(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024077356
(43)【公開日】2024-06-07
(54)【発明の名称】胆管癌罹患可能性の評価方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/92 20060101AFI20240531BHJP
【FI】
G01N33/92 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022189411
(22)【出願日】2022-11-28
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 第122回日本外科学会定期学術集会(2022年4月14日)による発表及び当該定期学術集会のWeb抄録集(2022年3月10日)による公開
(71)【出願人】
【識別番号】504300181
【氏名又は名称】国立大学法人浜松医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100152272
【弁理士】
【氏名又は名称】川越 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】森田 剛文
(72)【発明者】
【氏名】竹内 裕也
(72)【発明者】
【氏名】村木 隆太
(72)【発明者】
【氏名】瀬藤 光利
(72)【発明者】
【氏名】華表 友暁
(72)【発明者】
【氏名】高梨 裕典
【テーマコード(参考)】
2G045
【Fターム(参考)】
2G045AA26
2G045BB10
2G045CB30
2G045DA61
2G045FB06
(57)【要約】
【課題】本発明は、胆汁を検体として、胆管癌の罹患可能性を、胆管狭窄をきたす良性疾患と鑑別して評価する方法を提供することを課題とする。
【解決手段】胆管癌の罹患可能性を評価する方法であって、胆管癌の罹患が疑われる動物から採取された所定量の胆汁からエクソソームを分離回収する回収工程と、前記回収工程で得られたエクソソームのホスファチジルコリンの量を測定する測定工程と、前記測定工程で得られた測定値に基づいて、前記動物の胆管癌の罹患可能性を評価する評価工程と、を有する、胆管癌罹患可能性の評価方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
胆管癌の罹患可能性を評価する方法であって、
胆管癌の罹患が疑われる動物から採取された所定量の胆汁からエクソソームを分離回収する回収工程と、
前記回収工程で得られたエクソソームのホスファチジルコリンの量を測定する測定工程と、
前記測定工程で得られた測定値に基づいて、前記動物の胆管癌の罹患可能性を評価する評価工程と、
を有する、胆管癌罹患可能性の評価方法。
【請求項2】
前記評価工程において、前記測定値が、予め設定された基準値よりも大きい場合に、前記動物は胆管癌を罹患している可能性が高いと評価する、請求項1に記載の胆管癌罹患可能性の評価方法。
【請求項3】
前記測定工程において、ホスファチジルコリンの量を、液体クロマトグラフィー質量分析法により測定する、請求項1に記載の胆管癌罹患可能性の評価方法。
【請求項4】
前記測定工程において、ホスファチジルコリンの量を、酵素蛍光定量法により測定する、請求項1に記載の胆管癌罹患可能性の評価方法。
【請求項5】
前記回収工程において、胆汁からのエクソソームの分離回収を、超遠心法により行う、請求項1に記載の胆管癌罹患可能性の評価方法。
【請求項6】
前記動物がヒトである、請求項1に記載の胆管癌罹患可能性の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、胆汁を検体として、胆管癌を、胆管狭窄をきたす良性疾患と鑑別して検出する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
