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特開2024-76253ホルムアルデヒド分解能を有する微生物およびホルムアルデヒドの分解方法。
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024076253
(43)【公開日】2024-06-05
(54)【発明の名称】ホルムアルデヒド分解能を有する微生物およびホルムアルデヒドの分解方法。
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/20 20060101AFI20240529BHJP
   C02F 3/34 20230101ALI20240529BHJP
【FI】
C12N1/20 A
C12N1/20 F ZNA
C12N1/20 D
C02F3/34 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022187737
(22)【出願日】2022-11-24
(71)【出願人】
【識別番号】304036743
【氏名又は名称】国立大学法人宇都宮大学
(71)【出願人】
【識別番号】500004069
【氏名又は名称】アイオン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】弁理士法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】奈須野 恵理
(72)【発明者】
【氏名】加藤 紀弘
(72)【発明者】
【氏名】今泉 好人
(72)【発明者】
【氏名】小船 秀典
【テーマコード(参考)】
4B065
4D040
【Fターム(参考)】
4B065AA41X
4B065AC20
4B065BA23
4B065CA56
4D040DD03
4D040DD12
(57)【要約】
【課題】ホルムアルデヒドを分解することができる手段を提供する。
【解決手段】ホルムアルデヒド分解能を有するシュードモナス エスピー(Pseudomonas sp.)UF1株(受領番号NITE AP-03780)、UF1株を含むホルムアルデヒド分解用組成物、ならびに、UF1株を用いる、ホルムアルデヒドの分解方法、および工場排水などのホルムアルデヒド含有水の処理方法。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホルムアルデヒド分解能を有するシュードモナス エスピー(Pseudomonas sp.)UF1株(受領番号NITE AP-03780)である微生物。
【請求項2】
請求項1に記載の微生物を用いる、ホルムアルデヒドの分解方法。
【請求項3】
ホルムアルデヒド含有水の処理方法であって、請求項1に記載の微生物を用いてホルムアルデヒドの少なくとも一部を分解することを含む処理方法。
【請求項4】
前記ホルムアルデヒド含有水の前記分解前のホルムアルデヒド濃度が1g/L以上である請求項3に記載の処理方法。
【請求項5】
前記ホルムアルデヒド含有水をpH5.0~9.0に調整する工程、および
pH調整後の前記ホルムアルデヒド含有水に前記微生物を添加して前記分解を行なう工程を含む請求項3に記載の処理方法。
【請求項6】
前記ホルムアルデヒド含有水が工場排水である請求項3~5のいずれか一項に記載の処理方法。
【請求項7】
請求項1に記載の微生物を用いる、ギ酸の分解方法。
【請求項8】
請求項1に記載の微生物を含む、ホルムアルデヒド分解用組成物。
【請求項9】
前記微生物を乾燥菌体として含む、請求項8に記載のホルムアルデヒド分解用組成物。
【請求項10】
さらにリン源を含む、請求項8または9に記載のホルムアルデヒド分解用組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホルムアルデヒド分解能を有する微生物およびこれを用いるホルムアルデヒドの分解方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ホルムアルデヒドは、高い反応性を利用する工業分野での利用、あるいは殺菌力を利用する医療分野での消毒に利用される。その一方で、ホルムアルデヒドは環境汚染物質に指定されているため余剰のホルムアルデヒドは分解除去が求められている。ホルムアルデヒドの分解方法としては、吸着、酸化分解などの化学的な方法と微生物を利用する生物学的分解法が知られている。生物学的分解法においては、殺菌力を有するホルムアルデヒドが高濃度で含まれる排液などの処理では、微生物が死滅する場合がある。また、微生物による分解処理は化学的な方法よりも一般的に長時間を要する。
【0003】
特許文献1においては、真菌を用いた分解処理として、ペニシリウム(Penicillium)属に属する菌を用い、1000ppmホルムアルデヒド含有水のホルムアルデヒド濃度を20時間で1/1000としたことが開示されている。また、特許文献2においては、ペシロマイセス(Paecilomyces)属に属する菌、またはトリコデルマ(Tricoderma)属に属する菌を用いてホルムアルデヒドを分解したことが開示されている。
【0004】
