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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024077306
(43)【公開日】2024-06-07
(54)【発明の名称】光沢膜および水性光沢塗料
(51)【国際特許分類】
   C09D 181/02 20060101AFI20240531BHJP
   C09D 129/04 20060101ALI20240531BHJP
【FI】
C09D181/02
C09D129/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022189319
(22)【出願日】2022-11-28
【新規性喪失の例外の表示】新規性喪失の例外適用申請有り
(71)【出願人】
【識別番号】304021831
【氏名又は名称】国立大学法人千葉大学
(74)【代理人】
【識別番号】100098729
【弁理士】
【氏名又は名称】重信 和男
(74)【代理人】
【識別番号】100204467
【弁理士】
【氏名又は名称】石川 好文
(74)【代理人】
【識別番号】100148161
【弁理士】
【氏名又は名称】秋庭 英樹
(74)【代理人】
【識別番号】100195833
【弁理士】
【氏名又は名称】林 道広
(72)【発明者】
【氏名】星野 勝義
(72)【発明者】
【氏名】菅原 綜太
(72)【発明者】
【氏名】塚田 学
【テーマコード(参考)】
4J038
【Fターム(参考)】
4J038CE021
4J038DK001
4J038NA01
4J038NA11
4J038NA19
4J038PB06
4J038PB08
(57)【要約】
【課題】引っかき硬度が高く、かつ加飾価値の高い光沢膜および該光沢膜を形成する水性光沢塗料を提供する。
【解決手段】3-メトキシチオフェン重合体とポリビニルアルコールとが混合した混合膜である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
3-メトキシチオフェン重合体とポリビニルアルコールとが混合した混合膜であることを特徴とする光沢膜。
【請求項2】
前記3-メトキシチオフェン重合体が陰イオンによりドーピングされていることを特徴とする請求項1に記載の光沢膜。
【請求項3】
前記陰イオンは、塩化物イオンであることを特徴とする請求項2に記載の光沢膜。
【請求項4】
鉛筆硬度試験における引っかき硬度がF以上であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の光沢膜。
【請求項5】
前記3-メトキシチオフェン重合体のラメラ構造におけるラメラ層間の層間距離が0.97~1.3nmであり金色調光沢を呈することを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の光沢膜。
【請求項6】
前記3-メトキシチオフェン重合体のラメラ構造におけるラメラ層間の層間距離が1.3nm以上であり黒色調光沢を呈することを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の光沢膜。
【請求項7】
3-メトキシチオフェン重合体から実質的になる色材と、ポリビニルアルコールから実質的になるバインダーと、水系溶媒を含有する水性光沢塗料。
【請求項8】
前記3-メトキシチオフェン重合体が陰イオンによりドーピングされていることを特徴とする請求項7に記載の水性光沢塗料。
【請求項9】
前記陰イオンは、塩化物イオンであることを特徴とする請求項8に記載の水性光沢塗料。
【請求項10】
前記ポリビニルアルコールの重量平均重合度は、2400以下であることを特徴とする請求項7乃至9のいずれかに記載の水性光沢塗料。
【請求項11】
前記ポリビニルアルコールのけん化度は、80%以上であることを特徴とする請求項7乃至9のいずれかに記載の水性光沢塗料。
【請求項12】
前記ポリビニルアルコールと前記3-メトキシチオフェン重合体の混合比が0.1:1~16:1であることを特徴とする請求項7又は8に記載の水性光沢塗料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光沢膜および光沢膜を形成する水性光沢塗料に関する。
【背景技術】
【0002】
金属は一般に硬く、家電や自動車等、機械的強度が必要な部品に使用されているだけでなく、金属光沢を有するため質感に優れ、家具や雑貨等、日常生活のありとあらゆる物品において使用されている。特に金は、高級感を出すことができ人気が高い。
【0003】
しかしながら、一般的に金属は材料そのものが高価であるだけでなく加工も容易ではないため、高価となってしまう。そのため、例えば、高分子やガラスといった物品の表面に金属の薄膜を被覆する金属めっき方法や、微粒子又はフレーク状の金属を添加した塗料を物品の表面に塗布する方法等の表面処理技術を用いて金属光沢を有する物品を製造することが行われているが、これらの技術は、物品全体を金属で製造する場合と比べて金属の使用量は少なくて済むものの、結局のところ金属を材料とするため高価となってしまう。
【0004】
また、金属光沢以外に加飾価値が高いものとして、黒色調光沢を有する物品も高級感を感じさせるため人気が高く、例えばピアノに多く用いられており、近年では電化製品やスマートフォン等にも使用されている。
【0005】
しかしながら、黒色調光沢を有する物品を形成するためには、物品の表面を機械等で鏡面仕上げした後、黒の塗料を塗布し、表面を樹脂で被覆して再び鏡面仕上げする等の手間のかかる工程を経なければならず、加工が容易ではないため、高価となってしまう。
【0006】
これらの加飾価値が高い光沢を有する物品を安価に得るための技術として、特許文献1には、非金属物質であるチオフェン重合体を含む溶液を基板上に塗布・製膜することにより、長期に亘り金色調光沢を呈する光沢膜が得られることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開第2014/021405号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1における光沢膜は、引っかき硬度が極めて弱いため、日常的に使用される幅広い物品への適用が難しいという問題があった。また、特許文献1において、光沢膜を形成する塗料は、有機溶媒を用いた油性塗料であり、健康や環境に悪影響を及ぼす揮発性有機化合物(VOC)を排出するだけでなく、引火性を有し、使用や保管に注意が必要となるという問題があった。
【0009】
本発明は、このような課題に着目してなされたもので、引っかき硬度が高く、かつ加飾価値の高い光沢膜および該光沢膜を形成する水性光沢塗料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決する本発明の光沢膜は、
