(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024079213
(43)【公開日】2024-06-11
(54)【発明の名称】590MPa級建築構造用鋼板、建築構造用溶接組立H形鋼および590MPa級建築構造用鋼板の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20240604BHJP
C22C 38/14 20060101ALI20240604BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20240604BHJP
C21D 8/02 20060101ALI20240604BHJP
C21D 9/46 20060101ALI20240604BHJP
【FI】
C22C38/00 301B
C22C38/14
C22C38/58
C21D8/02 A
C22C38/00 301W
C21D9/46 S
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022192027
(22)【出願日】2022-11-30
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】藪 翔平
(72)【発明者】
【氏名】松山 俊太郎
(72)【発明者】
【氏名】木村 慧
(72)【発明者】
【氏名】小野木 武司
(72)【発明者】
【氏名】土田 真也
(72)【発明者】
【氏名】吉永 千智
【テーマコード(参考)】
4K032
4K037
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA02
4K032AA03
4K032AA04
4K032AA05
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4K037EA01
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4K037FB06
4K037FB08
4K037FC04
4K037FD04
4K037FE01
4K037FE02
4K037FE03
(57)【要約】
【課題】引張強度、伸び、圧延方向およびD方向の高温強度に優れた590MPa級建築構造用鋼板を提供する。
【解決手段】板厚1/4の位置における〈011〉方位群の積分強度のうち、φ2=45°、φ1=0~5°、Φ=0~5°のランダム強度比の平均値と、φ2=45°、φ1=40~50°、Φ=45~55°のランダム強度比の平均値との和が4.0以上、最大長さLに対して直交方向の長さの最大値を最大厚みT(但しL≧T)とした場合に、Lが15nm以下かつTが1.5nm以下の析出物、または、Lが5nm以下かつTが1.5nm超の析出物を含み、これらの合計が500個/μm2以上、板厚の1/2位置において、板厚方向長さ0.1t(mm)(tは板厚(mm))および板幅方向長さ20mmの領域における最大長さ1μm以上のTi含有析出物の個数が250個以下である、590MPa級建築構造用鋼板を採用する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学成分が、質量%で、
C :0.030~0.200%、
Si:0.010~0.55%、
Mn:0.90~2.00%、
P :0.030%以下、
S :0.025%以下、
Al:0.010~0.40%、
Ti:0.010~0.20%、
N :0.10%以下、
O :0.01%以下、
残部:Feおよび不純物からなり、
板厚1/4の位置における〈011〉方位群の積分強度のうち、φ2=45°、φ1=0~5°、Φ=0~5°のランダム強度比の平均値と、φ2=45°、φ1=40~50°、Φ=45~55°のランダム強度比の平均値との和が4.0以上であり、
組織中に、TiまたはNbの一方または両方を含む析出物であって、析出物の最大長さLに対して直交する方向の長さの最大値を最大厚みT(但しL≧T)とした場合に、最大長さLが15nm以下かつ最大厚みTが1.5nm以下の析出物、または、最大長さLが5nm以下かつ最大厚みTが1.5nm超の析出物のいずれか一方または両方を含み、板厚の1/4位置におけるこれらの析出物の合計の個数密度が500個/μm2以上であり、
鋼板の圧延方向に直交する板厚方向の断面の板厚の1/2位置において、板厚方向長さ0.1t(mm)(tは板厚(mm))および板幅方向長さ20mmの領域における最大長さ1μm以上のTi含有析出物の個数が250個以下である、590MPa級建築構造用鋼板。
【請求項2】
化学成分が、質量%で、
C :0.030~0.200%、
Si:0.010~0.55%、
Mn:0.90~2.00%、
P :0.030%以下、
S :0.025%以下、
Al:0.010~0.40%、
Ti:0.010~0.20%、
N :0.10%以下、
O :0.01%以下、を含有し、
下記A群、B群、C群、D群及びE群からなる群から選択される1種又は2種以上を含有し、
残部:Feおよび不純物からなり、
板厚1/4の位置における〈011〉方位群の積分強度のうち、φ2=45°、φ1=0~5°、Φ=0~5°のランダム強度比の平均値と、φ2=45°、φ1=40~50°、Φ=45~55°のランダム強度比の平均値との和が4.0以上であり、
組織中に、TiまたはNbの一方または両方を含む析出物であって、析出物の最大長さLに対して直交する方向の長さの最大値を最大厚みT(但しL≧T)とした場合に、最大長さLが15nm以下かつ最大厚みTが1.5nm以下の析出物、または、最大長さLが5nm以下かつ最大厚みTが1.5nm超の析出物のいずれか一方または両方を含み、板厚の1/4位置におけるこれらの析出物の合計の個数密度が500個/μm2以上であり、
鋼板の圧延方向に直交する板厚方向の断面の板厚の1/2位置において、板厚方向長さ0.1t(mm)(tは板厚(mm))および板幅方向長さ20mmの領域における最大長さ1μm以上のTi含有析出物の個数が250個以下である、590MPa級建築構造用鋼板。
[A群] Nb:0.05%以下、W:0.1%以下、V:1%以下、Mo:1%以下のうちの1種または2種以上
[B群] Cu:1%以下、Ni:1%以下、Cr:1%以下のうちの1種または2種以上
[C群] Mg:0.1%以下
[D群] REM:0.1%以下、Bi:0.1%以下、Zr:0.1%以下、Co:0.1%以下、Zn:0.1%以下、Sn:0.1%以下のうちの1種または2種以上
[E群] B :0.0010%以下
【請求項3】
下記式(1)を満たす、請求項1または請求項2に記載の590MPa級建築構造用鋼板。
C+Mn/6+Si/24+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/14≦0.450 …(1)
ただし、式(1)における元素記号は、鋼板中の各元素の含有量(質量%)であり、当該元素を含有しない場合は0を代入する。
【請求項4】
下記式(2)を満たす、請求項1または請求項2に記載の590MPa級建築構造用鋼板。
0.00080≦x≦0.00250 …(2)
x=Ti/48-N/14-(P/31+S/32-Mn/55)/500+Nb/93 …(3)
ただし、式(2)におけるxは、式(3)により定まる値であり、式(3)における元素記号は、鋼板中の各元素の含有量(質量%)であり、当該元素を含有しない場合は0を代入する。
【請求項5】
降伏強度YSが440~590MPa、引張強度TSが590~710MPa、降伏比が95%以下、伸びELが20%以上である、請求項1または請求項2に記載の590MPa級建築構造用鋼板。
【請求項6】
600℃における圧延方向の1.0%耐力YSLが130MPa以上であり、600℃における圧延方向に対する45°方向の1.0%耐力YSDが130MPa以上である、請求項1または請求項2に記載の590MPa級建築構造用鋼板。
【請求項7】
ウエブ部及びフランジ部を備え、前記ウエブ部及びフランジ部が、請求項1または請求項2に記載の590MPa級建築構造用鋼板よりなる、建築構造用溶接組立H形鋼。
【請求項8】