胆管癌は、初期症状が乏しく、早期発見が困難な上に、化学療法抵抗性のため、5年生存率が7~20%と予後不良な悪性腫瘍である(非特許文献1)。また、胆管狭窄をきたす良性疾患との鑑別、具体的には、原発性硬化性胆管炎やIgG4関連硬化性胆管炎、術後胆管狭窄等との鑑別が困難であるという問題がある。例えば、胆管癌の術前診断として行われる非侵襲的な検査として、血液中の腫瘍マーカーであるCEAやCA19-9を測定することが行われているが、感度も特異度も低く、その有用性は限定的である。胆管狭窄の評価は、CT(コンピュータ断層撮影)やMRI(磁気共鳴画像)などの画像検査でもできるが、確定診断には至らない。確定診断のための正確な組織生検は、胆管の解剖学的特徴のため難しく、さらに、胆汁細胞診の感度は20%と満足のいくものではない。一方で、確定診断に至らず手術を行った結果、術後病理診断で胆管癌ではなく良性胆管狭窄と分かることがある。このように、胆管癌と胆管狭窄をきたす良性疾患とを鑑別することは極めて重要であるものの、未だ問題点が多い状況である。
【0003】
一方で、被験者の負担軽減の点から、目的の疾患の発症の有無の検出や発症の可能性の評価は、できるだけ低侵襲なサンプルから調べられることが好ましい。そこで、侵襲性の低さから、血液や尿などの体液を用いた検査であるリキッドバイオプシーによる癌検査が試みられている。その候補として、血中循環腫瘍細胞(CTC)やセルフリー核酸、エクソソームが注目されている。しかし、CTCは、血液中のEpCAM(上皮細胞接着因子)陽性の細胞を癌細胞として検出しているが、その検出率は25%程度と低い(非特許文献2)。また、血漿中のセルフリー核酸をバイオマーカーとした癌検査も試みられているが、セルフリー核酸は、アポトーシスやネクローシスを通じて血中に流出したものであるため、早期癌には不向きである(非特許文献3)。
【0004】
全ての細胞は、エクソソーム(exosome)と呼ばれる脂質二重膜に包まれた細胞外小胞を分泌していると言われている。このエクソソームの中には、細胞由来のタンパク質、核酸、脂質などの様々な生体成分が含まれており、様々な疾患のバイオマーカーとして注目されている。例えば、正常細胞から放出されるエクソソームと癌細胞から放出されるエクソソームは、脂質組成が異なると言われている(非特許文献4)。エクソソームは胆汁など多くの体液に含まれており、早期癌でも検出可能であって、感度・特異度も高いと言われている。さらに、胆汁は、既存の手技でもある内視鏡的逆行性胆管ドレナージチューブにより採取が可能な検体である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Blechacz,et al.,Nature Reviews Gastroenterology & Hepatology,2011,vol.8(9),p.512-522.
【非特許文献2】Macias,et al.,Liver International, 2019, vol.39, p.108-122.
【非特許文献3】Rizzo,et al.,CANCER GENOMICS & PROTEOMICS, 2020, vol.17, p.441-452.
【非特許文献4】Skotland, et al., Progress in Lipid Research,2017,vol.66,p.30-41.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、胆汁を検体として、胆管癌の罹患可能性を、胆管狭窄をきたす良性疾患と鑑別して評価する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、胆管癌の患者群と、胆管結石などの胆道炎症を伴う良性疾患の患者群について、胆汁中のエクソソームの脂質組成を分析したところ、胆管癌患者群では、良性疾患患者群よりも、全脂質組成に対するホスファチジルコリン(PC)の含有量が有意に高く、胆汁エクソソームのホスファチジルコリンが胆管癌バイオマーカーとなり得ることを見出し、本発明を完成させた。
【0008】
すなわち、本発明は、以下の通りである。
[1] 胆管癌の罹患可能性を評価する方法であって、
胆管癌の罹患が疑われる動物から採取された所定量の胆汁からエクソソームを分離回収する回収工程と、
前記回収工程で得られたエクソソームのホスファチジルコリンの量を測定する測定工程と、
前記測定工程で得られた測定値に基づいて、前記動物の胆管癌の罹患可能性を評価する評価工程と、
を有する、胆管癌罹患可能性の評価方法。
