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特開2024-77441核酸の立体構造を制御する方法及びその用途、並びに、細胞内分子クラウディング環境を再現するための組成物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024077441
(43)【公開日】2024-06-07
(54)【発明の名称】核酸の立体構造を制御する方法及びその用途、並びに、細胞内分子クラウディング環境を再現するための組成物
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/68 20180101AFI20240531BHJP
   C12N 11/00 20060101ALI20240531BHJP
   C12N 15/115 20100101ALI20240531BHJP
【FI】
C12Q1/68 100Z
C12N11/00
C12N15/115 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】20
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022189538
(22)【出願日】2022-11-28
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】397022911
【氏名又は名称】学校法人甲南学園
(74)【代理人】
【識別番号】110003074
【氏名又は名称】弁理士法人須磨特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】建石 寿枝
(72)【発明者】
【氏名】川内 敬子
(72)【発明者】
【氏名】高橋 俊太郎
(72)【発明者】
【氏名】杉本 直己
【テーマコード(参考)】
4B033
4B063
【Fターム(参考)】
4B033NA15
4B033NA16
4B033NA17
4B033NC01
4B033ND20
4B033NF10
4B033NG05
4B033NH02
4B033NH10
4B063QA05
4B063QA20
4B063QQ08
4B063QQ09
4B063QQ42
4B063QQ52
4B063QR41
4B063QR90
4B063QS40
4B063QX10
(57)【要約】
【課題】細胞内のクラウディング環境により近い分子環境を有する実験系、及び、その用途を提供することを課題とする。
【解決手段】核酸の立体構造を制御するための方法であって、(1)細胞と固定化剤を含む溶液とを接触させ、前記細胞を固定化する工程と、(2)固定化された前記細胞と前記核酸を含む溶液とを接触させる工程、を含む方法、及び、これを用いた核酸と生体高分子の相互作用の評価方法並びに核酸と生体高分子の相互作用を促進又は抑制する物質のスクリーニング方法を提供することにより上記課題を解決する。また、固定化された細胞を含む、細胞内分子クラウディング環境を再現するための組成物を提供することにより上記課題を解決する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
核酸の立体構造を制御するための方法であって、
(1)細胞と固定化剤を含む溶液とを接触させ、前記細胞を固定化する工程と、
(2)固定化された前記細胞と前記核酸を含む溶液とを接触させる工程、
を含む方法。
【請求項2】
核酸と生体高分子の相互作用を評価するための方法であって、
(1)細胞と固定化剤を含む溶液とを接触させ、前記細胞を固定化する工程と、
(2)固定化された前記細胞と前記核酸を含む溶液とを接触させる工程、
(3)固定化された前記細胞と前記生体高分子を含む溶液とを接触させる工程、及び、
(4)固定化された前記細胞における前記核酸と前記生体高分子の相互作用を評価する工程、
を含む方法。
【請求項3】
核酸と生体高分子の相互作用を促進又は抑制する物質のスクリーニング方法であって、
(1)細胞と固定化剤を含む溶液とを接触させ、前記細胞を固定化する工程と、
(2)固定化された前記細胞と前記核酸を含む溶液とを接触させる工程、
(3)固定化された前記細胞と前記生体高分子を含む溶液とを接触させる工程、
(4)固定化された前記細胞と被験物質を含む溶液又は前記被験物質を含まない溶液とを接触させる工程、
(5)固定化された前記細胞における前記核酸と前記生体高分子の相互作用を評価する工程、及び、
(6)前記被験物質を含む溶液と接触させた場合と前記被験物質を含まない溶液と接触させた場合の評価結果を比較する工程、
を含む方法。
【請求項4】
前記核酸がDNAであり、前記生体高分子が前記DNAの転写のためのタンパク質であることを特徴とする請求項2又は3に記載の方法。
【請求項5】
前記核酸がDNAであり、前記生体高分子が前記DNAの複製のためのタンパク質であることを特徴とする請求項2又は3に記載の方法。
【請求項6】
前記核酸がRNAであり、前記生体高分子が前記RNAの逆転写のためのタンパク質であることを特徴とする請求項2又は3に記載の方法。
【請求項7】
前記核酸がRNAであり、前記生体高分子が前記RNAの翻訳のためのタンパク質であることを特徴とする請求項2又は3に記載の方法。
【請求項8】
前記核酸がアプタマーであることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
固定化された細胞を含む、細胞内分子クラウディング環境を再現するための組成物。
【請求項10】
さらに、前記細胞外から導入された少なくとも1つの核酸を含む、
請求項9に記載の組成物。
【請求項11】
さらに、前記細胞外から導入された少なくとも1つの生体高分子を含む、
請求項10に記載の組成物。
【請求項12】
前記核酸がDNAであり、前記生体高分子が前記DNAの転写のためのタンパク質である、請求項11に記載の組成物。
【請求項13】
さらに、前記DNAの転写のための添加物を含む、請求項12に記載の組成物。
【請求項14】
前記核酸がDNAであり、前記生体高分子が前記DNAの複製のためのタンパク質である、請求項11に記載の組成物。
【請求項15】
さらに、前記DNAの複製のための添加物を含む、請求項14に記載の組成物。
【請求項16】
前記核酸がRNAであり、前記生体高分子が前記RNAの逆転写のためのタンパク質である、請求項11に記載の組成物。
【請求項17】
さらに、前記RNAの逆転写のための添加物を含む、請求項16に記載の組成物。
【請求項18】
前記核酸がRNAであり、前記生体高分子が前記RNAの翻訳のためのタンパク質である、請求項11に記載の組成物。
【請求項19】
さらに、前記RNAの翻訳のための添加物を含む、請求項18に記載の組成物。
【請求項20】
前記核酸がアプタマーである、請求項10又は11に記載の組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、核酸の立体構造を制御する方法、並びに、これを用いた核酸と生体高分子の相互作用の評価方法及び核酸と生体高分子の相互作用を促進又は抑制する物質のスクリーニング方法に関する。また、本開示は、細胞内分子クラウディング環境を再現するための組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
核酸はワトソンークリック塩基対から成る二重らせん構造に加え、周囲の分子環境に応じて、フーグスティーン塩基対から成る三重らせん構造や四重らせん構造などの非二重らせん構造を形成し得ることが知られている。このような非二重らせん構造は、遺伝子の転写、翻訳、複製反応等の種々の生体反応に深く関わっていることが明らかになってきており、例えば、安定な非二重らせん構造が形成されると核酸の転写や翻訳が抑制されることが報告されている(例えば、非特許文献1)。非二重らせん構造を形成し得る塩基配列は、がんや神経変性疾患などの疾患関連遺伝子や、SARS-CoV2やHIV等のウイルスの遺伝子上にも数多く存在することが見出されており、細胞内において、これら遺伝子に関係する核酸が取り得る立体構造、ひいては、その機能を制御する方法の開発が世界的に活発に行われている(例えば、非特許文献2)。
【0003】
例えば、がん細胞は、染色体DNA末端のテロメア領域が異常に伸長されることで、不死化状態にあることが知られており、このような背景からテロメアの伸長反応を阻害する化合物が、がんの治療薬候補として盛んに研究されている。テロメアDNAは、グアニンが連続する配列(5‘―TTAGGG-3’)を有し、非二重らせん構造の一つであるグアニン四重らせん構造を形成し得ることが知られている。テロメアDNAが安定なグアニン四重らせん構造を形成すると、テロメア領域を伸長する酵素であるテロメラーゼの結合が阻害され、よって、テロメアの伸長反応が阻害される。抗がん剤として臨床研究が進められている低分子化合物であるテロメスタチン及びその誘導体は、核酸のテロメア領域のグアニン四重らせん構造に特異的に結合し、グアニン四重らせん構造を安定化することで、テロメアの伸長反応を阻害し、がん細胞の増殖を抑制することが知られている。
【0004】
このように細胞内における核酸の立体構造や機能を解析する研究が精力的に行われているが、これらの研究の大半は生体分子の濃度が僅か1mg/mL以下という細胞内の分子環境と比較して極めて希薄な溶液を用いた試験管内での実験に基づくものである。これに対して、細胞内においては、細胞の体積の約20~40%を占め、300~400mg/mLにも達する濃度の生体分子が存在する。このように分子が込み合った環境は分子クラウディング環境と呼ばれ、混在する分子(クラウディング分子)によって生じる立体障害のため、分子が占有できる体積が大幅に減少し、分子運動や分子構造が制限されることや、分子の活量が上昇すること、核酸の水和エネルギーが変化することなどが知られている。このように希薄溶液内とは全く異なる分子環境を有する細胞内においては、核酸やタンパク質などの生体高分子が希薄溶液内で観察される挙動とは異なる挙動を示すこともしばしばである。
【0005】
そこで、細胞内の分子環境、すなわち、多種多様な生体分子が高密度で混在した分子環境を模倣するため、合成高分子(例えば、ポリエチレングリコール)、多糖類(例えば、デキストランやフィコール)、タンパク質(例えば、ウシ血清アルブミン)、水溶性の低分子化合物(例えば、グリセロールや単糖類)などを高濃度で含有する水溶液を調製し、当該水溶液中で核酸やタンパク質の挙動を観察する手法が提案され、研究が進められている(例えば、非特許文献3)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】杉本直己著、「核酸の四重鎖構造およびその構造を安定化する分子による転写および翻訳の制御」、Bulletin of Japan Society of Coordination Chemistry, 2015, Vol. 65, p. 23-29.
【非特許文献2】山崎智彦、TU Ti Tram Anh著、「グアニン四重鎖構造形成オリゴ核酸の構造評価と核酸医薬品への応用」、Drug Delivery System、2021年、36巻、5号、p. 360-368.
