(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024077930
(43)【公開日】2024-06-10
(54)【発明の名称】冷凍装置
(51)【国際特許分類】
F25B 21/02 20060101AFI20240603BHJP
【FI】
F25B21/02 T
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022190173
(22)【出願日】2022-11-29
(71)【出願人】
【識別番号】522404247
【氏名又は名称】MPSデザイン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001885
【氏名又は名称】弁理士法人IPRコンサルタント
(72)【発明者】
【氏名】都能 克博
(57)【要約】
【課題】 -60℃以下の超低温域で収納品を冷却することができる、搬送可能な小型の冷凍装置を提供する。
【解決手段】 複数の熱電変換素子の積層体を含む電子温調装置と、前記電子温調装置に装着される真空容器と、を具備し、収納品を収容する収納容器が前記真空容器内で前記積層体に接触し、前記収納容器及び前記積層体が前記真空容器内で断熱材に取り囲まれていること、を特徴とする可搬可能な冷凍装置。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の熱電変換素子の積層体を含む電子温調装置と、前記電子温調装置に装着される真空容器と、を具備し、
収納品を収容する収納容器が前記真空容器内で前記積層体に接触し、
前記収納容器及び前記積層体が前記真空容器内で断熱材に取り囲まれていること、
を特徴とする可搬可能な冷凍装置。
【請求項2】
前記真空容器が、
前記積層体を外側から受け入れる開口部を有する第1底部、及び、前記第1底部から立ち上がって前記第1底部とは反対側に第1開口端を有する第1周壁、を含む内側真空容器と、
前記第1開口端を覆う第2底部、及び、前記第2底部から立ち上がる第2周壁、を含む外側真空容器と、を備え、
前記収納容器が前記内側真空容器内で前記積層体に接触し、
前記収納容器及び前記積層体が前記内側真空容器内で断熱材に取り囲まれ、
前記外側真空容器が前記第1開口端側から前記内側真空容器に被せられて、前記第2周壁が前記第1周壁を覆っていること、
を特徴とする請求項1に記載の冷凍装置。
【請求項3】
前記積層体の前記内側真空容器への差し込み深さが、前記収納品の冷却目標温度に応じて予め設定された長さを満たすこと、
を特徴とする請求項1又は2に記載の冷凍装置。
【請求項4】
前記積層体を層数が、前記冷却目標温度に応じて予め設定された層数を満たすこと、
を特徴とする請求項3に記載の冷凍装置。
【請求項5】
前記断熱材が蓄熱材を含むこと、
を特徴とする請求項1に記載の冷凍装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、冷凍装置に関し、特に-60℃以下の超低温域で収納品を冷却しながら保管したり持ち運びしたりできる冷凍装置に関する。
【0002】
DNA、RNA、タンパク質、細胞抽出物、試薬などの生物学的サンプルの中長期保管のために、-60℃以下の超低温に維持できる超低温冷凍庫・ディープフリーザーが用いられている。すなわち、-60℃以下の低温ではたんぱく質の劣化の原因となる酸化や酵素反応を抑えることができることから、ディープフリーザーを活用することで、生物学的サンプルの品質を劣化させずに長期間保管することができるのである。
例えば、新型コロナウイルス感染症のワクチンとして身近になったmRNA医薬品は、-75℃±15℃(-60℃~-90℃)の温度条件下で9ヶ月間の使用期限が設定されていたり、-20℃±5℃の冷凍保管が必要であったりする冷凍医薬品である。ワクチン以外のmRNA医薬品の開発が進んでいることから、今後、冷凍保管の必要なmRNA医薬品は増えていくと予測される。
また、mRNA医薬やDNA医薬品については、個々の患者に合わせて設計されるパーソナル医薬品が増えてゆくと予想されており、少量の冷凍医薬品の搬送及び保管の機会が増えると考えられる。
本発明は、このような-60℃以下の超低温で保管する必要があるバイオ医薬・遺伝子やmRNA医薬品を好適に持ち運びできる小型ディープフリーザーに関する。
【背景技術】
【0003】
