(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024078049
(43)【公開日】2024-06-10
(54)【発明の名称】自家和合性を有するアブラナ科植物の作出方法
(51)【国際特許分類】
A01H 1/00 20060101AFI20240603BHJP
C12N 15/113 20100101ALI20240603BHJP
A01H 6/20 20180101ALI20240603BHJP
C12N 15/09 20060101ALI20240603BHJP
【FI】
A01H1/00 A
C12N15/113 Z ZNA
A01H6/20
C12N15/09 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】20
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022190368
(22)【出願日】2022-11-29
(71)【出願人】
【識別番号】504143441
【氏名又は名称】国立大学法人 奈良先端科学技術大学院大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】和田 七夕子
(72)【発明者】
【氏名】小林 利紗
(72)【発明者】
【氏名】押井 夏海
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 寿朗
(72)【発明者】
【氏名】高山 誠司
(72)【発明者】
【氏名】片岡 修
【テーマコード(参考)】
2B030
【Fターム(参考)】
2B030AA02
2B030AB03
2B030AD20
2B030CA17
2B030CA19
(57)【要約】
【課題】自家不和合性のアブラナ科植物を自家和合性に変換する方法を提供すること。
【解決手段】自家不和合性アブラナ科植物に、SIIハプロタイプのSP11を不活性化する低分子RNAをコードする配列を含む核酸を導入する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
自家和合性アブラナ科植物を製造する方法であって、
自家不和合性アブラナ科植物に低分子RNAをコードする配列を含む核酸を導入する工程を含み、
前記低分子RNAが、SIIハプロタイプの花粉因子SP11を不活性化させるRNAであり、
前記自家不和合性アブラナ科植物が、自家不和合性遺伝子座において、
SIハプロタイプを有さず、
S44ハプロタイプを有する、
製造方法。
【請求項2】
花粉因子SP11の不活性化が、SP11発現調節領域のDNAメチル化及び/又はSP11転写産物の蓄積量の減少である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
SIIハプロタイプが、S44ハプロタイプである、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
SIIハプロタイプの花粉因子SP11を不活性化させる低分子RNAが、以下の(i)又は(ii)の塩基配列を含む、請求項1又は2に記載の製造方法。
(i)5’-AUACACCUUUUUCGUGUAUAUCUU-3’(配列番号1)
(ii)塩基配列(i)において、1、2又は3個の塩基が、置換、欠失、もしくは付加された塩基配列
【請求項5】
自家和合性アブラナ科植物の植物体であって、
自家不和合性遺伝子座において、
SIハプロタイプを有さず、
S44ハプロタイプを有し、
低分子RNAをコードする配列を含む外因性の核酸配列を有し、
前記低分子RNAが、SIIハプロタイプの花粉因子SP11を不活性化させるRNAである、
植物体。
【請求項6】
花粉因子SP11の不活性化が、SP11発現調節領域のDNAメチル化及び/又はSP11転写産物の蓄積量の減少である、請求項5に記載の植物体。
【請求項7】
SIIハプロタイプが、S44ハプロタイプである、請求項5又は6に記載の植物体。
【請求項8】
SIIハプロタイプの花粉因子SP11を不活性化させる低分子RNAが、以下の(i)又は(ii)の塩基配列を含む、請求項5又は6に記載の植物体。
(i)5’-AUACACCUUUUUCGUGUAUAUCUU-3’(配列番号1)
(ii)塩基配列(i)において、1、2又は3個の塩基が、置換、欠失、もしくは付加された塩基配列。
【請求項9】
請求項5又は6に記載の自家和合性アブラナ科植物の植物体から、自殖又は他殖により自家不和合性アブラナ科植物の植物体を得る方法。
【請求項10】
請求項7に記載の自家和合性アブラナ科植物の植物体を、
SIハプロタイプを有さず、SIIハプロタイプを有する自家不和合性アブラナ科植物と交配する工程を含む、
前記自家不和合性アブラナ科植物を自家和合化する方法。
【請求項11】
自家和合性アブラナ科植物を製造する方法であって、
自家不和合性遺伝子座においてSIハプロタイプ及びS44ハプロタイプを有さず、S44ハプロタイプ以外のSIIハプロタイプを有する自家不和合性アブラナ科植物に、低分子RNAをコードする配列を含む核酸を導入する工程、並びに、
前記低分子RNAをコードする核酸を導入した自家不和合性アブラナ科植物を、S44ハプロタイプをホモで有する自家不和合性アブラナ科植物と交配する工程
を含み、
前記低分子RNAが、S44ハプロタイプの花粉因子SP11を不活性化させるRNAである、製造方法。
【請求項12】
花粉因子SP11の不活性化が、SP11発現調節領域のDNAメチル化及び/又はSP11転写産物の蓄積量の減少である、請求項11に記載の製造方法。
【請求項13】
S44ハプロタイプの花粉因子SP11を不活性化させる低分子RNAが、以下の(i)又は(ii)の塩基配列を含む、請求項11又は12に記載の製造方法。
(i)5’-AUACACCUUUUUCGUGUAUAUCUU-3’(配列番号1)
(ii)塩基配列(i)において、1、2又は3個の塩基が、置換、欠失、もしくは付加された塩基配列
【請求項14】
請求項11又は12に記載の製造方法によって得られた自家和合性アブラナ科植物の植物体から、自殖又は他殖により自家不和合性アブラナ科植物の植物体を得る方法。
【請求項15】
アブラナ科植物のSIIハプロタイプの花粉因子SP11を不活性化させる低分子RNAをコードする配列を含む核酸の製造方法であって、
前記低分子RNAは特定の24塩基を含み、かつ、当該特定の24塩基は以下の条件を満たす、製造方法。
(a)SP11遺伝子座のCis標的配列に対するミスペアスコアが5.5以下であり、かつ5’末端側から10番目の塩基がCis標的配列中の対応する塩基と相補的塩基である。
【請求項16】
前記低分子RNAに含まれる特定の24塩基が、さらに以下の条件を満たす、請求項15に記載の製造方法。
(b)SP11遺伝子座のREP C標的配列に対するミスペアスコアが6.0以下である。
【請求項17】
前記低分子RNAが、以下の(i)又は(ii)の塩基配列を含む、請求項15又は16に記載の製造方法。
(i)5’-AUACACCUUUUUCGUGUAUAUCUU-3’(配列番号1)
(ii)塩基配列(i)において、1、2又は3個の塩基が、置換、欠失、もしくは付加された塩基配列。
【請求項18】
アブラナ科植物のSIIハプロタイプの花粉因子SP11を不活性化させる低分子RNAをコードする配列を含む核酸であって、
前記低分子RNAは特定の24塩基を含み、かつ、当該特定の24塩基は以下の条件を満たす、核酸(ただし、前記アブラナ科植物の内因性低分子RNAをコードする核酸を除く)。
(a)SP11遺伝子座のCis標的配列に対するミスペアスコアが5.5以下であり、かつ5’末端側から10番目の塩基がCis標的配列中の対応する塩基と相補的塩基である。
【請求項19】
前記低分子RNAに含まれる特定の24塩基が、さらに以下の条件を満たす、請求項18に記載の核酸。
(b)SP11遺伝子座のREP C標的配列に対するミスペアスコアが6.0以下である。
【請求項20】
前記低分子RNAが、以下の(i)又は(ii)の塩基配列を含む、請求項18又は19に記載の核酸。
(i)5’-AUACACCUUUUUCGUGUAUAUCUU-3’(配列番号1)
(ii)塩基配列(i)において、1、2又は3個の塩基が、置換、欠失、もしくは付加された塩基配列。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、自家和合性を有するアブラナ科植物の作出方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
アブラナ科植物は、中近東や地中海沿岸を起源とする植物種である。アブラナ科ブラシカ(Brassica)属植物にはアブラナ、ハクサイ、コマツナ、カブ、チンゲンサイ、ケール、キャベツ、カリフラワー、ブロッコリー、ダイコン、カラシナ等が含まれる。上記植物は野菜や香辛料として食用されるほか、アブラナの種子はナタネ油の原料となる。ナタネ油はバイオディーゼルの原料として地球温暖化対策の観点から近年注目されている。このように、アブラナ科植物には産業的利用価値の高い植物が多く含まれる。
【0003】
アブラナ科植物の多くは、柱頭に付着した花粉が遺伝的に同一の個体由来か、遺伝的に異なる個体由来かを識別し、遺伝的に同一な個体との受精を回避している。このような機構は、自家不和合性と呼ばれる。自家不和合性を有する植物は、自殖を回避し他殖を促すことで、近交弱勢を回避し、遺伝的多様性を保持しているものと考えられている。
【0004】
アブラナ科植物のなかでも、西洋アブラナ(Brassica napus)は自家和合性(すなわち、自殖が可能)であり、特に欧州や北米でバイオディーゼルの原料として広く栽培されている。しかし、低緯度の高温多湿地域においては、西洋アブラナの生育及び生産効率は良好とはいえない。したがって、栽培地域に応じた品種改良が必要とされるが、西洋アブラナは遺伝的多様性に乏しいため、交雑によって優良な形質を得る育種は困難である。
【0005】
一方、日本に古来より生育するアブラナ(Brassica rapa)は、遺伝的多様性に富むため、交雑によって優良な形質(例えば環境適合性や種子生産性の向上等)を有する株を作出できる可能性を有している。その一例として、ハクサイ、カブ、コマツナ、チンゲンサイ等の葉物野菜に広く用いられるF1ハイブリッド法が挙げられ、異なる純系の親同士を交配することで親の有用形質を受け継ぐ、あるいは親を超えて優れた形質を示すF1ハイブリッドが得られる技術である。有用形質として、例えば早生、多収、味やサイズの均質性等が挙げられる。アブラナが有する自家不和合性は、自殖種子の混入をなくしF1ハイブリッド種子の純度を挙げるために有用である。しかし、アブラナはこの自家不和合性のために単独系統で種子をつけることがなく、集団で栽培し自然交配に頼って系統を維持する必要があり、単独の系統を安定的に維持することが困難であるという問題も有している。
【0006】
このような背景から、アブラナ等の自家不和合性のアブラナ科植物を自家和合性に変換し、その遺伝的多様性を利用して効率的に優良品種を作出、維持する技術が検討されている。
【0007】
