(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024077764
(43)【公開日】2024-06-10
(54)【発明の名称】銀被覆材の製造方法、銀被覆材および通電部品
(51)【国際特許分類】
C25D 5/50 20060101AFI20240603BHJP
C25D 5/10 20060101ALI20240603BHJP
C25D 3/46 20060101ALI20240603BHJP
【FI】
C25D5/50
C25D5/10
C25D3/46
【審査請求】有
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022189901
(22)【出願日】2022-11-29
(71)【出願人】
【識別番号】506365131
【氏名又は名称】DOWAメタルテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100129470
【弁理士】
【氏名又は名称】小松 高
(72)【発明者】
【氏名】平井 悠太郎
(72)【発明者】
【氏名】荒井 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 陽介
(72)【発明者】
【氏名】土屋 恵理
【テーマコード(参考)】
4K023
4K024
【Fターム(参考)】
4K023AA24
4K023BA15
4K023CB07
4K023CB21
4K024AA10
4K024AB02
4K024AB03
4K024BA09
4K024BB10
4K024CA02
4K024DA09
4K024DB01
4K024GA01
4K024GA03
(57)【要約】
【課題】厳しい曲げ加工部での銀被覆層の耐剥離性が良好で、かつ微摺動磨耗に対する耐久性も良好な銀被覆材を提供する。
【解決手段】素材上に、ベンゾチアゾール類およびその誘導体を含まない銀めっき液を用いて下部銀めっき層を形成する下部銀めっき工程と、前記下部銀めっき層の上に、ベンゾチアゾール類およびその誘導体から選ばれる1種以上の物質を含む銀めっき液を用いた電気めっき法により上部銀めっき層を形成する上部銀めっき工程と、前記下部銀めっき層および上部銀めっき層を250~400℃の温度域に3~60秒保持する熱処理工程と、を含む銀被覆材の製造方法。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
素材上に、ベンゾチアゾール類およびその誘導体を含まない銀めっき液を用いて下部銀めっき層を形成する下部銀めっき工程と、
前記下部銀めっき層の上に、ベンゾチアゾール類およびその誘導体から選ばれる1種以上の物質を含む銀めっき液を用いた電気めっき法により上部銀めっき層を形成する上部銀めっき工程と、
前記下部銀めっき層および上部銀めっき層を250~400℃の温度域に3~60秒保持する熱処理工程と、
を含む銀被覆材の製造方法。
【請求項2】
前記下部銀めっき層の平均厚さが0.06~3.0μmである、請求項1に記載の銀被覆材の製造方法。
【請求項3】
前記上部銀めっき層の平均厚さが0.3~10.0μmである、請求項1に記載の銀被覆材の製造方法。
【請求項4】
前記上部銀めっき工程で使用する銀めっき液は、ベンゾチアゾール類およびその誘導体から選ばれる1種以上の物質を0.01~0.80モル/Lの濃度で含むものである、請求項1に記載の銀被覆材の製造方法。
【請求項5】
前記上部銀めっき工程において、前記ベンゾチアゾール類およびその誘導体から選ばれる1種以上の物質が、メルカプトベンゾチアゾールおよびその誘導体から選ばれる1種以上の物質である、請求項1に記載の銀被覆材の製造方法。
【請求項6】
前記上部銀めっき工程において、前記ベンゾチアゾール類およびその誘導体から選ばれる1種以上の物質が、ベンゾチアゾール類およびそのアルカリ金属塩から選ばれる1種以上の物質である、請求項1に記載の銀被覆材の製造方法。
【請求項7】
前記下部銀めっき工程に供する前記素材は、銅または銅合金を基材に持つものである、請求項1に記載の銀被覆材の製造方法。
【請求項8】
前記下部銀めっき工程に供する前記素材は、前記下部銀めっき層を形成する表面にニッケルめっき層を有するものである、請求項1に記載の銀被覆材の製造方法。
【請求項9】
前記下部銀めっき層は、銀ストライクめっき層と、その上の銀めっき層からなるものである、請求項1に記載の銀被覆材の製造方法。
【請求項10】
銅または銅合金を基材に持つ素材の表面に銀被覆層が形成されている銀被覆材であって、XPS(X線光電子分光分析法)による前記銀被覆層の深さ方向元素濃度プロファイルにおいて、銀の原子割合が最大値の1/2に減少する深さ位置の累積スパッタ時間をt0(分)とし、銀のプロファイル曲線上で、累積スパッタ時間がt0/2より小さい領域(試料最表面側)での銀の原子割合最大点を点P1、累積スパッタ時間がt0/2より大きい領域(試料中心側)での銀の原子割合最大点を点P2、点P1と点P2の間での銀の原子割合最小点を点Qとするとき、点Qでの銀の原子割合Ag(Q)と点P1での銀の原子割合Ag(P1)の比Ag(Q)/Ag(P1)が0.90以下、前記Ag(Q)と点P2での銀の原子割合Ag(P2)の比Ag(Q)/Ag(P2)が0.90以下、点Qに相当する深さ位置でのC/Ag原子比が0.15以上、かつ点P2に相当する深さ位置でのC/Ag原子比が0.10以下である銀被覆材。
【請求項11】
前記銀被覆層の銀の平均結晶子径が20nm以上である、請求項10に記載の銀被覆材。
【請求項12】