-60℃~-90℃の超低温域で保管するための技術として、昇華温度-78℃の寒剤であるドライアイスを使用した保冷容器と、2元系の冷媒を使用するカスケード式圧縮冷凍機等を使用したディープフリーザーが知られている。
【0004】
前者の保冷容器に関しては、例えば特許文献1(特開2022-101141)に示されるように、断熱容器の中にドライアイスを収納物と一緒に収納した容器が一般的である。
かかる保冷容器における-60℃以下の冷凍温度の維持時間は、容器の断熱性とドライアイスの収納量とで決まる。容器の断熱性には限度があるため、小さい容器では4~5kgのドライアイスで2日程度の、27L程度の大形容器では37kgのドライアイスで12日間程度の、冷凍保管が可能であるとされる。
【0005】
このため、この種の保冷容器を長時間の搬送のために利用するとドライアイス量が多くなり、容器は、人力による運搬に適さないほどの重量及びサイズとなる。
また、搬送先で収納物を数ヶ月保管する場合には、ドライアイスの保管容器をそのまま利用することはできない。また、ドライアイスの補充管理は手間であり、管理ミスや温度逸脱が発生してもわかりにくいなどの問題があるため、この種の保冷容器は長期間の保管目的には不向きである。
【0006】
これに対して、後者のディープフリーザーは、複数の冷凍機を組み合わせたカスケード式の冷凍システムとして利用されている。
例えば特許文献2(特許第3728114号)では、1段目の冷凍機でカスケード部を-40℃に冷却し、2段目で-80℃に冷却している。1段目と2段目とで使用する冷媒は異なる。
このような構造の為、この種の冷凍システムでは冷媒配管が複雑で、断熱材が非常に厚くなる。また、冷凍機が複数台必要なため、搬送可能な小型の装置を作ることは困難である。また、装置は高額であり、電気代も嵩む。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2022-101141号公報
【特許文献2】特許第3728114号公報
【0008】
mRNAのタイプの新型コロナウイルス感染症ワクチンは、-60℃~-90℃の温度域で保管されていれば9ヶ月間使用できるのに対して、-20℃又は冷蔵保存では14日間使用できるだけである。
従来のディープフリーザーは高価で、維持費も高いため、小規模の医療機関には入手できない。したがって、小規模の医療機関ではワクチンの使用期間が短く、廃棄のリスクが高い。また期限管理に手間がかかるという問題があり、実際に廃棄が生じている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
発明者は、鋭意検討を重ねた結果、本発明をなすに至った。
したがって、本発明は、-60℃以下の超低温域で収納品を冷却することができる、搬送可能な小型の冷凍装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、
複数の熱電変換素子の積層体を含む電子温調装置と、前記電子温調装置に装着される真空容器と、を具備し、
収納品を収容する収納容器が前記真空容器内で前記積層体に接触し、
前記収納容器及び前記積層体が前記真空容器内で断熱材に取り囲まれていること、
を特徴とする可搬可能な冷凍装置、を提供する。
【0011】
本発明の冷凍装置では、
前記真空容器が、
前記積層体を外側から受け入れる開口部を有する第1底部、及び、前記第1底部から立ち上がって前記第1底部とは反対側に第1開口端を有する第1周壁、を含む内側真空容器と、
前記第1開口端を覆う第2底部、及び、前記第2底部から立ち上がる第2周壁、を含む外側真空容器と、を備え、
前記収納容器が前記内側真空容器内で前記積層体に接触し、
前記収納容器及び前記積層体が前記内側真空容器内で断熱材に取り囲まれ、
前記外側真空容器が前記第1開口端側から前記内側真空容器に被せられて、前記第2周壁が前記第1周壁を覆っていること、が好ましい。
【0012】
本発明の冷凍装置では、前記積層体の前記内側真空容器への差し込み深さが、前記収納品の冷却目標温度に応じて予め設定された長さを満たすこと、が好ましい。
【0013】
また、本発明の冷凍装置では、前記積層体を層数が、前記冷却目標温度に応じて予め設定された層数を満たすこと、が好ましい。
【0014】