[2] 前記評価工程において、前記測定値が、予め設定された基準値よりも大きい場合に、前記動物は胆管癌を罹患している可能性が高いと評価する、前記[1]の胆管癌罹患可能性の評価方法。
[3] 前記測定工程において、ホスファチジルコリンの量を、液体クロマトグラフィー質量分析法により測定する、前記[1]又は[2]の胆管癌罹患可能性の評価方法。
[4] 前記測定工程において、ホスファチジルコリンの量を、酵素蛍光定量法により測定する、前記[1]又は[2]の胆管癌罹患可能性の評価方法。
[5] 前記回収工程において、胆汁からのエクソソームの分離回収を、超遠心法により行う、前記[1]~[4]のいずれかの胆管癌罹患可能性の評価方法。
[6] 前記動物がヒトである、前記[1]~[5]のいずれかの胆管癌罹患可能性の評価方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係る胆管癌罹患可能性の評価方法は、胆管癌の罹患可能性を、従来は鑑別が非常に困難であった胆管狭窄を伴う良性疾患と区別して、評価することができる。また、胆汁を検体とするため、本発明により、組織生検よりも低侵襲で胆管癌の罹患可能性を評価できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】実施例1において、悪性群のエクソソームサンプルをナノ粒子解析した結果を示した図である。
【
図2】実施例1において、悪性群のエクソソームサンプルのネガティブ染色の電子顕微鏡画像である。
【
図3】実施例1において、悪性群のエクソソームサンプルの抗CD63抗体(右図)と抗TSG101抗体(左図)を用いたウェスタンブロッティングの染色画像である。
【
図4】実施例1において、悪性群と良性群のエクソソームサンプルから同定された脂質分子種のVolcano plotを示した図である。
【
図5】実施例1において、悪性群と良性群のエクソソームサンプルから同定された脂質クラスのVolcano plotを示した図である。
【
図6】実施例1において、悪性群と良性群のエクソソームサンプルから同定された脂質クラスのスパース判別分析の結果を示した図である。
【
図7】実施例1において、悪性群と良性群のエクソソームサンプルの脂質組成割合を示した図である。
【
図8】実施例1において、ホスファチジルコリンの信号強度による良性群と悪性群の鑑別のROC曲線を示した図である。
【
図9】実施例1において、各エクソソームサンプルのホスファチジルコリンの信号強度と、エクソソームのサイズとの関係をプロットした図である。
【
図10】実施例1において、各エクソソームサンプルのLC-MSによるホスファチジルコリンの信号強度と、同サンプルの測定キットによるホスファチジルコリンの濃度との関係をプロットした図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
胆管癌に罹患した動物では、胆管狭窄を伴う良性疾患に罹患している動物よりも、所定量の胆汁当たりに含まれている胆汁エクソソームのホスファチジルコリン量が有意に多くなる。この点を利用して、本発明に係る胆管癌罹患可能性の評価方法(以下、「本発明に係る胆管癌評価方法」ということがある)は、胆汁エクソソームのホスファチジルコリンを胆管癌のバイオマーカーとして使用する。所定量の胆汁当たりの胆汁エクソソームのホスファチジルコリン量が、胆管癌罹患者において、他の良性疾患罹患者よりも多くなる理由は明らかではないが、癌細胞由来エクソソームは多くの情報伝達物質を含むため、エクソソームのサイズが大きくなり、これに伴い脂質二重膜の構成成分であるホスファチジルコリン量も多くなる、と推察される。
【0012】
胆管癌と胆管狭窄を伴う良性疾患とは、胆管狭窄による黄疸や炎症などの症状が共通している。さらに、従来の細胞診や、CEAやCA19-9等の血中腫瘍マーカーでは検査の感度が低く、胆管癌と胆管狭窄を伴う良性疾患との鑑別は非常に困難である。これに対して、胆汁エクソソームのホスファチジルコリン量は、胆管癌罹患者では、良性疾患罹患者よりも顕著に多くなる。このため、本発明に係る胆管癌評価方法は、従来の細胞診や、CEAやCA19-9等の血中腫瘍マーカーよりも、高精度に胆管癌の罹患可能性を評価できる。
【0013】
本発明に係る胆管癌評価方法は、胆管癌の罹患可能性を評価する方法であって、下記の工程を有する。
