(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024075933
(43)【公開日】2024-06-05
(54)【発明の名称】シリカガラス及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C03B 20/00 20060101AFI20240529BHJP
【FI】
C03B20/00 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022187209
(22)【出願日】2022-11-24
(71)【出願人】
【識別番号】392017004
【氏名又は名称】湖北工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100165663
【弁理士】
【氏名又は名称】加藤 光宏
(72)【発明者】
【氏名】遊亀 博
(72)【発明者】
【氏名】朴 秋月
(72)【発明者】
【氏名】木下 祐輔
【テーマコード(参考)】
4G014
【Fターム(参考)】
4G014AH01
4G014AH06
(57)【要約】
【課題】 シリカガラスにおいて、幅広い波長で透過率を向上する。
【解決手段】 スラリーとして、シリカガラス粉体、溶媒、分散剤および硬化性樹脂を含むガラス原料溶液を調合する。次に、スラリーに硬化剤を添加して成形型に流し込んで硬化させる。硬化した成形体を、乾燥、脱脂した上で、塩素処理および焼結する。この際、塩素処理の温度条件としては、800℃以上1200℃以下の温度が好ましく、950℃以上1000℃以下とすることがより好ましい。また、塩素処理の時間は、1時間より長く6時間以下とすることが好ましく、2時間以上3時間以下とすることがより好ましい。こうすることにより、170~3500nmの範囲で透過率80%以上となるシリカガラスを製造することができる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
スラリーを硬化、焼結させることでシリカガラスを製造する製造方法であって、
(a)シリカガラス粉体を含むスラリーを調合するステップと、
(b)前記スラリーと硬化剤とを混合し、混合物を硬化させ成形体を形成するステップと
(c)前記成形体を焼結してシリカガラスを得るステップとを備え、
前記ステップ(c)には、塩素ガス雰囲気下で800℃以上1200℃以下の温度で焼結する塩素処理を0.5時間以上6時間以下の範囲で含む製造方法。
【請求項2】
請求項1記載の製造方法であって、
前記塩素処理を900℃以上1050℃以下の範囲で行う製造方法。
【請求項3】
請求項1記載の製造方法であって、
前記塩素処理を900℃以上1000℃以下で、1時間以上4時間以下の範囲で行う製造方法。
【請求項4】
請求項1記載の製造方法であって、
前記塩素処理を950℃以上1000℃以下で、2時間以上3時間以下の範囲で行う製造方法。
【請求項5】
170nm以上220nm以下の波長帯における厚さ3mm以下における透過率が70%以上、かつ220nm以上2600nm以下の波長帯の全域にわたって厚さ3mm以下における透過率が90%以上となるシリカガラス。
【請求項6】
請求項5記載のシリカガラスであって、
170nm以上220nm以下の波長帯における厚さ3mm以下における透過率が79%以上であるシリカガラス。
【請求項7】
請求項5記載のシリカガラスであって、
さらに、2600nm以上3500nm以下の波長帯における厚さ3mm以下における透過率が80%以上であるシリカガラス。
【請求項8】
請求項5記載のシリカガラスであって、
170nm以上3500nm以下の全波長帯における厚さ3mm以下における透過率が80%以上であるシリカガラス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シリカガラス及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
シリカガラスは、光ファイバ、LED、レンズ(医療用や撮像用等)など種々の用途に利用されている。これらの用途において光を効率的に透過させるためには、シリカガラスにおける光の透過率が高いことが望ましい。
透過率を高めるため、従来、種々の技術が提案されている。特許文献1は、焼結工程前に塩化水素ガス雰囲気下で加熱温度1 , 0 0 0 ~ 1 , 5 0 0 ℃で0. 5 ~ 5 時間の条件で処理することによりA l 、N a およびF e などを除去する純化工程を取り入れる技術を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
シリカガラスが用いられている光ファイバは、情報の伝搬のみならず、光やエネルギーの伝搬にも用いられており、光ファイバの汎用性を高めるために、近年では、幅広い波長帯において高い透過率を確保することが望まれている。特に真空紫外域と呼ばれる200nm以下の波長帯域、および赤外域と呼ばれる1000~3500nmの波長帯域においても高い透過率を確保することが求められるようになってきている。レンズ(医療用や撮像用等)においても、同様である。従来、真空紫外域または赤外域で高い透過率を有する素材は存在したものの、双方の波長帯域で高い透過率を有する素材は存在しなかった。
