(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024076156
(43)【公開日】2024-06-05
(54)【発明の名称】電力変換装置およびモータ制御システム
(51)【国際特許分類】
H02P 21/05 20060101AFI20240529BHJP
H02P 27/06 20060101ALI20240529BHJP
【FI】
H02P21/05
H02P27/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022187570
(22)【出願日】2022-11-24
(71)【出願人】
【識別番号】502129933
【氏名又は名称】株式会社日立産機システム
(74)【代理人】
【識別番号】110002066
【氏名又は名称】弁理士法人筒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】戸張 和明
(72)【発明者】
【氏名】小沼 雄作
(72)【発明者】
【氏名】杉本 卓也
(72)【発明者】
【氏名】林 孝亮
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 弘
【テーマコード(参考)】
5H505
【Fターム(参考)】
5H505BB04
5H505BB09
5H505DD03
5H505DD05
5H505EE41
5H505GG02
5H505GG04
5H505GG08
5H505HA09
5H505HA10
5H505HB01
5H505JJ03
5H505JJ04
5H505JJ05
5H505JJ24
5H505JJ25
5H505JJ26
5H505LL07
5H505LL14
5H505LL22
5H505LL24
5H505LL39
5H505LL41
(57)【要約】
【課題】速度応答を高くしても、安定した速度制御を実現できる電力変換装置およびモータ制御システムを提供する。
【解決手段】静止座標での交流電圧指令値v
u
*、v
v
*、v
w
*に基づき、直流電力を交流電力に変換して誘導モータへ出力する電力変換器2と、ベクトル制御によって静止座標での電圧指令値を算出するコントローラCTと、を備える。コントローラCTは、d軸電流(i
d)とq軸電流(i
q)と二次時定数(T
2)とによって定められるすべり周波数の定常値に、d軸電流(i
d)およびq軸電流(i
q)を用いた微分演算によって定められる過渡値を加算することですべり周波数指令値ω
s
**を算出する。
【選択図】
図10
【特許請求の範囲】
【請求項1】
静止座標での電圧指令値に基づき、直流電力を交流電力に変換して誘導モータへ出力する電力変換器と、
ベクトル制御によって前記静止座標での電圧指令値を算出するコントローラと、
を備え、
前記コントローラは、
前記誘導モータの磁束方向を表す軸をd軸、前記d軸に直交する方向を表す軸をq軸とする回転座標であるd-q座標を用いて、d軸電流とq軸電流と二次時定数とによって定められるすべり周波数の定常値に、前記d軸電流および前記q軸電流を用いた微分演算によって定められる過渡値を加算することですべり周波数指令値を算出し、
前記すべり周波数指令値に、検出または算出された前記誘導モータの速度値を加算することで出力周波数指令値を算出し、
一次電流の方向を表す軸をt軸、前記t軸に直交する方向を表す軸をm軸としたm-t座標を用いて、前記d軸の電流指令値および前記q軸の電流指令値を座標変換することで前記m軸の電流指令値および前記t軸の電流指令値を算出し、前記d軸の電流検出値および前記q軸の電流検出値を座標変換することで、前記m軸の電流検出値および前記t軸の電流検出値を算出し、
前記m軸の電流指令値および前記t軸の電流指令値と、前記m軸の電流検出値および前記t軸の電流検出値と、前記出力周波数指令値とに基づいて、前記m軸の電圧指令値および前記t軸の電圧指令値を算出し、前記m軸の電圧指令値および前記t軸の電圧指令値を座標変換することで前記静止座標での電圧指令値を算出する、
電力変換装置。
【請求項2】
請求項1に記載の電力変換装置において、
前記コントローラは、前記q軸の電流指令値をロウパスフィルタによって遅延させることで前記q軸の遅延後電流指令値を算出し、前記d軸の電流指令値を“id
*”、前記q軸の遅延後電流指令値を“iq
*
td”として、前記すべり周波数指令値における前記過渡値を、
“d/dt(tan-1(iq
*
td/id
*))”
によって算出する、
電力変換装置。
【請求項3】
請求項1に記載の電力変換装置において、
前記コントローラは、前記q軸の電流指令値をロウパスフィルタによって遅延させることで前記q軸の遅延後電流指令値を算出し、前記d軸の電流指令値を“id
*”、前記q軸の遅延後電流指令値を“iq
*
td”として、前記すべり周波数指令値における前記過渡値を、
“(id
*2/(id
*2+iq
*
td
2))×d/dt(iq
*
td/id
*)”
によって算出する、
電力変換装置。
【請求項4】
請求項1に記載の電力変換装置において、
前記コントローラは、前記q軸の電流指令値をロウパスフィルタによって遅延させることで前記q軸の遅延後電流指令値を算出し、前記d軸の電流指令値を“id
*”、前記q軸の遅延後電流指令値を“iq
*
td”、前記t軸の電流指令値を“it
*”として、前記すべり周波数指令値における前記過渡値を、
“(id
*2/it
*2)×d/dt(iq
*
td/id
*)”
によって算出する、
電力変換装置。
【請求項5】
請求項1に記載の電力変換装置において、
前記コントローラは、前記q軸の電流指令値をロウパスフィルタによって遅延させることで前記q軸の遅延後電流指令値を算出し、前記d軸の電流指令値を“id
*”、前記q軸の遅延後電流指令値を“iq
*
td”として、前記すべり周波数指令値における前記過渡値を、
“d/dt(iq
*
td/id
*)”
によって算出する、
電力変換装置。
【請求項6】
請求項1に記載の電力変換装置において、
前記コントローラは、前記誘導モータの速度値を、前記m軸の電流検出値および前記t軸の電流検出値を用いて算出する、
電力変換装置。
【請求項7】
請求項1に記載の電力変換装置において、
前記誘導モータには、前記誘導モータの位相を検出するエンコーダが設置され、
前記コントローラは、前記誘導モータの速度値を、前記エンコーダの出力信号に基づいて検出する、
電力変換装置。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか1項に記載の電力変換装置において、
前記コントローラは、速度制御系の応答周波数を、ユーザからの指示に応じて可変設定可能となっている、
電力変換装置。
【請求項9】
静止座標での電圧指令値に基づき、直流電力を交流電力に変換して誘導モータへ出力する電力変換器と、ベクトル制御によって前記静止座標での電圧指令値を算出するコントローラと、を有する電力変換装置と、