請求項10または11に記載の銀被覆材を材料に用いた通電部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車載用や民生用の電気配線に使用されるコネクタ、スイッチ、リレーなどの接点や、端子部品の材料として有用な銀被覆材の製造方法に関する。また、その製造方法によって得ることができる銀被覆材、およびその銀被覆材を材料に用いた通電部品に関する。ここで、「銀被覆材」とは銀被覆層が形成されている材料を意味する。「銀被覆層」は素材の表面上に形成された銀の層であり、1層または2層以上の銀めっき層からなる銀層や、それらの銀層に熱処理を加えて得られた銀層などがこれに該当する。
【背景技術】
【0002】
従来、コネクタやスイッチなどの接点や端子部品などの材料として、銅または銅合金、ステンレス鋼など、比較的安価で耐食性や機械的特性などに優れた素材に、電気特性、はんだ付け性などの必要な特性に応じて、錫、銀、金などのめっきを施しためっき材が使用されている。これらのうち、錫めっき材は、安価であるが高温環境下における耐食性に劣る。金めっき材は、耐食性に優れ信頼性が高いが、高コストである。一方、銀めっき材は、金めっき材と比べて安価であり、錫めっき材と比べて耐食性に優れるという利点を持つ。
【0003】
コネクタやスイッチなどの接点や端子部品などの材料には、コネクタの挿抜やスイッチの摺動に伴う耐摩耗性も要求される。しかし、銀めっき材は軟質で摩耗し易いため、銀めっき材を接続端子などの材料として使用すると、挿抜や摺動により凝着して凝着摩耗が生じ易くなったり、接続端子の挿入時に表面が削られて摩擦係数が高くなり挿入力が増加したりする問題があった。
【0004】
本出願人は、従来よりも耐摩耗性に優れた銀めっき材を得る手法を特許文献1に開示した。その手法は、所定量のベンゾチアゾール類またはその誘導体を含むめっき液を使用するというものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に開示の手法に従えば、銀めっき層の耐摩耗性を従来よりも顕著に向上させることができる。しかし、特許文献1の手法で得られた銀めっき材では、厳しい曲げ加工を施した部位などにおける銀めっき層の耐剥離性に関しては、必ずしも十分であるとは言えず、改善の余地があることがわかった。また、自動車用の端子、コネクタなど、振動する環境で使用される銀被覆材には、微摺動磨耗に対する耐久性改善の要求も高まっている。
【0007】
本発明は、厳しい曲げ加工部での銀被覆層の耐剥離性が良好で、かつ微摺動磨耗に対する耐久性も良好な銀被覆材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは検討の結果、炭素や硫黄が添加されていない通常の銀めっき層の上に、ベンゾチアゾール類またはその誘導体を含む銀めっき液を用いた電気めっきにより炭素および硫黄が導入された銀めっき層を形成し、その後、熱処理によって上記複層の銀めっき層に由来する改質された銀被覆層を構築することにより、上記目的が達成できることを見出した。本明細書では以下の発明を開示する。
【0009】
[1]素材上に、ベンゾチアゾール類およびその誘導体を含まない銀めっき液を用いて下部銀めっき層を形成する下部銀めっき工程と、
前記下部銀めっき層の上に、ベンゾチアゾール類およびその誘導体から選ばれる1種以上の物質を含む銀めっき液を用いた電気めっき法により上部銀めっき層を形成する上部銀めっき工程と、
前記下部銀めっき層および上部銀めっき層を250~400℃の温度域に3~60秒保持する熱処理工程と、
を含む銀被覆材の製造方法。
[2]前記下部銀めっき層の平均厚さが0.06~3.0μmである、上記[1]に記載の銀被覆材の製造方法。
[3]前記上部銀めっき層の平均厚さが0.3~10.0μmである、上記[1]または[2]に記載の銀被覆材の製造方法。
[4]前記上部銀めっき工程で使用する銀めっき液は、ベンゾチアゾール類およびその誘導体から選ばれる1種以上の物質を0.01~0.80モル/Lの濃度で含むものである、上記[1]~[3]のいずれかに記載の銀被覆材の製造方法。
[5]前記上部銀めっき工程において、前記ベンゾチアゾール類およびその誘導体から選ばれる1種以上の物質が、メルカプトベンゾチアゾールおよびその誘導体から選ばれる1種以上の物質である、上記[1]~[4]のいずれかに記載の銀被覆材の製造方法。
[6]前記上部銀めっき工程において、前記ベンゾチアゾール類およびその誘導体から選ばれる1種以上の物質が、ベンゾチアゾール類およびそのアルカリ金属塩から選ばれる1種以上の物質である、上記[1]~[4]のいずれかに記載の銀被覆材の製造方法。
[7]前記下部銀めっき工程に供する前記素材は、銅または銅合金を基材に持つものである、上記[1]~[6]のいずれかに記載の銀被覆材の製造方法。
[8]前記下部銀めっき工程に供する前記素材は、前記下部銀めっき層を形成する表面にニッケルめっき層を有するものである、上記[1]~[7]のいずれかに記載の銀被覆材の製造方法。
[9]前記下部銀めっき層は、銀ストライクめっき層と、その上の銀めっき層からなるものである、上記[1]~[8]のいずれかに記載の銀被覆材の製造方法。
[10]銅または銅合金を基材に持つ素材の表面に銀被覆層が形成されている銀被覆材であって、XPS(X線光電子分光分析法)による前記銀被覆層の深さ方向元素濃度プロファイルにおいて、銀の原子割合が最大値の1/2に減少する深さ位置の累積スパッタ時間をt0(分)とし、銀のプロファイル曲線上で、累積スパッタ時間がt0/2より小さい領域(試料最表面側)での銀の原子割合最大点を点P1、累積スパッタ時間がt0/2より大きい領域(試料中心側)での銀の原子割合最大点を点P2、点P1と点P2の間での銀の原子割合最小点を点Qとするとき、点Qでの銀の原子割合Ag(Q)と点P1での銀の原子割合Ag(P1)の比Ag(Q)/Ag(P1)が0.90以下、前記Ag(Q)と点P2での銀の原子割合Ag(P2)の比Ag(Q)/Ag(P2)が0.90以下、点Qに相当する深さ位置でのC/Ag原子比が0.15以上、かつ点P2に相当する深さ位置でのC/Ag原子比が0.10以下である銀被覆材。
