IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社高速道路総合技術研究所の特許一覧 ▶ 東日本高速道路株式会社の特許一覧 ▶ 中日本高速道路株式会社の特許一覧 ▶ 西日本高速道路株式会社の特許一覧 ▶ オリエンタル白石株式会社の特許一覧

特開2024-7856既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法
<>
  • 特開-既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法 図1
  • 特開-既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法 図2
  • 特開-既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法 図3
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024007856
(43)【公開日】2024-01-19
(54)【発明の名称】既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法
(51)【国際特許分類】
   E04G 23/02 20060101AFI20240112BHJP
   C04B 41/65 20060101ALI20240112BHJP
   C04B 41/72 20060101ALI20240112BHJP
【FI】
E04G23/02 A
C04B41/65
C04B41/72
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022109220
(22)【出願日】2022-07-06
(71)【出願人】
【識別番号】507194017
【氏名又は名称】株式会社高速道路総合技術研究所
(71)【出願人】
【識別番号】505398941
【氏名又は名称】東日本高速道路株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】505398952
【氏名又は名称】中日本高速道路株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】505398963
【氏名又は名称】西日本高速道路株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000103769
【氏名又は名称】オリエンタル白石株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100120868
【弁理士】
【氏名又は名称】安彦 元
(74)【代理人】
【識別番号】100198214
【弁理士】
【氏名又は名称】眞榮城 繁樹
(72)【発明者】
【氏名】小林 俊秋
(72)【発明者】
【氏名】正司 明夫
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 謙一
(72)【発明者】
【氏名】石井 智大
(72)【発明者】
【氏名】安部 誠司
(72)【発明者】
【氏名】萩原 裕樹
【テーマコード(参考)】
2E176
4G028
【Fターム(参考)】
2E176AA01
2E176BB15
4G028DA02
4G028GA01
(57)【要約】
【課題】鉄筋コンクリート構造物の内部コンクリートの厚さが厚い場合でも内部コンクリートにASR抑制イオンを確実に浸透させて、ASRを抑制しコンクリートの劣化を抑制することができる既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法を提供する。
【解決手段】既設鉄筋コンクリート構造物Cの外表面から鉄筋Sで囲まれた内部コンクリートCiに達する電気泳動孔1を削孔する削孔工程と、削孔した電気泳動孔1にASRを抑制するASR抑制イオンを含有する電解質溶液(30,30’)を供給する電解質溶液供給工程と、電気泳動孔1に連通する電解質溶液(30,30’)に浸漬された電極(E1,E1’,E2,E2’)を設け、前記電極に接続する前記コンクリート構造物Cの外部に設置された直流電源(V1,V2)から電圧を印加する電圧印加工程と、を備え、電気泳動孔1を内部コンクリートCiと電極(E1,E1’,E2,E2’)を結ぶ伝導性の相として内部コンクリートCiに前記ASR抑制イオンを浸透させてASRを抑制する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄筋コンクリート構造物の外表面から鉄筋で囲まれた内部コンクリートに達する電気泳動孔を削孔する削孔工程と、
