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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024078349
(43)【公開日】2024-06-10
(54)【発明の名称】表面処理装置
(51)【国際特許分類】
   B23K 26/361 20140101AFI20240603BHJP
   B23K 26/082 20140101ALI20240603BHJP
   B23K 26/067 20060101ALI20240603BHJP
【FI】
B23K26/361
B23K26/082
B23K26/067
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022190857
(22)【出願日】2022-11-29
(71)【出願人】
【識別番号】000198318
【氏名又は名称】株式会社IHI検査計測
(74)【代理人】
【識別番号】100118267
【弁理士】
【氏名又は名称】越前 昌弘
(72)【発明者】
【氏名】松坂 文夫
【テーマコード(参考)】
4E168
【Fターム(参考)】
4E168AD03
4E168AD18
4E168CB04
4E168DA28
4E168DA40
4E168DA45
4E168EA05
4E168EA15
4E168EA17
4E168JA04
(57)【要約】
【課題】加工品質及び処理速度の向上を図ることができる表面処理装置を提供する。
【解決手段】表面処理装置1は、物体Mの表面にレーザ光を照射して物体Mの表面に形成された被膜又は付着物を除去する表面処理装置であって、レーザ光L0を発振するレーザ発振器2と、発振されたレーザ光L0を複数の分岐レーザ光Lnに分岐させる回折光学素子3と、分岐レーザ光Lnを物体Mの表面の所定の方向に走査させるスキャナ機構4と、回折光学素子3及びスキャナ機構4を備えた照射ヘッド5と、を含んでいる。
【選択図】図1

【特許請求の範囲】
【請求項1】
物体の表面にレーザ光を照射して前記物体の表面に形成された被膜又は付着物を除去する表面処理装置において、
前記レーザ光を発振するレーザ発振器と、
発振された前記レーザ光を複数の分岐レーザ光に分岐させる回折光学素子と、
前記分岐レーザ光を前記物体の表面の所定の方向に走査させるスキャナ機構と、
を含むことを特徴とする表面処理装置。
【請求項2】
前記回折光学素子は、前記分岐レーザ光が直線状に配列するように構成されている、請求項1に記載の表面処理装置。
【請求項3】
前記回折光学素子は、前記分岐レーザ光が多角形状に配列するように構成されている、請求項1に記載の表面処理装置。
【請求項4】
前記回折光学素子を前記レーザ光に対して垂直な面で回転させて前記分岐レーザ光の間隔を調整する調整機構を備える、請求項1に記載の表面処理装置。
【請求項5】
前記回折光学素子は、隣接する前記分岐レーザ光の波形が裾野部分で重複するように構成されている、請求項1に記載の表面処理装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面処理装置に関し、特に、レーザ光を照射して物体の表面における被膜や付着物等の除去を行う表面処理装置に関する。
【背景技術】
【0002】
レーザ光を利用した表面処理装置は、レーザ光を対象物に照射したときに生じるアブレーション(蒸散)現象を利用して物体の表面における被膜や付着物等の除去を行う装置である。アブレーションは、レーザ光により表面物質が瞬時に蒸発・気化することにより高圧のプラズマ気体が表面近傍に局在し、その幅射熱により表面物質が加熟溶融・軟化し、 溶融・軟化した物質がプラズマ圧力により爆発的に取り去られる現象である。
【0003】
かかる表面処理装置は、レーザ強度が大きくなるとプラズマ密度が上昇し、幅射熱・圧力が増大し、効率的なアブレーションを期待することができる。
【0004】