本発明は、かかる課題に鑑み、真空紫外域から赤外域にわたって高い透過率を有するシリカガラスを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、
スラリーを硬化、焼結させることでシリカガラスを製造する製造方法であって、
(a)シリカガラス粉体を含むスラリーを調合するステップと、
(b)前記スラリーと硬化剤とを混合し、混合物を硬化させ成形体を形成するステップと、
(c)前記成形体を焼結してシリカガラスを得るステップとを備え、
前記ステップ(c)には、塩素ガス雰囲気下で800℃以上1200℃以下の温度で焼結する塩素処理を0.5時間以上6時間以下の範囲で含む製造方法とすることができる。
【0006】
塩素処理は、金属不純物やOH基を除去し、シリカガラスの透過率を向上させるための手段として従前行われていたものである。しかし、塩素処理の時間が短ければ金属不純物等を十分に除去することができず、また、塩素処理の時間が長ければ、シリカガラスにおけるSi-O-Siの構造がSi-SiやSi-O-O-Siなどの構造になってしまう構造欠陥を招くことになる。また、塩素処理における温度が低い場合、反応が生じにくくなり、金属不純物等を十分に除去することができなくなる。
即ち、真空紫外域から赤外域にわたって高い透過率を確保するためには、構造欠陥を回避しながら金属不純物等を十分に除去することが重要となる。本願の発明者は、実験の結果、上述の温度範囲および処理時間で塩素処理を行うことにより、真空紫外域から赤外域にわたって高い透過率を有するシリカガラスを製造できることを見いだした。
【0007】
本発明の製造方法においては、
前記塩素処理を900℃以上1050℃以下の範囲で行うことがより好ましい。
【0008】
また、本発明の製造方法においては、
前記塩素処理を900℃以上1000℃以下で、1時間以上4時間以下の範囲で行うことがより好ましい。
【0009】
また、本発明の製造方法においては、
前記塩素処理を950℃以上1000℃以下で、2時間以上3時間以下の範囲で行うことがより好ましい。
【0010】
本発明において、シリカガラス粉体を含むスラリーは、シリカガラス粉体の他、硬化性樹脂、分散剤、溶媒を含めても良い。シリカガラス粉体は種々の粒径のものを用いることができるが、例えば、0.1~2μmとしてもよい。硬化性樹脂としては、例えば、エポキシ系樹脂を用いることができる。分散剤としては、テトラメチルアンモニウムヒドロキシド溶液などを用いることができる。溶媒としては、蒸留水などを用いることができる。
また、本発明において、硬化剤としては、トリエチレンテトラアミンなどを用いることができる。
【0011】
本発明において、成形体の焼結前に、成形体を乾燥させて溶媒を除去するステップ、成形体の硬化性樹脂を除去するための脱脂を行うステップを設けてもよい。乾燥は種々の温度条件、時間で行うことができる。
【0012】
本発明は、製造方法に限らず種々の態様をとることができ、
170nm以上220nm以下の波長帯における厚さ3mm以下における透過率が70%以上、かつ220nm以上2600nm以下の波長帯の全域にわたって厚さ3mm以下における透過率が90%以上となるシリカガラスとしてもよい。
【0013】
本発明のシリカガラスは、
170nm以上220nm以下の波長帯における厚さ3mm以下における透過率が79%以上であるシリカガラスとしてもよい。
【0014】
本発明のシリカガラスは、
さらに、2600nm以上3500nm以下の波長帯における厚さ3mm以下における透過率が80%以上であるシリカガラスとしてもよい。
【0015】
本発明のシリカガラスは、
170nm以上3500nm以下の全波長帯における厚さ3mm以下における透過率が80%以上であるシリカガラスとしてもよい。
【0016】
先に述べた製造方法によれば、従来とは異なる透過率を有する上述のシリカガラスが得られる。かかるシリカガラスによれば、真空紫外域から赤外域にわたって、高い透過率で効率的に光を透過することができる利点がある。かかるシリカガラスを利用すれば、汎用性の高い光ファイバ、レンズ(医療用や撮像用等)を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【発明を実施するための形態】
【0018】
図1は、成形体製造工程を示す工程図である。成形体を、スラリーキャスト法で製造する工程を示した。
スラリーキャスト法では、まず、スラリーの調合を行う(ステップS1)。この工程では、シリカガラス粉体、溶媒、分散剤および硬化性樹脂を含むガラス原料溶液をボールミルで所定時間かけて混合する。溶媒としては、蒸留水などを用いることができる。このガラス原料溶液には、種々の添加物、不純物が含まれていてもよい。
【0019】
次に、調合したスラリーに硬化剤を添加し、成形型に流し込んで硬化させる(ステップS2)。成形体は、稠密な構造のものであってもよいし、光ファイバ断面に空孔や高屈折率ガラスを規則的に配列した構造のフォトニック結晶ファイバ用の構造であってもよい。フォトニック結晶ファイバ用の成形体の場合には、空孔を形成するためのワイヤ等を成形型にセットした上でスラリーを流し込み、硬化させればよい。硬化のためには、室温下で放置すればよいが、加熱しても差し支えない。
【0020】
成形体が硬化すると、これを成形型から脱離させ(ステップS3)、乾燥させることで成形体中の溶媒を除去する(ステップS4)。また、その後、脱脂により、成形体中の硬化性樹脂を除去する。脱脂は、種々の条件で行うことができるが、例えば、850℃程度の温度条件下で行うものとしてもよい。
