(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024076618
(43)【公開日】2024-06-06
(54)【発明の名称】測定用チップ、測定装置、および測定方法
(51)【国際特許分類】
G01N 21/41 20060101AFI20240530BHJP
【FI】
G01N21/41 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022188273
(22)【出願日】2022-11-25
(71)【出願人】
【識別番号】000166247
【氏名又は名称】古野電気株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】多田 啓二
(72)【発明者】
【氏名】河尻 武士
(72)【発明者】
【氏名】梶 祥一朗
【テーマコード(参考)】
2G059
【Fターム(参考)】
2G059AA05
2G059BB04
2G059CC17
2G059DD13
2G059EE04
2G059FF12
2G059GG01
2G059HH02
2G059KK04
2G059LL01
2G059NN06
(57)【要約】
【課題】測定の安定性をさらに向上させた光導波路型の測定用チップ、測定装置、および測定方法を提供する。
【解決手段】測定用チップ1は、光が伝搬する伝搬層2と、伝搬層2に光を導入する第1の回折格子を有する導入部3と、伝搬層2から光を導出する第2の回折格子を有する導出部4と、測定対象物中のアナライトに反応するリガンドを修飾可能な、伝搬層2の表面をベースとするリガンド修飾面と、を備え、第1の回折格子と第2の回折格子のどちらかにおいて設けられている複数の格子パターン31の周期が、2つ以上の領域間で互いに異なっている。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
光が伝搬する伝搬層と、
前記伝搬層に前記光を導入する第1の回折格子を有する導入部と、
前記伝搬層から前記光を導出する第2の回折格子を有する導出部と、
測定対象物中のアナライトに反応するリガンドを修飾可能な、前記伝搬層の表面をベースとするリガンド修飾面と、
を備え、
前記第1の回折格子と前記第2の回折格子のどちらかにおいて設けられている複数の格子パターンの周期が、2つ以上の領域間で互いに異なっている、測定用チップ。
【請求項2】
前記第1の回折格子に設けられている複数の前記格子パターンの周期が、前記光の伝搬方向に沿って2つ以上の領域間で互いに異なっている、請求項1に記載の測定用チップ。
【請求項3】
前記第1の回折格子は、前記光の伝搬方向に沿って、前記格子パターンの周期が前記領域毎に増加または減少する、請求項1に記載の測定用チップ。
【請求項4】
前記第1の回折格子は、前記格子パターンの周期が、一定のデューティ比を保ちながら、前記光の伝搬方向に沿って前記領域毎に増加または減少する、請求項1に記載の測定用チップ。
【請求項5】
前記第2の回折格子に設けられている複数の格子パターンの周期は、前記光の伝搬方向に沿って一定である、請求項1に記載の測定用チップ。
【請求項6】
前記第1の回折格子と前記第2の回折格子との間において、格子パターンの周期の平均値が異なっている、請求項1に記載の測定用チップ。
【請求項7】
前記導入部と、前記伝搬層と、前記導出部と、前記リガンドが表面に修飾される前記リガンド修飾面とのセットが、一つの前記測定用チップ上に複数セット配置され、
前記第2の回折格子に設けられている複数の格子パターンの周期は、複数の前記セット間において異なっている、請求項1に記載の測定用チップ。
【請求項8】
前記第1の回折格子は、前記光の伝搬方向に対する垂直方向の両端に、結合効率が低下する前記格子パターンの平面形状を有している、請求項7に記載の測定用チップ。
【請求項9】
前記アナライトと前記リガンドとの反応により生じる前記伝搬層の周辺における屈折率の変化により、前記光の位相分布が変化する、請求項1に記載の測定用チップ。
【請求項10】
請求項1から9のいずれか一項に記載の測定用チップが配置される測定装置であって、
前記測定用チップの前記導入部に前記光を導く光源と、
前記測定用チップの前記導出部から導出された光を受光する受光部と、
前記受光部で受光される光のパターンの変化を分析する制御部と、
を備える測定装置。
【請求項11】
前記制御部は、前記光の進行方向の変化を分析する分析処理を行う、請求項10に記載の測定装置。
【請求項12】
前記光源と前記導入部との間に配置され、前記光源から放射される前記光をコリメート光にして複数の前記導入部を照射するコリメートレンズをさらに備える、請求項10に記載の測定装置。
【請求項13】
前記コリメートレンズは、コリメート条件から外れた光学系に配置される、請求項12に記載の測定装置。
【請求項14】
請求項1から9のいずれか一項に記載の測定用チップを用いる測定方法であって、
伝搬層に光を導入し、
測定対象物中のアナライトに反応するリガンド層が表面に形成された前記伝搬層において、前記光を全反射させ、
前記伝搬層から前記光を導出する、
測定方法。
【請求項15】
前記伝搬層から導出される前記光のパターンの変化を分析する、請求項14に記載の測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光導波路型の測定用チップ、測定装置、および測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から様々な種類のバイオセンサが開発されており、例えば生体分子間の相互作用を解析するために利用されている。バイオセンサのタイプとしては、例えば特許文献1に例示するような光導波路を利用するタイプや、表面プラズモン共鳴を利用するタイプ、マッハ・ツェンダー干渉を利用するタイプ等がある。
【0003】
特許文献1に例示する、光導波路を利用するタイプのバイオセンサ(以下、光導波路型の測定用チップとも呼ぶ)では、被検出物質(以下、アナライトと呼ぶ)を検出するために、アナライトに反応する反応物質(以下、リガンドと呼ぶ)が、光が伝搬する伝搬層の表面に形成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
以下に詳述するように、光導波路型の従来の測定用チップには、測定の安定性に関してさらなる性能向上が求められている。
【0006】
図12は、光導波路型の従来の測定用チップの模式的な構造を示す図である。
図12(A)は測定用チップの側面図である。
図12(B)は測定用チップの導入部に設けられている回折格子の平面図である。
図12(C)は導出部から導出される光の強度と光の入射角度との関係を示す図である。
図13は、光導波路型の従来の測定用チップを用いて複数の測定対象物を並列して測定する場合の測定装置の模式的な構成を示す図である。