3-メトキシチオフェン重合体とポリビニルアルコールとが混合した混合膜であることを特徴としている。
この特徴によれば、引っかき硬度が高く、かつ加飾価値が高い光沢膜が得られる。
【0011】
前記3-メトキシチオフェン重合体が陰イオンによりドーピングされており、
好ましくは、前記3-メトキシチオフェン重合体がハロゲンイオンによりドーピングされており、
さらに好ましくは、前記3-メトキシチオフェン重合体が塩化物イオンによりドーピングされていることを特徴としている。
この特徴によれば、3-メトキシチオフェン重合体が水溶性になることにより、ポリビニルアルコールと好適に混合されるため、引っかき硬度が高く、かつ加飾価値が高い光沢膜が得られやすい。
【0012】
鉛筆硬度試験における引っかき硬度がF以上であることを特徴としている。
この特徴によれば、加飾価値の高い光沢膜を幅広い物品に適用することができる。
【0013】
前記3-メトキシチオフェン重合体のラメラ構造におけるラメラ層間の層間距離が0.97~1.3nmであり金色調光沢を呈することを特徴としている。
この特徴によれば、引っかき硬度が高く、加飾価値が高い金色調光沢を呈する光沢膜が得られる。
【0014】
前記3-メトキシチオフェン重合体のラメラ構造におけるラメラ層間の層間距離が1.3nm以上であり黒色調光沢を呈することを特徴としている。
この特徴によれば、引っかき硬度が高く、加飾価値が高い黒色調光沢を呈する光沢膜が得られる。
【0015】
本発明の水性光沢塗料は、
3-メトキシチオフェン重合体から実質的になる色材と、ポリビニルアルコールから実質的になるバインダーと、水系溶媒を含有することを特徴としている。
この特徴によれば、使用や保管が容易であるとともに、引っかき硬度が高く、かつ加飾価値が高く、金色調光沢から黒色調光沢まで色度を連続的に変更可能な光沢膜を形成できる水性光沢塗料が得られる。
【0016】
前記3-メトキシチオフェン重合体が陰イオンによりドーピングされており、
好ましくは、前記3-メトキシチオフェン重合体がハロゲンイオンによりドーピングされており、
さらに好ましくは、前記3-メトキシチオフェン重合体が塩化物イオンによりドーピングされていることを特徴としている。
この特徴によれば、水溶性の3-メトキシチオフェン重合体となることにより、ポリビニルアルコールと好適に混合されるため、引っかき硬度が高く、かつ加飾価値が高く、金色調光沢から黒色調光沢まで色度を連続的に変更可能な光沢膜を形成しやすい。
【0017】
前記ポリビニルアルコールの重量平均重合度は、2400以下であることを特徴としている。
この特徴によれば、引っかき硬度が高く、かつ加飾価値が高く、金色調光沢から黒色調光沢まで色度を連続的に変更可能な光沢膜を形成しやすい。
【0018】
前記ポリビニルアルコールのけん化度は、80%以上であることを特徴としている。
この特徴によれば、引っかき硬度が高く、かつ加飾価値が高く、金色調光沢から黒色調光沢まで色度を連続的に変更可能な光沢膜を形成しやすい。
【0019】
前記ポリビニルアルコールと前記3-メトキシチオフェン重合体の混合比が0.1:1~16:1であることを特徴としている。
この特徴によれば、引っかき硬度が高く、かつ加飾価値が高く、金色調光沢から黒色調光沢まで色度を連続的に変更可能な光沢膜を形成しやすい。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明の光沢膜の断面構造を示す模式図である。
図2】実施例1において各混合比(1:1~16:1)に調整された水性光沢塗料から作製された光沢膜の外観を示す図である。
図3】(a)は、図2の各光沢膜の正反射スペクトルを示すグラフであり、(b)は、同じく各光沢膜の拡散反射スペクトルを示すグラフである。
図4】(a)は、図2の各光沢膜のa,b色度図であり、(b)は、L値を示す図である。
図5】(a)~(e)は、図2の各光沢膜の光学特性(屈折率(n)スペクトルと消衰(κ)スペクトル)を示すグラフである。
図6】(a)は、図2の各光沢膜の反射率Rの計算値を示すグラフであり、(b)は、同じく各光沢膜の反射率Rを示すグラフである。なお、図6(a)の計算値は、図6(b)の実測値との一致程度を検討するためものである。
図7図2の各光沢膜のXRDスペクトルを示すグラフである。
図8】3-メトキシチオフェンオリゴマー単独膜のエッジオンラメラ層構造を示す模式図である。
図9】実施例1において各混合比(0.01:1~16:1)に調整された水性光沢塗料から作製された光沢膜の外観を示す図である。
図10図9の各光沢膜の正反射スペクトルを示すグラフである。
図11図9の各光沢膜のa,b色度図である。
図12】実施例1において各混合比(0.2:1~0.6:1)に調整された水性光沢塗料から作製された光沢膜の外観を示す図である。
図13図12の各光沢膜の正反射スペクトルを示すグラフである。
図14図12の各光沢膜のa,b色度図である。
図15】実施例2において各濃度に調整された水性光沢塗料から作製された光沢膜の外観を示す図である。
図16】(a)は、図15の各光沢膜の正反射スペクトルを示すグラフであり、(b)は、同じく各光沢膜の拡散反射スペクトルを示すグラフである。
図17図15の各光沢膜のa,b色度図である。
図18】実施例3において重量平均重合度が異なるポリビニルアルコールを用いた水性光沢塗料から作製された光沢膜の外観を示す図である。
図19】(a)は、図18の各光沢膜の正反射スペクトルを示すグラフであり、(b)は、同じく各光沢膜の拡散反射スペクトルを示すグラフである。
図20図18の各光沢膜のa,b色度図である。
図21】実施例4においてけん化度が異なるポリビニルアルコールを用いた水性光沢塗料から作製された光沢膜の外観を示す図である。
図22図21の各光沢膜の正反射スペクトルを示すグラフである。
図23図21の各光沢膜のa,b色度図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態について説明する。ただし、本発明は多くの異なる形態による実施が可能であり、以下に示す実施形態や実施例の例示に限定されるものではない。
【0022】
発明者らは、試行錯誤の研究の末、3-メトキシチオフェン(3MeOT)重合体をポリビニルアルコール(PVA)の水溶液に溶解させて水性光沢塗料を作製し、これを塗布・製膜することにより、引っかき硬度が高い光沢膜が得られるという知見を得て、この知見を基に、水性光沢塗料の作製時における3-メトキシチオフェン重合体とポリビニルアルコールの混合比や固形分濃度、さらにポリビニルアルコールの重量平均重合度やけん化度の条件を変更することによって、引っかき硬度が高く、かつ加飾価値が極めて高い金色調光沢から黒色調光沢まで色度を連続的に変更可能な光沢膜を作製することができた。