胆管癌の罹患が疑われる動物から採取された所定量の胆汁からエクソソームを分離回収する回収工程と、
前記回収工程で得られたエクソソームのホスファチジルコリンの量を測定する測定工程と、
前記測定工程で得られた測定値に基づいて、前記動物の胆管癌の罹患可能性を評価する評価工程。
【0014】
「胆管癌の罹患が疑われる動物」とは、黄疸や胆管狭窄、炎症などの胆管癌でみられる各種症状のうちの1つが観察された動物である。本発明に係る胆管癌評価方法により評価される対象の「胆管癌の罹患が疑われる動物」としては、ヒトであってもよく、非ヒト動物であってもよい。非ヒト動物の生物種は特に限定されるものではなく、例えば、マウス、ラット、ウサギ、モルモット、ハムスター、サル、ヒツジ、ウマ、ウシ、ブタ、ロバ、イヌ、ネコ等の家畜や実験動物が挙げられる。本発明に係る胆管癌評価方法により評価される対象の動物としては、ヒト、家畜、実験動物が好ましく、ヒトがより好ましい。なお、胆管癌の罹患が疑われていない動物に対しても、本発明に係る胆管癌評価方法により、胆管癌の罹患可能性を評価することができる。
【0015】
胆管癌の罹患が疑われる動物からの胆汁の採取は、内視鏡的逆行性胆管ドレナージチューブを用い、常法により採取することができる。採取された胆汁は、採取から直ちにエクソソームの分離回収を行ってもよく、エクソソームの分離回収を行う前に、冷蔵又は冷凍保存しておいてもよい。
【0016】
本発明に係る胆管癌評価方法では、まず、回収工程において、所定量の胆汁から、エクソソームを分離回収する。エクソソームを胆汁から分離回収する方法は、特に限定されるものではなく、体液検体からエクソソームを分離回収する際に使用される各種の回収方法を適宜使用することができる。当該方法としては、例えば、超遠心法、スクロースクッション法、密度勾配遠心法、エクソソームの表面タンパク質に対する抗体を被覆したビーズを利用した免疫法等が挙げられる。これらの方法は常法により行うことができる。
【0017】
次いで、測定工程として、回収工程で得られたエクソソームのホスファチジルコリンの量を測定する。エクソソームのホスファチジルコリンの量を測定する方法は、特に限定されるものではなく、血漿や血清、細胞懸濁物などの生物試料中のホスファチジルコリンの量を測定する際に使用される各種の測定方法を適宜使用することができる。例えば、回収工程で得られたエクソソームから脂質を抽出した後、抽出した脂質画分中のホスファチジルコリンを、各種の方法で測定することができる。生物試料からの脂質抽出は、例えば、BlighDyer法が挙げられる。脂質画分中のホスファチジルコリンは、液体クロマトグラフィー質量分析法や酵素蛍光定量法、薄層クロマトグラム(TLC)法などの各種の方法により定量的に測定することができる。また、市販のホスファチジルコリン定量キットを使用してもよい。市販のホスファチジルコリン定量キットを用いることで、幅広い施設での実施が可能になる。
【0018】
その後、評価工程において、測定工程で得られた測定値に基づいて、前記動物の胆管癌の罹患可能性を評価する。例えば、胆管癌患者群と良性疾患群とを識別するための基準値を予め設定しておき、測定工程で得られた測定値が当該基準値よりも大きい場合に、前記動物は胆管癌を罹患している可能性が高いと評価することができる。
【0019】
当該基準値は、胆管癌患者群と良性疾患群の所定量の胆汁中の胆汁エクソソームのホスファチジルコリン量を測定し、両群を区別することができる閾値として実験的に求めることができる。具体的には、両群を区別することができる閾値は、一般的な統計学的手法によって求められる。下記にその例を示すが、本発明における基準値の決め方はこれらに限定されるものではない。
【0020】
基準値の求め方の一例としては、例えば、まず、組織生検等で胆管癌に罹患していることが確定診断された患者について、所定量の胆汁に含まれている胆汁エクソソームのホスファチジルコリン量を測定する。複数の患者について測定した後に、その平均値又は中央値などによりこれらの患者群のホスファチジルコリン量を代表する数値を算出する。同様に、組織生検等で胆管癌に罹患しておらず、その他の良性疾患に罹患していることが確定診断された複数の患者についても、所定量の胆汁に含まれている胆汁エクソソームのホスファチジルコリン量を測定し、その平均値又は中央値などによりこれらの患者群のホスファチジルコリン量を代表する数値を算出する。次いで、各患者群の胆汁エクソソームのホスファチジルコリン量を代表する数値とばらつきをそれぞれ算出した後、ばらつきも考慮して、胆管癌患者群と良性疾患患者群の両数値が区別されるような閾値を求め、これを基準値とすることができる。
