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  • 特開-細胞培養方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024078693
(43)【公開日】2024-06-11
(54)【発明の名称】細胞培養方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/10 20060101AFI20240604BHJP
   C12N 5/0735 20100101ALI20240604BHJP
   C12N 5/074 20100101ALI20240604BHJP
【FI】
C12N5/10
C12N5/0735
C12N5/074
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022191188
(22)【出願日】2022-11-30
(71)【出願人】
【識別番号】000003768
【氏名又は名称】東洋製罐グループホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100154184
【弁理士】
【氏名又は名称】生富 成一
(74)【代理人】
【識別番号】100105795
【弁理士】
【氏名又は名称】名塚 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100187377
【弁理士】
【氏名又は名称】芳野 理之
(72)【発明者】
【氏名】西山 喬晴
(72)【発明者】
【氏名】田中 郷史
(72)【発明者】
【氏名】小関 修
(72)【発明者】
【氏名】戸谷 貴彦
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA90X
4B065AB01
4B065AC20
4B065BA01
4B065BB04
4B065BC50
4B065CA60
(57)【要約】
【課題】 細胞を未分化の状態でスフェアの形態により増殖させる場合において、スフェアの崩壊を抑制することの可能な細胞培養方法を提供する。
【解決手段】 細胞を未分化の状態で増殖させる細胞培養方法であって、培地への細胞の播種時にROCK阻害剤を培地に添加した後、前記細胞からなるスフェアを形成させ、培地に対して新たな培地の追加又は培地交換を行うにあたり、培地におけるROCK阻害剤の濃度を2μM以上に維持する。また、培地におけるROCK阻害剤の濃度を、2μM以上、10μM以下に維持することが好ましい。さらに、ROCK阻害剤がY-27632であることが好ましい。
【選択図】 図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞を未分化の状態で増殖させる細胞培養方法であって、
培地への前記細胞の播種時にROCK阻害剤を前記培地に添加した後、前記細胞からなるスフェアを形成させ、前記培地に対して新たな培地の追加又は培地交換を行うにあたり、前記培地における前記ROCK阻害剤の濃度を2μM以上に維持する
ことを特徴とする細胞培養方法。
【請求項2】
前記培地における前記ROCK阻害剤の濃度を、2μM以上、10μM以下に維持する
ことを特徴とする請求項1記載の細胞培養方法。
【請求項3】
前記ROCK阻害剤が、AZD-5363,Fasudil,GSK-429286A,H89,Pantoprazole,Pantoprazole Sodium Sesquihydrate,RKI-1447,Thiazovivin,Y-27632のうち、一つ以上から選択されることを特徴とする請求項1又は2記載の細胞培養方法。
【請求項4】
前記ROCK阻害剤が、Y-27632であることを特徴とする請求項1又は2記載の細胞培養方法。
【請求項5】
前記細胞が、iPS細胞、又はES細胞であることを特徴とする請求項1又は2記載の細胞培養方法。
【請求項6】
前記細胞の培養を、バイオリアクター、軟包材からなる培養バッグ、又は培養プレートを用いて行うことを特徴とする請求項1又は2記載の細胞培養方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養技術に関し、特にスフェアの形態で細胞を培養する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、細胞の大量培養の手段として、バイオリアクターなどを用いて、細胞をスフェアの形態で培養することが盛んに行なわれている。
しかし、スフェアを長期間培養していると、その形状が崩れて培養効率が落ちるという現象が生じていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開第2016/093359号パンフレット
