(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024078404
(43)【公開日】2024-06-10
(54)【発明の名称】摺動部材およびすべり軸受
(51)【国際特許分類】
F16C 33/20 20060101AFI20240603BHJP
F16C 17/02 20060101ALI20240603BHJP
B32B 27/34 20060101ALI20240603BHJP
【FI】
F16C33/20 A
F16C17/02 Z
B32B27/34
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023171830
(22)【出願日】2023-10-03
(31)【優先権主張番号】P 2022190245
(32)【優先日】2022-11-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000207791
【氏名又は名称】大豊工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000660
【氏名又は名称】Knowledge Partners弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】壁谷 泰典
(72)【発明者】
【氏名】梨元 萌絵
(72)【発明者】
【氏名】砂田 周平
(72)【発明者】
【氏名】神谷 周
(72)【発明者】
【氏名】秋月 政憲
【テーマコード(参考)】
3J011
4F100
【Fターム(参考)】
3J011AA20
3J011BA13
3J011CA05
3J011DA01
3J011JA01
3J011JA02
3J011KA02
3J011LA04
3J011MA02
3J011NA01
3J011QA05
3J011RA03
3J011SB02
3J011SB03
3J011SB04
3J011SC20
3J011SE06
4F100AA09B
4F100AA19B
4F100AK50B
4F100AT00A
4F100BA02
4F100BA07
4F100BA10A
4F100BA10B
4F100CA19B
4F100GB51
4F100JK09
4F100JK16
4F100YY00B
(57)【要約】
【課題】耐摩耗性を向上させる技術を提供する。
【解決手段】基層と、前記基層上に形成された樹脂被覆層とを備える摺動部材であって、前記樹脂被覆層は、バインダーとしてのポリアミドイミド樹脂と、固体潤滑剤と、0体積%より多く、かつ、1.0体積%以下のベーマイト粒子と、不可避不純物と、からなる摺動部材が構成される。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基層と、前記基層上に形成された樹脂被覆層とを備える摺動部材であって、
前記樹脂被覆層は、
バインダーとしてのポリアミドイミド樹脂と、
固体潤滑剤と、
0体積%より多く、かつ、1.0体積%以下のベーマイト粒子と、
不可避不純物と、
からなる摺動部材。
【請求項2】
前記固体潤滑剤は、二硫化モリブデンである、
請求項1に記載の摺動部材。
【請求項3】
基層と、前記基層上に形成された樹脂被覆層とを備えるすべり軸受であって、
前記樹脂被覆層は、
バインダーとしてのポリアミドイミド樹脂と、
固体潤滑剤と、
0体積%より多く、かつ、1.0体積%以下のベーマイト粒子と、
不可避不純物と、
からなるすべり軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、樹脂被覆層を有する摺動部材およびすべり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、裏金層と摺動層とを備える摺動部材において、合成樹脂と、合成樹脂中に分散された固体潤滑剤とからなる樹脂被覆層を形成することが知られている。例えば、特許文献1には、樹脂被覆層に固体潤滑剤と硬質物が含まれる構成が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1等に開示された従来の摺動部材において、硬質物は、例えば、SiC等である。従来の摺動部材に添加されていたこれらの硬質物は、例えば、SiCであり、モース硬度が8.5~9.5程度の非常に硬い物質である。従来は、このような硬い物質が樹脂被覆層に含まれることによって樹脂の摩耗を抑制し、耐摩耗性を向上させると考えられていた。しかし、これらの硬質物は非常に硬いので、当該硬質物を含む樹脂が相手材に移着すると、当該移着した硬質物が樹脂被覆層を摩耗させてしまう。
