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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024078842
(43)【公開日】2024-06-11
(54)【発明の名称】抗炎症剤及び医薬組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 38/36 20060101AFI20240604BHJP
   A61P 29/00 20060101ALI20240604BHJP
   C07K 14/745 20060101ALI20240604BHJP
【FI】
A61K38/36
A61P29/00
C07K14/745 ZNA
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022191421
(22)【出願日】2022-11-30
(71)【出願人】
【識別番号】899000057
【氏名又は名称】学校法人日本大学
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100126882
【弁理士】
【氏名又は名称】五十嵐 光永
(72)【発明者】
【氏名】日臺 智明
(72)【発明者】
【氏名】正岡 鷹
(72)【発明者】
【氏名】北野 尚孝
(72)【発明者】
【氏名】三木 敏生
(72)【発明者】
【氏名】金丸 和典
(72)【発明者】
【氏名】太向 勇
【テーマコード(参考)】
4C084
4H045
【Fターム(参考)】
4C084AA01
4C084AA02
4C084DC16
4C084NA14
4C084ZB111
4C084ZB112
4H045AA10
4H045AA30
4H045BA10
4H045DA65
4H045EA20
4H045FA10
(57)【要約】
【課題】複数のシグナル伝達を同時に抑制することが可能な抗炎症剤、及び抗炎症剤を適用した、炎症反応を治療するための医薬組成物を提供する。
【解決手段】下記(a)、(b)及び(c)からなる群より選択される、抗炎症活性を有するペプチド又はその塩を有効成分として含有する、抗炎症剤を採用する。
(a)血液凝固第9因子の全長からトリプシンドメイン部分と軽鎖部分とを除いた部分を含むペプチド;
(b)血液凝固第9因子の全長からトリプシンドメイン部分と軽鎖部分とを除いた部分において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換及び/若しくは付加されたアミノ酸配列を含むペプチド;
(c)血液凝固第9因子の全長からトリプシンドメイン部分と軽鎖部分とを除いた部分のアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含むペプチド。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(a)、(b)及び(c)からなる群より選択されるペプチド又はその塩を有効成分として含有する、抗炎症剤;
(a)血液凝固第9因子の全長からトリプシンドメイン部分と軽鎖部分とを除いた部分のアミノ酸配列を含み、かつ、抗炎症活性を有するペプチド;
(b)血液凝固第9因子の全長からトリプシンドメイン部分と軽鎖部分とを除いた部分のアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換及び/若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつ、抗炎症活性を有するペプチド;
(c)血液凝固第9因子の全長からトリプシンドメイン部分と軽鎖部分とを除いた部分のアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ、抗炎症活性を有するペプチド。
【請求項2】
IL-6によるシグナル伝達を抑制する活性を有する、請求項1に記載の抗炎症剤。
【請求項3】
トロンビンによるシグナル伝達を抑制する活性を有する、請求項1に記載の抗炎症剤。
【請求項4】
請求項1に記載の抗炎症剤の有効量、及び薬学的に許容される担体を含む、炎症反応を治療又は予防するための医薬組成物。
【請求項5】
サイトカインストームを治療又は予防するために用いられる、請求項4に記載の医薬組成物。
【請求項6】
前記サイトカインストームがウイルス感染により引き起こされるサイトカインストームである、請求項5に記載の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗炎症剤及び医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
COVID-19(coronavirus disease 2019)、MERS、SARS等の感染により急性呼吸窮迫症候群が引き起こされる場合がある。この原因のひとつとして、免疫系の過剰な生体防御反応であるサイトカインストームが挙げられている。
【0003】
サイトカインストームでは、インターロイキン-6(IL-6)等の炎症性サイトカイン、それ以外の種々の炎症性液性因子が大量に放出されて、好中球の活性化、血液凝固機構活性、血管拡張等が引き起こされる。その結果、肺水腫、血栓症等が引き起こされる。
【0004】
COVID-19の急性呼吸促拍不全症候群に対しては、抗IL-6受容体モノクローナル抗体の投与がある程度は有効であると報告されているが、死亡率等の重要な指標については良好な結果は得られていない。
【0005】
一方、本発明者らは、血液凝固第9因子のActivation peptideが、脂質ラフトの形成を抑制することを報告している(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2015-214500号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
急性呼吸窮迫症候群の治療が困難である原因のひとつは、炎症反応に関係する種々の液性因子が、ネットワークを形成し、炎症反応を亢進させていることにあると考えられる。そのため、このネットワークの一部の因子を阻害しても、炎症反応の全体を抑制することができず、急性呼吸促拍不全症候群が治療できないと考えられる。
【0008】
そこで、本発明は、複数の炎症性シグナル伝達を同時に抑制することが可能な抗炎症剤を提供することを目的とする。また、抗炎症剤を適用した、炎症反応を治療するための医薬組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、以下の態様を含む。
