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特開2024-75909塗膜形成用組成物、漆塗膜及びその製造方法
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  • 特開-塗膜形成用組成物、漆塗膜及びその製造方法 図1
  • 特開-塗膜形成用組成物、漆塗膜及びその製造方法 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024075909
(43)【公開日】2024-06-05
(54)【発明の名称】塗膜形成用組成物、漆塗膜及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C09D 193/00 20060101AFI20240529BHJP
   C09D 197/00 20060101ALI20240529BHJP
   C09K 15/08 20060101ALI20240529BHJP
【FI】
C09D193/00
C09D197/00
C09K15/08
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022187170
(22)【出願日】2022-11-24
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (その1) ▲1▼ウェブサイトの掲載日 2022年2月4日 ▲2▼ウェブサイトのアドレス https://www.jwrs.org/wood2022/index.html https://www.jwrs.org/wood2022/file/program2022.pdf (その2) ▲1▼ウェブサイトの掲載日 2022年3月1日 ▲2▼ウェブサイトのアドレス https://www.jwrs.org/wood2022/index.html https://confit.atlas.jp/wood2022 https://confit.atlas.jp/guide/event/wood2022/subject/L15-08-1300-1500-02/advanced (その3) ▲1▼発行日 2022年3月1日 ▲2▼刊行物 研究発表要旨集(完全版CD要旨集) (その4) ▲1▼開催日 2022年3月15日(開催期間:2022年3月15日~17日) ▲2▼集会名、開催場所 第72回日本木材学会大会(名古屋・岐阜大会)(Zoomによるオンライン開催)
(71)【出願人】
【識別番号】504255685
【氏名又は名称】国立大学法人京都工芸繊維大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】岡久 陽子
(72)【発明者】
【氏名】土屋 貴央
【テーマコード(参考)】
4H025
4J038
【Fターム(参考)】
4H025AA12
4H025AA15
4H025AA16
4H025AC04
4J038BA221
4J038BA252
4J038JA18
4J038KA03
4J038KA06
4J038MA08
4J038NA03
4J038PA19
4J038PB02
(57)【要約】
【課題】熱膨張が起こりにくく、耐候性にも優れる漆塗膜を形成することができる塗膜形成用組成物及び該組成物から形成される漆塗膜並びにその製造方法を提供する。
【解決手段】本発明の塗膜形成用組成物は、漆と、リグニン誘導体とを含み、前記リグニン誘導体は、R-CO-部位(Rは、置換基を有していてもよい炭化水素基)を有する。本発明の塗膜形成用組成物は、熱膨張が起こりにくく、耐候性にも優れる漆塗膜を形成することができる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
漆と、リグニン誘導体とを含み、
前記リグニン誘導体は、R-CO-部位(Rは、置換基を有していてもよい炭化水素基)を有する、塗膜形成用組成物。
【請求項2】
前記リグニン誘導体は、飽和又は不飽和脂肪酸に基づくエステル部位を有する、請求項1に記載の塗膜形成用組成物。
【請求項3】
前記リグニン誘導体は、化学パルプ法由来の成分である、請求項1に記載の塗膜形成用組成物。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載の塗膜形成用組成物の硬化物を含む、漆塗膜。
【請求項5】
請求項1~3のいずれか1項に記載の塗膜形成用組成物を用いた漆塗膜の製造方法であって、