[11]前記銀被覆層の銀の平均結晶子径が20nm以上である、上記[10]に記載の銀被覆材。
[12]上記[10]または[11]に記載の銀被覆材を材料に用いた通電部品。
【0010】
本明細書において、数値範囲を示す表記「n1~n2」は、「n1以上n2以下」であることを意味する。ここで、n1、n2は、n1<n2を満たす数値である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、厳しい曲げ加工部での銀被覆層の耐剥離性が良好で、かつ微摺動磨耗に対する耐久性も良好な銀被覆材が提供可能となった。したがって本発明は、とくに振動に曝される車載部品として使用されるコネクタ等の通電部品の信頼性向上に資するものである。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の銀被覆材の製造方法における、熱処理工程に供するための材料の実施態様である断面構造を模式的に例示した図。
【
図2】本発明の銀被覆材の製造方法における、熱処理工程後の材料の実施態様である断面構造を模式的に例示した図。
【
図3】比較例1で得られた供試材の銀被覆層についてのXPSによる深さ方向の元素濃度プロファイル。
【
図4】実施例3で得られた供試材の銀被覆層についてのXPSによる深さ方向の元素濃度プロファイル。
【発明を実施するための形態】
【0013】
図1に、本発明の銀被覆材の製造方法における、熱処理工程に供するための材料の実施態様である断面構造を模式的に例示する。素材10の上に、下部銀めっき層20と上部銀めっき層30が形成されている。ここで言う「素材」は、下部銀めっき層20を形成させるための「被めっき材」に相当する材料を意味する。図示の例における素材10は、基材1の上に、下地めっき層2を有している。
【0014】
基材1としては、銅または銅合金、ステンレス鋼、アルミニウムまたはアルミニウム合金、鉄-ニッケル系合金、ニッケル基合金などが例示できる。通電部品の用途を考慮すると、銅または銅合金を基材とする材料が好ましい。下地めっき層2は、基材に対する銀被覆層の密着性を十分に確保する上で有効な層であり、例えば銅、ニッケル、またはそれらの合金からなるめっき層が例示できる。耐熱性の観点からはニッケルめっき層が好ましい。
【0015】
下部銀めっき層20としては、炭素や硫黄が添加されていない銀層(不可避的な微量の炭素、硫黄の混入は許容される)が適用される。下部銀めっき層20は複数の銀めっき工程によって形成されたものであってもよい。図示の例では、銀ストライクめっき層3と、その上に形成された銀めっき層4によって下部銀めっき層20が構成されている。銀ストライクめっき層3は平均厚さが例えば0.001~0.05μm、あるいは0.001~0.02μmと非常に薄い電気銀めっき層であり、メインとなる銀めっき層を形成させるための下地処理として必要に応じて形成される銀皮膜である。上部銀めっき層30は、炭素および硫黄が添加された銀めっき層であり、後述の手法により形成させることができる。
【0016】
図2に、本発明の銀被覆材の製造方法における、熱処理工程後の材料の実施態様である、走査電子顕微鏡(SEM)により観察可能な断面構造を模式的に例示する。熱処理によって、隣接する各銀層に由来する銀被覆層40が形成されている。
図1に示した断面構造の材料に熱処理を施した場合は、
図2に示すように、基材1上に下地めっき層2と銀被覆層40がある。その銀めっき層40は、銀ストライクめっき層3と銀めっき層4とからなる下部銀めっき層20、および上部銀めっき層30に由来するものである。
【0017】
[下部銀めっき工程]
まず、上記の素材(被めっき材)の上に、ベンゾチアゾール類およびその誘導体を含まない銀めっき液を用いて下部銀めっき層を形成する。「ベンゾチアゾール類およびその誘導体を含まない銀めっき液」は、後述の上部銀めっき工程と区別するための規定である。すなわち、下部銀めっき工程では、従来一般的な公知の手法で銀めっき層を形成させることができる。銀ストライクめっき工程と、通常の銀めっき工程を行うといった、複数のめっき工程によって実施することも可能である。下部銀めっき層中の炭素および硫黄の混入量は、一般的なシアン系の銀めっき液(例えば光沢銀めっき液、無光沢銀めっき液など)を使用した電気銀めっき層と同等レベルまでは十分に許容される。具体的には、銀めっき液中のベンゾチアゾール類およびその誘導体から選ばれる1種以上の物質の濃度は、例えば0.001モル/L以下の範囲であり、銀めっき層中の炭素と銀の原子数の比を表すC/Ag原子比が0.020以下、硫黄と銀の原子数の比を表すS/Ag原子比が0.003以下であることが好ましい。通常、銀ストライクめっき層の形成、その上への銀めっき層の形成とも、シアン系の銀めっき液を使用した電気銀めっき法を採用すればよい。シアン化合物以外の錯化剤を使用した銀めっき液の適用も排除されない。下部銀めっき層の平均厚さは0.06~3.0μmの範囲で設定することが好ましく、0.1~1.0μmの範囲で設定することがより好ましい。経済性を考慮すると、後述の上部銀めっき層の平均厚さに対し0.5倍以下の範囲で設定することが好ましい。
【0018】
下部銀めっき層20を構成するメインの銀めっき層(銀ストライクめっきを除く部分であり
図1の例では符号4に相当する部分)を形成させるための好ましいめっき条件として、以下の態様が例示できる。
例えばシアン化銀カリウム(K[Ag(CN)
2])とシアン化カリウム(KCN)を含む水溶液からなる銀めっき液中において、電流密度1~10A/dm
2、通電時間1~90秒の範囲で設定した条件にて電気銀めっきを施すことができる。その銀めっき液には、必要に応じて光沢剤などの添加成分(例えばセレン)を含有させることができる。このような条件で得られる銀めっき層4は、99.0質量%以上のAgを含有する銀のめっき層であることが好ましい。