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】A ROCK inhibitor permits survival of dissociated human embryonic stem cells(NATURE BIOTECHNOLOGY VOLUME 25 NUMBER 6 JUNE 2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
具体的には、例えば、30mLバイオリアクターにiPS細胞を250万個播種して培養を行うことによって細胞凝集塊(スフェア)を作成した。培養1日目に2/3の培地交換を1回行い、次いで培養4日目に2/3の培地交換を1回行い、培養5日目と培養6日目に2/3の培地交換を2回行い、培養7日目まで培養を行った。
その結果、一般的に綺麗な形状のスフェアは、図1(A)に示すように球状になっているところ、培養5日目のスフェアは、図1(B)に示すようにやや角張っており、培養7日目のスフェアは、図1(C)に示すように大きく崩壊した形状となっていることが観察された。
【0006】
本発明者らは、その原因について鋭意研究し、細胞と基材の間、又は細胞と細胞の間の接着を失って単個の細胞(シングルセル)になった当該細胞が細胞死を起こすのを阻害するためにその細胞の播種時にのみ培地に添加する試薬であるROCK阻害剤の濃度が、培地交換を重ねるごとに低下して、ある一定以下の濃度になったときにスフェアが崩れるのではないかと推測した。
そして、細胞の播種時にROCK阻害剤を培地に添加した後、培地交換を行うにあたり、培地におけるROCK阻害剤の濃度を、一定以上に制御することによって、スフェアの崩壊を抑制できることを見いだした。
【0007】
ここで、特許文献1には、幹細胞を分化誘導するための分化誘導培地にROCK阻害剤を含有させてスフェアを製造することが開示されている。
また、非特許文献1には、ES細胞を分化誘導させるために、分化誘導の初期6日間にROCK阻害剤を入れ続けることによって、細胞の生存率、増殖率が上昇したことが開示されている。
しかしながら、これらの文献には、細胞を未分化の状態で増殖させる場合に、ROCK阻害剤の濃度を制御することによって、スフェアの崩壊を抑制することについては、記載も示唆もされていない。
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、細胞を未分化の状態でスフェアの形態により増殖させる場合において、スフェアの崩壊を抑制することの可能な細胞培養方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するため、本発明の細胞培養方法は、細胞を未分化の状態で増殖させる細胞培養方法であって、培地への前記細胞の播種時にROCK阻害剤を前記培地に添加した後、前記細胞からなるスフェアを形成させ、前記培地に対して新たな培地の追加又は培地交換を行うにあたり、前記培地における前記ROCK阻害剤の濃度を2μM以上に維持する方法としてある。
【0010】
また、本発明の細胞培養方法は、前記培地における前記ROCK阻害剤の濃度を、2μM以上、10μM以下に維持する方法とすることが好ましい。
また、本発明の細胞培養方法は、前記ROCK阻害剤が、AZD-5363,Fasudil,GSK-429286A,H89,Pantoprazole,Pantoprazole Sodium Sesquihydrate,RKI-1447,Thiazovivin,Y-27632のうち、一つ以上から選択される方法とすることが好ましい。
【0011】
また、本発明の細胞培養方法は、前記ROCK阻害剤が、Y-27632である方法とすることが好ましい。
また、本発明の細胞培養方法は、前記細胞が、iPS細胞、又はES細胞である方法とすることが好ましい。
【0012】
また、本発明の細胞培養方法は、前記細胞の培養を、バイオリアクター、軟包材からなる培養バッグ、又は培養プレートを用いて行う方法とすることが好ましい。
さらに、本発明の細胞培養方法は、上記の細胞培養方法を様々に組み合わせた方法とすることも好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、細胞を未分化の状態でスフェアの形態により増殖させる場合において、スフェアの崩壊を抑制することの可能な細胞培養方法の提供が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】綺麗な球状のスフェア(A)、培養5日目のやや角張ったスフェア(B)、及び培養7日目の大きく崩壊した形状のスフェア(C)を示す説明図である。