【0021】
胆汁エクソソームのホスファチジルコリン量は、従来非常に困難であった良性疾患との鑑別を可能にする胆管癌バイオマーカーである。このため、本発明に係る胆管癌評価方法により、CTやMRIなどの画像検査で胆管狭窄が認められたが、確定診断には至らず、術後病理診断で良性疾患であったことが判明する症例を減らすことができる。また、胆管癌の罹患を精度良く検出できるため、手術時期を逸することなく、早期に適切な治療を行うことも可能となる。
【実施例0022】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0023】
[実施例1]
胆管癌患者群と良性疾患患者群について、胆汁中のエクソソームの脂質組成を比較し、エクソソームの脂質組成変化が胆管癌のバイオマーカーとなるかを調べた。
【0024】
<胆汁サンプル>
組織診・細胞診で胆管癌が確定診断された患者7例(悪性群)と、総胆管結石などの胆道炎を発症した良性疾患の患者8例(良性群)から、内視鏡的逆行性胆管ドレナージチューブからヒト胆汁を採取した。両群ともに、炎症が落ち着いた時期(又は、抜去直前)に採取した胆汁を、胆汁サンプルとした。各胆汁サンプルは、採取後-80℃で保存し、全てのサンプルが集まった後、一斉に解析された。
【0025】
なお、全ての患者サンプルは浜松医科大学医学部附属病院のものを使用した。本研究は、浜松医科大学倫理委員会の承認を得て行われた。
【0026】
【0027】
【0028】
各群の患者背景を表1に、血液検査結果を表2に示す。胆汁細胞診は、クラス4及び5を陽性とした。悪性群の細胞診の陽性率は28%であり、既報通り低かった。また、良性群で一部データが欠損しているが、血清中及び胆汁中のCEA及びCA19-9の濃度は、両群で有意差はなかった。両群の背景ではCRPのみが、良性群で有意に高かった(P=0.004)。
【0029】
<エクソソームの抽出>
胆汁1mLからのエクソソームの抽出は、超遠心機器「Optima XE-90 Ultracentrifuge」(Beckman Coulter社製)を用いた超遠心法により行った。具体的には、胆汁1mLを、2,000×gで10分間遠心処理した後の上清を、さらに10,000×gで70分間遠心処理した。0.22μLフィルターを用いてフィルター濾過した後、100,000×gで70分間遠心処理した後、上清を破棄し、PBSを加えてさらに100,000×gで70分間遠心処理した。得られた上清を破棄した上で、沈殿に100μLのPBSを加え、これをエクソソームサンプルとして回収した。
【0030】
<エクソソームの存在確認>
エクソソームサンプル中のエクソソームの存在確認を、ナノ粒子解析、電子顕微鏡観察、及びウェスタンブロットにより行った。
【0031】
回収したエクソソームサンプルを、粒子のブライン運動を元にしたナノ粒子解析によって解析し、粒子数とサイズを測定した。ナノ粒子解析は、ナノ粒子解析システム「NanoSight」(QUANTUM DESIGN社製)を用いて行った。この結果、両群ともに、100nmから200nm付近にピークのある粒子群が観察された。悪性群のエクソソームサンプルの測定結果を
図1に示す。
【0032】
回収したエクソソームサンプルをネガティブ染色して電子顕微鏡で観察し、エクソソームの形態を評価した。電子顕微鏡で、100nm程度の大きさの粒子が確認できた。悪性群のエクソソームサンプルのネガティブ染色の電子顕微鏡画像を
図2に示す。
図2中、スケールバーは100nmを示す。
【0033】
回収したエクソソームサンプルに対してウェスタンブロッティングを行い、エクソソーム特有に発現するタンパク質であるCD63とTSG101の存在を確認した。なお、ウェスタンブロッティングには、抗CD63抗体(Thermo Fisher Scientific社製)と抗 TSG101抗体(Abcam社製)とを用いた。この結果、両群ともに、ウェスタンブロッティングにて、エクソソームサンプル中にCD63(60kDa)とTSG101(50kDa)の存在が確認された。悪性群のエクソソームサンプルのウェスタンブロッティングの染色画像を