前記電力変換装置を制御する上位制御装置と、
を備え、
前記コントローラは、
前記誘導モータの磁束方向を表す軸をd軸、前記d軸に直交する方向を表す軸をq軸とする回転座標であるd-q座標を用いて、d軸電流とq軸電流と二次時定数とによって定められるすべり周波数の定常値に、前記d軸電流および前記q軸電流を用いた微分演算によって定められる過渡値を加算することですべり周波数指令値を算出し、
前記すべり周波数指令値に、検出または算出された前記誘導モータの速度値を加算することで出力周波数指令値を算出し、
一次電流の方向を表す軸をt軸、前記t軸に直交する方向を表す軸をm軸としたm-t座標を用いて、前記d軸の電流指令値および前記q軸の電流指令値を座標変換することで前記m軸の電流指令値および前記t軸の電流指令値を算出し、前記d軸の電流検出値および前記q軸の電流検出値を座標変換することで、前記m軸の電流検出値および前記t軸の電流検出値を算出し、
前記m軸の電流指令値および前記t軸の電流指令値と、前記m軸の電流検出値および前記t軸の電流検出値と、前記出力周波数指令値とに基づいて、前記m軸の電圧指令値および前記t軸の電圧指令値を算出し、前記m軸の電圧指令値および前記t軸の電圧指令値を座標変換することで前記静止座標での電圧指令値を算出し、
前記上位制御装置は、前記コントローラで算出される前記m軸の電圧指令値および前記t軸の電圧指令値と、前記m軸の電流検出値および前記t軸の電流検出値とを少なくとも入力し、入力された値を用いた機械学習によって、前記コントローラ内の演算で使用される前記誘導モータの電気回路パラメータを修正し、修正後の電気回路パラメータを前記コントローラに再設定する、
モータ制御システム。
【請求項10】
請求項9に記載のモータ制御システムにおいて、
前記コントローラは、前記q軸の電流指令値をロウパスフィルタによって遅延させることで前記q軸の遅延後電流指令値を算出し、前記d軸の電流指令値を“id
*”、前記q軸の遅延後電流指令値を“iq
*
td”として、前記すべり周波数指令値における前記過渡値を、
“d/dt(tan-1(iq
*
td/id
*))”
によって算出する、
モータ制御システム。
【請求項11】
請求項9または10に記載のモータ制御システムにおいて、
前記コントローラは、速度制御系の応答周波数を、ユーザからの指示に応じて可変設定可能となっている、
モータ制御システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電力変換装置およびモータ制御システムに関し、例えば、誘導モータの制御技術に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1(特開2018-182989号公報)には、誘導モータを速度センサレスベクトル制御により駆動する際の指令値あるいは検出値を、一次電流の方向とそれより90度遅れた方向を回転座標系とした制御軸(m-t軸)上の値に座標変換し、変換された値に基づいて誘導モータの速度推定値を演算する方式が示される。また、特許文献1における式(6)では、d軸およびq軸の電流指令値であるId
*,Iq
*を用いて、次の式(1)に従いすべり周波数指令値ωs
*を算出している。式(1)において、T2は、二次時定数であり、TACRは、電流制御の遅れに相当する時定数である。
【0003】
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1の方式では、d-q座標とは異なるm-t座標を用いて誘導モータの速度が推定される。このような方式を用いると、誘導モータ内の固定子側の一次抵抗値R1が巻線温度により変化することで生じるトルク抜けを抑制することができ、一次抵抗値R1の誤差(R1*-R1)に対して低感度なモータ制御を実現できる。また、特許文献1において、速度制御演算部は、当該文献の式(2)に示されるように、速度制御の比例ゲイン(KpASR)と積分ゲイン(KiASR)とを用いて、q軸の電流指令値(Iq
*)を演算している。当該比例ゲインおよび積分ゲインは、速度制御系の応答性能を定める。
【0006】
一方、誘導モータを制御する際には、速度指令値に対して、誘導モータの速度を誤差なく迅速に整定させることが求められる。すなわち、高精度かつ高応答な速度制御が求められる。しかしながら、特許文献1の方式では、速度制御系の応答を、誘導モータにおける二次時定数の逆数相当の値よりも高めると、m-t座標における磁束の変化に起因して速度制御が不安定となり、モータ速度およびトルクに振動が発生するおそれがあった。
【0007】
本発明は、このようなことに鑑みてなされたものであり、その目的の一つは、速度応答を高くしても、安定した速度制御を実現できる電力変換装置およびモータ制御システムを提供することにある。
【0008】
本発明の前記並びにその他の目的と新規な特徴は、本明細書の記述及び添付図面から明らかになるであろう。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本願において開示される発明のうち、代表的な実施の形態の概要を簡単に説明すれば、次のとおりである。
【0010】
一実施の形態による電力変換装置は、静止座標での電圧指令値に基づき、直流電力を交流電力に変換して誘導モータへ出力する電力変換器と、ベクトル制御によって静止座標での電圧指令値を算出するコントローラと、を備える。コントローラは、d軸電流とq軸電流と二次時定数とによって定められるすべり周波数の定常値に、d軸電流およびq軸電流を用いた微分演算によって定められる過渡値を加算することですべり周波数指令値を算出する。
【発明の効果】
【0011】
本願において開示される発明のうち、代表的な実施の形態によって得られる効果を簡単に説明すると、速度応答を高くしても、安定した速度制御を実現可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】実施の形態1によるモータ制御システムの構成例を示すブロック図である。
【
図2】
図1において、制御座標の一つであるd-q座標について説明するベクトル図である。
【
図3】
図1において、制御座標の他の一つであるm-t座標について説明するベクトル図である。
【
図4】
図1における周波数推定および位相演算部の詳細な構成例を示すブロック図である。
【
図5】特許文献1に示される演算式を用いてすべり周波数指令値を算出した場合における、速度のステップ応答特性の一例を示す図である。
【
図6】特許文献1に示される演算式を用いてすべり周波数指令値を算出した場合における、速度のステップ応答特性の一例を示す図である。
【
図7】実施の形態1による演算式を用いてすべり周波数指令値を算出した場合における、速度のステップ応答特性の一例を示す図である。
【