【0021】
こうして脱脂まで完了した成形体に対して、塩素処理および焼結を行う(ステップS6)。こうすることで、透明化したガラス焼結体を得ることができる。
塩素処理および焼結は、いずれも高温下で行う一連の処理である。塩素処理は、塩素ガス雰囲気中で成形体を加熱する。
塩素処理の温度条件、処理時間としては、塩素ガス雰囲気下で800℃以上1200℃以下の温度で焼結する塩素処理を0.5時間以上6時間以下の範囲とすることが好ましい。
また、温度条件を900℃以上1050℃以下の範囲とすることがより好ましい。
また、塩素処理を900℃以上1000℃以下で、1時間以上4時間以下の範囲で行うことがより好ましい。
さらに、塩素処理を950℃以上1000℃以下で、2時間以上3時間以下の範囲で行うことがより好ましい。
【0022】
以下、成形体の実施例について説明する。本実施例では、塩素処理の温度条件、時間を異ならせて実施例および比較例を用意した。
成形体は外径が30mm、厚さ3mmの円柱状である。製造工程は、先に説明した通りである。シリカガラス粉体として、株式会社トクヤマのシルフィル(登録商標)を用いたが、これに限られるものではない。
硬化性樹脂としては、エポキシ系樹脂である阪本薬品工業株式会社製SR-4GLを用いた。分散剤としては、25%テトラメチルアンモニウムヒドロキシド溶液を用いた。また、硬化剤としては、トリエチレンテトラアミンを用いた。いずれも一例に過ぎず、これらの原料に限定されるものではない。
【0023】
実施例一覧を下表に示す。
透過率は、厚さ3mmの成形体を試験片として種々の波長の光に対して計測した。
実施例1、2、8については、2600nm~3500nmの範囲の透過率は計測していない。
【表1】
【0024】
実施例1~実施例8のシリカガラスにおける透過率を、それぞれ
図2~
図9に示す。各図において図(a)は140~300nmの範囲における透過率、図(b)は300~2600nmの範囲における透過率、図(c)は2600nm(2.6μm)~5000nm(5.0μm)における透過率を示している。実施例1、2、8については、2600nm~3500nmの範囲の透過率は計測していないため、
図2、4、9においては図(a)、図(b)のみを示してある。
図2~
図9によれば、実施例1~実施例8のシリカガラスの透過率は、計測した全波長帯域にわたって、連続的に変化しており、スパイク状またはパルス状の急激な変化は生じていないことが確認された。
【0025】
実施例1~8によれば、170nm以上220nm以下の波長帯における透過率が70%以上、かつ220nm以上2600nm以下の波長帯の全域にわたって透過率が90%以上となり、広い範囲で高い透過率を達成することが分かった。
これらの実施例では、塩素処理が0.5時間以上6時間以下の範囲で行われている。塩素処理は、塩素ガス雰囲気下で800℃以上1200℃以下の温度で行うことができるから、かかる温度条件、時間範囲で塩素処理を施すことが好ましいと考えられる。
また、具体的には、実施例1~8は、塩素処理を900℃以上1050℃以下の範囲で行っていることから、かかる温度条件で塩素処理を行うことがより好ましいと言える。
【0026】
次に、実施例2~5、7、8によれば、170nm以上220nm以下の波長帯における厚さ3mm以下における透過率が一層高い79%以上、かつ220nm以上2600nm以下の波長帯の全域にわたって透過率が90%以上となり、広い範囲で高い透過率を達成することが分かった。
これらの実施例は、塩素処理が900℃以上1000℃以下で、1時間以上4時間以下の範囲で行われていることから、かかる塩素処理を施す製造方法がより好ましいと言える。
【0027】
一方、2600nm~3500nmの範囲の透過率をより重視した実施例も可能である。実施例3、4、6、7によれば、170nm以上220nm以下の波長帯における透過率が70%以上、かつ2600nm以上3500nm以下の波長帯における透過率が80%以上となり、広い範囲で高い透過率を達成することが分かった。
これらの実施例は、塩素処理が900℃以上1050℃以下で、1時間以上6時間以下の範囲で行われていることから、かかる塩素処理を施す製造方法がより好ましいと言える。
【0028】
さらには、実施例3、4、7によれば、170nm以上3500nm以下の全波長帯における透過率が80%以上となり、広い範囲で高い透過率を達成することが分かった。
これらの実施例は、塩素処理が950℃以上1000℃以下で、2時間以上3時間以下の範囲で行われていることから、かかる塩素処理を施す製造方法がより好ましいと言える。
【0029】
以上の結果は、限られた素材に対するものであるが、透過率に主として影響を与えるのは塩素処理の温度条件および時間であることから、他の素材においても、同様の結果が得られるものと考えられる。
本発明は、以上で説明した実施例に限定されることなく、種々の素材および塩素処理の条件によって実現することができる。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明は、シリカガラスにおいて真空紫外域から赤外域にわたって高い透過率を確保するために利用可能である。特に、光ファイバ、レンズ(医療用や撮像用等)などにおいて有用性が高い。