[1]下記(a)、(b)及び(c)からなる群より選択されるペプチド又はその塩を有効成分として含有する、抗炎症剤;
(a)血液凝固第9因子の全長からトリプシンドメイン部分と軽鎖部分とを除いた部分のアミノ酸配列を含み、かつ、抗炎症活性を有するペプチド;
(b)血液凝固第9因子の全長からトリプシンドメイン部分と軽鎖部分とを除いた部分のアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換及び/若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつ、抗炎症活性を有するペプチド;
(c)血液凝固第9因子の全長からトリプシンドメイン部分と軽鎖部分とを除いた部分のアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ、抗炎症活性を有するペプチド。
[2]IL-6によるシグナル伝達を抑制する活性を有する、[1]に記載の抗炎症剤。
[3]トロンビンによるシグナル伝達を抑制する活性を有する、[1]に記載の抗炎症剤。
[4][1]に記載の抗炎症剤の有効量、及び薬学的に許容される担体を含む、炎症反応を治療又は予防するための医薬組成物。
[5]サイトカインストームを治療又は予防するために用いられる、[4]に記載の医薬組成物。
[6]前記サイトカインストームがウイルス感染により引き起こされるサイトカインストームである、[5]に記載の医薬組成物。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、複数の炎症性シグナル伝達を同時に抑制することが可能な抗炎症剤、及び抗炎症剤を適用した、炎症反応を治療するための医薬組成物を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】ヒト臍帯静脈血管内皮細胞に対して、F9-APの非存在下又は存在下で、IL-6を作用させた後、STAT3の細胞内局在を観察した結果を示す図である。
図2】ヒト臍帯静脈血管内皮細胞に対して、F9-APの非存在下又は存在下で、トロンビンを作用させた後、細胞内のアクチンの繊維化及びSTAT3の分布を観察した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
[抗炎症剤]
一実施形態において、本発明は、下記(a)、(b)及び(c)からなる群より選択されるペプチド又はその塩を有効成分として含有する、抗炎症剤を提供する。
(a)血液凝固第9因子の全長からトリプシンドメイン部分と軽鎖部分とを除いた部分のアミノ酸配列を含み、かつ、抗炎症活性を有するペプチド
(b)血液凝固第9因子の全長からトリプシンドメイン部分と軽鎖部分とを除いた部分のアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換及び/若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつ、抗炎症活性を有するペプチド
(c)血液凝固第9因子の全長からトリプシンドメイン部分と軽鎖部分とを除いた部分のアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ、抗炎症活性を有するペプチド
本明細書において、アミノ酸配列は、一般に用いられるアミノ酸残基の一文字表記により記載する。
上記(a)、(b)及び(c)からなる群より選択されるペプチドは、抗炎症活性を有する。
【0013】
「抗炎症活性」とは、炎症反応を抑制する活性を意味する。より具体的には、IL-6によるシグナル伝達を抑制する活性、及び/又はトロンビンによるシグナル伝達を抑制する活性を意味する。本実施形態に係る抗炎症剤は、これらのシグナル伝達を抑制することで、抗炎症活性を発現する。ペプチドが、「抗炎症活性」を有することは、例えば、当該ペプチド及びIL-6の存在下で細胞を培養し、STAT3の核移行を観察することで確認することができる。例えば、当該ペプチド及びIL-6の存在下で培養された細胞におけるSTAT3の核局在量が、当該ペプチドの非存在下かつIL-6の存在下で培養された細胞におけるSTAT3の核局在量と比較して、低下していた場合、当該ペプチドは、抗炎症活性を有すると判定することができる。あるいは、ペプチドが、「抗炎症活性」を有することは、例えば、当該ペプチド及びトロンビンの存在下で細胞を培養し、アクチンの繊維化を観察することで確認することができる。例えば、当該ペプチド及びトロンビンの存在下で培養された細胞におけるアクチン線維化が、当該ペプチドの非存在下かつトロンビンの存在下で培養された細胞におけるアクチン線維化と比較して、抑制されていた場合、当該ペプチドは、抗炎症活性を有すると判定することができる。
【0014】
IL-6は、炎症反応を促進する因子のひとつである。IL-6は、IL-6受容体を活性化して、転写因子STAT3の核内移行を促進し、その結果、炎症反応が促進する(例えば、S.Kang et al., Targeting Interleukin-6 Signaling in Clinic, DOI: 10.1016/j.immuni.2019.03.026)。
【0015】
トロンビンは、血液凝固を制御する因子のひとつである。トロンビンは、血管内皮細胞において、アクチンストレスファイバー等のアクチン繊維の形成を促進する。アクチン繊維により血管内皮細胞は収縮し、血管透過性が亢進する(例えば、Mayumi Hirano & Katsuya Hirano, Myosin di-phosphorylation and peripheral actin bundle formation as initial events during endothelial barrier disruption, DOI: 10.1038/srep20989)。その結果、炎症反応が亢進する。すなわち、トロンビンは、炎症反応を亢進させる活性を有する。
【0016】
本実施形態に係る抗炎症剤の対象となる炎症は、本発明の効果が奏される限り特に限定されず、以下に記すような原因により引き起こされる炎症であってもよい。対象となる前記炎症の原因としては、例えば、火傷、打撲等の物理的刺激、酸、塩基、毒物等の化学的刺激、ウイルス、微生物等の病原体の感染による刺激、抗原抗体反応、液性免疫、細胞性免疫等の免疫反応、細胞、組織の壊死等が挙げられる。