前記塗膜形成用組成物を熱硬化処理して漆塗膜を得る工程を具備する、製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塗膜形成用組成物、漆塗膜及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
漆は、主成分であるウルシオールの他、水分、多糖類、糖タンパク、酵素等を含むものであり、ウルシオールが酵素の作用によって重合し硬化して塗膜を形成することができることが知られている。斯かる漆は、古くより工芸塗装等に使用されており、漆から形成される塗膜は、堅さと柔軟さを併せもつ強靭な性質を有し、しかも耐水性や断熱性にも優れる性質を有することから、その利用価値は極めて高い。
【0003】
漆塗膜については現在も広く検討されている。その一例として特許文献1には、漆にオルトケイ酸アルキルエステル等の有機系ケイ酸エステル化合物を添加する技術が開示されている。斯かる技術により、漆塗膜を短時間で形成することができ、しかも、形成される漆塗膜は耐久性が高く、優れた品質を有することができるものとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003-306640号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、漆塗膜は熱膨張が起こりやすく、また、耐候性にも乏しい性質があることから、漆塗膜を適用できる範囲に制限があるものであった。このような観点から、熱膨張が起こりにくく、耐候性にも優れる漆塗膜が強く求められていた。
【0006】
本発明は、上記に鑑みてなされたものであり、熱膨張が起こりにくく、耐候性にも優れる漆塗膜を形成することができる塗膜形成用組成物及び該組成物から形成される漆塗膜並びにその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、漆と、リグニン誘導体とを組み合わせることにより上記目的を達成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、例えば、以下の項に記載の主題を包含する。
項1
漆と、リグニン誘導体とを含み、
前記リグニン誘導体は、R-CO-部位(Rは、置換基を有していてもよい炭化水素基)を有する、塗膜形成用組成物。
項2
前記リグニン誘導体は、飽和又は不飽和脂肪酸に基づくエステル部位を有する、項1に記載の塗膜形成用組成物。
項3
前記リグニン誘導体は、化学パルプ法由来の成分である、項1に記載の塗膜形成用組成物。
項4
項1~3のいずれか1項に記載の塗膜形成用組成物の硬化物を含む、漆塗膜。
項5
項1~3のいずれか1項に記載の塗膜形成用組成物を用いた漆塗膜の製造方法であって、
前記塗膜形成用組成物を熱硬化処理して漆塗膜を得る工程を具備する、製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の塗膜形成用組成物は、熱膨張が起こりにくく、耐候性にも優れる漆塗膜を形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】実施例1~4及び比較例1で得られた漆塗膜の表面のSEM画像である。
図2】実施例1~4及び比較例1で得られた漆塗膜のTMA測定の結果である。
図3】実施例1~4及び比較例1で得られた漆塗膜の引張強度測定の結果である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。なお、本明細書中において、「含有」及び「含む」なる表現については、「含有」、「含む」、「実質的にからなる」及び「のみからなる」という概念を含む。
【0012】
本発明の塗膜形成用組成物は、漆と、リグニン誘導体とを含む。本発明の塗膜形成用組成物は、熱膨張が起こりにくく、耐候性にも優れる漆塗膜を形成することができる。
【0013】
(漆)
本発明の塗膜形成用組成物に含まれる漆の種類は特に限定されず、例えば、公知の漆を本発明の塗膜形成用組成物に広く採用することができる。漆は、例えば、漆料植物から得られる生漆が挙げられる他、生漆を加熱脱水処理して得られる精製漆等も挙げられ、生漆の産地等にも特に制限はない。
【0014】
漆は、公知の方法で得ることができ、あるいは、市販品等から入手することもできる。漆は、例えば、主成分がウルシオールであり、その他、水分、多糖類、糖タンパク、酵素等を含むことができる。
【0015】
(リグニン誘導体)