化学成分が、質量%で、C:0.030~0.200%、Si:0.010~0.55%、Mn:0.90~2.00%、P:0.030%以下、S:0.025%以下、Al:0.010~0.40%、Ti:0.010~0.20%、N:0.10%以下、O:0.01%以下、残部:Feおよび不純物からなる鋳片を用意し、
前記鋳片を均熱温度1100℃以上、均熱時間t2の条件で加熱するとともに、550℃~1100℃間の昇温時間t1と前記均熱時間t2との関係がt2/t1≧0.20を満たす条件で加熱する加熱工程と、
1000℃以上で粗圧延する粗圧延工程と、
仕上圧延を、前記加熱工程後に鋼表面温度が1100℃以下になる時から100秒以内に終了させるとともに、仕上圧延終了時の鋼の表面温度を(T1-50)℃以上とし、温度T1以下における累積圧下率を20%超とする仕上圧延工程と、
巻取り工程と、
を備える、請求項1に記載の590MPa級建築構造用鋼板の製造方法。
但し、前記仕上圧延工程におけるT1(℃)は下記式(4)の通りとし、下記式(4)における元素記号は、前記鋳片中の各元素の含有量(質量%)であり、当該元素を含有しない場合は0を代入する。
T1(℃)=907+168Ti+1325Nb+1200Mo+4500B …(4)
【請求項9】
化学成分が、質量%で、C:0.030~0.200%、Si:0.010~0.55%、Mn:0.90~2.00%、P:0.030%以下、S:0.025%以下、Al:0.010~0.40%、Ti:0.010~0.20%、N:0.10%以下、O:0.01%以下を含有し、下記A群、B群、C群、D群及びE群からなる群から選択される1種又は2種以上を含有し、残部:Feおよび不純物からなる鋳片を用意し、
前記鋳片を均熱温度1100℃以上、均熱時間t2の条件で加熱するとともに、550℃~1100℃間の昇温時間t1と前記均熱時間t2との関係がt2/t1≧0.20を満たす条件で加熱する加熱工程と、
1000℃以上で粗圧延する粗圧延工程と、
仕上圧延を、前記加熱工程後に鋼表面温度が1100℃以下になる時から100秒以内に終了させるとともに、仕上圧延終了時の鋼の表面温度を(T1-50)℃以上とし、温度T1以下における累積圧下率を20%超とする仕上圧延工程と、
巻取り工程と、
を備える、請求項2に記載の590MPa級建築構造用鋼板の製造方法。
但し、前記仕上圧延工程におけるT1(℃)は下記式(4)の通りとし、下記式(4)における元素記号は、前記鋳片中の各元素の含有量(質量%)であり、当該元素を含有しない場合は0を代入する。
T1(℃)=907+168Ti+1325Nb+1200Mo+4500B …(4)
[A群] Nb:0.05%以下、W:0.1%以下、V:1%以下、Mo:1%以下のうちの1種または2種以上
[B群] Cu:1%以下、Ni:1%以下、Cr:1%以下のうちの1種または2種以上
[C群] Mg:0.1%以下
[D群] REM:0.1%以下、Bi:0.1%以下、Zr:0.1%以下、Co:0.1%以下、Zn:0.1%以下、Sn:0.1%以下のうちの1種または2種以上
[E群] B :0.0010%以下
【請求項10】
前記仕上圧延工程後に、仕上圧延終了時から2秒以内に冷却を開始し、冷却開始から巻取り温度+100℃になるまでの平均冷却速度を50℃/秒以上の速度で冷却する冷却工程を更に備える、請求項8または請求項9に記載の590MPa級建築構造用鋼板の製造方法。
【請求項11】
前記巻取り工程における巻取り温度を500~750℃の範囲とする、請求項8または請求項9に記載の590MPa級建築構造用鋼板の製造方法。
【請求項12】
前記粗圧延工程において、1パス当たりの圧下量を10~50%の範囲とする、請求項8または請求項9に記載の590MPa級建築構造用鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高温強度に優れた590MPa級建築構造用鋼板、建築構造用溶接組立H形鋼および590MPa級建築構造用鋼板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、建築、土木などの分野においては、各種建築用鋼材として、JIS等で規格化された鋼材等が広く利用されている。なお、一般の建築構造用鋼材は、約350℃から強度低下するため、その許容温度は約550℃となっている。
【0003】
すなわち、ビルや事務所、住居、立体駐車場などの建築物に前記の鋼材を用いた場合は、火災における安全性を確保するため、十分な耐火被覆を施すことが義務付けられており、建築関連諸法令では、火災時に鋼材温度が350℃以上にならないように規定されている。
【0004】
これは、前記の鋼材では、550℃程度で耐力が常温の2/3程度になり、必要な強度を下回るためである。鋼材を建造物に利用する場合、火災時において鋼材の温度が350℃に達しないように耐火被覆を施して使用される。そのため、鋼材費用に対して耐火被覆工費が高額となり、建設コストが大幅に上昇することが避けられない。
【0005】
上記の課題を解決するため、高温耐力を備えた耐火鋼が開発されている。600℃以上での高温強度がある鋼の場合、一般に耐火鋼と呼称されている。下記特許文献1には、C、Si、Mn、P、S、Mo、Nb、B、AlおよびNを含有する高温強度に優れた590MPa級高張力鋼が記載されている。
【0006】
特許文献1に記載された590MPa級高張力鋼は優れた高温強度を発揮するが、最近では更なる高温強度の向上が求められている。また、建築構造物の部材として、床材を支持するために大梁の間に架け渡される小梁部材があり、小梁部材として溶接組立H形鋼を適用する事例がある。溶接組立H形鋼は、例えば所定形状の熱間圧延鋼板を組み合わせてH形に組み立て、更に鋼板同士を溶接によって接合してH形にしたものである。このような溶接組立H形鋼は、鋳片を熱間圧延によってH形に成形されてなる一般的なH形鋼に比べて、ウエブ部およびフランジ部の肉厚が比較的小さいため、熱容量が小さくなり、耐火時間が短くなる傾向にある。このため、溶接組立H形鋼の素材としての鋼板には、より優れた高温強度が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、引張強度、伸び、600℃での圧延方向およびD方向(鋼板の圧延方向に対して45°傾斜した方向)の高温強度に優れた590MPa級建築構造用鋼板、建築構造用溶接組立H形鋼および590MPa級建築構造用鋼板の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するため、本発明は以下の構成を採用する。
[1] 化学成分が、質量%で、
C :0.030~0.200%、
Si:0.010~0.55%、
Mn:0.90~2.00%、
P :0.030%以下、
S :0.025%以下、
Al:0.010~0.40%、
Ti:0.010~0.20%、
N :0.10%以下、
O :0.01%以下、
残部:Feおよび不純物からなり、
板厚1/4の位置における〈011〉方位群の積分強度のうち、φ2=45°、φ1=0~5°、Φ=0~5°のランダム強度比の平均値と、φ2=45°、φ1=40~50°、Φ=45~55°のランダム強度比の平均値との和が4.0以上であり、
組織中に、TiまたはNbの一方または両方を含む析出物であって、析出物の最大長さLに対して直交する方向の長さの最大値を最大厚みT(但しL≧T)とした場合に、最大長さLが15nm以下かつ最大厚みTが1.5nm以下の析出物、または、最大長さLが5nm以下かつ最大厚みTが1.5nm超の析出物のいずれか一方または両方を含み、板厚の1/4位置におけるこれらの析出物の合計の個数密度が500個/μm2以上であり、
鋼板の圧延方向に直交する板厚方向の断面の板厚の1/2位置において、板厚方向長さ0.1t(mm)(tは板厚(mm))および板幅方向長さ20mmの領域における最大長さ1μm以上のTi含有析出物の個数が250個以下である、590MPa級建築構造用鋼板。
[2] 化学成分が、質量%で、
C :0.030~0.200%、
Si:0.010~0.55%、
Mn:0.90~2.00%、
P :0.030%以下、
S :0.025%以下、
Al:0.010~0.40%、
