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特開2024-78449眼圧下降剤、及び緑内障若しくは高眼圧症の治療剤又は予防剤
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  • 特開-眼圧下降剤、及び緑内障若しくは高眼圧症の治療剤又は予防剤 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024078449
(43)【公開日】2024-06-10
(54)【発明の名称】眼圧下降剤、及び緑内障若しくは高眼圧症の治療剤又は予防剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/662 20060101AFI20240603BHJP
   A61P 27/06 20060101ALI20240603BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20240603BHJP
【FI】
A61K31/662
A61P27/06
A61P43/00 111
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023200712
(22)【出願日】2023-11-28
(31)【優先権主張番号】P 2022189863
(32)【優先日】2022-11-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】594105224
【氏名又は名称】東亜薬品株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】508104880
【氏名又は名称】SANSHO株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】弁理士法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】守田 禎一
(72)【発明者】
【氏名】奥村 公紀
(72)【発明者】
【氏名】篠原 巧
(72)【発明者】
【氏名】石野 美紀
(72)【発明者】
【氏名】林 達之
【テーマコード(参考)】
4C086
【Fターム(参考)】
4C086AA01
4C086AA02
4C086DA35
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZA33
4C086ZC20
(57)【要約】      (修正有)
【課題】新たな眼圧下降剤、並びに緑内障若しくは高眼圧症の新たな治療剤又は予防剤を提供する。
【解決手段】式(1)で示される化合物を有効成分とする、眼圧下降剤、緑内障若しくは高眼圧症の新たな治療剤又は予防剤、並びにROCK阻害剤が提供される。

(式中、Rは、炭素数1~30の直鎖/分岐状アルキル基、炭素数2~30の直鎖/分岐状アルケニル基、又は炭素数2~30の直直鎖/分岐状アルキニル基であり、これらの基はシクロアルカン環又は芳香環を含んでいてもよい。X及びYは独立に、酸素原子、又はメチレン基を示す。Mは、水素原子又はアルカリ金属原子である。)
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(I)で示される化合物を有効成分として含有する、眼圧下降剤。
【化1】
(式中、Rは、炭素数1~30の直鎖状若しくは分岐状アルキル基、炭素数2~30の直鎖状若しくは分岐状アルケニル基、又は炭素数2~30の直鎖状若しくは分岐状アルキニル基であり、これらの基はシクロアルカン環又は芳香環を含んでいてもよい。X及びYはそれぞれ独立に、酸素原子、又はメチレン基を示すが、X及びYが同時にメチレン基になることはない。Mは、水素原子又はアルカリ金属原子である。)
【請求項2】
式(I)において、X又はYの一方が酸素原子であり、他方がメチレン基である、請求項1に記載の剤。
【請求項3】
式(I)で示される化合物が、1-オレオイル環状ホスファチジン酸若しくは1-パルミトオレオイル環状ホスファチジン酸又はそれらの誘導体のカルバ環状ホスファチジン酸である、請求項1又は2に記載の剤。
【請求項4】
眼圧下降が、ROCKの阻害によるものである、請求項1又は2に記載の剤。
【請求項5】
下記式(I)で示される化合物を有効成分として含有する、緑内障若しくは高眼圧症の治療剤又は予防剤。
【化2】
(式中、Rは、炭素数1~30の直鎖状若しくは分岐状アルキル基、炭素数2~30の直鎖状若しくは分岐状アルケニル基、又は炭素数2~30の直鎖状若しくは分岐状アルキニル基であり、これらの基はシクロアルカン環又は芳香環を含んでいてもよい。X及びYはそれぞれ独立に、酸素原子、又はメチレン基を示すが、X及びYが同時にメチレン基になることはない。Mは、水素原子又はアルカリ金属原子である。)
【請求項6】
式(I)において、X又はYの一方が酸素原子であり、他方がメチレン基である、請求項5に記載の剤。
【請求項7】
式(I)で示される化合物が、1-オレオイル環状ホスファチジン酸若しくは1-パルミトオレオイル環状ホスファチジン酸又はそれらの誘導体のカルバ環状ホスファチジン酸である、請求項5又は6に記載の剤。
【請求項8】
緑内障若しくは高眼圧症の治療又は予防が、ROCKの阻害によるものである、請求項5又は6に記載の剤。
【請求項9】
下記式(I)で示される化合物を有効成分として含有する、ROCK阻害剤。
【化3】
(式中、Rは、炭素数1~30の直鎖状若しくは分岐状アルキル基、炭素数2~30の直鎖状若しくは分岐状アルケニル基、又は炭素数2~30の直鎖状若しくは分岐状アルキニル基であり、これらの基はシクロアルカン環又は芳香環を含んでいてもよい。X及びYはそれぞれ独立に、酸素原子、又はメチレン基を示すが、X及びYが同時にメチレン基になることはない。Mは、水素原子又はアルカリ金属原子である。)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、環状ホスファチジン酸又はカルバ環状ホスファチジン酸を有効成分とする、眼圧下降剤、及び緑内障若しくは高眼圧症の治療剤又は予防剤に関する。又は、本発明は、環状ホスファチジン酸又はカルバ環状ホスファチジン酸を有効成分とするROCK阻害剤に関する。
【背景技術】
【0002】
緑内障は、成人における中途失明原因第1位の網膜神経節細胞死を特徴とする進行性の神経変性疾患であり、日本人の40歳以上の緑内障の有病率は約5.0%であるとされる(日本緑内障学会 多治見研究)。緑内障は、「視神経と視野に特徴的な変化を有し、通常、眼圧を十分に下降させることにより視神経障害を改善、若しくは抑制し得る眼の機能的構造的異常を特徴とする疾患である」と定義される(緑内障診療ガイドライン(第5版))。緑内障治療の原則は眼圧下降とされている。
【0003】