また、本発明の冷凍装置は、前記断熱材が蓄熱材を含むこと、が好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明では、-60℃以下の冷却に適するように設計した多段の電子温調装置と真空容器とを組み合わせることで搬送可能な小型の冷凍装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本実施形態において用いられる電子温調装置3の概略図である。
【
図2】外気温度Taに対応した、断熱性能KLと電力Pとの関係を示すグラフである。
【
図3】本実施形態に係る冷凍装置1の概略図である。
【
図4】内側真空容器51の概略を示す断面図及び上面図である。
【
図5】電子温調装置3が装着された状態の内側真空容器51に収納容器7を挿入する様子を示す図である。
【
図6】電子温調装置3及び収納容器7が装着された状態の内側真空容器51を示す図である。
【
図7】蓋71が装着された状態の収納容器7を収納した内側真空容器51を示す図である。
【
図8】内蓋519が装着された状態の内側真空容器51を示す図である。
【
図10】適切な差し込み深さL1を決定する手順の概略を示す図である。
【
図11】差し込み深さL1と投入電力P、断熱性能KLとの関係を示すグラフである。
【
図12】本実施形態の変形例に係る冷凍装置2の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明に係る冷凍装置の代表的な実施形態について、図面を参照しながら詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。なお、図面は、本発明を概念的に説明するためのものであるから、理解容易のために寸法、比又は数を誇張又は簡略化して表している場合がある。
【0018】
1.冷凍装置1の概略
本実施形態に係る冷凍装置1を説明する。
冷凍装置1は、収納品9を所望の温度に冷却しながら搬送及び保管するように構成された装置である。収納品9としては、例えばDNA、RNA、タンパク質、細胞抽出物、試薬などの生物学的サンプルのように、低温域での保管を要する物品を想定しているが、これに限られない。
冷凍装置1は、電子温調装置3及び真空容器を含む。以下、これらの構成要素を順に説明する。
【0019】
2.電子温調装置3について
図1に、冷凍装置1を構成する電子温調装置3を示す。
電子温調装置3は、複数の熱電変換素子32の積層体31を含む。すなわち、電子温調装置3は、実質的に同じ仕様の熱電変換素子32を重ねて形成された積層体31を、冷却側熱導体33と放熱側熱導体34との間に実装している。異なる仕様の素子を使用することもできるが制御が複雑となるため、ここでは実質的に同じ素子を用いることにする。
図示した例では6段の素子を積層しているが、熱電変換素子32の段数は目標とする冷却温度域に応じて予め設定されてよい。なお、熱電変換素子32の制御手法については追って述べる。
【0020】
ここで、実質的に同じ仕様の熱電変換素子とは、実質的に同じ特性の半導体、実質的に同じサイズの半導体チップを実質的に同じチップ数実装した、実質的に同じ基板サイズの素子を指す。実質的に同じ特性の半導体とは、ゼーベック係数α、電気伝導度σ、熱伝導度κが同等であることをいい、一般に調達できる同一仕様の素子をいう。当然のことながら、製造ロットの範囲でばらつきは許容されるものとする。
【0021】
また、冷却側とは収納容器7側を指し、放熱側とは放熱側熱交換器36側を指す。したがって、冷却側熱導体33は、積層体31と収納容器7との間に介在する熱伝導体であり、放熱側熱導体34は積層体31と放熱側熱交換器36との間に介在する熱伝導体である。冷却側熱導体33及び放熱側熱導体34は、例えばアルミニウム等の金属のような、熱伝導率の高い材料で作製されるとよい。
なお、図示した例では、放熱側熱交換が放熱ファンとヒートシンクによる放熱によって行われているが、これに限られず、水冷方式や圧縮冷凍機など他の方法との組み合わせによる放熱仕様でもよい。
【0022】
冷却側熱導体33は、収納品9を収納する収納容器7に接触して、収納容器7を冷却する。収納容器7は、例えばアルミニウム等の熱伝導率に優れた材料で好適に作製される。収納容器7は蓋71を有してもよい。
【0023】
隣り合う熱電変換素子32の間には、熱伝導性の高いスペーサーブロック35を入れることが好ましい。電子温調装置3(積層体31)の周囲の断熱材8の断熱沿面距離L1(
図1参照)を大きくすることで、熱の還流を効果的に抑制することが可能となる。
以下、詳しく説明する。
【0024】