本実施形態に係る抗炎症剤の対象となり得る炎症は、例えば、急性炎症、慢性炎症、サイトカインストーム等が挙げられる。
【0017】
急性炎症としては、例えば、漿液性炎症、繊維素性炎症、化膿性炎症、壊疽性炎症、潰瘍等が挙げられる。
漿液性炎症は、液体成分を主成分とし、フィブリノゲン等のタンパク質の含有量が低い滲出液を伴う炎症であり、例えば、胸膜炎、腹膜炎、心外膜炎等が挙げられる。
繊維素性炎症は、フィブリノゲン等のタンパク質の含有量が多い滲出液を伴う炎症であり、例えば、髄膜炎、胸膜炎、腹膜炎、心外膜炎等が挙げられる。
化膿性炎症は、膿を含む浸出液を伴い、化膿性細菌が関わる炎症であり、例えば、化膿性髄膜炎、肺膿瘍、肝膿瘍、蜂窩織炎等が挙げられる。
壊疽性炎症は、腐敗菌が関わる炎症であり、例えば、壊疽性虫垂炎、壊疽性胆嚢炎等が挙げられる。
潰瘍は、臓器の局所的欠損を伴う炎症であり、例えば、胃潰瘍、十二指腸潰瘍、閉塞性動脈硬化症等が挙げられる。
【0018】
慢性炎症としては、例えば、持続する感染症により引き起こされる炎症、免疫関連性炎症等が挙げられる。
持続する感染症により引き起こされる炎症としては、例えば、結核、ウイルス、真菌、寄生虫等による感染症が挙げられる。
免疫関連性炎症としては、全身性エリテマトーデス、関節リウマチ、多発性硬化症等の自己免疫疾患、潰瘍性代用腸炎、クローン病等の炎症性腸疾患、気管支喘息等のアレルギー疾患等が挙げられる。
【0019】
炎症反応では、様々なシグナル伝達経路が活性化する。炎症反応により活性化されるシグナル伝達としては、例えば、サイトカイン、ケモカイン、腫瘍壊死因子(TNF)等により活性化されるシグナル伝達が挙げられる。サイトカインとしては、例えば、インターロイキン、インターフェロン等が挙げられる。
【0020】
サイトカインストームでは、サイトカイン、ケモカイン、TNF等の放出が亢進する。サイトカインとしては、IL-1β、IL-2、IL-5、IL-6、IL-8等のインターロイキン、IFNα、IFNγ等のインターフェロン、G-CSF、GM-CSF等のCSF等が挙げられる。ケモカインとしては、CCL2、CCL4、CXCL10等が挙げられる。TNFとしては、TNFα、TNFβ等が挙げられる。本実施形態に係る抗炎症剤は、IL-6及びトロンビンのシグナル伝達を抑制することにより、サイトカインストームを抑制し得る。本実施形態に係る抗炎症剤は、IL-6及びトロンビンのシグナル伝達に加えて、前記のようなサイトカインのいずれか1つ以上のシグナル伝達を抑制してもよい。
【0021】
<ペプチド>
本実施形態に係る抗炎症剤は、血液凝固第9因子に由来するペプチドを含む。血液凝固第9因子(以下、「F9」とも言う)は、必須の血液凝固因子のひとつであり、哺乳動物等の脊椎動物において保存されている。F9は、生体において、シグナルペプチド及びプロペプチドを有する前駆体F9として発現する。次いで、前駆体F9は、シグナルペプチド及びプロペプチドが除かれて、成熟型F9となる。本明細書及び特許請求の範囲において、「血液凝固第9因子の全長」又は「F9の全長」とは、「成熟型F9」の全長を意味する。
【0022】
成熟型F9は、軽鎖、トリプシンドメイン、及び、軽鎖とトリプシンドメインの間に存在する中間部(Activation peptide)(以下、「F9-AP」とも言う。)とからなる。F9-APは、「血液凝固第9因子の全長からトリプシンドメイン部分と軽鎖部分とを除いた部分」である。
【0023】
哺乳動物の種間において、F9-APのアミノ酸配列同士の相同性は高いことが報告されている(例えば、国際公開第2016/060158号)。ヒトF9-APのアミノ酸配列としては、配列番号5に記載のアミノ酸配列が挙げられる。マウスF9-APのアミノ酸配列としては、配列番号10に記載のアミノ酸配列が挙げられる。他の哺乳動物のF9-APのアミノ酸配列は、GenBankTM等の公知の配列データベースから取得してもよく、公知のF9-APのアミノ酸配列に基づいて、対象の哺乳動物のゲノムからF9-APをコードする遺伝子を探索してもよい。あるいは、BLASTP(https://blast.ncbi.nlm.nih.gov/Blast.cgi)等の相同性検索ソフトウェアを用いて、配列データベースに登録されているアミノ酸配列から公知のF9-APと高い相同性を有するアミノ酸配列を探索してもよい。
【0024】
軽鎖は、成熟型F9において、F9-APのN末端側に隣接する部位である。トリプシンドメインは、成熟型F9において、F9-APのC末端側に隣接する部位である。成熟型F9において、軽鎖、トリプシンドメイン、及びF9-APの各ドメインは、公知のドメイン検索ソフト等を用いて決定することができる。
【0025】
F9が由来する動物としては、本発明の効果が奏される限り特に限定されず、哺乳動物が好ましい。哺乳動物としては、例えば、ラット、ハムスター、モルモット等のげっ歯類;ウサギ等のウサギ目;ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ等の有蹄目;イヌ、ネコ等のネコ目;ヒト、サル、アカゲザル、カニクイザル、マーモセット、オランウータン、チンパンジー等の霊長類等が挙げられる。これらの中でも、ヒトが好ましい。
【0026】
ヒト前駆体F9のアミノ酸配列は、配列番号1に記載のアミノ酸配列からなる(GenBankアクセッション番号:CAA01140;461残基)。ヒトF9のシグナルペプチド及びプロペプチドのアミノ酸配列は、配列番号2に記載のアミノ酸配列からなり、ヒト前駆体F9の1番目~28番目のアミノ酸からなる配列である。ヒト成熟型F9のアミノ酸配列は、ヒト前駆体F9の29番目~461番目のアミノ酸からなる配列である。
【0027】
ヒト成熟型F9の軽鎖のアミノ酸配列は、配列番号3に記載のアミノ酸配列からなり、これは、ヒト前駆体F9のペプチドのアミノ酸配列(配列番号1)における29番目~190番目のアミノ酸配列である。
ヒト成熟型F9のトリプシンドメインのアミノ酸配列は、配列番号4に記載のアミノ酸配列からなり、これは、ヒト前駆体F9のペプチドのアミノ酸配列(配列番号1)における227番目~461番目のアミノ酸配列である。
ヒトのF9-APのアミノ酸配列は、配列番号5に記載のアミノ酸配列からなり、これは、ヒト前駆体F9のペプチドのアミノ酸配列(配列番号1)における191番目~226番目のアミノ酸配列である。
【0028】
