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  • 特開-エンジンの失火検出装置 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024076086
(43)【公開日】2024-06-05
(54)【発明の名称】エンジンの失火検出装置
(51)【国際特許分類】
   F02D 45/00 20060101AFI20240529BHJP
【FI】
F02D45/00 368Z
F02D45/00 362
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022187471
(22)【出願日】2022-11-24
(71)【出願人】
【識別番号】000006286
【氏名又は名称】三菱自動車工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100183689
【弁理士】
【氏名又は名称】諏訪 華子
(74)【代理人】
【識別番号】110003649
【氏名又は名称】弁理士法人真田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】藤田 悠勢
(72)【発明者】
【氏名】戸田 仁司
(72)【発明者】
【氏名】古田 賢寛
【テーマコード(参考)】
3G384
【Fターム(参考)】
3G384BA47
3G384CA03
3G384CB05
3G384DA27
3G384ED07
3G384FA06
3G384FA58
3G384FA79
(57)【要約】
【課題】エンジンの失火検出装置に関し、簡素な構成で失火状態の判断精度を改善する。
【解決手段】開示のエンジン1の失火検出装置10は、算出部11と補正部12と判断部13とを備える。算出部11は、エンジン1の燃焼行程前半においてクランク角θが第一角度θであるときのクランク角速度Neである第一角速度Neを燃焼行程後半においてクランク角θが第二角度θであるときのクランク角速度Neである第二角速度Neから減じた偏差Dを算出する。補正部12は、所定クランク角範囲Pにおけるクランク角速度Neの変化傾向に対応する平均エンジン角速度偏差Aに基づいて偏差Dを補正した補正偏差Cを算出する。判断部13は、補正偏差Cに基づいてエンジン1の失火状態を判断する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンの燃焼行程前半においてクランク角が第一角度であるときのクランク角速度である第一角速度を燃焼行程後半において前記クランク角が第二角度であるときの前記クランク角速度である第二角速度から減じた偏差を算出する算出部と、
所定クランク角範囲における前記クランク角速度の変化傾向に対応する平均エンジン角速度偏差に基づいて前記偏差を補正した補正偏差を算出する補正部と、
前記補正偏差に基づいて前記エンジンの失火状態を判断する判断部と、
を備えたことを特徴とする、エンジンの失火検出装置。
【請求項2】
前記判断部は、前記補正偏差が第一判定値以下である場合に、前記エンジンが失火状態であると判断する
ことを特徴とする、請求項1記載のエンジンの失火検出装置。
【請求項3】
前記所定クランク角範囲は、少なくとも前記第一角度と前記第二角度との間の判定角度幅よりも広い範囲である
ことを特徴とする、請求項1記載のエンジンの失火検出装置。
【請求項4】
前記所定クランク角範囲の終点は前記第二角度であり、
前記所定クランク角範囲の始点は前記第二角度よりも前記所定クランク角範囲分だけ前の第三角度であり、
前記クランク角が前記第三角度であるときの前記クランク角速度は第三角速度であり、
前記平均エンジン角速度偏差は、前記第二角速度から前記第三角速度を減じた値である
ことを特徴とする、請求項3記載のエンジンの失火検出装置。
【請求項5】
前記補正部は、前記所定クランク角範囲に対する前記第一角度と前記第二角度との間の判定角度幅の比と前記平均エンジン角速度偏差との積である勾配影響値を算出するとともに、前記偏差から前記勾配影響値を減じたものを前記補正偏差として算出する
ことを特徴とする、請求項1記載のエンジンの失火検出装置。
【請求項6】
前記補正部は、前記エンジンを搭載した車両が所定時間以上減速している場合に、前記補正偏差を算出する
ことを特徴とする、請求項1記載のエンジンの失火検出装置。
【請求項7】
前記補正部は、前記エンジンの排気通路に介装される触媒装置の昇温制御が実施されている場合に、前記補正偏差を算出する
