(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024007883
(43)【公開日】2024-01-19
(54)【発明の名称】溶接構造物の補強方法
(51)【国際特許分類】
B23K 31/00 20060101AFI20240112BHJP
B23K 37/06 20060101ALI20240112BHJP
B23K 9/02 20060101ALI20240112BHJP
【FI】
B23K31/00 D
B23K37/06 B
B23K9/02 S
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022109263
(22)【出願日】2022-07-06
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】車谷 亮太郎
(72)【発明者】
【氏名】下川 嘉之
(72)【発明者】
【氏名】藤田 和晃
(72)【発明者】
【氏名】鬼氣 寛史
(72)【発明者】
【氏名】梅本 晋吾
(72)【発明者】
【氏名】石田 昭佳
(72)【発明者】
【氏名】亀甲 智
【テーマコード(参考)】
4E081
【Fターム(参考)】
4E081AA08
4E081BA40
(57)【要約】
【課題】T継手により片側溶接された継手部の反溶接部側に見隠し空間を有する溶接構造物について、周囲のスペースの存否に関わらず、継手部に生じる曲げ応力を軽減することができる補強方法を提供する。
【解決手段】溶接構造物は、第1板部材と、第1板部材にT継手により片側溶接された第2板部材と、を含み、第1板部材に対する第2板部材の継手部の反溶接部側に見隠し空間を有する。補強方法は、開口形成工程(#10)と、裏当て材配置工程(#20)と、肉盛溶接工程(#30)と、を備える。開口形成工程では、第1板部材に、溶接部に沿いつつ見隠し空間につながる開口を形成する。裏当て材配置工程では、開口から見隠し空間に裏当て材を挿入し、第1板部材と第2板部材とに架け渡すように見隠し空間に裏当て材を配置する。肉盛溶接工程では、開口を通じて裏当て材上に溶接材を肉盛溶接し、肉盛溶接された溶接材で開口を埋める。
【選択図】
図8
【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1板部材と、前記第1板部材にT継手により片側溶接された第2板部材と、を含み、前記第1板部材に対する前記第2板部材の継手部の反溶接部側に見隠し空間を有する溶接構造物の補強方法であって、
前記第1板部材に、溶接部に沿いつつ前記見隠し空間につながる開口を形成する開口形成工程と、
前記開口から前記見隠し空間に裏当て材を挿入し、前記第1板部材と前記第2板部材とに架け渡すように前記見隠し空間に前記裏当て材を配置する裏当て材配置工程と、
前記開口を通じて前記裏当て材上に溶接材を肉盛溶接し、肉盛溶接された前記溶接材で前記開口を埋める肉盛溶接工程と、を備える、溶接構造物の補強方法。
【請求項2】
請求項1に記載の溶接構造物の補強方法であって、
前記裏当て材は、鋼製の主板部を含む、溶接構造物の補強方法。
【請求項3】
請求項2に記載の溶接構造物の補強方法であって、
前記裏当て材配置工程では、前記見隠し空間に配置された前記裏当て材の前記主板部の一方側縁及び他方側縁を、それぞれに対応する前記第1板部材及び前記第2板部材に仮止めする、溶接構造物の補強方法。
【請求項4】
請求項1に記載の溶接構造物の補強方法であって、
前記裏当て材は、鋼製の主板部と、前記主板部の一方側縁及び他方側縁にそれぞれ接合されたセラミックスタブと、を含む、溶接構造物の補強方法。
【請求項5】
請求項4に記載の溶接構造物の補強方法であって、
前記裏当て材配置工程では、前記見隠し空間に配置された前記裏当て材の前記主板部の一方側縁及び他方側縁を、それぞれに対応する前記第1板部材及び前記第2板部材に仮止めする、溶接構造物の補強方法。
【請求項6】
請求項1に記載の溶接構造物の補強方法であって、
前記裏当て材は、セラミックス製の主板部を含む、溶接構造物の補強方法。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか1項に記載の溶接構造物の補強方法であって、
前記溶接構造物が鉄道車両用の台車枠である、溶接構造物の補強方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、溶接構造物の補強方法に関する。