【0019】
なお、ベンゾチアゾール類およびその誘導体を含まない銀めっき液を用いて形成された銀めっき層であっても、例えば銀ストライクめっき層のみからなる銀皮膜のように、平均厚さが0.05μm以下と非常に薄いものは、本発明で対象とする「下部銀めっき層」(
図1の例では符号20)には該当しないとみなす。
【0020】
[上部銀めっき工程]
次に、上記の下部銀めっき層20の上に、炭素と硫黄を含む銀めっき層を形成させる。下部銀めっき層20の厚さ中央付近についてのXPS(X線光電子分光分析法)による測定データにおいて、炭素と銀の原子数の比を表すC/Ag原子比が例えば0.050~0.200、硫黄と銀の原子数の比を表すS/Ag原子比が例えば0.005~0.050である銀めっき層を形成させることが好ましい。このような炭素と硫黄を含む上部銀めっき層は30、例えば以下のような電気銀めっき法によって形成させることができる。
【0021】
(上部銀めっき工程のめっき液)
銀めっき液としては、シアン含有銀めっき液を使用することが好ましい。シアン含有銀めっき液の主成分であるシアン含有物質、銀含有物質に関しては、従来公知のものが適用できる。例えば、シアン化銀カリウム(K[Ag(CN)2])またはシアン化銀(AgCN)と、シアン化カリウム(KCN)またはシアン化ナトリウム(NaCN)とを含有する水溶液が好適である。
【0022】
めっき液への添加剤として、本発明では、ベンゾチアゾール類およびその誘導体から選ばれる1種以上の物質を適用する。この点は特許文献1の技術と同様である。ベンゾチアゾール(C7H5NS)は、ベンゼン骨格とチアゾール骨格を有する複素環式化合物である。ベンゾチアゾール類は、2-メルカプトベンゾチアゾールなどのメルカプト基(-SH)を有するベンゾチアゾールであることが好ましい。また、ベンゾチアゾール類の誘導体として、2-メルカプトベンゾチアゾールナトリウム(ナトリウムメルカプトベンゾチアゾール(SMBT))、亜鉛-2-メルカプトベンゾチアゾール、5-クロロ-2-メルカプトベンゾチアゾール、6-アミノ-2-メルカプトベンゾチアゾール、6-ニトロ-2-メルカプトベンゾチアゾール、2-メルカプト-5-メトキシベンゾチアゾールなどを使用することができる。これらのベンゾチアゾール類の誘導体のうち、ベンゾチアゾール類のアルカリ金属塩が好ましく、例えば2-メルカプトベンゾチアゾールナトリウム(ナトリウムメルカプトベンゾチアゾール(SMBT))などの、ベンゾチアゾール類のナトリウム塩が好適である。
【0023】
銀めっき液中に有機添加剤としてメルカプトベンゾチアゾールなどのベンゾチアゾール類またはそのアルカリ金属塩(好ましくはナトリウム塩)を添加して電気銀めっきを行うと、形成される銀めっき層中に有機添加剤由来の成分(炭素や硫黄を含む成分)が取り込まれ、後述の熱処理によって形成される銀被覆層の中に前記の有機添加剤由来の成分が含有されることによって耐摩耗性が向上するものと考えられる。また、有機添加剤由来の成分の潤滑効果により表層の摩擦係数を低下させることができると考えられる。摩擦係数の低下は、銀被覆材を接続端子などの材料として使用した場合に、挿抜や摺動による凝着の発生抑制作用を発揮し、そのことも耐摩耗性の向上に有効であると推察される。後述の熱処理後においても銀被覆層中には有機添加剤由来の成分が含まれることから、上記の耐摩耗性向上効果は維持される。なお、メルカプトベンゾチアゾールまたはその誘導体を使用すると、有機添加剤の成分を銀めっき層中に取り込みやすくなり、好ましい。
【0024】
銀めっき液中のフリーシアンの濃度は、例えば3~70g/Lの範囲で設定することができ、10~70g/Lとすることがより好ましく、15~60g/Lとすることが更に好ましい。銀めっき液中のフリーシアンの濃度は、銀めっき液を水で希釈した後に、ヨウ化カリウム水溶液を加えて、銀めっき液が白濁するまで硝酸銀水溶液を滴下して、その滴下量から求めることができる。
【0025】
銀めっき液中のベンゾチアゾール類およびその誘導体から選ばれる1種以上の物質の濃度は、例えば0.01~0.80モル/Lの範囲で設定することができ、0.015~0.35モル/Lとすることが好ましく、0.03~0.3モル/Lとすることがより好ましく、0.07~0.25モル/Lとすることが更に好ましい。
【0026】
銀めっき液中の銀の濃度は、例えば15~150g/Lの範囲で設定することができ、30~120g/Lとすることがより好ましい。銀めっき液中のシアン化銀カリウムまたはシアン化銀の濃度は、例えば30~220g/Lの範囲で設定することができ、50~200g/Lとすることがより好ましい。銀めっき液中のシアン化カリウムまたはシアン化ナトリウムの濃度は、例えば30~150g/Lの範囲で設定することができ、35~145g/Lとすることがより好ましく、38~110g/Lとすることが更に好ましい。銀めっき液中のベンゾチアゾール類またはそのアルカリ金属塩の濃度は、例えば15~70g/Lの範囲で設定することができ、20~50g/Lの範囲に管理してもよい。
【0027】
(上部銀めっき工程の銀めっき条件)
上部銀めっき層30を形成させるための電気銀めっきは、液温15~50℃で行われるのが好ましく、液温18~47℃で行われるのがさらに好ましい。この電気銀めっきの電流密度は例えば0.5~12A/dm2の範囲で設定することができ、0.5~10A/dm2で行うことがより好ましい。欠陥の少ない良好な銀めっき層を効率良く形成するためには、2A/dm2以上の電流密度を確保することが好ましく、3A/dm2以上とすることがより好ましい。めっき時間は、この電気銀めっきによって形成される上部銀めっき層30の平均厚さが例えば0.3~10.0μm、より好ましくは0.5~3.0μmの範囲となるように、用途に応じて設定すればよい。
【0028】
[熱処理工程]
