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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024076465
(43)【公開日】2024-06-06
(54)【発明の名称】生物多様性の評価方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/68 20180101AFI20240530BHJP
   C12Q 1/686 20180101ALI20240530BHJP
   C12Q 1/6869 20180101ALI20240530BHJP
   C12Q 1/6888 20180101ALI20240530BHJP
【FI】
C12Q1/68
C12Q1/686 Z
C12Q1/6869 Z
C12Q1/6888 Z
【審査請求】有
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022187991
(22)【出願日】2022-11-25
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2024-01-23
(71)【出願人】
【識別番号】303056368
【氏名又は名称】東急建設株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】240000327
【弁護士】
【氏名又は名称】弁護士法人クレオ国際法律特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】宇田川 湧人
(72)【発明者】
【氏名】柴野 一則
(72)【発明者】
【氏名】金内 敦
(72)【発明者】
【氏名】小嶋 謙介
【テーマコード(参考)】
4B063
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA20
4B063QQ42
4B063QR08
4B063QR32
4B063QR55
4B063QR62
4B063QS25
4B063QS32
4B063QX02
(57)【要約】
【課題】調査対象地域の環境の攪乱リスクがない採水と環境DNA分析によって、簡単かつ定量的に生態系全体の豊かさの評価が可能となる生物多様性の評価方法を提供する。
【解決手段】調査対象地域の生物多様性の豊かさを定量的に評価するための生物多様性の評価方法である。
そして、調査対象地域の生態系の生態ピラミッドの中間階層種の中から評価対象種を選定するステップS3と、調査対象地域における採水から評価対象種の環境DNA量を算出するステップS4,S5と、調査対象地域の生物の生息環境の質をハビタットユニット(HU)という数値(HU値)で算出するステップS6と、環境DNA量とHU値に基づいて、生物多様性の豊かさを定量的に表す種の多様度指数を算出するステップS7とを備えている。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
調査対象地域の生物多様性の豊かさを定量的に評価するための生物多様性の評価方法であって、
前記調査対象地域の生態系の生態ピラミッドの中間階層種の中から評価対象種を選定するステップと、
前記調査対象地域における採水から前記評価対象種の環境DNA量を算出するステップと、
前記調査対象地域の生物の生息環境の質をハビタットユニット(HU)という数値(HU値)で算出するステップと、
前記環境DNA量と前記HU値に基づいて、生物多様性の豊かさを定量的に表す種の多様度指数を算出するステップとを備えたことを特徴とする生物多様性の評価方法。
【請求項2】
前記HU値は、前記評価対象種の生息する環境の質を表すハビタット適正指数(HSI)にその環境の面積を乗じることで算出され、
前記多様度指数は、前記環境DNA量に前記HU値を乗じた値に基づいて求められる前記評価対象種の割合(Pi)を使って算出されるシャノン・ウィナー多様度指数であることを特徴とする請求項1に記載の生物多様性の評価方法。
【請求項3】
前記HU値は、少なくとも水辺と緑地とが区別された生息環境タイプごとに算出されることを特徴とする請求項1又は2に記載の生物多様性の評価方法。
【請求項4】
前記評価対象種の選定は、前記採水の環境DNA分析において網羅的解析をおこなった結果に基づいて行われることを特徴とする請求項1又は2に記載の生物多様性の評価方法。
【請求項5】
