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特開2024-78393金属磁性粉末、複合磁性体、および電子部品
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024078393
(43)【公開日】2024-06-10
(54)【発明の名称】金属磁性粉末、複合磁性体、および電子部品
(51)【国際特許分類】
   H01F 1/20 20060101AFI20240603BHJP
   H01F 1/22 20060101ALI20240603BHJP
   H01F 1/28 20060101ALI20240603BHJP
   H01F 27/255 20060101ALI20240603BHJP
   H01F 3/08 20060101ALI20240603BHJP
   B22F 1/00 20220101ALI20240603BHJP
   B22F 1/054 20220101ALI20240603BHJP
   B22F 9/24 20060101ALI20240603BHJP
   B22F 3/00 20210101ALN20240603BHJP
   B22F 9/00 20060101ALN20240603BHJP
【FI】
H01F1/20
H01F1/22
H01F1/28
H01F27/255
H01F3/08
B22F1/00 W
B22F1/054
B22F9/24 A
B22F3/00 E
B22F9/00 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023140380
(22)【出願日】2023-08-30
(31)【優先権主張番号】P 2022190611
(32)【優先日】2022-11-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000003067
【氏名又は名称】TDK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001494
【氏名又は名称】前田・鈴木国際特許弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 寛史
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 恭平
(72)【発明者】
【氏名】金田 功
【テーマコード(参考)】
4K017
4K018
5E041
【Fターム(参考)】
4K017DA02
4K017EK05
4K018BA04
4K018BC08
4K018BD01
4K018CA11
4K018DA21
4K018KA32
5E041AA14
5E041AA19
5E041BC01
5E041BD12
5E041CA02
5E041HB15
5E041NN06
(57)【要約】
【課題】ギガヘルツ帯の高周波帯域において、透磁率が高く、かつ、性能指数が高い金属磁性粉末と、当該金属磁性粉末を含む複合磁性体および電子部品と、を提供すること。
【解決手段】主成分としてCoを含み、平均粒径(D50)が1nm以上100nm以下であるナノ粒子を含有する金属磁性粉末である。ナノ粒子の格子像を用いたフーリエ変換像が、ストリーク状の散漫散乱を有する。ナノ粒子のTEM像における最小外接円の直径をr1とし、最大内接円の直径をr2として、r2/r1の平均が、0.7以上である。
【選択図】図4B
【特許請求の範囲】
【請求項1】
主成分としてCoを含み、平均粒径(D50)が1nm以上100nm以下であるナノ粒子を有し、
前記ナノ粒子の格子像を用いたフーリエ変換像が、ストリーク状の散漫散乱を有し、
前記ナノ粒子のTEM像における最小外接円の直径をr1とし、最大内接円の直径をr2として、
r2/r1の平均が、0.7以上である金属磁性粉末。
【請求項2】
前記ナノ粒子の内部に存在するドメインの平均サイズをdAve として、
前記ナノ粒子の前記平均粒径に対するdAve の比(dAve /D50)が、0.006以上0.5以下である請求項1に記載の金属磁性粉末。
【請求項3】
請求項1または2に記載の前記金属磁性粉末を含む複合磁性体。
【請求項4】
請求項1または2に記載の前記金属磁性粉末を含む電子部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、Coを主成分とする金属ナノ粒子を含む金属磁性粉末、複合磁性体、および、電子部品に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、携帯電話機や無線LAN機器などの各種通信機器に含まれる高周波回路では、動作周波数が、ギガヘルツ帯(たとえば、3.7GHz帯(3.6~4.2GHz)、4.5GHz帯(4.4~4.9GHz帯))にまで及んでいる。このような高周波回路に搭載される電子部品としては、たとえば、インダクタ、アンテナ、高周波ノイズ対策用のフィルタなどが挙げられる。このような高周波用途の電子部品に内蔵されるコイルには、非磁性の磁芯を有する空芯コイルを用いることが一般的であるが、電子部品の特性を向上させるために、高周波用途の電子部品への適用が可能な磁性材料の開発が求められている。
【0003】
たとえば、特許文献1では、高周波向けの磁性材料として、金属ナノ粒子からなる磁性材料を開示している。金属ナノ粒子は、マイクロメートルオーダの金属磁性粒子よりも、単位粒子当たりの磁区の数を少なくすることができ、高周波帯域における渦電流損失を低減できる。ただし、特許文献1の磁性材料であっても、動作周波数が1GHzを超えると、透磁率が極端に低下し(特許文献1の図2)、磁気損失が増大してしまう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006-303298号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本開示は、上記の実情を鑑みてなされ、その目的は、ギガヘルツ帯の高周波帯域において、透磁率が高く、かつ、性能指数が高い金属磁性粉末と、当該金属磁性粉末を含む複合磁性体および電子部品と、を提供することである。なお、性能指数は、透磁率をμ′とし、磁気損失をtanδとして、μ′/tanδで表される。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の目的を達成するために、本開示に係る金属磁性粉末は、
主成分としてCoを含み、平均粒径(D50)が1nm以上100nm以下であるナノ粒子を有し、
前記ナノ粒子の格子像を用いたフーリエ変換像が、ストリーク状の散漫散乱を有し、
前記ナノ粒子のTEM像における最小外接円の直径をr1とし、最大内接円の直径をr2として、
r2/r1の平均が、0.7以上である。
【0007】
金属磁性粉末が、上記の特徴を有することで、ギガヘルツ帯の高周波帯域において、高い透磁率と高い性能指数とを両立して得ることができる。
【0008】
前記ナノ粒子の内部に存在するドメインの平均サイズをdAve として、
好ましくは、前記ナノ粒子の前記平均粒径に対するdAve の比(dAve /D50)が、0.006以上0.5以下である。
【0009】
上記の金属磁性粉末は、複合磁性体の材料として用いることができ、当該複合磁性体は、前記金属磁性粉末と樹脂とを含む。そして、上記の金属磁性粉末および複合磁性体は、高周波回路に搭載されるインダクタ、アンテナ、フィルタなどの電子部品において、好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、r1/r2の測定方法を示す模式図である。
図2図2は、金属磁性粉末1のX線回折チャートの一例である。
図3図3は、格子像を用いたフーリエ変換像を説明するための写真である。
図4A図4Aは、ナノ粒子2のHRTEM像の一例である。
図4B図4Bは、ナノ粒子2の格子像を用いたフーリエ変換像の一例である。
図5A図5Aは、ナノ粒子2のHRTEM像(格子像)の一例である。
図5B図5Bは、積層欠陥の解析方法を説明するための図である。
図5C図5Cは、積層欠陥の例を示す模式図である。
図6図6は、ドメインサイズの測定方法を示す模式図である。
図7図7は、金属磁性粉末1を含む複合磁性体の一例を示す断面模式図である。