特許文献1に開示されるように、添加剤としてベンゾチアゾール類またはその誘導体を使用した銀めっき液で電気銀めっきを行うと、銀被覆層の耐摩耗性を顕著に向上させることができる。その反面、厳しい曲げ加工を施した箇所での銀被覆層の耐剥離性に関しては、従来一般的な銀めっき材よりも低下してしまう。発明者らの検討によれば、上記のように隣接する下部銀めっき層20と上部銀めっき層30とによって構成される銀被覆層に対して、250~400℃の温度域に3~60秒保持する熱処理補施すことによって、耐摩耗性の改善効果を維持したまま、厳しい曲げ加工部での銀被覆層40の耐剥離性をも従来一般的な銀めっき材と同等以上に回復させることができる。
【0029】
下部銀めっき層20は銀濃度が高く炭素濃度が低い通常の銀めっき層である。一方、上部銀めっき層30は炭素や硫黄が導入されたことによって相対的に銀濃度が下部銀めっき層20よりも低くなっている。これら異種の銀めっき層が隣接してなる銀被覆層に上記の熱処理を施すと、原子の拡散によって、新たな構造の銀被覆層40が形成される。その新たな構造は、銀被覆層の深さ方向最表面寄りの領域と基材寄りの領域の両方において銀濃度が高く、それらの間の領域では銀濃度が低い、特異な銀濃度分布を呈するものとなる。また、銀被覆層40中の基材寄りには銀濃度が高く、かつ炭素濃度が低い領域の存在が維持される。このような銀被覆層中の典型的な元素分布は後述の
図4に示される。
【0030】
このような元素濃度分布を呈する銀被覆層によって厳しい曲げ加工部での銀被覆層の耐剥離性低下が克服されるメカニズムについては現時点で未解明であるが、熱処理後の銀被覆層の基材寄りに銀濃度が高く炭素濃度が低い領域が存在することが影響している可能性がある。
【0031】
熱処理条件は、上部銀めっき工程を終えた銀被覆層を250~400℃の温度域に3~60秒、より好ましくは3~30秒保持する条件とする。この熱処理では銀被覆層の最高到達温度TMAXが250~400℃の範囲となり、銀被覆層の温度が250℃以上Tmax(℃)以下となる時間が3~60秒、より好ましくは3~30秒の範囲となるヒートパターンを採用する。最高到達温度Tmaxが低すぎる場合や、250~400℃での保持時間が短すぎる場合は、厳しい曲げ加工部での銀被覆層の耐剥離性改善効果が十分に得られない恐れがある。最高到達温度Tmaxが高すぎる場合や、250~400℃での保持時間が長すぎる場合は、耐摩耗性、特に微摺動磨耗に対する耐久性を安定して高く維持する上で不利となる。この熱処理は大気雰囲気で実施することができる。実際の製品製造現場では、使用する加熱装置において予め基材の板厚に応じた銀被覆層のヒートカーブ(温度の経時変化)を予備実験により把握しておくことにより、適正な熱処理条件にコントロールすることができる。
【0032】
[銀被覆材]
上記の下部銀めっき工程、上部銀めっき工程および熱処理工程を経て得られた、本発明に従う銀被覆材は、微摺動磨耗に対する耐久性が顕著に改善されており、かつ厳しい曲げ加工を施した部位での銀被覆層の耐剥離性についても一般的な銀めっき材と同様に優れている。その銀被覆層は上述のように、深さ方向最表面寄りの領域と基材寄りの領域の両方において銀濃度が高く、それらの間の領域では銀濃度が低くなっている。また、銀被覆中の炭素は、深さ方向中央寄りに濃化する傾向が見られ、特に銀被覆層の基材寄りには銀濃度が高く、かつ炭素濃度が低い領域が形成されている。より具体的には、本発明の好ましい態様である銀被覆材の銀被覆層は、XPS(X線光電子分光分析法)による前記銀被覆層の深さ方向元素濃度プロファイルにおいて、銀の原子割合が最大値の1/2に減少する深さ位置の累積スパッタ時間をt0(分)とし、銀のプロファイル曲線上で、累積スパッタ時間がt0/2より小さい領域(試料最表面側)での銀の原子割合最大点を点P1、累積スパッタ時間がt0/2より大きい領域(試料中心側)での銀の原子割合最大点を点P2、点P1と点P2の間での銀の原子割合最小点を点Qとするとき、点Qでの銀の原子割合Ag(Q)と点P1での銀の原子割合Ag(P1)の比Ag(Q)/Ag(P1)が0.90以下、前記Ag(Q)と点P2での銀の原子割合Ag(P2)の比Ag(Q)/Ag(P2)が0.90以下、点Qに相当する深さ位置でのC/Ag原子比が0.15以上、かつ点P2に相当する深さ位置でのC/Ag原子比が0.10以下であることによって特定される。
【0033】
後述の実施例3(熱処理条件;最高到達温度350℃、250℃以上最高到達温度以下の温度域での保持時間10秒)で得られた銀被覆層についてのXPSによる深さ方向の元素濃度プロファイルを示した
図4を例に、上記本発明の規定の充足可否の判定方法について説明する。この例では、銀の原子割合が最大値の1/2に減少する深さ位置のアルゴンによる累積スパッタ時間t
0は47分、t
0/2は23.5分である。
図4中には、銀のプロファイル曲線上において、累積スパッタ時間がt
0/2より小さい領域(試料最表面側)での銀の原子割合最大点をP
1、累積スパッタ時間がt
0/2より大きい領域(試料中心側)での銀の原子割合最大点をP
2と表示してある。また、点P
1と点P
2の間での銀の原子割合最小点をQと表示してある。この例では、点Qでの銀の原子割合Ag(Q)と点P
1での銀の原子割合Ag(P
1)の比Ag(Q)/Ag(P
1)は0.824であり、上記本発明の規定「0.90以下」を充足している。前記Ag(Q)と点P
2での銀の原子割合Ag(P
2)の比Ag(Q)/Ag(P
2)は0.820であり、これも上記本発明の規定「0.90以下」を充足している。点Qに相当する深さ位置でのC/Ag原子比は0.278であり、上記本発明の規定「0.15以上」を充足している。点P
2に相当する深さ位置でのC/Ag原子比は0.054であり、これも上記本発明の規定「0.10以下」を充足している。
【0034】
