(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024078959
(43)【公開日】2024-06-11
(54)【発明の名称】耐熱性タンパク質をスクリーニングするための方法およびキット
(51)【国際特許分類】
C12N 15/09 20060101AFI20240604BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20240604BHJP
C12Q 1/34 20060101ALI20240604BHJP
C12Q 1/48 20060101ALI20240604BHJP
C12Q 1/68 20180101ALI20240604BHJP
C12P 21/00 20060101ALI20240604BHJP
C12Q 1/06 20060101ALI20240604BHJP
C40B 40/06 20060101ALN20240604BHJP
C12N 15/62 20060101ALN20240604BHJP
C12N 15/56 20060101ALN20240604BHJP
C07K 19/00 20060101ALN20240604BHJP
C07K 14/00 20060101ALN20240604BHJP
C12N 9/38 20060101ALN20240604BHJP
C07K 14/435 20060101ALN20240604BHJP
C12N 15/12 20060101ALN20240604BHJP
C12N 9/10 20060101ALN20240604BHJP
C12N 15/54 20060101ALN20240604BHJP
C12N 15/74 20060101ALN20240604BHJP
【FI】
C12N15/09 Z
C12N1/21
C12Q1/34
C12Q1/48 Z
C12Q1/68
C12P21/00 C
C12Q1/06
C40B40/06 ZNA
C12N15/62 Z
C12N15/56
C07K19/00
C07K14/00
C12N9/38
C07K14/435
C12N15/12
C12N9/10
C12N15/54
C12N15/74 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022191608
(22)【出願日】2022-11-30
(71)【出願人】
【識別番号】504150461
【氏名又は名称】国立大学法人鳥取大学
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100101247
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 俊一
(74)【代理人】
【識別番号】100095500
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 正和
(74)【代理人】
【識別番号】100098327
【弁理士】
【氏名又は名称】高松 俊雄
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 宏和
【テーマコード(参考)】
4B050
4B063
4B064
4B065
4H045
【Fターム(参考)】
4B050CC03
4B050CC05
4B050DD02
4B050LL03
4B063QA01
4B063QA18
4B063QQ06
4B063QQ13
4B063QQ79
4B063QR08
4B063QR15
4B063QR32
4B063QR35
4B063QR48
4B063QR75
4B063QR80
4B063QS36
4B063QS38
4B063QX02
4B064AG01
4B064CA02
4B064CA19
4B064CC24
4B064DA13
4B065AA01X
4B065AA01Y
4B065AB01
4B065AC14
4B065AC20
4B065BA02
4B065CA24
4B065CA29
4B065CA31
4B065CA46
4H045AA10
4H045AA30
4H045BA10
4H045BA41
4H045CA11
4H045CA50
4H045DA89
4H045EA50
4H045FA74
(57)【要約】
【課題】標的タンパク質自体の酵素活性に依存する必要なく耐熱性タンパク質を同定できる、耐熱性タンパク質のスクリーニング技術を提供する。
【解決手段】複数の標的ポリペプチドをコードする複数の核酸を含む核酸ライブラリーで形質転換された好熱菌の集団を45℃以上のスクリーニング温度で培養する工程であって、複数の標的ポリペプチドは互いにアミノ酸配列の違いを有しており末端に50アミノ酸より短い共通配列の異種ペプチドを有する、工程と、異種ペプチドに結合するレポーターポリペプチドを上記集団に由来する複数のクローンの試料に添加する工程と、レポーターポリペプチドの結合量を検出して、結合量がより多い1つ以上のクローンを、スクリーニング温度に耐性である耐熱性標的ポリペプチドを蓄積させた好熱菌のクローンとして同定する工程とを含む、耐熱性ポリペプチドのスクリーニング方法、及びその方法を行うためのキット。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の標的ポリペプチドをコードする複数の核酸を含む核酸ライブラリーで形質転換された好熱菌の集団を、45℃以上のスクリーニング温度で培養する工程であって、ここで前記複数の標的ポリペプチドは、互いにアミノ酸配列の違いを有しており末端に50アミノ酸より短い共通配列の異種ペプチドを有する、工程と、
前記異種ペプチドに結合するレポーターポリペプチドを、前記好熱菌の集団に由来する複数のクローンの試料に添加する工程と、
前記複数のクローンの試料における前記レポーターポリペプチドの結合量を検出して、前記レポーターポリペプチドの結合量がより多い1つ以上のクローンを、前記スクリーニング温度に耐性である耐熱性標的ポリペプチドを蓄積させた好熱菌のクローンとして同定する工程と
を含む、耐熱性ポリペプチドのスクリーニング方法。
【請求項2】
前記好熱菌はGeobacillus属の好熱菌である、請求項1に記載のスクリーニング方法。
【請求項3】
前記レポーターポリペプチドの結合量は、前記レポーターポリペプチドが生じる酵素活性または蛍光の量として検出される、請求項1に記載のスクリーニング方法。
【請求項4】
前記異種ペプチドはスプリットレポーターの小断片であり、前記レポーターポリペプチドは前記スプリットレポーターの大断片である、請求項3に記載のスクリーニング方法。
【請求項5】
前記異種ペプチドはβ-ガラクトシダーゼのαフラグメントであり、前記レポーターポリペプチドは前記β-ガラクトシダーゼのωフラグメントであり、前記結合量は、前記αフラグメントと前記ωフラグメントのα相補性により生じる酵素活性の量として検出される、請求項4に記載のスクリーニング方法。
【請求項6】