【0005】
本発明は、前記課題にかんがみてなされたもので、耐摩耗性を向上させる技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の目的を達成するため、摺動部材は、基層と、前記基層上に形成された樹脂被覆層とを備える摺動部材であって、前記樹脂被覆層は、バインダーとしてのポリアミドイミド樹脂と、固体潤滑剤と、0体積%より多く、かつ、1.0体積%以下のベーマイト粒子と、不可避不純物と、からなるように構成される。
【0007】
ベーマイト(AlOOH)は、従来用いられていたSiC等の硬質物と比較して、エンジンオイルとの接触角が小さい。従って、ベーマイト粒子が利用された摺動部材における摩擦係数は、従来の硬質物が使用された摺動部材より小さく、ベーマイト粒子を含む樹脂被覆層の相手材への移着量は従来の樹脂被覆層より少ない。
【0008】
また、ベーマイトは、比較的硬い硬質物であるが、従来用いられていたSiC等の硬質物の方が硬い。従って、硬質物としてベーマイト粒子が利用された摺動部材において、相手材の移着が生じたとしても、移着した硬質物による樹脂被覆層の摩耗は従来の樹脂被覆層より少ない。このため、硬質物としてベーマイトを含む摺動部材によれば、硬質物としてSiC等の物質を含む摺動部材と比較して、耐摩耗性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本発明の実施形態にかかる摺動部材の斜視図である。
【
図3】
図3Aは硬質物の摩擦係数を示す図であり、
図3Bは摩擦係数の評価試験機の模式図である。
【
図4】
図4Aはベーマイトの添加量による摩擦体積の変化を示す図であり、
図4Bは摩擦体積を測定するための試験機の模式図、
図4Cは摩耗量の計測法を説明するための図である。
【
図5】
図5Aはベーマイトの添加量および二硫化モリブデンの添加量による摩耗量の変化を示す図であり、
図5Bは摩耗量を測定するための試験機の模式図である。
【
図6】
図6Aはベーマイトの添加量および二硫化モリブデンの添加量による焼付面圧の変化を示す図であり、
図6Bは焼付面圧を測定するための試験機の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
ここでは、下記の順序に従って本発明の実施の形態について説明する。
(1)摺動部材の構成
(2)摺動部材の製造方法:
(3)試験結果:
(4)他の実施形態:
【0011】
(1)摺動部材の構成:
図1は、本発明の一実施形態にかかる摺動部材1の斜視図である。摺動部材1は、裏金10とライニング11とオーバーレイ12とを含む。摺動部材1は、中空状の円筒を直径方向に2等分した半割形状の金属部材であり、断面が半円弧状となっている。2個の摺動部材1を円筒状になるように組み合わせることにより、すべり軸受Aが形成される。すべり軸受Aは内部に形成される中空部分にて円柱状の相手材2(エンジンのクランクシャフト)を軸受けする。相手材2の外径はすべり軸受Aの内径よりもわずかに小さく形成されている。相手材2の外周面と、すべり軸受Aの内周面との間に形成される隙間に液体潤滑剤である潤滑油(エンジンオイル)が供給される。その際に、すべり軸受Aの内周面上を相手材2の外周面が摺動する。
【0012】
摺動部材1は、曲率中心から遠い順に、裏金10とライニング11とオーバーレイ12とが順に積層された構造を有する。従って、裏金10が摺動部材1の最外層を構成し、オーバーレイ12が摺動部材1の最内層を構成する。裏金10とライニング11とオーバーレイ12とは、それぞれ円周方向において厚みが変化せず、直径方向の厚みが一定である。例えば、裏金10の厚みは1.0mm~2.0mmとされ、ライニング11の厚みは0.2mm~0.4mmとされる。裏金10は、例えば鋼によって形成される。
【0013】
ライニング11は、裏金10の内側に積層された層であり、基層を構成する。ライニング11は、例えばAl合金やCu合金によって形成される。オーバーレイ12の厚みは、例えば、6μmとなっている。なお、オーバーレイ12の厚みは、2~20μmであってもよい。以下、内側とは摺動部材1の曲率中心側を意味し、外側とは摺動部材1の曲率中心と反対側を意味することとする。オーバーレイ12の内側の表面は、相手材2との摺動面を構成する。