図8図8は、図7に示す複合磁性体10を含む電子部品の一例を示す断面模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本開示の一実施形態を、図面を参照しつつ説明する。以下に説明する本開示の実施形態は、本開示を説明するための例示である。本開示の実施形態に係る各種構成要素、例えば数値、形状、材料、製造工程などは、技術的に問題が生じない範囲内で改変したり変更したりすることができる。また、本開示の図面に表された形状等は、実際の形状等とは必ずしも一致しない。説明のために形状等を改変している場合があるためである。
【0012】
(金属磁性粉末1)
本実施形態に係る金属磁性粉末1は、ナノ粒子2で構成してあり、ナノ粒子2の平均粒径(すなわち金属磁性粉末1の平均粒径)が、1nm以上100nm以下である。ナノ粒子2の平均粒径は、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて、各ナノ粒子2の円相当径を計測することで算出すればよい。具体的に、金属磁性粉末1を、TEMにより50万倍以上の倍率で観察し、観測視野に含まれる各ナノ粒子2の面積を、画像解析ソフトにより測定し、その測定結果から各ナノ粒子の円相当径を算出する。この際、少なくとも500個のナノ粒子2の円相当径を測定することが好ましく、当該測定結果に基づいて個数基準の累積頻度分布を得る。そして、当該累積頻度分布において、累積の頻度が50%となる円相当径をナノ粒子2の平均粒径(D50)として算出する。
【0013】
なお、ナノ粒子2の平均粒径(D50)は、70nm以下であることが好ましく、50nm以下であることがより好ましい。ナノ粒子2の平均粒径を50nm以下にすると、金属磁性粉末1の磁気損失tanδがより小さくなる傾向となる。なお、ナノ粒子2の表面には、酸化被膜や絶縁被膜などのコーティングが存在していてもよい。
【0014】
ナノ粒子2は、球状もしくは球に近い形状を有する。ナノ粒子2のTEM像における最小外接円の直径をr1とし、最大内接円の直径をr2とすると、r1に対するr2の比(r2/r1)の平均が、0.7以上であり、0.8以上であることが好ましく、0.9以上であることがより好ましい。ここで、最小外接円とは、ナノ粒子2の輪郭(すなわち表面)の外側と接する仮想円のうち、直径が最小の円を意味する。また、最大内接円とは、ナノ粒子2の輪郭の内側と接する仮想円のうち、直径が最大の円を意味する。r2/r1の上限は1.0であり、r2/r1が1.0である場合、TEM像に現れたナノ粒子2が真円の形状を有していることを意味する。
【0015】
r2/r1の平均を0.7以上に設定することで、形状磁気異方性が低下し、金属磁性粉末1の透磁率を向上させることができる。また、金属磁性粉末1を含む複合磁性体(磁気コア)において、金属磁性粉末1の充填率を高めることができ、複合磁性体の透磁率を向上させることができる。
【0016】
r2/r1は、ナノ粒子2のTEM像を解析することで算出すればよい。たとえば、図1が、r1およびr2を測定する様子を模式的に示した図である。図1において、破線で示す仮想円C1が最小外接円であり、一点鎖線で示す仮想円C2が最大内接円である。ナノ粒子2のTEM像において、図1に示すような様態で、最小外接円と最大内接円とを描き、これらの直径を計測すればよい。r2/r1の平均は、少なくとも500個のナノ粒子においてr2/r1を計測することで算出することが好ましい。なお、図1では、最小外接円と最大内接円とを説明し易くするために、敢えて、r2/r1が小さい粒子を図示している。
【0017】
金属磁性粉末1は、主成分としてコバルト(Co)を含む。すなわち、ナノ粒子2は、Coを主成分とする金属ナノ粒子である。なお、「主成分」とは、金属磁性粉末1において80wt%以上を占める元素を意味する。金属磁性粉末1は、Coを90wt%以上含むことが好ましく、93wt%以上含むことがより好ましい。
【0018】
また、金属磁性粉末1は、Co(主成分)の他に、添加元素M1を含んでいてもよい。添加元素M1としては、たとえば、Fe(鉄)、Ni(ニッケル)、Mg(マグネシウム)、Cu(銅)、Na(ナトリウム)、マグネシウム(Mg)、Ca(カルシウム)、および、両性金属(アルミニウム(Al)、亜鉛(Zn)、錫(Sn)、および、鉛(Pb)の4元素)などが挙げられる。金属磁性粉末1における添加元素M1の含有量は、特に限定されない。たとえば、金属磁性粉末1が、添加元素M1として、Fe、Ni、Mg、およびCuから選択される1種以上を含む場合、Coと添加元素M1の合計含有量(wt%)に対する添加元素M1の合計含有量(wt%)の比を、10ppm以上2000ppm以下としてもよい。また、金属磁性粉末1が、添加元素M1として、両性金属から選択される1種以上を含む場合、Coと添加元素M1の合計含有量(wt%)に対する添加元素M1の合計含有量(wt%)の比を、10ppm以上10wt%以下としてもよい。
【0019】
また、金属磁性粉末1は、主成分の他にさらに添加元素M2を含んでいてもよい。添加元素M2としては、たとえば、Ru,Ir,Re,Rh,Cr,W,Moなどが挙げられる。金属磁性粉末1における添加元素M2の含有量は、特に限定されない。たとえば、金属磁性粉末1が、添加元素M2として、Ru,Ir,Re,Rh,Cr,WおよびMoから選択される1種以上を含む場合、Coと添加元素M2の合計含有量(wt%)に対する添加元素M2の合計含有量(wt%)の比を、0wt%以上としてもよく、0.2wt%以上としてもよく、5.0wt%以上としてもよい。Coと添加元素M2の合計含有量(wt%)に対する添加元素M2の合計含有量(wt%)の比の上限は、特に限定されず、たとえば10wt%以下であることが好ましい。
【0020】
金属磁性粉末1が、上記のような添加元素M1やM2を含む場合、添加元素M1やM2は、ナノ粒子2の内部、または/および、ナノ粒子2の表面に存在していてもよい。もしくは、添加元素M1やM2が、ナノ粒子2から遊離して金属磁性粉末1中に含まれていてもよい。
【0021】
金属磁性粉末1には、Cl、Br、I、P、C、Si、N、および、Oなどのその他の微量元素が含まれていてもよい。金属磁性粉末1におけるその他の微量元素の合計含有率は、20wt%未満であり、7wt%未満であることが好ましい。
【0022】
金属磁性粉末1の組成は、たとえば、誘導結合プラズマ発光分光分析(ICP-AES)、X線回折(XRD)、蛍光X線分析(XRF)、エネルギー分散型X線分析(EDS)、または、波長分散型X線分析(WDS)などを用いた組成分析により測定することができ、ICP-AESで測定することが好ましい。ICP-AESによる組成分析では、まず、金属磁性粉末1を含む試料をグローブボックス中で採取し、当該試料をHNO3 (硝酸)などの酸溶液に加えて、加熱溶解させる。この溶液化した試料を用いて、ICP-AESによる組成分析を実施し、試料中に含まれるCoおよび添加元素M1やM2を定量すればよい。
【0023】
なお、金属磁性粉末1の主成分は、X線回折の解析等に基づいて特定してもよい。たとえば、X線回折の解析等により金属磁性粉末1に含まれる各元素の体積率を算出し、最も体積率が高い元素を、金属磁性粉末1における主成分として認定してもよい。
【0024】
本実施形態の金属磁性粉末1は、Co結晶相として、hcp-Coを含み、hcp-Coの他に、fcc-Coまたは/およびε-Coが含まれていてもよい。ここで、hcpは六方最密構造を意味し、「hcp-Co」とは、合金相ではなく、六方最密構造を有するCo結晶相を意味する。また、fcc-Coは面心立方構造を有するCo結晶相を意味し、ε-Coはhcpおよびfccとは異なる立方晶系の構造を有するCo結晶相を意味する。塊状のCoやマイクロメートルオーダのCo粒子では、hcp-Coが生成し易いが、Coが100nm以下の微粒子である場合には、fcc-Coまたは/およびε-Coが生成し易い。
【0025】
金属磁性粉末1では、各ナノ粒子2が、主相として、hcp-Coを含むことが好ましい。ここで、「ナノ粒子2の主相(すなわち金属磁性粉末1の主相)」とは、hcp-Co、fcc-Co、およびε-Coのうち、最も含有割合の高い結晶相を意味する。たとえば、金属磁性粉末1におけるhcp-Coの割合をWhcp とし、fcc-Coの割合をWfcc とし、ε-Coの割合をWεとすると、hcp-Coの割合を示す「Whcp /(Whcp +Wfcc +Wε)」は、50%以上であることが好ましく、70%以上であることがより好ましく、80%以上であることがさらに好ましい。金属磁性粉末1の主相がhcp-Coである場合、fcc-Coおよびε-Coは金属磁性粉末1に必ずしも含まれていなくともよいが、Coの副相として、fcc-Coまたは/およびε-Coが含まれていてもよい。