電子温調装置3の厚みは熱電変換素子32の厚みで決まる。最も低い温度を持つ部位は冷却側素子の冷却面であり、最も高い温度を持つ部位は放熱側素子の放熱面である。冷却側及び放熱側の間に大きな温度差が生じると、周囲の断熱材8などを通して高温側から熱が冷却部(低温側)に還流する。その為、冷却側素子の冷却面と放熱側素子の放熱面との間の距離L1が短いと、周囲の断熱材8の還流熱量が大きくなり冷却効率が低減する。
そこで、熱電変換素子32の冷熱源(冷却側)と発熱源(放熱側)の距離L1を長くするために、隣り合う熱電変換素子32の間に、熱伝導性の高いスペーサーブロック35を設置するとよい。これにより周囲の断熱材8の断熱性が向上し、電子温調装置3の冷却効率に対する還流熱の影響を小さくすることができる。
ただし、スペーサーブロック35は熱電変換素子32間の熱抵抗成分となるため、熱伝導度の高い素材、例えばアルミニウムや銅などを用いることが好ましい。
例えば、-60℃ほどの低温域での冷却を想定する場合には、距離L1≧120mmに設定するとよいが、距離L1は目標とする冷却温度域に応じて適宜設定されてよい。
【0025】
図10及び
図11を参照して、距離L1の設定手法の一例を説明する。
例えば、
図10に示すように、真空容器5に電子温調装置3を挿入しその周囲を断熱する冷凍装置1’において、電子温調装置3の差し込み深さHLを、熱電変換素子32間のスペーサーブロック35の厚みを変えることで63mm、88mm、113mm、138mmに変化させ、外気温度Taを25℃とし、庫内冷却部温度Tcを-40℃となるよう最適温度分割比制御で動作させた。そして、Tc=-40℃となる時の投入電力Pを求めた。それをもとに容器の断熱性を試算し熱漏込コンダクタンス(断熱性能)KLを求めた。
差し込み深さHLと投入電力P、それから試算した断熱性能KLの関係を
図11に示す。図において、横軸は挿入差し込み深さHL(mm)で、左縦軸は試算した断熱性能KL(W/℃)を、右縦軸は、投入電力P(W)を示す。この断熱性能KLの変化は電子温調装置3の周囲の断熱材8を通して外部より冷却部(冷却側熱導体33)に熱還流する程度を示している。
この図より、-60℃以下に冷却するにはKL=0.03W/℃程度の断熱性が必要であり、差し込み深さHLは120mm以上必要であることが判る。
したがって、距離L1≧120mmに設定するとよい。なお、-70℃以下に冷却するにはKL=0.025W/℃程度の断熱性が必要であり、差し込み深さHLは140mm以上であることが好ましい。
【0026】
また、スペーサーブロック35の厚みを大きくすると、スペーサーブロック35で生じる温度差は大きくなり、冷却効率は低下する。それを緩和するためには、冷却側のスペーサーブロック35ほど厚くするとよい。冷却側では通過熱量が小さいため、スペーサーブロック35に対して温度差を小さくしやすいからである。
【0027】
加えて、電子温調装置3の冷却側熱導体33と放熱側熱導体34とその間に積層された熱電変換素子32の外周を枠体37で覆い、枠体37と冷却側・放熱側熱導体33,34と一体化することで、熱電変換素子32を密閉してもよい。
このとき、室温などの環境温度よりも高温となる部位を真空容器の外に配置するように枠体37を組み付けることで、確実に冷却効率の良い取り付けが可能となる。それゆえ、枠体37に段差371を設け、電子温調装置3及び枠体37を内側真空容器51に装着する時に、段差371が内側真空容器51の底部511(開口部515の縁)が接触するように配置してもよい。
【0028】
電子温調装置3には種々の温度センサーが設置されている。
すなわち、電子温調装置3の冷却側温度Tcpを計測する温度センサー41が設けられている。この温度センサー41は、冷却側熱導体33ないしその近傍に配置されている。
また、電子温調装置3の放熱側温度Thpを計測する温度センサー42が設けられている。この温度センサー42は、放熱側熱導体34ないしその近傍に配置されている。
ここに近傍とは、冷却側熱導体33又は放熱側熱導体34の温度と同等と評価できる温度を有する範囲ないし部位を指す。
その他に、収納品9[又は収納容器7の庫内]温度Tcに相当する温度を測定する温度センサー43と、外気温Taを計測する温度センサー44が設けられる。
温度センサー41~44の計測データは、図示しない基板上に設置した強誘電体メモリ(FRAM;登録商標)等のメモリーに記録されてもよいし、図示しない通信モジュールを介して外部装置(外部メモリやサーバ等)に送信されてもよい。
【0029】