削孔した前記電気泳動孔に、ASRを抑制するASR抑制イオンを含有する電解質溶液を供給する電解質溶液供給工程と、
前記電気泳動孔に連通する前記電解質溶液に浸漬された電極を設け、前記電極に接続する前記コンクリート構造物の外部に設置された直流電源から電圧を印加する電圧印加工程と、を備え、
前記電気泳動孔を前記内部コンクリートと前記電極を結ぶ伝導性の相として前記内部コンクリートに前記ASR抑制イオンを浸透させてASRを抑制すること
を特徴とする既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法。
【請求項2】
前記削孔工程では、第1電気泳動孔と第2電気泳動孔の2種類の前記電気泳動孔を削孔し、
前記電解質溶液供給工程では、第1電気泳動孔には第1電解質溶液を、第2電気泳動孔に第2電解質溶液を供給して、2種類の前記電気泳動孔にそれぞれ異なる電解質溶液を供給し、
前記電圧印加工程では、前記第1電気泳動孔と前記第2電気泳動孔をそれぞれ前記伝導性の相として前記第1電気泳動孔と前記第2電気泳動孔との間の前記内部コンクリートに電圧を印加すること
を特徴とする請求項1に記載の既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法。
【請求項3】
前記第1電解質溶液は、カルシウム化合物水溶液又はリチウム化合物水溶液であること
を特徴とする請求項2に記載の既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法。
【請求項4】
前記第1電解質溶液は、カルシウム化合物水溶液であり、
前記カルシウム化合物水溶液とするカルシウム化合物は、水酸化カルシウム(Ca(OH))であること
を特徴とする請求項3に記載の既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法。
【請求項5】
前記第1電解質溶液は、リチウム化合物水溶液であり、
前記リチウム化合物水溶液とするリチウム化合物は、炭酸リチウム(LiCO)、塩化リチウム(LiCl)、水酸化リチウム(LiOH)、亜硝酸リチウム(LiNO)、硫酸リチウム(LiSO)、硝酸リチウム(LiNO)、酸化リチウム(LiO)からなる群からいずれか一つ又は複数が組み合わされて選択されること
を特徴とする請求項3に記載の既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法。
【請求項6】
前記電圧印加工程では、5~60Vの電圧で浸透電流密度を0.1~1.5A/mとして1~12ヶ月間連続して通電すること
を特徴とする請求項2に記載の既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法。
【請求項7】
前記電圧印加工程では、陽極材の金属として、チタンを基体としてルテニウムとチタンの酸化物、又はルテニウム、チタン、イリジウムなどの白金族金属酸化物で被覆したものを用いて電圧を印加すること
を特徴とする請求項2に記載の既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法。
【請求項8】
前記電気泳動孔の直径は、10mm以上50mm以下、且つ、前記電気泳動孔の間隔が0.5m以上2.0m以下であること
を特徴とする請求項1ないし7のいずれかに記載の既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄筋などの鋼材で内部補強されたRC構造物やPC構造物などの鉄筋コンクリート構造物は、骨材中のシリカ成分と、セメント、飛来塩分、凍結防止剤などに由来するアルカリ金属と反応性骨材中のある種の鉱物とが化学反応(アルカリシリカ反応:以下、ASRという。)を生じ、その反応により生成するアルカリシリカゲルが吸水膨張してコンクリート構造物に亀裂が生じて劣化することが知られている。このため、従来、このようなASR問題を解決するべく、様々な鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法が提案されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、抑制剤(硝酸アルミニウム水溶液)中に、1日以上骨材を浸漬する骨材の浸漬工程と、該浸漬した骨材を用いてセメント質硬化体を製造する製造工程とを少なくとも経て、該セメント質硬化体のアルカリシリカ反応を抑制するアルカリシリカ反応の抑制方法が開示されている(特許文献1の請求項4、明細書の段落[0015]等参照)。
【0004】
しかし、特許文献1に記載のアルカリシリカ反応の抑制方法は、抑制剤に浸漬した骨材を用いてセメント質硬化体を製造するので、既設の鉄筋コンクリート構造物には適用できないという問題があった。
