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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024077685
(43)【公開日】2024-06-10
(54)【発明の名称】遺伝子解析方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/6869 20180101AFI20240603BHJP
   C12Q 1/6876 20180101ALI20240603BHJP
   C12Q 1/686 20180101ALN20240603BHJP
   C12N 15/11 20060101ALN20240603BHJP
   C12N 15/63 20060101ALN20240603BHJP
【FI】
C12Q1/6869 Z ZNA
C12Q1/6876 Z
C12Q1/686 Z
C12N15/11 Z
C12N15/63 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022189772
(22)【出願日】2022-11-29
(71)【出願人】
【識別番号】301022471
【氏名又は名称】国立研究開発法人情報通信研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 耕世
(72)【発明者】
【氏名】山元 大輔
【テーマコード(参考)】
4B063
【Fターム(参考)】
4B063QA13
4B063QQ53
4B063QR48
4B063QR62
4B063QS25
4B063QS34
4B063QX02
(57)【要約】      (修正有)
【課題】mRNAが少量であっても十分な精度で解析可能な遺伝子解析方法を提供する。
【解決手段】改変体リボソームと該リボソームに結合している対象mRNAとを含む、分析対象細胞に由来する細胞溶解物を準備する工程と、細胞溶解物において、改変体リボソームと第一結合タンパク質とを接触させ、リボソームを回収する、第一回収工程と、回収されたリボソームと第二結合タンパク質とを接触させ、リボソームを回収する、第二回収工程と、回収されたリボソームに結合している対象mRNAに由来するcDNAをPCR法によって増幅する工程と、増幅したcDNAを解析する工程とを含む遺伝子解析方法であって、改変体リボソームは、改変体RpL10aを含み、RpL10aは、リボソームタンパク質L10a領域と、第一結合タンパク質に特異的に認識される第一タグ領域と、第二結合タンパク質に特異的に認識される第二タグ領域とを含む、遺伝子解析方法。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
改変体リボソームと前記改変体リボソームに結合している対象mRNAとを含む、分析対象細胞に由来する細胞溶解物を準備する、準備工程と、
前記細胞溶解物において、前記改変体リボソームと第一結合タンパク質とを接触させ、前記改変体リボソームを回収する、第一回収工程と、
回収された前記改変体リボソームと第二結合タンパク質とを接触させ、前記改変体リボソームを回収する、第二回収工程と、
回収された前記改変体リボソームに結合している前記対象mRNAに由来するcDNAをPCR法によって増幅する、増幅工程と、
増幅した前記cDNAを解析する、解析工程とを含む、遺伝子解析方法であって、
前記改変体リボソームは、改変体RpL10aを含み、
前記改変体RpL10aは、リボソームタンパク質L10a領域と、前記第一結合タンパク質に特異的に認識される第一タグ領域と、前記第二結合タンパク質に特異的に認識される第二タグ領域とを含む、遺伝子解析方法。
【請求項2】
前記第一タグ領域及び前記第二タグ領域は、それぞれ独立に、GFP、HA、FLAG、MYC、AlFA-tag及びこれらの改変体からなる群より選ばれ、
前記第一タグ領域及び前記第二タグ領域は、互いに異なる、請求項1に記載の遺伝子解析方法。
【請求項3】
前記第一結合タンパク質及び前記第二結合タンパク質は、それぞれ独立に、抗体、Fab断片、F(ab’)断片、Fv断片、scFv、アルパカVHH抗体、及びNanobodyからなる群より選ばれる、請求項1又は請求項2に記載の遺伝子解析方法。
【請求項4】
前記第二回収工程の後であって、かつ前記増幅工程の前に、回収された前記改変体リボソームと第三結合タンパク質とを接触させ、前記改変体リボソームを回収する、第三回収工程を更に含み、
前記改変体RpL10aは、前記第三結合タンパク質に特異的に認識される第三タグ領域を更に含む、請求項1又は請求項2に記載の遺伝子解析方法。
【請求項5】
前記分析対象細胞の数は、10以上1500以下である、請求項1又は請求項2に記載の遺伝子解析方法。
【請求項6】
請求項1又は請求項2に記載の遺伝子解析方法に用いられるキットであって、
前記改変体RpL10aをコードする塩基配列を含む発現ベクターと、
オリゴ(dT)プライマーと、
を含む、キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遺伝子解析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リボソームは、約80種類のリボソーム構成タンパク質と数本のリボソームRNAが集まってできたタンパク質-RNA複合体である。上記リボソームは、細胞内でメッセンジャーRNA(以下、「mRNA」と表記する場合がある。)に結合して、結合したmRNAの塩基配列に基づいてタンパク質を合成する。このタンパク質の合成は、「翻訳」とも呼ばれる。興味のある細胞の中でどのようなmRNAがタンパク質に翻訳されているかを知るためには、その細胞内でリボソームに結合しているmRNAを選択的に取り出す手法が有効である。この手法が、リボソーム親和性精製(Translating ribosome affinity purification,略称TRAP)である。TRAPによって、細胞中に含まれるリボソーム-mRNA複合体(ポリソーム)を抽出した後、抽出したポリソームを用いて今まさにタンパク質へと翻訳中のmRNAを次世代シーケンサー(NGS)によってトランスクリプトーム解析する手法がTRAP-seqである。TRAP及びTRAP-seqは、遺伝子発現解析手法のひとつとして、基礎分野、応用分野を問わず、さまざまな生物種の組織又は器官を対象として使用されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Kelvin Xi Zhang,et al.,Rapid Changes in the Translatome during the Conversion of Growth Cones to Synaptic Terminals,Cell Reports,2016,vol.14,1258-1271.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
