(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024076678
(43)【公開日】2024-06-06
(54)【発明の名称】応力解析システム
(51)【国際特許分類】
G01N 29/07 20060101AFI20240530BHJP
G01L 1/00 20060101ALI20240530BHJP
【FI】
G01N29/07
G01L1/00 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022188357
(22)【出願日】2022-11-25
(71)【出願人】
【識別番号】000005234
【氏名又は名称】富士電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003177
【氏名又は名称】弁理士法人旺知国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】村田 頼信
(72)【発明者】
【氏名】古市 卓也
(72)【発明者】
【氏名】仲村 慎吾
【テーマコード(参考)】
2G047
【Fターム(参考)】
2G047AA06
2G047BA01
2G047BC02
2G047CB03
2G047EA09
2G047GG20
2G047GG30
2G047GG33
2G047GG44
(57)【要約】
【課題】試験体の応力状態を短時間で特定する。
【解決手段】応力解析システム100は、試験体20に対する表面SH波の送信と試験体20を伝搬した表面SH波の受信とを実行する超音波センサ30と、表面SH波が試験体20を伝搬する複数の伝搬速度を、超音波センサ30による表面SH波の受信の結果に応じて算定する第1演算部と、試験体20の応力状態を複数の伝搬速度に応じて特定する第2演算部とを具備する。複数の伝搬速度は、試験体20の圧延方向に沿う第1方向に伝搬する表面SH波の第1伝搬速度と、第1方向に直交する第2方向に伝搬する表面SH波の第2伝搬速度と、第1方向に対して所定の角度で傾斜する第3方向に伝搬する表面SH波の第3伝搬速度と、第3方向に直交する第4方向に伝搬する表面SH波の第4伝搬速度とを含む。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
試験体に対する表面SH波の送信と前記試験体を伝搬した前記表面SH波の受信とを実行する超音波センサと、
前記表面SH波が前記試験体を伝搬する速度に関する複数の速度指標を、前記超音波センサによる前記表面SH波の受信の結果に応じて算定する第1演算部と、
前記試験体の応力状態を前記複数の速度指標に応じて特定する第2演算部とを具備し、
前記複数の速度指標は、
前記試験体の圧延方向に沿う第1方向に伝搬する前記表面SH波の第1速度指標と、
前記第1方向に直交する第2方向に伝搬する前記表面SH波の第2速度指標と、
前記第1方向に対して所定の角度で傾斜する第3方向に伝搬する前記表面SH波の第3速度指標と、
前記第3方向に直交する第4方向に伝搬する前記表面SH波の第4速度指標とを含む
応力解析システム。
【請求項2】
前記第1方向は、前記圧延方向に平行な方向であり、
前記第3方向は、前記圧延方向に対して45°の角度をなす方向である
請求項1の応力解析システム。
【請求項3】
前記第2演算部は、前記第1速度指標と前記第2速度指標との差分と、前記第3速度指標と前記第4速度指標との差分とに応じて、前記試験体の応力状態を特定する
請求項1の応力解析システム。
【請求項4】
所定の基準方向に伝搬する前記表面SH波の速度に関する第1基準値を記憶する記憶部をさらに具備し、
前記第1演算部は、
前記複数の速度指標のうちの目標速度指標と、前記基準方向に伝搬する前記表面SH波の速度に関する比較値とを、前記超音波センサによる前記表面SH波の受信の結果に応じて算定する測定処理と、
前記比較値と前記第1基準値との差分に応じた補正値を利用して前記目標速度指標を補正する補正処理とを実行し、
前記第2演算部は、前記補正処理後の前記目標速度指標を含む前記複数の速度指標に応じて前記試験体の応力状態を特定する
請求項1の応力解析システム。
【請求項5】
前記基準方向は、前記圧延方向に対して45°の角度をなす方向である
請求項4の応力解析システム。
【請求項6】
前記第1演算部は、前記複数の速度指標の各々について前記補正処理を実行する
請求項4または請求項5の応力解析システム。
【請求項7】
前記第1演算部による前記測定処理および前記補正処理と、
前記第2演算部による前記応力状態の特定と
を含む演算処理が複数回にわたり反復される
請求項4の応力解析システム。
【請求項8】
前記複数回にわたる演算処理の各々における前記補正処理には、前記記憶部に記憶された前記第1基準値が共通に適用される
請求項7の応力解析システム。
【請求項9】
前記第1演算部による前記複数の速度指標の算定と、
前記第2演算部による前記応力状態の特定と
を含む演算処理が複数回にわたり反復され、
前記第1演算部は、前記複数の速度指標の各々について、
過去の前記演算処理における当該速度指標の算定の結果に応じた第2基準値に対する変化状態を特定し、
当該速度指標を前記変化状態に応じて補正する
請求項1の応力解析システム。
【請求項10】
前記変化状態は、変化方向と変化量とを含み、
前記第1演算部は、
前記変化量が閾値を上回り、かつ、前記変化方向が共通する変化が、前記複数の速度指標について発生しているか否かを判定し、
前記判定の結果が肯定である場合に、前記複数の速度指標の各々を、当該速度指標の変化状態に応じて補正する
請求項9の応力解析システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、解析対象の物体(以下「試験体」という)について主応力方向または主応力差等の応力状態を特定する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
物体表面に対して平行に振動する表面SH(Shear horizontal)波を利用して試験体の応力状態を特定する技術が従来から提案されている。例えば、特許文献1には、表面SH波を試験体の表面に放射する送信子と、試験体を伝搬した表面SH波を受信する受信子とを含む音弾性応力測定用センサが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来の技術のもとで試験体における主応力方向を特定するためには、試験体に対する表面SH波の伝搬方向を相違させた複数の場合の各々について伝搬速度を測定する必要がある。したがって、試験体の応力状態を特定するために長時間が必要である。以上の事情を考慮して、本開示のひとつの態様は、試験体の応力状態を短時間で特定することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
以上の課題を解決するために、本開示のひとつの態様に係る応力解析システムは、試験体に対する表面SH波の送信と前記試験体を伝搬した前記表面SH波の受信とを実行する超音波センサと、前記表面SH波が前記試験体を伝搬する速度に関する複数の速度指標を、前記超音波センサによる前記表面SH波の受信の結果に応じて算定する第1演算部と、前記試験体の応力状態を前記複数の速度指標に応じて特定する第2演算部とを具備し、前記複数の速度指標は、前記試験体の圧延方向に沿う第1方向に伝搬する前記表面SH波の第1速度指標と、前記第1方向に直交する第2方向に伝搬する前記表面SH波の第2速度指標と、前記第1方向に対して所定の角度で傾斜する第3方向に伝搬する前記表面SH波の第3速度指標と、前記第3方向に直交する第4方向に伝搬する前記表面SH波の第4速度指標とを含む。
【図面の簡単な説明】
【0006】
【
図1】本開示の第1実施形態における応力解析システムの構成を例示するブロック図である。
【
図3】応力解析システムの機能的な構成を例示するブロック図である。
【
図5】表面SH波の伝搬方向と表面SH波の伝搬速度との関係を表すグラフである。
【
図6】応力解析処理(第1演算処理)のフローチャートである。
【
図7】応力解析処理(第2演算処理)のフローチャートである。
【
図8】第2実施形態における応力解析処理のフローチャートである。
【
図9】第3実施形態における応力解析処理のフローチャートである。
【
図10】第4実施形態における応力解析処理のフローチャートである。
【
図11】変形例における超音波センサの平面図である。
【
図12】変形例における超音波センサの平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0007】
本開示を実施するための形態について図面を参照して説明する。なお、各図面においては、各要素の寸法および縮尺が実際の製品とは相違する場合がある。また、以下に説明する形態は、本開示を実施する場合に想定される例示的な一形態である。したがって、本開示の範囲は、以下に例示する形態には限定されない。