ここで、植物の自家不和合性について詳述する。自家不和合性の植物においては、自己の花粉が柱頭に付着しても、花粉の発芽や花粉管の伸長が阻害され、受精に至らないため種子が形成されない。アブラナ科植物の自家不和合性機構は、自家不和合性遺伝子座(S遺伝子座)上に連鎖して存在する一連の複対立遺伝子群(S
1、S
2、・・・S
nハプロタイプ)によって制御されている。アブラナ科植物において、各Sハプロタイプにはリガンドとして機能する花粉因子SP11と、レセプターとして機能する雌ずい因子SRKがコードされている。同一SハプロタイプにコードされたSP11とSRKが特異的に相互作用することで、雌ずいは自己花粉を認識して自家不和合反応を誘起し、その結果自殖が回避される(非特許文献1、非特許文献2、
図1)。
【0008】
なお、本開示において、遺伝子、核酸、又はタンパク質が由来するSハプロタイプを「SX-」を用いて示すことがある。例えば、SX-SP11はSXハプロタイプに由来するSP11を指すものとする。
【0009】
アブラナ科植物には100以上ものSハプロタイプが存在する。ヘテロ個体においては、花粉は2種類のSハプロタイプ特性を示すことが予測される。しかし実際には、Sハプロタイプ間にはしばしば顕性潜性の関係が認められる。すなわち、ヘテロ個体の花粉が、片方のSハプロタイプの特性しか示さない場合が存在する。アブラナ科植物のSハプロタイプは、顕性を示すクラスIハプロタイプと、クラスIハプロタイプとのヘテロ体においては常に潜性を示すクラスIIハプロタイプとに大別される。本開示において、クラスIのSハプロタイプをSIハプロタイプ又は単にSI、クラスIIのSハプロタイプをSIIハプロタイプ又は単にSIIと表記することがある。SIハプロタイプとSIIハプロタイプとを有するヘテロ個体の花粉は、常にSIハプロタイプの特性を示す。また、SIIハプロタイプ同士のヘテロ個体の花粉は、直線的な顕性潜性の関係(S44>S60>S40>S29)を示すことが明らかとなっている。すなわち、SIハプロタイプとS44ハプロタイプとを有するヘテロ個体の花粉は、SIハプロタイプの特性を示し、S44ハプロタイプとS60ハプロタイプとを有するヘテロ個体の花粉は、S44ハプロタイプの特性を示す(非特許文献1)。
【0010】
自家不和合性のアブラナ科植物を自家和合性に変換する技術として、例えば特許文献1には、アブラナ科植物の自家和合性変異株における、自家不和合性遺伝子座(S遺伝子座)において、クラスIに属する顕性側Sハプロタイプ上の逆位反復配列(SMI)を保持しつつ、花粉因子SP11を欠失したS
0ハプロタイプを見出し、この活用により、自家不和合性のアブラナ科植物を自家和合性に変換する技術が開示されている。特許文献1に開示された方法では、クラスIのSハプロタイプにおいて、逆位反復配列(SMI)を保持したまま花粉因子SP11を欠失したS
0ハプロタイプを持つ株(S
0株)と、クラスIIのSハプロタイプを有する自家不和合性アブラナ科植物を交配させることにより、F1後代は花粉因子SP11を発現しない自家和合性株となる(
図2、3)。
【0011】
しかしながら、特許文献1に開示された方法において自家和合化できるのは、S0ハプロタイプをホモ(S0S0)もしくはヘテロ(S0SII)で有する株のみであった。すなわち特許文献1に開示された方法はSIISII株の自家和合化には適用できないため、自家和合化できる栽培品種が制限される問題があった。また、交配する親系統が自家和合性であるため、F1ハイブリッド法による育種が困難という問題があった。なお、本開示において、あるアブラナ科植物の植物体の、自家不和合性遺伝子座(S遺伝子座)の遺伝子型を、SXSXと表記することがある。例えば、SISIは、クラスIのSハプロタイプ(SI)を2つ有することを示す。このとき、SISI株は、同一のクラスIのSハプロタイプを有しても(すなわちホモ)、異なるクラスIのSハプロタイプを有しても(すなわちヘテロ)、どちらでもよい。また、例えば、S44S44は、クラスIIのSハプロタイプであるS44ハプロタイプを、ホモで有することを示す。
【0012】
さらに、特許文献1に開示された方法においては、S0ハプロタイプ上の逆位反復配列(SMI)に由来する低分子RNAを用いて自家不和合性のアブラナ科植物を自家和合化するため、自家和合化した株を再度自家不和合化するという可逆的な操作が不可能であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】Yasuda, S. et al. A complex dominance hierarchy is controlled by polymorphism of small RNAs and their targets. Nat. Plants 3, 16206 (2016)
【非特許文献2】Tarutani, Y. et al. Trans -acting small RNA determines dominance relationships in Brassica self-incompatibility. Nature 466, 983-986 (2010)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明者らは、S0株を用いずに、自家不和合性のアブラナ科植物を自家和合性に変換する方法を提供することを主な目的とした。また、油脂生産に適した自家和合性株をF1ハイブリッド法により得るために、親系統では自家不和合性を保持し、F1ハイブリッドではじめて自家和合性を付与する方法を提供することも主な目的とした。また、自家和合性に変換したアブラナ科植物から、再度自家不和合性のアブラナ科植物を得る方法を提供することを主な目的とした。さらに、任意のSIIハプロタイプのSP11を不活性化する低分子RNAの設計方法を提供することを目的とした。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、自家不和合性アブラナ科植物に低分子RNAをコードする配列を含む核酸を導入することで、自家不和合性アブラナ科植物を自家和合性に変換できる可能性を見出した。そして、さらに改良を重ねて本開示を完成させるに至った。また、自家和合性に変換したアブラナ科植物から、自殖又は他殖により自家不和合性アブラナ科植物が得られる可能性、及び、任意のSIIハプロタイプを有するアブラナ科植物を、自家和合性に変換する低分子RNAをコードする配列を含む核酸の設計方法を見出し、さらに改良を重ねて本開示を完成させるに至った。
【0017】
本開示は例えば以下の項に記載の主題を包含する。
項1.
自家和合性アブラナ科植物を製造する方法であって、
自家不和合性アブラナ科植物に低分子RNAをコードする配列を含む核酸を導入する工程を含み、
前記低分子RNAが、SIIハプロタイプの花粉因子SP11を不活性化させるRNAであり、
前記自家不和合性アブラナ科植物が、自家不和合性遺伝子座において、
SIハプロタイプを有さず、
S44ハプロタイプを有する、
製造方法。
項2.
花粉因子SP11の不活性化が、SP11発現調節領域のDNAメチル化及び/又はSP11転写産物の蓄積量の減少である、項1に記載の製造方法。
項3.
SIIハプロタイプが、S44ハプロタイプである、項1又は2に記載の製造方法。
項4.
SIIハプロタイプの花粉因子SP11を不活性化させる低分子RNAが、以下の(i)又は(ii)の塩基配列を含む、項1~3のいずれかに記載の製造方法。
(i)5’-AUACACCUUUUUCGUGUAUAUCUU-3’(配列番号1)
(ii)塩基配列(i)において、1、2又は3個の塩基が、置換、欠失、もしくは付加された塩基配列
項5.
自家和合性アブラナ科植物の植物体であって、
自家不和合性遺伝子座において、
SIハプロタイプを有さず、
S44ハプロタイプを有し、
低分子RNAをコードする配列を含む外因性の核酸配列を有し、
前記低分子RNAが、SIIハプロタイプの花粉因子SP11を不活性化させるRNAである、
植物体。
項6.
花粉因子SP11の不活性化が、SP11発現調節領域のDNAメチル化及び/又はSP11転写産物の蓄積量の減少である、項5に記載の植物体。
項7.
SIIハプロタイプが、S44ハプロタイプである、項5又は6に記載の植物体。
項8.
SIIハプロタイプの花粉因子SP11を不活性化させる低分子RNAが、以下の(i)又は(ii)の塩基配列を含む、項6又は7に記載の植物体。
(i)5’-AUACACCUUUUUCGUGUAUAUCUU-3’(配列番号1)
(ii)塩基配列(i)において、1、2又は3個の塩基が、置換、欠失、もしくは付加された塩基配列。
項9.
項5~8のいずれかに記載の自家和合性アブラナ科植物の植物体から、自殖又は他殖により自家不和合性アブラナ科植物の植物体を得る方法。
項10.
項7に記載の自家和合性アブラナ科植物の植物体を、
SIハプロタイプを有さず、SIIハプロタイプを有する自家不和合性アブラナ科植物と交配する工程を含む、
前記自家不和合性アブラナ科植物を自家和合化する方法。
項11.
自家和合性アブラナ科植物を製造する方法であって、
自家不和合性遺伝子座においてSIハプロタイプ及びS44ハプロタイプを有さず、S44ハプロタイプ以外のSIIハプロタイプを有する自家不和合性アブラナ科植物に、低分子RNAをコードする配列を含む核酸を導入する工程、並びに、
前記低分子RNAをコードする核酸を導入した自家不和合性アブラナ科植物を、S44ハプロタイプをホモで有する自家不和合性アブラナ科植物と交配する工程
を含み、
前記低分子RNAが、S44ハプロタイプの花粉因子SP11を不活性化させるRNAである、製造方法。
項12.
花粉因子SP11の不活性化が、SP11発現調節領域のDNAメチル化及び/又はSP11転写産物の蓄積量の減少である、項11に記載の製造方法。
項13.
S44ハプロタイプの花粉因子SP11を不活性化させる低分子RNAが、以下の(i)又は(ii)の塩基配列を含む、項11又は12に記載の製造方法。
(i)5’-AUACACCUUUUUCGUGUAUAUCUU-3’(配列番号1)
(ii)塩基配列(i)において、1、2又は3個の塩基が、置換、欠失、もしくは付加された塩基配列
項14.
項11~13のいずれかに記載の製造方法によって得られた自家和合性アブラナ科植物の植物体から、自殖又は他殖により自家不和合性アブラナ科植物の植物体を得る方法。
項15.
アブラナ科植物のSIIハプロタイプの花粉因子SP11を不活性化させる低分子RNAをコードする配列を含む核酸の製造方法であって、
前記低分子RNAは特定の24塩基を含み、かつ、当該特定の24塩基は以下の条件を満たす、製造方法。
(a)SP11遺伝子座のCis標的配列に対するミスペアスコアが5.5以下であり、かつ5’末端側から10番目の塩基がCis標的配列中の対応する塩基と相補的塩基である。
項16.
前記低分子RNAに含まれる特定の24塩基が、さらに以下の条件を満たす、項15に記載の製造方法。
(b)SP11遺伝子座のREP C標的配列に対するミスペアスコアが6.0以下である。
項17.
前記低分子RNAが、以下の(i)又は(ii)の塩基配列を含む、項15又は16に記載の製造方法。
(i)5’-AUACACCUUUUUCGUGUAUAUCUU-3’(配列番号1)
(ii)塩基配列(i)において、1、2又は3個の塩基が、置換、欠失、もしくは付加された塩基配列。
項18.