細菌を用いた報告としては、特許文献3にメチロバクテリウム フジサワエンス(Methylobacterium fujisawaense)に属する微生物が、1.8g/Lのホルムアルデヒドを含む廃水において、24時間で90%を分解したことについての開示がある。また、非特許文献1に、シュードモナス プチダ(Pseudomonas putida)IOFA1株による分解試験で0.1g/Lのホルムアルデヒドを40分で分解することが示されている。さらに、非特許文献2および非特許文献3では、土壌サンプルから単離されたシュードモナス プチダF61株がホルムアルデヒドデヒドロゲナーゼ活性と、ホルムアルデヒドからメタノールおよびギ酸を生成するホルムアルデヒドジスムターゼ活性とを有することについて報告されている。
【0005】
特許文献4では、メチロバクテリウム フジサワエンスに属する微生物を用いる前段処理槽と、シュードモナス プチダに属する微生物を用いる後段処理槽とを有して、被処理水中に含まれるホルムアルデヒドを分解することを特徴とするホルムアルデヒド分解方法が開示されている。特許文献4では、さらに、シュードモナス プチダに属する微生物としてFDR-1株およびFDR-2株が開示されており、いずれも、ホルムアルデヒドを効率よく分解可能であるが、0.1%のホルムアルデヒド環境下においては死滅するとの記載がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平11-19685号公報
【特許文献2】特開2009-50209号公報
【特許文献3】特開2014-155467号公報
【特許文献4】特開2019-18118号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Process Biochemistry 51 220-228(2016)
【非特許文献2】Agric. Biol. Chem., 47 (1), 39-46(1983)
【非特許文献3】Eur. J. Biochem., 156, 59-64(1986)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、ホルムアルデヒドを分解することができる手段を提供することを課題とする。特に、微生物を利用して水中のホルムアルデヒドを継続的に分解することが可能な手段を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らが上記課題の解決のため、ホルムアルデヒドを排出する工場の排水中の微生物の解析を行なっていたところ、ホルムアルデヒドを短時間で効率良く分解する細菌を発見した。そして、発見された細菌について、さらに検討を重ねて、本発明を完成させた。
具体的には、本発明は以下のとおりである。
【0010】
<1>ホルムアルデヒド分解能を有するシュードモナス エスピー(Pseudomonas sp.)UF1株(受領番号NITE AP-03780)である微生物。
<2><1>に記載の微生物を用いる、ホルムアルデヒドの分解方法。
<3>ホルムアルデヒド含有水の処理方法であって、<1>に記載の微生物を用いてホルムアルデヒドの少なくとも一部を分解することを含む処理方法。
<4>上記ホルムアルデヒド含有水の上記分解前のホルムアルデヒド濃度が1g/L以上である<3>に記載の処理方法。
<5>上記ホルムアルデヒド含有水をpH5.0~9.0に調整する工程、および
pH調整後の上記ホルムアルデヒド含有水に上記微生物を添加して上記分解を行なう工程を含む<3>または<4>に記載の処理方法。
<6>上記ホルムアルデヒド含有水が工場排水である<3>~<5>のいずれかに記載の処理方法。
<7><1>に記載の微生物を用いる、ギ酸の分解方法。
<8><1>に記載の微生物を含む、ホルムアルデヒド分解用組成物。
<9>上記微生物を乾燥菌体として含む、<8>に記載のホルムアルデヒド分解用組成物。
<10>さらにリン源を含む、<8>または<9>に記載のホルムアルデヒド分解用組成物。
【発明の効果】
【0011】
本発明により水中のホルムアルデヒドを継続的に分解することができる微生物が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】UF1株の16S-rRNA遺伝子の塩基配列(配列番号1)を示す図である。
図2】UF1株の生菌体による培地中の0.15%(1.5g/L)ホルムアルデヒド(FA)分解試験の結果を示すグラフである。
図3】UF1株の生菌体による培地中の0.4%(4g/L)ホルムアルデヒド(FA)分解試験の結果を示すグラフである。
図4】UF1株の生菌体による工場排水中の0.09%(0.9g/L)ホルムアルデヒド(FA)分解試験の結果を示すグラフである。
図5】UF1株の乾燥菌体による工場排水中の0.11%(1.1g/L)ホルムアルデヒド(FA)分解試験の結果を示すグラフである。
図6】ホルムアルデヒド存在下での菌体濃度(OD600)の経時変化およびホルムアルデヒド(FA)濃度の経時変化を、シュードモナス プチダF61株とUF1株とで比較した結果を示すグラフである。
図7】ホルムアルデヒド存在下でのホルムアルデヒド(FA)濃度とギ酸濃度の経時変化を、シュードモナス プチダF61株とUF1株とで比較した結果を示すグラフである。
図8】UF1株の生菌体によるホルムアルデヒド(FA)分解の、添加成分による差異を示すグラフである。
図9】UF1株の乾燥菌体によるホルムアルデヒド(FA)分解の、リン源濃度による差異を示すグラフである。
図10】UF1株の乾燥菌体によるホルムアルデヒド(FA)分解の、リン源種による差異を示すグラフである。
図11】UF1株の増殖およびUF1株によるホルムアルデヒド(FA)分解におけるpH依存性評価結果を示すグラフである。図中、点が菌体濃度(OD600)を示し、棒グラフがFA濃度を示す。