Ti:0.010~0.20%、
N :0.10%以下、
O :0.01%以下、を含有し、
下記A群、B群、C群、D群及びE群からなる群から選択される1種又は2種以上を含有し、
残部:Feおよび不純物からなり、
板厚1/4の位置における〈011〉方位群の積分強度のうち、φ2=45°、φ1=0~5°、Φ=0~5°のランダム強度比の平均値と、φ2=45°、φ1=40~50°、Φ=45~55°のランダム強度比の平均値との和が4.0以上であり、
組織中に、TiまたはNbの一方または両方を含む析出物であって、析出物の最大長さLに対して直交する方向の長さの最大値を最大厚みT(但しL≧T)とした場合に、最大長さLが15nm以下かつ最大厚みTが1.5nm以下の析出物、または、最大長さLが5nm以下かつ最大厚みTが1.5nm超の析出物のいずれか一方または両方を含み、板厚の1/4位置におけるこれらの析出物の合計の個数密度が500個/μm2以上であり、
鋼板の圧延方向に直交する板厚方向の断面の板厚の1/2位置において、板厚方向長さ0.1t(mm)(tは板厚(mm))および板幅方向長さ20mmの領域における最大長さ1μm以上のTi含有析出物の個数が250個以下である、590MPa級建築構造用鋼板。
[A群] Nb:0.05%以下、W:0.1%以下、V:1%以下、Mo:1%以下のうちの1種または2種以上
[B群] Cu:1%以下、Ni:1%以下、Cr:1%以下のうちの1種または2種以上
[C群] Mg:0.1%以下
[D群] REM:0.1%以下、Bi:0.1%以下、Zr:0.1%以下、Co:0.1%以下、Zn:0.1%以下、Sn:0.1%以下のうちの1種または2種以上
[E群] B :0.0010%以下
[3] 下記式(1)を満たす、[1]または[2]に記載の590MPa級建築構造用鋼板。
C+Mn/6+Si/24+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/14≦0.450 …(1)
ただし、式(1)における元素記号は、鋼板中の各元素の含有量(質量%)であり、当該元素を含有しない場合は0を代入する。
[4] 下記式(2)を満たす、[1]または[2]に記載の590MPa級建築構造用鋼板。
0.00080≦x≦0.00250 …(2)
x=Ti/48-N/14-(P/31+S/32-Mn/55)/500+Nb/93 …(3)
ただし、式(2)におけるxは、式(3)により定まる値であり、式(3)における元素記号は、鋼板中の各元素の含有量(質量%)であり、当該元素を含有しない場合は0を代入する。
[5] 降伏強度YSが440~590MPa、引張強度TSが590~710MPa、降伏比が95%以下、伸びELが20%以上である、[1]または[2]に記載の590MPa級建築構造用鋼板。
[6] 600℃における圧延方向の1.0%耐力YSLが130MPa以上であり、600℃における圧延方向に対する45°方向の1.0%耐力YSDが130MPa以上である、[1]または[2]に記載の590MPa級建築構造用鋼板。
[7] ウエブ部及びフランジ部を備え、前記ウエブ部及びフランジ部が、[1]または[2]に記載の590MPa級建築構造用鋼板よりなる、建築構造用溶接組立H形鋼。
[8] 化学成分が、質量%で、C:0.030~0.200%、Si:0.010~0.55%、Mn:0.90~2.00%、P:0.030%以下、S:0.025%以下、Al:0.010~0.40%、Ti:0.010~0.20%、N:0.10%以下、O:0.01%以下、残部:Feおよび不純物からなる鋳片を用意し、
前記鋳片を均熱温度1100℃以上、均熱時間t2の条件で加熱するとともに、550℃~1100℃間の昇温時間t1と前記均熱時間t2との関係がt2/t1≧0.20を満たす条件で加熱する加熱工程と、
1000℃以上で粗圧延する粗圧延工程と、
仕上圧延を、前記加熱工程後に鋼表面温度が1100℃以下になる時から100秒以内に終了させるとともに、仕上圧延終了時の鋼の表面温度を(T1-50)℃以上とし、温度T1以下における累積圧下率を20%超とする仕上圧延工程と、
巻取り工程と、
を備える、[1]に記載の590MPa級建築構造用鋼板の製造方法。
但し、前記仕上圧延工程におけるT1(℃)は下記式(4)の通りとし、下記式(4)における元素記号は、前記鋳片中の各元素の含有量(質量%)であり、当該元素を含有しない場合は0を代入する。
T1(℃)=907+168Ti+1325Nb+1200Mo+4500B …(4)
[9] 化学成分が、質量%で、C:0.030~0.200%、Si:0.010~0.55%、Mn:0.90~2.00%、P:0.030%以下、S:0.025%以下、Al:0.010~0.40%、Ti:0.010~0.20%、N:0.10%以下、O:0.01%以下を含有し、下記A群、B群、C群、D群及びE群からなる群から選択される1種又は2種以上を含有し、残部:Feおよび不純物からなる鋳片を用意し、
前記鋳片を均熱温度1100℃以上、均熱時間t2の条件で加熱するとともに、550℃~1100℃間の昇温時間t1と前記均熱時間t2との関係がt2/t1≧0.20を満たす条件で加熱する加熱工程と、
1000℃以上で粗圧延する粗圧延工程と、
仕上圧延を、前記加熱工程後に鋼表面温度が1100℃以下になる時から100秒以内に終了させるとともに、仕上圧延終了時の鋼の表面温度を(T1-50)℃以上とし、温度T1以下における累積圧下率を20%超とする仕上圧延工程と、
巻取り工程と、
を備える、[2]に記載の590MPa級建築構造用鋼板の製造方法。
但し、前記仕上圧延工程におけるT1(℃)は下記式(4)の通りとし、下記式(4)における元素記号は、前記鋳片中の各元素の含有量(質量%)であり、当該元素を含有しない場合は0を代入する。
T1(℃)=907+168Ti+1325Nb+1200Mo+4500B …(4)
[A群] Nb:0.05%以下、W:0.1%以下、V:1%以下、Mo:1%以下のうちの1種または2種以上
[B群] Cu:1%以下、Ni:1%以下、Cr:1%以下のうちの1種または2種以上
[C群] Mg:0.1%以下
[D群] REM:0.1%以下、Bi:0.1%以下、Zr:0.1%以下、Co:0.1%以下、Zn:0.1%以下、Sn:0.1%以下のうちの1種または2種以上
[E群] B :0.0010%以下
[10] 前記仕上圧延工程後に、仕上圧延終了時から2秒以内に冷却を開始し、冷却開始から巻取り温度+100℃になるまでの平均冷却速度を50℃/秒以上の速度で冷却する冷却工程を更に備える、[8]または[9]に記載の590MPa級建築構造用鋼板の製造方法。
[11] 前記巻取り工程における巻取り温度を500~750℃の範囲とする、[8]または[9]に記載の590MPa級建築構造用鋼板の製造方法。
[12] 前記粗圧延工程において、1パス当たりの圧下量を10~50%の範囲とする、[8]または[9]に記載の590MPa級建築構造用鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、引張強度、伸び、600℃での圧延方向およびD方向(鋼板の圧延方向に対して45°傾斜した方向)の高温強度に優れた590MPa級建築構造用鋼板、建築構造用溶接組立H形鋼および590MPa級建築構造用鋼板の製造方法を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明者らは、590MPa級建築構造用鋼板の高温強度を向上させるべく、鋭意検討を行った。
【0012】
鋼の降伏強度は、一般に450℃近傍から急激に低下するが、これは、温度上昇に伴い、転位のすべり運動に対して低温では有効であった抵抗が無効となるためと推測される。そこで、従来の耐火鋼は、高温強度を高めて耐火時間を延ばすために、Mo、Nbを複合添加して炭窒化物を析出させ、この炭窒化物を、転位のすべり運動に対して600℃程度の高温まで有効な抵抗として作用させることにより、優れた高温強度を確保している。
【0013】
ところで、従来の耐火鋼において析出する炭窒化物は、母相に対して非整合な析出物とされる。このような非整合析出物が作り出す弾性ひずみ場は、比較的弱いものであるため、600℃前後の高温域では、熱活性化の力を借りた転位に容易に超えられてしまい、これにより高温での降伏強度が低下し、耐火時間を十分に確保できない場合があった。