ことを特徴とする、請求項1記載のエンジンの失火検出装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本件は、エンジンの失火や半失火を検出する失火検出装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、エンジンのクランク角速度(エンジン回転速度)の変化に基づいて失火や半失火等の失火状態を判断する技術が存在する。例えば、エンジンの各気筒の燃焼サイクルにおける燃焼前のクランク角速度から燃焼後のクランク角速度までの変動量を算出し、その変動量と所定の失火判定値とを比較することで失火の有無を判断する技術が知られている。また、失火の誤判定を回避するために、急加減速時における失火判定値を緩い値にすることも提案されている(特許文献1,2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第4490721号公報
【特許文献2】特開平05-018311号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
一方、従来の技術のように、単に急加減速時における失火の判定条件を緩めてしまうと、失火に近い燃焼不良(例えば緩慢な燃焼や燃焼途中の失火)を精度よく把握することが難しくなり、失火状態の判断精度が低下するおそれがある。例えば、失火の判定条件が緩められた結果として、実際にはわずかな失火(燃焼不良)が発生しているにもかかわらず、その失火を検出できなくなる可能性がある。
【0005】
本件の目的の一つは、上記のような課題に照らして創案されたものであり、簡素な構成で失火状態の判断精度を改善できるようにしたエンジンの失火検出装置を提供することである。なお、この目的に限らず、後述する「発明を実施するための形態」に示す各構成から導き出される作用効果であって、従来の技術では得られない作用効果を奏することも、本件の他の目的として位置付けられる。
【課題を解決するための手段】
【0006】
開示のエンジンの失火検出装置は、以下に開示する態様又は適用例として実現でき、上記の課題の少なくとも一部を解決する。
開示のエンジンの失火検出装置は、エンジンの燃焼行程前半においてクランク角が第一角度であるときのクランク角速度である第一角速度を燃焼行程後半において前記クランク角が第二角度であるときの前記クランク角速度である第二角速度から減じた偏差を算出する算出部と、所定クランク角範囲における前記クランク角速度の変化傾向に対応する平均エンジン角速度偏差に基づいて前記偏差を補正した補正偏差を算出する補正部と、前記補正偏差に基づいて前記エンジンの失火状態を判断する判断部と、を備える。
【発明の効果】
【0007】
開示のエンジンの失火検出装置によれば、平均エンジン角速度偏差に基づいて補正された補正偏差を用いることで、簡素な構成で失火状態の判断精度を改善できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】エンジン及び失火検出装置の構成を説明するためのブロック図である。
図2】失火検出装置で算出される平均エンジン角速度偏差A,勾配影響値B,補正偏差C,偏差Dを説明するためのグラフであって、クランク角θに対するクランク角速度Neの変化を示すグラフである。
図3】補正偏差Cと失火状態との関係を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
開示のエンジンの失火検出装置は、種々のエンジンに適用可能であり、例えば自動車用エンジン,船舶用エンジン,産業用エンジン,汎用エンジン等に適用可能である。以下の実施例では、車両に搭載されたエンジンに適用される失火検出装置を例示する。また、失火検出装置が適用可能なエンジンの種類には、ガソリンエンジンやディーゼルエンジンが含まれ、シリンダ数やシリンダ配列に制限はない。
【実施例0010】
[1.構成]
実施例としての失火検出装置10は、図1に示す車載のエンジン1に適用される。このエンジン1は、四気筒の四ストローク式ガソリンエンジンである。図1は、エンジン1に設けられた四つのシリンダのうちの一つを示している。エンジン1には、燃料噴射弁2及び点火プラグ3が設けられる。燃料噴射弁2は、例えばシリンダ内に吸入空気を導入するための吸気ポートに設けられ、点火プラグ3は、燃焼室内の上部に設けられる。エンジン1が直噴エンジンであれば、燃料噴射弁2は燃焼室内に設けられる。燃料噴射弁2は、吸気ポートと燃焼室内との両方に設けることも可能である。