【0005】
また、特許文献2には、ASRを起こしたコンクリート構造物に対して、亜硝酸リチウムと、ひび割れ追従性のあるエポキシ樹脂注入材を組み合わせてひび割れ閉塞とASRを抑止することを特徴とするコンクリート構造物の補修方法が開示されている(特許文献2の請求項1、明細書の段落[0013]~[0017]、図面の図2等参照)。
【0006】
しかし、特許文献2に記載のコンクリート構造物の補修方法は、鉄筋間の内部のコンクリート部分や、コンクリート構造物がPC桁などの高強度のコンクリートからなるコンクリート構造物の場合は、リチウムイオンを所望の深さまで浸透させることができないという問題があった。
【0007】
また、本願出願人らは、特許文献3に記載されたコンクリート構造物の防食工法を提案した。この特許文献3に記載されたコンクリート構造物の防食工法は、インヒビターを含有する溶液をコンクリート構造物の両側に接触させるとともに、前記コンクリート構造物の外部に設置された電極E1,E2から電圧を印加して前記コンクリート構造物を貫通するように直流電流を流す第1の回路C1を設け、前記インヒビターを電気化学的に浸透させて防食するものである。
【0008】
特許文献3に記載のコンクリート構造物の防食工法は、2系統の別個の電源を設けてコンクリート構造物を貫通するように直流電流を流すので、鉄筋間の内部コンクリートにもインヒビターを供給できるという優れた作用効果を奏する。しかし、コンクリート床版のようなコンクリート構造物の厚さが比較的薄く、表裏両面からの内部コンクリートまでの距離が近い場合は適用できるものの、鉄筋間の内部コンクリートの厚さが厚い場合は対応できないという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2018-52774号公報
【特許文献2】特開2016-56607号公報
【特許文献3】特許第6622372号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
そこで、本発明は、前述した問題に鑑みて案出されたものであり、その目的とするところは、鉄筋コンクリート構造物の内部コンクリートの厚さが厚い場合でも内部コンクリートにASR抑制イオンを確実に浸透させるとともに、アルカリ金属イオンを排出して、ASRを抑制しコンクリートの劣化を抑制することができる既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
請求項1に係る既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法は、鉄筋コンクリート構造物の外表面から鉄筋で囲まれた内部コンクリートに達する電気泳動孔を削孔する削孔工程と、削孔した前記電気泳動孔に、ASRを抑制するASR抑制イオンを含有する電解質溶液を供給する電解質溶液供給工程と、前記電気泳動孔に連通する前記電解質溶液に浸漬された電極を設け、前記電極に接続する前記コンクリート構造物の外部に設置された直流電源から電圧を印加する電圧印加工程と、を備え、前記電気泳動孔を前記内部コンクリートと前記電極を結ぶ伝導性の相として前記内部コンクリートに前記ASR抑制イオンを浸透させてASRを抑制することを特徴とする。
【0012】
請求項2に係る既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法は、請求項1に係る既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法において、前記削孔工程では、第1電気泳動孔と第2電気泳動孔の2種類の前記電気泳動孔を削孔し、前記電解質溶液供給工程では、第1電気泳動孔には第1電解質溶液を、第2電気泳動孔に第2電解質溶液を供給して、2種類の前記電気泳動孔にそれぞれ異なる電解質溶液を供給し、前記電圧印加工程では、前記第1電気泳動孔と前記第2電気泳動孔をそれぞれ前記伝導性の相コンクリートと電極を結ぶ伝導性の相として前記第1電気泳動孔と前記第2電気泳動孔との間の前記内部コンクリートに電圧を印加することを特徴とする。
【0013】
請求項3に係る既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法は、請求項2に係る既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法において、前記第1電解質溶液は、カルシウム化合物水溶液又はリチウム化合物水溶液であることを特徴とする。
【0014】