【背景技術】
【0002】
溶接構造物は、複数の鋼材を含む。複数の鋼材が組み合わされて溶接されることにより、溶接構造物が製作される。例えば、特開平9-225636号公報(特許文献1)には、セラミックス製の裏当て材を用いたT継手による溶接技術が開示されている。この溶接技術により、溶接構造物を製作する際、接合部に良好な裏なみを形成することができ、鉄鋼部材の溶接品質を向上することができる、と特許文献1に記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
溶接構造物は、鉄道車両、船舶、橋梁、建築物などの様々な分野で利用される。ここで、溶接構造物が、外部から隔離された見隠し空間を有する場合がある。以下、このような溶接構造物を見隠し空間付き溶接構造物とも言う。
【0005】
図1~
図3に、見隠し空間付き溶接構造物2の一例を示す。
図1は、溶接構造物2の斜視図である。
図2は、溶接構造物2の正面図である。
図3は、溶接構造物2における溶接継手の部分を拡大した断面図である。
【0006】
図1~
図3に示す溶接構造物2は、鋼材として、天板部材21、及び2つの側板部材22A,22Bを含み、さらに下板部材23、前板部材24及び後板部材25を含む。これらの板部材21,22A,22B,23,24,25は、互いにT継手により溶接されて、一体化されている。具体的には、天板部材21、2つの側板部材22A,22B、及び下板部材23によって、実質的に角筒状の部分が形成され、この角筒状部分は、前後方向に延びている。角筒状部分の前と後は、それぞれ前板部材24と後板部材25によって閉塞されている。このため、溶接構造物2は、天板部材21、2つの側板部材22A,22B、下板部材23、前板部材24及び後板部材25によって囲まれた見隠し空間Sを有する。
【0007】
図3を参照して、側板部材22Aは、天板部材21にT継手により片側溶接されている。側板部材22Aの外面22Aoが外部に開放され、側板部材22Aの内面22Aiが内側の見隠し空間Sに露出している。天板部材21に対する側板部材22Aの溶接部Wは、片側溶接により、外部に開放された外面22Ao側に形成されている。見隠し空間Sに露出する内面22Ai側には、溶接部Wは形成されていない。つまり、天板部材21に対する側板部材22Aの継手部の反溶接部側に、見隠し空間Sが存在している。このような側板部材22A側の継手部の状態は、側板部材22B側についても同様である。
【0008】
溶接構造物2には、設計上で想定された荷重が負荷される。例えば、
図2を参照して、天板部材21の上面211に部品取り付け部26が接合されており、2つの側板部材22A,22Bそれぞれの開放された下端部221A,221Bを固定点にして、引張荷重Fが部品取り付け部26に負荷される。このような引張荷重Fが溶接構造物2に負荷されると、天板部材21に曲げモーメントが作用して曲げ応力が生じる。この曲げ応力により、溶接構造物2が変形する。
図2には、天板部材21が変形した様子の一例を二点鎖線で示している。溶接構造物2の強度設計では、このような変形を許容できるように、負荷される引張荷重Fが初期設定される。
【0009】
しかしながら、溶接構造物2が長年使用されることにより、溶接構造物2に負荷される引張荷重Fが当初の設計値より増加することがある。荷重の増加に伴って、天板部材21と側板部材22A,22Bとの継手部に生じる曲げ応力が増加する。この場合、曲げ応力を軽減するために、補修により溶接構造物2を補強せざるを得ない。
【0010】
以下、
図4を参照して、従来の補強方法を説明する。
図4は、従来の補強方法を説明するための溶接構造物2の正面図である。従来の補強方法では、部品取り付け部26と天板部材21とに架け渡すように、補強部材27を溶接構造物2の外表面に取り付ける。具体的には、補強部材27の一方端を、部品取り付け部26の側面261に接合し、補強部材27の他方端を、天板部材21の上面211に接合する。天板部材21において、天板部材21と補強部材27との接合位置は、天板部材21と側板部材22Aとの継手部の近傍にある。側板部材22B側についても、側板部材22A側と同様に補強部材27を取り付ける。補強部材27によって、継手部の剛性が向上し、継手部に生じる曲げ応力を軽減することができる。
【0011】