【0014】
オーバーレイ12は、ライニング11の内側の表面上に積層された層であり、本発明の樹脂被覆層を構成する。オーバーレイ12は、バインダーとしてのポリアミドイミド樹脂と、固体潤滑剤としての二硫化モリブデン粒子と、硬質物としてのベーマイト粒子と、不可避不純物とからなる。
【0015】
本実施形態において、オーバーレイ12における二硫化モリブデン粒子の総体積の体積分率は10体積%~70体積%であり、例えば、28体積%~40体積%、28体積%~34体積%、30体積%~34体積%等を選択可能である。ポリアミドイミド樹脂と二硫化モリブデン粒子の体積比は、両者を混合する前に計測したポリアミドイミド樹脂と二硫化モリブデン粒子との質量と、これらの比重とに基づいて算出したものである。また、二硫化モリブデン粒子の平均結晶粒径は0.1~5.0μmである。なお、ここで、結晶粒径は、断面において観察される結晶粒の面積と等しい円の半径であり、平均結晶粒径は当該円の半径の平均である。平均粒径は、例えば、マイクロトラック・ベル社のMT3300IIによって測定可能である(以下同様)。
【0016】
オーバーレイ12におけるベーマイト粒子の総体積の体積分率は0体積%より多く、1.0体積%以下であり、例えば、0.1体積%~0.7体積%とすることもできる。ポリアミドイミド樹脂とベーマイト粒子の体積比は、両者を混合する前に計測したポリアミドイミド樹脂とベーマイト粒子との質量と、これらの比重とに基づいて算出したものである。また、ベーマイト粒子のJIS R1629-1997に準ずる50%粒子径は0.6μm~0.9μmである。なお、他の実施形態として、添加剤、例えば、硫酸バリウム粒子等が含まれている樹脂被覆層が構成されても良い。
【0017】
ベーマイト粒子は、従来用いられていたSiC等の硬質物と比較して、エンジンオイルとの接触角が小さい。
図2は、硬質物の接触角を示す図である。具体的には、常温(25℃)において、公知の接触角計を用いて、複数の硬質物についてエンジンオイル(0W-8)との接触角が測定された。硬質物は、ベーマイト、SiC、CrN、SiO
2である。
図2に示すように、ベーマイトはSiC等の硬質物と比較して、接触角が小さい。このため、ベーマイト粒子を含む樹脂被覆層と、SiC等の硬質物を含む樹脂被覆層と、を比較すると、混合潤滑時の摩擦係数は、前者の方が後者より小さくなると考えられる。
【0018】
図3Aは、混合潤滑時の摩擦係数を示す図である。摩擦係数は、
図3Bに示すようなボールオンプレート試験機で測定された。具体的には、直線方向に往復摺動可能なステージStに対してサンプルSaを取り付け、相手材と同一の材料によってボールBaを形成し、アームAmに取り付ける。アームAmには歪みゲージ等のセンサーSnが取り付けられている。サンプルSaは、上述の裏金10、ライニング11、オーバーレイ12と同一の層構造を有するが、形状は平板状であり、それぞれのサンプルSaの硬質物は1.17体積%である。このサンプルSaは、オーバーレイ12に対してボールBaが接触し得る向きとされて、ステージStにセットされる。
【0019】
この状態において、オーバーレイ12がエンジンオイル(0W-8)に浸漬する状態とされ、90℃に設定される。そして、ステージStの往復摺動の速度が3mm/sに設定された状態で、アームAmには荷重N(1.96N)を作用させ、センサーSnによってアームAmに作用する力を測定することで、各オーバーレイの摩擦係数が測定された。
【0020】
図3Aに示すように、ベーマイト粒子を含む樹脂被覆層は、他の硬質物を含む樹脂被覆層と比較して、混合潤滑時の摩擦係数が小さい。従って、ベーマイト粒子を含む樹脂被覆層が相手材と摺動する際、ベーマイト粒子を含む樹脂被覆層が相手材に移着する量は、SiC等の硬質物を含む樹脂被覆層が相手材に移着する量よりも少ない。この結果、ベーマイト粒子を含む樹脂被覆層において、移着した硬質物が樹脂被覆層を摩耗させる量は、SiC等の硬質物を含む樹脂被覆層において、移着した硬質物が樹脂被覆層を摩耗させる量よりも少なくなる。
【0021】