【0008】
A:第1実施形態
図1は、第1実施形態における応力解析システム100の構成を例示するブロック図である。応力解析システム100は、試験体20に作用する応力の状態(以下「応力状態」という)を非破壊により特定するための測定機器である。試験体20は、例えば送電鉄塔等の各種の構造体を構成する金属製の板状部材である。
【0009】
試験体20の圧延方向Zは既知である。圧延方向Zは、試験体20の表面21に平行な方向であり、試験体20を圧延により製造する工程において金属材料が進行する方向を意味する。圧延方向Zは、金属材料の圧延に利用される一対のローラの回転軸に垂直な方向とも表現される。例えば、試験体20が利用された構造体の構造から、当該試験体20の圧延方向Zが特定される。
【0010】
第1実施形態の応力解析システム100は、主応力方向Ωと主応力差Δとを試験体20の応力状態として特定する。試験体20の内部には面内方向の主応力軸が確定される。主応力方向Ωは、試験体20内の主応力軸が圧延方向Zに対してなす角度である。主応力差Δは、応力(最大主応力)σ1と主応力(最小主応力)σ2との差分(Δ=σ1-σ2)である。
【0011】
図1に例示される通り、応力解析システム100は、超音波センサ30と測定装置40とを具備する。超音波センサ30は、試験体20に対する表面SH波の送信と、試験体20を伝搬した表面SH波の受信とを実行する探触子である。表面SH波は、試験体20の表面21に平行な方向に振動する超音波であり、
図1に破線の矢印で図示される通り、試験体20の表面21の近傍を弾性波として伝搬する。
【0012】
図2は、超音波センサ30の平面図である。
図1および
図2に例示される通り、超音波センサ30は、4個の振動子対31-1~31-4と支持部材32と接触媒質33とを具備する。なお、以下の説明においては、4個の振動子対31-1~31-4の各々を区別する必要がない場合に「振動子対31-n」と包括的に表記する(n=1~4)。他の符号についても同様である。
【0013】
各振動子対31-nは、送受信子35と送受信子36との対で構成される。送受信子35と送受信子36とは、相互に所定の間隔をあけて設置される。送受信子35および送受信子36の各々は、表面SH波を送信および受信する振動子である。具体的には、送受信子35および送受信子36の一方が、表面SH波を試験体20に対して送出する。表面SH波は、試験体20の表面21の近傍を伝搬する。送受信子35および送受信子36の他方は、試験体20を伝搬した表面SH波を受信する。
【0014】
支持部材32は、各振動子対31-nの送受信子35および送受信子36を支持する楔部材である。各振動子対31-nの送受信子35および送受信子36は、試験体20の表面21に対して所定の角度をなす姿勢で支持部材32により支持される。接触媒質33は、試験体20と支持部材32との間に介在する媒質である。接触媒質33が支持部材32と試験体20との間隙に充填されることで、各振動子対31-nと試験体20との相互間で表面SH波が効率的に伝搬する。
【0015】
図2には、試験体20の表面21に平行な平面内において相異なる4個の方向D1~D4が図示されている。振動子対31-1の送受信子35と送受信子36とは、方向D1に沿って相互に間隔をあけて配置される。方向D1は、試験体20の圧延方向Zに沿う方向である。具体的には、方向D1は、圧延方向Zに平行な方向である。振動子対31-2の送受信子35と送受信子36とは、方向D2に沿って相互に間隔をあけて配置される。方向D2は、方向D1に直交する方向である。方向D1は「第1方向」の一例であり、方向D2は「第2方向」の一例である。
【0016】
振動子対31-3の送受信子35と送受信子36とは、方向D3に沿って相互に間隔をあけて配置される。方向D3は、方向D1に対して所定の角度で傾斜する方向である。具体的には、方向D3は、方向D1(圧延方向Z)に対して45°の角度をなす方向である。振動子対31-4の送受信子35と送受信子36とは、方向D4に沿って相互に間隔をあけて配置される。方向D4は、方向D3に直交する方向である。すなわち、方向D4は、方向D1(圧延方向Z)に対して135°の角度をなす方向である。方向D3は「第3方向」の一例であり、方向D4は「第4方向」の一例である。
【0017】
以上の例示の通り、試験体20の圧延方向Zに対して各振動子対31-nが方向Dnに沿うように、超音波センサ30が試験体20の表面21に設置される。すなわち、4個の振動子対31-1~31-4は、圧延方向Zに対して0°(D1)、45°(D3)、90°(D2)および135°(D4)の角度をなすように配置される。したがって、
図2に例示される通り、所定の地点を中心とする周方向に送受信子35と送受信子36とが45°の間隔で配列される。
【0018】
図1の測定装置40は、試験体20を伝搬した表面SH波を超音波センサ30が受信した結果に応じて、試験体20の応力状態を特定するコンピュータシステムである。測定装置40は、駆動装置41と検出装置42と切替装置43と情報処理装置50とを具備する。なお、駆動装置41および検出装置42の一方または双方は、情報処理装置50または超音波センサ30に搭載されてもよい。切替装置43も同様に、情報処理装置50または超音波センサ30に搭載されてよい。
【0019】
駆動装置41は、情報処理装置50からの指示に応じて超音波センサ30の各送受信子35または各送受信子36を駆動することで、試験体20に表面SH波を送信する。具体的には、駆動装置41は、送受信子35または送受信子36を駆動するための駆動信号を超音波センサ30に送信する。検出装置42は、各送受信子35または各送受信子36が受信した表面SH波の波形を表す検出信号Yを生成する。すなわち、検出信号Yは、試験体20を伝搬した表面SH波を超音波センサ30が受信した結果を表す信号である。具体的には、検出装置42は、送受信子35または送受信子36から出力される信号(以下「観測信号」という)を超音波センサ30から受信する。
【0020】
切替装置43は、駆動装置41による駆動信号の出力先と検出装置42による観測信号の受信元とを切替える機構であり、スイッチ431とスイッチ432とを具備する。スイッチ431は、駆動信号の出力先を各振動子対31-nの送受信子35および送受信子36の何れかに切替える。他方、スイッチ432は、検出装置42に対する観測信号の供給元を各振動子対31-nの送受信子35および送受信子36の何れかに切替える。
【0021】
具体的には、切替装置43は、情報処理装置50からの指示に応じて第1状態および第2状態の何れかに制御される。第1状態は、
図1に実線で例示される通り、駆動信号が送受信子35に出力され、かつ、送受信子36からの観測信号が検出装置42に供給される状態である。他方、第2状態は、
図1に破線で例示される通り、駆動信号が送受信子36に出力され、かつ、送受信子35からの観測信号が検出装置42に供給される状態である。以上の通り、送受信子35および送受信子36は、表面SH波の送信および受信の双方を実行可能である。ただし、以下の説明においては、送受信子35が試験体20に対して表面SH波を送信し、試験体20を伝搬した表面SH波を送受信子36が受信する第1状態を、便宜的に想定する。
【0022】
情報処理装置50は、検出信号Yを処理することで試験体20の応力状態を特定するコンピュータシステムである。情報処理装置50は、例えばパーソナルコンピュータまたはタブレット端末等の情報機器により実現される。具体的には、情報処理装置50は、制御装置51と記憶装置52と表示装置53とを具備する。なお、情報処理装置50は、単体の装置により実現されるほか、相互に別体で構成された複数の装置でも実現される。
【0023】
制御装置51は、情報処理装置50の各要素を制御する単数または複数のプロセッサで構成される。具体的には、例えばCPU(Central Processing Unit)、GPU(Graphics Processing Unit)、DSP(Digital Signal Processor)、FPGA(Field Programmable Gate Array)、またはASIC(Application Specific Integrated Circuit)等の1種類以上のプロセッサにより、制御装置51が構成される。
【0024】
記憶装置52は、制御装置51が実行するプログラムと制御装置51が使用するデータとを記憶する単数または複数のメモリである。記憶装置52は、例えば磁気記録媒体または半導体記録媒体等の公知の記録媒体で構成される。複数種の記録媒体の組合せにより記憶装置52が構成されてもよい。情報処理装置50に対して着脱される可搬型の記録媒体が、記憶装置52として利用されてもよい。
【0025】
表示装置53は、制御装置51による制御のもとで画像を表示する。具体的には、表示装置53は、試験体20の解析の結果を表示する。例えば、表示装置53は、試験体20の応力状態として特定された主応力方向Ωと主応力差Δとを表示する。