上述した従来の補強方法では、溶接構造物2の周囲に、補強部材27を設置できるスペースが必要となる。ただし、溶接構造物2の周囲に十分なスペースを確保することができないことがある。例えば、溶接構造物2が鉄道車両用の台車枠に用いられる場合、他の部品や車体の存在により、溶接構造物2の周囲のスペースが制限されることが多い。このような場合、補強部材27の設置が困難になり、従来の補強方法では対応できない。また、特許文献1に記載された溶接技術は、溶接構造物2を製作するときに適用される技術であり、見隠し空間付き溶接構造物2の補修を想定していない。
【0012】
本開示の目的は、T継手により片側溶接された継手部の反溶接部側に見隠し空間を有する溶接構造物について、周囲のスペースの存否に関わらず、継手部に生じる曲げ応力を軽減することができる溶接構造物の補強方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本開示に係る補強方法は、溶接構造物の補強方法である。溶接構造物は、第1板部材と、第1板部材にT継手により片側溶接された第2板部材と、を含み、第1板部材に対する第2板部材の継手部の反溶接部側に見隠し空間を有する。補強方法は、開口形成工程と、裏当て材配置工程と、肉盛溶接工程と、を備える。開口形成工程では、第1板部材に、溶接部に沿いつつ見隠し空間につながる開口を形成する。裏当て材配置工程では、開口から見隠し空間に裏当て材を挿入し、第1板部材と第2板部材とに架け渡すように見隠し空間に裏当て材を配置する。肉盛溶接工程では、開口を通じて裏当て材上に溶接材を肉盛溶接し、肉盛溶接された溶接材で開口を埋める。
【発明の効果】
【0014】
本開示に係る補強方法によれば、T継手により片側溶接された継手部の反溶接部側に見隠し空間を有する溶接構造物について、周囲のスペースの存否に関わらず、継手部に生じる曲げ応力を軽減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】
図1は、見隠し空間付き溶接構造物の斜視図である。
【
図3】
図3は、
図2に示す溶接構造物における溶接継手の部分を拡大した断面図である。
【
図4】
図4は、従来の補強方法を説明するための溶接構造物の正面図である。
【
図5】
図5は、本実施形態に係る補強方法によって補修される見隠し空間付き溶接構造物の斜視図である。
【
図7】
図7は、
図6に示す溶接構造物における溶接継手の部分の拡大した断面図である。
【
図8】
図8は、第1実施形態に係る補強方法を示すフローチャートである。
【
図9】
図9は、開口形成工程の様子を示す拡大断面図である。
【
図10】
図10は、裏当て材配置工程の様子を示す拡大断面図である。
【
図11】
図11は、肉盛溶接工程の途中の様子を示す拡大断面図である。
【
図12】
図12は、肉盛溶接工程の終了時の様子を示す拡大断面図である。
【
図13】
図13は、第1実施形態に係る補強方法によって補修された溶接構造物の正面図である。
【
図14】
図14は、第2実施形態に係る補強方法における裏当て材配置工程の様子を示す拡大断面図である。
【
図15】
図15は、第3実施形態に係る補強方法における裏当て材配置工程の様子を示す拡大断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本開示の実施形態に係る補強方法は、溶接構造物の補強方法である。溶接構造物は、第1板部材と、第1板部材にT継手により片側溶接された第2板部材と、を含み、第1板部材に対する第2板部材の継手部の反溶接部側に見隠し空間を有する。補強方法は、開口形成工程と、裏当て材配置工程と、肉盛溶接工程と、を備える。開口形成工程では、第1板部材に、溶接部に沿いつつ見隠し空間につながる開口を形成する。裏当て材配置工程では、開口から見隠し空間に裏当て材を挿入し、第1板部材と第2板部材とに架け渡すように見隠し空間に裏当て材を配置する。肉盛溶接工程では、開口を通じて裏当て材上に溶接材を肉盛溶接し、肉盛溶接された溶接材で開口を埋める(第1の構成)。
【0017】
第1の構成の補強方法によって補強する溶接構造物は、見隠し空間付き溶接構造物である。具体的には、溶接構造物は、第1板部材と、第1板部材にT継手により片側溶接された第2板部材と、を含む。見隠し空間は、第1板部材に対する第2板部材の継手部の反溶接部側に存在している。このため、溶接構造物は、T継手により片側溶接された第1板部材と第2板部材との継手部の反溶接部側に見隠し空間を有する。