【非特許文献3】中野修一、杉本直己著「分子クラウディング環境は生命分子の物性と機能をいかに変えるか」、生物物理、2006年、46巻、5号、p. 251-256.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
合成高分子や多糖類、タンパク質、低分子化合物などを高濃度で含有するクラウディング溶液は比較的容易に調製することができるという利点があるものの、このようなクラウディング環境は脂質二重膜を有する細胞小器官や、細胞骨格、その他のタンパク質など様々な分子が存在する細胞内の分子環境と比すれば極めて均質であると考えられる。実際、合成高分子などを高濃度で含有させることにより再現されたクラウディング溶液中において観察される核酸の転写・翻訳挙動が、生細胞内において観察される核酸の転写・翻訳挙動が一致しないこともしばしばであり、細胞内のクラウディング環境により近い分子環境を有する実験系の構築が強く望まれていた。本発明はこのような従来技術の課題に鑑みて為されたものであり、ある一側面において、細胞内のクラウディング環境により近い分子環境を有する実験系、及び、その用途を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意研究努力を重ねる過程において、細胞内の分子環境を一から構築するのではなく、できるだけそのまま利用することができれば、細胞内と同等の複雑な分子環境を有する実験系を構築することができるのではないかと考え、生細胞をアルコール等の固定化剤により処理することにより得られる固定化細胞、すなわち、細胞骨格などの内在性の生体分子を不溶化させるとともに低分子を細胞から漏出させて得られた構造体を反応場として用いるという着想を得た。そこで、固定化細胞に対し、細胞外から核酸を導入し、固定化細胞内において、導入した核酸の立体構造を評価したところ、驚くべきことに、細胞内の立体構造と極めて良く一致する立体構造が形成され得ることを見出した。
【0009】
すなわち、本発明はある一側面において、核酸の立体構造を制御するための方法であって、
(1)細胞と固定化剤を含む溶液とを接触させ、前記細胞を固定化する工程と、
(2)固定化された前記細胞と前記核酸を含む溶液とを接触させる工程、
を含む方法を提供することにより上記課題を解決するものである。本発明者らが見出した知見によれば、固定化剤を含む溶液と細胞を接触させることにより得られた固定化細胞内の分子環境は生細胞内の分子クラウディング環境と近似しており、当該固定化細胞における核酸の立体構造及びその安定性は、生細胞における核酸の立体構造及びその安定性をよく反映し得る。
【0010】
また、本発明は他のある一側面において、核酸と生体高分子の相互作用を評価するための方法であって、
(1)細胞と固定化剤を含む溶液とを接触させ、前記細胞を固定化する工程と、
(2)固定化された前記細胞と前記核酸を含む溶液とを接触させる工程、
(3)固定化された前記細胞と前記生体高分子を含む溶液とを接触させる工程、及び、
(4)固定化された前記細胞における前記核酸と前記生体高分子の相互作用を評価する工程、
を含む方法を提供することにより上記課題を解決するものである。ここで、生体高分子は、例えば、タンパク質及び/又は核酸であり得る。上述したとおり、核酸の立体構造及びその安定性は、核酸と核酸の相互作用や核酸とタンパク質の相互作用に影響を与え、これにより核酸が関与する種々の生体反応、例えば、転写、翻訳、複製、逆転写、核酸とタンパク質の凝集、核酸同士の凝集などに重要な影響を及ぼすことが知られている。生細胞における分子クラウディング環境、ひいては当該環境における核酸の立体構造及びその安定性をよく再現し得る本発明者らが見出した上記方法によれば、生細胞において起こり得る核酸と生体高分子の相互作用を簡便に評価し得る。
【0011】
また、上述したとおり、核酸と生体高分子の相互作用はがんや神経変性疾患、SARS-CoV2やHIV等の様々な疾患において重要な創薬ターゲットとされている。生細胞における分子クラウディング環境を再現し、ひいては、生細胞における核酸と生体高分子の相互作用をも再現し得る本発明者らが見出した上記方法によれば、生細胞内において核酸と生体高分子の相互作用を促進又は抑制し得る物質を簡易迅速にスクリーニングし得る。すなわち、本発明は、ある別の一側面において、核酸と生体高分子の相互作用を促進又は抑制する物質のスクリーニング方法であって、
(1)細胞と固定化剤を含む溶液とを接触させ、前記細胞を固定化する工程と、
(2)固定化された前記細胞と前記核酸を含む溶液とを接触させる工程、
(3)固定化された前記細胞と前記生体高分子を含む溶液とを接触させる工程、
(4)固定化された前記細胞と被験物質を含む溶液又は前記被験物質を含まない溶液とを接触させる工程、
(5)固定化された前記細胞における前記核酸と前記生体高分子の相互作用を評価する工程、及び、
(6)前記被験物質を含む溶液と接触させた場合と前記被験物質を含まない溶液と接触させた場合の評価結果を比較する工程、
を含む方法を提供することにより上記課題を解決するものである。
【0012】
なお、上述した方法に用いられ得る核酸と生体高分子の種類に特段の制限はないが、例えば、前記生体高分子は核酸及び/又はタンパク質であり得る。より具体的に言えば、細胞内におけるDNAの転写反応を評価対象とする場合には、DNA及び当該DNAの転写のためのタンパク質の組み合わせであり得、細胞内におけるDNAの複製反応を評価対象とする場合には、DNA及び当該DNAの複製のためのタンパク質の組み合わせであり得、細胞内におけるRNAの翻訳反応を評価対象とする場合には、RNA及び当該RNAの翻訳のためのタンパク質の組み合わせであり得、細胞内におけるRNAの逆転写反応を評価対象とする場合には、RNA及び当該RNAの逆転写のためのタンパク質の組み合わせであり得る。また、アプタマーと当該アプタマーと結合し得るタンパク質の組み合わせであっても良い。しかしながら、本発明に用いられ得る核酸と生体高分子の組み合わせはこれらに制限されず、例えば、グアニン四重らせん構造形成配列を有するDNAやRNAと、FUS(Fused in Sarcoma)、TDP-43 (TAR DNA-binding 43kDa protein)などの筋萎縮性側索硬化症(ALS)関連RNA結合タンパク質であっても良い。
【0013】
以上説明したとおり、細胞と固定化剤を含む溶液とを接触させることにより固定化された細胞は、細胞内分子クラウディング環境を再現するために有利に用いられ得るものであり、疑似細胞とも言うべきものである。当該細胞は、生細胞内において起こり得る核酸が関与する種々の生体反応を再現し、当該生体反応を研究または当該生体反応をターゲットとした創薬のために有利に用いられ得る。ある好適な一態様において、固定化された細胞は、当該細胞を含む組成物として提供されることができ、当該組成物は、細胞内分子クラウディング環境を再現するための組成物として有利に用いられ得る。すなわち、本発明は、ある別の一側面において、固定化された細胞を含む、細胞内分子クラウディング環境を再現するための組成物を提供することにより上記課題を解決するものである。このような組成物は、例えば、キットの形態で提供され得る。
【発明の効果】
【0014】
本発明の一側面に係る方法、又は、組成物によれば、生細胞内の分子クラウディング環境において形成され得る核酸の立体構造及びその安定性や、生細胞内の分子クラウディング環境において起こり得る核酸が関与する種々の生体反応を容易に評価し得る。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】SHELLの調製手順を示す概念図である。
図2】(a)生細胞内におけるマイクロインジェクションされた蛍光標識DNAの状態を示す模式図、及び(b)蛍光顕微鏡画像である。(c)蛍光標識DNAをマイクロインジェクションした細胞をメタノールに浸漬した際の状態変化を示す模式図、及び(d)メタノールに浸漬後の細胞の蛍光顕微鏡画像である。(e)細胞をさらに非イオン性界面活性剤に浸漬した際の状態変化を示す模式図、及び(f)非イオン性界面活性剤に浸漬後の細胞の蛍光顕微鏡画像である。(g)図(b)、図(d)、及び図(f)において白線で示した断面における蛍光標識DNAに由来する蛍光強度分布を示す図である。
図3】F-アクチン及びNF-κBを免疫染色したSHELLの共焦点レーザー顕微鏡画像である。
図4】(a)SHELLの模式図、及び(b)蛍光顕微鏡画像である。(c)蛍光標識DNA(F-ssDNA)と接触させた状態におけるSHELLの状態を示す模式図、及び(d)蛍光顕微鏡画像である。(e)蛍光標識DNA(F-ssDNA)と接触させ、緩衝液で洗浄した後のSHELLの状態を示す模式図、及び(f)蛍光顕微鏡画像である。(g)図(b)及び図(f)で白線で示した断面における蛍光標識DNAに由来する蛍光強度分布を示す図である。
図5】(a)FRETによるグアニン四重らせん構造の形成のモニタリングのメカニズムを示す概念図である。(b)希薄溶液(50mM Tris-HCl、100mM KCl、pH7.2)及び(c)クラウディング溶液(50mM Tris-HCl、100mM KCl、10wt% PEG 200、pH7.2)におけるF-ssDNA、F-t1、F-t2、及びF-t3のFRET効率を示す図である。(d)上記希薄溶液と同じ組成の緩衝液(50mM Tris-HCl、100mM KCl、pH7.2)で置換されたSHELLにおけるF-ssDNA、F-t1、F-t2、及びF-t3のFRET効率を示す図である。
図6】(a)F-t1又は(b)F-ssDNAをマイクロインジェクションしたHeLa細胞の蛍光画像である。蛍光画像の撮影はマイクロインジェクションから30分後に行った。(c)F-t1又はF-ssDNAをマイクロインジェクションしたHeLa細胞の一部(a´及びb´で示される領域)における蛍光スペクトルを示す図である。(d)HeLa細胞における各オリゴヌクレオチドのFRET効率を示す図である。実験結果は10の蛍光スペクトルから得られた平均値±標準偏差として示した。
図7】(a)テンプレートDNAの構成を示す概念図である。RNAポリメラーゼ結合部位は、グアニン四重らせん構造形成配列(X)から35塩基離れた位置に位置している。(b)テンプレートDNAにおける領域Xの塩基配列を示す図である。(c)HeLa細胞、(d)希薄溶液、(e)10wt%のPEG200を含むクラウディング溶液、及び(f)SHELLにおける各テンプレートDNAの転写効率を示す図である。ランオフ転写産物の定量はqRT-PCRにより行い、実験結果は3つの独立した試験の結果から得られた平均値±標準偏差として示した。
図8】(a)プローブDNAによる転写産物の定量方法を表す概念図である。(b)in vitroの希薄溶液及び(c)SHELLにおけるT3プラスミド及びLinearプラスミドの転写効率をプローブDNAを用いてモニタリングした結果を示す図である。
図9】実験に用いた核酸の塩基配列を示す図である。
図10】スクリーニング実験に用いた化合物を示す図である。
図11】スクリーニング実験に用いた化合物を示す図である。
図12】スクリーニング実験に用いた化合物を示す図である。
図13】スクリーニング実験に用いた化合物を示す図である。
図14】スクリーニング実験に用いた化合物を示す図である。
図15】希薄溶液及びSHELLを用いたスクリーニング実験の結果と生細胞における転写抑制実験の結果を示す図である。
図16】生細胞において、T3プラスミドの転写に対する抑制活性を示した3つの化合物を示す図である。
図17】pH7.0、6.0及び5.0となるように調製された緩衝液(50mM MES、100mM KCl)で置換されたSHELL、及び、HeLa細胞におけるF-i1のFRET効率を示す図である。なお、本実験においてはパラホルムアルデヒドを用いて調製されたSHELLを用いた。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明についてより詳細に説明する。
【0017】
本発明は、ある一側面において、核酸の立体構造を制御する方法であって、
(1)細胞と固定化剤を含む溶液とを接触させ、前記細胞を固定化する工程と、
(2)固定化された前記細胞と前記核酸を含む溶液とを接触させる工程、
を含む方法を提供するものである。以下、本発明の一側面に係る核酸の立体構造を制御する方法について工程ごとに説明する。
【0018】
工程(1):細胞を固定化する工程
細胞と、固定化剤を含む溶液とを接触させ、前記細胞を固定化する工程である。
【0019】