なお、レーザ光を利用した表面処理装置としては、例えば、特許文献1に記載されたレーザ加工装置が知られている。特許文献1には、レーザ光源より供給されたレーザ光を処理対象の構造物の表面に照射するためのヘッド部と、前記ヘッド部に収容されて、レーザ光の照射分布をより広くするための回折光学素子と、を備えることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2020-32440号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、レーザ強度を大きくすると、加工量が大きく加工痕(照射痕)が残るという問題がある。このとき、レーザ出力を調整し、レーザ強度を小さくすることも考えられるが、その分だけ低速化し、処理速度が低下するという問題が生じる。
【0007】
本発明は、上述した問題点に鑑み創案されたものであり、加工品質及び処理速度の向上を図ることができる表面処理装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明によれば、物体の表面にレーザ光を照射して前記物体の表面に形成された被膜又は付着物を除去する表面処理装置において、前記レーザ光を発振するレーザ発振器と、発振された前記レーザ光を複数の分岐レーザ光に分岐させる回折光学素子と、前記分岐レーザ光を前記物体の表面の所定の方向に走査させるスキャナ機構と、を含むことを特徴とする表面処理装置が提供される。
【0009】
前記回折光学素子は、前記分岐レーザ光が直線状に配列するように構成されていてもよい。
【0010】
前記回折光学素子は、前記分岐レーザ光が多角形状に配列するように構成されていてもよい。
【0011】
前記表面処理装置は、前記回折光学素子を前記レーザ光に対して垂直な面で回転させて前記分岐レーザ光の間隔を調整する調整機構を備えていてもよい。
【0012】
前記回折光学素子は、隣接する前記分岐レーザ光の波形が裾野部分で重複するように構成されていてもよい。
【発明の効果】
【0013】
上述した本発明に係る表面処理装置によれば、回折光学素子を用いてレーザ光を所定の配列に分岐させることにより、レーザ出力の大きいレーザ発振器を使用した場合であっても、分岐レーザ光の個々のレーザ強度を小さくすることができ、加工痕(照射痕)を低減することができる、加工品質の向上を図ることができる。また、分岐レーザ光を物体の表面でスキャンさせることにより一回のスキャン当たりの加工面積を大きくすることができ、処理速度の向上を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の第一実施形態に係る表面処理装置を示す全体構成図である。
図2】分岐レーザ光の配列を示す説明図であり、(A)は第一例、(B)は第二例、を示している。
図3】分岐レーザ光の波形に関する説明図であり、(A)は分岐レーザ光の配列、(B)は分岐レーザ光の波形、を示している。
図4】分岐レーザ光の配列を示す説明図であり、(A)は第一変形例、(B)は第二変形例、を示している。
図5】本発明の第二実施形態に係る表面処理装置を示す全体構成図である。
図6】分岐レーザ光の間隔調整方法を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について図1図6を用いて説明する。ここで、図1は、本発明の第一実施形態に係る表面処理装置を示す全体構成図である。図2は、分岐レーザ光の配列を示す説明図であり、(A)は第一例、(B)は第二例、を示している。図3は、分岐レーザ光の波形に関する説明図であり、(A)は分岐レーザ光の配列、(B)は分岐レーザ光の波形、を示している。
【0016】
本発明の第一実施形態に係る表面処理装置1は、例えば、図1に示したように、物体Mの表面にレーザ光を照射して物体Mの表面に形成された被膜又は付着物を除去する表面処理装置であって、レーザ光L0を発振するレーザ発振器2と、発振されたレーザ光L0を複数の分岐レーザ光Lnに分岐させる回折光学素子3と、分岐レーザ光Lnを物体Mの表面の所定の方向に走査させるスキャナ機構4と、回折光学素子3及びスキャナ機構4を備えた照射ヘッド5と、を含んでいる。
【0017】
なお、本明細書及び図面において、説明の便宜上、物体Mの表面で分岐レーザ光Lnのスキャン方向をX軸、物体Mの表面で分岐レーザ光Lnのスキャン方向に垂直な方向をY軸、物体Mの表面に垂直な方向をZ軸と定義する。
【0018】
表面処理装置1は、例えば、拡散接合面の仕上げ加工、高速酸化膜の除去、金型の洗浄、塗膜・被膜の除去、錆取り等の種々の用途に用いられる。表面処理装置1は、例えば、パルスエネルギー:1mJ以上、集光性(M):1.6以下、ピーク出力:7kW以上の特性を有している。かかる特性を有する表面処理装置1は、アブレーションの効率が高く、難加工の材質にも対応することができる。
