(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024078031
(43)【公開日】2024-06-10
(54)【発明の名称】超音波画像生成方法及び装置、並びに信号処理方法
(51)【国際特許分類】
A61B 8/14 20060101AFI20240603BHJP
G01N 29/06 20060101ALI20240603BHJP
G01N 29/09 20060101ALI20240603BHJP
【FI】
A61B8/14
G01N29/06
G01N29/09
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022190336
(22)【出願日】2022-11-29
(71)【出願人】
【識別番号】304027349
【氏名又は名称】国立大学法人豊橋技術科学大学
(71)【出願人】
【識別番号】000243364
【氏名又は名称】本多電子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114605
【弁理士】
【氏名又は名称】渥美 久彦
(72)【発明者】
【氏名】穂積 直裕
(72)【発明者】
【氏名】小林 和人
(72)【発明者】
【氏名】石黒 裕也
【テーマコード(参考)】
2G047
4C601
【Fターム(参考)】
2G047AA12
2G047AC13
2G047BA03
2G047BC01
2G047BC13
2G047CA01
2G047EA10
2G047EA11
2G047FA02
2G047GF06
2G047GG35
2G047GH06
4C601BB09
4C601EE04
4C601EE09
4C601GA18
4C601GA21
4C601GC02
4C601GC11
4C601JB47
4C601JB49
(57)【要約】
【課題】低周波ノイズに起因する演算誤差の発生を抑制し、信頼性の高い鮮明な超音波画像を生成すること。
【解決手段】この超音波画像生成方法は、送受信、第1領域変換、信号規格化、第2領域変換、推定及び画像生成の各ステップを含む。第1領域変換ステップでは、時間経過とともにゼロに収斂する左右非対称形状かつ非周期性の窓関数を適用する(S152)。これにより、受信信号における波形の必要部分を当該必要部分の直前から切り出す処理を行い、標的信号及び参照信号を時間領域から周波数領域に変換する。信号規格化ステップでは、周波数領域において参照信号で標的信号をデコンボリューションする(S154)。第2領域変換ステップでは、デコンボリューションされた標的信号を周波数領域から時間領域に変換し、規格化されたインパルス応答信号を取得する(S154)。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
標的物質の深さ方向に直交する方向に走査しつつ前記標的物質に超音波パルス波の集束ビームを送信したときに得られる反射波信号を処理することにより、超音波画像を生成する方法であって、
基体に前記標的物質及び参照物質が接して存在した状態で前記基体を介して超音波パルスを送信し、前記標的物質からの標的信号と前記参照物質からの参照信号とを受信する送受信ステップと、
時間経過とともにゼロに収斂する左右非対称形状かつ非周期性の窓関数を適用して受信信号における波形の必要部分を当該必要部分の直前から切り出す処理を行った後、前記標的信号及び前記参照信号を時間領域から周波数領域に変換する第1領域変換ステップと、
周波数領域において前記参照信号で前記標的信号をデコンボリューションする信号規格化ステップと、
デコンボリューションされた前記標的信号を周波数領域から時間領域に変換することによって、規格化されたインパルス応答信号を取得する第2領域変換ステップと、
規格化された前記インパルス応答信号に基づき、前記標的物質内の固有音響インピーダンスを奥行方向の手前側から奥側に向かって順次推定する推定ステップと、
前記固有音響インピーダンスの推定結果に基づいて、前記超音波画像を生成する画像生成ステップと
を含む超音波画像生成方法。
【請求項2】
前記第1領域変換ステップでは、前記窓関数のゼロ点の位置を前記標的物質からの反射波信号の前方直近に出現するフラット部分に設定すべく、前記ゼロ点の位置を調整することを特徴とした請求項1に記載の超音波画像生成方法。
【請求項3】
前記信号規格化ステップでは、前記標的物質からの反射波信号の後方に出現するノイズ信号を所定レベル以下に抑えるべく、前記窓関数の特徴を決める係数を決定することを特徴とした請求項1または2に記載の超音波画像生成方法。
【請求項4】
前記標的物質は、生体の軟組織または培養細胞であることを特徴とした請求項3に記載の超音波画像生成方法。
【請求項5】
標的物質の深さ方向に直交する方向に走査しつつ前記標的物質に超音波パルス波の集束ビームを送信したときに得られる反射波信号を処理することにより、超音波画像を生成する装置であって、
基体に前記標的物質及び参照物質が接して存在した状態で前記基体を介して超音波パルスを送信し、前記標的物質からの標的信号と前記参照物質からの参照信号とを受信する送受信手段と、
時間経過とともにゼロに収斂する左右非対称形状かつ非周期性の窓関数を適用して受信信号における波形の必要部分を当該必要部分の直前から切り出す処理を行った後、前記標的信号及び前記参照信号を時間領域から周波数領域に変換する第1領域変換手段と、
周波数領域において前記参照信号で前記標的信号をデコンボリューションする信号規格化手段と、
デコンボリューションされた前記標的信号を周波数領域から時間領域に変換することによって、規格化されたインパルス応答信号を取得する第2領域変換手段と、
規格化された前記インパルス応答信号に基づき、前記標的物質内内の固有音響インピーダンスを奥行方向の手前側から奥側に向かって順次推定する推定手段と、
前記固有音響インピーダンスの推定結果に基づいて、前記超音波画像を生成する画像生成手段と
を備えた超音波画像生成装置。
【請求項6】
前記窓関数のゼロ点の位置を自動的に調整して設定するゼロ点自動設定手段をさらに備えるとともに、
前記ゼロ点自動設定手段は、前記ゼロ点の位置を前記標的物質からの反射波信号の前方直近に出現するフラット部分に設定する
ことを特徴とした請求項5に記載の超音波画像生成装置。
【請求項7】
前記窓関数の特徴を決める係数を自動的に決定する係数自動決定手段をさらに備えるとともに、
前記係数自動決定手段は、前記係数を前記標的物質からの反射波信号の後方に出現するノイズ信号を所定レベル以下に抑える値に決定する
ことを特徴とした請求項5または6に記載の超音波画像生成装置。
【請求項8】
基体に標的物質及び参照物質が接して存在した状態で前記基体を介してパルス波を送受信することで得られた前記標的物質からの標的信号及び前記参照物質からの参照信号について、時間経過とともにゼロに収斂する左右非対称形状かつ非周期性の窓関数を適用して受信信号における波形の必要部分を当該必要部分の直前から切り出す処理を行った後、時間領域から周波数領域に変換する第1領域変換ステップと、