TRAPおよび、それを用いたTRAP-seqは、Rockefeller大学のHeimanらによってマウスで開発された。Heimanらは、リボソーム構成タンパク質のひとつであるリボソームタンパク質L10a(以下、「RpL10a」と表記する場合がある。)に改良型緑色蛍光タンパク質(EGFP)を融合させた人工タンパク質(改変体RpL10a)を、興味のある細胞に限定して異所発現させ、当該改変体RpL10aを取り込んだリボソーム-mRNA複合体、すなわちポリソームを組織抽出液中から抗GFP抗体を用いて回収し、回収したポリソームに含まれるmRNAをトランスクリプトーム解析に供した。その後この手法は、ショウジョウバエ(例えば、非特許文献1)、アフリカツメガエル、ゼブラフィッシュ、及びシロイヌナズナ等のモデル生物種、並びに、ヒト人工多能性幹細胞(induced Pluripotent Stem Cell:iPS細胞)から作られたオルガノイドにも用いられた。
【0005】
しかし、従来のTRAP及びTRAP-seqでは、少数の細胞を用いて、トランスクリプトーム解析等の遺伝子解析を行うことには不向きであった。例えば、ある生体中又はある組織中に少数しか存在しない特定の細胞を用いて、従来のTRAP及びTRAP-seqによってトランスクリプトーム解析を行うには、解析に必要なmRNAの量を確保するために、多くの生体又は組織を準備する必要があった。このような事情のもと、解析対象のmRNAが少量であっても(解析対象の細胞が少数であっても)、十分な精度で解析可能な遺伝子解析方法が望まれていた。
【0006】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、解析対象のmRNAが少量であっても、十分な精度で解析可能な遺伝子解析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、TRAP-seqを行うに際して、(1)リボソーム-mRNA複合体を回収する工程を複数回行うこと、(2)回収されたリボソームに結合しているmRNAに由来するcDNAをPCR法によって増幅すること、によって、解析対象のmRNAが少量であっても、十分な精度で遺伝子解析が可能になることを見いだし本発明を完成した。すなわち、本発明は以下の通りである。
【0008】
[1] 本実施形態に係る遺伝子解析方法は、
改変体リボソームと前記改変体リボソームに結合している対象mRNAとを含む、分析対象細胞に由来する細胞溶解物を準備する、準備工程と、
前記細胞溶解物において、前記改変体リボソームと第一結合タンパク質とを接触させ、前記改変体リボソームを回収する、第一回収工程と、
回収された前記改変体リボソームと第二結合タンパク質とを接触させ、前記改変体リボソームを回収する、第二回収工程と、
回収された前記改変体リボソームに結合している前記対象mRNAに由来するcDNAをPCR法によって増幅する、増幅工程と、
増幅した前記cDNAを解析する、解析工程とを含む、遺伝子解析方法であって、
前記改変体リボソームは、改変体RpL10aを含み、
前記改変体RpL10aは、リボソームタンパク質L10a領域と、前記第一結合タンパク質に特異的に認識される第一タグ領域と、前記第二結合タンパク質に特異的に認識される第二タグ領域とを含む。
【0009】
[2] [1]に記載の遺伝子解析方法において、前記第一タグ領域及び前記第二タグ領域は、それぞれ独立に、GFP、HA、FLAG、MYC、AlFA-tag及びこれらの改変体からなる群より選ばれ、
前記第一タグ領域及び前記第二タグ領域は、互いに異なっていてもよい。
【0010】
[3] [1]又は[2]に記載の遺伝子解析方法において、前記第一結合タンパク質及び前記第二結合タンパク質は、それぞれ独立に、抗体、Fab断片、F(ab’)断片、Fv断片、scFv、アルパカVHH抗体、及びNanobodyからなる群より選ばれてもよい。
【0011】
[4] [1]から[3]のいずれかに記載の遺伝子解析方法において、前記第二回収工程の後であって、かつ前記増幅工程の前に、回収された前記改変体リボソームと第三結合タンパク質とを接触させ、前記改変体リボソームを回収する、第三回収工程を更に含み、
前記改変体RpL10aは、前記第三結合タンパク質に特異的に認識される第三タグ領域を更に含んでいてもよい。
【0012】
[5] [1]から[4]のいずれかに記載の遺伝子解析方法において、前記分析対象細胞の数は、10以上1500以下であってもよい。
【0013】
[6] 本実施形態に係るキットは、
[1]から[5]のいずれか一項に記載の遺伝子解析方法に用いられるキットであって、
前記改変体RpL10aをコードする塩基配列を含む発現ベクターと、
オリゴ(dT)プライマーと、
を含む。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、解析対象のmRNAが少量であっても、十分な精度で解析可能な遺伝子解析方法を提供することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1は、実施例において用いた、改変体RpL10aをコードする塩基配列を含む発現ベクターのベクターマップである。
図2図2は、本実施形態に係る改変体リボソームの模式図である。
図3図3は、改変体リボソームを含むショウジョウバエの脳における、免疫組織化学染色後の写真である。
図4図4は、実施例におけるショウジョウバエの飼育スケジュールを説明する模式図である。
図5図5は、主成分分析(PCA解析)の結果を示すグラフである。横軸は第一主成分のスコアを示し、縦軸は第二主成分のスコアを示す。
図6図6は、差次的発現遺伝子の解析結果を示すグラフである。横軸は、集団飼育群と単独飼育群との遺伝子の発現比率を示し、縦軸は統計的有意性のスコアを示す。
図7図7は、ネットワーク解析の結果を示すグラフである。
図8図8は、差次的発現遺伝子の解析結果を示すグラフである。横軸は、transcripts per million(TPM)のスコアを示す。
図9図9は、合成したcDNAをAgilent 2100バイオアナライザーを用いて解析した電気泳動の結果を示すグラフである。実線が第二回収工程及び増幅工程行った場合(実施例)の結果を示し、破線が両工程を行わなかった場合(比較例)の結果示す。横軸はcDNAの長さ(塩基対数)を示し、縦軸はFluorescent unit(蛍光強度)を示す。蛍光強度が高いほど、対応する塩基対数のcDNAの量が多いことを示している。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の一実施形態(以下「本実施形態」と記す。)について説明する。ただし、本実施形態はこれに限定されるものではない。本明細書において「A~Z」という形式の表記は、範囲の上限下限(すなわちA以上Z以下)を意味し、Aにおいて単位の記載がなく、Zにおいてのみ単位が記載されている場合、Aの単位とZの単位とは同じである。
【0017】
≪遺伝子解析方法≫
本実施形態に係る遺伝子解析方法は、
改変体リボソームと前記改変体リボソームに結合している対象mRNAとを含む、分析対象細胞に由来する細胞溶解物を準備する、準備工程と、
前記細胞溶解物において、前記改変体リボソームと第一結合タンパク質とを接触させ、前記改変体リボソームを回収する、第一回収工程と、
回収された前記改変体リボソームと第二結合タンパク質とを接触させ、前記改変体リボソームを回収する、第二回収工程と、
回収された前記改変体リボソームに結合している前記対象mRNAに由来するcDNAをPCR法によって増幅する、増幅工程と、
増幅した前記cDNAを解析する、解析工程とを含む、遺伝子解析方法であって、
前記改変体リボソームは、改変体RpL10aを含み、