【0007】
図12(A)に例示するように、光導波路型の従来の測定用チップ91は、光が伝搬する伝搬層92と、伝搬層92に光を導入する導入部93と、伝搬層92から光を導出する導出部94と、リガンド層96とを備える。リガンド層96は、測定用チップ91を測定に使用する際、又は使用する前に、測定対象物(例えば検体)中のアナライト(例えば、抗原)に反応するリガンド(例えば、抗体)が伝搬層92の表面に修飾されることにより形成される。伝搬層92の下面に備えられている透明な基材97は任意の構成である。
【0008】
測定用チップ91を測定に使用する際、光88は光源81から放射され、導入部93を通じて測定用チップ91の下面から伝搬層92の内部に導入される。導入部93には、
図12(B)に示す格子パターンを有する回折格子が用いられている。伝搬層92の内部を全反射した光は、導出部94を通じて測定用チップ91の下面から導出され、受光部82により受光される。
【0009】
測定の安定性に関する第1の要望は、導入部93に入射する光の入射角度θの許容範囲を拡大することである。従来の測定用チップ91では、
図12(C)に示すように、導入部93に入射する光88の入射角度θの許容範囲(例示的には約0.6°)が狭く、光88の入射角度θが最適な角度からずれると、導波効率が大きく低下するという問題がある。光88の最適な入射角度θは、導波路を構成する伝搬層92の厚さのばらつきや、光源81から放射される光88の波長のばらつきにより変化するため、伝搬層92の厚さや光88の波長に関するこれらの条件が変化すると、測定ができなくなるという問題がある。成膜時の工程条件のばらつきにより、例えば伝搬層92の厚さが±約5nmの範囲で変化すると、最適な入射角度θは±約1.2°のばらつきを有する。さらに例えば、光源81として使用する半導体レーザの温度が5℃~40℃の間で変化すると、光源81から放射される波長は±約5.25nmの範囲で変化し、これに伴い伝搬層92の厚さのばらつきも合わせると最適な入射角度θは±約2.0°のばらつきを有する。
【0010】
測定の安定性に関する第2の要望は、複数に分割される光軸88A,88B,88Cと測定用チップ91との位置合わせの精度の問題を改善することである。
図13に示すように、光源81から放射される光88は、コリメートレンズ85によりコリメート光にして出力された後、ビームスプリッタ86により複数の光軸88A,88B,88Cに分割されて、測定用チップ91のそれぞれの導入部93に入射される。複数の測定対象物を並列して処理するために、1つの測定用チップ91には、導入部93と導出部94とのセットが複数セット設けられている。分割されたそれぞれの光軸88A,88B,88Cに沿った方向の、導入部93と伝搬層92と導出部94とリガンド層96とのセットは、1つの測定用チップ91上に複数のセンシングレーンを構成している。このように、複数の測定対象物を並列して処理するために、従来の測定装置100では、光源81からの光88をビームスプリッタ86により複数の光軸88A,88B,88Cに分割しているので、それぞれの光軸88A,88B,88Cについて、導入部93との位置合わせに高い精度が求められるという問題がある。複数に分割される光軸88A,88B,88Cと測定用チップ91との位置合わせの精度が低下すると、導出部94から導出される光の強度が低下し、又はビーム形状が変形し、正確な測定ができなくなるという問題がある。
【0011】
このように、光導波路型の従来の測定用チップには、測定の安定性に関してさらなる性能向上が求められている。
【0012】
本発明の目的は、測定の安定性をさらに向上させた光導波路型の測定用チップ、測定装置、および測定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的を達成するための本発明は、例えば以下に示す態様を含む。
【0014】
(項1)
光が伝搬する伝搬層と、
前記伝搬層に前記光を導入する第1の回折格子を有する導入部と、
前記伝搬層から前記光を導出する第2の回折格子を有する導出部と、
測定対象物中のアナライトに反応するリガンドを修飾可能な、前記伝搬層の表面をベースとするリガンド修飾面と、
を備え、
前記第1の回折格子と前記第2の回折格子のどちらかにおいて設けられている複数の格子パターンの周期が、2つ以上の領域間で互いに異なっている、測定用チップ。
(項2)
前記第1の回折格子に設けられている複数の前記格子パターンの周期が、前記光の伝搬方向に沿って2つ以上の領域間で互いに異なっている、項1に記載の測定用チップ。
(項3)
前記第1の回折格子は、前記光の伝搬方向に沿って、前記格子パターンの周期が前記領域毎に増加または減少する、項1または2に記載の測定用チップ。
(項4)
前記第1の回折格子は、前記格子パターンの周期が、一定のデューティ比を保ちながら、前記光の伝搬方向に沿って前記領域毎に増加または減少する、項1から3のいずれかに記載の測定用チップ。
(項5)
前記第2の回折格子に設けられている複数の格子パターンの周期は、前記光の伝搬方向に沿って一定である、項1から4のいずれか一項に記載の測定用チップ。
(項6)
前記第1の回折格子と前記第2の回折格子との間において、格子パターンの周期の平均値が異なっている、項1から5のいずれか一項に記載の測定用チップ。
(項7)
前記導入部と、前記伝搬層と、前記導出部と、前記リガンドが表面に修飾される前記リガンド修飾面とのセットが、一つの前記測定用チップ上に複数セット配置され、
前記第2の回折格子に設けられている複数の格子パターンの周期は、複数の前記セット間において異なっている、項1から項6のいずれか一項に記載の測定用チップ。
(項8)
前記第1の回折格子は、前記光の伝搬方向に対する垂直方向の両端に、結合効率が低下する前記格子パターンの平面形状を有している、項7に記載の測定用チップ。
(項9)
前記アナライトと前記リガンドとの反応により生じる前記伝搬層の周辺における屈折率の変化により、前記光の位相分布が変化する、項1から8のいずれか一項に記載の測定用チップ。
(項10)
項1から9のいずれか一項に記載の測定用チップが配置される測定装置であって、
前記測定用チップの前記導入部に前記光を導く光源と、
前記測定用チップの前記導出部から導出された光を受光する受光部と、
前記受光部で受光される光のパターンの変化を分析する制御部と、
を備える測定装置。
(項11)
前記制御部は、前記光の進行方向の変化を分析する分析処理を行う、項10に記載の測定装置。
(項12)
前記光源と前記導入部との間に配置され、前記光源から放射される前記光をコリメート光にして複数の前記導入部を照射するコリメートレンズをさらに備える、項10または11に記載の測定装置。
(項13)
前記コリメートレンズは、コリメート条件から外れた光学系に配置される、項12に記載の測定装置。
(項14)