前記異種ペプチドはスプリットGFPのGFP11フラグメントであって前記レポーターポリペプチドは前記スプリットGFPのGFP1-10フラグメントであるか、または、前記異種ペプチドは他のGFP由来スプリット蛍光タンパク質のGFP11フラグメントに対応するフラグメントであって前記レポーターポリペプチドは前記他のGFP由来スプリット蛍光タンパク質のGFP1-10フラグメントに対応するフラグメントであり、
前記結合量は、前記異種ペプチドと前記レポーターポリペプチドの自己会合により生じる蛍光の量として検出される、請求項4に記載のスクリーニング方法。
【請求項7】
前記培養する工程の前に、好熱菌の集団を前記核酸ライブラリーで形質転換する工程をさらに含む、請求項1に記載のスクリーニング方法。
【請求項8】
プラスミドベクターと、使用説明書とを含む、請求項1~7のいずれか一項に記載の方法を行うためのキットであって、
前記プラスミドベクターは、前記異種ペプチドをコードする核酸配列を含み、標的ポリペプチドをコードする核酸が挿入された場合に、前記異種ペプチドが末端に融合された標的ポリペプチドを前記好熱菌中で発現できるように構成され、
前記使用説明書は、前記方法の各工程を行うための指示を含む、キット。
【請求項9】
さらに、前記レポーターポリペプチドまたはそれをコードする核酸を含む、請求項8に記載のキット。
【請求項10】
さらに、前記形質転換される前の好熱菌、およびエラープローンDNAポリメラーゼのうちのいずれかまたは両方を含む、請求項8に記載のキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、遺伝子工学技術を利用したタンパク質の開発および生産の分野に関する。
【背景技術】
【0002】
遺伝子工学技術により産生される人工タンパク質は産業的利用の大きな可能性を有しており、実際に医薬、触媒、材料等を含む様々な産業分野で既に広く利用されている。産業的に有用な人工タンパク質の開発、製造、および利用をしばしば妨げる要素の一つは、そのような人工タンパク質の不安定性、特に、熱に対する不安定性である。例えば、工業的な反応の触媒として利用するタンパク質(酵素)は、その反応が起こる温度(多くの場合、室温や生体温度より高い)において安定であることが求められるが、そのような温度で安定でありかつ必要な酵素活性を提供できるタンパク質は、天然にはそもそも稀であるし、天然タンパク質に基づいて人工的に開発することも容易ではない。どのアミノ酸残基を変異させれば耐熱性が向上するかという手掛かりは通常存在せず、圧倒的多数の変異は耐熱性の向上に繋がらないばかりかタンパク質の適正な折り畳みおよび機能にとって有害である。さらに、耐熱性が向上したごく少数の変異タンパク質をどのように同定するかということも難題である。例えば、ランダム変異させたライブラリーの中から1つずつクローンを分離してタンパク質を発現させ、その1つ1つのタンパク質の分析から耐熱性のものを見つけ出すというアプローチはきわめて非効率である。
【0003】
非特許文献1は、ランダム変異させたカナマイシンヌクレオチジルトランスフェラーゼ酵素遺伝子をBacillus stearothermophilus(現在はGeobacillus stearothermophilusに再分類されている)好熱菌に導入し、これらの好熱菌を高温かつカナマイシンの存在下で培養して、カナマイシン耐性クローンを選抜することにより、耐熱性が向上した変異酵素を同定したことを記載している。このスクリーニング方法は、耐熱性変異バリアントを同定するために、変異させたタンパク質自体の酵素活性に依存するものである。同様に、変異されたタンパク質自体の酵素活性に依存して、選択圧下の宿主細菌に生存能を付与できる耐熱性変異バリアントを同定した例として、非特許文献2がある。
【0004】
それに対して非特許文献3は、ランダム変異させた標的タンパク質を、非特許文献1の耐熱性カナマイシンヌクレオチジルトランスフェラーゼ酵素(レポーター)に融合させたものを、高温かつカナマイシンの存在下で培養された好熱菌Thermus thermophilusに発現させるスクリーニング実験を行い、該酵素レポーターの活性が維持されていたクローンを、耐熱性標的タンパク質を発現するクローンとして同定したことを記載している。このスクリーニング方法は、熱に不安定なため正しく折り畳まれない標的タンパク質は融合相手の酵素レポーターの高次折り畳みにも悪影響を及ぼすという原理に基づいている。この方法は、変異させたタンパク質自体の活性に依存せずに耐熱性変異バリアントを同定できるという利点を有する。しかし、250アミノ酸超という比較的大きなレポータータンパク質に融合させる必要性は制約となり得る。
【0005】
非特許文献4は、標的タンパク質を過剰発現させた後の大腸菌のコロニーを特殊なフィルター膜上に配置し、該大腸菌コロニーを高温に晒した後に、細胞を溶解させることを含む方法を記載している。この方法は、熱に不安定であるため折り畳みが壊れて凝集する標的タンパク質はフィルター膜上に残存する一方、上記高温でも可溶性を維持した標的タンパク質はフィルター膜を通過して、フィルター膜の下に配置されたニトロセルロース層上で捕捉され、検出されるという原理に基づいている。この方法はこの特殊なフィルター構造の使用に依存するものである。
【0006】
耐熱性タンパク質は熱だけでなく他の環境下でも頑強性を示す一般的傾向が見られ、耐熱性タンパク質を同定する方法の産業的有用性は高い。また耐熱性酵素は、例えば常温でもより高活性である、保存が容易である、使用寿命が長い等の利点を有し得る。また、耐熱性タンパク質の同定を通じて、例えば耐熱性を付与するアミノ酸残基の位置と種類を理解することにより、タンパク質の構造生物学的理解を深めることもできる。上記のように、改善された効率で耐熱性タンパク質をスクリーニングして同定するための巧妙な方法がいくつかは考案されてきたが、その数はまだ少数であるし、それらの方法もそれぞれ固有の制約を有している。いずれにせよ、耐熱性タンパク質をスクリーニングして同定することが難しい課題であるという一般的状況は継続している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】J. Biol. Chem. (1985) 260:15298-303
【非特許文献2】Appl. Environ. Microbiol. (2015) 81:149-58.
【非特許文献3】Nat. Methods (2007) 4:919-21
【非特許文献4】Nat. Commun. (2013) 4:2901
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本開示の実施形態は、従来技術の制約を少なくとも部分的に克服する、耐熱性タンパク質をスクリーニングするための新規技術を提供することを課題とする。特に、耐熱性タンパク質を同定するために標的タンパク質自体の酵素活性に依存する必要がない新規スクリーニング方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、高温で生育する好熱菌で様々な異種タンパク質の発現を試みる研究のなかで、耐熱性のタンパク質は試料中に蓄積するのに対し、非耐熱性のタンパク質は、変性したりミスフォールディングした形態になるだけでなく、そういうミスフォールディングした形態のものがそもそも検出されず実質的に蓄積すらしないと見られる事象に気づいた。これは、きわめてシンプルでありながらこれまではっきりと認識されていなかった法則性である。本発明者は、この法則性を前提として耐熱性タンパク質のスクリーニングができるという仮説を立ててスクリーニング方法の開発を試みたところ、仮説に合致する観察と結果が得られ、本開示の発明をするに至った。