【0011】
エンジン1のクランクシャフトの近傍には、クランク角θを検出するクランク角センサ4が設けられる。クランク角センサ4は、クランクシャフトが所定の角度(例えば10°)回転する時間を基に、クランク角速度(単位時間あたりのクランク角θの変化量)を算出する。クランク角速度は、エンジン回転速度Ne[rpm]〔単位時間(一分)あたりのエンジン回転数〕に相当する。そこで、本実施例ではクランク角速度に符号Neを付す。本実施例では、クランク角10°毎にクランク角速度が算出されるものとする。
エンジン1の排気通路には、排ガスを浄化するための触媒装置5が介装される。触媒装置5の具体例としては、例えば三元触媒,酸化触媒,DPF触媒,SCR触媒,吸蔵還元触媒等が挙げられる。触媒装置5の近傍又は内部には、触媒温度を検出するための触媒温度センサ6が設けられる。
【0012】
車両の任意の位置には、アクセルペダルの踏み込み量(アクセル開度)を検出するアクセル開度センサ8と車速(車両の走行速度)に対応するパラメータを検出する車速センサ9とが設けられる。アクセル開度は、運転者の加減速要求,発進意思,制動意思等に対応するパラメータである。また、車速センサ9は、例えば車輪速や車輪軸の角速度、若しくはエンジン回転数等を検出する。これらの値に基づいて車速が算出されるようになっている。
【0013】
この車両には、触媒装置5を昇温させるための触媒制御装置7とエンジン1の失火状態を判断するための失火検出装置10とが設けられる。これらはともに電子制御装置(ECU,Electronic Control Unit)である。各々の電子制御装置には、図示しないプロセッサ(中央処理装置),メモリ(メインメモリ),記憶装置(ストレージ),インタフェース装置等が内蔵され、これらが互いに通信可能に接続される。各々の電子制御装置で実行される制御の内容は、ファームウェアやアプリケーションプログラムとしてメモリや記憶装置に記録,保存される。プログラムの実行時には、プログラムの内容がメモリ空間内に展開され、プロセッサによって演算処理がなされる。
【0014】
触媒制御装置7は、触媒温度が所定の活性温度帯域になるように、又は、触媒温度が排ガス浄化に適した温度帯域に入るように、エンジン1の作動状態を調節する昇温制御を実施するものである。例えば、エンジン1が冷態始動したときには、触媒温度を活性温度帯域まで素早く上昇させるために、空燃比を理論空燃比よりもリーンに調整する空燃比制御や、燃料噴射時期をリタードさせる燃料噴射制御や、点火時期をリタードさせる点火時期制御を実施する。これらの昇温制御により排ガス温度が高温になり、触媒温度が活性温度帯域まで素早く上昇する。
【0015】
また、触媒装置5における排気微粒子(パティキュレートマター)の堆積量が増加したときには、排気微粒子を焼却するために、上記のような空燃比制御,燃料噴射制御,点火時期制御を実施する。これらの昇温制御により、排気微粒子が迅速に焼却される。
あるいは、触媒装置5における吸蔵対象物質(例えば窒素酸化物,炭化水素等)の吸蔵量が増加して所定量以上になったときには、吸蔵対象物質を脱離させつつ浄化するために、上記のような空燃比制御,燃料噴射制御,点火時期制御を実施する。これらの昇温制御により、吸蔵対象物質が効率的に浄化される。
【0016】
失火検出装置10は、エンジン1の失火状態を判断するものである。ここでは少なくとも、シリンダ内における燃焼状態が正常であるか、それとも正常ではない失火状態であるかが判断される。本実施例の失火検出装置10は、失火状態に含まれる「失火(完全な失火)」と「半失火」とを区別する機能を持つ。失火とは、シリンダ内の混合気が燃焼しなかったこと(燃焼反応がなかったこと)を意味する。また、半失火とは、シリンダ内の混合気の一部のみが燃焼したことや、燃焼が緩慢であることに起因して混合気が不完全に燃焼したことや、燃焼反応が途中で停止したことを意味する。
【0017】
失火検出装置10には、クランク角センサ4,触媒制御装置7,アクセル開度センサ8,車速センサ9が接続される。本実施例の失火検出装置10は、上記の失火状態の判断に際し、クランク角センサ4で検出されたクランク角θとその時間微分値であるクランク角速度Neとに基づいて、エンジン1の失火状態を判断する。また、エンジン1の作動状態に関連する情報(アクセル開度,車速,触媒装置5の昇温制御の実施状況)を考慮して、エンジン1の失火状態を判断する。ここでの判断結果は、報知装置14に反映される。