項1から9のいずれか一項に記載の測定用チップを用いる測定方法であって、
伝搬層に光を導入し、
測定対象物中のアナライトに反応するリガンド層が表面に形成された前記伝搬層において、前記光を全反射させ、
前記伝搬層から前記光を導出する、
測定方法。
(項15)
前記伝搬層から導出される前記光のパターンの変化を分析する、項14に記載の測定方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によると、測定の再現性や測定の信頼性をさらに向上させた光導波路型の測定用チップ、測定装置、および測定方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】第1の実施形態に係る測定用チップの模式的な構造を示す図である。
【
図2】第1の実施形態に係る測定用チップによる測定原理を説明するための模式的な図である。
【
図3】第1の実施形態に係る測定装置の模式的な構成を示す図である。
【
図4】第1の実施形態に係る測定方法を説明するためのフローチャートである。
【
図5】第2の実施形態に係る測定用チップおよびこれを用いる測定装置の模式的な構造を示す図である。
【
図6】第3の実施形態に係る測定用チップおよびこれを用いる測定装置の模式的な構造を示す図である。
【
図7】第4の実施形態に係る測定用チップおよびこれを用いる測定装置の模式的な構造を示す図である。
【
図8】第5の実施形態に係る測定装置の模式的な構造を示す図である。
【
図9】測定用チップの導入部に設けられる回折格子のバリエーションを示す平面図である。
【
図10】実施例1において、導入部に入射する光の入射角度θの許容範囲を測定したグラフである。
【
図11】実施例1において、光の入射角度θのピーク角度のずれを説明するための測定用チップの模式的な構造を示す図である。
【
図12】光導波路型の従来の測定用チップの模式的な構造を示す図である。
【
図13】光導波路型の従来の測定用チップを用いて複数の測定対象物を並列して測定する場合の測定装置の模式的な構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施形態を、添付の図面を参照して詳細に説明する。なお、以下の説明および図面において、同じ符号は同じまたは類似の構成要素を示すこととし、よって、同じまたは類似の構成要素に関する重複した説明を省略する。
【0018】
図中、測定用チップ1の上面方向(厚さ方向)をZ軸方向とし、測定用チップ1における光の伝搬方向をY軸方向とし、光の伝搬方向に対する垂直方向をX軸方向とする。また、表面とは上面および下面のどちらか一方を示し、両表面とは上面および下面の両方を示すこととする。
【0019】
[第1の実施形態]
・測定用チップ
図1は、第1の実施形態に係る測定用チップの模式的な構造を示す図である。
図1(A)は測定用チップの側面図である。
図1(B)は測定用チップの導入部に設けられている回折格子の平面図である。
図1(C)は導出部から導出される光の強度と光の入射角度との関係を示す図である。
【0020】
図1を参照して、第1の実施形態に係る測定用チップ1の概要について説明する。
図1(A)に示すように、第1の実施形態に係る測定用チップ1は、光が伝搬する伝搬層2と、伝搬層2に光を導入する導入部3と、伝搬層2から光を導出する導出部4と、伝搬層2の表面をベースとするリガンド修飾面とを備える。リガンド修飾面には、測定対象物(例えば、検体)中のアナライト(例えば、抗原)に反応するリガンド(例えば、抗体)を修飾することが可能であり、リガンド層6は、測定用チップ1を測定に使用する際、又は使用する前に、リガンドが伝搬層2の表面のリガンド修飾面に修飾されることにより形成される。測定用チップ1を測定に使用する際、光18は光源11から放射され、導入部3を通じて測定用チップ1の下面から伝搬層2の内部に導入される。伝搬層2の内部を全反射した光は、導出部4を通じて測定用チップ1の下面から導出され、受光部12により受光される。
【0021】
第1の実施形態に係る測定用チップ1では、
図1(B)に例示するように、複数の格子パターン31の図中Y軸方向の周期が、2つ以上の領域間で互いに異なっている回折格子を導入部3に用いる。格子パターン31の周期とは、図示する例では格子パターンの幅と格子パターンの間隔との和を意味する。図中Y軸方向は、伝搬層2内を光が伝搬する方向である。図示する態様では、周期は領域毎に異なっている。このような回折格子を用いた場合の効果について以下説明する。
【0022】
光18が回折格子に当たると、光の波長と周辺の屈折率、入射角及び回折格子の周期で決まる回折角で光が回折する。即ち、光が
図1(B)の回折格子に照射されると、各領域で回折角が少しずつ異なる回折光が発生する。ここで、例えば光18が入射角度θで導入部3の回折格子に照射され、
図1(B)の領域2において高い効率で入射光18が伝搬モードに結合したとする。このとき、領域2に隣接する領域1,3では伝搬モードへの結合効率は高くない。なぜなら、本実施形態のように伝搬層2が十分に薄い導波路(例えば約50nm)では、伝搬光は光の波長と周辺の屈折率とで決まる特定の角度を中心として、非常に狭い角度範囲でしか存在できないためである。次に、入射角度θがずれてθ+Δθ(例えばΔθは0.6°)となった場合、領域2における伝搬モードへの結合効率は大きく低下するが、領域3における結合効率が増加するため、全体としての結合効率は大きく変化しない。これにより、第1の実施形態に係る測定用チップ1では、
図1(C)に示すように、導入部3に入射する光18の入射角度θの許容範囲を拡大(例示的には約4.0°)する。
【0023】
例えば伝搬層2の厚さが±約5nmの範囲で変化すると、最適な入射角度θは±約1.2°のばらつきを有する。さらに例えば、光源11として使用する半導体レーザの温度が5℃~40℃の間で変化すると、光源81から放射される波長は±約5.25nmの範囲で変化し、これに伴い伝搬層2の厚さのばらつきも合わせると最適な入射角度θは±約2.0°のばらつきを有する。しかし、第1の実施形態に係る測定用チップ1では上述した通り、入射角度θの許容範囲が例えば4.0°となっているため、これらのばらつきがあっても問題無く測定できる。
【0024】
図2は、第1の実施形態に係る測定用チップによる測定原理を説明するための模式的な図である。
図2(A)は測定用チップの上面図である。
図2(B)は測定用チップの側面図である。
【0025】
測定に使用する際、又は使用する前に、測定用チップ1には、リガンド72が伝搬層2の表面(リガンド修飾面)に修飾されて、伝搬層2の表面にリガンド層6が形成される。リガンド層6が形成された測定用チップ1の上面には流路が設けられる。流路には、測定対象物の溶液(単に、測定対象物とも呼ぶ)が流される。測定対象物中にはアナライトが含まれている。
【0026】