【0010】
本開示は以下の実施形態を含む。
[1]
複数の標的ポリペプチドをコードする複数の核酸を含む核酸ライブラリーで形質転換された好熱菌の集団を、45℃以上のスクリーニング温度で培養する工程であって、ここで前記複数の標的ポリペプチドは、互いにアミノ酸配列の違いを有しており末端に50アミノ酸より短い共通配列の異種ペプチドを有する、工程と、
前記異種ペプチドに結合するレポーターポリペプチドを、前記好熱菌の集団に由来する複数のクローンの試料に添加する工程と、
前記複数のクローンの試料における前記レポーターポリペプチドの結合量を検出して、前記レポーターポリペプチドの結合量がより多い1つ以上のクローンを、前記スクリーニング温度に耐性である耐熱性標的ポリペプチドを蓄積させた好熱菌のクローンとして同定する工程と
を含む、耐熱性ポリペプチドのスクリーニング方法。
[2]
前記好熱菌はGeobacillus属の好熱菌である、[1]に記載のスクリーニング方法。
[3]
前記レポーターポリペプチドの結合量は、前記レポーターポリペプチドが生じる酵素活性または蛍光の量として検出される、[1]または[2]に記載のスクリーニング方法。
[4]
前記異種ペプチドはスプリットレポーターの小断片であり、前記レポーターポリペプチドは前記スプリットレポーターの大断片である、[1]~[3]のいずれかに記載のスクリーニング方法。
[5]
前記異種ペプチドはβ-ガラクトシダーゼのαフラグメントであり、前記レポーターポリペプチドは前記β-ガラクトシダーゼのωフラグメントであり、前記結合量は、前記αフラグメントと前記ωフラグメントのα相補性により生じる酵素活性の量として検出される、[4]に記載のスクリーニング方法。
[6]
前記異種ペプチドはスプリットGFPのGFP11フラグメントであって前記レポーターポリペプチドは前記スプリットGFPのGFP1-10フラグメントであるか、または、前記異種ペプチドは他のGFP由来スプリット蛍光タンパク質のGFP11フラグメントに対応するフラグメントであって前記レポーターポリペプチドは前記他のGFP由来スプリット蛍光タンパク質のGFP1-10フラグメントに対応するフラグメントであり、
前記結合量は、前記異種ペプチドと前記レポーターポリペプチドの自己会合により生じる蛍光の量として検出される、[4]に記載のスクリーニング方法。
[7]
前記培養する工程の前に、好熱菌の集団を前記核酸ライブラリーで形質転換する工程をさらに含む、[1]~[6]のいずれかに記載のスクリーニング方法。
[8]
プラスミドベクターと、使用説明書とを含む、[1]~[7]のいずれか一項に記載の方法を行うためのキットであって、
前記プラスミドベクターは、前記異種ペプチドをコードする核酸配列を含み、標的ポリペプチドをコードする核酸が挿入された場合に、前記異種ペプチドが末端に融合された標的ポリペプチドを前記好熱菌中で発現できるように構成され、
前記使用説明書は、前記方法の各工程を行うための指示を含む、キット。
[9]
さらに、前記レポーターポリペプチドまたはそれをコードする核酸を含む、[8]に記載のキット。
[10]
さらに、前記形質転換される前の好熱菌、およびエラープローンDNAポリメラーゼのうちのいずれかまたは両方を含む、[8]または[9]に記載のキット。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1aは、LacZのαフラグメントにそれぞれ融合された非耐熱性PyrF
A(左)および耐熱性PyrF
V(右)を発現させながら高温条件下で培養した好熱菌コロニーに、LacZのωフラグメントおよびX-gal基質を添加した実験の結果を示す。右のプレートでは蓄積したαフラグメント融合タンパク質の存在がωフラグメントとのα相補性により検出されているが(青色)、左のプレートではαフラグメント融合タンパク質が蓄積していないためα相補性による検出レベルが乏しい。
図1bは、LacZαフラグメントのタグを有する(上)または有さない(下)Venusタンパク質を発現させながら高温条件下で好熱菌を培養し、その後調製した菌の溶解液を段階希釈してドットブロットにしたものを示す。耐熱性のVenusは試料中に蓄積して蛍光活性を維持したが(左)、蛍光活性に対応してα相補性による酵素活性も検出でき、そしてその酵素活性はLacZαフラグメントの存在に依存している(右)。
【
図2】
図2は、実施例のスクリーニングにより同定・単離された新規耐熱性PyrFタンパク質の変異箇所を示す。野生型PyrFからのアミノ酸残基変異の位置と種類を吹き出しで示している。グレーの吹き出しは、同義的変異すなわち核酸配列は変化したがアミノ酸残基は変化させなかった変異を表す。
【
図3】
図3aは、スプリットGFPのGFP11フラグメントにそれぞれ融合された非耐熱性PyrF
Aおよび耐熱性PyrF
Vを、高温条件下の液体培養中で好熱菌に発現させ、そこにGFP1-10フラグメントを添加して経時的にGFP蛍光を測定した結果を示す。PyrF
V試料では、蓄積したGFP11融合タンパク質とGFP1-10との自己会合により再構成されたGFP蛍光のレベルが相対的に高くなっている。
図3bは、aに対応する固形培地培養の実験であり、高温条件下の培養後の固形培地プレートにGFP1-10溶液を加えてGFP蛍光を蛍光顕微鏡で検出している。図中「pHLC」は、PyrFコード核酸が挿入されておらずGFP11コード配列のみを有するプラスミドベクターpHLCで形質転換した対照実験である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
一態様において、本開示は、耐熱性ポリペプチドをスクリーニングする方法を提供する。該方法は、複数の標的ポリペプチドをコードする複数の核酸を含む核酸ライブラリーで形質転換された好熱菌の集団を、45℃以上のスクリーニング温度で培養する工程を含む。
【0013】
タンパク質はポリペプチドから構成されるため、本開示においてポリペプチドという用語とタンパク質という用語は互換的に用いられ得る。「標的」という用語は、耐熱性であるか否かを識別するスクリーニングの対象となるポリペプチドを指すために用いられる。
【0014】
核酸ライブラリーという用語は、当業者に通常理解されるように、複数の核酸を含有する核酸の集合を意味する。ここでいう「複数の核酸」とは、配列が同じである同一核酸の複数コピー(あるいは複数分子)という意味ではなく、互いに配列が異なる核酸が存在することを意味する。核酸ライブラリーのなかで、配列が同じである同一核酸が複数コピー存在する可能性も排除されない。核酸ライブラリーは例えば、少なくとも10の1乗、2乗、3乗、4乗、5乗、もしくは6乗、またはそれを超える数の、複数の核酸を含み得る。複数の核酸は、互いに核酸配列が異なるため、アミノ酸配列の異なる複数の標的ポリペプチドをコードすることができる。ただし、コドン縮重のため、異なる核酸配列が同じポリペプチドをコードすることもあり得る。本実施形態における「複数の核酸」は、典型的には、同じ標的ポリペプチドのコード核酸にランダム変異が導入されたものであり得るが、必ずしもこれに限定されない。