アブラナ科植物のSIIハプロタイプの花粉因子SP11を不活性化させる低分子RNAをコードする配列を含む核酸であって、
前記低分子RNAは特定の24塩基を含み、かつ、当該特定の24塩基は以下の条件を満たす、核酸(ただし、前記アブラナ科植物の内因性低分子RNAをコードする核酸を除く)。
(a)SP11遺伝子座のCis標的配列に対するミスペアスコアが5.5以下であり、かつ5’末端側から10番目の塩基がCis標的配列中の対応する塩基と相補的塩基である。
項19.
前記低分子RNAに含まれる特定の24塩基が、さらに以下の条件を満たす、項18に記載の核酸。
(b)SP11遺伝子座のREP C標的配列に対するミスペアスコアが6.0以下である。
項20.
前記低分子RNAが、以下の(i)又は(ii)の塩基配列を含む、項18又は19に記載の核酸。
(i)5’-AUACACCUUUUUCGUGUAUAUCUU-3’(配列番号1)
(ii)塩基配列(i)において、1、2又は3個の塩基が、置換、欠失、もしくは付加された塩基配列。
項21.
前記アブラナ科植物が、Brassica属植物である、項1~4、11~13及び15~17のいずれかに記載の製造方法。
項22.
前記アブラナ科植物が、Brassica属植物である、項5~8のいずれかに記載の植物体。
項23.
前記アブラナ科植物が、Brassica属植物である、項9、10及び14のいずれかに記載の方法。
項24.
前記アブラナ科植物が、Brassica属植物である、項18~20のいずれかに記載の核酸。
【発明の効果】
【0018】
本開示によれば、S0株を用いずとも、自家不和合性のアブラナ科植物を自家和合性に変換する技術が提供される。本開示により、従来技術では不可能であったSIISII株の自家和合化が可能となるため、自家和合化できる栽培品種が飛躍的に多くなる。本開示の技術を遺伝的多様性に富む自家不和合性のアブラナ科植物に適用することで、交雑によって優良な形質(例えば環境適合性や種子生産性の向上等)を有する株を作出し、維持することができる。例えば、本開示の技術を用いてアブラナを自家和合化し、その中から低緯度の高温多湿地域において生育が良好で、かつ種子生産性の高いアブラナを選抜することができる。こうして得られたアブラナは、食用及びバイオディーゼルの原料用に従来よりも少ない労力で、効率良くナタネ種子を提供できる観点から特に有用であるといえる。
【0019】
さらに、本開示の技術により自家和合性に変換したアブラナ科植物を、F1ハイブリッド作物の親株の育種に用いれば、純系の作出において蕾受粉等の受粉作業を要しないため、効率的な育種が可能となる。また、選抜した親株は自家和合性であるため、自殖により単独系統を安定的に維持することが可能である。
【0020】
また、雑種強勢を目的として選抜した親株同士を交配し、F1ハイブリッド種子を作成する場面においては、親株は自家不和合性であることが望まれる。すなわち、2つの系統を用いて交配を行うとき、親株が自家和合性であれば得られる種子には自殖による種子と他殖による種子の両方が混在することとなる。しかし、親株が自家不和合性であれば、得られる種子は他殖によるもののみとなる。したがって、得られる種子の遺伝子型を均一にする観点から、F1ハイブリッド種子を作成する場面においては、親株は自家不和合性であることが望ましい。
【0021】
特許文献1に開示された方法においては、自家和合化したアブラナ科植物から、再度自家不和合性の植物体を得ることはできなかった。一方本開示の技術によれば、自家和合性に変換したアブラナ科植物から、自殖又は他殖により、自家不和合性の植物体を得ることができる。したがって本開示の技術によれば、アブラナ科植物を自家和合性に変換し、F1ハイブリッド作物の親株の育種を効率的に行った後に、F1ハイブリッド種子を作成する場面においては、親株を自家不和合性とすることで、均一な遺伝子型のF1ハイブリッド種子を得ることができる。
【0022】
本開示の技術は上述したような効果を有するため、例えばカブ、コマツナ、ハクサイ、チンゲンサイといったアブラナ科に属する葉物野菜の育種においても有用である。
【0023】
さらに、本開示によれば、任意のSIIハプロタイプを有する自家不和合性アブラナ科植物を自家和合性に変換するための、低分子RNAをコードする配列を含む核酸を設計する技術が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】アブラナ科植物の自家不和合性機構を示す。同一SハプロタイプにコードされたSP11とSRKが特異的に相互作用することで、雌ずいは自己花粉を認識して自家不和合反応を誘起し、自殖が回避される。
【
図2】特許文献1に開示された、S
0株を用いたアブラナ科植物の自家和合化の推定メカニズム。
【
図3】特許文献1に開示された、S
0株を用いた自家和合性を有するアブラナ科植物の作出方法。
【
図4】在来ナタネのS
44ハプロタイプのSP11遺伝子の塩基配列(配列番号2)を示す。下線を付した配列は、上から順にREP A領域、REP B領域、REP C領域、及びCis領域である。太字で示した配列は、上から順に第一エキソン及び第二エキソンである。
【
図5】在来ナタネのS
60ハプロタイプのSP11遺伝子の塩基配列(配列番号3)を示す。下線を付した配列は、上から順にREP A領域、REP B領域、REP C領域、及びCis領域である。太字で示した配列は、上から順に第一エキソン及び第二エキソンである。
【
図6】在来ナタネのS
40ハプロタイプのSP11遺伝子の塩基配列(配列番号4)を示す。下線を付した配列は、上から順にREP A領域、REP B領域、REP C領域、及びCis領域である。太字で示した配列は、上から順に第一エキソン及び第二エキソンである。
【
図7】在来ナタネのS
29ハプロタイプのSP11遺伝子の塩基配列(配列番号5)を示す。下線を付した配列は、上から順にREP A領域、REP B領域、REP C領域、及びCis領域である。太字で示した配列は、上から順に第一エキソン及び第二エキソンである。
【
図8】S
IIハプロタイプのSP11発現調節領域の模式図。SP11遺伝子の転写開始点を+1で示し、負の値は転写開始点よりも上流であることを示す。横軸の単位はbpである。
【
図9】S60-SMI2前駆体及びS60-SMI2-m6前駆体の推定される構造。赤線は、プロセシングを受けて24塩基長の低分子RNAとなり機能すると推定される部分を示す。
【
図10】S
44S
44、S
60S
60、S
40S
40、及びS
29S
29在来ナタネを遺伝的背景としてS
60-Smi2-m6コンストラクトを導入した各形質転換体、並びに、形質転換を行っていない野生型の在来ナタネを用いた、Stem-loop RT-PCRの結果を示す。内部標準はclass-II-Smiである。グラフ縦軸は、内部標準の発現量を1としたときの、各低分子RNAの相対的な発現量を示す。S
60-Smi2-m6コンストラクト「-」はS
60-Smi2-m6コンストラクトを導入していない(すなわち野生型株である)ことを、S
60-Smi2-m6コンストラクト「+」はS
60-Smi2-m6コンストラクトを導入した(すなわち形質転換体である)ことを示す。N.D.は検出限界以下であったことを示す。
【
図11】試験例1-3(
図10)で用いた各植物体について、SP11の定量的発現解析の結果を示す。縦軸は、同じSハプロタイプの遺伝子型を有する野生型株におけるSP11の転写産物量を1としたときの、各形質転換体の相対的なSP11転写産物量を示す。
【
図12】S
44S
44野生型株及びS
60-Smi2-m6/S
44S
44株を自家受粉させた結果を示す。
【
図13a】S
44S
44野生型株及びS
60-Smi2-m6/S
44S
44株について、バイサルファイトシーケンス法によりSP11発現調節領域のDNAメチル化状態を解析した結果を示す。縦軸は、メチル化されたシトシンの割合(%)を示す。
【
図13b】S
44S
60野生型株について、バイサルファイトシーケンス法により、S
44ハプロタイプ及びS
60ハプロタイプそれぞれのSP11発現調節領域のDNAメチル化状態を解析した結果を示す。縦軸は、メチル化されたシトシンの割合(%)を示す。
【
図13c】S
44S
40野生型株について、バイサルファイトシーケンス法により、S
44ハプロタイプ及びS
40ハプロタイプそれぞれのSP11発現調節領域のDNAメチル化状態を解析した結果を示す。縦軸は、メチル化されたシトシンの割合(%)を示す。
【
図14】試験例1より推定される、S
44S
44株が自家和合化されたメカニズムを図示する。
【
図15】S
44S
29野生型株及びS
60-Smi2-m6/S
44S
29株を自家受粉させた結果を示す。
【
図16】S
44S
29野生型株及びS
60-Smi2-m6/S
44S
29株を用いた、Stem-loop RT-PCRの結果を示す。内部標準はclass-II-Smiである。グラフ縦軸は、内部標準の発現量を1としたときの、各低分子RNAの相対的な発現量を示す。
【
図17】蕾のステージ4及び5におけるS
60-Smi2-m6/S
44S
29株、S
44S
29野生型株、S
44S
44野生型株、及び、S
29S
29野生型株について、S
44-SP11又はS
29-SP11の定量的発現解析の結果を示す。縦軸は、S
44-SP11の転写産物量については、S
44S
44野生型株におけるS
44-SP11の転写産物量を1としたときの、S
29-SP11の転写産物量については、S
29S
29野生型株におけるS
29-SP11の転写産物量を1としたときの、相対的なSP11転写産物量を示す。
【
図18】試験例2より推定される、S
44S
II株が自家和合化されたメカニズムを図示する。
【
図19】本開示の技術を用いた、自家不和合性アブラナ科植物を自家和合化する方法、自家和合化したアブラナ科植物を自家不和合化する方法、及び、これらを活用した育種方法を示す。
【
図20】本開示の技術を用いた、自家不和合性アブラナ科植物を両親系統として用いF1ハイブリッド法による育種法及びそのF1ハイブリッドを自家和合化する方法、自家和合化したアブラナ科植物を自家不和合化する方法、及び、これらを活用した育種方法を示す。
【
図21】Smi、Smi2配列と、各S
IIハプロタイプのCis標的配列、REP A標的配列、REP B標的配列、及びREP C標的配列との間のミスペアスコアを示す。ミスペアスコアに()がついている組み合わせは、Smi又はSmi2の5’末端側から10番目の塩基が、標的配列中の対応する塩基と相補的でない(ミスマッチである)ことを示す。また、Smi又はSmi2がSP11の発現を抑制するハプロタイプの組み合わせを、四角で囲んで示す。
【
図22a】クラスIハプロタイプのSmi(Class-I Smi)と、各S
IIハプロタイプのREP領域中の配列とを比較した図である。図中、5’末端から10番目の塩基を星印で示す(以降、
図22a~gにおいて同様である)。
【
図22b】クラスIIハプロタイプのSmi(Class-II Smi)と、各S
IIハプロタイプのREP領域中の配列とを比較した図である。