前記環境DNA量は、環境DNA分析において種特異的解析をおこなった結果に必要に応じて補正がされたものであることを特徴とする請求項1又は2に記載の生物多様性の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、調査対象地域の生物多様性の豊かさを定量的に評価するための生物多様性の評価方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、人間活動による環境汚染、急激な気候変動、生物資源の乱獲などにより地球規模で生物の多様性が消失している。一度失われた生物の多様性を再生することは困難であるため、2010年に開催されたCOP10(生物多様性第10回締約国会議)で生物多様性の損失に歯止めをかけるために設定された愛知目標(目標期間2010年~2020年)や、2015年の国連サミットで採択されたSDGs、自然資本と生物多様性の観点から事業機会とリスクの情報開示を求めるTNFDの発足など、世界的な生物多様性の保全に向けた取り組みが活発化している。
【0003】
こうした社会課題の一つである”生物多様性の保全”をより確実に達成するためには、生物多様性の評価・モニタリングの手法が必要である。生物多様性とは、生物多様性条約により、生態系の多様性、種の多様性、遺伝子の多様性の3つの階層があるとされ、各階層が相互に作用しているため、生態系の豊かさを総合的に評価・モニタリングすることが可能な手法が必要となってくる。
【0004】
従来の生物多様性の評価には、種数と個体数による種多様性の評価と、指標種や景観の種類とその状態の指標による生態系の評価とがあるが、種多様性と生態系の作用を個々に評価しているのが現状である(特許文献1-4など参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2014-6907号公報
【特許文献2】特開2004-272890号公報
【特許文献3】特開2012-212209号公報
【特許文献4】特開2006-280226号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、前述したとおり、生物多様性の評価には各階層(生態系の多様性、種の多様性、遺伝子の多様性)の総合的な評価が必要であり、生態系の総合的な豊かさを評価する手法は、まだ確立されていない。
【0007】
また、従来の生物多様性評価のプロセスで必要となる採捕調査では、調査のために自然に人が分け入ることで、生態系の攪乱のリスクがある。さらに、調査期間が長期間となりやすく、コストも大きくなる。そして、採捕した種の同定のための専門知識や採捕技術が必要となるため、調査の難易度も高い。
【0008】
そこで本発明は、調査対象地域の環境の攪乱リスクがない採水と環境DNA分析によって、簡単かつ定量的に生態系全体の豊かさの評価が可能となる生物多様性の評価方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記目的を達成するために、本発明の生物多様性の評価方法は、調査対象地域の生物多様性の豊かさを定量的に評価するための生物多様性の評価方法であって、前記調査対象地域の生態系の生態ピラミッドの中間階層種の中から評価対象種を選定するステップと、前記調査対象地域における採水から前記評価対象種の環境DNA量を算出するステップと、前記調査対象地域の生物の生息環境の質をハビタットユニット(HU)という数値(HU値)で算出するステップと、前記環境DNA量と前記HU値に基づいて、生物多様性の豊かさを定量的に表す種の多様度指数を算出するステップとを備えたことを特徴とする。
【0010】
ここで、前記HU値は、前記評価対象種の生息する環境の質を表すハビタット適正指数(HSI)にその環境の面積を乗じることで算出され、前記多様度指数は、前記環境DNA量に前記HU値を乗じた値に基づいて求められる前記評価対象種の割合(Pi)を使って算出されるシャノン・ウィナー多様度指数とすることができる。
【0011】
また、前記HU値は、少なくとも水辺と緑地とが区別された生息環境タイプごとに算出することができる。さらに、前記評価対象種の選定は、前記採水の環境DNA分析において網羅的解析をおこなった結果に基づいて行われることが好ましい。そして、前記環境DNA量は、環境DNA分析において種特異的解析をおこなった結果に必要に応じて補正がされたものとすることができる。
【発明の効果】
【0012】