前記改変体RpL10aは、リボソームタンパク質L10a領域と、前記第一結合タンパク質に特異的に認識される第一タグ領域と、前記第二結合タンパク質に特異的に認識される第二タグ領域とを含む、遺伝子解析方法である。以下、各工程について説明する。
【0018】
<準備工程>
本工程では、改変体リボソームと上記改変体リボソームに結合している対象mRNAとを含む、分析対象細胞に由来する細胞溶解物を準備する。
【0019】
本実施形態において「分析対象細胞」とは、遺伝子解析の対象となっている細胞を意味する。上記分析対象細胞は、改変体リボソームと上記改変体リボソームに結合している対象mRNAとを含む。上記分析対象細胞は、株化された細胞であってもよいし、生体から採取された細胞であってもよいし、多能性幹細胞(iPS細胞等)から分化誘導された細胞であってもよい。上記分析対象細胞は、単一の細胞であってもよいし、生体組織のように細胞の集合体であってもよい。
【0020】
上記分析対象細胞の由来となる生物は、特に制限はなく、例えば、哺乳動物(マウス等)、昆虫(ショウジョウバエ等)、両生類(アフリカツメガエル等)、水生生物(ゼブラフィッシュ等)、植物(シロイヌナズナ等)が挙げられる。本実施形態の一側面において、上記分析対象細胞の由来となる生物は、ショウジョウバエであってもよい。
【0021】
本実施形態において、改変体リボソームを含む分析対象細胞は、公知の遺伝子工学的手法を用いて、上記改変体RpL10aをコードする遺伝子(例えば、配列番号1の塩基配列を有する遺伝子)を、発現可能なように宿主細胞に導入することで得ることができる。本実施形態において、上記改変体RpL10aを構成する遺伝子断片の取得及び上記プラスミドベクターの構築は、分子生物学、生物工学、遺伝子工学の分野において慣用されている技術に準じて行うことができる(例えば、Sambrook et al.”Molecular Cloning-A Laboratory Manual,Second edition 1989”)。プラスミドベクターの調製に用いられる宿主細胞は、例えば、当該技術分野で通常用いられる大腸菌が挙げられる。
【0022】
本実施形態において「細胞溶解物」とは、上記分析対象細胞を溶解した後の成分を含む組成物を意味する。上記細胞溶解物は、細胞溶解液であることが好ましい。本実施形態において、上記細胞溶解物は、改変体リボソームと上記改変体リボソームに結合している対象mRNAとを含む。
【0023】
上記細胞溶解物を得る方法は、特に制限はなく、公知の方法によって上記分析対象細胞を破砕又は溶解すればよい。例えば、上記分析対象細胞をバイオマッシャーを用いて破砕することで細胞溶解物を得てもよい。上記分析対象細胞をlysisバッファーに懸濁させて超音波処理によって破砕することで細胞溶解物を得てもよい。又、後述する実施例に記載の方法によって、細胞溶解物を得てもよい。
【0024】
本実施形態の一側面において、上記細胞溶解物を得るために用いられる上記分析対象細胞の数は、10以上1500以下であってもよく、10以上150以下であってもよく、10以上50以下であってもよい。
【0025】
本実施形態に係る改変体リボソームは、改変体RpL10aを含むリボソームであって、翻訳の対象となるmRNAに結合可能なリボソームである。上記改変体RpL10aは、リボソームタンパク質L10a領域と、第一結合タンパク質に特異的に認識される第一タグ領域と、第二結合タンパク質に特異的に認識される第二タグ領域とを含む。本実施形態において「リボソームタンパク質L10a領域」とは、リボソームタンパク質L10a又はその改変体のアミノ酸配列を含む領域を意味する。リボソームタンパク質L10aのアミノ酸配列は、分析対象細胞が本来有するアミノ酸配列であってもよいし、異種生物に由来するリボソームタンパク質L10aのアミノ酸配列であってもよい。「第一タグ領域」とは、第一結合タンパク質に特異的に認識されるアミノ酸配列を含む領域を意味する。「第二タグ領域」とは、第二結合タンパク質に特異的に認識されるアミノ酸配列を含む領域を意味する。
【0026】
本実施形態において、上記第一タグ領域及び上記第二タグ領域は、公知のタンパク質タグ又はペプチドタグであれば特に制限されず、あらゆるタグが使用可能である。上記第一タグ領域及び上記第二タグ領域は、それぞれ独立に、GFP(緑色蛍光タンパク質)、HA(ヘマグルチニン)、FLAG、MYC、AlFA-tag及びこれらの改変体からなる群より選ばれ、上記第一タグ領域及び上記第二タグ領域は、互いに異なっていてもよい。上記GFPは、EGFP(改良型緑色蛍光タンパク質)であってもよい。
【0027】
本実施形態の一側面において、上記改変体RpL10aは、プロテアーゼ認識領域(TEVプロテアーゼに特異的に認識されるアミノ酸配列を含む領域など)、スペーサー領域を更に含んでいてもよい。
【0028】
本実施形態の他の側面において、改変体RpL10aは、配列番号2で示されるアミノ酸配列を含んでいてもよいし、配列番号2で示されるアミノ酸配列からなっていてもよい。配列番号2で示されるアミノ酸配列において、1番目から239番目のアミノ酸配列がEGFPのアミノ酸配列(第一タグ領域)に対応する。247番目から253番目のアミノ酸配列がTEVプロテアーゼに特異的に認識されるアミノ酸配列(プロテアーゼ認識領域)に対応する。255番目から276番目のアミノ酸配列がFLAGを3回繰り返したアミノ酸配列(第二タグ領域)に対応する。277番目から425番目のアミノ酸配列がリボソームタンパク質L10aのアミノ酸配列(リボソームタンパク質L10a領域)に対応する。426番から434番目のアミノ酸配列がHAのアミノ酸配列(第三タグ領域)に対応する。
【0029】
本実施形態において、「対象mRNA」とは、遺伝子解析の対象となるmRNAであって、改変体リボソームに結合しているmRNAを意味する。
【0030】
<第一回収工程>
本工程では、上記細胞溶解物において、上記改変体リボソームと第一結合タンパク質とを接触させ、上記改変体リボソームを回収する。このとき、上記第一結合タンパク質は、上記改変体RpL10aにおける第一タグ領域に結合する。このようにして上記改変体リボソームを回収することで、対象mRNAも同時に回収できる。
【0031】
上記第一結合タンパク質は、第一タグ領域を特異的に認識できる(結合できる)タンパク質であれば特に制限されない。上記第一結合タンパク質は、抗体、Fab断片、F(ab’)断片、Fv断片、scFv、アルパカVHH抗体、及びNanobodyからなる群より選ばれてもよい。
【0032】
上記第一結合タンパク質は、そのままの状態で用いてもよいし、担体に固定化された状態で用いてもよい。上記担体としては、例えば、アガロース担体、ポリアクリルアミド担体、磁性ビーズ等が挙げられる。
【0033】
第一結合タンパク質が結合した上記改変体リボソームを回収する方法は、特に制限はなく公知の方法を用いることができる。例えば、上記第一結合タンパク質を担体等に固定化することなく、そのままの状態で上記改変体リボソームと結合させた場合、上記第一結合タンパク質を特異的に認識するタンパク質が固定化された担体を、上記第一結合タンパク質と上記改変体リボソームとの複合体に結合させることで、担体ごと回収すればよい。上記第一結合タンパク質が抗体である場合、「第一結合タンパク質を特異的に認識するタンパク質」としては、例えば、プロテインG、プロテインAが挙げられる。