マウス由来の前駆体F9のアミノ酸配列は、配列番号6に記載のアミノ酸配列からなる(GenBankアクセッション番号:BAE28840;471残基)。マウスF9のシグナルペプチド及びプロペプチドのアミノ酸配列は、配列番号7に記載のアミノ酸配列からなり、前駆体F9の1番目~46番目のアミノ酸からなる配列である。成熟型F9のアミノ酸配列は、前駆体F9の47番目~471番目のアミノ酸からなる配列である。
【0029】
マウス成熟型F9の軽鎖のアミノ酸配列は、配列番号8に記載のアミノ酸配列からなり、これは、マウス前駆体F9のペプチドのアミノ酸配列(配列番号6)における47番目~191番目のアミノ酸配列である。
マウス成熟型F9のトリプシンドメインのアミノ酸配列は、配列番号9に記載のアミノ酸配列からなり、これは、マウス前駆体F9のペプチドのアミノ酸配列(配列番号6)における237番目~471番目のアミノ酸配列である。
マウスのF9-APのアミノ酸配列は、配列番号10に記載のアミノ酸配列からなり、これは、マウス前駆体F9のペプチドのアミノ酸配列(配列番号6)における192~236番目のアミノ酸配列である。
【0030】
(a)のペプチドは、「血液凝固第9因子の全長からトリプシンドメイン部分と軽鎖部分とを除いた部分」、すなわち、F9-APを含む。(a)のペプチドは、抗炎症活性を有する。
【0031】
後述の実施例で示すように、F9-APは、IL-6によるシグナル伝達を抑制する活性、及びトロンビンによるシグナル伝達を抑制する活性を有する。F9-APは、これらのシグナル伝達の抑制により、抗炎症活性を有する。
上記(a)のペプチドは、F9-APのアミノ酸配列以外のアミノ酸配列を含み得る。上記(a)のペプチドは、F9-APのアミノ酸配列に、アミノ酸配列が付加されたペプチドであってもよい。
上記(a)のペプチドが、F9-APにアミノ酸が付加されたペプチドである場合、アミノ酸の付加は、F9-APのアミノ酸配列のN末端及びC末端のいずれに行われてもよく、N末端及びC末端の両方に行われてもよい。
上記(a)において、F9-APに付加されるアミノ酸配列は、そのF9-APのアミノ酸配列を有する成熟型F9のアミノ酸配列において、F9-APのアミノ酸配列に隣接するアミノ酸又はアミノ酸配列であってもよい。
【0032】
(a)のペプチドは、F9-APの抗炎症活性が維持される限り、特に限定されず、例えば、5000残基以下であってもよく、3000残基以下であってもよく、2000残基以下であってもよく、1000残基以下であってもよく、500残基以下であってもよく、300残基以下であってもよく、100残基以下であってもよく、60残基以下であってもよく、50残基以下であってもよい。
【0033】
(a)のペプチドが、F9-APのアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が付加したペプチドである場合、F9-APに付加されるアミノ酸配列の個数は、F9-APの抗炎症活性が維持される限り特に限定されないが、1~5000残基であってもよく、1~3000残基であってもよく、1~2000残基であってもよく、1~1000残基であってもよく、1~500残基であってもよく、1~300残基であってもよく、1~100残基であってもよく、1~40残基であってもよい。
【0034】
(b)のペプチドは、F9-APのアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換及び/若しくは付加されたアミノ酸配列を含む。以下、「欠失、挿入、置換及び/若しくは付加された、1若しくは複数個のアミノ酸」を「変異したアミノ酸」ともいう。(b)のペプチドは、抗炎症活性を有する。
【0035】
(b)のペプチドは、F9-APのアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が変異したアミノ酸配列からなり、且つ抗炎症活性を有するペプチド(以下、「変異型F9-AP」ともいう)であってもよく、変異型F9-APのN末端及びC末端のいずれか又は両方に1個以上のアミノ酸残基が付加されたペプチドであってもよい。前記変異は、欠失、挿入、置換、及び付加のいずれであってもよく、これらが組み合わされたものでもよい。前記変異は、変異によって生じるペプチドが抗炎症活性を有する限り、特に限定されない。
【0036】
上記(b)のペプチドにおいて、変異したアミノ酸の数は、特に限定されない。(b)における「複数個」は、特に限定されないが、例えば、2~20個、2~15個、2~10個、2~9個、2~8個、2~7個、2~6個、2~5個、2~4個、2~3個、又は2個等が挙げられる。(b)における「複数個」は「数個」であってもよい。本明細書及び特許請求の範囲において、「数個」は、2~5個、2~4個、2~3個、又は2個を意味する。
【0037】
変異型F9-APは、F9-APのアミノ酸配列に対して、F9-APの抗炎症活性に影響しない変異を有していてもよい。
そのような変異としては、例えば、保存的置換と呼ばれる置換が挙げられる。保存的置換は、機能的に類似する側鎖を有するアミノ酸間での置換である。機能的に類似するアミノ酸側鎖の分類としては、疎水性側鎖(A、I、L、M、F、P、W、Y、V)、親水性側鎖(R、D、N、C、E、Q、G、H、K、S、T)、脂肪族側鎖(G、A、V、L、I、P)、ヒドロキシル基含有側鎖(S、T、Y)、硫黄原子含有側鎖(C、M)、カルボン酸及びアミド含有側鎖(D、N、E、Q)、塩基含有側鎖(R、K、H)、香族含有側鎖(H、F、Y、W)等が挙げられる。
また、以下の1)~8)群に記載されるアミノ酸は、各群内で、相互に保存的置換であることが知られている。
1)アラニン(A)、グリシン(G)
2)アスパラギン酸(D)、グルタミン酸(E)
3)アスパラギン(N)、グルタミン(Q)
4)アルギニン(R)、リジン(K)
5)イソロイシン(I)、ロイシン(L)、メチオニン(M)、バリン(V)
6)フェニルアラニン(F)、チロシン(Y)、トリプトファン(W)
7)セリン(S)、スレオニン(T)
8)システイン(C)、メチオニン(M)
【0038】
上記(b)のペプチドが、変異型F9-APにアミノ酸が付加されたペプチドである場合、アミノ酸の付加は、変異型F9-APのアミノ酸配列のN末端及びC末端のいずれに行われてもよく、N末端及びC末端の両方に行われてもよい。
上記(b)において、変異型F9-APに付加されるアミノ酸配列は、そのF9-APのアミノ酸配列を有する成熟型F9のアミノ酸配列において、F9-APのアミノ酸配列に隣接するアミノ酸又はアミノ酸配列であってもよい。
【0039】