このように構成された本発明の生物多様性の評価方法では、生態系の様々な相互作用の中でも最も重要な作用である生態ピラミッドの捕食-被食関係とその関係による物質循環の円滑性に着目し、生態ピラミッド内の物質の受け渡しにおいて重要な役割を担っている中間階層種の中から評価対象種を選定する。
【0013】
ここで、生息生物の種の把握を採捕調査ではなく環境DNA分析によって行うため、現地作業が採水のみで済み、環境の攪乱リスクがない。同時に調査期間の短縮と評価の迅速性の向上や、コストの低減を図ることができるようにもなる。また、種の同定をDNA情報に従って行うのであれば、種の同定に専門知識が不要となる。
【0014】
そして、中間階層種である評価対象種の多様性とその生息環境の質を定量的に評価することで、生態系全体の生物多様性の豊かさを、簡単かつ定量的に評価することができるようになる。また、この定量的な評価結果を利用することで、環境改変の影響などを、時系列に評価することもできるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本実施の形態の生物多様性の評価方法の手順を説明するフローチャートである。
図2】生態系の生態ピラミッドと各階層との関係を概念的に示した説明図である。
図3】生態ピラミッドの詳細の一例を示した説明図である。
図4】環境DNA分析の種特異的解析の結果を例示した説明図である。
図5】生息環境タイプとそれに関連する環境要因(SI)とを説明する図であって、(a)は水辺のSIモデルの説明図、(b)は緑地のSIモデルの説明図である。
図6】調査対象地域の生息環境タイプを模式的に示した説明図である。
図7】生息環境タイプごとにハビタットユニット(HU)を求めるイメージを示した説明図である。
図8】シャノン・ウィナー多様度指数の求め方の概要を示した説明図である。
図9】本実施の形態の生物多様性の評価方法を用いたモニタリングと時系列評価の概要を示した説明図である。
図10】HU分析のみの評価結果の一例を示した説明図である。
図11】シャノン・ウィナー多様度指数を用いた評価結果の一例を示した説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照して説明する。
図1は、本実施の形態の生物多様性の評価方法の手順を説明するフローチャートである。図2は、生態系の生態ピラミッドと各階層との関係を概念的に示した説明図である。
【0017】
生物多様性条約において、生物多様性とは、全ての生き物の間に違いがあることをいうものとされており、生態系の多様性、種の多様性、遺伝子の多様性という3つの多様性から構成されるとしている。
【0018】
一方において、自然界に生息する生物は、捕食-被食の関係があり、この関係を食物連鎖と呼ぶ。そして、この食物連鎖でつながっている生態系の動植物を、エネルギー循環・物質循環における生物の役割で分類したものが、栄養段階である。
【0019】
図2に示すように、食物連鎖と栄養段階においては、上位になるほど個体数・生物量は減少し、生物の種と各生物量を栄養段階の順番で積み上げて図に表すとピラミッド型となるため、この関係を生態ピラミッドと呼んでいる。例えば、生産者が植物、一次消費者が昆虫などの草食性の生物、二次消費者が肉食性の昆虫や両生類などの小型生物、三次消費者が小型の哺乳類や鳥類など、頂点捕食者が猛禽類などとなる。
【0020】
栄養段階の各段階において捕食-被食の関係で、上位の栄養段階が下位の栄養段階に影響を与えることをトップダウン効果と呼び、下位の栄養段階が上位の栄養段階に影響を与えることをボトムアップ効果と呼ぶ。各階層の種の個体数が相互作用によって影響を受け、上位の種は下位の種無しでは生存できず、下位の種は上位の種がいなければ個体数が急激に増加し、生態系全体に影響を与えることになる。
【0021】
本実施の形態の生物多様性の評価方法では、生態ピラミッドにおいて下位の段階から上位の段階への栄養物質の受け渡しの役割を担い、トップダウン効果とボトムアップ効果の双方の影響を受ける中間階層種の多様性に注目した。この中間階層種は、図2の例示では、二次消費者が該当する。
【0022】
また、従来の食物連鎖の考え方では、他からの栄養物質や生物の移出入はあまり考慮されていないが、生物種によっては、移動能力が高い種や一生に複数の生息環境タイプを利用して生活する種が存在する。例えば、ホタルやカエルは幼虫やオタマジャクシのときには水中で生活しているが、成体になると飛翔したり、陸上に上がって生活する。
【0023】