【0023】
(水性光沢塗料の製造方法)
本発明に係る水性光沢塗料(以下、「本塗料」という。)は、例えば50℃に熱した水系溶媒としての純水にポリビニルアルコールを添加して1時間撹拌し、ポリビニルアルコール水溶液を調整した後、水溶性の3-メトキシチオフェン重合体を混合し、温度を50℃に維持したまま、さらに1時間撹拌することにより調整する。この場合において、水系溶媒は、水(純水)に限らず、水を主成分としていれば他の溶媒等を混合した混合溶媒であってもよい。なお、本塗料は、3-メトキシチオフェン重合体から実質的になる色材と、ポリビニルアルコールから実質的になるバインダーと、水系溶媒を含有するものあればよく、一般に水性塗料に用いられる添加剤等の他の成分が含まれていてもよい。また、3-メトキシチオフェン重合体から実質的になる色材とは、色材が3-メトキシチオフェン重合体以外の不可避的不純物を含んでいてもよいことを意味し、ポリビニルアルコールから実質的になるバインダーとは、バインダーがポリビニルアルコール以外の不可避的不純物を含んでいてもよいことを意味する。
【0024】
本塗料において、ポリビニルアルコールと3-メトキシチオフェン重合体の混合比(質量比)は、引っかき硬度が高く、かつ金色調光沢あるいは黒色調光沢を呈する光沢膜を形成する観点から混合比0.1:1~16:1の範囲であることが好ましい。
【0025】
(光沢膜の製造方法)
本発明に係る光沢膜(以下、「本光沢膜」という。)は、例えば本塗料をよく洗浄したガラス基板上にドロップキャストすることにより塗布した後、シリカゲルを封入したデシケータ中で所定時間静置し、乾燥させることにより製膜する。なお、本塗料は、水性であるため、使用や保管が容易である。
【0026】
(光沢膜の構造)
本光沢膜は、3-メトキシチオフェン重合体とポリビニルアルコールの混合膜であって、3-メトキシチオフェン重合体のラメラ構造、詳しくはエッジオンラメラ層構造がポリビニルアルコールの中に点在した構造(図1参照)である。これにより、本光沢膜は、引っかき硬度が高く、かつ加飾価値が高い金色調光沢あるいは黒色調光沢を呈する。なお、説明の便宜上、図示を省略しているが、本光沢膜の最表面にもポリビニルアルコールが存在するが、ポリビニルアルコールは無色透明であるため、光沢膜の呈色に略影響しない。なお、この混合膜は、3-メトキシチオフェン重合体とポリビニルアルコールが大部分(概ねこれらが90wt%以上)であればよく、水性塗料に用いられる添加剤等の他の成分が含まれていてもよい。
【0027】
詳しくは、本光沢膜は、鉛筆硬度試験(K5600-5-4:1999)における引っかき硬度がF以上である。なお、本光沢膜は、実用引っかき硬度(F以上)を満たしているため、日常的に使用される幅広い物品に適用可能となっている。
【0028】
また、本光沢膜は、3-メトキシチオフェン重合体のラメラ構造におけるラメラ層間の層間距離が0.97~1.3nmの範囲であれば、金色調光沢を呈し、層間距離が1.3nm以上であれば、黒色調光沢を呈する。なお、本光沢膜におけるラメラ層間の層間距離は、ラメラ層間にポリビニルアルコールが入り込むことにより変化する。
【0029】
(3-メトキシチオフェン重合体)
本発明において「3-メトキシチオフェン重合体」は、化学酸化重合により合成され、陰イオンによりドーピングされている水溶性3-メトキシチオフェン重合体であることが好ましい。陰イオンとしては、本光沢膜が金色調光沢あるいは黒色調光沢を呈する限りにおいて限定されるわけではないが、ハロゲンイオンである塩化物イオン、臭化物イオン、ヨウ化物イオンのいずれかが好ましく、特に塩化物イオンが好ましい。なお、3-メトキシチオフェン重合体が水溶性になることにより、本塗料においてポリビニルアルコールと3-メトキシチオフェン重合体の相溶性を高めることができるため、本光沢膜の構造が得られやすい。
【0030】
また、本発明において、「3-メトキシチオフェン重合体」の分子量としては、本光沢膜が金色調光沢あるいは黒色調光沢を有する限りにおいて限定されるわけではないが、GPC測定法により求められる重量平均分子量の分布のピークが200以上30000以下の範囲内にあることが好ましく、より好ましくは200以上10000以下の範囲内である。
【0031】
また、本発明において、ポリビニルアルコールと3-メトキシチオフェン重合体の相溶性を高め、3-メトキシチオフェン重合体のエッジオンラメラ層構造がポリビニルアルコール中に点在する本発明の特徴的な構造(図1参照)を形成しやすくする観点から「3-メトキシチオフェン重合体」は、比較的分子量の小さいオリゴマーであることが好ましい。
【0032】
なお、本発明において、「3-メトキシチオフェン重合体」は、3-メトキシチオフェン重合鎖が主であれば、3-メトキシチオフェン以外に無置換のチオフェンや他のチオフェン置換体の単量体が重合した共重合体であってもよい。
【0033】
(化学酸化重合)
ここで「化学酸化重合」とは、酸化剤を用いて液相および固相の少なくともいずれかにおいて行う重合をいう。
【0034】
詳しくは、この方法では、具体的に(1)酸化剤を用いて3-メトキシチオフェンを重合して3-メトキシチオフェン重合体を含む溶液とする工程、(2)3-メトキシチオフェン重合体を含む溶液から未反応原料および副生成物を除去して3-メトキシチオフェン重合体粉末を得る工程、を有する。
【0035】
まず、この方法では、(1)酸化剤を用いて3-メトキシチオフェンを重合し、この3-メトキシチオフェン重合体を含む溶液を作製する。3-メトキシチオフェン重合体は、上記の通り、いわゆるオリゴマーの範囲にあることが好ましい。
【0036】
本工程において、酸化剤は、3-メトキシチオフェン重合体を製造することができる限りにおいて限定されず様々なものを使用することができるが、例えば第二鉄塩、第二銅塩、セリウム塩、二クロム酸塩、過マンガン酸塩、過硫酸アンモニウム、三フッ化ホウ素、臭素酸塩、過酸化水素、塩素、臭素およびヨウ素を挙げることができ、中でも第二鉄塩が好ましい。なお、水和物であってもよい。また、この場合において、この対となる陰イオンも適宜調整可能であって限定されるわけではなく、例えば塩化物イオン、臭化物イオン、ヨウ化物イオン、クエン酸イオン、シュウ酸イオン、パラトルエンスルホン酸イオン、ポリスチレンスルホン酸イオン、硫酸イオン、酢酸イオン、硝酸イオン、過塩素酸イオン、ヘキサフルオロリン酸イオン、テトラフルオロホウ酸イオン等を挙げることができ、その中でも、塩化物イオン、臭化物イオン、ヨウ化物イオンの少なくともいずれかを用いると、本光沢膜において、測色計による数値評価で規定される金に近い金色調の光沢色を得ることができ好ましい。
【0037】