図8】実施の形態1による演算式を用いてすべり周波数指令値を算出した場合における、速度のステップ応答特性の一例を示す図である。
【
図9】誘導モータにおけるすべり周波数の観測方法の一例を説明する図である。
【
図10】
図1および
図4に示される電力変換装置において、主要部を抽出した構成例を示すブロック図である。
【
図11】実施の形態2による電力変換装置において、
図1における周波数推定および位相演算部の詳細な構成例を示すブロック図である。
【
図12】実施の形態3による電力変換装置において、
図1における周波数推定および位相演算部の詳細な構成例を示すブロック図である。
【
図13】実施の形態4による電力変換装置において、
図1における周波数推定および位相演算部の詳細な構成例を示すブロック図である。
【
図14】実施の形態5によるモータ制御システムの構成例を示すブロック図である。
【
図15】
図14における周波数検出および位相演算部の詳細な構成例を示すブロック図である。
【
図16】実施の形態6によるモータ制御システムの構成例を示すブロック図である。
【
図17】実施の形態7によるモータ制御システムの構成例を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。なお、実施の形態を説明するための全図において、同一の部材には原則として同一の符号を付し、その繰り返しの説明は省略する。
【0014】
(実施の形態1)
<モータ制御システムの概略>
図1は、実施の形態1によるモータ制御システムの構成例を示すブロック図である。
図1に示されるモータ制御システムは、誘導モータ1と、誘導モータ1に交流電力を出力することで誘導モータ1の回転を制御する電力変換装置20と、を備える。電力変換装置20は、ベクトル制御、ここでは速度センサレスベクトル制御を用いて誘導モータ1の回転を制御する。まずは、
図2および
図3を用いて、
図1におけるベクトル制御で用いられる制御軸について説明する。
【0015】
図2は、
図1において、制御座標の一つであるd-q座標について説明するベクトル図である。
図2において、d軸は、誘導モータ1の磁束方向を表す軸であり、q軸は、d軸に直交する方向、詳細にはd軸より90°(π/2)進んだ方向を表す軸である。電力変換装置20は、d軸に流すd軸電流i
dと、q軸に流すq軸電流i
qとを適切に制御することで、誘導モータ1の固定子に流す一次電流i
1を制御する。
【0016】
一次電流i1は、d軸電流idとq軸電流iqとのベクトル合成によって定められる。すなわち、一次電流i1の値は、d軸電流idの値およびq軸電流iqの値を用いて式(2)によって定められる。また、d軸電流idの位相と、一次電流i1の位相との位相角θφは、式(3)によって定められる。
【0017】
【0018】
【0019】
図3は、
図1において、制御座標の他の一つであるm-t座標について説明するベクトル図である。実施の形態1によるモータ制御システムは、特許文献1の場合と同様に、一般的なd-q座標に加えて、m-t座標を用いてベクトル制御を行う。
図3において、t軸は、一次電流i
1の方向を表す軸であり、m軸は、t軸に直交する方向、詳細にはt軸より90°(π/2)遅れた方向を表す軸である。一次電流i
1の値は、m軸電流i
mの値とt軸電流i
tの値とを用いて、式(4)で定められる。式(4)において、m軸電流i
mの値はゼロとなり、t軸電流i
tの値は一次電流i
1の値に等しくなる。また、m軸とd軸との位相角θ
mtは、“θ
mt=(π/2)-θ
φ”である。
【0020】
【0021】
図1に戻り、誘導モータ1は、磁束軸成分の電流であるd軸電流i
dにより発生する磁束(φ
2d)と、磁束軸に直交するトルク軸成分の電流であるq軸電流i
qとに応じて、トルクを発生する。m-t座標は、主に、誘導モータ1の回転速度を推定する際等で用いられる。電力変換装置20は、直流電源3に接続される電力変換器2と、電流検出器4と、電力変換器2への電圧指令値v
u
*、v
v
*、v
w
*をベクトル制御によって算出するコントローラCTとを備える。
【0022】
電力変換器2は、直流電源3からの直流電圧を、三相交流の電圧指令値vu
*、vv
*、vw
*に基づいて三相交流電圧に変換し、誘導モータ1へ出力する。三相交流電圧の出力振幅および出力周波数は、電圧指令値vu
*、vv
*、vw
*に基づいて定められる。電力変換器2は、例えば、IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)やMOSFET(Metal Oxide Semiconductor Field Effect Transistor)等のスイッチング素子を含んだ三相インバータ回路等によって実現される。
【0023】
電流検出器4は、誘導モータ1に流れる三相の交流電流iu、iv、iwを検出し、三相の電流検出値iuc、ivc、iwcを出力する。なお、電流検出器4は、誘導モータ1における三相の内の二相、例えば、U相とW相の相電流を検出し、交流条件、すなわち“iu+iv+iw=0”の関係からV相の線電流を、“iv=-(iu+iw)”によって算出してもよい。以下、コントローラCTの詳細について説明する。
【0024】
座標変換部5は、静止座標における三相の電流検出値iuc、ivc、iwcを、位相推定値θdcを用いて、回転座標における二相、すなわちd軸およびq軸の電流検出値idc、iqcに変換して出力する。位相推定値θdcは、静止座標と、静止座標を基準に回転する磁束軸(d軸)との位相角の推定値である。座標変換部6は、d軸およびq軸の電流検出値idc、iqcを、位相推定角θmtcを用いてm軸およびt軸の電流検出値imc、itcに変換して出力する。位相推定角θmtcは、m軸とd軸との位相角θmtの推定値である。
【0025】
周波数推定および位相演算部7は、d軸およびq軸の電流指令値id
*,iq
*と、m軸およびt軸の電流検出値imc,itcと、m軸の電圧指令値vmc
**と、d軸の二次磁束指令値φ2d
*と、誘導モータ1の電気回路パラメータ(R1、R2’、Lσ、M、L2)とを用いて演算を行う。そして、周波数推定および位相演算部7は、演算結果として、誘導モータ1の速度推定値ωr
^、すべり周波数指令値ωs
**、出力周波数指令値ω1
*および位相推定値θdcを出力する。
【0026】
基準位相演算部8は、すべり周波数指令値ωs
**を用いて、式(5)に従って、m軸とd軸との位相角θmtの推定角θmtcを算出し出力する。式(5)において、T2は、誘導モータ1の二次時定数であり、回転子の抵抗成分(R2)および自己インダクタンス成分(L2)によって定められる値である。
【0027】
【0028】
励磁電流・磁束設定部9は、正極性である励磁電流指令値、すなわちd軸の電流指令値id
*と、正極性であるd軸の二次磁束指令値φ2d
*と、「0」であるq軸の二次磁束指令値φ2q
*とを設定して出力する。速度制御演算部10は、誘導モータ1への速度指令値ωr