また、眼圧が統計学的に定められた正常上限を超えていながら、視神経、視野に異常のない状態を高眼圧症という(緑内障診療ガイドライン(第5版))。高眼圧症患者においては、緑内障発症のリスクが高いことが知られ、緑内障を発症していない段階においても、眼圧下降治療を開始する場合もある。
【0004】
近年、房水中におけるリゾホスファチジン酸(LPA)及びその産生酵素であるオートタキシン(ATX)の濃度が、緑内障患者の全てのサブタイプで有意に高く、ヒト房水中のLPA及びATXの濃度は眼圧と相関することが報告されている。非特許文献1では、緑内障患者においてATX-LPA経路の活性化が、房水流出経路における組織リモデリングにより、房水流出抵抗の増加に寄与する可能性が示されている。そのため、ATX-LPA経路は、流出障害の改善に基づいて眼圧を下降させるための有望な標的である可能性が示唆される。現在までに、ATX阻害作用を有するAiprenonやS32826による、動物モデルにおける眼圧下降効果の報告は存在する(非特許文献1、2)。
【0005】
一方で、本出願人は、LPAと構造が類似した化合物である特定の環状ホスファチジン酸誘導体及びそれらの塩が、関節リウマチや変形性膝関節等の関節症(特許文献1)、アトピー性皮膚炎(特許文献2)、癌の転移及び浸潤の抑制(特許文献3)、並びに肺線維症(特許文献4)、等に優れた予防・治療効果を有することを見出している。また非特許文献3には、2-カルバ環状ホスファチジン酸(2ccPA)がATX/LPAを阻害する特性を有することが記載されている。非特許文献4には、特定の環状ホスファチジン酸誘導体が胚性海馬ニューロンに対して神経栄養作用を示すことが記載されている。
しかしながら、これらの環状ホスファチジン酸誘導体及びそれらの塩が、眼圧下降作用を有することは報告されていない。
【0006】
低分子量GTP結合タンパク質の一つであるRhoは、細胞内において活性型のRho-GTP又は不活性型のRho-GDPとして存在し、種々の細胞膜受容体からのシグナルによって活性化されたRhoキナーゼ(ROCK)により、不活性型のRho-GDPから活性型のRho-GTPへと変換される。活性型のRho-GTPは、アクトミオシン系を介した平滑筋収縮、細胞運動、細胞接着、細胞の形態変化、細胞増殖等の多彩な細胞現象の分子スイッチとして機能していることが明らかにされている。従って、ROCKを阻害すれば、ROCKを介する情報伝達経路の下流に存在する各種細胞現象の応答を抑制し、ROCKが関与する疾患の治療に役立つことができると考えられている。また、ROCK阻害活性化を介して、アクチンストレスファイバー形成が促進され、線維柱帯細胞が収縮し、房水の流出に対する抵抗が上昇し、眼圧が上昇することが知られている。
しかしながら、環状ホスファチジン酸誘導体及びそれらの塩が、ROCK阻害活性を有することは報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第5465815号公報
【特許文献2】特開2012-056853号公報
【特許文献3】特許第4163007号公報
【特許文献4】国際公開第2022/114058号
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Norimichi Nagano, Megumi Honjo, Mitsuyasu Kawaguchi, Hiroshi Nishimasu, Osamu Nureki, Kuniyuki Kano, Junken Aoki, Toru Komatsu, Takayoshi Okabe, Hirotatsu Kojima, Tetsuo Nagano and Makoto Aihara, Development of a Novel Intraocular-Pressure-Lowering Therapy Targeting ATX. Biol Pharm Bull. 2019;42(11):1926-1935.
【非特許文献2】Padma Iyer, Robert Lalane III, Corey Morris, Pratap Challa, Robin Vann and Ponugoti Vasantha Rao, Autotaxin-lysophosphatidic acid axis is a novel molecular target for lowering intraocular pressure. PLoS One. 2012;7(8):e42627.
【非特許文献3】Higuchi T. et al., 2-Carba cyclic phosphatidic acid (2ccPA) suppresses profibrotic activity in Systemic sclerosis skin fibroblasts and bleomycin-induced skin fibrosis in mice. Annals of the Rheumatic Diseases, 2019, Vol. 78, Supplement 2, pp. 447, Abstract Number: THU0333
【非特許文献4】Yuko Fujiwara, Agnes Sebok, Susan Meakin, Tetsuyuki Kobayashi, Kimiko Murakami-Murofushi, Gabor Tigyi, Cyclic phosphatidic acid elicits neurotrophin-like actions in embryonic hippocampal neurons. J Neurochem. 2003 Dec;87(5):1272-83. doi: 10.1046/j.1471-4159.2003.02106.x.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明では、新たな眼圧下降剤、及び緑内障若しくは高眼圧症の新たな治療剤又は予防剤を提供する。又は、本発明は、環状ホスファチジン酸誘導体及びそれらの塩の新たな用途を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、特定の環状ホスファチジン酸誘導体及びそれらの塩が、優れた眼圧下降作用及びROCK阻害活性を有することを見出し、本発明を完成させた。
【0011】
すなわち、本発明は以下に関する。
[1]下記式(I)で示される化合物を有効成分として含有する、眼圧下降剤。
【化1】
(式中、Rは、炭素数1~30の直鎖状若しくは分岐状アルキル基、炭素数2~30の直鎖状若しくは分岐状アルケニル基、又は炭素数2~30の直鎖状若しくは分岐状アルキニル基であり、これらの基はシクロアルカン環又は芳香環を含んでいてもよい。X及びYはそれぞれ独立に、酸素原子、又はメチレン基を示すが、X及びYが同時にメチレン基になることはない。Mは、水素原子又はアルカリ金属原子である。)
[2]式(I)において、X又はYの一方が酸素原子であり、他方がメチレン基である、[1]に記載の剤。