【0019】
レーザ発振器2は、例えば、100~200kHzのガウシアンビームを発振可能なパルスファイバーレーザ発振器である。レーザ発振器2で発振されたレーザ光はデリバリファイバー21を介して照射ヘッド5に案内される。レーザ発振器2からデリバリファイバー21を介して伝送されるレーザ光は、照射ヘッド5内に配置されたビームエキスパンダ6によりビーム径が調節される。
【0020】
回折光学素子3は、平板の光学素子(ガラスや樹脂)に回折パターンを彫り込んだ素子である。回折を利用してレーザ光を分岐することができる。回折光学素子3は、分岐度数・分岐間隔・分岐方向・出力配分の自由度が高いという特性を備えている。
【0021】
回折光学素子3は、例えば、図2(A)に示したように、レーザ光L0を5つの分岐レーザ光L1~L5(Lnのnは1~5の整数)に分岐される。回折光学素子3には、分岐レーザ光L1~L5を直線状に配列するように回折パターンが形成されている。分岐レーザ光L1~L5は、例えば、均等な光径を有し、均等な間隔Dに列される。分岐レーザ光L1~L5は、例えば、スキャン方向Sに垂直な方向Tに延びる直線上に配列される。
【0022】
なお、図2(A)及び図2(B)は、レーザ光L0が回折光学素子3に入射される方向から図示したものであり、説明の便宜上、回折光学素子3を点線で図示してある。また、スキャン方向Sとは、スキャナ機構4で屈折された後のX軸方向を意味している。
【0023】
また、回折光学素子3は、例えば、図2(B)に示したように、レーザ光L0を9つの分岐レーザ光L1~L9(Lnのnは1~9の整数)に分岐させるように構成されてもよい。回折光学素子3には、分岐レーザ光L1~L9を直線状に配列するように回折パターンが形成されている。分岐レーザ光L1~L9は、例えば、均等な光径を有し、均等な間隔Dに列される。分岐レーザ光L1~L9は、例えば、スキャン方向Sに垂直な方向に延びる直線上に配列される。
【0024】
このように、回折光学素子3の回折パターンは任意に構成することができ、レーザ光L0を分岐させる分岐数及び分岐間隔は任意に設定することができる。例えば、レーザ光L0を複数に分岐させることにより、分岐レーザ光Lnの平均出力をレーザ光L0の出力よりも小さくすることができる。また、レーザ光L0を同じ光径の分岐レーザ光Lnに分岐させれば照射幅を大きくすることができる。
【0025】
回折光学素子3は、図3(B)に示したように、隣接する分岐レーザ光L1~L9の波形が裾野部分F(図の点線で囲んだ範囲)で重複するように構成されていてもよい。図3(B)に図示した波形は、図3(A)に示したように、レーザ光L0を9つの分岐レーザ光L1~L9に分岐させた場合の波形を示している。かかる構成により、レーザ強度分布の均一化を図ることができる。なお、図3(B)において、横軸は距離、縦軸は出力を示している。
【0026】
スキャナ機構4は、例えば、レーザ光を反射するガルバノミラー41と、ガルバノミラー41を回転又は往復回動させる駆動モータ42と、を備えている。ガルバノミラー41及び駆動モータ42の構成は図示した構成に限定されるものではない。また、照射ヘッドないに複数のスキャナ機構4を配置してもよい。複数のスキャナ機構4を組み合わせることにより、分岐レーザ光L1~L5の照射方向を任意に調整することができる。
【0027】
照射ヘッド5は、分岐レーザ光L1~L5の通り道に配置されたfθレンズ51を備えている。fθレンズ51は、レンズの屈折率を利用して、入射された分岐レーザ光L1~L5を物体Mの表面に対して垂直に集光して照射する機能を有している。なお、図1では、説明の便宜上、分岐レーザ光L1~L5の光路を簡略化して図示してある。
【0028】
照射ヘッド5の筐体52内には、ビームエキスパンダ6、回折光学素子3、スキャナ機構4等の機器が収容される。なお、照射ヘッド5の構成は図示した構成に限定されるものではない。
【0029】
次に、分岐レーザ光Lnの配列方法の変形例について、図4(A)及び図4(B)を参照しつつ説明する。ここで、図4は分岐レーザ光の配列を示す説明図であり、(A)は第一変形例、(B)は第二変形例、を示している。
【0030】