*と、周波数推定および位相演算部7によって算出された誘導モータ1の速度推定値ωr
^との偏差“ωr
*-ωr
^”に基づいて、比例積分(PI)制御を用いてq軸の電流指令値iq
*を算出し出力する。
【0029】
座標変換部11は、d軸およびq軸の電流指令値id
*、iq
*を、位相推定角θmtcを用いてm軸およびt軸の電流指令値im
*、it
*に変換して出力する。座標変換部12は、d軸およびq軸の二次磁束指令値φ2d
*、φ2q
*を、位相推定角θmtcを用いてm軸およびt軸の磁束指令値φm
*、φt
*に変換して出力する。
【0030】
mt軸ベクトル制御演算部13は、誘導モータ1の電気回路パラメータ(R1、R2’、Lσ、M、L2)と、m軸およびt軸の磁束指令値φm
*、φt
*、電流指令値im
*、it
*、電流検出値imc、itcと、回転子の速度推定値ωr
^と、固定子に対する出力周波数指令値ω1
*とに基づいて、演算を行う。そして、mt軸ベクトル制御演算部13は、演算結果として、m軸およびt軸の電圧指令値vmc
**、vtc
**を出力する。
【0031】
座標変換部14は、m軸およびt軸の電圧指令値vmc
**、vtc
**を、位相推定角θmtcを用いてd軸およびq軸の電圧指令値vdc
**、vqc
**に変換して出力する。座標変換部15は、回転座標におけるd軸およびq軸の電圧指令値vdc
**、vqc
**を、位相推定値θdcを用いて、静止座標における三相交流の電圧指令値vu
*、vv
*、vw
*に変換して出力する。
【0032】
次に、
図1に示したモータ制御システムによる、速度センサレスベクトル制御を用いた基本動作について説明する。まず、励磁電流・磁束設定部9は、誘導モータ1内でd軸の二次磁束値φ
2dを発生させるために必要なd軸の電流指令値i
d
*を出力する。また、速度制御演算部10は、速度指令値ω
r
*に速度推定値ω
r
^が追従するように、式(6)に従いq軸の電流指令値i
q
*を算出する。式(6)において、Kp_ASRは速度制御の比例ゲインであり、Ki_ASRは速度制御の積分ゲインであり、sは複素数である。
【0033】
【0034】
mt軸ベクトル制御演算部13は、d軸およびq軸の電流指令値id
*、iq
*を座標変換することで得られたm軸およびt軸の電流指令値im
*、it
*と、誘導モータ1の電気回路パラメータ(R1、R2’、Lσ、M、L2)と、m軸およびt軸の磁束指令値φm
*、φt
*と、速度推定値ωr
^と、出力周波数指令値ω1
*とを用いて、式(7)を演算する。これにより、mt軸ベクトル制御演算部13は、m軸およびt軸の電圧基準値vmc
*、vmt
*を算出する。
【0035】
【0036】
式(7)において、R1*は、一次抵抗値、すなわち固定子の抵抗値である。R2’*は、一次側に換算した二次抵抗値、すなわち、固定子側に換算した回転子の抵抗値である。Lσ*は、漏れインダクタンス値である。M*は、相互インダクタンス値である。L2*は、二次側、すなわち回転子の自己インダクタンス値である。TACRは、電流制御の遅れに相当する時定数であり、sは複素数である。
【0037】
また、mt軸ベクトル制御演算部13は、m軸の電流検出値imcが電流指令値im
*に追従するように式(8)に従いPI制御を行うことで、m軸の電圧補正値Δvm
*を算出する。同様に、mt軸ベクトル制御演算部13は、t軸の電流検出値itcが電流指令値it
*に追従するように式(8)に従いPI制御を行うことで、t軸の電圧補正値Δvt
*を算出する。式(8)において、Kp_mは、m軸の電流制御の比例ゲインであり、Ki_mは、m軸の電流制御の積分ゲインである。Kp_tは、t軸の電流制御の比例ゲインであり、Ki_tは、t軸の電流制御の積分ゲインである。
【0038】
【0039】
そして、mt軸ベクトル制御演算部13は、式(9)に示されるように、式(7)で算出したm軸およびt軸の電圧基準値vmc
*、vmt
*に、式(8)で算出したm軸およびt軸の電圧補正値Δvm
*、Δvt
*を加算することで、m軸およびt軸の電圧指令値vmc
**、vtc
**を算出する。m軸およびt軸の電圧指令値vmc
**、vtc
**は、d軸およびq軸への座標変換と、u軸、v軸およびw軸への座標変換とを経て、三相交流電圧の電圧指令値vu
*、vv
*、vw
*に変換される。
【0040】
【0041】
<周波数推定および位相演算部の詳細>
図4は、
図1における周波数推定および位相演算部7の詳細な構成例を示すブロック図である。
図4に示される周波数推定および位相演算部7aは、ロウパスフィルタ(L.P.F)7a1と、すべり指令演算部7a2と、周波数推定演算部7a3と、加算部7a4と、位相推定演算部7a5とを備える。
【0042】
ロウパスフィルタ(L.P.F)7a1は、式(10)に示されるように、q軸の電流指令値iq
*を、時定数TACRに基づく一次遅れの伝達関数“1/(1+TACR・s)”により遅延させることで、q軸の遅延後電流指令値iq
*
tdを算出する。時定数TACRは、式(7)でも述べたように、電流制御の遅れに相当する値に定められる。q軸の遅延後電流指令値iq
*
tdは、q軸の電流指令値iq
*を時定数TACRだけ遅延させることで、q軸の電流検出値iqcを疑似的に表したものとなる。
【0043】
【0044】
すべり指令演算部7a2は、式(11)に示されるように、q軸の遅延後電流指令値iq
*
tdと、d軸の電流指令値id
*と、誘導モータ1の二次時定数T2とを用いて、すべり周波数指令値ωs
**を演算する。式(11)に示されるすべり周波数指令値ωs
**は、式(1)に示したすべり周波数指令値ωs
*に対して、“d/dt(tan-1(iq
*
td/id
*))”の項が加算されたものとなっている。
【0045】
【0046】
ここで、式(11)における第1項“i
q
*
td/(T
2i
d
*)”、すなわち式(1)に示したすべり周波数指令値ω
s
*は、すべり周波数指令の定常値を表す。一方、式(11)における第2項“d/dt(tan
-1(i
q
*
td/i
d
*))”は、すべり周波数指令の過渡値を表し、
図2および
図3に示したd軸電流I
dと一次電流i
1との位相角θ
φの時間微分値を表す。
【0047】
周波数推定演算部7a3は、式(12)に示されるように、d軸の二次磁束指令値φ2d
*と、m軸の電圧指令値vmc
**および電流検出値imcと、t軸の電流検出値itcと、すべり周波数指令値ωs
**と、出力周波数指令値ω1
*と、位相推定角θmtcと、誘導モータ1の電気回路パラメータとを用いて、誘導モータ1の速度推定値ωr
^を算出する。誘導モータ1の電気回路パラメータには、式(7)でも述べた、R1*、R2’*、Lσ*、M*、L2*が含まれる。また、Tobsは、周波数推定演算部7a3を構成する外乱オブザーバ内に含まれるフィルタの時定数である。
【0048】