電子温調装置3は、上記の各温度センサー41~44の出力信号及び入力された設定値に基づき、電子温調装置3の各熱電変換素子32に要望される電力(電圧又は電流を含む)を印加する制御基板38を含む。この制御基板38は、放熱用の電動ファンの動作や電池制御なども行ってよい。
以下、制御基板38による熱電変換素子32の制御について詳しく述べる。
【0030】
3.熱電変換素子32の制御
各熱電変換素子32にどのように電圧(又は電流)を割り振るかについての考え方を述べる。ここでは、電子温調装置3が6段(枚)の熱電変換素子32から構成されているものとして説明するが、本発明はこれに限られない。
ここでは、6枚の熱電変換素子32を、冷却側から順に素子1~素子6と呼ぶこととする。
【0031】
すなわち、庫内設定温度Tctと外気温度Taの計測値より求めた温度差ΔT(=Ta-Tct)をもとに、必要になる電子温調装置3の最大動作温度差ΔTpを計算する。その温度差ΔTpを用いて、素子1~素子6の動作温度差ΔTp1~ΔTp6を、事前に求めた温度分割比RΔTpに従って分割することで、素子1~素子6の個々の動作電圧(もしくは動作電流)を決める。なお、温度分割比RΔTpは、電子温調装置3の冷却効率COPが良い条件となるように設定されるが、なかでも、COPが最適ないし適正であると言える範囲にある比率を最適温度分割比QΔTpと呼ぶこととする。
【0032】
より具体的に説明すると、電子温調装置3(積層体31)の両端の温度差ΔTpは、冷却側温度Tcp及び放熱側温度Thpを用いて、次式で表される。
ΔTp=Thp-Tcp
素子1~素子6の冷却側及び放熱側の温度差をそれぞれΔTp1~ΔTp6とすると、素子1の温度差ΔTp1は、冷却側温度Tcp1及び放熱側温度Thp1を用いて、次式のように表される。
ΔTp1=Thp1-Tcp1
同様に、素子2~6の温度差ΔTp2~ΔTp6は、次式のように表される。
ΔTp2=Thp2-Tcp2
ΔTp3=Thp3-Tcp3
ΔTp4=Thp4-Tcp4
ΔTp5=Thp5-Tcp5
ΔTp6=Thp6-Tcp6
ただし、素子2の冷却側温度Tcp2及び放熱側温度Thp2
素子3の冷却側温度Tcp3及び放熱側温度Thp3
素子4の冷却側温度Tcp4及び放熱側温度Thp4
素子5の冷却側温度Tcp5及び放熱側温度Thp5
素子6の冷却側温度Tcp6及び放熱側温度Thp6
【0033】
また、隣り合う素子間の熱抵抗は十分に小さいので
Tcp≒Tcp1
Thp1≒Tcp2
Thp2≒Tcp3、
Thp3≒Tcp4、
Thp4≒Tcp5、
Thp5≒Tcp6、
Thp6≒Thp
として考えて差し支えない。なお、熱抵抗を無視しえない場合には、実測により補正すればよい。
【0034】
したがって、電子温調装置3の両端の温度差ΔTpは、温度差ΔTp1~ΔTp6を用いて次のように表すこともできる。
ΔTp=ΔTp1+ΔTp2+ΔTp3+ΔTp4+ΔTp5+ΔTp6
=ΣΔTpn
ただし、温度差ΔTpは、初期ないし動作開始時には、庫内設定温度Tctと外気温度Taを用いて、ΔTpt=Ta-Tctに設定されるものとする。またはそれらの補正値を用いて設定する。
【0035】
かかる温度差ΔTpを素子1~素子6に温度分割する。
発明者が鋭意検討した結果、ΔTp1≦ΔTp2<・・・<ΔTpnの条件を満たすようにΔTp1~ΔTpnを分割すれば、電子温調装置3を概ね良好な冷却効率で運転できることが判明した。例えば6段の場合、ΔTp1≦ΔTp2<ΔTp3<ΔTp4<ΔTp5<ΔTp6の条件を満たすようにΔTp1~ΔTp6を分割する(つまり分割比RΔTpを設定する)ことが好ましい。
【0036】
とりわけ、事前に算出しておいた、冷却効率COPが最大ないし適正となる分割比QΔTp=ΔTp1:ΔTp2:・・・:ΔTpnを用いることが好ましい。例えば6段の場合、QΔTp=ΔTp1:ΔTp2:ΔTp3:ΔTp4:ΔTp5:ΔTp6である。QΔTpの数値例については後述する。
そうすると、初期の温度差ΔTptより、素子1~素子6に割り当てられる温度差ΔTp1~ΔTp6が決まる。次いで、素子1~素子6の冷却側温度Tcp1~Tcp6及び素子6の放熱側温度Thp6が決まる。
このようにして各素子1~6に割り当てられた温度差に応じて、各素子に供給される電力が決まる。
【0037】
また、真空容器5の仕様から次の値が決まる。