【0015】
本実施形態において、複数の標的ポリペプチドは、上述したように互いにアミノ酸配列に違いを有するが、末端には、50アミノ酸より短い共通配列の異種ペプチドを有するように構成される。末端はC末端またはN末端であり得る。ここでいう「異種(heterologous)」のペプチドとは、自然界ではその標的ポリペプチドに融合して存在してはいないペプチドを意味する。従って「異種ペプチド」は、標的ポリペプチドが由来する生物と異なる種に由来するペプチドであることや、スクリーニングに使用される好熱菌と異なる種に由来するペプチドであることは、必ずしも要しない。本実施形態における異種ペプチドは、後述するレポーターポリペプチドが結合することが既知であるペプチドであり、当業者の知識に基づいて様々なものが選択され得る。異種ペプチドの長さは50アミノ酸より短く、例えば45アミノ酸以下、40アミノ酸以下、または35アミノ酸以下であり得る。レポーターポリペプチドとの結合に必要な異種ペプチドの最低限の長さは当業者にとって自明である。異種ペプチドの長さは通常は6アミノ酸以上であり、10アミノ酸以上であってもよい。ポリペプチド本体の機能を損なわずにこのように短いペプチド「タグ」を末端に融合させ得ること自体は本技術分野で広く受け容れられている事実である。より長いポリペプチドであるタンパク質とは異なりこのように短い異種ペプチドは、それ自体が高次折り畳みをしないため、スクリーニング温度に晒されることの影響を実質的に受けないと見られる。
【0016】
異種ペプチドは例えば、特異的結合抗体と合わせて利用可能な一般的なペプチドタグであり得る。そのようなペプチドタグの例としてはFLAGタグ、HAタグ、Mycタグ、Hisタグ、およびV5タグが挙げられるがこれらに限定されない。別の例では、ビオチンリガーゼによって認識・結合されビオチン化されるビオチンアクセプターペプチド(New Biotechnol. 2009, 26:215-221)が異種ペプチドとして利用され得る。
【0017】
特に好ましい実施形態における異種ペプチドの例は、後述するように、β-ガラクトシダーゼ(LacZとも呼ばれる)のαフラグメント、ならびにスプリットGFP(緑色蛍光タンパク質)のGFP11フラグメントおよび他のGFP由来スプリット蛍光タンパク質の対応フラグメントである。これらは、タンパク質断片相補性アッセイ(PCA:protein-fragment complementation assays)と一般的に呼ばれる系の「スプリットレポーター」のうちの小さい方の断片である。1つの全長タンパク質を分割した2つの非機能的ポリぺプチド断片が相補的に会合して該全長タンパク質の機能(例えば酵素活性または蛍光)を再生するというタンパク質断片相補性アッセイの多数の例が当業者に知られており(Nat Rev Drug Discov. 2007, 6:569-582)、それらのスプリットレポーターの小(smaller、すなわちアミノ酸配列がより短い)断片および大(larger、すなわちアミノ酸配列がより長い)断片の組合せが本実施形態においてそれぞれ異種ペプチドおよびレポーターポリペプチドとして利用され得る。つまり本開示において「スプリットレポーター」という用語はタンパク質断片相補性アッセイに使用できることが知られる相補的ポリペプチド断片の組合せを表す。例えばスプリットルシフェラーゼの小断片(ACS Chem. Biol. 2016, 11, 400-408;ACS Chem. Biol. 2018, 13, 467-474)が本実施形態の異種ペプチドとして利用され得る。これらの異種ペプチドは、検出可能な活性またはシグナルを有さないレポーターポリペプチドに結合することにより、検出可能な活性またはシグナルを生じることができるため特に好ましい。換言すると、これらは、異種ペプチドとレポーターポリペプチドが適正に結合した場合にのみ検出可能な活性またはシグナルを生じさせることができるため、スクリーニングにおける偽陽性ノイズを著しく低減させることができて有利である。
【0018】
当業者に知られている方法により、好熱菌などの所与の微生物の集団を、複数の核酸を含む核酸ライブラリーで形質転換することができる。本開示において形質転換とは、微生物の外部からポリペプチドのコード核酸を導入して、その微生物でそのポリペプチドが発現できる状態にすることを意味する。形質転換の方法は多く知られており、電気穿孔法によるもの、または例えば大腸菌等の別種の細菌からの接合伝達を介したものであってもよい。典型的に、複数の核酸は、プラスミドの形態で好熱菌に導入されて形質転換が行われることが理解される。そのプラスミドでは、標的ポリペプチドと上記異種ペプチドとがインフレームで融合するようにコードされており、そのコード配列が当業者に知られる適切なプロモーターの制御下に配置される。形質転換の結果として、上記核酸ライブラリーの異なる核酸がそれぞれ好熱菌の異なる個体に取り込まれ、従って好熱菌の異なる個体がそれぞれ異なるアミノ酸配列を有する標的ポリペプチドを(上記共通の異種ペプチドと融合された形で)発現できるようになることが理解される。
【0019】
一実施形態では、本方法は、スクリーニング温度での培養を行う工程の前に、好熱菌の集団を核酸ライブラリーで形質転換する工程をさらに含む。形質転換は全部一度に行われてもよいが、好熱菌の集団のある一部と別の一部が、それぞれ核酸ライブラリーのある一部と別の一部によって別々に形質転換されてもよい。本方法はさらに、形質転換する工程の前に、複数の核酸(例えば標的ポリペプチドのコード核酸にランダム変異が導入されたもの)を形質転換用プラスミド中に組み入れることにより核酸ライブラリーを調製する工程を含み得る。本方法はさらにその工程の前に、標的ポリペプチドをコードする核酸にランダム変異を導入する工程を含み得る。核酸を形質転換用プラスミド中に組み入れるための方法、および、核酸にランダム変異を導入するための多数の方法が、当業者に知られており、本実施形態のために使用できる。例えば、エラープローンDNAポリメラーゼを用いたエラープローンPCR法により核酸にランダム変異を導入することができる。
【0020】
好熱菌は、45℃以上あるいは50℃以上の至適生育温度を有する微生物であり、例えばGeobacillus属細菌などの好熱性細菌であり得る。好適なGeobacillus属の好熱菌の例としてはG. kaustophilus、G. thermodenitrificans、G. subterraneus、G. thermoglucosidasius、G. thermoleovorans、およびG. stearothermophilusが挙げられるがこれらに限定されない。本実施形態において使用され得る好熱菌の他の例として、Thermus thermophilus、Clostridium thermocellum、Thermoanaerobacter sp. X514、Thermoanaerobacterium saccharolyticum、Thermotoga maritima、Thermotoga neapolitana、Pyrococcus abyssi、Pyrococcus furiosus、Sulfolobus acidocaldarius、Sulfolobus solfataricus、およびThermococcus kodakarensisが挙げられる。