図2】試験1におけるROCK阻害剤の濃度制御を示すグラフを表した図である。
図3】試験1の結果、得られたスフェアの形状、全生細胞数、及び増殖率を示す図である。
図4】試験2の結果、得られたスフェアの形状を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の細胞培養方法の実施形態について説明する。ただし、本発明は、以下の実施形態及び後述する実施例の具体的な内容に限定されるものではない。
本実施形態の細胞培養方法は、細胞を未分化の状態で増殖させる細胞培養方法であって、培地への細胞の播種時にROCK阻害剤を培地に添加した後、細胞からなるスフェアを形成させ、培地に対して新たな培地の追加又は培地交換を行うにあたり、培地におけるROCK阻害剤の濃度を2μM以上に維持することを特徴とする。
【0016】
本実施形態の細胞培養方法において、培養する細胞としては、未分化の状態で増殖可能なものであれば特に限定されないが、例えば、iPS細胞、又はES細胞を好適に用いることができる。
また、本実施形態の細胞培養方法において、ROCK阻害剤として、AZD-5363,Fasudil,GSK-429286A,H89,Pantoprazole,Pantoprazole Sodium Sesquihydrate,RKI-1447,Thiazovivin,Y-27632のうち、少なくともいずれかを用いることが好ましく、Y-27632を用いることが特に好ましい。
【0017】
また、本実施形態の細胞培養方法において、培地におけるROCK阻害剤の濃度を、2μM以上、10μM以下に維持することが好ましく、2μM以上、5μM以下に維持することがより好ましく、2μM以上、3.3μM以下に維持することがさらに好ましい。
さらに、本実施形態の細胞培養方法において、細胞の培養を、バイオリアクター、軟包材からなる培養バッグ、又は培養プレートを用いて行うことが好ましい。
【0018】
このような本実施形態の細胞培養方法によれば、細胞を未分化の状態でスフェアの形態により増殖させる場合において、スフェアの崩壊を抑制することが可能である。
【実施例0019】
以下、本発明の細胞培養方法の効果を確認するために行った試験について説明する。
[試験1]
まず、細胞を未分化の状態でスフェアの形態により増殖させる場合において、培地のROCK阻害剤の濃度が一定以上になるように制御すれば、スフェアの崩壊を抑制できることを確認するための試験を行った。
【0020】
具体的には、接着細胞用の組織培養用マイクロプレート(イワキ株式会社)を用いて、iPS細胞(1231A3株)の接着培養を7日間行った。
次に、培養されたiPS細胞をTrypLE(Thermo Fisher Scientific社)の酵素処理によってマイクロプレートから剥離し、ROCK阻害剤(Y-27632,富士フイルム和光純薬株式会社)を終濃度10μMとなるように添加したStemFit培地(味の素株式会社)に懸濁することによって、iPS細胞のシングルセルを調製した。
【0021】
さらに、調製されたシングルセル250万cells分をROCK阻害剤を終濃度10μMとなるように添加したStemFit培地30mLに入れることによって得られた細胞懸濁液を、30mLシングルユースバイオリアクター(エイブル株式会社)に充填した。このようにして細胞懸濁液を充填した30mLシングルユースバイオリアクターを3個準備した。
その後、インキュベーター内(37℃、5%CO)に配置した6チャンネルマグネチックスターラー(エイブル株式会社))に、これらのバイオリアクターをセットして、40rpmの回転速度で培養を開始した。
【0022】
図2に示すように、培養開始から7日目において、ROCK阻害剤の濃度が10μMのもの(系列1)、3.3μMのもの(系列2)、及び0.01μMのもの(系列3)の3種類の系列を以下のように作成した。
そして、培養開始から7日目の各培地におけるスフェアの形状を観察すると共に、スフェアをシングルセルにして全生細胞数を計数した。シングルセルは上述した方法と同様の方法で調製した。また、計数は、細胞計数装置(NC-200,ChemoMetec社)、及び計数用カセット(Via1-Cassette,ChemoMetec社)を用いて常法により行った。
【0023】
系列1については、培養を開始してから1日目、4日目に、20mL分の培地を抜き、ROCK阻害剤を終濃度10μMとなるように添加したStemFit培地を20mL分入れる動作(2/3量交換)を行い、5日目、6日目には、この2/3量交換を1日の中で2回ずつ行った。
これにより、系列1の培養開始から7日目の培地におけるROCK阻害剤の濃度を10μMとした。