周波数領域において前記参照信号で前記標的信号をデコンボリューションする信号規格化ステップと、
デコンボリューションされた前記標的信号を周波数領域から時間領域に変換することによって、規格化されたインパルス応答信号を取得する第2領域変換ステップと、
規格化された前記インパルス応答信号に基づき、前記標的物質内の音響物性値を奥行方向の手前側から奥側に向かって順次推定する推定ステップと
を含む信号処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、対象物に超音波パルス波の集束ビームを送信したときに得られる反射波信号を処理することにより、超音波画像を生成する方法及び装置、並びに信号処理方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、皮膚や細胞内部の状態を音響インピーダンス等の音響物性値で定量化し、その分布を画像として表示する超音波画像生成装置が提案されている(例えば特許文献1,2)。この種の装置は、既知の音響物性を有する基体、基材を介して超音波の送受信を行う超音波振動子、演算手段、画像構築手段等を含んで構成されている。この装置では、既知の音響物性を有する基体に、測定対象物及び既知の音響物性を有する参照物質を接して配置する。そしてこの状態で超音波を送信し、基体を介して測定対象物及び参照物質に超音波を入射させ、測定対象物及び参照物質からの超音波波形のインパルス応答を受信する。次いで、参照物質に入射した超音波波形のインパルス応答情報及び測定対象物に入射した超音波波形のインパルス応答情報から、規格化されたインパルス応答情報を得る。規格化のための演算処理では、具体的には、参照物質及び測定対象物からの反射波信号をフーリエ変換し、周波数領域にてデコンボリューションした後、逆フーリエ変換を行って再び時間領域に戻すことを行う。次に、規格化されたインパルス応答情報に基づき、奥行方向の音響物性分布(具体的には固有音響インピーダンス分布)を多重反射の影響を考慮して推定する演算を行う。そして、得られた奥行方向の音響物性分布に基づいて、音響物性像の画像データを構築し、所望とする超音波断層像を得るようにしている。
【0003】
ところで、上記従来装置では、反射波信号を規格化する演算の過程で、反射係数を固有音響インピーダンス値に変換する操作を時間軸上で繰り返し行っている。反射係数には低周波成分が含まれている。ここに何らかの低周波ノイズが重畳すると、誤差が深さ方向の後方に伝搬して積算され、さらに大きな誤差をもたらす。その結果、深さ方向の固有音響インピーダンス分布の推定精度が低下し、得られる超音波画像に乱れが生じて不鮮明になる。この課題を解消するために、例えば特許文献3においては、固有音響インピーダンス分布の推定演算結果を所定の方法で補正処理する手法が提案されている。
【0004】
特許文献3に記載の発明において、具体的には、測定対象物内における特定深度にて既知の固有音響インピーダンス値を有する物質が層方向にわたり均一に存在している場合、その固有音響インピーダンス値を「仮想参照部位の固有音響インピーダンス値」と定義する。あるいは、測定対象物が生体の軟組織である場合、その測定対象物内における特定深度の固有音響インピーダンスの推定値の平均を「仮想参照部位の固有音響インピーダンス値」と定義する。そして、測定対象物内における特定深度の固有音響インピーダンスの推定値を仮想参照部位の固有音響インピーダンス値に置き換える演算を通じて、測定対象物内の固有音響インピーダンスの推定値を補正している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006-271765号公報
【特許文献2】特許第6361001号公報
【特許文献3】特開2020-190454号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記従来技術の補正処理を行ったとしても、それによる効果には一定の限界があり、常に鮮明な超音波断層像が得られるわけではないという欠点があった。それに加え、得られた超音波断層像の必ずしも信頼性が高いとは言えないという欠点もあった。従って、細胞や組織における微細な層構造がわかるような高信頼性かつ鮮明な超音波断層画像を生成できる方法や装置が、依然として望まれていた。
【0007】
また、上記各従来技術では、反射波信号の規格化演算処理において、受信信号における必要部分を切り出して周波数領域で解析する際に、フーリエ変換を適用している。このとき周期関数である窓関数を乗算して、切り出した波形の波頭と波尾とをつなぎ合わせる必要があるが、窓関数の周波数成分がノイズ(上述した低周波ノイズ)として残存してしまう。この残存した低周波ノイズは推定演算の結果に誤差をもたらす原因となるため、極力抑制されることが望ましい。ところが、このような低周波ノイズを抑制する有効な対策は、未だ提案されていなかった。
【0008】
本発明は上記の課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、低周波ノイズに起因する演算誤差の発生を抑制し、信頼性の高い鮮明な超音波画像を生成することができる超音波画像生成方法及び装置を提供することにある。また、本発明の別の目的は、標的物質の深さ方向の音響物性値を精度よく推定することができる信号処理方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らが上記課題を解決するために鋭意研究を行ったところ、反射波信号の規格化演算処理における時間・周波数領域間の変換手法を見直すことを思い付き、さらに鋭意研究を進めることで、低周波ノイズに起因する演算誤差の発生を効果的に抑制できることを知見し、本発明を想到するに至ったのである。上記の課題を解決するための手段1~8を以下に示す。
【0010】
[1]標的物質の深さ方向に直交する方向に走査しつつ前記標的物質に超音波パルス波の集束ビームを送信したときに得られる反射波信号を処理することにより、超音波画像を生成する方法であって、基体に前記標的物質及び参照物質が接して存在した状態で前記基体を介して超音波パルスを送信し、前記標的物質からの標的信号と前記参照物質からの参照信号とを受信する送受信ステップと、時間経過とともにゼロに収斂する左右非対称形状かつ非周期性の窓関数を適用して受信信号における波形の必要部分を当該必要部分の直前から切り出す処理を行った後、前記標的信号及び前記参照信号を時間領域から周波数領域に変換する第1領域変換ステップと、周波数領域において前記参照信号で前記標的信号をデコンボリューションする信号規格化ステップと、デコンボリューションされた前記標的信号を周波数領域から時間領域に変換することによって、規格化されたインパルス応答信号を取得する第2領域変換ステップと、規格化された前記インパルス応答信号に基づき、前記標的物質内の固有音響インピーダンスを奥行方向の手前側から奥側に向かって順次推定する推定ステップと、前記固有音響インピーダンスの推定結果に基づいて、前記超音波画像を生成する画像生成ステップとを含む超音波画像生成方法。