金に近い金色調の光沢色を得ることができる理由は、推測の域であるが、上記した陰イオンが重合の際、3-メトキシチオフェン重合体にドーパントとして組み込まれ、3-メトキシチオフェン重合体内に生成されるカチオン部位と結合して安定化し、規則正しい分子配向構造(ラメラ構造)の形成に寄与するためであると推測される。実際のところ金属光沢色を有する膜を分析するとこれらが安定的に存在することが確認されている。こうして形成されたラメラ構造は、高密度な構造であるために、光学定数(屈折率と消衰係数)が有機物でありながら極めて大きくなり、その結果、光をはね返す効果、すなわち反射率が高くなることが明らかにされている(Minako Kubo,Minako Tachiki,Terumasa Mitogawa,Kota Saito,Ryota Saito,Satoru Tsukada,Takahiko Horiuchi,Katsuyoshi Hoshino,Coatings,11巻,記事番号861(2021年))。
【0038】
また、本工程において、重合は溶媒を用い、この溶媒中において行うことが好ましい。用いる溶媒は、上記酸化剤および3-メトキシチオフェンを十分に溶解し効率的に重合させることができる限りにおいて限定されるわけではないが、高い極性を有し、ある程度の揮発性を有する有機溶媒であることが好ましく、例えばアセトニトリル、ニトロメタン、γ-ブチロラクトン、炭酸プロピレン、ニトロメタン、1-メチル-2-ピロリジノン、ジメチルスルホキシド、2-ブタノン、テトラヒドロフラン、アセトン、メタノール、アニソール、クロロホルム、酢酸エチル、ヘキサン、トリクロロエチレン、シクロヘキサノン、ジクロロメタン、クロロホルム、ジメチルホルムアミド、エタノール、ブタノール、ピリジン、ジオキサン、およびこれらの混合物等を用いることができるが、アセトニトリル、ニトロメタン、γ-ブチロラクトン、炭酸プロピレンはチオフェン重合体が可溶であり、より良好な金に近い金色調の光沢色を備えた膜となりやすく好ましい。
【0039】
なお、本工程において、溶媒に対し用いる3-メトキシチオフェン、酸化剤の量は適宜調整可能であり限定されるわけではないが、溶媒の重量を1とした場合、3-メトキシチオフェンの重量は0.00007以上7以下であることが好ましく、より好ましくは0.0007以上0.7以下であり、酸化剤が塩化鉄(III)無水物の場合、重量は0.0006以上6以下であることが好ましく、より好ましくは0.006以上0.6以下である。
【0040】
また、本工程において、用いる3-メトキシチオフェンと酸化剤の比としては3-メトキシチオフェンの重量を1とした場合、0.1以上1000以下であることが好ましく、1以上100以下であることがより好ましい。
【0041】
また、本工程は、3-メトキシチオフェンと酸化剤を溶媒に一度に加えてもよいが、溶媒に3-メトキシチオフェンを加えた溶液と、酸化剤を溶媒に加えた溶液の二種類の溶液を別途作製し、これらを混合することで重合反応を行わせてもよい。
【0042】
また、この方法において、上記作製した3-メトキシチオフェン重合体は、溶媒を除去して粉末状の3-メトキシチオフェン重合体(3-メトキシチオフェン重合体粉末)としておくことが好ましい。このようにしておくことで水系溶媒に溶解させつつポリビニルアルコールと混合し、当該水溶液を基板に塗布することにより本光沢膜を製膜することが可能となる。
【0043】
(ポリビニルアルコール)
本発明において「ポリビニルアルコール」は、酢酸ビニルモノマーを重合し、得られたポリ酢酸ビニル樹脂をけん化することにより製造された水溶性の合成樹脂であり、下記一般式に示すようなビニルアルコールの重合体である。
【0044】
【化1】
【0045】
本発明において、ポリビニルアルコールの重量平均分子量は、本光沢膜が金色調光沢あるいは黒色調光沢を有する限りにおいて限定されるわけではないが、引っかき硬度を向上させる観点から9000以上146000以下であることが好ましく、より好ましくは10000以上100000以下、さらに好ましくは22000以上66000以下である。言い換えれば、本発明において、ポリビニルアルコールの重量平均重合度は、本光沢膜が金色調光沢あるいは黒色調光沢を有する限りにおいて限定されるわけではないが、引っかき硬度を向上させる観点から205以上3300以下であることが好ましく、より好ましくは220以上2400以下、さらに好ましくは500以上1500以下である。
【0046】
また、本発明において、ポリビニルアルコールのけん化度は、本光沢膜が金色調光沢あるいは黒色調光沢を有する限りにおいて限定されるわけではないが、引っかき硬度を向上させる観点から80%以上であることが好ましく、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上である。なお、けん化度とは、ポリビニルアルコール中の酢酸基と水酸基の合計数に対する水酸基の割合のことである。
【実施例0047】
(混合比率依存性試験)
上記実施形態に係る実施例の水性光沢塗料について各種条件を変更したものを実際に作製し、これにより製膜される光沢膜の物性を確認した。以下具体的に説明する。
【0048】
(3-メトキシチオフェンオリゴマーの作製)
本実施例においては、先ず、化学酸化重合法により3-メトキシチオフェンオリゴマーの合成を行った。具体的には、窒素雰囲気下において、三つ口ガラスセルに原料モノマーである3-メトキシチオフェン(2mmol、0.228g)とアセトニトリル20mLを加え、マグネティックスターラを用いて20分間攪拌を行うことによってモノマー溶液を作製した。また、酸化剤である塩化鉄(III)無和物(4mmol、0.649g)をアセトニトリル溶液(20mL)に溶解し、20分間超音波分散を行うことによって酸化剤溶液を作製した。その後、3-メトキシチオフェンのモノマー溶液中に酸化剤溶液を滴下し撹拌しながら2時間重合を行った。重合終了後、ロータリーエバポレータを用いてアセトニトリルの除去を行い、さらに、メンブレンフィルタ(孔径0.1μm)を用いて濾過し、エタノールで洗浄を行った。濾過後、残渣を乾燥機にて50℃、1時間半の真空乾燥を行うことで、塩化物イオン(Cl)がドープされた3-メトキシチオフェンオリゴマー(0.2g、黒色粉末)を得た。
【0049】
(水性光沢塗料の作製)
次に、50℃に熱した純水にポリビニルアルコールを添加して1時間撹拌し、ポリビニルアルコール水溶液を調整した後、塩化物イオン(Cl)がドープされた水溶性の3-メトキシチオフェンオリゴマーを混合し、温度を50℃に維持したまま、さらに1時間撹拌した。
【0050】
本実施例において用いたポリビニルアルコールの重量平均分子量(重量平均重合度)を下記表1に示す。
【0051】
【表1】
【0052】