【0026】
図3は、情報処理装置50の機能的な構成を例示するブロック図である。制御装置51は、記憶装置52に記憶されたプログラムを実行することで、試験体20の応力状態を特定するための複数の機能(第1演算部61および第2演算部62)を実現する。
【0027】
第1演算部61は、表面SH波が試験体20を伝搬する速度(以下「伝搬速度」という)Vnを、超音波センサ30による表面SH波の受信の結果に応じて算定する。各伝搬速度Vnは、振動子対31-nの送受信子35から当該振動子対31-nの送受信子36まで表面SH波が伝搬する速度(すなわち音速)である。第1演算部61は、相異なる4個の方向D1~D4の各々について伝搬速度Vn(V1~V4)を算定する。すなわち、伝搬速度Vnは、試験体20の表面21の近傍において表面SH波が方向Dnに伝搬する速度である。具体的には、第1演算部61は、振動子対31-nの送受信子35から送受信子36まで表面SH波が伝搬する時間(伝搬時間)を検出信号Yの解析により特定し、送受信子35と送受信子36との間の既知の距離を伝搬時間により除算することで伝搬速度Vnを算定する。
【0028】
以上の説明の通り、伝搬速度V1は、圧延方向Zに沿う方向D1(0°)における表面SH波の伝搬速度である。伝搬速度V2は、方向D1に直交する方向D2(90°)における表面SH波の伝搬速度である。伝搬速度V3は、方向D1に対して45°で傾斜する方向D3における表面SH波の伝搬速度である。伝搬速度V4は、方向D3に直交する方向D4(135°)における表面SH波の伝搬速度である。
【0029】
図4は、制御装置51(第1演算部61)が伝搬速度Vnを算定する処理(以下「測定処理P」という)のフローチャートである。測定処理Pが開始されると、制御装置51は、振動子対31-nの駆動を駆動装置41に指示する(P1)。駆動装置41は、制御装置51からの指示に応じて振動子対31-nの送受信子35を駆動する。したがって、振動子対31-nの送受信子35から試験体20に対して方向Dnの表面SH波が送信される。
【0030】
振動子対31-nの送受信子36は、試験体20の内部を方向Dnに伝搬した表面SH波を受信する。検出装置42は、振動子対31-nが受信した表面SH波の波形を表す検出信号Yを生成する。制御装置51は、検出装置42から検出信号Yを受信する(P2)。そして、制御装置51は、検出信号Yの解析により伝搬速度Vnを算定する(P3)。伝搬速度Vnに関する測定処理Pの手順は以上の通りである。
【0031】
なお、測定処理Pにおいては、振動子対31-n1(n1=1~4)と振動子対31-n2(n2=1~4,n2≠n1)とが相互に並列に駆動されてもよい。例えば、制御装置51は、振動子対31-n1および振動子対31-n2の駆動を駆動装置41に指示する(P1)。振動子対31-n1および振動子対31-n2の双方の送受信子35から表面SH波が並列に送信される。
【0032】
振動子対31-n1および振動子対31-n2の各々の送受信子36は、試験体20の内部を伝搬した表面SH波を受信する。検出装置42は、振動子対31-n1および振動子対31-n2の各々が受信した表面SH波の波形を表す検出信号Yを生成する。制御装置51は、検出装置42から検出信号Yを受信し(P2)、検出信号Yの解析により伝搬速度Vn1および伝搬速度Vn2を算定する(P3)。以上の通り、1回の測定処理Pにより複数の伝搬速度Vnが算定されてもよい。
【0033】
図3の第2演算部62は、第1演算部61が算定した4個の伝搬速度V1~V4に応じて試験体20の応力状態を特定する。各伝搬速度Vnを利用した応力状態の特定について以下に詳述する。
【0034】
図5は、試験体20の表面21における表面SH波の伝搬方向θ(横軸)と表面SH波の伝搬速度V(θ)(縦軸)との関係を表すグラフである。伝搬方向θは、圧延方向Zを基準(θ=0)とした角度を意味する。
図5には、主応力差Δが0である場合の特性F1と、主応力差Δが0でない場合の特性F2とが併記されている。特性F2は、圧延方向Z(θ=0)に沿う応力を試験体20に作用させた場合の特性である。
【0035】
図5においては、主応力方向Ωが伝搬方向θに一致する場合(Ω=0°)が想定されている。以上の状態においては、
図5に例示される通り、表面SH波の伝搬方向θが0°である場合の伝搬速度V(0°)と伝搬方向θが90°である場合の伝搬速度V(90°)との差分が主応力差Δに相当する。圧延方向Zが未知である場合、主応力差Δを算定するためには、圧延方向Zと主応力方向Ωとの関係に応じて表面SH波の伝搬方向θを変化させる必要がある。
【0036】
表面SH波の伝搬速度V(θ)と主応力差Δとの関係は以下の数式(1)で表現される。
【数1】
【0037】
数式(1)における記号Vaは、伝搬速度V(θ)と伝搬速度V(θ+90°)との平均速度である。前述の通り、記号θは圧延方向Zを基準とした伝搬方向を意味し、記号Ωは主応力方向を意味する。
【0038】
また、数式(1)の各記号(CT,CL,α,β)は、以下の数式で表現される。記号Cijは有効弾性定数である。
【数2】
【0039】
第1実施形態においては、試験体20の圧延方向Zが既知である状況のもとで、前述の通り、表面SH波の伝搬方向θを圧延方向Zに対して所定の角度(0°,45°,90°,135°)に確定することで、試験体20の応力状態を特定する。伝搬方向θが0°、45°、90°または135°である場合、数式(1)における右辺の第2項が0となる。
【0040】
伝搬方向θを0°に設定することで以下の数式(1a)が導出される。数式(1a)の伝搬速度V1は伝搬速度V(0°)に相当し、数式(1a)の伝搬速度V2は伝搬速度V(90°)に相当する。数式(1a)の平均速度Vaは、伝搬速度V1と伝搬速度V2との平均値である。
【数3】
【0041】
同様に、伝搬方向θを45°に設定することで以下の数式(1b)が導出される。数式(1b)の伝搬速度V3は伝搬速度V(45°)に相当し、数式(1b)の伝搬速度V4は伝搬速度V(135°)に相当する。数式(1b)の平均速度Vaは、伝搬速度V3と伝搬速度V4との平均値である。
【数4】
【0042】
数式(1a)と数式(1b)とから、主応力方向Ωを算定するための以下の数式(2)が導出される。第2演算部62は、第1演算部61が算定した4個の伝搬速度V1~V4を数式(2)に適用することで主応力方向Ωを算定する。また、第2演算部62は、主応力方向Ωを数式(1a)または数式(1b)に適用することで主応力差Δを算定する。
【数5】
【0043】
以上の説明から理解される通り、第2演算部62は、伝搬速度V1と伝搬速度V2との差分(V1-V2)と、伝搬速度V3と伝搬速度V4との差分(V3-V4)とに応じて、試験体20の応力状態を特定する。第1実施形態においては、伝搬方向θを適切な角度に設定することで、表面SH波の伝搬速度V(θ)と応力状態(主応力方向Ωおよび主応力差Δ)との相関を表す数式(1)が簡素化される。したがって、試験体の応力状態を簡便かつ高精度に特定できる。
【0044】
図6および
図7は、情報処理装置50が試験体20の応力状態を特定するための処理(以下「応力解析処理」という)のフローチャートである。例えば情報処理装置50に対する利用者からの指示に応じて応力解析処理が開始される。
【0045】
応力解析処理において、制御装置51は、
図6の第1演算処理Sa(Sa11~Sa14)と
図7の第2演算処理Sb(Sb11~Sb17)とを実行する。第1演算処理Saは、検出信号Yの解析により相異なる方向Dnに対応する4個の伝搬速度V1~V4を算定する処理である。制御装置51が第1演算処理Saを実行することで
図3の第1演算部61が実現される。第2演算処理Sbは、4個の伝搬速度V1~V4に応じて試験体20の応力状態を特定する処理である。制御装置51が第2演算処理Sbを実行することで
図3の第2演算部62が実現される。
【0046】
図6に例示される通り、第1演算処理Saが開始されると、制御装置51は、
図4に例示した測定処理Pにより伝搬速度V1を算定する(Sa11)。同様に、制御装置51は、測定処理Pを反復することで、伝搬速度V2の算定(Sa12)と伝搬速度V3の算定(Sa13)と伝搬速度V4の算定(Sa14)とを順次に実行する。
【0047】
なお、各伝搬速度Vnの算定の順番は任意に変更されてよい。また、制御装置51は、振動子対31-1と振動子対31-2とを並列に駆動することで、伝搬速度V1および伝搬速度V2を1回の測定処理Pにおいて算定してもよい。同様に、制御装置51は、振動子対31-3と振動子対31-4とを並列に駆動することで、伝搬速度V3および伝搬速度V4を1回の測定処理Pにおいて算定してもよい。
【0048】
以上に説明した第1演算処理Saを実行すると、制御装置51は、