「細胞」は典型的にはヒト細胞であるが、基本的にどのような種類の細胞であっても良く、所望の細胞を用いることができる。例えば、原核細胞であっても真核細胞であっても良く、また、動物細胞であっても植物細胞であっても良い。動物細胞は、脊椎動物由来であっても無脊椎動物由来であっても良い。また、細胞は、どのような組織に由来する細胞であっても良く、例えば、上皮細胞、内皮細胞、筋肉細胞、線維芽細胞、毛細胞、神経細胞、胃粘膜細胞、腸細胞、肝細胞、肺細胞、膵細胞、腎細胞、脂肪細胞、血液細胞などであり得る。また、これらの細胞は正常細胞であっても良いし、がん細胞であっても良い。これらの細胞は初代培養細胞、継代細胞、株化細胞のいずれであっても良い。また、胚性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹細胞(iPS細胞)などの多能性幹細胞であっても良い。
【0020】
「固定化」とは、細胞の形態や構造を安定化させることを意味し、細胞と、固定化剤を含む溶液とを接触させることによって得られる。固定化の方法に特段の制限はなく、分子架橋に基づく固定化又はタンパク質の不溶化に基づく固定化を用いることができるが、タンパク質の不溶化に基づく固定化方法であることが好ましい。タンパク質の不溶化に基づく固定化のための固定化剤としては、エタノール、メタノールなどのアルコール及びアセトンなどが好適に用いられ得るが、エタノール、メタノールなどのアルコールを用いることがより好ましい。エタノール、メタノールなどのアルコールやアセトンは細胞を構成するタンパク質を不溶化する作用があることが知られている。一方、分子架橋に基づく固定化のための固定化剤としては、例えば、パラホルムアルデヒドなどを用いることができる。
【0021】
細胞を固定化するためには、元となる細胞と固定化剤を含む溶液とを接触させれば良い。具体的には、例えば、後述する実験例に示すとおり、細胞培養プレート上に培養した細胞を所定の濃度の固定化剤を含む溶液中で所定時間インキュベートすることにより、細胞を固定化することができる。ここで固定化に用いる溶液に含まれる固定化剤の濃度に特段の制限はないが、固定化剤がアルコール又はアセトンである場合、例えば、50~99%(v/v)であり得、好ましくは65~95%(v/v)、より好ましくは70~90%(v/v)、さらに好ましくは75~85%であり得る。細胞と固定化剤を含む溶液とを接触させる時間にも特段の制限はないが、例えば、1~60分であり得、好ましくは2~30分、より好ましくは3~20分、さらに好ましくは5~15分であり得る。なお、固定化剤がアルコール又はアセトンである場合、固定化剤を含む溶液の温度は、例えば、-80~37℃であり得、好ましくは-60~5℃、より好ましくは-50~-10℃、さらに好ましくは-40℃~-20℃であり得る。
【0022】
ある好適な一態様において、固定化された細胞は、更に透過剤を含む溶液と接触させることにより透過処理されても良い。すなわち、本発明の一側面に係る核酸の立体構造を制御する方法は、ある好適な一態様において、更に、固定化された前記細胞と透過剤を含む溶液とを接触させる工程を含み得る。透過剤としては、例えば、非イオン性界面活性剤、ジキトニン、サポニンなどが用いられ得るが、これらに限定されない。固定化された細胞を更に透過剤を含む溶液と接触させることにより、細胞内に固定化されずに残留した微量の分子(例えば、イオンや代謝物などの低分子)を漏出させることができる。とりわけ、非イオン性界面活性剤やジキトニン、サポニンなどは、タンパク質を変性させる作用が非常に小さいながらも、細胞膜の脂質二重膜と融合し、細胞膜の透過性を高めることができるため透過剤として好適に用いられ得る。透過剤として用いられ得る非イオン性界面活性剤の種類に特段の制限はないが、例えば、ポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテル(Triton-X、NP-40)などのポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル;ポリオキシエチレンソルビタンモノラウリン酸エステル(Tween-20)、ポリオキシエチレンソルビタンモノパルミチン酸エステル(Tween-40)、ポリオキシエチレンソルビタンモノステアリン酸エステル(Tween-60)、及びポリオキシエチレンソルビタンモノオレイン酸エステル(Tween-80)などのポリオキシエチレンソルビタンモノ脂肪酸エステルであり得る。また、透過処理に用いられる溶液中の非イオン性界面活性剤、ジキトニン、又はサポニンなどの濃度に特段の制限はないが、例えば、0.01~1%であり得、より好ましくは0.05~0.5%であり得る。固定化された細胞と透過剤を含む溶液との接触時間は、例えば、1~30分であり得、好ましくは2~25分、より好ましくは3~20分、さらに好ましくは5~15分であり得る。
【0023】
また、ある好適な一態様において、固定化された細胞は、更にブロッキング剤を含む水溶液と接触させることによりブロッキング処理されても良い。すなわち、本発明の一側面に係る核酸の立体構造を制御する方法は、ある好適な一態様において、更に、固定化された前記細胞とブロッキング剤を含む水溶液とを接触させる工程を含み得る。ブロッキング剤としては、例えば、加熱不活性化処理を行ったウシ胎児血清(FCS)などの血清;ウシ血清アルブミン(BSA)やヒト血清アルブミン(HSA)などのアルブミン;カゼイン;フィッシュゼラチンなどが用いられ得るが、これらに限定されない。固定化された細胞と、ブロッキング剤を含む水溶液とを接触させることにより非特異的な相互作用を低減することができる。ブロッキング処理に用いられる上記水溶液に含まれ得るブロッキング剤の濃度に特段の制限はないが、例えば、0.1~15%であり得、より好ましくは0.5~10%、さらに好ましくは1~5%であり得る。固定化された細胞とブロッキング剤を含む水溶液との接触時間は、例えば、1~30分であり得る。
【0024】
固定化処理後、透過処理後、及び/又はブロッキング処理後の細胞は、常法に従って適宜洗浄され得る。具体的には、固定化処理、透過処理、及び/又はブロッキング処理に用いた溶液を除去した後、リン酸緩衝生理食塩水などの適宜の緩衝液を加え、加えた緩衝液を取り除く工程を1乃至複数回繰り返せばよい。複数回とは例えば2~10回であり得る。
【0025】
工程(2):固定化された細胞と核酸を含む溶液とを接触させる工程
工程(1)において固定化された前記細胞と核酸を含む溶液とを接触させることにより、固定化された前記細胞に核酸を導入する工程である。
【0026】
「核酸」は基本的にどのようなものであっても良く、デオキシリボ核酸(DNA)であってもリボ核酸(RNA)であっても、これらのハイブリッドであっても良く、また、DNAやRNAの塩基、糖、リン酸ジエステル結合部のいずれか一つ以上が化学修飾又は改変された人工核酸であっても良い。人工核酸としては、例えば、主鎖としてペプチド鎖構造を有するペプチド核酸(PNA)、主鎖を構成する糖の2´位及び4´位の炭素が架橋されたロック核酸(LNA又はBNA)、主鎖としてリン酸ジエステル結合で連結されたグリコールの繰り返し構造を有するグリコール核酸(GNA)、主鎖を構成する糖としてトレオースを有するトレオース核酸(TNA)、主鎖を構成する糖の代わりにモルフォリン環構造を有するモルフォリノ核酸などのゼノ核酸が含まれ得るが、これに限定されない。例えば、リン酸ジエステル結合部をホスホロチオエート結合やホスホロジ結合に変換した人工核酸であっても良いし、糖部に2´-O-メチル化や2´-O-メトキシエチル化、2´-フルオロ化などの化学修飾がされた人工核酸であっても良い。以上の核酸は、一本鎖であっても二本鎖であっても良い。また、その分子量にも特段の制限はなく、オリゴヌクレオチドのような比較的低分子量のものであっても、プラスミドなどのベクターのような比較的高分子量のものであってもよい。核酸の配列にも特段の制限はないが、グアニン四重らせん構造やi-motif(シトシン四重らせん構造)などの非二重らせん構造を形成し得る配列を含む核酸が特に好適に用いられ得る。当業者であれば、グアニン四重らせん構造やi-motifなどの非二重らせん構造を形成し得る配列を適宜設計し得る。
【0027】
固定化された前記細胞と核酸を含む溶液とを接触させる具体的な方法に特段の制限はないが、例えば、後述する実験例に示すとおり、固定化された前記細胞を核酸を含む溶液中で所定時間インキュベートしても良い。これにより、固定化された細胞に核酸を導入することができ、また、導入された核酸は固定化された細胞の内部に安定的に保持され得る。この方法は非常に簡便であるが、固定化された細胞に核酸を導入する方法は上記の方法に限られず、他の方法を用いても良いことは言うまでもない。例えば、核酸を含む溶液を固定化された細胞にマイクロインジェクションしても良い。
【0028】
ある好適な一態様において、本発明の一側面に係る核酸の立体構造を制御する上記方法は、さらに、固定化された前記細胞と緩衝液とを接触させる工程を含み得る。この工程は、固定化された前記細胞を前記緩衝液で置換するための工程である。細胞内のpHやイオン濃度は核酸の立体構造及びその安定性、ひいれは核酸の機能に影響を与えることが見出されている。例えば、悪性化したがん細胞においては、カリウムチャネルの発現が増大し、細胞内カリウムイオン濃度が低下しており、これによりグアニン四重らせん構造の安定性が低下していることが報告されている。本発明の一側面に係る核酸の立体構造を制御する上記方法が、さらに、固定化された前記細胞と緩衝液とを接触させる工程を含む場合には、固定化された前記細胞内のpHやイオン濃度を必要に応じて調整し得るので、評価対象とする細胞内に想定されるpHやイオン濃度の変化が核酸の立体構造及びその安定性に及ぼす影響を簡便に評価することができる。
【0029】
固定化された前記細胞と緩衝液とを接触させる上記工程は、固定化された前記細胞と核酸を含む溶液とを接触させる上記工程(2)と同時及び/又は上記工程(2)より前に行われることが好ましい。また、本発明の一側面に係る核酸の立体構造を制御する上記方法が、さらに、固定化された前記細胞と緩衝液とを接触させる工程を含む場合には、上記工程(2)において用いられる核酸を含む溶液は、核酸を含むこと以外は前記緩衝液と同じ組成の溶液であることが好ましい。また、上記工程(2)において用いられる核酸を含む溶液として所望の組成の緩衝液を用いることにより、固定化された前記細胞と緩衝液とを接触させても良い。
【0030】
核酸の立体構造及びその安定性は、核酸と核酸の相互作用や核酸とタンパク質との相互作用に影響を及ぼすことが見出されている。例えば、DNAの立体構造及びその安定性は、DNAとRNAポリメラーゼの相互作用に影響し、ひいては、DNAを鋳型としてmRNAを合成する転写反応に影響を与えることが報告されている。しかしながら、生細胞内における核酸の立体構造及びその安定性を試験管内で再現することは容易ではなく、生細胞内において起こり得る核酸の立体構造及びその安定性についての知見を、簡便に、特にハイスループットで得ることは困難であった。これに対して、本発明者らが見出した知見によれば、固定化された細胞は容易に調製・分析することができるものでありながら、その分子環境は生細胞内の分子クラウディング環境に近似しており、固定化された細胞内において観察される核酸の立体構造及びその安定性は生細胞内において観察される核酸の立体構造及びその安定性と非常に近いものであった。生細胞内において核酸が形成する立体構造及びその安定性を簡便に再現し得る本発明の一側面に係る核酸の立体構造を制御する上記方法によれば、細胞内において核酸が取り得る立体構造のみならず、細胞内において起こり得る核酸同士の相互作用、及び、核酸と他の生体高分子との相互作用をより簡便に評価することができる。
【0031】
<2.核酸と生体高分子の相互作用を評価する方法>
以上のとおり、本発明の一側面に係る核酸の立体構造を制御する上記方法は、ある好適な一態様において、核酸と生体高分子の相互作用を評価するために使用され得る。すなわち、本発明は、ある一側面において、核酸と生体高分子の相互作用を評価する方法であって、
(1)細胞と固定化剤を含む溶液とを接触させ、前記細胞を固定化する工程と、
(2)固定化された前記細胞と前記核酸を含む溶液とを接触させる工程、
(3)固定化された前記細胞と前記生体高分子を含む溶液とを接触させる工程、及び、
(4)固定化された前記細胞における前記核酸と前記生体高分子の相互作用を評価する工程、
を含む方法を提供するものである。以下、各工程について順に説明する。なお、工程(1)及び(2)については既に本発明の一側面に係る核酸の立体構造を制御する方法についての説明において述べたとおりであるので説明を省略する。
【0032】
工程(3)固定化された細胞と生体高分子を含む溶液とを接触させる工程
工程(1)において固定化された前記細胞と生体高分子を含む溶液とを接触させることにより、固定化された前記細胞に生体高分子を導入する工程である。本工程(3)と工程(2)はいずれを先に行っても良く、また、同時に行っても良い。