また、本実施例において作製した水性光沢塗料の組成を下記表2に示す。また、比較検討として、3-メトキシチオフェンオリゴマー(混合比0:1)のみ、ポリビニルアルコールのみ(混合比4:0)からなる塗布液の組成を作製した。なお、以下、特に断らない限り、実験におけるポリビニルアルコールは、重量平均重合度1500、けん化度86.0~90.0mol%のものを用いる。
【0053】
【表2】
【0054】
(光沢膜の作製)
次に、各水性光沢塗料からマイクロピペッタを用いて600μLを分取し、よく洗浄したガラス基板(1.5cm×2.5cm)上にドロップキャスト法によって塗布した後、シリカゲルを封入したデシケータ中で17時間静置し、乾燥させることで光沢膜を作製した。
【0055】
(光沢膜の外観)
表2に示される各水性光沢塗料から作製された光沢膜の外観を図2に示す。なお、図2に示される光沢膜の外観は、デジタルマイクロスコープ(KEYENCE社製 VHX-5000)により撮影した。なお、表2において、3MeOT単独とは3-メトキシチオフェンオリゴマーだけで形成された膜のことを示す(以下同様)。
【0056】
図2に示されるように、光沢膜中のポリビニルアルコールの混合比率の増加に伴い、光沢膜の色が金色調光沢から黒色調光沢に変化することが確認された。
【0057】
(光沢膜の正反射スペクトルおよび拡散反射スペクトル)
図2に示される各光沢膜について、正反射スペクトルと拡散反射スペクトルの測定を行った結果を図3に示す。なお、正反射スペクトルは、顕微紫外可視近赤外分光光度計(日本分光社製 MSV-370)を用いて測定した。参照試料は、アルミニウム平面鏡である。また、拡散反射スペクトルは、分光測色計(コニカミノルタ社製 CM-600d)を用いて測定した。
【0058】
図3(a)に示されるように、各光沢膜の正反射スペクトルを見ると、ポリビニルアルコールと3-メトキシチオフェンオリゴマーの混合比率が4:1以上の光沢膜は金蒸着膜や3-メトキシチオフェンオリゴマー単独膜(混合比0:1)と異なり、波長に依存しない正反射特性を持つことが確認された。これは、混合比率が4:1以上の光沢膜が無彩色であることを示しており、白~灰~黒の呈色を示すことを意味しており、本実施例においては黒色に近い呈色を示すものである。
【0059】
また、図3(b)に示されるように、各光沢膜の拡散反射スペクトルを見ると、図3(a)に示される正反射スペクトルと比べて反射が著しく小さいことが確認された。この特性は、金色調光沢および黒色調光沢を呈する光沢膜とも金属的な反射を持つことを意味している。なお、日常空間にある金属光沢を示さない物品ももちろん光を反射するが、その場合には、正反射も拡散反射も同程度に示すことから、金色調光沢および黒色調光沢と区別することができる。
【0060】
(光沢膜の測色)
図2に示される各光沢膜について、測色を行った結果を下記表3および図4に示す。なお、測色は、分光測色計(コニカミノルタ社製 CM-600d)を用いて測定した。ここで、aおよびbは色度を表し、L値は明るさを示す。また、ΔEabは3-メトキシチオフェンオリゴマー単独膜との色差を示す。
【0061】
【表3】
【0062】
表3および図4に示されるように、ポリビニルアルコールと3-メトキシチオフェンオリゴマーの混合比率が1:1の光沢膜の色度は、金蒸着膜や3-メトキシチオフェンオリゴマー単独膜の色度(金色調)に近く、混合比率が4:1以上の光沢膜の色度は原点(黒色)に近いことが確認され、上述した光沢膜の反射スペクトルのデータを裏付ける結果となった。
【0063】
(光沢膜の引っかき硬度)
図2に示される各光沢膜について、引っかき硬度を測定する目的で鉛筆硬度試験を行った結果を下記表4に示す。なお、鉛筆硬度試験機(Allgood社製 BEVS 1301/750)と三菱鉛筆社Hi-Uni(8B-8H)を用いた。
【0064】
【表4】
【0065】
表4に示されるように、3-メトキシチオフェンオリゴマー単独膜は、引っかき硬度4Bと引っかきに対して脆弱であるが、ポリビニルアルコールを混合することで実用引っかき硬度(F以上)を大きく上回る4H以上の引っかき硬度を示し、特に黒色調光沢を呈するポリビニルアルコールと3-メトキシチオフェンオリゴマーの混合比率が16:1の光沢膜は、ポリビニルアルコール単独膜(混合比4:0)と略同等の高い引っかき硬度を示すことが確認された。
【0066】
(光沢膜の膜厚および電気伝導度)
図2に示される各光沢膜について、膜厚および電気伝導度の測定を行った結果を下記表5に示す。なお、膜厚は、触針式表面形状測定器(VEECO/SLOAN社製 Dektak3030)およびレーザー顕微鏡(KEYENCE社製 VK-9700)を用いて測定した。電気伝導度は、三菱ケミカルアナリテック社製 ハイレスタ-UX(MCP-HT800)とURSSプローブを用いて測定した。印加電圧は10V又は500Vで行った。
【0067】
【表5】
【0068】
各水性光沢塗料は、3-メトキシチオフェンオリゴマーを常に一定量とし、ポリビニルアルコールの量を変えて作製したため(表2参照)、表5に示されるように、ポリビニルアルコールの比率の増加とともに光沢膜の膜厚が増加することが確認された。また、電気伝導度は、絶縁性であるポリビニルアルコールの比率が増加するにつれて減少することが確認された。
【0069】
(光沢膜の光学定数)
図2に示される各光沢膜について、反射率Rを決める光沢膜の光学定数(屈折率nおよび消衰係数κ)の測定を行った結果を図5に示す。なお、光学定数は、エリプソメトリー測定によって決定した。この測定には、分光エリプソメーター(J.A.Woollam Japan社製 alpha-SE)を用いて65°、70°、75°の入射角で測定を行い、Complete EASE(J.A.Woollam Japan社製)のソフトウェアにより、光沢膜の基板には光が到達しないバルクとして考えるB-splineモデルによってフィッティングを行い、屈折率nおよび消衰係数κを求めた。また、装置の校正は、SiO基板を用いて行った。
【0070】
図5に示されるように、3-メトキシチオフェンオリゴマー単独膜(図5(e)参照)を基準にすると、ポリビニルアルコールの比率の増加とともに屈折率nおよび消衰係数κの値が減少し、光がより深く膜内に侵入することが確認できた。詳しくは、図5(a)に示されるように、ポリビニルアルコールと3-メトキシチオフェンオリゴマーの混合比率が1:1の場合には屈折率nおよび消衰係数κの値が大きく、光はごく表面近傍だけに侵入しており、このような光学特性を有する光沢膜は金色調光沢を呈すると推測される。これに対し、混合比率が4:1以上の場合には屈折率nおよび消衰係数κの値が共に著しく低下し特に消衰係数κの値が低下し、光の膜内への侵入長が増加するとともに、屈折率および消衰スペクトルが波長依存性をほとんど示さず、スペクトル形が平坦化していることから、このような光学特性を有する光沢膜は黒色調光沢を呈すると推測される。