[3]式(I)で示される化合物が、1-オレオイル環状ホスファチジン酸若しくは1-パルミトオレオイル環状ホスファチジン酸又はそれらの誘導体のカルバ環状ホスファチジン酸である、[1]又は[2]に記載の剤。
[4]眼圧下降がROCKの阻害によるものである、[1]~[3]のいずれかに記載の剤。
[5]下記式(I)で示される化合物を有効成分として含有する、緑内障若しくは高眼圧症の治療剤又は予防剤。
【化2】
(式中、Rは、炭素数1~30の直鎖状若しくは分岐状アルキル基、炭素数2~30の直鎖状若しくは分岐状アルケニル基、又は炭素数2~30の直鎖状若しくは分岐状アルキニル基であり、これらの基はシクロアルカン環又は芳香環を含んでいてもよい。X及びYはそれぞれ独立に、酸素原子、又はメチレン基を示すが、X及びYが同時にメチレン基になることはない。Mは、水素原子又はアルカリ金属原子である。)
[6]式(I)において、X又はYの一方が酸素原子であり、他方がメチレン基である、[5]に記載の剤。
[7]式(I)で示される化合物が、1-オレオイル環状ホスファチジン酸若しくは1-パルミトオレオイル環状ホスファチジン酸又はそれらの誘導体のカルバ環状ホスファチジン酸である、[5]又は[6]に記載の剤。
[8]緑内障若しくは高眼圧症の治療又は予防が、ROCKの阻害によるものである、[5]~[7]のいずれかに記載の剤。
[9]下記式(I)で示される化合物を有効成分として含有する、ROCK阻害剤。
【化3】
(式中、Rは、炭素数1~30の直鎖状若しくは分岐状アルキル基、炭素数2~30の直鎖状若しくは分岐状アルケニル基、又は炭素数2~30の直鎖状若しくは分岐状アルキニル基であり、これらの基はシクロアルカン環又は芳香環を含んでいてもよい。X及びYはそれぞれ独立に、酸素原子、又はメチレン基を示すが、X及びYが同時にメチレン基になることはない。Mは、水素原子又はアルカリ金属原子である。)
[10]式(I)において、X又はYの一方が酸素原子であり、他方がメチレン基である、[9]に記載の剤。
[11]式(I)で示される化合物が、1-オレオイル環状ホスファチジン酸若しくは1-パルミトオレオイル環状ホスファチジン酸又はそれらの誘導体のカルバ環状ホスファチジン酸である、[9]又は[10]に記載の剤。
【0012】
[12]下記式(I)で示される化合物を対象に投与することを含む、眼圧を下降させる方法、又は緑内障若しくは高眼圧症を治療若しくは予防する方法。
【化4】
(式中、Rは、炭素数1~30の直鎖状若しくは分岐状アルキル基、炭素数2~30の直鎖状若しくは分岐状アルケニル基、又は炭素数2~30の直鎖状若しくは分岐状アルキニル基であり、これらの基はシクロアルカン環又は芳香環を含んでいてもよい。X及びYはそれぞれ独立に、酸素原子、又はメチレン基を示すが、X及びYが同時にメチレン基になることはない。Mは、水素原子又はアルカリ金属原子である。)
[13]下記式(I)で示される化合物を対象に投与することを含む、ROCKを阻害する方法。
【化5】
(式中、Rは、炭素数1~30の直鎖状若しくは分岐状アルキル基、炭素数2~30の直鎖状若しくは分岐状アルケニル基、又は炭素数2~30の直鎖状若しくは分岐状アルキニル基であり、これらの基はシクロアルカン環又は芳香環を含んでいてもよい。X及びYはそれぞれ独立に、酸素原子、又はメチレン基を示すが、X及びYが同時にメチレン基になることはない。Mは、水素原子又はアルカリ金属原子である。)
[14]眼圧を下降させる方法、又は緑内障若しくは高眼圧症の治療若しくは予防において使用するための、下記式(I)で示される化合物、又は下記式(I)で示される化合物を含む医薬組成物。
【化6】
(式中、Rは、炭素数1~30の直鎖状若しくは分岐状アルキル基、炭素数2~30の直鎖状若しくは分岐状アルケニル基、又は炭素数2~30の直鎖状若しくは分岐状アルキニル基であり、これらの基はシクロアルカン環又は芳香環を含んでいてもよい。X及びYはそれぞれ独立に、酸素原子、又はメチレン基を示すが、X及びYが同時にメチレン基になることはない。Mは、水素原子又はアルカリ金属原子である。)
[15]ROCKを阻害する方法において使用するための、下記式(I)で示される化合物、又は下記式(I)で示される化合物を含む医薬組成物。
【化7】
(式中、Rは、炭素数1~30の直鎖状若しくは分岐状アルキル基、炭素数2~30の直鎖状若しくは分岐状アルケニル基、又は炭素数2~30の直鎖状若しくは分岐状アルキニル基であり、これらの基はシクロアルカン環又は芳香環を含んでいてもよい。X及びYはそれぞれ独立に、酸素原子、又はメチレン基を示すが、X及びYが同時にメチレン基になることはない。Mは、水素原子又はアルカリ金属原子である。)
[16]眼圧下降剤、又は緑内障若しくは高眼圧症の治療剤若しくは予防剤の製造のための、下記式(I)で示される化合物の使用。
【化8】
(式中、Rは、炭素数1~30の直鎖状若しくは分岐状アルキル基、炭素数2~30の直鎖状若しくは分岐状アルケニル基、又は炭素数2~30の直鎖状若しくは分岐状アルキニル基であり、これらの基はシクロアルカン環又は芳香環を含んでいてもよい。X及びYはそれぞれ独立に、酸素原子、又はメチレン基を示すが、X及びYが同時にメチレン基になることはない。Mは、水素原子又はアルカリ金属原子である。)
[17]ROCK阻害剤の製造のための、下記式(I)で示される化合物の使用。
【化9】
(式中、Rは、炭素数1~30の直鎖状若しくは分岐状アルキル基、炭素数2~30の直鎖状若しくは分岐状アルケニル基、又は炭素数2~30の直鎖状若しくは分岐状アルキニル基であり、これらの基はシクロアルカン環又は芳香環を含んでいてもよい。X及びYはそれぞれ独立に、酸素原子、又はメチレン基を示すが、X及びYが同時にメチレン基になることはない。Mは、水素原子又はアルカリ金属原子である。)
[18]式(I)において、X又はYの一方が酸素原子であり、他方がメチレン基である、[12]~[17]のいずれかに記載の方法、化合物、医薬組成物、又は使用。
[19]式(I)で示される化合物が、1-オレオイル環状ホスファチジン酸若しくは1-パルミトオレオイル環状ホスファチジン酸又はそれらの誘導体のカルバ環状ホスファチジン酸である、[12]~[18]のいずれかに記載の方法、化合物、医薬組成物、又は使用。
[20]眼圧下降、緑内障若しくは高眼圧症の治療若しくは予防が、ROCKの阻害によるものである、[12]、[14]、及び[16]~[19]のいずれかに記載の方法、化合物、医薬組成物、又は使用。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、眼圧下降作用を有する新たな治療剤を提供することができる。また、本発明によれば、眼圧下降剤、並びに緑内障若しくは高眼圧症の新たな治療剤又は予防剤を提供することができる。本発明によれば、ROCK阻害作用を有する新たな剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、Dutch種ウサギに2ccPAを点眼投与した時の眼圧値(IOP)及び投与前値に対する眼圧変化量(ΔIOP)を示す。平均値±標準誤差, *: P <0.05, **: P <0.01, 2ccPA投与眼 vs. 対照眼, Student’s t test, n=12