【0033】
生体高分子とは、生体を構成する高分子を意味し、タンパク質、核酸、糖鎖が含まれる。前記生体高分子は、好適にはタンパク質又は核酸であり得る。「核酸」については既に述べたとおりであるが、工程(2)において導入される核酸と同じ核酸であっても、異なる核酸であっても良い。前記生体高分子として、工程(2)において導入される核酸と同じ核酸が用いられる場合には、本工程(3)は省略しても良い。一方、「タンパク質」は基本的にどのようなタンパク質であっても良く、同じく固定化された細胞に導入される核酸と相互作用し得る適宜のタンパク質を選択し得る。また、タンパク質の分子量にも特段の制限はない。固定化された細胞と生体高分子を含む溶液とを接触させる具体的な方法に特段の制限はないが、例えば、固定化された細胞を当該生体高分子を含む溶液中で所定時間インキュベートすることにより、固定化された細胞に当該生体高分子を導入しても良い。なお、固定化された細胞に生体高分子を導入する方法が上記の方法に限られないことは言うまでもなく、他の方法を用いても良いことは勿論である。例えば、所望の生体高分子を含む溶液を固定化された細胞にマイクロインジェクションしても良い。
【0034】
工程(4)固定化された細胞における核酸と生体高分子の相互作用を評価する工程
工程(1)により固定化された細胞において、工程(2)により導入された核酸と工程(3)により導入された生体高分子の相互作用を評価する工程である。ここで評価対象となる核酸とタンパク質の相互作用には、静電相互作用、双極子相互作用、エントロピー効果などを介する核酸と生体高分子の結合や凝集、及び、核酸と生体高分子の相互作用が関与して発生する核酸の構造変化、転写・翻訳・複製・逆転写などの生体反応などが含まれ得る。ここで核酸と生体高分子の相互作用の評価には、相互作用の程度の評価と相互作用の質の評価の双方が含まれ得る。核酸と生体高分子の相互作用を評価する具体的な方法に特段の制限はなく、核酸と生体高分子の相互作用を反映することができる評価であれば、どのようなものであっても良い。例えば、核酸と生体高分子の結合の強度を直接測定するものである必要はなく、核酸と生体高分子の相互作用の結果生じる産物(例えば、転写産物、翻訳産物、凝集物)の多寡や性質を測定又は分析するような間接的な評価方法であっても良い。当業者であれば、評価対象となる核酸と生体高分子の相互作用に応じて、適切な評価方法を適宜選択し得る。
【0035】
核酸及び生体高分子の種類及びその組み合わせは、評価対象とする相互作用に応じて、適宜の組み合わせを採用し得る。例えば、ある好適な一態様において、前記核酸はDNAであり得、前記生体高分子は転写のためのタンパク質であり得る。「転写」とはDNAを鋳型としてmRNAを合成する反応を意味し、「転写のためのタンパク質」とは、DNAの転写に関与するタンパク質を意味する。転写のためのタンパク質は基本的にどのようなものであっても良く、適宜のタンパク質が用いられ得るが、例えば、RNAポリメラーゼ及び/又はヘリカーゼであり得る。これらのタンパク質の由来に特段の制限はなく、例えば、RNAポリメラーゼについていえば、ファージ由来のRNAポリメラーゼであっても、大腸菌やその他の微生物由来のRNAポリメラーゼであっても、高等生物由来のRNAポリメラーゼであっても良い。ファージ由来のRNAポリメラーは、例えば、T3ファージ、T7ファージ、K11ファージ、又はSP6ファージに由来するRNAポリメラーゼ等であり得るが、これらに限定されない。なお、転写のためのタンパク質は、野生型のタンパク質であっても、変異型のタンパク質であっても良い。
【0036】
前記核酸がDNAであり、前記生体高分子が転写のためのタンパク質である場合、上記方法は、さらに、固定化された前記細胞と、転写のための添加物を含む溶液とを接触させる工程を含み得る。「転写のための添加物」とは、核酸の転写のために必要な物質又は転写を補助する物質であって、細胞外から添加される物質を意味する。転写のための添加物としては、例えば、rATP,rCTP,rGTP,rUTPなどのrNTP(リボヌクレオシド三リン酸);マグネシウムイオン(Mg2+)、カリウムイオン(K)などの金属イオン;トリス酢酸、トリス塩酸、リン酸ナトリウムなどの緩衝剤;エネルギー源;RNase阻害剤;ジチオトレイトール(DTT)、還元型グルタチオン、システインなどの還元剤;スペルミジンなどのポリアミン;TritonTM-Xなどの非イオン性界面活性剤等が含まれ得るが、これらに限定されない。また、これらの成分を含むプレミックス品や細胞抽出液を添加物として用いても良い。
【0037】
固定化された前記細胞と転写のための添加物を含む溶液を接触させる具体的な方法に特段の制限はないが、例えば、固定化された前記細胞を、転写のための添加物を含む溶液中でインキュベートすれば良い。転写のための添加物は分子量が小さいものが多いため、固定化された前記細胞を転写のための添加物を含む溶液中でインキュベートすることにより速やかに細胞内に導入され得る。なお、転写のための添加物を含む溶液は1つである必要はなく、2以上の溶液であっても良い。すなわち、固定化された前記細胞と転写のための添加物を含む溶液を接触させる工程は、一度に行われる必要はなく、複数回に分けて行われても良い。例えば、後述する実験例に示すとおり、rNTPなどの転写のための添加物の一部を別で加えることにより、転写反応の開始をコントロールし得る。また、固定化された前記細胞と転写のための添加物を含む溶液を接触させる工程と上記工程(2)又は工程(3)とはいずれを先に行っても良く、また、同時に行っても良いが、上述したとおり、転写のための添加物は速やかに細胞内に導入され得るため、上記工程(2)及び工程(3)の後に行うことが便利である。
【0038】
また、ある好適な一態様において、前記核酸はDNAであり得、前記生体高分子は複製のためのタンパク質であり得る。「複製」とは、DNAを複製する反応を意味し、「複製のためのタンパク質」とは、DNAの複製に関与するタンパク質を意味する。転写のためのタンパク質は基本的にどのようなものであっても良く、適宜のタンパク質が用いられ得るが、例えば、DNA依存性DNAポリメラーゼ、トポイソメラーゼ及び/又はヘリカーゼであり得る。これらのタンパク質の由来に特段の制限はなく、例えば、DNA依存性DNAポリメラーゼについていえば、好熱性細菌由来のDNA依存性DNAポリメラーゼであっても、大腸菌やその他の微生物由来のDNA依存性DNAポリメラーゼであっても、高等生物由来のDNA依存性DNAポリメラーゼであっても良い。好熱性細菌由来のDNA依存性DNAポリメラーゼとしては、例えば、Taq DNAポリメラーゼが知られているが、本発明に用いられ得るDNA依存性DNAポリメラーゼはこれに限定されない。なお、複製のためのタンパク質は、野生型のタンパク質であっても、変異型のタンパク質であっても良い。
【0039】
前記核酸がDNAであり、前記生体高分子が複製のためのタンパク質である場合、上記方法は、さらに、固定化された前記細胞と、複製のための添加物を含む溶液とを接触させる工程を含み得る。「複製のための添加物」とは、核酸の複製のために必要な物質又は複製を補助する物質であって、細胞外から添加される物質を意味する。複製のための添加物としては、例えば、プライマー;dATP,dCTP,dGTP,dGTPなどのdNTP(デオキシリボヌクレオシド三リン酸);マグネシウムイオン(Mg2+)、カリウムイオン(K)などの金属イオン;トリス酢酸、トリス塩酸、リン酸ナトリウムなどの緩衝剤;エネルギー源;硫酸アンモニウム;TritonTM-X、Tweenなどの非イオン性界面活性剤等が含まれ得るが、これらに限定されない。また、これらの成分を含むプレミックス品や細胞抽出液を添加物として用いても良い。
【0040】
固定化された前記細胞と複製のための添加物を含む溶液を接触させる具体的な方法に特段の制限はないが、例えば、固定化された前記細胞を、複製のための添加物を含む溶液中でインキュベートすれば良い。複製のための添加物は分子量が小さいものが多いため、固定化された前記細胞を複製のための添加物を含む溶液中でインキュベートすることにより速やかに細胞内に導入され得る。なお、複製のための添加物を含む溶液は1つである必要はなく、2以上の溶液であっても良い。すなわち、固定化された前記細胞と複製のための添加物を含む溶液を接触させる工程は、一度に行われる必要はなく、複数回に分けて行われても良い。例えば、dNTPなどの複製のための添加物の一部を別で加えることにより、複製反応の開始をコントロールし得る。また、固定化された前記細胞と複製のための添加物を含む溶液を接触させる工程と上記工程(2)又は工程(3)とはいずれを先に行っても良く、また、同時に行っても良いが、上述したとおり、複製のための添加物は速やかに細胞内に導入され得るため、上記工程(2)及び工程(3)の後に行うことが便利である。
【0041】
また、ある好適な一態様において、前記核酸はRNAであり得、前記生体高分子は翻訳のためのタンパク質であり得る。「翻訳」とは、RNAに基づいてポリペプチドを合成する反応を意味し、「翻訳のためのタンパク質」とは、RNAに基づくポリペプチドの合成反応に関与するタンパク質を意味する。翻訳のためのタンパク質は基本的にどのようなものであっても良く、適宜のタンパク質が用いられ得るが、例えば、リボソーム;IF1、IF2、IF3などの翻訳開始因子;EF-Tu、EF-Ts、EF-Gなどの翻訳伸長因子;RF1、RF2、RF3、RRFなどの翻訳終結因子;アミノアシルtRNA合成酵素;メチオニルtRNAホルミル転移酵素などであり得る。なお、翻訳のためのタンパク質は、野生型のタンパク質であっても、変異型のタンパク質であっても良い。また、その由来にも特段の制限はない。
【0042】
前記核酸がRNAであり、前記生体高分子が翻訳のためのタンパク質である場合、上記方法は、さらに、固定化された前記細胞に翻訳のための添加物を含む溶液とを接触させる工程を含み得る。「翻訳のための添加物」とは、核酸の翻訳のために必要な物質又は翻訳を補助する物質であって、細胞外から添加される物質を意味する。翻訳のための添加物としては、例えば、アミノ酸;tRNA;エネルギー源;エネルギー源再生のための酵素;核酸分解酵素阻害剤;トリス酢酸、トリス塩酸、リン酸ナトリウムなどの緩衝液;マグネシウムイオン(Mg2+)、カリウムイオン(K)などの金属イオンなどが含まれ得るが、これらに限定されない。また、これらの成分を含むプレミックス品や細胞抽出液を添加物として用いても良い。
【0043】
固定化された前記細胞と翻訳のための添加物を含む溶液を接触させる具体的な方法に特段の制限はないが、例えば、固定化された前記細胞を、翻訳のための添加物を含む溶液中でインキュベートすれば良い。翻訳のための添加物は分子量が小さいものが多いため、固定化された前記細胞を翻訳のための添加物を含む溶液中でインキュベートすることにより速やかに細胞内に導入され得る。なお、翻訳のための添加物を含む溶液は1つである必要はなく、2以上の溶液であっても良い。すなわち、固定化された前記細胞と翻訳のための添加物を含む溶液を接触させる工程は、一度に行われる必要はなく、複数回に分けて行われても良い。例えば、アミノ酸などの翻訳のための添加物の一部を別で加えることにより、翻訳反応の開始をコントロールし得る。また、固定化された前記細胞と翻訳のための添加物を含む溶液を接触させる工程と上記工程(2)又は工程(3)とはいずれを先に行っても良く、また、同時に行っても良いが、上述したとおり、翻訳のための添加物は速やかに細胞内に導入され得るため、上記工程(2)及び工程(3)の後に行うことが便利である。
【0044】
また、ある好適な一態様において、前記核酸はRNAであり得、前記生体高分子は逆転写のためのタンパク質であり得る。「逆転写」とは、RNAを鋳型としてDNAを合成する反応を意味し、「逆転写のためのタンパク質」とは、RNAの逆転写反応に関与するタンパク質を意味する。逆転写のためのタンパク質は基本的にどのようなものであっても良く、適宜のタンパク質が用いられ得るが、例えば、RNA依存性DNAポリメラーゼ(逆転写酵素)であり得る。逆転写のためのタンパク質の由来に特段の制限はなく、RNA依存性DNAポリメラーゼについていえば、例えば、トリ骨髄芽球症ウイルス(AMV)由来の逆転写酵素、モロニ―マウス白血病ウイルス(MMLV)由来の逆転写酵素、高度好熱菌由来の逆転写酵素、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)由来の逆転写酵素などが用いられ得る。なお、逆転写のためのタンパク質は、野生型のタンパク質であっても、変異型のタンパク質であっても良い。
【0045】