図3(左図:抗TSG101抗体、右図:抗CD63抗体)に示す。
【0034】
<エクソソームの粒子数とサイズ>
各群のエクソソームサンプルのナノ粒子解析の結果を表3に示す。粒子数は両群間で有意差は認められなかったが、粒子サイズは、悪性群で有意に大きかった。
【0035】
【0036】
<エクソソームからの脂質抽出>
エクソソームからの脂質抽出は、BlighDyer法により行った。手技による検体間でのばらつきを補正するための内部標準としてホスファチジルコリン(12:0_12:0)を使用した。まず、エクソソーム分画が含まれる溶液を、メタノール、クロロフォルム、及び酢酸と混合した。混和後、10分間室温で放置し、さらにクロロフォルムと酢酸を順次加え、水層と有機層に2層化させた。次いで、有機層のみを回収し、ロータリーエバポレーター(Ipswich社製)で乾燥させ、-80℃で保存した。
【0037】
<脂質組成解析>
各群のエクソソームサンプルから抽出された脂質サンプルに対して、液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)により脂質の分離・マススペクトル解析を行った。乾燥させたエクソソームサンプルをメタノールで溶解し、質量分析計(「Q Exactive」、Thermo Scientific社製)とHPLCシステム(「Ultimate 3000 system」、Thermo Scientific社製)に注入した。カラムは、C18カラム(「Acculaim(登録商標) 120 C18 column」、Thermo Scientific社製、150mm×2.1mm、3μm)を用いた。移動相Aの成分は、水/アセトニトリル/メタノール(2:1:1(v/v/v))、5mM ギ酸アンモニウム、及び0.1% ギ酸からなる混合溶媒とし、移動相Bは、アセトニトリル/イソプロパノール(1:9(v/v))、5mM ギ酸アンモニウム、及び0.1% ギ酸からなる混合溶媒とした。溶出時の流速は、300μL/分に設定した。移動相A80%、移動相B20%で開始し、開始から50分後で移動相Bが100%になるように直線的に増加させた。そのまま60分後まで移動相B100%で維持し、60分後から60.1分後で移動相Bを20%まで直線的に減少させ、最後の10分間は移動相B20%で終了させた。全体のランタイムは70分間であった。溶出時の流速は、300μL/分に設定した。MS設定条件は、シースガス流量は50、補助流量は15、スイープガス流量は0、キャピラリー温度は250℃、Sレンズ RFはレベル50、フローブヒーター温度は350℃、スプレー電圧は3.5kv(ポジティブモード)及び2.5kv(ネガティブモード)とした。解析ソフトウェア(「Xcalibur(登録商標) v3.0 Software」、Thermo Scientific社製)を用いて、220~2000m/zの範囲でスペクトルデータを取得した。
【0038】
マススペクトル解析の解析データから、脂質同定ソフトウェア「Lipidsearch」(http://lipidsearch.jp/)により、脂質分子種の同定を行った。同定に使用したパラメータ設定は、データベースHCDを用いて、保持時間は0.01分間、検索タイプはproduct_QEX、前駆体許容量は5.0ppm、プロダクト許容量は8.0ppmとした。同定品質フィルターは、A、B、及びCとした。定量は、m/zトレランス±0.01、保持時間-1.0分~2.0分で行った。15件の同定された脂質種について、保持時間の許容誤差を0.6としてアライメントを行った。
【0039】
Lipidsearchを用いた脂質同定により、1525種類の分子種が検出された。次いで、Volcano plot及びスパース判別分析により、悪性群で有意に上昇している脂質を同定した。
【0040】
図4に、同定された脂質分子種のVolcano plotを示す。悪性群で発現量が2倍以上で有意差を持っていた分子種が209種類あった。逆に、悪性群で発現量が1/2倍以下に低下した分子種は25種類あった。発現量の変化の大きかった分子種としては、悪性群で増加しているものとして、様々な分子種のホスファチジルコリンが多く認められた。
【0041】