図4(A)及び図4(B)に示した変形例は、回折光学素子3を分岐レーザ光Lnが多角形状に配列されるように構成したものである。このように、分岐レーザ光Lnで囲んだ領域を形成することにより、アブレーション効果により塗膜等を剥離する領域を拡張することができる。
【0031】
図4(A)に示した第一変形例は、レーザ光L0を4つの分岐レーザ光L1~L4に分岐し、一点鎖線で図示したように、分岐レーザ光L1~L4を四角形の角部に配列したものである。また、図4(B)に示した第二変形例は、レーザ光L0を6つの分岐レーザ光L1~L6に分岐し、分岐レーザ光L1~L4を四角形の角部に配列したものである。なお、これらの変形例は単なる一例であり、図示した配列に限定されるものではない。
【0032】
次に、本発明の第二実施形態に係る表面処理装置1について図5及び図6を参照しつつ説明する。ここで、図5は、本発明の第二実施形態に係る表面処理装置を示す全体構成図である。図6は、分岐レーザ光の間隔調整方法を示す説明図である。なお、上述した第一実施形態と同じ構成部品については、同じ符号を付して重複した説明を省略する。
【0033】
本発明の第二実施形態に係る表面処理装置1は、回折光学素子3をレーザ光L0に対して垂直な面(図のYZ平面)で回転させて分岐レーザ光Lnの間隔を調整する調整機構7を備えている。その他の構成については、上述した第一実施形態に係る表面処理装置1と同じであるためここでは詳細な説明を省略する。
【0034】
調整機構7は、回折光学素子3を照射ヘッド5の筐体52に装着したまま回転可能な機構であってもよいし、回折光学素子3を照射ヘッド5の筐体52から取り外して角度を変えて装着可能な構成であってもよい。
【0035】
図7に示したように、スキャン方向Sに垂直な方向Tに対して角度θだけ回折光学素子3を回転させると、分岐レーザ光Lnの配列方向の間隔をDとすれば、分岐レーザ光Lnのスキャン方向Sの間隔D′をDcosθに短縮することができる。このように回折光学素子3を回転させることにより、分岐レーザ光Lnのエネルギー密度や照射幅を調整することができる。
【0036】
次に、上述した実施形態にかかる表面処理装置1の用途の観点から回折光学素子3について説明する。
【0037】
(1)加工痕の制御
錆除去等の基盤材料上にある付着物質を取り去るときはレーザエネルギーをEc<El<Esとなるように設定する。ここで、Ec:除去対象物質の最小アブレーションエネルギー密度(J/m)、El:レーザエネルギー密度(J/m)、Es:基盤材料のアブレーションエネルギー密度(J/m)である。Ec<Esの条件が成り立つ場合、基盤材料はアブレーションされずに付着物質のみが除去され、基盤材料を傷つけずに施工することができる。
【0038】
例えば、Esがレーザ発振器2の最大運転時の1/10のパルスエネルギーであるとすると、上式を満足するためにはレーザ出力を1/10に落とさなければならない。レーザ光に強度分布が存在するガウシアンビームでは、光軸の中心部では上式を満たしても光軸の周辺部ではElが低下してEcを下回る場合があり得る。ElがEcを下回る範囲ではアブレーションが起こらないため、投入したエネルギーが除去に使用されず無駄となるうえに対象物の温度上昇を招くこととなる。
【0039】
また、照射範囲のうちEc<Elの比率を増大させる手段としてはElを増やせばよいが、一方で最大エネルギーの領域でEsを超えないようにしなければならない。したがって、調整可能なエネルギー範囲が狭く、条件を満足させることに留意するとアブレーションに有効なエネルギー比率は低下し、温度上昇と効率の低下を招く。また、最大運転での効率低下は表面温度のかなりの上昇を招くため酸化等の品質低下を招く可能性もある。
【0040】
また、エネルギー密度を落とすために照射径を広げる場合、ナノ秒パルスのファイバーレーザにおいてはクレータ状に照射痕が残る傾向があり、照射径の増大が光軸の中心部と周辺部との除去量差を大きくし、クレータが大きく形成されることになりかねない。
【0041】
これらの問題を解決するためには、(a)レーザ強度分布の均一化によりEc<Elの範囲を確保すること、(b)照射径の増大に頼らずに条件の適正化により運用の自由度を向上すること、(c)比較的小径のアブレーションにより大きなクレータ状の照射痕の形成を避けること、が必要となる。
【0042】