【0021】
スクリーニング温度および時間は、使用される具体的な菌の種類、標的タンパク質の種類、および目標とする耐熱温度等に応じて当業者が適宜決定することができる。スクリーニング温度は例えば47℃以上、48℃以上、50℃以上、55℃以上、60℃以上、または65℃以上とし得る。好熱菌といえどもそれぞれの株に耐えられる温度の上限があることは技術常識であるから、スクリーニング温度の上限は当業者にとって自明である。スクリーニング温度は通常は80℃以下であり、より典型的には74℃以下である。スクリーニング温度での培養を行う時間は例えば8~48時間、10~36時間、または12~24時間であり得るがこれらに限定されない。好熱菌の集団をスクリーニング温度で培養するためには、全集団を同時に培養し始めることが好ましいが、集団中のある一部と別の一部の培養が異なる培養開始時間で培養される実施形態もあり得る。
【0022】
本実施形態によるスクリーニング方法は、上記スクリーニング温度で培養する工程からの好熱菌の集団に由来する複数のクローンの試料に、上記異種ペプチドに結合するレポーターポリペプチドを添加する工程を含む。本実施形態の方法において、レポーターポリペプチドは、従来技術(例えば組換え発現技術)で調製されたものであり得、また、スクリーニング温度のような高温に晒される必要もないことは特筆に値する。レポーターポリペプチドを添加する工程は、スクリーニング温度より低い温度で行うことができ、例えば室温~37℃で行われ得る。耐熱性を有するレポーターポリペプチドを使用する場合には、レポーターポリペプチドを添加する工程をスクリーニング温度と同様の温度で行うことも可能である。
【0023】
当業者は既存の知識に基づいて、特異的結合できる様々な異種ペプチド-レポーターポリペプチドの組合せを選択することができる。レポーターポリペプチドは例えば、異種ペプチドに特異的に結合する抗体(特異的結合能を保持することが当業者に知られる様々な抗体断片を含む)等であり得る。例えば異種ペプチドがFLAGタグである場合には、レポーターポリペプチドとして抗FLAG抗体を使用することができる。所与のペプチドタグに特異的に結合する抗体を作製することも当業者の通常の技量の範囲内のことである。好ましい実施形態では、レポーターポリペプチドは抗体ではない。例えば、異種ペプチドがスプリットレポーターの小断片である場合に、レポーターポリペプチドとしてそのスプリットレポーターの大断片を使用することができる。例えば異種ペプチドがβ-ガラクトシダーゼのαフラグメントである場合には、レポーターポリペプチドとしてβ-ガラクトシダーゼのωフラグメントを使用することができる。異種ペプチドがスプリットGFPのGFP11フラグメント(あるいは、他のGFP由来スプリット蛍光タンパク質の対応フラグメント)である場合には、レポーターポリペプチドとしてスプリットGFPのGFP1-10フラグメント(または他のGFP由来スプリット蛍光タンパク質の対応フラグメント)を使用することができる。異種ペプチドがスプリットルシフェラーゼの小断片である場合には、レポーターポリペプチドとしてスプリットルシフェラーゼの大断片を使用することができる。ビオチンアクセプターペプチドが異種ペプチドとして利用される場合には、ビオチンリガーゼ(BirA)がレポーターポリペプチドの役割を果たすことができる。ビオチンリガーゼの結合は一時的であると考えられるが、レポーターポリペプチドの結合量をビオチン化の量として表すことができる。
【0024】
クローンとは、一つの先駆体(例えば一つの核酸分子または一つの細胞)が増幅することによって生じた、同一の遺伝子型を有する集合体を意味し、これは例えば核酸分子の群または細胞のコロニーであり得る。好熱菌の集団に由来するクローンの試料とは、例えば、固形培地上に形成された個々のコロニー、または個々のコロニーの懸濁液であり得る。一実施形態では、試料中の細胞は溶解される。別の実施形態では、例えば界面活性剤の添加により、細胞が透過処理される。簡単な界面活性剤の濃度の調節により、クローン中の一部または全部の細胞を生存させたまま、一部または全部の細胞を透過処理できることが見出された。このような実施形態では、レポーターポリペプチドにより耐熱性について陽性と判定したクローン(例えば培地プレート上のコロニー)から直接生細胞を回収することができるため、スクリーニングが著しく効率化され有利である。あるいは、生細胞のコロニーまたは懸濁液のレプリカを複数作って、一部のレプリカだけにおいて耐熱性についての判定を行うことも可能である。細胞懸濁液または溶解液はさらにPVDF、ニトロセルロース等の固体基材に吸着させてもよいことが当業者に理解される。
【0025】
耐熱性ポリペプチドのスクリーニングにおいては通常、複数の標的ポリペプチドのうち大多数は非耐熱性である。しかしそのなかに少数の耐熱性標的ポリペプチドがあれば、それらは宿主の好熱菌クローンの試料と共に蓄積されて、上記工程で添加されたレポーターポリペプチドに結合し、そのことによって検出される(この場合の蓄積という用語は、細胞外に分泌されるポリペプチドにも適用され得る)。一方、非耐熱性の異種ポリペプチドが好熱菌で強制的に発現された場合、変性あるいはミスフォールディングした形で凝集等を起こして蓄積すると従来は考えられたが、本発明者は、様々な異種ポリペプチドを好熱菌で発現させる研究のなかで、高温下でミスフォールディングしたポリペプチドが蓄積せずに比較的迅速にクリアランスを受けて検出すらできなくなると見られるという法則を観察した。例えばあるタンパク質を異なる培養温度において好熱菌で強制的に発現させた場合、ある温度を超えると、そのタンパク質は可溶性画分にも不溶性画分にも検出されなくなった。従って、上記複数のクローンの試料におけるレポーターポリペプチドの結合量を検出して、レポーターポリペプチドの結合量が相対的に多い1つ以上のクローンを、スクリーニング温度に耐性である耐熱性標的ポリペプチドを発現していた、すなわち耐熱性標的ポリペプチドを蓄積させた、好熱菌のクローンとして同定することができる。結合量を検出するとは、有意な結合が起こっていないクローンと対比させて結合が起こっているクローンを見分けることだけでなく、結合量を定量化することも含み得る。
【0026】
当業者は通常の知識に基づいてレポーターポリペプチドの結合量を検出するための適切な方法を選択することができる。例えばレポーターポリペプチドが抗体である場合には、その抗体自体を、またはさらにその抗体に結合する二次抗体を、検出可能な標識または酵素にコンジュゲート化されたものとして使用し得る。いくつかの実施形態では、レポーターポリペプチドの結合量は、レポーターポリペプチドが生じる酵素活性または蛍光の量として検出される。この文脈において、レポーターポリペプチドが生じる酵素活性または蛍光の量とは、対象試料の箇所で濃縮されたレポーターポリペプチドの存在に起因して、その箇所に濃縮されて存在するようになった、酵素活性または蛍光の量を指す。レポーターポリペプチドが酵素活性または蛍光を生じる場合の一例は、レポーターポリペプチドが抗体であって該抗体またはそれに結合する二次抗体が酵素または蛍光色素にコンジュゲート化されている場合である。