【0014】
高温強度を更に向上させることを目的として本発明者らが鋭意検討したところ、鋼中に整合析出物を多数析出させることで、高温域の降伏強度をより向上できることを見出した。整合析出物は、母相との界面が整合界面になっている析出物であるが、本発明者らは、整合析出物が非整合析出物に比べて強力な弾性ひずみ場を形成し、これにより高温強度が向上することを見出した。その要因としては、整合析出物が強力な弾性ひずみ場を形成するために、600℃前後の高温域においても、熱活性化の力を借りた転位が乗り越え困難な障害になるものと推測される。よって、整合析出物を多数析出させた鋼は、高温強度がより向上するものと推測される。そして、本発明者らは、整合析出物の中でもチタンを含有する介在物が、その中でも特にチタン炭化物が、弾性ひずみ場をより高められる点でより好ましいことがわかった。
【0015】
また、本発明者らは、粒子サイズが極めて小さなナノメートルサイズのチタン含有介在物が、整合析出物になることを見出した。そこで、微細なチタン含有析出物を数多く析出させる手段を検討したところ、熱間圧延前の加熱工程において鋼中のTiおよびCを十分に固溶させてから、粗大なチタン含有析出物の析出を抑制するために鋼表面温度が1100℃以下になった時点から100秒以内に熱間仕上圧延を終了させ、また、熱間仕上圧延終了時の鋼表面温度を(再結晶化温度-50)℃以上とし、更に冷却して巻き取ることにより、鋼中にFe母相に対して整合界面を介して接する微細なチタン含有析出物を多数形成できることを見出した。
【0016】
更に、本発明者らは、鋼板の集合組織を制御することによって、建築構造物において構造部材の耐座屈性のうち、薄いウェブに斜め方向のしわが寄るせん断座屈を防ぐのに重要な指標であるD方向(鋼材の圧延方向に対して45°傾斜した方向)での高温の降伏強度を向上できることを見出した。
【0017】
以下、本発明の実施形態である590MPa級建築構造用鋼板、建築構造用溶接組立H形鋼および590MPa級建築構造用鋼板の製造方法について説明する。
【0018】
本実施形態の590MPa級建築構造用鋼板(以下、鋼板という)は、化学成分が、質量%で、C:0.030~0.200%、Si:0.010~0.55%、Mn:0.90~2.00%、P:0.030%以下、S:0.025%以下、Al:0.010~0.40%、Ti:0.010~0.20%、N:0.10%以下、O:0.01%以下、残部:Feおよび不純物からなり、板厚1/4の位置における〈011〉方位群の積分強度のうち、φ2=45°、φ1=0~5°、Φ=0~5°のランダム強度比の平均値と、φ2=45°、φ1=40~50°、Φ=45~55°のランダム強度比の平均値との和が4.0以上であり、組織中に、TiまたはNbの一方または両方を含む析出物であって、析出物の最大長さLに対して直交する方向の長さの最大値を最大厚みT(但しL≧T)とした場合に、最大長さLが15nm以下かつ最大厚みTが1.5nm以下の析出物、または、最大長さLが5nm以下かつ最大厚みTが1.5nm超の析出物のいずれか一方または両方を含み、これらの合計の個数密度が500個/μm2以上であり、鋼板の圧延方向に直交する板厚方向の断面中心部の板厚方向0.1t(mm)(tは板厚(mm))および板幅方向20mmの領域における最大長さ1μm以上の析出物の個数が250個以下である。
【0019】
まず、鋼の化学成分について説明する。以下の説明において、化学成分の各元素の含有量の「%」表示は、「質量%」を意味する。また、「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。なお、「~」の前後に記載される数値に「超」または「未満」が付されている場合の数値範囲は、これら数値を下限値または上限値として含まない範囲を意味する。
【0020】
C:0.030~0.200%
Cは、強度を決定する最も重要な元素であり、また、Ti、Nbの含有効果を発揮させるために必要である。C含有量は0.030~0.200%とする。C含有量が0.030%未満では強度が不足し、また、Ti、Nbを含有する析出物が十分に形成されず、高温強度が低下する。C含有量が0.200%を超えると鋼中に粗大な炭化物が形成されやすくなり、かえって微細なTi含有析出物を十分に析出させることが困難になる。よってC含有量は0.030~0.200%とする。より好ましくは0.040~0.1900%とする。更に好ましくは0.070%以上、0.080%以上、0.170%以下とする。
【0021】
Si:0.010~0.55%
Siは、脱酸のために鋼に含まれる元素であり、置換型の固溶強化作用を持つことから常温での強度向上に有効である。ただし、Siを多く含有すると溶接性が劣化する。よって、Si含有量を0.010~0.55%とする。より好ましくは0.050~0.50%、更に好ましくは0.070%以上または0.40%以下とする。
【0022】
Mn:0.90~2.00%
Mnは、常温での強度を確保する上で不可欠な元素である。また、Mnの含有によって、熱間圧延工程においてMnSが優先的に析出してSが消費され、TiSやTi4C2S2の析出量が減少する。これによりTiCとして析出することができる有効なTiの量が増加する。またMnの含有によってα変態温度が低下するため、より低温域で熱延を実施することが可能になり、析出物の粗大化を抑制することができる。さらにMnによるフェライト変態の遅延効果によっても粗大な析出物を抑制する効果が期待できる。これらの効果を確保するためには、Mn含有量を0.90%以上とする。一方、Mn含有量を2.00%以下にすることにより、Mn偏析を抑制できるようになる。より好ましくは1.00~2.00%、更に好ましくは1.10~1.20%とする。
【0023】
P:0.030%以下
Pは不純物であり、靱性を劣化させるため、P含有量はできるだけ低いことが望ましい。従って、P含有量の上限を0.030%以下にするとよい。P含有量は少ないほど好ましいが、P含有量を低減すると製鋼コストが増大するので、P含有量は例えば0.001%以上であってもよい。
【0024】
S:0.025%以下
Sは、Pと同様に不純物であり、靭性の観点からは少ないほど好ましい。従って、S含有量の上限を0.025%以下とする。S含有量を低減すると製鋼コストが増大するので、S含有量は例えば0.001%以上であってもよい。
【0025】
Al:0.010~0.40%
Alは、溶鋼を清浄にするために含有される元素である。その効果を得るにはAlを0.010%以上含有させる必要がある。一方で、Al含有量が0.40%を超えると粗大なアルミ酸化物が生成して靭性が劣化する場合があるため、Al含有量は0.40%以下とする。より好ましくはAl含有量を0.015~0.05%とする。
【0026】
Ti:0.010~0.20%
Tiは、600℃における高温強度を確保するために重要な元素である。TiはCと結合して微細なチタン含有介在物を形成する。この微細な介在物は、整合介在物として析出し、高温時に転位が移動する際の大きな障害となり、高温強度を向上に寄与する。さらに、チタン含有介在物は、析出硬化として強度向上効果をも有し、高温強度向上に寄与する。このため、Ti含有量は0.010%以上とする。一方、Ti含有量が過剰になると、粗大な析出物が多く形成されてしまい、かえって整合析出物の個数密度が低下し、溶接時の靭性も低下する。よって、Ti含有量は0.20%以下とする。より好ましくはTi含有量を0.020~0.10%、更に好ましくは0.050%以上とする。
【0027】
N:0.10%以下
Nは、不純物として鋼中に含まれるものであるが、TiやNbを含有した場合に、TiやNbと結合して炭窒化物を形成して高温強度を増加させる場合がある。このため、N含有量として0.001%以上含まれていてもよい。しかしながら、N含有量の増加は靭性、溶接性に極めて有害であるから、その上限を0.10%以下とする。更に好ましくは0.005%以下または0.003%以下とする。
【0028】
O:0.01%以下