【0024】
系列2については、培養を開始してから1日目に、20mL分の培地を抜き、ROCK阻害剤を含まない新しいStemFit培地を20mL分入れる動作を行った。次に、バイオリアクターでの培養を開始してから4日目に、20mL分の培地を抜き、ROCK阻害剤を終濃度3.3μMとなるように添加したStemFit培地を20mL分入れる動作を行った。5日目、6日目には、4日目に行った2/3量交換を1日の中で2回ずつ行った。
これにより、系列2の培養開始から7日目の培地におけるROCK阻害剤の濃度を3.3μMとした。
【0025】
系列3については、培養を開始してから1日目、4日目に、20mL分の培地を抜き、ROCK阻害剤を含まない新しいStemFit培地を20mL分入れる動作(2/3量交換)を行い、5日目、6日目はこの2/3量交換を1日の中で2回ずつ行った。
これにより、系列3の培養開始から7日目の培地におけるROCK阻害剤の濃度を0.01μMとした。
【0026】
その結果、図3に示すように、培養開始から7日目の培地におけるROCK阻害剤の濃度が、10μMである系列1の培地と3.3μMである系列2の培地では、スフェアの形状は損なわれておらず、綺麗な球状であった。
一方、培養開始から4日目におけるROCK阻害剤の濃度が1.1μMであり、培養開始から5日目におけるROCK阻害剤の濃度が0.12μMであり、培養開始から7日目におけるROCK阻害剤の濃度が0.01μMである系列3の培地では、スフェアの形状が大きく崩壊していた。
【0027】
また、系列1の培地における全生細胞数は3372万個、増殖率は13.5倍であり、系列2の培地における全生細胞数は4189万個、増殖率は16.8倍であったのに対し、系列3の培地における全生細胞数は2646万個、増殖率は10.6倍であった。
このように、スフェアの形状が損なわれていない系列1と2は、スフェアの形状が崩壊していた系列3に比べて、増殖効率が高いことが明らかとなった。なお、スフェアの形状が損なわれていない系列1と2は、未分化維持率が90%以上保たれていることも別途確認されている。
【0028】
[試験2]
次に、細胞を未分化の状態でスフェアの形態により増殖させる場合において、スフェアの崩壊を抑制するのに最適なROCK阻害剤の濃度範囲を確認するための試験を行った。
また、この試験において、バイオリアクターを用いた培養のみならず、静置型の容器を用いた培養でも、スフェアの崩壊を抑制できるかを確認した。
【0029】
具体的には、試験1と同様に、接着細胞用の組織培養用マイクロプレート(イワキ株式会社)を用いて、iPS細胞(1231A3株)の接着培養を7日間行った。
次に、培養されたiPS細胞をTrypLE(Thermo Fisher Scientific社)の酵素処理によってマイクロプレートから剥離し、ROCK阻害剤(Y-27632,富士フイルム和光純薬株式会社)を終濃度10μMとなるように添加したStemFit培地(味の素株式会社)に懸濁することによって、iPS細胞のシングルセルを調製した。
【0030】
次に、3次元培養用プレートのPrimeSurface(96well,住友ベークライト株式会社)を7個使用して、それぞれの培養用プレートに調製されたシングルセルを100cells/wellとなるように播種すると共に、培養用プレートにおけるStemFit培地のROCK阻害剤の終濃度が10μMとなるように調製した。
さらに、培養開始から1日目に、6個の培養用プレートのROCK阻害剤の濃度が、それぞれ0.1μM、1μM、2μM、3μM、4μM、5μMになるように、培地交換を行った。また、1個の培養用プレートについては、培地交換を行うことなく、ROCK阻害剤の濃度を10μMに維持した。
【0031】
そして、培養開始から3日目に、各培養用プレートにおけるスフェアの形状を確認した。
その結果、図4に示すように、ROCK阻害剤の濃度が0.1μMと1μMのものでは、スフェアの形状が崩壊していた。
これに対して、ROCK阻害剤の濃度が2μM以上のものでは、スフェアの形状は、綺麗な球状であることが観察された。
【0032】
本発明は、以上の実施形態及び実施例に限定されるものではなく、本発明の範囲内において、種々の変更実施が可能であることは言うまでもない。
例えば、実施例ではiPS細胞を使用しているが、ES細胞などその他の未分化細胞の培養に適用してもよい。また、細胞を軟包材からなる培養バッグを用いて培養する場合に適用するなど適宜変更することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明は、iPS細胞などを未分化の状態で拡大培養する場合などに、好適に利用することが可能である。
図1
図2
図3
図4