本発明の塗膜形成用組成物は、リグニン誘導体を含み、前記リグニン誘導体は、R-CO-部位(Rは、置換基を有していてもよい炭化水素基)を有する。本明細書において、リグニン誘導体とは、リグニンが他の化合物で変性され、かつ、R-CO-部位(Rは、置換基を有していてもよい炭化水素基)を有するリグニン化合物であることを意味する。具体的には、後記するように飽和又は不飽和脂肪酸エステルで変性されたリグニン化合物が挙げられる。
【0016】
リグニン誘導体は、前記R-CO-部位を有する限り、公知のリグニン誘導体をそれぞれ広く適用することができ、中でも、リグニン誘導体は、化学パルプ法由来の成分であることが好ましい。この場合、化学パルプ法で生成する副生成物の有効利用等の観点から有利となる。化学パルプ法由来の成分は、例えば、公知の方法で得ることができ、例えば、木材チップを高温下(例えば、150℃)において、NaS及びNaOH等で抽出したものを挙げることができる。この化学パルプ法由来の成分を用いて、リグニン誘導体を得ることもできる。
【0017】
リグニン誘導体を得るために使用される木質材料の種類も特に限定されず、例えば、各種の針葉樹、広葉樹、草本植物等を使用することができる。
【0018】
リグニン誘導体は、例えば、グアイアシル構造単位、シリンギル構造単位及びp-ヒドロキシフェニル構造単位等、リグニンに含まれる種々の構造単位を有することができ、例えば、グアイアシル構造単位及びシリンギル構造単位からなる群より選ばれる少なくとも1種の構造単位を含むことができる。すなわち、リグニン誘導体は、少なくとも重合体であることが好ましい。
【0019】
リグニン誘導体は、R-CO-部位(Rは、置換基を有していてもよい炭化水素基)を有することが好ましい。この場合、本発明の塗膜形成用組成物は、熱膨張がさらに起こりにくく、耐候性がより優れる漆塗膜を形成することができ、加えて、光沢度が高く、機械強度にも優れる漆塗膜を形成しやすい。
【0020】
-CO-部位は、例えば、リグニンが有する水酸基の酸素原子に結合し得る(すなわち、当該水酸基の水素原子がR-CO-で置換された構造を有し得る)。
【0021】
-CO-部位において、R(炭化水素基)の炭素数は、例えば、6以上とすることができ、好ましくは8以上、より好ましくは10以上、さらに好ましくは12以上であり、特に好ましくは14以上である。また、R(炭化水素基)の炭素数は、例えば、30以下とすることができ、好ましくは28以下、より好ましくは26以下、さらに好ましくは24以下、特に好ましくは20以下である。
【0022】
において、置換基の種類は特に限定されず、例えば、ハロゲン原子、ヒドロキシ基、カルボキシル基、アミノ基、カルボニル基、スルホニル基、スルホン基、シアノ基等を挙げることができる。
【0023】
-CO-部位において、Rは、置換基を有していてもよいアルキル基、置換基を有していてもよいアルケニル基等を好ましく挙げることができる。Rが置換基を有していてもよいアルケニル基である場合、炭素-炭素二重結合の数は特に限定されず、例えば、1個以上、5個以下であり、1個であってもよい。R-CO-部位において、Rはアルケニル基であることが特に好ましい。
【0024】
-CO-部位は、飽和脂肪酸又は不飽和脂肪酸に由来する部位であることが好ましい。すなわち、リグニン誘導体は、飽和又は不飽和脂肪酸に基づくエステル部位を有することが好ましい。この場合、本発明の塗膜形成用組成物は、熱膨張がさらに起こりにくく、耐候性にもより優れる漆塗膜を形成することができ、加えて、光沢度が特に高く、機械強度も特に優れる漆塗膜を形成しやすい。
【0025】
上述の飽和又は不飽和脂肪酸に基づくエステル部位を有するリグニン誘導体は、例えば、リグニンが有する水酸基と、飽和脂肪酸又は不飽和脂肪酸とのエステル化反応が起こることによって形成される化合物である。
【0026】
飽和脂肪酸の炭素数は、例えば、6以上とすることができ、好ましくは8以上、より好ましくは10以上、さらに好ましくは12以上であり、特に好ましくは14以上である。また、飽和脂肪酸の炭素数は、例えば、30以下とすることができ、好ましくは28以下、より好ましくは26以下、さらに好ましくは24以下、特に好ましくは20以下である。
【0027】
不飽和脂肪酸の炭素数は、例えば、6以上とすることができ、好ましくは8以上、より好ましくは10以上、さらに好ましくは12以上であり、特に好ましくは14以上である。また、不飽和脂肪酸の炭素数は、例えば、30以下とすることができ、好ましくは28以下、より好ましくは26以下、さらに好ましくは24以下、特に好ましくは20以下である。
【0028】