図7に例示される第2演算処理Sbを開始する。制御装置51は、まず、伝搬速度V1と伝搬速度V2との差分(V1-V2)と、伝搬速度V3と伝搬速度V4との差分(V3-V4)とを算定する(Sb11)。制御装置51は、差分(V1-V2)および差分(V3-V4)の一方が0付近の数値であるか否かを判定する(Sb12)。具体的には、差分(V1-V2)および差分(V3-V4)の一方が0を含む微小な範囲内の数値であるか否かが判定される。
【0049】
主応力方向Ωが方向D3または方向D4に近似する場合には、差分(V1-V2)が0付近の数値となる。他方、主応力方向Ωが方向D1または方向D2に近似する場合には、差分(V3-V4)が0付近の数値となる。そこで、判定の結果が肯定である場合(Sb12:YES)、制御装置51は、差分(V1-V2)および差分(V3-V4)のうち0付近の数値以外の差分に応じて主応力方向Ωおよび主応力差Δを特定する(Sb13)。
【0050】
例えば、差分(V1-V2)が0付近の数値である場合、制御装置51は、差分(V3-V4)に対応する方向D3または方向D4を主応力方向Ωとして選択し、かつ、前述の数式(1b)により差分(V3-V4)に応じた主応力差Δを算定する。他方、差分(V3-V4)が0付近の数値である場合、制御装置51は、差分(V1-V2)に対応する方向D1または方向D2を主応力方向Ωとして選択し、かつ、前述の数式(1a)により差分(V1-V2)に応じた主応力差Δを算定する。
【0051】
他方、差分(V1-V2)および差分(V3-V4)の何れも0付近の数値でない場合(Sb12:NO)、制御装置51は、4個の伝搬速度V1~V4を前述の数式(2)に適用することで主応力方向Ωを算定する(Sb14)。また、制御装置51は、主応力方向Ωを数式(1a)または数式(1b)に適用することで主応力差Δを算定する(Sb15)。
【0052】
制御装置51(第2演算部62)は、以上の手順で算定した主応力方向Ωおよび主応力差Δを記憶装置52に記憶する(Sb16)。また、制御装置51(第2演算部62)は、主応力方向Ωおよび主応力差Δを表示装置53に表示する(Sb17)。
【0053】
以上に説明した通り、第1実施形態においては、試験体20の既知の圧延方向Zを基準とする相異なる方向Dnについて4個の伝搬速度V1~V4が算定され、4個の伝搬速度V1~V4を利用して試験体20の応力状態が特定される。したがって、試験体20に対する超音波の角度を変化させながら主応力方向を探索する手順を必要とせずに、試験体20の応力状態を短時間で特定できる。
【0054】
B:第2実施形態
本開示の第2実施形態を説明する。なお、以下に例示する各態様において機能が第1実施形態と同様である要素については、第1実施形態の説明と同様の符号を流用して各々の詳細な説明を適宜に省略する。
【0055】
伝搬速度Vnは試験体20の温度に依存する。具体的には、試験体20の温度が上昇するほど伝搬速度Vnは減少する。伝搬速度Vnに対する温度の影響は、試験体20に作用する応力の影響よりも顕著である。例えば一般的な圧延鋼板に着目すると、応力に応じた伝搬速度Vnの変化率は0.02[m/s/MPa]程度であるのに対し、温度に応じた伝搬速度Vnの変化率は-0.5[m/s/℃]程度である。したがって、4個の伝搬速度V1~V4の各々を順番に算定する過程において試験体20の温度が変化すると、試験体20の応力状態を正確に特定できない可能性がある。第2実施形態は、以上の課題を解決するための形態であり、試験体20の温度に応じた補正値Qを利用して各伝搬速度Vnを補正する。
【0056】
図8は、第2実施形態における応力解析処理のフローチャートである。第2実施形態の応力解析処理においては、第1演算処理Saおよび第2演算処理Sbの開始前に基準設定処理Scが実行される。例えば、試験体20が標準的な温度(以下「基準温度」という)である状態において基準設定処理Scが実行される。基準設定処理Scは、各伝搬速度Vnの基準値Rを設定する処理である。基準値Rは「第1基準値」の一例である。
【0057】
基準設定処理Scが開始されると、制御装置51(第1演算部61)は、測定処理Pにより伝搬速度V3を算定する(Sc11)。伝搬速度V3は、前述の通り、圧延方向Z(方向D1)に対して45°で傾斜する方向D3に表面SH波が伝搬する速度である。
【0058】
主応力方向Ωに対して45°の方向の伝搬速度は、試験体20の温度に依存する一方で、試験体20の応力状態には実質的に依存しないという傾向がある。すなわち、主応力方向Ωに対して45°の方向の伝搬速度の変化は、試験体20の温度の変化により発生し、試験体20の応力状態の変化では実質的に発生しない。いま、主応力方向Ωが圧延方向Zに一致する場合を想定すると、圧延方向Z(方向D1)に対して45°の方向の伝搬速度V3は、試験体20の応力状態には実質的に依存しないという傾向がある。
【0059】
以上の傾向を考慮して、第2実施形態においては、主応力方向Ωが圧延方向Zに一致する場合を想定し、伝搬速度V3を、各伝搬速度Vnを温度に応じて補正するための基準値Rとして利用する。制御装置51は、伝搬速度V3を基準値Rとして記憶装置52に記憶する(Sc12)。以上の説明から理解される通り、記憶装置52は、圧延方向Zに対する所定の方向D3における表面SH波の伝搬速度V3を基準値Rとして記憶する。圧延方向Zに対して45°の角度をなす方向D3は「基準方向」の一例であり、記憶装置52は「記憶部」の一例である。
【0060】
第2実施形態における第1演算処理Saは、第1実施形態における第1演算処理Saとは相違する。具体的には、第2実施形態の第1演算処理Saにおいては、基準値Rを利用して各伝搬速度Vnを補正する処理(以下「補正処理A」という)が実行される。
【0061】
伝搬速度Vnの補正処理Aは、補正値Qを利用して伝搬速度Vnを補正する処理である。補正値Qは、比較値Cと基準値Rとの差分(Q=C-R)である。比較値Cは、補正対象の伝搬速度Vnとともに測定された伝搬速度V3である。具体的には、制御装置51は、振動子対31-nと振動子対31-3とを並列に駆動する1回の測定処理Pにより伝搬速度Vnおよび比較値C(伝搬速度V3)を算定する。したがって、伝搬速度V1と比較値Cとは、試験体20が現在の同じ温度にある状態で測定された測定値と見做せる。
【0062】
以上の説明から理解される通り、比較値Cは、基準値Rと同様に方向D3に対応する伝搬速度V3である。ただし、基準値Rが、基準温度に対応する伝搬速度V3であるのに対し、比較値Cは、試験体20の現在(すなわち伝搬速度Vnが測定される時点)の温度に対応する伝搬速度V3である。前述の通り、伝搬速度V3は温度に依存するから、試験体20の温度が基準温度から変化した場合、比較値Cと基準値Rとの差異(すなわち補正値Q)は拡大する。また、比較値Cの算定時における被検体の温度が基準温度に一致する場合、比較値Cと基準値Rとは相等しい数値となる。
【0063】
伝搬速度Vnの補正処理Aは、伝搬速度Vnから補正値Qを減算する処理である(Vn←Vn-Q)。試験体20の温度が基準温度を上回る範囲で上昇するほど、比較値Cは基準値Rを下回る範囲で減少するから、補正値Qは負数の範囲内で減少する。したがって、試験体20の温度が上昇するほど、補正後の伝搬速度Vnは補正前と比較して大きい数値となる。すなわち、試験体20の温度の上昇に起因した伝搬速度Vnの減少が補償される。他方、試験体20の温度が基準温度を下回る範囲で低下するほど、比較値Cは基準値Rを上回る範囲で増加するから、補正値Qは正数の範囲内で増加する。したがって、試験体20の温度が低下するほど、補正後の伝搬速度Vnは補正前と比較して小さい数値となる。すなわち、試験体20の温度の低下に起因した伝搬速度Vnの増加が補償される。以上の通り、試験体20の温度に起因した伝搬速度Vnの変化が補正処理Aにより低減される。補正処理Aの内容は以上の通りである。
【0064】
図8の第1演算処理Saが開始されると、制御装置51は、測定処理Pにより伝搬速度V1と伝搬速度V3とを算定する(Sa21)。具体的には、制御装置51は、振動子対31-1と振動子対31-3とを並列に駆動する1回の測定処理Pにより伝搬速度V1および伝搬速度V3を算定する。
【0065】
制御装置51は、伝搬速度V1について補正処理Aを実行する(Sa22)。具体的には、制御装置51は、現在の伝搬速度V3を比較値Cとして基準値Rを減算することで補正値Qを算定し(Q=C-R)、伝搬速度V1から補正値Qを減算することで補正後の伝搬速度V1(V1←V1-Q)を算定する。
【0066】
制御装置51は、伝搬速度V3について補正処理Aを実行する(Sa23)。具体的には、制御装置51は、現在の伝搬速度V3を比較値Cとして基準値Rを減算することで補正値Qを算定し(Q=C-R)、伝搬速度V3から補正値Qを減算することで補正後の伝搬速度V3(V3←V1-Q)を算定する。すなわち、伝搬速度V3は、補正対象の測定値および補正用の比較値Cとして兼用される。また、伝搬速度V1の補正と伝搬速度V3の補正とに共通の比較値Cが流用される。