導入部3を通じて伝搬層2に導入された光18は、伝搬層2内を図中Y軸方向に伝搬し、導出部4を通じて伝搬層2から導出される。導出部4を通じて伝搬層2から導出される光19は、ミラー17等により光軸が適宜調整されて、受光部12において受光される。ミラー17は任意の構成である。
【0027】
光18は、伝搬層2内を図中Y軸方向に伝搬する間、流路を流れる測定対象物中のアナライト75と、リガンド層6内のリガンド72との反応による屈折率変化の影響を受ける。測定用チップ1では、伝搬層2の表面において、光の伝搬方向(Y軸方向)のリガンド層6の長さが、伝搬方向に対する垂直方向(X軸方向)に沿って増加または減少するように、リガンド層6が形成されている。これにより、リガンド層6が形成されている伝搬層2の表面で、アナライト75とリガンド72との反応によって屈折率が変化すると、図中Y軸方向に伝搬する光のX軸方向の位相分布が変化する。光の位相分布が変化すると、光の進行方向が変化する。
【0028】
よって、伝搬層2内を図中Y軸方向に伝搬する光は、例えば伝搬層2の表面上にリガンド72およびアナライト75がどちらも存在しない場合は、図中に符号19Aで示す光路となる。例えばリガンド72のみ存在する場合は、光路19Aから逸れて符号19Bで示す光路となる。例えばリガンド72およびアナライト75の両方が存在する場合は、光路19Bから逸れて符号19Cで示す光路となる。
【0029】
このように、導出部4から導出される光の進行方向は、リガンド72およびアナライト75の反応による屈折率変化の影響により変化する。よって、光の進行方向の変化を分析する分析処理を行うことにより、測定対象物の溶液中のアナライトの有無や、アナライトの濃度、速度論的パラメータ(Kinetics)を推定することが可能となる。
【0030】
再び
図1を参照して、第1の実施形態に係る測定用チップ1を構成する各部について説明する。
【0031】
伝搬層2は平板状である。光は導入部3から伝搬層2の内部に導入され、伝搬層2の上面および下面で全反射し、導出部4から導出される。本実施形態では、酸化チタン(TiO2)および酸化タンタル(Ta2O5)等の金属酸化物を主成分とする蒸着膜(屈折率約2.07、光の波長に応じて変化)を伝搬層2に用いる。伝搬層2の材料としては、このような蒸着膜以外にも、例えば、アクリル樹脂、ガラス、ポリビニルアルコール、ポリ塩化ビニル、シリコーン樹脂、またはポリスチレン等の誘電体を用いることができる。例示的には、伝搬層2のZ軸方向の厚さdは約50nm~約100nm、Y軸方向の長さは約4mm、X軸方向の長さは約270μm~約600μmである。なお、アクリル樹脂、ガラス、ポリビニルアルコール、ポリ塩化ビニル、シリコーン樹脂、またはポリスチレン等の誘電体を伝搬層2の材料として用いる場合、伝搬層2自体を基材として機能させることができ、基材7を省略することができる。
【0032】
導入部3および導出部4は、伝搬層2に設けられている。本実施形態では、導入部3および導出部4には回折格子を用いる。回折格子には位相型と振幅型があり、位相型の回折格子は例えばナノインプリント方式により作製することができる。また、振幅型の回折格子は例えば電子線描画とクロム等の遮光材料の蒸着により作製することができる。本実施形態では位相型の回折格子を前提に記載するが、振幅型でも同様の効果が得られることは言うまでもない。例示的には、導入部3について、図中Y軸方向の長さL3は約100μmであり、図中X軸方向の長さW3は約270μmである。
【0033】
第1の実施形態に係る測定用チップ1では、
図1(B)に例示するように、導入部3に設けられる回折格子は、複数の格子パターン31の(図中Y軸方向の)周期(幅d3と間隔s3との和)が、2つ以上の領域間で互いに異なっている。格子パターンの周期は、隣接する格子パターンの幅と格子パターンの間隔との和で表される。本実施形態では、回折格子は位相型であり、格子パターン31は溝(groove)を用いて実現するが、他の実施形態では、回折格子は振幅型であり、格子パターンは遮光部を用いて実現することができる。格子パターン31の周期とは、位相型回折格子の場合は溝の周期を、振幅型回折格子の場合は遮光部分の周期を意味する。周期は領域毎に異なっていてもよいし、さらにそれぞれの領域内において異なっていてもよい。好ましくは、導入部3に設けられている複数の格子パターン31の周期が、光が伝搬する方向(Y軸方向)に沿って2つ以上の領域間で互いに異なっている。より好ましくは、導入部3に設けられる回折格子は、複数の格子パターン31の周期が、光が伝搬する方向(Y軸方向)に沿って領域毎に増加または減少する。
【0034】
より好ましくは、導入部3に設けられる回折格子の周期は、デューティ比を保ちながら、光の伝搬方向に沿って前記領域毎に増加または減少する。デューティ比は長さの比率を表しており、格子パターン31の幅d3および格子パターン31の間隔s3を用いると、d3/(d3+s3)で表される。図示する例では、隣接する格子パターン31の幅d3および格子パターン31の間隔s3は同じ寸法であり、デューティ比は約0.5である。
【0035】
なお図示は省略するが、位相型の回折格子の場合、格子パターン31、又は格子パターン1周期分(
図1において隣接するd3及びs3を含めた部分)の断面形状は、例えばのこぎり形、矩形、三角形、台形および半円形等とすることができ、振幅型の回折格子の場合、遮光部分31は、クロムなどの金属材料を一定以上の厚さ(例えば50nm以上)に成膜した膜とすることができる。特に位相型の回折格子で、格子パターン1周期分の断面形状をのこぎり形にしたものは、ブレーズド回折格子と呼ばれ、回折効率が大きく向上することが一般的に知られている。格子パターン31の断面形状が矩形の場合、格子パターン31の幅d3の長さは、例えば格子パターン31の深さの略中央において規定することができる。格子パターン31の好ましい深さは、格子パターン31の幅d3と同程度から約半分程度とすることができる。
【0036】
リガンド層6は、伝搬層2の表面のリガンド修飾面に修飾されることにより形成される。リガンドは、測定対象物中の被検出物質であるアナライトと特異的に反応または結合する物質である。リガンド層6の屈折率は、約1.33である。
【0037】
本実施形態では、リガンド層6は、光の伝搬方向(図中Y軸方向)のリガンド層の長さが伝搬方向に対する垂直方向(図中X軸方向)に沿って増加または減少するような平面形状(例えば、平面視で直角三角形)に形成されている。他の実施形態では、リガンド層6は、伝搬層2の表面にストライプ状に形成されている。
【0038】