Oは、不純物として鋼中に含まれるものであるが、TiやNbを含有した場合に、TiやNbと結合して酸化物を形成して溶接性を向上させる場合がある。このため、O含有量として0.001%以上含まれていてもよい。しかしながら、O含有量の増加は靭性、溶接性に極めて有害であるから、その上限を0.01%以下とする。より好ましくは0.005%以下または0.003%以下とする。
【0029】
また、本実施形態の鋼板には、Feの一部に代えて、下記A群、B群、C群、D群及びE群からなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。これらの元素の下限はそれぞれ0%以上または0%超である。
【0030】
[A群] Nb:0.05%以下、W:0.1%以下、V:1%以下、Mo:1%以下のうちの1種または2種以上
[B群] Cu:1%以下、Ni:1%以下、Cr:1%以下のうちの1種または2種以上
[C群] Mg:0.1%以下
[D群] REM:0.1%以下、Bi:0.1%以下、Zr:0.1%以下、Co:0.1%以下、Zn:0.1%以下、Sn:0.1%以下のうちの1種または2種以上
[E群] B :0.0010%以下
【0031】
Nb:0.05%以下
Nbは、Tiと同様に、高温強度を確保するために含有させてもよい。Nb含有量を0.001%以上にすることで、Tiとともに整合析出物を形成して高温強度を向上させる。しかし、Nb含有量が0.05%を超えると、Nb含有量に対する高温強度の向上効果が飽和する。また、溶接部の靭性も低下する。よってNb含有量は0~0.05%がよく、0.001~0.05%でもよい。
【0032】
W:0.1%以下
Wは、Nbと同様に、高温強度を確保するために含有させてもよい。W含有量を0.001%以上にすることで、高温強度をより向上させる。また、固溶強化によって常温の強度を向上させる。しかし、W含有量が0.1%を超えると、W含有量に対する高温強度の向上効果が飽和する。よってW含有量は0~0.1%がよく、0.001~0.1%でもよい。
【0033】
V:1%以下
Vは、Nbと同様に、高温強度を確保するために含有させてもよい。V含有量を0.01%以上にすることで、高温強度をより向上させる。Nbと同様の効果を得るために、上限は1%以下まで許容できる。よってV含有量は0~1%がよく、0.01~1%でもよい。
【0034】
Mo:1%以下
Moは、Nbと同様に、高温強度を確保するために含有させてもよい。Mo含有量を0.01%以上にすることで、高温強度をより向上させる。Nbと同様の効果を得るために、上限は1%以下まで許容できる。よってMo含有量は0~1%がよく、0.01~1%でもよい。
【0035】
Cu:1%以下
Ni:1%以下
Cr:1%以下
Cu、Ni、Crは、それぞれ、強度および靭性を向上させる。これら効果を発揮させるためには、Cu、Ni、Crをそれぞれ、0.01%以上含有させるとよい。一方、Cu、Ni、Crを過剰に含有させると溶接性が低下するため、上限をそれぞれ1%以下とする。よってCu含有量、Ni含有量、Cr含有量はそれぞれ、0~1%がよく、0.01~1%でもよい。
【0036】
Mg:0.1%以下
Mgは、溶接時の溶接熱影響部においてオーステナイト粒の成長を抑制し、微細化する作用があり、溶接部の強靭性化が図れる。このような効果を享受するためには、Mgは0.0005%以上含有するとよい。一方、Mg含有量が増えても含有量に対する効果代が小さくなり、経済性を失するため、上限は0.1%以下でもよい。よってMg含有量は0~0.1%がよく、0.00005~0.1%でもよい。
【0037】
REM:0.1%以下
Bi:0.1%以下
Zr:0.1%以下
Co:0.1%以下
Zn:0.1%以下
Sn:0.1%以下
REM、Bi、Zr、Co、ZnおよびSnについて、これらの元素をそれぞれ0.1%以下含有させても、本実施形態に係る鋼板の効果は損なわれないことを確認している。そのため、REM、Bi、Zr、Co、ZnおよびSnをそれぞれ、0.1%以下含有させてもよい。下限値は、0%以上でもよく、0.0005%以上でもよい。REMは、Sc、Yおよびランタノイドからなる合計17元素を指し、上記REMの含有量は、これらの元素の合計含有量を指す。ランタノイドの場合、工業的にはミッシュメタルの形で添加される。
【0038】
B:0.0010%以下
Bは、焼き入れ性を顕著に高めて常温の強度および靭性を向上させる元素であるので、Bを含有させてもよい。しかし、0.0010%を超えてBを含有させると溶接時のHAZ靭性や溶接性が劣化することがあるので、B含有量を0.0010%以下に制限する。B含有量の下限値は0%であってもよいが、強度の上昇の効果を得るためには、B含有量は0.0001%以上が好ましい。
【0039】
鋼の個々の成分の限定に加えて、成分系全体を適切な範囲にすることで、より優れた特性が得られる。すなわち、下記式(1)に示される炭素当量は、鋼板の強度に大きな影響を及ぼすため、0.450以下、好ましくは0.400以下にすることが好ましい。炭素当量が0.450を超えると、溶接した際の溶接熱影響部がマルテンサイトとなり、低温割れを起こしやすくなる。特に、本実施形態の鋼板は、組立H形鋼の素材として好適に用いられることが期待されるので、炭素当量が過大にならないように成分調整することが好ましい。
【0040】
C+Mn/6+Si/24+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/14≦0.450 …(1)
【0041】
ただし、式(1)における元素記号は鋼板中の各元素の含有量(質量%)であり、当該元素を含有しない場合は0を代入する。
【0042】
また、本実施形態の鋼板は、下記式(2)を満たすことが好ましい。式(2)におけるxは式(3)により定まる値である。また、式(3)における元素記号は鋼板中の各元素の含有量(質量%)であり、当該元素を含有しない場合は0を代入する。
【0043】
0.00080≦x≦0.00250 …(2)
【0044】
x=Ti/48-N/14-(P/31+S/32-Mn/55)/500+Nb/93 …(3)
【0045】
式(3)によって与えられるx値は、Tiを含有する微細な析出物をより多く析出させる目安となるパラメータである。Tiは、熱間粗圧延や熱間仕上圧延の段階において、鋼中のN、O、S、P等と結合しやすく、粗大な析出物として析出しやすい。このような粗大な析出物が形成されると、整合析出物が形成される段階においてTi量が不足し、Tiを含有する微細な析出物を十分に析出できなくなる。従って、Ti、N、P、S、MnおよびNbの含有量を調整することが望ましい。x値が0.00080未満になると、Tiを含有する微細な析出物を十分に析出させることができない。また、x値が0.00250超になると、Tiを含有する粗大な析出物が多く形成されるおそれがある。よって、上記(2)式を満たすことが好ましい。
【0046】
上述した鋼板の化学組成は、一般的な分析方法によって測定すればよい。例えば、ICP-AES(Inductively Coupled Plasma-Atomic Emission Spectrometry)を用いて測定すればよい。CおよびSは燃焼-赤外線吸収法を用い、Nは不活性ガス融解-熱伝導度法を用い、Oは不活性ガス融解-非分散型赤外線吸収法を用いて測定すればよい。
【0047】
次に、本実施形態の鋼板の鋼組織について説明する。
【0048】
(集合組織)
本実施形態の鋼板は、板厚1/4の位置における〈011〉方位群の積分強度のうち、φ2=45°、φ1=0~5°、Φ=0~5°のランダム強度比の平均値と、φ2=45°、φ1=40~50°、Φ=45~55°のランダム強度比の平均値との和が4.0以上である。これにより、D方向(鋼材の圧延方向に対して45°傾斜した方向)での高温の降伏強度が向上する。
【0049】