【0011】
[2]前記第1領域変換ステップでは、前記窓関数のゼロ点の位置を前記標的物質からの反射波信号の前方直近に出現するフラット部分に設定すべく、前記ゼロ点の位置を調整することを特徴とした手段1に記載の超音波画像生成方法。
【0012】
[3]前記信号規格化ステップでは、前記標的物質からの反射波信号の後方に出現するノイズ信号を所定レベル以下に抑えるべく、前記窓関数の特徴を決める係数を決定することを特徴とした手段1または2に記載の超音波画像生成方法。
【0013】
[4]前記標的物質は、生体の軟組織または培養細胞であることを特徴とした手段3に記載の超音波画像生成方法。
【0014】
[5]標的物質の深さ方向に直交する方向に走査しつつ前記標的物質に超音波パルス波の集束ビームを送信したときに得られる反射波信号を処理することにより、超音波画像を生成する装置であって、基体に前記標的物質及び参照物質が接して存在した状態で前記基体を介して超音波パルスを送信し、前記標的物質からの標的信号と前記参照物質からの参照信号とを受信する送受信手段と、時間経過とともにゼロに収斂する左右非対称形状かつ非周期性の窓関数を適用して受信信号における波形の必要部分を当該必要部分の直前から切り出す処理を行った後、前記標的信号及び前記参照信号を時間領域から周波数領域に変換する第1領域変換手段と、周波数領域において前記参照信号で前記標的信号をデコンボリューションする信号規格化手段と、デコンボリューションされた前記標的信号を周波数領域から時間領域に変換することによって、規格化されたインパルス応答信号を取得する第2領域変換手段と、規格化された前記インパルス応答信号に基づき、前記標的物質内の固有音響インピーダンスを奥行方向の手前側から奥側に向かって順次推定する推定手段と、前記固有音響インピーダンスの推定結果に基づいて、前記超音波画像を生成する画像生成手段とを備えた超音波画像生成装置。
【0015】
[6]前記窓関数のゼロ点の位置を自動的に調整して設定するゼロ点自動設定手段をさらに備えるとともに、前記ゼロ点自動設定手段は、前記ゼロ点の位置を前記標的物質からの反射波信号の前方直近に出現するフラット部分に設定することを特徴とした手段5に記載の超音波画像生成装置。
【0016】
[7]前記窓関数の特徴を決める係数を自動的に決定する係数自動決定手段をさらに備えるとともに、前記係数自動決定手段は、前記係数を前記標的物質からの反射波信号の後方に出現するノイズ信号を所定レベル以下に抑える値に決定することを特徴とした手段5または6に記載の超音波画像生成装置。
【0017】
[8]基体に標的物質及び参照物質が接して存在した状態で前記基体を介してパルス波を送受信することで得られた前記標的物質からの標的信号及び前記参照物質からの参照信号について、時間経過とともにゼロに収斂する左右非対称形状かつ非周期性の窓関数を適用して受信信号における波形の必要部分を当該必要部分の直前から切り出す処理を行った後、時間領域から周波数領域に変換する第1領域変換ステップと、周波数領域において前記参照信号で前記標的信号をデコンボリューションする信号規格化ステップと、デコンボリューションされた前記標的信号を周波数領域から時間領域に変換することによって、規格化されたインパルス応答信号を取得する第2領域変換ステップと、規格化された前記インパルス応答信号に基づき、前記標的物質内の音響物性値を奥行方向の手前側から奥側に向かって順次推定する推定ステップとを含む信号処理方法。
【発明の効果】
【0018】
以上詳述したように、上記手段1~7に記載の発明によると、低周波ノイズに起因する演算誤差の発生を抑制し、信頼性の高い鮮明な超音波画像を生成することができる超音波画像生成方法及び装置を提供することができる。また、上記手段8によると、標的物質の深さ方向の音響物性値を精度よく推定することができる信号処理方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明を具体化した実施形態の超音波画像生成装置を示す概略構成図。
【
図2】実施形態の超音波画像生成装置の電気的構成を示すブロック図。
【
図3】標的物質及び参照物質の配置関係を説明するための概略図。
【
図4】実施形態において固有音響インピーダンス像の生成についての演算処理を説明するためのフローチャート。
【
図5】
図4における反射波信号の規格化処理を説明するためのフローチャート。
【
図7】時間領域の反射波信号の波形に窓関数を適用するときの様子を説明するための概略図。
【
図8】デコンボリューションにより標的信号が規格化される過程を示した概略図。
【
図9】(a)は従来手法で得た無補正の培養細胞の固有音響インピーダンス像、(b)は実施形態の手法で得た培養細胞の固有音響インピーダンス像。
【
図10】(a)~(c)は、時間領域の反射波信号の波形に、別の実施形態の窓関数を適用するときの様子を説明するための概略図。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の超音波画像生成方法及び装置を具体化した実施形態を
図1~
図9に基づき詳細に説明する。
【0021】
図1は、本実施形態の超音波画像生成装置1を示す概略構成図である。
図1に示されるように、本実施形態の超音波画像生成装置1は、超音波を用いて培養細胞8Aを観察するための装置であって、パルス励起型超音波顕微鏡2と、パーソナルコンピュータ(PC)3とを備えている。
【0022】
パルス励起型超音波顕微鏡2は、ステージ4を有する顕微鏡本体5と、ステージ4の下方に設置された超音波プローブ6とを備える。パルス励起型超音波顕微鏡2の超音波プローブ6は、PC3と電気的に接続されている。
【0023】
本実施形態のステージ4は、ユーザの手動操作により、水平方向(即ちX方向及びY方向)に移動できるように構成されている。このステージ4には、測定対象となる標的物質を接触させて配置するための培養容器41が固定されている。ここでの標的物質は培養細胞8Aであって、より具体的には接着性細胞の一種であるヒトのグリア細胞を用いている(
図3参照)。グリア細胞の厚さは非常に薄く、数μm程度である。この培養容器41の底部中央部には、上面側に培養細胞8Aが培養時に接着して支持される支持フィルム9(基体)が固定されている。既知の音響物性を有する支持フィルム9は、超音波を透過させることができる薄い部材であって、標的物質である培養細胞8Aよりも硬い材料からなる。このような形状及び硬さの部材を基体として用いた場合、標的物質である培養細胞8Aを確実に密着配置することが可能となり、奥行方向の固有音響インピーダンス分布を正確に推定可能となる結果、ひいては画像構築の精度が向上する。なお、本実施形態では厚さ50μmのポリスチレンフィルムが用いられている。勿論、ポリスチレン以外の樹脂からなるフィルム材などを用いることも許容される。
