Br1-yIy)3(0<y<1)を再現性良く合成できれば、430~900nmの範囲で、発光波長の調節が可能となる。
なお、ペロブスカイト量子ドットの配位子の脱離を抑制する一つの方法は、AサイトとXサイトとで形成する結晶格子を安定化することである。イオン結晶の場合、イオン半径が小さいほど格子エネルギーは大きく、負電荷を強く引きつける。Aサイトがアルカリ金属イオン、Xサイトがハロゲン化物イオンで占有される場合、ボルン・ハーバーサイクルに基づくハロゲン化アルカリの格子エネルギーを参考にして、ペロブスカイト量子ドットの配位子を設計することができる。
【0030】
本発明のLARP法では、ハロゲン化アルカリ、ハロゲン化スズ(II)、配位子、および良溶媒からなるペロブスカイトナノ結晶ASnX3前駆体溶液を大気中、攪拌下にある貧溶媒中に滴下する。この操作は、室温下で行うことができるため、2価のハロゲン化スズがハロゲン化アルカリや配位子と反応するに際し、Sn2+からSn4+への酸化が抑えられる。一方、ホットインジェクション法では、ペロブスカイト量子ドットCsSnBr3の合成を高温で行うため、Sn2+からSn4+への酸化が進行し、得られるCsSnBr3が分解しやすいなどの問題がある。本発明に係るLARP法により得られるペロブスカイトナノ結晶ASnX3では、Sn2+が酸化したSn4+の含有量は20%以下、好ましくは14%以下、より好ましくは10%以下である。Sn4+の含有量はX線光電子分光法を用いて測定する。
【0031】
ペロブスカイトナノ結晶ASnX3のサイズは、100nm以下が好ましく、より具体的には2~20mが好ましい。
【0032】
ペロブスカイトナノ結晶ASnX3のPLスペクトルにおける半値幅(FWHM)は、通常は50以下、好ましくは40以下、具体的には15~40である。本発明に係るLARP法を用いることで、半値幅(FWHM)の狭く、色純度の高いシャープな発光を示すペロブスカイトナノ結晶ASnX3が得られる。このようなペロブスカイトナノ結晶ASnX3はディスプレイや照明用のカラーフィルタへの応用も期待できる。
【0033】
[光電変換デバイス]
本発明の光電変換デバイスは、前記ペロブスカイトナノ結晶ASnX3を用いて作製される。光電変換デバイスは、具体的には、発光ダイオード(LED)、太陽電池、X線検出器、トランジスタおよびレーザーなどである。
【0034】
光電変換デバイスの一例として、有機薄膜太陽電池について説明する。有機薄膜太陽電池に光を照射すると、主に電子供与体分子が光を吸収して励起され、励起子が生成する。励起子が電子供与体と電子受容体との界面に移動し、電子供与体から電子受容体に電子が流れて電荷分離状態が形成される。電子供与体は電子を電子受容体に渡して自身はカチオンとなり、電子受容体は電子を受け取ってアニオンとなる。ホールが透明電極基板側に、電子がもう一方の電極に流れることにより、外部回路に電流が流れて太陽電池となる。
【0035】
光電変換デバイスは、その最も基本的な形態として、基板上に形成された陽極と陰極との間にペロブスカイトナノ結晶発光層を含む。前記光電変換デバイスのうち、例えば、有機薄膜太陽電池は、典型的には、
図1に示すように、透明電極とペロブスカイトナノ結晶発光層との間にホール注入層およびホール輸送層を有し、陰極とペロブスカイト量子ナノ結晶発光層との間に電子注入層および電子輸送層を有する。なお、透明電極基板とは、基板上に形成された陽極である。ホール注入層は、透明電極の仕事関数と、ペロブスカイトナノ結晶発光層の最高被占軌道(HOMO)との間のエネルギー差を減少させるように機能し、それによって、ペロブスカイトナノ結晶発光層に導入されるホールの数を増加させる。電子注入層は、ペロブスカイトナノ結晶発光層への電子の導入を制御するに際し、ホール注入層と同じ役割を有する。つまり、ホール注入層および電子注入層は、デバイス内にキャリア(電子・ホール)を閉じ込めるという点で同じ役割を有する。
【0036】
透明電極基板には、通常、酸化インジウムスズ(ITO)を成膜したガラス基板が用いられる。一方、陰極には、通常、アルミニウムなどが用いられる。
【0037】
ホール注入層、ホール輸送層、電子注入層および電子輸送層には、公知の材料が制限なく用いられる。例えば、ホール注入層には、ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン):ポリスチレンスルホネート(PEDOT:PSS)など、ホール輸送層には、N,N′-ビス(4-ブチルフェニル)-N,N′-ビス(フェニル)-ベンジジン(poly-TPD)など、電子輸送層には、2,2′,2″-(1,3,5-ベンジントリイル)-トリス(1-フェニル-1-H-ベンゾイミダゾール)(TPBi)など、電子注入層には、8-ヒドロキシキノリナートリチウム(Liq)などが用いられる。