さらに、ベーマイト粒子は、モース硬度が3.5~4の物質であり、比較的硬い物質と言える。しかし、従来、樹脂被覆層に用いられていたSiC等の硬質物、例えば、SiC(モース硬度は8.5~9.5),SiO2(モース硬度は4.5~6.5),CrN(Cr単体のモース硬度は7~8.5)等と比較すると、ベーマイト粒子はこれらより硬くない。従って、この意味においても、ベーマイト粒子を含む樹脂被覆層において、相手材に移着した硬質物が樹脂被覆層を摩耗させる量は、SiC等の硬質物を含む樹脂被覆層において、相手材に移着した硬質物が樹脂被覆層を摩耗させる量よりも少ない。以上の結果、硬質物としてベーマイト粒子を含む摺動部材によれば、硬質物としてSiC等の物質を含む摺動部材と比較して、耐摩耗性を向上させることができる。
【0022】
(2)摺動部材の製造方法:
摺動部材1は、例えば、(a)半割基材形成工程と(b)塗布前処理工程と(c)塗布工程と(d)乾燥工程と(e)焼成工程とを順に行うことによって製造可能である。むろん、摺動部材1の製造方法は前記の工程に限定されるものではない。
【0023】
(a)半割基材形成工程
半割基材形成工程は、裏金10とライニング11とが接合した基材を半割状に形成する工程である。例えば、裏金10に相当する板材上においてライニング11の材料を焼結することにより、裏金10とライニング11とが接合した基材が形成されてもよい。また、裏金10とライニング11に相当する板材を圧延によって接合することにより、裏金10とライニング11とが接合した基材が形成されてもよい。さらに、プレス加工や切削加工等の機械加工を行うことにより、裏金10とライニング11とが接合した基材を半割状に加工してもよい。
【0024】
(b)塗布前処理工程
塗布前処理工程は、ライニング11の表面に対するオーバーレイ12(樹脂被覆層)の密着性を向上させるための表面処理である。例えば、塗布前処理工程として、サンドブラスト等の粗面化処理を行ってもよいし、エッチングや化成処理などの化学処理を行ってもよい。なお、塗布前処理工程は、半割基材の油分を洗浄剤で脱脂した後に行うことが好ましい。
【0025】
(c)塗布工程
塗布工程は、ライニング11にオーバーレイ12を塗布する工程である。塗布工程を行うにあたり、ポリアミドイミド樹脂に二硫化モリブデン粒子およびベーマイト粒子(実施形態によっては添加剤も)を混合した塗布液を調製する。また、二硫化モリブデン粒子やベーマイト粒子、添加剤の分散性を高めたり、塗布液の粘度を調整したりするために、必要に応じてN-メチル-2-ピロリドンやキシレン等の溶剤を用いてもよい。
【0026】
この際、オーバーレイ12における二硫化モリブデン粒子の総体積の体積分率が10体積%~70体積%となり、ベーマイト粒子の総体積の体積分率が0体積%より多く、1.0体積%以下となるように、混合が行われる。添加剤が含まれる場合は、添加剤も含めて予定された体積分率となるように混合が行われる。
【0027】
塗布工程は、ライニング11上にオーバーレイ12を形成することができればよく、特に限定されない。例えば、エアースプレーやエアレススプレーおよびパッド、スクリーン印刷等を利用可能である。また、圧力を加え、布や板等でライニング11の内表面に擦りつけてもよい。さらに、塗布ロールによって塗布工程が行われてもよい。例えば、ライニング11の内径よりも小径の円柱状の塗布ロールに塗布液を付着させ、ライニング11の内側表面上において塗布ロールを回転させることにより塗布工程を行うことが可能である。塗布ロールとライニング11の内側表面との間のロールギャップや塗布液の粘度を調整することにより、後述する(e)焼成工程後の膜厚が所望の厚みとなるように塗布液をライニング11の内側表面上に塗布してもよい。なお、塗布工程は複数回行われ、その結果、膜厚が所望の厚みとなってもよい。
【0028】
(d)乾燥工程
乾燥工程は、ポリアミドイミド樹脂を乾燥させる工程である。例えば、40~180℃で5~60分にわたって乾燥させる構成を採用可能である。
【0029】
(e)焼成工程
さらに例えば200~300℃で30~60分にわたってポリアミドイミド樹脂を焼成(硬化)させることにより、摺動部材1を製造することができる。
【0030】
(3)試験結果:
以上のようにして製造した本実施形態にかかる摺動部材1を実施例とし、耐摩耗性の評価試験および耐焼付性評価試験を行った。まず、ベーマイト粒子の濃度と、樹脂被覆層の摩耗量との関係を評価するために、試験を行った。
図4Aは、オーバーレイ12に含まれる二硫化モリブデン粒子の体積分率を30体積%とし、ベーマイト粒子の添加量を変化させて製造した複数のサンプルについての摩耗量の測定結果である。
図4Aの横軸はベーマイト粒子の添加量(体積%)、縦軸は摩耗試験によって摩耗した樹脂被覆層の体積(μm
3)である。