【0049】
ここで、式(12)において、周波数推定演算部7a3は、m-t座標での指令値や検出値に基づいて、速度推定値ω
r
^を演算している。この場合、式(12)内の“(R1
*+R2’
*)i
mc”において、電流検出値i
mcは、
図3から分かるように略ゼロとなる。一方、仮に、d-q座標での指令値や検出値に基づいて、速度推定値ω
r
^を演算した場合、電流検出値i
mcの代わりに用いられる電流検出値(i
dc)は、略ゼロとはならない。したがって、d-q座標ではなくm-t座標を用いることで、一次抵抗値R1
*の誤差に対して低感度となり、速度推定値ω
r
^を高精度に算出することが可能になる。
【0050】
加算部7a4は、式(13)に示されるように、速度推定値ωr
^にすべり周波数指令値ωs
**を加算することで、出力周波数指令値ω1
*を算出する。位相推定演算部7a5は、式(14)に示されるように、出力周波数指令値ω1
*を積分することで、誘導モータ1の磁束軸の位相推定値θdcを演算する。この磁束軸の位相推定値θdcを基準位相として、センサレス制御が実行される。
【0051】
【0052】
【0053】
<速度制御特性の検証結果>
図5および
図6は、特許文献1に示される演算式を用いてすべり周波数指令値を算出した場合における、速度のステップ応答特性の一例を示す図である。
図5および
図6には、すべり周波数指令値の演算に、式(1)を用いた場合の特性が示される。また、
図5には、速度制御系の応答角周波数ω
ASRを、誘導モータ1の二次時定数T
2の逆数である“1/T
2
”(rad/s)に設定した場合の特性が示される。速度制御系の応答角周波数ω
ASRは、式(6)に示した速度制御の比例ゲインKp_ASRおよび積分ゲインKi_ASRの値によって定められる。
【0054】
図5に示されるように、時刻A点において、速度指令値ω
r
*をステップ状に3Hz変化させると、当該速度指令値ω
r
*の変化に応じて、誘導モータ1の速度ω
rも変化する。速度ω
rは、時刻B点において最大となり、時刻C点では一旦減少するが、時刻D点まで増加していることがわかる。すなわち、誘導モータ1の速度ω
rに振動が生じていることがわかる。
【0055】
一方、
図6には、速度制御系の応答角周波数ω
ASRを、
図5の場合よりも高い“5/T
2
”(rad/s)に設定した場合の特性が示される。応答角周波数ω
ASRを高くすることで、速度指令値ω
r
*の変化に対して誘導モータ1の速度ω
rの応答を高めることができる
。ただし、
図6における速度ω
rは、
図5の場合と比べて、最大の速度となる時刻E点から、大きく振動している。そして、この振動は、
図5の場合よりも長い時刻F点まで継続している。
【0056】
このように、特許文献1の方式を用いた場合、振動等の観点で、速度制御系の応答を高めることは困難であった。その要因として、d-q座標での磁束は、すべり周波数ωsとは無関係に一定であるのに対して、m-t座標での磁束は、すべり周波数ωsに応じて変化することが挙げられる。具体的には、d軸上の磁束φ2dは、“M×id”であり、q軸上の磁束φ2qはゼロである。一方、m軸上の磁束φmは“ωs×T2×φt”であり、t軸上の磁束φtは“M×it-ωs×T2×φm”である。
【0057】
すなわち、m-t座標での磁束φm、φt、詳細には二次磁束は、すべり周波数ω
sに応じて二次時定数T
2相当の時間をかけて変化したのち定常状態となる。このため、特に、速度制御系の応答角周波数ω
ASRを“1/T
2
”程度よりも高くすると、二次磁束が二次時定数T
2相当の時間をかけて変化している過渡状態において、速度制御が不安定となり、
図6に示されるような振動が発生する。
【0058】
そこで、すべり指令演算部7a2は、定常値“iq
*
td/(T2id
*)”からなる式(1)ではなく、定常値と過渡値“d/dt(tan-1(iq
*
td/id
*))”とからなる式(11)を用いてすべり周波数指令値ωs
**を算出する。すなわち、すべり指令演算部7a2は、過渡状態においては、q軸の遅延後電流指令値iq
*
tdおよびd軸の電流指令値id
*の変化に追従する過渡値、ここでは位相角θφの微分値を用いて、すべり周波数指令値ωs
**を補正する。
【0059】
図7および
図8は、実施の形態1による演算式を用いてすべり周波数指令値を算出した場合における、速度のステップ応答特性の一例を示す図である。
図7および
図8には、すべり周波数指令値の演算に、式(11)を用いた場合の特性が示される。また、
図7には、
図6の場合と同様に、応答角周波数ω
ASRを“5/T
2
”(rad/s)に設定した場合の特性が示され、
図8には、応答角周波数ω
ASRをさらに高め、“10/T
2
”(rad/s)に設定した場合の特性が示される。
【0060】
図6に示した特性と
図7に示した特性との比較から分かるように、実施の形態1の方式を用いることで、誘導モータ1の速度ω
rの振動を抑制または防止することができる。応答角周波数ω
ASRをより高めた場合であっても、
図8に示されるように、誘導モータ1の速度ω
rの振動を抑制または防止することができる。このように、実施の形態1の方式を用いることで、速度応答を高くしても、誘導モータ1の速度ω
rに振動を生じさせずに、安定した速度制御を実現できる。
【0061】
<すべり周波数の観測方法>
図9は、誘導モータにおけるすべり周波数の観測方法の一例を説明する図である。
図9において、誘導モータ1を駆動する電力変換装置20には、電圧検出器21および電流検出器22が取り付けられ、誘導モータ1のシャフトにはエンコーダ23を取り付けられる。また、dq軸の電圧・電流計算部24およびすべり計算部25を備えた計算機等が設けられる。
【0062】
dq軸の電圧・電流計算部24には、第1ステップとして、電圧検出器21によって検出された三相交流の電圧検出値vuc、vvc、vwcと、電流検出器22によって検出された三相交流の電流検出値iuc、ivc、iwcと、エンコーダ23によって検出された位置θとが入力される。dq軸の電圧・電流計算部24は、これらの入力を用いて、d軸およびq軸のベクトル電圧成分vdc
^、vqc
^およびベクトル電流成分idc
^、iqc
^を算出し、さらに、位置θを微分することで速度検出値ωrcを算出する。
【0063】
そして、dq軸の電圧・電流計算部24は、第2ステップとして、算出したベクトル電圧成分vdc
^、vqc
^およびベクトル電流成分idc
^、iqc
^と、誘導モータ1の電気回路パラメータとを用いて、式(15)あるいは式(16)により、出力周波数指令値ω1
^を演算する。誘導モータ1の電気回路パラメータには、例えば、汎用インバータに搭載されているオフライン・オートチューニングの結果あるいは設計値等が用いられる。
【0064】
【0065】
【0066】
すべり計算部25は、出力周波数指令値ω1