図12】低温培養におけるUF1株の増殖(A)とUF1株によるホルムアルデヒド(FA)分解(B)とを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0014】
<ホルムアルデヒド分解能を有する微生物>
本発明者らは、ホルムアルデヒドを使用する工場(日本国茨城県)の排水中の微生物からホルムアルデヒドを短時間で分解する微生物株を見出し「UF1株」と命名した。
なお、本明細書において、ホルムアルデヒドを分解するとは、後述のように、ホルムアルデヒドから、ギ酸、またはメタノールおよびギ酸を生成させること、ならびに、さらに二酸化炭素等を生成させることを含む意味である。
【0015】
UF1株は、16S-rDNAが配列表の配列番号1に示す塩基配列を有する。この塩基配列の相同性検索の結果から、UF1株は、シュードモナス エスピー(Pseudomonas sp.)と同定された。また、UF1株に対して全ゲノムDNAの配列決定を行ったところ、1つの環状ゲノムDNA(5.7Mbp)と1つの環状プラスミドDNA(131kbp)の構築に成功した。配列データベースに対して相同性検索を実行すると、相同性が最も高いシュードモナス エスピーSK2の完全長ゲノムDNA(5.4Mbp)に対してわずか7.19%の相同性しか示さなかったことから、UF1株は新規であることがわかった。
【0016】
この株は受領番号NITE AP-03780として、2022年11月11日付で独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室)に、国立大学法人宇都宮大学(日本国栃木県宇都宮市峰町350番地)により、寄託されている。
【0017】
本発明の微生物のUF1株は、以下の科学的性質を有する細菌である。
・寒天培地上で通常はクリーム色でドーム状のコロニーを形成する。ただし、-80℃で保管されているグリセロールストックを爪楊枝または白金耳でかきとって寒天培地上に接種し、一晩30℃で培養した際に、通常の形状ではなく薄く広がったコロニーを形成することがある。
・ホルムアルデヒドの分解活性・資化性を有する。
・ホルムアルデヒド含有培地で生育可能である。
・以下の培養条件で培養可能である。
培地:酵母エキス0.25g、ペプトン0.5g、NaCl 0.25g、蒸留水 1L、必要に応じてアガー15g
培養温度:30℃
培養期間:16~18時間
培養方法:好気性条件下・振とう培養
【0018】
本発明の微生物UF1株のゲノムDNAにはホルムアルデヒドジスムターゼ(Formaldehyde dismutase;FDM)の遺伝子が存在し、この遺伝子は、非特許文献2および非特許文献3に記載のシュードモナス プチダF61株のホルムアルデヒドジスムターゼ(FDM)(EC 1. 2. 99. 4)(Biosci.Biotech.Biochem.,59(2).197-202,1995)遺伝子と同一の塩基配列を有する。
【0019】
ホルムアルデヒドジスムターゼ(FDM)は、2分子のホルムアルデヒドからメタノールとギ酸を1分子ずつ生成する不均化反応を触媒する酸化還元酵素である。ホルムアルデヒドの酸化反応と還元反応を連続的に触媒しているため、ホルムアルデヒドを基質とした反応の内部で補酵素を再生することが可能である。また、類縁な酸化還元酵素とは異なり、補酵素と強く結合するため生理的pH付近ではほとんど解離しないニコチノプロテインであることが知られている。これらの性質から、外因性の電子受容体を必要とすることなく酸化還元反応を進行させることが可能であり、また補酵素の再生サイクルを必要としないため工業利用に有用であると期待されている。しかし、FDMの工業利用についてはギ酸の生成や補酵素の再生機構に利用するものが報告されているが、依然として少ないのが現状である。
【0020】
なお、シュードモナス プチダに属する複数の菌株は、ホルムアルデヒドを分解するメチロトローフ細菌として報告されている。シュードモナス プチダIOFA1はその一例であり、FDM活性を有するかどうかは不明であるが、非特許文献1では、ホルムアルデヒド分解能とともにメタノール代謝能を有することが示唆されている。
【0021】
UF1株のゲノムDNAにはEC1.2.1.46に分類されるホルムアルデヒドデヒドロゲナーゼ(Formaldehyde dehydrogenase;FLDH)の遺伝子が3つ存在する。
【0022】
ホルムアルデヒドデヒドロゲナーゼ(FLDH)として登録のある酵素としては、グルタチオン依存性のホルムアルデヒドデヒドロゲナーゼ(EC1.2.1.1)とグルタチオン非依存性のホルムアルデヒドデヒドロゲナーゼ(EC1.2.1.46)の2種類が存在し、それぞれ異なる反応を触媒する酵素である。
【0023】
EC1.2.1.46に分類されているFLDHの最初の報告は、M.Andoらによってシュードモナス プチダC-83株から得られたグルタチオン非依存性のホルムアルデヒド脱水素酵素である(J. Biochem. 85, 1165-1172 (1979))。C-83株由来のFLDHはグルタチオンの外部添加を必要とせず、補酵素としてNAD+を用いるピンポンメカニズムにより反応を進行させることが示された。この反応ではホルムアルデヒドが直接ギ酸へと酸化されることが特徴であり、反応したホルムアルデヒドと等モルのギ酸が生成する。
【0024】
本発明の微生物UF1株は上記のFDMおよびFLDHの活性により、ホルムアルデヒドをギ酸に酸化する機能を有する。実施例で示すように、UF1株はホルムアルデヒド分解時にギ酸を蓄積していなかった。したがって、UF1株は、ギ酸を分解する酵素も保有していると考えられる。