【0034】
また、上記第一結合タンパク質が担体に固定された状態で用いられた場合、上記第一結合タンパク質と上記改変体リボソームとの複合体を担体ごと回収すればよい。
【0035】
回収した担体から上記改変体リボソームを遊離させる方法は、特に制限はなく、公知の方法を用いることができる。具体的には、第一結合タンパク質と競合するペプチド等を加えて、第一結合タンパク質と第一タグ領域との結合を解離させることで上記改変体リボソームを遊離させてもよい。また、酵素処理などによって、改変体RpL10aから第一タグ領域を切断することで上記改変体リボソームを遊離させてもよい。遊離させた改変体リボソームは、対象mRNAを結合した状態であり、次の第二回収工程に用いられる。
【0036】
<第二回収工程>
本工程では、回収された上記改変体リボソームと第二結合タンパク質とを接触させ、上記改変体リボソームを回収する。このとき、上記第二結合タンパク質は、上記改変体RpL10aにおける第二タグ領域に結合する。このようにして上記改変体リボソームを回収することで、対象mRNAも同時に回収できる。本実施形態に係る遺伝子解析方法では、第一回収工程の後に第二回収工程を行うことで、回収される対象mRNAの純度が向上している。
【0037】
上記第二結合タンパク質は、第二タグ領域を特異的に認識できる(結合できる)タンパク質であれば特に制限されない。上記第二結合タンパク質は、抗体、Fab断片、F(ab’)断片、Fv断片、scFv、アルパカVHH抗体、及びNanobodyからなる群より選ばれてもよい。本実施形態の一側面において、上記第一結合タンパク質及び上記第二結合タンパク質は、それぞれ独立に、抗体、Fab断片、F(ab’)断片、Fv断片、scFv、アルパカVHH抗体、及びNanobodyからなる群より選ばれてもよい。
【0038】
上記第二結合タンパク質は、そのままの状態で用いてもよいし、担体に固定化された状態で用いてもよい。上記担体としては、上述の<第一回収工程>において挙げられたものが適用されうる。
【0039】
第二結合タンパク質が結合した上記改変体リボソームを回収する方法は、特に制限はなく公知の方法を用いることができる。例えば、上述の<第一回収工程>において挙げられたものが適用されうる。回収した担体から上記改変体リボソームを遊離させる方法は、特に制限はなく、公知の方法を用いることができる。例えば、上述の<第一回収工程>において挙げられたものが適用されうる。
【0040】
<増幅工程>
本工程では、回収された上記改変体リボソームに結合している上記対象mRNAに由来するcDNAをPCR法によって増幅する。上記対象mRNAは、予め精製を行ってもよい。
【0041】
対象mRNAからcDNA(相補的DNA)を得る方法は、特に制限はなく公知の方法を用いることができる。例えば、市販のキット(Takara Bio社製のSMART-Seq Single Cell PLUS Kit等)を用いてもよい。当該cDNAをPCR法によって増幅する場合、5’キャップ構造に結合するPCRプライマー及びpoly(A)配列に結合するPCRプライマー(例えば、オリゴ(dT)プライマー)が用いられる。これらのPCRプライマーは、mRNAに由来するcDNAに特異的に結合する。そのため、解析の対象外のDNA又はRNAを増幅させることなく、上記対象mRNAに由来するcDNAのみを効率よく増幅させることができる。
【0042】
上記PCRを行う際の「熱変性反応」における処理温度は、93℃以上98℃以下であってもよいし、94℃以上97℃以下であってもよいし、95℃以上96℃以下であってもよい。「熱変性反応」における処理時間は、10秒以上30秒以下であってもよいし、10秒以上20秒以下であってもよい。
【0043】
上記PCRを行う際の「アニーリング反応」における処理温度は、62℃以上68℃以下であってもよいし、63℃以上67℃以下であってもよいし、64℃以上65℃以下であってもよい。「アニーリング反応」における処理時間は、30秒以上60秒以下であってもよいし、30秒以上45秒以下であってもよい。
【0044】
上記PCRを行う際の「伸張反応」における処理温度は、65℃以上71℃以下であってもよいし、66℃以上70℃以下であってもよいし、67℃以上68℃以下であってもよい。「伸張反応」における処理時間は、3分以上5分以下であってもよいし、3分以上4分以下であってもよい。
【0045】
上記PCRを行う際の「熱変性反応」、「アニーリング反応」及び「伸張反応」のサイクル数は、上記対象mRNAに由来するcDNAの収量が所定の量(例えば、1200pg以上1500pg未満)となるように設定すればよい。具体的には、上記サイクル数は、5サイクル以上20サイクル以下であってもよいし、5サイクル以上10サイクル以下であってもよいし、11サイクル以上20サイクル以下であってもよい。
【0046】
上記PCRを行う際のその他の条件は、特に制限は無く適宜設定が可能である。例えば、後述する実施例に記載の条件が用いられる。本実施形態の一側面において、上記PCRは、Long-Distance(LD) PCRであってもよい。
【0047】
従来のTRAP及びTRAP-seqでは、第一回収工程の後に、第二回収工程、増幅工程を経ることなくそのまま解析工程が行われていた。そのため、少数の細胞を用いて、トランスクリプトーム解析等の遺伝子解析を行うことには不向きであった。例えば、ある生体中又はある組織中に少数しか存在しない特定の細胞を用いて、従来のTRAP及びTRAP-seqによってトランスクリプトーム解析を行うには、解析に必要なmRNAの量を確保するために、多くの生体又は組織を準備する必要があった。
【0048】
実際、ショウジョウバエにおいて解析対象となったのは、胚の全神経細胞、胚由来の培養細胞株S2、成虫の全神経細胞、成虫の全グリア細胞、及び成虫の複眼に存在する光受容細胞である。この中で細胞数が最も少ない光受容細胞であっても、成虫の頭部に1,500細胞以上あるうえに、スタートサンプルとして500個体以上のショウジョウバエが使用されていた。解析対象の細胞がこれよりも少数の場合には、より多くの動物を準備する必要があり、それには多大な時間と労力が必要であった。
【0049】
しかし、本実施形態に係る遺伝子解析方法では、第一回収工程の後に第二回収工程を行うことで、回収される対象mRNAの純度が向上している。また、その後に増幅工程を行うことで、回収される対象mRNAに由来するcDNAの量を、分析可能な量(例えば、NGSライブラリの作成に必要な100~300pg)にまで増幅させている。そのため、解析の対象外のDNA又はRNAに由来するノイズを大幅に抑制することができ、解析対象のmRNAが少量(例えば、1pg以下)であっても(解析対象の細胞が少数であっても)、十分な精度で遺伝子解析を行うことができる。
【0050】
<解析工程>
本工程では、増幅した上記cDNAを解析する。解析の方法としては、例えば、リアルタイムPCR、デジタルPCR、DNAマイクロアレイ、次世代シーケンス解析(例えば、TRAP-seq)、及びサザンブロットなどが挙げられる。
【0051】
<第三回収工程>
本実施形態の一側面において、上記遺伝子解析方法は、上記第二回収工程の後であって、かつ上記増幅工程の前に、回収された上記改変体リボソームと第三結合タンパク質とを接触させ、上記改変体リボソームを回収する、第三回収工程を更に含んでもよい。上記改変体RpL10aは、上記第三結合タンパク質に特異的に認識される第三タグ領域を更に含んでもよい。