これらの種は、生活史のサイクルによって相当数の個体が同じ期間に移動し、それぞれ捕食-被食の関係を持つため、その場所の食物連鎖に与える影響は大きいと考えられる。そこで、本実施の形態の生物多様性の評価方法では、評価対象種として、この移動能力が高い種や一生に複数の生息環境タイプを利用する種に注目することで、複数の生息環境タイプの質を評価できるようにした。
【0024】
すなわち本実施の形態の生物多様性の評価方法では、「中間階層種である」という条件と、「移動能力が高いか、又は一生で複数の生息環境タイプを利用する種である」という条件の2つの条件を満たす生物を、生物多様性の豊かさを評価する指標種として「キャリアー」と呼ぶこととする。そして、このキャリアーを評価対象種として選定して、その多様性を評価することで、生態系全体の豊かさを総合的に評価する。
【0025】
従来の生物多様性の評価には、指標種による評価と景観の種類とその状態の指標による評価とがあるが、生態系全体の豊かさを評価をする手法はまだ確立されていない。生態系とは、ある空間に生活している生物とそれらが生息する環境の要素の相互作用から成るシステムのことである。
【0026】
この生態系の多様性が大きければ、生息する種数は増え、同じ種が異なる生態系に置かれた場合は遺伝形質が異なってくる。つまり、生態系の多様性を保全することが、種多様性と遺伝子の多様性とを保全する上でも重要となる。
【0027】
そこで、生態系の豊かさを評価する上で、生態系の様々な相互作用の中でも最も重要な作用である生態ピラミッドの捕食-被食関係とその関係による物質循環の円滑性に着目する。環境中の様々な物質は、生態系の中を循環しているが、物質量は有限であるため、地球という閉鎖系の中で循環することで生物に利用されているからである。生物多様性には生態系内の円滑な物質循環が必要であり、生物は捕食-被食関係によってその物質の受け渡しを行う役割を担っている。
【0028】
図3は、生態ピラミッドの一例を示した説明図である。生態ピラミッド表の二次消費者のような中間階層種は、上位と下位の栄養段階への物質の受け渡しを行うため、種間の被食-捕食関係を表す矢印の数(連鎖数)が多くなっている。このように中間階層種は、生態ピラミッド間の物質循環の観点で重要な役割を担っており、生態系内の円滑な物質循環には、中間階層種の多様性とその生息環境の価値が保全されていることが重要である。
【0029】
加えて、この捕食-被食関係の物質循環の側面の他に、個体が移動することによる物質運搬にも着目し、種の移動性の高さや一生で利用する生息環境タイプを複数持つこと等の要件に注目した。
【0030】
続いて、環境DNA分析について説明する。
近年、河川や湖沼の水に含まれる生物の組織片のDNAを分析し、生物の在・不在などの情報を得る環境DNA分析が、生物調査の効率化や高度化につながる技術として注目され、研究が進められている。
【0031】
この環境DNA分析では、水域の水をサンプリングボトルで汲み取ってフィルタリングし、生物由来のDNAを抽出後、遺伝子増幅(PCR等)を行うことによって、その水域に特定の生物(魚等)が生息するかどうかを分析する。この手法の実施にあたって、調査計画の立案方法や調査結果の精査方法については、環境省で「環境DNA分析技術を用いた淡水魚類調査手法の手引き」が作成され、分析方法としては環境DNA学会で標準版「環境DNA調査・実験マニュアル ver.2.2」が作成されており、標準的な方法(以下、「学会法」という。)として推奨されている。
【0032】
環境DNA分析は、現地作業が採水のみで、かつ、検出感度が高いといった特徴を持つ。そのため従来の生物多様性の評価のプロセスで行われてきた採捕調査の代替手段として注目されており、国土交通省においては河川水辺の国勢調査への活用も検討されている。
【0033】
環境DNA分析の主な分析方法は2種類あり、1つは特定の種に限定せず「魚類」のような1分類群の種構成を解析する分析方法で「網羅的解析」と呼ばれる。もう1つは特定の種のDNA量を解析する分析方法で「種特異的解析」と呼ばれる。
【0034】
本実施の形態の生物多様性の評価方法では、調査対象地域の生物の種数を網羅的解析によって把握し、特定のキャリアーの種のサンプル1ml当たりのDNA量を種特異的解析によって把握することとする。図4は、環境DNA分析の種特異的解析の結果の一例を示している。
【0035】
環境DNA量は、魚類等一部の生物との間に個体数との高い正の相関があり、個体数及び生物量を推定できることが既存文献で示されているが、種ごとの体表からのDNA放出率や個体の大きさによる放出量が異なるため、個体数の推測は困難である。他方において、種特異的解析によって解析されるDNA量は定量分析であり、相対的な生物量の比較が可能である。