また、本発明に従う銀被覆材は、熱処理によって得られた銀被覆層の平均結晶子径が20nm以上であることが好ましい。銀の結晶粒が過度に微細化していないことによって、銀めっき層の塑性変形が適度に生じ易くなることが考えられ、特に炭素と硫黄を含有する銀被覆層の厳しい曲げ加工部での耐剥離性向上に有利となる。平均結晶子径の上限は特に規定していないが、例えば120nm以下であればよい。本発明に従う銀被覆材における銀被覆層の平均厚さは、例えば蛍光X線膜厚計による測定で、0.5~5μmであることが好ましく、0.7~3μmであることがより好ましい。
【0035】
本発明に従う銀被覆材の代表的な形態は、金属板の少なくとも片側表面に銀被覆層を持つ板材(銀被覆金属板材)である。その板厚は例えば0.05~3.5mmとすることができ、0.1~3.0mmであることがより好ましい。ここで「板材」とはシート状の金属材料を意味する。薄いシート状の金属材料は「箔」と呼ばれることもあるが、そのような「箔」もここでいう「板材」に含まれる。コイル状に巻き取られた長尺のシート状金属材料も「板材」に含まれる。また、シート状の金属材料の厚さを「板厚」と呼ぶ。
【0036】
[通電部品]
上記の銀被覆材を公知の方法で加工して、コネクタ、スイッチ、リレーなどの通電部品を得ることができ、特に高耐圧部品にも適用可能である。本発明に従う銀被覆材を用いた通電部品では、上述した銀被覆層が接触相手材と摺接し得る部分を構成する構造を有していることが、効果的である。
【実施例0037】
[実施例1]
(前処理)
基材として、無酸素銅(C1020、1/2H)からなる67mm×50mm×0.3mmの圧延板を用意した。アルカリ脱脂液中でこの基材を陰極、ステンレス鋼板を陽極として、電圧5Vで30秒間電解脱脂を施し、基材を水洗した後、3%硫酸水溶液中に15秒間浸漬することにより酸洗した。このようにして表面を清浄化した基材に対して、以下に示す工程を順次施し、銀被覆材を作製した。
【0038】
(下地ニッケルめっき工程)
スルファミン酸ニッケル四水和物540g/L、塩化ニッケル25g/L、およびホウ酸35g/Lを含む水溶液からなる無光沢ニッケルめっき液中において、前処理を行った基材を陰極とし、ニッケル電極板を陽極として、スターラーにより500rpmで撹拌しながら液温50℃、電流密度7A/dm2の条件で70秒間電気めっきを行って、基材上に無光沢下地ニッケルめっき層を形成した。この板材試料の表面中央部において、下地ニッケルめっき層の厚さを蛍光X線膜厚計(株式会社日立ハイテクサイエンス製、SFT-110A)により測定したところ、1μmであった。
【0039】
(下部銀めっき工程)
銀ストライクめっき工程
シアン化銀カリウム(K[Ag(CN)2])3g/L、およびシアン化カリウム(KCN)90g/Lを含む水溶液からなる銀ストライクめっき液中において、上記の下地ニッケルめっき層が形成された板材試料を陰極とし、白金で被覆したチタン電極板を陽極として、スターラーにより500rpmで撹拌しながら室温(25℃)において電流密度2.0A/dm2で10秒間電気めっきを行って、平均厚さ0.01μm程度の銀ストライクめっき層を形成した。その後、水洗して銀ストライクめっき液を十分に洗い流した。
【0040】
銀めっき工程
シアン化銀カリウム(K[Ag(CN)2])175g/L、シアン化カリウム(KCN)95g/Lを含み、さらにセレン濃度が37mg/Lとなる量のセレノシアン酸カリウム(KSeCN)を含む水溶液からなる銀めっき液中において、上記の銀ストライクめっき層が形成された板材試料を陰極とし、銀電極板を陽極として、スターラーにより500rpmで撹拌しながら液温18℃、電流密度7A/dm2の条件で4秒間電気めっきを行って、銀めっき層を形成した。この板材試料の表面中央部において、ここで形成した銀めっき層と銀ストライクめっき層とからなる下部銀めっき層の厚さを上記の蛍光X線膜厚計により測定したところ、0.2μmであった。
【0041】
(上部銀めっき工程)
シアン化銀カリウム(K[Ag(CN)2])175g/L、シアン化カリウム(KCN)95g/L、およびベンゾチアゾール類またはその誘導体に該当する物質として2-メルカプトベンゾチアゾールナトリウム(C7H4NNaS2)30g/L(=0.16モル/L)を含む水溶液からなる銀めっき液中において、上記の下部銀めっき層が形成された板材試料を陰極とし、銀電極板を陽極として、スターラーにより500rpmで撹拌しながら液温35℃、電流密度7A/dm2の条件で18秒間電気めっきを行って、上部銀めっき層を形成した。なお、銀めっき液中のフリーシアンの濃度は38g/Lである。この板材試料の表面中央部において、下部銀めっき層と上部銀めっき層のトータル厚さを上記の蛍光X線膜厚計により測定したところ、1.2μmであった。このようにして、板材の両面に下部銀めっき層と上部銀めっき層を有する銀被覆材を得た。
表1中に各銀めっき層の厚さを示してある。上部銀めっき層の厚さは、下部銀めっき層と上部銀めっき層のトータル厚さの測定値から、下部銀めっき層厚さの測定値を差し引いた値を記載してある(以下の各例において同様。)。本例の場合、上部銀めっき層の厚さは1.2μm-0.2μm=1μmと求まる。
【0042】
(熱処理工程)
卓上ホットスターラーの温調機能を利用して上記の上部銀めっき工程で得られた板材試料の銀被覆層に熱処理を施した。具体的には、卓上ホットスターラーの温度を300℃に設定し、温度が設定値に安定したのち、板材試料を卓上ホットスターラーのフラットな盤面上に載置し、板材試料の片側の銀被覆層を卓上ホットスターラーの盤面と密着させた。載置開始から30秒後に板材試料を卓上ホットスターラーの盤面から離し、常温の空気中で放冷した。すなわち載置時間は30秒である。この実験では片側表面からの加熱としたが、別途予備実験によるヒートカーブの測定により、卓上ホットスターラーの盤面に対して反対側の表面まで急速に昇温し、両側の銀被覆層の最高到達温度Tmaxはともに卓上ホッとスターラーの設定温度とほぼ等しくなること、および両側の銀被覆層が250℃以上Tmax(℃)以下の温度域に保持される時間は載置時間とほぼ同じとなることが確認された。したがって、本例では、両側の銀被覆層いずれにおいても250℃以上300℃(Tmax)以下の温度域に保持される時間は30秒であるとみなすことができる。