【0024】
図3に示されるように、培養容器41内において培養細胞8Aは、培養液Mに完全に浸漬された状態で存在している。従って、培養液Mは、支持フィルム9において培養細胞8Aが接触配置される側である上面に接するようにして、培養細胞8Aを包囲するように存在する。培養液Mは支持フィルム9とは異なる既知の音響物性を有しており、本実施形態ではこれを参照物質10として位置付けて利用している。
【0025】
超音波プローブ6は、水などの超音波伝達媒体Wを貯留可能な貯留部11をその先端部に有するプローブ本体12と、プローブ本体12の略中心部に配置される超音波トランスデューサ13(超音波振動子)と、プローブ本体12を前記ステージ4の面方向に沿って二次元的に走査するためのX-Yステージ14とを備える。プローブ本体12の貯留部11は上部が開口しており、その貯留部11の開口側を上向きにした状態で超音波プローブ6がステージ4の下方に設置されている。
【0026】
超音波トランスデューサ13は、例えば酸化亜鉛の薄膜圧電素子16とサファイアロッドの音響レンズ17とによって構成される。この超音波トランスデューサ13は、パルス励起されることで支持フィルム9の下面側から培養細胞8A及び参照物質10(培養液M)に対して超音波を照射する。超音波トランスデューサ13が照射する超音波は、貯留部11の超音波伝達媒体Wを介して円錐状に収束されて支持フィルム9の上面(培養細胞8Aの表面付近)で焦点を結ぶようになっている。なお本実施形態では、超音波トランスデューサ13として、口径1mm、焦点距離0.6mm、中心周波数400MHzの仕様のものを用いている。
【0027】
図2は、本実施形態の超音波画像生成装置1の電気的な構成を示すブロック図である。
【0028】
図2に示されるように、超音波プローブ6は、超音波トランスデューサ13、X-Yステージ14、パルス発生回路21、受信回路22、送受波分離回路23、検波回路24、A/D変換回路25、エンコーダ26、コントローラ27を備える。
【0029】
走査手段としてのX-Yステージ14は、超音波の照射点を二次元的に走査させるためのXステージ14X及びYステージ14Yを備えるとともに、それぞれのステージ14X,14Yを駆動するモータ28X,28Yを備えている。これらのモータ28X,28Yとしては、ステッピングモータやリニアモータが使用される。
【0030】
各モータ28X,28Yにはコントローラ27が接続されており、該コントローラ27の駆動信号に応答してモータ28X,28Yが駆動される。これらモータ28X,28Yの駆動により、Xステージ14Xを連続走査(連続送り)するとともに、Yステージ14Yを間欠送りとなるよう制御することで、X-Yステージ14の高速走査が可能となっている。
【0031】
また、本実施形態においては、Xステージ14Xに対応してエンコーダ26が設けられ、エンコーダ26によりXステージ14Xの走査位置が検出される。具体的には、走査範囲を300×300個の測定点(ピクセル)に分割した場合、1回のX方向(水平方向)の走査が300分割される。そして、各測定点の位置がエンコーダ26によって検出されPC3に取り込まれる。PC3はそのエンコーダ26の出力に同期して駆動制御信号を生成し、その駆動制御信号をコントローラ27に供給する。コントローラ27は、この駆動制御信号に基づいてモータ28Xを駆動する。また、コントローラ27は、エンコーダ26の出力信号に基づきX方向の1ラインの走査が終了した時点でモータ28Yを駆動して、Yステージ14YをY方向に1ピクセル分移動させる。
【0032】
さらに、コントローラ27は、駆動制御信号に同期してトリガ信号を生成してパルス発生回路21に供給する。これにより、パルス発生回路21において、そのトリガ信号に同期したタイミングで励起パルスが生成される。その励起パルスが送受波分離回路23を介して超音波トランスデューサ13に供給される結果、超音波トランスデューサ13から超音波が照射される。
【0033】
超音波トランスデューサ13の薄膜圧電素子16は、送受波兼用の超音波振動子であり、培養細胞8A及び参照物質10(培養液M)で反射した超音波(反射波)を電気信号に変換する。そして、その反射波の信号は、送受波分離回路23を介して受信回路22に供給される。受信回路22は、信号増幅回路を含んで構成されていて、反射波の信号を増幅して検波回路24に出力する。
【0034】
検波回路24は、培養細胞8A及び参照物質10(培養液M)からの反射波信号を検出するための回路であり、図示しないゲート回路を含む。本実施形態の検波回路24は、超音波トランスデューサ13で受信した反射波信号の中から、培養細胞8Aからの反射波信号や、参照物質10(培養液M)からの反射波信号を抽出する。そして、検波回路24で抽出された反射波信号は、A/D変換回路25に供給されてA/D変換された後、PC3に転送される。
【0035】
PC3は、CPU31(中央処理装置)、I/F回路32、メモリ33、記憶装置34、入力装置35、及び表示装置36を備え、それらはバス37を介して相互に接続されている。
【0036】
CPU31は、メモリ33を利用して制御プログラムを実行し、システム全体を統括的に制御する。制御プログラムとしては、X-Yステージ14による二次元走査を制御するためのプログラム、超音波Bモードエコー像の元となる反射信号列のデータを固有音響インピーダンス像へ変換するためのプログラム、固有音響インピーダンス像を表示するためのプログラムなどを含む。なお、CPU31とは別に例えばDSP(Digital Signal Processor:デジタル信号プロセッサ)を設けて、そこでCPU31が行っている信号処理の一部を行わせてもよい。
【0037】
I/F回路32は、超音波プローブ6との間で信号の授受を行うためのインターフェース(具体的には、USBインターフェース)である。I/F回路32は、超音波プローブ6に制御信号(コントローラ27への駆動制御信号)を出力したり、超音波プローブ6からの転送データ(A/D変換回路25から転送されるデータなど)を入力したりする役割を果たすものである。なお、超音波プローブ6との間で信号の授受を行う場合には、上記のような物理的なインターフェースに限定されることはなく、無線インターフェースを用いてもよい。
【0038】
表示装置36は、例えば、液晶、プラズマ、有機EL(electroluminescence)等のモニタディスプレイである。表示装置36は、カラー表示、モノクロ表示を問わずに使用できるが、カラー表示であることが望ましい。この表示装置36は、培養細胞8Aの固有音響インピーダンス像を表示したり、各種設定の入力画面を表示したりするために用いられる。
【0039】
入力装置35は、タッチパネル、マウス、キーボード、ポインティングデバイス等の入力ユーザインタフェースであって、ユーザからの要求や指示、パラメータの入力に用いられる。
【0040】