伝搬層2の表面に位置する部分のリガンド層6では、光の伝搬方向(Y軸方向)のリガンドの含有量が光の伝搬方向に対する垂直方向(X軸方向)に沿って単調に変化している。これにより、リガンド層6が形成された伝搬層2の表面で、アナライトとリガンドとの反応(結合)によって屈折率が変化すると、Y軸方向に伝搬される光のX軸方向の位相分布が変化する。これにより、測定用チップ1は、アナライトの有無、濃度或いは速度論的パラメータを推定するための測定用チップとして機能する。なお、リガンドの含有量は、光の伝搬方向における単位長さ当たりのリガンドの含有密度と、光の伝搬方向に沿ったリガンド層6の長さとを乗算することにより算出することができる。
【0039】
透明な基材7は任意の構成であり、伝搬層2の下面に備えられる。基材7には例えばガラス(屈折率約1.47~1.48)を用いることができる。他の実施形態では、測定用チップ1は、伝搬層2の下面と透明な基材7との間に、フッ素樹脂等の中間層をさらに備えることができる。
【0040】
・測定装置
図3は、第1の実施形態に係る測定装置の模式的な構成を示す図である。
【0041】
一実施形態に係る測定装置10は、測定用チップ1の導入部3に光を導く光源11と、測定用チップ1の導出部4から導出された光を受光する受光部12と、受光部12で受光される光のパターンの変化を分析する制御部13と、を備える。受光部12で受光される光のパターンは、測定対象物が測定用チップ1に接触し、リガンドとアナライトとが反応することにより変化する。本実施形態では、測定装置10は、受光部12の各受光素子により受光した光の強度情報を取得する測定部14をさらに備えている。
【0042】
なお制御部13および測定部14は、例えば専用の集積回路(IC: Integrated Circuit)を用いてハードウェア的に構成してもよいし、汎用コンピュータやスマートフォン、タブレット端末等の情報処理装置を用いてソフトウェア的に実現されてもよい。
【0043】
測定用チップ1は、測定装置10内の所定の場所に配置される。光源11から放射される光は、導入部3を通じて測定用チップ1の下面から伝搬層2の内部に導入される。伝搬層2の内部を全反射した光は、導出部4を通じて測定用チップ1の下面から導出され、受光部12により受光される。
【0044】
光源11は、例えば約650nm程度の可視光を放射する。光源11が放射する光の波長の範囲は、例えば約450nm~2000nmとすることができる。好ましくは、光源が放射する光はガウスビームである。ガウスビームは、光が伝搬する過程において光のパターン(強度分布)の概形が変化しないので、光のパターン(強度分布)の変化を検出するためには好適である。好ましくは、光源が放射する光は連続波(Continuous Wave)である。なおガウスビームは、
図1に示すX軸方向およびZ軸方向の2次元にガウス分布である必要は無く、少なくともX軸方向にガウス分布であればよい。このような光源11には、例えば半導体レーザ装置を用いることができる。
【0045】
受光部12は、導出部4から導出される光を受光する。受光部12は、1次元または2次元に配列された受光素子から構成されている。受光部12には、例えばCCDイメージセンサまたはCMOSイメージセンサ等の種々のイメージセンサを用いることができる。
【0046】
制御部13は、受光部12で受光される光の進行方向の変化を分析する。本実施形態では、制御部13には、CPU等の演算装置(図示せず)と、メモリ等の記憶装置(図示せず)とを備える、例えばRaspberry PiまたはArduino(登録商標)等のシングルボードコンピュータを用いる。
【0047】
測定部14は、受光部12の各受光素子により受光した光の強度情報を取得する。取得した強度情報は制御部13に送信される。本実施形態では、測定部14は専用の集積回路を用いて構成する。
【0048】
図3を参照して、測定装置10の機能について説明する。光源11から放射され測定用チップ1の導入部3に導入された光は、伝搬層2の内部を全反射しながら伝搬する。光が全反射する際の位相シフトの量は、伝搬層2に接する周辺の物質の屈折率の大きさに依存する。伝搬層2の表面には、リガンド層6が形成されている領域と、リガンド層6が形成されていない領域とが存在する。そのため、伝搬層2の表面において、リガンド層6が形成されている領域とリガンド層6が形成されていない領域とでは、光が全反射する際の位相シフトの量が異なる。
【0049】
これにより、導入部3と導出部4との間において伝搬層2の内部を図中Y軸方向に伝搬する光は、図中X軸方向の位相分布が変化する。よって、導出部4から導出される光の位相分布は、X軸方向に沿って傾斜することになり、光の進行方向が偏向する。リガンド層中のリガンドと、測定対象物中のアナライトが反応すると、リガンド層6が形成されている領域での位相シフト量が変化するため、光の進行方向が変化する。
【0050】
したがって、測定装置10は、受光部12を用いて、導出部4から導出される光をファーフィールドにて(またはフーリエ変換レンズを通して)受光し、測定部14により、強度がピークとなる角度の変化を測定する。ピーク角度の変化は光の進行方向の変化と同じ現象であり、強度がピークとなる角度の変化は、光の進行方向の変化に対応する。測定部14により測定したピーク角度の変化は、制御部13に入力され、制御部13内の記憶装置(メモリ)に適宜記録される。制御部13は演算装置(CPU)を備えており、ピーク角度の変化が例えば所定の閾値以上であった場合に、リガンド層6内のリガンドがアナライトと反応したと判定する。或いは制御部13は、ピーク角度の変化量をプロットしたグラフ形状に基づいて、アナライトの濃度又は速度論的パラメータを推定する。このように、制御部13は、光のパターンの変化を分析する分析処理を行う。
【0051】
・測定方法
図4は、第1の実施形態に係る測定方法を説明するためのフローチャートである。一実施形態に係る測定方法では、1つのセンシングレーンについて1つの測定用チップ1を用いる。測定に際し、例えば凹状の断面を有する部材を測定用チップ1の上面に覆い被せ、測定用チップ1の上面と部材との間に流路を設けておく。
【0052】
ステップS1では、ピーク角度の測定を開始して、ピーク角度をリアルタイムで取得しプロットする。伝搬層2の表面には、測定対象物中のアナライトに反応するリガンド層6が形成されている。ピーク角度の測定は、測定用チップ1の導入部3を通じて伝搬層2に光を導入し、伝搬層2において全反射されて導出部4を通じて伝搬層2から導出される光の強度のピーク角度を測定することにより行う。ここで、ピ―ク角度(光の進行方向)の変化量は、受光部12上でのピーク位置の変化量から、測定用チップ1と受光部12の間の距離を除した値と近似的に一致する。
【0053】
ステップS2では、測定対象物を測定用チップ1に接触させる。測定対象物の接触は、測定用チップ1の上面に、アナライトが含まれた測定対象物を接触させることにより行う。一般的には、測定対象物を接触させる前および後のタイミングでバッファを測定用チップ1に接触させる。測定対象物を接触させる前にバッファを接触させる理由は、バッファを接触させずに測定対象物を測定用チップ1に接触させると、溶液自体の屈折率の影響や、足場材料の体積変化などの影響が測定信号に反映されてしまうためである。測定対象物を接触させた後にバッファを接触させる理由は、解離の測定信号も取得した方が、その後の解析の精度が向上するためである。