【0071】
また、膜の反射率Rは、屈折率nおよび消衰係数κの値と下記数式1の関係があるため、測定された屈折率nおよび消衰係数κの値を用いて算出することができる。下記数式1を用いて計算された反射率Rの計算値と実測値を図6に示す。
【0072】
【数1】
【0073】
図6に示されるように、各光沢膜の反射率Rの計算値と実測値はよく一致しており、反射率Rは光学定数(屈折率nおよび消衰係数κ)によって決定されることが確認された。
【0074】
次に、ポリビニルアルコールの比率に依存して光学定数が変化することの要因を調べるために、薄膜X線回折(XRD)測定を行った結果を図7に示す。なお、XRD測定は、X線回折装置(Malvern Panalytical社製 X’Pert MRD)を用いて行った。また、X線回折装置の光学系モジュールには、入射側にFixed Divergence Slit+1/8°発散スリット、受光側にDet3(Parallel plate collimator+Graphite monochromator)を使用し、微小入射X線回折法(GIXD,Out-of plane法)によって測定した。また、膜面に対するX線の入射角は1.0°とした。
【0075】
図7に示されるように、3-メトキシチオフェンオリゴマー単独膜のXRDスペクトルにおいては、9.09°に大きなピークを示した。これは、3-メトキシチオフェンオリゴマー単独膜において、チオフェン環を基板に対して垂直に配向させて結晶化するエッジオンラメラ層構造(図8参照)が形成されたことを示している。なお、9.09°のシグナルはラメラ層とラメラ層の間の層間距離に対応しており、良く知られたブラッグの回折の式から層間距離は0.97nmと算出された。
【0076】
また、ポリビニルアルコールと3-メトキシチオフェンオリゴマーの混合比率が1:1の光沢膜においては、シグナルのピークが6.9°にシフトし、ピーク強度が減少した。これは、上述した3-メトキシチオフェンオリゴマー単独膜と比べてラメラ層間距離が広がったことを示しており、ブラッグの回折の式から層間距離は1.3nmと算出された。すなわち、光沢膜における3-メトキシチオフェンオリゴマーのエッジオンラメラ層構造におけるラメラ層間にポリビニルアルコールが入り込み層間距離を広げる(図1参照)とともに、結晶構造を崩すため、ピーク強度が低下したものと推測される。
【0077】
また、ポリビニルアルコールと3-メトキシチオフェンオリゴマーの混合比率が4:1の光沢膜においては、さらにピークが低角側にシフトし、ピーク強度が低下した。なお、ブラッグの回折の式から層間距離は1.4nmと算出された。
【0078】
また、ポリビニルアルコールと3-メトキシチオフェンオリゴマーの混合比率が8:1や16:1の光沢膜においては、ピーク強度がさらに低下した。
【0079】
なお、ポリビニルアルコールと3-メトキシチオフェンオリゴマーの混合比率が4:1~16:1の光沢膜においては、19.4°付近にもシグナルのピークを示すが、これはポリビニルアルコールの結晶部分に起因するものであり、ポリビニルアルコールの比率とともに増加していることが確認された。
【0080】
また、各光沢膜中における3-メトキシチオフェンオリゴマーの含有量は混合比率によらず一定となっていることから、ポリビニルアルコールと3-メトキシチオフェンオリゴマーの混合比率が4:1~16:1の光沢膜において、エッジオンラメラ層構造の形成を示すシグナル強度が低下した要因は、ポリビニルアルコールとの混合による3-メトキシチオフェンオリゴマーの希薄化によるものと推測される。
【0081】
(混合比率0.01:1~0.1:1水性光沢塗料の作製)
本実施例において上述した水性光沢塗料よりもポリビニルアルコールの含有量を少なくしポリビニルアルコールと3-メトキシチオフェンオリゴマーの混合比率0.01:1~0.1:1となるように作製した水性光沢塗料の組成を下記表6に示す。
【0082】
【表6】
【0083】
(光沢膜の外観)
表6に示される各水性光沢塗料から作製された光沢膜の外観を図9に示す。なお、図9においては、比較のために3-メトキシチオフェンオリゴマー単独膜、ポリビニルアルコールと3-メトキシチオフェンオリゴマーの混合比率が1:1、16:1の光沢膜を合わせて図示している。
【0084】
図9に示されるように、ポリビニルアルコールと3-メトキシチオフェンオリゴマーの混合比率が1:1よりも小さくなることにより、光沢膜は金色調光沢となることが確認された。
【0085】
(光沢膜の正反射スペクトル)
図9に示される各光沢膜について、正反射スペクトルの測定を行った結果を図10に示す。図10に示されるように、各光沢膜の正反射スペクトルを見ると、ポリビニルアルコールと3-メトキシチオフェンオリゴマーの混合比率が0.01:1~0.1:1の光沢膜は3-メトキシチオフェンオリゴマー単独膜(混合比0:1)と同様に最大反射率が20%以上となることが確認された。
【0086】
(光沢膜の測色)
図9に示される各光沢膜について、測色を行った結果を下記表7および図11に示す。
【0087】
【表7】
【0088】
表7および図11に示されるように、ポリビニルアルコールの含有量が少なくなるにつれて、光沢膜が金色調光沢に近づいていくことが確認された。特に、図11に示されるように、各光沢膜の色度は、黒色調光沢を呈するポリビニルアルコールと3-メトキシチオフェンオリゴマーの混合比率16:1の光沢膜の色度と、金色調光沢を呈する3-メトキシチオフェンオリゴマー単独膜の色度を直線状に繋ぐように位置していることから、ポリビニルアルコールと3-メトキシチオフェンオリゴマーの混合比率を変えることにより黒色調光沢から金色調光沢まで色度を連続的に変更可能であることが確認された。
【0089】
(光沢膜の引っかき硬度)
図9に示される各光沢膜について、引っかき硬度を測定する目的で鉛筆硬度試験を行った結果を下記表8に示す。
【0090】
【表8】
【0091】
表8に示されるように、ポリビニルアルコールの含有量が少なくなるにつれて引っかき硬度が低下していくことが確認された。なお、ポリビニルアルコールと3-メトキシチオフェンオリゴマーの混合比率0.1:1の光沢膜まで実用引っかき硬度(F以上)を満たすことが確認された。
【0092】
(混合比率0.2:1~0.6:1水性光沢塗料の作製)
本実施例においてポリビニルアルコールと3-メトキシチオフェンオリゴマーの混合比率0.2:1~0.6:1となるように作製した水性光沢塗料の組成を下記表9に示す。
【0093】
【表9】
【0094】
(光沢膜の外観)
表9に示される各水性光沢塗料から作製された光沢膜の外観を図12に示す。なお、図12においては、比較のために3-メトキシチオフェンオリゴマー単独膜を合わせて図示している。
【0095】