図4Aにおいては、同一組成の複数のサンプルのそれぞれに対して試験を行い、統計した結果から得られる曲線を実線で示している。また、グラフ上においては、いくつかのサンプルについての測定結果を白丸で示している。
【0031】
図4Bは、
図4Aに示す試験を行うための装置を模式的に示す図である。
図4Bに示す試験機においては、相手材によって形成された試験軸Axが、軸を中心に回転可能である。また、試験軸Axは、常温(25℃)においてオイルOに浸漬されている。オイルOは、例えばパラフィン系ベースオイルである。
【0032】
試験軸Axの上端にはサンプルSaが接した状態で保持され、アームAmに取り付けられた錘WtによってサンプルSaから試験軸Axに向けて力が作用した状態となる。なお、
図4Aに示す試験において、サンプルSaは、平板形状である。ベーマイト粒子の体積分率が異なる複数のサンプルSaと、相手材としての試験軸Axとの間に作用する力が90Nである状態で、60rpmの回転数となるように試験軸Axを回転させた。この試験を、それぞれのサンプルSaについて1時間実施し、摩耗した樹脂被覆層の体積を計測器(レーザー顕微鏡)によって測定した。なお、摩耗した樹脂被覆層の体積は、
図4Cに示すように摩耗したサンプルSaの摩耗部分Psにおいて、摺動時の試験軸Axの方向に垂直な方向の複数カ所(
図4Cに示すPs1~Ps3の3カ所)における断面を設定し、各断面の断面積の平均値を幅Pwに渡って積算することによって特定した。
【0033】
図4Aに示す試験においては、ベーマイト粒子の体積分率が0体積%のサンプルから1.5体積%のサンプルまで、複数の体積分率について摩耗体積が計測された。ベーマイト粒子の体積分率がこの範囲において変化した場合、ベーマイト粒子の体積分率が0体積%である場合の摩耗体積が最も大きく、ベーマイト粒子の体積分率が増加するにつれて摩耗体積が徐々に小さくなる。さらに、ベーマイト粒子の体積分率が1.0体積%を超えると、ベーマイト粒子の体積分率が増加しても、摩耗体積はほとんど変化しないことがわかる。従って、樹脂被覆層において、ベーマイト粒子の体積分率が、0体積%より多く、1.0体積%以下であれば、耐摩耗性を向上させることができる。なお、ベーマイト粒子の体積分率は0体積%より多ければ良いが、
図4Aによれば、0.1体積%や、0.25体積%など、僅かでもベーマイト粒子が添加されると、ベーマイト粒子が添加されない場合よりも、耐摩耗性を確実に向上させることができる。
【0034】
次に、二硫化モリブデンの体積分率を変化させたサンプルについての評価試験を説明する。
図5Aは、オーバーレイ12に含まれる二硫化モリブデン粒子およびベーマイト粒子の体積分率が、30体積%および0.7体積%であるサンプルSa1と、32体積%および0.4体積%であるサンプルSa2と、34体積%および0.1体積%であるサンプルSa3と、28体積%および1.0体積%であるサンプルSa0と、29体積%および0.85体積%であるサンプルSa01とのそれぞれについての摩耗量の測定結果である。
【0035】
図5Aにおける左右方向の軸は二硫化モリブデンの添加量(体積%)、奥行き方向の軸はベーマイト粒子の添加量(体積%)、上下方向の軸は摩耗試験によって摩耗した樹脂被覆層の摩耗量(μm)である。
図5Aにおいては、上述の5種類のサンプルのそれぞれにおける摩耗試験後の摩耗量が上下方向に延びるグレーの棒グラフの高さによって示されている。すなわち、サンプルSa1の摩耗量は4.0μm,サンプルSa2の摩耗量は4.0μm,サンプルSa3の摩耗量は5.0μm、サンプルSa0の摩耗量は2.0μm、サンプルSa01の摩耗量は2.0μmである。
【0036】
図5Bは、
図5Aに示す摩耗量の評価試験を行うための静荷重軸受試験機を模式的に示す図である。
図5Bに示す試験機においては、相手材によって形成された試験軸Axが、軸を中心にR方向に回転可能である。また、試験軸Axに対しては、同軸となるように円板が取り付けられており、ベルトによって矢印方向にテンションTをかけることが可能である。試験軸AxはサンプルSaを介して軸受され、サンプルSaと試験軸Axとの間には、給油口を介して80℃のエンジンオイル(0W-20)Oが供給される。
【0037】
ベーマイト粒子の体積分率が異なる複数のサンプルSa1~Sa3のそれぞれに対して、テンションTを3000Nに設定し、回転と停止とをそれぞれ15秒ずつ繰り返す運転パターンを21000サイクル実行することで試験を行った。試験後に、各サンプルSa1~Sa3について摩耗量を測定した。なお、樹脂被覆層の摩耗量は、肉厚測定機で測定された肉厚の試験前後の差である。