リグニン誘導体は、リグニンが有する水酸基がオレイン酸でエステル化された化合物であることが好ましい。すなわち、前記R-CO-部位は、オレイン酸のカルボキシル基のOHが除された基であることが好ましい。この場合、本発明の塗膜形成用組成物は、熱膨張が特に起こりにくく、耐候性も特に優れる漆塗膜を形成することができ、加えて、光沢度が特に高く、機械強度も特に優れる漆塗膜を形成しやすい。
【0029】
リグニン誘導体は、例えば、公知の方法で得ることができる。リグニン誘導体を得る方法の一態様として、リグニンと飽和脂肪酸又は不飽和脂肪酸とのエステル化反応を利用した製造方法を挙げることができる。また、リグニン誘導体は、市販品等から入手することもできる。
【0030】
(塗膜形成用組成物)
本発明の塗膜形成用組成物において、漆と、リグニン誘導体との含有割合は特に限定されない。例えば、本発明の塗膜形成用組成物において、漆総質量に対してリグニンの含有割合が0.5質量%以上であることが好ましく、1質量%以上であることがより好ましく、2質量%以上であることがさらに好ましく、3質量%以上であることが特に好ましい。また、本発明の塗膜形成用組成物において、漆の総質量に対してリグニンの含有割合は40質量%以下であることが好ましく、30質量%以下であることがより好ましく、20質量%以下であることがさらに好ましく、15質量%以下であることが特に好ましい。
【0031】
例えば、本発明の塗膜形成用組成物は、熱膨張が起こりにくく、耐候性にも優れる漆塗膜を形成しやすい点で、100質量部の漆に対するリグニン誘導体の含有量は0.1質量部以上、50質量部以下とすることができる。本発明の塗膜形成用組成物は、100質量部の漆に対するリグニン誘導体の含有量は0.5質量部以上であることが好ましく、1質量部以上であることがより好ましく、2質量部以上であることがさらに好ましく、3質量部以上であることが特に好ましい。また、本発明の塗膜形成用組成物は、100質量部の漆に対するリグニン誘導体の含有量が40質量部以下であることが好ましく、30質量部以下であることがより好ましく、20質量部以下であることがさらに好ましく、15質量部以下であることが特に好ましい。
【0032】
本発明の塗膜形成用組成物に含まれる漆は1種又は2種以上であってもよく、また、リグニン誘導体も1種又は2種以上であってもよい。
【0033】
本発明の塗膜形成用組成物は、溶媒を含むことができる。本発明の塗膜形成用組成物が溶媒を含む場合、塗工等の方法によって漆塗膜を形成することができる。溶媒の種類は特に限定されず、漆、リグニン誘導体の分散性を考慮して適宜選択することができる。
【0034】
溶媒として、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、tert-ブチルアルコール、ベンジルアルコール、フェノキシエタノール、フェニルプロピレングリコール等のアルコール系溶媒;ベンゼン、トルエン、キシレン等の炭化水素系溶媒;アセトン、メチルエチルケトン、イソホロン等のケトン系溶媒;塩化メチレン、クロロホルム等のハロゲン化炭化水素系溶媒;1,2-ジメトキシエタン、テトラヒドロフラン、1,4-ジオキサン、アニソール等のエーテル系溶媒;酢酸エチル、酢酸プロピル、エチルカルビトールアセテート、ブチルカルビトールアセテート等のエステル系溶媒;N,N-ジメチルホルミアミド、N,N-ジメチルアセトアミド等のアミド系溶媒;ジメチルカーボネート、ジエチルカーボネート、プロピレンカーボネート等のカーボネート系溶媒等を挙げることができる。
【0035】
本発明の塗膜形成用組成物が溶媒を含む場合、溶媒の含有量は特に制限されず、漆やリグニン誘導体の分散性を考慮して適宜の範囲で調節することができる。例えば、漆100質量部に対し、溶媒の含有量を50~5000質量部とすることができ、好ましくは100~1000質量部の範囲とすることができる。
【0036】
本発明の塗膜形成用組成物は、漆、及び、リグニン誘導体以外の成分を含むことができる。他の成分としては、光安定剤、酸化防止剤、防腐剤、無機粒子等の充填剤、難燃剤、顔料、着色剤、防カビ剤、滑剤等が挙げられる。これらの添加剤は1種又は2種以上が塗膜形成用組成物に含まれていてもよい。また、本発明の塗膜形成用組成物は、例えば、前述の飽和又は不飽和脂肪酸が含まれていてもよい。
【0037】
本発明の塗膜形成用組成物において、漆と、リグニン誘導体と、溶媒との総量の割合は、塗膜形成用組成物の全質量に対し、50質量%以上とすることができ、好ましくは70質量%以上、より好ましくは80質量%以上、さらに好ましくは90質量%以上、特に好ましくは95質量%以上である。本発明の塗膜形成用組成物は、漆、及び、リグニン誘導体のみからなるものであってもよく、漆、リグニン誘導体、及び、溶媒のみからなるものであってもよい。