【0018】
報知装置14は、失火検出装置10による失火状態の判断を乗員に報知するための出力装置であり、例えば警告灯やディスプレイ装置である。例えば、エンジン1が失火状態であると判断された場合には、失火状態を表すインジケーターやテルテールマークが報知装置14に点灯表示される。また、エンジン1の燃焼状態が正常であると判断された場合には、失火状態を表すインジケーターやテルテールマークが消灯される。
【0019】
図1に示すように、失火検出装置10には、算出部11,補正部12,判断部13が設けられる。これらの要素は、エンジン1の失火状態を判断するための失火検出装置10の機能を便宜的に分類して示したものである。これらの要素は、個々の要素を独立したプログラムとして記述してもよいし、これらの機能を兼ね備えた複合プログラムとして記述してもよい。
【0020】
算出部11は、エンジン1の燃焼サイクルにおいて、混合気の燃焼行程において、燃焼行程前半のクランク角速度Neと燃焼行程後半のクランク角速度Neとの偏差Dを算出するものである。ここで、エンジン1の燃焼行程前半においてクランク角θが第一角度θであるときのクランク角速度Neを、第一角速度Neとおく。また、燃焼行程後半においてクランク角θが第二角度θであるときのクランク角速度Neを、第二角速度Neとおく。算出部11は、第二角速度Neから第一角速度Neを減じたものを、偏差Dとして算出する(D=Ne-Ne)。
【0021】
第一角度θは、エンジン1の燃焼行程前半に設定され、第二角度θは、エンジン1の燃焼行程後半に設定される。また、第一角度θと第二角度θとの間の範囲のことを判定角度幅Pと呼ぶ。本実施例では、判定角度幅Pが130°になるように、第一角度θ及び第二角度θの値が設定される(θ=θ+130°)。
【0022】
燃焼行程前半及び燃焼行程後半の各々の定義は、二通り考えられる。第一の定義は、クランク角θに基づく定義であり、燃焼行程全体における前半部分、即ち本実施形態(四気筒の四ストローク式ガソリンエンジン)においてはθ<90[°ATDC]の範囲を燃焼行程前半とし、後半部分、即ち90≦θ[°ATDC]の範囲を燃焼行程後半とするものである。なお、前半及び後半の境界値(90[°ATDC])は、エンジン1の種類や作動状態等に応じて変更してもよい。
【0023】
第二の定義は、クランク角速度Neに基づく定義であり、燃焼行程においてクランク角速度Neが最大となる時刻(又はクランク角θ)よりも前の範囲を燃焼行程前半とし、その時刻(又はクランク角θ)以降の範囲を燃焼行程後半とするものである。本実施形態では、いずれの場合においても、燃焼行程の始点に相当する角度は0[°ATDC]前後であり、終点に相当する角度は180[°ATDC]前後である。なお、クランク角速度Neが最大となる時刻(又はクランク角θ)を基準として、前半及び後半の境界となる時刻(又はクランク角θ)を前後にずらして設定してもよい。
【0024】
なお、本願における「燃焼行程」とは、エンジン1全体における燃焼行程である。即ち、四気筒の四ストローク式ガソリンエンジンにおいては、各気筒の工程がクランク角θについて180°ずつズレているため、燃焼行程は180°毎に発生するとともに180°の範囲内で開始、終了する。
【0025】
補正部12は、クランク角速度Neの周期変動を均した大局的な変化傾向の影響を踏まえて、偏差Dを補正するものである。補正部12は、所定クランク角範囲Pにおけるクランク角速度Neの大局的な変化傾向(増減度合い,傾き,トレンド)に対応する平均エンジン角速度偏差Aを算出し、平均エンジン角速度偏差Aに基づいて偏差Dを補正した補正偏差Cを算出する。
【0026】
所定クランク角範囲Pは、クランク角速度Neの大局的な変化傾向が反映される程度に短く、十分なサンプリング数が確保できる程度に長い範囲であることが好ましい。例えば、所定クランク角範囲Pは判定角度幅Pよりも広い範囲であることが好ましく(P<P)、判定角度幅Pを完全に包含する(所定クランク角範囲Pの始点が判定角度幅Pの始点以前にあり、所定クランク角範囲Pの終点が判定角度幅Pの終点以後にある)ように設定されることが好ましい。なお、本実施形態では失火判定の演算はクランク角θについて180°毎に行っているため、判定角度幅Pが包含される失火判定の演算範囲内に所定クランク角範囲Pの終点が位置するようにすればよい。
【0027】