上述した実施形態にかかる表面処理装置1では、この(a)~(c)を満足させるために回折光学素子3を使用している。回折光学素子3は光の干渉性を活用してレーザ光の電磁界分布を変形させる。回折光学素子3は、基本的にはレーザ光の伝搬方向と強度分配率を自由に制御して種々のパターンを形成するものである。例えば、分光用の回折格子のような一定間隔の構であればレーザ渡長に応じた多次の回折光を直線状に配列することができる。
【0043】
例えば、Esがレーザ発振器2の最大運転時の1/10のパルスエネルギーであるとすると、回折光学素子3により10分岐することにより適正なエネルギーに調整することができる。分岐数を選択する自由度が増えることにより、照射条件(照射径、レーザ周波数、スキャン速度、加工速度、スキャン幅等)の選択肢が増え、運用上の利使性が向上する。また、分岐パターンを直線状又は多角形状に配列することによりガウシアンビームの強度分布の裾野部分同士が重なり合うことでレーザ強度分布の均一化を図ることができる。
【0044】
回折光学素子3の分岐数は自由度があり、例えば、100分岐等の多数の分岐レーザ光を生成することも可能である。これにより分岐レーザ光の個々のレーザエネルギーは1/分割数となるが、個々の照射径を小さく設定できることを意味し、クレータの形成を回避しやすくすることができる。
【0045】
(2) 高速移動対象への適用
レーザ発振器2は、例えば、100~200kHzのパルス動作である。レーザ発振器2の周波数が100kHzの場合は10μs毎に1回レーザ照射される。160mmレンズで得られるレーザ照射径は50μmであるが、充填率100%で隙間なく照射するためには5m/s以下のスキャン速度に設定する必要がある。スキャン幅を50mmとした場合は、スキャナ機構4のスキャン周波数は往復移動を考慮すると50Hz以下としなければならず、加工速度は2.5mm/s以下になってしまう。
【0046】
また、レーザ発振器2の周波数が200kHzでレーザ照射径が100μmの場合、充填率100%で隙間なく照射すると、20m/sの最速のスキャン速度が得られる。このとき、スキャナ機構4のスキャン周波数はスキャン幅50mmで200Hzであり、加工速度は20mm/sとなる。実際の運用では100%以下の充填率で施工可能な場合も多いが、高速ラインで1回しか照射できないケースでは充填率を落とすと未施工部分ができてしまうため、これらの速度が限界となってくる。
【0047】
回折光学素子3により、レーザ光を10分割して直線状に配列することにより1スキャンの施工幅を光径50μmの10倍の500μmに設定することができ、施工速度は10倍まで対応可能となる。例えば、スキャン幅が50mmの場合、加工速度を25mm/sまで高速化することができる。
【0048】
回折光学素子3を使用せずに照射径を調整して対応しようとする場合、同じエネルギー密度の確保を前提とすると、同様の速度を確保できるが、160μm程度の照射径となり、照射痕への影響が懸念される。
【0049】
また、高速移動する対象物では、照射幅は小さい(例えば、10mm程度)の場合も多い。レーザ周波数100kHz、スキャン幅10mm、照射径50μmの場合、スキャン周波数250Hz、加工速度12.5mm/sとなるが、レーザ光を10分岐させれば加工速度を125mm/sまで高速化することができる。
【0050】
これを照射径で対応する場合、スキャン速度16m/sで、充填率から計算上は800Hzまでスキャン周波数を上げられるが、ガルバノスキャナの性能上300Hzが限界のため、加工速度は48mm/sに制限され、回折光学素子3の方が加工速度の高速化に有利である。
【0051】
さらに、線状の対象(例えば、2mm径の針金等)では分岐数を40としてガルバノスキャン無し(駆動モータ42を作動させない)といった連用も可能である。この場合、5000mm/sの加工速度を得ることができる。また、照射径12.5μm、160分割とすればエネルギー密度を確保しつつ、加工速度は1250mm/sまで確保することができる。このように、照射幅が狭い対象物に対しても回折光学素子3を利用することは有利である。
【0052】
(3)レーザ出力の高出力化に対する適用
加工速度を速くするためには、レーザ発振器2の高出力化が不可欠である。一方で、大出力のレーザでは入熱が過大となり、材料が酸化してしまい、除去目的を達成できないことも考えられる。