図2図2は、Dutch種ウサギにS32826を点眼投与した時の眼圧値及び投与前値に対する眼圧変化量(ΔIOP)を示す。平均値±標準誤差, 有意差なし, S32826投与眼 vs. 対照眼, Student’s t test, n=12
図3図3は、白色種ウサギ(13週齢)に5 mM 2ccPAを点眼投与した時の眼圧値及び投与前値に対する眼圧変化量(ΔIOP)を示す。平均値±標準誤差, *: P <0.05, 2ccPA投与眼 vs. 対照眼, Student’s t test, n=12
図4図4は、白色種ウサギ(17週齢)に10 mM 2ccPAを点眼投与した時の眼圧値及び投与前値に対する眼圧変化量(ΔIOP)を示す。平均値±標準誤差, *: P <0.05, **: P <0.01, 2ccPA投与眼 vs. 対照眼, Student’s t test, n=12
図5図5は、2ccPAのROCK活性阻害作用を検討した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
(本発明の化合物)
本発明の眼圧下降剤、又は緑内障若しくは高眼圧症の治療剤又は予防剤は、環状ホスファチジン酸(cPA)若しくはカルバ環状ホスファチジン酸(ccPA)又はそれらの塩を有効成分として含む。環状ホスファチジン酸若しくはカルバ環状ホスファチジン酸又はその塩としては本発明の効果を示すものであれば特に限定されないが、下記式(I)で示される化合物を使用することができる。
【0016】
【化10】
【0017】
(式中、Rは、炭素数1~30の直鎖状若しくは分岐状アルキル基、炭素数2~30の直鎖状若しくは分岐状アルケニル基、又は炭素数2~30の直鎖状若しくは分岐状アルキニル基であり、これらの基はシクロアルカン環又は芳香環を含んでいてもよい。X及びYはそれぞれ独立に、酸素原子、又はメチレン基を示すが、X及びYが同時にメチレン基になることはない。Mは、水素原子又はアルカリ金属原子である。)
【0018】
式(I)において、置換基Rが示す炭素数1~30の直鎖状若しくは分岐状アルキル基の具体例としては、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、ウンデシル基、ドデシル基、トリデシル基、テトラデシル基、ペンタデシル基、ヘキサデシル基、ヘプタデシル基、オクタデシル基、ノナデシル基、エイコシル基等が挙げられる。
【0019】
置換基Rが示す炭素数2~30の直鎖状若しくは分岐状アルケニル基の具体例としては、例えば、アリル基、ブテニル基、オクテニル基、デセニル基、ドデカジエニル基、ヘキサデカトリエニル基等が挙げられ、より具体的には、8-デセニル基、8-ウンデセニル基、8-ドデセニル基、8-トリデセニル基、8-テトラデセニル基、8-ペンタデセニル基、8-ヘキサデセニル基、8-ヘプタデセニル基、8-オクタデセニル基、8-イコセニル基、8-ドコセニル基、ヘプタデカ-8,11-ジエニル基、ヘプタデカ-8,11,14-トリエニル基、ノナデカ-4,7,10,13-テトラエニル基、ノナデカ-4,7,10,13,16-ペンタエニル基、ヘニコサ-3,6,9,12,15,18-ヘキサエニル基等が挙げられる。
【0020】
置換基Rが示す炭素数2~30の直鎖状若しくは分岐状アルキニル基の具体例としては、例えば、8-デシニル基、8-ウンデシニル基、8-ドデシニル基、8-トリデシニル基、8-テトラデシニル基、8-ペンタデシニル基、8-ヘキサデシニル基、8-ヘプタデシニル基、8-オクタデシニル基、8-イコシニル基、8-ドコシニル基、ヘプタデカ-8,11-ジイニル基等が挙げられる。
【0021】
上記のアルキル基、アルケニル基又はアルキニル基に含有され得るシクロアルカン環の具体例としては、例えば、シクロプロパン環、シクロブタン環、シクロペンタン環、シクロヘキサン環、シクロオクタン環等が挙げられる。シクロアルカン環は、1個以上のヘテロ原子を含んでいてもよく、そのような例としては、例えば、オキシラン環、オキセタン環、テトラヒドロフラン環、N-メチルプロリジン環等が挙げられる。
【0022】
上記のアルキル基、アルケニル基又はアルキニル基に含有されうる芳香環の具体例としては、例えば、ベンゼン環、ナフタレン環、ピリジン環、フラン環、チオフェン環等が挙げられる。
【0023】
従って、置換基Rがシクロアルカン環によって置換されたアルキル基である場合の具体例としては、例えば、シクロプロピルメチル基、シクロヘキシルエチル基、8,9-メタノペンタデシル基等が挙げられる。
【0024】
置換基Rが芳香環によって置換されたアルキル基である場合の具体例としては、ベンジ
ル基、フェネチル基、p-ペンチルフェニルオクチル基等が挙げられる。
【0025】
Rは、好ましくは、炭素数9~17の直鎖状若しくは分岐状アルキル基、炭素数9~17の直鎖状若しくは分岐状アルケニル基、又は炭素数9~17の直鎖状若しくは分岐状アルキニル基である。Rは、さらに好ましくは、炭素数9、11、13、15若しくは17の直鎖状若しくは分岐状アルキル基、又は炭素数9、11、13、15若しくは17の直鎖状若しくは分岐状アルケニル基である。Rは、特に好ましくは、炭素数9、11、13、15又は17の直鎖状若しくは分岐状アルケニル基である。
【0026】
一般式(I)で示される化合物中のX及びYはそれぞれ独立に、酸素原子(-O-)又はメチレン基(-CH-)を示すが、X及びYが同時にメチレン基になることはない。即ち、X及びYの組み合わせは以下の3通りである。
(I)Xが酸素原子であり、Yが酸素原子である。
(2)Xが酸素原子であり、Yがメチレン基である。
(3)Xがメチレン基であり、Yが酸素原子である。
【0027】
式(I)で示される環状ホスファチジン酸誘導体中のMは、水素原子又はアルカリ金属原子である。アルカリ金属原子としては、例えば、リチウム、ナトリウム、カリウムなどが挙げられ、ナトリウムが特に好ましい。
【0028】
本発明で用いられる式(I)で示される化合物の具体例としては、1位アシル基として、Rが炭素原子数17のアルケニル基であるオレオイル基(C18:1と略す)、Rが炭素原子数15のアルケニル基であるパルミトオレオイル基(C16:1と略す)、Rが炭素原子数17のリノレオイル基(C18:3と略す)、Rが炭素原子数15のパルミトイル基(C16:0と略す)、Rが炭素原子数11のラウロイル基(C12:0と略す)、Rが炭素原子数19のアラキドノイル基(C20:4と略す)、Rが炭素原子数17のリノレニル基(C18:2と略す)又はRが炭素原子数17のステアロイル基(C18:0と略す)を有する環状ホスファチジン酸及びカルバ環状ホスファチジン酸誘導体が特に好ましい。
【0029】