【0038】
本発明の塗膜形成用組成物の調製方法は特に限定されない。例えば、所定量の漆と、リグニン誘導体と、必要に応じて使用される溶媒とを混合することで、本発明の塗膜形成用組成物を調製することができる。
【0039】
本発明の塗膜形成用組成物は、固体状であっても良いし、液体状であってもよい。本発明の塗膜形成用組成物が固体状である場合は、例えば、粉末状であり、液体状である場合は、例えば、溶液、分散液、懸濁液等であり、その他、本発明の塗膜形成用組成物は、ペースト状であってもよい。
【0040】
本発明の塗膜形成用組成物を用いて、漆塗膜を形成することができる。漆塗膜を形成する方法は特に限定されず、例えば、漆塗膜を形成する方法として従来用いられている公知の方法を本発明でも広く採用することができる。
【0041】
例えば、本発明の塗膜形成用組成物が液状又はペースト状である場合(例えば、組成物が溶媒を含む場合)、漆塗膜を形成するための基材に本発明の塗膜形成用組成物を塗布して皮膜を形成し、該皮膜を必要に応じて硬化することで、漆塗膜を形成することができる。塗膜形成用組成物の塗布方法は特に制限されず、公知の方法を広く採用することができる。例えば、刷毛塗り、アプリケーター、バーコーター、スプレー、スピンコート、ディスペンサー等の方法で塗膜形成用組成物を塗布して皮膜を形成することができる。なお、本発明の塗膜形成用組成物が粉末等の固体状である場合は、例えば、粉体噴霧法によって、被膜を形成することもできる。
【0042】
本発明の塗膜形成用組成物の漆塗膜を形成するための基材の種類は特に限定されず、目的の用途に応じて適宜選択することができ、例えば、樹脂、ガラス、セラミックス、金属、木材、紙等の各種の基材を挙げることができる。
【0043】
上記のように塗布されて形成される皮膜は、例えば、公知の硬化方法によって硬化させることができ、これにより漆塗膜を形成され得る。硬化方法としては、例えば、熱硬化、光硬化等の種々の方法を採用することができ、熱硬化と光硬化とを組み合わせることもできる。
【0044】
中でも漆塗膜の外観が良好になりやすいという点で、熱硬化させて漆塗膜を形成することが好ましい。すなわち、漆塗膜の製造方法は、本発明の塗膜形成用組成物を用い、該塗膜形成用組成物を熱硬化処理して漆塗膜を得る工程を具備することが好ましい。
【0045】
熱硬化を採用する場合、前記皮膜を90~150℃に加熱することが好ましく、90~120℃に加熱することがより好ましい。加熱時間は特に制限されず、加熱温度に応じて適宜設定することができ、例えば、24~72時間、好ましくは40~60時間である。
【0046】
なお、塗膜形成用組成物の皮膜を硬化させるにあたって、皮膜を必ずしも熱処理や光処理をする必要はなく、例えば、常温(例えば、25℃)で自然硬化させることも可能である。
【0047】
本発明の塗膜形成用組成物から形成される漆塗膜は、該組成物の硬化物を含む。例えば、塗膜形成用組成物の皮膜が硬化する過程で、漆成分の反応が進行して、塗膜形成用組成物の硬化が促進される。限定的な解釈を望むものではないは、漆に含まれるウルシオールが酵素等によって酸化され、これにより生成するウルシオールキノンがさらにウルシオールと反応し、ウルシオール多重体が形成され得る。特に前述のように熱硬化を空気雰囲気下で実施した場合、ウルシオールの酸素ラジカルが形成し、酸化されやすい環境になる。このため、ウルシオール側鎖の二重結合に隣接するメチレン基からラジカルが発生し、これが更に空気中の酸素と結合して酸化反応が進みながらウルシオールの重合が進行し得る。
【0048】
漆塗膜の膜厚は特に限定されず、例えば、目的の用途に応じて適宜の範囲で設定することができる。例えば、漆塗膜の膜厚は1~500μm、好ましくは5~100μmである。
【0049】
漆塗膜は、本発明の塗膜形成用組成物の硬化物を含むので、熱膨張が起こりにくく、耐候性も優れる。例えば、本発明の塗膜形成用組成物から形成される漆塗膜は、光沢度にも優れると共に、光沢度の経時劣化も起こりにくく、また、例えば、漆塗膜が光照射されても光沢度が低下しにくく、耐候性に優れるものである。従って、本発明の塗膜形成用組成物は、例えば、従来の漆塗膜が適用されている用途の他、従来困難であった高熱の環境下や太陽光が照射される環境下で使用される用途に対しても適用することが可能となる。
【0050】