(b)のペプチドは、前記ペプチドが抗炎症活性を有する限り、特に限定されず、例えば、5000残基以下であってもよく、3000残基以下であってもよく、2000残基以下であってもよく、1000残基以下であってもよく、500残基以下であってもよく、300残基以下であってもよく、100残基以下であってもよく、60残基以下であってもよく、50残基以下であってもよい。
【0040】
(b)のペプチドが、変異型F9-APにおいて1若しくは複数個のアミノ酸が付加したペプチドである場合、変異型F9-APに付加されるアミノ酸配列の個数は、抗炎症活性を有する限り特に限定されないが、1~5000残基であってもよく、1~3000残基であってもよく、1~2000残基であってもよく、1~1000残基であってもよく、1~500残基であってもよく、1~300残基であってもよく、1~100残基であってもよく、1~40残基であってもよい。
【0041】
(c)のペプチドは、F9-APのアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列(以下、この配列を「F9-AP相同配列」という)を含む。
(c)のペプチドのアミノ酸配列における、F9-AP相同配列は、F9-APのアミノ酸配列に対して、アミノ酸配列の配列同一性が、90%以上であり、93%以上であることが好ましく、95%以上であることがより好ましく、97%以上であることが更に好ましく、98%以上であることが特に好ましい。
【0042】
ここで、アミノ酸配列の配列同一性は、対象のアミノ酸配列(対象アミノ酸配列)が、基準となるアミノ酸配列(基準アミノ酸配列)に対して一致している割合を示す値である。基準アミノ酸配列は、F9-APのアミノ酸配列である。対象アミノ酸配列は、(c)のペプチドにおけるF9-AP相同配列である。
基準アミノ酸配列に対する、対象アミノ酸配列の配列同一性は、例えば次のようにして求めることができる。まず、基準アミノ酸配列及び対象アミノ酸配列をアラインメントする。ここで、各アミノ酸配列には、配列同一性が最大となるようにギャップを含めてもよい。続いて、基準アミノ酸配列及び対象アミノ酸配列において、一致したアミノ酸の数を算出し、下記式(F1)にしたがって、配列同一性を求めることができる。
配列同一性(%)=一致したアミノ酸の数/対象アミノ酸配列の総アミノ酸数×100
…(F1)
【0043】
上記(c)のペプチドが、F9-AP相同配列に対して、1若しくは複数個のアミノ酸が付加されたペプチドである場合、アミノ酸の付加は、F9-AP相同配列のN末端及びC末端のいずれに行われてもよく、N末端及びC末端の両方に行われてもよい。
上記(c)において、F9-AP相同配列に付加されるアミノ酸配列は、そのF9-APのアミノ酸配列を有する成熟型F9のアミノ酸配列において、F9-APのアミノ酸配列に隣接するアミノ酸又はアミノ酸配列であってもよい。
【0044】
(c)のペプチドは、前記ペプチドが抗炎症活性を有する限り、特に限定されず、例えば、5000残基以下であってもよく、3000残基以下であってもよく、2000残基以下であってもよく、1000残基以下であってもよく、500残基以下であってもよく、300残基以下であってもよく、100残基以下であってもよく、60残基以下であってもよく、50残基以下であってもよい。
【0045】
(c)のペプチドが、F9-AP相同配列に対して、1若しくは複数個のアミノ酸が付加したペプチドである場合、F9-AP相同配列に付加されるアミノ酸配列の個数は、抗炎症活性を有する限り特に限定されないが、1~5000残基であってもよく、1~3000残基であってもよく、1~2000残基であってもよく、1~1000残基であってもよく、1~500残基であってもよく、1~300残基であってもよく、1~100残基であってもよく、1~40残基であってもよい。
【0046】
前記(a)、(b)及び(c)からなる群より選択されるペプチドは、他のタンパク質又はペプチドタグを融合させた融合ペプチドであってもよい。例えば、F9-APのアミノ酸配列、変異型F9-AP又はF9-AP相同配列のアミノ酸配列を含むペプチド(例えば、上記で例示したペプチド)のN末端及びC末端のいずれか又は両方に、他のタンパク質又はペプチドタグが結合されていてもよい。他のタンパク質又はペプチドとしては、例えば、アルカリフォスファターゼ等のマーカー酵素タンパク質又はその部分ペプチド;GFP等の蛍光タンパク質又はその部分ペプチド;Hisタグ、FLAGタグ等のタグペプチド等が挙げられる。
【0047】
(a)、(b)及び(c)からなる群より選択されるペプチドは、下記(a1)、(b1)及び(c1)からなる群より選択されるペプチド又はその塩を有効成分として含有する、抗炎症剤であることがより好ましい。
(a1)配列番号5又は配列番号10に記載のアミノ酸配列を含むペプチド;
(b1)配列番号5又は配列番号10に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換及び/若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつ、抗炎症活性を有するペプチド;
(c1)配列番号5又は配列番号10に記載のアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ、抗炎症活性を有するペプチド。
【0048】
本実施形態に係る抗炎症剤に含まれる、上記(a)、(b)及び(c)からなる群より選択されるペプチド又はその塩(以下、まとめて「ペプチド成分」ともいう)は、1種類であってもよいし、2種類以上であってもよい。ペプチド成分が2種以上である場合、それらが含むペプチドは、1種類であってもよいし、2種類以上であってもよい。
【0049】
本実施形態に係る抗炎症剤に含まれ得るペプチドの塩としては、生理学的に許容されうる塩であれば特に限定されず、酸付加塩又は塩基性塩であってもよい。
酸付加塩としては、塩酸、リン酸、臭化水素酸、硫酸等の無機酸との塩;酢酸、ギ酸、プロピオン酸、フマル酸、マレイン酸、コハク酸、酒石酸、クエン酸、リンゴ酸、安息香酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸等の有機酸との塩が挙げられる。
塩基性塩としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化アンモニウム、水酸化マグネシウム等の無機塩基との塩;カフェイン、ピペリジン、トリメチルアミン、ピリジン等の有機塩基との塩が挙げられる。
【0050】