【0018】
第1の構成の補強方法では、このような見隠し空間付き溶接構造物に、開口形成工程、裏当て材配置工程、及び肉盛溶接工程の各処理を順に施す。具体的には、開口形成工程にて、第1板部材に、溶接部に沿いつつ見隠し空間につながる開口を形成する。これにより、隔離されていた見隠し空間が、開口を通じて第1板部材の外部に開放される。次に、裏当て材配置工程にて、開口から見隠し空間に裏当て材を挿入する。見隠し空間が開口を通じて第1板部材の外部に開放されているため、開口から見隠し空間に裏当て材を挿入することが可能になる。そして、見隠し空間に挿入された裏当て材を、第1板部材と第2板部材とに架け渡すように、見隠し空間に配置する。これにより、裏当て材が、開口の奥で、第1板部材及び第2板部材に対して傾いた姿勢で見隠し空間を区切る。
【0019】
次に、肉盛溶接工程にて、開口を通じて裏当て材上に溶接材を肉盛溶接する。裏当て材上の空間が開口を通じて第1板部材の外部に開放されているため、裏当て材上に溶接材を肉盛溶接することが可能になる。そして、肉盛溶接された溶接材で開口を埋める。これにより、T継手により片側溶接された第1板部材と第2板部材との継手部の見隠し空間側が、溶接材で肉盛溶接され、さらに第1板部材に形成された開口が、肉盛溶接された溶接材で埋められる。このように継手部の見隠し空間側に肉盛溶接された溶接材によって、継手部が補強される。これにより、継手部の剛性が向上し、継手部に生じる曲げ応力を軽減することができる。しかも、肉盛溶接された溶接材は、第1板部材の外側に実質的に突出していない。したがって、溶接構造物の周囲のスペースの存否に関わらず、継手部に生じる曲げ応力を軽減することができる。
【0020】
上記補強方法において、裏当て材は、鋼製の主板部を含んでいてもよい(第2の構成)。
【0021】
第2の構成の場合、裏当て材の主板部が溶接材と溶着し、裏当て材が溶接材と共に溶接構造物と一体化される。これにより、肉盛溶接工程後に裏当て材が脱落することはない。
【0022】
第2の構成の補強方法は、好ましくは、下記の構成を備える。裏当て材配置工程では、見隠し空間に配置された裏当て材の主板部の一方側縁及び他方側縁を、それぞれに対応する第1板部材及び第2板部材に仮止めする(第3の構成)。
【0023】
第3の構成の場合、見隠し空間に配置された裏当て材が、第1板部材及び第2板部材に対して安定する。このため、肉盛溶接工程で肉盛溶接を容易に行える。
【0024】
第1の構成の補強方法において、裏当て材は、鋼製の主板部と、主板部の一方側縁及び他方側縁にそれぞれ接合されたセラミックスタブと、を含んでいてもよい(第4の構成)。
【0025】
第4の構成の場合、裏当て材の主板部が溶接材と溶着し、裏当て材が溶接材と共に溶接構造物と一体化される。これにより、肉盛溶接工程後に裏当て材が脱落することはない。しかも、セラミックスタブは肉盛溶接で溶けないため、裏当て材上に肉盛溶接された溶接材のうち、セラミックスタブ近傍の部分は、良好な性状になる。
【0026】
第4の構成の補強方法は、好ましくは、下記の構成を備える。裏当て材配置工程では、見隠し空間に配置された裏当て材の主板部の一方側縁及び他方側縁を、それぞれに対応する第1板部材及び第2板部材に仮止めする(第5の構成)。
【0027】
第5の構成の場合、見隠し空間に配置された裏当て材が、第1板部材及び第2板部材に対して安定する。このため、肉盛溶接工程で肉盛溶接を容易に行える。
【0028】
第1の構成の補強方法において、裏当て材は、セラミックス製の主板部を含んでいてもよい(第6の構成)。
【0029】
第6の構成の場合、セラミックス製の主板部は肉盛溶接で溶けないため、裏当て材上に肉盛溶接された溶接材のうち、主板部近傍の部分は、良好な性状になる。
【0030】
上記補強方法において、好ましくは、溶接構造物が鉄道車両用の台車枠である(第7の構成)。
【0031】
第7の構成のような鉄道車両用の台車枠は、他の部品や車体の存在により、周囲のスペースが制限されることが多い。このような場合であっても、継手部に生じる曲げ応力を軽減することができる。
【0032】
以下、本開示の実施の形態について、図面を参照しつつ説明する。各図において同一又は相当の構成については同一符号を付し、重複する説明を繰り返さない。
【0033】
[溶接構造物1]
図5~
図7に、本実施形態に係る補強方法によって補修される溶接構造物1の一例を示す。