【0054】
測定対象物が複数ある場合にはこのステップS2を複数回繰り返す。ステップS2を複数回繰り返す際に、任意の処理として再生処理を行う。再生処理は、測定用チップ1を例えばpH3~1程度の酸性溶液に接触させることで、リガンドとアナライトとを短時間で解離させることにより行う。なお再生処理は、解離が速いアナライトであれば省略が可能である。
【0055】
ステップS3では、ピーク角度(光の進行方向)の測定およびプロットを終了し、ステップS4では、反応カーブ(ピ―ク角度の変化量をプロットしたグラフの形状)の解析を行う。解析では、例えばピ―ク角度の変化が所定の閾値以上であった場合に、リガンド層6内のリガンドがアナライトと反応した(すなわち、測定対象物中にアナライトが存在する)と判定することができる。或いは、ピ―ク角度の変化量をプロットしたグラフの形状に基づいて、アナライトの濃度又は速度論的パラメータを推定することができる。このように、一実施形態に係る測定方法によると、アナライトの有無を判定するまたはアナライトの濃度又は速度論的パラメータを推定することができる。
【0056】
なお、測定用チップ1を用いる測定では、測定用チップ1の図中Y軸方向の長さを変化させることにより、伝搬層2内部において光が反射する回数を調整することができる。これにより、測定の感度を変化させることができる。例えば、図中Y軸方向の長さを長くするほど、光が反射する回数は増大するので、測定の感度は向上する。
【0057】
また、測定用チップ1を用いる測定では、仮に光源11の出力強度が変化したとしても、ピーク角度の変化量が変わることはない。これにより、測定用チップ1を用いる測定では、光源11の動作が多少不安定な場合であっても、安定した測定が可能となる。
【0058】
以上、第1の実施形態に係る測定用チップ1によると、導入部3に入射する光18の入射角度θの許容範囲を拡大することが可能となる。第1の実施形態に係る測定用チップ1を用いる測定装置および測定方法によると、導入部3に入射する光18の入射角度θの許容範囲が拡大されるため、チップ作製プロセスのばらつきによる伝搬層の厚さばらつきや、光源の波長ばらつきがあったとしても測定を安定して行うことが可能となる。
【0059】
[第2の実施形態]
以下において説明する第2の実施形態~第5の実施形態に係る測定用チップおよび/または測定装置の構成は、特に言及しない限り、第1の実施形態に係る測定用チップおよび測定装置の構成と同様であるので、重複する説明は省略する。なお、技術的な矛盾が生じない限り、第1の実施形態~第5の実施形態に係る測定用チップおよび/または測定装置の構成は適宜組み合わせることが可能である。
【0060】
図5は、第2の実施形態に係る測定用チップおよびこれを用いる測定装置の模式的な構造を示す図である。
図5(A)は測定用チップの側面図である。
図5(B)は、測定装置の模式的な構成を示す図である。
図5(C)は、測定用チップの導入部および導出部に設けられている回折格子の平面図である。
【0061】
第2の実施形態に係る測定用チップ1には、導入部3と導出部4とのセットが複数セット設けられている。後述する実質的に複数に分割された光軸に沿った方向の、導入部3と伝搬層2と導出部4とリガンド層6との複数のセットは、測定用チップ1上に複数のセンシングレーンを構成している。第2の実施形態に係る測定装置10には、光源11から放射される光18を幅広のコリメート光18Aにして出力するコリメートレンズ15が、光源11と測定用チップ1との間に配置されている。なお第2の実施形態では、光源11が放射する光18はガウスビームである必要は無い。
【0062】
第2の実施形態に係る測定用チップ1を用いる測定装置10では、
図5(A)および
図5(B)に例示するように、光源11から放射される光18を、測定用チップ1に設けられている複数の導入部3の一部または全てを含むように幅広に照射する。これにより、それぞれの導入部3の回折格子を通じて伝搬層2内に導入された光のみが伝搬層2内を伝搬するので、光源11から放射される光18をビームスプリッタを用いて複数の光軸に分割することなく、実質的に複数の光軸を作成することが可能になる。また、幅広に照射される光18の幅の寸法が、測定用チップ1上に一列に並べて配置された複数の導入部3の両端の寸法(一端から他端の寸法)よりも長い分だけ、光18と測定用チップ1との位置合わせのずれを許容することができる。これにより、光18と測定用チップ1との位置合わせの精度の問題を改善する。
【0063】
また、第2の実施形態に係る測定用チップ1では、
図5(C)に例示するように、導入部3に設けられる回折格子と、導出部4に設けられる回折格子との間において、格子パターンの周期の平均値が異なっている。図示する例では、導入部3に設けられる回折格子の格子パターン31の幅d3は、導出部4に設けられる回折格子の格子パターン41の幅d4より大きく、導入部3に設けられる回折格子の格子パターン31の間隔s3は、導出部4に設けられる回折格子の格子パターン41の間隔s4より大きい。これにより、導出部4から導出される光と、チップ表面等で反射する光との受光部12での干渉を防止する。
【0064】
導入部3に設けられる回折格子の格子パターン31の周期(幅d3と間隔s3の和)と、導出部4に設けられる回折格子の格子パターン41の周期(幅d4と間隔s4の和)は、干渉を十分に防止するために、光源の入射角と伝搬層からの出射光の出射角とがある程度異なるように設定される。例示的には、格子パターン31の周期は約470nm、格子パターン41の周期は約320nmであり、このときの入射角度は約30°、出射角度は約0°である(光源の波長を520nmとして計算)。導入部3に設けられる回折格子のパターンには、
図1(B)に例示するような、複数の格子パターン31の図中Y軸方向の周期が2つ以上の領域間で互いに異なっている回折格子を用いることができる。
【0065】
また、第2の実施形態に係る測定用チップ1では、
図5(C)に例示するように、導出部4に設けられる回折格子は、複数の格子パターン41の幅d4および複数の格子パターン41の間隔s4が、光が伝搬する方向(Y軸方向)に沿って一定である。例示的には、導出部4について、図中Y軸方向の長さL4は約100μmであり、図中X軸方向の長さW4は約550μmである。
【0066】
[第3の実施形態]
図6は、第3の実施形態に係る測定用チップおよびこれを用いる測定装置の模式的な構造を示す図である。
図6(A)は、測定装置の模式的な構成を示す図である。
図6(B)は、測定用チップの導入部に設けられている回折格子の平面図である。