そこで、各分子種ではなく、脂質クラスごとに改めてVolcano plotを作成し、
図5に示す。この結果、ホスファチジルコリン(PC)、メチルホスファチジルコリン(MePC)が、悪性群で有意に高かった。
【0042】
図6に、スパース判別分析の結果を示す。
図6(A)は、目的変数を良悪性、説明変数を脂質クラスとしたものであり、横軸は「Component1」、縦軸は「Component2」としたスコアプロットを示す。
図6(B)は、「Component1」の因子負荷量を示した図である。
図6(B)中、「Pet」はホスファチジルエタノール、「MePC」はメチルホスファチジルコリン、「PC」はホスファチジルコリン、「TG」はトリグリセリド、「SPH」はスフィンゴシン、「Pme」はホスファチジルメタノール、「PE」ホスファチジルエタノールアミンは、「ChE」はコレステロールエステル、「BisMePE」はビスメチルホスファチジルエタノールアミン、「DG」はジグリセリドを表す。
図6(A)に示すように、目的変数を良悪性、説明変数を脂質クラスとした場合、良悪性が綺麗に分別された。また、良悪性を分別する要素として、ホスファチジルコリンとメチルホスファチジルコリンの割合が高かった(
図6(B))。
【0043】
図7に、悪性群のエクソソームサンプルと良性群のエクソソームサンプルの脂質組成割合を示す。両群のエクソソームサンプルの脂質組成割合を比較したところ、悪性群では良性群に比べて、ホスファチジルコリンの割合が高かった。
【0044】
LC-MSにおけるホスファチジルコリンの信号強度を用いて、良悪性の鑑別を試みた。各エクソソームサンプルのホスファチジルコリンの信号強度を表4に示す。表4に示すように、ホスファチジルコリンの信号強度は、悪性群のほうが良性群よりも有意に大きかった。
【0045】
【0046】
また、ホスファチジルコリンの信号強度による良性群と悪性群の鑑別について、縦軸を感度、横軸を(1-特異度)としてプロットしたROC曲線を
図8に示す。この結果、ROC曲線のAUCは0.857であり、ホスファチジルコリン信号強度(面積値)6.67×10
10をカットオフ値に設定したところ、良悪性の鑑別能は、感度0.714、特異度1.000となった。この値は、従来の胆汁細胞診による診断能を大幅に凌駕するものであった。すなわち、胆汁中のエクソソームのホスファチジルコリンの信号強度をバイオマーカーとすることにより、胆管癌を、胆管狭窄をきたす良性疾患と、高い精度で判別できることが分かった。
【0047】
各エクソソームサンプルのホスファチジルコリンの信号強度と、エクソソームのサイズとの関係をプロットした図を
図9に示す。両者の相関を評価したところ、正の相関関係にあった(相関係数:0.575)。一方、良悪性背景で有意差のあったCRPとホスファチジルコリンの信号強度の相関関係は認められなかった(相関係数:-0.136)。
【0048】
更に臨床応用に向けて、酵素蛍光定量法によるホスファチジルコリン測定キット(「STA-600」、Cell Biolabs社製)を用い、手技の簡便化をはかった。酵素蛍光定量法では、まず、ホスファチジルコリンを、ホスホリパーゼDにより、コリンとホスファチジン酸に加水分解する。このコリンを、コリンオキシダーゼにより酸化して、過酸化水素を生成する。この過酸化水素と蛍光基質プローブを、ホースラディッシュペルオキシダーゼにより反応させて、蛍光基質プローブから蛍光を発生させる。この生じた蛍光量が、ホスファチジルコリン量を反映する。
【0049】
各エクソソームサンプルから抽出した脂質サンプルについて、ホスファチジルコリン測定キットを用いて、製造者による指示書に従い、ホスファチジルコリン濃度を測定した。この結果、ROC曲線のAUCは0.839となった。また、ホスファチジルコリン濃度16.1μg/mLをカットオフ値とした場合に、感度0.714、特異度1.00であり、LC-MSと同様の精度が得られた。また、
図10に、LC-MSにおけるホスファチジルコリンの信号強度とホスファチジルコリン測定キットによるホスファチジルコリンの濃度との関係をプロットした図を示した。
図10によれば、各エクソソームサンプルのLC-MSによるホスファチジルコリンの信号強度と、同サンプルの測定キットによるホスファチジルコリンの濃度とは、強い正の相関関係にあった(相関係数:0.721)。