【0027】
レポーターポリペプチドを添加することおよびその結合量を検出することは、レポーターと標識の種類に応じて、固形培地上に形成されたコロニーにおいて、もしくはコロニーの懸濁液もしくは溶解液において、またはそれらのいずれかを吸着させた固体基材(例えばPVDFもしくはニトロセルロースの膜)上で行われ得る。試料を固体基材に吸着させることは、添加後に結合しなかったレポーターポリペプチドを洗い流して陽性クローンの検出感度を向上させるために有用となり得る。多数の試料を同時分析できる公知の様々なハイスループットシステムが、本実施形態のスクリーニング方法の実施のために適合可能であることが当業者に理解される。
【0028】
レポーターポリペプチドは通常、スクリーニング温度での培養を終えた好熱菌の集団に由来する複数のクローンの試料に外部から添加される。しかしながら、例えばレポーターポリペプチドとして好熱菌(例えばGeobacillus stearothermophilus)由来のLacZ ωフラグメントを使用する実施形態など、レポーターポリペプチド自体がスクリーニング温度に耐性のものである場合には、レポーターポリペプチドを、スクリーニング温度での培養中の好熱菌自体に発現させることによって、レポーターポリペプチドの添加を行うことができる。従ってある特定の実施形態では、好熱菌の集団に由来する複数のクローンの試料は培養中の好熱菌の集団そのものであり得、レポーターポリペプチドは形質転換された好熱菌自身によって発現され得、培養する工程とレポーターポリペプチドを添加する工程は同時進行で行われ得る。
【0029】
レポーターポリペプチドの結合量がより多いクローンとは、結合が起こっていないクローンと対比される、結合が起こっているクローンであり得、あるいは、結合が検出されるクローンが複数あるなかで(例えばバックグラウンドレベルの結合のなかで)、他のクローンよりも結合の検出レベルが大きいクローンであり得る。検出されるレポーターポリペプチドの結合量がより多いクローンを当該スクリーニングに関して「陽性」クローンと呼ぶこともできる。典型的には、スクリーニングされる好熱菌の集団のうち大多数は陰性であり、見つかる陽性のクローンはごく少数である。例えば、多数のコロニーが密集した直径約10 cmの固形培地プレート上に数個から数十個だけの陽性クローンが見出され得る。
【0030】
耐熱性標的ポリペプチドを蓄積させた好熱菌のクローンがいったん同定されれば、当業者は容易にそのクローンに対応する標的ポリペプチドの配列を決定することができる。例えばそのクローンの試料中に存在する核酸ライブラリー由来核酸を特異的プライマーによるPCRで増幅することによって、耐熱性標的ポリペプチドの配列を決定することができる。あるいは、そのクローンの試料中に存在する核酸ライブラリー由来プラスミドを回収して新たな形質転換を行ってから増幅および配列決定を行ってもよい。細胞の溶解を行っていない場合や試料のレプリカを作製していた場合には、試料中に生菌が存在するので、その菌を増殖させておけば配列決定を含む分析のために便利である。
【0031】
本発明の特に好ましい実施形態では、異種ペプチドはβ-ガラクトシダーゼのαフラグメントであり、レポーターポリペプチドは該β-ガラクトシダーゼのωフラグメントであり、結合量は、αフラグメントとωフラグメントのα相補性により生じる酵素活性の量として検出される。β-ガラクトシダーゼのα相補性はよく知られている古典的な現象であり(J Mol Biol (1967) 24(2):339-43;J Biol Chem (1981) 256(13):6804-6810)、これはスプリットレポーターの古典的な例であり、当業者はβ-ガラクトシダーゼのαフラグメントとωフラグメントを明確に認識することができる。本来の全長β-ガラクトシダーゼ酵素は約1000アミノ酸長を有する。ωフラグメントは、全長β-ガラクトシダーゼ酵素の大部分に相当する大きな断片であるが、小さなαフラグメント部分を欠くが故に酵素活性を有さない。長さ50アミノ酸未満であるαフラグメントも当然ながら酵素活性を有さない。しかしながらαフラグメントとωフラグメントが会合すると、全長β-ガラクトシダーゼ酵素と同様の酵素活性を回復することができる。
【0032】
α相補性の利用により、耐熱性ポリペプチドが蓄積しレポーターポリペプチドと結合し得たクローンだけに検出可能なβ-ガラクトシダーゼが生じるため、陽性クローン検出の感度を著しく高くすることができる。例えば、スクリーニング温度での培養後の好熱菌コロニーを有する固形培地プレート上に、濾紙を乗せたうえでその濾紙に細胞透過処理用の界面活性剤(例えば0.01~0.5% (w/v)のSDS水溶液)を適用し、そこにωフラグメントの溶液を直接適用し、さらにβ-ガラクトシダーゼの発色基質であるX-galを適用することにより、大部分のコロニーが白色であるなか少数の陽性コロニーが青色で検出されることができる。これらの溶液の適用は例えば噴霧器により吹きかけによって達成することができる。
【0033】
本実施形態のαフラグメントとωフラグメントが由来するβ-ガラクトシダーゼは、細菌β-ガラクトシダーゼ、例えば好熱菌由来のβ-ガラクトシダーゼであってもよく、Geobacillus属細菌のβ-ガラクトシダーゼであってもよいが、これに限定されない。一実施形態では、αフラグメントは配列番号1またはそれと80%以上、90%以上、95%以上、もしくは99%以上の配列同一性を有する配列を有し、ωフラグメントは配列番号2またはそれと80%以上、90%以上、95%以上、もしくは99%以上の配列同一性を有する配列を有する。αフラグメントは、標的ポリペプチドのN末端またはC末端のいずれに融合されていてもωフラグメントとのα相補性を起こすことができることが見出されたが、標的ポリペプチドのC末端に融合されることがより好ましい。これらの配列には、必要に応じて、最N末端のメチオニン、精製もしく検出用タグ、リンカー等を付加できることが当業者に理解される。
【0034】
別の好ましい実施形態では、異種ペプチドはスプリットGFPのGFP11フラグメントであり、レポーターポリペプチドはスプリットGFPのGFP1-10フラグメントであり、結合量は、GFP11フラグメントとGFP1-10フラグメントの自己会合により生じる蛍光の量として検出される。スプリットGFPの概念およびそれに関わるフラグメントはCabantousらによって記述されており当業者に知られている(Nat Biotechnol (2005) 23(1):102-107)。天然のGFPは238アミノ酸長を有する。GFP1-10フラグメントは、全長GFPの大部分に相当する大きな断片であるが、小さなGFP11フラグメント部分を欠くが故に蛍光活性を有さない。長さ50アミノ酸未満である小さなGFP11フラグメントも当然ながら蛍光活性を有さない。しかしながらGFP1-10フラグメントとGFP11フラグメントが会合すると、全長GFPと同様の蛍光活性を回復することができる。一実施形態では、GFP11フラグメントは配列番号3またはそれと80%以上、90%以上、95%以上、もしくは99%以上の配列同一性を有する配列を有し、GFP1-10フラグメントは配列番号4またはそれと80%以上、90%以上、95%以上、もしくは99%以上の配列同一性を有する配列を有する。GFP11フラグメントは好ましくは標的ポリペプチドのC末端に融合される。