^と速度検出値ωrcとを用いて、式(17)により第1のすべり周波数値ωs
^を演算する。また、すべり計算部25は、式(11)に相当する式(18)により第2のすべり周波数値ωs
^^を算出する。ここで、実施の形態1の電力変換装置20を用いている場合、第1のすべり周波数値ωs
^は、第2のすべり周波数値ωs
^^に一致することになる。
【0067】
【0068】
【0069】
<電力変換装置の主要部の概略構成>
図10は、
図1および
図4に示される電力変換装置20において、主要部を抽出した構成例を示すブロック図である。
図10において、電力変換器2は、静止座標での電圧指令値v
u
*、v
v
*、v
w
*に基づき、直流電力を交流電力に変換して誘導モータ1へ出力する。コントローラCTは、ベクトル制御によって静止座標での電圧指令値v
u
*、v
v
*、v
w
*を算出する。概略的には、コントローラCTは、すべり指令演算部7a2を用いて、式(11)に従い、d軸電流i
dとq軸電流i
qと二次時定数T
2とによって定められるすべり周波数の定常値に、d軸電流i
dおよびq軸電流i
qを用いた微分演算によって定められる過渡値を加算することですべり周波数指令値ω
s
**を算出する。
【0070】
ここで、式(11)では、d軸電流idおよびq軸電流iqとして、d軸の電流指令値id
*およびq軸の遅延後電流指令値iq
*
tdが用いられるが、これに限らず、例えば、d軸の電流検出値idcおよびq軸の電流検出値iqc等が用いられてもよい。すなわち、理想的には、d軸の電流検出値idcおよびq軸の電流検出値iqcを用いて演算するのが望ましい。ただし、検出値は指令値に比べて不安定になり得るため、ここでは、指令値が用いられる。また、q軸の電流指令値iq
*をq軸の電流検出値iqcにより近づけるため、q軸の遅延後電流指令値iq
*
tdが用いられる。
【0071】
そして、コントローラCTは、加算部7a4を用いて、すべり周波数指令値ω
s
**に、誘導モータ1の速度値、例えば速度推定値ω
r
^を加算することで出力周波数指令値ω
1
*を算出する。速度値は、検出または算出によって得られる。すなわち、速度値は、
図1に示したような速度センサレスベクトル制御を行う場合には、算出によって得られる速度推定値ω
r
^であるが、速度センサ付きベクトル制御を行う場合には、検出によって得られる速度検出値である。
【0072】
一方、コントローラCTは、座標変換部11を用いて、d軸の電流指令値id
*およびq軸の電流指令値iq
*を座標変換することで、m軸の電流指令値im
*およびt軸の電流指令値it
*を算出する。また、コントローラCTは、座標変換部6を用いて、d軸の電流検出値idcおよびq軸の電流検出値iqcを座標変換することで、m軸の電流検出値imcおよびt軸の電流検出値itcを算出する。
【0073】
そして、コントローラCTは、mt軸ベクトル制御演算部13を用いて、m軸の電流指令値im
*およびt軸の電流指令値it
*と、m軸の電流検出値imcおよびt軸の電流検出値itcと、出力周波数指令値ω1
*とに基づいて、m軸の電圧指令値vmc
**およびt軸の電圧指令値vtc
**を算出する。すなわち、mt軸ベクトル制御演算部13は、式(7)を演算する。そして、コントローラCTは、m軸の電圧指令値vmc
**およびt軸の電圧指令値vtc
**を、座標変換部14、15を用いて順次座標変換することで、静止座標での電圧指令値vu
*、vv
*、vw
*を算出する。
【0074】
<実施の形態1の主要な効果>
以上、実施の形態1の方式では、すべり周波数指令値ωs
**の演算に過渡値を含ませることで、速度応答を高くしても、振動等が生じない安定した速度制御を実現することが可能になる。すなわち、高精度かつ高応答な速度制御が実現可能になる。さらに、m-t座標を用いて誘導モータ1の速度を推定することで、誘導モータ1内の一次抵抗値が巻線温度により変化することで生じるトルク抜けやトルク脈動を抑制することができ、高精度かつ安定した速度制御が実現可能になる。
【0075】
(実施の形態2)
<周波数推定および位相演算部の詳細>
図11は、実施の形態2による電力変換装置において、
図1における周波数推定および位相演算部7の詳細な構成例を示すブロック図である。
図11に示される周波数推定および位相演算部7bは、
図4に示した構成例とは、すべり指令演算部7b2の処理内容が異なっている。
図4では、すべり周波数指令値ω
s
**の演算に、dq軸の電流指令値を用いた位相角θ
φに対する逆正接“tan
-1”の演算が必要とされたが、
図11では、逆正接“tan
-1”の演算が必要とされない。
【0076】
具体的には、すべり指令演算部7b2は、ロウパスフィルタ(L.P.F)7a1からのq軸の遅延後電流指令値iq
*
tdと、d軸の電流指令値id
*と、二次時定数T2とを用いて、式(19)に従いすべり周波数指令値ωs
**を算出する。式(19)は、式(11)における逆正接“tan-1”の微分演算を展開したものであり、式(11)と等価である。
【0077】
【0078】
<実施の形態2の主要な効果>
以上、実施の形態2の方式を用いることで、実施の形態1で述べた各種効果と同様の効果が得られる。さらに、コントローラCT内に、演算テーブル等を設けることなく、すべり周波数指令値ωs
**を算出できる。すなわち、逆正接“tan-1”を演算するためには、通常、予め定めた演算テーブル等を参照することが必要とされるが、実施の形態2の方式では、このような演算テーブルの参照が不要となる。
【0079】
(実施の形態3)
<周波数推定および位相演算部の詳細>
図12は、実施の形態3による電力変換装置において、
図1における周波数推定および位相演算部7の詳細な構成例を示すブロック図である。
図12に示される周波数推定および位相演算部7cは、
図4に示した構成例とは、すべり指令演算部7c2の処理内容が異なっている。
図12でも、
図11の場合と同様に、すべり周波数指令値ω
s
**の演算に、逆正接“tan
-1”の演算は必要とされない。
【0080】
すべり指令演算部7c2は、ロウパスフィルタ(L.P.F)7a1からのq軸の遅延後電流指令値iq
*
tdと、d軸の電流指令値id
*と、二次時定数T2と、t軸の電流指令値it
*とを用いて、式(20)に従いすべり周波数指令値ωs
**を算出する。式(20)は、式(19)における“id
*2+iq
*
td
2”を“it
*2”に置き換えたものであり、式(19)と等価である。
【0081】
【0082】
<実施の形態3の主要な効果>
以上、実施の形態3の方式を用いることで、実施の形態1、2で述べた各種効果と同様の効果が得られる。また、“id
*2+iq
*
td
2”を“it
*2”に置き換えることで、実施の形態2の場合よりも演算を簡素化できる。
【0083】
(実施の形態4)
<周波数推定および位相演算部の詳細>
図13は、実施の形態4による電力変換装置において、