【0026】
金属磁性粉末1が副相としてfcc-Coまたは/およびε-Coを含む場合、fcc-Coまたは/およびε-Coは、hcp-Coを主相とするナノ粒子2中に混在していることが好ましい。つまり、hcp-Coからなる単相のナノ粒子2と、fcc-Coまたはε-Coからなる単相の他のナノ粒子とが混在するよりも、金属磁性粉末1が、Coの混相構造(主相と副相を粒内に含む構造)を有するナノ粒子2を含むことが好ましい。この場合、全てのナノ粒子2が混相構造を有していてもよいし、hcp-Coのナノ粒子2(Coの副相を含まないナノ粒子2)と、混相構造のナノ粒子2(Coの副相を含むナノ粒子2)とが混在していてもよい。
【0027】
金属磁性粉末1の結晶構造(すなわちナノ粒子2の結晶構造)は、X線回折(XRD)により解析することができる。たとえば、図2の(d)が、金属磁性粉末1のX線回折チャートの一例である。なお、図2の(a)~(c)は、いずれも、文献やICDDなどのデータベースに収録されているXRDパターンであり、(a)がε-CoのXRDパターン、(b)がfcc-CoのXRDパターン、(c)がhcp-CoのXRDパターンである。
【0028】
XRDの2θ/θ測定により、図2の(d)に示すような金属磁性粉末1のX線回折チャートを得た後、XRD用の解析ソフトウェアを用いて、測定したX線回折チャートのプロファイルフィッティング(ピーク分離)を実施する。そして、分離した回折ピークを、データベースと照合することで、金属磁性粉末1に含まれる結晶相を同定することができる。図2の(d)に示すX線回折チャートでは、図2の(c)に示すXRDパターンと同じ位置に回折ピークが現れており、図2の(d)において「▼」で示す回折ピークが、hcp-Coに由来するピークである。金属磁性粉末1が、hcp-Coと共に、fcc-Coまたは/およびε-Coを含む場合、図2の(a)や図2の(b)に示す位置に回折ピークが現れる。
【0029】
Co結晶相の割合は、回折ピークの積分強度に基づいて算出すればよい。具体的に、プロファイルフィッティングによりX線回折チャートに含まれる回折ピークを同定した後に、同定した回折ピークの積分強度を算出する。Whcp はhcp-Coに由来する回折ピークの積分強度とし、Wfcc はfcc-Coに由来する回折ピークの積分強度とし、Wεはε-Coに由来する回折ピークの積分強度として、「Whcp /(Whcp +Wfcc +Wε)」を算出すればよい。
【0030】
ナノ粒子2の粒内における混相構造の有無は、高分解能電子顕微鏡法(HRTEM)、電子線後方散乱回折法(EBSD)、または電子線回折などのTEMを用いた解析により、確認することができる。たとえば、TEMの電子線回折により、各ナノ粒子2の結晶構造を解析する場合には、少なくとも50個のナノ粒子2に対して電子線を照射して、その際に得られた電子線回折パターンに基づいて、各ナノ粒子2が単相構造と混相構造のどちらを有しているかを判定する。なお、当該分析では、なるべく、視野内で孤立しているナノ粒子2を選択して、電子線を照射することが好ましい。
【0031】
なお、ナノ粒子2のhcp-Coには、添加元素M1、M2や不純物元素などが、僅かに固溶していてもよい。ただし、hcp-Coの格子定数のズレ度合いが、0.5%以下であることが好ましい。「格子定数のズレ度合い」は、(|dSTD -df |)/dSTD (%)で表され、dSTD は、データベースに収録されているhcp-Coの格子定数、df は、金属磁性粉末1のX線回折チャートを解析して算出したhcp-Coの格子定数である。
【0032】
金属磁性粉末1では、ナノ粒子2の格子像を用いたフーリエ変換像(FFT像)が、ストリーク状の散漫散乱を有する。FFT像とは、HRTEMによるナノ粒子2の格子像を、フーリエ変換した像を意味する。HRTEMによる格子像は、実空間におけるナノ粒子2の像であり、格子像をフーリエ変換した像は、逆格子空間におけるナノ粒子2に対応する像である。つまり、逆格子空間におけるナノ粒子2の像において、結晶構造に起因した周期構造を表す回折スポットと共に、欠陥等に起因したストリーク状の散漫散乱が存在する。
【0033】
ここで、格子像を用いたFFT像に現れるパターンについて説明する。FFT像では、回折スポット、等方的な散漫散乱、もしくは、ストリーク状の散漫散乱などのパターンが現れる。たとえば、図3の(a)が回折スポットの一例であり、回折スポットは、逆格子点の配列に起因する斑点状の回折図形である。一方、図3の(b)~(e)がストリーク状の散漫散乱の例である。図3の(b)~(e)に示すように、ストリーク状の散漫散乱は、回折スポットが一方向に伸びる散乱である。なお、等方的な散漫散乱は、回折スポットの輪郭がぼやけるように、回折スポットが全方位に広がる散乱である。
【0034】
図4Aが、HRTEMで撮影したナノ粒子2の一例であり、図4Bが、図4AのHRTEM像における粒子内部の格子像をフーリエ変換した像(FFT像)の一例である。
【0035】
図4AのHRTEM像では、ナノ粒子2の内部に筋状のコントラストが確認できる。この筋状のコントラストは、格子面上に充填されている原子の配列に起因しており、筋状のコントラストと直交する方向(図4Aにおいて矢印で示す方向)が、結晶格子のc軸に相当する。
【0036】
図4Bに示すナノ粒子2のFFT像は、電子線を[2,-1,-1,0]方向に入射した際の解析像であり、当該FFT像では、回折スポットが、C*方向に伸びている、即ち(0001)に垂直な方向に伸びていることが確認できる。つまり、図4Bに示すナノ粒子2のFFT像は、C*方向へ伸びるストリーク状の散漫散乱を有している。なお、図4Bにおいて矢印で示すC*方向は、逆格子空間において原点から(0002)へ向かう方向であって、実空間におけるc軸に相当する。ナノ粒子2が有するストリーク状の散漫散乱の方向は、特に限定されないが、図4Bに示すような(0001)に垂直な方向である
ことが好ましい。
【0037】
なお、FFT像の解析では、HRTEM像を撮影する際に、加速電圧を200kV以上に設定することが好ましく、観察倍率を50万倍以上に設定することが好ましい。また、電子線の入射方向は、特に限定されず、C*方向にストリーク状の散漫散乱が確認されれば、いずれの入射方向からナノ粒子2を観察してもよい。また、ナノ粒子2のFFT像が鮮明でない場合、格子像をつなぎ合わせて拡張をしてもよい。また、FFT像の解析だけではなく、電子線回折法を併用してナノ粒子2の回折像を解析してもよい。
【0038】
本実施形態の金属磁性粉末1では、ナノ粒子2のFFT像が図4Bに示すようなストリーク状の散漫散乱を有することで、1GHz以上の高周波帯域において、高透磁率と低磁気損失とを両立させることができ、性能指数(透磁率/磁気損失)が向上する。
【0039】
ここで、結晶構造の格子欠陥としては、点欠陥、線欠陥、および面欠陥などが知られている。ナノ粒子2におけるストリーク状の散漫散乱は、面欠陥の1種である積層欠陥に起因すると考えられる。つまり、本実施形態の金属磁性粉末1では、ナノ粒子2のhcp-Coが、積層欠陥を有することが好ましい。
【0040】
積層欠陥の有無は、図5Aに示すようなHRTEMで撮影したナノ粒子2の格子像を解析することで確認できる。図5Aの格子像では、画像の周囲よりもコントラストが暗くなっている領域がナノ粒子2であり、ナノ粒子2の内部で観測される白色のドットが原子(Co原子)である。図5Aの格子像では、X軸方向に沿って原子が略一定の間隔で配列されており、このX軸方向に沿う原子配列が、Z軸に沿って配列されている。つまり、略一定の間隔で原子が配列されているX-Y平面が、結晶格子におけるc面などの原子面に相当し、X-Y平面と直交するZ軸が、結晶格子におけるc軸に相当する。
【0041】
以下、積層欠陥の特定方法について詳述する。まず、積層欠陥を解析する際には、図5Aに示すように、c面などの原子面に垂直(すなわちc軸と平行)で、かつ、任意の原子の中心を通るように、直線SLを描く。この直線SLは、ナノ粒子2の略中心を通ることが好ましい。
【0042】
次に、上記の直線SLを基準として、c軸に沿った原子配列の位置を特定する。図5Bに示す写真は、図5Aに示す格子像の一部を拡大した画像である。図5Bに示すように、原子の中心が直線SL上に位置している場合の原子位置を「A」とする。また、原子の中心が直線SLの右側に位置する場合の原子位置を「B」とし、原子の中心が直線SLの左側に位置する場合の原子位置を「C」とする。なお、X-Y平面上の原子面では、原子が略一定の間隔で配列されているため、同じ原子面に属する原子は、いずれも、同じ原子位置に存在していると見なしてよい。たとえば、直線SL上に存在する所定の原子の位置を「A」と特定した場合、特定した原子とX軸方向で同じ列に属する原子は、いずれも「A」位置に存在すると見なしてよい。