請求項4に係る既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法は、請求項3に係る既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法において、前記第2電解質溶液は、カルシウム化合物水溶液であり、前記カルシウム化合物水溶液とするカルシウム化合物は、水酸化カルシウム(Ca(OH))であることを特徴とする。
【0015】
請求項5に係る既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法は、請求項3に係る既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法において、前記第1電解質溶液は、リチウム化合物水溶液であり、前記リチウム化合物水溶液とするリチウム化合物は、炭酸リチウム(LiCO)、塩化リチウム(LiCl)、水酸化リチウム(LiOH)、亜硝酸リチウム(LiNO)、硫酸リチウム(LiSO)、硝酸リチウム(LiNO)、酸化リチウム(LiO)からなる群からいずれか一つ又は複数が組み合わされて選択されることを特徴とする。
【0016】
請求項6に係る既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法は、請求項2に係る既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法において、前記電圧印加工程では、5~60Vの電圧で浸透電流密度を0.1~1.5A/mとして1~12ヶ月間連続して通電することを特徴とする。
【0017】
請求項7に係る既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法は、請求項2又は8に係る既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法において、前記電圧印加工程では、陽極材の金属として、チタンを基体としてルテニウムとチタンの酸化物、又はルテニウム、チタン、イリジウムなどの白金族金属酸化物で被覆したものを用いて電圧を印加することを特徴とする。
【0018】
請求項8に係る既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法は、請求項1ないし9のいずれかに係る既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法において、前記電気泳動孔の直径は、10mm以上50mm以下、且つ、前記電気泳動孔の間隔が0.5m以上2.0m以下であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
請求項1~8に係る発明によれば、電気泳動孔をコンクリートと電極を結ぶ伝導性の相として内部コンクリートにASR抑制イオンを浸透させてASRを抑制するので、内部コンクリートまで確実にASR抑制イオンを浸透させてASRを抑制することができるとともに、ASRの原因物質であるアルカリ金属イオン(Naイオン、Kイオン)をコンクリートから電気泳動により排出することができる。
【0020】
特に、請求項5によれば、電解質溶液にリチウムイオンが含まれているので、膨張性骨材であるアルカリシリカゲル(NaO・nSiO)のNaがLiイオン交換されて、アルカリシリカゲル(LiO・nSiO)となり、ゲルの吸水膨張を抑制することができる。
【0021】
特に、請求項6によれば、鉄筋周囲のコンクリートが脆化することを抑制しつつ、ASRの吸水膨張の原因となるアルカリ金属イオンを広範囲においてASR抑制イオンに置き換えることができる。
【0022】
特に、請求項7によれば、陽極材の金属が、自然電位が高い貴なチタンの酸化物や白金族金属酸化物で被覆されているので、電圧印加工程において陽極材が電解質溶液に溶けるおそれを払しょくすることができる。
【0023】
特に、請求項8によれば、電気泳動孔に電極を入れないので、その直径を10mm以上50mm以下とすることが可能であり、多数の電気泳動孔を削孔しても、構造物への負担が少なく、鉄筋コンクリート構造物を損傷するおそれを低減することができるとともに、インヒビターを含有する電解質溶液を電気泳動孔の奥まで行き渡らすことができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1図1は、本発明の第1実施形態に係る既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法を説明するための説明図である。
図2図2は、同上の既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法の削孔工程を示す工程説明図である。