【
図22c】S
44ハプロタイプのSmi2(S44-Smi2)と、各S
IIハプロタイプのREP領域中の配列とを比較した図である。
【
図22d】S
60ハプロタイプのSmi2(S60-Smi2)と、各S
IIハプロタイプのREP領域中の配列とを比較した図である。
【
図22e】S
40ハプロタイプのSmi2(S40-Smi2)と、各S
IIハプロタイプのREP領域中の配列とを比較した図である。
【
図22f】Class-I-Smi及びClass-II-Smi配列と、各S
IIハプロタイプのCis標的配列とを比較した図である。
【
図22g】Smi2と、各S
IIハプロタイプのCis標的配列とを比較した図である。
【
図23】S
60-Smi2-m6低分子RNA配列と、S
44ハプロタイプのCis標的配列及びREP C標的配列との間のミスペアスコアを示す。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本開示について、さらに詳細に説明する。なお、本明細書において、本開示についての各態様を説明するにあたり、例えば「一態様において」「別の態様において」などといった説明を行う場合があるが、かかる説明は、各態様の特徴を2以上併せ持つことを妨げるものではなく、本開示は、これらの説明に係る各態様の特徴を1又は2以上併せ持つものを全て包含する。
【0026】
本開示は、自家和合性アブラナ科植物を製造する方法、自家和合性アブラナ科植物の植物体、自家和合性アブラナ科植物の植物体から再度自家不和合性アブラナ科植物の植物体を得る方法、自家不和合性アブラナ科植物を自家和合性に変換するための低分子RNAをコードする配列を含む核酸の製造方法、及び、自家不和合性アブラナ科植物を自家和合性に変換するための低分子RNAをコードする配列を含む核酸等を好ましく包含するが、これらに限定されるわけではなく、本開示は本明細書に開示され当業者が認識できる全てを包含する。
【0027】
本開示に包含される自家和合性アブラナ科植物を製造する方法は、自家不和合性アブラナ科植物に低分子RNAをコードする配列を含む核酸を導入する工程を含み、前記低分子RNAは、SIIハプロタイプの花粉因子SP11を不活性化させるRNAである。また、本開示に包含される自家和合性アブラナ科植物を製造する方法において、自家和合化される自家不和合性アブラナ科植物は、自家不和合性遺伝子座において、SIハプロタイプを有さず、S44ハプロタイプを有する。
【0028】
以下、前記SIIハプロタイプの花粉因子SP11を不活性化させる低分子RNAを「本開示の低分子RNA」ということがある。なお、本開示において「内因性(endogenous)低分子RNA」とは、遺伝子操作されていない(野生型の)アブラナ科植物体内で発現する低分子RNAを指すものとする。反対に、「外因性(exogenous)低分子RNA」とは、遺伝子操作されていないアブラナ科植物体内では発現しない低分子RNAであって、本開示の技術の遺伝子操作を経て初めてアブラナ科植物体内で発現する低分子RNAを指すものとする。ある低分子RNAが「内因性低分子RNA」であるか否かは、例えばNCBI(National Center for Biotechnology Information、US)等の公知の遺伝子データベースにおいて、対象の野生型アブラナ科植物体内で低分子RNAとして機能するものとして登録されているか否かにより判別することができる。したがって、仮にある低分子RNAと100%の相同性を示す配列が遺伝子データベースに登録されていたとしても、当該配列が低分子RNAとして機能しない(例えば構造遺伝子の一部である等)場合には、当該低分子RNAは内因性低分子RNAではなく、外因性低分子RNAであると判断される。
【0029】
また、本開示に包含される自家和合性アブラナ科植物の植物体は、自家不和合性遺伝子座において、SIハプロタイプを有さず、S44ハプロタイプを有する。さらに、前記植物体は、SIIハプロタイプの花粉因子SP11を不活性化させる低分子RNAをコードする配列を含む外因性の核酸配列を有する。
【0030】
本開示においてアブラナ科植物(Brassicaceae)とは、双子葉植物、離弁花類に分類され、4枚の花弁が十字状に並ぶことを特徴とする植物を指す。アブラナ科植物としては、例えばBrassica(アブラナ)属植物、Raphanus(ダイコン)属植物、Wasabia(ワサビ)属植物、Nasturtium(オランダガラシ)属植物等が挙げられ、なかでもBrassica属植物が好ましく例示される。
【0031】
Brassica属植物としては、例えばアブラナ(在来ナタネ)、ハクサイ、カブ、コマツナ、ミズナ、チンゲンサイ、ノザワナ、パクチョイ等のBrassica rapa;ケール、キャベツ、ブロッコリー、カリフラワー、メキャベツ等のBrassica oleracea;セイヨウカラシナ、タカナ等のBrassica junceaが挙げられる。また、Raphanus属植物としては、ダイコン、ハツカダイコン等が例示され、Wasabia属植物としてはワサビ等が例示され、Nasturtium属植物としてはクレソン等が例示される。
【0032】
上記アブラナ科植物のなかでも、遺伝的多様性に富むことからBrassica rapaがより好ましく、アブラナ(在来ナタネ)が特に好ましい。
【0033】
本開示のアブラナ科植物としては、植物全体、花粉、種子;葉、茎、根、花器、成長点、種子、胚芽等の器官;表皮、師部、柔組織、木部、維管束等の組織;プロトプラスト、カルス等の植物培養細胞又は組織等のいずれもが包含される。
【0034】
花粉因子SP11は葯タペート組織に発現し、レセプターである雌ずい因子SRKによって認識される。両者が同一のSハプロタイプに由来する場合には、花粉の発芽や花粉管伸長が抑制され、種子が形成されない(すなわち、不和合となる)。花粉因子SP11をコードする遺伝子のS遺伝子座上の位置や転写方向は各Sハプロタイプによって異なっており、明確に特定されていないものが多いが、例えば、在来ナタネのS
44、S
60、S
40、S
29ハプロタイプについてはSP11遺伝子のS遺伝子座上における位置及び転写方向が特定されている。S
44、S
60、S
40、S
29ハプロタイプのSP11遺伝子は、いずれも雌ずい因子SRKの上流に位置し、SRKとは逆向きに転写される(非特許文献1)。SP11遺伝子の各Sハプロタイプの塩基配列は既に特定されている。例えば、在来ナタネのS
60ハプロタイプについてはアクセッション番号:AB067446.1として、NCBIに登録されている。また、在来ナタネのS
44ハプロタイプを配列番号2、S
40ハプロタイプを配列番号3、S
40ハプロタイプを配列番号4、S
29ハプロタイプを配列番号5として、
図4~7に示す。なお、本開示において、あるSハプロタイプのSP11を、S
X-SP11と表記することがある。例えば、S
II-SP11はいずれかのS
IIハプロタイプのSP11を示し、S
44-SP11はS
44ハプロタイプのSP11を示す。
【0035】
上述の通り、アブラナ科植物のSハプロタイプは、顕性を示すクラスIハプロタイプ(SIハプロタイプ)と、クラスIとのヘテロ体において潜性を示すクラスIIハプロタイプ(SIIハプロタイプ)とに大別される。SIハプロタイプとSIIハプロタイプとを有するヘテロ個体の花粉は、常にSIハプロタイプの特性を示す。また、SIIハプロタイプとして、S44ハプロタイプ、S60ハプロタイプ、S40ハプロタイプ、S29ハプロタイプ等が知られている。さらに、SIIハプロタイプには、直線的な顕性潜性の関係(S44>S60>S40>S29)が存在することが明らかとなっている。
【0036】
本開示において自家和合化される自家不和合性のアブラナ科植物は、自家不和合性遺伝子座(S遺伝子座)において、SIハプロタイプを有さず、S44ハプロタイプを有する。すなわち、本開示において自家和合化される自家不和合性のアブラナ植物は、S44ハプロタイプをホモで有するか(S44S44)、あるいは、S44ハプロタイプと他のSIIハプロタイプ(例えばS60、S40、又はS29ハプロタイプ)とをヘテロで有するか(S44SII)、のいずれかである。
【0037】
本開示の技術において、前記自家不和合性のアブラナ科植物には、SIIハプロタイプの花粉因子SP11を不活性化させる低分子RNAをコードする配列を含む核酸が導入される。
【0038】
花粉因子SP11の不活性化の態様は、SP11がSRKに認識されない態様である限り特に限定されないが、例えば、SP11遺伝子の発現抑制や、SP11タンパク質の発現抑制等が挙げられる。より具体的には、例えばSP11遺伝子の発現調節領域のDNAメチル化(すなわち転写前(pre-transcriptional)調節)や、SP11転写産物の蓄積量の減少、SP11遺伝子のサイレンシング(すなわち転写後(post-transcriptional)調節)等が挙げられ、なかでもSP11遺伝子の発現調節領域のDNAメチル化及び/又はSP11転写産物の蓄積量の減少が好ましい。
【0039】
花粉因子SP11の不活性化は、公知の方法により確認することができる。例えば、定量的逆転写PCR(quantitative reverse transcription PCR;RT-qPCR)によりSP11遺伝子の転写産物量を評価してもよく、あるいは、バイサルファイトシークエンス法(Bisulfite sequencing)によりSP11遺伝子の発現調節領域のDNAメチル化の程度を評価してもよい。なお、上述の通りSP11は葯タペート組織に発現するため、転写産物量の評価においては特に葯を単離して用いることと、DNAメチル化の程度の評価においては葯タペート細胞を単離して用いることが望ましい。
【0040】
本開示において低分子RNAとは50塩基長以下のRNAを指す。低分子RNAは15~40塩基長であることが好ましく、20~30塩基長であることがより好ましく、21~24塩基長であることがさらに好ましく、24塩基長であることが最も好ましい。
【0041】
本開示においてSIIハプロタイプの花粉因子SP11を不活性化させる低分子RNAは、SIIハプロタイプの花粉因子SP11を不活性化させる作用が損なわれない限り特に制限されないが、例えば以下の(i)又は(ii)の塩基配列を含むことが好ましい:
(i)5’-AUACACCUUUUUCGUGUAUAUCUU-3’(配列番号1);
(ii)塩基配列(i)において、1、2又は3つの塩基が、置換、欠失、もしくは付加された塩基配列。
前記低分子RNAは(i)の塩基配列を含むことがより好ましく、(i)の塩基配列からなることが特に好ましい。
【0042】
低分子RNAをコードする配列を含む核酸は、公知の方法により得たものを用いることができる。例えばある生物から抽出したゲノムDNA又はRNAを鋳型として、PCR又は逆転写PCRを行うことにより、所望の核酸断片を得てもよい。このときに用いるプライマーを種々改変することにより、前記ゲノムDNA又はRNAには存在しない配列の(すなわち、前記ゲノムDNA又はRNA中の配列から一部の塩基が置換、欠失、挿入された)核酸断片を得ることができる。また、化学的に合成した核酸断片を用いることもできる。