前記核酸がRNAであり、前記生体高分子が逆転写のためのタンパク質である場合、上記方法は、さらに、固定化された前記細胞に逆転写のための添加物を含む溶液とを接触させる工程を含み得る。「逆転写のための添加物」とは、核酸の逆転写のために必要な物質又は逆転写を補助する物質であって、細胞外から添加される物質を意味する。逆転写のための添加物としては、例えば、プライマー;dATP,dCTP,dGTP,dGTPなどのdNTP(デオキシリボヌクレオシド三リン酸);マグネシウムイオン(Mg2+)、カリウムイオン(K)などの金属イオン;トリス酢酸、トリス塩酸、リン酸ナトリウムなどの緩衝剤;RNase阻害剤;エネルギー源;TritonTM-X、Tweenなどの非イオン性界面活性剤等が含まれ得るが、これらに限定されない。また、これらの成分を含むプレミックス品や細胞抽出液を添加物として用いても良い。
【0046】
固定化された前記細胞と逆転写のための添加物を含む溶液を接触させる具体的な方法に特段の制限はないが、例えば、固定化された前記細胞を、逆転写のための添加物を含む溶液中でインキュベートすれば良い。逆転写のための添加物は分子量が小さいものが多いため、固定化された前記細胞を逆転写のための添加物を含む溶液中でインキュベートすることにより速やかに細胞内に導入され得る。なお、逆転写のための添加物を含む溶液は1つである必要はなく、2以上の溶液であっても良い。すなわち、固定化された前記細胞と逆転写のための添加物を含む溶液を接触させる工程は、一度に行われる必要はなく、複数回に分けて行われても良い。例えば、dNTPなどの逆転写のための添加物の一部を別で加えることにより、逆転写反応の開始をコントロールし得る。また、固定化された前記細胞と逆転写のための添加物を含む溶液を接触させる工程と上記工程(2)又は工程(3)とはいずれを先に行っても良く、また、同時に行っても良いが、上述したとおり、逆転写のための添加物は速やかに細胞内に導入され得るため、上記工程(2)及び工程(3)の後に行うことが便利である。
【0047】
また、ある好適な一態様において、本発明の一側面に係る核酸と生体高分子の相互作用を評価するための上記方法に用いられる前記核酸はアプタマーであり得、前記生体高分子は前記アプタマーが結合し得るタンパク質であり得る。「アプタマー」とは、主としてタンパク質などの特定の物質と特異的に結合する性質を有する核酸であり、DNAアプタマーとRNAアプタマーのいずれであっても良い。
【0048】
以上のとおり、本発明の一側面に係る核酸と生体高分子の相互作用を評価するための上記方法は、転写、翻訳、複製、逆転写、アプタマーとタンパク質の結合などの核酸と生体高分子の相互作用が関与する種々の生体反応を評価する評価系として好適に使用され得る。細胞内の分子クラウディング環境を再現し得る本発明の一側面に係る核酸と生体高分子の相互作用を評価するための上記方法によれば、細胞内の分子クラウディング環境において起こり得る核酸と生体高分子の相互作用についての知見をより簡便に得ることができる。
【0049】
<3.核酸と生体高分子の相互作用を促進又は抑制する物質のスクリーニング方法>
次に、本発明の別の一側面に係る核酸と生体高分子の相互作用を促進又は抑制する物質のスクリーニング方法について説明する。本発明の別の一側面に係るスクリーニング方法は、核酸と生体高分子の相互作用を促進又は抑制する物質のスクリーニング方法であって、
(1)細胞と固定化剤を含む溶液とを接触させ、前記細胞を固定化する工程と、
(2)固定化された前記細胞と前記核酸を含む溶液とを接触させる工程、
(3)固定化された前記細胞と前記生体高分子を含む溶液とを接触させる工程、
(4)固定化された前記細胞と被験物質を含む溶液又は前記被験物質を含まない溶液とを接触させる工程、
(5)固定化された前記細胞における前記核酸と前記生体高分子の相互作用を評価する工程、及び、
(6)前記被験物質を含む溶液と接触させた場合と前記被験物質を含まない溶液と接触させた場合の評価結果を比較する工程、
を含む方法である。以下、各工程について順に説明する。なお、工程(1)~(3)については既に本発明の一側面に係る核酸の立体構造を制御する方法及び核酸と生体高分子の相互作用を評価する方法についての説明において述べたとおりであるので説明を省略する。
【0050】
工程(4)固定化された細胞と被験物質を含む溶液又は被験物質を含まない溶液とを接触させる工程
固定化された細胞に、スクリーニング対象となる被験物質を含む溶液、又は、コントロールとして、被験物質を含まない溶液を接触させる工程である。スクリーニング対象となる被験物質を含む溶液と固定化された細胞とを接触させることにより、固定化された細胞に当該被験物質を導入することができる。なお、本工程と上記工程(2)又は工程(3)とはいずれを先に行っても良く、また、同時に行っても良い。スクリーニング対象となる被験物質が速やかに細胞内への導入が可能である物質、例えば、低分子化合物である場合には、本工程は上記工程(2)及び(3)の後に行うことが便利である。
【0051】
被験物質を含む溶液は、スクリーニング対象となる被験物質を水、緩衝液、生理食塩水などの適宜の溶媒へと溶解させることにより調製すれば良い。スクリーニング対象となる被験物質が水に不溶である場合には、例えば、ジメチルスルホキシドなどの水と混和する有機溶媒に溶解して調製すれば良い。一方、被験物質を含まない溶液としては、例えば、水、緩衝液、生理食塩水などを適宜用いることができるが、被験物質を含む溶液を調製するのに用いた溶媒と、同じ溶媒を用いることが好ましい。
【0052】
工程(5)固定化された細胞における核酸と生体高分子の相互作用を評価する工程
工程(1)~(4)を経て得られた固定化された細胞における導入された核酸と生体高分子の相互作用を評価する工程である。評価対象となる核酸とタンパク質の相互作用には、静電相互作用、双極子相互作用、エントロピー効果などを介する核酸と生体高分子の結合や凝集、及び、核酸と生体高分子の相互作用が関与して発生する核酸の構造変化、生体反応などが含まれ得る。核酸と生体高分子の相互作用の評価は、相互作用の程度をするものであっても、相互作用の質を評価するものであっても良い。例えば、上記方法に用いられる核酸がDNAであり、生体高分子が転写のためのタンパク質である場合には、転写産物であるmRNAの多寡を定量しても良いし、転写産物であるmRNAの塩基配列を分析しても良い。また、例えば、上記方法に用いられる核酸がDNAであり、生体高分子が複製のためのタンパク質である場合には、複製産物であるDNAの多寡を定量しても良いし、複製産物であるDNAの塩基配列を分析してもよい。また、例えば、上記方法に用いられる核酸がRNAであり、生体高分子が翻訳のためのタンパク質である場合には、翻訳産物であるタンパク質の多寡を定量しても良いし、翻訳産物であるタンパク質のアミノ酸配列を分析してもよい。また、例えば、上記方法に用いられる核酸がRNAであり、生体高分子が逆転写のためのタンパク質である場合には、逆転写産物であるDNAの多寡を定量しても良いし、逆転写産物であるDNAの塩基配列を分析しても良い。当業者であれば、評価対象となる核酸と生体高分子の相互作用に応じて、適切な評価方法を適宜選択し得る。
【0053】
工程(6)被験物質を含む溶液と接触させた場合と被験物質を含まない溶液と接触させた場合の評価結果を比較する工程
工程(5)において得られた、スクリーニング対象となる被験物質を含む溶液と接触させた細胞における評価結果と、スクリーニング対象となる被験物質を含まない溶液(コントロール)と接触させた細胞における評価結果とを比較する工程である。スクリーニング対象となる被験物質を含む溶液と接触させた細胞における評価結果と、スクリーニング対象となる被験物質を含まない溶液(コントロール)と接触させた細胞における評価結果とを比較することにより、被験物質が核酸と生体高分子の相互作用に与える影響、より具体的には、核酸と生体高分子の相互作用の促進性又は抑制性を評価することができる。例えば、ある被験物質について、その被験物質を含む溶液と接触させた細胞において評価対象となる核酸と生体高分子の相互作用が関与する反応の反応産物の産生量が、その被験物質を含まない溶液と接触させた細胞における当該反応産物の産生量と比較して減少している場合には、その被験物質は評価対象となる核酸と生体高分子の上記相互作用を抑制する作用を有していると評価され得る。
【0054】
<4.細胞内の分子クラウディング環境を再現するための組成物>
また、本発明は、ある一側面において、固定化された細胞を含む組成物であって、細胞内分子クラウディング環境を再現するための組成物を提供するものである。以下、当該組成物について説明する。
【0055】
細胞内分子クラウディング環境を再現するとは、細胞内の分子クラウディング環境にできるだけ近い分子環境を提供することを意味する。本発明者らが見出した知見によれば、本発明の一側面に係る組成物により提供される分子クラウディング環境は、生細胞内の分子クラウディング環境と近似しており、生細胞内の分子クラウディング環境における生体反応を評価するために好適に用いられ得る。ここで生体反応とは、生体分子が関与して細胞内で起こる反応全般を意味し、具体的には、核酸や生体高分子の立体構造変化、核酸と生体高分子の相互作用、核酸や生体高分子の相互作用により引き起こされる核酸の転写、翻訳、複製、逆転写、凝集体の生成などの種々の生体反応を含み得る。
【0056】
固定化された細胞の調製方法は、本発明の一側面に係る核酸の立体構造を制御する方法についての説明において既に述べたとおりであり、固定化の方法、固定化に用いられ得る細胞の種類に特段の制限はない。また、固定化された細胞は、さらに、透過剤を含む溶液により透過処理されたものであっても良く、ブロッキング剤を含む溶液によりブロッキング処理されたものであっても良い。
【0057】
ある好適な一態様において、本発明の一側面に係る組成物、より好適には、当該組成物に含まれる固定化された前記細胞は、細胞外から導入された少なくとも1つの核酸を含み得る。細胞外から導入された核酸とは、固定化された前記細胞の外部から当該細胞の内部に導入された核酸であることを意味し、例えば、細胞内にそもそも存在する染色体DNAやミトコンドリアDNAなどは除く概念である。なお、後述する実験例に示すとおり、固定化処理前に細胞内に存在する核酸は、固定化処理及び/又は透過処理により漏出し得るので、細胞外から導入される少なくとも上記核酸は、固定化処理後又は透過処理後に細胞内に導入されることが好ましい。固定化処理後又は透過処理後に核酸を細胞内に導入することにより、固定化された細胞内における核酸の濃度を容易に調整し得るという利点が得られる。例えば、評価対象となる核酸の濃度を高め、検出感度を高めることも随意であるので、所望の核酸について、当該核酸が関与して細胞内において起こると考えられる種々の生体反応を感度よく、且つ、簡便に評価し得る。
【0058】
また、ある好適な一態様において、本発明の一側面に係る組成物、より好適には、当該組成物に含まれる固定化された前記細胞は、細胞外から導入された少なくとも1つの生体高分子を含み得る。細胞外から導入された生体高分子とは、当該細胞の外部から当該細胞の内部に導入された生体高分子であることを意味し、具体的には、核酸、タンパク質又は糖鎖などである。なお、固定化処理前に細胞内に存在するタンパク質は、固定化処理により不溶化し、活性を失う恐れがあり、また、透過処理により漏出し得るので、細胞外から導入される少なくとも上記タンパク質は、固定化処理後又は透過処理後に細胞内に導入されることが好ましい。また、固定化処理後又は透過処理後に評価対象となる生体高分子を細胞内に導入することにより、固定化された細胞内における当該生体高分子の濃度を容易に調整し得るという利点が得られる。例えば、評価対象となる生体高分子の濃度を高め、検出感度を高めることも随意であるので、所望の生体高分子について、当該生体高分子が関与して細胞内において起こると考えられる種々の生体反応を感度よく、且つ、簡便に評価し得る。なお、生体高分子として用いられ得るタンパク質は、タンパク質の一部を構成するポリペプチドであり得る。
【0059】
本発明の一側面に係る組成物は、含まれ得る核酸及び生体高分子の種類及びその組み合わせに応じて、当該核酸と生体高分子の相互作用が関与する種々の生体反応を評価するために使用することができる。
【0060】
例えば、ある好適な一態様において、本発明の一側面に係る組成物に含まれ得る前記核酸はDNAであり、前記生体高分子は転写のためのタンパク質であり得る。この場合、本発明の一側面に係る組成物、より好適には当該組成物が含有する固定化された細胞は、さらに転写のための添加物を含み得る。このような組成物は、細胞内の分子クラウディング環境において前記核酸と前記タンパク質が関与する生体反応、すなわち、DNAの転写反応を評価するための組成物として好適に使用され得る。転写のためのタンパク質、転写のための添加物については既に説明したとおりである。
【0061】