ランダム強度比とは、特定の方位への集積を持たない標準試料と供試材のX線強度を同条件でX線回折法等により測定し、得られた供試材のX線強度を標準試料のX線強度で除した数値である。極密度は、X線回折、EBSP(Electron BackScatter diffraction Pattern)法、またはECP(Electron Channeling Pattern)法のいずれでも測定が可能であるが、本実施形態ではEBSP法で測定した値を用いる。φ2=45°、φ1=0~5°、Φ=0~5°のランダム強度比の平均値は、φ2=45°における、(φ1、Φ)=(0°、0°)、(0°、5°)、(5°、0°)、(5°、5°)の4点の極密度の平均値と定義する。また、φ2=45°、φ1=40~50°、Φ=45~55°のランダム強度比の平均値は、φ2=45°における、(φ1、Φ)=(40°、45°)、(40°、50°)、(40°、55°)、(45°、45°)、(45°、50°)、(45°、55°)(50°、45°)、(50°、50°)、(50°、55°)の9点の極密度の平均値と定義する。そして、これらの平均値の和を算出する。EBSP法に供する試料は、機械研磨などによって鋼板を所定の板厚まで減厚し、次いで化学研磨や電解研磨などによって歪みを除去すると同時に板厚の3/8~5/8の範囲で適当な面が測定面となるように上述の方法に従って試料を調整して測定すればよい。板幅方向については、鋼板の端部から1/4もしくは、3/4の位置で採取することが望ましい。
【0050】
(析出物Aおよび析出物B)
また、本実施形態の鋼板は、TiまたはNbの一方または両方を含む析出物であって、以下に説明する析出物Aまたは析出物Bのいずれか一方または両方を含む。そして、板厚の1/4位置における析出物Aおよび析出物Bの合計の個数密度が500個/μm2以上である必要がある。
【0051】
析出物Aとは、鋼板断面を観察した際に、最大長さLが15nm以下かつ最大厚みTが1.5nm以下になる析出物であり、析出物Bは、最大長さLが5nm以下かつ最大厚みTが1.5nm超になる析出物である。なお、最大厚みTは、析出物の最大長さLに対して直交する方向の長さの最大値とする。また、L≧Tとする。
【0052】
析出物Aには、細長の板状の析出物が多く含まれる。一方、析出物Bには、等方的な形状の析出物が多く含まれる。
【0053】
析出物Aおよび析出物Bは、TiまたはNbの一方または両方を含むものであって、好ましくはTi炭化物である。また、析出物Aおよび析出物Bとして、Ti炭化物以外に、TiNb炭化物またはNb炭化物を含んでもよい。TiNb炭化物とは、TiおよびNbを含む炭化物である。また、析出物AおよびBには、Ti、NbおよびCの他に、N、O等の微量元素が含まれていてもよい。
【0054】
本発明者らが、本実施形態の一部の鋼板に対して、上記サイズの析出物Aおよび析出物BとFe母相との界面を、高分解能TEMにより観察し、また、電子線回折を行った結果、析出物Aおよび析出物BはFe母相に対してBaker-Nuttingの方位関係を持つことが確認され、析出物Aおよび析出物BとFe母相との界面が整合界面であることが確認された。また、一般に、NaCl型析出物であるチタン炭化物のうち、数ナノメートルサイズの微細析出物は、bcc-Fe母相と整合していると言われている。以上のことから、本実施形態における上記サイズの析出物Aおよび析出物Bは、整合析出物であると推測される。
【0055】
本発明者らの検討によれば、整合析出物は、非整合析出物に比べて強力な弾性ひずみ場を形成することが可能であり、600℃前後の高温域において熱活性化の力を借りた転位が乗り越え困難な障害になるものと推測される。よって、鋼板の高温強度を改善するためには、析出物Aおよび析出物Bの合計の個数密度を高める必要がある。そこで、本実施形態の鋼板では、板厚の1/4位置における析出物Aおよび析出物Bの合計の個数密度を500個/μm2以上とする。より好ましくは550個/μm2以上、更に好ましくは1000個/μm2以上とする。
【0056】
なお、鋼板には、析出物Aが析出物Bよりも比較的多く含まれる。また、600℃で引張試験を行った後の鋼板では、引張試験前の鋼板に比べて、析出物Bの数が増加するようになる。いずれにしろ、板厚の1/4位置における析出物Aおよび析出物Bの合計の個数密度は500個/μm2以上に保たれる。
【0057】
析出物Aおよび析出物Bは、TiまたはNbの一方または両方を含むものであるため、母相とBaker-Nuttingの方位関係を持つ。従って、析出物Aおよび析出物Bの存在は、母相の[001]から透過型電子顕微鏡により鋼組織を観察すればよい。観察位置は、板厚の1/4位置である。析出物AおよびBが整合析出物であれば伸長する方向は[001]となるため、アスペクト比もこの視野において観察すればよい。わずかに傾斜させこの面と垂直方向に伸長している様子があれば観察視野を90度回転させるなどして観察してもよい。このようにして観察した析出物の形状を測定し、析出物をAもしくはBであるかの判断を行えばよい。これらの個数密度は、100μm角以上の領域を観察することによって個数を計測して算出することとする。
【0058】
(析出物C)
また、本実施形態の鋼板では、鋼板の圧延方向に直交する板厚方向の断面の板厚の1/2位置において、板厚方向長さ0.1t(mm)(tは板厚(mm))および板幅方向長さ20mmの領域における最大長さ1μm以上のTi含有析出物(以下、析出物Cという)の個数が250個以下とされる。
【0059】
析出物Cは、熱間粗圧延や熱間仕上圧延の段階において、鋼中のTiがN、O、S、P等と結合することにより、粗大な析出物として形成されるものである。このような粗大な析出物Cが数多く形成されると、整合析出物が形成される段階においてTi量が不足し、Tiを含有する微細な析出物が十分に析出できなくなる。また、鋼中に粗大な析出物が存在することで、伸びEL(%)が低下する。
【0060】
よって、板厚の1/2位置において、板厚方向長さ0.1t(mm)(tは板厚(mm))および板幅方向長さ20mmの領域における析出物の個数が250個以下であることが好ましい。より好ましくは150個以下である。
【0061】
析出物Cは、析出物A,Bと同様に、TEM観察によって観察すればよい。ただし、方向は鋼板の圧延方向に直交する板厚方向とし、板厚の1/2位置を観察することとする。
【0062】
本実施形態の鋼板は、降伏強度YSが440~590MPa、引張強度TSが590~710MPa、降伏比が95%以下、伸びELが20%以上、を満たすことが好ましい。
【0063】
降伏強度YSが440MPa未満であると、板厚を厚くする必要が生じるため440MPa以上が望ましい。一方で降伏強度が590MPaを超えると成形・施工がしにくくなってしまう。
【0064】
また、通常、建築構造においては降伏強度での設計をするが、この設計強度を超えた力が加わってしまった場合にすぐに荷重が落ちてしまうと構造体を構成するのに適さないと考えられる為、降伏比は95%以下、かつTSは590MPa以上がのぞましい。一方で、710MPaを超える引張強度TSを得るためには、添加元素の増加が必要となり溶接性を落としてしまう。
【0065】
さらに、伸びELは、成形の自由度を高め、さらに施工しやすさを向上させるため、20%以上がのぞましい。また変形を受け、破断しにくいという為にもELは20%以上がのぞましい。
【0066】
また、本実施形態の鋼板は、600℃における圧延方向の1.0%耐力YSLが130MPa以上であり、600℃における圧延方向に対する45°方向の1.0%耐力YSDが130MPa以上であることが好ましい。
【0067】
上記のように、本実施形態の鋼板は、高温での耐力が高いことにより、耐火のための被覆を省略することができ、柱の径を細くする、もしくは、塗装が自由にできる等の意匠性を向上できる。さらに、工期短縮や作業環境の改善効果もある。この600℃における圧延方向の1.0%耐力YSLおよび、600℃における圧延方向に対する45°方向の1.0%耐力YSDの測定方法は、加熱炉を有する引張試験機を用いることによって、引張試験片の平行部もしくは全体の温度を600℃として試験をすればよい。また、試験方法はJIS G 0567:2012に則り行えばよい。
【0068】
また、本実施形態の鋼板は、板厚が2.3~12.0mmの範囲であることが好ましい。
【0069】