【0067】
制御装置51は、測定処理Pにより伝搬速度V2と伝搬速度V3とを算定する(Sa24)。具体的には、制御装置51は、振動子対31-2と振動子対31-3とを並列に駆動する1回の測定処理Pにより伝搬速度V2および伝搬速度V3を算定する。伝搬速度V3は、伝搬速度V2の補正処理Aにおいて比較値Cとして利用される。
【0068】
制御装置51は、伝搬速度V2について補正処理Aを実行する(Sa25)。具体的には、制御装置51は、比較値C(伝搬速度V3)から基準値Rを減算することで補正値Qを算定し(Q=C-R)、伝搬速度V2から補正値Qを減算することで補正後の伝搬速度V2(V2←V2-Q)を算定する。
【0069】
制御装置51は、測定処理Pにより伝搬速度V4と伝搬速度V3とを算定する(Sa26)。具体的には、制御装置51は、振動子対31-4と振動子対31-3とを並列に駆動する1回の測定処理Pにより伝搬速度V4および伝搬速度V3を算定する。伝搬速度V3は、伝搬速度V4の補正処理Aにおいて比較値Cとして利用される。
【0070】
制御装置51は、伝搬速度V4について補正処理Aを実行する(Sa27)。具体的には、制御装置51は、比較値C(伝搬速度V3)から基準値Rを減算することで補正値Qを算定し(Q=C-R)、伝搬速度V4から補正値Qを減算することで補正後の伝搬速度V4(V4←V4-Q)を算定する。
【0071】
以上に説明した通り、第2実施形態の制御装置51(第1演算部61)は、測定処理Pと補正処理Aとを含む第1演算処理Saを実行する。具体的には、第2実施形態の制御装置51(第1演算部61)は、4個の伝搬速度V1~V4の各々について測定処理Pと補正処理Aとを実行する。測定処理Pは、4個の伝搬速度V1~V4のうち補正対象の伝搬速度Vn(目標速度指標)と方向D3(基準方向)の伝搬速度V3である比較値Cとを、超音波センサ30による表面SH波の受信の結果に応じて算定する処理である。補正処理Aは、比較値Cと基準値Rとの差分に応じた補正値Qを利用して伝搬速度Vnを補正する処理である。
【0072】
以上に説明した第1演算処理Saを実行すると、制御装置51(第2演算部62)は、補正処理Aによる補正後の4個の伝搬速度V1~V4を利用した第2演算処理Sbを実行する。すなわち、制御装置51は、補正後の4個の伝搬速度V1~V4に応じて試験体20の応力状態(主応力方向Ωおよび主応力差Δ)を特定する。第2演算処理Sbの具体的な手順は第1実施形態と同様である。なお、第2実施形態における主応力方向Ωは、圧延方向Zに一致する既知の方向であるから、試験体20の応力状態のうち特に主応力差Δが制御装置51により算定される。
【0073】
第2実施形態においても第1実施形態と同様の効果が実現される。また、第2実施形態においては、基準値Rと比較値Cとの差分に応じた補正値Qを利用して各伝搬速度Vnが補正される。したがって、試験体20の温度の変化に起因した伝搬速度Vnの変化を補償して試験体20の応力状態を高精度に特定できる。
【0074】
なお、試験体20の温度の変化の影響を低減するための構成としては、例えば温度センサを利用する形態(以下「対比例」という)も想定される。例えば、試験体20の温度と伝搬速度Vnの補正量との関係が事前に保存され、温度センサが測定した温度に対応する補正量により伝搬速度Vnが補正される。しかし、対比例においては、温度センサが必須であり、かつ、試験体20の温度と補正量との関係を事前に確定および保存する必要がある。第2実施形態によれば、伝搬速度V3を基準値Rおよび比較値Cとして利用することで補正値Qが算定されるから、温度センサおよび温度と補正量との関係は不要である。したがって、対比例と比較して簡便な構成および処理により試験体20の応力状態を高精度に特定できるという利点がある。
【0075】
第2実施形態においては特に、圧延方向Zに対して45°の角度をなす方向D3の伝搬速度V3が、基準値Rおよび比較値Cとして利用される。前述の通り、圧延方向Zに対して45°の方向における表面SH波の伝搬速度V3は、試験体20の応力状態に実質的に依存しないという傾向がある。したがって、第2実施形態によれば、試験体20の応力の変化に起因した伝搬速度Vnの変化の影響が効果的に低減され、結果的に試験体20の温度の変化に起因した伝搬速度Vnの変化を高精度に補償できる。すなわち、試験体20の応力状態を高精度に特定できる。また、第2実施形態においては、4個の伝搬速度V1~V4の各々について測定処理Pと補正処理Aとが実行されるから、試験体20の応力状態を高精度に特定できるという効果は格別に顕著である。
【0076】
なお、基準値Rまたは比較値Cとして利用される伝搬速度V3の方向は、圧延方向Zに対する45°の方向に限定されない。例えば、圧延方向Zに対して135°の角度をなす方向D4の伝搬速度V4が、基準値Rおよび比較値Cとして利用されてもよい。
【0077】
C:第3実施形態
図9は、第3実施形態における応力解析処理のフローチャートである。
図9に例示される通り、第3実施形態の応力解析処理においては、基準設定処理Scと第1演算処理Saと第2演算処理Sbとが、第2実施形態と同様に実行される。なお、第3実施形態における第1演算処理Saは第2実施形態と同様である。すなわち、第1演算処理Saにおいては各伝搬速度Vnについて測定処理Pと補正処理Aとが実行される。ただし、第3実施形態における第1演算処理Saは、第1実施形態と同様でもよい。
【0078】
第2演算処理Sbにおいて試験体20の応力状態を特定すると(Sb11~Sb17)、制御装置51は、第1演算処理Saと第2演算処理Sbとを含む演算処理の回数(以下「処理回数」という)Kを計数する(Sd11)。具体的には、制御装置51は、演算処理の実行毎に処理回数Kに1を加算する。
【0079】
制御装置51は、更新後の処理回数Kが所定の閾値Tに到達したか否かを判定する(Sd12)。閾値Tは2以上の自然数であり、例えば利用者からの指示に応じて事前に設定される。
【0080】
処理回数Kが閾値Tに到達しない場合(Sd12:NO)、制御装置51は、第1演算処理Saに移行する。すなわち、処理回数Kが閾値Tに到達するまで、第1演算処理Sa(測定処理Pおよび補正処理A)と第2演算処理Sbとを含む演算処理が、複数回にわたり反復される。相異なる複数の時点の各々における試験体20の応力状態が周期的に特定される。したがって、相異なる時点に対応する応力状態(主応力方向Ωおよび主応力差Δ)の時系列が記憶装置52に記憶され(Sb16)、応力状態の時系列が表示装置53に表示される(Sb17)。複数回にわたる演算処理(第1演算処理Sa)の各々における補正処理Aには、基準設定処理Scにおいて記憶装置52に記憶された基準値Rが共通に利用される。他方、処理回数Kが閾値Tに到達した場合(Sd12:YES)、制御装置51は応力解析処理を終了する。
【0081】
第3実施形態においても第1実施形態および第2実施形態と同様の効果が実現される。第3実施形態においては特に、試験体20の応力状態が反復的に特定されるから、応力状態の経時的な変化を特定できる。また、記憶装置52に記憶された基準値Rが複数回にわたる補正処理Aに共用されるから、複数回の演算処理にわたり試験体20の応力状態を高精度に特定できる。
【0082】
D:第4実施形態
各伝搬速度V3は、第2実施形態の例示の通り試験体20の温度に依存するほか、超音波センサ30に関する機械的または電気的な特性の経時的な変化(以下「経時変化」という)にも依存する。超音波センサ30の経時変化は、4個の伝搬速度V1~V4の全体に対して影響する。第4実施形態は、以上の課題を解決するための形態であり、超音波センサ30の経時変化に起因した各伝搬速度Vnの変化を補正する。
【0083】
図10は、第4実施形態における応力解析処理のフローチャートである。第4実施形態の応力解析処理においては、第2実施形態と同様の基準設定処理Scが実行される。また、第2実施形態と同様の手順で測定処理Pと補正処理Aとが反復されることで、各伝搬速度Vnが補正される(Sa21~Sa27)。すなわち、試験体20の温度の影響が補償される。
【0084】
第4実施形態の制御装置51(第1演算部61)は、第1演算処理Saにおいて、超音波センサ30の経時変化に起因した各伝搬速度Vnの変化を補正する処理(Sa31-Sa36)を実行する。以上の処理による補正後の各伝搬速度Vnを利用して、第1実施形態と同様の第2演算処理Sbが実行される。また、第4実施形態においても第3実施形態と同様に、処理回数Kが閾値Tに到達するまで(Sd12:YES)、第1演算処理Saと第2演算処理Sbとを含む演算処理が反復される。したがって、相異なる複数の時点の各々における試験体20の応力状態が周期的に特定される。超音波センサ30の経時変化に起因した各伝搬速度Vnの変化を補正する処理(Sa31-Sa36)について以下に説明する。
【0085】