【0067】
第3の実施形態に係る測定用チップ1では、
図6(B)に例示するように、導入部3に設けられる回折格子は、光の伝搬方向(図中Y軸方向)に対する垂直方向(図中X軸方向)の両端に、結合効率が低下する格子パターン31の平面形状を有している。これにより、導入部3から伝搬層2内に導入される光の複素振幅分布を制御する。
【0068】
図6(B)に示す例では、格子パターン31の(図中X軸方向の)幅W31は、導入部3の中央から両端に行くにつれて減少している。このような、両端において結合(カップリング)効率が低下する格子パターン31の平面形状を回折格子が有していると、導入部3から伝搬層2内に導入される光は、矩形の振幅分布から両端が小さい振幅分布となる。光の振幅分布の両端が小さくなると、ファーフィールドでのサイドローブ強度が小さくなるので、受光部12における干渉が低減される。
【0069】
なお、導入部3に設けられる回折格子のX軸方向に沿った形状が、
図5(C)に例示するような単一の矩形である場合、受光部12上での光の振幅分布はSINC関数となり、隣り合うセンシングレーン間の距離が近い場合にはそれらの間で干渉が発生する。
【0070】
[第4の実施形態]
図7は、第4の実施形態に係る測定用チップおよびこれを用いる測定装置の模式的な構造を示す図である。
図7(A)は、測定装置の模式的な構成を示す図である。
図7(B)は、測定用チップの導出部に設けられている回折格子の平面図である。
【0071】
第4の実施形態に係る測定用チップ1では、
図7(A)および
図7(B)に例示するように、導出部4A,4B,4Cに設けられる回折格子は、複数の格子パターン41の(図中Y軸方向の)幅d4若しくは格子パターン41の間隔s4が、又は、幅d4及び間隔s4の両方が、複数のセンシングレーン間において異なっている。すなわち導出部4A,4B,4Cに設けられる回折格子は、複数の格子パターン41の周期が複数のセンシングレーン間(複数のセット間)において異なっている。これにより、第4の実施形態に係る測定用チップ1では、導出部4A,4B,4Cから導出される光の、受光部12上での位置(図中、Y軸高さ方向)が互いに異なるため、受光部12における干渉が低減する。
【0072】
[第5の実施形態]
図8は、第5の実施形態に係る測定装置の模式的な構造を示す図である。
【0073】
第5の実施形態に係る測定装置10では、コリメートレンズ15はコリメート条件から外れた光学系に配置されている。
図8に示す例では、コリメート条件から外れた幅広の光18Bが測定用チップ1の導入部3に照射されるように、コリメートレンズ15の位置を光軸に沿って光源11側に移動させて、光源11とコリメートレンズ15との間の距離が調整されている。これにより、第5の実施形態に係る測定装置10では、導出部4から導出される光の光軸を逸らして受光部12上での位置(図中、X軸横方向)をセンシングレーン間の距離以上に互いに離すことができ、受光部12における干渉を低減する。逆にコリメートレンズ15の位置を光軸に沿って測定用チップ1側に移動させると、導出部4から導出される光の光軸を互いに近づけることができ、より多くの出射光を同時に観測することができる。このように、第5の実施形態に係る測定装置10によると、測定に使用する受光部12のサイズに合わせて、隣り合うセンシングレーン間で光軸19Bの位置を調整することが可能になる。
【0074】
コリメートレンズ15をコリメート条件から外す他の方法としては、例えば、光軸に沿った光源11とコリメートレンズ15との間の位置関係はそのままで、コリメートレンズ15の焦点距離を調整することが挙げられる。
【0075】
[その他の形態]
以上、本発明を特定の実施形態によって説明したが、本発明は上記した実施形態に限定されるものではない。
【0076】
図9は、測定用チップの導入部に設けられる回折格子の平面図であり、
図6(B)に例示する両端において結合効率が低下する格子パターン31の平面形状のバリエーションを示している。
【0077】
上記した第3の実施形態では、導入部3から伝搬層2内に導入される光の複素振幅分布を制御するための、導入部3に設ける回折格子の平面形状として、
図6(B)に示す平面形状を例示しているが、導入部3に設ける回折格子の平面形状は
図6(B)に示す平面形状に限定されない。導入部3から伝搬層2内に導入される光の複素振幅分布を制御するための、光の伝搬方向(図中Y軸方向)に対する垂直方向(図中X軸方向)の両端において、結合効率が低下する格子パターン31の平面形状としては、
図9(A)に例示する平面形状や、
図9(B)に例示する平面形状とすることもできる。
【0078】
上記実施形態では、アナライトおよびリガンドの組み合わせとして抗原と抗体の例を示したが、組み合わせはこれに限定されるものではない。アナライトおよびリガンドの組み合わせとしては、酵素と基質、ホルモンと受容体、DNA相補対なども可能である。これらの場合においても、伝搬層2の表面において、リガンド層6が形成されている領域とリガンド層6が形成されていない領域とでは、光が全反射する際の位相シフトの量が異なり、アナライトとリガンドとの結合によってリガンド層6が形成されている領域における当該位相シフト量が変化することは言うまでもない。
【0079】
上記実施形態に係る測定用チップを用いた測定装置および測定方法では、生体分子の結合反応を一例としているが、例示する生体分子の結合反応以外であっても屈折率変化を伴う反応であれば、適用が可能である。一例として、上記実施形態に係る測定用チップを用いた測定装置および測定方法は、ガスセンサ等にも応用が可能である。この場合、ガスをアナライトとし、ガスと反応することで屈折率が変化する化学物質をリガンドとすればよい。
【0080】
上記実施形態では、複数の格子パターン31の周期が2つ以上の領域で互いに異なる回折格子を、測定用チップ1の導入部3に設けているが、そのような回折格子を導出部4に設けてもよい。これにより、導出部から導出される光が広い角度範囲に渡って光の強度を保持し、CCDイメージセンサの位置合わせの精度の問題を改善できる。また、複数のセンシングレーンが構成された測定用チップ1において、或るセンシングレーンでは、格子パターンの周期が一定な回折格子を導入部3に設け、別のセンシングレーンでは、格子パターンの周期が増加または減少する回折格子を導出部4に設けてもよい。すなわち、測定用チップ1は、導入部3に設けられる回折格子と、導出部4に設けられる回折格子とのどちらかにおいて、各回折格子に設けられている複数の格子パターンの周期が2つ以上の領域間で互いに異なっていればよい。
【0081】
測定用チップ1の導入部3に入射する光18について、