【0035】
GFPには、点変異が導入されて蛍光の波長(色)が変化させられている多数の派生蛍光タンパク質が知られている(例えばCFP、YFP等)。これらGFP由来の他の蛍光タンパク質も、全体的立体構造はGFPと実質的に同じであり、従ってスプリットGFPに対応するスプリット蛍光タンパク質が存在できることが当業者に理解される。従って一実施形態では、異種ペプチドは、他のGFP由来スプリット蛍光タンパク質の、GFP11フラグメントに対応するフラグメントであり、レポーターポリペプチドは、他のGFP由来スプリット蛍光タンパク質の、GFP1-10フラグメントに対応するフラグメントであり、結合量は、異種ペプチドとレポーターポリペプチドの自己会合により生じる蛍光の量として検出される。ここで、「他のGFP由来スプリット蛍光タンパク質」とは、GFPの派生物であるが変異導入のため配列(および典型的には蛍光波長)がGFPと比べて変更された蛍光タンパク質が、スプリットGFPと同様にスプリットされたものを意味する。
【0036】
本開示の別の態様では、上述した態様の方法を行うためのキットが提供される。このキットは、プラスミドベクターと、使用説明書とを少なくとも含み得る。該プラスミドベクターは、上述した異種ペプチドをコードする核酸配列を含み、標的ポリペプチドをコードする核酸が挿入された場合に、該異種ペプチドが末端に融合された標的ポリペプチドを好熱菌中で発現できるように構成されることを特徴とする。このような発現用プラスミドベクターが有し得る他の一般的要素(複製起点、プロモーター、セレクション用薬剤耐性遺伝子等)は当業者によく知られている。
【0037】
使用説明書は、上述した方法の各工程を行うための指示(instructions)を含む。このような指示には例えば、複数の核酸(例えばランダム変異が導入された標的ポリペプチドのコード核酸)を上記プラスミドベクターに組み入れることにより核酸ライブラリーを調製すること、核酸ライブラリーで好熱菌の集団を形質転換すること、形質転換された好熱菌の集団をスクリーニング温度で培養すること、培養後の好熱菌の集団から複数のクローンの試料を調製すること、好熱菌の集団に由来する複数のクローンの試料にレポーターポリペプチドを添加すること、複数のクローンの試料におけるレポーターポリペプチドの結合量を検出すること、およびレポーターポリペプチドの結合量がより多い1つ以上のクローンを、スクリーニング温度に耐性である耐熱性標的ポリペプチドを蓄積させた好熱菌のクローンとして同定すること、のうちの1つ以上または全ての説明が含まれ得ることが理解されるべきである。使用説明書はさらに、標的ポリペプチドをコードする核酸にランダム変異を導入することについての説明を含み得る。
【0038】
本実施形態のキットは、さらに、レポーターポリペプチドもしくはそれをコードする(すなわち当業者がそこからレポーターポリペプチドを調製することができる)核酸を含んでもよい。本実施形態のキットは、形質転換される前の好熱菌細胞を含んでもよい。本実施形態のキットは、標的ポリペプチドをコードする核酸にランダム変異を導入するためのエラープローンDNAポリメラーゼを含んでもよい。個々の実施形態に応じてキットに含まれ得る、これらおよびその他の構成要素は、上記方法の実施形態の説明から当業者には明らかであろう。
【0039】
以下、実施例を示して本開示の発明の実施形態をさらに詳細に例示するが、これらの実施例は代表的な実験例として示しているに過ぎず、発明はこれら特定の実施例に限定されない。
【実施例0040】
この例では、本発明者を主著者とする非特許文献2で記述された、Bacillus subtilis(非好熱菌である枯草菌)由来のPyrFタンパク質を利用して、本開示のスクリーニング方法の概念実証を示す。PyrF野生型タンパク質のアミノ酸配列およびそのコード核酸配列を配列番号5および6として示す。これらの配列は、米国National Center for Biotechnology Informationのデータベースにおいてゲノム配列ローカスタグ番号BSU_15550ならびにNP_389438およびNC_000964(REGION: 1628622..1629341)のもと参照することができる。野生型であるPyrFAは非耐熱性であるのに対し、非特許文献2では、突然変異率が高くなっている好熱菌Geobacillus kaustophilusのエラープローン株の使用と、選択圧下でPyrF酵素活性に依存して生存できる個体を選抜する手法とを組み合わせることによって、PyrFAの耐熱性バリアントPyrFVを同定・単離した。本発明者はその後の研究で、好熱菌で異種タンパク質を発現させた場合、耐熱性のタンパク質は培養物内に蓄積するのに対し、非耐熱性のタンパク質は、変性したり異常フォールディングを起こした形態になるだけでなく、そのような形態はクリアランスを受けてそもそも蓄積すらしないと見られるという、きわめてシンプルでありながらこれまではっきりと認識されていなかった共通法則を見出したが、この共通法則はPyrFAとPyrFVでも観察される。
【0041】
図1aの予備実験では、PyrF
AおよびPyrF
Vのコード遺伝子を好熱菌発現用プラスミドベクターに挿入して組み入れた。これらのプラスミドベクターは、Geobacillus stearothermophilus由来のβ-ガラクトシダーゼ(LacZ)のαフラグメント(配列番号1、37アミノ酸)がコードされている。従って、挿入された遺伝子にコードされる標的ポリペプチドのC末端にこのαフラグメントが融合されて発現されるように構成されている。このプラスミドベクターで、Geobacillus thermodenitrificansのK1041株を形質転換し、90 mm固形培地プレート上または液体培地中で50℃で培養した。コロニーを形成した固形培地の表面に濾紙を乗せ、その濾紙に700 μLのSDS水溶液(0.1% (w/v))を噴霧し、そのまま保温した(5 min)。続いてωフラグメント(配列番号2;N末端Hisタグを付けたもの)の水溶液(700μL)を噴霧し、保温した(10 min)。最後にX-galのDMSO溶液(700μL;5.0 mg/mL)を噴霧し、コロニー上の濾紙に青呈色が見られるまで保温した。
図1aに示されるように、固形培地上で耐熱性PyrF
Vを発現し蓄積しているコロニーでは、ωフラグメントが高いレベルで結合してα相補性現象を起こし、特異的なβ-ガラクトシダーゼ活性が強く検出された(右、青色)。対照的に、非耐熱性PyrF