図3図3は、同上の既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法の電解質溶液供給工程を示す工程説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明に係る既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法の一実施形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。
【0026】
先ず、図1図3を用いて、本発明の実施形態に係る既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法について説明する。図1は、本発明の実施形態に係る既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法を説明するための説明図である。
【0027】
図1に示す既設鉄筋コンクリート構造物Cは、橋桁のような縦横いずれにも厚みがあり、一の外表面から反対側となる他の外表面まで上下、左右いずれにも距離があり、鉄筋に囲われた内部コンクリートCiが極めて厚い鉄筋コンクリート構造物を想定している。また、この既設鉄筋コンクリート構造物Cは、ASR(アルカリシリカ反応:Alkali-Silica-Reaction)で劣化してコンクリートにひび割れが発生しており、本実施形態に係る既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法により、劣化した内部コンクリートCiにASR抑制イオンを浸透させてASRを抑制して既設鉄筋コンクリート構造物Cの耐久年数を延長することを想定している。
【0028】
(削孔工程)
先ず、図2に示すように、本実施形態に係る既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法では、既設鉄筋コンクリート構造物Cの外表面Aから内部コンクリートCiに達する電気泳動孔1を削孔する削孔工程を行う。図2は、本実施形態に係る既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法の削孔工程を示す工程説明図である。
【0029】
具体的には、図2に示すように、本工程では、コアドリルなどの一般的な削孔機2を、既設鉄筋コンクリート構造物Cに設けたあと施工アンカー等で固定して設置し、設置した削孔機2でコアビットを回転させて所定深さの電気泳動孔1を削孔する。
【0030】
この電気泳動孔1の直径は、後述のように、電気泳動孔1内に直接電極を入れないので小さくすることが可能であり、10~50mm(10mm以上50mm以下)とすることが好ましい。電気泳動孔1の直径が50mmを超えると、所定ピッチで配筋された既設鉄筋コンクリート構造物Cの内部補強鉄筋Sを切断するおそれが高くなり、既設鉄筋コンクリート構造物Cを損傷するおそれが高くなるからである。また、電気泳動孔1の直径が10mmを下回ると、コンクリートと電解質溶液との接触面積が小さくなり、抵抗が増加して定電流制御の電源装置では、電圧の上昇を招くからである。また、高電圧の電源装置は、高価であり、危険性も増してしまう。
【0031】
また、本実施形態に係る削孔工程では、0.5m~2.0m(0.5m以上2.0m以下)の所定間隔をおいて複数の電気泳動孔1を削孔する。電気泳動孔1内に直接電極を入れないので、比較的狭い間隔で多数の電気泳動孔1を削孔することができ、ASR抑制イオンを密に供給することができるからである。0.5m以下の間隔では、構造物を傷つけるおそれが高く、2m以上の間隔では、抵抗が増加して定電流制御の電源装置では、電圧の上昇を招くからである。また、前述のように、高電圧の電源装置は、高価であり、危険性も増してしまう。
【0032】
なお、後述の第1電気泳動装置3に接続される電気泳動孔1を第1電気泳動孔h1と呼び、第2電気泳動装置3’に接続される電気泳動孔1を第2電気泳動孔h2と呼ぶこととする。図に示すように、これらの2種類の第1電気泳動孔h1と第2電気泳動孔h2は、交互に配置されることとなる、
【0033】
(電解質溶液供給工程)
次に、図3に示すように、本実施形態に係る既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法では、前述の削孔工程で削孔した電気泳動孔1にASRを抑制するASR抑制イオンを含有する電解質溶液を供給する電解質溶液供給工程を行う。図3は、本実施形態に係る既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法の電解質溶液供給工程を示す工程説明図である。
【0034】