図1(A)でいうZ軸方向に電場を持つ光をP偏光と定義し、X軸方向に電場を持つ光をS偏光と定義する。上記実施形態ではP偏光を導入部3に入射しているが、導入部3に入射する光18は、P偏光およびS偏光のどちらでもよい。導入部3に入射する光18の入射角度θの許容範囲を拡大することが可能になるという本願発明による効果は、入射光がP偏光およびS偏光のどちらの場合でも奏するものであるが、本願発明による効果は、入射光がP偏光の場合に一層際立つものとなる。その理由は、入射光がP偏光の場合は、入射角度θの許容範囲は従来技術に示したように約0.6°と非常に狭いところ、入射光がS偏光の場合は、許容範囲は約1.5°~2°でありP偏光の場合と比較して元から多少広いからである。なお、入射光がP偏光の場合の方がS偏光の場合よりも感度(ピーク角度の変化量/屈折率の変化量)が高く、伝搬層への結合(カップリング)効率も高いため、P偏光の実用性はS偏光と比較して高い。
【実施例0082】
実施例1では、導入部に入射する光の入射角度θの許容範囲を実測により検証した。検証は、光が伝搬する方向に沿って格子パターンの周期が領域毎に異なる回折格子を導入部に設けた測定用チップを複数作製し、作製した複数の測定用チップのそれぞれについて、導入部に入射する光の入射角度θを変化させながら、導出部から導出される光の強度を測定することにより行った。導入部には、測定用チップの厚さ方向(
図1(A)でいうZ軸方向)に電場を持つ光を入射した。
【0083】
測定用チップの導入部に作製した回折格子のバリエーションを表1に示す。測定結果のグラフを
図10に示す。なお格子パターンの周期は、
図1中に示す格子パターン31のY軸方向の周期(d3+s3)であり、光の入射角度θは
図1中に示す角度θである。測定に用いた光源の波長は約520nmであった。
【0084】
【0085】
Y軸方向の長さL3が約100μmでありX軸方向の長さW3が約270μmである導入部の領域について、Y軸方向の長さL3を表1に示す周期分割数で分割することにより、それぞれの周期部分を作成した。それぞれの周期部分の1周期分のY軸方向の寸法について、格子パターンの幅および格子パターンの間隔は同じ寸法とした。1周期分のY軸方向の寸法とは、Y軸方向に沿って隣接する格子パターンの幅と格子パターンの間隔との和、即ち周期を意味する。例えばサンプル番号1の回折格子は、周期分割数が1、即ち1周期分のY軸方向の寸法が全て472.5nmである単一周期の格子パターンであった。例えばサンプル番号2の測定用チップの場合、導入部に作製した回折格子は次のような格子パターンであった。
【0086】
・465.0nm周期部分のY軸方向の寸法が約14.3μm
・467.5nm周期部分のY軸方向の寸法が約14.3μm
・470.0nm周期部分のY軸方向の寸法が約14.3μm
・472.5nm周期部分のY軸方向の寸法が約14.3μm
・475.0nm周期部分のY軸方向の寸法が約14.3μm
・477.5nm周期部分のY軸方向の寸法が約14.3μm
・480.0nm周期部分のY軸方向の寸法が約14.3μm
【0087】
図10のグラフにおいて、グラフの横軸には入射角度θが示されており、入射角度θが0°の点は、
図1に示す入射角度θが約30°の点に対応する。グラフの縦軸には光の出射強度が示されており、CCDイメージセンサ等の受光部により測定が十分可能な光の最低強度のラインは、出射強度が約120(arbitrary unit)のラインに対応する。
【0088】
・測定が可能な入射角度θの範囲
図10を参照して、測定が可能な入射角度θの範囲について考察した。サンプル番号1に関して破線で示すグラフのように、導入部に設けられる回折格子の格子パターンが単一周期の場合には、測定が可能な入射角度θの範囲は約0.6°(-0.4°~+0.2°)であった。これに対し、サンプル番号2~サンプル番号4に示すように、導入部に設けられる回折格子が、光が伝搬する方向に沿って格子パターンの周期が領域毎に異なる場合には、サンプル番号2~サンプル番号4のいずれについても、測定が可能な入射角度θの範囲はサンプル番号1の範囲よりも拡大していた。
【0089】
例えば一点鎖線で示すグラフのように、サンプル番号3の測定用チップの場合には、測定が可能な入射角度θの範囲は約4.0°(-3.0°~+1.0°)であった。また例えば破線で示すグラフのように、サンプル番号2の測定用チップの場合には、測定が可能な入射角度θの範囲は約2.6°(-1.8°~+0.8°)であった。また例えば実線で示すグラフのように、サンプル番号4の測定用チップの場合には、測定が可能な入射角度θの範囲は約3.4°(-3.6°~-0.2°)であった。これにより、光が伝搬する方向に沿って格子パターンの周期が領域毎に異なる回折格子を導入部に設けると、測定が可能な入射角度θの範囲を拡大することができることが示された。
【0090】
表1に示すように、サンプル番号1~サンプル番号4のいずれについても、格子周期の中心値は472.5nmであった。しかしながら
図10のグラフでは、サンプル番号2~サンプル番号4のいずれについても、出射強度がピークとなる入射角度θの値(入射角度θの中心)は0°からずれていた。
【0091】
・入射角度θのずれ
図11は、測定用チップの模式的な構造を示す図である。
図11(A)は側面図であり、
図11(B)は
図11(A)において一点鎖線で囲む領域の部分拡大図である。
【0092】
図10のグラフについて、入射角度θのピーク角度の値がずれる点に関して考察した。本発明者達によると、導入部に設けられている回折格子の光の伝搬方向に沿った寸法(本実施例では約100μm)のうち、全ての領域の格子(格子パターン)が伝搬層との結合(カップリング)に均一に寄与しているわけではない、と考察された。また、導入部のうち、
図11(A)に符号39bで示す、光が取り出される導出部4に近い領域39bの方が、伝搬層2への結合の寄与が大きい、と考察された。
【0093】
図11(B)に示すように、光18は導入部3に照射され、導入部3を通じて伝搬層2に導入されると、導波モードの光18wとなって伝搬層2を伝搬してゆく。この際、いくつかの光18wは導入部3の回折格子により再び放射モードの光18rとなり、伝搬層2から放出される。よって、導入部3のうち、光が取り出される導出部4に近い領域39bの方が、導入部3の回折格子と相互作用する距離が短い分、導波モードの光18wが再び放射モードになる可能性は低い、と考察された。
【0094】
またこの考察から、それぞれの周期の領域を表1に示すように等間隔に分けるのではなく、伝搬層2への結合の寄与が小さい領域を広くし、伝搬層2への結合の寄与が大きい領域を狭くすると、測定が可能な入射角度θの範囲をより広範囲に広げることができる可能性があることが示された。例えば、表1のサンプル番号2の回折格子において、
図11(A)に示す領域39a側が465.0nmであり、領域39b側が480.0nmである場合、465.0nm周期部分のY軸方向の寸法を14.3μmよりも大きくし、480.0nm周期部分のY軸方向の寸法を14.3μmよりも小さくすれば良い。