式(I)の化合物はその置換基の種類に応じて、位置異性体、幾何異性体、互変異性体、又は光学異性体のような異性体が存在する場合があるが、全ての可能な異性体、並びに2種類以上の該異性体を任意の比率で含む混合物も本発明の範囲内のものである。
【0030】
また、式(I)の化合物は、水又は各種溶媒との付加物(水和物又は溶媒和物)の形で存在することもあるが、これらの付加物も本発明の範囲内のものである。さらに、式(I)の化合物及びその塩の任意の結晶形も本発明の範囲内のものである。
【0031】
式(I)で示される化合物の結晶形としては、例えば、特許第6736466号公報に記載されている環状ホスホン酸ナトリウム塩の結晶等が挙げられる。特許第6736466号公報においては、環状ホスホン酸エステルと、ハロゲン化ナトリウムとを、有機溶媒中で反応させて、2ccPA(2-カルバ環状ホスファチジン酸)を得る工程、及び上記工程で得られた2ccPAを含有する溶液を減圧下で濃縮するか、又は上記工程で得られた2ccPAを含有する溶液を冷却することにより、結晶を析出させる工程により、環状ホスホン酸ナトリウム塩の結晶を製造することが記載されている。式(I)で示される化合物の結晶型は、特許第6736466号公報に記載されている方法により製造したものでもよく、上記以外の方法により製造したものでもよい。
【0032】
(本発明の化合物の製造方法)
一般式(I)で示される化合物のうちX及びYが酸素原子である化合物は、例えば、特開平5-230088号公報、特開平7-149772号公報、特開平7-258278号公報、特開平9-25235号公報に記載の方法等に準じて化学的に合成することができる。
【0033】
また、一般式(I)で示される化合物のうちX及びYが酸素原子である化合物は、特開2001-178489号公報に記載の方法に準じてリゾ型リン脂質にホスホリパーゼDを作用させることによって合成することもできる。ここで用いるリゾ型リン脂質は、ホスホリパーゼDを作用し得るリゾ型リン脂質であれば特に限定されない。リゾ型リン脂質は多くの種類が知られており、脂肪酸種が異なるもの、エーテル又はビニルエーテル結合をもった分子種等が知られており、これらは市販品として入手可能である。ホスホリパーゼDとしては、キャベツや落花生などの高等植物由来のものやStreptomyces chromofuscus, Actinomadula sp.等の微生物由来のものが市販試薬として入手可能であるが、Actinomadula sp. No.362由来の酵素によって極めて選択的に環状ホスファチジン酸が合成される(特開平11-367032号明細書)。リゾ型リン脂質とホスホリパーゼDとの反応は、酵素が活性を発現できる条件であれば特に限定されないが、例えば、塩化カルシウムを含有する酢酸緩衝液(pH5~6程度)中で室温から加温下(好ましくは37℃程度)で1から5時間程度反応させることにより行う。生成した環状ホスファチジン酸誘導体は、常法に準じて、抽出、カラムクロマトグラフィー、薄層クロマトグラフィー(TLC)などにより精製することができる。
【0034】
また、一般式(I)で示される化合物のうちXが酸素原子であり、Yがメチレン基である化合物は、文献記載の方法(Kobayashi,S.,他,Tetrahedron Letters 34,4047-4050(1993))に準じて合成することができ、また国際公開WO2002/094286号公報に記載の方法により合成することができる。具体的な合成経路の一例を以下に示す。
【0035】
【化11】
【0036】
上記においては、先ず、市販の(R)-ベンジルグリシジルエーテル(1)をBF3・Et2Oで活性化させ、メチルホスホン酸ジメチルエステルにn-BuLiを作用させて得られるリチオ体を反応させることでアルコール(2)を得る。
得られたアルコールを、トルエン中で過剰のp-トルエンスルホン酸のピリジニウム塩を用いて80℃で反応させることにより、環化体(3)を得る。この環化体を、水素雰囲気下で20% Pd(OH)2-Cを用いて加水素分解し、脱ベンジル化を行う(4)。縮合剤として1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩を用いて、脂肪酸と反応させてカップリング体(5)を得る。次に、求核剤としてブロモトリメチルシランを用いて、メチル基だけを位置選択的に除去し、環状ホスホン酸(6)を得る。これを、エーテルを用いて分液ロートに移しこみ、少量の0.02Nの水酸化ナトリウム水溶液を滴下して、分液操作を行い、ナトリウム塩(7)として目的化合物を抽出、精製する。
【0037】
また、一般式(1)で示される化合物のうちXがメチレン基であり、Yが酸素原子である化合物は、特開2004-010582号公報又は国際公開WO03/104246号公報に記載の方法により合成することができる。
【0038】
(用途)
眼圧下降
本発明の一つの態様によれば、一般式(I)で示される化合物を有効成分として含有する眼圧下降剤が提供される。眼圧を下降させることで、眼圧上昇により視神経や視野に異常をきたした状態を改善することができる。改善とは、眼圧下降により、視神経、視野等に関する所見を向上させるだけでなく、維持すること、及び所見の悪化を予防することを含む。
【0039】
正常眼圧は、人種、年齢、性別、季節等により、様々に定義されるが、例えば日本緑内障学会の多治見研究においては、眼圧の正常上限は19.9~20.0 mmHgとされる。
眼圧は、一般には、眼圧計を用いて、角膜を変形させ、その変形が生じる前の眼圧を推定することにより測定される。眼圧計としては圧平眼圧計が一般的に用いられるが、近年では反跳式眼圧計も用いられる。
【0040】
緑内障の治療又は予防
本発明の一つの態様によれば、一般式(I)で示される化合物を有効成分として含有する緑内障の治療剤又は予防剤が提供される。現在、緑内障に対するエビデンスに基づいた唯一確実な治療法は眼圧下降であるといわれ、眼圧下降によって緑内障の発症も進行も抑制されることが支持されている。
緑内障は、眼圧上昇をきたし得る疾患及び要因により、主に原発緑内障、続発緑内障、小児緑内障に分類される。
原発緑内障は、眼圧上昇を他の疾患に求めることのできない緑内障とされ、隅角所見等により、広義の原発開放隅角緑内障と原発閉塞隅角緑内障に大別される。隅角とは、角膜と水晶体の間における房水の流出口である。広義の原発開放隅角緑内障には、正常眼圧緑内障も含まれる。正常眼圧緑内障とは、緑内障性視神経症の発生進行過程において、眼圧が常に統計学的に決定された正常値にとどまるサブタイプと定義される。正常眼圧緑内障においては、眼圧が正常範囲でも視神経症の発症に眼圧が関与することが知られる。
続発緑内障は、他の眼疾患、全身疾患、薬物使用等に起因して眼圧上昇が生じる緑内障とされ、眼圧上昇原因により、主に続発性開放隅角緑内障と続発性閉塞隅角緑内障に分けられる。
小児緑内障は、胎生期の隅角発育異常や他の疾患、要因により小児期に眼圧上昇をきたす緑内障とされ、大きくは原発性と続発性に分けられる。
【0041】