図1における周波数推定および位相演算部7の詳細な構成例を示すブロック図である。
図13に示される周波数推定および位相演算部7dは、
図4に示した構成例とは、すべり指令演算部7d2の処理内容が異なっている。
図13でも、
図11の場合と同様に、すべり周波数指令値ω
s
**の演算に、逆正接“tan
-1”の演算は必要とされない。
【0084】
すべり指令演算部7d2は、ロウパスフィルタ(L.P.F)7a1からのq軸の遅延後電流指令値iq
*
tdと、d軸の電流指令値id
*と、二次時定数T2とを用いて、式(21)に従いすべり周波数指令値ωs
**を算出する。式(21)は、式(11)における“tan-1(iq
*
td/id
*)”を“iq
*
td/id
*”に近似したものである。
【0085】
【0086】
<実施の形態4の主要な効果>
以上、実施の形態4の方式を用いることで、実施の形態1、2で述べた各種効果と同様の効果が得られる。また、実施の形態3の場合と比較して、演算をより簡素化できる。ただし、演算精度の観点では、実施の形態1、2、3の方式を用いる方が望ましい。
【0087】
(実施の形態5)
<モータ制御システムの概略>
図14は、実施の形態5によるモータ制御システムの構成例を示すブロック図である。
図1では、速度センサレス制御が用いられたが、
図14では、速度センサ付き制御が用いられる。そのため、
図14では、誘導モータ1にエンコーダ1aが設置される。エンコーダ1aは、誘導モータ1の位相を検出し、検出結果を表すエンコーダ信号θ
encを出力する。また、
図14では、
図1における周波数推定および位相演算部7の代わりに、周波数検出および位相演算部7eが設けられる。周波数検出および位相演算部7eは、エンコーダ信号θ
encに基づいて誘導モータ1の速度値を検出する。
【0088】
<周波数推定および位相演算部の詳細>
図15は、
図14における周波数検出および位相演算部7eの詳細な構成例を示すブロック図である。
図15に示される周波数検出および位相演算部7eでは、
図4に示した構成例と比較して、周波数推定演算部7a3の代わりに周波数検出部7e3が設けられ、さらに、ホールド回路7e6が設けられる。ホールド回路7e6は、現在の検出周期でのエンコーダ信号θ
enc[n]をホールドすることで、前回の検出周期でのエンコーダ信号θ
enc[n-1]を出力する。
【0089】
周波数検出部7e3は、現在の検出周期でのエンコーダ信号θ
enc[n]と前回の検出周期でのエンコーダ信号θ
enc[n-1]とを用いて、式(22)に従い、誘導モータ1の速度を速度検出値ω
rcとして検出する。式(22)において、t
smpは、速度の検出周期の値である。速度検出値ω
rcは、
図1、
図4等に示した速度推定値ω
r
^の代わりに用いられる。
【0090】
【0091】
<実施の形態5の主要な効果>
以上、実施の形態5の方式を用いることで、実施の形態1で述べた各種効果と同様の効果が得られる。すなわち、速度センサレス制御に限らず速度センサ付き制御を用いる場合であっても同様の効果が得られる。なお、実施の形態5の方式は、勿論、実施の形態2、3、4の方式と組み合わせることが可能である。
【0092】
(実施の形態6)
<モータ制御システムの概略>
図16は、実施の形態6によるモータ制御システムの構成例を示すブロック図である。例えば、
図1等の構成例では、コントローラCT、例えばマイクロコントローラ等に誘導モータ1の電気回路パラメータを予め固定的に設定する方式が用いられた。一方、
図16では、上位制御装置であり、例えば、クラウドコンピュータ等によって実現されるIoTコントローラ16が設けられる。
【0093】
IoTコントローラ16は、コントローラCTを含んだ電力変換装置に通信回線を介して接続され、電力変換装置を制御する。詳細には、IoTコントローラ16は、コントローラCT内で算出された制御の状態量を、通信回線を介して入力し、機械学習によって電気回路パラメータを算出し、算出した電気回路パラメータを、通信回線を介してコントローラCTに再設定する。
【0094】
図16では、簡略的に、
図10に示したコントローラCTが示される。IoTコントローラ16は、コントローラCT内で算出された制御の状態量として、例えば、m軸およびt軸の電圧指令値v
mc
**、v
tc
**および電流検出値i
mc、i
tcと、速度推定値ω
r
^と、すべり周波数指令値ω
s
**とを入力する。IoTコントローラ16は、これらの入力を用いて機械学習を行うことで、例えば式(7)に相当する誘導モータ1の状態方程式を満たすように、誘導モータ1の電気回路パラメータ(R1
*、R2’
*、Lσ
*、M
*、L2
*)を逐次修正する。そして、IoTコントローラ16は、修正後の電気回路パラメータを、mt軸ベクトル制御演算部13等に再設定することで、コントローラCTをフィードバック制御する。
【0095】
<実施の形態6の主要な効果>
以上、実施の形態6の方式を用いることでも、実施の形態1等で述べた効果と同様の効果が得られる。さらに、機械学習によって、誘導モータ1の電気回路パラメータをより正確に定めることが可能になるため、結果として、誘導モータ1の速度制御をより高精度化することが可能になる。
【0096】
(実施の形態7)
<モータ制御システムの概略>
図17は、実施の形態7によるモータ制御システムの構成例を示すブロック図である。
図17において、誘導モータ1は、例えば、ファン、ポンプ、クレーン等の産業機器を駆動する。電力変換装置20は、コントローラCTと、電力変換器2と、ユーザインタフェースの一つであるデジタル・オペレータ20bとを有する一つの筐体で構成される。ここでは、簡易的に、
図10に示したコントローラCTに、
図1に示した速度制御演算部10を追加した構成が示される。コントローラCTは、例えば、マイクロコントローラやプログラマブル・ロジック・コントローラ等によって実現される。
【0097】
具体的には、コントローラCTは、主に、マイクロコントローラやプログラマブル・ロジック・コントローラに内蔵されたプロセッサが、内蔵されたメモリに格納されたプログラムを実行することで実現される。ただし、コントローラCTは、FPGA(Field Programmable Gate Array)やASIC(Application Specific Integrated Circuit)等によって実現されてもよい。
【0098】
電力変換器2は、例えば、MOSFETやIGBT等のスイッチング素子を含んだ三相インバータ回路等によって実現される。スイッチング素子は、Si(シリコン)半導体素子であっても、SiC(シリコンカーバイト)やGaN(ガリュームナイトライド)などのワイドバンドギャップ半導体素子であってもよい。なお、
図1に示した電流検出器4は、例えば、電流検出用の抵抗素子またはカレントトランスと、その検出値をディジタル値に変換するアナログディジタル変換器との組み合わせによって実現される。