【0036】
本実施の形態の生物多様性の評価方法では、キャリアー各種のDNA放出率や移動性等の生態的特徴からDNAの重み付けを行い、後述するハビタットユニット(HU)という指標を用いて、個体数指標を算出する。
【0037】
続いて、ハビタット評価手続き(HEP:Habitat Evaluation Procedure)について説明する。HEPとは、アメリカで開発され、事業や開発による野生動物・生態系への影響を定量的に把握し、影響に対する代償措置や代替案の検討等、事業や開発の意思決定に用いられる手法(手続き)である。
【0038】
ここで、ハビタット(Habitat)とは、生物の生息環境を指し、生物の保全にはその生物のハビタットの保全が必要である。そこで事業などの環境改変によるハビタットの変化を定量的に評価する手法として、HEPが注目されている。
【0039】
HEPでは、対象とする地域の生物の生息地(生息環境)の質を、HU(Habitat Unit)という単位を使って評価する。評価対象種以外の種についてはHEPによる評価ができないため、評価対象種の選択が非常に重要なプロセスとなる。
【0040】
本実施の形態の生物多様性の評価方法では、上述したキャリアーを評価対象種とする。HUは評価対象種のHSIモデルと領域の面積から生息環境の質を評価する指標で、環境の質(HSI:Habitat Suitability Index)と環境の量(面積)とを掛け合わせることで求めることができる。
【0041】
本実施の形態の生物多様性の評価方法では、評価対象種の利用する生息環境タイプが複数あれば、それぞれについて求めたHUを足し合わせたものを、調査対象地域の生息環境の質として評価する。
【0042】
HU=[環境の質(HSI)]×[環境の量(面積)]
ここで、HSIは、ハビタット適正指数(Habitat Sustainability Index)のことで、HSIは、HSIモデルと呼ばれるモデルから算出される。また、HSIモデルとは、以下の式で表される、評価対象種にとっての環境の質を表現する指数のことである。
HSI=(調査対象地域のハビタットの状態)/(理想的なハビタットの状態)
【0043】
このHSIモデルの指数の値が大きいほど、その土地は環境の質が高く、評価対象種にとって住み易い環境であることを示し、0~1の値を取る。そして、HSIモデルを構築する際には、まず評価対象種の基本情報(食物、水、行動圏、繁殖生態、生息環境など)を整理する。
【0044】
続いてそれらの情報の中から、評価対象種に対するハビタットの適否を決定づける環境要因(繁殖条件や生存条件など)の絞り込みを行う。抽出した環境要因は、生息環境タイプごとにSI(Suitability Index)という指標に換算する。
SI=(調査対象地域のハビタットにおける環境要因の状態)/(理想的なハビタットを規定するある環境要因の状態)
【0045】
図5は、生息環境タイプとそれに関連する環境要因(SI)とを説明する図であって、図5(a)は水辺のSIモデルの例示であり、図5(b)は緑地のSIモデルの例示である。
【0046】
一方、図6は、調査対象地域の生息環境タイプを模式的に示した説明図である。調査対象地域には、水辺や緑地などの生息環境タイプが存在する。また、緑地に含まれるものの中には、樹木、草地、屋上緑化、壁面緑化などの生息環境タイプがある。
【0047】
これらの評価対象種の利用する複数の生息環境タイプについて、図7に示すように、それぞれでHUを求め、それらを足し合わせたものを調査対象地域の環境の質として総合的に評価する。
【0048】
こうして求められたHU値と、評価対象種の環境DNA量とに基づいて、生物多様性の豊かさを定量的に表す多様度指数を算出する。ここでは、多様度指数としてシャノン・ウィナー多様度指数について説明する。
【0049】
図8は、シャノン・ウィナー多様度指数の求め方の概要を示した説明図である。生物多様性を評価する定量的な方法の1つとして、種の多様度指数がある。多様度指数は、種の豊富さと均等度の2つの要素を考慮した種多様性の尺度であり、その代表的なものにシャノン・ウィナー多様度指数H´がある。ここで、シャノン・ウィナー多様度指数H´を求めるために使われるPiは、調査対象地域内の全種の個体数Sに占める種iの個体数の割合を示す。
【0050】
次に、図1を参照しながら、本実施の形態の生物多様性の評価方法の手順について説明する。
【0051】