図12に示されるように、ポリビニルアルコールの含有量が増加するにつれて、光沢膜は金色調光沢から黒色調光沢に近づいていくことが確認された。
【0096】
(光沢膜の正反射スペクトル)
図12に示される各光沢膜について、正反射スペクトルの測定を行った結果を図13に示す。図13に示されるように、各光沢膜の正反射スペクトルを見ると、ポリビニルアルコールの含有量が増加するにつれて、最大反射率が低下していくことが確認された。
【0097】
(光沢膜の測色)
図12に示される各光沢膜について、測色を行った結果を下記表10および図14に示す。
【0098】
【表10】
【0099】
表10および図14に示されるように、ポリビニルアルコールの含有量が増加するにつれて、光沢膜が金色調光沢から黒色調光沢に近づいていくことが確認された。
【0100】
以上、本実施例1から水性光沢塗料におけるポリビニルアルコールと3-メトキシチオフェン重合体の混合比率が0.1:1~16:1であることにより、引っかき硬度が高く、かつ加飾価値が高い金色調光沢あるいは黒色調光沢を呈する光沢膜を形成できる水性光沢塗料が得られることが確認された。
【実施例0101】
(濃度依存性試験)
本実施例においては、ポリビニルアルコールと3-メトキシチオフェンオリゴマーの混合比率を1:1に固定し、水系溶媒である純水の量を変更することによって、固形分濃度の異なる水性光沢塗料を作製した。各水性光沢塗料の組成を下記表11に示す。
【0102】
【表11】
【0103】
(光沢膜の外観)
表11に示される各水性光沢塗料から作製された光沢膜の外観を図15に示す。なお、図15においては、比較のために3-メトキシチオフェンオリゴマー単独膜を合わせて図示している。
【0104】
図15に示されるように、水性光沢塗料における固形分濃度が高くなるにつれて、光沢膜は金色調光沢から黒色調光沢に近づいていくことが確認された。
【0105】
(光沢膜の正反射スペクトルおよび拡散反射スペクトル)
図15に示される各光沢膜について、正反射スペクトルと拡散反射スペクトルの測定を行った結果を図16に示す。なお、正反射スペクトルと拡散反射スペクトルの測定は前記実施例1と同一条件で行った。
【0106】
図16(a)に示されるように、各光沢膜の正反射スペクトルを見ると、水性光沢塗料における固形分濃度が高くなるにつれて、最大反射率が低下していくことが確認された。これは、水性光沢塗料における固形分濃度が高くなると、水性光沢塗料中においてポリビニルアルコールと3-メトキシチオフェンオリゴマーとの間の相互作用が高まり、光沢膜を形成したときに金色調光沢を呈する原因構造であるエッジオンラメラ層構造を有する結晶が形成されにくくなるためであると推測される。
【0107】
また、図16(b)に示されるように、各光沢膜の拡散反射スペクトルを見ると、図16(a)に示される正反射スペクトルと比べて反射が著しく小さいことが確認された。この特性は、金色調光沢および黒色調光沢を呈する光沢膜とも金属的な反射を持つことを意味している。
【0108】
(光沢膜の測色)
図15に示される各光沢膜について、測色を行った結果を下記表12および図17に示す。なお、測色は前記実施例1と同一条件で行った。
【0109】
【表12】
【0110】
表12および図17に示されるように、水性光沢塗料における固形分濃度が高くなるにつれて、光沢膜が金色調光沢から黒色調光沢に近づいていくことが確認された。
【0111】
(光沢膜の引っかき硬度)
図15に示される各光沢膜について、引っかき硬度を測定する目的で鉛筆硬度試験を行った結果を下記表13に示す。なお、鉛筆硬度試験は前記実施例1と同一条件で行った。
【0112】
【表13】
【0113】
表13に示されるように、水性光沢塗料における固形分濃度が高くなるにつれて、引っかき硬度が向上していくことが確認された。これは、水性光沢塗料における固形分濃度が高くなることにより、形成される光沢膜における3-メトキシチオフェンオリゴマーのエッジオンラメラ層構造におけるラメラ層間にポリビニルアルコールが入り込みやすくなるためであると推測される。
【0114】
(光沢膜の膜厚および電気伝導度)
図15に示される各光沢膜について、膜厚および電気伝導度の測定を行った結果を下記表14に示す。なお、膜厚、電気伝導度の測定は前記実施例1と同一条件で行った。
【0115】
【表14】
【0116】
各水性光沢塗料は、固形分濃度が高くなるにつれて粘度が増加するため、表14に示されるように、固形分濃度が高くなるにつれて光沢膜の膜厚が増加することが確認された。また、電気伝導度は、固形分濃度が高くなるにつれて減少することが確認された。これは、電気伝導度の高い3-メトキシチオフェンオリゴマーのエッジオンラメラ層構造を有する結晶が、固形分濃度が高くなるにつれて減少したためと考えられ、ラメラ層間にポリビニルアルコールが入り込んで結晶構造を崩すことの証拠の一つであると推測される。
【実施例0117】
(ポリビニルアルコールの重量平均重合度(重量平均分子量)依存性試験)
本実施例においては、ポリビニルアルコールと3-メトキシチオフェンオリゴマーの混合比率を1:1に固定し、混合されるポリビニルアルコールの重量平均重合度の異なる水性光沢塗料を作製した。各水性光沢塗料の組成を下記表15に示す。
【0118】
【表15】
【0119】
(光沢膜の外観)
表15に示される各水性光沢塗料から作製された光沢膜の外観を図18に示す。なお、図18においては、比較のために3-メトキシチオフェンオリゴマー単独膜を合わせて図示している。
【0120】
図18に示されるように、各光沢膜は金色調光沢を呈することが確認された。なお、重量平均重合度3800のポリビニルアルコールを用いた塗料については、水性光沢塗料を調整する際、純水にポリビニルアルコールを溶解させるためにホットスターラー、超音波攪拌やボルテックスによる攪拌を行い、溶解させようと試みたが溶解しなかった。そのため、当該塗料は検討から除外した。以下、重量平均重合度220、500、1500のポリビニルアルコールを用いた水性光沢塗料により形成された光沢膜について検討を行った。
【0121】
(光沢膜の正反射スペクトルおよび拡散反射スペクトル)
図18に示される各光沢膜について、正反射スペクトルと拡散反射スペクトルの測定を行った結果を図19に示す。なお、正反射スペクトルと拡散反射スペクトルの測定は前記実施例1,2と同一条件で行った。
【0122】
図19(a)に示されるように、各光沢膜の正反射スペクトルを見ると、水性光沢塗料におけるポリビニルアルコールの重量平均重合度に依存することなく、最大反射率が10%程度で略一定となることが確認された。
【0123】