すなわち、真空容器5の断熱仕様より、外部から収納容器7の庫内への熱の漏れ込みやすさを示す漏込熱コンダクタンスKLが決まる。また、真空容器5から電子温調装置3への伝熱性の良さを示す冷却側熱コンダクタンスKCが決まる。また、放熱熱交換器の仕様による放熱側熱コンダクタンスKHが決まる(いずれも単位はW/℃ないしW/K)。
これらの熱コンダクタンスKL、KC、KHが決まることで、電子温調装置3の必要吸熱量Qabと冷却側温度Tcpが決まる。
【0038】
更に、詳細な計算過程は省略するが、熱電変換素子32の仕様を決めることで素子のゼ-ベック起電力S(V/℃)、内部抵抗R(Ω)、熱還流率K(W/℃)が決まり、また、真空容器5の仕様を決めることで吸熱量Qab1と素子1の冷却側温度Tcp1が決まる。
しかしながら、電子温調装置3に生じる温度差ΔTpは、各素子の動作温度差ΔTp1、・・・、ΔTpn(n:素子の段数)に依存し、また、素子の温度差は任意の値を取れるので、このままでは、どの条件でCOPが最大ないし適正となるのかを求めることは困難である。
【0039】
発明者は、検討及び試験を重ねた結果、電子温調装置3のCOPが適正であると言える(最適値から±20%の範囲の)最適温度分割比QΔTpは、おおむね、ΔTp1:ΔTp2:ΔTp3:ΔTp4:ΔTp5:ΔTp6=0.070~0.100:0.100~0.130:0.130~0.160:0.160~0.210:0.210~0.300:0.310~0.350の範囲であることが分かった。
こうして、COPの最大と言える条件下で電子温調装置3の温度制御を行うことができる。
【0040】
この手法を用いることで、電子温調装置3の冷却側温度Tcpと放熱側温度Thpの温度だけわかれば良いため、熱電変換素子32の段数にかかわらず、中間の温度を測定する必要はなく、非常にシンプルな装置構造で済む。
【0041】
4.真空容器5について
本実施形態に係る冷凍装置1は搬送可能なディープフリーザーとして設計されているため、内蔵電池で長時間動作できることが好ましい。また、冷凍装置1の航空機への積載を想定すれば、冷凍装置1に搭載できる電池の容量は160Wh以下であることが求められる。例えば4時間程度の航空機搬送を考えると、冷凍装置1の消費電力は40W程度に抑えることが適切である。加えて、制御基板38の消費電力が5W~8W程度であることを考慮すれば、電子温調装置3は最大32~35W程度の電力消費でもって庫内温度を目標温度(例えば-70℃)に維持することが求められる。
【0042】
発明者は、最大32~35W程度の消費電力で例えば-70℃の庫内温度を維持することのできる冷却効率の良い電子温調装置3の仕様を鋭意検討した。
その結果、発明者は、5~7段程度、好ましくは6又は7段の積層体31で電子温調装置3を構成し、例えば放熱側熱コンダクタンスKH=5.00W/℃、冷却側熱コンダクタンスKC=5.00W/℃の冷凍装置1に対して、断熱性能(漏れ込み熱コンダクタンス)KL=0.025W/℃以下であれば、外気温度35℃の環境下で庫内温度-70℃を維持できることを見出した(
図2参照)。
【0043】
ここで使用した熱電変換素子32は、4cm×4cm角、厚み3.8mmの熱電変換素子32を6個積層したもので、素子特性S,R,Kは次のとおりである。
S=0.051(V/℃)、
R=2.114(Ω)、
K=0.417(W/℃)
また、断熱容器(真空容器5)の仕様は次のとおりである。
漏れ込み熱コンダクタンス: KL=0.025(W/℃)
庫内冷却側熱コンダクタンス:KC=5.000(W/℃)
放熱側熱コンダクタンス: KH=5.000(W/℃)
【0044】
ただし、KL=0.025W/℃の断熱性能は、一般的な冷凍庫に使用される硬質ウレタン発泡によっては到達され得ないし、ドライアイスでの搬送に使用されている真空断熱パネルの組み合わせの断熱容器でも達成できない。
例えば、真空断熱パネルを使用したドライアイス搬送用の容器の断熱性能について、外気32℃の環境下でドライアイス4kgを使用することで庫内-70℃を43.5時間程度維持できたことが報告されている。このことから、ドライアイスの昇華熱を563J/gとして、当該容器の断熱性能は、KL=4000×563/(32+70)/43.5/3600=0.144W/℃程度であることが判る。しかし、本実施形態で求められる断熱性能は上記容器の断熱性能の5分の1以下である。
【0045】