まず、調査対象地域に対する事前調査を行う。ステップS1では、調査対象地域の生態系を保全する上で注目すべき生物、重要となる環境要素等について、文献調査による詳細な調査を実施し、対象地域の環境特性や生息生物種を把握する。
【0052】
そして、把握した生物種を図3のように生息環境タイプ(林、水田、畑地、湿地、河川・池沼など)と栄養段階で分け、種間の捕食-被食関係を矢印で表した生態ピラミッド表を作成する。また衛星画像によって水域の有無を判断し、評価手法の適用可能性を判断する。必要に応じて、ドローンによる空撮調査を実施することもできる。
【0053】
事前調査によって調査対象地域が評価対象となったときには、調査対象地域内の水域にて、学会法に従った環境DNA分析の網羅的解析を実施する(ステップS2)。サンプリング地点は、評価対象地域、例えば河川の下流側端部のような、評価対象水域の水流が集まる地点、又は、HSIが高いと推測もしくは算出されるような、キャリアーが好む環境要因を有する地点などから、少なくとも1地点以上の地点を設定する。また、流域面積が大きい場合、例えば、河川の上流側又は中間地点に、1地点以上のサンプリング地点を追加してもよい。さらには水流に限らず、キャリアーの生息に適した環境の陸域をサンプリング地点とし、その土壌をサンプリングして環境DNAを抽出してもよい。
【0054】
環境DNA分析の網羅的解析による分析結果から、調査対象地域に生息する生物種を把握した後は、ステップS1の事前調査の結果と比較・精査して、生態ピラミッド表を修正する。そして、修正後の生態ピラミッド表から、調査対象地域の生態系のキャリアーを特定する。
【0055】
ステップS3では、ステップS2で作成された生態ピラミッド表から、中間階層種でかつ生息環境タイプを複数持つ種であるキャリアーを特定し、評価対象種として選定する。評価対象種に適した生物としては、両生類や爬虫類、昆虫類のトンボやホタルなどが考えられる。
【0056】
評価対象種が選定されると、ステップS4において、環境DNA分析の種特異的解析による評価対象種のDNA量の把握が行えるようになる。すなわち、選定したキャリアー種について、ステップS2で採取した水サンプルに対して、学会法に従って環境DNAの種特異的解析を行い、サンプル1ml当たりのDNA量を求める。図4は、評価対象種として選定したヘイケボタルについて、環境DNA分析の種特異的解析をおこなった結果を示している。
【0057】
このようにして種特異的解析によって求められたDNA量に対しては、キャリアー各種のDNA放出率や移動性等の生態的特徴から補正が行われる(ステップS5)。DNA量の補正を行う際に考慮する補正項目としては、例えば、水域の水の流れによるDNAの拡散、種ごとのDNAの放出率や分解率、種ごとの生存戦略や生活史による個体数の変動、栄養段階による個体数の比率などが挙げられる。このDNA量の補正は、必要に応じて適した手法で行われることになるが、補正の有無に関わらず、以後の処理に使用するDNA量を環境DNA量と呼ぶこととする。
【0058】
一方、評価対象種の選定後のステップS6では、評価対象種について、生息環境の質を表すハビタットユニット(HU)の算出を行う。HUの算出に際しては、まずキャリアー各種の生息地を想定したHSIモデルを構築して、環境の質の評価を行う。
【0059】
HSIモデルの構築には、環境アセスメント学会が公開しているモデルなど既往の研究を参考にして環境要因(SI)を抽出し、抽出した環境要因ごとにSIモデルを作成する。HUの算出は、種ごとに行うこともできるが、その場合は面積の区分けが煩雑になり、手間が大きい。そこで、種別の評価項目を再構成して、生息環境タイプごとのHUを求めることとする。
【0060】
要するに、簡易的に評価が行えるようにするために、生物を特定せずに、一般的な鳥や蝶を想定して、複合的なハビタットを設定する。図5は、生息環境タイプごとのSIモデルを説明する図であって、図5(a)は水辺のSIモデルの例示であり、図5(b)は緑地のSIモデルの例示である。
【0061】
図に示したように、各SIモデルに対しては、0点から1点の点数が付けられる。例えば、水辺のSIモデルからHSIモデルを構築する場合は、以下のような計算を行うことができる。
HSI(水辺)=(1+SI1+SI2+(2×SI3)+(2×SI4)+(2×SI5)+SI6)÷10
上式では、種の生態や特徴、SI1~SI6の関係性や優先度に応じた重み付けを行っている。
【0062】