本実施形態に係る抗炎症剤は、IL-6シグナル伝達を抑制する活性を有する。したがって、本実施形態に係る抗炎症剤は、IL-6シグナル伝達の抑制剤ということもできる。
サイトカインストームの主要因のひとつとして、IL-6シグナル伝達の異常な活性化が挙げられている。本実施形態に係る抗炎症剤は、IL-6シグナル伝達を抑制することにより、サイトカインストーム等の炎症反応を抑制することが可能である。
【0051】
本実施形態に係る抗炎症剤は、トロンビンシグナル伝達を抑制する活性を有する。したがって、本実施形態に係る抗炎症剤は、トロンビンシグナル伝達の抑制剤ということもできる。
トロンビンは、主要な血液凝固因子のひとつであるとともに、血管透過性を亢進させて、炎症反応を亢進させる。本実施形態に係る抗炎症剤は、トロンビンシグナル伝達を抑制することにより、炎症反応を抑制することが可能である。
【0052】
以下、本実施形態に係る抗炎症剤に含まれ得るペプチドを纏めて表すときは、「F9-AP様ペプチド」と表記する場合がある。
【0053】
<ペプチドの製造方法>
F9-AP様ペプチドは、これをコードする核酸に種々の公知の遺伝子組み換え手法を適用することで、組み換えタンパク質として製造されたものであってもよい。
マウス及びヒト等の、F9-AP様ペプチドを有するタンパク質のアミノ酸配列及びそれらをコードする核酸の塩基配列は、例えばGenBank等のデータベースに登録されている。それら塩基配列情報を基にして、F9-AP様ペプチドをコードする核酸を化学合成したり、又は適当な遺伝子ソースからクローニングしたりすることは、当業者の通常の作業能力の範囲内で行うことができる。
【0054】
あるいは、F9-AP様ペプチドは、無細胞タンパク質合成系により得られたものであってもよい。無細胞タンパク質合成系としては、特に限定されず、例えば、コムギ胚芽、酵母、昆虫細胞、哺乳類培養細胞、ウサギ網状赤血球、大腸菌等から得られた細胞抽出液を利用した合成系;翻訳に必要な因子を再構成した合成系等が挙げられる。
【0055】
あるいは、F9-AP様ペプチドは、当該技術分野において通常用いられる方法、例えば、Fmoc法(フルオレニルメチルオキシカルボニル法)やtBoc法(t-ブチルオキシカルボニル法)等の有機化学的合成方法によって製造されたものであってもよい。また、一般にペプチドシンセサイザーと称される市販機器を用いて製造されたものであってもよい。
【0056】
なお、F9-AP様ペプチドは、そのN末端及び/又はC末端に、Flagタグ、ポリヒスチジンタグ、c-Mycタグ、HAタグ、AU1タグ、GSTタグ、MBPタグ等のタグペプチドが付加された形態で製造されてもよく、また蛍光タンパク質、グルタチオントランスフェラーゼ、アルカリフォスファターゼ等の他のタンパク質との融合タンパク質の形態で製造されてもよい。
これらタグペプチド及び他のタンパク質は、対象の動物に投与される前に取り除かれることが好ましい。また、F9-AP様ペプチドは、蛍光物質、発光物質、ビオチンその他の適当な標識剤で標識されていてもよい。
【0057】
<投与対象>
本実施形態に係る抗炎症剤の投与対象としては、F9が由来する動物で上述した動物が挙げられる。投与対象としては、哺乳動物が好ましく、ヒトがより好ましい。投与対象は、F9-AP様ペプチドが由来する動物と、同じ種に属する動物が好ましい。
【0058】
<投与方法>
本実施形態に係る抗炎症剤の投与方法としては、投与対象の動物において、抗炎症剤が抗炎症効果を発揮する限り特に限定されず、経口投与でもよく、非経口投与でもよいが、非経口投与が好ましい。
非経口投与としては、例えば、静脈内投与、動脈内投与等の全身投与、筋肉内投与、皮下投与、腹腔投与、脳室内投与、髄腔内投与、経皮投与、眼内投与、鼻腔内投与等の局所投与等が挙げられる。
【0059】
投与形態としては、例えば、動脈内注射、静脈内注射、皮下注射、鼻腔内的、経気管支的、筋内的、経皮的、または経口的に当業者に公知の方法が挙げられ、静脈内注射が好ましい。
注射剤は、非水性の希釈剤(例えば、プロピレングリコール、オリーブ油等の植物油、エタノール等のアルコール類等)、懸濁剤、又は乳濁剤として調製することもできる。このような注射剤の無菌化は、フィルターによる濾過滅菌、殺菌剤等の配合により行うことができる。注射剤は、用事調製の形態として製造することができる。即ち、凍結乾燥法等によって、無菌の固体組成物とし、使用前に注射用蒸留水又は他の溶媒に溶解して使用することができる。
【0060】
<投与量>
本実施形態に係る抗炎症剤の投与量は、被検動物(ヒト又は非ヒト動物を含む各種哺乳動物、好ましくはヒト)の年齢、性別、体重、症状、治療方法、投与方法、処理時間等を勘案して適宜調節される。
例えば、注射剤により静脈内注射する場合、被検動物(好ましくはヒト)に対し、1回の投与において1kg体重当たり、100μg以上のペプチドの量を投与することが好ましく、200μg~3mgのペプチドの量を投与することがより好ましく、400μg~1mgのペプチドの量を投与することが特に好ましい。
投与回数としては、1日平均当たり、1回~数回投与することが好ましい。
【0061】
以上説明した本実施形態に係る抗炎症剤によれば、炎症反応を抑制することが可能である。炎症反応では、様々なシグナル伝達経路が活性化しており、それらのうちの少数を抑制しただけでは、炎症反応を抑えることは困難である。そのため、特異性の高い通常の薬剤を用いても、サイトカインストーム等の炎症反応を治療することは難しい。本実施形態に係る抗炎症剤は、F9-AP様ペプチドを含有することにより、少なくともIL-6シグナル伝達及びトロンビンシグナル伝達を同時に抑制することができる。トロンビンシグナル伝達は、IL-6によるシグナル伝達系と無関係の経路である。本実施形態の抗炎症剤は、独立した2経路のシグナル伝達を抑制することにより、炎症反応を効果的に抑制することが可能である。
また、投与対象の動物と同じ種に属する動物に由来するF9-AP様ペプチドを用いることにより、免疫反応等の副作用のリスクを低減することができる。さらに、F9-AP様ペプチドは、生体の血液中に存在するF9に由来するため、本実施形態に係る抗炎症剤は、生体に対して、副作用が少なく、安全性が高いと考えられる。
【0062】
[医薬組成物]
一実施形態において、本発明は、前記実施形態に係る抗炎症剤の有効量、及び薬学的に許容される担体を含む、炎症反応を治療又は予防するための医薬組成物を提供する。
【0063】