記憶装置34は、磁気ディスク装置や光ディスク装置などのハードディスクドライブであり、各種の制御プログラム及び各種のデータを記憶している。メモリ33は、RAM(ランダムアクセスメモリ)やROM(リードオンリーメモリ)を含み、超音波測定のためにあらかじめ取得されたリファレンス部材10の反射波形とその固有音響インピーダンスとを保存する。CPU31は、入力装置35による指示に従い、プログラムやデータを記憶装置34からメモリ33へ転送し、それを逐次実行する。なお、CPU31が実行するプログラムとしては、メモリカード、フレキシブルディスク、光ディスクなどの記憶媒体に記憶されたプログラムや、通信媒体を介してダウンロードしたプログラムでもよく、その実行時には記憶装置34にインストールして利用する。
【0041】
次に、本実施形態の超音波画像生成装置1において、超音波Bモードエコー像の元となる反射信号列から固有音響インピーダンス像を生成する手法について説明する。
【0042】
この超音波画像生成装置1では、参照物質10(培養液M)に入射した超音波波形のインパルス応答情報(
図3、
図8のSrefを参照)、及び標的物質である培養細胞8Aに入射した超音波波形のインパルス応答情報(
図3、
図8のStgtを参照)から、規格化されたインパルス応答情報を得る。そして、その規格化されたインパルス応答情報に基づいて、深さ方向の音響物性分布を多重反射の影響を考慮して推定する。また、このような推定を行うために、本実施形態では、標的物質内において異なる固有音響インピーダンスを持つ無損失の微小伝送路が深さ方向に連なって伝送路の集合体をなしていると仮定する。そして、手前側の微小伝送路の固有音響インピーダンスの推定結果に基づきその奥側に隣接する微小伝送路の固有音響インピーダンスを推定する演算処理を順次繰り返す。この繰り返しの演算処理により、伝送路の深さ方向の音響物性分布(ここでは固有音響インピーダンス分布)を推定する。このような演算は、CPU31がメモリ33内に格納された所定のアルゴリズムに基づいて実行される。
【0043】
このアルゴリズムでは、超音波Bモードエコー像の元となる反射信号列を用いることによって、深さ方向の固有音響インピーダンスの分布を推定する。このアルゴリズムは、時間領域反射測定法(TDR法:Time Domain Reflectometry法)の原理を参考としている。このアルゴリズムは、標的物質内部での多重反射を考慮した時間-周波数領域における解析を通じて、超音波Bモードエコー像の元となる反射信号列を深さ方向の固有音響インピーダンス像に変換する。なお、このアルゴリズムについては、例えば特許第6361001号公報に具体的に説明されているので、ここではその説明を省略する。特許第6361001号公報におけるフーリエ変換の箇所に関しては、後述する手法に置き換えて把握するものとする。
【0044】
本実施形態の超音波画像生成装置1におけるCPU31は、第1領域変換手段、信号規格化手段、第2領域変換手段、推定手段として機能する。
【0045】
第1領域変換手段として機能するCPU31は、受信信号(即ち、受信した標的信号の反射波信号、及び受信した参照信号の反射波信号)における波形の必要部分を当該必要部分の直前から切り出す処理を行う。その切り出しにあたっては所定の窓関数を適用する。具体的には、各々の反射波信号にそれぞれ窓関数を乗算する。この場合の窓関数としては、時間経過とともにゼロに収斂する左右非対称形状かつ非周期性の窓関数が選択される。上記の条件を満たす関数であれば特に限定されず、任意の関数が選択可能であるが、本実施形態では指数関数を用いている。第1領域変換手段として機能するCPU31は、窓関数の適用による切り出す処理を行った後、標的信号及び参照信号を時間領域から周波数領域に変換する。指数関数を窓関数とした本実施形態においては、時間領域から周波数領域に変換する手法としてラプラス変換を用いる。
【0046】
信号規格化手段として機能するCPU31は、周波数領域において参照信号で標的信号を除して標的信号をデコンボリューションすることにより、規格化する演算を行う。
【0047】
第2領域変換手段として機能するCPU31は、デコンボリューションされた標的信号を周波数領域から時間領域に変換することによって、規格化されたインパルス応答信号を取得する。なお、指数関数を窓関数とした本実施形態においては、周波数領域から時間領域に変換する手法として逆ラプラス変換を用いる。
【0048】
推定手段として機能するCPU31は、規格化されたインパルス応答信号に基づき、標的物質内及び参照物質内の固有音響インピーダンスを奥行方向の手前側から奥側に向かって順次推定する。
【0049】
次に、本実施形態の超音波画像生成装置1において固有音響インピーダンス画像を生成するために、プロセッサであるCPU31が実行する演算処理について、
図4、
図5のフローチャートを用いて説明する。
【0050】
まず、培養細胞8Aを支持した支持フィルム9の下面側に超音波プローブ6を配置し、この状態で超音波プローブ6に初期動作を行わせる。即ち、CPU31からの指示に基づいてコントローラ27を作動させることにより、モータ28X,28Yを駆動し、X-Yステージ14を移動させる。そして、参照物質10(培養液M)がある位置にて超音波パルス波の集束ビームの照射が可能な状態にする。
【0051】
またこのとき、CPU31からの指示に基づいて励起パルスがトランスデューサ13に供給されると、参照物質10(培養液M)に超音波パルス波の集束ビームが照射される。そして、その反射波が受信回路22を経て検波回路24で検出される。次に、反射波取得手段としてのCPU31は、A/D変換回路25で変換されたデジタルデータをI/F回路32を介して取得する。CPU31は、そのデータを参照物質10(培養液M)からの超音波波形のインパルス応答のデータとしてメモリ33に記憶する(ステップS100)。
【0052】
その後、CPU31からの指示に基づいてコントローラ27によりモータ28X,28Yが駆動され、X-Yステージ14による二次元走査が開始される。このときCPU31は、トランスデューサ13を次の測定点(走査点)へ移動させるととともに(ステップS110)、エンコーダ26の出力に基づいて測定点の座標データを取得する(ステップS120)。
【0053】
そして、CPU31からの指示に基づいて励起パルスがトランスデューサ13に供給されることにより、培養細胞8Aに超音波パルス波の集束ビームが照射される。そして、特定の測定点における反射波が受信回路22を経て検波回路24で検出される。反射波取得手段としてのCPU31は、A/D変換回路25で変換されたデジタルデータをI/F回路32を介して取得する。CPU31は、その取得したデータを培養細胞8Aからの超音波波形のインパルス応答のデータ(反射波信号データ)として、座標データに関連付けてメモリ33に記憶する(ステップS130)。
【0054】