【0043】
図5Bでは、原子位置が、直線SLの上方から下方に向かって「ABABCBCBCABABAB」の順で配列されていることが確認できる。このように、直線SLを基準として直線SLに隣接する原子の位置を特定することで、c軸方向における原子面の配列順を確認することができる。ナノ粒子2のCoはhcp構造を有するため、ナノ粒子2では、c軸方向において、2種類の原子位置による繰り返しパターンが現れる。本実施形態では、2種類の原子位置による繰り返しパターンを「配列周期」と称する。たとえば、c軸に沿って、原子面が「ABABABAB」の順で配列されている場合、「AB」を単位周期と認定すればよい。
【0044】
積層欠陥は、原子面の配列順が乱れた箇所を意味する。「配列順が乱れた箇所」とは、配列周期とは異なる位置の原子面が現れた箇所、および、配列周期が変化した箇所、を意味する。たとえば、図5Bの格子像では、CP1で示す原子面において、配列周期が「AB」から「CB」に切り替わっており、CP2で示す原子面において、配列周期が「CB」から「AB」に切り替わっている。つまり、CP1およびCP2で示す箇所が、積層欠陥である。
【0045】
積層欠陥のパターンは、図5Bの格子像で示す様態に限定されず、たとえば、図5Cの(a)~(l)に示すような積層欠陥のパターンが考えられる。図5Cの上方に示す矢印が、c軸方向であり、(a)~(l)ではc軸方向における原子面の配列順を示している。図5Cにおける(a)、(b)、(e)、(f)、(i)、および(l)の配列順では、下線で示す箇所において、配列周期とは異なる位置の原子面が現れており、下線で示す箇所が積層欠陥である。また、図5Cにおける(c)、(d)、(g)、(h)、(j)、および(k)の配列順では、下線で示す箇所において配列周期が変化しており、下線で示す箇所が積層欠陥である。
【0046】
ナノ粒子2の内部は、上述したような積層欠陥で区切られる2以上のドメインが存在することが好ましい。図6は、ナノ粒子2の内部におけるドメイン、および、ドメインサイズを説明するための模式図である。図6では、原子が「A」位置で配列されている原子面を実線で示し、原子が「B」位置で配列されている原子面を破線で示し、原子が「C」位置で配列されている原子面を一点鎖線で示している。図6では、c軸方向に沿って、「AB」の配列周期が現れており、「A」位置の原子面の一部が「C」位置の原子面に置き換わっている。つまり、図6では、3つの積層欠陥が存在し、ナノ粒子2の内部が3つの積層欠陥により4つのドメインDO1~DO4に区切られている。
【0047】
ナノ粒子2に含まれる各ドメインのサイズは、c軸方向におけるドメインの最大長さ(nm)で表すこととする。具体的に、c軸方向において最も外側に位置するドメイン(たとえば図6におけるドメインDO1およびDO4)では、c軸方向におけるナノ粒子2の外縁から積層欠陥までの最大距離(たとえば図6におけるds1およびds4)を、ドメインサイズとする。また、c軸方向において隣接する2つの積層欠陥の間に位置するドメイン(たとえば図6におけるドメインDO2およびDO3)では、c軸方向における積層欠陥間の距離(たとえば図6におけるds2およびds3)を、ドメインサイズとする。
【0048】
ナノ粒子2の内部に存在するドメインの平均サイズを、dAveとすると、ナノ粒子2のD50に対するdAve の比(dAve /D50)が、0.006以上0.5以下であることが好ましく、0.1以上0.5以下であることがより好ましく、0.25以上0.5以下であることがさらに好ましい。dAve /D50を0.006以上0.5以下に設定することで、1GHz以上の高周波帯域における透磁率および性能指数をさらに向上させることができる。
【0049】
なお、dAve を算出する際には、ストリーク状の散漫散乱が確認された任意のナノ粒子2を少なくとも10個解析することが好ましい。たとえば、dAve は以下の手順で算出すればよい。ストリーク状の散漫散乱が確認された各ナノ粒子2に含まれるドメインのサイズを計測し、各ナノ粒子2における平均サイズds0を算出する(たとえば図6では、ds0=(ds1+ds2+ds3+ds4)/4)。そして、各ナノ粒子2のds0を合計し、ds0の合計を解析対象としたナノ粒子2の個数で除すことで、dAve を算出すればよい。なお、dAve の算出において、各ナノ粒子の格子像を撮影する際には、FFT像を取得する場合と同様に、加速電圧を200kV以上に設定することが好ましく、観察倍率を50万倍以上に設定することが好ましい。
【0050】
(複合磁性体10)
次に、図7に基づいて、上述した金属磁性粉末1を含む複合磁性体10について、説明する。
【0051】
複合磁性体10は、上述した特徴を有する金属磁性粉末1と、樹脂6と、を含んでおり、金属磁性粉末1を構成するナノ粒子2が、樹脂6中に分散している。換言すると、樹脂6が、ナノ粒子2の間に介在しており、隣接する粒子間を絶縁している。樹脂6は、絶縁性を有する樹脂材料であればよく、その材質は特に限定されない。たとえば、樹脂6として、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、シリコーン樹脂などの熱硬化性樹脂、または、アクリル樹脂、ポリエチレン、ポリプロピレン、および、ポリスチレン樹脂などの熱可塑性樹脂を用いることができ、熱硬化性樹脂であることが好ましい。
【0052】
複合磁性体10の断面における金属磁性粉末1の面積割合は、5%~60%であることが好ましく、5%~40%であることがより好ましく、10%~40%であることがさらに好ましい。
【0053】
複合磁性体10の断面における金属磁性粉末1の面積割合は、走査型電子顕微鏡(SEM)や透過電子顕微鏡(TEM)を用いて複合磁性体10の断面を観察し、画像解析ソフトを用いて断面画像を解析することで算出できる。具体的に、コントラストに基づいて、複合磁性体10の断面画像を2値化して、金属磁性粉末とその他の部分とを区別し、画像全体(すなわち観察した視野の面積)に対して金属磁性粉末1が占める面積の割合を算出すればよい。上記の方法で算出した面積割合は、複合磁性体10に含まれる金属磁性粉末1の体積割合(vol%)とみなすことができる。なお、金属磁性粉末1の体積割合(vol%)は、複合磁性体10におけるナノ粒子2の充填率を意味する。
【0054】
複合磁性体10に含まれるナノ粒子2を解析する際には、複合磁性体10の断面から集束イオンビーム(FIB)により薄片試料を採取し、その薄片試料をHRTEMで観察することで、ナノ粒子2の格子像およびFFT像を取得すればよい。hcp-Coの割合(Whcp /(Whcp +Wfcc +Wε))などの金属磁性粉末1の結晶構造は、複合磁性体10を測定試料としてXRDの2θ/θ測定を実施し、複合磁性体10のX線回折チャートを解析することで算定してもよい。また、金属磁性粉末1の平均粒径(D50)は、複合磁性体10の断面において、ナノ粒子2の面積を測定することで、算出すればよい。複合磁性体10に含まれる金属磁性粉末1の組成(ナノ粒子2の組成)は、ICP-AES,XRD,EDS,WDSなどを用いて解析することができる。
【0055】
金属磁性粉末1が添加元素M1やM2を含む場合、複合磁性体10では、添加元素M1、M2は、ナノ粒子2の内部、または/および、ナノ粒子2の表面に存在していてもよい。もしくは、添加元素M1、M2は、ナノ粒子2から遊離して樹脂6中に分散していてもよい。
【0056】
なお、複合磁性体10には、セラミック粒子、ガラス粒子、ナノ粒子2以外の金属粒子、などが含まれていてもよい。また、複合磁性体10の形状および寸法は、特に限定されず、用途に応じて適宜決定すればよい。
【0057】
以下、金属磁性粉末1および複合磁性体10の製造方法の一例について説明する。
【0058】
(金属磁性粉末1の製造方法)