【0099】
また、
図17には、パーソナル・コンピュータ26、タブレット27、スマートフォン28などのユーザ端末が示される。ユーザは、このようなユーザ端末を用いて、または、電力変換装置20のデジタル・オペレータ20bを用いて、コントローラCTに各種パラメータを設定することが可能となっている。例えば、電力変換装置20は、このようなユーザ端末と、ローカル・エリア・ネットワーク等を介して直接接続されるか、または、
図16に示したようなIoTコントローラ16を介して間接的に接続される。
【0100】
ユーザは、ユーザ端末およびローカル・エリア・ネットワーク等を介して、コントローラCTに、誘導モータ1の制御パラメータや電気回路パラメータ等を設定することができる。この例では、ユーザは、ユーザ端末を介して、コントローラCT内の速度制御演算部10に、速度制御系の応答角周波数ωASR、すなわち式(6)に示される速度制御の比例ゲインKp_ASR、積分ゲインKi_ASRや、誘導モータ1に対する速度指令値ωr
*等を指示している。
【0101】
なお、
図17には、実施の形態1の方式を前提とした構成が示されるが、実施の形態2~6のいずれかの方式を前提とした構成であってもよい。また、実施の形態1~6では、式(11)、式(19)~式(21)に示したように、すべり周波数指令値ω
s
**の算出には、d軸の電流指令値i
d
*およびq軸の遅延後電流指令値i
q
*
tdが用いられたが、d軸およびq軸の電流検出値i
dc、i
qcが用いられてもよい。
【0102】
また、実施の形態1~6では、式(8)に示したように、m軸およびt軸の電流指令値im
*、it
*と、電流検出値imc、itcとを用いて電圧補正値Δvm
*、Δvt
*が算出された。そして、式(9)に示したように、電圧基準値vmc
*、vtc
*に電圧補正値Δvm
*、Δvt
*を加算することで、m軸およびt軸の電圧指令値vmc
**、vtc
**が算出された。
【0103】
その代わりに、m軸およびt軸の電流指令値im
*、it
*と、電流検出値imc、itcとを用いて、式(23)に従って、m軸およびt軸の電圧指令値vmc
***、vtc
***が算出されてもよい。式(23)において、Kp_m1は、m軸の電流制御の比例ゲインであり、Ki_m1は、m軸の電流制御の積分ゲインである。Kp_t1は、t軸の電流制御の比例ゲインであり、Ki_t1は、t軸の電流制御の積分ゲインである。
【0104】
【0105】
あるいは、m軸およびt軸の電流指令値im
*、it
*と、電流検出値imc、itcとを用いて、式(24)に従い、m軸およびt軸の中間的な電流指令値im
**、it
**を算出してもよい。式(24)において、Kp_m2は、m軸の電流制御の比例ゲインであり、Ki_m2は、m軸の電流制御の積分ゲインである。Kp_t2は、t軸の電流制御の比例ゲインであり、Ki_t2は、t軸の電流制御の積分ゲインである。
【0106】
【0107】
式(24)を用いた場合、さらに、速度推定値ωr
^と、出力周波数指令値ω1
*と、m軸およびt軸の磁束指令値φm
*、φt
*と、誘導モータ1の電気回路パラメータ(R*、Lσ*、M*、L2*)とを用いて、式(25)に従い、m軸およびt軸の電圧指令値vmc
****、vtc
****が算出される。式(25)において、R*は、式(7)を参照して“R1*+R2’*”であり、TACRは、電流制御の遅れに相当する時定数である。
【0108】
【0109】
あるいは、m軸およびt軸の電流指令値im
*、it
*と、電流検出値imc、itcとを用いて、式(26)に従い、m軸の比例演算成分の電圧補正値Δvmp
*および積分演算成分の電圧補正値Δvmi
*と、t軸の比例演算成分の電圧補正値Δvtp
*および積分演算成分の電圧補正値Δvti
*を算出してもよい。式(26)において、Kp_m3は、m軸の電流制御の比例ゲインであり、Ki_m3は、m軸の電流制御の積分ゲインである。Kp_t3は、t軸の電流制御の比例ゲインであり、Ki_t3は、t軸の電流制御の積分ゲインである。
【0110】
【0111】
式(26)を用いた場合、さらに、速度推定値ωr
^と、出力周波数指令値ω1
*と、m軸およびt軸の磁束指令値φm
*、φt
*と、誘導モータ1の電気回路パラメータとを用いて、式(27)従い、m軸およびt軸の電圧指令値vmc
*****、vtc
*****が算出される。式(27)において、電気回路パラメータは、式(25)の場合と同様である。
【0112】
【0113】
<実施の形態7の主要な効果>
以上、実施の形態7の方式を用いることでも、実施の形態1等で述べた効果と同様の効果が得られる。特に、誘導モータ1の用途に応じて、ユーザによって速度制御系の応答角周波数ωASRが変更された場合であっても、振動等が生じない安定した速度制御を実現することが可能になる。
【0114】
以上、本発明者によってなされた発明を実施の形態に基づき具体的に説明したが、本発明は前記実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能である。例えば、前述した実施の形態は、本発明を分かり易く説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、ある実施の形態の構成の一部を他の実施の形態の構成に置き換えることが可能であり、また、ある実施の形態の構成に他の実施の形態の構成を加えることも可能である。また、各実施の形態の構成の一部について、他の構成の追加・削除・置換をすることが可能である。
【符号の説明】
【0115】
1…誘導モータ、2…電力変換器、3…直流電源、4…電流検出器、5…座標変換部、6…座標変換部、7、7a~7d…周波数推定および位相演算部、7a1…ロウパスフィルタ、7a2~7d2…すべり指令演算部、7e…周波数検出および位相演算部、8…基準位相演算部、9…励磁電流・磁束設定部、10…速度制御演算部、11…座標変換部、12…座標変換部、13…mt軸ベクトル制御演算部、14…座標変換部、15…座標変換部、16…IoTコントローラ、20…電力変換装置、23…エンコーダ、CT…コントローラ、id
*…d軸の電流指令値、iq
*…q軸の電流指令値、iq
*
td…q軸の遅延後電流指令値、idc…d軸の電流検出値、iqc…q軸の電流検出値、vdc
**…d軸の電圧指令値、vqc
**…q軸の電圧指令値、im
*…m軸の電流指令値、it
*…t軸の電流指令値、imc…m軸の電流検出値、itc…t軸の電流検出値、vmc
**…m軸の電圧指令値、vtc
**…t軸の電圧指令値、ωr
*…速度指令値、ωr
^…速度推定値、ωrc…速度検出値、ωs
**…すべり周波数指令値、ω1
*…出力周波数指令値、ωASR…速度制御系の応答角周波数、vu
*、vv
*、vw
*…三相の交流電圧指令値、iuc、ivc、iwc…三相の電流検出値