測定処理Pおよび補正処理Aの反復により補正後の4個の伝搬速度V1~V4を算定すると(Sa21~Sa27)、制御装置51は、4個の伝搬速度V1~V4の何れかが異常値に該当するか否かを判定する(Sa31)。例えば、伝搬速度Vnが、表面SH波の速度として想定される最大の数値範囲の外側の数値である場合、当該伝搬速度Vnは異常値と判定される。伝搬速度Vnが異常値に該当すると判定した場合(Sa31:YES)、制御装置51は、測定異常を利用者に報知する(Sa32)。例えば、制御装置51は、測定異常を表す画像を表示装置53に表示する。制御装置51は、各伝搬速度Vnを補正する処理(Sa33~Sa36)と第2演算処理Sbとを実行せずに処理をステップSd11に移行する。
【0086】
他方、4個の伝搬速度V1~V4の何れも異常値に該当しないと判定した場合(Sa31:NO)、制御装置51は、今回の処理で算定された4個の伝搬速度V1~V4を記憶装置52に記憶する(Sa33)。
【0087】
制御装置51は、4個の伝搬速度V1~V4の各々について変化状態を特定する(Sa34)。各伝搬速度Vnの変化状態は、基準値Xnに対する現在の伝搬速度Vnの変化方向および変化量である。具体的には、制御装置51は、伝搬速度Vnと基準値Xnとの差分(Vn-Xn)を変化状態として算定する。差分(Vn-Xn)の符号が変化方向に相当し、差分(Vn-Xn)の絶対値|Vn-Xn|が変化量に相当する。
【0088】
基準値Xnは、過去の演算処理における伝搬速度Vnの算定の結果に応じた数値である。相異なる伝搬速度Vnに対応する4個の基準値X1~X4が算定される。制御装置51は、記憶装置52に記憶された過去の伝搬速度Vnの時系列から基準値Xnを算定する。例えば、所定の期間内における伝搬速度Vnの移動平均が基準値Xnとして算定される。また、過去の伝搬速度Vnの時系列から推定される現在の伝搬速度Vnの予測値が基準値Xnとして算定されてもよい。また、応力解析処理を開始した直後に算定された伝搬速度Vnが基準値Xnとして利用されてもよい。基準値Xnは「第2基準値」の一例である。
【0089】
制御装置51は、超音波センサ30の経時変化に起因した各伝搬速度Vnの変化が発生しているか否かを、各伝搬速度Vnの変化状態に応じて判定する(Sa35)。試験体20の応力状態の変化は、4個の伝搬速度V1~V4のうち一部の伝搬速度Vnのみに影響するのに対し、超音波センサ30の経時変化は、前述の通り4個の伝搬速度V1~V4の全体に対して同様に影響する。以上の傾向を考慮して、制御装置51は、基準値Xnに対する伝搬速度Vnの変化が、4個の伝搬速度V1~V4について同様に発生しているか否かを判定する。具体的には、基準値Xnに対する伝搬速度Vnの変化量|Vn-Xn|が所定の閾値を上回り、かつ、基準値Xnに対する伝搬速度Vnの変化方向が共通する変化が、4個の伝搬速度V1~V4について発生しているか否かが判定される。
【0090】
以上の判定の結果が肯定である場合(Sa35:YES)、すなわち、超音波センサ30の経時変化に起因した各伝搬速度Vnの変化が発生している場合、制御装置51は、4個の伝搬速度V1~V4の各々を補正する(Sa36)。具体的には、制御装置51は、4個の伝搬速度V1~V4の各々を、基準値Xnに対する当該伝搬速度Vnの変化状態に応じて補正する。以上の説明から理解される通り、第4実施形態の制御装置51は、4個の伝搬速度V1~V4の各々について、基準値Xnに対する変化状態を特定し、伝搬速度Vnを変化状態に応じて補正する。
【0091】
例えば、制御装置51は、伝搬速度Vnから差分(Vn-Xn)を減算することで補正後の伝搬速度Vnを算定する。伝搬速度Vnが基準値Xnを上回る場合には、超音波センサ30の経時変化に起因して伝搬速度Vnが本来の数値よりも大きい数値になっていると評価できる。伝搬速度Vnが基準値Xnを上回る場合には差分(Vn-Xn)が正数となるから、差分(Vn-Xn)の減算により算定される伝搬速度Vnは補正前の数値よりも小さい数値となる。すなわち、超音波センサ30の経時変化に起因した伝搬速度Vnの増加分が補償される。
【0092】
他方、伝搬速度Vnが基準値Xnを下回る場合には、超音波センサ30の経時変化に起因して伝搬速度Vnが本来の数値よりも小さい数値になっていると評価できる。伝搬速度Vnが基準値Xnを下回る場合には差分(Vn-Xn)が負数となるから、差分(Vn-Xn)の減算により算定される伝搬速度Vnは補正前の数値よりも大きい数値となる。すなわち、超音波センサ30の経時変化に起因した伝搬速度Vnの減少分が補償される。
【0093】
制御装置51(第2演算部62)は、以上の手順による補正後の各伝搬速度Vnを利用して、第2演算処理Sbを実行する。第2演算処理Sbの具体的な手順は、第1実施形態と同様である。
【0094】
他方、4個の伝搬速度V1~V4のうち1以上の伝搬速度Vnについて基準値Xnに対する変化量が閾値を下回る場合、または、基準値Xnに対する変化方向が一部の伝搬速度Vnと他の伝搬速度Vnとで相違する場合には、ステップSa35の判定の結果は否定となる(Sa35:NO)。すなわち、超音波センサ30の経時変化に起因した各伝搬速度Vnの変化は発生していないと判定される。したがって、制御装置51は、基準値Xnに対する変化状態に応じた各伝搬速度Vnの補正(Sa36)を実行しない。すなわち、制御装置51は、試験体20の温度に応じた補正(Sa21-Sa27)後の各伝搬速度Vnを利用して、第2演算処理Sbを実行する。
【0095】
第4実施形態においても第1実施形態から第3実施形態と同様の効果が実現される。また、第4実施形態においては、過去の演算処理により伝搬速度Vnを算定した結果に応じた基準値Xnに対する現在の伝搬速度Vnの変化状態が特定され、各伝搬速度Vnが変化状態に応じて補正される。したがって、超音波センサ30の経時変化に起因した応力状態の誤差を低減できる。
【0096】
第4実施形態においては特に、4個の伝搬速度V1~V4の全部について同様の変化状態(変化量および変化方向)が観測された場合に各伝搬速度Vnが補正される。すなわち、試験体20の応力状態の変化に起因して4個の伝搬速度V1~V4の一部が変化した場合には、基準値Xnに対する変化状態に応じた伝搬速度Vnの補正は実行されない。したがって、超音波センサ30の経時的な特性変化が効果的に補償され、結果的に試験体20の応力状態を高精度に特定できる。
【0097】
E:変形例
以上に例示した各態様に付加される具体的な変形の態様を以下に例示する。以下の例示から任意に選択された2以上の態様を、相互に矛盾しない範囲で適宜に併合してもよい。
【0098】
(1)第2実施形態においては、振動子対31-nと振動子対31-3とを並列に駆動する1回の測定処理Pにより伝搬速度Vnおよび比較値C(伝搬速度V3)を算定したが、伝搬速度Vnとともに比較値Cを算定する方法は、以上の例示に限定されない。例えば、試験体20の温度が実質的に変化しない程度の短い間隔で、伝搬速度Vnの測定処理Pと比較値C(伝搬速度V3)の測定処理Pとが順次に実行されてもよい。
【0099】
(2)第2実施形態においては、伝搬速度Vnの算定毎に比較値Cを算定する形態を例示したが、4個の伝搬速度V1~V4に対する補正処理Aに共通の比較値Cが適用されてもよい。例えば、
図8における伝搬速度V2の補正処理A(Sa25)および伝搬速度V4の補正処理A(Sa27)に、ステップSa21で算定された比較値C(伝搬速度V3)が適用されてもよい。したがって、ステップSa24およびステップSa26においては比較値Cの算定が省略されてよい。
【0100】
(3)第2実施形態において、補正値Qを算定する方法および補正値Qを利用して伝搬速度Vnを補正する方法は、前述の例示に限定されない。例えば、第2実施形態においては、比較値Cから基準値Rを減算することで補正値Qを算定したが、基準値Rから比較値Cを減算することで補正値Q(Q=R-C)を算定してもよい。基準値Rから比較値Cを減算する形態においては、伝搬速度Vnに補正値Qを加算することで補正後の伝搬速度Vnが算定される。
【0101】
例えば、試験体20の温度が基準温度を上回る範囲で上昇するほど、比較値Cは基準値Rを下回る範囲で減少するから、補正値Q(Q=R-C)は正数の範囲内で増加する。したがって、補正値Qの加算による補正後の伝搬速度Vnは、試験体20の温度が上昇するほど補正前と比較して大きい数値となる。すなわち、試験体20の温度の上昇に起因した伝搬速度Vnの減少が補償される。他方、試験体20の温度が基準温度を下回る範囲で低下するほど、比較値Cは基準値Rを上回る範囲で増加するから、補正値Q(Q=R-C)は負数の範囲内で減少する。したがって、補正値Qの加算による補正後の伝搬速度Vnは、試験体20の温度が上昇するほど補正前と比較して小さい数値となる。すなわち、試験体20の温度の低下に起因した伝搬速度Vnの増加が補償される。以上の通り、第2実施形態と同様に、試験体20の温度に起因した伝搬速度Vnの変化が低減される。
【0102】