所定クランク角範囲Pは、クランク角速度Neの変動周期に基づいて設定されてもよい。例えば、四気筒の四ストローク式エンジンでは、燃焼行程が180°のクランク角周期で繰り返される。そこで、所定クランク角範囲Pを180°に設定することが考えられる。なお、所定クランク角範囲Pが180°前後(例えば160~200°)であれば、クランク角速度Neの大局的な変化傾向を把握できるため、所定クランク角範囲Pを厳密に180°にする必要はない。また、所定クランク角範囲Pを180°の整数倍前後(例えば160~200°,340~380°,520~560°,700~740°など)の範囲に設定してもよい。同様に、三気筒四ストローク式エンジンでは、シリンダの燃焼行程が240°のクランク角周期で繰り返される。そこで、所定クランク角範囲Pを240°前後(例えば220~260°)に設定してもよいし、240°の整数倍前後(例えば220~260°,460~500°,700~740°など)の範囲に設定してもよい。
【0028】
ただし、所定クランク角範囲Pは、判定角度幅P近傍のクランク角速度Neの大局的な変化傾向を見ることが目的であるので、所定クランク角範囲Pの幅が大きすぎないことが好ましい。所定クランク角範囲Pの幅が大きすぎると、判定角度幅Pとは関係のないタイミングでのクランク角速度Neの変化傾向を反映させてしまう。よって、所定クランク角範囲Pは、燃焼行程のクランク角周期(四気筒の四ストローク式エンジンでは180°)に設定することが好ましい。
【0029】
本実施例では、所定クランク角範囲Pの終点となるクランク角θが第二角度θに一致するように設定され、所定クランク角範囲Pの幅が180°に設定される。ここで、所定クランク角範囲Pの始点となるクランク角θを第三角度θとおき、クランク角θが第三角度θであるときのクランク角速度Neを、第三角速度Neとおく。第三角度θは、第二角度θから180°前のクランク角である(θ=θ-180°)。
【0030】
補正部12は、第二角速度Neから第三角速度Neを減じたものを、平均エンジン角速度偏差Aとして算出する(A=Ne-Ne)。平均エンジン角速度偏差Aの値は、所定クランク角範囲Pの始点から終点までの間に、クランク角速度Neがどの程度増減したかを表している。この値を偏差Dに反映させるのにあたり、補正部12は、所定クランク角範囲Pに対する第一角度θと第二角度θとの間の判定角度幅Pの比と平均エンジン角速度偏差Aとの積である勾配影響値Bを算出する〔B=A×(P/P)〕。
【0031】
勾配影響値Bは、クランク角速度Neの大局的な変化傾向が偏差Dに対してどの程度の影響を与えているのかを表している。その後、補正部12は、偏差Dから勾配影響値Bを減じたものを補正偏差Cとして算出する(C=D-B)。補正偏差Cは、偏差Dからクランク角速度Neの大局的な変化傾向の影響を取り除いたものに相当する。言い換えれば、補正偏差Cは、クランク角速度Neの変動から大局的な変化傾向を取り除いて一定の周期変動に標準化した場合に、クランク角速度Neが判定角度幅Pの間にどの程度変化したかを表している。
【0032】
判断部13は、補正偏差Cに基づいてエンジン1の失火状態を判断するものである。ここでは、例えば図3に示すような補正偏差Cと失火状態との関係を用いて、失火状態が判断される。本実施例の判断部13は、補正偏差Cが第一判定値Cを超えている場合に、燃焼状態が正常であると判断する。この場合、失火状態を表すインジケーターやテルテールマークは、報知装置14には表示されない。第一判定値Cは、正の値でもよいし負の値でもよい。第一判定値Cの値は、第一角度θ及び第二角度θの設定値に基づき、燃焼状態が正常であるか否か判断できる値を実験や解析等に基づき設定すればよい。
【0033】
一方、補正偏差Cが第一判定値C以下である場合には、エンジン1が失火状態であると判断部13が判断し、失火状態を表すインジケーターやテルテールマークを報知装置14に点灯表示させるための信号を出力する。また、補正偏差Cが第一判定値C以下であって第二判定値C(ただしC<C)を超えている場合、判断部13は、半失火と判断する。一方、補正偏差Cが第二判定値C以下である場合、判断部13は、完全な失火と判断する。報知装置14が半失火と失火とを区別して表示できる場合には、各々の状態に応じたインジケーターやテルテールマークを報知装置14に点灯表示させてもよい。判断部13によりエンジン1が半失火状態であると判断された場合は、燃料噴射量を増加させる等、半失火を解消させるための制御を行ってもよい。
【0034】