まず、ナノ粒子2の前駆体であるコバルトの錯体を、熱分解することによりナノ粒子2を合成する。前駆体としては、オクタカルボニルジコバルト(Co2 (CO)8 )、Co4 (CO)12、もしくは、クロロトリス(トリフェニルホスフィン)コバルト(CoCl(Ph3 P)3 )、CoBr(Ph3 P)3 、CoI(Ph3 P)3 、CoCl(Me3 P)3 、CoBr(Me3 P)3 、CoI(Me3 P)3などを用いることができ、CoCl(Ph3 P)3 を用いることが好ましい。また、金属磁性粉末1に添加元素M1やM2を含有させる場合は、添加元素M1やM2を含む添加材を準備し、所望の組成となるように添加材および前駆体を秤量すればよい。添加材としては、たとえば、添加元素M1やM2を含むカルボニル化合物、塩化物、もしくは、水素化ホウ素化合物を用いることができる。添加元素M1やM2の含有率は、添加材の配合比により制御することができる。
【0059】
次に、上記の原料(前駆体、もしくは、前駆体および添加材)と、溶媒とを、セパラブルフラスコなどの反応容器に投入する。溶媒としては、トルエン、エタノール、1-オクタデシルアルコール、オレイルアルコール、アニソール、テトラヒドロフラン、ジフェニルエーテル、オレイルアミン、ジメチルベンジルアミン、または、トリ-n-オクチルアミンなどを用いることができ、トリ-n-オクチルアミンを用いることが好ましい。また、前駆体を含む反応液には、カプロン酸、エナント酸、カプリル酸、ラウリン酸、トリデシル酸、ミリスチン酸、ペンタデシル酸、パルミチン酸、マルガリン酸、ステアリン酸、ノナデシル酸、アラキジン酸、ヘンイコシル酸、ベヘン酸、トリコシル酸、リグノセリン酸、メリシン酸、オレイン酸、ネルボン酸、ヘキシルアミン、オクチルアミン、オクタデシルアミン、オレイルアミン、ビス-2-エチルヘキシルスルホコハク酸ナトリウム、および、シランカップリング剤などの界面活性剤を添加してもよい。なお、反応容器内には、Arガスなどの不活性ガスを導入し、容器内を、不活性雰囲気とする。
【0060】
次に、メカニカルスターラにより反応液を攪拌しながら、温度コントローラとマントルヒータを用いてPID制御により、反応液を所定の温度に達するまで昇温する。この際の昇温速度は、1℃/min~20℃/minに設定することが好ましく、到達温度(保持温度)は、100℃以上350℃以下の範囲に設定することが好ましい。反応液が所定の保持温度に到達した後、反応液の温度を所定時間保持しつつ、反応液を攪拌し、前駆体を熱分解させる。この際の温度保持時間は、0分以上300分以下に設定することが好ましい。なお、ナノ粒子2の粒径は、保持温度および温度保持時間などに依存する。たとえば、上記の範囲内で保持温度を高く設定するほど、ナノ粒子2のD50が大きくなる傾向となる。同様に、上記の範囲内で温度保持時間を長く設定するほど、ナノ粒子2のD50が大きくなる傾向となる。
【0061】
所定時間が経過した後、反応液を30℃まで冷却し、生成したナノ粒子2を洗浄し、回収する。なお、温度保持時間が0分とは、反応液が所定の温度に到達した後、その温度を保持することなく、反応液を冷却させることを意味する。
【0062】
ナノ粒子2を洗浄する際には、未反応の原料や中間生成物などが可溶な洗浄用溶媒を用いる。具体的に、洗浄用溶媒としては、たとえば、アセトン、ジクロロベンゼン、または、エタノールなどの有機溶媒を用いることができる。ナノ粒子2の酸化を抑制するために、洗浄用溶媒に対して脱気処理を施しておくことが好ましい。もしくは、洗浄用溶媒として、水分含有量を10ppm以下に抑えた超脱水グレードの有機溶媒を用いることが好ましい。なお、洗浄後のナノ粒子2は、遠心分離によって沈降させることで回収してもよいし、磁石の磁力を用いて回収してもよい。
【0063】
たとえば、遠心分離でナノ粒子2を洗浄および回収する場合は、回転速度を5000rpm~20000rpmに設定することが好ましく、1回あたりの処理時間を1分~30分に設定することが好ましい。このような条件で遠心分離した後、上澄み液を取り除くことで、未反応の原料や中間生成物などを除去する。この遠心分離の工程は、たとえば、2回~5回、繰り返すことが好ましい。
【0064】
上記のような方法で、ナノ粒子2を捕集した後、ナノ粒子2に対して、ボールミルを用いた後処理を施す。ここで、ボールミルとは、粉砕機の1種であり、一般的には、粉末原料の粒子を細かく砕くために用いられる装置である。具体的に、一般的なボールミルでは、セラミックや金属などのメディア(硬質ボール、もしくは、硬質ビーズ)と、材料の粉末とを、円筒状の容器に投入し、当該容器を回転させることで、粒子がメディアに衝突する際の摩砕や衝撃により粒子を粉砕する。ナノ粒子2の合成後に実施する後処理では、ナノ粒子2を粉砕して微細化するためにボールミルを用いるのではなく、ナノ粒子2の内部に積層欠陥を導入するためにボールミルを使用する。つまり、ナノ粒子2が粉砕しない程度の柔和な条件で、ボールミルによる後処理を実施する。
【0065】
具体的に、ボールミルによる後処理は、湿式で実施する。つまり、捕集したナノ粒子2を溶媒に加えて、得られた分散液を、メディアと共に回転容器に投入する。この際に使用する溶媒としては、ヘキサン、n-オクタン、およびトルエンなどの有機溶媒を用いることができ、ヘキサンを用いることが好ましい。また、メディアとしては、Coよりも密度が低いビーズを用いることが好ましい。Coよりも密度が低いビーズとしては、たとえば、ガラスビーズ、アルミナ(Al23)ビーズ、ジルコニア(ZrO2 )ビーズ、ジルコン(ZrO2 -SiO2 )ビーズ、または、ステンレスビーズなどを用いてもよく、ジルコニアビーズを用いることが好ましい。さらに、使用するメディアの平均径は、0.05mm以上0.50mm以下であることが好ましい。
【0066】
ボールミルによる後処理では、容器の回転速度を、50rpm以上1000rpm以下に設定することが好ましい。また、処理時間を1分間以上120分間以下に設定することが好ましく、1分間以上20分間以下に設定することがより好ましく、1分間以上5分間以下に設定することがさらに好ましい。
【0067】
上記のような条件で、ボールミルによる後処理を実施することで、逆格子空間でストリーク状の散漫散乱を有するナノ粒子2が得られる。r2/r1の平均は、後処理の時間に依存する傾向があり、後処理の時間を延ばすほど、r2/r1の平均が小さくなる傾向となる。dAve /D50は、後処理で使用するメディアの平均径に依存する傾向があり、メディアの平均径を大きくするほどdAve /D50が小さくなる傾向となる。また、dAve /D50は、後処理で使用するメディアの種類によっても制御できる。
【0068】
以上の工程により、金属磁性粉末1が得られる。上記の工程において、原料の秤量からナノ粒子2の後処理までの一連の工程は、Ar雰囲気などの不活性ガス雰囲気で実施する。なお、後処理で使用する装置は、必ずしもボールミルに限定されず、ナノ粒子2を粉砕せずに積層欠陥を導入できる装置であれば、ボールミル以外の装置を用いてもよい。また、ボールミルのようにナノ粒子2に物理的エネルギーを加える方法以外の方法を採用して、積層欠陥を導入してもよい。物理的エネルギーを加える方法以外の方法としては、たとえば、不活性雰囲気中での熱処理などが挙げられる。
【0069】
なお、ナノ粒子2の合成方法は上述したコバルト錯体(前駆体)の熱分解法に限定されず、たとえば、ポリオール法などにより前駆体を還元することによってナノ粒子2を合成してもよい。この場合、ナノ粒子2の前駆体としては、上述したコバルト錯体の他に、酢酸コバルト(Co(CH3 COO)2 )、塩化コバルト(CoCl2)、塩化コバルト六水和物(CoCl2 6H2 O)、ラウリン酸コバルト(CoCH2 (CH)11COO)などを用いてもよい。
【0070】
(複合磁性体10の製造方法)
次に、複合磁性体10の製造方法の一例について説明する。
【0071】
複合磁性体10は、ボールミルによる後処理を施した金属磁性粉末1と、樹脂6と、溶媒とを、混ぜ合わせて、所定の分散処理を施すことで製造することができる。分散処理としては、超音波分散処理、または、ビーズミルなどのメディア分散処理を採用することが好ましい。分散処理の条件は、特に限定されず、樹脂6中にナノ粒子2が均等に分散するように、各種条件を設定すればよい。たとえば、超音波分散処理の時間は、5分間~30分間の範囲に設定してもよい。また、分散処理の際に添加する溶媒としては、たとえば、アセトン、ジクロロベンゼン、または、エタノールなどの有機溶媒を用いることができ、脱気処理した有機溶媒、もしくは、超脱水グレードの有機溶媒を用いることが好ましい。また、メディア分散処理の際に使用するメディアとしては、各種セラミックビーズを用いることができ、セラミックビーズの中でも比重の大きいジルコニアのビーズを用いることが好ましい。なお、複合磁性体10における金属磁性粉末1の充填率(体積割合)は、金属磁性粉末1と樹脂6との配合比に基づいて制御することができる。