また、図19(b)に示されるように、各光沢膜の拡散反射スペクトルを見ると、図19(a)に示される正反射スペクトルと比べて反射が著しく小さいことが確認された。この特性は、金色調光沢および黒色調光沢を呈する光沢膜とも金属的な反射を持つことを意味している。また、水性光沢塗料におけるポリビニルアルコールの重量平均重合度1500の光沢膜と比べて重量平均重合度220、500の光沢膜の拡散反射スペクトルがやや大きくなることが確認された。これは、光沢膜の表面がやや粗くなっていることを示唆するものであると推測される。
【0124】
(光沢膜の測色)
図18に示される各光沢膜について、測色を行った結果を下記表16および図20に示す。なお、測色は前記実施例1,2と同一条件で行った。
【0125】
【表16】
【0126】
表16および図20に示されるように、水性光沢塗料におけるポリビニルアルコールの重量平均重合度に依存することなく、光沢膜の色度、明るさの特性は略同一であり、金色調光沢を呈することが確認された。
【0127】
(光沢膜の引っかき硬度)
図18に示される各光沢膜について、引っかき硬度を測定する目的で鉛筆硬度試験を行った結果を下記表17に示す。なお、鉛筆硬度試験は前記実施例1,2と同一条件で行った。
【0128】
【表17】
【0129】
表17に示されるように、水性光沢塗料におけるポリビニルアルコールの重量平均重合度が高くなるにつれて、引っかき硬度が向上していくことが確認された。これは、3-メトキシチオフェン重合体のエッジオンラメラ層構造におけるラメラ層間に入り込んだポリビニルアルコールの重量平均重合度が高くなるにつれて、ラメラ層間の補強効果が高まるためであると推測される。なお、ポリビニルアルコールと3-メトキシチオフェンオリゴマーの混合比率を1:1の水性光沢塗料において、本発明の光沢膜の構造を形成可能なポリビニルアルコールの重量平均重合度は最大2400であることが確認されている。
【0130】
以上、水性光沢塗料におけるポリビニルアルコールの重量平均重合度が高いほど、光沢膜の色特性に略影響を与えることなく、引っかき硬度を向上させることができ好ましい。
【実施例0131】
(ポリビニルアルコールのけん化度依存性試験)
本実施例においては、ポリビニルアルコールと3-メトキシチオフェンオリゴマーの混合比率を1:1に固定し、混合されるポリビニルアルコールのけん化度の異なる水性光沢塗料を作製した。本実施例で用いたポリビニルアルコールは、デンカ社製のデンカポバール(k-24(けん化度98.1%),H-24(けん化度95.5%),B-24(けん化度87.7%)およびW-24(けん化度80.0%))であり、重量平均重合度は全て2400である。各水性光沢塗料の組成を下記表18に示す。
【0132】
【表18】
【0133】
(光沢膜の外観)
表18に示される各水性光沢塗料から作製された光沢膜の外観を図21に示す。なお、図21においては、比較のために3-メトキシチオフェンオリゴマー単独膜を合わせて図示している。
【0134】
図21に示されるように、各光沢膜は光沢度の低い金色調光沢を呈することが確認された。
【0135】
(光沢膜の正反射スペクトル)
図21に示される各光沢膜について、正反射スペクトルの測定を行った結果を図22に示す。なお、正反射スペクトルの測定は前記実施例1~3と同一条件で行った。
【0136】
図22に示されるように、各光沢膜の正反射スペクトルを見ると、水性光沢塗料におけるポリビニルアルコールのけん化度に依存することなく、最大反射率が6~7%程度で略一定となることが確認された。
【0137】
(光沢膜の測色)
図21に示される各光沢膜について、測色を行った結果を下記表19および図23に示す。なお、測色は前記実施例1~3と同一条件で行った。
【0138】
【表19】
【0139】
表19および図23に示されるように、水性光沢塗料におけるポリビニルアルコールのけん化度に依存することなく、光沢膜の色度、明るさの特性は略同一であり、光沢度の低い金色調光沢を呈することが確認された。
【0140】
(光沢膜の引っかき硬度)
図21に示される各光沢膜について、引っかき硬度を測定する目的で鉛筆硬度試験を行った結果を下記表20に示す。なお、鉛筆硬度試験は前記実施例1~3と同一条件で行った。
【0141】
【表20】
【0142】
表20に示されるように、水性光沢塗料におけるポリビニルアルコールのけん化度が高くなるにつれて、引っかき硬度が向上していくことが確認された。
【0143】
以上、水性光沢塗料におけるポリビニルアルコールのけん化度が高いほど、光沢膜の色特性に略影響を与えることなく、引っかき硬度を向上させることができ好ましい。
【0144】
以上、これら実施形態および実施例により、引っかき硬度が高く、かつ加飾価値の高い光沢膜および該光沢膜を形成する水性光沢塗料を提供することができる。
【0145】
なお、本明細書において、「光沢」とは、反射スペクトルが拡散反射成分に対して正反射成分の方が大きくなる関係にある状態のことである。また、本明細書において、「金色調光沢」とは、金属である金に近い光沢を有する黄色を呈することである。また、本明細書において、「黒色調光沢」とは、ピアノブラックのような光沢を有する黒色を呈することである。なお、光沢膜の金色調光沢と黒色調光沢の区別については、3-メトキシチオフェンオリゴマー単独膜との色差を示すΔEabの値を指標とすることにより再現性が確認されており、ΔEabの値が41よりも小さい(ΔEab<41)場合には金色調光沢を呈し、41よりも大きい(ΔEab>41)場合には黒色調光沢を呈する。言い換えれば、ΔEab<41の光沢膜は、ラメラ層間の層間距離が0.97~1.3nmの範囲であり金色調光沢を呈し、ΔEab>41の光沢膜は、ラメラ層間の層間距離が1.3nm以上であり黒色調光沢を呈する。
【0146】
また、水性光沢塗料に含まれる3-メトキシチオフェン重合体と、ポリビニルアルコールと、水系溶媒は、いわゆる「原液」であって、「塗料中間体」と言い換えることもでき、その中でも3-メトキシチオフェン重合体は、「色材」であって、「染料」、「着色剤」、「光沢発現物質」等と言い換えることができ、ポリビニルアルコールは、「バインダー」であって、「(引っかき硬度)強化剤」、「光沢発現調整剤」等と言い換えることができる。なお、水性光沢塗料には、この「原液」以外に、一般に水性塗料を構成する際に用いられる溶剤や添加剤が含まれてもよいことは言うまでもない。
[産業上の利用可能性]
【0147】
本発明は、水性光沢塗料により形成される光沢膜が、引っかき硬度が高いことから、日常的に使用される幅広い物品に適用可能なものであり、かつ加飾価値の極めて高い金色調光沢から黒色調光沢まで色度を連続的に変更可能であることから、安価で長期に亘り金色調光沢あるいは黒色調光沢を呈するものとして産業上の利用可能性がある。また、本発明は、水性光沢塗料により上記光沢膜が得られることから、環境と作業者に優しい塗装が可能である。
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