図5は、溶接構造物1の斜視図である。
図6は、溶接構造物1の正面図である。
図7は、溶接構造物1における溶接継手の部分を拡大した断面図である。溶接構造物1は、見隠し空間付き溶接構造物であり、
図1~
図3に示す溶接構造物2に相当する。
【0034】
図5~
図7を参照して、溶接構造物1は、鋼材として、第1板部材11、及び2つの第2板部材12A,12Bを含み、さらに第3板部材13、第4板部材14及び第5板部材15を含む。例えば、第1板部材11は天板部材であり、第2板部材12A,12Bはそれぞれ側板部材である。第3板部材13、第4板部材14及び第5板部材15は、それぞれ下板部材、前板部材及び後板部材である。この場合、溶接構造物1において、第1板部材11が上側に配置され、第2板部材12A,12Bがそれぞれ左側と右側に配置され、第3板部材13が下側に配置される。第4板部材14が前側に配置され、第5板部材15が後側に配置される。ただし、各板部材11,12A,12B,13,14,15の上下、左右、及び前後の用語は、溶接構造物1の姿勢に応じて定められるものに過ぎない。つまり、各板部材11,12A,12B,13,14,15の上下、左右、及び前後の用語は、溶接構造物1の姿勢を限定するものではない。
【0035】
各板部材11,12A,12B,13,14,15の材質は、溶接が可能な材質であればよく、典型的な例では鋼である。板部材11,12A,12B,13,14,15は、互いにT継手により溶接されて、一体化されている。具体的には、第1板部材11、2つの第2板部材12A,12B、及び第3板部材13によって、実質的に角筒状の部分が形成されている。この角筒状部分は、前後方向に延びている。角筒状部分の前と後は、それぞれ第4板部材14と第5板部材15によって閉塞されている。このため、溶接構造物1は、第1板部材11、2つの第2板部材12A,12B、第3板部材13、第4板部材14及び第5板部材15によって囲まれた見隠し空間Sを有する。
【0036】
図7を参照して、第2板部材12Aは、第1板部材11にT継手により片側溶接されている。第2板部材12Aの外面12Aoが外部に開放され、第2板部材12Aの内面12Aiが内側の見隠し空間Sに露出している。第1板部材11に対する第2板部材12Aの溶接部Wは、片側溶接により、外部に開放された外面12Ao側に形成されている。見隠し空間Sに露出する内面12Ai側には、溶接部Wは形成されていない。つまり、第1板部材11に対する第2板部材12Aの継手部の反溶接部側に、見隠し空間Sが存在している。このため、溶接構造物1は、T継手により片側溶接された第1板部材11と第2板部材12Aとの継手部の反溶接部側に見隠し空間Sを有する。
【0037】
図7には、片側溶接による溶接部Wが、開先溶接によって形成された例が示されている。この場合、第1板部材11に対する第2板部材12Aの継手部の反溶接部側に、ルート部Rが存在する。ルート部Rは、未溶着の隙間であり、見隠し空間Sにつながっている。片側溶接による溶接部Wが、隅肉溶接によって形成される場合もある。この場合でも、第1板部材11に対する第2板部材12Aの継手部の反溶接部側に、見隠し空間Sにつながるルート部Rが存在する。このような第2板部材12A側の継手部の状態は、第2板部材12B側についても同様である。
【0038】
溶接構造物1には、設計上で想定された荷重が負荷される。例えば、
図6を参照して、第1板部材11の上面111に部品取り付け部16が接合されており、2つの第2板部材12A,12Bそれぞれの開放された下端部121A,121Bを固定点にして、引張荷重Fが部品取り付け部16に負荷される。このような引張荷重Fが溶接構造物1に負荷されると、第1板部材11に曲げモーメントが作用して曲げ応力が生じる。この曲げ応力により、溶接構造物1が変形する。
図6には、第1板部材11が変形した様子の一例を二点鎖線で示している。溶接構造物1の強度設計では、このような変形を許容できるように、負荷される引張荷重Fが初期設定される。
【0039】
溶接構造物1は、鉄道車両で利用される。具体的には、溶接構造物1は、鉄道台車用の台車枠である。この場合、部品取り付け部16には、台車枠以外の他の部品(例:モータ)が取り付けられる。ただし、溶接構造物は、鉄道車両で利用されるものに限定されず、船舶、橋梁、建築物などの分野で利用されるものであってもよい。
【0040】