このようにして熱処理工程を終えた銀被覆材を得た。
【0043】
得られた銀被覆材を供試材として、以下の試験に供した。
(180°曲げ試験)
供試材である板材について180°曲げ加工を施したのち、その曲げ部を概ね元の板形状まで曲げ戻し、曲げ部の外側表面および内側表面を観察することにより銀被覆層の剥離が生じるかどうかを検査した。この試験で曲げ部の外側表面と内側表面のいずれにも銀被覆層の剥離(脱落)および浮きが認められなかったものを◎(耐剥離性:優秀)、曲げ部の外側表面と内側表面のいずれにも銀被覆層の剥離(脱落)が認められないが、少なくとも一方の銀被覆層に軽微な浮きが認められたものを○(耐剥離性:良好)、曲げ部の外側表面と内側表面の少なくとも一方の銀被覆層に銀被覆層の剥離(脱落)が認められたものを×(耐剥離性:不良)とし、○評価以上を合格と判定した。
本例で得た銀被覆材は◎評価であった。
【0044】
(微摺動耐久試験)
供試材である銀被覆材を2枚用意し、一方をインデント加工(内側R=1.5mm)して圧子として使用し、他方を平板状の評価試料として使用し、精密摺動試験装置(株式会社山崎精機研究所製、CRS-G2050-DWA)により、評価試料に圧子を一定の荷重(5N)で押し当てながら、微摺動の往復動作(摺動距離0.1mm、摺動速度0.2mm/s)を継続し、接触抵抗が0.5mΩを超えたときの往復摺動回数を、当該銀被覆層の耐久回数とした。この条件での耐久回数が3500回以上であれば、当該銀被覆層は微摺動に対する優れた耐摩耗性を有すると判断できる。したがって、耐久回数が3500回未満のものを×評価(耐微摺動摩耗性:不十分)、3500回以上5000回未満のものを○評価(耐微摺動摩耗性:良好)、5000回以上のものを◎評価(耐微摺動摩耗性:優秀)とし、○評価以上を合格と判定した。
本例で得た銀被覆材の耐久回数は3700回であり、○評価であった。
【0045】
(接触抵抗の測定)
供試材表面の銀被覆層について、上記の精密摺動試験装置を用いて接触抵抗を測定した。その結果、本例の銀被覆材の接触抵抗は0.23mΩであった。
【0046】
(結晶子径の測定)
供試材の銀被覆層について、X線回折装置(株式会社リガク製の全自動多目的水平型X線回折装置、Smart Lab)によって測定したCu-Kα線によるX線回折パターンに基づき、銀結晶の(111)面、(200)面、(220)面および(311)面の各々の結晶面に垂直方向の結晶子径を、各々のピークの半価幅からシェラー(Scherrer)の式によりそれぞれ算出し、各結晶面の配向比率による重みづけをして、各結晶面の結晶子径の加重平均により平均結晶子径を算出した。ここで、シェラーの定数を0.9400とした。
半価幅の測定には、2θが38°付近に現れる(111)ピークと、44°付近に現れる(200)ピークと、64°付近に現れる(220)ピークと、77°付近に現れる(311)ピーク)を使用した。
上記の配向比率として、Cu管球、Kβフィルタ法を用いて、走査範囲2θ/θを走査して得られたX線回折パターンに基づく銀めっき皮膜の(111)面、(200)面、(220)面および(311)面の各々のX線回折ピークの強度を、JCPDSカードNo.40783に記載された各々の相対強度比(粉末測定時の相対強度比)((111):(200):(220):(311)=100:40:25:26)で割ることにより補正して得られた値(補正強度)を使用した。
その結果、本例で得た銀被覆材における銀被覆層の平均結晶子径は60.2nmであった。
以上の結果を表1にまとめて示す。
【0047】
[実施例2]
熱処理工程において、卓上ホットスターラーの設定温度を350℃とし、卓上ホットスターラーへの載置時間を5秒としたことを除き、実施例1と同様の方法で銀被覆材を作製した。
本例で得た銀被覆材は、180°曲げ試験による耐剥離性が◎評価、微摺動耐久試験による耐微摺動摩耗性も◎評価(耐久回数8200回)であった。また、接触抵抗は0.23mΩ、銀被覆層の平均結晶子径は25.0nmであった。
【0048】
[実施例3]
熱処理工程において、卓上ホットスターラーの設定温度を350℃とし、卓上ホットスターラーへの載置時間を10秒としたことを除き、実施例1と同様の方法で銀被覆材を作製した。
本例で得た銀被覆材は、180°曲げ試験による耐剥離性が◎評価、微摺動耐久試験による耐微摺動摩耗性も◎評価(耐久回数10000回)であった。また、接触抵抗は0.18mΩ、銀被覆層の平均結晶子径は88.8nmであった。
【0049】
[比較例1]
熱処理工程を実施せず、実施例1と同様の方法で上部銀めっき工程までを終えた段階の銀被覆材を供試材とした。
本例で得た銀被覆材は、180°曲げ試験による耐剥離性が×評価、微摺動耐久試験による耐微摺動摩耗性が◎評価(耐久回数6000回)であった。また、接触抵抗は0.29mΩ、銀被覆層の平均結晶子径は16.6nmであった。
熱処理を行わない場合には、厳しい曲げ加工を施した部位での銀被覆層の耐剥離性は改善されないことがわかる。
【0050】
[比較例2]
下部銀めっき工程で銀ストライクめっき層のみを形成しメインの銀めっき層の形成を省略したこと、および熱処理工程を省略したことを除き、実施例1と同様の方法で銀被覆材を作製した。
本例で得た銀被覆材は、180°曲げ試験による耐剥離性が×評価、微摺動耐久試験による耐微摺動摩耗性が○評価(耐久回数4800回)であった。