緑内障治療における目標眼圧は、緑内障病期、無治療時眼圧、年齢、死や障害の進行度、家族歴、多癌の状況等の危険因子を総合的に勘案し、症例ごとに設定されるが、例えば、緑内障病期に応じて、初期例19 mmHg以下、中期例16 mmHg以下、後期例14 mmHg以下とすることができる。
【0042】
高眼圧症の治療又は予防
本発明の一つの態様によれば、一般式(I)で示される化合物を有効成分として含有する高眼圧症の治療剤又は予防剤が提供される。高眼圧症とは、眼圧が統計学的に定められた正常上限を超えていながら、視神経や視野に異常のない状態とされる。眼圧の正常上限は、例えば、日本緑内障学会の多治見研究においては、19.9~20.0 mmHgとされる。高眼圧症患者は、症状の進行により、緑内障を発症しやすいことが知られる。
【0043】
治療とは、対象における緑内障若しくは高眼圧症に関する症状、又は眼圧等の所見等を改善するだけでなく、維持することも含む。予防とは、対象における緑内障若しくは高眼圧症の発症を阻止すること、及び少なくとも緑内障若しくは高眼圧症の発症の可能性を減少させることを含む。
【0044】
ROCK阻害
本発明の一つの態様によれば、一般式(I)で示される化合物を有効成分として含有するROCK阻害剤が提供される。ROCK(Rho-associated coiled-coil-containing protein kinase、Rho-associated coiled-coil forming kinase、Rho-associated protein kinase、Rho- kinase等と称されるキナーゼの略称)は、主に細胞骨格に作用して細胞の形態や動きを制御する役割を担うキナーゼである。ROCK阻害活性は、当業者であれば任意の方法で確認することができる。例えば、本実施例に記載されるような専用のキットを使用するROCK活性アッセイによりROCK阻害活性を評価することができる。このキットは、ROCKに特異的な生物学的反応を免疫学的手法により測定できるものである。本発明のROCK阻害剤は、ある態様においては、生体に投与されることを意図するものであるが、別の態様では、生体に投与されることを意図しないものである。生体に投与されることを意図しないものの非限定的な例としては、in vitroの実験に使用することを目的とするものが挙げられる。
【0045】
本発明の一つの態様によれば、一般式(I)で示される化合物を有効成分として含有する、ROCK関連疾患の治療剤又は予防剤が提供される。ROCK関連疾患とは、ROCKの活性化に起因する疾患を指し、例えば、緑内障、高眼圧症、脳血管攣縮、肺高血圧症、狭心症が挙げられる。
【0046】
(作用機序)
一般式(I)で示される化合物は、(1)細胞内Ca2+濃度上昇の抑制、(2)Rho/ROCK活性化の抑制、及び(3)YAP/TAZ活性化の抑制のうちの1以上のメカニズムを介して眼圧を下降することが想定される。
(1)細胞内Ca2+濃度の上昇を介して、ミオシン軽鎖のリン酸化が促進され、線維柱帯細胞が収縮し、房水の流出に対する抵抗が上昇し、眼圧が上昇することが知られる。
(2)Rhoタンパク質によるRho依存性タンパク質リン酸化酵素であるROCKの活性化を介して、アクチンストレスファイバー形成が促進され、線維柱帯細胞が収縮し、房水の流出に対する抵抗が上昇し、眼圧が上昇することが知られている。
(3)細胞増殖等に関連する遺伝子の発現を誘導する転写共役因子であるYAP/TAZの活性化を介して、細胞外マトリックスの沈着が促進され、房水の流出に対する抵抗が上昇し、眼圧が上昇することが知られる(上記(1)~(3)について非特許文献4を参照)。
【0047】
一つの態様において、本発明による眼圧下降は、ROCKの阻害によるものである。別の態様において、本発明による緑内障若しくは高眼圧症の治療又は予防は、ROCKの阻害によるものである。本発明において眼圧下降又は緑内障若しくは高眼圧症の治療若しくは予防がROCKの阻害によるものであるという場合、例えば、本実施例に記載されるキットを使用するROCK活性アッセイにより測定される、ROCKに対する50%阻害濃度(IC50)が、ROCK阻害の陽性対照であるY-27632のIC50に対して少なくとも100倍以下であるか、又は90倍以下、80倍以下、70倍以下、60倍以下若しくは55倍以下である。
【0048】
(剤形、添加剤、投与方法、用法、用量等)
本発明の眼圧下降剤、緑内障若しくは高眼圧症の治療剤若しくは予防剤、又はROCK阻害剤は、1又は2以上の製剤学的に許容される製剤用添加物と有効成分である式(I)で示される化合物とを含む医薬組成物の形態で提供されることが好ましい。
【0049】
本発明の眼圧下降剤、緑内障若しくは高眼圧症の治療剤若しくは予防剤、又はROCK阻害剤は、種々の形態で投与することができるが、好適な投与形態は、点眼剤である。点眼剤は、有効成分である一般式(I)で示される化合物に1又は2以上の製剤学的に許容される製剤用添加物を加え、溶解剤等に溶解若しくは懸濁して一定用量とすること、又は有効成分に添加剤を加えたものを容器に充填することにより製造される。
【0050】
本発明の眼圧下降剤、緑内障若しくは高眼圧症の治療剤若しくは予防剤、又はROCK阻害剤の製造に用いられる製剤用添加物の種類は特に限定されず、当業者が適宜選択可能である。
例えば、点眼剤を製造する場合の製剤用添加物としては、涙液と等張にするための等張化剤、pH調節剤、可溶化剤、安定化剤、緩衝剤、防腐剤、粘稠化剤等が挙げられる。等張化剤としては、例えば、塩化ナトリウム、硝酸ナトリウム、ホウ酸等を用いることができる。可溶化剤としては、例えば、ポリソルベート80、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油60、マクロゴール4000等を用いることができる。安定化剤としては、例えば、エデト酸若しくはその塩の水和物、エチレンジアミン、トコフェロール、アスコルビン酸等を用いることができる。緩衝剤としては、例えば、クエン酸若しくはその塩、リン酸若しくはその塩、ホウ酸若しくはその塩、炭酸若しくはその塩等を用いることができる。防腐剤としては、例えば、パラオキシ安息香酸エステル類、ベンジルアルコール、クロロブタノール、ベンザルコニウム塩化物、ベンゼトニウム塩化物等を用いることができる。粘稠化剤としては、例えば、メチルセルロース、エチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシエチルメチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルエチルセルロース、酢酸フタル酸セルロース、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール、カルボキシビニルポリマー、ポリエチレングリコール、ヒアルロン酸ナトリウム、コンドロイチン硫酸ナトリウム、ポリアクリル酸等を用いることができる。点眼剤を充填する容器が多回投与容器である場合には、微生物の生育を阻止するのに十分な量の保存剤を加えることができる。保存剤としては、例えば、パラオキシ安息香酸エステル類、ベンジルアルコール、クロロブタノール、ベンザルコニウム塩化物、ベンゼトニウム塩化物等を用いることができる。