また、ある好適な一態様において、本発明の一側面に係る組成物に含まれ得る前記核酸はDNAであり、前記生体高分子は複製のためのタンパク質であり得る。この場合、本発明の一側面に係る組成物、より好適には当該組成物が含有する固定化された細胞は、さらに複製のための添加物を含み得る。このような組成物は、細胞内の分子クラウディング環境において前記核酸と前記タンパク質が関与する生体反応、すなわち、複製反応を評価するための組成物として好適に使用され得る。複製のためのタンパク質、複製のための添加物については既に説明したとおりである。
【0062】
また、ある好適な一態様において、本発明の一側面に係る組成物に含まれ得る前記核酸はRNAであり、前記生体高分子は翻訳のためのタンパク質であり得る。この場合、本発明の一側面に係る組成物、より好適には当該組成物が含有する固定化された細胞は、さらに翻訳のための添加物を含み得る。このような組成物は、細胞内の分子クラウディング環境において前記核酸と前記タンパク質が関与する生体反応、すなわち、翻訳反応を評価するための組成物として好適に使用され得る。翻訳のためのタンパク質、翻訳のための添加物については既に説明したとおりである。
【0063】
また、ある好適な一態様において、本発明の一側面に係る組成物に含まれ得る前記核酸はRNAであり、前記生体高分子は逆転写のためのタンパク質であり得る。この場合、本発明の一側面に係る組成物、より好適には本発明の一側面に係る組成物が含有する固定化された細胞は、さらに逆転写のための添加物を含み得る。このような組成物は、細胞内の分子クラウディング環境において前記核酸と前記タンパク質が関与する生体反応、すなわち、逆転写反応を評価するための組成物として好適に使用され得る。逆転写のためのタンパク質、逆転写のための添加物については既に説明したとおりである。
【0064】
また、ある好適な一態様において、本発明の一側面に係る組成物に含まれ得る前記核酸はアプタマーであり、前記生体高分子は前記アプタマーが結合し得るタンパク質であり得る。このような組成物によれば、細胞内の分子クラウディング環境において前記アプタマーと前記タンパク質の相互作用を評価することができる。本発明の一側面に係る組成物に含まれ得る核酸及び生体高分子の種類及びその組み合わせは以上のものに限定されず、当業者であれば、適宜の核酸及び生体高分子を採用し得る。例えば、グアニン四重らせん構造形成配列を有するDNAやRNAと、FUS(Fused in Sarcoma)、TDP-43 (TAR DNA-binding 43kDa protein)などの筋萎縮性側索硬化症(ALS)関連RNA結合タンパク質であっても良い。グアニン四重らせん構造形成配列を有するDNAやRNAとALS関連RNA結合タンパク質との相互作用による凝集物の形成は、ALSに関与することが知られている。
【0065】
以下、実験例により本発明を更に詳細に説明する。これらの実験例は、本発明の範囲を何ら限定するものではない。
【0066】
<実験1.細胞内分子クラウディング環境を模倣した評価系の構築>
細胞内分子クラウディング環境を模倣した評価系を図1に示す手順にて調製した。
ヒト子宮頸癌由来細胞HeLaを、常法に従って、ガラスプレート(IWAKI EZVIEW(登録商標) ガラスボトムプレート、96ウェル、AGCテクノグラス株式会社)上で培養した。HeLa細胞の培養には、10%のウシ胎児血清(FBS)を含むダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)を用いた。上清(細胞培養液)を除去し、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)で洗浄した後、ガラスプレート上の細胞を-30℃のメタノール(80v/v%)に10分間浸漬した。ガラスプレートをメタノールから取り出し、常法に従って、PBSで洗浄した後、ガラスプレートを0.1%のTriton-Xを含むPBSに10分間浸漬した。ガラスプレートを0.1%のTriton-Xを含むPBSから取り出し、常法に従って、PBSで洗浄した。次いで、2%のウシ血清アルブミン(BSA)を含むPBSをガラスプレートに加えることにより、ブロッキング処理を行った。2%のBSAを含むPBSをガラスプレートから除去し、実験用バッファー(100 mM KCl、40 mM Tris-HCl、 pH 7.2、37℃)を用いて、常法に従って5回洗浄した。以上の工程を経て得られた固定化細胞を細胞内分子クラウディング環境を模倣した評価系として後述する実験に用いた。なお、後述する実験例において、当該評価系をSHELL(ystem for ighlighting the nvironments inside the Cell)ということがある。
【0067】
また、HeLa細胞に代えて、ヒト乳腺癌由来細胞MCF-7又はヒト乳腺癌由来細胞MDA-MD-231を用いた以外は上記手順と同様にして、MCF-7細胞由来のSHELL及びMDA-MD-231細胞由来のSHELLを調製した。なお、以降の実験例において、特に断りがない限り、HeLa細胞由来のSHELLを用いた。
【0068】
<実験2.SHELLの調製過程における内容物の漏出性>
SHELLの調製過程における細胞内容物の漏出についての知見を得るため、蛍光標識DNAプローブを用いて、アルコール処理後、及び、透過処理後における蛍光標識DNAプローブの漏出挙動を観察した。
【0069】
蛍光標識DNAプローブとしては図9に示す配列を有する塩基数17の一本鎖DNA(F-ssDNA)を用いた。まず、蛍光標識DNAプローブ(F-ssDNA)を1μMの濃度で含む溶液を、マイクロインジェクションによりHeLa細胞に導入した。F-ssDNAをマイクロインジェクションしたHeLa細胞を蛍光顕微鏡により観察した結果を図2(b)に示す。図2(b)に示されるとおり、蛍光標識DNAプローブの細胞内における局在が観察された。
【0070】
次に、F-ssDNAをマイクロインジェクションしたHeLa細胞を、実験1と同様の手順にて、メタノールにより固定化処理し、次いで、非イオン性界面活性剤(Triton-X)により透過処理した。メタノールにより固定化処理した後のHeLa細胞、及び、更に非イオン性界面活性剤により処理した後のHeLa細胞を蛍光顕微鏡により観察した結果を図2(d)及び図2(f)に示す。図2(d)及び図2(f)に示されるとおり、メタノールによる固定化処理後及び非イオン性界面活性剤による透過処理後のいずれの時点においても蛍光標識DNAプローブに由来する蛍光はほとんど観察されなかった。この結果は、メタノールによる固定化処理及び非イオン性界面活性剤による透過処理により、蛍光標識DNAプローブが細胞から漏出したことを示している。メタノールによる固定化処理前及び非イオン性界面活性剤による透過処理前に細胞内に存在した核酸分子もF-ssDNAと同様に漏出するものと推察される。
【0071】
次に、メタノールによる固定化処理及び非イオン性界面活性剤による透過処理による蛍光標識DNAプローブの漏出の程度を定量的に評価するため、メタノールによる固定化処理前、メタノールによる固定化処理後、及び、非イオン性界面活性剤による透過処理後の各時点において得られた蛍光画像に基づいて、細胞内における蛍光標識DNAプローブ由来の蛍光強度を算出した。得られた結果を図2(g)に示す。図2(g)に示されるとおり、メタノールによる固定化処理後、及び、非イオン性界面活性剤による透過処理後のいずれの時点においても、細胞内における蛍光標識DNAプローブ由来の蛍光強度は極めて微弱であり、少なくとも95%以上の蛍光標識DNAプローブが漏出していることが確認された。
【0072】
<実験3.免疫染色によるSHELLの分子環境評価>
SHELL内の分子環境についての知見を得るため、免疫染色によりSHELL内のタンパク質を可視化した。免疫染色は、細胞内において分子クラウディングを引き起こす典型的なタンパク質であるF-アクチン及びNF-κBについて行った。F―アクチンは細胞骨格を構成するタンパク質、NF-κBは細胞内の浮遊タンパク質である。免疫染色後のSHELLの観察は共焦点レーザー顕微鏡により行った。本実験には、HeLa細胞由来のSHELL及びMDA-MD-231由来のSHELLを用いた。
【0073】
得られた結果を図3に示す。図3に示されるとおり、細胞骨格タンパク質であるF-アクチン及び浮遊状態にあるタンパク質であるNF-κBのいずれについても、生細胞と同様に観察された。これらの結果から、SHELLにおいては生細胞内の分子クラウディング環境が保存されていることが示唆される。
【0074】
<実験4.細胞外からの核酸の導入性>
次に、SHELLに対する核酸の導入性について検討した。
具体的には、まず、実験1で得られたHeLa細胞由来のSHELLを、図9に示す配列を有する蛍光標識DNAプローブ(F-ssDNA)を1μMの濃度で含む溶液中で1分間インキュベートした。インキュベートの後、蛍光標識DNAプローブを含む溶液を除去し、実験用バッファー(100 mM KCl、40 mM Tris-HCl、pH 7.2、37℃)で5~7回洗浄した。洗浄後のSHELLを蛍光顕微鏡により観察した。
【0075】
得られた結果を図4に示す。図4(f)に示されるとおり、蛍光標識DNAプローブと1分間インキュベートした後のSHELLにおいては、蛍光標識DNAプローブに由来する蛍光がSHELL全体から観察された。これは蛍光標識DNAプローブとのインキュベート前のSHELLにおいては、蛍光が実質的に観察されなかったことと対照的である(図4(a))。蛍光標識DNAプローブと1分間インキュベートした後のSHELLについて、蛍光画像より得られた蛍光強度の分布を図4(g)に示す。図4(g)に示されるとおり、細胞内においては強い蛍光強度が観察されたのに対し、細胞外における蛍光強度はバックグラウンドと同程度に低かった。これらの結果は、SHELLを調製後にSHELLと評価対象となる核酸を接触させることにより、当該核酸をSHELL内に導入することができること、また、導入された核酸はSHELL内に保持されることを示している。
【0076】
<実験5.SHELLを用いた核酸の立体構造評価>
SHELLにおけるDNAの立体構造及びその安定性を、希薄溶液及び10wt%のポリエチレングリコール(PEG 200)を含むクラウディング溶液を比較対照として評価した。
【0077】
本実験では、立体構造変化によりFRET効率が変化するDNAプローブを用いた。具体的には、グアニン四重らせん構造形成配列を有する3種類のオリゴヌクレオチド(F-t1、F-t2、F-t3)を用いた。F-t1、F-t2及びF-t3は、図9に示す塩基配列を有するオリゴヌクレオチドであり、トロンビンDNAアプタマーのグアニン四重らせん構造に基づいて、異なる数のG-カルテットを形成するよう設計されたオリゴヌクレオチドである。F-t1、F-t2、及びF-t3は、フォールディングしてグアニン四重らせん構造を形成すると、その5´末端に共有結合した蛍光色素(Alexa488)をドナー、その3´末端に共有結合した蛍光色素(Alexa546)をアクセプターとする蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)が観察される。よって、両蛍光色素間のFRET効率に基づいて、グアニン四重らせん構造の程度を評価することができる。
【0078】
また、上述したとおり、本実験では比較対照として希薄溶液及び10wt%のPEG 200を含むクラウディング溶液を用いた。希釈溶液としては、トリス塩酸緩衝液(50 mM Tris-HCl, 100 mM KCl, pH 7.2)を用い、クラウディング溶液は、上記のトリス塩酸緩衝液に更にPEG 200を添加した溶液(50 mM Tris-HCl, 100 mM KCl, 10wt% PEG 200, pH 7.2)を用いた。実験1で述べたとおり、SHELLは、上記トリス塩酸緩衝液(50 mM Tris-HCl, 100 mM KCl, pH 7.2)で5回洗浄したものを用いた。
【0079】
実験1で得られたSHELL、上記希薄溶液、及び、10wt%のPEG 200を含む上記クラウディング溶液に各オリゴヌクレオチド(F-t1、F-t2及びF-t3)を、終濃度が1μMとなるように添加し、10分以上、37℃でインキュベートした。インキュベートの後、SHELL、希薄溶液及びクラウディング溶液において、各オリゴヌクレオチドが発する蛍光強度を細胞イメージング・プレートリーダー(BioTek Cytation 5、Agilent社)を用いて測定した。蛍光強度の測定には、波長470nmの励起光を用い、波長520nm及び波長570nmにおける蛍光強度を測定した、FRET効率は、得られた蛍光強度に基づいて、下記式(1)に従って算出した。
【0080】
【数1】
上記式(1)において、I570nmは波長570nmにおける蛍光強度、I520nmは波長520nmにおける蛍光強度を意味する。