なお、半失火は完全な失火ではないため、判断部13により半失火と判断された場合は報知装置14に表示しなくてもよい。また、完全な失火との判断は、判断部13により複数回の失火判定がなされた場合(複数回にわたり補正偏差Cが第二判定値C以下となった場合)に判定されるようにしてもよい。
【0035】
上記の判断に際し、所定の条件が成立する場合に限って、判断部13がエンジン1の失火状態を判断するような制御構成にしてもよい。例えば、以下のいずれかの条件が成立した場合に、判断部13にエンジン1の失火状態を判断させてもよい。
条件1.車両が所定時間以上減速している
条件2.触媒装置5の昇温制御が実施されている
【0036】
条件1は、アクセル開度や車速に基づいて判定可能である。例えば、アクセル開度がある程度の大きな値から減少し、その状態が所定時間以上(例えば1秒以上)継続されている場合に、条件1が成立すると判断すればよい。あるいは、車速が所定時間以上(例えば1秒以上)減少し続けている場合に、条件1が成立すると判断すればよい。
条件2は、触媒制御装置7の作動状態に基づいて判定可能である。例えば、触媒制御装置7が触媒装置5を昇温させるための空燃比制御,燃焼噴射制御,点火時期制御を実施している場合に、条件2が成立すると判断すればよい。
【0037】
条件1,2のどちらも成立しない場合には、判断部13による失火状態の判断を停止させてもよい。その場合、従来の失火判定、例えば、前前回と前回の角加速度(回転数偏差の変化率)の偏差、前回の角速度の値、前回と今回の角加速度の偏差に基づき失火判定を行う等、平均回転数の一時的な落ち込みから失火を判定すればよい。なお、この従来の失火判定は、燃焼が緩慢になると角加速度の一時的な低下を検知し難くなる。
【0038】
[2.効果]
(1)本実施例の失火検出装置10は、算出部11と補正部12と判断部13とを備える。算出部11は、エンジン1の燃焼行程前半においてクランク角θが第一角度θであるときのクランク角速度Neである第一角速度Neを、燃焼行程後半においてクランク角θが第二角度θであるときのクランク角速度Neである第二角速度Neから減じた偏差Dを算出する。補正部12は、所定クランク角範囲Pにおけるクランク角速度Neの大局的な変化傾向に対応する平均エンジン角速度偏差Aに基づいて偏差Dを補正した補正偏差Cを算出する。判断部13は、補正偏差Cに基づいてエンジン1の失火状態を判断する。
【0039】
このように、平均エンジン角速度偏差Aに基づいて偏差Dを補正した補正偏差Cを算出し、補正偏差Cに基づいてエンジン1の失火状態を判断することで、クランク角速度Neの大局的な変化傾向の影響を排除した上で失火状態を評価することができる。例えば、図2に示すように、車両の減速等によりエンジン1の燃焼行程が繰り返される周期(図2では180°のクランク角周期)よりも大きなクランク角度幅において、クランク角速度Neが大局的に減少している場合には、偏差Dの値が小さい値(図2では負の値)となり、エンジン1が失火状態であるとの誤判定を招きやすくなってしまう。逆に、クランク角速度Neが大局的に増加している場合は、エンジン1が失火状態ではないとの誤判定を招きやすくなってしまう。
【0040】
一方、本実施例では、大局的に減少しているクランク角速度Neの大局的な変化傾向に対応する平均エンジン角速度偏差A(図2では負の値)が算出され、平均エンジン角速度偏差Aに基づいて偏差Dが補正された結果、補正偏差Cが算出される。補正偏差Cは、偏差Dよりもやや大きな値(図2では偏差Dよりも絶対値が小さい負の値)となり、エンジン1が失火状態であるとの誤判定が回避されやすくなる。同様に、クランク角速度Neが大局的に増加している場合は、補正偏差Cが偏差Dよりもやや小さな値となり、エンジン1が失火状態ではないとの誤判定が回避され易くなる。したがって、簡素な構成で失火状態の判断精度を改善できる。
【0041】
(2)本実施例の判断部13は、補正偏差Cが第一判定値C以下である場合に、エンジン1が失火状態であると判断する。このように、補正偏差Cと第一判定値Cとの大小関係を比較するという簡素な構成で、エンジン1の失火状態を精度よく判断することができる。また、本実施例の判断部13は、補正偏差Cが第一判定値Cよりも小さく、かつ、第一判定値Cよりも小さい第二判定値Cを超えている場合には「半失火」と判断し、第二判定値C以下である場合に「失火」と判断する。このように、二つの判定値を用意しておくことで、失火状態の度合いを段階的に判定することができる。
【0042】