更に、本実施形態の鋼板は、溶接性に優れることが好ましい。溶接性の評価は、ソリッドワイヤ(日鉄溶接工業製YM-28S)を用いて、ビードオンプレート溶接を行うことにより評価する。溶接はガスシールドアーク溶接として、溶接条件は、電流値190A、電圧23V、溶接速度100cm/min、シールドガスは、Ar+20%CO2とする。これに対して、溶接金属部が伸びる方向を短手として、JIS Z 2242:2018に規定される長さ55mm、幅10mm、厚さ2.5mmのVノッチ試験片を切り出す。この際、Vノッチの先端が溶接金属に位置し、かつノッチ先端が溶金部分だけになるような部位となるよう加工する。また、板厚が薄く、ノッチ部が溶接金属のみとできない場合には、厚さが2.5mmとなるように2枚もしくは3枚の試験片を重ね併せて試験に供する。そして、この試験片を用いて、-40℃にてシャルピー試験を行う。本実施形態の鋼板は、吸収エネルギー値が50J/cm2以上になることが好ましい。
【0070】
また、本実施形態の鋼板は、建築構造用溶接組立H形鋼(以下、組立H形鋼という)の素材として用いられることが好ましい。すなわち、本実施形態の組立H形鋼は、ウエブ部及びフランジ部を備えており、ウエブ部及びフランジ部が、本実施形態の鋼板よりなる。ウエブ部及びフランジ部は、溶接により接合されており、ウエブ部とフランジ部との接合箇所には溶接部が備えられている。更に、本実施形態の組立H形鋼には、その表面に耐火被覆層が備えられていてもよい。
【0071】
次に、本実施形態の鋼板の製造方法について説明する。
【0072】
本実施形態の鋼板の製造方法は、上記の化学成分を有する鋳片を用意し、鋳片を均熱温度1100℃以上、均熱時間t2の条件で加熱するとともに、550℃~1100℃間の昇温時間t1と前記均熱時間t2との関係がt2/t1≧0.20を満たす条件で加熱する加熱工程と、1000℃以上で粗圧延する粗圧延工程と、仕上圧延を、加熱工程後に鋼表面温度が1100℃以下になる時から100秒以内に終了させるとともに、仕上圧延終了時の鋼の表面温度を(T1-50)℃以上とし、温度T1以下における累積圧下率を20%超とする仕上圧延工程と、巻取り工程と、を備える。仕上圧延工程と巻取工程との間で、所定の条件での冷却工程を行ってもよい。
【0073】
但し、仕上圧延工程におけるT1(℃)は下記式(4)の通りとする。下記式(4)における元素記号は、鋳片中の各元素の含有量(質量%)であり、当該元素を含有しない場合は0を代入する。
【0074】
T1(℃)=907+168Ti+1325Nb+1200Mo+4500B …(4)
【0075】
以下、各工程について説明する。
【0076】
(加熱工程)
加熱工程では、鋳造後の鋳片を、均熱温度1100℃以上、均熱時間t2の条件で加熱する。また、鋳片を均熱温度まで加熱する際の550℃~1100℃間の昇温時間t1とした場合、昇温時間t1と均熱時間t2との関係がt2/t1≧0.20を満たす条件で鋳片の加熱を行う。
【0077】
1100℃以上の均熱温度で加熱することにより、鋼中のCおよびTiを確実に溶体化させる。また、均熱温度での均熱時間t2を、550℃~1100℃間の昇温時間t1との関係でt2/t1≧0.20を満たす条件とすることで、均熱時間を十分に確保し、CおよびTiを確実に固溶させる。本実施形態では、TiまたはNbの一方または両方を含む析出物を微細に析出させるために、熱間圧延前の加熱工程においてCおよびTiをほぼ完全に固溶させる必要がある。そのためには、加熱温度を制御するだけでは不十分であり、均熱時間t2および昇温時間t1の関係を制限する必要ある。
【0078】
550~1100℃の温度域では、加熱前から鋼中に存在していた粗大なTi含有析出物が成長して固溶Tiを消費するおそれがある。そこで、均熱温度での均熱時間t2を、550℃~1100℃間の昇温時間t1の5倍以上にすることで、550~1100℃の温度域において成長した粗大なTi含有析出物を十分に固溶させるようにする。
【0079】
以上の加熱条件が外れると、鋳造工程において鋼中に生成したTiC系析出物が加熱工程後も残存してしまい、後の工程において十分な量の微細な析出物が得られなくなる。
【0080】
(粗圧延工程)
粗圧延工程は、1000℃以上で行う。これにより、製造工程中における粗大なTi含有析出物の析出を抑制する。
【0081】
また、粗圧延工程において、1パス当たりの圧下量を10~50%の範囲としてもよい。1パス当たりの圧下率を10%以上にすることで、オーステナイト粒の微細化が見込める。これにより、鋼板の強度を適切な範囲に制御可能になる。一方、設備能力および仕上げ圧延の圧下代を残すために、1パス当たりの圧下率を50%以下にすることが好ましい。
【0082】
(仕上圧延工程)
仕上圧延工程では、鋼帯の搬送路に沿って配置した複数基(例えば6基または7基)の仕上げ圧延ロールによって、粗圧延後の鋼帯を連続圧延する。仕上圧延によって鋼中の転位を増加させて、微細なTi含有析出物(前述の析出物AおよびBを含む析出物)の形成に必要な核生成サイトを形成させる。
【0083】
仕上圧延は、粗大なTi含有析出物(前述の析出物Cを含む析出物)の析出を抑制するために、なるべく早期に終了させることが望ましい。具体的には、加熱工程後に鋼帯の表面温度が1100℃以下になる時点から100秒以内に、最後の仕上圧延ロールを通過させることで仕上圧延を終了させる。より望ましくは50秒以内がよい。
【0084】
また、仕上圧延工程では、仕上圧延終了時の鋼の表面温度を(T1-50)℃以上とする。T1は、再結晶温度であって、鋳片に含まれる化学成分に基づき以下の式(4)によって計算される。(再結晶温度T1-50)℃以上の温度で仕上圧延を終了することで、粗大なTi含有析出物の析出が抑制される。仕上圧延終了時の鋼の表面温度は、最後の仕上圧延ロールの通過直後の鋼帯の表面温度とする。
【0085】
T1(℃)=907+168Ti+1325Nb+1200Mo+4500B …(4)
【0086】
但し、式(4)における元素記号は、鋳片中の各元素の含有量(質量%)であり、当該元素を含有しない場合は0を代入する。
【0087】
更に、仕上げ圧延工程では、温度T1以下における累積圧下率を20%超とする。再結晶温度T1以下での総圧下率を増加させることで、集合組織の制御が可能になり、D方向(鋼材の圧延方向に対して45°傾斜した方向)での高温の降伏強度を向上できるようになる。
【0088】
本実施形態の製造方法では、加熱工程から仕上圧延工程までの製造条件を適切に制御することによって、仕上圧延工程後の冷却工程及び巻取工程において、仕上げ圧延において生成した核生成サイトが基点となって、微細なTi系析出物(前述の析出物AおよびBを含む介在物)を数多く形成させることができる。
【0089】
そしてさらに、冷却工程及び巻取工程を以下に説明するようなより適切な条件で実施することで、微細なTi系析出物(前述の析出物AおよびBを含む析出物)をより多く形成させることができるようになる。
【0090】
(冷却工程)
冷却工程は、水冷によって鋼帯を所望の温度まで低下させる工程である。本実施形態では冷却条件に特に制限はないが、好ましくは、仕上圧延終了時から2秒以内に冷却を開始し、冷却開始から巻取り温度+100℃になるまでの平均冷却速度を50℃/秒以上の速度で冷却するとよい。冷却開始時はより望ましくは50秒以内がよい。仕上圧延終了時は、最後の仕上圧延ロールの通過時とする。
【0091】
冷却工程を上記の条件で行うことにより、仕上圧延によって生成した核生成サイトが回復により消滅しないうちに冷却を開始することができ、これにより微細なTi含有析出物をより多く析出させることができ、また、粗大な析出物の析出を阻止できる。核生成が促進されるように、冷却速度は高いほどよく、冷却速度の上限は特に必要ない。
【0092】
(巻取り工程)
巻取り工程では、巻取り温度を500~750℃の範囲とすることが望ましい。この巻取温度の範囲は、微細なTi含有析出物の核生成に適切な温度域であり、この温度域で巻取ることで、微細な析出物をより多く形成できる。
【0093】
以上説明したように、本実施形態の鋼板および鋼板の製造方法によれば、600℃での高温強度に優れた鋼板を提供できるようになる。
【実施例0094】
以下、本発明の実施例について説明する。