本実施形態に係る医薬組成物は、前記実施形態に係る抗炎症剤の有効量に加えて、薬学的に許容される担体を含んでもよい。「薬学的に許容される担体」とは、有効成分の生理活性を阻害せず、且つ、その投与対象に対して実質的な毒性を示さない担体を意味する。「実質的な毒性を示さない」とは、その成分が通常使用される投与量において、投与対象に対して毒性を示さないことを意味する。本実施形態の医薬組成物において、薬学的に許容される担体は、前記実施形態に係る抗炎症剤の抗炎症活性を阻害せず、且つ投与対象に対して実質的な毒性を示さない成分であり得る。
【0064】
薬学的に許容される担体としては、例えば、ショ糖、デンプン、マンニット、ソルビット、乳糖、グルコース、セルロース、タルク、リン酸カルシウム、炭酸カルシウム等の賦形剤;セルロース、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ゼラチン、アラビアゴム、ポリエチレングリコール、ショ糖、デンプン等の結合剤;デンプン、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルスターチ、ナトリウム- グリコール- スターチ、炭酸水素ナトリウム、リン酸カルシウム、クエン酸カルシウム等の崩壊剤;ステアリン酸マグネシウム、エアロジル、タルク、ラウリル硫酸ナトリウム等の滑沢剤;クエン酸、メントール、グリチルリチン・アンモニウム塩、グリシン、オレンジ粉等の芳香剤;安息香酸ナトリウム、亜硫酸水素ナトリウム、メチルパラベン、プロピルパラベン等の保存剤;クエン酸、クエン酸ナトリウム、酢酸等の安定剤;メチルセルロース、ポリビニルピロリドン、ステアリン酸アルミニウム等の懸濁剤;界面活性剤等の分散剤;水、緩衝液、生理食塩水等の希釈剤;カカオ脂、ポリエチレングリコール、白灯油等のベースワックス等が挙げられる。
【0065】
本実施形態に係る医薬組成物が、非経口的投与に用いられる場合、前記医薬組成物は、抗酸化剤、緩衝液、制菌剤、等張化剤懸濁剤、可溶化剤、増粘剤、安定化剤、防腐剤等を含んでもよい。
本実施形態に係る医薬組成物が、非経口的投与に用いられる場合、前記医薬組成物は、アンプル、バイアル、注射器のカートリッジ等に、単位投与量又は複数回投与量ずつ容器に封入されてもよい。
【0066】
本実施形態に係る医薬組成物が経口的に投与されるものである場合、医薬組成物の製剤は経口剤のために通常用いられている賦形剤、増量剤、結合剤、湿潤化剤、崩壊剤、界面活性化剤、滑沢剤、分散剤、緩衝剤、保存剤、溶解補助剤、防腐剤、矯味矯臭剤、無痛化剤、安定化剤等の添加剤を用いて、常法により製造することができる。
使用可能な添加剤としては、例えば、乳糖、果糖、ブドウ糖、デンプン、ゼラチン、メチルセルロース、アラビアゴム、ポリエチレングリコール、クエン酸、亜硫酸ソーダ、リン酸ナトリウム、β-シクロデキストリン、ヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリン等が挙げられる。
本実施形態に係る医薬組成物が経口的に投与されるものである場合、その医薬組成物は、カプセル剤、錠剤、顆粒剤、散剤、丸剤、細粒剤、トローチ剤等の経口投与に適した剤形に調製されたものであってもよい。
【0067】
<対象の疾患>
本実施形態に係る医薬組成物の適用対象の疾患としては、前記実施形態に係る抗炎症剤において上述した炎症が挙げられ、免疫関連性炎症又はサイトカインストームが好ましく、サイトカインストームがより好ましい。本実施形態に係る医薬組成物は、例えば、ウイルス感染に起因する炎症を抑制するために用いることができる。本実施形態に係る医薬組成物は、ウイルス感染により引き起こされるサイトカインストームを抑制するために用いられてもよい。前記ウイルスとしては、例えば、SARS-CoV-2が挙げられる。
本実施形態の医薬組成物は、炎症を治療するためのものであってもよく、炎症を予防するためのものであってもよく、炎症を治療及び予防するためのものであってもよい。
【0068】
<投与対象>
本実施形態に係る医薬組成物が投与対象としては、前記実施形態に係る抗炎症剤において、F9が由来する動物として上述した動物が挙げられ、ヒトが好ましい。
【0069】
<投与方法>
本実施形態に係る医薬組成物の投与方法としては、前記実施形態に係る抗炎症剤において上述した投与方法が挙げられ、非経口投与が好ましい。
【0070】
<有効量>
本実施形態に係る医薬組成物に含まれる、抗炎症剤の有効量は、医薬組成物が治療効果を発揮する限り特に制限されず、当業者が、適宜設定することができる。「有効量」とは、対象疾患の治療又は予防のために有効な抗炎症剤の量を意味する。
【0071】
本実施形態に係る医薬組成物に含まれるF9-AP様ペプチドは、投与対象の動物のF9に由来するペプチドであることが好ましく、投与対象の動物のF9の部分ペプチドであることがより好ましい。投与対象の動物のF9に由来するペプチドを、対象の動物に投与した場合、対象の動物における副作用は低いと考えられる。
【0072】
本実施形態に係る医薬組成物は、上述の抗炎症剤を含むため、炎症反応に関わる複数のシグナル伝達を同時に抑制することができる。そのため、本実施形態に係る医薬を投与することにより、投与対象における炎症反応を治療することが可能である。本実施形態に係る医薬組成物に含まれるF9-AP様ペプチドは、血液凝固因子に由来するペプチドであるため、副作用が少なく、安全性が高いと推測される。
【0073】
[その他の実施形態]
一態様において、本発明は、前記実施形態に係る抗炎症剤の有効量を、治療を必要とする動物に投与することを含む、炎症の治療方法を提供する。
治療対象の動物としては、ヒト及びヒト以外の哺乳動物が挙げられる。抗炎症剤の有効量は、前記実施形態に係る医薬組成物において上述した有効量であってもよい。
抗炎症剤の投与方法としては、前記実施形態に係る医薬組成物において上述した投与方法であってもよい。
【0074】
一態様において、本発明は、炎症を治療又は予防する医薬組成物を製造するための、下記(a)、(b)及び(c)からなる群より選択されるペプチド又はその塩の使用を提供する:
(a)血液凝固第9因子の全長からトリプシンドメイン部分と軽鎖部分とを除いた部分を含み、かつ、抗炎症活性を有するペプチド;
(b)血液凝固第9因子の全長からトリプシンドメイン部分と軽鎖部分とを除いた部分において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換及び/若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつ、抗炎症活性を有するペプチド;