なお、例えば比較値Cおよび基準値Rの差分と補正値Qとの関係が登録されたデータテーブルが補正値Qの設定に利用されてもよい。制御装置51は、比較値Cと基準値Rとの差分に対応する補正値Qをデータテーブルから検索し、当該補正値Qを利用して伝搬速度Vnを補正する。また、例えば比較値Cおよび基準値Rの差分と補正値Qとの関係を表現した演算式が補正値Qの設定に利用されてもよい。制御装置51は、比較値Cと基準値Rとの差分を演算式に適用することで補正値Qを算定する。
【0103】
(4)第4実施形態において、各伝搬速度Vnを補正する方法は以上の例示に限定されない。例えば、第4実施形態においては、伝搬速度Vnから基準値Xnを減算した数値(Vn-Xn)を変化状態として算定したが、基準値Xnから伝搬速度Vnを減算した数値(Xn-Vn)を変化状態として算定してもよい。基準値Xnから伝搬速度Vnを減算する形態においては、例えば伝搬速度Vnに差分(Xn-Vn)を加算することで補正後の伝搬速度Vnが算定される。
【0104】
例えば基準値Xnおよび伝搬速度Vnの差分と補正値との関係が登録されたデータテーブルが利用されてもよい。制御装置51は、基準値Xnと伝搬速度Vnとの差分に対応する補正値をデータテーブルから検索し、当該補正値を利用して伝搬速度Vnを補正する。また、例えば基準値Xnおよび伝搬速度Vnの差分と補正値との関係を表現した演算式が補正値の設定に利用されてもよい。制御装置51は、基準値Xnと伝搬速度Vnとの差分を演算式に適用することで補正値を算定する。
【0105】
(5)第3実施形態においては、処理回数Kが閾値Tに到達することを条件として応力解析処理を終了したが、応力解析処理の終了の条件は、以上の例示に限定されない。例えば、応力解析処理の終了が利用者から指示された場合に、制御装置51が応力解析処理を終了してもよい。また、応力解析処理の開始から所定の時間が経過した場合に、制御装置51が応力解析処理を終了してもよい。
【0106】
(6)第4実施形態においては、4個の伝搬速度V1~V4の各々を個別の差分(Vn-Xn)に応じて補正した。超音波センサ30の経時変化が各伝搬速度Vnに同様に影響するという傾向を前提とすると、4個の伝搬速度V1~V4を共通の数値に応じて補正してもよい。例えば、相異なる伝搬速度Vnについて算定された4個の差分(Vn-Xn)の代表値(例えば平均値)を、各伝搬速度Vnの補正に共通に利用してもよい。
【0107】
(7)第4実施形態においては、試験体20の温度に応じた各伝搬速度Vnの補正(補正処理A)と、超音波センサ30の経時変化に対する各伝搬速度Vnの補正との双方が実行される形態を例示したが、試験体20の温度に応じた各伝搬速度Vnの補正は、第4実施形態において省略されてもよい。すなわち、第4実施形態において、第1実施形態と同様の第1演算処理Sa(Sa11~Sa14)により、補正前の各伝搬速度Vnが算定されてもよい。
【0108】
(8)前述の各形態においては、相異なる方向Dnに沿う4個の振動子対31-1~31-4を具備する超音波センサ30を例示したが、超音波センサ30の構成は以上の例示に限定されない。例えば、
図11に例示される通り、1個の振動子対31が回転可能に支持された超音波センサ30が利用されてもよい。
図11の振動子対31は、4個の方向D1~D4の何れかに回転可能である。制御装置51(第1演算部61)は、振動子対31が方向Dnに沿う状態で検出された検出信号Yの解析により伝搬速度Vnを算定する。
【0109】
また、前述の各形態においては、4個の振動子対31-1~31-4の中心が共通する形態を例示したが、
図12に例示される通り、4個の振動子対31-1~31-4の各々は相異なる位置に並設されてもよい。
図12の構成によれば、各振動子対31-nにより送信および受信される表面SH波の経路が重複しないから、各振動子対31-nにおける表面SH波の干渉が抑制される。したがって、4個の振動子対31-1~31-4を並列に駆動することが可能である。他方、第1実施形態のように4個の振動子対31-1~31-4の中心が共通する形態によれば、
図12の構成と比較して超音波センサ30の小型化が容易であるという利点がある。
【0110】
なお、前述の各形態においては、送受信子35および送受信子36が表面SH波の送信および受信に兼用される形態を例示したが、送受信子35および送受信子36の一方が表面SH波の送信に専用され、送受信子35および送受信子36の他方が表面SH波の受信に専用されてもよい。表面SH波の送信/受信が固定された形態において、切替装置43は省略されてもよい。
【0111】
(9)前述の各形態においては、試験体20の応力状態として主応力方向Ωおよび主応力差Δを算定したが、試験体20の応力状態は以上の例示に限定されない。例えば、制御装置51は、主応力方向Ωおよび主応力差Δの一方のみを試験体20の応力状態として算定してもよい。また、主応力方向Ωまたは主応力差Δに依存する各種の状態値が、情報処理装置50により特定されてもよい。
【0112】
(10)前述の各形態においては、第1演算部61が表面SH波の伝搬速度Vnを算定したが、試験体20の応力状態を特定するために利用される指標は、伝搬速度Vnに限定されない。例えば、制御装置51(第1演算部61)は、各振動子対31-nの送受信子35から送受信子36まで表面SH波が伝搬する伝搬時間を算定してもよい。例えば、前述の各形態における伝搬速度Vnは、伝搬時間の逆数に置換されてもよい。
【0113】
以上の説明から理解される通り、第1演算部61は、表面SH波が試験体20を伝搬する速度に関する速度指標を算定する要素として包括的に表現される。速度指標は、表面SH波の伝搬速度Vnに関する任意の指標である。すなわち、前述の各形態に例示した伝搬速度Vnのほか、伝搬時間または伝搬時間の逆数等、伝搬速度Vnに連動する任意の指標が、「速度指標」の概念に包含される。
【0114】
(11)前述の各形態においては、応力解析処理により特定された試験体20の応力状態を表示装置53に表示する形態を例示したが、応力状態に応じた出力を実行する方法は以上の例示に限定されない。例えば、応力解析処理により特定された応力状態について正常/異常を判定し、異常と判定された場合に警報を出力する形態も想定される。すなわち、応力状態自体の出力は本開示において必須ではない。
【0115】
(12)前述の各形態に係る情報処理装置50の機能は、前述の通り、制御装置51を構成する単数または複数のプロセッサと、記憶装置52に記憶されたプログラムとの協働により実現される。以上に例示したプログラムは、コンピュータが読取可能な記録媒体に格納された形態で提供されてコンピュータにインストールされ得る。記録媒体は、例えば非一過性(non-transitory)の記録媒体であり、CD-ROM等の光学式記録媒体(光ディスク)が好例であるが、半導体記録媒体または磁気記録媒体等の公知の任意の形式の記録媒体も包含される。なお、非一過性の記録媒体とは、一過性の伝搬信号(transitory, propagating signal)を除く任意の記録媒体を含み、揮発性の記録媒体も除外されない。また、配信装置が通信網を介してプログラムを配信する構成では、当該配信装置においてプログラムを記憶する記録媒体が、前述の非一過性の記録媒体に相当する。
【0116】
E:付記
以上に例示した形態から、例えば以下の構成が把握される。
【0117】
本開示のひとつの態様(態様1)に係る応力解析システムは、試験体に対する表面SH波の送信と前記試験体を伝搬した前記表面SH波の受信とを実行する超音波センサと、前記表面SH波が前記試験体を伝搬する速度に関する複数の速度指標を、前記超音波センサによる前記表面SH波の受信の結果に応じて算定する第1演算部と、前記試験体の応力状態を前記複数の速度指標に応じて特定する第2演算部とを具備し、前記複数の速度指標は、前記試験体の圧延方向に沿う第1方向に伝搬する前記表面SH波の第1速度指標と、前記第1方向に直交する第2方向に伝搬する前記表面SH波の第2速度指標と、前記第1方向に対して所定の角度で傾斜する第3方向に伝搬する前記表面SH波の第3速度指標と、前記第3方向に直交する第4方向に伝搬する前記表面SH波の第4速度指標とを含む。
【0118】
以上の態様においては、試験体の既知の圧延方向を基準とした相異なる方向について複数の速度指標が算定され、複数の速度指標を利用して試験体の応力状態が特定される。したがって、試験体に対する超音波の角度を変化させながら主応力方向を探索する手順を必要とせずに、試験体の応力状態を短時間で特定できる。試験体の応力状態は、例えば、圧延方向に対する主応力方向および主応力差である。
【0119】
第1方向は、例えば圧延方向に平行な方向である。圧延方向に平行な方向は、圧延方向に厳密に平行な方向のほか、圧延方向に対して実質的に平行な方向も包含する。圧延方向に対して実質的に平行な方向とは、本開示の効果が実現される範囲内で圧延方向に対して傾斜する方向である。例えば圧延方向に対して製造誤差の範囲内で傾斜する方向は、圧延方向に沿う方向と解釈できる。例えば圧延方向に対して±10°(より好適には±5°)の範囲内の方向は、圧延方向に対して実質的に平行な方向と解釈される。