一方、環境の量の評価は、衛星画像やUAV(Unmanned aerial vehicle)による調査対象地域の空撮画像データなどから、領域の面積や環境パターン(緑被分布データや水域分布データ)などを抽出してGIS(地理情報システム)に入力し、対象とした環境の面積を算出することで行う。図6は、調査対象地域の生息環境タイプを模式的に示した説明図である。
【0063】
図6に示したように、建築物の屋上緑化や壁面緑化、敷地内の植栽やビオトープなども生息環境タイプとして設定することができる。要するに、「水辺」、「樹木」、「GCP(草地等の地被植物)」などの生息環境タイプに加えて、屋上緑化や壁面緑化についても生息環境タイプとして考慮することができる。
【0064】
そして、「環境の質」の評価となるHSIと、「環境の量」の評価となる面積とを掛け合わせることで、各生息環境タイプの生息環境の質の評価を、HU値として求めることになる(図8参照)。
HU値=[環境の質(HSI)]×[環境の量(面積)]
【0065】
図7は、生息環境タイプごとにハビタットユニット(HU)を求めるイメージを示した説明図である。ここでは、生息環境タイプ別に求められた環境の質(HSI1~HSI3)に、調査対象地域内の生息環境タイプの面積(面積1~面積3)をそれぞれ掛けることで、生息環境タイプごとのHU値(HU1~HU3)を算出する。
【0066】
さらに、それらのHU値(HU1~HU3)に重み(A~C:例えば、同じ1m2でも水辺は樹木より〇倍の評価とするなど)を掛けて補正評価値(HU1´~HU3´)を求めたのちに、これらを合計した調査対象地域の総合評価となるHU値(=HU1´+HU2´+HU3´)を求める。
【0067】
そして、ステップS7では、シャノン・ウィナー多様度指数H´を算出する。シャノン・ウィナー多様度指数H´を求めるには、図8に示したように、まず調査対象地域内の全種の個体数Sに占める評価対象種となる種iの個体数の割合であるPiを求める。
Pi=(評価対象種の環境DNA量×評価対象種のHU)/(全種の(環境DNA量×HU)の総計)
=(種iの1ml当たりの環境DNA量×種iのHU)/(キャリアー各種の1ml当たりの環境DNA量×HUの合計)
【0068】
Piでは、環境DNA量に対して、HU(環境の質×面積)が大きければ個体数も多くなるといった重み付けを行っている。そして、Piから求められるシャノン・ウィナー多様度指数H´は、数値が大きければ大きいほど、生態系が豊かであることを示すことになる。
【0069】
このようにして求められたシャノン・ウィナー多様度指数H´を使って、ステップS8では、モニタリングや時系列評価を行う。要するに、シャノン・ウィナー多様度指数H´を生態系全体の豊かさを表す指標として使用し、指数の推移をモニタリングすることで環境改変などの影響の時系列評価を行う。
【0070】
図9は、本実施の形態の生物多様性の評価方法を用いたモニタリングと時系列評価の概要を示した説明図である。評価開始時に現状のシャノン・ウィナー多様度指数H´を求めておき、1年後、2年後と時間が経過するごとに、その時点のシャノン・ウィナー多様度指数H´を求めていくことで、環境保全措置の効果や維持管理の効果などを時系列評価することができるようになる。
【0071】
さらに、環境改変などの影響の将来予測を行うこともできるようになる。図10及び図11は、複数の計画を想定して、将来の生物多様性を評価した計算例を示している。まず、工事の施工前などの調査対象地域の状態を、「現状」として把握しておく。
【0072】
ここでは、環境DNA分析の種特異的解析の結果として、ゲンジボタル(DNA濃度10.0コピー数/ml)、ヘイケボタル(DNA濃度8.0コピー数/ml)、ヤマアカガエル(DNA濃度30.0(コピー数/ml)、ニホンアカガエル(DNA濃度50.0コピー数/ml)を使用した。
【0073】
そして、3つのケースを将来像として想定した。「将来A」は、元々の事業計画として、湿地(水田)エリアの復元、ビオトープの建造、ホタル等の野生生物に配慮した水路整備等を盛り込んだ開発計画を想定した。「将来B」は、環境配慮措置が少ない案として、公園や水路に関して通常の開発行為の指導を受けて設計した場合の開発計画を想定した。「将来C」は、事業計画が実施されずに、事業者が開発を放棄した場合を想定した。
【0074】
まず、「現状」と3つの想定ケースについて、HU値を算出するHU分析を行った結果を図10に示す。この図に示すように、評価対象種とした4つの種についてそれぞれHU値が出力されており、いずれの種についても将来的にHU値が低下して生息環境の質が悪化する結果となった。しかしながら、こうしたHU分析のみでは、種ごとの結果は得られるが、調査対象地域の生態系全体の生物多様性の豊かさは評価できていない。