【0081】
また、分子環境の違いによる蛍光強度の変化を考慮するため、グアニン四重らせん構造形成配列を有しないオリゴヌクレオチド(F-ssDNA、図9)についても、以上と同様の手順にて、実験1で得られたSHELL、上記希薄溶液、及び、10wt%のPEG 200を含む上記クラウディング溶液におけるFRET効率を求めた。グアニン四重らせん構造形成配列を有する各オリゴヌクレオチド(F-t1、F-t2、F-t3)について求められたFRET効率は、グアニン四重らせん構造形成配列を有しないオリゴヌクレオチド(F-ssDNA)について求められたFRET効率を基準とする相対値として評価した。
【0082】
得られた結果を図5に示す。図5に示すとおり、希薄溶液(図5(b))、クラウディング溶液(図5(c))、及びSHELL(図5(d))の全ての環境において、グアニン四重らせん構造形成配列を有するオリゴヌクレオチド(F-t1、F-t2、F-t3)は、グアニン四重らせん構造形成配列を有しないオリゴヌクレオチド(F-ssDNA)と比較して高いFRET効率を示した。この結果は、グアニン四重らせん構造形成配列を有するオリゴヌクレオチド(F-t1、F-t2、F-t3)におけるグアニン四重らせん構造の形成を示唆している。一方、FRET効率の大小の傾向には希釈溶液、クラウディング溶液及びSHELLの間で差が見られた。すなわち、希釈溶液においてはF-t3>F-t2>F-t1の順でFRET効率が大きく、クラウディング溶液においてはF-t3>F-t1>F-t2の順でFRET効率が大きく、共にF-t3についてのFRET効率が最も大きかったのに対し、SHELLにおいては、F-t2>F-t1>F-t3の順でFRET効率が大きく、また、F-t1及びF-t3のFRET効率には有意差は見られなかった。以上の結果は、希釈溶液、クラウディング溶液、及びSHELLという3つの分子環境においてグアニン四重らせん構造の立体構造及びその安定性が異なることを示唆している。
【0083】
<実験6.生細胞内における核酸の立体構造評価>
次に、生細胞内におけるDNAの立体構造及びその安定性を評価した。
具体的には、F-t1、F-t2、F-t3又はF-ssDNAを25μMの濃度で含む溶液を、マイクロインジェクション装置(FemtoJet(登録商標)4i、Eppendorf社)によりHeLa細胞にマイクロインジェクションした。マイクロインジェクション用のキャピラリーとしてはFemtotip II(Eppendorf社)を用い、マイクロインジェクションは次の条件で行った:インジェクション圧Pi 250~350hPa;インジェクション時間 1.00s;維持圧Pc 10hPa。マイクロインジェクションから30分後に、常法に従って、共焦点レーザー顕微鏡システム(A1R HD25、株式会社ニコン)により観察した。得られた蛍光画像に基づいて、細胞内における蛍光スペクトルを取得し、上記式(1)に従ってFRET効率を求めた。F-t1及びF-ssDNAを導入したHeLa細胞の代表的な蛍光画像を図6(a)及び図6(b)に、それぞれの蛍光画像から求められた蛍光スペクトルを図6(c)に示す。各オリゴヌクレオチドについて求められたFRET効率を図6(d)に示す。
【0084】
図6(d)に示されるとおり、グアニン四重らせん構造形成配列を有するいずれのオリゴヌクレオチド(F-t1、F-t2、F-t3)についても、1より大きいFRET効率が得られた。この結果は、グアニン四重らせん構造形成配列を有するいずれのオリゴヌクレオチド(F-t1、F-t2、F-t3)も生細胞内においてグアニン四重らせん構造を形成し得ることを示唆している。細胞内におけるFRET効率は、F-t2において最も大きく、F-t1及びF-t3は同程度のFRET効率を示した。驚くべきことに、この傾向はSHELLにおいて観察されたFRET効率についての傾向とよく一致するものであった。この結果は、SHELLにおけるDNAの立体構造及びその安定性が、細胞内におけるDNAの立体構造及びその安定性と極めて近いものであることを示唆している。このようにSHELLを用いた評価により、生細胞内における核酸の立体構造及びその安定性についての知見が得られ得る。
【0085】
<実験7.転写効率の評価>
分子クラウディング環境は、核酸とタンパク質の相互作用に影響を与え、ひいては、核酸とタンパク質の相互作用が関与する種々の生体反応に影響を与えることが知られている。そこで、モデル実験として、SHELLにおけるDNAの転写効率を評価し、その結果を、希薄溶液、10wt%のポリエチレングリコール(PEG 200)を含むクラウディング溶液、及び生細胞環境における転写効率と比較した。
【0086】
<7.1 プラスミドの調製>
本実験には、プロモータ領域とコーディング領域の間にグアニン四重らせん構造形成配列を挿入した配列を有する3種類のプラスミドベクター(T1プラスミド、T2プラスミド、T3プラスミド)を用いた。T1プラスミド、T2プラスミド、及びT3プラスミドが有するグアニン四重らせん構造形成配列は図7(b)に示したとおりであり、それぞれF-t1、F-t2、及びF-t3と同じグアニン四重らせん構造形成配列を有している。上記3種類のプラスミドベクター(T1プラスミド、T2プラスミド、T3プラスミド)は、ホタルルシフェラーゼ遺伝子の上流にSV40プロモータ配列を有するpGL3プラスミド(Clontech社、Montain View、CA、USAより購入)のSV40プロモータ配列とホタルルシフェラーゼ遺伝子の間に、常法に従って、グアニン四重らせん構造形成配列を挿入することにより調製した。一方、対照としては、グアニン四重らせん構造形成配列を有していないプラスミドベクター(Linearプラスミド)を用いた。Linearプラスミドについて、T1プラスミド、T2プラスミド、及びT3プラスミドにおけるグアニン四重らせん構造形成配列に対応する部分の塩基配列は、図7(b)に示したとおりである。
【0087】
<7.2 生細胞における転写効率の評価>
生細胞における各プラスミドの転写効率は以下の手順にて評価した。まず、HeLa細胞に対し、SE Cell Line 4D-NucleofectorTM X(Lonza、Basel、Switzerland)を用い、キット付属のマニュアルに従って、エレクトロポレーションにより各プラスミド、すなわち、pGL3プラスミド(Clontech社)のSV40プロモータ配列とホタルルシフェラーゼ遺伝子の間にT1、T2、T3又はLinearの配列を導入したプラスミド(それぞれ、T1プラスミド、T2プラスミド、T3プラスミド、又はLinearプラスミド)とコントロールとしてレニーラルシフェラーゼをコードしたプラスミド(phRL-TK、東洋紡株式会社)を導入した。プラスミドの導入から24時間、常法に従って37℃、5%COの環境で培養した。その後、NucleoSpin(登録商標)RNA Kit(MACHEREY-NAGEL社)をキット付属のプロトコールに従って用いて、細胞からRNAを抽出し、定量的逆転写PCR(qRT-PCR)によりランオフ転写産物であるmRNAの産生量を定量した。qRT-PCRにおける検出にはSYBR(登録商標) GREENを用いた。各プラスミドのルシフェラーゼ遺伝子についてのmRNAの産生量は、レニーラルシフェラーゼ遺伝子についてのmRNAの産生量を基準として規格化し、これを各プラスミドについての転写効率とした。得られた転写効率はLinearプラスミドについての転写効率を1とする相対値として示した。
【0088】
<7.3 希釈溶液における転写効率の評価>
希釈溶液における各プラスミドの転写効率は以下の手順にて評価した。転写反応は、HeLaScribe(登録商標) Nuclear Extract、 in vitro Transcription Grade(Promega社)を該製品に付属のマニュアルに準じて用いて行った。すなわち、1000ng/μLの濃度でテンプレートDNA(T1プラスミド、T2プラスミド、T3プラスミド、又はLinearプラスミド)を含む溶液1.00μL、100ng/マイクロLの濃度でphRL-TK(東洋紡株式会社)を含む溶液1.67μL、50mM MgCl2水溶液1.5μL、40U/μLの濃度でRNase Inhibitorを含む溶液1.00μL、5.00μLのHeLa細胞抽出物(HeLaScribe(登録商標) Nuclear Extract、 in vitro Transcription Grade、Promega社)、該製品に付属の転写実験用緩衝液(HeLa Nuclear Extract 1X Transcription Buffer)(20mM HEPES pH 7.9、100mM KCl、0.2mM EDTA、0.5mM DTT、20% glycerol)6.00μL、及びNuclease-Free Water 7.83μLを混合し、転写反応用の反応液(24.0μL)を調製した。上記転写反応用の反応液を10分間インキュベーションした後、終濃度が1mMとなるように転写のための添加物として10mMのrNTPを1.00μL加え、転写反応を開始した。37℃で60分以上インキュベーションした後、NucleoSpin(登録商標)RNA Kit(MACHEREY-NAGEL社)をキット付属のプロトコールに従って用いて、RNAを精製した。定量的逆転写PCR(qRT-PCR)により、得られた精製物におけるランオフ転写産物であるRNAの産生量を定量した。
【0089】
<7.4 クラウディング溶液における転写効率の評価>
クラウディング溶液における各プラスミドの転写効率は、転写反応用の反応液が更に10wt%のPEG 200を含むこと以外は、希釈溶液における評価手順と同様の手順にて評価した。
【0090】
<7.5 SHELLにおける転写効率の評価>
SHELLにおける各プラスミドの転写効率は以下の手順にて評価した。転写反応は、HeLaScribe(登録商標) Nuclear Extract、 in vitro Transcription Grade(Promega社)を該製品に付属のマニュアルに準じて用いることで行った。すなわち、<7.3 希釈溶液における転写効率の評価>で述べたと同様にして、転写反応用の反応液(24.0μL)を調製し、次いで、実験1で調製したSHELLの上清を除去し、上記転写反応用の反応液の全量を加え、10分間インキュベーションした。10分間のインキュベーション後、終濃度が1mMとなるように10mM rNTPを1.00μL加え、転写反応を開始した。37℃で60分以上インキュベーションした後、NucleoSpin(登録商標)RNA Kit(MACHEREY-NAGEL社)をキット付属のプロトコールに従って用いて、RNAを精製した。得られた精製物におけるランオフ転写産物であるRNAの産生量を定量的逆転写PCR(qRT-PCR)により定量した。
【0091】
<7.6 結果>
得られた結果を図7(c)~(f)に示す。図7(c)に示されるとおり、HeLa細胞内におけるT1、T2、及びT3プラスミドの転写効率は、それぞれ81.2%、101%、及び38.5%であった。T3プラスミドの転写効率はLinearプラスミドの転写効率と比較して顕著に小さかった。ここで、安定なグアニン四重らせん構造は転写反応のArrestを起こすことが知られている。このことから、T3プラスミドにおいては、グアニン四重らせん構造が転写反応のArrestを起こし、転写効率が低下したものと考えられる。一方、T1プラスミドについての転写効率は81.2%であり、Linearプラスミドについての転写効率と比較して僅かに小さかった。また、T2プラスミドについての転写効率は101%であり、Linearプラスミドについての転写効率と同程度であった。グアニン四重らせん構造は、その安定性により、RNAポリメラーゼがDNA上をすべる転写反応のSlippageが起こることが報告されている。T2プラスミドが形成し得るグアニン四重らせん構造はGカルテット構造を2つ有しており、T1プラスミドが形成し得るグアニン四重らせん構造よりも高い安定性を有するものと考えられる。それにもかかわらず、T2プラスミドについての転写効率がT1プラスミドについての転写効率を上回ったということから、T2プラスミドにおいてはグアニン四重らせん構造により転写反応のSlippageが起こっているものと推測される。
【0092】
希薄溶液及びクラウディング溶液におけるT1、T2、及びT3プラスミドの転写効率をそれぞれ図7(d)及び(e)に示す。図7(d)及び(e)に示されるとおり、T1、T2、及びT3プラスミドの転写効率は、希薄溶液において、それぞれ126%、138%、及び77.0%であり、10wt%のPEG200を含むクラウディング溶液において、それぞれ85.4%、92.3%、及び103%であった。このように希薄溶液及びクラウディング溶液における転写効率は、細胞内における転写効率と全く異なるものであった。転写産物の産生量は、主として、テンプレートDNAにおけるグアニン四重らせん構造の不安定性、及び、RNAポリメラーゼの活性に影響を受けることから、希薄溶液及びクラウディング溶液においては、グアニン四重らせん構造の不安定性、及び、RNAポリメラーゼの活性のいずれもが細胞内とは異なることが示唆される。