【0025】
本発明の微生物UF1株のホルムアルデヒドの分解能は、実施例で示すように、FDM活性を示すPseudomonas属細菌として公知のシュードモナス プチダF61株のホルムアルデヒドの分解能よりも高く、本発明の微生物を用いて、より短時間で高効率のホルムアルデヒド分解を実現することができる。
【0026】
また、本発明の微生物UF1株は、0.1%(1g/L)以上のホルムアルデヒドを含む水の中でも生育および増殖可能であり、かつホルムアルデヒド分解能を有する。
【0027】
本発明の微生物は生菌体であっても乾燥菌体であってもよい。いずれもホルムアルデヒドの分解に用いることができる。乾燥菌体は、例えば、生菌体を凍結乾燥または減圧乾燥することにより調製することができる。菌体の凍結乾燥については、例えば、Biosci. Biotechnol. Biochem., 80(11), 2264-2270 (2016)に記載がある。
【0028】
<ホルムアルデヒド分解用組成物>
本発明の微生物は、これを含むホルムアルデヒド分解用組成物として提供することもできる。
本発明の微生物は培養増殖後、所望の濃度でホルムアルデヒド分解用組成物の調製に用いることができる。
ホルムアルデヒド分解用組成物の形態としては、懸濁液があげられる。また、乾燥菌体を用いる場合において、粉末などの固体形状で提供されていてもよい。ホルムアルデヒド分解用組成物には、本発明の微生物の生育および増殖に好ましい成分の1種または2種以上が添加されていてもよい。このような成分としては、窒素源、リン源などがあげられる。炭素源としては、グルコース、マンノース、マンニット、キシロース、フルクトース、ガラクトース、およびそれらの2種以上の組み合わせ等があげられる。窒素源としては、塩化アンモニウム、各種アミノ酸、トリプトン、酵母エキス、肉エキス、麦芽エキス、ペプトン、コーンスティープリカーおよびそれらの2種以上の組み合わせ等があげられる。リン源としては、リン酸水素二ナトリウム(Na2HPO4)およびリン酸二水素カリウム(KH2PO4)などがあげられる。
【0029】
本発明の微生物は炭素源としてはホルムアルデヒドを利用するため、その他の炭素源は不要であるが、必要に応じて、グルコース、マンノース、マンニット、キシロース、フルクトース、ガラクトース、およびそれらの2種以上の組み合わせ等の炭素源を添加してもよい。
【0030】
後述の実施例で示すように、本発明の微生物によるホルムアルデヒドの分解にはリン源を含むことが好ましい。したがって、ホルムアルデヒド分解処理を行なう対象物(工場排水等の被処理水等)がリン源を含まない場合、ホルムアルデヒド分解用組成物は少なくとも一種のリン源を含むことが好ましい。
【0031】
ホルムアルデヒド分解用組成物において、本発明の微生物は、担体に吸着していてもよい。担体としては、公知の有機担体および無機担体を用いることができる。例えば、有機コンポスト、ポリビニルアセタール系スポンジ、フスマ、イナワラ、モミガラ、発泡ケイ酸、ケイソウ土、パーライト、貝化石、石灰石、シリカゲルビーズの単体またはそれらの2種以上の組み合わせをあげることができる。微生物は懸濁液または希釈液として担体と混合するか、または担体に噴霧することで担体に吸着させることができる。
【0032】
<ホルムアルデヒドの分解方法>
本発明の微生物はホルムアルデヒドの分解方法に用いることができる。具体的には、本発明の微生物をホルムアルデヒドを含有する水、ホルムアルデヒドを含有する汚泥、ホルムアルデヒドを含有する土壌、ホルムアルデヒドを含有する気体等に接触させることにより、ホルムアルデヒドを分解することができる。
【0033】
本発明の微生物は特に水中に溶解するホルムアルデヒドの分解に用いることが好ましい。ホルムアルデヒドを含有する水は、ホルムアルデヒド以外の成分を含む溶液や懸濁液であってもよい。ホルムアルデヒドを含有する水におけるホルムアルデヒド濃度は特に限定されないが、本発明の微生物は、例えば1.0%(10g/L)までのホルムアルデヒドを含む水、特に0.6%(6g/L)までのホルムアルデヒドを含む水の処理に用いることができる。ホルムアルデヒド濃度の下限は特にないが、本発明の微生物は、例えば0.5g/L~4g/Lでホルムアルデヒドを含む水の処理に好ましく用いることができる。ホルムアルデヒドを含有する水の例としては工場や病院などの排水があげられる。本明細書において、いずれかの成分を含有し、本発明の微生物を用いて分解処理対象とする水を「被処理水」ということがある。
【0034】
被処理水に本発明の微生物を添加して懸濁させることにより、被処理水と微生物を接触させることができる。被処理水における本発明の微生物の濃度(初期濃度)はホルムアルデヒド分解活性が維持される濃度である限り特に限定されないが、例えば、被処理水の光学密度(OD600)が0.01~10となる範囲であればよい。微生物の初期濃度の調節によって、分解に要する時間を調整することができる。
なお、光学密度(OD)は、分光光度計などの光学的手段によって計測された、入射光強度I0と透過光強度Iとの比、log10(I0/I)として定義される。下付き数字600は測定波長(nm)を表す。
【0035】