(c)血液凝固第9因子の全長からトリプシンドメイン部分と軽鎖部分とを除いた部分のアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ、抗炎症活性を有するペプチド。
【0075】
一態様において、本発明は、炎症の治療又は予防するための、下記(a)、(b)及び(c)からなる群より選択されるペプチド又はその塩の使用を提供する:
(a)血液凝固第9因子の全長からトリプシンドメイン部分と軽鎖部分とを除いた部分を含み、かつ、抗炎症活性を有するペプチド;
(b)血液凝固第9因子の全長からトリプシンドメイン部分と軽鎖部分とを除いた部分において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換及び/若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつ、抗炎症活性を有するペプチド
(c)血液凝固第9因子の全長からトリプシンドメイン部分と軽鎖部分とを除いた部分のアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ、抗炎症活性を有するペプチド。
【実施例0076】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0077】
[材料及び方法]
(ペプチドの調製)
配列番号10に示されるアミノ酸配列からなるF9-APを、化学合成により作製した。
【0078】
(IL-6の調製)
IL-6として、Recombiant Human IL-6(PeproTech社、カタログ番号 200-06、Lot番号 031916)を用いた。
【0079】
(トロンビンの調製)
トロンビンとして、Human alpha thrombin(Haematologic Technologies社、カタログ番号 HCT-0020、Lot番号 LL0217-1MG)を用いた。
【0080】
[実験例1]
(IL-6シグナル伝達の抑制)
以下に示す通り、F9-APの存在下又は非存在下で、培養細胞に対して、IL-6を作用させた後、STAT3の核内移行を観察した。
【0081】
ファイブロネクチンでコーティングしたカバーガラス上で、24時間、ヒト臍帯静脈血管内皮細胞を培養した。次いで、培地を、無血清メディウム(DMEM)へ変更した。次いで、F9-AP(10pmol/ml)を添加し、30分後に、IL-6(1μg/ml)を加えた。次いで、30分後に4%パラホルムアルデヒドで固定した。
次いで、固定後に、1%アルブミンでブロッキングを行った。一次抗体としてAnti-STAT3抗体(STAT3)(abcam)を用い、二次抗体としてヤギ抗マウスIgG-AlexaFlour488(Life Technologies)を用いてSTAT3を染色した。また、対比染色として、Phalloidin568を用いてアクチンを染色し、DAPIを用いて核を染色した。
次いで、スライドガラスへの封入作業を行った後、顕微鏡下で観察した。結果を図1に示す。
【0082】
図1中、「Control」(図1上段)は、F9-AP非存在下で、IL-6を作用させなかった場合の染色結果を示し、「IL-6」(図1中段)は、F9-AP非存在下で、IL-6を作用させた場合の染色結果を示し、「F9-AP、IL-6」(図1下段)は、F9-AP存在下で、IL-6を作用させた場合の染色結果を示す。
【0083】
「Control」と比較して、「IL-6」では、STAT3は、核内及び細胞膜上へ、より集積することが示された。「IL-6」と比較して、「F9-AP、IL-6」では、STAT3は、核内及びラフトでの分布が抑制され、細胞全体に分布した。
【0084】
以上の結果より、F9-APがIL-6シグナル伝達を抑制できることが示された。また、F9-APにより、IL-6のシグナル伝達により引き起こされるサイトカインストーム等の炎症反応が抑制できることが示唆された。
【0085】
[実験例2]
(トロンビンシグナル伝達の抑制)
F9-APの存在下又は非存在下で、培養細胞に対して、トロンビン(Thrombin)を作用させた後、ストレスファイバーの形成を観察した。
【0086】
ファイブロネクチンでコーティングしたカバーガラス上で、24時間、ヒト臍帯静脈血管内皮細胞を培養した。次いで、培地を、無血清メディウム(DMEM)へ変更した。次いで、F9-AP(10pmol/ml)で添加し、30分後に、Thrombin(1μg/ml)を加えた。次いで、30分後に、4%パラホルムアルデヒドで固定した。
次いで、固定後に、1%アルブミンでブロッキングを行った。Phalloidin568を用いてアクチンを染色した。また、一次抗体としてAnti-STAT3抗体(STAT3)(abcam)を用い、二次抗体としてヤギ抗マウスIgG-AlexaFlour488(Life Technologies)を用いてSTAT3を染色し、DAPIを用いて核を染色した。
次いで、スライドガラスへの封入作業を行った後、顕微鏡下で観察した。結果を図2に示す。
【0087】
図2中、「Control」は、F9-AP非存在下で、Thrombinを作用させなかった場合の染色結果を示し、「F9-AP」は、F9-AP存在下で、Thrombinを作用させなかった場合の染色結果を示し、「Thrombin」は、F9-AP非存在下で、Thrombinを作用させた場合の染色結果を示し、「F9-AP、Thrombin」は、F9-AP存在下で、Thrombinを作用させた場合の染色結果を示す。
【0088】
「Control」と比較して、「Thrombin」では、STAT3は、核内及び細胞膜上へ、より集積することが示された。「Thrombin」では、「IL-6」と比較して、細胞内の中央部を直線的に貫くストレスファイバーの形成、及び、細胞の収縮が認められた。「F9-AP、Thrombin」では、「Thrombin」と比較して、ストレスファイバーの形成、及び、細胞の収縮は、いずれも、抑制された。
【0089】
以上の結果より、F9-APがトロンビンシグナル伝達を抑制できることが示された。この結果から、F9-APにより、トロンビンにより引き起こされる炎症反応が抑制できることが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0090】
本発明に係る抗炎症剤及び医薬組成物は、サイトカインストーム等の炎症反応の治療に、好適に利用可能である。
図1
図2
【配列表】
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