【0038】
なお、陽極、ホール注入層、ホール輸送層、ペロブスカイト量子ドット発光層、電子輸送層、電子注入層および陰極の厚みは数十~100nm程度であり、透明電極基板の厚みは2mm程度である。
【0039】
上記LEDの各層のうち、ホール注入層、ホール輸送層、ペロブスカイト量子ドット発光層、電子輸送層、および電子注入層は、前記した有機材料の成膜に好適なスピンコート法または蒸着法によって形成し、陰極はアルミニウムなどの金属の蒸着により形成する。ペロブスカイト量子ドット発光層の形成方法の一例を説明すると、ペロブスカイトナノ結晶をオクタンに分散させた分散液を、スピンコート法により成膜する。その後、成膜されたペロブスカイト量子ドット膜をオクタンでリンス処理して、不溶化および長鎖アルキル配位子を除去することにより、ペロブスカイト量子ドット薄膜を形成する。
【0040】
スピンコート法で例えば、ホール注入層を成膜する場合、透明電極基板のITO膜の上に、有機溶媒に溶解させたPEDOT-PSSの溶液を滴下し、スピンコーターを用いて塗布した後、加熱・乾燥させる。各層の膜厚および表面状態は、溶液の濃度や滴下量、スピンコーターの回転数によって適宜調節する。また、コーティングは複数回行ってもよい。
【実施例0041】
以下、本発明を実施例に基づいてさらに具体的に説明するが、本発明は下記実施例により制限されるものではない。
【0042】
[実施例1]LARP法を用いた非鉛型ペロブスカイトナノ結晶CsSnBr
3の合成(1)CsSnBr
3の合成
あらかじめクロロホルム・アセトンで超音波洗浄した6mlのスクリュー管に、臭化セシウム26.60mg(0.125mmol)と臭化スズ(II)34.82mg(0.125mmol)とを入れた。ここに、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)1mlを添加し、さらにオレイン酸100μlを添加し、十分に撹拌してペロブスカイトナノ結晶の前駆体溶液を調製した。
あらかじめクロロホルム・アセトンで超音波洗浄した6mlのスクリュー管に、貧溶媒となるプロトン性極性溶媒(1-ブタノール(BuOH)またはイソプロピルアルコール(IPA))もしくは、クロロホルム5mlを入れた。
貧溶媒を強攪拌しながら、前駆体溶液150μlを滴下し、結晶化させた。滴下を終えた後、十分な結晶成長を促すため、さらに1分間撹拌して止めた。
前駆体溶液の組成および再沈殿操作の手順を
図2に示す。なお、前記の操作はSn
2+→Sn
4+の酸化防止の観点から、グローブボックス内の窒素雰囲気下で行った。
【0043】
(2)評価用試料の調製
再沈殿後の液体を遠心管に移し、5000rpmで3分間遠心分離した。上澄みを除去し、沈殿物を回収することにより、結晶を単離した。結晶をトルエンに分散させて、光学特性の評価用試料を調製した。
CsSnBr
3のトルエン溶液(0.05mg/ml)に室温でλ
EX=450nmの光を照射し、発光を測定したところ、半値幅(FWHM)は36nmと狭い、シャープ(高純度)な赤色発光が観測された。結果を
図3に示す。
なお、半値幅(FWHM)36nmは、特許文献3に記載された結果よりも10nm以上狭かった。
前記トルエン溶液を用いてスピンコート法により作製した薄膜のPLスペクトルは、発光波長(λmax)を693nmとするシャープなピーク形状を示し、高い波長純度を示していた。結果を
図4に示す。
前記トルエン溶液は透明な赤色であり、そのPLスペクトルの発光波長(λmax)は680nmを示した。結果を
図7に示す。
【0044】
[実施例2]LARP法を用いた非鉛型ペロブスカイトナノ結晶CsSnI
3の合成
実施例1において、臭化セシウム26.60mg(0.125mmol)および臭化スズ(II)34.82mg(0.125mmol)の代わりに、ヨウ化セシウム32.48mg(0.125mmol)およびヨウ化スズ(II)46.57mg(0.125mmol)を用いたこと以外は、実施例1と同様にして、前駆体溶液を調製した。
実施例1と同様に、LARP法を用いて、前駆体溶液を貧溶媒に滴下して、ナノ結晶の分散液を得て、光学特性の評価用試料を調製した。
図7にCsSnI
3のトルエン溶液のPLスペクトルを、実施例1のCsSnBr