被処理水には、ホルムアルデヒドの分解の促進のため、または微生物の生育および増殖のために存在することが好ましい他の成分を加えてもよい。これらの成分を含む上述のホルムアルデヒド分解用組成物を用いてもよい。他の成分としては、上述の窒素源やリン源があげられる。特にリン源を添加することが好ましい。リン源は、被処理水におけるリン元素濃度が10mmol/L以上、好ましくは20mmol/L以上、より好ましくは30mmol/L以上、さらに好ましくは35mmol/L以上となるように添加すればよい。例えば、増殖能を失った本発明の微生物(乾燥菌体など)を使用する場合であっても、被処理水にリンを含む成分を添加することで微生物由来の酵素活性により一定期間ホルムアルデヒド分解能を維持することができる。
本発明の微生物によるホルムアルデヒドの分解は、上記の好ましい他の成分を既に含んでいる被処理水についても行なうことができる。したがって、成分の添加は、被処理水が含有する成分に応じて行なうことが好ましい。
【0036】
被処理水はpH4以上であることが好ましい。pH4以上において、本発明の微生物はホルムアルデヒド分解活性を示すことができる。また処理されるホルムアルデヒドを含有する水はpH5以上であることがより好ましい。pH5以上において、菌体を増殖させながらホルムアルデヒド分解を進めることができる。また、被処理水は、pH10.0以下であることが好ましく、pH9.5以下であることがより好ましい。
本発明の微生物を用いたホルムアルデヒドの分解方法は、被処理水と微生物を接触させる工程の前に被処理水を所望のpH(例えばpH5.0~9.0)に調整する工程を含むことも好ましい。
【0037】
本発明の微生物を用いたホルムアルデヒドの分解方法における温度条件は微生物のホルムアルデヒド分解活性が維持される温度である限り特に限定されず、例えば-10℃~45℃の範囲で使用することができる。
【0038】
本発明の微生物が添加された被処理水は静置してもよいが、分解反応を促進するため振とうや曝気などで十分に撹拌することが好ましい。ホルムアルデヒド分解に要する時間は、被処理水のホルムアルデヒド濃度、添加される微生物の濃度、必要とされる分解の程度によって異なるが通常1時間~1日の範囲となるように調整することができる。
【0039】
<微生物の用途>
本発明の微生物は、上述のように、ホルムアルデヒドの分解方法に用いることができる。したがって、本発明の微生物は、例えば、ホルムアルデヒドを含有する水の処理に使用することができる。ホルムアルデヒドを含有する水としては、工場もしくは病院などからの排水またはその他の排水があげられる。本明細書においてホルムアルデヒドを含有する水の処理とは、ホルムアルデヒドを少なくとも一部分解して、水中のホルムアルデヒド濃度を低減させることをいう。ホルムアルデヒドを含有する水の処理方法は、ホルムアルデヒドの分解による当該水の浄化方法ということもできる。本発明の微生物を用いることによって、被処理水のホルムアルデヒド濃度は大幅に低減が可能であり、初期ホルムアルデヒド濃度や菌体濃度などに依存するが、ホルムアルデヒド濃度を初期濃度の10%以下、さらには5%以下とすることも可能である。
本発明の微生物は、例えば、ホルムアルデヒドを排出する工場の排水処理施設における曝気槽に濃密度で存在させ、排水中のホルムアルデヒドの分解に利用することができる。
【実施例0040】
以下に実施例をあげて本発明をさらに具体的に説明する。以下の実施例に示す材料、試薬、物質量とその割合、操作等は本発明の趣旨から逸脱しない限り適宜変更することができる。従って、本発明の範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【0041】
<UF1株の単離>
日本国茨城県内のホルムアルデヒドを排出する工場の排水を活性汚泥処理する曝気槽から採取した排水を孔径0.2μmのセルロースフィルターでろ過した。裁断したフィルターを0.01%(0.1g/L)ホルムアルデヒド含有培地(ペプトン:0.5g/L、酵母エキス:0.25g/L、NaCl:0.25g/L)に浸漬し、30℃にて2日間振とう培養した。この培養液を適宜希釈し0.05%(0.5g/L)ホルムアルデヒド含有寒天培地に塗布し、30℃で3日間静置培養した。培養の結果、数種類のコロニーが生じた。Nash法(1953年)により培養液中の残留ホルムアルデヒドを定量し、これらの単離した菌株についてホルムアルデヒド分解能を調べた。このうち、コロニーを0.1%(1g/L)ホルムアルデヒド含有培地に接種して30℃で振とう培養した条件で最も速くホルムアルデヒドを分解して増殖した1種を「UF1株」と命名した。
【0042】
<UF1株の解析>
次に、UF1株に対して全ゲノムDNAの配列決定を行った。まず、菌体より抽出したゲノムDNAを適切な長さに断片化し、各断片の末端に短いタグ配列を付与したゲノムDNAライブラリーを調製した。このライブラリーに含まれるDNA断片の塩基配列を、次世代シーケンサーを用いて網羅的に決定し、それらの塩基配列情報から完全長ゲノムDNAと1つの環状プラスミドDNAを構築した。これらの塩基配列情報のうち、16S-rRNA遺伝子(1532bp)の塩基配列データを図1に示す。
【0043】
上記方法で得られた16S-rRNA遺伝子の塩基配列データは、相同性検索ソフト:BLAST(Basic Local Alignment Search Tool)を用いてデータベースに登録されている既知の塩基配列に対する相同性検索を実施した。その結果、UF1株はシュードモナス エスピー(Pseudomonas sp.)、シュードモナス モンテイリイ(Pseudomonas monteilii)、シュードモナス プレコグロッシシダ(Pseudomonas plecoglossicida)、シュードモナス アシアティカ(Pseudomonas asiatica)、シュードモナス シラジカ(Pseudomonas shirazica)、シュードモナス プチダ(Pseudomonas putida)のゲノムDNAの一部および16S-rRNA遺伝子と100.00%(1532bp/1532bp)の相同性を示した。