【0053】
例えば、100Wの表面処理装置1は平均出力が100Wであるが、パルスレーザのピーク時の出力は7kWと非常に高いにもかかわらず酸化は発生していない。これはパルスの継続時間が200nsと非常に短時間のためであることと、平均出力が低いため蓄熱量が小さく酸化温度に達しないことによるものである。加えて、高いピークパワーによるレーザアブレーションの効果により入熱が蒸散する物質とともに取り去られるので、材料にとどまる熱量自体も抑えられるためである。
【0054】
したがって、7kWのパワーを入れること自体は酸化の要因とはならず、アブレーション効果も期待できるものとなるが、それを長時間継続することで蓄熱し、材料の温度上昇を招くことが酸化の要因となることが予測される。
【0055】
本実施形態にかかる表面処理装置1は、この蓄熱を回避する手段として回折光学素子3を使用することができる。レーザ発振器2が発振するレーザ光L0を回折光学素子3で分岐させることにより、レーザ光L0が高出力化した場合であっても分岐レーザ光Lnのエネルギー密度を調整することができ、物体表面の蓄熱を回避することができる。
【0056】
次に、上述した実施形態にかかる表面処理装置1の使用例の観点に基づいて説明する。
【0057】
(1)拡散接合用途における銅表面の接合前処理・金型クリーニング
銅は表面酸化の速度が速く8時間程度で数10nmの酸化膜形成が進むとされる。このため拡散接合やロウ付け等の酸化被膜の存在が接合品質に大きくかかわる接合では、その除去は接合直前に(酸化進行前に)実施する必要がある。一般的に薬剤を用いる例が多いが、上述した実施形態にかかる表面処理装置1を用いることでドライプロセスとすることができ、薬剤処理の環境面のデメリットを回避することができる。
【0058】
また、上述した実施形態にかかる表面処理装置1による場合、銅表面自体を除去しないためにはレーザ平均出力を抑えた条件での施工が必要となる。この場合4~5分岐の直列配置とすることにより、1回の照射幅を4~5倍に拡大し、加工速度を高速化することができる。また、金型クリーニングについても同様に高速化を行うことができる。
【0059】
(2)引き抜き線材の酸化膜除去
引き抜き線材は圧延後酸化膜が付着している場合がある。線径が2mm程度で50m/minで引き抜いている場合、スキャン動作は全く不可能である。これを回折光学素子3により40分岐して照射幅を50μmから2mmに拡大することで、スキャン無し(駆動モータ42の動作なし)での施工が可能となる。5m/s(300m/min)まで高速化可能であることから、1点当たりのビーム径を抑えて分岐数を増やすことにより、エネルギー密度の確保も可能である。例えば、100分岐、分岐レーザ光Lnの光径を20μmとすることにより、40分岐に比べてエネルギー密度を2.5倍にすることができる。
【0060】
(3)塗膜除去
塗膜除去に多角形状配列の回折光学素子3を用いて効率化を図ることができる。塗膜(塗装膜)では1照射で10~50μm程度の除去が可能であるので、図4(A)又は図4(B)に示した変形例のパターンでは、分岐レーザ光Lnで囲んだ中心部に衝撃波が伝搬し、1照射当たりの塗膜除去面積を拡大することができる。
【0061】
上述した実施形態にかかる表面処理装置1によれば、回折光学素子3を用いてレーザ光L0を所定の配列に分岐させることにより、レーザ出力の大きいレーザ発振器2を使用した場合であっても、分岐レーザ光Lnの個々のレーザ強度を小さくすることができ、加工痕(照射痕)を低減することができ、加工品質の向上を図ることができる。また、分岐レーザ光Lnを物体Mの表面でスキャンさせることにより一回のスキャン当たりの加工面積を大きくすることができ、処理速度の向上を図ることができる。
【0062】
本発明は上述した実施形態に限定されず、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々変更が可能であることは勿論である。
【符号の説明】
【0063】
1 表面処理装置
2 レーザ発振器
3 回折光学素子
4 スキャナ機構
5 照射ヘッド
6 ビームエキスパンダ
7 調整機構
21 デリバリファイバー
41 ガルバノミラー
42 駆動モータ
51 fθレンズ
52 筐体

図1
図2
図3
図4
図5
図6