【0043】
本開示においては、前記低分子RNAを植物体内で発現させるために、低分子RNAをコードする配列を含む核酸は、任意のベクターに結合されていてもよい。ここで、ベクターとは、遺伝子組換え技術において用いられる、組換え核酸を増幅し、維持し、導入するための核酸分子である。ベクターには、前記低分子RNAをコードする配列を含む核酸を、植物体内で発現させるためのプロモーター配列がコードされていることが好ましい。なお、本開示において、低分子RNAをコードする配列を含む核酸配列がベクターに結合した全体を、コンストラクトと称する場合がある。すなわち、本開示においてコンストラクトには、少なくとも低分子RNAをコードする核酸配列が含まれ、任意に、低分子RNAをコードする核酸を植物体内で発現させるためのプロモーター配列や、形質転換体識別マーカー、ターミネーター配列、その他ベクターに含まれ得る公知の配列等が含まれ得る。ベクター及びコンストラクトは直鎖状であっても、環状であってもよく、環状であることが好ましい。
【0044】
低分子RNAをコードする核酸を植物体内で発現させるためのプロモーターは、特に制限されず公知のものを用いることができるが、少なくとも葯タペート組織において発現を誘導するプロモーターであることが望ましい。さらに、SP11は蕾のステージ4から5において発現しており、低分子RNAはそれに先立ちステージ2から3において発現しているため、ステージ2から3において発現するプロモーターであることが望ましい。なお、本開示においてTakayama et al., Proc. Natl Acad. Sci. USA 97, 1920--1925, 2000に記載の方法で5つに分類した蕾の発達段階を、単に「ステージX(Xは1~5のいずれかの整数)」と表記することがある。
【0045】
入手可能な組換え用ベクターに、低分子RNAをコードする核酸を公知の方法により連結することができる。組換え用ベクターは、所望の効果を達成できるものであれば特に限定されず、例えば、pBI系のベクター、pBluescript系のベクター、pUC系のベクター等が挙げられる。pBI系のベクターとしては、例えば、pBI121、pBI101、pBI101.2、pBI101.3、pBI221などが挙げられる。pBI系ベクター等のバイナリーベクターは、アグロバクテリウムを介して植物に目的の核酸を導入できるという点で好ましい。また、pCAMBIAシリーズ、pGreenシリーズ、pLCシリーズなどのバイナリーベクターも好ましく使用することができる。さらに、それらの部分を組み合わせて作ったベクターも好ましく使用することができる。
【0046】
前記ベクターは、さらに形質転換体識別マーカーを含んでいてもよい。形質転換体識別マーカーとしては、例えば、公知の薬剤選抜マーカー遺伝子が挙げられる。特に制限されないが、具体的には、ゲンタマイシン耐性遺伝子、カナマイシン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、スペクチノマイシン耐性遺伝子、テトラサイクリン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子等が挙げられる。
【0047】
前記ベクターは、さらに転写ターミネーター配列を含んでもよい。転写ターミネーター配列は、転写終結部位としての機能を有していれば特に制限されない。前記ベクターにおいて転写ターミネーター配列を適当な位置に配置することにより、前記コンストラクトが植物体内に導入された後に、転写産物が不必要に長くなることを抑制できる。
【0048】
また、前記ベクターは、さらにT-DNA領域を有していてもよい。T-DNA領域を有するベクターは、アグロバクテリウムを用いて形質転換を行う場合に、遺伝子導入効率の向上が期待されるため好ましい。
【0049】
前記コンストラクトの長さは、植物体内に導入され、低分子RNAをコードする核酸が植物体内で発現され得る限り、特に限定されない。
【0050】
特に制限されないが、「低分子RNAをコードする配列を含む核酸」が上記コンストラクトである態様においては、以下の過程を経て花粉因子SP11の不活性化が行われると推定される:植物体内に導入されたコンストラクトから、転写産物が生じる;転写産物がプロセシングを受け、低分子RNAとなる;低分子RNAが、花粉因子SP11を不活性化する。なお、前記転写産物は、ステム-ループ構造を取ることがある。また、前記転写産物がステム-ループ構造を取るまでに、プロセシングを受ける場合がある。つまり、転写産物がプロセシングを受けてステム-ループ構造を取るようになり、その後さらにプロセシングを受けて低分子RNAとなる場合がある。本開示においては、ステム-ループ構造を取る転写産物を、特に低分子RNA前駆体と称することがある。なお、ある転写産物がステム-ループ構造を取るか否かは、公知の核酸の二次構造予測ツールを用いて判別することができる。
【0051】
以上の通り、本開示における「低分子RNAをコードする配列を含む核酸」は、上記コンストラクト、コンストラクトから転写された転写産物、前記転写産物がプロセシングを受けたプロセシング産物、低分子RNA前駆体、低分子RNA自体、のいずれもを好ましく包含する。
【0052】
自家不和合性のアブラナ科植物に核酸を導入する方法は、特に制限されず、公知の遺伝子工学的手法を用いることができる。例えば、アグロバクテリウム法、エレクトロポレーション法、パーティクルガン法、ポリエチレングリコール(PEG)法、リポソーム法、マイクロインジェクション法、ウィスカー法、プラズマ法、レーザーインジェクション法等が挙げられる。
【0053】
本開示の作出方法により得られる自家和合性アブラナ科植物は、公知の方法により生育させることができ、使用する土壌、肥料等については植物の種類や生育状況等に応じて適宜選択することができる。
【0054】
アブラナ科植物を生育させる条件としては、例えば、温度4~30℃、好ましくは20~23℃;光量400~100,000Lux、好ましくは1,000~50,000Lux;照射時間8~24時間、好ましくは12~14時間;生育日数20~150日、好ましくは30~90日が挙げられる。
【0055】
また、アブラナ科植物の種子を播種する前に、種子に対して消毒、予備吸水等の前処理を行ってもよい。消毒処理は、公知の方法で行うことができ、例えば5%次亜塩素酸ナトリウム溶液中に、18~25℃で10~30分間浸漬することにより行うことができる。予備給水処理についても公知の方法で行うことができ、例えば、18~25℃において水に1~24時間浸漬する方法が挙げられる。予備給水は、種子に水分を散布することにより行ってもよく、18~25℃の水を種子100粒当たり10~100ml散布し、1~24時間放置してもよい。また、消毒処理と予備吸水を同時に行ってもよく、例えば1~5℃の環境下で、種子をPLANT PRESERVATIVE MIXTURE(Plant Cell Technology社)に3~4日間浸漬させてもよい。さらに、必要に応じて低温処理(春化処理)を行ってもよい。低温処理の条件として、例えば、種子を発芽後に土に植え替え、植物体を十分生育させた後に、1~5℃の環境下で3週間~1か月間生育させることが挙げられる。前記低温処理により、アブラナ科植物の開花が誘導され得る。
【0056】
また、本開示に包含される、アブラナ科植物のSIIハプロタイプの花粉因子SP11を不活性化させる低分子RNAをコードする配列を含む核酸において、前記低分子RNAは特定の24塩基を含み、かつ、当該特定の24塩基は以下の条件を満たす:
(a)SP11遺伝子座のCis標的配列に対するミスペアスコアが5.5以下であり、かつ5’末端側から10番目の塩基がCis標的配列中の対応する塩基と相補的塩基である。
【0057】
また、前記低分子RNAに含まれる特定の24塩基は、上記条件(a)に加えてさらに、
(b)SP11遺伝子座のREP C標的配列に対するミスペアスコアが6.0以下である、
との条件を満たすことがより好ましい。
【0058】
以下、本開示に包含される当該核酸を「本開示の核酸」ということがある。
【0059】
本開示において、ミスペアスコアとは、Fahlgren & Carrington, Methods Mol. Biol. 592, 51-57 (2010)に開示された計算式により得られるスコアを指すものとする。なお、Fahlgren & Carrington, 2010におけるミスペアスコアは、植物のmiRNAの標的配列を予測する指標として開示されている。miRNAは、mRNA等のRNAを認識して分解に導く作用を有している。したがって、Fahlgren & Carrington, 2010における「標的配列」とはRNA配列であり、ミスペアスコアはmiRNAと対象のRNA配列との相同性を示すものである。一方本開示においてのミスペアスコアは、後述するように低分子RNAと、SP11発現調節領域中の標的配列(すなわちDNA配列)との相同性を示すものである。
【0060】
ミスペアスコアは、具体的には以下の通り計算される:
ある低分子RNAが標的配列との間に、
1.ミスマッチ(相補的でない塩基)を有していれば、1塩基につき1点加算する(ただし、ミスマッチがG:Uミスマッチである場合を除く);
2.ミスマッチがG:U間のミスマッチであれば、1塩基につき0.5点加算する;
3.低分子RNAの5’末端側から2~13番目の塩基については、1.及び2.の加算を2倍とする。
【0061】
すなわち、ミスペアスコアが大きいほど、低分子RNAと標的配列間の相同性が低く、ミスペアスコアが小さいほど、低分子RNAと標的配列間の相同性が高いといえる。
【0062】
アブラナ科植物では、顕性潜性の関係が生じる全てのSハプロタイプの組み合わせにおいて、潜性となるSハプロタイプのSP11の発現が抑制されていることが明らかとなっている。SIハプロタイプとSIIハプロタイプとのヘテロ個体においては、SIハプロタイプ上の逆位反復配列(SMI)に由来する24塩基の低分子RNA(Smi)が、SIIハプロタイプのSP11発現調節領域をメチル化することにより、SII-SP11の発現が抑制されることが示唆されている(非特許文献1)。一方、SIIハプロタイプ同士のヘテロ個体においては、顕性側のSIIハプロタイプ上の逆位反復配列(SMI2)に由来する24塩基の低分子RNA(Smi2)が、潜性側のSIIハプロタイプのSP11発現調節領域をメチル化し、潜性側のSII-SP11の発現が抑制されることが示唆されている(非特許文献2)。なお、SMIはSIハプロタイプとSIIハプロタイプの両方に存在するが、SMI2はSIIハプロタイプにのみ存在すると考えられている。本開示において、あるSハプロタイプのSmi2を、SX-Smi2と表記することがある。例えば、SII-Smi2はいずれかのSIIハプロタイプのSmi2を示し、S44-Smi2はS44ハプロタイプのSmi2を示す。
【0063】