【0075】
これに対して図11は、本実施の形態の生物多様性の評価方法であるシャノン・ウィナー多様度指数を用いた評価結果を示している。この結果を見ると、調査対象地域の生態系全体の生物多様性の豊かさが、シャノン・ウィナー多様度指数という数値で定量的かつ総合的に評価できていることがわかる。
【0076】
そして、この結果を見れば、事業計画を実施せずに開発を放棄する(将来C)よりも、環境に配慮した開発を行う(将来A)方が、より環境保全につながることが合理的に説明できる。要するに、HU分析によって、生息環境の質についての定量的な評価は得られるが、本実施の形態の生物多様性の評価方法のように採水から得られた環境DNA量を考慮することで、実際に生物が生息しているかの評価までが、総合的かつ定量的に評価できるようになる。
【0077】
次に、本実施の形態の生物多様性の評価方法の作用について説明する。
このように構成された本実施の形態の生物多様性の評価方法では、生態系の様々な相互作用の中でも最も重要な作用である生態ピラミッドの捕食-被食関係とその関係による物質循環の円滑性に着目し、生態ピラミッド内の物質の受け渡しにおいて重要な役割を担っている中間階層種の中から評価対象種を選定する。
【0078】
ここで、生息生物の種の把握を採捕調査ではなく環境DNA分析によって行うため、現地作業が採水のみで済み、環境の攪乱リスクがない。同時に調査期間の短縮と評価の迅速性の向上や、コストの低減を図ることもできる。また、種の同定をDNA情報に従って行えばよいので、種の同定に専門知識が不要である。
【0079】
そして、中間階層種である評価対象種の多様性とその生息環境の質を定量的に評価することで、生態系の多様性と種の多様性と遺伝子の多様性という各階層の総合的な評価が可能になり、生態系の総合的な豊かさを、簡単かつ定量的に評価することができる。
【0080】
また、シャノン・ウィナー多様度指数H´という定量的に得られる評価結果を利用することで、環境が保全されているか、及び、環境を改変した場合にはその影響について、適宜モニタリングを行っていくことで、時系列に評価することができる。
【0081】
以上、図面を参照して、本発明の実施の形態を詳述してきたが、具体的な構成は、この実施の形態に限らず、本発明の要旨を逸脱しない程度の設計的変更は、本発明に含まれる。
【0082】
例えば、前記実施の形態では、中間階層種として図2図3では二次消費者を評価対象種となるキャリアーとして説明したが、これに限定されるものではなく、調査対象地域に生息する生物や環境特性などに応じて、生態ピラミッドの中から適切な中間階層種を選ぶことができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
【手続補正書】
【提出日】2023-10-17
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
水域を含む調査対象地域の生物多様性の豊かさを定量的に評価するための生物多様性の評価方法であって、
前記調査対象地域の生態系の生態ピラミッドの中間階層種の中から生息環境タイプを複数持つ評価対象種を選定するステップと、
前記調査対象地域における採水から前記評価対象種の環境DNA量を算出するステップと、
前記調査対象地域の生物の生息環境の質をハビタットユニット(HU)という数値(HU値)で算出するステップと、
前記環境DNA量と前記HU値に基づいて、生物多様性の豊かさを定量的に表す種の多様度指数を算出するステップとを備え
前記評価対象種の選定は、文献調査及び前記採水の環境DNA分析において網羅的解析をおこなった結果に基づいて行われ、
前記HU値は、前記評価対象種の生息する環境の質を表すハビタット適正指数(HSI)にその環境の面積を乗じることで算出されるとともに、
前記多様度指数は、前記環境DNA量に前記HU値を乗じた値に基づいて求められる前記評価対象種の割合(Pi)を使って算出されるシャノン・ウィナー多様度指数であることを特徴とする生物多様性の評価方法。
【請求項2】
前記HU値は、少なくとも水辺と緑地とが区別された生息環境タイプごとに算出されることを特徴とする請求項に記載の生物多様性の評価方法。
【請求項3】
前記環境DNA量は、環境DNA分析において種特異的解析をおこなった結果に必要に応じて補正がされたものであることを特徴とする請求項1又は2に記載の生物多様性の評価方法。