また、本発明の塗膜形成用組成物は、リグニン誘導体を含むことで、光沢度がより高い漆塗膜を形成することができ、しかも、光沢度の経時劣化も起こりにくく、漆塗膜が光照射されても光沢度がより低下しにくいので、耐候性が特に向上するものである。加えて本発明の塗膜形成用組成物は、リグニン誘導体を含むことで、機械強度も特に優れる漆塗膜が形成され得る。とりわけ、リグニン誘導体が前述の飽和又は不飽和脂肪酸に基づくエステル部位を有するリグニン誘導体である場合、中でもオレイン酸に基づきエステル部位を有するリグニン誘導体である場合は、耐候性及び機械強度が特に優れる漆塗膜が形成され得る。
【0051】
本開示に包含される発明を特定するにあたり、本開示の各実施形態で説明した各構成(性質、構造、機能等)は、どのように組み合わせられてもよい。すなわち、本開示には、本明細書に記載される組み合わせ可能な各構成のあらゆる組み合わせからなる主題が全て包含される。
【実施例0052】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれら実施例の態様に限定されるものではない。
【0053】
(実施例1)
1gの漆(堤淺吉漆店より入手)に対して、ストックホルム大学(スウェーデン)提供のオレイン酸変性リグニンを、その含有割合が1質量%となるように添加した。この添加の際、粉末状のオレイン酸変性リグニンに1mLのメタノールを加え、スパチュラを用いて溶解させるようにした。これにより、塗膜形成用組成物を得た。該塗膜形成用組成物をアプリケーターにより膜厚が30μmになるようPETフィルム上に均一に広げて皮膜を形成した。この皮膜を空気雰囲気下、90℃で45時間にわたって保管し、皮膜の熱硬化処理を行った。これにより、漆塗膜を得た。
【0054】
(実施例2)
オレイン酸変性リグニンを漆に対して5質量%となるように添加したこと以外は実施例1と同様の方法で漆塗膜を得た。
【0055】
(実施例3)
オレイン酸変性リグニンを漆に対して7質量%となるように添加したこと以外は実施例1と同様の方法で漆塗膜を得た。
【0056】
(実施例4)
オレイン酸変性リグニンを漆に対して10質量%となるように添加したこと以外は実施例1と同様の方法で漆塗膜を得た。
【0057】
(比較例1)
オレイン酸変性リグニンを使用しなかったこと以外は実施例1と同様の方法で漆塗膜を得た。
【0058】
(評価方法)
<TMA測定>
装置はTMA7100(HITACHI)を使用し、25mm×3mm試験片を、チャック間距離20mm、引っ張り強度は3g重の条件でTMA測定を行った。試験温度は15℃~150℃とし、昇温速度は10℃/分とした。
【0059】
<引張強度>
装置はEZ-SX(SHIMADZU)を使用し、縦2cm×横0.5cmに切断した試験片を用いて測定した。チャック間距離1cm、1mm/minの速度で引っ張ることで所定のひずみにおける応力を測定した。得られた応力ひずみ曲線の初期の傾きから弾性率を計算した。
【0060】
<光沢度>
フィルムの任意の場所を15回ずつ測定して、それらの平均値を光沢度とした。装置は、ハンディ光沢度計グロスチェッカIG-331(HORIBA))を使用し、測定角60°、光源の波長890nm、測定範囲0~100とした。
【0061】
(評価結果)
図1は、実施例1~4及び比較例1で得られた漆塗膜の表面のSEM画像を示している((a)が比較例1、(b)が実施例1、(c)が実施例2、(d)が実施例3、(e)が実施例4である)。これらの結果から、リグニン誘導体(オレイン酸変性リグニン)が漆塗膜に含まれか否かによって漆塗膜の表面状態はほとんど変化が見られないことがわかった。
【0062】
図2は、実施例1~4及び比較例1で得られた漆塗膜のTMA測定の結果を示している。これらの結果から、漆塗膜がリグニン誘導体を含有することで、熱膨張が抑制されることがわかった。
【0063】
図3は、実施例1~4及び比較例1で得られた漆塗膜の引張強度測定の結果を示している。これらの結果から、漆塗膜がリグニン誘導体を含有することで、破断ひずみが減少し、弾性率が上昇することがわかり、機械特性が向上することがわかった。
【0064】
表1は、実施例1~4及び比較例1で得られた漆塗膜の光沢度の測定結果である。これらの結果から、漆塗膜がリグニン誘導体を含有する場合であっても、高い光沢度を有し、むしろより高い光沢度を有することがわかった。しかも、実施例で得られた漆塗膜は比較例で得られた漆塗膜に比べて光照射後の光沢度の低下が抑制されていた。従って、実施例で得られた漆塗膜は耐候性に優れるものであった。
【0065】
【表1】
図1
図2
図3