【0038】
サンプルSa1~Sa3,Sa0,Sa01の摩耗量は、2.0μm~5.0μmである。ここでは、特許文献1に開示された摺動部材と同一種類の硬質物を利用したサンプルを比較例とする。具体的には、オーバーレイ12に含まれる硬質物としてのSiCが0.7体積%であり、固体潤滑剤としてのグラファイトが40体積%である比較例を作成し、サンプルSa1~Sa3,Sa0,Sa01と同一の条件で摩耗量を評価した。この結果、摩耗量は、7μmとなった。従って、本実施形態にかかるサンプルSa1~Sa3,Sa0,Sa01はいずれも、ベーマイト粒子より硬い硬質物が利用された樹脂被覆層と比較して、摩耗量が小さい。
【0039】
図4Aの結果からは、ベーマイト粒子の体積分率が増加するほど摩耗量は減少することがわかる。また、ベーマイト粒子の体積分率が1.0体積%を超えると摩耗量の減少幅は小さくなることがわかる。
図5Aに示すサンプルSa1に着目すると、当該サンプルSa1は、
図4Aにおける試験が行われたサンプルとベーマイト粒子および二硫化モリブデンの体積分率が同一である。従って、
図5Aに示す例において、二硫化モリブデンの体積分率を30%に固定し、ベーマイト粒子の体積分率を増加させた場合に、摩耗量の性質は、
図4Aと同じように変化すると考えられる。このため、ベーマイト粒子の体積分率をサンプルSa1よりも増加させたサンプルにおいては、少なくとも、体積分率が1.0体積%を超えるまで、摩耗量が低下すると考えられる。従って、二硫化モリブデンの体積分率が30体積%である場合において、ベーマイト粒子の体積分率が0.7体積%~1.0体積%の範囲にある摺動部材を製造すれば、比較例の摩耗量と比較して摩耗量が小さく、耐摩耗性が高い摺動部材を得ることができる。
【0040】
一方、
図4Aの結果からは、ベーマイト粒子の体積分率が減少するほど摩耗量は増加すると考えられる。従って、
図5Aに示すサンプルSa1においてベーマイト粒子の体積分率が減少した場合、ベーマイト粒子の体積分率の減少と共に、摩耗量は増加すると考えられる。ここで、
図5Aに示すサンプルSa3に着目すると、サンプルSa3の摩耗量は5.0である。そこで、サンプルSa3のベーマイト粒子の体積分率を変化させず、二硫化モリブデンの体積分率を30体積%まで減少させたサンプルShを仮想的に考える。ベーマイト粒子の体積分率を変化させず、二硫化モリブデンの体積分率を減少させると、替わりにポリアミドイミド樹脂の体積分率が増加することになる。二硫化モリブデンとポリアミドイミド樹脂とを比較すると、ポリアミドイミド樹脂の方が硬く、耐摩耗性の向上に寄与する。従って、二硫化モリブデンの体積分率を減少させ、替わりにポリアミドイミド樹脂の体積分率が増加させると、摩耗量が減少することはあり得るが、摩耗量が増加することはないと考えられる。
図5Aにおいては、サンプルShの摩耗量として考えられる値の上限を白い棒グラフによって示している。以上のことから、二硫化モリブデンの体積分率が30体積%である場合において、ベーマイト粒子の体積分率が0.1体積%~0.7体積%の範囲にある摺動部材を製造すれば、比較例の摩耗量と比較して摩耗量が小さく、耐摩耗性が高い摺動部材を得ることができるといえる。
【0041】
以上のことから、二硫化モリブデンの体積分率が30体積%である場合において、ベーマイト粒子の体積分率が0.1体積%~1.0体積%の範囲にある摺動部材を製造すれば、比較例の摩耗量と比較して摩耗量が小さく、耐摩耗性が高い摺動部材を得ることができるといえる。なお、上述のように、二硫化モリブデンの体積分率を減少させ、替わりにポリアミドイミド樹脂の体積分率を増加させても、摩耗量が増加することはないと考えられる。従って、ベーマイト粒子の体積分率が0.1体積%~1.0体積%の範囲であれば、二硫化モリブデンの体積分率が30体積%より少なくても、耐摩耗性が高い摺動部材が得られると考えられる。例えば、二硫化モリブデンの体積分率が28体積%、29体積%等の値であっても、耐摩耗性が高い摺動部材が得られると考えられる。
【0042】
さらに、
図5Aに示すサンプルSa3に着目し、二硫化モリブデンの体積分率を34%に固定し、ベーマイト粒子の体積分率を増加させた場合を考える。この場合、摩耗量の性質は、