しかしながら、溶接構造物1が長年使用されることにより、溶接構造物1に負荷される引張荷重Fが当初の設計値より増加することがある。荷重の増加に伴って、第1板部材11と第2板部材12A,12Bとの継手部に生じる曲げ応力が増加する。この場合、曲げ応力を軽減するために、補修により溶接構造物1を補強する必要がある。以下、
図8~
図15を参照して、本実施形態に係る溶接構造物1の補強方法について説明する。
【0041】
[補強方法]
<第1実施形態>
図8は、第1実施形態に係る溶接構造物1の補強方法を示すフローチャートである。
図8に示すように、本実施形態の補強方法は、開口形成工程(#10)と、裏当て材配置工程(#20)と、肉盛溶接工程(#30)と、を含む。補強方法では、上述した見隠し空間付き溶接構造物1に、開口形成工程(#10)、裏当て材配置工程(#20)、及び肉盛溶接工程(#30)の各処理を順に施す。
【0042】
図9~
図12は、本実施形態の補強方法を説明するための模式図である。具体的には、各図は、溶接構造物1における溶接継手の部分を拡大した断面図である。
図9には、開口形成工程(#10)の様子が示される。
図10には、裏当て材配置工程(#20)の様子が示される。
図11及び
図12には、肉盛溶接工程(#30)の様子が示される。
図11は、肉盛溶接工程の途中の様子を示し、
図12は、肉盛溶接工程の終了時の様子を示している。
【0043】
図9を参照して、開口形成工程(#10)では、第1板部材11に、開口Hを形成する。開口Hは、片側溶接による溶接部Wに沿いつつ見隠し空間Sにつながっている。開口Hは、溶接部Wの延在方向に沿って実質的に直線状である。溶接部Wの延在方向において、開口Hは見隠し空間Sの全域に形成される。ただし、溶接部Wの延在方向において、開口Hが見隠し空間Sの一部に形成されていてもよい。
【0044】
開口Hを形成するとき、第1板部材11と第2板部材12Aとの継手部のうち、見隠し空間S側の部分が除去される。これにより、ルート部Rが除去される。このように除去された部分は、開口Hに含まれる。開口Hの形成方法は、特に限定されない。例えば、開口Hの形成方法として、ドリル、又は砥石による穴あけ加工を採用することができ、レーザー、プラズマ、又はガスによる穴あけ加工を採用してもよい。
【0045】
開口形成工程の処理を施すことにより、隔離されていた見隠し空間Sが、開口Hを通じて第1板部材11の外部に開放される。
【0046】
次に、
図10を参照して、裏当て材配置工程(#20)では、外部に開放された開口Hから見隠し空間Sに裏当て材17を挿入する。そして、見隠し空間Sに挿入された裏当て材17を、第1板部材11と第2板部材12Aとに架け渡すように配置する。つまり、見隠し空間Sにおいて、開口H(第1板部材11と第2板部材12Aとの継手部のうち、開口Hの形成時に除去された上記の部分を含む)を跨ぐように裏当て材17を配置する。これにより、裏当て材17が、開口Hの奥で、第1板部材11及び第2板部材12Aに対して傾いた姿勢で見隠し空間Sを区切る。
【0047】
裏当て材17は、平面視で実質的に矩形であり、板状の部材である。本実施形態の裏当て材17は、鋼製の主板部171を含む。裏当て材配置工程の終了時、裏当て材17の主板部171の一方側縁及び他方側縁は、それぞれ第1板部材11及び第2板部材12Aと接触した状態となっている。
【0048】
ここで、裏当て材配置工程のとき、予め裏当て材17にワイヤ(図示略)を取り付けておいてもよい。ワイヤによって裏当て材17を吊るした状態で、裏当て材17を見隠し空間Sに挿入することができるため、作業性がよくなる。さらに、ワイヤで吊るした裏当て材17を見隠し空間S内で引き込むことにより、裏当て材17が第1板部材11及び第2板部材12Aと強く接触した状態になるため、第1板部材11及び第2板部材12Aに対して裏当て材17が安定する。なお、ワイヤは、後述する肉盛溶接工程の後に切断すればよい。
【0049】
次に、
図11を参照して、肉盛溶接工程(#30)では、外部に開放された開口Hを通じて裏当て材17上に溶接材18を肉盛溶接する。そして、
図12を参照して、肉盛溶接された溶接材18で開口Hを埋める。これにより、T継手により片側溶接された第1板部材11と第2板部材12Aとの継手部の見隠し空間S側が、溶接材18で肉盛溶接される。さらに、第1板部材11に形成された開口Hが、肉盛溶接された溶接材18で埋められる。このように継手部の見隠し空間S側に肉盛溶接された溶接材18によって、継手部が補強される。