(3)本実施例における所定クランク角範囲Pは、少なくとも第一角度θと第二角度θとの間の判定角度幅Pよりも広い範囲として設定される。これにより、クランク角速度Neの大局的な変化傾向を精度よく把握できるようになり、平均エンジン角速度偏差Aの算出精度を高めることができる。したがって、偏差Dの補正精度を高めることができ、エンジン1の失火状態の判断精度を改善できる。
【0043】
(4)図2に示すように、本実施例における所定クランク角範囲Pの終点は第二角度θであり、所定クランク角範囲Pの始点は第二角度θよりも所定クランク角範囲P分だけ前の第三角度θである。また、クランク角θが第三角度θであるときのクランク角速度Neは第三角速度Neであり、平均エンジン角速度偏差Aは、第二角速度Neから第三角速度Neを減じた値である。
【0044】
つまり、所定クランク角範囲Pの終点は、判定角度幅Pの終点に一致するように設定される。このような設定により、判定角度幅Pでの偏差Dが確定した時点におけるクランク角速度Neの大局的な変化傾向(平均エンジン角速度偏差A)を求めることができ、補正偏差Cの算出精度を向上させることができる。したがって、偏差Dの補正精度を高めることができ、エンジン1の失火状態の判断精度を改善できる。また、二つのクランク角速度Neの差を算出するという簡素な構成で、クランク角速度Neの大局的な変化傾向を把握できる。これにより、平均エンジン角速度偏差Aの算出に係る負荷や失火状態の判断に係る負荷を軽減できる。
【0045】
(5)本実施例の補正部12は、所定クランク角範囲Pに対する第一角度θと第二角度θとの間の判定角度幅Pの比と平均エンジン角速度偏差Aとの積である勾配影響値Bを算出するとともに、偏差Dから勾配影響値Bを減じたものを補正偏差Cとして算出する。このような演算により、クランク角速度Neの大局的な変化傾向の影響が差し引かれた補正偏差Cの値を精度よく求めることができる。したがって、偏差Dの補正精度を高めることができ、エンジン1の失火状態の判断精度を改善できる。
【0046】
(6)一般に、車両の減速時には、クランク角速度Ne(エンジン回転速度)が徐々に減少することがあり、エンジン1が失火状態であると誤判定されるおそれがある。一方、本実施例の補正部12は、エンジン1を搭載した車両が所定時間以上減速している場合に、補正偏差Cを算出しうる。このように、所定時間以上の減速が続いた場合に補正偏差Cを用いて失火状態を判断すれば、減速に起因する誤判定を回避でき、エンジン1の失火状態の判断精度を改善できる。
【0047】
なお、一瞬(所定時間未満)の減速時に、その減速度合いを反映させた補正偏差Cを用いると、失火によるクランク角速度Neの減少を反映させてしまう。そのため、所定時間以上の減速が続いた場合に補正偏差Cを用いて失火状態を判断することとし、失火によるクランク角速度Neの減少が反映され難くすることが好ましい。また、加速時は失火が発生し難いので、減速時にのみ補正偏差Cを用いた失火判定を行い、加速時には従来通りの失火判定を行えばよい。
【0048】
(7)触媒装置5の昇温制御の実施時には、燃焼が緩慢になり失火が発生しやすくなるとともに、従来通りの失火判定では失火の判断を行うことが難しい。一方、本実施例の補正部12は、エンジン1の排気通路に介装される触媒装置5の昇温制御が実施されている場合に、補正偏差Cを算出しうる。このように、昇温制御が実施されている場合に補正偏差Cを用いて失火状態の判断をすれば、誤判定を回避でき、エンジン1の失火状態の判断精度を改善できる。
【0049】
[3.その他]
上記の実施例はあくまでも例示に過ぎず、本実施例で明示しない種々の変形や技術の適用を排除する意図はない。本実施例の各構成は、それらの趣旨を逸脱しない範囲で種々変形して実施できる。また、本実施例の各構成は必要に応じて取捨選択でき、あるいは、適宜組み合わせることができる。例えば、上記の実施例では、車両に搭載されるエンジン1に適用された失火検出装置10を例示したが、失火検出装置10の適用対象は自動車用エンジンに限定されず、船舶用エンジン,産業用エンジン,汎用エンジン等にも適用可能である。
【0050】
上記の実施例では、エンジン1が失火状態であると判断するための条件が、「補正偏差Cが第一判定値C以下であること」となっているが、具体的な条件はこれに限定されない。例えば、補正偏差Cに所定のオフセット値やドリフト値を加減算したものと第一判定値Cとの比較により、エンジン1の失火状態を判断してもよい。少なくとも、補正偏差Cに基づいてエンジン1の失火状態を判断することで、失火状態の誤判定を抑制でき、上記の実施例と同様の作用,効果を獲得できる。
【0051】