【0072】
上記の分散処理で得られたスラリーを、Ar雰囲気中で乾燥させ、溶媒を揮発させた乾燥体を得る。その後、乳鉢または乾式の解砕機などを用いて、乾燥体を解砕し、金属磁性粉末1と樹脂6とを含む顆粒を得る。そして、当該顆粒を金型に充填して加圧することで、複合磁性体10が得られる。樹脂6として熱硬化性樹脂を用いる場合には、加圧成形後に硬化処理を実施することが好ましい。
【0073】
なお、複合磁性体10を得るための一連の工程についても、金属磁性粉末1の製造と同様に、Ar雰囲気などの不活性雰囲気で実施する。また、複合磁性体10の製造方法は、上記の加圧成形法に限定されない。たとえば、分散処理で得られたスラリーをPETフィルムの上に塗布して乾燥させることで、シート状の複合磁性体10を得てもよい。
【0074】
(実施形態のまとめ)
本実施形態の金属磁性粉末1は、主成分としてCoを含み、かつ、平均粒径(D50)が1nm~100nmであるナノ粒子2で構成してある。ナノ粒子2のFFT像(フーリエ変換像)は、ストリーク状の散漫散乱を有する。ナノ粒子2のTEM像における最小外接円の直径をr1とし、最大内接円の直径をr2として、r2/r1の平均が、0.7以上である。
【0075】
金属磁性粉末1が上記の特徴を有することで、メガヘルツ帯のみならず1GHz以上の高周波帯領域においても、高透磁率と低磁気損失とを両立させることができ、性能指数(透磁率/磁気損失)が向上する。また、複合磁性体10についても、上記特徴を有する金属磁性粉末1を含むことで、高周波帯領域において、高透磁率と低磁気損失とを両立させることができ、性能指数が向上する。高透磁率および低磁気損失を実現できる理由は、必ずしも明らかではないが、異方性磁界および形状磁気異方性が関係していると考えられる。
【0076】
具体的に、Coのナノ粒子2が積層欠陥に起因するストリーク状の散漫散乱を有することで、異方性磁界が僅かに弱まり、低磁気損失を維持しつつ、透磁率の向上を図ることができると考えられる。また、r2/r1の平均が0.7以上であることで、r2/r1の平均が0.7未満のCoナノ粒子よりも、形状磁気異方性が低下し、透磁率の向上および磁気損失の低減に寄与すると考えられる。なお、金属磁性粉末1を含む複合磁性体10においては、r2/r1の平均が0.7以上であることで、金属磁性粉末1の充填率を高めることができ、複合磁性体の透磁率および磁気損失特性を向上させることができる。
【0077】
各ナノ粒子2の内部は、積層欠陥により2以上のドメインに区切られていることが好ましい。この場合、ナノ粒子2の内部に存在するドメインの平均サイズをdAve として、ナノ粒子2のD50に対するdAve の比(dAve /D50)が、0.006以上0.5以下であることが好ましい。金属磁性粉末1が、0.006≦(dAve /D50)≦0.5を満たすことで、透磁率および性能指数をさらに向上させることができる。
【0078】
金属磁性粉末1および複合磁性体10は、いずれも、インダクタ、トランス、チョークコイル、フィルタ、および、アンテナなどの各種電子部品に適用することができ、特に、動作周波数が1GHz以上(より好ましくは1GHz~10GHz)の高周波回路向けの電子部品に好適に適用することができる。
【0079】
金属磁性粉末1(もしくは複合磁性体10)を含む電子部品の一例としては、たとえば、図8に示すようなインダクタ100が挙げられる。インダクタ100は、素体が本実施形態の複合磁性体10で構成してあり、素体の内部にコイル部50が埋設してある。素体の端面には、一対の外部電極60,80が形成してあり、各外部電極60,80が、それぞれ、コイル部50の引出部50a、50bと電気的に接続している。インダクタ100のような電子部品は、本実施形態の金属磁性粉末1(複合磁性体10)を含んでいるため、優れた高周波特性を有する。
【0080】
以上、本開示の実施形態について説明してきたが、本開示は上述した実施形態に限定されるものではなく、本開示の要旨を逸脱しない範囲内で種々に改変することができる。
【0081】
たとえば上述した金属磁性体粉末1の製造方法では、ナノ粒子2を捕集した後、ナノ粒子2に対して、ボールミルなどを用いた後処理を施しているが、ナノ粒子2を捕集した後であって、ボールミルなどを用いた後処理を施す前に、ナノ粒子2と添加元素M2(またはM1)を含む添加材とを溶媒中で加熱してもよい。所定時間加熱した後に、前述と同様にして、洗浄と回収(捕集)を行い、添加元素M2を含むナノ粒子2を捕集し、その後に、前述したボールミルなどの後処理を行ってもよい。このようにして、添加元素M2を含むナノ粒子2を有する金属磁性粉末1を製造してもよい。
【0082】
添加元素M2(またはM1)を含む添加材としては、前述したように、カルボニル化合物、感化物、もしくは水素化ホウ素化合物などを用いることができる。また、加熱の際に用いる溶媒としては、前述した溶媒と同様に、トルエン、エタノール、1-ドデカノール、オクタデセン、1-オクタデシルアルコール、オレイルアルコール、アニソール、テトラヒドロフラン、ジフェニルエーテル、オレイルアミン、ジメチルベンジルアミン、または、トリ-n-オクチルアミンなどを用いることができ、好ましくはオクタデセンなどが用いられる。
【0083】
加熱温度(保持温度)は、前述したように、100℃以上350℃以下の範囲に設定することが好ましく、保持時間は0~300分が好ましく、昇温速度は、1℃/min~20℃/minに設定することが好ましい。
【実施例0084】
以下、具体的な実施例に基づいて、本開示をさらに詳細に説明する。ただし、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0085】
(実験1)
試料1~27
まず、前駆体であるCoCl(Ph3 P)3 、トリ-n-オクチルアミン(溶媒)、および、オレイン酸(界面活性剤)を、それぞれ秤量し、セパラブルフラスコに投入した。そして、Ar雰囲気下で反応液を加熱しながら攪拌することで、反応液中の前駆体を熱分解させた。具体的に、セパラブルフラスコ内の反応液を、メカニカルスターラにより攪拌しながら、マントルヒータおよび温度コントローラを用いて、反応液を表1および表2に示す所定の温度まで加熱した。この際、昇温速度を5℃/minに制御した。反応液の温度が所定の温度に達した後、この反応液の温度を、表1および表2に示す所定の時間保持し、熱分解反応を促進させた。なお、試料1および試料13では、温度保持時間を0分とし、反応液の温度が200℃に達した後、この温度を維持することなく、反応液を冷却した。
【0086】
反応液を30℃まで冷却した後、反応液中にエタノールを加えて、生成したナノ粒子を沈降させた。そして、回転速度を20000rpmに設定して、10分間、遠心分離を行い、上澄み液を取り除くことで、未分解の原料、および、副生成物を除去した。この遠心分離の工程を3回繰り返し、ナノ粒子を捕集した。
【0087】
試料6では、上記の遠心分離の工程で、ナノ粒子を捕集できなかった。つまり、反応液を50℃に加熱した条件では、前駆体が分解されず、ナノ粒子を合成できなかった。
【0088】
試料1~試料5、試料7~12では、後処理を実施することなく、遠心分離により捕集したナノ粒子を、試料1~試料5、試料7~12における金属磁性粉末とした。
【0089】
一方、試料13~試料27では、遠心分離によりナノ粒子を捕集した後、ボールミルによる後処理を実施した。具体的に、捕集したナノ粒子をヘキサンに再分散させ、得られた分散液を、メディアと共に、プラスチック製の容器に投入した。試料13~試料23では、メディアとして、0.5mmの平均粒径を有するジルコニアビーズを用いた。試料24では、メディアとして、0.5mmの平均粒径を有するガラスビーズ、試料25では、0.5mmの平均粒径を有するアルミナビーズ、試料26では、0.5mmの平均粒径を有するジルコンビーズ、試料27では、0.5mmの平均粒径を有するステンレスビーズをそれぞれ用いた。分散液を投入した容器を、350rpmの速度で、1分間、回転させた。上記の方法で、ナノ粒子に対してボールミルによる後処理を施し、後処理したナノ粒子を再度回収することで、試料13~試料27に係る金属磁性粉末を得た。
【0090】
なお、原料の秤量からナノ粒子の回収(および後処理)までの一連の作業は、Ar雰囲気下で実施した。
【0091】
試料28