【0050】
ここで、肉盛溶接工程のとき、溶接肉盛された溶接材18を適度に冷ましながら、肉盛溶接を断続的に実施すればよい。第1板部材11及び第2板部材12Aの過剰な温度上昇を抑制することができるため、強度に対する熱影響が少なくなる。
【0051】
肉盛溶接工程が終了したとき、溶接材18が第1板部材11の上面111に表出している。この場合、グラインダなどによって溶接材18の表面を研削して滑らかにしてもよい。
【0052】
第2板部材12B側についても、第2板部材12A側と同様に、開口形成工程(#10)、裏当て材配置工程(#20)、及び肉盛溶接工程(#30)の各処理を順に施せばよい。ただし、強度的に問題が生じなければ、第2板部材12A側及び第2板部材12B側のいずれか一方に、上記各処理を施せばよい。
【0053】
図13は、第1実施形態に係る補強方法によって補修された溶接構造物10の正面図である。
図13を参照して、補修された溶接構造物10は、第1板部材11と第2板部材12Aとの継手部の見隠し空間S側に肉盛溶接された溶接材18を備え、第1板部材11と第2板部材12Bとの継手部の見隠し空間S側に肉盛溶接された溶接材18を備える。肉盛溶接された溶接材18によって、それぞれの継手部が補強される。
【0054】
[効果]
本実施形態の補強方法によれば、補修された溶接構造物10は、第1板部材11と第2板部材12Aとの継手部の見隠し空間S側に肉盛溶接された溶接材18を備え、溶接材18によって、継手部が補強される。これにより、継手部の剛性が向上し、継手部に生じる曲げ応力を軽減することができる。しかも、肉盛溶接された溶接材18は、第1板部材11の外側に実質的に突出していない。したがって、溶接構造物10の周囲のスペースの存否に関わらず、継手部に生じる曲げ応力を軽減することができる。
【0055】
また、本実施形態では、裏当て材17が鋼製の主板部171を含むため、裏当て材17の主板部171が溶接材18と溶着する。このため、裏当て材17が溶接材18と共に溶接構造物10と一体化される。これにより、肉盛溶接工程後に裏当て材17が脱落することはない。
【0056】
本実施形態では、溶接構造物1は、鉄道台車用の台車枠である。鉄道車両用の台車枠は、他の部品や車体の存在により、周囲のスペースが制限されることが多い。このような場合であっても、継手部に生じる曲げ応力を軽減することができる。
【0057】
<第2実施形態>
図14は、第2実施形態の補強方法を説明するための模式図である。具体的には、
図14は、溶接構造物1における溶接継手の部分を拡大した断面図である。
図14には、裏当て材配置工程(#20)の様子が示される。本実施形態の補強方法は、裏当て材配置工程にて裏当て材17を仮止めする点で、第1実施形態の補強方法と異なる。
【0058】
図14を参照して、裏当て材配置工程(#20)では、見隠し空間Sに配置された裏当て材17を第1板部材11及び第2板部材12に仮止めする。具体的には、裏当て材17の主板部171の一方側縁及び他方側縁を、それぞれに対応する第1板部材11及び第2板部材12に仮止めする。
図14には、点溶接部Bで仮止めされた例が示される。仮止め方法は、特に限定されない。例えば、仮止め方法として、溶接を採用することができる。溶接は、点溶接であっても、線溶接であってもよい。施工容易性の観点から、点溶接が好ましい。また、仮止め方法として、接着剤による接合を採用してもよい。
【0059】
本実施形態の場合、見隠し空間Sに配置された裏当て材17が、第1板部材11及び第2板部材12に対して安定する。このため、肉盛溶接工程で肉盛溶接を容易に行える。
【0060】
<第3実施形態>
図15は、第3実施形態の補強方法を説明するための模式図である。具体的には、
図15は、溶接構造物1における溶接継手の部分を拡大した断面図である。
図15には、裏当て材配置工程(#20)の様子が示される。本実施形態の補強方法は、裏当て材17aの構成において、第1実施形態の補強方法と異なる。
【0061】
図15を参照して、裏当て材17aは、平面視で実質的に矩形であり、全体で見て板状の部材である。本実施形態の裏当て材17aは、鋼製の主板部171aと、2つのセラミックスタブ172A,172Bと、を含む。セラミックスタブ172A,172Bは、主板部171aの一方側縁及び他方側縁にそれぞれ接合されている。接合方法は、特に限定されない。例えば、接合方法として、接着剤(例:熱硬化性樹脂)による接合を採用することができる。裏当て材配置工程の終了時、裏当て材17aの主板部171aの一方側縁及び他方側縁は、それぞれ第1板部材11及び第2板部材12Aと接触した状態となっている。また、セラミックスタブ172A,172Bは、それぞれ第1板部材11及び第2板部材12Aと接触した状態となっている。