SMI2の各Sハプロタイプの塩基配列は既に特定されており、公知のデータベースに登録されている。例えば、在来ナタネのS44ハプロタイプについてはアクセッション番号:LC177355.1、S60ハプロタイプについてはアクセッション番号:LC177355.1、S40ハプロタイプについてはアクセッション番号:LC177354.、S29ハプロタイプについてはアクセッション番号:LC177353.1として、NCBIに登録されている。したがって、これらの登録されている配列に基づいてSMI2のS遺伝子座上の位置等を特定することができる。
【0064】
また、SmiはSIハプロタイプ間、SIIハプロタイプ間でそれぞれ高度に保存されている。本開示においては、SIハプロタイプ間で保存されたSmiをclass-I Smiと、SIIハプロタイプ間で保存されたSmiをclass-II Smiと、それぞれ表記することがある。class-I Smi及びclass-II Smiの配列を以下に示す。
class-I Smi: 5’-AUGUUUACGUGUAAAAUAGUUACA-3’(配列番号6)
class-II Smi: 5’-AUGUUUACGAGUAAAAUAGUUACA-3’(配列番号7)
【0065】
アブラナ科植物のSIIハプロタイプのSP11発現調節領域内には、SP11翻訳開始点の上流100~300bp付近に、Smi2によって認識されてDNAメチル化される領域が存在することが示唆されている(非特許文献2)。本開示において、当該領域をCis領域と称することがある。また、Cis領域の中で特にSmi2との塩基配列の相同性が高い配列を、Cis標的配列と称することがある。
【0066】
Cis標的配列のさらに上流にも、Cis標的配列に似た3回の繰り返し配列が存在することが報告されており、REP領域と名付けられていた(Kakizaki et al., Gene Genet Sys, 81, pp.64-67, 2006)。この3回の繰り返し配列は、上流側から順にREP A領域、REP B領域、REP C領域と名付けられた(
図8)。なお、本開示において、REP X領域の中で特にSmi2との塩基配列の相同性が高い配列を、REP X標的配列と称することがある。例えば、REP C標的配列とは、REP C領域の中で特にSmi2との塩基配列の相同性が高い配列を示す。
【0067】
なお、本明細書において「含む」とは、「本質的にからなる」と、「からなる」をも包含する(The term “comprising” includes “consisting essentially of” and ”consisting of.“)。また、本開示は、本明細書に説明した構成要件の任意の組み合わせを全て包含する。
【0068】
また、上述した本開示の各実施形態について説明した各種特性(性質、構造、機能等)は、本開示に包含される主題を特定するにあたり、どのように組み合わせられてもよい。すなわち、本開示には、本明細書に記載される組み合わせ可能な各特性のあらゆる組み合わせからなる主題が全て包含される。
【実施例0069】
以下、例を示して本開示の実施形態をより具体的に説明するが、本開示の実施形態は下記の例に限定されるものではない。
<試験例1>S
44
S
44
在来ナタネの自家和合化
1-1.S
44
ハプロタイプのSP11を不活性化させる低分子RNAをコードする配列を含む核酸(S
60
-Smi2-m6コンストラクト)の作成
常法により、在来ナタネ(Brassica rapa)S60ホモ株からゲノムDNAを抽出した。ゲノムDNAの抽出にはDNeasy(登録商標) Plant Mini Kit(Qiagen社)を用いた。抽出したゲノムDNAを鋳型とし、S60ハプロタイプのSMI2前駆体(以下、S60-SMI2前駆体と称することがある)をコードする配列を含む2860bpの領域を増幅するプライマーセット(HS60-TF-F4+HindIII及びHS60-TF-RI+BamHI)を用いてPCRを行った。PCRにはKAPA HiFi HotStart ReadyMix(Roche社)を用いた。前記PCRにより増幅したゲノム断片を、制限酵素HindIII及びBamHI(タカラバイオ社)を用いて消化した後、常法によりバイナリーベクターpCAMBIA1300(NCBIアクセッション番号:AF234296.1)のHindIII/BamHIサイトに挿入した。作成したベクターをHindIIIとSacI(タカラバイオ社)を用いて消化した後、常法によりバイナリーベクターpBI121(NCBIアクセッション番号:AF485783.1)のHindIII/SacIサイトに挿入した。上記方法で得たコンストラクトを、S60-Smi2コンストラクトと称することがある。
【0070】
S60-Smi2コンストラクトを鋳型として、バイナリーベクターpBI121に挿入されたS60-SMI2前駆体をコードする配列を含む配列の、5’末端側領域を増幅するプライマーセット(HS60-TF-F4+HindIII及びHS60-m6-R)、並びに、3’末端側を増幅するプライマーセット(HS60-m6-F及びHS60-TF-RI+BamHI)を用いて、それぞれ別反応系でPCRを行った。各反応系において得られた核酸断片を混合したものを鋳型として、HS60-TF-F4+HindIIIとHS60-TF-RI+BamHIをプライマーに用いてPCRを行った。前記PCRにより得られた核酸断片を、S60-Smi2コンストラクトと同様の方法でバイナリーベクターpBI121のHindIII/SacIサイトに挿入した。上記方法で得たコンストラクトを、S60-Smi2-m6コンストラクトと称することがある。
【0071】
PCRに用いた各プライマーの配列を以下に示す。
HS60-TF-F4+HindIII: 5’- CCATGTCGATCATTGAAGCTTGGTAA -3’ (配列番号8)
HS60-TF-RI+BamHI: 5’- CTAGGCCCGTCAGTATCACCGCTATTTTG -3’ (配列番号9)
HS60-m6-F: 5’-CAAATGTATACATGTAAAAGGTGTATTTC-3’ (配列番号10)
HS60-m6-R: 5’-GAAATACACCTTTTACATGTATACATTTG-3’ (配列番号11)
【0072】
S60-Smi2コンストラクトとS60-Smi2-m6コンストラクトを比較すると、S60-Smi2-m6コンストラクトにおいては一部の塩基がゲノム配列と異なる塩基に置換されている。置換された塩基はHS60-m6-Rプライマー及びHS60-m6-Fプライマーに由来する。植物体内に導入されたS60-Smi2-m6コンストラクトは、転写された後(当該転写産物をS60-SMI2-m6前駆体と称することがある)、プロセシングを受けて24塩基長の低分子RNAとなり(当該24塩基長の低分子RNAをS60-Smi2-m6低分子RNAと称することがある)、機能するものと推定される。
【0073】
推定されるS60-Smi2-m6低分子RNAの配列を以下に示す。下記配列中、S60-Smi2低分子RNAから置換された塩基を下線で示す。
S60-Smi2-m6低分子RNA: 5’-AUACACCUUUUUCGUGUAUAUCUU-3’ (配列番号1)
【0074】
S
60-SMI2前駆体及びS
60-SMI2-m6前駆体の推定される構造を、
図9に示す。S
60-SMI2前駆体及びS
60-SMI2-m6前駆体は、ステム-ループ構造を取ると推定される。
図9中、プロセシングを受けて24塩基長の低分子RNAとなり機能すると推定される部分を赤線で示す。また、
図9中、S
60-SMI2-m6前駆体においてS
60-SMI2前駆体と異なる塩基(すなわち、上記S
60-Smi2-m6コンストラクト作成操作において、ゲノム配列から置換された塩基)を矢印で示す。太い矢印で示された塩基は、S
44ハプロタイプのSP11遺伝子(S
44-SP11と称することがある)の発現調節領域中の、2か所の標的領域に対する相同性を高めるために置換された塩基である。すなわち、S
60-Smi2-m6低分子RNAは、S
44-SP11発現調節領域中の2か所の標的領域に対する相同性が、S
60-Smi2低分子RNAよりも高い。また、細い矢印で示された塩基は、S
60-SMI2-m6前駆体がステム-ループ構造を取ったときに、太い矢印で示された塩基と対になる塩基であり、ステム-ループ構造の安定性を高めるために、太い矢印で示された塩基と相補的になるように置換された塩基である。
【0075】
1-2.S
44
S
44
野生型在来ナタネへのS
60
-Smi2-m6コンストラクトの導入
アグロバクテリウムを用いた公知の形質転換法により、作成したS60-Smi2-m6コンストラクトをS52S60野生型在来ナタネ(すなわち、S52ハプロタイプとS60ハプロタイプをヘテロで有する自家不和合性の在来ナタネ、タキイ種苗株式会社)に導入した。具体的には、以下のようにして形質転換体を得た:S52S60野生型在来ナタネの種子を発芽させた後、胚軸片を切り出した;前記胚軸片を、S60-Smi2-m6コンストラクトを保持するアグロバクテリウムと共存培養し、アグロバクテリウムを感染させた;アグロバクテリウムが感染した胚軸片をカルス化した後シュートを誘導し、S60-Smi2-m6コンストラクトを保持する形質転換体を得た(本開示において当該形質転換体を、S60-Smi2-m6/S52S60株と称することがある)。得られた形質転換体を、S44S44在来ナタネ、S60S60在来ナタネ、S40S40在来ナタネ、及びS29S29在来ナタネと二回交配することでS60-Smi2-m6コンストラクトを有する株を作出した。なお、各遺伝子型の在来ナタネにS60-Smi2-m6コンストラクトが導入されたことは、各形質転換体から抽出したゲノムDNAを鋳型として、導入遺伝子に特異的なプライマーセットを用いてPCRを行うことで確認した。
【0076】
1-3.Stem-loop RT-PCR法による低分子RNAの発現解析
S44S44、S60S60、S40S40、及びS29S29在来ナタネを遺伝的背景とする各形質転換体、並びに、形質転換を行っていない野生型の在来ナタネを、公知の方法で栽培して花成誘導した。各植物体から、長径が3mm以下の蕾を採取し、蕾から葯を取り出した。なお、長径が3mm以下の蕾は、Takayama et al., Proc. Natl Acad. Sci. USA 97, 1920-1925, 2000に記載の方法で蕾の発達段階を5つに分類したときに、ステージ1~3に該当する。ステージ1~3では、低分子RNAが発現し、24塩基長にプロセシングされることが明らかとなっている。
【0077】
取り出した葯から公知の方法により低分子RNA画分を含むtotal RNAを抽出して、以下の解析に用いた。
【0078】
Chen et al., Nucleic Acids Res. 33, e179, 2005に開示された Stem-loop RT-PCR法に従って、上記total RNAに含まれる24塩基量の低分子RNAを解析した。具体的には、上記total RNAを鋳型として、ヘアピン構造を有し低分子RNAを特異的に増幅するプライマー(ステム-ループプライマー)を用いて、逆転写反応を行った。逆転写反応には、TaqMan(登録商標) MicroRNA Reverse Transcription Kit (Applied Biosystems社)を用いた。前記逆転写産物を鋳型として、低分子RNA中の配列と相補的なフォワードプライマーと、ステム-ループプライマー中の配列と相補的なリバースプライマーを用いて、定量的PCRを行った。なお、内部標準としてclass-II Smiを用いた。結果を