あるいは、真空容器を二重にかぶせることで断熱性を高めた容器技術がある(例えば特許第6881710号参照)。この技術は、2個の真空容器を開口部が対向するようにして重ね合わせて、内側の真空容器に外側の真空容器がほぼ収納されるまでかぶせることで、長い伝熱沿面距離を確保し、これにより断熱性を高めている。
この技術による容器の断熱性能は、ウェブサイト(twincapsula.co.jp/product/)内の記事から推定すると、KL=0.018~0.022W/℃程度とみられる。
この二重真空容器は、二つの真空容器5を対向する形で重ね合わせ、内側の真空容器に収納物と蓄熱材を入れることで庫内温度を維持する方式である。高い断熱性の真空容器で密閉化された容器の中に蓄熱材を入れて温度保持をするので、電気的な冷却装置を組み入れることができない。従って、この二重真空容器は比較的短時間の利用のための保冷容器であり、本実施形態で想定している長時間(少なくとも4時間程度)の保冷に対応できない。
もっとも、真空容器を二重に重ね合わせて、中の真空容器に蓄熱材を収納して、容器の断熱性を計測したところ、KL=0.020W/℃程度の断熱性能が得られることが確認された。
【0046】
そこで、本実施形態では、断熱容器として二重の真空容器5を採用する。ここで、真空容器とは、周壁及び底部を構成する二重壁の間を真空引きすることで断熱性を高めた容器である。
ただし、電子温調装置3を組み込むために、内側真空容器51の底部511に開口部515が形成されている(
図4参照)。その開口部515から内側真空容器51の内部に電子温調装置3の冷却部(積層体31)を挿入し、電子温調装置3の冷却部に収納容器7を設置し、冷却部及び収納容器7の周囲を断熱材8で断熱する(
図5~
図8参照)。
そして、内側真空容器51の開口端517にもう一つの外側真空容器53を、内側真空容器51の底部511までかぶせる(
図9参照)。
この状態で電子温調装置3を動作させることで真空容器5内の収納容器7を冷却する。
【0047】
より詳細に真空容器5を説明する。
図4に示すように、内側真空容器51は、底部511と、底部511から立ち上がる周壁513を有する。周壁513は底部511とは反対側に開口端517を有する。
底部511には開口部515が形成され、その開口部515には、外側から電子温調装置3の冷却部(熱電変換素子32の積層体31)が挿入される(
図5参照)。すなわち、内側真空容器51の底部511に切り欠き(開口部515)があるので、そのままでは断熱性が著しく低下しかねないことから、その切り欠きに電子温調装置3を挿入し、内側真空容器51の切り欠きより漏れ込んでくる熱を汲み出すことで相殺するのである。換言すれば、電子温調装置3を一種の断熱の蓋としても働かせることで、庫内の温度を維持できるようにしているのである。
なお、内側真空容器51内に挿入された電子温調装置3の冷却側熱導体33までの挿入長さ(距離)L1は、冷却目標温度の下で放熱部からの熱の還流を抑制できるほどに十分に長い(
図3参照)。つまり、積層体31の内側真空容器51への差し込み深さL1は、収納品9の冷却目標温度に応じて予め設定された長さを満たす。例えば、-60℃ほどの低温域での冷却を想定する場合には、距離L1≧120mmに設定するとよい。-70℃であればL1≧140mmが望まれる。
【0048】
次いで、冷却側熱導体33の先端に収納容器7を取り付け、その周囲を断熱材8で充填する(
図6参照)。収納容器7に収納品9を載置し、断熱性の蓋を取り付ける(
図7参照)。そして、内側真空容器51の開口端517に内蓋519となる断熱材を取り付け(
図8参照)、その開口端517側から外側真空容器53を被せる(
図9参照)。
ここで、断熱材8としては硬質発泡ウレタンを好適に用いることができるが、これに限られない。例えば、より断熱性の高いエアロゲルや蓄熱材を断熱材8の全部または一部として利用することはさらに有効である。
【0049】
真空容器5をこのように構成することで、外側真空容器53の開口端537は内側真空容器51の底部511まで到達する。ここで、外側真空容器53の開口端537は内側真空容器51の底部511に接するまで完全に到達していてもよいが、本発明の効果を損なわない範囲で底部511との間に隙間があってもよく、したがって、外側真空容器53の開口端537は内側真空容器51の底部511まで実質的に到達していればよい。すなわち、内側真空容器51の周壁513は外側真空容器53の周壁533によって覆われているが、完全に覆われていても実質的に覆われていてもよい。したがって、内側真空容器51の周壁513と外側真空容器53の周壁533が重なり合う又は対向する部分(重なり部)の長さL2は必要十分に長い。