図4Aと同じように変化すると考えられる。このため、ベーマイト粒子の体積分率をサンプルSa3よりも増加させたサンプルにおいては、少なくとも、体積分率が1.0体積%を超えるまで、摩耗量が低下すると考えられる。従って、二硫化モリブデンの体積分率が34体積%である場合において、ベーマイト粒子の体積分率が0.1体積%~1.0体積%の範囲にある摺動部材を製造すれば、比較例の摩耗量と比較して摩耗量が小さく、耐摩耗性が高い摺動部材を得ることができる。
【0043】
サンプルSa2においても、摩耗量の変化は同等であると考えられる。以上のことから、二硫化モリブデンの体積分率が30体積%~34体積%である場合において、ベーマイト粒子の体積分率が0.1体積%~1.0体積%の範囲にある摺動部材を製造すれば、比較例の摩耗量と比較して摩耗量が小さく、耐摩耗性が高い摺動部材を得ることができる。サンプルSa0,Sa01においても、摩耗量の変化は同等であると考えられる。例えば、二硫化モリブデンの体積分率が28体積%、ベーマイト粒子の体積分率が1.0体積%であるサンプルSa0を基準とし、二硫化モリブデンの体積分率を変化させず、ベーマイト粒子の体積分率を0.1体積%となるまで減少させた場合を考える。この場合、ベーマイト粒子の体積分率の減少とともにサンプルの摩耗量が増加すると考えられるが、0.1体積%まで減少させたとしても、その摩耗量は5.0μmより小さいと考えられる。上述のように、サンプルSa3に着目し、ベーマイト粒子の体積分率を変化させず、二硫化モリブデンの体積分率を減少させると、替わりにポリアミドイミド樹脂の体積分率が増加するため、摩耗量が減少することはあり得るが、摩耗量が増加することはないと考えられるからである。このため、サンプルSa0,Sa01のように、二硫化モリブデンの体積分率が28体積%、29体積%のいずれであっても、ベーマイト粒子の体積分率が0.1体積%~1.0体積%の範囲にある摺動部材を製造すれば、比較例の摩耗量と比較して摩耗量が小さく、耐摩耗性が高い摺動部材を得ることができる。
【0044】
図6Aは、オーバーレイ12に含まれる二硫化モリブデン粒子およびベーマイト粒子の体積分率が、28体積%および1.0体積%であるサンプルSa0と、30体積%および0.7体積%であるサンプルSa1と、32体積%および0.4体積%であるサンプルSa2のそれぞれについての焼付面圧の測定結果である。
【0045】
図6Aにおける左右方向の軸は二硫化モリブデンの添加量(体積%)、奥行き方向の軸はベーマイト粒子の添加量(体積%)、上下方向の軸は試験によって計測された焼付面圧(MPa)である。
図6Aにおいては、上述の3種類のサンプルのそれぞれにおける摩耗試験後の焼付面圧が上下方向に延びる棒グラフの高さによって示されている。すなわち、サンプルSa0の焼付面圧は56MPa,サンプルSa1の焼付面圧は77MPa,サンプルSa2の焼付面圧は107MPaである。
【0046】
図6Bは、
図6Aに示す焼付面圧の評価試験を行うための静荷重軸受試験機を模式的に示す図である。
図6Bに示す試験機においては、相手材によって形成された試験軸Axが、軸を中心に回転可能である。試験軸AxはサンプルSaを介して軸受され、サンプルSaと試験軸Axとの間には、給油口を介して140℃のエンジンオイル(0W-20)Oが供給される。サンプルSaには、荷重Nを作用させる部材が連結されており、当該部材にはロードセルLcが連結されている。
【0047】
ベーマイト粒子の体積分率が異なる複数のサンプルSa0~Sa2のそれぞれに対して、荷重Nを作用させる際、荷重は0kN、3kN、6kN・・・と3kNステップで増加される。また、各荷重は3分間維持された後に3kN増加され、荷重が一定の状態で3分間試験軸Axが回転される。回転速度は6400rpmである。本例においては、以上の試験機によって焼き付き荷重を測定した。ここで、焼き付き荷重は、予め決められた温度(焼付きが生じたと想定された温度)に達したときの荷重である。温度は、試験軸Axの軸受等に取り付けた温度センサー等によって測定可能である。
【0048】
サンプルSa0~Sa2の焼付面圧は、56~107MPaである。ここでも特許文献1に開示された摺動部材と同一種類の硬質物を利用したサンプルを比較例とする。具体的には、オーバーレイ12に含まれる硬質物としてのSiCが0.7体積%であり、固体潤滑剤としてのグラファイトが40体積%である比較例を作成し、サンプルSa0~Sa2と同一の条件で焼付面圧を評価した。この結果、焼付面圧は、55MPaとなった。従って、本実施形態にかかるサンプルSa0~Sa2はいずれも、ベーマイト粒子より硬い硬質物が利用された樹脂被覆層と比較して、焼付面圧が大きい。