【0120】
第2方向は、第1方向に直交する方向である。第1方向に直交する方向は、第1方向に対して厳密に直交する方向のほか、第1方向に対して実質的に直交する方向も包含する。第1方向に対して実質的に直交する方向とは、本開示の効果が実現される範囲内で第1方向に対して傾斜する方向である。例えば第1方向に対して90°±10°(より好適には±5°)の範囲内の方向は、第1方向に対して実質的に直交する方向と解釈される。第3方向と第4方向との直交についても同様に解釈できる。
【0121】
第3方向は、第1方向に対して所定の角度で傾斜する方向である。第1方向に対して所定の角度で傾斜する方向は、第1方向に対して厳密に所定の角度をなす方向のほか、第1方向に対して実質的に所定の角度をなす方向も包含する。例えば第1方向に対して所定の角度±10°(より好適には±5°)の範囲内の方向は、第1方向に対して所定の角度で傾斜する方向と解釈される。
【0122】
態様1の具体例(態様2)において、前記第1方向は、前記圧延方向に平行な方向であり、前記第3方向は、前記圧延方向に対して45°の角度をなす方向である。以上の態様によれば、表面SH波の伝搬速度と応力状態(主応力方向および主応力差)との相関を表す関係式が簡略化される。したがって、複数の速度指標を利用した演算により試験体の応力状態を簡便かつ高精度に特定できる。
【0123】
態様1または態様2の具体例(態様3)において、前記第2演算部は、前記第1速度指標と前記第2速度指標との差分と、前記第3速度指標と前記第4速度指標との差分とに応じて、前記試験体の応力状態を特定する。
【0124】
態様1から態様3の何れかの具体例(態様4)において、所定の基準方向に伝搬する前記表面SH波の速度に関する第1基準値を記憶する記憶部をさらに具備し、前記第1演算部は、前記複数の速度指標のうちの目標速度指標と、前記基準方向に伝搬する前記表面SH波の速度に関する比較値とを、前記超音波センサによる前記表面SH波の受信の結果に応じて算定する測定処理と、前記比較値と前記第1基準値との差分に応じた補正値を利用して前記目標速度指標を補正する補正処理とを実行し、前記第2演算部は、前記補正処理後の前記目標速度指標を含む前記複数の速度指標に応じて前記試験体の応力状態を特定する。以上の態様においては、比較値と第1基準値との差分に応じた補正値を利用して目標速度指標が補正される。したがって、試験体における温度と速度指標との関係を事前に用意することなく、試験体の温度の変化に起因した速度指標の変化を補償して試験体の応力状態を高精度に特定できる。
【0125】
態様4の具体例(態様5)において、前記基準方向は、前記圧延方向に対して45°の角度をなす方向である。主応力方向に対して45°の方向における表面SH波の伝搬速度は、試験体の応力状態に実質的に依存しない(試験体の温度に依存する)、という傾向がある。いま、主応力方向が圧延方向に一致する場合を想定すると、圧延方向に対して45°の方向における表面SH波の伝搬速度は、試験体の応力状態に実質的に依存しない。したがって、圧延方向に対して45°の方向を基準方向とする形態によれば、試験体の応力状態の変化に起因した伝搬速度の変化の影響が効果的に低減され、結果的に試験体の温度の変化に起因した速度指標の変化を高精度に補償できる。すなわち、試験体の応力状態を高精度に特定できる。
【0126】
態様4または態様5の具体例(態様6)において、前記第1演算部は、前記複数の速度指標の各々について前記補正処理を実行する。以上の態様によれば、複数の速度指標の各々について測定処理と補正処理とが実行されるから、試験体の応力状態を高精度に特定できるという効果は格別に顕著である
【0127】
態様4から態様6の何れかの具体例(態様7)において、前記第1演算部による前記測定処理および前記補正処理と、前記第2演算部による前記応力状態の特定とを含む演算処理が複数回にわたり反復される。以上の態様においては、試験体の応力状態が反復的に特定される。したがって、応力状態の経時的な変化を特定できる。
【0128】
態様7の具体例(態様8)において、前記複数回にわたる演算処理の各々における前記補正処理には、前記記憶部に記憶された前記第1基準値が共通に適用される。以上の態様においては、記憶部に記憶された第1基準値が複数回にわたる補正処理に共用されるから、複数回の演算処理にわたり試験体の応力状態を高精度に特定できる。
【0129】
態様1から態様8の何れかの具体例(態様9)において、前記第1演算部による前記複数の速度指標の算定と、前記第2演算部による前記応力状態の特定とを含む演算処理が複数回にわたり反復され、前記第1演算部は、前記複数の速度指標の各々について、過去の前記演算処理における当該速度指標の算定の結果に応じた第2基準値に対する変化状態を特定し、当該速度指標を前記変化状態に応じて補正する。以上の態様においては、過去の演算処理による算定結果に応じた第2基準値に対する速度指標の変化状態(変化方向および変化量)が特定され、各速度指標が変化状態に応じて補正される。したがって、超音波センサの経時的な特性変化に起因した応力状態の誤差を低減できる。
【0130】
態様9の具体例(態様10)において、前記変化状態は、変化方向と変化量とを含み、前記第1演算部は、前記変化量が閾値を上回り、かつ、前記変化方向が共通する変化が、前記複数の速度指標について発生しているか否かを判定し、前記判定の結果が肯定である場合に、前記複数の速度指標の各々を、当該速度指標の変化状態に応じて補正する。以上の態様においては、複数の速度指標の全部の変化量が閾値を上回る場合に各速度指標が補正される。すなわち、試験体の応力状態の変化に起因して複数の速度指標の一部が変化した場合には、第2基準値に対する変化状態に応じた速度指標の補正は実行されない。したがって、超音波センサの経時的な特性変化が効果的に補償され、結果的に試験体の応力状態を高精度に特定できる。
【0131】
本開示のひとつの態様に係る応力解析方法は、試験体に対する表面SH波の送信と前記試験体を伝搬した前記表面SH波の受信とを実行する超音波センサを利用して前記試験体の応力状態を特定する方法であって、前記表面SH波が前記試験体を伝搬する速度に関する複数の速度指標を、前記超音波センサによる前記表面SH波の受信の結果に応じて算定する第1演算処理と、前記試験体の応力状態を前記複数の速度指標に応じて特定する第2演算処理とを含み、前記複数の速度指標は、前記試験体の圧延方向に沿う第1方向に伝搬する前記表面SH波の第1速度指標と、前記第1方向に直交する第2方向に伝搬する前記表面SH波の第2速度指標と、前記第1方向に対して所定の角度で傾斜する第3方向に伝搬する前記表面SH波の第3速度指標と、前記第3方向に直交する第4方向に伝搬する前記表面SH波の第4速度指標とを含む。
【0132】
本開示のひとつの態様に係るプログラムは、試験体に対する表面SH波の送信と前記試験体を伝搬した前記表面SH波の受信とを実行する超音波センサを利用して前記試験体の応力状態を特定するプログラムであって、前記表面SH波が前記試験体を伝搬する速度に関する複数の速度指標を、前記超音波センサによる前記表面SH波の受信の結果に応じて算定する第1演算部、および、前記試験体の応力状態を前記複数の速度指標に応じて特定する第2演算部、としてコンピュータシステムを機能させ、前記複数の速度指標は、前記試験体の圧延方向に沿う第1方向に伝搬する前記表面SH波の第1速度指標と、前記第1方向に直交する第2方向に伝搬する前記表面SH波の第2速度指標と、前記第1方向に対して所定の角度で傾斜する第3方向に伝搬する前記表面SH波の第3速度指標と、前記第3方向に直交する第4方向に伝搬する前記表面SH波の第4速度指標とを含む。
【符号の説明】
【0133】
100…応力解析システム、20…試験体、21…表面、30…超音波センサ、31-n(31-1~31-4)…振動子対、32…支持部材、33…接触媒質、35,36…送受信子、41…駆動装置、42…検出装置、43…切替装置、50…情報処理装置、51…制御装置、52…記憶装置、53…表示装置、61…第1演算部、62…第2演算部。
【手続補正書】
【提出日】2023-08-04
【手続補正1】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0042
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0042】
数式(1a)と数式(1b)とから、主応力方向Ωを算定するための以下の数式(2)が導出される。第2演算部62は、第1演算部61が算定した4個の伝搬速度V1~V4を数式(2)に適用することで主応力方向Ωを算定する。また、第2演算部62は、主応力方向Ωを数式(1a)または数式(1b)に適用することで主応力差Δを算定する。
【数5】