Aを発現するコロニーでは、ωフラグメントの添加に関わらずほとんどβ-ガラクトシダーゼ活性が検出されていない。このスクリーニングの感度の高さ、あるいは偽陽性レベルの低さはきわめて顕著である。低コピー数プラスミドおよび高コピー数プラスミドの両方で試験したが本質的に同じ結果が得られた。また、液体培養物に界面活性剤(最終濃度0.01% SDS)、ωフラグメント水溶液、およびβ-ガラクトシダーゼ基質であるo-ニトロフェニル-β-D-ガラクトピラノシドの水溶液を加えて該基質の呈色を測定した実験でも、PyrF
Vに特異的に高いβ-ガラクトシダーゼ活性が検出された(データは図示していない)。
【0042】
次に、非耐熱性PyrFAのコード核酸を鋳型にして、エラープローンPCRを行い、ランダム変異を導入した。この変異処理を経た核酸の集団を、上記αフラグメント(本明細書で説明した異種ペプチドに相当)をコードするプラスミドベクター中に挿入して核酸ライブラリーを調製した。この核酸ライブラリーを、大腸菌DH5α株の形質転換を通じて増殖させ、次いで大腸菌HST04株の形質転換を経由させ(DH5α株で生じたDNAメチル化を除去するため)、最後に電気穿孔法により好熱菌Geobacillus thermodenitrificans K1041株を形質転換した。上述したのと同じ、50℃の温度(スクリーニング温度)での培養後の固形培地プレート上のωフラグメント(レポーターポリペプチド)-X-galアッセイによって、1×104クローンの一次スクリーニングを行ったところ、9個のコロニーが青色陽性と見られる、すなわちスクリーニング温度に耐性の変異PyrF融合タンパク質を蓄積させたと見られる、候補コロニーとして同定された。これらの候補コロニーを穿刺により回収して液体培養した後、固形培地プレート上で再コロニー化させ、これらのプレートのレプリカを作製した後、各候補株一プレートについて二次スクリーニングを行って、陽性候補を8株に絞った。別のレプリカのコロニーからプラスミドDNAを抽出して配列決定を行った。
【0043】
その結果、8個の候補株中7株において、PyrF
Aのコード核酸からの配列変化が見出された。実際、これら7株は互いに同一の配列変異を有していることから、同一クローンから増殖した別コロニーであったと推測された。この7株に共通であった変異型PyrFをPyrF
Xと呼ぶ。野生型PyrF
Aに対するPyrF
Xのアミノ酸変異箇所を
図2に示す。PyrF
Xのアミノ酸変異箇所はPyrF
Vのアミノ酸変異箇所と重複していなかった。
【0044】
PyrFA、PyrFV、および新たに単離・同定されたPyrFXを、常法によりHisタグを付けた形態で大腸菌または好熱菌(G. thermodenitrificans)で組換え発現させ、可溶性画分からPyrFを精製した。ただし、大腸菌ではPyrFXは可溶性画分に現れず精製ができなかった。下記表1は、疎水性蛍光色素の結合により変性タンパク質の疎水性部位露出を検出することに基づいて、変性温度の中点を測定するアッセイ(左;Protein Thermal Shift(商標)Dye Kit(Thermo Fisher Scientific,4461146))、および同じく変性点の指標となる半数沈殿温度を決定するアッセイ(右;Thermal Cycler Dice Gradient(Takara Bio)により異なる温度で1時間の熱処理をした後遠心分離して上清すなわち未沈殿のタンパク質をSDS-PAGEで定量化)の結果を示す。表1から明らかなように、PyrFXではPyrFVと同等以上の耐熱化が達成されていた。
【0045】
【0046】
言うまでもないが、β-ガラクトシダーゼ(LacZ)のαフラグメントをタグとして耐熱性タンパク質を検出できるのはPyrFに限られたことではない。この点を示す例として、Venusの実験をここに示す。Venusは公知の黄色蛍光タンパク質である。好熱菌に由来しない異種タンパク質の大部分は、高熱で培養される好熱菌で発現させても蓄積しないなかで、Venusは例外的に耐熱性を有し高熱培養下の好熱菌に蓄積されることが見出された。
図1bの実験では、上記LacZ αフラグメントを融合させたVenusを、55℃で培養したG. thermodenitrificansに発現させた後、菌体を超音波破砕して上清を回収した。この破砕液を段階希釈してPVDFメンブレン上に滴下してドットブロットとした。図から明らかなように、55℃の温度下で生産されたαフラグメントタグ化Venusタンパク質自体は蛍光活性を保有しており(
図1b、左)、そしてそこにωフラグメントを適用して結合させるとβ-ガラクトシダーゼが再構成され、蛍光活性に対応して、そしてLacZ αフラグメントの存在に依存して、酵素活性が検出された(
図1b、右)。
【0047】
上記の実験例では、標的ポリぺプチドと共にスクリーニング温度での高熱を受ける異種ペプチドタグとして、好熱菌であるG. stearothermophilus由来のβ-ガラクトシダーゼのαフラグメントを使用していたが、異種ペプチドタグがこれに限定される必然性はない。次に示す実験例では、PyrFAまたはPyrFVのC末端にαフラグメントの代わりに、Cabantousらによって記述されたスプリットGFPのGFP11フラグメント(配列番号3、16アミノ酸長;GSリッチリンカーを含めると30アミノ酸長(配列番号7))を融合させ、これを、液体培地で50℃で24時間に渡り培養した好熱菌G. thermodenitrificans K1041の形質転換株に発現させた。次いで、培養液を希釈して終濃度約0.01~0.02%の界面活性剤SDSを加え、37℃で5分間インキュベートした。そこに、別途大腸菌で組換え発現させ精製したGFP1-10フラグメント(配列番号4;精製用Hisタグを付けたもの)の溶液を加え、この混合液を、全面黒塗りの96穴プレート(グライナーFLUOTRAC 200)に入れ、Nivo(商標)マルチモードプレートリーダー(PerkinElmer)上で蛍光を測定した。測定条件は以下の通りである。
測定:5 min間隔
励起光フィルター:480/30 nm
蛍光フィルター:530/30 nm
Dichroic mirror:D500
温度:30℃
測定時間(露光):200 ms
【0048】
液体培地でのGFP蛍光測定の結果を
図3aに示す。耐熱性であるPyrF
Vは高温での培養中に培養物に蓄積したため、GFP11タグを介してGFP1-10が結合して、GFPの自己会合的再構成により相対的に強い蛍光が検出されたことがわかる。一方非耐熱性のPyrF
Aは、低い蛍光レベルで表されるように蓄積が乏しいと見られた。
【0049】
図3bの実験では、上記と同じ形質転換株を固形培地上で50℃で24時間に渡り培養してコロニーを形成させた。その後、0.1% SDS水溶液をコロニーに噴霧して室温で5分間インキュベートし、続いてGFP1-10フラグメントの溶液(0.867 mg/mL)を噴霧してさらに24時間室温でインキュベートした。その後培地プレートをImageQuant(商標)LAS 4000 mini(GEヘルスケア)に入れて落射蛍光検出を行った(Cy2モード:Epi-Blueライト(460 nm)& Y515フィルター;露光:0.5秒)。
図3bから、液体培地での結果に対応する蛍光検出結果が得られていることがわかる。これらの例に示す検出系だけでなく他の検出系も、スクリーニング方法におけるレポーターポリペプチドの結合量検出に利用することができる。