次いで、CPU31は、全ての測定点での処理が終了して画像データが全て取得されたか否かを判断する(ステップS140)。ここで、全データが取得されていない場合には(ステップS130:NO)、CPU31は、ステップS110に戻り、次の測定点に移動してから、ステップS120~S140の処理を繰り返し実行する。全データが取得された場合には(ステップS140:YES)、CPU31は、次ステップS150に移行する。
【0055】
ステップS150においてCPU31は、
図5のフローチャートに示した手順で、取得した反射波信号を規格化する処理を行う。
【0056】
具体的には、ステップS152において、標的信号の反射波信号及び参照信号の反射波信号に上記の窓関数を適用して、必要部分の切り出しを行う。
図6は、時間領域の反射波信号S1の波形を示す概略図である。
図7は、時間領域の反射波信号S1の波形に窓関数を適用するときの様子を説明するための概略図である。図中に示された波形において、最初に現れる凹凸波形部分は、支持フィルム9の下面における反射波部分51(縦波)である。その次に現れる凹凸波形部分は、支持フィルム9の上面及び培養細胞8Aにおける反射波部分52(縦波)である。さらにその後に現れる凹凸波形部分は、横波変換波伝搬(縦波→横波→縦波)での反射波部分53(即ち、反射波信号の後方に出現するノイズ信号)である。一方、反射波部分52の直前には凹凸波形部分が現れず、この部分をフラット部分54として示している。また、
図7において四角枠で示された領域は、解析を必要とする部分(即ち受信信号における波形の必要部分55)である。この四角枠領域は、本実施形態では厚さ数μmの厚さ分に相当する。同じく
図7に示された曲線61は、窓関数である指数関数を表している。ステップS152では、支持フィルム9の上面及び培養細胞8Aにおける反射波部分52が含まれるように、当該必要部分55の直前におけるフラット部分54から切り出すようにする。即ち、当該フラット部分54に窓関数のゼロ点56が位置するようにする。その後、標的信号及び参照信号を時間領域から周波数領域に変換する演算処理を行う(以上、第1領域変換ステップ)。
【0057】
次のステップS154では、周波数領域において参照信号で標的信号を除すことで標的信号をデコンボリューションして、規格化する演算を行う(信号規格化ステップ)。次のステップS156では、デコンボリューションされた標的信号を周波数領域から時間領域に変換することによって、規格化されたインパルス応答信号を取得する(第2領域変換ステップ)。この後、CPU31は次ステップS160に移行する。
【0058】
次いで、演算手段としてのCPU31は、規格化されたインパルス応答信号のデータを用いて、TDR法の原理を参考とした推定ステップの演算を実行する。そしてCPU31は、その演算により培養細胞8Aにおける各測定点での深さ方向の固有音響インピーダンスを深さ方向の手前側から奥側に向かって順次推定することを通じて、深さ方向の固有音響インピーダンス分布を推定し、その推定結果をメモリ33に記憶する(ステップS160)。
【0059】
その後、画像生成手段としてのCPU31は、深さ方向の固有音響インピーダンス分布の推定結果に基づいて、深さ方向の固有音響インピーダンス像(超音波画像)を生成するための画像処理を行う(ステップS170)。詳しくは、CPU31は、固有音響インピーダンス分布の推定結果に基づいてカラー変調処理を行い、固有音響インピーダンスの大きさに応じて色分けして表示した画像データを生成し、この画像データをメモリ33に記憶する。
【0060】
そして、CPU31は、このデータを表示装置36に転送し、あらかじめ定めた直線上における固有音響インピーダンス像を表示させた後(ステップS180)、
図4の処理を終了する。このような一連の処理により、培養細胞8Aでの固有音響インピーダンスの大きさに応じて色分けされた固有音響インピーダンス像が表示される。
【0061】
従って、本実施形態によれば以下の効果を得ることができる。
【0062】
(1)本実施形態の超音波画像生成装置1は、送受信手段、第1領域変換手段、信号規格化手段、第2領域変換手段、推定手段、画像生成手段等を備えている。送受信手段であるトランスデューサ13は、支持フィルム9に培養細胞8A及び参照物質10が接して存在した状態で、支持フィルム9を介して超音波パルスを送信する。そして、トランスデューサ13は、培養細胞8Aからの標的信号と参照物質10からの参照信号とを受信する。第1領域変換手段は、時間経過とともにゼロに収斂する左右非対称形状かつ非周期性の窓関数を適用して受信信号における波形の必要部分を当該必要部分の直前から切り出す処理を行う。その後、第1領域変換手段は、標的信号及び参照信号を時間領域から周波数領域に変換する。信号規格化手段は、周波数領域において参照信号で標的信号をデコンボリューションする。第2領域変換手段は、デコンボリューションされた標的信号を周波数領域から時間領域に変換することによって、規格化されたインパルス応答信号を取得する。推定手段は、規格化されたインパルス応答信号に基づき、標的物質内の固有音響インピーダンスを奥行方向の手前側から奥側に向かって順次推定する。画像生成手段は、固有音響インピーダンスの推定結果に基づいて、超音波画像を生成する。なお、
図9(a)は、従来手法で得た無補正の培養細胞8Aの固有音響インピーダンス像G0を示す。一方、
図9(b)は、本実施形態の手法で得た培養細胞8Aの固有音響インピーダンス像G1を示す。これによると、明らかに前者に比べて後者のほうが鮮明な超音波画像が取得されていることがわかる。
【0063】
そして、このように構成された装置1によると、従来のフーリエ変換の窓関数(即ち、周期性があり左右対称形状の関数)とは特性の異なる窓関数を適用したことにより、反射波信号の規格化演算処理における低周波ノイズの発生を殆どなくすことが可能となる。つまり、ここで適用する窓関数は、周期性を有しておらず、しかも波尾がゼロに収斂する特性があるため、波頭と波尾とがつながることがないからである。その結果、低周波ノイズに起因する固有音響インピーダンス推定演算誤差の発生を効果的に抑制することができる。それゆえ、信頼性の高い鮮明な超音波画像を生成することができる。
【0064】
ちなみに、指数窓を使用すると周波数ごとに異なる位相シフトが生じ、元の波形が持つ周波数スペクトルは変歪する。ただし、この変歪の影響は、参照信号をラプラス変換した周波数スペクトルで除した後に逆ラプラス変換することにより、相殺される。また、培養細胞8Aの反射は指数窓の頭部だけに存在する。そのため、波頭に重みづけされた指数窓瞬時スペクトル解析となり、また培養細胞8Aの反射が存在する部分の変歪は非常に少なくなる。よって、本実施形態における反射波信号の規格化処理は、培養細胞8Aのような微細な構造物を標的物質とした場合に最適な処理方法であると言うことができる。
【0065】