【0052】
上記第三回収工程において、上記第三結合タンパク質は、上記改変体RpL10aにおける第三タグ領域に結合する。このようにして上記改変体リボソームを回収することで、対象mRNAも同時に回収できる。上記第三タグ領域は、上述の第一タグ領域として挙げられたものが適用されうる。上記第一タグ領域、上記第二タグ領域及び上記第三タグ領域は、互いに異なることが好ましい。
【0053】
上記第三結合タンパク質は、第三タグ領域を特異的に認識できる(結合できる)タンパク質であれば特に制限されない。上記第三結合タンパク質は、抗体、Fab断片、F(ab’)断片、Fv断片、scFv、アルパカVHH抗体、及びNanobodyからなる群より選ばれてもよい。本実施形態の一側面において、上記第一結合タンパク質、上記第二結合タンパク質及び上記第三結合タンパク質は、それぞれ独立に、抗体、Fab断片、F(ab’)断片、Fv断片、scFv、アルパカVHH抗体、及びNanobodyからなる群より選ばれてもよい。
【0054】
上記第三結合タンパク質は、そのままの状態で用いてもよいし、担体に固定化された状態で用いてもよい。上記担体としては、上述の<第一回収工程>において挙げられたものが適用されうる。
【0055】
第三結合タンパク質が結合した上記改変体リボソームを回収する方法は、特に制限はなく公知の方法を用いることができる。例えば、上述の<第一回収工程>において挙げられたものが適用されうる。回収した担体から上記改変体リボソームを遊離させる方法は、特に制限はなく、公知の方法を用いることができる。例えば、上述の<第一回収工程>において挙げられたものが適用されうる。
【0056】
≪キット≫
本実施形態に係るキットは、上記遺伝子解析方法に用いられるキットであって、
上記改変体RpL10aをコードする塩基配列を含む発現ベクターと、
オリゴ(dT)プライマーと、
を含む。本実施形態の一側面において、「上記遺伝子解析方法に用いられるキット」は、上記遺伝子解析方法に用いられる試薬、器具、使用者に対する取扱説明書等のセットと把握することもできる。
【0057】
本実施形態において「発現ベクター」とは、宿主細胞内において発現可能なように、目的の組換えタンパク質(例えば、改変体RpL10a)をコードする遺伝子が導入されているDNA構築物を意味する。上記発現ベクターは、特に制限されず、例えば、プラスミドベクター、ウイルスベクターであってもよい。上記改変体RpL10aをコードする塩基配列としては、例えば、配列番号1の塩基配列が挙げられる。
【0058】
上記キットは、5’キャップ構造に結合するPCRプライマーを更に含んでもよい。また、上記キットは、細胞溶解バッファー、RNase inhibitor、逆転写酵素、DNA合成酵素、緩衝溶液、抗体、抗体を固定する担体、競合ペプチド、TEVプロテアーゼ、核酸精製試薬、サンプルチューブ、及びキット使用者に対する取扱説明書からなる群より選ばれる1種以上を更に含んでいてもよい。
【0059】
以上、本実施形態に係る遺伝子解析方法について説明した。本実施形態に係る遺伝子解析方法は、スタートサンプルとして用いる生物の数を1個体にまで減らすことができる。また、解析対象となる細胞の数を、例えば、100細胞未満(単一神経クラスター)にまで減らすことができる。そのため、例えば、ショウジョウバエ等の生物の神経活動を解析する場合、神経活動を解析する(1)電気生理学的手法や(2)蛍光イメージング手法と、本実施形態に係る遺伝子解析方法とを組み合わせることによって、個体の行動と、ニューロン活動の記録、その細胞のトランスクリプトーム解析とを1つの個体を使って完結させる、一連の解析システムを創出できる。
【実施例0060】
以下、本発明に係る実施例を説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0061】
≪改変体リボソームを含むショウジョウバエの作製≫
<1.改変体リボソームをコードする塩基配列を含むベクターの作製及び形質転換>
EGFP-TEV-3xFLAG-RpL10Ab-HAをコードする塩基配列(配列番号1)を有するDNA断片を公知の方法によって作製した。このとき、EGFPをコードするDNA断片は、pEGFP-1ベクター(GenBank、U55761)からPCR法によって増幅した。RpL10AbをコードするDNA断片は、Berkeley Drosophila Genome Project(BDGP)のcDNAクローンRH06366からPCR法によって増幅した。なお、「EGFP-TEV-3xFLAG-RpL10Ab-HA」は、N末端側から順に、EGFP(改良型緑色蛍光タンパク質)、TEV(TEVプロテアーゼの認識配列)、3xFLAG(FLAGタグの3回繰り返し配列)、RpL10Ab(ショウジョウバエ由来のRpL10a)及びHA(ヘマグルチニン)がタンデムに結合した改変RpL10a(図2参照)であることを意味している。
【0062】
次に、pUASTattBベクター(GenBank、EF362409.1)をNotI制限酵素およびXhoI制限酵素で切断した。上記ベクターの切断箇所に、上述のEGFP-TEV-3xFLAG-RpL10Ab-HAをコードするDNA断片(配列番号1)をIn-Fusion HD Cloning Kit(Takara社製、製品番号:639648)を用いて挿入し、pUAST-EGFP-TEV-3xFLAG-RpL10Ab-HAベクター(図1)を作製した。作製したベクターをSURE Electroporation-Competent Cell (Agilent社製、製品番号:200227)を用いて増幅し、Plasmid Mini Kit (Qiagen社製、製品番号:12123)により精製、回収した。回収した上記ベクターをキイロショウジョウバエのP{CaryP}attP40系統(Bloomington Drosophila Stock Center、系統番号:79604)の受精卵にマイクロインジェクションすることによって、このショウジョウバエ系統が持つ第二染色体のattP40サイトに上記のベクター配列を導入した。EGFP-TEV-3xFLAG-RpL10Ab-HAタンパク質(以下、「改変体RpL10a」と表記する場合がある。)をショウジョウバエの脳神経系に発現させるため、dsx-GAL4系統(Rideout et al.,Nature Neuroscience,2010)を、上記ベクターを導入したショウジョウバエとの交配に使用した。以上の操作によって、改変体リボソームを脳神経系の一群の脳細胞に含むショウジョウバエの成虫を作製した。上記改変体リボソームは、改変体RpL10aを含んでいる。
【0063】
<2.改変体リボソームを含むショウジョウバエの飼育>
卵から蛹になるまでの飼育は、公知の方法に従って行った。蛹から羽化したばかりのショウジョウバエの雄成虫を1匹又は10匹の集団にして、それぞれ円筒形のプラスチック容器(直径16.5mm、長さ95mm、SARSTEDT社製、製品場号:58.491)の中で、1週間飼育した(図4)。餌として、酵母、コーンミール、ブドウ糖、寒天を含む標準的なショウジョウバエ用培地を与えた。12時間の明暗周期を繰り返す25℃の恒温器(PHC株式会社製、製品名:MIR-154-PJ)内で飼育した。以下、1匹で飼育した群を「単独飼育群」と呼び、10匹の集団で飼育した群を「集団飼育群」と呼ぶ場合がある。また、羽化直後の群を「羽化直後群」と呼ぶ場合がある。以上の操作によって、改変体リボソームを含むショウジョウバエを作製した。