【0051】
点眼剤の溶解剤としては、人体に無害であり、治療効果を妨げるものでなければ特に限定されないが、例えば、滅菌精製水、注射用水等の水性溶剤、及び植物油、プロピレングリコール類、ポリエチレングリコール類等の非水性溶剤を用いることができる。
【0052】
点眼剤の種類は、任意であってよく、例えば、水性溶剤に有効成分等が溶解した水性点眼剤、水性溶剤に有効成分等が懸濁した水性懸濁性点眼剤、非水性溶剤に有効成分等が溶解した非水性点眼剤、非水性溶剤に有効成分等が懸濁した非水性懸濁性点眼剤、用事溶解若しくは懸濁して用いる粉末点眼剤等とすることができる。
【0053】
本発明の眼圧下降剤、緑内障若しくは高眼圧症の治療剤若しくは予防剤、又はROCK阻害剤は、ヒト等の哺乳動物に投与することができる。
本発明の眼圧下降剤、緑内障若しくは高眼圧症の治療剤若しくは予防剤、又はROCK阻害剤の投与量は、点眼剤とする場合においては、例えば、1日の投与量は0.01~10000μg、好ましくは0.05~5000μg、より好ましくは0.1~3000μg、さらに好ましくは0.5~2000μgとすることができ、対象の年齢、症状、目標眼圧等により適宜増減してよい。また、1日1回、2回、3回、4回又はそれ以上に分けて投与することができる。また、点眼剤中における有効成分である一般式(I)で示される化合物の濃度は、例えば、0.0001~5w/v%、好ましくは0.001~3w/v%、より好ましくは0.01~1w/v%、又は0.0025~125mM、好ましくは0.025~75mM、より好ましくは0.25~25mMとすることができる。
【0054】
本発明の眼圧下降剤、緑内障若しくは高眼圧症の治療剤若しくは予防剤、又はROCK阻害剤の用法、用量は、点眼剤とする場合において、投与する対象の眼圧、緑内障の病期、症状の程度等に応じて設定することができる。例えば、眼圧が正常上限を超えている場合と超えていない場合(いずれの場合も緑内障と診断されている対象及び診断されていない対象を含む)、緑内障の病期が初期である場合と後期である場合、眼底変化、視野障害等に進行が認められる場合と認められない場合等において、それぞれ別個に用法、用量を設定することができる。具体的には、以下に限定されるものではないが、例えば、高眼圧の対象、すなわち眼圧が正常上限を超えている対象に対する用法、用量は、1日1回、2回、3回、4回若しくはそれ以上とすることができ、正常眼圧の対象、すなわち眼圧が正常上限を超えていない対象に対する用法、用量は、1日1回、2回、3回、4回、5回若しくはそれ以上とすることができ、高眼圧と正常眼圧の場合に対する用法、用量は、異なるものであってもよい。眼圧の正常上限とは、例えば、日本緑内障学会多治見研究を参照すれば、19.9~20.0mmHgとすることができる。緑内障の病期は、主に緑内障性視神経障害所見、緑内障性視野障害所見等によって分類され、その分類法としては、Aulhorn分類Greve変法、Anderson分類、潮崎分類等が知られる。
【0055】
また、本発明の眼圧下降剤、緑内障若しくは高眼圧症の治療剤若しくは予防剤、又はROCK阻害剤の用法、用量は、点眼剤中における有効成分である一般式(I)で示される化合物の濃度によって変えることができるものであってよい。例えば、以下に限定されるものではないが、点眼剤中における有効成分である一般式(I)で示される化合物の濃度が、0.2w/v%以下若しくは5mM以下の場合、その用法、用量は、1日1回、2回、3回、4回、5回若しくはそれ以上とすることができ、0.2w/v%超若しくは5mM超の場合とは異なるものであってもよい。
【0056】
本発明の眼圧下降剤、緑内障若しくは高眼圧症の治療剤若しくは予防剤、又はROCK阻害剤は、他剤と併用することが可能である。併用には、他剤と同時に、並行して若しくは連続して投与すること、並びに、他剤との配合剤として投与することが含まれる。眼圧下降作用を有する他剤との併用においては、本発明の有効成分である一般式(I)で示される化合物と他剤に含まれる有効成分の眼圧下降作用機序は、異なるものであることが望ましい。また、本発明の有効成分である一般式(I)で示される化合物と他剤に含まれる有効成分は、併用禁忌に当たるような薬物相互作用を有しないことが望ましい。
【0057】
ある態様では、本発明のROCK阻害剤の投与形態は、非経口投与(例えば、静脈内、動脈内、筋肉内、皮下又は皮内等への注射剤、直腸内投与、経粘膜投与など)であってもよく、例えば、静脈内投与、皮下投与、筋肉内投与、又は動脈内投与されるものであってよい。ある態様では、注射剤は、点滴静注されるものである。
注射剤は、有効成分である一般式(I)で示される化合物に1又は2以上の製剤学的に許容される製剤用添加物を加え、溶解剤等に溶解若しくは懸濁して一定用量とすること、又は有効成分に添加剤を加えたものを容器に充填することにより製造される。
【0058】
注射剤の製造に用いられる製剤用添加物の種類は特に限定されず、当業者が適宜選択可能である。例えば、注射剤を製造する場合の製剤用添加物としては、溶解剤、溶解補助剤、等張化剤、pH調節剤、安定化剤、緩衝剤、防腐剤、粘稠化剤等が挙げられる。
注射剤を製造する場合の製剤用添加物の具体例としては、注射用蒸留水、生理食塩水、プロピレングリコール、界面活性剤等の水性若しくは用時溶解型注射剤を構成し得る溶解剤又は溶解補助剤;ブドウ糖、塩化ナトリウム、D-マンニトール、グリセリン等の等張化剤;無機酸、有機酸、無機塩基、有機塩基等のpH調節剤が挙げられる。
【0059】
注射剤で投与する場合、例えば、1日の投与量は0.01~10000μg、好ましくは0.05~5000μg、より好ましくは0.1~3000μg、さらに好ましくは0.5~2000μgとすることができ、対象の年齢、症状、目標眼圧等により適宜増減してよい。また、例えば、1日1回、2回、3回、4回又はそれ以上に分けて投与することができる。また、注射剤中における有効成分である一般式(I)で示される化合物の濃度は、例えば、0.0001~50w/v%、好ましくは0.001~30w/v%、より好ましくは0.01~10w/v%、又は0.0025~1250mM、好ましくは0.025~750mM、より好ましくは0.25~250mMとすることができる。
【0060】
ある態様では、本発明のROCK阻害剤は、経口剤として投与とすることができる。経口剤の種類は、任意であってよく、例えば、錠剤、顆粒剤、カプセル剤、散剤、溶液剤、懸濁剤、シロップ剤等とすることができる。
経口剤は、有効成分である一般式(I)で示される化合物に1又は2以上の製剤学的に許容される製剤用添加物を加え、当業者に周知の方法により製造することができる。
【0061】