試料28では、加圧環境下で前駆体を還元し熱分解することでナノ粒子を合成した。まず、ヘキサデシルアミン、ラウリン酸、および、溶媒であるアニソールを、フィッシャーポータ型の反応容器に投入し、3分間攪拌した。その後、前駆体であるCoCl(Ph3 P)3 を、ヘキサデシルアミンとラウリン酸およびアニソールの混合液に添加した。このようにして反応液を準備した後、反応容器の内部に、H2 ガスを導入し、反応容器内の圧力を300kPaまで加圧した。次に、反応容器をオイルバス中に設置し、反応液を150℃で24時間攪拌した。
【0092】
上記のように、加圧環境下で前駆体を還元し、熱分解させた後、反応液を室温まで冷却し、静置させることで、生成したナノ粒子を沈降させた。ナノ粒子の沈降後、上澄み液を除去し、トルエンを用いてナノ粒子を洗浄・回収した。以上の工程で、試料28に係る金属磁性粉末を得た。
【0093】
実験1の各試料に対して、以下に示す評価を実施した。なお、反応液の温度を50℃に設定した試料6では、そもそもナノ粒子を合成できなかったため、各種特性を評価していない。そのため、表1に示す試料6の評価結果には、「ND」を記している。
【0094】
ナノ粒子のD50、および、r2/r1の計測
各試料で製造したナノ粒子を、TEM(日本電子株式会社製:JEM-2100F)により、倍率50万倍で観察した。そして、画像解析ソフトにより500個のナノ粒子の円相当径を計測し、その平均粒径(D50)を算出した。加えて、500個のナノ粒子を対象として、最小外接円の直径r1、および、最大内接円の直径r2を計測し、r2/r1の平均値を算出した。
【0095】
金属磁性粉末の組成分析
組成分析用の試料を、グローブボックス中で採取し、当該試料に含まれるCoの含有量、および、その他微量元素の含有量を、ICP-AES(株式会社島津製作所製:ICPS-8100CL)により測定した。当該測定結果に基づいて、金属磁性粉末の主成分(80wt%以上を占める元素)を特定したところ、試料1~試料5,試料7~試料28の金属磁性粉末は、いずれも、主成分としてCoを含むことが確認できた。
【0096】
XRDによる結晶構造解析
XRD装置(株式会社リガク製:Smart Lab)を用いた2θ/θ測定により、金属磁性粉末のX線回折チャートを得た。そして、得られたX線回折チャートをX線分析統合ソフトウェア(SmartLab Studio II)により解析し、hcp-Co、fcc-Co、および、ε-Coの割合(Whcp 、Wfcc 、およびWε)を算出した。その結果、試料1~試料5,試料7~試料28では、いずれも、金属磁性粉末がhcp-Coを含むことが確認できた。
【0097】
FFT像の解析
各試料において、金属磁性粉末に含まれるナノ粒子を、任意に10個選択し、選択した各ナノ粒子を、HRTEMを用いて加速電圧200kV、倍率50万倍の条件で撮影した。そして、各ナノ粒子の格子像をフーリエ変換して、各ナノ粒子のFFT像を取得し、当該FFT像が、「ストリーク状の散漫散乱」を有するか否かを確認した。表1および表2における「ストリーク状の散漫散乱」の欄には、「Y」および「N」の記載があるが、「Y」は、FFT像でストリーク状の散漫散乱を有するナノ粒子が1個以上確認できたことを意味する。一方、「N」は、ストリーク状の散漫散乱が観測されず、回折スポットなどのその他のFFTパターンが観測されたことを意味する。
【0098】
ドメインサイズの解析
上述したFFT像の解析において、ストリーク状の散漫散乱が観測された試料では、実施形態で示した方法により、ナノ粒子に含まれるドメインの平均サイズdAve を算出した。具体的に、ストリーク状の散漫散乱が確認されたナノ粒子のうちから10個のナノ粒子を任意に選定し、選定した各ナノ粒子の格子像を、加速電圧200kV、倍率50万倍の条件で撮影した。そして、各格子像において、積層欠陥の位置を特定し、c軸方向におけるドメインのサイズ(長さ)を計測した。そして、10個のナノ粒子におけるドメインの平均サイズから、dAve 、および、dAve /D50を算出した。
【0099】
複合磁性体の製造
実験1の各試料(試料6を除く)では、金属磁性粉末を用いて、以下に示す方法で複合磁性体を製造した。
【0100】
まず、複合磁性体におけるナノ粒子の含有率が40vol%となるように、金属磁性粉末を秤量した。そして、秤量した金属磁性粉末と、ポリスチレン樹脂と、溶媒であるアセトンとを混ぜ合わせ、当該混合物に対して超音波分散処理を施した。超音波分散の処理時間は10minとし、超音波分散処理によって得られた分散液を、50℃のAr雰囲気で乾燥させることで乾燥体を得た。そして、当該乾燥体を乳鉢で解砕した後、得られた顆粒を金型に充填して加圧することで複合磁性体を得た。実験1の各試料において、複合磁性体は、いずれも、外径7mm、内径3mm、厚さ1mmのトロイダル形状を有していた。なお、複合磁性体を製造する各工程は、成形工程を除き、Ar雰囲気下で実施した。
【0101】
上記の方法で製造した複合磁性体の断面を解析し、ナノ粒子の面積割合に基づいて、金属磁性粉末の充填率を算出したところ、実験1の各試料(ただし試料6を除く)では、いずれも、充填率が、狙い通り40vol%であることが確認できた。
【0102】
複合磁性体の解析
複合磁性体の断面からTEM観察用の薄片試料を採取した。当該薄片試料をHRTEMで観察し、観測視野内に含まれるナノ粒子を任意に10個選択した。そして、選択した各ナノ粒子のHRTEM像およびFFT像を、上述した金属磁性粉末の解析と同じ条件で取得した。実験1の各試料(ただし試料6を除く)では、複合磁性体中のナノ粒子が、粉末状態における解析結果と同様のFFT像を有していることが確認できた。
【0103】
磁気特性の評価
ネットワークアナライザ(アジレント・テクノロジー株式会社製:HP8753D)を用いた同軸Sパラメータ法により、5GHzにおける複素透磁率の実部(すなわち透磁率μ′(単位なし))と、虚部μ″とを測定した。そして、5GHzにおける磁気損失tanδ(単位なし)を、μ″/μ′として算出し、さらに、性能指数(単位なし)をμ′/tanδとして算出した。本実施例では、透磁率μ′が1.20以上で、かつ、性能指数が10以上である試料を、「良好」と判断した。
【0104】
実験1における試料1~試料12、および試料28の評価結果を表1に示し、試料13~試料27の評価結果を表2に示す。
【0105】
【表1】
【0106】
【表2】
【0107】
表1に示すように、ボールミルによる後処理を実施しなかった試料1~試料12では、ストリーク状の散漫散乱を有するナノ粒子は得られず、ストリーク状の散漫散乱以外のFFTパターンが観測された。これら試料1~試料12では、性能指数が10未満となり、十分な磁気特性が得られなかった。また、試料28では、ストリーク状の散漫散乱を有するナノ粒子が得られたものの、当該ナノ粒子におけるr2/r1の平均値が、0.64と他の試料よりも低かった。試料28では、ストリーク状の散漫散乱以外のFFTパターンが観測されたナノ粒子よりも透磁率が向上したが、性能指数が10未満であり、基準値を満足できなかった。
【0108】
表2に示すボールミルによる後処理を実施した試料13~試料27では、ストリーク状の散漫散乱が、[2,-1,-1,0]入射において(0001)の方向に確認された。つまり、これらの試料13~試料27では、ナノ粒子のFFT像がストリーク状の散漫散乱を有していることがわかった。そして、試料13~試料27のうち、ナノ粒子のD50が1nm以上100nm以下の範囲内である試料13~試料16、試料18~試料22、および、試料24~試料27では、5GHzにおいて、高い透磁率と高い性能指数とを両立させることができた。なお、ナノ粒子のD50が100nm超過である試料17および試料23では、ナノ粒子のFFT像がストリーク状の散漫散乱を有していたものの、性能指数が10未満であり、基準値を満足できなかった。
【0109】
実験1の結果から、1nm≦D50≦100nm、および、0.7≦(r2/r1)を満たすナノ粒子が、ストリーク状の散漫散乱を有することで、高周波帯域において透磁率および性能指数を両立して向上できることがわかった。
【0110】
(実験2)
実験2では、ボールミルによる後処理の時間を変更して、表3~表7に示す金属磁性粉末を製造した。具体的に、実験1の試料13~試料17と同様の条件で、熱分解法によりナノ粒子を合成した後、処理時間を1分、5分、20分、60分、120分、もしくは、300分に設定して、ボールミルによる後処理を実施した。実験2の後処理では、メディアとして、0.5mmの平均径を有するジルコニアビーズを用いた。実験2において、表3~表7に示す条件以外の製造条件は、実験1の試料13~試料17と同様とした。また、実験2の各試料において、実験1と同じ方法で、金属磁性粉末の充填率が約40vol%である複合磁性体を製造し、その磁気特性等を測定した。