【0064】
≪改変体リボソームを含むショウジョウバエにおける脳の免疫組織化学染色≫
上述のショウジョウバエの脳神経系に発現させた改変体リボソームを検出するため、上記ショウジョウバエから脳を採取して、上記脳を抗GFP抗体(Thermo Fisher社製、製品番号:A-6455、希釈倍率:1:500)とAlexa Fluor 488標識二次抗体(Thermo Fisher社製、製品番号:A-11008、希釈倍率:1:500)を用いて免疫組織化学染色した。脳標本をマルチスペクトル超解像レーザー顕微鏡(Zeiss社製、製品名:LSM 980 Airyscan 2)で、倍率20倍の対物レンズを用いて観察した。結果を図3に示す。図3において、黒色の部分が検出された改変体リボソームである。この黒色の部分を計数したところ、150個の脳細胞に改変体リボソームが発現していた。
【0065】
≪改変体リボソームに結合するmRNAの回収≫
<1.細胞破砕液の準備>
単独飼育群、集団飼育群及び羽化直後群それぞれにおいて、改変体リボソームを含むショウジョウバエの頭部10個に、Lysis bufferを50μL加え、ホモジェナイザー(nippi社製、BioMasher II、製品番号:320103)を用いて、上記頭部の細胞(分析対象細胞)を破砕した。破砕した細胞を含む懸濁液に対して遠心処理(2,000G、4℃、10分間)を行い、上清を新しい1.5mLチューブに回収した。上記Lysis bufferの組成は、以下の通りである。
【0066】
(Lysis bufferの組成)
1M HEPES(pH7.5): 0.2mL(final 20mM)
1M KCl: 1.5mL(final 150mM)
1M MgCl: 0.05mL(final 5mM)
蒸留水(DW): 8.25mL
Cycloheximide(100mg/mL):10μL(final 100μg/mL)
RNase inhibitor(40U/μL):25μL(final 100U/500μL)
Complete Mini(Roche社製、製品番号:4693124001):1tablet
【0067】
回収した上清に、10% NP-40(Thermo Fisher社製、製品番号:85124)を5.5μL(回収した上清に対して、体積比で1/9量)加えた。その後、チューブを上下反転させて両溶液を混合した。得られた混合液に1,2-diheptanoyl-sn-glycero-3-phosphocholine(DHPC)(Avanti Polar Lipids社製,製品番号:850306P)(濃度:300mMになるようにNuclease free waterに溶解させたもの)を6.2μL(得られた混合液に対して、体積比で1/9量)加えた。その後、溶液の入ったチューブを5分間、氷上で静置した。
【0068】
氷上で静置した溶液に対して、遠心処理(20,000G、4℃、15分間)を行い、得られた上清(細胞破砕液)を新しい1.5mLチューブに回収した。以上の操作により、細胞破砕液(分析対象細胞に由来する細胞溶解物)を準備した(準備工程)。
【0069】
<2.抗GFP抗体による第1回目の免疫沈降>
準備した細胞破砕液に、抗GFP抗体(Neuromab社製、Clone N86/38、濃度:1μg/μL)を1μL加えて、抗原抗体反応を行った(4℃、1時間)。この抗原抗体反応によって、改変体RpL10aにおけるEGFP領域(第一タグ領域)に上記抗GFP抗体(第一結合タンパク質)が結合し、改変体リボソームと抗GFP抗体との抗原抗体複合体が形成される。
【0070】
一方で、Dynabeads Protein G(Thermo Fisher社製、製品名:DB10003)を10μL採取して新しい1.5mLチューブに加えた。次に、上記チューブにLysis bufferを100μL加えて、Dynabeads Protein Gを洗浄した。洗浄後、DynaMag2-Magnet(Invitrogen社製、製品番号:12321D)を用いた磁気分離によって、上清とDynabeads Protein Gとに分けて、上清を除去した。
【0071】
細胞破砕液と抗GFP抗体との混合液を、洗浄したDynabeads Protein Gが入っているチューブに加え、低温で静置した(4℃、1時間)。
【0072】
その後、この混合液を上記の磁気分離によって、改変体リボソームを結合させたDynabeads Protein Gと上清とに分けて、上清を除去した。このチューブに、Wash buffer #1を500μL加えて、Dynabeads Protein Gを洗浄した。洗浄後、磁気分離によって、上清とDynabeads Protein Gとに分けて、上清を除去した。この洗浄操作を合計3回行った。上記Wash buffer #1の組成は、以下の通りである。
【0073】
(Wash buffer #1の組成)
1M HEPES(pH7.5): 0.2mL(final 20mM)
1M KCl: 1.5mL(final 150mM)
1M MgCl: 0.05mL(final 5mM)
10% NP40: 1mL(final 1%)
DW: 7.25 mL
【0074】
洗浄したDynabeads Protein Gが入っているチューブに、IP bufferを100μL加えて、懸濁液を得た。得られた懸濁液に対して、TEV protease(abcam社製、製品番号:E027)を1μL加えて、定温で静置した(1時間、室温(25℃))。その後、上記懸濁液に対して磁気分離を行い、得られた上清(改変体リボソームが含まれている)を新しい1.5mLチューブに回収した。以上の操作により第一回収工程を行った。上記IP bufferの組成は、以下の通りである。
【0075】
(IP bufferの組成)
Wash buffer #1: 10mL
Complete Mini(Roche社製、製品番号:4693124001):1tablet
RNase inhibitor(40U/μL):5μL(final 100U/500μL)
【0076】
<3.抗FLAG抗体又は抗HA抗体による第2回目の免疫沈降>
EZview Red 抗FLAG M2抗体アフィニティーゲル(Merck社製、製品番号:F2426)又は抗HA Magnetic beads(Merck社製、製品番号:SAE097)を10μL新しい1.5mLチューブに分取し、Wash buffer #1を100μL更に加えて、アフィニティーゲル又はビーズを洗浄した。洗浄後、遠心処理(3000rpm、4℃、5分間)によって、上清とアフィニティーゲル又はビーズとに分けて、上清を除去した。
【0077】
第一回収工程で回収した上清を、洗浄したアフィニティーゲル又は洗浄したビーズに加えて、定温で静置した(4℃、1時間)。この操作によって、改変体RpL10aにおける3xFLAG領域(又はHA領域)(第二タグ領域)に上記抗FLAG M2抗体(又は抗HA抗体)(第二結合タンパク質)が結合し、改変体リボソームと抗FLAG M2抗体(又は抗HA抗体)との複合体が形成される。その後、上記チューブにWash buffer #2を100μL加えて、上記アフィニティーゲル又は上記ビーズを洗浄した。洗浄後、遠心処理(3000rpm、4℃、5分間)によって、上清とアフィニティーゲル又はビーズとに分けて、上清を除去した。この洗浄操作を合計3回行った。上記Wash buffer #2の組成は、以下の通りである。