ここで、本実施形態における反射波信号の規格化処理で使用する窓関数について述べる。従来この種の処理を行う場合、ハニング窓のような左右対称形状の窓を窓関数として使用する一方、指数窓のような左右非対称形状の窓を窓関数として使用しないことが当業者の常識となっている。指数窓が一般的に使用されない理由は、以下の通りである。即ち、窓関数の適用は、時間領域の同時刻積のため、周波数領域では畳み込み積分となる。そのため、周波数解析を行う場合には、振幅が高感度かつ狭帯域で、位相が線形であることが望ましい。指数窓は、ハニング窓と比較して振幅が低感度かつ広帯域で、位相が非線形となっている。つまり、指数窓は周波数分解能が低く、周波数ごとに異なる位相シフトを生じてしまうというデメリットがある。従って、一般的な周波数解析では、指数窓が使用されないのである。
【0066】
指数窓の特徴としては、右非対称形状であることに加え、波形全体を周波数解析する場合に前方の重みが大きく、後方の重みが小さいことである。指数窓がプラスの効果を発揮する条件を以下に列挙する。この条件を同時により多く満たしていれば、得られるプラス効果(メリット)が大きいことになる。本実施形態の超音波画像生成装置1は、パルス励起型超音波顕微鏡2を含んで構成されているが、超音波顕微鏡2は当該諸条件を満たしている。1つめは、時間→周波数→時間の解析であることである(条件1)。時間→周波数の解析の場合、スペクトル歪みが小さい窓関数を選択する必要があるため、ハニング窓のような左右対称な窓を使用する(例えば周波数領域でのフィルタリングなど)。超音波顕微鏡2では、標的信号と参照信号とのデコンボリューションを周波数領域で行った後、画像生成化のために時間領域に戻す必要がある。よって、超音波顕微鏡2は条件1を満たしている。2つめは、演算処理後の時間波形において、注目区間が波形前方にあることである(条件2)。時間領域に戻したときに、信号波形と窓関数の同時刻商によって信号波形を補正する。そのとき、後方ほど小さい値同士の割り算になるため、前方ほど信頼性が高く、後方ほど信頼性が低い。超音波顕微鏡2は、
図7に示されるように送信のパルス幅に対して反射率の分布が細かいという反射モデルであって、解析したいエリアは信号波形の前方にある。よって、超音波顕微鏡2は条件2も満たしている。3つめは、減衰信号に対して、低周波ノイズが解析波形全域に加算されていることである(条件3)。減衰信号の瞬時パワーは波形前方ほど大きく、後方ほど小さい。波形全域にノイズが乗っている場合、瞬時SNは波形前方ほど大きく、後方ほど小さくなる。指数窓を適用すると前方ほど大きな重み付けを行うので、波形全体を解析した場合、SNが大きい部分を主要部として解析することができる。ノイズが十分小さい場合には、信号を低下させるため、波形全体としてSNを下げてしまう。超音波顕微鏡2は、インパルスでドライブするため、送信波形は減衰信号となる。また、受信波形には低周波ノイズが加算されるという問題点がある。よって、超音波顕微鏡2は条件3も満たしている。上記のように、指数窓がプラスの効果を発揮する条件1~3は限定的であり、超音波顕微鏡2は当該条件1~3を満たしている。実際の処理によっても効果が得られているので、指数窓を適用した場合にはデメリットを上回るメリットが得られることが分かる。
【0067】
(2)本実施形態の超音波画像生成方法における第1領域変換ステップでは、例えばユーザが入力装置35を操作して、窓関数である指数窓のゼロ点56の位置を調整することにより、標的物質からの反射波信号S1の前方直近に出現するフラット部分54に設定している。仮に反射波信号S1においてフラットではない箇所、即ち信号波形に少なからず凹凸がある箇所にゼロ点56を設定したとすると、低周波ノイズを十分に除去することができなくなる。よって、この場合には反射波信号S1の規格化演算処理の精度の低下が避けられない。これに対し、適切な位置にゼロ点位置調整する本実施形態によれば、低周波ノイズを十分に除去することが可能となり、反射波信号S1の規格化演算処理の精度を向上させることができる。ここで、ユーザによる入力操作の例を挙げて説明する。まず表示装置36の表示画面上に、
図6に示すような標的物質からの反射波信号S1の波形を表示しておく。ユーザはその波形の表示を見ながら、当該波形上のフラット部分54の位置を判断し、カーソルの位置をフラット部分54に移動させる。そして、ユーザがフラット部分54における所望の位置でクリックすることで、ゼロ点位置の設定が完了する。フラット部分54をわかりやすくするために、例えば表示画面上にフラット部分54を示す文字やアイコンなどを表示してもよい。あるいは、ユーザがカーソルを移動させる際に、カーソルがフラット部分54に到ったことを、表示画面上で文字、アイコン、色変化などの方法で告知してもよいほか、音声により告知してもよい。さらには、
図7に示されるように、反射波信号S1の波形の近傍に、基体としての支持フィルム9及び標的物質を概略的に表した絵を表示することで、両者の位置の対応関係が分かりやすくなるようにしてもよい。
【0068】
以上述べた本実施形態ではユーザ自らがゼロ点位置調整を行うものであったが、例えば、変形例1の超音波画像生成装置1のように、窓関数のゼロ点56の位置を自動的に調整して設定するゼロ点自動設定手段を備えたものとしてもよい。また、ゼロ点自動設定手段は、ゼロ点56の位置を標的物質からの反射波信号S1における上記反射波部分52の前方直近に出現するフラット部分54に設定するように構成されていてもよい。反射波信号S1におけるフラット部分54を見つける手法としては特に限定されない。一例を挙げると、例えば、反射波信号S1の振幅を時間軸に沿って算出し、支持フィルム9の上面及び培養細胞8Aにおける反射波部分52をまず見つけ出す。次にこの反射波部分52の前方直近における波形の振幅が、水平なベースラインを基準とする所定範囲内に入っているか否かを算出する。そして、所定範囲内に入っている領域があれば、そこをフラット部分54として定義し、その範囲内の任意の位置をゼロ点56として設定する。この場合において、上記範囲内の点のうちベースラインの値に最も近くかつ反射波部分52に最も近い点を、ゼロ点56として設定してもよい。あるいは、ゼロ点56の候補をユーザに対して複数提示し、最終的にユーザによる選定を促すように構成してもよい。そして変形例1の構成によると、ユーザの負担が軽減されるため利便性が向上する。また、適切な位置にゼロ点位置調整されやすくなるため、結果的に反射波信号S1の規格化演算処理の精度も向上し、ひいては超音波画像の信頼性や鮮明度が向上する。
【0069】
(3)本実施形態の超音波画像生成方法における信号規格化ステップでは、例えばユーザが入力装置35を操作して窓関数である指数関数の特徴を決める係数を決定することにより、標的物質からの反射波信号S1の後方に出現するノイズ信号(即ち、
図7に示す横波変換波伝搬での反射波部分53)を所定レベル以下に抑えるようにしている。所定レベル以下とは、例えば本来の波形の振幅の1/5以下であることを指し、好ましくは1/10以下であることを指す。本実施形態において「指数関数」とは、与えられた底であるeに関し、冪指数であるxを変数とした関数のことを指し、それにおける「係数」とは、冪指数であるxに乗算される係数aのことを言う。即ち、本実施形態において適用される窓関数は、例えば「y=e