具体的には、図3に示すように、本工程では、既設鉄筋コンクリート構造物Cの外部に電気泳動装置3(3’)を設けて、前記削孔工程で削孔した電気泳動孔1に接続し、電気泳動装置3(3’)に貯留した電解質溶液を水頭圧等で電気泳動孔1の奥まで供給する。勿論、必要に応じてポンプ等で圧力をかけて圧入してもよいことは云うまでもない。
【0035】
本実施形態に係る電解質溶液供給工程では、前述の第1電気泳動孔h1に第1電気泳動装置3を接続し、前述の第2電気泳動孔h2に第2電気泳動装置3’を接続する。電気泳動装置3(3’)は、それぞれ電解質溶液を貯留するタンク30(30’)を備えている。
【0036】
第1電気泳動装置3のタンク30には、第1電解質溶液としてナトリウムイオンよりイオン化傾向の高いASR抑制イオンであるカルシウムイオン(Ca2+)を含有する水酸化カルシウム水溶液31(Ca(OH)水溶液:(Ca2++2OH))が貯留されている。但し、第1電解質溶液は、水酸化カルシウム(Ca(OH))の水溶液に限られず、他のカルシウム化合物水溶液又はリチウム化合物水溶液であればよい。
【0037】
第1電解質溶液をリチウム化合物水溶液とする場合は、入手の容易性とコストの点から、リチウム化合物は、入炭酸リチウム(LiCO)、塩化リチウム(LiCl)、水酸化リチウム(LiOH)、亜硝酸リチウム(LiNO)、硫酸リチウム(LiSO)、硝酸リチウム(LiNO)、酸化リチウム(LiO)からなる群からいずれか一つ又は複数が組わされて選択されることが好ましい。
【0038】
但し、第1電解質溶液をカルシウム化合物水溶液とする場合は、カルシウム化合物は、入手の容易性とコストの点から、前述のように、水酸化カルシウム(Ca(OH))であることが好ましい。
【0039】
また、第2電気泳動装置3’のタンク30’には、第2電解質溶液として鋼材の腐食を抑制する亜硝酸イオンと、リチウムイオンを含有する亜硝酸リチウム水溶液31’(LiNO溶液(Li+NO ))が貯留されている。
【0040】
但し、第2電解質溶液は、亜硝酸リチウム水溶液に限られず、リチウム化合物水溶液であればよい。
【0041】
第2電解質溶液をリチウム化合物水溶液とする場合は、入手の容易性とコストの点から、リチウム化合物は、入炭酸リチウム(LiCO)、塩化リチウム(LiCl)、水酸化リチウム(LiOH)、亜硝酸リチウム(LiNO)、硫酸リチウム(LiSO)、硝酸リチウム(LiNO)、酸化リチウム(LiO)からなる群からいずれか一つ又は複数が組わされて選択されることが好ましい。
【0042】
つまり、本工程では、第1電気泳動装置3のタンク30から第1電気泳動孔h1(電気泳動孔1)を通じて、第1電解質溶液である水酸化カルシウム水溶液31が供給され、第2電気泳動装置3’のタンク30’から第2電気泳動孔h2(電気泳動孔1)を通じて、水酸化カルシウム水溶液31とは異なる第2電解質溶液である亜硝酸リチウム水溶液31’が供給される。
【0043】
(電圧印加工程)
次に、図1に示すように、本実施形態に係る既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法では、電気泳動孔1に連通する電解質溶液に浸漬された電極(E1,E1’,E2,E2’)を設け、この電極に接続する既設鉄筋コンクリート構造物Cの外部に設置された直流電源(V1,V2)から電圧を印加する電圧印加工程を行う。
【0044】
具体的には、図1に示すように、第1電気泳動装置3のタンク30に貯留されている水酸化カルシウム水溶液31に、一対の電極E1,E1’を浸漬するように設置し、第2電気泳動装置3’のタンク30’に貯留されている亜硝酸リチウム水溶液31’に、一対の電極E2,E2’を浸漬するように設置する。
【0045】
そして、水酸化カルシウム水溶液31に浸漬されている一方の電極E1と、第1の直流電源V1の陰極(負極)とを接続し、水酸化カルシウム水溶液31に浸漬されている他方の電極E1’と、第2の直流電源V2の陰極(負極)とを接続する。
【0046】
また、亜硝酸リチウム水溶液31’に浸漬されている一方の電極E2と、第2の直流電源V2の陽極(正極)とを接続し、亜硝酸リチウム水溶液31’に浸漬されている他方の電極E2’と、隣接する他の直流電源V1の陽極(正極)とを接続する。このように、第1電気泳動装置3のタンク30に貯留されている水酸化カルシウム水溶液31に浸漬された一対の電極E1,E1’と、第2電気泳動装置3’のタンク30’に貯留されている亜硝酸リチウム水溶液31’に浸漬されている一対の電極E2,E2’とを、隣接する第1電気泳動装置3及び第2電気泳動装置3’に次々に接続していく。
【0047】