【0049】
本実施形態においてオーバーレイ12の硬さは、主に、ベーマイト粒子の体積分率およびポリアミドイミド樹脂の体積分率に応じて変化すると考えられる。すなわち、ベーマイト粒子の体積分率が多いほど、硬質物によって樹脂被覆層の摩耗量が少なくなる。また、二硫化モリブデンとポリアミドイミド樹脂とを比較すると、ポリアミドイミド樹脂の方が硬い。従って、ベーマイト粒子の体積分率が同一である場合、ポリアミドイミド樹脂の体積分率が多いほど(二硫化モリブデンの体積分率が少ないほど)、樹脂被覆層の摩耗量が少なくなる。
【0050】
樹脂被覆層が硬い場合、摺動の結果、樹脂被覆層が相手材に倣うことができず、相手材へのなじみ性が低くなり、発熱しやすくなる。従って、本実施形態にかかるオーバーレイ12においては、ベーマイト粒子の体積分率が大きいほど焼付面圧が小さく、ポリアミドイミド樹脂の体積分率が大きいほど焼付面圧が小さくなる。
【0051】
図6Aに示すサンプルSa0に着目すると、当該サンプルSa0よりもベーマイト粒子の体積分率を減少させた場合、二硫化モリブデンの体積分率を増加させた場合(ポリアミドイミド樹脂の体積分率を減少させた場合)の双方ともに、焼付面圧が大きくなる。サンプルSa1,Sa2の焼付面圧は、双方ともにサンプルSa0の焼付面圧よりも大きいので、ベーマイト粒子の体積分率および二硫化モリブデンの体積分率による焼付面圧の変化が、サンプルSa1,Sa2の焼付面圧の値で裏付けられている。
【0052】
以上のことから、少なくとも、ベーマイト粒子の体積分率が1.0体積%より少なく、二硫化モリブデンの体積分率が28体積%より多い摺動部材を製造すれば、比較例の焼付面圧と比較して焼付面圧が大きく、耐焼付性が高い摺動部材を得ることができる。
【0053】
(4)他の実施形態:
上述の実施形態においては、エンジンのクランクシャフトを軸受けするすべり軸受Aを構成する摺動部材1を例示したが、本発明の摺動部材1によって他の用途のすべり軸受Aを形成してもよい。例えば、本発明の摺動部材1によってトランスミッション用のギヤブシュやピストンピンブシュ・ボスブシュ等のラジアル軸受を形成してもよい。
【0054】
基層は、その表面が樹脂被覆層で被覆され、摺動部材の一部を構成する層であれば良い。従って、その組成や形状等は限定されない。また、相手材は、上述の実施形態のような円柱軸に限定されず、平面や球面であってもよい。樹脂被覆層は、基層上に形成されていればよい。すなわち、基層と相手材との接触が生じないように基層が被覆されていればよい。さらに、上述の実施形態において樹脂被覆層の厚さは6μmであるが、厚さは限定されない。すなわち、摺動部材の用途や相手材の材質、摺動部材と相手材との相対速度等に応じて種々の厚さとされてよい。
【0055】
摺動部材は、樹脂被覆層と相手材との間に液体潤滑剤が介在した状態で、摺動部材と相手材との少なくとも一方が回転や往復等の運動をする状態で利用される部材であれば良い。従って、摺動部材は、上述の実施形態のようなラジアル軸受けに限定されず、スラスト軸受であってもよく、各種ワッシャであってもよいし、カーエアコンコンプレッサ用の斜板等であってもよい。
【0056】
固体潤滑剤は、摺動部材の使用環境下で固体の状態であり、当該固体潤滑剤が存在することによって存在しない場合と比較して摺動部材と相手材との間の摩擦係数が小さくなる材料であれば良い。従って、上述の二硫化モリブデンに限定されず、各種の固体潤滑剤、例えば、黒鉛、窒化硼素、二硫化タングステン、PTFE(ポリテトラフルオルエチレン)、フッ化黒鉛、MCA(メラミンシアヌレート)等であってもよい。これらの固体潤滑剤は、1種類が利用されても良いし、2種類以上が利用されても良い。
【0057】
添加剤は、樹脂被覆層に含まれていてもよいし含まれていなくてもよい。添加剤は、各種の用途であってよく、例えば、硫酸バリウムが添加剤として利用されると、添加剤が相手材に移着することによって相手材がコーティングされ、焼付きの発生を抑制することができる。
【0058】
さらに、基層と樹脂被覆層との間には、各種の中間層が形成されていても良い。例えば、基層と樹脂被覆層との接着性を向上させるための層や、基層と樹脂被覆層との相互における材料の拡散を防止するための層が形成されていても良い。
【符号の説明】
【0059】
1…摺動部材、2…相手材、10…裏金、11…ライニング、12…オーバーレイ、A…すべり軸受