【0093】
これに対して、図7(f)に示されるとおり、SHELLにおけるT1、T2、及びT3プラスミドの転写効率は、それぞれ68.4%、98.6%、及び49.4%であり、驚くべきことに、この傾向は細胞内におけるT1、T2及びT3プラスミドの転写効率についての傾向と極めてよく一致するものであった。これらの結果は、SHELLにおいては、希薄溶液及びクラウディング溶液においてと比較して、細胞内におけるグアニン四重らせん構造の不安定性、及び、RNAポリメラーゼの活性がよく再現されていることを示している。
【0094】
<実験8. 転写反応を抑制する物質のスクリーニング>
がん細胞内においてグアニン四重らせん構造に結合し、転写反応を抑制する物質のスクリーニングを行った。なお、本実験では、実験1の手順に従ってMDA-MD-231細胞から調製されたSHELLを用いた。
【0095】
<8.1 プローブの設計>
本実験において、転写産物をハイスループットに定量するため、図9に示す配列を有するDNAプローブ(F-transcript)を設計した。転写産物の不存在下において、当該DNAプローブはヘアピン状に折り畳まれた状態にあり、この状態においてはDNAプローブの5´末端に結合した蛍光色素(Alexa488、ドナー)と3´末端に結合した蛍光色素(Alexa546、アクセプター)が近接しており、両蛍光色素間でのFRETが起こる。一方、転写産物が存在すると、当該DNAプローブは転写産物の3´末端の配列に結合し、これによりヘアピン構造が解消されるため、FRET効率が低下する(図8(a))。したがって、当該DNAプローブのFRET効率に基づいて、転写産物の産生量を評価することができる。
【0096】
実験7と同様の手順にて、希薄溶液及びSHELLにおいて、T3プラスミド及びLinearプラスミドの転写反応を行い、転写産物を上記DNAプローブを用いて定量した。具体的には、転写反応液中に上記DNAプローブを終濃度が1μMとなるように添加し、転写反応中、所定の時間毎に上記DNAプローブのFRET効率を評価した。得られた結果を図8(b)及び(c)に示す。
【0097】
図8(b)に示されるとおり、希薄溶液における上記DNAプローブのFRET効率は、Linearプラスミドを用いた転写反応においては、転写反応開始から徐々にFRET効率が低下し、転写反応開始から20分後にはFRET効率が最低値に達した。これに対して、グアニン四重らせん構造形成配列を有するT3プラスミドを用いた転写反応においては、転写反応開始から徐々にFRET効率が低下し、転写反応開始から90分後にFRET効率が一定の最低値に達した。一方、図8(c)に示されるとおり、SHELLを用いた転写反応においても同様の傾向が見られた。すなわち、SHELLにおける上記DNAプローブのFRET効率は、Linearプラスミドを用いた転写反応においては、転写反応開始から徐々にFRET効率が低下し、転写反応開始から20分後にはFRET効率が最低値に達した。これに対して、グアニン四重らせん構造形成配列を有するT3プラスミドを用いた転写反応においては、転写反応開始から徐々にFRET効率が低下し、転写反応開始から40分後にFRET効率が一定の最低値に達した。これらの結果は、希薄溶液又はSHELLにおいて、T3プラスミドの転写反応はLinearプラスミドの転写反応よりも遅いことを反映しており、実験7において観察された結果とよく一致する結果である。上記DNAプローブによれば、転写産物を効率良く定量できることが示された。
【0098】
<8.2 スクリーニング>
次いで、図10~14に示す318の化合物の存在下でLinearプラスミド及びT3プラスミドの転写反応を行い、T3プラスミドの転写反応を遅延させる化合物を探索した。転写反応は希薄溶液内及びSHELL内において行った。転写反応の条件は、転写反応液に図10~14に示す318の化合物を終濃度1~10μMとなるように加えたこと以外は上記実験と同様である。上記プローブのFRET効率が一定の最低値に達するまでの時間を遅延させたものとヒット化合物と評価した。
【0099】
図15に示されるとおり、希薄溶液内における転写反応に基づき、12の化合物がヒット化合物と評価された(図15において、「in vitro(dilute)」の評価結果が「Yes」)。一方、この中で、SHELL内における転写反応に基づきヒット化合物と評価された化合物は、2-NP(CAS No.65182-56-1)、Magnolol(CAS No. 528-42-8)、LY2409881 Hydrochloride(CAS No. 946518-60-1)、Cryptotanshinone(CAS No. 35825-57-1)、D715-0631(CAS No. 956046-06-3)の3つであった(図15において、「in SHELL」の評価結果が「Yes」)。
【0100】
そこで、実際に生細胞を用いて、上記12のヒット化合物、及び図10~14に示した化合物からランダムに抽出した23の化合物を加えた計35の化合物を被験物質として、これらの被験物質が生細胞において転写反応を抑制する性質を有するか否かを評価した。すなわち、Linearプラスミド及びT3プラスミドのエレクトロポレーション後の細胞を上記35の化合物を終濃度1~10μMで含む細胞培養培地中で24時間培養した以外は実験7と同様の手順にて、MDA-MD-231細胞に各プラスミドを導入し、生細胞における転写効率を評価した。その結果は図15に示したとおりであり、驚くべきことに、SHELL内における転写反応に基づきヒット化合物と評価された3つの化合物のみが、生細胞においても転写反応を抑制するという結果が得られた(図15において「in cell」の評価結果が「Yes」)。生細胞においても転写反応を抑制した上記3つ化合物を図16に示す。これらの化合物はグアニン四重らせん構造を安定化するための剤の有効成分として好適に用いられ得る。
【0101】
以上の結果から、生細胞内のクラウディング環境と近似した分子環境を有するSHELLを用いたスクリーニングによれば、生細胞内において核酸とタンパク質の相互作用、ひいては、当該相互作用が関与する生体反応を抑制する物質を効率よくスクリーニングできることが示された。
【0102】
<実験9.細胞内分子クラウディング環境を模倣した評価系の構築-その2->
固定化剤としてメタノールに代えてパラホルムアルデヒドを用いた以外は実験1に示したと同様の手順にて、SHELLを構築した。すなわち、ヒト子宮頸癌由来細胞HeLaを、常法に従って、ガラスプレート上で培養し、上清(細胞培養液)を除去した後、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)で洗浄した。洗浄後、ガラスプレート上の細胞を2%のパラホルムアルデヒドを含むPBS中に10分間浸漬した。ガラスプレートを2%のパラホルムアルデヒドを含むPBS中から取り出し、常法に従って、PBSで洗浄した後、ガラスプレートを0.1%のTriton-Xを含むPBSに10分間浸漬した。ガラスプレートを0.1%のTriton-Xを含むPBSから取り出し、常法に従って、PBSで洗浄した。次いで、2%のウシ血清アルブミン(BSA)を含むPBSをガラスプレートに加えることにより、ブロッキング処理を行った。2%のBSAを含むPBSをガラスプレートから除去し、pHを7.0、6.0及び5.0となるように調製した3種類の実験用バッファー(100mM KCl;50mM MES;pH7.0、6.0又は5.0;37℃)を用いて、常法に従って5回洗浄し、SHELLを得た。
【0103】
<実験10.SHELLにおける核酸の立体構造評価-その2->
実験9で調製されたSHELLを用いて、核酸の立体構造及びその安定性を評価した。本実験では、立体構造変化によりFRET効率が変化するDNAプローブとして、図9に示す塩基配列を有するオリゴヌクレオチド(F-i1)を用いた。F-i1は、i-motif構造形成配列を有するオリゴヌクレオチドであり、フォールディングしてi-motif構造を形成すると、その5´末端に共有結合した蛍光色素(Alexa488)をドナー、その3´末端に共有結合した蛍光色素(Alexa546)をアクセプターとする蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)が観察される。よって、両蛍光色素間のFRET効率に基づいて、i-motif構造の形成及びその安定性の程度を評価することができる。
【0104】
実験9で調製されたパラホルムアルデヒドを用いて得られたSHELLにオリゴヌクレオチド(F-i1)を、終濃度が1μMとなるように添加し、10分以上、37℃でインキュベートした。その後、SHELLにおいて、当該オリゴヌクレオチドが発する蛍光強度を細胞イメージング・プレートリーダー(BioTek Cytation 5、Agilent社)を用いて測定した。蛍光強度の測定には、波長470nmの励起光を用い、波長520nm及び波長570nmにおける蛍光強度を測定した、FRET効率は、得られた蛍光強度に基づいて、上記式(1)に従って算出した。
【0105】
一方、比較対照として、生細胞内におけるF-i1の立体構造及びその安定性を、オリゴヌクレオチドとしてF-i1を用い、FRET効率をF-ssDNAについて得られたFRET効率で規格化しなかった以外は実験7と同様の手順にて評価した。具体的には、F-i1を25μMの濃度で含む溶液を、マイクロインジェクション装置(FemtoJet(登録商標)4i、Eppendorf社)によりHeLa細胞にマイクロインジェクションした。マイクロインジェクション用のキャピラリーとしてはFemtotip II(Eppendorf社)を用い、マイクロインジェクションは次の条件で行った:インジェクション圧Pi 250~350hPa;インジェクション時間 1.00s;維持圧Pc 10hPa。マイクロインジェクションから30分後に、常法に従って、共焦点レーザー顕微鏡システム(A1R HD25、株式会社ニコン)により蛍光画像を取得した。得られた蛍光画像に基づいて、細胞内における蛍光スペクトルを取得し、上記式(1)に従ってFRET効率を求めた。
【0106】
得られた結果を図17に示す。図17に示されるとおり、i-motif構造形成配列を有するオリゴヌクレオチド(F-i1)について、pH7.0のSHELLにおけるFRET効率と生細胞内におけるFRET効率は極めてよく一致した。この結果は、パラホルムアルデヒドを用いて調製されたSHELLにおけるDNAの立体構造及びその安定性が、細胞内におけるDNAの立体構造及びその安定性と近いものであることを示唆している。このようにパラホルムアルデヒドを用いて調製されたSHELLによれば、生細胞内における核酸の立体構造及びその安定性についての知見が得られ得る。
【0107】
一方、同じく図17に示されるとおり、pHが7.0から6.0、5.0に低下し、分子環境が酸性化するに伴い観察されたFRET効率は上昇した。この結果は、低pH環境においては、F-i1のi-motif構造が安定化されることを示唆している。細胞内のpH環境は通常中性付近に保たれているが、一部のがん組織などにおけるpHの酸性化が報告されているように、疾患及びその状態によってはpH環境が変化する場合がある。pHの変化に応じて核酸の立体構造及びその安定性が変化すると、その核酸が関与する遺伝子の転写・翻訳過程に変化が生じ、さらなる疾患の進行、状態の悪化につながる場合がある。これに対して、以上に示したとおりSHELLを用いた実験系によれば、異なるpHを有する細胞内分子環境を容易に模倣し得、種々の疾患における遺伝子の転写・翻訳過程の検討に極めて有用である。なお、以上の実験ではpHを例としたが、pHに限らず、例えば、イオンの濃度や種類なども適宜調整して実験を行うことができる。
【産業上の利用可能性】
【0108】
生細胞内の分子クラウディング環境において核酸が形成し得る種々の立体構造は、近年、創薬ターゲットとしての重要性を増してきている。生細胞内の分子クラウディング環境を再現し、核酸の立体構造及びその安定性、ひいては、核酸と生体高分子の相互作用を簡易迅速に評価し得る本発明の一実施態様に係る方法及び組成物は、生細胞内における核酸の立体構造及びその機能の解明、並びに、これらを標的とした創薬に資するものであり、その産業上の利用可能性は大きい。

図1
図2
図3
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