3のトルエン溶液のPLスペクトルと比較して示す。Br
-をI
-に置換したCsSnI
3では、発光波長(λmax)が680nmから960nmに長波長化していた。また、半値幅(FWHM)も44nmと、CsSnBr
3のPLスペクトルの半値幅(FWHM)36nmより大きく暗色を帯びていた。
【0045】
[比較例1]ホットインジェクション法を用いた非鉛型ペロブスカイトナノ結晶CsSnBr3の合成
(1)CsSnBr3の合成
脱気した100mlの三口フラスコに、オレイン酸1mlおよびオクタデセン10mlを入れて120℃で1時間脱気した後、炭酸セシウム271mgを加え、120℃でさらに1時間脱気し、オクタデセン中でオレイン酸セシウムを合成した。
脱気した100mlの三口フラスコに、オレイン酸2ml、オレイルアミン2mlおよびオクタデセン10ml入れて120℃で1時間脱気した。臭化スズ(II)378mgを加え、120℃でさらに1時間脱気し、240℃に昇温しながら、窒素気流下、120℃に加熱したオレイン酸セシウムのオクタデセン溶液1.7mlを注入した。30秒攪拌した後、三口フラスコを氷水浴槽に入れて急冷した。
【0046】
(2)評価用試料の調製
粗生成物の溶液を遠心管に移して4500rpmで3分間遠心分離し、上澄みを除去した。沈殿物にヘキサンとその等量のイソプロパノールとを加え、4500rpmで3分間遠心分離して、沈殿物を回収した。回収物をヘキサンに再分散させて、光学特性の評価用試料とした。
CsSnBr
3のヘキサン溶液(0.05mg/ml)に室温でλ
EX=450nmの光を照射し、発光を測定したところ、半値幅(FWHM)は45nmと、実施例1と比ベると広く、ぼやけた赤色発光を示した。結果を
図3に示す。
前記ヘキサン溶液を用いてスピンコート法により作製した薄膜のPLスペクトルは、発光波長(λmax)が656nmに観測され、実施例1の薄膜(λmax 693nm)に比べて、発光波長の大幅な短波長化がみられた。またバンド幅も大きく、ピーク形状がブロードで波長純度の低さを示していた。結果を
図4に示す。
【0047】
[比較例2]ホットインジェクション法を用いたハロゲン化鉛ペロブスカイトナノ結晶CsPbBr3の合成
50mlの四口フラスコにオレイン酸0.833mlおよびオクタデセン10mlを入れ、120℃で1時間脱気した。炭酸セシウム271mgを加え、120℃でさらに1時間脱気して、オレイン酸セシウムを合成した。
200mlの四口フラスコに、オレイン酸10ml、オレイルアミン10mLおよびオクタデセン100ml入れて、120℃で1時間脱気した。臭化鉛(II)21.38g加え、120℃でさらに1時間脱気し、170℃に昇温しながら、窒素気流下、160℃に加熱したオレイン酸セシウム8mlを注入し、5秒攪拌した後、氷水浴槽に入れて急冷した。
【0048】
[実施例3]従来のLARP合成法を用いた非鉛型ペロブスカイトナノ結晶の合成
従来のペロブスカイトナノ結晶のLARP合成法を用いて非鉛型ペロブスカイトナノ結晶を作製した。すなわち、貧溶媒として、実施例1のようにプロトン性極性溶媒ではなく、一般的に用いられる低極性のトルエンを用いて合成した。
得られた非鉛型ペロブスカイトナノ結晶のトルエン溶液(0.05mg/ml)のPLスペクトル(λ
EX=400nm)を測定したところ、実施例1のような赤色発光(λmax 693nm)ではなく、発光波長が523nmの緑色発光を示した。また、半値幅105nmであった(
図5)。
XRD結晶構造解析の結果、実施例3の非鉛型ペロブスカイトナノ結晶の組成は、実施例1のCsSnBr
3とは異なり、Cs
4SnBr
6であった。
図6に、XRD測定により得られる回折パターンを実施例1のCsSnBr
3と実施例3のCs
4SnBr
6とで比較した結果を示す。
【0049】
貧溶媒の違いによる光学特性と結晶構造解析結果を比較した。LARP合成において、貧溶媒をプロトン性極性溶媒(1-ブタノールまたはイソプロパノール)またはクロロホルムを用いて合成した時の発光波長は、それぞれ689nm、681nm、684nmであった(
図8)。また、XRD(X線回折)で結晶構造解析を行ったところ、3つの全ての貧溶媒でCsSnBr
3由来の立方晶が形成されていることが確認された(
図9)。
【0050】
以上のことから、貧溶媒にプロトン性極性溶媒(1-ブタノールまたはイソプロパノール)またはクロロホルムを用いることにより、Cs4SnBr6 の生成を抑制し、半値幅の狭いシャープなPLスペクトルを示すCsSnBr3を合成できることが分かった。