経口剤の製造に用いられる製剤用添加物の種類は特に限定されず、当業者が適宜選択可能である。例えば、賦形剤、崩壊剤又は崩壊補助剤、結合剤、滑沢剤、コーティング剤、基剤、溶解剤又は溶解補助剤、分散剤懸濁剤、乳化剤、緩衝剤、抗酸化剤、防腐剤、等張化剤、pH調節剤、溶解剤、安定化剤等を用いることができる。
【0062】
経口投与用の製剤の調製に用いることができる製剤用添加物の具体例としては、例えば、ブドウ糖、乳糖、D-マンニトール、デンプン、又は結晶セルロース等の賦形剤;カルボキシメチルセルロース、デンプン、又はカルボキシメチルセルロースカルシウム等の崩壊剤又は崩壊補助剤;ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、又はゼラチン等の結合剤;ステアリン酸マグネシウム又はタルク等の滑沢剤;ヒドロキシプロピルメチルセルロース、白糖、ポリエチレングリコール又は酸化チタン等のコーティング剤;ワセリン、流動パラフィン、ポリエチレングリコール、ゼラチン、カオリン、グリセリン、精製水、又はハードファット等の基剤が挙げられる。
【0063】
経口剤で投与する場合、例えば、1日の投与量は0.01~10000μg、好ましくは0.05~5000μg、より好ましくは0.1~3000μg、さらに好ましくは0.5~2000μgとすることができ、対象の年齢、症状、塘路経路などの条件により適宜増減してよい。また、例えば、1日1回、2回、3回、4回又はそれ以上に分けて投与することができる。
【実施例0064】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれにより限定して解釈されるものではない。
【0065】
<材料>
(1)被験物質及び媒体
(1-1)被験物質
2-カルバ環状ホスファチジン酸Na:
【化12】
【0066】
(1-2)媒体
日本薬局方 生理食塩液(生理食塩液)
【0067】
(2)試験系
(2-1)高眼圧モデル
ウサギ(Dutch種、雄性、北山ラベス株式会社から購入(体重2.00~2.49kgで指定して購入))
【0068】
(2-2)正常眼圧モデル
ウサギ(日本白色種、雄性、北山ラベス株式会社から購入(試験時13~17週齢))
【0069】
(3)投与液の調製
被験物質に、所定の濃度になるように生理食塩液を加え、ボルテックスミキサーで攪拌して溶解し、投与液を調製した。
【0070】
試験例1.高眼圧有色ウサギを用いた2ccPAの眼圧下降作用の検討
先天的に高眼圧を示すことが知られているDutch種ウサギを用いて、2ccPAの眼圧下降作用を検討した。
ウサギ(Dutch種、n=12)の片眼に、1眼あたり70μLの2ccPA生理食塩液溶解液(5mM)を、対眼に70μLの生理食塩液を単回点眼投与し、投与前、投与後0.5、1、2及び5時間に眼圧を測定して比較した。
【0071】
その結果、2ccPA投与眼において、対照眼に対して、投与後1及び2時間時点で統計学的有意差を伴う眼圧の低値がみられた(図1)。
【0072】
比較例1.高眼圧有色ウサギを用いた他剤の眼圧下降作用の検討
既報告例(非特許文献2)を基に、ATX阻害作用を示す他の化合物S32826について、in vivoでの眼圧下降作用を検討した。
ウサギ(Dutch種、n=12)の片眼に、1眼あたり70μLのS32826滅菌蒸留水溶液(5mM)を、対眼に70μLの滅菌蒸留水を単回点眼投与し、投与前、投与後0.5、1、2及び5時間に眼圧を測定した。
【0073】
その結果、S32826投与眼において、対照眼に対して、眼圧値及び投与前値に対する眼圧変化量(ΔIOP)に滅菌蒸留水投与眼との明らかな差はみられなかった(図2)。
【0074】
試験例2.正常眼圧白色ウサギを用いた2ccPAの眼圧下降作用の検討
健常な白色種ウサギを用いて、2ccPAの眼圧下降作用を検討した。また、2ccPAの眼圧下降作用において用量依存性が認められるかを検討した。
ウサギ(日本白色種、n=12)の片眼に、1眼あたり50μLの2ccPA生理食塩液溶解液(5, 10mM)を、対眼に50μLの生理食塩液を単回点眼投与し,投与前、投与後0.5、1、2及び5時間に眼圧を測定して比較した。
【0075】
その結果、2ccPA投与眼において、対照眼に対して、5mM投与群においては投与後1時間時点で(図3)、10mM投与群においては投与後0.5~2時間時点で(図4)、統計学的有意差を伴う眼圧の低値がみられた。さらに、2ccPA投与液濃度の増加に伴い、眼圧下降作用の増大が認められた(図3図4)。
【0076】
試験例3.2ccPAのROCK活性阻害作用の検討
ROCK活性測定キット(CycLex Rho-kinase Assay Kit, Cat#:CY-1160, MEDICAL&BIOLOGICAL LABORATORIES CO., LTD)を用い、2ccPAの直接的なROCK(Rho-kinase associated kinase)阻害活性を測定した。
【0077】
まず、測定用サンプルとして2ccPAの0.01、0.3、1、3、10、30、100及び300 μmol/L 水溶液を、試験系の陽性対照サンプルとして既知のROCK阻害剤Y-27632の0.01、0.1、0.3、1、3、10、30及び100 μmol/L水溶液を調製した。次に、キット添付の96穴マイクロプレートにkinase reaction bufferをウエルあたり80 μL分注し、そこへ測定用サンプル又は陽性対照サンプルをウエル毎に10 μL添加した。さらに、ROCK酵素溶液を10 μL添加して良く混合し、室温(25℃)下で30分間インキュベートした。洗浄用bufferで各ウエルを5回洗浄し、検出用抗体溶液を100 μL滴下し、室温(25℃)下で30分間インキュベートした。洗浄用緩衝液で各ウエルを5回洗浄し、発色用試薬溶液を100 μL滴下し、室温(25℃)下で10分間インキュベートした。その後、発色停止液を100 μL添加し、マイクロプレートリーダーを用いて測定した波長450 nmにおける吸光度値(A450)から対照波長(540nm)の吸光度値を差し引いた値を算出し、それをROCK活性値とした。
【0078】
2ccPA及びY-27632の各濃度におけるROCK活性値を図5に示す。2ccPA及びY-27632は、それぞれ10 μmol/L及び0.1 μmol/L以上の濃度でROCK活性阻害を示した。当該測定キットを用いて測定した場合の2ccPA及びY-27632のROCKに対する50%活性阻害濃度は、2ccPAで約15.4 μmol/L、Y-27632で約0.298 μmol/Lであった。
【0079】
(発明の詳細な説明において引用した文献)
非特許文献5:Amy O'Regan MB, Colm J. O'Brien, Frcs Farvo et al. The lysophosphatidic acid axis in fibrosis: Implications for glaucoma. Wound Rep Reg. 2021;29:613-626
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