この銀被覆材は特許文献1に開示の技術に相当するものである。この場合、厳しい曲げ加工を施した部位での銀被覆層の耐剥離性に劣ることがわかる。
【0051】
[比較例3]
下部銀めっき工程で銀ストライクめっき層のみを形成しメインの銀めっき層の形成を省略したこと、および熱処理工程において、卓上ホットスターラーの設定温度を300℃とし、卓上ホットスターラーへの載置時間を10秒としたことを除き、実施例1と同様の方法で銀被覆材を作製した。
本例で得た銀被覆材は、180°曲げ試験による耐剥離性が○評価、微摺動耐久試験による耐微摺動摩耗性が×評価(耐久回数1800回)であった。
本例で形成した銀ストライクめっき層は平均厚さ0.01μm程度と非常に薄いので、これは下部銀めっき層とはみなされない。下部めっき層を形成しなかった場合には、熱処理工程を実施しても、厳しい曲げ加工を施した部位での耐剥離性と、耐微摺動摩耗性の改善を両立させることができなかった。
【0052】
[比較例4]
下部銀めっき工程と上部銀めっき工程を下記の銀めっき工程に変えたこと、および熱処理工程を省略したことを除き、実施例1と同様の方法で銀被覆材を作製した。
【0053】
(銀めっき工程)
実施例1と同様の方法で銀ストライクめっき層を形成させた。
次いで、シアン化銀カリウム(K[Ag(CN)2])175g/L、シアン化カリウム(KCN)95g/Lを含み、さらにセレン濃度が69mg/Lとなる量のセレノシアン酸カリウム(KSeCN)を含む水溶液からなる銀めっき液中において、上記の銀ストライクめっき層が形成された板材試料を陰極とし、銀電極板を陽極として、スターラーにより500rpmで撹拌しながら液温18℃、電流密度5A/dm2、通電時間120秒の条件で電気めっきを行って、銀めっき層を形成した。この板材試料の表面中央部において、ここで形成した銀めっき層と銀ストライクめっき層とからなる銀被覆層の厚さを上記の蛍光X線膜厚計により測定したところ、5μmであった。
この銀被覆層は炭素や硫黄の導入を意図しためっき層ではなく、公知の光沢銀めっき層であるので、表1中には便宜上「下部銀めっき層」の欄に厚さを示してある(後述の比較例5においても同様。)。
【0054】
本例で得た銀被覆材は、180°曲げ試験による耐剥離性が◎評価、微摺動耐久試験による耐微摺動摩耗性が×評価(耐久回数3000回)であった。また、接触抵抗は0.20mΩ、銀被覆層の平均結晶子径は27.8nmであった。
めっき液にベンゾチアゾール類またはその誘導体を使用して得た銀被覆層を持たない場合、耐微摺動摩耗性に劣ることがわかる。
【0055】
[比較例5]
セレノシアン酸カリウム(KSeCN)をセレン濃度が37mg/Lとなる量で含む銀めっき液を使用したこと、および電気めっき時の電流密度5A/dm2から7A/dm2に、通電時間を120秒から90秒にそれぞれ変えたことを除き、比較例4と同様の方法で銀被覆材を作製した。この板材試料の表面中央部において、ここで形成した銀めっき層と銀ストライクめっき層とからなる銀被覆層の厚さを上記の蛍光X線膜厚計により測定したところ、5μmであった。
本例で得た銀被覆材は、180°曲げ試験による耐剥離性が◎評価、微摺動耐久試験による耐微摺動摩耗性が×評価(耐久回数1500回)であった。また、接触抵抗は0.18mΩ、銀被覆層の平均結晶子径は75.0nmであった。
比較例4と同様、本例からも、めっき液にベンゾチアゾール類またはその誘導体を使用して得た銀被覆層を持たない場合、耐微摺動摩耗性に劣ることがわかる。
【0056】
【0057】
<XPSによる銀被覆層の元素濃度プロファイルの測定>
参考のため、比較例1(熱処理なし)、および実施例3(熱処理条件;最高到達温度350℃、250℃以上最高到達温度以下の温度域での保持時間10秒)で得られた銀被覆層についての、XPS(X線光電子分光分析法)による深さ方向の元素濃度プロファイル測定結果を例示する。測定は以下のようにして行った。
【0058】
供試材の銀被覆層の最表面から、XPSにより、比較例1ではC、O、S、Ag、Ni、Cuの各元素、実施例3ではC、K、O、N、S、Ag、Niの各元素の各元素について、それぞれ深さ方向の元素濃度プロファイルを測定した。
X線光電子分光分析装置として、アルバック・ファイ株式会社製、PHI5000 VersaProbeIIIを使用した。測定は、到達真空度:10-7Pa、励起源:単色化AlKα、出力:25W、加速電圧:15kV、ビームサイズを100μmΦ、入射角:90degとし、電子中和銃によりエミッション電流:20μA、バイアス電圧:1.0V、加速電圧30.0Vで電子線を、またアルゴンイオン銃によりイオン種:Ar+、加速電圧:0.11kV、エミッション電流:7mAでアルゴンイオンをそれぞれ照射しながら、光電子取り出し角:45deg、積算回数:5回、積分時間:40ms(20ms×2)、パスエネルギー:140eV、測定エネルギー間隔:0.25eV/stepとして行った。
深さ方向の分析のための表面スパッタは、アルゴンイオン銃によりイオン種:Ar+、加速電圧:4kV、エミッション電流:20mA、掃引領域:2.7mm×2.7mm、スパッタレート:20nm/分(SiO2換算)の条件で行った。各測定深さに調整するためのスパッタ時間の間隔は、各例とも、累積スパッタ時間20分までは1分間隔、それ以降は4分間隔とした。
原子濃度を求めるためのスペクトル種として、Agは3d軌道の結合エネルギー(Ag3d)のピーク、Cは1s軌道の結合エネルギー(C1s)のピーク、Sは2p軌道の結合エネルギー(S2p)のピークをそれぞれ用い、バックグラウンド処理にはShirley法を使用した。
【0059】
図3に比較例1、
図4に実施例3についてのXPSによる深さ方向の元素濃度プロファイルをそれぞれ例示する。図中には、上述の点P
1、点P
2、点Qを示してある。また、表2に、これらの深さ方向の元素濃度プロファイルに基づく評価をまとめて記載してある。
【0060】