なお、陽極(正極)材となる電極(E2,E2’)の金属としては、チタンを基体としてルテニウムとチタンの酸化物、又はルテニウム、チタン、イリジウムなどの白金族金属酸化物で被覆したものを用いることが好ましい。陽極材である電極(E2,E2’)の金属が、自然電位が高い貴なチタンの酸化物や白金族金属酸化物で被覆されているので、電圧印加工程において陽極材が電解質溶液に溶けるおそれを払しょくすることができるからである。
【0048】
ここで、直流電源V1及びV2で印加する電圧は、5~60V、コンクリート表面積あたりの浸透電流密度を0.1~1.5A/m程度に抑えることが好ましい。過大な電流密度を与えると鉄筋周囲のコンクリートが脆化し、付着力が低下するおそれがあるからである。
【0049】
また、浸透電流密度を0.1~1.5A/m程度に浸透電流密度を低く抑えているため、前述の条件で1~12ヶ月間連続して通電することが好ましい。鉄筋周囲のコンクリートが脆化することを抑制しつつ、後述のように、ASRの吸水膨張の原因となるアルカリ金属イオンを広範囲においてカルシウムイオン(Ca2+)やリチウムイオン(Li)に置き換えることができるからである。
【0050】
このように接続することにより、第1電気泳動孔h1に充填された電解質溶液である水酸化カルシウム水溶液31と、第2電気泳動孔h2に充填された電解質溶液である亜硝酸リチウム水溶液31’と、の間に電圧が印加される。電圧が印加されると、既設鉄筋コンクリート構造物Cの内部コンクリートCiに存在する各イオンが、図1に示す矢印方向に電気泳動する。
【0051】
具体的には、イオン化傾向の違いから、内部コンクリートCiに存在するアルカリ金属の陽イオンであるナトリウムイオン(Na)やセメントクリンカーの原料に含まれるアルカリ硫酸塩(KSO)由来の(Kイオン)が、陰極(負極)のコンクリートと電極を結ぶ伝導性の相となる第1電気泳動孔h1に引き寄せられて電気泳動し、第1電気泳動孔h1内の電解質溶液に溶け出すこととなる。そして、反対に内部コンクリートCiに存在する陰イオンである塩化物イオン(Cl)が、陽極(正極)のコンクリートと電極を結ぶ伝導性の相なる第2電気泳動孔h2に引き寄せられて電気泳動し、第2電気泳動孔h2内の電解質溶液に溶け出すこととなる。このため、内部コンクリートCiを含め既設鉄筋コンクリート構造物Cから脱塩するとともにASRの原因となるアルカリ金属イオン(Naイオン及びKイオン)を排出することができる。なお、クリンカー中のアルカリ硫酸塩の存在形態は主なものしては、KSO、NaSO・3KSO、2CaSO・KSOが挙げられる。
【0052】
また、第2電気泳動孔h2の亜硝酸リチウム水溶液31’から陽イオンのASR抑制イオンであるリチウムイオン(Li)が電気泳動して内部コンクリートCi内に直接浸透する。このため、膨張性骨材であるアルカリシリカゲル(Na2O・nSiO)のNaがLiにイオン交換されて、アルカリシリカゲル(LiO・nSiO)となり、ゲルの吸水膨張を抑制することができる。よって、ASR(アルカリシリカ反応)対策となる。
【0053】
以上説明した本実施形態に係る既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法によれば、内部コンクリートCiに達する電気泳動孔h1,h2(1)を削孔して、削孔した電気泳動孔h1,h2(1)にASR抑制イオンを含有する電解質溶液(水酸化カルシウム水溶液31,亜硝酸リチウム水溶液31’)を供給し、電圧を印加して、電気泳動孔1をコンクリートと電極を結ぶ伝導性の相として内部コンクリートCiにASR抑制イオンを浸透させてASRを抑制する。このため、既設鉄筋コンクリート構造物Cの鉄筋で囲まれた内部コンクリートCiにも確実にASR抑制イオンを浸透させて、ASRによる鉄筋コンクリート構造物の劣化を抑制することができるとともに、ASRの原因物質であるアルカリ金属イオン(Naイオン、Kイオン)をコンクリートから電気泳動により排出することができる。
【0054】
以上、本発明の実施形態に係る既設鉄筋コンクリート構造物のASR抑制方法について詳細に説明したが、前述した又は図示した実施形態は、いずれも本発明を実施するにあたって具体化した一実施形態を示したものに過ぎない。よって、これらによって本発明の技術的範囲が限定的に解釈されてはならないものである。
【符号の説明】
【0055】
C:既設コンクリート構造物
Ci:内部コンクリート
S:内部補強鉄筋(鉄筋:鋼材)
A:外表面
E1,E1’,E2,E2’:電極
V1:第1の直流電源(直流電源)
V2:第2の直流電源(直流電源)
1:電気泳動孔
h1:第1電気泳動孔(電気泳動孔)
h2:第2電気泳動孔(電気泳動孔)
2:削孔機
3:第1電気泳動装置(電気泳動装置)
3’:第2電気泳動装置(電気泳動装置)
30,30’:タンク
31:水酸化カルシウム水溶液(第1電解質溶液)
31’:亜硝酸リチウム水溶液(第2電解質溶液)
図1
図2
図3