図10に示す。
【0079】
S44S44、S60S60、S40S40、及びS29S29在来ナタネを遺伝的背景とする形質転換体のいずれにおいても、葯において24塩基長のS60-Smi2-m6低分子RNAが発現していることが確認された。一方、形質転換を行っていない野生型の在来ナタネにおいては、24塩基長のS60-Smi2-m6低分子RNAの発現が検出されなかった。当該結果より、S60-Smi2-m6コンストラクトを導入した形質転換体はいずれも、葯においてS60-Smi2-m6低分子RNAを発現していることが確認された。また、S44S44野生型株においてはS44-Smi2が、S60S60野生型株においてはS60-Smi2が、S40S40野生型株においてはS40-Smi2が24塩基長の低分子RNAとして検出された。一方で、S29S29野生型株においてはclass-II Smiは検出されたが、S29-Smi2は検出されなかった。この結果はS29-SMI2前駆体は、その構造の異常によって24塩基長の低分子RNAとしてプロセシングされないという過去の報告と一致した(非特許文献1)。
【0080】
1-4.SP11遺伝子の発現解析
1-3で用いた各植物体について、SP11の定量的発現解析を行った。1-3と同様にして在来ナタネの形質転換体と野生型株を花成誘導し、長径が3mmより大きく、5mm以下の蕾を採取した。なお、長径が3mmより大きく5mm以下の蕾は、Takayama et al., 2000の分類法でステージ4~5に該当する。ステージ4~5の蕾は開花直前であり、SP11遺伝子が強く発現することが明らかとなっている。また、SP11発現調節領域内のCis標的配列のDNAメチル化は、葯のタペート細胞においてステージ2の後期から開始され、ステージ4及び5で最も高頻度となることが明らかとなっている(Shiba et al., Nat. Genet. 38, 297-299, 2006)。採取した蕾から葯を取り出し、葯から公知の方法によりtotal RNAを抽出して、定量的逆転写PCRに供した。なお、内部標準としてGAPDHを用いた。結果を
図11に示す。
【0081】
野生型株ではSP11の転写産物の蓄積が認められた。S60-Smi2-m6コンストラクトを導入したS60S60、S40S40、S29S29株においては、S60-SP11、 S40-SP11、S29-SP11の発現量は野生型株とほぼ同等であった。一方で、S60-Smi2-m6/S44S44株では、S44S44野生型株と比較してS44-SP11の転写産物量は約3000分の1に減少した。以上の結果から、S60-Smi2-m6低分子RNAはS44-SP11の発現を抑制する一方、S44以外のSIIハプロタイプのSP11の発現は抑制しないことが示唆された。
【0082】
1-5.S
60
-Smi2-m6/S
44
S
44
株の自家和合性の確認
1-2で得たS
60-Smi2-m6/S
44S
44株を、公知の方法で栽培し、自家受粉させた。また、S
44S
44野生型株も同様に自家受粉させた。結果を
図12に示す。
【0083】
上述の通り、S44S44野生型株は自家不和合性であるため、自家受粉による種子は作られなかった。一方で、S60-Smi2-m6/S44S44株においては、自家受粉によって種子が形成され、開花後に顕著な莢の伸長と、莢の中に発達した種子が観察された。すなわち、S44S44株は、S60-Smi2-m6コンストラクトを導入したことにより自家和合化した。
【0084】
1-6.SP11発現調節領域のDNAメチル化解析
S
44S
44野生型株及びS
60-Smi2-m6/S
44S
44株について、SP11発現調節領域のDNAメチル化状態を解析した。具体的には、ステージ2~3あるいはステージ4~5の蕾から単離した葯タペート組織よりDNAを抽出し、バイサルファイトシーケンス法によりメチル化されたシトシンの割合を算出した。結果を
図13aに示す。S
44S
44野生型株においては、S
44-REP領域のうち、REP C領域付近で高頻度のDNAメチル化が観察されたが、S
44-Cis領域にはメチル化は認められなかった。一方で、S
60-Smi2-m6/S
44S
44株においては、S
44-Cis領域及びREP全域にメチル化が観察された。以上の結果より、葯タペート細胞において、S
60-Smi2-m6低分子RNAがS
44-SP11発現調節領域のDNAメチル化を促進したことが示唆された。
【0085】
1-7.小括
特に拘束される訳ではないが、試験例1の結果から、S
44S
44株の自家和合化は、以下のメカニズムに基づく可能性が考えられる:自家不和合性アブラナ科植物に導入された低分子RNAをコードする配列を含む核酸(コンストラクト)から、ステム-ループ構造を取る低分子RNA前駆体が転写される;低分子RNA前駆体はプロセシングを受けて24塩基長の低分子RNAとなる;低分子RNAは葯タペート組織においてS
44-SP11発現調節領域をDNAメチル化する;S
44-SP11の発現が抑制される;したがって、花粉因子S
44-SP11と雌ずい因子S
44-SRKとの特異的相互作用が生じず、自家不和合反応が誘起されない;その結果、自家受粉により種子が形成される。
上記推定メカニズムの概要を、
図14に示す。
【0086】
<試験例2>S
44
S
II
在来ナタネの自家和合化
本発明者らは、S44ハプロタイプとS44以外のSIIハプロタイプをヘテロで有する株についても、S60-Smi2-m6コンストラクトの導入により自家和合化することを試みた。
【0087】
2-1.S
60
-Smi2-m6/S
44
S
29
株の作成
1-1で作成したS60-Smi2-m6コンストラクトを、1-2と同様のアグロバクテリウムを用いた形質転換法により、S44S29野生型在来ナタネ(すなわち、S44ハプロタイプとS29ハプロタイプをヘテロで有する自家不和合性の在来ナタネ)に導入した。当該形質転換体をS60-Smi2-m6/S44S29株と称することがある。なお、コンストラクトの導入は、1-2と同様に導入遺伝子特異的なプライマーセットを用いたPCRにより確認した。
【0088】
2-2.S
60
-Smi2-m6/S
44
S
29
株の自家和合性の確認
2-1で得たS
60-Smi2-m6/S
44S
29株を、公知の方法で栽培し、自家受粉させた。また、S
44S
29野生型株も同様に自家受粉させた。結果を
図15に示す。
【0089】
S44S29野生型株は自家不和合性であるため、自家受粉による種子は作られなかった。一方で、S60-Smi2-m6/S44S29株においては、自家受粉によって種子が形成され、開花後に顕著な莢の伸長と、莢の中に発達した種子が観察された。すなわち、S44S29株は、S60-Smi2-m6コンストラクトを導入したことにより自家和合化した。
【0090】
2-3.Stem-loop RT-PCR法による低分子RNAの発現解析
1-3と同様にして、S
60-Smi2-m6/S
44S
29株及びS
44S
29野生型株のステージ1~3の蕾から取り出した葯を用いて、低分子RNAの発現をStem-loop RT-PCR法により解析した。Class-II-Smiを内部標準とした。結果を
図16に示す。
【0091】
S60-Smi2-m6/S44S29株においてのみ、24塩基長のS60-Smi2-m6低分子RNAが発現していることが確認された。また、S60-Smi2-m6/S44S29株及びS44S29野生型株のいずれにおいても、24塩基長のS44-Smi2の発現が確認され、S29-Smi2は検出されなかった。当該結果は、前述したS29-SMI2前駆体構造の異常により24塩基長の低分子RNAとしてプロセシングされないという過去の報告と一致した(非特許文献1)。
【0092】
2-4.SP11遺伝子の発現解析
S
60-Smi2-m6/S
44S
29株、S
44S
29野生型株、S
44S
44野生型株、及び、S
29S
29野生型株を用い、SP11の定量的発現解析を行った。1-4と同様に、各植物体からステージ4~5の蕾を採取し、葯を取り出した。取り出した葯からtotal RNAを抽出し、定量的逆転写PCRに供した。なお、内部標準としてGAPDHを用いた。結果を
図17に示す。
【0093】
S44S29野生型株におけるS44-SP11の発現量は、S44S44野生型株と比較して約2分の1であった。当該結果は、S44S44野生型株がS44ハプロタイプを2つ有しているのに対して、S44S29野生型株は1つしか有していないことを反映していると考えられる。また、S44S29野生型株におけるS29-SP11の発現量は、S29S29野生型株と比較して約250分の1であった。当該結果は、S29-SP11の発現がS44-Smi2により抑制されたためであると考えられる。
【0094】
S60-Smi2-m6/S44S29株におけるS44-SP11の発現量は、S44S44野生型株と比較して約500分の1に減少していた。また、S29-SP11の発現量も、S29S29野生型株の約1000分の1に減少していた。
【0095】
以上の結果より、S60-Smi2-m6/S44S29株において、S60-Smi2-m6がS44-SP11の発現を抑制し、S44-Smi2がS29-SP11の発現を抑制することで、SP11が発現しない共潜性となる機構が示唆された。
【0096】
2-5.小括
特に拘束される訳ではないが、試験例2の結果から、S44S29株の自家和合化は、以下のメカニズムに基づく可能性が考えられる:自家不和合性アブラナ科植物に導入された低分子RNAをコードする配列を含む核酸(コンストラクト)から、ステム-ループ構造を取る低分子RNA前駆体が転写される;低分子RNA前駆体はプロセシングを受けて24塩基長の低分子RNAとなる;低分子RNAは葯タペート組織においてS44-SP11発現調節領域をDNAメチル化する;S44-SP11の発現が抑制される;さらに、S44-Smi2によってS29-SP11の発現が抑制される;すなわち、S44ハプロタイプ及びS29ハプロタイプのいずれにおいてもSP11発現が抑制されるため、花粉因子SP11と雌ずい因子SRKとの特異的相互作用が生じず、自家不和合反応が誘起されない;その結果、自家受粉により種子が形成される。
【0097】
【0098】
上述した通り、アブラナ科植物のSIIハプロタイプ間には、直線的な顕性潜性の関係(S44>S60>S40>S29)が存在することが明らかとなっている。そのメカニズムとして、顕性側Sハプロタイプ上の逆位転写配列がトランスに機能し、潜性側Sハプロタイプ上のSP11発現調整領域がDNAメチル化されることによって、潜性側SハプロタイプのSP11の発現が抑制されることが示唆されている(非特許文献1)。
【0099】
非特許文献1の開示と試験例2の結果から、S
Iハプロタイプを有さず、少なくとも1つのS