以上の結果から、UF1株をシュードモナス エスピー(Pseudomonas sp.)と同定した。
【0044】
また、上述した方法でUF1株の全ゲノムDNAの配列を決定した結果、1つの環状ゲノムDNA(5.7Mbp)と1つの環状プラスミドDNA(131kbp)の構築に成功した。配列データベースに対して相同性検索を実行すると、相同性が最も高いシュードモナス エスピーSK2の完全長ゲノムDNA(5.4Mbp)に対してわずか7.19%の相同性しか示さなかったことから、UF1株の新規性が担保された。また、UF1株のゲノムDNAにはEC1.2.1.46に分類されるFLDH(ホルムアルデヒドデヒドロゲナーゼ)の遺伝子が3つ見出された。
【0045】
さらに、UF1株由来FDMの存在の確認を行なった。ホルムアルデヒド分解活性が知られているシュードモナス プチダF61株(Agric. Biol. Chem., 47 (1), 39-46, 1983;Biosci.Biotech.Biochem.,59(2).197-202,1995)のホルムアルデヒドジスムターゼ(FDM)の塩基配列と相同性の高いシュードモナス属細菌由来の既知のホルムアルデヒドジスムターゼの3種の遺伝子fdmの塩基配列を参考にしてUF1株のFDMをコードする遺伝子を増幅するためのプライマーを設計し、PCR増幅した。配列解析を行なった結果、UF1株のfdm遺伝子の塩基配列はシュードモナス プチダF61株のホルムアルデヒドジスムターゼ(FDM)(EC 1. 2. 99. 4)の遺伝子配列と100%一致した。UF1株のfdm遺伝子についてはPCR増幅断片を用いてさらにクローニングを行い酵素タンパク質を得て、活性を確認した。
【0046】
<UF1株を用いたホルムアルデヒドの分解試験>
分解試験では、UF1株として、特に記載の無い場合は、以下の手順で寒天培地に生じたコロニーの菌体またはさらに液体培地で培養した菌体を用いた。
UF1株をLuria Bertani(LB)寒天培地に接種し、30℃で1日間培養し、生じたコロニーの菌体を少量採取した。4mLのLB液体培地に接種し、30℃にて約16時間振とう培養した。培養液のOD600が0.1となるように、0.1%(1g/L)ホルムアルデヒド含有LB培地に菌体を接種し、30℃で振とう培養(240rpm)した。
また、実際の工場排水を用いた分解試験としては、ホルムアルデヒドを排出する工場の中和槽由来実排水(ホルムアルデヒド含有量0.12%(1.2g/L),pH9)を用いた試験を行なった(分解試験例3を除く)。
【0047】
培養液中のホルムアルデヒド濃度は、Nash法(1953年)により定量した。具体的には、ホルムアルデヒド分解試験の培養液を遠心分離後、上澄み液を超純水で適宜希釈した。培養液希釈液0.5mLに等量のアセチルアセトン溶液(酢酸アンモニウム:150g/L、酢酸:3mL/L、アセチルアセトン:2mL/Lを含有)を加え、60℃で10分間放置した。反応液中に生じた3,5-ジアセチル-1,4-ジヒドロルチジン(DDL)を含む水溶液の415nmにおける吸光度A415を分光光度計にて測定することで残留ホルムアルデヒド濃度を算出した。
【0048】
[分解試験例1]
0.15%(1.5g/L)ホルムアルデヒド含有LB培地1Lが充填されたジャーファーメンターにUF1株を初期菌体濃度がOD600=1.0となるように接種し、30℃にて曝気(1.5L/分)と撹拌(200rpm)条件で培養した。結果を図2に示す。図2において、ホルムアルデヒドは培養3時間後に99%が分解された。
【0049】
[分解試験例2]
0.4%(4g/L)ホルムアルデヒド含有LB培地にUF1株を初期菌体濃度がOD600=4.8となるように接種し、30℃にて振とう培養(240rpm)した。結果を図3に示す。図3において、ホルムアルデヒドは培養2時間で100%が分解された。
【0050】
[分解試験例3]
実際の工場排水(pH0.9)をあらかじめ中和しpH7としたものを用いてホルムアルデヒド分解試験を行った。この中和した工場排水にはホルムアルデヒド以外に微生物の分解対象となる他の成分も含まれている。工場排水のホルムアルデヒド濃度は約1g/L(0.9g/L)であった。この工場排水1LにUF1株を初期菌体濃度がOD600=1.0となるよう接種し、30℃、200rpm、曝気量1.5L/分の条件でジャーファーメンター内で分解試験を実施した(図4)。その結果、排水中のホルムアルデヒドは、培養3時間で96%が分解された。
【0051】
[分解試験例4]
UF1株の乾燥粉末を用いたホルムアルデヒドの分解試験を実施した。乾燥粉末は以下の手順で調製した。寒天培地上のUF1株のコロニーをLB液体培地4mLに接種し、30℃で18時間振とう培養(240rpm)した。この培養液を1LのLB培地を充填したジャーファーメンターに添加し、30℃、200rpm、曝気量1.5L/分の条件で16時間培養した。培養液を遠心分離し、菌体は蒸留水で3回洗浄してから薬さじでかきとり、ガラス皿に薄く塗り広げてデシケーター内に設置し、12時間以上減圧乾燥した。ガラス皿から乾燥菌体をかきとって回収し、乳鉢で細粒化して冷蔵庫内で保存した。なお、この調製方法において培養液を遠心分離する操作以降は無菌操作ではない。