【0062】
ここで、肉盛溶接工程のとき、溶接の熱によって、主板部171aの温度が上昇する。主板部171aの温度が著しく上昇すると、セラミックスタブ172A,172Bと主板部171aとの接合が緩み、セラミックスタブ172A,172Bが主板部171aから脱落するおそれがある。このような脱落を防止するため、第1板部材11に接触しているセラミックスタブ172Aと、このセラミックスタブ172A近傍の主板部171aの一部と、を背面から覆うように、セラミックスタブ172A及び主板部171aに金属製フィルムを貼り付けていてもよい。第2板部材12に接触しているセラミックスタブ172Bと、このセラミックスタブ172B近傍の主板部171aの一部と、を背面から覆うように、セラミックスタブ172B及び主板部171aに金属製フィルムを貼り付けていてもよい。金属製フィルムは、特に限定されない。例えば、金属製フィルムとして、アルミニウム製フィルムを採用することができる。
【0063】
本実施形態の場合、裏当て材17aの主板部171aは鋼製であるため、主板部171aが溶接材18と溶着する。このため、裏当て材17aが溶接材18と共に溶接構造物10と一体化される。これにより、肉盛溶接工程後に裏当て材17aが脱落することはない。しかも、セラミックスタブ172A,172Bは肉盛溶接で溶けないため、裏当て材17a上に肉盛溶接された溶接材18のうち、セラミックスタブ172A,172B近傍の部分は、良好な性状になる。
【0064】
本実施形態の裏当て材17aは、第2実施形態の補強方法に適用することも可能である。
【0065】
以上、本開示の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本開示を実施するための例示に過ぎない。したがって、本開示は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。
【0066】
例えば、第1実施形態及び第2実施形態において、裏当て材は、セラミックス製の主板部を含んでいてもよい。この場合、セラミックス製の主板部は肉盛溶接で溶けないため、裏当て材上に肉盛溶接された溶接材のうち、主板部近傍の部分は、良好な性状になる。
【実施例0067】
本実施形態による効果を確認するため、弾塑性有限要素法による数値シミュレーション解析(FEM解析)を実施した。本発明例として、
図13に示す本実施形態の補強方法によって補修された溶接構造物のモデルを作製した。比較例として、
図6に示す補修されていない溶接構造物のモデルを作製した。参考例として、
図4に示す従来の補強方法によって補修された溶接構造物のモデルを作製した。
【0068】
各板部材の材質、寸法及び板厚は、全てのモデルで同じとした。特に、第1板部材(比較例及び参考例では天板部材)及び第2板部材(参考例では側板部材)の板厚は、それぞれ9mm及び6mmとした。
【0069】
各モデルにおいて、2つの第2板部材(参考例では側板部材)それぞれの開放された下端部を固定点にして、部品取り付け部に引張荷重Fを負荷した。引張荷重Fは8.2kNとした。そして、第1板部材(参考例では天板部材)の変形量を評価した。
【0070】
具体的には、各モデルに引張荷重Fを負荷した状態で、引張荷重Fの方向において、第1板部材と部品取り付け部との接合部の座標P1を抽出するとともに、第1板部材と第2板部材との継手部の座標P2を抽出した。各モデルにおいて、抽出した座標P1と座標P2との差を算出して、第1板部材(参考例では天板部材)の変形量とした。比較例の変形量を基準にして、本発明例の変形量と参考例の変形量を比較した。結果は以下の通りであった。
【0071】
本発明例の変形量は、比較例の0.52倍であった。参考例の変形量は、比較例の0.41倍であった。本発明例及び参考例のいずれの変形量も、比較例より小さかった。また、本発明例の変形量は、参考例の変形量と同等であった。この結果より、本実施形態の補強方法によって補修された溶接構造物は、従来の補強方法によって補修された溶接構造物と同レベルに強化されることが実証された。