【0078】
(Wash buffer #2の組成)
1M HEPES(pH7.5): 0.2mL(final 20mM)
1M KCl: 3mL(final 300mM)
1M MgCl: 0.05mL(final 5mM)
10% NP40: 1mL(final 1%)
DW: 5.75mL
【0079】
後述する第3回目の免疫沈降を行わない場合は、次の操作を行った。洗浄したアフィニティーゲル又は洗浄したビーズが入っているチューブに、RLT buffer(Qiagen社製、製品番号:79216)を350μL加えて、懸濁液として定温で静置した(5分間、4℃)。その後、RLT bufferを含む上記懸濁液を回収した。
【0080】
第3回目の免疫沈降を行う場合は、次の操作を行った。洗浄したアフィニティーゲル又は洗浄したビーズが入っているチューブに、3xFLAG peptide(Sigma-Aldrich社製、製品番号:F4799)又はHA peptide(Sigma-Aldrich社製、製品番号:I2149)(5mg/ml)を5μL加えてインキュベートした(室温、5分間)。インキュベート後の懸濁液に対して遠心処理(3000rpm、4℃、5分間)又は磁気分離を行い、得られた上清(改変体リボソームが含まれている)を新しい1.5mLチューブに回収した。以上の操作により第二回収工程を行った。
【0081】
<4.抗HA抗体又は抗FLAG抗体による第3回目の免疫沈降>
抗HA Magnetic beads(Merck社製、製品名:SAE097)又はEZview Red 抗FLAG M2抗体アフィニティーゲル(Merck社製、製品名:F2426)を10μL新しい1.5mLチューブに分取し、Wash buffer #1を100μL更に加えて、ビーズ又はアフィニティーゲルを洗浄した。洗浄後、磁気分離又は遠心処理(3000rpm、4℃、5分間)によって、上清とビーズ又はアフィニティーゲルとに分けて、上清を除去した。
【0082】
第二回収工程で回収した上清を、洗浄したビーズ又は洗浄したアフィニティーゲルに加えて、定温で静置した(4℃、1時間)。この操作によって、改変体RpL10aにおけるHA領域(又は3xFLAG領域)(第三タグ領域)に抗HA抗体(又は上記抗FLAG M2抗体)(第三結合タンパク質)が結合し、改変体リボソームと抗HA抗体(又は抗FLAG M2抗体)との複合体が形成される。その後、上記チューブにWash buffer #2を100μL加えて、上記ビーズ又は上記アフィニティーゲルを洗浄した。洗浄後、磁気分離又は遠心処理(3000rpm、4℃、5分間)によって、上清とビーズ又はアフィニティーゲルとに分けて、上清を除去した。この洗浄操作を合計3回行った。
【0083】
洗浄したビーズ又は洗浄したアフィニティーゲルが入っているチューブに、RLT buffer(Qiagen社製、製品番号:79216)を350μL加えて、懸濁液として定温で静置した(5分間、4℃)。その後、RLT bufferを含む上記懸濁液を回収した。以上の操作により第三回収工程を行った。
【0084】
<5.RNAのクリーンアップ(精製)>
上述の第二回収工程又は第三回収工程において回収した「RLT bufferを含む懸濁液」から、RNeasy Micro Kit (Qiagen社製、製品番号:74004)を用いて、RNAを精製した。精製したRNAは、14μLのRNaseを含まない水に溶解した状態で回収した。精製したRNAには、改変体リボソームに結合していたmRNAが含まれている。以上より、改変体リボソームに結合するmRNA(対象mRNA)を回収した。
【0085】
≪対象mRNAに由来するcDNAの合成及び増幅≫
SMART-Seq Single Cell PLUS Kit(Takara Bio社製、製品番号:R400750)に添付の試薬を使用して、以下の手順で対象mRNAに由来するcDNAを合成及び増幅した。
【0086】
<cDNAの合成>
以下の配合組成で10xReaction bufferを調製した。
(10xReaction bufferの組成)
10xLysis buffer: 19μL
RNase inhibitor: 1μL
【0087】
以下の配合組成でmRNA溶液を調製した。調製したmRNA溶液を72℃、3分間の条件で熱処理し、その後、すぐに氷上で2分間、静置した。
(mRNA溶液の組成)
上述の精製したRNAの溶液: 2μL
10xReaction buffer: 1μL
Nuclease-free water: 8.5μL
3’SMART-Seq CDS primer IIA: 1μL
【0088】
以下の配合組成のReverse transcription(RT) master mixを調製した。
(RT master mixの組成)
SMART-Seq sc first strand buffer: 4μL
SMART-Seq sc TSO: 1μL
RNase inhibitor(40U/mL) 0.5μL
SMARTScribe II Reverse transcriptase:2μL
【0089】
その後、以下の配合組成でRT master mixと、上記mRNA溶液とを混合して、cDNA合成反応液を得た。得られたcDNA合成反応液を、PCRサーマルサイクラーを用いて、42℃で180分間処理した後に70℃で10分間処理した。以上の操作によって、対象mRNAに由来するcDNAを合成した。
(cDNA合成反応液の組成)
mRNA溶液: 12.5μL
RT master mix: 7.5μL
【0090】
<Long-distance(LD) PCRによるcDNAの増幅>
以下の配合組成でcDNA増幅反応液を調製した。ここで下記「PCR primer」は、5’キャップ構造に結合するPCRプライマーおよびpoly(A)配列に結合するPCRプライマーを含んでいる。
(cDNA増幅反応液の組成)
cDNA合成反応液: 20μL
SeqAmp CB PCR buffer: 25μL
PCR Primer: 1μL
SeqAmp DNA Polymerase: 1μL
Nuclease free water: 3μL
【0091】
上記cDNA増幅反応液を、PCRサーマルサイクラーを用いて以下のサイクル条件で処理した。なお、「(2)Xサイクル」におけるサイクル数は、定量性を維持するために、後述する「増幅済みcDNAの定量」においてcDNAの収量が1,500pg未満になるように決定した。以上の操作によって、対象mRNAに由来するcDNAを増幅した(増幅工程)。
(PCRのサイクル条件)
(1)95℃ 1分間
(2)Xサイクル:
98℃ 10秒間
65℃ 30秒間
68℃ 3分間
(3)70℃ 10分間
(4)4℃ Forever
【0092】
<増幅済みcDNAの精製>
増幅工程を行った後のcDNA増幅反応液に、AMPure XP Reagent(Beckman Coulter社製、製品番号:A63880)を40μLを加えて混合液として、静置した(室温、8分間)。
【0093】