【0050】
敷衍すると、内側真空容器51内の電子温調装置3において最も温度の低くなる冷却側熱導体33に、外部から漏れ込んで来る熱の流れを
図3に一点鎖線1~3で示す。
一点鎖線1と一点鎖線2は、内側真空容器51の底部511から漏れ込んでくる熱の流れを示す。具体的には、一点鎖線1は内側真空容器51内に設置した断熱材8を経由して漏れ込んでくる熱の流れを示す。距離L1が短いと、一点鎖線1の経路での熱洩れ込みが大きくなり、冷却性能を低下させてしまう。また、真空容器5の壁厚方向(外側)に真空層(真空の周壁)があるので、一点鎖線2は、内側真空容器51の壁面を伝熱する伝熱流路を示す。
【0051】
例えば、外気25℃の環境下で冷却目標温度を-70℃に設定するとする。熱電変換素子32の段数は6段で、内側真空容器51の内径130mm、深さL2=250mmとするとき、深さL1は140mm以上であることが望ましい。本実施形態では、十分な深さL1を確保するために熱電変換素子32間にスペーサーブロック35が挟み込まれている。
これにより、真空容器5の断熱性をKL=0.025以下にでき、庫内温度を超低温域の-70℃に冷却することができるようになった。
【0052】
ちなみに、発明者が実施した試験では、冷却目標温度を-40℃に設定する場合に、熱電変換素子32の段数が5段で、L1が80mm以上であれば、庫内温度を-40℃に冷却することができた。
【0053】
なお、真空容器5の断熱性は、真空容器5のサイズや断熱材8の種類、熱電変換素子32の差し込み長さL1、熱電変換素子32の段数等により変化するので、それらは冷却目標温度に合わせて真空容器5の断熱性が目標値となるよう調整すればよい。
【0054】
本実施形態に係る冷凍装置1は、温度記録を取ることができるとともに、搬送可能な小型のディープフリーザーである。かかる冷凍装置1により、例えばmRNAワクチンをディープフリーザーで基幹冷凍保管された物流拠点から、冷凍装置1に収納及び搬送し、個々の医療機関に対して納品し、そのまま医療機関で使用する。余ったワクチンは返却して、再出荷できるようになる。
【0055】
-60℃~-90℃の間で保管されたmRNAワクチンの有効期限は9ヶ月間であるので、安心してワクチン管理が出来、廃棄を出すことなく有効活用が可能となる。
冷蔵医薬品では、温度記録の取れる搬送冷蔵装置で医療機関に装置ごと納品して保冷し、一定期間経過後、未使用品があれば返却して再出荷する取り組みは始まっている。搬送可能な小型のディープフリーザーが実現されることで、冷凍医薬品についても冷蔵医薬品と同様の運用が可能となる。
【0056】
5.変形例
図12を参照して、本実施形態の変形例に係る冷凍装置2を説明する。
変形例では、真空容器5として1つの真空容器のみを採用している。発明者は、-60℃程度であれば、真空容器1個の条件でも、差し込み深さ(距離)L2を長くすることで実現できると考えた。
すなわち、冷凍装置2は、電子温調装置3、真空容器5及び収納容器7を含み、真空容器5として外側真空容器53のみが採用されている。
このとき、本実施形態において述べた冷却性能を有する電子温調装置3に対して、差し込み深さL2が例えば180mm以上になるように、スペーサーブロック35の厚みを設定する。これにより、電子温調装置3の周囲の断熱材(真空容器5及び断熱材8)を通して外部より冷却部に還流する熱量を充分に抑制して、収納容器7の庫内ないし収納品9の-60℃程度までの冷却が可能であると考えられる。
【0057】
以上、本発明の代表的な実施形態について説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、種々の設計変更が可能であり、かかる設計変更した態様も全て本発明の技術的範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0058】
1,2 冷凍装置
3 電子温調装置
31 積層体
32 熱電変換素子
33 冷却側熱導体
34 放熱側熱導体
35 スペーサーブロック
36 放熱側熱交換器
37 枠体
371 段差
38 制御基板
41~44 温度センサー
5 真空容器
51 内側真空容器
511 底部
513 周壁
515 開口部
517 開口端
519 内蓋
53 外側真空容器
531 底部
533 周壁
537 開口端
7 収納容器
71 蓋
8 断熱材
9 収納品