上記の実施例では、所定クランク角範囲Pの終点(第二角度θ)の第二角速度Neから始点(第三角度θ)の第三角速度Neを減じたものを平均エンジン角速度偏差Aとして算出しているが、平均エンジン角速度偏差Aの具体的な算出手法はこれに限定されない。例えば、クランク角速度Neの移動平均値を常時算出し、所定クランク角範囲Pにおける移動平均値の増減量を平均エンジン角速度偏差Aとして算出してもよい。少なくとも、クランク角速度Neの大局的な変化傾向に対応するような値(例えば平均エンジン角速度偏差Aのような値)を用いることで、上記の実施例と同様の作用,効果を獲得でき、失火状態の判断精度を改善できる。
【0052】
[4.付記]
上記の実施例や変形例に関して、以下の付記を開示する。
[付記1]
エンジン(1)の燃焼行程前半においてクランク角(θ)が第一角度(θ)であるときのクランク角速度(Ne)である第一角速度(Ne)を燃焼行程後半において前記クランク角(θ)が第二角度(θ)であるときの前記クランク角速度(Ne)である第二角速度(Ne)から減じた偏差(D)を算出する算出部(11)と、
所定クランク角範囲(P)における前記クランク角速度(Ne)の変化傾向に対応する平均エンジン角速度偏差(A)に基づいて前記偏差(D)を補正した補正偏差(C)を算出する補正部(12)と、
前記補正偏差(C)に基づいて前記エンジン(1)の失火状態を判断する判断部(13)と、
を備えたことを特徴とする、エンジン(1)の失火検出装置(10)。
【0053】
[付記2]
前記判断部(13)は、前記補正偏差(C)が第一判定値(C)以下である場合に、前記エンジン(1)が失火状態であると判断する
ことを特徴とする、付記1記載のエンジン(1)の失火検出装置(10)。
【0054】
[付記3]
前記所定クランク角範囲(P)は、少なくとも前記第一角度(θ)と前記第二角度(θ)との間の判定角度幅(P)よりも広い範囲である
ことを特徴とする、付記1又は2記載のエンジン(1)の失火検出装置(10)。
【0055】
[付記4]
前記所定クランク角範囲(P)の終点は前記第二角度(θ)であり、
前記所定クランク角範囲(P)の始点は前記第二角度(θ)よりも前記所定クランク角範囲(P)分だけ前の第三角度(θ)であり、
前記クランク角(θ)が前記第三角度(θ)であるときの前記クランク角速度(Ne)は第三角速度(Ne)であり、
前記平均エンジン角速度偏差(A)は、前記第二角速度(Ne)から前記第三角速度(Ne)を減じた値である
ことを特徴とする、付記1~3のいずれか一項に記載のエンジン(1)の失火検出装置(10)。
【0056】
[付記5]
前記補正部(12)は、前記所定クランク角範囲(P)に対する前記第一角度(θ)と前記第二角度(θ)との間の判定角度幅(P)の比と前記平均エンジン角速度偏差(A)との積である勾配影響値(B)を算出するとともに、前記偏差(D)から前記勾配影響値(B)を減じたものを前記補正偏差(C)として算出する
ことを特徴とする、付記1~4のいずれか一項に記載のエンジン(1)の失火検出装置(10)。
【0057】
[付記6]
前記補正部(12)は、前記エンジン(1)を搭載した車両が所定時間以上減速している場合に、前記補正偏差(C)を算出する
ことを特徴とする、付記1~5のいずれか一項に記載のエンジン(1)の失火検出装置(10)。
【0058】
[付記7]
前記補正部(12)は、前記エンジン(1)の排気通路に介装される触媒装置(5)の昇温制御が実施されている場合に、前記補正偏差(C)を算出する
ことを特徴とする、付記1~6のいずれか一項に記載のエンジン(1)の失火検出装置(10)。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本件は、エンジンの失火検出装置の製造産業に利用可能であり、失火検出装置が適用されたエンジンを搭載する車両,船舶,産業用機械等の製造産業にも利用可能である。
【符号の説明】
【0060】
1 エンジン
2 燃料噴射弁
3 点火プラグ
4 クランク角センサ
5 触媒装置
6 触媒温度センサ
7 触媒制御装置
8 アクセル開度センサ
9 車速センサ
10 失火検出装置
11 算出部
12 補正部
13 判断部
14 報知装置
A 平均エンジン角速度偏差
B 勾配影響値
C 補正偏差
D 偏差
判定角度幅
所定クランク角範囲
θ クランク角
θ 第一角度
θ 第二角度
θ 第三角度
Ne クランク角速度
Ne 第一角速度
Ne 第二角速度
Ne 第三角速度
第一判定値
第二判定値
図1
図2
図3