製銑工程、製鋼工程及び連続鋳造工程を経ることにより、表1A、表1Bおよび表1Cに示す化学成分を有する鋳片を製造した。得られた鋳片を、表2Aに示す加熱温度(均熱温度)および均熱時間t2の条件で加熱する加熱工程を行った。加熱工程における550℃~1100℃間の昇温時間t1、均熱時間t2及びt2/t1は、表2Aに記載の通りとした。
【0095】
次いで、1パス当たりの圧下量を10~50%の範囲とする粗圧延工程を1000℃以上で行った。
【0096】
次いで仕上圧延工程を行った。加熱工程後に鋼表面温度が1100℃以下になる時から仕上げ圧延終了までの時間、仕上圧延終了時の鋼の表面温度、温度T1以下における累積圧下率は、表2Bの通りとした。
【0097】
次いで、仕上圧延工程後に、仕上圧延終了時から2秒以内に冷却を開始する冷却工程を行った。冷却工程における、冷却開始から巻取り温度+100℃になるまでの平均冷却速度は表2Bの通りとした。
【0098】
次いで、表2Bに示す巻取り温度で巻取り工程を行った。以上のようにして、No.1~40の鋼板を製造した。
【0099】
得られた鋼板について、降伏強さYS、引張強さTS、降伏比、伸びELを測定した。試験方法はJIS Z 2241:2011に準拠した。引張試験の引張方向は圧延方向とした。
【0100】
また、600℃における圧延方向の1.0%耐力YSL、600℃における圧延方向に対する45°方向の1.0%耐力YSDをそれぞれ測定した。測定方法は、加熱炉を有する引張試験機を用いることによって、引張試験片の平行部もしくは全体の温度を600℃として試験を行った。試験方法はJIS G 0567:2012に準拠した。
【0101】
集合組織の測定方法は次の通りとした。機械研磨によって鋼板を所定の板厚まで減厚し、次いで化学研磨や電解研磨などによって歪みを除去することにより、板厚の1/4位置における測定面を露出させた。なお、試料の採取位置は、鋼板の端部から板幅方向の1/4の位置で採取した。
【0102】
そして、EBSP法により、板厚1/4の位置における〈011〉方位群の積分強度(「φ2=45°、φ1=0~5°、Φ=0~5°のランダム強度比の平均値と、φ2=45°、φ1=40~50°、Φ=45~55°のランダム強度比の平均値を求めた。
【0103】
φ2=45°、φ1=0~5°、Φ=0~5°のランダム強度比の平均値は、φ2=45°における、(φ1、Φ)=(0°、0°)、(0°、5°)、(5°、0°)、(5°、5°)の4点の極密度の平均値とした。
【0104】
また、φ2=45°、φ1=40~50°、Φ=45~55°のランダム強度比の平均値は、φ2=45°における、(φ1、Φ)=(40°、45°)、(40°、50°)、(40°、55°)、(45°、45°)、(45°、50°)、(45°、55°)(50°、45°)、(50°、50°)、(50°、55°)の9点の極密度の平均値とした。
【0105】
そして、これらの平均値の和を算出した。結果を表3に示す。
【0106】
また、板厚の1/4位置において、100μm角の領域を観察することによって、析出物A及び析出物Bのそれぞれの個数を計測し、析出物A及び析出物Bのそれぞれの個数密度を求め、更にこれらを合計して合計の個数密度を算出した。析出物Aは、鋼板断面を観察した際に、最大長さLが15nm以下かつ最大厚みTが1.5nm以下になる析出物とした。析出物Bは、最大長さLが5nm以下かつ最大厚みTが1.5nm超になる析出物とした。なお、最大厚みTは、析出物の最大長さLに対して直交する方向の長さの最大値とした。また、L≧Tとした。
【0107】
また、高分解能TEM及び電子線回折の測定結果により、観察された析出物A、Bは、Fe母相に対してBaker-Nuttingの方位関係を持つことが確認され、析出物Aおよび析出物BとFe母相との界面が整合界面であることが確認された。
【0108】
更に,析出物Cの個数密度を測定した。鋼板の圧延方向に直交する板厚方向の断面の板厚の1/2位置において、所定の領域を観察することによって、析出物Cの個数を計測し、析出物Cの個数密度を求めた。析出物Cの観察領域は、板厚方向長さ0.1t(mm)(tは板厚(mm))および板幅方向長さ20mmの領域とした。析出物Cは、最大長さ1μm以上のTi含有析出物とした。結果を表3に示す。
【0109】
溶接性の評価は、ソリッドワイヤ(日鉄溶接工業製YM-28S)を用いて、ビードオンプレート溶接を行うことにより評価した。溶接はガスシールドアーク溶接として、溶接条件は、電流値190A、電圧23V、溶接速度100cm/min、シールドガスは、Ar+20%CO2とした。これに対して、溶接金属部が伸びる方向を短手として、JIS Z 2242:2018に規定される長さ55mm、幅10mm、厚さ2.5mmのVノッチ試験片を切り出した。この際、Vノッチの先端が溶接金属に位置し、かつノッチ先端が溶金部分だけになるような部位となるよう加工した。また、板厚が薄く、ノッチ部が溶接金属のみとできない場合には、厚さが2.5mmとなるように2枚もしくは3枚の試験片を重ね併せて試験に供した。そして、この試験片を用いて、-40℃にてシャルピー試験を行い、吸収エネルギー値が50J/cm2以上を合格とした。
【0110】
表1A~表3に示すように、No.1、6、7、9、26~39、41~43は、鋼成分及び組織が本発明範囲を満足した。これにより、引張強度TSが590~710MPa、伸びELが20%以上を満足した。また、600℃における圧延方向の1.0%耐力YSLが130MPa以上であり、600℃における圧延方向に対する45°方向の1.0%耐力YSDが130MPa以上であった。
【0111】
一方、No.2は、加熱工程におけるt2/t1が0.20未満になり、析出物A及びBの合計の個数密度が発明範囲を満足せず、引張強さTSが590MPa未満になった。
【0112】
No.3は、仕上げ圧延終了時の鋼板の表面温度が(T1-50)未満になり、析出物A及びBの合計の個数密度および析出物Cの個数密度が発明範囲を満足せず、引張強さTSが590MPa未満になった。また、高温強度も低下した。
【0113】
No.4は、仕上げ圧延時の温度T1以下における累積圧下率が20%以下になり、析出物A及びBの合計の個数密度が発明範囲を満足せず、600℃における圧延方向に対する45°方向の1.0%耐力YSDが130MPa未満になった。
【0114】
No.5は、仕上げ圧延時に、温度が1100℃となってから仕上げ圧延終了までの経過時間が100秒超になり、析出物Cの個数密度が発明範囲を満足せず、引張強さTSが590MPa未満になり、600℃における圧延方向の1.0%耐力YSLが130MPa未満になり、600℃における圧延方向に対する45°方向の1.0%耐力YSDが130MPa未満になった。
【0115】
No.8は、加熱工程における加熱温度が1100℃未満になり、析出物A及びBの合計の個数密度および析出物Cの個数密度が発明範囲を満足せず、引張強さTSが590MPa未満になり、600℃における圧延方向の1.0%耐力YSLが130MPa未満になり、600℃における圧延方向に対する45°方向の1.0%耐力YSDが130MPa未満になった。
【0116】
No.10は、仕上げ圧延終了時の鋼板の表面温度が(T1-50)未満になり、集合組織が本発明の範囲から外れ、600℃における圧延方向に対する45°方向の1.0%耐力YSDが130MPa未満になった。
【0117】
No.11~25は、鋼板の化学成分が本発明の範囲から外れ、引張強度TS、伸びEL、600℃における圧延方向の1.0%耐力YSL、600℃における圧延方向に対する45°方向の1.0%耐力YSDの少なくとも一つが満足しなかった。また、No.20は集合組織が本発明の範囲から外れ、No.21は、析出物A及びBの合計の個数密度が発明範囲を満足せず、No.22は、析出物Cの個数密度が発明範囲を満足しなかった。
【0118】
No.40は、熱間圧延後の冷却条件が好ましい範囲から外れ、析出物A及びBの合計の個数密度が発明範囲を満足せず、600℃における圧延方向の1.0%耐力YSL、600℃における圧延方向に対する45°方向の1.0%耐力YSDが好ましい範囲から外れた。
【0119】
【0120】
【0121】
【0122】
【0123】
【0124】
【0125】