44ハプロタイプを有する(すなわち、S
44ハプロタイプをホモで有するか(S
44S
44)、あるいは、S
44ハプロタイプと他のS
IIハプロタイプとをヘテロで有する(S
44S
II))自家不和合性のアブラナ科植物において、S
44-SP11を不活性化させる低分子RNAをコードする配列を含む核酸を導入することによって、花粉因子SP11と雌ずい因子SRKとの特異的相互作用が生じなくなり、自家和合化されることが示唆される(
図18)。
【0100】
また、S
44-SP11を不活性化させる低分子RNAをコードする配列を含む核酸を導入することにより自家和合化したS
44S
44株を、S
Iハプロタイプを有さず、任意のS
IIハプロタイプを有する株と交配すれば、後代は自家和合性となる(
図19)。
【0101】
さらに、アブラナ科植物に導入された低分子RNAをコードする配列は、ほとんどの場合においてSハプロタイプとは連鎖せずに(Sハプロタイプから独立して)後代に遺伝する。このため、自家和合化したアブラナ科植物から、自家受粉によりS
44-SP11を不活性化させる低分子RNAをコードする配列を有さない株も取得できる。すなわち、自家和合化したアブラナ科植物の植物体から、自殖又は他殖により自家不和合性アブラナ科植物の植物体を得ることができる(
図19)。
【0102】
前述の方法では、S
44S
44株にS
44-SP11を不活性化させる低分子RNAを導入していたが、S
Iハプロタイプを有さず、S
44以外のS
IIハプロタイプを有する株にS
44-SP11を不活性化させる低分子RNAを導入し、S
44S
44株と交配する方法でも後代は自家和合性となる(
図20)。このとき、S
44-SP11を不活性化させる低分子RNAは、S
44以外のS
II-SP11を不活性化させず、野生型S
44S
44株は自家不和合性であるため、両親系統は自家不和合性を保持している。この両親系統を交配して得られたF1ハイブリッドではじめて自家和合性となる。F1ハイブリッドの作出には自家不和合性を利用しながら、得られたF1ハイブリッドは油脂生産に適した自家和合性を付与することが可能である。また、交配により低分子RNAを持たない株も得ることができる(
図20)。
<試験例3>S
II
-SP11を不活性化させる低分子RNAの設計
本発明者らは、S
44に限られない任意のS
IIハプロタイプのSP11を不活性化させる低分子RNAの設計を試みた。
【0103】
上述の通り、アブラナ科植物では、顕性潜性の関係が生じる全てのSハプロタイプの組み合わせにおいて、潜性となるSハプロタイプのSP11の発現が抑制されていることが明らかとなっている。SIハプロタイプとSIIハプロタイプとのヘテロ個体においては、SIハプロタイプ上の逆位反復配列(SMI)に由来する24塩基の低分子RNA(class-I Smi)が、SIIハプロタイプのSP11発現調節領域をメチル化することにより、SII-SP11の発現が抑制されることが示唆されている(非特許文献1)。一方、SIIハプロタイプ同士のヘテロ個体においては、顕性側のSIIハプロタイプ上の逆位反復配列(SMI2)に由来する24塩基の低分子RNA(Smi2)が、潜性側のSIIハプロタイプのSP11発現調節領域をメチル化し、潜性側のSII-SP11の発現が抑制されることが示唆されている(非特許文献2)。なお、SMIはSIハプロタイプとSIIハプロタイプの両方に存在するが、SMI2はSIIハプロタイプにのみ存在する。
【0104】
潜性側ハプロタイプのSmi2は、顕性側ハプロタイプのSP11発現を抑制しない。また、Smi2は、同一ハプロタイプのSP11発現も抑制しない。このような、Smi2が潜性側ハプロタイプのSP11発現のみを抑制する機構には、Smi2と、SP11発現調節領域内の配列との相同性が関与している可能性が示唆されている(非特許文献1)。すなわち、Smi2は、潜性側ハプロタイプのSP11発現調節領域内の配列とより高い相同性を有する一方、顕性側ハプロタイプのSP11発現調節領域内の配列とは比較的相同性が低いため、潜性側ハプロタイプのSP11発現のみを抑制すると考えられている。また、class-I SmiがSIIハプロタイプのSP11発現を抑制する機構においても、class-I Smiと、SIIハプロタイプのSP11発現調節領域内の配列との相同性が関与している可能性が示唆されている(非特許文献2)。
【0105】
しかしながら、SP11発現調節領域は、SP11の転写開始点から上流の1000~2000bp程度までの広がりを有するものと予測されており、SP11発現調節領域の中のどの配列と、Smi又はSmi2との相同性が、SP11発現抑制に重要かについては、未解明な点が多い。
【0106】
本発明者らは、上記の知見に基づいて、任意のSIIハプロタイプのSP11発現調節領域内の配列と高い相同性を有する低分子RNAをコードする配列を含む核酸を、当該SIIハプロタイプを有する自家不和合性アブラナ科植物に導入することにより、当該SIIハプロタイプのSP11発現を抑制し、自家不和合性アブラナ科植物を自家和合化する技術を検討した。
【0107】
3-1.低分子RNAとSP11発現調節領域配列の相同性の解析
上述の通り、アブラナ科植物のSIIハプロタイプのSP11発現調節領域内には、SP11翻訳開始点の上流100~300bp付近に、Smi2と塩基配列の相同性が高く、DNAメチル化の頻度が高い領域(Cis標的配列)が存在することが示唆されている(非特許文献1)。
【0108】
Cis標的配列のさらに上流に、Cis配列と似た3回の繰り返し配列が存在することが報告されており、REP領域と名付けられていた(Kakizaki et al., 2006)。この3回の繰り返し配列は、上流側から順にREP A領域、REP B領域、REP C領域と名付けられていた(
図8)。本発明者らはREP配列にも着目し、Smi、Smi2配列と、各S
IIハプロタイプのCis標的配列、REP A標的配列、REP B標的配列、及びREP C標的配列との間のミスペアスコアを算出した。結果を
図21及び
図22a~gに示す。なお、本開示において、REP X領域の中で特にSmi2と塩基配列の相同性が高い配列を、REP X標的配列と称することがある。例えば、REP C標的配列とは、REP C領域の中で特にSmi2と塩基配列の相同性が高い配列を示す。
【0109】
図22a~gに示すように、Smi又はSmi2がSP11の発現を抑制するハプロタイプの組み合わせにおいては、Smi又はSmi2と、Cis標的配列との間のミスペアスコアが5.5以下であった。また、
図21に示すように、Smi又はSmi2がSP11の発現を抑制するハプロタイプの組み合わせにおいては、Smi又はSmi2の5’末端側から10番目の塩基が、Cis標的配列中の対応する塩基と相補的な塩基であった。
【0110】
以上の結果から、本発明者らは、(a)SP11遺伝子座のCis標的配列に対するミスペアスコアが5.5以下であり、かつ5’末端側から10番目の塩基がCis標的配列中の対応する塩基と相補的塩基である、との条件を満たす、特定の24塩基を含む低分子RNAを植物体内で発現させることにより、アブラナ科植物の任意のSIIハプロタイプの花粉因子SP11を不活性化できる蓋然性が高いことを見出した。
【0111】
また、S
44S
44野生型株において、REP C領域のDNAメチル化が確認された(
図13a)。当該DNAメチル化は、S
44-Smi2によって引き起こされたものであると考えられる。S
44-Smi2とS
44-REP C標的配列との間のミスペアスコアは5.5であった(
図21)。さらに、S
44S
60野生型株及びS
44S
40野生型株においても、各ハプロタイプのREP C領域のDNAメチル化が確認された(
図13b及びc)。S
44-Smi2とS
60-REP C標的配列との間のミスペアスコアは7.5であった一方、S
60-Smi2とS
60-REP C標的配列との間のミスペアスコアは6.0であった(
図21)。上述の通り、ミスペアスコアの値が小さいほど配列間の相同性が高いといえる。また、低分子RNAと標的配列間の相同性の高さが遺伝子の不活性化に関与する可能性が、これまでの研究で示唆されている。以上より、S
44S
60野生型株において確認されたS
60-REP C標的配列のメチル化は、ミスペアスコアがより小さい(相同性がより高い)S
60-Smi2によって引き起こされたものであると考えられる。S
44S
40野生型株についても同様に、S
44-Smi2とS
40-REP C標的配列との間のミスペアスコアは4.5であった一方、S
40-Smi2とS
40-REP C標的配列との間のミスペアスコアは3.0であった(
図21)。したがって、S
44S
40野生型株において確認されたS
40-REP C標的配列のメチル化は、ミスペアスコアがより小さいS
40-Smi2によって引き起こされたものであるか、あるいはこれらのミスペアスコアはいずれも比較的小さいため、S
44-Smi2及びS
40-Smi2両方によって引き起こされた可能性が、考えられる。また、S
60S
60野生型株及びS
40S
40野生型株においても同様に、REP C領域のDNAメチル化が示唆されている。
【0112】
以上の結果から、本発明者らは、Smi2とREP C標的配列との間のミスペアスコアが6.0以下である場合に、REP C領域がメチル化される可能性を見出した。また、この場合においては、Smi2の5’末端側から10番目の塩基は、REP C標的配列中の対応する塩基と相補的でなくてもよい(ミスマッチを許容する)ことが示唆された。
【0113】
以上より、SP11の不活性化において前記低分子RNAは、条件(a)に加えてさらに、(b)SP11遺伝子座のREP C標的配列に対するミスペアスコアが6.0以下である、との条件を満たすことが好ましいことを見出した。
【0114】
なお、試験例1及び2において在来ナタネに導入したS
60-Smi2-m6コンストラクトから生じると推定される、S
60-Smi2-m6低分子RNAは、24塩基長であり、(a)S
44-SP11遺伝子座のREP C標的配列に対するミスペアスコアが4.0であり、(b)S
44-SP11遺伝子座のCis標的配列に対するミスペアスコアが2.0であり、かつ、5’末端側から10番目の塩基がCis標的配列中の対応する塩基と相補的塩基である(
図23)。また、S
60-Smi2-m6低分子RNAの5’末端側から10番目の塩基は、S
44-SP11遺伝子座のREP C標的配列中の対応する塩基とは相補的でない(ミスマッチである)。
【0115】
以上、試験例1~3の結果から、(a)SP11遺伝子座のCis標的配列に対するミスペアスコアが5.5以下であり、かつ5’末端側から10番目の塩基がCis標的配列中の対応する塩基と相補的塩基である、との条件を満たす特定の24塩基を含む低分子RNAを植物体内で発現させることにより、アブラナ科植物の任意のSIIハプロタイプの花粉因子SP11を不活性化できること、及び、さらに(b)SP11遺伝子座のREP C標的配列に対するミスペアスコアが6.0以下である、との条件を満たすことがより好ましいことが示された。