【0111】
【表3】
【0112】
【表4】
【0113】
【表5】
【0114】
【表6】
【0115】
【表7】
【0116】
実験2の結果から、ナノ粒子のr2/r1は、ナノ粒子合成後のボールミルの時間に基づいて、制御できることがわかった。具体的に、ボールミルの時間を長くするほど、r2/r1が小さくなる傾向となった。また、r2/r1の平均を、0.7以上の適切な範囲に設定することで、高周波帯域において、高い性能指数を維持しつつ、透磁率のさらなる向上が図れることがわかった。
【0117】
(実験3)
実験3では、dAve /D50が異なる複数の金属磁性粉末を製造した。実験3では、実験1の試料13~試料17と同様の条件で、熱分解法によりナノ粒子を合成した後、メディアとしてジルコニアビーズを用いてボールミルによる後処理を実施した。表8~表12では、それぞれ、メディアの平均径、および、ボールミルによる処理時間を変えた場合の評価結果を示している。また、メディアの平均径の影響をより詳細に調査するために、表13に示す各試料では、後処理の時間を1分に設定したうえで、メディアの平均径を、0.05mm~2.00mmの範囲で変更した。
【0118】
表8~表13に示す条件以外の製造条件は、実験1の試料13~試料17と同様とした。また、実験3の各試料において、実験1と同じ方法で、金属磁性粉末の充填率が約40vol%である複合磁性体を製造し、その磁気特性等を測定した。
【0119】
【表8】
【0120】
【表9】
【0121】
【表10】
【0122】
【表11】
【0123】
【表12】
【0124】
【表13】
【0125】
表8~表13に示す実験3の結果から、dAve /D50は、ボールミルで使用するメディアの平均径により制御できることがわかった。具体的に、メディアの平均径を大きくするほど、dAve /D50が小さくなる傾向となった。
【0126】
また、実験3の結果から、dAve /D50は、0.006以上0.5以下であることが好ましく、dAve /D50を上記範囲に設定することで、5GHzの高周波帯域において、透磁率および性能指数をさらに向上できることがわかった。特に、dAve /D50が0.05以上0.5以下の範囲では、dAve /D50を小さくするほど、透磁率がより向上する傾向となった。高い透磁率と高い性能指数とをよりバランスよく両立させる観点では、dAve /D50を0.1以上0.5以下とすることがより好ましく、0.25以上0.5以下とすることがさらに好ましいことがわかった。
【0127】
(実験4)
実験4では、実験1の試料15(実施例)と同じ条件で金属磁性粉末を製造した。つまり、保持温度を200℃、温度保持時間を60分に設定して熱分解法によりナノ粒子を合成した後、平均径が0.5mmのジルコニアビーズを用いて1分間、ボールミルによる後処理を実施した。そして、試料15の条件で得られた金属磁性粉末を用いて、ナノ粒子の充填率が異なる試料157~試料166に係る複合磁性体を製造した。各複合磁性体試料における金属磁性粉末の配合比は、複合磁性体中のナノ粒子の体積含有率(充填率)が表14に示す値となるように制御した。なお、複合磁性体の製造条件は、金属磁性粉末の配合比を除いて、実験1と同様とした。
【0128】
また、実験4では、比較例である試料147~試料156に係る複合磁性体も製造した。試料147~試料156では、実験1の比較例である試料3と同じ条件で、ボールミルによる後処理を実施することなく、金属磁性粉末を製造した。そして、ナノ粒子の体積含有率(充填率)が表14に示す値となるように、樹脂に対する金属磁性粉末の配合比を調整して、複合磁性体を得た。
【0129】
また、表15に示す試料167、試料168、試料169、試料170、試料171、および試料172では、それぞれ、実験3の試料54、試料66、実験2の試料32、実験3の試料90、試料102、および実験2の試料42の金属磁性粉末を用いて、ナノ粒子の体積含有率(充填率)が20vol%となる配合比で、複合磁性体を製造した。
【0130】
実験4では、製造した複合磁性体の断面をTEMで観察し、複合磁性体に含まれる金属磁性粉末(ナノ粒子)の面積割合を測定した。その結果、各実施例および各比較例では、ナノ粒子の面積割合が、表14および表15に示す狙い値(vol%)と凡そ一致していることが確認できた。
【0131】
実験4の評価結果を表14、表15に示す。
【0132】
【表14】
【0133】
【表15】
【0134】
表14に示すように、ナノ粒子の充填率を変えた場合であっても、ストリーク状の散漫散乱を有する実施例(試料15、試料157~試料166)では、比較例(試料3、試料147~試料156)よりも高い透磁率および高い性能指数が得られた。すなわち、ナノ粒子の含有率を40vol%未満とした実施例(試料157~試料164)、および、40vol%超過とした実施例(試料165および試料166)においても、実験3の試料15と同様に、高周波帯域において、高い透磁率と高い性能指数とを両立させることができた。
【0135】
実験4の結果から、磁気損失をより低減する観点では、ナノ粒子の含有率(充填率)は、5vol%以上40vol%以下であることがより好ましいことがわかった。
【0136】
(実験5)
実験5では、実験1~実験4と同様にしてナノ粒子を作製した後、ボールミルなどの後処理を行う前に、ナノ粒子と添加剤とを溶媒中で加熱した。すなわち、表16に記載の試料番号173~188では、Coと添加元素M2の合計含有量(wt%)に対する添加元素M2の合計含有量(wt%)の比が粉末中に表16に記載の重量%で含まれるように、添加剤としてRu3 (CO)12を秤量し、溶媒としてオクタデセンを用い、ナノ粒子と添加剤を溶媒中で200°Cに0~300分で加熱した。
【0137】
その後に、前述の実験1~4と同様にして、洗浄と回収(捕集)を行い、添加元素M2を含むナノ粒子を捕集し、その後に、前述したボールミルなどの後処理を行った。ボールミル処理に際しては、ビーズとしては、0.05~0.5mmのビーズ系を有するジルコニアビーズを用い、処理時間は1~300分であった。このようにして、添加元素M2を含むナノ粒子2を有する金属磁性粉末1を製造した。
【0138】
実験5において、表16に示す条件以外の製造条件は、実験1の試料13~試料17と同様とした。また、実験5の各試料において、実験1と同じ方法で、金属磁性粉末の充填率が約40vol%である複合磁性体を製造し、その磁気特性等を測定した。試料番号173~188の各試料において、主成分としてCoを含むことに加え、Ruを含むことが確認できた。
【0139】
【表16】
【0140】
表16に示すように、ナノ粒子が添加元素M2を含有する場合においても、ストリーク状の散漫散乱を有する実施例(試料173~試料188)では、実験1~4と同様に、高周波帯域において、高い透磁率と高い性能指数を両立できることがわかった。
【0141】
(実験6)
【0142】
表17に記載の試料番号188~199では、添加元素の種類を変更するために、添加剤としてRu3 (CO)12ではなく、Ir4 (CO)12、Re2 (CO)10、Rh6 (CO)16、Cr(CO)6 ,W(CO)6 、Mo(CO)を使用した以外は、実験5と同様にしてナノ粒子を作製し、特性を評価した。
【0143】
実験6において、表17に示す条件以外の製造条件は、試料176または試料184と同様とした。また、実験6の各試料において、実験1と同じ方法で、金属磁性粉末の充填率が約40vol%である複合磁性体を製造し、その磁気特性等を測定した。試料189~試料200の各実施例の磁性体粉末において、主成分としてCoを含むことに加え、使用した添加剤に応じた添加元素を磁性体粉末が含有していることが確認できた。
【0144】
【表17】
【0145】
表17に示すように、種々の添加元素を含有する場合においても、ストリーク状の散漫散乱を有する実施例(試料189~試料200)では、実験1~5と同様に、高周波帯域において、高い透磁率と高い性能指数を両立できることがわかった。
【符号の説明】
【0146】
1 … 金属磁性粉末
2 … ナノ粒子
10 … 複合磁性体
6 … 樹脂
100 … インダクタ
50 … コイル部
60,80 … 外部電極
図1
図2
図3
図4A
図4B
図5A
図5B
図5C
図6
図7
図8