ax」で表される関数であり、当該窓関数は時間経過とともにゼロに収斂する形状であるため係数aは負の数となる。そして本実施形態によれば、適切な係数aが設定されることで好適な指数窓を適用することができる。よって、低周波ノイズを十分に除去することが可能となり、反射波信号S1の規格化演算処理の精度を向上させることができる。ここで、ユーザによる入力操作の例を挙げて説明する。まず表示装置36の表示画面上に、
図6に示すような標的物質からの反射波信号S1の波形を表示する。ユーザはその波形の表示を見て、当該波形上の反射波部分53が存在することを確認することができる。次に、ユーザは指数関数の係数aを入力する操作を行う。この場合、指数窓を適用したときの信号波形が表示されるようにする。ユーザはこの信号波形を見て係数aを調整したうえで所望の値に決定する。係数aによる効果をわかりやすくするために、例えば表示画面上における反射波部分53の近傍に、効果の度合を示す数値や文字などを表示してもよい。
【0070】
以上述べた本実施形態では、ユーザ自らが指数関数の特徴を決める係数aの設定を行うものであったが、例えば、変形例2の超音波画像生成装置1のように、当該係数aを自動的に決定する係数自動決定手段をさらに備えたものとしてもよい。この場合、例えば窓関数である指数関数の係数aを変化させたときの波形を比較し、最も適切であると判定されたときの係数aの値を自動的に設定するように構成してもよい。あるいは、指数関数の係数aを変えたときの波形を複数表示し、その中からユーザが選択できるようにしてもよい。そして変形例2の構成によると、ユーザの負担が軽減されるため利便性が向上する。また、適切な窓関数が適用されやすくなるため、結果的に反射波信号S1の規格化演算処理の精度も向上し、ひいては超音波画像の信頼性や鮮明度が向上する。
【0071】
なお、本発明の各実施の形態は以下のように変更してもよい。
【0072】
・上記実施形態の超音波画像生成装置1では、培養液Mからの反射波を参照波形として用いて演算処理を行ったが、これに限定されるものではない。例えば、支持フィルム9の上面において培養細胞8Aが接触していない箇所にリファレンス部材(参照物質)を設け、そこからの反射波を参照波形として用いて演算処理を行ってもよい。
【0073】
・上記実施形態の超音波画像生成装置1では、下方から超音波を照射する倒立型の超音波顕微鏡2を用いて超音波の照射を行ったが、上方から超音波を照射する正立型の超音波顕微鏡を用いてもよい。
【0074】
・上記実施形態の超音波画像生成装置1では、標的物質がグリア細胞等の培養細胞8Aであったが、これに限定されることはなく、グリア細胞以外の培養細胞8Aであっても勿論よい。また、培養細胞も単細胞である必要ななく、複数の細胞からなるオルガノイドのような細胞塊であっても勿論構わない。さらに、培養細胞はヒトに由来するものに限定されず、生物種を問わない。本発明における標的物質は、培養細胞8Aに限定されず、生体から単離されたあるいは単離されていない軟組織(例えば皮膚、内臓、筋肉、脳、脂肪など)であってもよく、歯、爪、骨のような硬い組織であってもよい。さらにいうと、標的物質は必ずしも生体組織や生物でなくてもよく、非生物(例えば塗膜など)であってもよい。換言すると本発明は、医療分野、美容分野、化粧品分野のみに限定されず、例えば測定等に関する工業分野、宇宙航空分野などにおいても広く適用されることができる。
【0075】
・上記実施形態の超音波画像生成装置1は、標的物質に対して超音波トランスデューサ13を平面方向に沿った2方向に機械走査して走査点を移動させる走査手段を備えていた。これに代えて、超音波トランスデューサ13を平面方向に沿った1方向にのみ機械走査して走査点を移動させる走査手段を備えたものとしてもよい。また、機械式の走査手段ではなく、走査点を電子的に走査して走査点を移動させる走査手段を用いてもよい。
【0076】
・上記実施形態の超音波画像生成装置1では、時間経過とともにゼロに収斂する左右非対称形状かつ非周期性の窓関数として指数関数を用いたが、上記の条件を満たすのであれば、指数関数以外の関数を用いてもよい。その例としては、例えば、
図10(a)に示すような右下がりの直線、言い換えると、y=-ax+bのような一次関数(a,bは正の数)を窓関数として用いてもよい。また、例えば、
図10(b)に示すような正弦波曲線の一部分、言い換えると、y=(cos(x)+1)/2のようなcos関数(0°≦x<180°)を窓関数として用いてもよい。また、
図10(c)に示すように、支持フィルム9の上面及び培養細胞8Aにおける反射波部分52のエンベロープ(包絡線)に近似した曲線の関数を求め、当該関数をそのままあるいは時定数を適宜調整して、窓関数として用いてもよい。そのほかにも、例えば、y=(x+a)
-2+bといった関数や、y=(x+a)
-3+bといった関数などを窓関数として用いることも可能である(いずれもa,bは正の数)。
【0077】
・上記実施形態の超音波画像生成装置1では、深さ方向の固有音響インピーダンス分布の推定結果に基づいて固有音響インピーダンス像を生成したが、これに限定されない。例えば、深さ方向の音速分布を推定し、その結果に基づいて音速像を生成してもよい。
【0078】
・上記実施形態の超音波画像生成装置1では、超音波Bモードエコー画像の元となる反射信号列から固有音響インピーダンス像を生成してそれを表示装置36に表示させるように構成したが、固有音響インピーダンス像ばかりでなく超音波Bモードエコー像も表示できるようにしても勿論よい。また、超音波Bモードエコー像を表示する汎用の超音波診断装置に上記実施形態の信号規格化アルゴリズムを組み込むことで、超音波画像生成装置1として動作させるようにしてもよい。
【0079】
・上記実施形態では、超音波パルス波を用いて送受信を行った場合の反射波信号を対象として本発明を具体化したが、異なる周波数帯域の電磁波を用いて送受信を行った場合の反射波信号を対象としてもよい。例えば、ギガヘルツ帯のパルス波や、テラヘルツ帯のパルス波や、さらにはそれらよりも短波長である光波のパルス波を用いて送受信を行った場合の反射波信号を対象とし、実施形態と同様の信号処理を行うことで、対象物の深さ方向の音響物性値を推定するようにしてもよい。この場合、推定される音響物性値は、固有音響インピーダンス以外のものであっても勿論よい。
【符号の説明】
【0080】
1…超音波画像生成装置
8A…標的物質としての培養細胞
9…基体としての支持フィルム
10…参照物質
13…送受信手段としてのトランスデューサ
31…第1領域変換手段、信号規格化手段、第2領域変換手段、推定手段、画像生成手段、ゼロ点自動設定手段、係数自動決定手段としてのCPU
53…ノイズ信号としての縦波横波縦波の変換波部分
54…フラット部分
55…波形の必要部分
56…窓関数のゼロ点
M…培養液
S1…反射波信号