【0052】
約1g/L(1.1g/L)ホルムアルデヒド含有工場排水1Lに初期菌体濃度がOD600=1.0となるように上記の方法で粉末化したUF1株の乾燥菌体を接種し、30℃にて曝気と撹拌をしながらジャーファーメンター内で分解試験を実施した。結果を図5に示す。排水中のホルムアルデヒドは、培養3時間で92%、6時間で96%が分解された。
【0053】
[従来株との比較1]
シュードモナス プチダF61株の菌体を理化学研究所微生物材料開発室(JCM)から入手し、UF1株とのホルムアルデヒド存在下での菌体濃度の変化およびホルムアルデヒド分解活性を比較した。初期菌体濃度がOD600=0.1となるように、シュードモナス プチダF61株とUF1株の前培養液を1g/Lホルムアルデヒド含有培地にそれぞれ植菌した。これらを振とう培養し(30℃、234rpm)、所定時間後にサンプリングして光学密度(OD600)と残留ホルムアルデヒド濃度を測定した。結果を図6に示す。なお、ホルムアルデヒドを全く分解できないネガティブコントロールとして、エシェリヒア コリ(Escherichia coli)の生菌体を用いた結果も示す。図6より明らかであるように、UF1株はホルムアルデヒド分解速度、増殖速度がシュードモナス プチダF61株より速かった。
【0054】
[従来株との比較2]
ホルムアルデヒドジスムターゼ(FDM)活性によりホルムアルデヒドの消失にともなってギ酸が生じることがシュードモナス プチダF61株で報告されている(非特許文献2)ことから、UF1株についてもギ酸の生成を解析した。結果を図7に示す。
【0055】
F61株と同様にUF1株もホルムアルデヒド濃度の減少に伴いギ酸が検出された。しかし、ギ酸濃度はどちらの株においても約1時間で頭うちとなりそれ以上の濃度の増加は確認されなかった。検出されたギ酸は、ホルムアルデヒド消失量の2分の1等量よりも明らかに少ない。これは、両菌株がホルムアルデヒドの分解によって生成したギ酸を二酸化炭素へと酸化する酵素を保有していることを示唆している。UF1株は培養開始から6時間後にはホルムアルデヒドとギ酸の両方がほぼ完全に消失したことから、F61株と比べてギ酸の酸化速度も速いことが示された。
ギ酸も高濃度では細胞毒性を有することから、UF1株を用いることでギ酸の蓄積なしにホルムアルデヒドを処理可能となることが期待される。
【0056】
[UF1株の初期菌体濃度とホルムアルデヒドの分解速度・分解上限濃度の関係]
初期菌体濃度をOD600=1.0となるようにする代わりにOD600=0.01とし、初期ホルムアルデヒド濃度を約0.08%(0.8g/L)となるようにした以外は分解試験例1と同様の条件でホルムアルデヒド分解試験を行なったところ、0.8g/Lのホルムアルデヒドを95%以上分解するのに要する時間は30時間であった。分解試験例1の3時間と比較して長時間を要した。また、初期菌体濃度をOD600=0.1となるようにした以外は分解試験例1と同様の条件でホルムアルデヒド分解試験を行なったところ、完全分解上限ホルムアルデヒド濃度が0.3%(3g/L)であった。OD600=1.0では0.5%(5g/L)に増加した。
【0057】
[UF1株生菌体によるホルムアルデヒド分解に必須の成分]
LB寒天プレートに生えたUF1株のコロニーをLB液体培地4mLに接種し、30℃で一晩振とう培養(234rpm,18時間)し前培養液の光学密度OD600を測定した。オートクレーブ滅菌した水道水、純水またはM9最小塩培地(リン酸水素二ナトリウム:6.8g/L、リン酸二水素カリウム:3g/L、塩化ナトリウム:0.5g/L、塩化アンモニウム:1g/L、硫酸マグネシウム:0.12g/L、塩酸チアミン:0.001g/L)を溶媒として、塩化アンモニウム(窒素源)、リン酸水素二ナトリウム(リン源)、リン酸二水素カリウム(リン源)を所定の組成で添加した。そこへそれぞれOD600=1.0となるようにUF1株の前培養液を植菌し、最後にホルムアルデヒドを終濃度が3g/Lとなるように添加した。これらを一晩振とう培養(30℃,234rpm,18時間)した後に培養液をサンプリングし、光学密度(OD600)とホルムアルデヒド濃度を測定した。結果を図8に示す。
【0058】
約3g/Lのホルムアルデヒド(0時間の濃度未測定)を単一炭素源とする最小塩培地(M9培地)ではホルムアルデヒドがほぼ完全に分解されたのに対して、オートクレーブ滅菌した水道水ではわずかしかホルムアルデヒドは分解されなかった。また、M9培地組成から2種類のリン源を除いた場合と純水に窒素源のみを添加した場合でもホルムアルデヒドはわずかしか分解されなかったことから、UF1株のホルムアルデヒド分解には窒素源ではなくリン源が必要である可能性が示された。3g/Lのホルムアルデヒドは2種類のリン源濃度が合計35mmol/L以上でほぼ完全に分解されることが示された。
【0059】
本試験ではどの条件下でも菌体濃度の上昇は見られなかったが、これはUF1株が増殖できるほどの栄養が培地に含まれていなかったためであると推察される。なお、中和槽由来実排水(ホルムアルデヒド濃度:1.2g/L,pH9)にUF1株を植菌して30℃で振とう培養した場合でもホルムアルデヒドをほぼ完全に分解可能であった。したがって、排水中にはホルムアルデヒドの分解に必要な成分は十分に含まれていると推察した。
【0060】
[乾燥菌体を用いた実排水ホルムアルデヒド分解試験]