上記混合液をSMARTer-Seq Magnetic Separator-PCR Strip(Takara Bio社製、製品番号:635011)にセットして、静置した(室温又は25℃、5分間)。その後、上清を除去して、残ったビーズを80%エタノール水溶液(200μL、2回)で洗浄した。洗浄後、80%エタノール水溶液を除去して、ビーズを乾燥させた(室温又は25℃、2~2.5分間)。
【0094】
乾燥させたビーズをElusion buffer(17μL)に懸濁させて静置した(室温又は25℃、2分間)。この懸濁液をSMARTer-Seq Magnetic Separator-PCR Strip(Takara Bio社製、製品名:635011)にセットして、静置した(室温、5分間)。その後、増幅済みcDNAを含む上清を新しい1.5mLチューブに回収した。回収した増幅済みcDNAは、従来法と比較して、純度が高く、後述する遺伝子解析に影響を与える不純物(対象外のDNA、RNA等)をほとんど含まない。そのため、回収した増幅済みcDNAは、リアルタイムPCR、デジタルPCR、DNAマイクロアレイ、次世代シーケンス解析(例えば、TRAP-seq)、及びサザンブロットなど、様々なアプリケーションに好適に使用できる。
【0095】
なお、比較例として、第二回収工程及び増幅工程を行うことなく、第一回収工程で得られた対象mRNAから直接cDNAを合成してサンプルを得ることを試みたが、NGSライブラリーを作製するために十分な量のcDNAを得ることができなかった(図9)。
【0096】
≪NGSライブラリーの作製≫
回収した増幅済みcDNAを用いて、以下の手順でNGSライブラリーを作製した。ここで用いたcDNAは、上述の第二回収工程まで行ったmRNAから作製したものである(第一回収工程のタグ:EGFP、第二回収工程のタグ:FLAG)。
【0097】
<増幅済みcDNAの定量>
回収した増幅済みcDNAを、Qubit dsDNA HS Assay Kit(Molecular probes社製、製品番号:Q32581)を用いて定量した。
【0098】
<増幅済みcDNAのサイズ分布の確認>
回収した増幅済みcDNAのサイズ分布を、Agilent High Sensitivity DNA Kit(Agilent社製、商品番号:5067-4626)及びAgilent 2100 Bioanalyzerを用いて解析した。
【0099】
<NGSライブラリーの作製>
SMART-Seq Single Cell PLUS Kit(Takara Bio社製、製品名:R400750)に添付の試薬を使用して、以下のプロトコルでNGSライブラリーを作製した。
【0100】
Elusion bufferを用いて、上記で定量したcDNAを濃度100pg/μL、容量8μLとなるように調製した。得られた溶液に対して、Stem-Loop Adaptersを4μL加えて、cDNA-Stem-Loop Adapters混合溶液を得た。
【0101】
以下の配合組成をそれぞれ有する1xFE溶液及びLibrary prep master mixを作製した。
(1xFEの組成)
10xFE: 0.1μL
FE Dilution buffer: 0.9μL
【0102】
(Library prep master Mixの組成)
Library prep buffer: 4μL
Rxn enhancer: 3.5μL
Library prep enzyme: 2μL
1xFE: 1μL
【0103】
上記cDNA-Stem-Loop Adapters混合溶液(12μL)に、上記Library prep master mix(10.5μL)を加えた。得られた混合液を、PCRサーマルサイクラーを用いて以下の条件で処理した。
(処理条件)
20℃ 40分間
85℃ 10分間
【0104】
処理した後の上記混合液(22.5μL)に、以下の配合組成を有するLibrary amplification master mix(22.5μL)を加えた。
(Library amplification master Mixの組成)
Amplification buffer: 21.5μL
PrimeSTAR HS DNA Polymerase(5U/mL): 1μL
【0105】
得られた混合液(45μL)に、Index溶液(Takara Bio社製、製品番号:R400751)を5μL加えた。
【0106】
得られた混合液を、PCRサーマルサイクラーを用いて以下のサイクル条件で処理した。
(PCRのサイクル条件)
(1)72℃ 3分間
(2)85℃ 2分間
(3)98℃ 2分間
(4)15 cycles:
98℃ 20秒間
60℃ 75秒間
(5)68℃ 5分間
【0107】
<NGSライブラリーの精製>
上述のPCRを行った後の混合液に、AMPure XP Reagent(Beckman Coulter社製、製品番号:A63880)を30μLを加えて混合液として、静置した(室温又は25℃、5分間)。
【0108】
上記混合液をSMARTer-Seq Magnetic Separator-PCR Strip(Takara Bio社製、製品番号:635011)にセットして、静置した(室温又は25℃、2分間)。その後、上清を除去して、残ったビーズを80%エタノール水溶液(200μL、2回)で洗浄した。洗浄後、80%エタノール水溶液を除去して、ビーズを乾燥させた(室温又は25℃、2~2.5分間)。
【0109】
乾燥させたビーズをElusion buffer(18μL)に懸濁させて静置した(室温、5分間)。この懸濁液をSMARTer-Seq Magnetic Separator-PCR Strip(Takara Bio社製、製品名:635011)にセットして、静置した(室温又は25℃、5分間)。その後、NGSライブラリーを含む上清を新しい1.5mLチューブに回収した。以上の操作により、NGSライブラリーを作製した。
【0110】
≪次世代シーケンス解析(解析工程)≫
得られたNGSライブラリーを、illumina社のNovaseq6000シーケンサーシステムを使用して、公知の方法でシーケンスした。
【0111】
得られたデータは、FastpソフトウェアでAdaptor trimmingを行い、STARソフトウェアでDrosophila melanogaster genome(Release 6)にMappingした。また得られたデータは、StringTieソフトウェアで遺伝子発現量を定量した。主成分分析(PCA解析)(図5)、差次的発現遺伝子の解析(図6図8)、及びネットワーク解析(図7)は、Rソフトウェアを使用した。
【0112】
解析を行った結果、単独飼育群と集団飼育群とでは、発現する遺伝子に差異があることが分かった。
【0113】
以上のように本発明の実施形態及び実施例について説明を行なったが、上述の各実施形態及び各実施例の構成を適宜組み合わせることも当初から予定している。
【0114】
今回開示された実施の形態及び実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施の形態及び実施例ではなく特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味、及び範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
【配列表】
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