UF1株生菌体はホルムアルデヒド濃度が1.2g/Lである中和槽由来実排水(pH9)中のホルムアルデヒドを分解できたにも関わらず、乾燥菌体では同じ排水中のホルムアルデヒドを十分に分解できなかった。この違いは、生菌体が増殖する過程でホルムアルデヒドの分解に必要な成分を補給していることに起因すると考えられる。そこで、上記の結果も踏まえて乾燥菌体が排水中のホルムアルデヒドを分解可能なリン源の下限濃度を特定した。
【0061】
リン酸水素二ナトリウムとリン酸二水素カリウムを中和槽から採水したホルムアルデヒド含有実排水(ホルムアルデヒド濃度:1.2g/L,pH9)4mLに添加して合計したリン源が0,17.5,35,70mmol/Lになるようそれぞれ調整した。ここに乾燥菌体をOD600=1.0となるようにそれぞれ添加した。これらを一晩振とう(30℃,234rpm,18時間)し、培養液を1mLずつサンプリングし、光学密度(OD600)とホルムアルデヒド濃度を測定した。結果を図9に示す。
【0062】
図9より、乾燥菌体でも35mmol/L以上のリンを添加することで1g/Lのホルムアルデヒドをほぼ完全に分解可能であることが示された。なお、光学密度(OD600)が減少していたことから、乾燥菌体に含まれるUF1株はほぼ死滅していると推察される。
【0063】
[乾燥菌体のホルムアルデヒド分解におけるリン源の必要性評価]
M9最小塩培地は中性付近のpHとするために2種類のリン源が添加されているが、UF1株乾燥菌体によるホルムアルデヒド除去には両方のリン源が必要とは限らない。そこで、中和槽実排水(ホルムアルデヒド濃度:1.2g/L,pH9)4mLにリン酸水素二ナトリウムまたはリン酸二水素カリウムを終濃度が50mmol/Lとなるよう添加した。そこへUF1株乾燥菌体を添加(OD600=1.0)して30℃,18時間振とうし、1mLをサンプリングしてホルムアルデヒド濃度を測定した。なお、リン酸水素二ナトリウムおよびリン酸二水素カリウムを同時添加した条件、リン酸水素二ナトリウムのみを添加した条件、およびリン酸二水素カリウムのみを添加した条件で、中和槽実排水の初期pHはそれぞれ約7、8、6であった。結果を図10に示す。
【0064】
図10からわかるように、乾燥菌体を用いて1.2g/Lのホルムアルデヒドをほぼ完全に分解する上でリン源の種類に制約はなかった。この結果から、例えば、pH1以下の強酸性実排水に含まれるホルムアルデヒドを分解する場合などにおいては、わずかでも中和効果を有する塩基性のリン酸水素二ナトリウム(Na2HPO4)をリン源として選択することが好ましいと考えられる。
【0065】
[UF1株のホルムアルデヒド分解活性におけるpH依存性評価]
寒天プレートに生えたUF1株のコロニーをLB液体培地4mLに接種し、30℃で3時間振とう培養後に終濃度が0.5g/Lとなるようホルムアルデヒドを添加してから引き続き30℃で一晩振とう培養した。前培養液の光学密度(OD600)を測定し、硫酸によりpH調整したホルムアルデヒド含有(終濃度1g/L)培地4mL(pH=3,4,5,6,7(Cntrоl))にOD600=1.0となるようそれぞれ植菌した。これらを一晩振とう培養(30℃,234rpm,18時間)した後に培養液をサンプリングし、光学密度(OD600)とホルムアルデヒド濃度を測定した。結果を図11に示す。
【0066】
図11からわかるように、培地の初期pHが4以上で1g/Lのホルムアルデヒドが18時間後にほぼ分解されたのに対して、初期pHが3の場合は18時間後でもホルムアルデヒドはわずかしか分解されなかった。また、培地の初期pHが5以上で有意な菌体の増殖が確認された。しかし、初期pHが4以下の場合は18時間が経過しても菌体の増殖は見られなかった。
【0067】
[UF1株のホルムアルデヒド分解における温度依存性評価]
寒天プレートに生えたUF1株のコロニーをLB液体培地4mLに接種し、30℃で3時間振とう培養後に終濃度が0.5g/Lとなるようにホルムアルデヒドを添加してから引き続き30℃で一晩振とう培養した。前培養液の光学密度(OD600)を測定し、ホルムアルデヒド未添加または3g/Lホルムアルデヒド含有培地4mLにOD600=1.0となるよう植菌した。これらを5℃または10℃の低温条件下で一晩振とう培養(234rpm,18時間)した後に培養液をサンプリングし、光学密度(OD600)とホルムアルデヒド濃度を測定した。結果を図12に示す。
【0068】
図12Aからわかるように、光学密度(OD600)は、5℃および10℃のどちらでもホルムアルデヒド添加の有無に関わらず、初期値とほぼ一致するかわずかな変化を示すのみであり、有意にUF1株の増殖が抑制されている。一方、図12Bからわかるように、ホルムアルデヒド分解活性は5℃,10℃の両方で同等に維持された。UF1株の単離源が屋外に設置されている活性汚泥槽であることからも妥当な結果であると考えられる。これらの結果から、UF1株は実排水処理システムにおけるホルムアルデヒド分解技術への応用可能性が高いと期待される。
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明により水中のホルムアルデヒドを継続的に分解することができる微生物が提供される。この微生物を用いて、例えば、工場の排水処理を行なうことができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
【配列表】
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